カテゴリー「書評:SF:小説以外」の134件の記事

2024年11月 8日 (金)

SFマガジン2024年12月号

じつは、ペラルゴニアを創ったのはこのわたしたちなんです。
  ――シオドラ・ゴス「ペラルゴニア <空想人類学ジャーナル>への手紙」鈴木潤訳

「正義、それは集団に処方される媚薬だ」
  ――吉上亮「ヴェルト」第二部第三章

「今年こそは、冬が来る前にコミケへ行くよ」
  ――カスガ「コミケへの聖歌」

きょうのあさ、だから今朝、大旦那様が御羊になられた。
  ――犬怪寅日子「羊式型人間模擬機」

 376頁の標準サイズ。

 特集は「ラテンアメリカSF特集」として短編2本にコラムや作品ガイドなど。小説はシオドラ・ゴス「ペラルゴニア <空想人類学ジャーナル>への手紙」鈴木潤訳,ガブリエラ・ダミアン・ミラベーテ「うつし世を逃れ」井上知訳。

 小説は11本+3本。「ラテンアメリカSF特集」で2本、連載は5本+3本、読切2本に加え、第12回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作2本の冒頭。

 連載5本+3本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第16回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第56回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第25回,吉上亮「ヴェルト」第二部第三章,夢枕獏「小角の城」第78回に加え、田丸雅智「未来図ショートショート」3本「変わらない味」「ノイズの日々」「シルバームーン」。

 読み切り2本。韓松「輪廻の車輪」鯨井久志訳,劉慈欣「時間移民」大森望/光吉さくら/ワン・チャイ訳。

 第12回ハヤカワSFコンテスト大賞はめでたく2作が大賞を受賞した。カスガ「コミケへの聖歌」,犬怪寅日子「羊式型人間模擬機」の冒頭を掲載。

 まずは「ラテンアメリカSF特集」。

 シオドラ・ゴス「ペラルゴニア <空想人類学ジャーナル>への手紙」鈴木潤訳。フリア,デイヴィッド,マディソンの高校生3人は、遊びで架空の国の歴史を創っていた。フランスとスペインの間にあり、海に臨んでいる。wikipedia に項目を作り、論文誌の<空想人類学ジャーナル>にまで論文を寄せた。遊びのはずが、教授であるフリアの父が行方不明になり…

 ファンタジイ、それもハイ・ファンタジイが好きな人は、架空の国をでっちあげるらしい。最近だと、架空のゲーム世界を創る人もいるんじゃなかろか。この作品のように、得意な領域がズレる仲間と創り上げていくのは、きっと楽しいだろうなあ。とかの他に、3人の忙しい高校生活の描写が、おじさんにはまぶしかった。

 ガブリエラ・ダミアン・ミラベーテ「うつし世を逃れ」井上知訳。18世紀のメキシコ。インディオ女性貴族の修道院で異端審問が始まる。告発したのは修道女マリア、されたのは修道女アガタ。アガタの部屋から、機能不明な装置と粘土製の円盤状のものが見つかった。

 当時のスペインおよびその支配地域における異端審問は、バチカンすら手を焼くほど暴走していた(→トビー・グリーン「異端審問」)。と思ったが、最近は違う見解も出てきた模様(→Wikipedia)。スペイン系のマリアとインディオのアガタの対立という形で、当時のメキシコの人種問題が浮き上がってくる。

 連載小説。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第56回。襲撃されたホワイトコープ病院から逃げ出したキドニーたちは、海岸にたどり着く。そこではハンターたちが待っていた。ホスピタルの助言に従い、キドニーたちはハンターの針を受け入れる。ホスピタルは更に、失われたシンパシーの原因について、意外な仮説を披露する。

 イースターズ・オフィスとクインテットに次ぎ、暗躍する第三の勢力シザース。今回はクインテットがシザースの尻尾を掴みかける回。ただ、いずれも奴が絡んでいるのが気になるんだよなあ。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第16回。TAISポッドを探してシュガー砂漠上空を飛ぶ零と桂城。雪風も本来の偵察機としての能力を活用し、また挑発とも取れる信号を発してジャムの気配を探っている。

 今までは無口というか積極的にヒトとのコミュニケーションを取ろうとしなかった雪風だ、ここ最近はずいぶんと饒舌になり、ばかりか自分で作戦を立案・進言するようになってきて、「あの無口な子がこんなに慣れて」な気分。

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第25回。小野寺早都子は、「クレマンの年代記」の中に入り込み、マダム・シャセリオーに腕を掴まれたように感じて叫ぶ。気が付けば視聴覚棟の玄関ロビーに立っていた。まもなく映画「2001年宇宙の旅」の上映が始まる。ホールへと向かうが…

 そういえば最近は映画もデジタル配信が増えてきて、フィルムによる上映もやがて昔話になるんだろうなあ。雨降りとかも、伝説になるんだろうか。などとぼんやり考えながら読んでいたら、とんでもない展開に。

 吉上亮「ヴェルト」第二部第三章。届いた招待状は、サド侯爵本人からのものらしい。場所はシャラントン精神病院。確かにサドはそこにいる。処刑員のサンソンはマクシミリアン・ロペスピエールの妹シャルロットと共に招待に応じた。迎えたサドはいたく感激し…

 ついに登場したサド侯爵。本作品中だと、サド侯爵の評判は散々で、巷の噂では興味本位で暴行や殺人をやらかすアブナい人、という話だし、法的にもお尋ね者になっている。実際は諸説あるようで、作品の内容が本人の悪い噂を呼んだとする説も。そこが本作だと、そういうのとは別の方向でヤバい人になってるw

 読み切り。

 韓松「輪廻の車輪」鯨井久志訳。女はチベットで<輪廻の車輪>と呼ばれる摩尼車を見つけた。数珠つなぎになった百八の摩尼車の中で、それだけが新緑に染まっている。そして夜になると奇妙な音がするのだ。過去五百年の間、寺は何度も災害に見舞われ、そのたびに<車輪>も失われたが、その摩尼車だけは残り、不思議な音を響かせてきた。

 6頁の掌編。不思議というより不気味な音を出す摩尼車と、貼り付いたような笑顔の僧たち。まるきしホラーの書き出しなんだが、「火星で孤独に暮らす父」って所で「ほえ?」って気分になる。果たしてそんな時代までチベット仏教は生き残れるんだろうか。などと考えていたら、オチはとんでもなかった。なかなかに豪快な芸風の人だ。

 劉慈欣「時間移民」大森望/光吉さくら/ワン・チャイ訳。人が増えすぎた。政府は時間移民で対処する。第一陣は八千万人。120年間を冷凍睡眠で過ごし、未来の社会が住みやすければ、そこで過ごす。120年後、移民を率いる大使は目覚めたが…

 H・G・ウェルズの「タイムマシン」からのSFの伝統を受け継ぐ、人類の未来を模索する稀有壮大な作品。なにやら物騒な世界だったり、常人には理解不能な世界だったり。こういう伝統的なテーマに、てらいもなく臆しもせず挑む勢いと気概に、中国SFの若さを感じる。

 第12回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作の冒頭。

 カスガ「コミケへの聖歌」。21世紀に文明は滅び、その後の暗黒期に記録の大半が焼き捨てられた。山奥のイリス沢集落地に住む四人の少女は、森の中でマンガを見つける。感銘を受けた四人は、森の朽ちかけた農具倉庫を<部室>として<イリス漫画同好会>を作り、マンガの世界の部活を立ち上げる。やがて土蔵で見つけた紙に、四人は自作のマンガを描きはじめ…

 お気楽なパロディ物を思わせるタイトルとは裏腹に、彼女たちの生きる世界は厳しく治安も悪い。電気や水道などのインフラは崩壊し、流通も途絶え、自給自足の暮らしだ。幸い多少の知識と幾つかの遺物は残ったが。とはいえ、主人公によれば少しづつだが暮らし向きは良くなっているようで…

 犬怪寅日子「羊式型人間模擬機」。その一族の者は死ぬと羊になる。残された者たちは、羊の肉を食べる。今朝、大旦那様が羊になった。ユウは、一族の者たちに知らせるために走り回る。まずは次の旦那様となる大輝様から。

 いささか言葉が怪しい語り手による、一人称の物語。正直、掲載の冒頭のみだと、物語世界の概要すら掴めない。ヒトが羊になるってのも非常識だし、それが比喩なのか現実なのかも不明だ。それでも、一族それぞれの性格が、かなり強烈なのはわかった。

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2024年8月30日 (金)

SFマガジン2024年10月号

「それはあなたの夢の形をしていない」
  ――斜線堂有紀「お茶は出来ない並んで歩く」

「おれたちに思いつけるような仮説は、きっと違う」
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第15回

「上下の枚数を素数で準備したら、順番に着ていくだけでもカブリは最低限に抑えられるよ」
  ――菅浩江「世はなべて美しい」

 376頁の標準サイズ。

 特集は「ファッション&美容SF特集」。

 小説は11本+3本。「ファッション&美容SF特集」で6本、連載が5本+3本、読み切りはなし。

 「ファッション&美容SF特集」の6本。暴力と破滅の運び手「あなたの部分の物語」,斜線堂有紀「お茶は出来ない並んで歩く」,櫻木みわ「心象衣装」,池澤春菜「秘臓」,菅浩江「世はなべて美しい」,ジュヌヴィエーヴ・ヴァレンタイン「美徳なき美」紅坂紫訳。

