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2026年10月 4日 (日)

マイケル・キーン&ジョエル・スレムロッド「課税と脱税の経済紙 古今の(悪)知恵で学ぶ租税理論」みすず書房中島由華訳

本書でとりあげるのは数千年の期間に生まれた物語の数々である。
  ――はしがき

脱税者にとって現金は王様だった。
  ――12 串刺しヴラドと穏便な徴税方法

地球規模でいえば、いまや世界人口の約1%が世界全体の富の約半分を所有している。1980年代以降に、多くの先進国で所得格差が急拡大した。たとえばアメリカでは、上位15の超富裕層の税引前所得の全体に占める割合は、2012年までに2倍になり、20%に達した。
  ――15 来るべき世界の形

【どんな本?】

 みんな税金は嫌いだ。だが政府はあの手この手で税金をむしり取りに来る。人々は税から逃れるために知恵を絞り、抜け穴を探す。政府も手を尽くして様々な事柄やモノに税をかけ、また抜け穴を塞ごうとする。両者は、はるか昔から知恵比べを演じてきた。

 かように嫌われる政府だが、ソレナリに公平性にも配慮してきた。つまり、貧しい者からは少なく、富める者からは多くの税を取り立てよう、と。だが、特に富める者で、己の富を素直に申告する者は少ない。そこで政府はより正確な富の尺度を求めるのだが…

 税金にまつわる様々な逸話を集め、よりよい税のあり方を考える、一般向けの歴史・経済の解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Rebellion, Rascals, and Revenue: Tax Follies and Wisdom through the Ages, Michael Keen and Joel Slemrod, 2021。日本語版は2025年1月16日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約503頁。9ポイント48字×19行×503頁=約458,736字、400字詰め原稿用紙で約1,147枚。文庫なら厚めの上下巻ぐらい。

 みすず書房のわりに文章はこなれている。全般的に内容も分かりやすいのだが、一部に難しい所がある。それは脱税や税逃れの手口を明かす部分だ。いわば詐欺のようなものなので、仕組みが面倒臭い上にややこしいのだ。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。ただし、一部の用語、例えばVATなどは最初に出てきた所で解説していたりする。

