SFマガジン2025年12月号
0.006気圧の大気中では、舞い上がった砂塵は速やかに地面に落下するからだ。
――宮西建礼「マールスの子どもたち」「おまえの母親は英雄だ。くれぐれもそれを忘れるんじゃない」
――ウォレ・タラビ「暴噴」鳴庭真人訳私が親友を壊したのは、17歳の冬のことです。
――小野美由紀「春を待つ君を待つ」
376頁の標準サイズ。
特集は「火星SF特集」として小説4本に評論やエッセイなど。
小説は11本+1本。特集で4本、連載が5本、読み切りが2本+冒頭のみが1本。
火星SF特集。小説は4本。宮西建礼「マールスの子どもたち」,チャズ・ブレンチリー「第十二の駅」桐谷知未訳,ウォレ・タラビ「暴噴」鳴庭真人訳,王侃瑜「火星の祝融」大恵和実訳。
連載小説5本。山本浩貴(いぬのせなか座)「親さと空」第2回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第62回,吉上亮「ヴェルト」第二部第九章,夢枕獏「小角の城」第84回,飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第30回。
読み切り小説2本。カスガ「不滅の遊戯」,小野美由紀「春を待つ君を待つ」。
冒頭のみは第13回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作の関本聡「摂氏千度、五万気圧」。
火星SF特集。
宮西建礼「マールスの子どもたち」。レムとロムはコンテナトラックに潜み“都市”への密航を企てた。“都市”は自己複製機械群マルシスによりクレーター内で建設が進みつつある。ただしそこに人はいない。マルシス制御下の自動機械が動いているだけ。画面でも見れるが、二人は自らの目で見たかったのだ。望みは叶ったものの、マルシスに見つかりお説教を食らう。
火星に相応しく酸素タンクの容量が気になる定番の冒頭から、今世紀ならではの技術を用いた“都市”の建設風景はSF心をくすぐりワクワクする。トム・ソーヤ―よろしく少年の冒険物語になるかと思いきや、現在ホットな進歩を遂げつつあるアレの行く末を見つめた舞台背景は、希望と絶望が入り混じったモノで…
チャズ・ブレンチリー「第十二の駅」桐谷知未訳。カッシーニ・クレーターには、まわりを巡るモノレールがある。その駅の一つは“第十二の駅”と呼ばれ、必ず誰かが居る。周辺には何もない。駅にも説明板がなく、駅名の由来は人に訊ねるしかない。かつて“大戦争”で大英帝国とロシアが戦い…
いかにもイギリス出身の作家らしい作品。というのも、イギリス陸軍は大日本帝国陸軍と同じく、部隊は出身地ごとに編成するからだ。スコットランド高地の舞台はタータンチェックのスカートをはいてバグパイプを吹いてたりする(→Wikipedia)。米国の作家だと、こういう発想は出ないだろう。いや本作の雰囲気はイングランドっぽいけど。
ウォレ・タラビ「暴噴」鳴庭真人訳。フォラケが軌道のネリオ・ステーションで火星の地表の掘削現場を監視していた時、通信回線から轟音が鳴り響く。現場で爆発が起きたようだ。キック(→JOGMEC石油・天然ガス資源情報のキック)と判断したフォラケは情報を整理する。想定した数字より2桁も大きい。現場には弟のフェミもいる。
暴噴って言葉は知らなかったが、なんとなく見当がつくのが漢字の嬉しい所。ナイジェリア出身の著者らしくアフリカ宇宙機関が火星開発に携わっているのが独特。アフリカは鉱物資源が豊富なので、掘削技術が発達するのは理にかなってる。遠隔操作型のロボット,イベジの活躍が楽しい作品。
王侃瑜「火星の祝融」大恵和実訳。祝融は火星の大都市天荒を管理するAIだ。その能力を認めた人類はより多くの任務を祝融に任せ、権限も拡大した。ナノマシン生産に秀でた火星の人々は肉体をナノ化し、祝融に権限を譲って火星から去る。残された祝融は自らを拡張し生命について考え始める。
もしかして「フロストとベータ」?と思ったら「光の王」が少し混じって「十二月の鍵」に…という、年寄りを泣かせまくる作品。たまたまカブったのかと思ったが、これは完全にロジャー・ゼラズニイへのオマージュだ。神話ベースだし。壮大なストーリーを短編にギュッと詰めこんだせいか、語り口は武骨でぶっきらぼうだが、それだけに濃ゆいSF魂が煮えたぎってる。
連載小説。