 連載の5本+3本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第15回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第55回,吉上亮「ヴェルト」第二部第二章,夢枕獏「小角の城」第77回,飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第24回,田丸雅智「未来図ショートショート」3本「コオロギ狩り」「ロイとの景色」「VR祭りの夜」。

 「ファッション&美容SF特集」から。

 暴力と破滅の運び手「あなたの部分の物語」。マネージャーのタンギーの提案で、王子様役のフアンは部分をダクトテープで隠す羽目になった。なにせ、不規則な周期で機能的な状態になるのだ。先の大戦で、<連邦>の男性の多くが放射線で不妊化してしまった。これに対応するため、男性の外性器を遠隔地すなわち<連邦>の部分銀行が管理し…

 「部分」だの「機能的な状態」だのとかの、回りくどく堅苦しい言葉が妙に可笑しい作品。なんか真面目なテーマも含んでいそうなんだが、とにかく笑えてしょうがない。「あなた」の仕事とかね、もう切なくて悲しくて馬鹿々々しいw なにが悲しくてそんな仕事を背にゃならんのだw

 斜線堂有紀「お茶は出来ない並んで歩く」。やっと手に入れた ALICE and the PIRATES のワンピースをまといラフォーレ原宿に繰り出した扇堂伴祢は、BABY, THE STARS SHINE BRIGHT を着た巫女常出鶴に駄目だしされる。厳しい言葉だが、ロリータファッションへの情熱は本物だった。それから15年後、再会した二人は…

 仕事でも趣味でも、優れた導師やメンターに出会えることは滅多にない。出鶴のいでたちも行動も、ブランドに相応しくある姿を求めた結果なんだが、同時に「ごっこ」でもある。それでも、そこには確かにファッションへのリスペクトが溢れている。

 櫻木みわ「心象衣装」。ファッション界の公開新人オーディション、ネクスト・クロ――ゼットのファイナルに残った二人、ユーリと紫陽花は対照的で犬猿の仲だった。最終課題は心象ファッション。着用者の脳神経と連動し、その感情や内的反応を取り入れたファッション。一般的に生物模倣と併せて用いられる。

 ファッションとバイオ技術って未来的な気もするが、改めて考えると綿や絹や羊毛は生物素材そのものだし、藍やコチニールなどの染料も生物由来なワケで、とするとファッションとバイオ技術は新しいどころか伝統的な結びつきなのかも。そういや「織物の世界史」には色付きの繭を作る蚕の話もあった。とかは置いて、昭和の少女漫画っぽい味わいもある作品。

 池澤春菜「秘臓」。小学三年生の息子を送り出し、朝食を食べている夫に声をかけ、チヒロはサロンに出かける。サロンではレアを指名する。レアはエステックことアンブレラのエンジニアで、抜群の腕前を誇る。アンブレラは極薄の膜状装置で、ウイルスや有害物質から身を守るだけでなく、ちょっとした外見の補正もできる。久しぶりに会った旧友のアメちゃんは…

 美容に対し対照的なレアとアメちゃん。チヒロはややレア寄り。美容と考えると一次元の右と左で対照的となるけど、ファッションとして捉えると人により目指す方向性は様々で、幾何学的な意味での次元も多くなる。などと思いながら読んでたら、お話は意外な方向へ。

 菅浩江「世はなべて美しい」。<フィーリー>は骨伝導で音楽を流す。その時の状況に相応しい曲を指定し、自分の気分を調整する。そうやってカナは人間関係をしのいできた。地元に戻ったカナは、高校時代の人気者キョウの姿に驚く。怪我で、世界がすべて美しく見える疾患を抱えたキョウは、黒づくめでくすんだ姿になっていた。

 まあ、アレだ。スタイルのいいイケメンは、無難な格好でもカッコいいのだ、やっぱり。うう、くやしい。疾患のせいでキョウは人生ハードモードなのに、どうにも同情する気になれないw

 ジュヌヴィエーヴ・ヴァレンタイン「美徳なき美」紅坂紫訳。ファッション・モデルは、肩から腕を移植する。14歳以下で亡くなった子供の腕だ。マリアが19歳の時にメゾンは彼女を見いだした。腕を移植して6カ月間は人目から隔離し、上流階級のアクセントを叩きこむ。ビスポーグ誌は彼女を「薔薇とダイヤモンドの姫」と呼んだ。

 スラリとした妖精のような体形が多いファッション・モデルの世界では、何かと悪いうわさもあって、その辺を大きくデフォルメした作品。描いているのは華麗な世界ながら、ハードボイルド調にキレのあるキビキビした文体なのが、ファッション業界の冷たさと厳しさをうまく伝えている。

 連載。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第55回。シルヴィアを喪った<クインテット>は、事件の背景の調査を始めると同時に、迅速に体制を変えてゆく。ハンターはシルヴィアの死をイースターズ・オフィス攻撃に使おうと画策する。ウフコックは自らの姿を大衆の前に現してスピーチを行う練習を始めるが…

 ウフコックのスピーチ練習の場面が、この作品には珍しく微笑ましい。そうだよね、見た目だけなら、レイチェルの反応が普通だよね。能力はひどく物騒だけど。「勤勉な無能」には笑った。そしてますます人間離れしてくるレイ・ヒューズ。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第15回。零と桂城が乗った雪風が、ジャムを発見した。旧機体が投下したポッドの一つが5秒ほど信号を発した後に沈黙したのだ。ジャムがポッドを破壊したのか、またはジャムの偽信号か。高速で現場に向かう雪風の前に、異様な存在が現れる。

 今回の後半はシリーズを通した大きな曲がり角の予感。未知の脅威に突撃する雪風の後ろに控えるレイフが頼もしい…とか思ってたら、とんでもねえシロモノを積んでた。

 飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第24回。舞台は青野、啄星高校の文化祭。やはり区会の住人が、世界の描画制度を認識したり操作したりする描写にはギョッとする。そして『クレマンの年代記』にも影響が。

 吉上亮「ヴェルト」第二部第二章。革命はなったが、フランスは内外共に危機にある。外からはプロイセン・オーストリア・イギリスに攻められ連戦連敗、内ではフランス各地の騒乱に加え政権はジロンド派と山岳派で睨み合いが激しさを増す。そんな時に、バスティーユの襲撃を逃れたサド侯爵はパリに潜む。

 名前だけは知っていたマルキ・ド・サドことドナシアン・アルフォンス・フランソワ・ド・サド、この連載では作品を書いただけでなく…。えっと、なかなかに大変な人で、悪役ではあるけと、大物というより卑劣で狡猾って感じだなあ。いや今のところ噂だけで本人は登場してないんだけど。

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2024年7月19日 (金)

SFマガジン2024年8月号

 「よく知らない。だから行くんだけど」
  ――春暮康一「一億年のテレスコープ」

「市民サンソン。残念だが君の首は落とされることになった」 
  ――吉上亮「ヴェルト」第二部第一章

 科学と論理を推進力として使用し、その限界ぎりぎりまで上昇した末に、ついに力尽きた高度こそ、ストーリーのスタートラインだ。
  ――山本弘「喪われた惑星の時間」

 376頁の標準サイズ。

 特集は「クリストファー・プリースト追悼特集」と「山本浩追悼特集」。

 小説は9本+3本。特集「クリストファー・プリースト追悼特集」で1本、「山本弘追悼特集」で1本、連載が4本+3本、読み切り3本。

 特集「クリストファー・プリースト追悼特集」で「われ、腸卜師」古沢嘉通訳。「山本弘追悼特集」で「喪われた惑星の時間」。

 連載の4本+3本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第14回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第54回,吉上亮「ヴェルト」第二部第一章,夢枕獏「小角の城」第76回,田丸雅智「未来図ショートショート」3本「コトリン」「リモート漁師」「パースナライズド」。

  読み切り3本。春暮康一「一億年のテレスコープ」冒頭,草上仁「火花師」,夏海公司「八木山音花のIT奇譚 未完の地図」。

 特集から。

 クリストファー・プリースト「われ、腸卜師」古沢嘉通訳。1937年のイギリス。ジェイムズ・アウズリは代々の腸卜師だ。ウィルキンズ嬢がペレットを持ってきた、アウズリは近くの沼地へ向かう。そこにはドイツ軍の爆撃機が墜落している。コクピットに一人の男が乗っており、手を振っている。

 陰鬱な冬のイギリスの風景、第二次世界大戦の前兆が色濃く漂う1937年、ウィルキンズ嬢が持ってきた不気味なペレット、いけすかない主人公のアウズリ。不吉な何かが起きそうな舞台が整った所で、登場するドイツ軍の爆撃機は、更に不条理な様子を見せる。重苦しい雰囲気だが、オチはしょうもないw

 山本弘「喪われた惑星の時間」。遠未来。環状星域を訪れた遠征隊の文化人類学者が記した覚え書き。生存可能領域には第三惑星があり、動植物が豊かだ。たった一つの月で幾つかの宇宙機の遺物を見つけた。第三惑星で発生した文明が遺したものだろう。残念ながら、私たちは来るのが遅すぎた。

