カテゴリー「書評:SF:日本」の215件の記事

2022年7月17日 (日)

酉島伝法「るん(笑)」集英社

本人だって、ちょっと憑かれているだけ。
  ――千羽びらき

【どんな本?】

 独特のセンスによる造語を駆使してグロテスクな未来を描く「皆勤の徒」で衝撃的なデビューを果たした新鋭SF作家・酉島伝法の連作中編集。

 オカルトや疑似科学や迷信が蔓延した近未来の日本。科学的な考え方や知識は普通の人々から嫌われるばかりでなく、公権力からも排斥の対象となる。まっとうな手段では薬すら手に入らない。そんな社会を疑問にも思わず暮らす、普通の人びとの生きざまをSFならではのデフォルメたっぷりに描く、悪意に満ちた作品集。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2022年版」ベストSF2021国内篇で堂々の2位に輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2020年11月30日第一刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約238頁。9.5ポイント41字×18行×238頁=175,644字、400字詰め原稿用紙で約440枚。文庫なら普通の厚さ。

 酉島伝法なので覚悟していたのだが、文章は拍子抜けするほど普通で読みやすい。いや独自の造語はソレナリに出てくるけど、「皆勤の徒」に比べれば極めて普通。SFといっても数学や科学の難しい理屈は出てこないので、理科が苦手でも大丈夫。いや別の意味で難しい(というか理解不能)な理屈が次々と出てくるんだが、理解できないのはあなたの精神が理性的で健全で正常だからです。

 ただし、著者の悪意がたっぷり入っており、かなりSAN値を削られるので、心身ともに健やかな時に読もう。不調な時に読むとヤバいです、いろいろと。

【収録作は?】

 それぞれ作品名 / 初出。

三十八度通り / 群像2015年4月号
 ここ二カ月ほど、続き物の夢を見る。夢の中では、東経38度沿いに、北極点から南極点へ向かって歩いている。最初は震えるほど寒かったが、今は砂丘のなかで暑さにあえいでいる。同じころ、38℃の微熱に悩み始めた。この程度の熱じゃ仕事は休めない。閼伽水(アクア)を注ぎ限りなく薄めた癒水を飲む際に、解熱剤を持っていたのが妻の真弓にバレた。
 東経38度は、モスクワのちょい東~クリミア半島の東~ヨルダン東部~メッカの西にあたる。
 「人との交わりを豊かにするチェック柄の寝間着」だの「気を封じた」だの「霊障」だのと、ソレっぽい言葉が次々と出てきて、「家族がそういうのに凝ると大変だよなあ」などと呑気に構えてたら、それどころじゃなかった。他にも思考盗聴とか心縁とか前世とか、ヤバい単語が続々と。もっとも、ヤクザイシには思わず笑ってしまった。まるきしヤクのバイニンみたいな扱いだし。
 ただでさえ悪夢のような世界なのに、語り手が微熱に悩む男であるため、どこまでが事実でどこからが妄想なのかハッキリしないあたりも、更なる気持ち悪さを感じさせる。
 気色の悪い酩酊感に囚われたままたどり着いた最後のオチで、著者の悪意に打ちのめされた。いやマジ体調の悪い時には読んじゃダメです。
千羽びらき / 小説すばる2017年9月号
 主治医の話では、重篤な末期の状態だそうだ。体重は35kg、一時期の半分近く。十日ほど前から階段を上れなくなった。息子の博之も娘の真弓も心配してくれる。丙院食にヨーグルトが出た。楽しみだったけど、真弓に取り上げられた。牛乳は良くないらしい。子供のころ、猫を飼いたいと父にねだったことを思い出す。結婚して一戸建てに移り、ディアを飼い始めた。
 これまた末期状態で入院した女の一人称で語られる物語。半ば夢うつつの状態なので、思い出と現在が自由自在に入れ替わり、どこまでが現実でどこからが妄想なのか判然としない。そんなぼんやりした描写から浮かび上がる世界は、やはりアレなのが蔓延した社会で。
 丙院食のヨーグルトもそうだが、作品名の「千羽びらき」も恐ろしい。いずれも善意なのだ、やってる側は。一人二人ならともかく、それが集団で環のように自分を取り巻いている。そして語り手も逃れようとは思わない。当たり前の感情も、生まれることすら許さない社会。実に怖い。
 書名の「るん(笑)」に込もる、著者の悪意が思いっきり突き刺さる作品。
猫の舌と宇宙耳 / 小説すばる2020年1月号
 まだ真っ暗で寒い空の中、白いランドセルをしょって学校へ行く。丸山くんがきた。赤ちゃんのときに受けた整体のため、丸山くんの首は曲がったままだ。四年二組の教室には机と椅子が二十五人分あるけど、生徒は七人だけ。朝礼では校長先生の合図で国旗を掲げる。隣りの席の井口さんは、髪の真ん中の分け目が真っ白だ。
 これも一人称。語り手は小学四年生。一般に一人称の小説は語り手を疑いながら読むのが作法らしい。その点、この作品集は親切だ。「三十八度通り」は微熱に浮かされた男、「千羽びらき」は末期の病の老女、そして本作は子供。いずれも読み手は自然と語り手を疑いながら読む羽目になる。そこからうっすらと浮かんでくる情景は、実におぞましい。
 作中の「させていただく」、だいぶ前から若い人がよく使っていて、私のような年寄りには気色悪さを感じる。でも本作の語り手のような子供は最初から何かをやらされる際に使うわけで、彼ら以降の世代はは「やらされる」意味でうようになるんじゃなかろか…もっとも、彼ら以降の世代があれば、の話だけど。
 他にも漢字の書き順やら歴史の伝えられ方など、現代の学校教育のヤバさを思いっきりデフォルメした世界が、とっても気味悪い。教科書が教師の手書きなあたりから、どうも特殊な環境じゃないかと思っていたら…

 この著者だから、ある程度は覚悟していたものの、近未来の日本を舞台にしても、やっぱり酉島伝法だった。安部元首相襲撃事件の直後でカルト団体の話題が盛んな今だからかもしれないが、ガリガリとSAN値を削られる、とっても危険な作品集だ。心身ともに調子を整えて挑もう。

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2022年4月 6日 (水)

久永実木彦「七十四秒の旋律と孤独」東京創元社

比喩は対象に新たな意味を与える――それは特別をつくることにほかならない。
  ――一万年後の午後

いつもそうだ。ぼくは大切なときには必ず、何が正しいかわからなくなってしまう。
  ――恵まれ号 Ⅰ

「わたしは特別すぎるものを、これ以上増やすつもりはない」
  ――巡礼の終わりに

【どんな本?】

 「七十四秒の旋律と孤独」で2017年の第8回創元SF短編賞を受賞した新人SF作家、久永実木彦のデビュー作品集。

 人類が宇宙へと飛び出し、超光速航法「空間めくり」により恒星間航行も実現した未来。

 マ・フは人工知能だ。中でも朱鷺型は特別な能力を持つ。設計が独特な朱鷺型は、ボディと一体化しており、ソフトウェアだけのコピーはできない。それまで、空間めくりは一瞬で終わると思われていた。だが、実は74秒間だけ時間が経過している。ただし、高次領域中の現象であるため、人間も人工知能も認知できない…朱鷺型のマ・フ以外を除いて。

 紅葉は貨物宇宙船グルトップ号の警備を担う朱鷺型マ・フだ。その日も、空間めくりのため目覚めた紅葉は…

 「七十四秒の旋律と孤独」に加え、同じシリーズをなす「マ・フ クロニクル」5編を収録。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2022年版」のベストSF2021国内篇で5位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2020年12月25日初版。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約278頁に加え、牧眞司の解説「プログラムに還元しえぬ意識、体験のなかで獲得する情動」4頁。9ポイント43字×19行×278頁=約227,126字、400字詰め原稿用紙で約568枚。文庫なら普通の厚さ。

 新人とは思えぬほど、文章はこなれていて読みやすい。SFではあるが、難しい理屈は出てこないので、理科が苦手でも大丈夫。ソレっぽい説明が出てきたら、「そういうものだ」で納得しておこう。大事なのは、読んでいる時のあなたの心の動きなのだ。