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  • はしがき/謝辞
  • 第1部 強奪と権力
  • 1 すべての公共のことがら
    • ベンガルからボストンへ
    • かつてなかったほどの不名誉
    • ボリビアが内陸国である理由
    • 天界の光に税金をかける
    • 何もかもが税金のせいではない。しかし……
  • 2 われわれが来た道
    • 駆け足でたどる税金の長い歴史
    • いくら?
    • 戦争と福祉
    • バベッジの悪夢
    • 債務、債務不履行、そして君主たち
    • お金をつくる
  • 3 別の名前で
    • エリザベス一世から周波数オークションまで
    • 主権の売却
    • 低賃金労働
      無賃金労働/金持ちの戦争を貧乏人が戦う
    • 自分の役割を果たす
    • (封建的な)税を納める
    • 一線を超える
    • さらにもう少し
      ツテを頼る/愚行税
  • 第2部 勝者と敗者
  • 4 まずまずの公平性
    • 串さし刑
      人頭税とイングランド人/崇高な目的
    • 公平性の追求
      払っただけの見返りを得られるか?/納められるだけの額を納める?
    • サインを示せ
      階級別の課税/コミュニティ別の課税/ぜいたく品に対する課税/経済状況の推定
  • 5 財政の強大な動力源
    • 巨人の仕事 イギリスの所得税
    • ドレッド・スコット判決
    • 激情犯罪とフランスの所得税
    • 古い恐怖と新しい方向
  • 6 誰でも平等に扱われるわけではない
    • 女性らしさに対する課税
    • 特殊な制度
    • 改宗
    • 部外者
      見知らぬ土地のも知らぬ人/懲罰としての課税
    • 難しい選択
  • 7 留まるか、移り変わるか
    • 誤ったスタート
    • 他人の知見を盗みとる
    • 忘れてはならないこと
    • 君、10セントの1/20を都合してくれないか?
    • ものごとは見た目どおりとはかぎらない
      ワーキングプア(あるいは、彼らの雇用者に助けの手を差し伸べる)/非課税の地方債は抜け目のないリッチへの贈呈品か?/法人税の帰着は闇のなか
    • 全体像をとらえる
  • 第3部 行動を変える
  • 8 悪い行ないを改める
    • 正しいことをせよ
      家族の問題/知識に対する課税
    • よい事柄よりも、よくない事柄に課税せよ
      地球を救う/牛のおなら、怖い犬、かわいい猫
    • 罪の報い
      悪事/飲酒階級にとって忌まわしいもの/セックス/ドラッグ/だがロックンロールは別/不健康な生活
    • ノーというだけ?
  • 9 巻き添え被害
    • 創意工夫の後押し
      奇妙なもの/線を引く
    • 超過負担
      煙のないところに火はない/超過負担を知るために
  • 10 ガチョウの羽根のむしり方
    • 聖杯を探して
      戦時利得者と法人税を再考する/土地をくれ、広い土地を/富の強制徴収
    • ダメージの制限
      イギリス一の才人/課税ベースを広げ、利率を下げよ(まあ、そうしなくてもいい)
    • 税制の形成
    • どれだけの羽根を?
  • 11 世界市民
    • ライスプティングをつかまえる
    • 税という嵐からの避難
    • 金持ちはわれわれとは違う
      すでに転居済み/他言しない
    • 虚偽の利益
      「私があなたなら、ここはやめておく」/武器(レングス)よさらば?
    • 税を転がす
  • 第4部 税金はひとりでに集まらない
  • 12 串刺しヴラドと穏便な徴税方法
    • 隙間に注意
      いろいろな脱税犯/既知の未知
    • ムチをたっぷり アメをちょっぴり
      まず金をとる/大企業は税務署の友……/――そして、小規模事業者は税務署の悪夢である/情報が支配する
    • 信頼せよ、しかし確認せよ
    • 納税者も人である
      主義のための(公然の)脱税/正直さを政策にする
  • 13 誰かがやらなければならない
    • いろいろな徴税人
    • 誰が集める?
      徴税請負制度(および徴税請負人)の隆盛と終焉/キックバック 合法と非合法/税の独立/収税業務の民営化/税務機関の規模は?
    • 税務のテクノロジー
  • 第5部 
  • 14 税の喜び
    • 財務大臣の夢
    • 野獣を飢えさせる
    • コヴェントリーからKストリートまで
      ロビー活動の赤裸々なる真実/バター(と税額が同じ)ではないとは信じられない/課税によるチェーン店虐殺/ひとりの免税/課税してはならない イギリスにおける食料品非課税の400年
    • 政府のゲーム
      見えなくする/名前の意味?/しまった!
    • まずまずの成功といえる税政策
      グッチ峡谷などから得られる教訓/VATの隆盛(と増税)
  • 15 来るべき世界の形
    • ナブーとユートピアの税制
    • 現金の知恵の柱
      納税者の反乱の理由が税金とはかぎらない/言葉に気をつける/昼食代を払うのはあなたかもしれない/ともあれ、課税の公平性は達成しがたい/課税とはよい代理指標を見つけることだ/租税回避と脱税に発揮される創造性/課税の最大のコストは目に見えないかもしれない/税はたんなる資金調達ではない/人は怖いから税金を払う/国家主権としての課税権は過去の遺物になりつつある/スローガンに注意
    • 未来とその先
      厳しい時代/素晴らしき新世界
    • 彼らはわれわれをどう思うか
  • 索引/原注/参考文献/図版クレジット

【感想は?】

 歴史の本であり、経済の本であり、政治の本でもある。

 読みはじめてすぐ気が付くのは、新しい税が出てくるキッカケの多くが戦争である点だ。それだけ戦争は政府の予算に重い負担をかけるのである。だが、逆に減税が反発を呼ぶ場合もある。

ボストン茶会事件の発端は増税ではなく、じつは減税だった。
  ――1 すべての公共のことがら

 どういう事か。大雑把に説明すると。英国は紅茶の輸入に重い関税をかけていた。そこで密輸業者が栄えた。だが税が軽くなれば合法な紅茶が安くなり、密輸業者は干上がる。それで密輸業者は合法な紅茶を海に投げ捨てたのだ。改めて考えると酷い話だよなあ。

 政府が関税をかけるには、幾つかの目的がある。その一つは税収を増やすことだが、国内産業を保護するためでもある。ただし…

自動車関税の導入により、低コストの輸入自動車は高コストの国産自動車にとってかわられる。すると国内の自動車メーカーは利益を得るし、政府は税収を得るが、消費者は、市場の自動車の数が減り、価格が上がることにより、メーカーと政府が手にする利益よりもよほど大きな損失を被ってしまう。
  ――9 巻き添え被害

 米国のトランプ大統領は国内雇用を守る目的で関税を大幅に引き上げたが、物価は大幅に上がってしまった。日本も農産物・畜産物に関税をかけている。負担を消費者に押しつける格好だが、米国をはじめ多くの先進国は農林水産業に多額の補助金を出してる。それだけ国家にとって重要な産業なのだろう。

 さて、政府が資金を調達するには、税金以外にも方法がある。例えば国債だ。だが、経済学的には税金と変わらないらしい。

国の借金は、じつは課税繰り延べの約束にほかならないのである。
  ――2 われわれが来た道

 いずれ借金は返さにゃならん。その財源は、というと、やはり税金になるのだ。日本の国債はGDPの2倍を超えていて、とんでもねえ状況なのだが…

全世界で、公的債務の対GDP比は2019年から2020年に約15%から100%近くまで上昇している――先進国にかぎれば125%以上まで上昇しており、第二次世界大戦末期以来の水準である。
  ――15 来るべき世界の形