 一種のファースト・コンタクト物。太陽系を訪れ人類の遺物を見つけた異星人は、何を思うのか。中国の無人探査機が月に到着するなど、幾つかのネタはズレてしまったが、異星人が遺物を考察するあたりは、センス・オブ・ワンダーが炸裂している。12進法には見事に騙された。冒頭の引用は、追悼特集に相応しい。アレ(ネタバレあり、→Wikipedia)も、著者らしさが炸裂してる。最後の一行が心に染みる。

 連載。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第14回。レイフと雪風に急な出撃が命じられた。パイロットは零と桂城。いつもとは異なり、レイフは大量の対空ミサイルを搭載し、雪風も落下増槽までつけている。原因はジャムの検知。先に出撃した機の空間受動レーダーが、空間に空いたおおきな穴を一瞬だけ検知したのだ。

 クーリィ准将、なかなか物騒な思惑を抱えてます。そういやF-22ラプター、本当に生産終了したんだろうか。機体のバリエーションが増えると、運用や整備がシンドイってのもあるんだろうけど。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第54回。幾つもの襲撃を躱し郊外へと逃れたバロットとアビーとシルヴィア、そしてウフコック。しかしバロットが目覚めた時に目にしたのは、無残な姿となったシルヴィアだった。

 ハンターが行方をくらました時期から、曲者ぞろいの<クインテット>をナンバー2としてまとめ率いてきたバジルが、今回も信じられないほどの精神力と思慮深さを見せる回。当初は敵役だったはずの<クインテット>なのに、肩入れしたくなるのが困るw

 吉上亮「ヴェルト」第二部第一章。処刑人のシャルル=アンリ・サンソンは革命裁判所検事のフーキエ=タンヴィルに呼び出される。革命政府の首脳マクシミリアン=ロベスピエエールの元へ赴け、と。ロベスピエールの住む家は意外と質素で、冷酷との噂とは異なり人柄は誠実で穏やかだった。彼が命じたのは…

 某漫画で有名なフランス革命が舞台だけあって、私でも知ってる人名や事件が出てきて、おお!となる。当時は過激と恐怖の象徴だったロベスピエールだが、この作品での描写はかなり好意的。

 田丸雅智「未来図ショートショート」3本「コトリン」「リモート漁師」「パースナライズド」。前回に引き続き、今回もすべて2頁の掌編で、舞台も現代の技術が少しだけ進歩した近未来。柔らかい語り口で綴る物語は、いずれも暖かい。

 読み切り。

 春暮康一「一億年のテレスコープ」冒頭。幼い頃、父親に連れられて行った天文台で、鮎沢望は望遠鏡に惹きつけられた。高校の天文部で知り合った千塚新・大学で出会った矢代縁と共に、就職してからも連絡を取り合い、宇宙を観測するアイデアと夢を語り合う。

 望遠鏡は口径が大きいほど性能がいいんだろうなってのは、感覚的にわかる。また、波長の長い電波なら、より遠くの宇宙の情報を集められるだろう、というのも。地球の公転軌道による視差を利用して遠くの天体を観測する方法は、昔から使われてきた。それとファースト・コンタクトの絡め方が絶妙。

 草上仁「火花師」。山開きが近い。今回、タクマル親方は手を出さず、センキチが仕切る。繊細でシンプル、センキチの火花は玄人好みだ。弟弟子のトージはセンキチを尊敬しつつも、まったく新しい試みの研究に余念がない。

 タイトルが「花火師」ではなく「火花師」で、出だしから「二週間も遅刻」と、微妙にズラした世界観ながら、繰り広げられる物語は江戸の人情ものっぽいのが、いかにも草上仁らしい味わい。オチもいい話っぽいけど、落ち着いて考えると…

 夏海公司「八木山音花のIT奇譚 未完の地図」。ITライターの律は、天才エンジニアの八木山音花から依頼を受ける。彼女のチームは、地図アプリの拡張機能を開発した。それを稼ぎにつなげたい、と。要はマネタイズである。機能は過去予測。Google ストリート・ビューのようなアプリだが、過去の画像を推測する機能だ。

 最近のAIの急激な発達を見ると、なんか可能かな?と思えてしまう機能だ。まあ、ここまで細かい精度まではさすがに…と思うが、そこはお話だし。律が考える収益化の方法が、いかにもジャーナリストらしい。

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2024年5月16日 (木)

SFマガジン2024年6月号

「長いこと、そのみっともないニワトリはみてないわ」
  ――ハワード・ウォルドロップ「みっともないニワトリ」黒丸尚訳

あの惑星がお見えになりますか?
あなたのご主人ですよ、パンさん。
  ――イン・イーシェン「世界の妻」鯨井久志訳

この物語は1793年1月21日に始まり、1794年7月28日に終わる。
  ――吉上亮「ヴェルト」第二部序章

私は死ぬためにここに来ている。
  ――ナディア・アフィフィ「バーレーン地下バザール」紅坂紫訳

 376頁の標準サイズ。

 特集は「映画『デューン 砂の惑星 PART2 & Netflix独占配信シリーズ『三体』公開記念特集」と、「テリー・ビッスン、ハワード・ウォルドロップ追悼」。

 小説は13本+3本。特集「テリー・ビッスン、ハワード・ウォルドロップ追悼」で4本、連載が5本+3本、読み切り4本。

 特集「テリー・ビッスン、ハワード・ウォルドロップ追悼」で4本。テリー・ビッスンが3本、「熊が火を発見する」,「ビリーとアリ」,「ビリーと宇宙人」。いずれも中村融訳。ハワード・ウォルドロップ「みっともないニワトリ」黒丸尚訳。

 連載の5本+3本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第13回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第53回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第23回,吉上亮「ヴェルト」第二部序章,夢枕獏「小角の城」第75回に加え、新連載の田丸雅智「未来図ショートショート」3本「二人のセッション」「本の中の実家」「AI文芸編集者」。

  読み切り4本。仁木稔「物語の川々は大海に注ぐ」,芦沢央「閻魔帳SEO」,イン・イーシェン「世界の妻」鯨井久志訳,ナディア・アフィフィ「バーレーン地下バザール」紅坂紫訳。

 特集から。

  テリー・ビッスン「熊が火を発見する」中村融訳。おふくろを見舞った帰り、弟と甥を乗せ州間高速道65号線を走ってる時、タイヤがパンクした。調子の悪い懐中電灯を甥に持たせタイヤを換えてたら、熊が松明を掲げ照らしてくれた。「どうも熊が火を発見したみたいだな」。

 タイヤ交換はもちろん、古タイヤを自分で再生する主人公は、フロンティア・スピリットを受け継ぎ何でも自分でやる古いタイプのアメリカ人。でも独身w いきなり松明を掲げた熊が後ろに立っても、あまし驚かないのは性根が座ってるのか呑気なのか、気丈な母親の血のせいか。

 テリー・ビッスン「ビリーとアリ」,「ビリーと宇宙人」どちらも中村融訳。腕白を通り越し暴れん坊な子供ビリーを主人公とした児童向け作品。初期のアメリカン・コミックみたいな、クソガキと荒唐無稽な出来事が出合う、ブラックで滅茶苦茶なお話。

 ハワード・ウォルドロップ「みっともないニワトリ」黒丸尚訳。鳥類学部の院生&助手のポール・リンドバールは、市バスに乗り合わせた老婦人に話しかけられた。「長いこと、そのみっともないニワトリはみてないわ」。マジか。見たことあるって? 「子供のころ、近所に飼っている家があったのよ」

 幻の鳥ドードー(→Wikipedia)をめぐる話。ポールが訪ねる合衆国南部ミシシッピ州の田舎の風景や人々の暮らしが、いかにも浮世離れしていてケッタイなシロモノを隠していそうで、雰囲気が盛り上がる。19世紀初頭から始まるグジャー一族の年代記も、やはり合衆国南部の歴史の中で生きてきた人々の暮らしが伝わってくる。

 連載。

  神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第13回。情報分析室での会合で明らかになった、雪風と人間の認識のズレを巡り、議論は続く。なぜ世界の認識が異なりながら、パイロットと雪風は協調できるのか。なぜ雪風は人間を認識できるのか。

 本能で現象を捕える田村大尉と、あくまで理性で理解しようとする丸子中尉。二人の間を取り持つのが桂城少尉ってのも意外ながら、リン・ジャクスンのジャーナリスト根性剥き出しの発想が凄いw そういやファースト・コンタクト物でもあるんだよね、この作品。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第53回。吉報と凶報を受けたバジルは、<クインテット>ら一味を集め、計画を語る。ハンターの合意を得た一味は、シルヴィアの奪還へと動き始める。

 いつのまにかリーダーらしく振る舞うようになり、率先して計画を立てるバジルが頼もしい。いや敵役だった筈なんだがw 二重・三重の防衛策を施すイースターズ・オフィスに対し、バジルの計画も用意周到で。

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第23回。<夏の区画>に続き、<多頭海の区画>も大きな災厄に見舞われる。そして舞台は再び青野へ。登場人?物たちが、AIだと自覚している点や、計算資源を意識して保存・調達してるあたりが、なかなかに斬新。

 吉上亮「ヴェルト」第二部序章。1793年1月21日。パリ処刑執行人のわたしシャルル=アンリ・サンソンは、革命広場で陛下の処刑を行う。今まで王国の命に従い多くの者の首をはねたわたしが。押し寄せた群集に不測の事態を危ぶんだが、陛下は堂々たる態度で最後に臨んだ。