【収録作は?】

 それぞれ作品名 / 初出。

七十四秒の旋律と孤独 / 2017年の第8回創元SF短編賞受賞作
わたしはTT6-14441。通称、紅葉。グルトップ号の警備を担う、第六世代の朱鷺型人工知能である。有事となれば敵朱鷺型人工知能を破壊し、愛すべき船員たちを守るのが、わたしの役割だ。
 人類は光速を超える「空間めくり」を手に入れた。空間めくりに時間経過はないと思われていたが、実は74秒だけ経過していた。朱鷺型の人工知能=マ・フだけが、その時間を認識できる。そのスキを狙う海賊対策のため、貨物船グルトップ号は朱鷺型のマ・フ紅葉を載せている。それまで紅葉の出番はなかったが…
 紅葉の一人称で語られる物語。職務には忠実ながら、仕事には直接の関係がない乗員について妙に詳しく、また好き嫌いがあったり、ヒトとは違いながらも「美しさ」を感じたりと、微妙に人間臭い部分があるのがユニーク。ちょっと手塚治虫の「火の鳥」に出てくるロビタを思い浮かべてしまう。いや形はヒトに近いし、それぞれ独自の自我があるんだけど。
一万年後の午後 / 東京創元社「行き先は特異点 年刊日本SF傑作選」2017年7月
夜はこの惑星のどこかで、常に明け続けている。
 惑星Hには八体のマ・フが住む。ナサニエル,ニコラス,フィリップ,エドワード,スティーブ,ジェイコブ,アンドリュー,ジョシュア。彼らは宇宙の超空洞を漂う母船で十万体が一斉に目を覚す。見つけた聖典(ドキュメント)従い、母船内の多数の小型・中型宇宙船に分乗し、宇宙の地図を埋める旅に出た。八体は一万年の間、惑星Hの観察を続けている。
 マ・フはヒトに創られたと聖典にあるが、そのヒトはいない。にも関わらず、聖典に従い忠実に職務に勤めるマ・フたち。それぞれに自我や個性はあるが、「特別は必要ありません」と個性を押し殺し、かわりばえのしないスケジュールに従って暮らしてきた八体だが…。冒頭の引用の、惑星全体を見渡す視点と、今自分がいる視点の切り替えの見事さに息をのんだ。
口風琴 / 東京創元社「Genesis 一万年後の午後」2018年12月
どの部品がフィリップをフィリップにするのだろう。
 早春、三か月前。海の見える丘陵地帯で、ナサニエルとフィリップは猫鹿の出産を見た。猫鹿の群れは雌を中心に構成される。体長3mを超す雌が草原に横たわり、一回り小さい三匹の雄が回りを警戒する。雌は六匹の赤ん坊を産んだ。だが今エドワードの発声器官は不調をきたし、フィリップは…
 一万年ものあいだ、特に大きな変化もなく過ごしてきたマ・フたち。しかし突然のフィリップの事故に対し、物理的にも心情的にも、どう対処していいかわからない彼らが、可愛いような悲しいような。せめて生物なら、フィリップみたいな事態はよく起きるから、長い間に習慣ができるんだろうけど。とか思ってたら、これまた大きな変化が。
恵まれ号 Ⅰ / 書下ろし
自然とは遷ろうものなのだ。ぼくたちが一万年ものあいだ、ただ聖典のとおりに観察者として変わらない日々を過ごしてきたことこそが、自然に反することだったのかもしれないと、いまは思う。
 もはやネタバレなしに紹介するのは無理なので、感想だけを。いやホント、物語は思いがけない方向に転がっていきます。
 冒頭から、いきなりの状況の変化に驚くばかり。まあ、口風琴みたいなのがあるんだから、続いてもおかしくないんだが。
 ナサニエルの質問に苦労する気持ちはわかるw せめてロビタみたく人間離れした形ならともかく、なまじ人間っぽい形状だと、ねえ。
 そして終盤、更なる驚きが。ヒトは己に似せてマ・フを創った。ならば、そうなるのも当たり前なのかも。
恵まれ号 Ⅱ / 書下ろし
そもそも選ぶべき何かなんて、本当にあるのだろうか?
 特別を避けてきたマ・フたちだが、幾つもの突発事態を経て、それぞれの考え方も個性が強くなってくる。「おあつまり」で進行役を務めてきたスティーヴは、リーダー的な性格に育ってゆく。頼もしい成長が嬉しいやら、少し寂しいやら。
 とはいえ、これを書きながら改めて考えると、連中の気持ちもわかるんだよなあ。やっぱり、思い通りにいかないと、すんげえムカつくじゃん。いや物語はナサニエルの一人称で綴ってるから、読んでる最中は気がつかなかったけど。
巡礼の終わりに / 書下ろし
「かつて、わたしも同じように物語を必要とした。それは平穏をもたらしてくれたけれど、争いももたらした」
 「クロニクル」と呼ぶにふさわしい、壮大な時空を感じさせるエンディング。このスケール感も、「火の鳥」に通じるものを感じる。物語全体に流れる寂寥感も。
解説 牧眞司

 頑強で、素直で、我慢強くて、でも融通が利かないマ・フたち。本来なら賢いはずなのに、基本設計に縛られ、その言動は妙にぎこちない。設計者も、まさかこんな運命になるとは思ってもなかっただろう。そこが可愛いし、切なくもある。いつの日にか、そんな存在をヒトは創りだしてしまうんだろうか。いや、すでにどこかの異星人が…

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2021年8月22日 (日)

菅浩江「博物館惑星Ⅲ 歓喜の歌」早川書房

理解しすぎだ、<ダイク>。
  ――歓喜の歌

【どんな本?】

 <アフロディーテ>は、月と地球のラグランジュ3、地球から見て月の正反対にある小惑星だ。オーストラリア大陸ほどの小惑星にマイクロ・ブラックホールを仕込んで重力を調整し、惑星全土を使い博物館にしている。

 組織は絵画・工芸,音楽・舞台・文芸,動植物の三部門に加え、全体を調整する総合管轄に分かれる。

 兵藤健はVWA、<権限を持った自警団>の新人。芸術オンチの健は、総合管轄所属の学芸員で同期の尚美・シャハムにドツかれつつ、今日も事件現場を駆けずり回るのだった。

 ベテランSF作家の菅浩江が、技術と芸術そして人間とマシンの関係を探る、連作SF作品集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2020年8月25日発行。単行本縦一段組み本文約256頁。9ポイント43字×18行×256頁=約198,144字、400字詰め原稿用紙で約496枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。なおハヤカワ文庫JA版もある。

 文章はこなれていて読みやすい。SFとしてはかなり凝った仕掛けを使っているが、わからなかったらソコは読み飛ばしてもいい。「どんな原理か」や「なぜできるか」は、どうでもいい。「何ができるか」がわかれば充分。大事なのは、音楽でも絵画でも文学でもいいから、何か「好きな作品」があること。

 なお、お話は前作の「不見の月 博物館惑星Ⅱ」から素直に続いているので、なるべく前作から読もう。特に最後の「歓喜の歌」の盛り上がりが違ってくる。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出。

一寸の虫にも / SFマガジン2019年6月号

「予想通りだ。面白くない結果だ。これから面白くなる!」

 兵藤健は頭を抱える。ニジタマムシ27匹が逃げ出した。鞘翅の美しさに目をつけた業者イシードロ・ミラージェスが違法に遺伝子操作したものだ。既存の種と交雑したら、どんな影響がでるかわからない。そこで全部を捕まえる必要がある。ところが健は虫が苦手なのだ。しかも肝心の動植物部門の担当者カミロ・クロポトフはのんびりしていて…
 いかにも研究者なカミロがいい味出してる。頭の回転に口が追い付かないと、片言になったり無口になったりするんだよね、専門家ってのは。人工的に遺伝子を弄られているとはいえ、結局は生物。環境が変われば、それに合わせて生殖戦略を変え、とにかく生き延び子孫を残そうとするニジタマムシちゃんの奮闘と、それに振り回される<アフロディーテ>のメンバーが楽しい。
 そういえば日本じゃオオクワガタやヘラクレスオオカブトが男の子に根強い人気を誇ってるんで、将来は遺伝子操作して大型化、なんて事業が出てくるかも。
にせもの / SFマガジン2019年8月号

