SFマガジン2026年10月号
376頁の標準サイズ。
特集三つ。松村由利子監修の「SF担架特集」,「星新一生誕100年」,そして「ダン・シモンズ追悼」として短編「ケンタウルスの死」酒井昭伸訳ほか。
小説は6本。連載が5本、読み切りが1本に加え「ダン・シモンズ追悼」で1本。
連載小説は5本。冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第67回,長谷敏司「市民の歴史」第3回,藤井太洋「宇宙島年代記」第3回,柴田勝家「朱子天外伝」第3回,山本浩貴(いぬのせなか座)「親さと空」第5回。
読み切りは1本。藤田祥平「勧酒」。
SF短歌特集。一瞬の情景を描く作品が多い。31文字と短いため、いずれもそうなった経緯や世界背景などは省いている。それだけに、どんな世界なのか、なぜそうなったのか、登場人物たちの半生などを考え出すと、幾つものバリエーションの妄想が拡がりすぎて止まらない。あと夢枕獏が再び「カエルの死」をやってるのも楽しい。
「ダン・シモンズ追悼」の「ケンタウルスの死」酒井昭伸訳。東部出身のケナンは教育実習で中部のオンボロ公立小学校に赴任し、四年生を受け持っている。生徒はテリーをはじめ個性あふれる子供たちだ。ケナンは空き時間を使い生徒たちに物語を語る。ケンタウルスとネオキャットと法士猿が、異星で冒険の旅を続ける長い物語だ。
作品中で語られる物語は、いかにもダン・シモンズらしく異郷風味溢れ危機また危機のサービス満点でファンタジックな冒険物語。だが舞台となる小学校は予算不足でボロボロのガタガタな上に、教師も無駄に厳格。テリーを代表に問題を抱えた子供もいる。そこでケナンが語るのは、強大な抑圧者に抗おうとする者の話と言うのが切ない。いつでもどこでも、子供は抗いようのない抑圧に耐えているのだ。
連載小説。
冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第67回。ウフコックの告白にバロットは強い衝撃を受ける。<シザース>の正体と実情もだが、それ以上にウフコックの運命が彼女の落ち着きを奪った。だが決戦が迫っている。グランタワーに多くの人質や<シザース>と共に立てこもるホスピタルとの戦いが。
改めてバロットとウフコックの絆を感じさせる回。物理的な戦闘でも言葉による論戦でも冷静に対処してきたバロットが、感情をむき出しにする姿が珍しい。また前回の終盤から続く<シザース>の実態と複雑怪奇な現状、そしてウフコックの微妙な立ち位置は相当にややこしい。
長谷敏司「市民の歴史」第3回。迷路をかけるマウス。そのマウスの脳に多数の微細な探針を挿して、神経細胞の発火活動を記録する。そのデータを基にAIでパターンを推測してえゆく。竜宮の研究は、そんなところだ。ただ、発火パターンには雑音も多い。マウスの気分や機嫌もデータに入り込んでいて…
「知能には物理的な身体が必須だ」と思っていたが、最近の生成AIでその思い込みはだいぶ揺らいできた。そこに本作の竜宮の研究だ。現実の脳の働きをAIで解析するって手もあったんだ、と気づかされた。。米国海軍あたりは、イルカを使った実験を始めてるかもしれない。だって前歴もあるし。
藤井太洋「宇宙島年代記」第3回。宝物を満載しているはずの幽霊船、その正体はあまりにも物騒なシロモノだった。密かに幽霊船を追っていた熊谷ナルミをリーダーとする実習生の面々は、いきなり窮地に陥る。帰還用の推進剤を節約するため、可能な限りの装備を廃棄して船体の質量を減らすが…
ただのイタズラ坊主かと思えたナルミだが、手がける事は無謀かつデカい。帰還どころか生きのびることすら怪しい状況でのサバイバルは、まさに「冷たい方程式」のバリエーションながら、そこは藤井太洋。細かい所が行き届いていて、サイエンス・フィクションのファンにはとても嬉しい。
柴田勝家「朱子天外伝」第3回。朱熹と量憶は出会って十数年が過ぎた。朱熹は復讐を果たし科挙も突破した。最下級ながら官位も与えられ役職も得たが、赴任先に欠員がないため、肝心の仕事がない。そこで量憶と共に旅に出た。旅先で竹槍に火薬を詰め打ち上げる二人。だが、今の方法では、高度数十メートルが限度だ。
本作には儒教・仏教・道教が出てくる。いずれも分類するなら宗教だが、互いに排他的・対立的な現代のアブラハムの宗教とは異なり、本作では学問の異なる流派みたいな扱いで、朱熹もそれぞれの宗派から教えを受けている。現代の感覚だと宗教というより哲学が近いんだろうか。金王朝が女真族だとは知らなかった。道教を錬金術に例える仕掛けには脱帽。
山本浩貴(いぬのせなか座)「親さと空」第5回。柚葉と万葉は、かつての友人でああるマリアの協力を得て、ゲーム<Ark-Chain>の解析を進める。マリアに期待したのはデータの提供だけだったが、マリアはより積極的に解析に参加してくれた。かつて行った改造の反省を経て、より巧みな作品を創り上げようと励む三人だったが…
データを解析する場面が、妙に説得力があって楽しい。そうだよね、まずは単純なデータを作って、少しづつ変えて、「どこがどう変わるか」を見るんだよね。とまれ、そうやって出来上がるゲームは、いかにも時空の不安定さを感じさせる不気味なシロモノ。これは著者の趣味なんだろうか。
読み切りの藤田祥平「勧酒」。鰹を買って帰ったら、祖父が死んだと連絡があった。お猪口を二つ用意し刺身を造っていると、爺さんがきた。
4頁の掌編。亡くなったばかりの祖父が訪ねてくる、という一種の幽霊譚だが、悲劇でもホラーでもなく、のほほんとした会話が続き、語り手と祖父の暖かい関係が伝わってくる。