山本浩貴(いぬのせなか座)「親さと空」第2回。2017年。柚葉は中学受験を経て県内チップの中高一貫校に入学する。だがほとんど学校には通わず、オンラインFSPゲーム Vosok に入り浸っていた。そこで知り合った同年代のマリアと親しくなり、無料インディーズ・ゲームにも手を伸ばす。その一つ Arek-Chain は奇妙なゲームで…
前作「無断と土」に引き続き、本作でも今回はゲームが重要な役割を果たす。つか光の速度でも距離が問題になるって、どんな運動神経してるんだFPSプレイヤー。続いて出てくる Arek-Chain、不気味さと怪しさは抜群で。カギとなる事件(ネタバレ?→アムネスティインターナショナル)も実に怖い。
冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第62回。イースターズ・オフィス,クィンテットそしてマルドゥック市警の三者連合によるリバーサイド・ホテル攻略は続く。バジルから三階のセキュリティ・フロアを任されたトーディは、刑務所でギャングから効果的な放火の方法を学んだ。それを今、役立てよう。
前回に続き次々とホラーな場面が続く回。特におぞましいのがハエ男。某映画の気色悪さが生々しく蘇ってくる。ばかりか、本作のハエ男はおましい方向へ大きな進歩を遂げて…。
吉上亮「ヴェルト」第二部第九章。大恐怖(→Wikipedia)のさなか、ロベスピエールの指揮による<最高存在の祭典>が始まる。相次ぐ処刑のせいか、革命の熱は冷めてゆく。だが処刑の数は増す一方だ。なまじ効率的な道具ができたため、歯止めがなくなってしまった。この事態を憂いながらも、サンソンは役目をまっとうし続ける。
なかなかSFな仕掛けが出てこない本作だが、王の目に続く仕掛けがやっと片鱗を見せる。それも意外な所で。科学者らしい遠大な目標のために邁進する某氏(ネタバレ、→Wikipedia)の姿は崇高…には見えず、狂気に囚われているように感じるのは何故だ。でも、その発想は相応しいかも。
飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第30回。大館いつきに大小の刃物が迫る。フロックコートの男と印南凍が揉み合っている。女が石室一佐にのしかかり、一佐の身体から銛を抜く。早坂篤子が女に飛びかかる。
いろいろあるが、最後の一行の衝撃が最も大きい。
読み切り。
カスガ「不滅の遊戯」。北条茅子は入学した高校で南七都子と出会う。二人だけの囲碁同好会で、二人は三年間ただ碁を打ち続けた。競技会に参加するでもなく、二人だけで。もっとも、当初の茅子は小学生の頃に三か月ほど囲碁教室に通っただけ。七都子に至っては入門書を読み始めたばかり。それでも七都子はめきめきと腕をあげ…
何かに特化した集団の中では、往々にして独自の言葉が発達する。家族の中だけ、職場の仲間内だけ、または業界用語とか。あれは単位時間内の情報伝達量を増やすという合理的な目的より、仲間意識を養う役割が大きいんだろう…ってカタいな、俺。シライシユウコのイラストが作品の空気を巧みに伝えている。
小野美由紀「春を待つ君を待つ」。登志乃世イツキは、小学三年生のときにスイと仲良くなる。スイの父は一代でセクサロイド製造会社を育て上げた。名門の一貫校で成金と蔑まれるスイは、とても可愛く男子からもてた。甘やかされて育ったスイは自由奔放で傲慢だった。イツキはそんなスイが大好きだった。スイは人気アイドルのハルそっくりなセクサロイドを手に入れ…
文章の大半がベッドシーンという、なかなかに攻めた作品。イツキがカウンセラーに語る一人称で話は進む。これ聴いてるカウンセラーは落ち着かないだろうなあw ある意味ジェームズ・ティプトリー・ジュニアの「接続された女」なんだが、もちろん展開はまったく違う。
第13回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作の関本聡「摂氏千度、五万気圧」の冒頭。温暖化が進む地球。太陽系外から<救済者>が突然現れ、幾つかの密閉都市を造り去ってゆく。やがて地表の気温は昼まで70℃にまで上がり、人が住めるのは密閉都市だけとなる…例外を除いて。だが密閉都市のいくつかと、連絡が取れなくなる。バンクーバーとフェアバンクスのコクーン(密閉都市)は、調査隊を派遣する。
いかにも映像化したら映えそうな<救済者>到来の出だしは、多少の胡散臭さもあって懐かしの50年代SFっぽい雰囲気が漂う。この胡散臭さは<救済者>の真意と正体にも付きまとっている。いや掲載分じゃ何もわからないけど。地表に残った「例外」のパートでは、スケールの大きい海洋冒険物語の予感がする。