「見分けがつかないくらいなんだから、もうどっちも本物だったってことにすればいいんじゃないかなあ」

 総合管轄部門のトラブルメーカーであるマシュー・キンバリーが、「贋作鑑賞術」を企画した。贋作と真作を並べて展示するのだ。準備で忙しい中、<アフロディーテ>所有の逸品<都会焼>の「片桐彫松竹梅」そっくりの壺が見つかる。詐欺常習の古物商からでた壺は、来歴も<アフロディーテ>所有の物と同じ。ただ、<アフロディーテ>所有物には<都会焼>創設者の柊野彦一発行の認定シールがある。
 貫入とは釉のひび割れ(→コトバンク)。素人の私は健の言葉に思わずうなずいちゃったりw 贋作ネタはミステリとして美味しくて、「贋作者列伝」や「にせもの美術史」も楽しいです。さすがに現代じゃ陶器は無理だろうけど、「ミロのビーナス」などの彫刻なら3Dスキャナー+3Dプリンタで精巧な複製が作れるんだろうなあ。
 なお、ドリューの大贋作事件は日本経済新聞の記事が参考になる。
笑顔の写真 / SFマガジン2019年12月号

「笑顔のてっぺん、か」

 <アフロディーテ>では、開設50周年企画の準備が進んでいる。その一環として、写真家のジョルジュ・ペタンを招いた。「笑顔の写真家」の別名で知られる彼は、世界各地で生活感あふれるスナップを撮り、特に人々の笑顔が特徴だ。代表作はチリのマプチェの子供たちを撮った作品。銀塩写真にこだわりスクラッチのエフェクトが得意なペタンだが、どうも元気がない。
 イーストマン・コダック社(→Wikipedia)の倒産など、デジタル・カメラやスマートフォンの普及で危機に瀕している銀塩写真が重要な役割を果たす作品。ロッド・スチュアートも名曲マギー・メイ(→Youtube)があまり好きじゃないそうで、世間で高く評価されても作者は納得するとは限らないのが難しい。凡作として忘れられればともかく、事あるごとに引き合いにされると、なおさら棘が心に突き刺さるんだよなあ。
笑顔のゆくえ / SFマガジン2020年2月号

俺は、いま一度ロブレの笑みに向き合いたいんだ。

 ペタンに元気がない原因は、まさしく代表作にあった。しかも、その代表作に目をつけた何者かが、妙なちょっかいを出している。失ってしまった笑顔を取り戻そうと、素人なりに健は気を回すのだが…
 実質的に先の「笑顔の写真」と前後編を成す作品。と同時に、自我をもつAIについての議論の一つにも挑んでいる。どういえばこの作品集、<ダイク>や<エウポロシュネー>のハードウェアには触れてなくて、あくまでも健や尚美とのインタフェースだけの描写になってる。たぶん分散処理してるんだろうなあ。最後の一行が、いかにも健らしくて心に染みる。
遥かな花 / SFマガジン2020年4月号

「この絵描き、本当は何を表現したかったのだろうね」

 動・植物部門が管理する孤島キプロスは、人工的に生み出された生物を隔離していて、一般には非公開だ。作業員を装いプラント・ハンターのケネト・ルンドクヴィストは作業員を装い侵入し、あっさり捕まる。製薬会社アベニウスの会長ヨーラン・アベニウスが身元を引き受けてもいいと申し出たが、ケネトは父親フレデリクの因縁でヨーランを憎んでいる様子。
 Wikipedia じゃプラントハンターは過去の遺物みたいな扱いだけど、「フルーツ・ハンター」によるとドッコイ今でも元気に世界中を駆け回ってる。最近は中国が熱いんじゃないかな。いるよね、能天気で気ままだけど妙に憎めなくて、誰とでも友達になっちゃう奴w 人類がアフリカを出たのは、そういう奴が先導したのかも。
歓喜の歌 / SFマガジン2020年6月号

細かい仕事は雲霞のように湧いてきて目の前をふさぐ。

 <アフロディーテ>50周年記念フェスティバル前夜。多くの訪問者でにぎわう中、尚美・シャハムは次々と舞い込むトラブルで大忙し。もちろん問題児マシュー・キンバリーも騒ぎとも縁じゃない。同じころ、兵藤健は大捕り物に備え緊張している。長く尻尾が掴めなかった国際的な美術品犯罪組織アート・スタイラーに、接触する機会が得られたのだ。
 日本では年末の風物詩ともなった「歓喜の歌」(→Youtube)をBGMに、あの壮大な曲にふさわしい見事なフィナーレを決める完結編。今までの短編でじっくり仕込んだダシが、鮮やかな隠し味となって効いてくる。この著者、音楽が絡むとホントいい作品を書くんだよなあ。にしても尚美さん、最初から最後まで怒りっぱなしなのはどうよw

 「永遠の森」から続いた博物館惑星シリーズ。いまよりちょっと進んだ技術をネタにしつつ、「ヒトと作品」の関係を見つめた連作短編集だ。「不見の月」以降は、芸術オンチの兵藤健を主人公に据えることで、芸術には素人の私も親しみを持てるお話になった。

 なお、SFマガジン2020年10月号には、ボーナス・トラックに当たる「博物館惑星 余話 海底図書館」が載っているので、気になる人は古本屋か図書館を漁ろう。

 ところで十日町たけひろによるカバー、実に巧みに内容を表してるんだけど、これポスターとして売ってほしいなあ。

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2021年8月 6日 (金)

小川哲「嘘と正典」早川書房

マジックは演出がすべてだ。
  ――魔術師

もし何かを変えられるとしたら、それは未来ではなく過去なのです。
  ――時の扉

「音楽がそこにあることが一番重要さ」
  ――ムジカ・ムンダーナ

人々は、誰でもない誰かになりたかった。
  ――最後の不良

「共産主義は万有引力なのか、それとも『オリバー・ツイスト』なのか」
  ――嘘と正典

【どんな本?】

 「ユートロニカのこちら側」で鮮烈なデビューを飾り、「ゲームの王国」でSFファンの度肝を抜いた新鋭SF作家・小川哲の第一短編集。

 マジシャンの親子が壮大なトリックに挑む「魔術師」,父が遺した競争馬のルーツを探る「ひとすじの光」,時間旅行と過去改変の逆説を扱う「時の扉」,奇妙な島の風習を描く「ムジカ・ムンダーナ」,「最後の不良」,「嘘と正典」の6編を収録。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2020年版」のベストSF2019国内篇で4位に輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年9月25日初版発行。私が読んだのは2020年1月20日の3刷。売れたなあ。単行本ハードカバー縦一段組み本文約265頁。9.5ポイント42字×17行×265頁=約189,210字、400字詰め原稿用紙で約474枚。文庫なら普通の厚さ。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もSFとはいえ科学の難しい話は出てこないので、理科が苦手な人でも大丈夫。ただし、「魔術師」はトリックがミソなのでミステリ的な注意力が必要だし、「時の扉」は時間物特有のややこしさがあるので、注意深く読もう。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出。