 シャルル=アンリ・サンソン(→Wikipedia)は、処刑執行人でありながら、死刑反対論者という複雑な立場の人。第一部は最後でSFな仕掛けが出てきたが、第二部は序章から登場する。ギロチンが登場した背景など、歴史のトリビアが楽しい。

 新連載の田丸雅智「未来図ショートショート」3本「二人のセッション」「本の中の実家」「AI文芸編集者」。いずれも仮想現実や人工知能など、最近になって急速に発達した技術をネタにした作品。シュートショートというとフレドリック・ブラウンや星新一など、オチが黒いものと思い込んでたが、この三作はいずれも心温まる話なのが斬新に感じた。あと、「本の中の実家」はアップル社が喜びそう。

 読み切り。

 芦沢央「閻魔帳SEO」。1998年9月4日、人類は知った。死後の世界は八つの階層に分かれ、生前の行いで行き先が決まる。そこで死後の行き先を判断するアルゴリズムを解析し、より良き階層へと行けるようアドバイスする閻魔帳SEOなる業界が立ち上がる。困った事に、アルゴリズムの解析と公開は最悪の悪行と判断するようで…

 私もブログをやってるわけで、SEOにも強い関心を持ってる。そのため、笑えるツボがアチコチに。アップデートで泣き笑いとかねw 俗称の≪G≫も「某社かいっ」と突っ込みたくなったり。アルゴリズムとのイタチごっこも、つい「あるある」と頷いでしまうw 不意打ちのように散りばめたネット俗語も、いいスパイスになってる。

 仁木稔「物語の川々は大海に注ぐ」。「カリーラとディムナ」は、鳥や獣が登場人物の物語だ。この異国の物語は人気を博したが、翻訳・出版した<手萎えの息子>は捕えられ、審問にかけられる。判官殿は追及する。作り話で信徒たちを惑わせた、と。だが、本当の動機はむしろ権力争いのトバッチリか個人的な恨みらしい。書き手は判官殿に抗弁するが…

 舞台はイスラムが席巻して100年ほど後のバグダッドらしき都市。実話に対する作り話の意義、音声で伝えたモノと書き記したモノの違い、黙読と音読が読者に与える効果の違い、言語の違いが文学に与える影響、韻文と散文、語ることと書くことの違いなど、物語好きにはたまらない話題が続々と続く。

 なお、イスラム教の特徴の一つは、聖典への姿勢だ。他の宗教は著者も編者も怪しい聖典が多い。仏教に至っては日本人が勝手に経典を書いたり。だがイスラム教はムハンマドの言葉を正確に伝えることに心血を注ぎ、またアラビア語で記されたものだけをコーランとした。他言語に訳してもいいが、訳した物はコーランではない。本作を味わう一助になれば幸いである。

 イン・イーシェン「世界の妻」鯨井久志訳。パンの夫は、脱出ポッドから宇宙空間に放り出されて亡くなる。パンは頼んだ。埋葬のため、夫の遺体を回収してほしいと。夫の姿は変わり果てていた。

 3頁の掌編ながら、いやだからこそ、オチの鋭い切れ味が光る作品。

 ナディア・アフィフィ「バーレーン地下バザール」紅坂紫訳。 近未来のバーレーン。癌を患った老女ザーラは、息子のフィラズと嫁のリーマに隠れて、地下バザールに通う。仮想没入室で、死にゆく人々の最後の瞬間を味わうために。その日は、ヨルダンのベドウィンの老女のものだった。ペトラ遺跡で、観光客を案内している最中に、崖から飛び降りたのだ。

  オイルマネーを背景に、凄まじい勢いで近代化というより未来化してゆくバーレーンと、砂漠での暮らしを続けてきたベドウィンの対比が巧みで、「アラブも様々なんだなあ」と今さらながら思い知る。因習的なアラブ世界で、ザーラは誇り高く気丈に生きてきたんだろうなあ。息子夫婦の重荷である事を受け入れられないザーラの気持ちが身に染みる、優れた老人SFでもある。

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2024年4月 7日 (日)

SFマガジン2024年4月号

まともな幽霊屋敷なら、少なくともひとつは秘密の部屋がある。
  ――ジョン・ウィズウェル「幽霊屋敷のオープンハウス」鯨井久志訳

 376頁の標準サイズ。

 特集は「BLとSF」として、小説5本に高河ゆんインタビューなど。

 小説は13本。特集「BLとSF」で5本、連載が5本、読み切り3本。

 特集「BLとSF」の5本。榎田尤利「聖域」,竹田人造「ラブラブ☆ラフトーク」,莫晨歓「監禁」楊墨秋訳,尾上与一「テセウスを殺す」,樋口美沙緒「一億年先にきみがいても」。

 連載の5本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第12回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第52回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第22回,吉上亮「ヴェルト」第一部第四章,夢枕獏「小角の城」第74回。

  読み切り3本。ジョン・ウィズウェル「幽霊屋敷のオープンハウス」鯨井久志訳,ユキミ・オガワ「さいはての美術館」勝山海百合訳,草上仁「テーマ」。

 特集から。

 榎田尤利「聖域」。人類は暴力を撲滅した。自らの遺伝子を改造してまで。テオは人里離れた邸宅に一人で住んでいる。邸宅はLBを備えている。健康状態まで完璧にサポートするシステムだ。テオは、そのLB開発者の一人でもある。そんなテオの家に、一人の青年が訪ねてきた。

 テーマの一つはアシモフの三原則よろしくヒトを守る使命を負うAI/ロボットと、いささかアレな趣味のテオの葛藤…と思わせて、そうきたか。お話のアイデアもさることながら、冒頭部の靴擦れの描写が抜群に巧い。読んでて本を閉じたくなるぐらい、痛みが伝わってくる。ところがテオときたら。

 竹田人造「ラブラブ☆ラフトーク」。対話型個人推薦システムのラフトークは、生活上のたいていの選択で利用者の好みと利益に合う選択肢を教えてくれる。ネクタイの柄から朝食のメニューまで。タカナシこと小鳥遊もラフトークを使っている。ところが、そのラフトークの開発者で大金持ちのジャック・トーカーにしつこく求婚され…

 筆者お得意のAIドタバタもの。ラフトークの仕様が、やや天邪鬼な私にもピッタリな設定なのが嬉しいw いやここまで作りこまれると、逆に疑心暗鬼になりそうだけどw この手の物語に欠かせない、大金持ちの無駄遣いの波状攻撃が楽しい。

 莫晨歓「監禁」楊墨秋訳。俺は鎖につながれ、狭い部屋に閉じ込められている。どれほどの日時が過ぎたのか、それすらわからなくなってきた。ときどき、頭上の窓が開き、あいつが覗き込んでくる。けっこう美形だ。

 やたら「変態」を連呼するのが珍しい。中国の小説投稿サイトに掲載された作品。訳の楊墨秋による、中国のBL動向の解説が、たった1頁ながら、いや短いからこそ、簡潔にしてわかりやすい。欧米より中国の方が、日本のアニメや漫画の影響が大きいのは、なぜなんだろうね。

 尾上与一「テセウスを殺す」。ネットワーク上に散らばったデータから、人格らしきモノを再構成できるようになった時代。だが『意志』は肉体保持者のみのはずだった。にも拘わらず、他人の肉体を乗っ取る凶悪犯罪が増える。検察庁検務部執行事務局特殊執行群は、そんな犯罪者の確保・処刑を担う。レオはバディのデニスを失い、次のバディはデニスの恋人トーリが割り当てられた。

 雰囲気はアニメ「PSYCHO-PASS」や漫画「攻殻機動隊」を思わせる。執行群が使う高機動多用途装輪車両ライノや超荷重情報統合装置搭載銃アルテミスなどのガジェットが活きてる。終盤の展開は緊張感が溢れていて、思わず列車を乗り過ごすところだった。

 樋口美沙緒「一億年先にきみがいても」。人類が地球に住めなくなり、多くの星に移り住んだ未来。20歳のトーリな名もない星で、たった一人で住んでいる。父と祖父がいたが、15になるまでに亡くなった。トーリが楽しみにしているのはラジオ。

 オメガバース物。SFというよりメルヘンな感じ。なぜ・どんな歴史と経緯を経てオメガバースな世の中になったのか、その背景事情の説明が丁寧で楽しい。つまりは愛想つかされたんだよねw

 連載5本。

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第22回。<多頭海>を舞台に、石化天使たち,ランゴーニ,その妻となったラーネアを巻き込んで、大きな異変が巻き起こる。映像化したら映える絵になるだろうけど、予算がとんでもないことになるだろうなあ。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第52回。<クインテット>は、シルヴィアとラスティに続き、ベンヴェリオにまで異変が起きた。そのため、シルヴィアはベテランの始末屋<キラー・サブ>に狙われる。奴はいったん仕事を引き受けたら、誰とも連絡を取らず姿を消す。イースターズ・オフィスはシルヴィアを守るため思い切った手段に出る。

 バロット&ライムのじれったさと、シルヴィア&バジルの気恥ずかしさが対照的な回w とまれ、今回はシルヴィアがお話の中心となって、事態を次々に変えてゆく。バジル君、がんばれ。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第12回。情報分析室で関係者が集まる。ジャーナリストのリン・ジャクスン,日本海軍の丸子中尉,とりあえず今は日本空軍の田村大尉,そしてFAFのブッカー少佐,深井大尉,桂城少尉。ブッカー少佐が口火を切るが、すぐに丸子中尉と田村大尉の激論が火を噴き…