魔術師 / SFマガジン2018年4月号
 マジシャンの竹村理道は若くして成功したが、やがて多額の借金を抱えて行方をくらまし、人々からも忘れ去られる。再びマジシャンとして姿を現した竹村理道の公演は満席となり、特にタイムマシンを使ったトリックの評判がいい。娘は彼を嫌っていたが、マジシャンとして身を立てている。タイムマシンのトリックを見破ろうと父の公演を見た娘は…
 理道の最後のショーはトリックなのか本物なのか。トリックだとすると、これは一回しか使えないワケで、芸人ってのはそこまでやるモンなんだろうか。いや、やるんだろうなあ。脱出トリックも死の危険と隣り合わせだし。タイムマシンだとしたら、一種のマッドサイエンティストというか、そんな大それた発明をショーに使うか、と呆れてしまう。
ひとすじの光 / SFマガジン2018年6月号
 縁が薄かった父は、大半の遺産を整理していたが、一頭の競走馬の馬主資格だけは僕の判断に任せた。その馬テンペストは五歳の牡馬で、たいした才能もなさそうだ。父が遺した段ボール箱に入っている資料を元に、僕はテンペストのルーツを探り始める。
 某アニメとゲームのお陰でスペシャルウィークの名前だけは知っていたんだが、なかなか波乱万丈の現役時代だったんだなあ。競馬ファンはそれぞれの想いやストーリーを馬に託してるんだろうけど、走っている馬の実際の気持ちはどうなのか。そもそも馬がなぜ走るか、なぜ速いかというと…
時の扉 / SFマガジン2018年12月号
 遠い場所から来た男は、業火の只中にいる王に語る。「時の扉」の力により、王に与えられるものがある、と。未来を変えることはできない、でも過去は変えられる、と。
 これまた「魔術師」と同様に、時間を扱った作品。SFではあるが、実際にそういう症状を示す病気があるのだ。オリヴァー・サックスの「妻を帽子とまちがえた男」には、その極端な症状であるコルサコフ症候群(→Wikipedia)が出てくる。私たちは多かれ少なかれ、常に自分を再構成している。このカラクリをチョイとイジると…
ムジカ・ムンダーナ / SFマガジン2019年6月号
 フィリピンのデルカバオ島は小さな島で、五百人ほどの住民はほぼ自給自足で暮らす。独特の文化があり、島の言葉は歌のようだ。高橋大河(だいが)は、音楽を聴くために島を訪れる。島で最も裕福な男が所有していて、これまで一度も演奏されたことがない音楽を。
 現代は録音技術・配信技術ともに発達し、好きな音楽はいつでも何度も聴けるし、毎日のように世界中の新しい音楽を見つけることができる。これは人類史上、極めて特異な状況で、音楽の価値は暴落しているのかも。語り口は大まじめだし、父と息子の関係は深刻なんだが、実はトボけたバカSFなんじゃないかって気がしてきた。
最後の不良 / Pen2017年11月1日号
 「流行をやめよう」が合言葉となり、MLS=ミニマム・ライフスタイル、無駄も自己主張もない風潮が世間を席巻した。その影響で総合カルチャー誌『Erase』は休刊に追い込まれる。編集者の桃山は辞表を出して会社を出た後、特攻服に着替え改造車に乗り込み首都高をトバす。特攻服も改造車も最後のヤンキーから譲り受けたものだ。
 掲載誌が違うせいか、他のシリアスな作品とは大きく異なり、コミカルな芸風の作品。「SFマガジン2021年6月号」収録の「SF作家の倒し方」も楽しかったが、これもなかなか。ちょっと「反逆の神話」を思わせるやりとりも楽しい。ほんと、流行って、何なんだろうね。プログレも賞味期限切れかと思ったら、本家の英国をよそに北米や北欧や東欧から面白いバンドが続々と出てきてるし。
嘘と正典 / 書き下ろし
 CIAモスクワ支局に本国から活動停止の命令が下ったすぐ後、工作担当員のジェイコブ・ホワイトに支局長から有望そうな話が舞い込む。情報提供の申し出だ。KGBの罠である可能性も考慮しつつ、≪エメラルド≫とコードネームをつけ、ホワイトらは慎重に対応を進める。
 1844年イギリスのマンチェスターにおけるフリードリヒ・エンゲルスの特別巡回裁判で始まった物語は、いきなり冷静時のCIAモスクワ支局に。ひたすら生真面目に研究を進めようとしつつも、あまりにも狂った体制に愛想をつかすペトロフの気持ちは、大きな組織に勤める者ならおもわず「うんうん、わかるわかる」と共感してしまうところ。とか思ってたら、終盤では大仕掛けを使った意外な方向へ。

 「魔術師」「ひとすじの光」「ムジカ・ムンダーナ」と、父と息子の関係を扱った作品が多いのは、何か意図があるんだろうか。緊張感が漂う「嘘と正典」もいいが、それ以上に「最後の不良」のコミカルな味が気に入った。こういう作品が書ける人は貴重なので、今後も期待してます。

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2021年7月16日 (金)

草上仁「7分間SF」ハヤカワ文庫JA

「興味深い法理論ですね」
  ――緊急避難

【どんな本?】

 フレドリック・ブラウンや星新一の衣鉢を継ぎ、鋭いアイデアと気の利いたオチが楽しい短編SFの名手・草上仁による、短編SF小説集。

 辺境の惑星での遺物探索が題材の「カツブシ岩」,育児中の忙しい朝に起きる騒動「キッチン・ローダー」,ロボット社会の異端児が主人公の「この日のために」など11編を収録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2020年3月25日発行。文庫で縦一段組み本文約294頁。9.5ポイント39字×17行×294頁=約194,922字、400字詰め原稿用紙で約488枚。文庫では普通の厚さ。

 文章はこなれていて読みやすい。SFとは言っても小難しい理屈は出てこない。いやたまにソレっぽい言葉が出てくるけど、雰囲気を出すために使ってるだけなんで、深く考え込まないように。とっつきやすくてわかりやすい上にまずもってハズレがなく、SF初心者にも自信をもってお薦めできるのが、草上仁のいい所。

【感想は?】

 確かに草上仁は、フレドリック・ブラウンや星新一の後継と呼んでいい。とはいえ、それぞれに芸風は違う。

 フレドリック・ブラウンは天使や悪魔をよく使う。また印刷に携わった経験か、ミミズ天使のように地口も得意だ。星新一は都会的でクール、語り口はやや突き放した感がある。

 対して草上仁ならではの味の一つは、異様な生き物だろう。この本では最初の「カツブシ岩」「カレシいない歴」がそれにあたる。

 砂漠の惑星クロッカスにあるカツブシ岩は、巨獣ビヒモスの化石だ。中には財宝運搬船を呑んだビヒモスの化石もある。調査に訪れたスターク博士らは、現地人のイップに案内され岩を訪れる。

 イップが食べているカツブシ石の正体は、なんとなく見当がつく。なにせ名前がソックリだし。ただ、その関係は…。イップ君、なかなかの役者です。

 「カレシいない歴」は、こんな文章が出てくる。

カレシ、最初からいなかったわけじゃないんだよ。生まれる前にはいたの。
  ――カレシいない歴

 は? と思うよね、普通。これにどう理屈をつけるか、お楽しみに。

 もう一つ、草上仁ならではの味が、巧みな状況設定。

 「キッチン・ローダー」は、育児中の母が忙しい朝に陥る危機を描く作品。誰だって出勤前の朝は忙しい。加えて何をするかわからない乳児を抱えているとなれば、なおさら。それを補うために家電はどんどん賢く便利になっているが、操作も複雑になってしまった。そこで工夫をしたのはいいが…

 何でも触りたがり舐めたがる乳児と家電。今だって相性は最悪だってのに、家電がネットワークに繋がったとなると、問題は更に悪化して…。朝の通勤電車で読むには、いささかキツいかも。

 やはり奇妙な状況でのドタバタが楽しいのが「スリープ・モード」。SFならではのイカれた状況で起きる危機を描く。

 最近の機械は、使っていないと勝手にスリープ・モードに入って電気を節約する。何カ月もかかる惑星間飛行も、乗務員を起こしておくと無駄に資源を使う。そこでスリープ・ドラッグだ。20秒以上、業務についていないと、乗務員は眠りに入り、資源の無駄を省く。ところが気を遣う軌道進入の直前に飲んだスリープ・ドラッグに手違いがあり、20秒ではなく2秒で眠るものだった。

 軌道進入の最中は、アチコチに待機が入る。その間に眠り込んでしまったら大事故を起こす。だが間違ったスリープ・ドラッグのせいで、2秒間何もしないと眠り込んでしまう。いかにして眠らずに済ますか。なんとか意味のある業務をヒネり出そうとする乗務員たちの足掻きが楽しい。

 これが手に汗握るスリルとサスペンスではなく、捧腹絶倒のドタバタ・ギャグになるあたりが、草上仁ならではの味。なんといっても、テンポがいいんだよなあ。

 もう一つ、宇宙での奇妙な状況をテーマとした「チューリング・テスト」も、SFとしては古典的なアイデアにヒネリを加えた作品。タイトルでわかるように、会話だけでヒトとAIをいかに見分けるか。

 どの作品も語り口は親しみやすく、文章も読みやすい。時おり小難しい言葉が出てくるが、みんな雰囲気を出すためなので、意味が分からなくても問題ない。手軽に読めるが、SFならではの発想の転換が心地いい、草上仁ならではの魅力が詰まった作品集だ。

【収録作一覧】

 それぞれ 作品名 / 初出。

  1. カツブシ岩 / SFマガジン2004年10月号
  2. キッチン・ローダー / SFマガジン2000年9月号
  3. この日のために / SFマガジン2003年2月号
  4. カレシいない歴 / 書き下ろし
  5. 免許停止 / SFマガジン2000年12月号
  6. スリープ・モード / SFマガジン1994年2月号
  7. チューリング・テスト / SFマガジン2006年9月号
  8. 壁の向こうの友 / SFマガジン2002年11月号
  9. 緊急避難 / SFマガジン1991年7月号
  10. ラスト・メディア / SFマガジン1995年11月臨時増刊号
  11. パラム氏の多忙な日常 / SFマガジン1999年10月号

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2021年7月15日 (木)

草上仁「5分間SF」ハヤカワ文庫JA

「よろしければあなたと最後の食事を」
  ――最後の一夜

おれは、ほんとに保護したいんだぜ。「シガー」も、「シガー」を生かしてる環境もさ。
  ――生煙草

【どんな本?】

 SFマガジン編集部には秘密の納戸がある。1980年代から発掘作業が始まり、SF短編の原稿が続々と発掘された。いずれも作者名は草上仁となっており、現代日本語で書かれた読みやすくヒネリの利いた珠玉のSF/ファンタジイ作品ばかりである。

 本作品集には、2019年当時における発掘作業の成果物16編を収めた、

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年7月25日発行。私が読んだのは2019年8月15日の二刷。好評です。文庫で縦一段組み本文約230頁。9.5ポイント39字×17行×230頁=約152,490字、400字詰め原稿用紙で約382枚。文庫ではやや薄め。

 文章はこなれていて読みやすい。SFとは言っても小難しい理屈は出てこない。いやたまにソレっぽい言葉が出てくるけど、雰囲気を出すために使ってるだけなんで、深く考え込まないように。とっつきやすくてわかりやすい上にまずもってハズレがなく、SF初心者にも自信をもってお薦めできるのが、草上仁のいい所。

【感想は?】

 表紙からして、よくわかってらっしゃる。

 YOUCHAN による表紙イラストは、クッキリとした輪郭と中間色を巧く生かしつつもグラデーションの少ないスッキリとした色合い、微妙な未来っぽさと可愛らしさが同居している。そして何より、真鍋博の香りがする。

 文庫で真鍋博とくれば、星新一だ。そう、草上仁は、間違いなく星新一とフレドリック・ブラウンの後継の第一人者だ。わかりやすく読みやすく親しみやすい文体、時流を取り込みつつも時代を超えるテーマ、テンポがよく洒落てはいるがクドくない会話。初心者からマニアまで、誰でも楽しめる短編の名手だ。

 とまれ、やはりそれぞれの作家の特徴はある。星新一の無機質さすら感じさせるクールさに対し、草上仁には庶民的な親しみやすさが溢心地いい。これが存分に発揮される「大恐竜」を最初に持ってきたのは編集の妙だろう。

 惑星リナーカスへ赴いたTV番組『秘境の脅威』の制作クルー。現地の貿易商の話では、伝説の巨大恐竜ハグリアーノの足跡が見つかった、とのことだったが…。

 前の記事の「今日の一曲」でアレやったのは、あくまでも偶然なんだが、なんというタイミング。あの手の番組が使う「特撮」のアレコレを容赦なくバラしていく、宇都宮&ヤスのテンポのいい会話に笑いが止まらない。

 続く「扉」は、ちょっとしたミステリというかサスペンスというか。おれと浩司は、誘拐され密室に閉じ込められる。見張りの男は言い張っていた。この部屋は個人用スペース・ステーションで、扉の向こうは真空だ、と。だがその証拠はなく、ハッタリかもしれない。さて扉を開けるべきか否か。

 生死の境目、密室でソコが宇宙か地上かを、いかにして見極めるか。いかにもSFっぽいネタだし、二人はそういう感じで推理を進めていく。とはいえ何せチンピラ、難しい理屈は出てこないからご安心を。

 草上仁ならではの魅力の一つが、ケッタイな生物。

 「ナイフィ」で登場するのは、徹底した人間嫌いの生物ナイフィ。形は自由自在に変えられる。人間が触れようとすると、曲がったり縮んだりして、決して人間には触れない。この性質を使い、ナイフィをホコやツルギに見立て、チャンバラごっこで遊ぶタロウとハナコ。どんなに乱暴に突いたり切ったりしても、ナイフィは決して相手に触れないので、絶対に安全。

 本当にこんな素材があったら、そりゃ便利だろうなあ。ほのぼのとした子供のチャンバラごっこで始まった物語は、ナニやら面倒くさいオトナの事情が絡んできて…。

 やはりケッタイな生物をテーマとしているのが「生煙草」。シガー、惑星パブリカの生物。パブリカは風が強く乾燥していて、常に水源が移動する。シガーは煙草に似た茶色い生物だが、ゆっくり動くので動物に近いようだ。積みたては生煙草と呼ばれ、味がクリアで効きも違う。

 植物にせよ動物にせよ、生物にはそれぞれの生存戦略・繁殖戦略がある。ゆっくりとしか動かないうえに、明らかに生存に不利な性質を持つ。これらが一気にひっくり返る終盤が、なかなか見事な作品。改めて読み直すと、これ一人称の語りなんだよね。ということは…

 いずれも語り口は親しみやすく、お話は分かりやすい。小難しい言葉は出てくるけど、みんな雰囲気を出すためなので、意味は分からなくても大丈夫。とっつきやすい文章で鋭いオチの作品が詰まった、小粋なSF短編集だ。

【収録作一覧】

 それぞれ 作品名 / 初出。

  1. 大恐竜 / SFマガジン1991年2月号
  2. 扉 / SFマガジン1991年9月号
  3. マダム・フィグスの宇宙お料理教室 / SFマガジン1998年3月号
  4. 最後の一夜 / 書き下ろし
  5. カンゾウの木 / SFマガジン2001年6月号
  6. 断続殺人事件 / SFマガジン2001年4月号
  7. 半身の魚 / SFマガジン2019年4月号
  8. ひとつの小さな要素 / SFマガジン1997年2月号
  9. トビンメの木陰 / 書き下ろし
  10. 結婚裁判所 / SFマガジン1997年6月号
  11. 二つ折りの恋文が / SFマガジン2019年4月号
  12. ワーク・シェアリング / SFマガジン2004年12月号
  13. ナイフィ / SFマガジン2000年8月号
  14. 予告殺人 / SFマガジン2012年1月号
  15. 生煙草 / SFマガジン2008年5月号
  16. ユビキタス / SFマガジン2005年11月号

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2021年6月11日 (金)

伴名練「なめらかな世界と、その敵」早川書房

うだるような暑さで目を覚まして、カーテンを開くと、窓から雪景色を見た。
  ――なめらかな世界と、その敵

「そんな風に俺たちの物語を終えられたら、どれだけ簡単だっただろう!」
  ――美亜羽へ贈る拳銃

私は、姉様と二度と面と向かい合わずに済む、それだけで心底、安らかな気持ちです。
  ――ホーリーアイアンメイデン

「我らソヴィエトの人工知能――『ヴォジャノーイ』は、技術的特異点を突破した」
  ――シンギュラリティ・ソヴィエト

「卒業生二人しかいないんだから」
  ――ひかりより速く、ゆるやかに

【どんな本?】

 「アステリズムに花束を」収録の「彼岸花」や「伊藤計劃トリビュート」収録の「フランケンシュタイン三原則、あるいは屍者の簒奪」で広く深いSFへの愛と知識そして圧倒的な発想力で多くのSFファンに衝撃を与えた新鋭SF作家・伴名練による、初のSF作品集。

 誰もが幾つもの世界を渡り歩く世界を舞台に二人の少女の再会から始まる表題作「なめらかな世界と、その敵」、いきなり「そっちかよっ!」と突っ込みたくなる「ゼロ年代の臨界点」、伊藤計劃「ハーモニー」へのトリビュートながらドンデン返しの連続に翻弄される「美亜羽へ贈る拳銃」など、SFおよび短編小説の面白さが詰まった傑作ぞろい。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2020年版」のベストSF2019で堂々のトップに輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年8月25日初版。私が読んだのは2019年9月10日の5版。爆発的な売れ行きです。単行本ハードカバー縦一段組み本文約295頁。9ポイント43字×21行×295頁=約266,385字、400字詰め原稿用紙で約666枚。おお、獣の数字だ。文庫ならやや厚め。

 文章はこなれていて読みやすい。「ゼロ年代の臨界点」と「ホーリーアイアンメイデン」はワザと昔風の文体を使っているが、不思議なほどスラスラ読める。けっこう凝ったSFアイデアを使っているんだが、説明がアッサリしているのは好みが別れるところ。もちろんマニア向けのイースター・エッグはドッチャリ埋まってます。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出。