 マトモにやり合ったら、互いにカチ合うばかりの面子かと思いきや、桂城少尉が実に巧いこと互いの勢いを外しまくり、そういう点では意外な大活躍。いやあ、多角的な視点って、大事ですねw そして、最後に雪風の視点による爆弾が。

 吉上亮「ヴェルト」第一部第四章。ソクラテスは家族や友人たちと対話を交わした後、毒を呑んだ。その場にプラトンはいなかった。クセノフォンと共に船に乗り、海に出たのだ。そこでプラトンは異様なモノに出会う。

 これまではプラトンの視点で主にソクラテスとの対話を中心に話が進み、「どこがSFなのか?」と疑問を感じながら読んでいたが、やっとソレらしい仕掛けが出てきた。しかも、これまでの対話にちゃんと仕掛けが施してある。

  読み切り3本。

 ジョン・ウィズウェル「幽霊屋敷のオープンハウス」鯨井久志訳。ポイズンウッド通り133番地の屋敷は、1989年からずっと誰も済んでいない。不動産業者のワイス夫人が内覧会を開催する今日は、何人かの客が訪れた。うち一組はITエンジニアの父と四歳の娘。商談を成功させたいのはワイズ夫人だけじゃない。

 IT系で反オカルトな父と、元気に暴れまわる四歳の娘。娘の様子から、娘に抱いている愛情が伝わってくる。そんな二人を見守る幽霊屋敷。穏やかでユーモラスな語り口ながら、最後の文章が泣かせる作品。

 ユキミ・オガワ「さいはての美術館」勝山海百合訳。この惑星に降り立ったときより、彼女の身体は小さく軽くなった。乗り組んでいた、あの人も。あなたは、ここで膨大な数の展示品を修復してきた。

 主な登場人?物は、<彼女><あなた><あの人>の三人で、舞台は無人の惑星の波打ち際。人のいない美術館で、静かに物語は語られる。

 草上仁「テーマ」。VR環境設定ソフトが発達し、誰もがその日の自分の気分に合わせて現実をアレンジするテーマを設定できる時代。その日の朝、結婚三年目の僕は、好きな古い小津安二郎の映画に合わせて「昭和の清貧」をテーマに選んだ。

 一時期、Webブラウザや音楽プレーヤーの見た目の雰囲気を変えるテーマが流行ったけど、あくまで見た目を変えるだけで、実質的な機能が増えるワケじゃなかった。この作品のテーマも同じ。昭和といっても長くて60年以上もあるわけで、初期と末期じゃだいぶ違うんだが、まあそこは草上仁だしw

 「昭和」「テーマ」で真っ先に思い浮かべたのがコレ。あくまでブルースでありながら、いかにも大阪出身のコテコテなトンカツソースの匂いをプンプン漂わせた感じがたまらんです。

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2024年2月20日 (火)

SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2024年版」早川書房

 今年も出ました年に一度のお祭り本。

 ベストSF2023の国内篇はフレッシュな顔ぶれが多くて、今の日本SF界が盛り上がってるのがよくわかる。海外篇は「やっと出たか」的な作品がアチコチにあるのが嬉しい。あと、竹書房の活躍も期待が高まる。そういやクリストファー・プリーストは…よく間に合ったと考えよう、うん。とか言いつつ、ベストSFに入ってる作品は一作も読んでないんだけど。

 「国書刊行会50年の歩み」って、そんな本が出てたのか…と思ったら小冊子かあ。手に入れるの難しそうだなあ。悔しい。

 科学ノンフィクションは ChatGPT と AI が大暴れ。俺的には大規模言語モデルを AI と呼びたくて、懐かしの論理的なモデルの復活を願うんだが、これも世の流れか。SFコミックも AI やロボットが人気だなあ。

 SFドラマは「全て配信作品になった」。カネのかかるSF物も、配信ならモトが取れるんだろうか。ちなみに全部海外作品。

 そういや漫画や小説の映像化で原作改変が話題になってるが、私は「バーナード嬢曰く。」の実写化なら原作改変というか登場人物全とっかえも許すぞ。例えば舞台は区立図書館で登場人物は近所に勤める男女。これならセットも衣装も金をかけずに済む。いっそ15分番組でドラマ部分は3分程度、残り時間はゲストの芸能人が好きな本について喋る、とか。で、最初のゲストは池澤春菜で。いや別に何も企んでないです、はい。

 第11回ハヤカワSFコンテスト特別賞を受賞しSFマガジン2024年2月号の冒頭を飾った衝撃作の間宮改衣「ここはすべての夜明けまえ」は3月に書籍化。これを機に多くの人に読まれるといいなあ。 

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2024年2月 4日 (日)

SFマガジン2024年2月号

2123年10月1日ここは九州地方の山おくもうだれもいないばしょ、いまからわたしがはなすのは、わたしのかぞくのはなしです。
  ――間宮改衣「ここはすべての夜明けまえ」

 376頁の標準サイズ。

 特集は「ミステリとSFの交差点」として短編4本+座談会&作品ガイド。

 小説は10本。うち連載は5本、特集「ミステリとSFの交差点」で4本、加えて第11回ハヤカワSFコンテスト特別賞受賞作「ここはすべての夜明けまえ」一挙掲載。

 連載5本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第11回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第51回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第21回,吉上亮「ヴェルト」第一部第四章,夢枕獏「小角の城」第73回。

 読み切り5本。特集「ミステリとSFの交差点」4本で、荻堂顕「detach」,芦沢央「魂婚心中」,大滝瓶太「恋は呪術師」,森晶麿「死人島の命題」。そして間宮改衣「ここはすべての夜明けまえ」。

 連載小説。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第11回。深井零の代わりに、エディス・フォス精神科軍医の診察を受ける羽目になった桂城少尉。だが、診察とは名ばかりでビールを飲みながら雑談することに。

 今回も桂城少尉にスポットが当たる回。田村大尉とは違った意味で、桂城少尉のメンタルの強さが光る回。雪風もその辺を判ってるみたいなのが、なんともw そしてジャムの正体について、なかなか面白い考察が。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第51回。ハンターの選挙運動は好調だ。しかしシルヴィアと共に共感を失い暴走したラスティは、自分が元凶ではないかと悩む。共感は失っても忠誠は残っているのだ。この事態は更に悪化し…

 ハンターを中心としたクィンテットの描写が多いこの作品、今回もハンターの目論見が語られる部分では、「コレはコレでアリじゃね?」な気分になるから怖い。だってさ、もしハンターがもっと恵まれた環境にいたら、クィンテットの面子はだいぶ違ってたし、それに伴って手段も合法的な方法を取っただろうし…って、ソレはソレで怖いなあ。

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第21回。なんの因果かランゴーニに輿入れする羽目になったラーネア。嫁の役割りは何かと思えば、意外とラーネアの性分に合った…

 今までグロテスクな描写が多かったこの作品、今回もグロテスクな場面もあるが、絢爛豪華なシーンも少々。そしてトボけた爺さんかと思われたニムチェンが意外と…

 吉上亮「ヴェルト」第一部第四章。デロス島へ向かった聖船使節はアテナに帰ってきた。もはやソクラテスの処刑は逃れられない。最後の面会へと赴くプラトンに、ソクラテスは問答を持ち掛ける。

 今回はこの問答の場面が読みどころだろう。<テセウスの船>(→Wikipedia)を足掛かりとして、ソクラテスが世界観を広げてゆくあたりは迫力がある。

 特集から。

 荻堂顕「detach」。<柩>を守るかのように囲む6人の男女。互いの名も知らず、だが目的は一致していて、それぞれ武装している。目的地は14kmほど先。雨の中、推奨されたルートを辿り彼らは陣形を組んで進む。住宅地を通るが、人影はない。やがて雨は別の物に変わり…

 長編の冒頭部分。ミステリと言うよりホラーの雰囲気だ。最初はゾンビ物か?と思ったが、登場人物たちの脅威となるのはもっとおぞましいシロモノみたいだ。人間は滅びかけていて、登場人物たちは数少ない生き残り、という以外、世界設定はまだ明らかになっていない。

 芦沢央「魂婚心中」。配信の切り忘れの14秒で、私は浅葱ちゃんハマった。浅葱ちゃんを中心に暮らしのすべてが回り始めた。幼い頃は珍しい風習でしかなかった死後結婚だが、アプリ Konkon の普及とアップデートにより、フォロワー数がステータスとなる。浅葱ちゃん情報を嗅ぎまわり解析した私は、浅葱ちゃんの Konkon アカウントを突き止め…

 SNS や Youtuber と冥婚(→Wikipedia)を組み合わせた、ホラー風味の作品。初めてコメントを投稿する時の緊張と興奮とかは、自分でも覚えがあるだけに、とても生々しく感じた。

 大滝瓶太「恋は呪術師」。三人目の被害者が出た。みな心臓を鉄の矢で撃ち抜かれている。最初の犯行現場は繁華街で次は混雑した飲食店。だが目立ちそうな弓を持つ者を、誰も見ていない。担当となった刑事の地上歩は三件目の監視カメラを調べ、弓を背負う男を見つけるが、同僚には男が見えない。

 犯人も刑事も、疲れた勤め人ばかりなのが切ないw それに比べ、とっくの昔に仕事を辞めた某の、なんとのびのびしていることかw 出勤が辛い時の通勤電車では読んじゃいけない作品。