なめらかな世界と、その敵 / 稀刊 奇想マガジン準備号 カモガワSFシリーズKコレクション2015年12月
 架橋はづきは、登校していきなり担任の剣崎に呼び出される。小学生の頃に仲が良かった厳島マコトが転校してくる、事故に遭って体に影響が残っているので支えてやってくれ、と。三年ぶりに再会したマコトはかたくなに心を閉ざし、部活にも入らないと言う。下校時にはづきは警官の須藤淳に呼び止められ、マコトを事故に巻き込んだ犯人がマコトを狙っている、と…
 出だしから、あり得ない風景。いや舞台は普通の現代日本だし、主人公の架橋はづきも普通の高校生だ。ところが、彼女を取り巻く風景や状況が、「うだるような暑さ」なのに「雪景色」だったり、雑誌を読んでいる父の命日が今日だったり。ロバート・チャールズ・ウィルスン「ペルセウス座流星群」収録の「無限による分割」と似たアイデアを使いながらも、鮮やかに仕掛けを逆転している。
ゼロ年代の臨界点 / Workbook93 ぼくたちのゼロ年代 京都大学SF幻想文学研究会 2010年8月
 初めて読んだのは「年刊日本SF傑作選2010 結晶銀河」。てっきり評論か、と思ったら、出だしから見事にハズされたw 詳しくは述べません。じっくり、著者の騙りに翻弄されよう。
美亜羽へ贈る拳銃 / 伊藤計劃トリビュート 京都大学SF幻想文学研究会 2011年11月
 神冴家は神冴脳療を仕切っている。だが神冴家の次男、神冴志恩は家を出て東亜脳外を設立し、急速に業績を伸ばしている。その原動力は養女の美亜羽。彼女の卓越した頭脳に目をつけた志恩が養女にしたのだ。神冴家の三男、実継は、偵察を兼ね志恩の結婚披露宴に潜り込む。そこで実継は初対面の美亜羽から…
 伊藤計劃「ハーモニー」へのトリビュート。エキセントリックなヒロイン美亜羽と、財閥の三男ながら自称凡庸な実継の二人を軸に、脳に作用して感情を操る技術を絡め、二転三転する物語が展開する。改めて考えると、「敵は海賊」シリーズのアプロの能力って、凶悪でもあるけど使い方によっちゃ役に立つんだなあ。もっとも、真面目に仕事をこなすアプロって想像できないけど。
ホーリーアイアンメイデン / 年刊SF傑作選91~99を編む パイロット版 カモガワSFコレクションKシリーズ2017年12月
 時は太平洋戦争のさなか。本庄鞠奈は、不思議な力を持っていた。彼女に抱きしめられた者は、ガラリと人が変わって善人になる。泣き叫ぶ子供、手の付けられない悪餓鬼、そして凶悪犯罪の常習者まで。そこに目をつけた陸軍は、宗像清一大尉を派遣し、彼女の能力を調べ始める。
 妹の琴枝から姉の鞠奈に宛てた手紙の形で語られる作品。ベルナルドーレは、たぶんアッシジのフランチェスコ(→Wikipedia)だろう。それが示すように、アントニイ・バージェス「時計じかけのオレンジ」同様に、善悪と自由意志の葛藤をテーマとしている。ただし、語り手を日本人とするなど、扱い方はキリスト教と大きく違うけど。
シンギュラリティ・ソヴィエト / 改変歴史アンソロジー パイロット版 カモガワSFコレクションKシリーズ2018年5月
 冷戦のさなか。ニール・アームストロングを船長とする着陸船が降り立った月には、スターリンの銅像があった。ソ連は西側に先立って人工知能『ヴォジャノーイ』を創り上げ、技術的特異点を突破していたのだ。
 人類の知能を遥かに超える知性に世界を任せたら、そりゃ「この世で起こっていることの半分は人間の理解が及ばぬ事態」になるよなあ。とはいえ、「労働者現実」や「党員現実」なんてのは、やっぱりソ連だったり。大通りを這う大勢の赤ん坊や警備用のレーニンなど、ソ連らしい悪趣味が雰囲気を出してる…と思ったら、結末は更にイカれた事態に。
ひかりより速く、ゆるやかに / 書き下ろし
 私立紀上高等学校第四十七期生の卒業生は、伏暮速希と薙原叉莉の二人だけ。他の者は、修学旅行から帰ってこない。乗った新幹線が、事故に遭った。乗員も乗客も、生きてはいる。ただ、我々とは全く異なった時間の中で。新幹線で1秒過ぎる間に、世界は二千六百万秒=約三百日も過ぎてゆく。
 時間事故に遭った同級生と、取り残された二人。彼らをめぐる社会の騒ぎは、かつての筒井康隆が描く騒動と似ていて、いかにもありそうな猥雑さに溢れている。が、全体を漂う雰囲気としては今風の若者らしい清潔感が漂うのは、芸風の違いか時代の変化か。梶尾真治の「美亜へ贈る真珠」を思わせる涙が流れる場面もあるんだが、このアレンジはヒドスw

 スレたSF者たちは、膨大に隠されたイースター・エッグを話題にする。そのためマニア向けの芸風と思われがちだが、とんでもない。確かにSFガジェットを駆使してはいるが、ドラえもんで育った今の若者には日常の風景だろう。なにより、登場人物の多くが若者であり、また若者らしい疎外感や勢いそして潔癖さを備えている。ハードカバーだけど、良質なジュブナイルの清廉で少し苦い味わいを備えた、「小説の楽しさ」に溢れる作品集だ。

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2021年3月21日 (日)

山田正紀「戦争獣戦争」東京創元社

「また大きな戦争が始まる……」
「蚩尤が現れる、黄帝が出現する……」
  ――p66

【どんな本?】

 圧倒的なアイデアで読者の脳を激しく揺さぶるベテランSF作家の山田正紀が、太平洋戦争以降の極東を舞台に描く、長編本格SF小説。

 26歳の蒔野亮子は、IAEA=国際原子力委員会の特別査察官として、北朝鮮の使用済み核燃料保管施設を訪れる。使用済み核燃料貯蔵プールは酷い状態だった。水は濁り藻が繁殖し、底では体長15~6cmほどのムカデのようなものまで泳いでいた。

 1950年、広島。地元の暴力団は二つの派閥に分かれ、激しく争っていた。石嶺夏男は争いを煽り、双方に拳銃を流してあぶく銭を稼いでいる。バレればただじゃ済まない。事実、刺客に襲われ…

 身に宿した刺青獣による異能力を持つ四人の異人と、高次元に生息する戦争獣を鍵として、想像を絶する世界を創り上げた本格SF。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2020年版」のベストSF2019日本篇で11位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年10月31日初版。単行本ソフトカバー縦二段組みで本文約404頁。9ポイント24字×21字×2段×404頁=約407,232字、400字詰め原稿用紙で約1,019枚。文庫なら上下巻ぐらいの容量。

 文章はシリアス・モードの山田正紀。内容も、本格SFモードの山田正紀、それもかなり濃い目なので期待しよう。

【感想は?】

 戦後の東アジアの歴史が色濃く出た作品。

 冒頭、北朝鮮の使用済み核燃料貯蔵プールの場面もなかなかショックだ。考えてみりゃ、使用済み核燃料貯蔵プールを清潔に維持するのは、かなりの手間だ。学校のプールだって、半年もすれば水は藻で緑色になる。初夏にデッキブラシでプールを掃除した経験があれば、藻の繁殖力は見当がつくだろう。

 対して使用済み核燃料貯蔵プールは、さすがに室内だから藻は入りにくい。とはいえ、使用済み核燃料は熱を出す。そして温かければ藻の繁殖は勢いを増す。かといって、まさか底をデッキブラシで磨くわけにもいくまい。定期的に水を替えるにしても、使用済み核燃料を浸した水をタレ流したらオオゴトだ…とか考えると、福島第一原子力発電所の汚染水をどうしても思い浮かべてしまう。

 続く広島の場面は、オジサンたちの胸を熱くする広島抗争(→Wikipedia)が背景となる。そう、あの「仁義なき戦い」の舞台だ。

 さすがに核兵器に比べると、地回りヤクザ同士の抗争は、いささかスケールがショボい。が、どこか遠い世界に思える核に対し、ヤクザは身近なだけに、その暴力性は皮膚感覚で伝わってくる。この舞台で主役を務める石嶺夏男のトボけたキャラクターを、更に際立たせるのが広島弁だ。この辺、若い人は、是非とも映画版「仁義なき戦い」を観てほしい。各場面の解像度がぐっと上がるから。

 ちょっと分かりにくいのが、華麗島。読んでいけばだいたい見当がつくんだが、これは台湾を示す。叛族のモデルは台湾の高山族(→Wikipedia)、俗にいう高砂族だろう。出草とかは、私も知らなかった。

 他にも朝鮮戦争の開戦間もなくの1950年6月28日の起きた漢江人道橋爆破事件(→Wikipedia)など、太平洋戦争の後遺症とも言える事件を幾つも織り交ぜ、架空の歴史に生々しさを注ぎ込んでゆく。

 こういった芸風は船戸与一が得意とするものだが、山田正紀がソコで終わるはずもなし。

 我々が住む三次元の世界に加え時間までも移動できる高次元生物「戦争獣」だけでもSFとして楽しいのに、黄帝・蚩尤・女媧など中国の神話を加え、死雷・虚雷・死命などの造語を交えて、高次元時空を戦場とした、まさしく「神々の戦い」が展開してゆく。

 もっとも、その神々の姿は神々しいどころか、ハッキリ言って気色悪いんだけどw 特に蚩尤の姿は、ゲーム「地球防衛軍」の巨大ムカデを連想したり。アレ、千切れても節がヒョコヒョコ襲ってくるから、えらくタチ悪いんだよな。

 圧倒的な力をもつ戦争獣の戦いに巻き込まれ、互いに核を向け合う大国同士の火花が散る極東で、四人の異人の運命がもつれ合い、世界の様相を大きく変えてゆく。

 生々しい極東の現代史を舞台としながらも、奔放なアイデアで読者の想像力の限界をブッチ切り世界の認識を塗り替えようとする、SFならではの驚異を詰め込んだ作品。濃いSFをお求めの人にお薦め。

 なお、エラ・フィッツジェラルドの「時すら忘れて」はこちら(→Youtube)。

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2020年12月11日 (金)

草野原々「大絶滅恐竜タイムウォーズ」ハヤカワ文庫JA

そして、葛藤します。葛藤すると、エモいですね。
  ――p206

この小説は、本格ミステリである。
  ――p308

【どんな本?】

 デビュー作の「最後にして最初のアイドル」以来、日本SF界を震撼させ続けている野生のSF作家、草野原々による「大進化どうぶつデスゲーム」の続編。

 星智慧女学院3年A組の生徒たちは、宇宙の運命を賭けたネコたちとの戦いに、かろうじて勝った。だが、再び彼女たちに試練が訪れる。小田原は熱帯と化して緑の木々が生い茂り、色とりどりの果実が実る。そこで地上を跋扈する覇者は鳥類だった。歴史の変化をもたらしたのは6600万年前の中生代白亜紀末期。

 休日を楽しんでいた3年A組の面々は、シンギュラリティAIリアの呼び出しに応じて集い始めるのだが…

 といった、まっとうな青春冒険活劇を装っても、悪名が流布しまくった今となっては無駄と観念したのか、本作は序盤からトバしてます。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年12月25日発行。文庫本で縦一段組み本文約310頁に加え、難波優輝の解説「キャラクタの前で」9頁。9ポイント40字×17行×310頁=約210,800字、400字詰め原稿用紙で約527枚。普通の文庫の厚さ。

 文章はこなれている。内容は…えーっと、ハッキリ言って、小説としては壊れてます。かなり無茶やっているので、ついていくのは大変。序盤からトバしてるけど中盤から終盤に向け、更に物語の崩壊が進むので、覚悟しよう。要はいつもの草野原々です。

【感想は?】

 草野原々、やりたい放題。

 デビュー作「最後にして最初のアイドル」からして異様だったし、異様さに相応しい騒動も引き起こした。それが本作では物語である事すらかなぐり捨て、時空の彼方へとスッ飛んでいく。

 なんというか、最初は大人しげで多少は愛嬌もあった見慣れぬ生物が、変態を繰り返して化け物の本性を露わにする、そんな様子を見ているようだ。日本のSF界は、「期待の新人」と見間違って、とんでもない怪物を育ててしまったのではなかろうか。

 冒頭は、まだ大人しい。チャールズ・ダーウィンがゲロを吐いてるけど、そこはいつものグロやスプラッタ大好きな草野節で納得できる。舞台が現代の小田原に切り替わり、ヒロインの一人である空上ミカが登場すると、何やら不穏な記述が紛れ込む。

ミカの内面を想像して、共感して感情移入しましょう。
  ――p18

 …は? いや小説だし、普通はそうするよね。なんか普通の小説とは違うみたいだなあ。けどまあ、せっかく読み始めたんだし、とりあえず読み続けよう。ほら、出てきた。前作からお馴染み、可愛らしくて能天気だけど無責任なAIだ。

「はーい! おひさしぶりっ、リアちゃんでーす! 大進化どうぶつデスゲーム、第二回戦はじまるよー!」
  ――p20

 相変わらずムカつくAIだなあ。まっとうな青春群像物なら全員が無事に生き延びるんだけど、何せグロ描写と毒吐き少女大好き草野原々だし、前作もアレだったから…などと不安に思っていると、これも序盤から掟破りをやらかしてくれる。いや普通、そういうのは全員が集まってから、というのがお約束では?

 と、序盤から娯楽小説の定石を踏みにじりつつ始まった物語は、やがて少女たちと巨大化・凶暴化した鳥類たちとの、生き残りを賭けたバトルへと突入してゆく。ここでは緊迫感が漂う案外とマトモなサスペンス・アクションが展開するからタチが悪い。なんか普通の娯楽小説かと思い込んでしまうじゃないか。

 やたら鳥たちが巨大化し、かつ飛ばなくなってるけど、実はこれも理に適ってて。カカポ(→Wikipedia,「ねずみに支配された島」)が有名な例なんだが、鳥は飛びたくて飛んでるんじゃない。天敵=捕食者から逃げるために飛んでる。でも飛ぶのは燃費が悪い。だもんで、天敵がいない孤島などの環境だと、アッサリ飛ぶ能力を手放して太る。だって体重が重い方が戦いで有利だし。

 など、天敵がいなくなった環境で異様に進化したのは鳥たちに限らず、中盤以降では古生物図鑑などで見たアレやコレも元気かつ溌剌とした姿で暴れまわる。ここでは「なぜそうなったか」のか、一応はスジの通った理屈が出てくるから、なんかまっとうなSFみたいな気がしてきたり。ここは地質学や古生物学が好きな人には楽しいところ。

 …いや逆にマジメに学んでる人は怒りだすかもしれない。なにせアレ(→Wikipedia)があんなモンに改造されてあんなトコロまで行っちゃうし。「神鯨」もソコまで無茶しなかったぞ。いやこの風景はむしろ「地球の長い午後」か?

 てな感じに、常識的な読者を置き去りにして暴走を続ける物語は、終盤で更に狂気の度を増し、読者ばかりか登場人物までその場に置き捨て、ほんのわずかな百合の欠片をまといながらも、このシリーズはもちろん小説とその読者すら破壊の渦へと巻きこんでゆく。

 なんかとんでもねえモンを読んでしまったような気もするし、単に締め切りが迫った著者がヤケになっただけじゃないかって疑いもあれば、もしかして「ドグラ・マグラ」や「虚無への供物」に並ぶ奇書なのかな、と思ったり。

 そういうワケで、とにかく「ヘンな本」が読みたい人にお薦め。

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【今日の一曲】

Hotel California - Lexington Lab Band

 ややネタバレ気味だけど、本作で思い浮かべるのは、やっぱりこの曲でしょう。Eagles の名曲を五本ものギターを贅沢に配した編成で再現してます。

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2020年10月18日 (日)

春暮康一「オーラリメイカー」早川書房

夜にしか見えないものがいくつかある。もっぱら頭の上に。
  ――オーラリメイカー

「彼らはここにいます」
  ――オーラリメイカー

「ねえ、あなたがエスパーの人?」
  ――虹色の蛇

【どんな本?】

 2019年の第七回ハヤカワSFコンテストに「オーラリメイカー」で優秀賞に輝いた新人SF作家、春暮康一のデビュー作。加筆修正した「オーラリメイカー」に加え、短編「虹色の蛇」を収録。

 人類が銀河系へと進出し、幾つかの異星人とも出会いソレナリの友好関係を築いている遠未来。

 アリスタルコス星系は異常だった。九つの惑星のうち四つは、水星と同じぐらいの質量で、公転面が60度以上も傾斜している。しかも扁平な楕円軌道で、近日点と遠日点は他の惑星の軌道スレスレをかすめている。明らかに、何者かの意図を感じさせる構成だ。