 森晶麿「死人島の命題」。抹殺された難民たちの中で、レノア・サノとアッシャーのただ二人だけが生き残った。その日、レノアはヴァシュターと名のる男に頼まれる。「<死人島>に関する命題を解いてほしい」

 アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」を意識した作品なのは分かるが、すんません、クリスティは「春にして君を離れ」しか読んでないです。

 最後に、第11回ハヤカワSFコンテスト特別賞受賞作「ここはすべての夜明けまえ」一挙掲載。

 間宮改衣「ここはすべての夜明けまえ」。101年前に亡くなった父の望みで、主人公は家族史を書き始める。病の苦しみから逃れるため融合手術を受けた主人公は、老いずに長い時を生きた。母は主人公を産む際に亡くなる。家族と呼べるのは、父、兄一人、姉二人、そして姉の息子一人。

 読み始めは「ひらがなばっかしで読みにくい」と思ったが、読み進めるに従い物語に引き込まれ、読み終えた後は暫く他の物語を読まず妄想に浸った。SFというより、文学として強烈なパワーがある。幾つかの点で、主人公はフリーレンに似てる。引きこもりで長命な割に幼く人の心の機微に疎い…と思ってたら。最後、主人公は大きな選択を迫られる。主人公の決意を、私は成長への望みと受け取った。前号の選評を読み返すと更に味わいが深まる。この作品を特別賞に推した選考委員を讃えたいし、ハヤカワSFコンテストに応募した作者にも感謝したい。読者によって多様な感想を抱く作品だ。

 ということで、間宮改衣「ここはすべての夜明けまえ」だけで充分以上に満足できた号です、はい。

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2023年11月 6日 (月)

SFマガジン2023年12月号

黒板に視線を戻す。都市がもっとも築かれやすい場所の決定的要因の過箇条書きリストが、二つの三角形が相似であることの判定基準の一覧に置き換わっていた。
  ――グレッグ・イーガン「堅実性」山岸真訳

 376頁の標準サイズ。

 特集というか、表紙で目立つのは3つ。スタニスワフ・レム原作・マンガ森泉岳士「ソラリス」,グレッグ・イーガン「堅実性」山岸真訳,第11回ハヤカワSFコンテスト受賞作発表。あと映画「攻殻機動隊 SAC 2045 最後の人間」公開記念の記事も特集でいいんでない?

 小説は10本。うち連載5本,読み切り4本に加え、第11回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作の矢野アロウ「ホライズン・ゲート 事象の狩人」冒頭。

 連載5本は、神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第10回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第50回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第20回,吉上亮「ヴェルト」第一部第三章,夢枕獏「小角の城」第72回。

 読み切り4本+1本は、グレッグ・イーガン「堅実性」山岸真訳,小野美由紀「母と皮膚」,十三不塔「八は凶数、死して九天」後編,草上仁「本性」と矢野アロウ「ホライズン・ゲート 事象の狩人」冒頭。

 連載小説。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第10回。基地に帰投した雪風と深井零大尉と田村伊歩大尉を、桂城彰少尉とブッカー少佐が迎えた。桂城が雪風の前席に座りATDSを調べると、人語解析システムが活発に動いている。雪風を下りた零と伊歩を桂城が見送ると、小さな電子音がして…

 今回は桂城少尉に焦点が当たる回。当初、田村大尉とは相性が悪そうだな、と思っていたが、なんかうまくやれそうなのが意外w その桂城に雪風が話しかける手法も、実に雪風らしい。深井零・田村伊歩・桂城彰そして雪風が、それぞれにチームになろうとしているのが感慨深い。にしても雪風、人間なら何歳ぐらいなんだろ? 思考速度で計算すると高齢だが、外部との刺激のやりとりで考えると幼いんだよね。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第50回。シルヴィアとの食事は成功した。だが、これ以上のハンターたちへの踏み込みは慎重に進める形でイースターズ・オフィスの意見は一致する。その後、イースターはウフコックに告げる。再度ぼ検診が要る、体の一部に異常が見つかった、と。集団訴訟の準備も着々と進み…

 ウフコックの検診場面はかなりショック。今回のお話の中心は集団訴訟の準備。クローバー教授が用意した証人、エリアス・グリフィンとジェラルド・オールコック医師、それぞれにクセが強くキャラが立ってる。

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第20回。ラーネアはニムチェンの部屋へ行き、ニムチェンが絵を描くのを見ている。ニムチェンが横に線を引くだけで、絵は塗り替わっていく。やがて現れるのは、ランゴーニがひとり住む本島。その本島に、ナツメとコオルは貨物船で向かう。その周囲は石化した天使が囲っていて…

 ニムチェンの動く絵、というか画布の秘密に唖然。そんな画布があったら、使ってみたいような怖いような。いや絵心のない者にとっては、有難い気がする←をい ところがお話は、そんあ呑気な展開じゃなくなって。

 吉上亮「ヴェルト」第一部第三章。プラトンは、脱獄し亡命するようソクラテスの説得を続ける。だが、ソクラテスは穏やかな態度ながら決意は揺らがず、「神霊が囁くんだ」とプラトンに告げる。幸か不幸か、聖船使節は予定をはるかに過ぎても戻らず…

 記録された史実に依るなら、ソクラテスの命はない。少なくとも、Wikipedia で調べた限りでは。これまでなんとも煮え切らない態度だったクリトンの思惑は、いかにも老練な実務家っぽいんだが、ソクラテスは気に入らないだろうなあ。

 読み切り4本+1本。

 グレッグ・イーガン「堅実性」山岸真訳。突然、黒板に書いてあるモノが変わる。教師もクラスメイトも、見慣れぬ者ばかり。ノートはあるが、中は自分の文字じゃない。13歳のオマールは戸惑いながら、世界がどうなったのか考える。人もモノも入れ替わった。似ているけど、違う人/モノに。しかも、入れ替わりは一回だけでなく…

 イーガンだが、難しい数学も科学も出てこない、ある意味50年代SFの延長にある作品。自分のやった事は、自分に似た、だが違う者に引き継がれる。周囲の人々は次々と入れ替わる。そんな状況で、人はどう振る舞うのか。社会は、文明は、維持できるのか。インフラというと電気や水道が思い浮かぶが、現代ではスーパーやコンビニもインフラで、そういう機能を維持している人への敬意が増す。

 小野美由紀「母と皮膚」。神経伝達繊維を織り込んだセンサリースーツを着込んで、ツキは海に潜る。かつて母が暮らした島。センサリースーツは皮膚感覚をそのまま遠隔地へ届ける。天上約350kmの宇宙に浮かぶコンドミニアムにいる母に。現地で雇ったガイドは不愛想で…

 センサリースーツ、いいなあ。アレな使い方も思い浮かぶけど、バンジージャンプとかも面白そう。宇宙ステーションがあるなら、無重力も体験したい。最後の四行で驚いた。懐が深いなワコール。

 十三不塔「八は凶数、死して九天」後編。紫禁城の地下で、死の遊戯が始まる。集まったのは四人。未来を覗ける陳魚門とバート・レイノルズ、韓信将軍に扮した男、そして女ながら科挙で状元(最終試験で第一等)に輝いた傅善祥(→Wikipedia)。遊戯は双六と陳魚門の雀汀牌を組み合わせたもので…

 さすがに麻雀そのもので決着、とはいかないか。まあ、あれだけ複雑なルールを、現場でいきなり説明して理解しろったって無茶だもんなあ。でも、リーチっぽいのやチーがあったりして、馴染み深さと斬新さが混じりあう、不思議な感覚が味わえる。にしても、カンのルールが凶悪すぎw

 草上仁「本性」。星際会議で、哺乳類代表のガダー公使がダイノソア代表のホダル大使をチクチクとつつく。多様な種族間の駆け引きで、相手の過去の仕出かしを持ち出して、マウントを取ろうとするのも、もはや恒例の外交手順となっている。ガダー公使は、なんと考古学調査隊が発掘した遺跡の出土品を例にとり…

 外交官どうしの陰険なやり取りが楽しい作品。なにせ早川書房の地下金庫に多量の未発表原稿が眠っていると噂されている著者だ。それだけに、今回のガザの紛争を紀元前の歴史から掘り返す論調を揶揄するつもりはないだろう。でも、そう読めてしまうのは、SFの普遍性なんだろうか。あ、もちろん、短編の名手だけあって、綺麗にオチてます。

 矢野アロウ「ホライズン・ゲート 事象の狩人」冒頭。惑星カントアイネの砂漠ヒルギスで射手=狩人として育ったシンイーは、国際連合軍にスカウトされる。仕事は地平面探査基地ホライズン・スケープから耐重力探査船に乗り込み、パメラ人と共に巨大ブラックホールのダーク・エイジを探査すること。もちろん、お目当ての探し物はちゃんとあって…

 出だし、シンイーが砂漠の夜明けを迎える場面が素晴らしい。匂いが呼び覚ます気分という肉体的・本能的な反応と、その匂いの原因を解析して論理を紡ぐ理性的・科学的な思考を、たった9行で端的に結び付けている。感覚を重んじる文学=アートと、事実を元に論理的な思考を重ねる科学。その両者に橋を架けるSFならではの可能性を鮮やかに示す、卓越した場面…

 と、思ってたら、なんてこったい。この仕掛け、まんまとやられたぜ。

 本誌掲載の冒頭だけだと、狩猟を稼業とする部族社会に育ったシンイーの描写が多く、バディとなるパメラ人の登場場面は少ないが、天才射手少女(だった)シンイーのキャラも、バリバリに立ってる。いやすぐにムニャムニャ…。本当に新人なんだろうか。

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2023年9月10日 (日)

SFマガジン2023年10月号

本特集「SFをつくる新しい力」はSFファン活動と、いまSF小説を読む若者に焦点を当てて、その動機や傾向を探ったものである。
  ――特集「SFをつくる新しい力」 特集解説

「どうせ目に見える美しさは、わたしにはよくわからないので」
  ――キム・チョヨブ「マリのダンス」ユン・ジヨン訳カン・バンファ監修

光合成してる、わたし。
  ――M・ショウ「孤独の治療法」鯨井久志訳

「きみの目は、邪眼だ」
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第9回

「私に完全な遊戯を作らせろ、<大三元>の天才よ、あんたの力が要る」
  ――十三不塔「八は凶数、死して九天」前編

 376頁の標準サイズ。

 特集は橋本輝幸監修「SFをつくる新しい力」。日本と中国のSFファン活動や若いSF読者の傾向そして若手SF作家の作品。プロとファンの境の曖昧さや、ファン活動が話題になるのもSFの特徴だろう。

 小説は11本。

 まず特集「SFをつくる新しい力」で3本。キム・チョヨブ「マリのダンス」ユン・ジヨン訳カン・バンファ監修,王侃瑜「隕時」大久保洋子訳,M・ショウ「孤独の治療法」鯨井久志訳。

 連載は5本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第9回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第50回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第19回,吉上亮「ヴェルト」第一部第二章,夢枕獏「小角の城」第71回。

 読み切りは3本。十三不塔「八は凶数、死して九天」前編,草野原々「カレー・コンピューティング計画」,SF作家×小説生成AIで池澤春菜「コズミック・スフィアシンクロニズム」。

 特集「SFをつくる新しい力」。

 最初の10代~20代SF読者アンケート結果が興味深い。アンケート対象は日本と中国の若いSF読者で、好きなSF作家や好きなSF小説を訊ねた。三体シリーズの劉慈欣は圧倒的な人気。中国ファンの強い支持を受けアイザック・アシモフやアーサー・C・クラーク,そしてまさかのジュール・ヴェルヌのベスト10入りが驚き。

 勝手な想像だが、二つの理由があるんじゃなかろか。

 一つは中国のSF出版の若さと薄さ。歴史が積み重なり書き手が増えると、古典より今勢いがある作家・作品の比率が増える。日本で小松左京がないのも、伴名練や円城塔が面白くて勢いがあるためだろう。逆に出版界が若く作家の層が薄いと、実績のある海外作家の翻訳の比率が増える。私が出版社を経営する立場なら、売れた(そして今も売れている)作家・作品を優先して出す。だって安全牌だし。

 もう一つは、ファンの気質。生真面目な人が多いんだと思う。だもんで、「んじゃまず基礎教養から」的な態度で、古典と呼ばれる作品から積極的に挑んでるのかな、と。

 いやいずれも全く根拠はないんだが。

 キム・チョヨブ「マリのダンス」ユン・ジヨン訳カン・バンファ監修。ソラは元ダンス教師。友人の頼みで、モーグのマリにダンスを教える羽目になる。モーグは視知覚に異常があり、今では未成年の5%ほどを占める。ダンスの美しさが、マリには理解できないはずだと思いつつも、ソラはレッスンを続ける。後にマリは「失敗したテロリスト」と呼ばれることになる。

 一種のミュータント・テーマだろうか。グレッグ・イーガン「七色覚」(「ビット・プレイヤー」収録)とシオドア・スタージョン「人間以上」を思い浮かべた。現実をどう認識するかってレベルで食い違っちゃうと、色々と共存は難しいだろうなあ。

 王侃瑜「隕時」大久保洋子訳。隕石から抽出した物質T-42は、人間の時間を加速させる。これにより時間当たりの生産性は上がり、人々はこぞってT-42を求めるようになった。だが、T-42の接種には思わぬ副作用があって…

 冒頭の、加速した人の描写が素晴らしいというか、とってもわかりやすい。 基本的なアイデアは本川達雄「ゾウの時間 ネズミの時間」中公新書に似ている。あんな違いが、人間同士のなかで起きたらどうなるかを、忙しい現代の世情で思いっきりデフォルメして描いた作品なんだが、オチが壮大で酷いw

 M・ショウ「孤独の治療法」鯨井久志訳。パンデミックで街はロックダウン。飼い猫のヘンリーは死んだ。元カレのグレームは身勝手でしつこい。会社は倒産寸前。家賃は値上げの危機。フォロデントロン(サトイモ科)の挿し木をピクルス汁の瓶に突っ込んだら、わたしはマジの植物女になった。

 元カレのストーカー気質も酷いが、語り手の一言居士っぷりも相当なもんw 語り手は元々なのか変異の影響なのか、判然としないあたりも、この作品の味だろう。一人暮らしの奇行は、きっとよくある話。静かに、だが着実に、現実も語り手の心境も変わってゆく。懐かしのTVドラマ、トワイライト・ゾーンのような風味の作品。

 連載小説。

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第19回。仮想リゾート<数値海岸>の<陶の区界>。ラーネアはゲストに手を添えて土を捏ね轆轤を回し陶器を焼いてきた。だが<大途絶>でゲストの訪れは途絶えたが、ラーネアたち区界の住人はゲストの訪れを待っていた。そこに<天使>が現れ、一夜で壊滅寸前に追いやる。住民たちを救ったのは<園丁>と蜘蛛。

 舞台も登場人物も前回までとまったく違って驚いた。いや数値海岸なのは同じなんだけど。とまれ、描かれる<陶の区界>とゲストの関係は、相変わらずグロテスクで想像を絶している。ここに現れた<天使>とその能力も、実に禍々しい。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第50回。<イースターズ・オフィス>はシルヴィアを確保し、ハンターらの情報を掴もうと尋問を始めたが、シルヴィアのガードは固い。彼女に希望を与えるべく、レイ・ヒューズの協力を得てセッティングしたバジルとの会食は相応の効果を発揮したが、ハンターへのシルヴィアの忠誠は揺るがず…

 シルヴィアの生い立ちが語られる回。シリアスな回想のあとに何言ってんだアビーw <イースターズ・オフィス>の面々が、シルヴィアの忠誠をカルト教団の信仰になぞらえているのは、分かるようなヤバいような。にしても、ペル・ウィングの乱入には笑ったw 言い訳してるけど、趣味だろ、絶対w 

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第9回。今度は零が前席に、伊歩が後席で出撃した雪風。基地をバンカーバスターで攻撃した超音速爆撃機オンロック3機を追う雪風だが、零と伊歩の認識は食い違い…

 ジャムを見破る田村伊歩大尉が、いよいよ本領を発揮しつつあるのがワクワクする。彼女の登場に取り、零ばかりか雪風までも大きく変わってきているのもいい。これまで、零も雪風も互いを道具として認識していたのが、彼女が加わることでチームとしてまとまり始めたのか、またはシステムとして機能しはじめたのか。

 吉上亮「ヴェルト」第一部第二章。ソクラテスは死刑宣告を受ける。師を救おうと駆けずり回るプラトンを、暴漢が襲う。プラトンの危機を救ったのはクセノフォン。ペルシアに出征していたが、いつの間にかアテナイに戻っていた。暴漢の遺留品を頼りに黒幕を追う二人だが…

 悪妻として有名なクサンティッペ(→Wikipedia)が、なかなかに楽しい人に描かれてるのが好き。連れ合いがあれぐらい浮世離れしてると、これぐらいでないと務まらないのかもw 死刑の仕掛け人アニュトスも、駆け引きに長けた商人/政治家なんだが、ソクラテスの頑固さは読み切れなかった模様。

 読み切り小説。

 SF作家×小説生成AIで池澤春菜「コズミック・スフィアシンクロニズム」。宇宙最大のスポーツイベント、コズミック・スフィアシンクロニズム。惑星アストロニアまで小惑星を運び、惑星軌道を輪のように取り囲むソラリスの穴へ小惑星を押し込む競技だ。有名な競技者の父が突然に失踪したため、ライアンは素人ながら出場する羽目になった。ところがライアンはとんでもない方向音痴で…

 今までのSF作家×小説生成AIでは、最も短編SF小説としてまとまっている。このまんま映像化してもいいぐらい。語り口はスピーディでユーモラス、お話はトラブルとアクション満載で波乱万丈ながら大きな破綻もなく、登場人物は個性的でキャラが立ってる。特にミラの口の悪さがいい味出してるw

 草野原々「カレー・コンピューティング計画」。AIというか大規模言語モデルの進歩と普及により、小説家のわたしは追い詰められていた。芸風がAIとカブっているのがマズい。あてどもなく散歩に出たわたしは、さびれた地区で万物極限研究所なる家に迷い込み…

 出だしから著者の不安と開き直りが炸裂するあたり、いかにも草野原々らしくていいw 怪しげな研究所に怪しげなマッド・サイエンティストが巣食い、怪しげでやたら稀有壮大な理論を披露するあたりは、懐かしい50年代のアメリカSFを古風な日本文学の文体で語りなおした雰囲気。