 惑星の軌道を、ここまで大胆かつ緻密に設計・変更させうる者とは、どのような存在なのか。<連合>参加の種族は、存在を星系儀製作者=オーラリメイカーと名づけ、共同で探査に赴く。果たして彼らは何者なのか。何のために、どうやって星系を改造したのか。そして<連合>と友好的な関係を築けるのか。

 遠未来の恒星間宇宙を舞台に、オーラリメイカーの謎を軸としながら、生命・知性そして出会いと別れを壮大な構想とスケールで描く、王道の本格サイエンス・フィクション。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年11月25日発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約287頁に加え、第七回ハヤカワSFコンテスト選評6頁。9ポイント40字×16行×287頁=約183,680字、400字詰め原稿用紙で約460枚。文庫なら普通の厚さ。

 文章は比較的にこなれている。バリバリのサイエンス・フィクションで、物理学や情報工学の用語も容赦なく出てくるが、分からなかったらテキトーに読み飛ばしてもいい。これは料理なら「盛り付け」に当たる要素だろう。繊細かつ丁寧に盛り付けられているのは確かだが、この作品の最も美味しい所は、もっと大掛かりな所にある。タイトルが示すオーラリメイカーの正体と目的、そしてそれに関わる者たちの決断と行動こそが、本格派SFならではの圧倒的な迫力と感動を生み出すのだ。

【オーラリメイカー】

「わたしたちはひとつの精神でありながら無数の個性を持つ」
  ――オーラリメイカー

人知を超えたものに出会うと、そこに現実以上の神秘性を汲み取ってしまう。
  ――オーラリメイカー

「ふたりじゃなくて三人だぞ。いや、四人と言ってもいいか」
  ――オーラリメイカー

「またいつか。そのとき会うわたしが、いまのわたしにあまり似ていなかったとしても」
  ――オーラリメイカー

 これだよ、これ。こういうのがあるからSFはやめられない。

 もうね。出だしからSF者のツボを突きまくり。オーラリメイカーが造ったとおぼしき星系に、銀河の各地からエイリアンが集まってくる場面。

 <水-炭素生物>なんて言葉が出てくるから、「いわゆる珪素生物はいない」と見当がつく。代謝系はヒトと同じ、炭素を酸化してエネルギーを得ている生物たちだ。それでも、意思疎通は簡単じゃない。「<外交規約(プロトコル)>に沿って宣言を開始した」に続く段落で、エイリアンたちの異質さがビンビン伝わってきて、読者を作品世界へと巻きこんでゆく。

 にも関わらず、なぜ「会話」ができるのか。ここでコミュニケーションの基盤となるのが、数学と物理学なのもSF者の気分を盛り上げる。AIだのなんだのと、ソレっぽいIT系用語を使うのが流行ってるけど、本作は見逃されがちな情報理論の基本をキチンと抑えてるのが嬉しい。ここまで、たった3頁。なんちゅう濃い幕開けだ。

 続くオーラリメイカーの謎を語る所も、ゾクゾクが止まらない。一つの恒星系を、奇妙に秩序だった形に仕上げる存在。明らかに隔絶した技術を持っている。にも関わらず、今まで全くコンタクトしてこなかった。もし敵対する存在なら、<連合>はひとたまりもないだろう。というか、そもそも<連合>と意思疎通ができる存在なのか?

 カッチリした科学考証と、思いっきり異様なエイリアン、謎に満ちたオーラリメイカーの存在。SF小説の出だしとしては、トップクラスの出だしだ。そして、その期待を遥かに上回る壮大で爽快で少し切ない結末。うん、これぞSFの醍醐味。

 もちろん、本作内でオーラリメイカーの正体も目的も星系を改造した方法も、そして今までコンタクトがなかった理由も明らかになる。これが実に意表を突くもので。エネルギー(の元)を得る手段も、思わず笑っちゃうほど大胆なんだけど、そういう存在なら確かにやりかねない。異質であるとは、そういうことなんだろう。

 並行して語られる<篝火>世界もたまらない。いやあ、こんな壮大な物語を、縦糸の一つで片付けちゃうかあ。これだけで長編にできるぐらいギッシリとネタが詰まった話なのに。○○を移動する手段としても、ここまで稀有壮大なシロモノは滅多にないぞ。確かにコレなら補給の心配も要らないけど。しかも、その旅の目的地を定める経緯がアレってのが、ヒネリが効いてていいんだよなあ。

 もっとも、美味しいネタの使い捨ては、ここだけじゃないから堪えられない。なんて贅沢な作品なんだ。

 やっはり途中から絡んでくる<二本足>の物語も、ロジャー・ゼラズニイのアレやコレが好きな人には、たまらない無常観と切なさが詰まってる。その運命の皮肉もさることながら、<連合>やオーラリメイカーの物語を通して伝わってくる、恒星間宇宙の残酷なまでの広さと空虚さが、彼(ら)の道行きの寂寥感を際立たせてゆく。

 生命とは、神とは、知性とは、そしてその行く先は。21世紀の科学的知見で武装したA.C.クラークがスタニスワフ・レムの冷徹さを得てオラフ・ステープルドンの壮大なヴィジョンに挑んだ、そんな傑作だ。

 本格サイエンス・フィクションならではの快楽が、ここにある。

【虹色の蛇】

<彩雲>の棲む空は、星を見るには向かないのだ。
  ――虹色の蛇

たしかに恐怖とは人を楽しませるものだ。
  ――虹色の蛇

 フランコは<白>星系の惑星<緑>でフリーの旅行ガイドとして稼いでいる。ここの名物は空を泳ぐ<彩雲>だ。色とりどりの<彩雲>は帯電していて、互いに食い合う。その際に十億ジュール級の放電が起きる。この放電の直撃を受けたら地上の生物はひとたまりもないが、その様子は観光名物でもあり、他にロクな産業のない惑星<緑>の命綱でもある。特にフランコは旅行ガイドとして優秀なのだが…

 「オーラリメイカー」同様の<連合>世界を舞台としつつも、こちらはガラリと雰囲気が変わって、ハードボイルドな一匹狼風の旅行ガイドのフランコを主人公としたコンパクトな作品。

 とはいえ、登場する<彩雲>の美しさと凶暴さそして大きさは、SFでも屈指のもの。そう、モロに雲なのだ。それも生きていて、色が付いている。なぜ色がついているのかも、ちゃんと理由がついてるんだが、それより生態が凄い。

 なにせ雲だから馬鹿デカいのもあるが、それ以上に凶暴さが半端ない。曇ったってタダの雲じゃない、雷雲なのだ。奴らが食い合う際は、あたりかまわず雷を落としまくる、光の速度で数億ボルトの電気が飛んでくるのだ(→Wikipediaの雷)。一発でも食らったらお陀仏だってのに、逃げようがない。まさしく雷神様である。

 にもかかわらず、いやだからこそ、観光名物にもなる。私たちが虎やライオンに惹かれるのも、それが力強く凶暴だからだ。<彩雲>のデカさ凶暴さは、象どころかシロナガスクジラすら遥かに凌ぐ。そんなのがバリバリと雷を落としながら食い合うのである。となればサファリパークなんか目じゃあるまい。

 もっとも、それだけに観光も命がけなんだけど。

 その<彩雲>と生態系を構成する<誘雷樹>も、なかなかに異様な生態で。地球でも幾つかの植物は、昆虫に蜜を与えるかわりに花粉を運ばせたり、果実を草食動物に食わせて種子を運ばせたりと、互いに利用し合ってる。凶暴な<彩雲>と同じ惑星で生きる<誘雷樹>も、なかなかにしたたかで…

 と、そんなデンジャラスな惑星<緑>の中で、ヒトが右往左往する話。

 いや、ちゃんと深刻な人間ドラマも進む、というかソッチこそが主題で、ちょっとジャック・ヴァンス風なチョッカイとオチもつくんだけど、なにせ<彩雲>に心を奪われちゃって。だってこれほど巨大で凶暴で美しいエイリアンは滅多にないし。

【終わりに】

 そんなワケで、骨太なイマジネーションが豊かで将来が楽しみな新人作家が出てきたなあ、というのが今の感想。日本のSF作家で言えば、小松左京と小川一水に続き、更にその先へと向かう意気込みを感じる。こういう人が出てくるなら、日本のSFはきっと大丈夫だ。

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