 十三不塔「八は凶数、死して九天」前編。19世紀半ばの清。陳魚門は童試に及第したが、賭場に通いつめ無為に日々を過ごす。豪商の白蛟爬とチンピラの彭侶傑を相手に素寒貧になった陳は、夢のようなものを見る。勝負中に見えたモノを白蛟爬に告げた時、陳の運命は大きく変わった。

 日本じゃ専門の漫画雑誌があるぐらい普及している麻雀の起源を扱う作品。今WIkipediaで調べたら、それなりに史実を踏まえてるんだなあ。白蛟爬は大物感と胡散臭さが漂う、いかにも裏がありそうな老中国商人なのがいい。

 伴名練「戦後初期日本SF・女性小説家たちの足跡 第九回 稀代の幻想小説家とSF界をめぐって 山尾悠子」。荒巻義雄の「現実な問題として山尾悠子のようなタイプの作家を育てる土壌は、今日、SF界以外には存在しないからだ」が、当時のSF界の気概を示していて嬉しい。ホント、そういう役割を引き受けてこそSFだと思う。

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2023年7月24日 (月)

SFマガジン2023年8月号

『ハロー、シザース。一緒に遊ぼうよ』
  ――冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第48回

弁明者の名を記そう。
アリストンの子アリストクレス。人々はわたしを、プラトンと呼ぶ。
  ――吉上亮「ヴェルト」第一部

樹木はすばらしい。種子ならもっとすばらしい。
  ――イザベル・J・キム「宇宙の底で鯨を切り裂く」赤尾秀子訳

昔、まだずっと小さかった頃、ここで飛行船を見た記憶がある。
  ――高野史緒「グラーフ・チェッペリン あの夏の飛行船」冒頭試し読み

 376頁の標準サイズ。

 特集は「≪マルドゥック≫シリーズ20周年」として、冲方丁のエッセイやシリーズガイドなど。

 小説は12本。

 うち連載は5本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第8回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第48回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第18回,新連載の吉上亮「ヴェルト」第一部,夢枕獏「小角の城」第70回。

 読み切りは7本。小川一水「殺人橋フジミバシの迷走」,ジョン・チュー「筋肉の神に、敬語はいらない」桐谷知未訳,イザベル・J・キム「宇宙の底で鯨を切り裂く」赤尾秀子訳,草上仁「毒をもって」,パク・ハル「魘魅蟲毒」吉良佳奈江訳,高野史緒「グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船」冒頭試し読み,SF作家×小説生成AIで松崎有理「超光速の遺言」。

 特集は「≪マルドゥック≫シリーズ20周年」、冲方丁特別寄稿「『マルドゥック・アノニマス』精神の血の輝きを追い続けて」。「初期のプロットにハンターはいなかった」にびっくり。あれだけ魅力的で物語を引っぱる人物が、最初の構想にはなかったとは。創作って、そういうもんなんだろうか。

連載小説。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第48回。ラスティとシルヴィアは、暴走して<楽園>への襲撃を企てる。二人を待ちうけていたのは、意外な勢力の連合だった。

 今回は急転直下な驚きの展開が次々と訪れる。ラスティとシルヴィアを待ちうける面々もそうだし、その後に明かされる過去の因縁も、長くシリーズを追いかけてきた読者へのプレゼントだ。加えてイースターズ・オフィスの面々が、実に似合わない話し合いをする羽目にw

 新連載の吉上亮「ヴェルト」第一部。ソクラテスは理不尽な裁判により死刑の判決が下り、牢に送られた。幸いにして処刑は延期され、師を救うためプラトンは奔走し、脱獄の手配までするが、肝心のソクラテスは判決に従おうとしていた。

 ソクラテス(→Wikipedia)とプラトン(→Wikipedia)は名前だけ知ってたが、クセノフォン(→Wikipedia)は知らなかった。テセウスの船(→Wikipedia)も、そうだったのか。意外とプラトンが体育会系なのは、史実に沿ってて、ちょっと笑った。いやシリアスな雰囲気のお話なんだけど。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第8回。バンカーバスターの邀撃に成功し、基地に帰投した深井零と田村伊歩。しかし雪風は滑走路の途中で止まり、燃料と弾薬の補給、そして零と伊歩の席の交換を要求する。

 零と桂城の関係って、伊歩にはそう見えるのかw お互いに相手の性格と能力と限界を掴み、生き残るための最善策を選べるってのは、そういう事なんだろうけど、うーんw 人工知能が出した、ジャムの攻撃手段の予想も凄い。まあ、明らかにジャムは既知の物理法則を超えた存在ではあるんだが、それを予想できる人工知能なんて、どうやって創るんだか。

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第18回。学園祭の日。目玉は二つ、映画部による「2001年宇宙の旅」上映と、美術部の遠野暁の作品展示だ。ところが実行委員は頭を抱えている。2001年のフィルムは届いたが、フィルムを調達した映画部の唐谷晋が登校していない。遠野暁も姿をくらましている。

 この作品は、なんとも不気味で居心地が悪い。その原因の一つは、登場人?物たちが、自分たちも世界も作りものだと分かっている点だ。小野寺家の「おかあさん」の異様さも、早都子は気づいているらしい。それが斬新でもあるし、座りの悪さでもある。

 読み切り小説。

 小川一水「殺人橋フジミバシの迷走」。可航橋フジミバシはミフジ川にかかる橋だ。毎日七時から19時までは船を通していたが、千一大祭でミフジ川の水が涸れた。これでは船を通せず、可航橋ではない。そこで船を通すために、フジミバシは船を求め動き出した。

 橋が動くって、どういうこと? と思ったが、文字どおりの意味だったw ちょっとチャイナ・ミエヴィルの「コヴハイズ」に似た、クレイジーなヴィジョンが楽しいユーモラスな作品。

 ジョン・チュー「筋肉の神に、敬語はいらない」桐谷知未訳。舞台は現代の合衆国。空飛ぶ男の動画が人気を博している。ハンググライダーなどの道具を一切使わず、身一つで飛ぶ。特撮でもCGでもない。その場に居合わせた素人が撮った動画だ。差別を受け傷つけられるアジア系の者を、なるべく暴力を使わず助けようとする。

 作品名に偽りなし。ここまで筋肉とトレーニングに拘ったSF小説も珍しいw 空飛ぶ男、まるきしスーパーマンなんだが、世間の反応は大歓迎とはいかず…。舞台は現代の合衆国だが、日本にも同じ問題はあるんだよね。にしても「計算機プログラムの構造と解釈」にビックリ。俺、まだ読んでないや。

 イザベル・J・キム「宇宙の底で鯨を切り裂く」赤尾秀子訳。マイカとシームは、解体されたステーションからオンボロ宇宙船を奪い脱出した。深宇宙で死んだ手つかずの世代宇宙船を見つけた二人は、残骸を漁って荒稼ぎを目論み巨大な宇宙船に乗り込むが…

 巨大宇宙船の残骸を漁る者たちと鯨骨生物群集(→Wikipedia)の例えが巧みだ。この作品世界の厳しさと、そこで生き抜く人々の逞しさを見事に表している。樹木が貴重ってあたりも、この世界にピッタリだ。

 草上仁「毒をもって」。わざわざ海外から毒物を取り寄せ、それを長期間にわたり夫に服用させ殺したとして、被告人席に立たされた妻。彼女を告発する検事と、被告を守ろうとする弁護士の論戦は…

 えーっと、まあ、アレです、私も身に覚えがあるので、わははw いいじゃねえか、好きにさせろよw

 パク・ハル「魘魅蟲毒」吉良佳奈江訳。蟲毒を用いた罪で呪術師の金壽彭は捕まり、取り調べで「王家は呪われている」と叫んで死んだ。県監の崔強意は不審に思うが、暗行御史の趙栄世は「王命に疑問を持つな」と言うばかり。どうも朝廷の後継争いが絡んでいるらしい。

 朝鮮王朝スチームパンク・アンソロジー「蒸気駆動の男」収録の一編。冒頭の引用は怪談風味で、そういう味付けではあるんだが、それ以上に、作品世界の厳しい身分制度の描写が怖い。崔強意の息子の報警が聞き取り調査に赴く場面でも、「これじゃロクに聞き取りできないだろうなあ」とつくづく感じる。

 高野史緒「グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船」冒頭試し読み。1929年、世界一周を目指す硬式飛行船グラーフ・ツェッペリンは、土浦の霞ケ浦海軍航空隊基地に着陸を試みる際、爆発炎上した。そして現代。高校二年の藤沢夏紀には、幼い頃に巨大な飛行船が飛ぶのを見た記憶がある。同年代の北田登志夫も同じ飛行船を見た記憶があるが、両者は異なる世界にいるようで…

 え? 本当に高野史緒? と言いたくなるぐらい、今までの芸風とまったく違う。高校生の夏を描くジュブナイルって感じ。少なくとも、今のところは。この季節に読むと、セミの声などが現実とシンクロして一味違う。強い日差し、授業で脱線しがちな教師、謎めいた老婦人。そんな道具立てが、眉村卓などの昔懐かしい青春SFの香りを掻き立てる。

 SF作家×小説生成AIで松崎有理「超光速の遺言」。対談がとっても面白い。「日本語の文学ってセリフがすごく多い」とか。原因の一つは、誰の発言かが分かりやすいからかな。一人称・二人称が多彩だし、語尾も活用できるし。

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