 特にコロナ以降に跳ね上がったようだ。なお、日本の国債に限れば円建てなので、返済を楽にする方法はある。踏み倒すんじゃない。インフレにすりゃいいのだ。モノやサービスに対し円の価値が半分になれば、円建て国債の借金も半分になるのだ。他にもインフレは政府にとって嬉しい点が幾つかある。

ジョン・メイナード・ケインズ「インフレの継続過程によって、政府は自国の市民の富の重要な部分をひそかに、気づかれることなく没収できる」
  ――2 われわれが来た道

 例えば所得税には基礎控除がある。インフレで円の価値が半分になれば、基礎控除額も実質的に半分になったのと同じだ。だから内閣も財務省もインフレを歓迎するんだろう。

 他にも面白い税がある。例えば宝くじだ。

宝くじの歴史は古く、中国では漢王朝(前205~前187年)の時代に政府の資金調達の手段になっていた。
  ――3 別の名前で

 日本でも競馬や競輪などの公営賭博は政府や自治体の財源になっているし、今調べたら宝くじもそうだった。税収としては美味しいんだろうなあ。

 さて、税金を集めるのも政府の仕事だが、これが結構難しい。そこで民間の徴税人を雇ったりするんだが、他にも方法がある。

税はしばしば割当制とされてきた。中央の支配者が地方あるいは地域ごとに一定の税額を割り当てたのち、事実上、現地の課税方法の決定を現地の有力者に委ねたのだが、その際には中央からの指導にある程度したがわせてた。(略)
江戸時代の日本と帝政ロシアでは、納税は村ごとの集団責任とされていた。
  ――4 まずまずの公平性

 個々の人または家ではなく、村単位で税額を決め集めさせたのだ。これなら一軒ごとに訪ねる必要もない。こういう「組織に税を納めさせる」のは賢い方法らしく…

先進国では、総税収の約85%が企業からの納付分である(源泉徴収を含む)。
  ――12 串刺しヴラドと穏便な徴税方法

納税義務は比較的しっかりと組織立った事業者に負わせるべき
  ――12 串刺しヴラドと穏便な徴税方法

 昔はクロヨン(→Wikipedia)なんて言われました。所得のうち、賃金労働者は9割、自営は6割、農林水産業は4割だけが税務署に把握される、そういう意味です。逆に税務署にとっては、大企業は歓迎すべきお客様なんですね。

 源泉徴収の賢い点はとりっぱぐれがない点だけど、他にもあって。

人は、課税の機会が多く、1回当たりの支払額が少ないと、負担する税金の総額を実際よりも低く見積もる傾向にある
  ――14 税の喜び

 分割払いだと安く感じちゃうんだよな、ヒトってのは。また、今じゃ給料は銀行振り込みが主で、社員に配るのは給与明細だけってのが多い。それだと給与額だけでなく所得税や社会保険料も数字だけなんで、税の重さを実感しにくかったりする。

 ビンボな私としては「貧乏人からむしり取るな、金持ちから取れ」と言いたい。実際に多くの国で所得税は累進式になっているが、その最高税率は次第に少なくなる傾向にある。重税をかければヤル気をなくす、なんて説もあるが…

最高限度税率がたいへん高い――OECD加盟国では、2019年の法定個人所得税の平均最高税率は43%だった――のに、産業や努力が失われていない…
  ――5 財政の強大な動力源

 もっとも、金持ちには貧乏人にない手段がある。

資産所得に高税率の税金をかければ、国内の資産が国外に出ていくだけ
  ――5 財政の強大な動力源

 そう、国外への移住や資産の移転だ。昔のイギリスのロック・ミュージシャンは重税から逃れるため米国に移住する者が多かった。今はどうなんだろ? と思ったら…

プロサッカー選手、とりわけ高い年俸をもらう選手の就業決定が税制に大きく左右される…
  ――11 世界市民

 やっぱりそうか。これが企業ともなれば、更に手口は巧妙になる。

スターバックス社は――一例に過ぎないが――この手を用い、イギリスの事業に関しては税金をほとんど納めていなかった。商標などの使用量をオランダの関連会社に支払い、コーヒー豆の納入および焙煎の代金をオランダとスイスの子会社に支払いつつ、本社自体は借金によって資金調達を行っていた。
  ――11 世界市民

 税率の低い国に利益を集め、高い国じゃ赤字のフリをするんですね。賢いというか狡猾というか。多国籍企業が増えると、こんな手口もますます巧妙になるんだろうなあ。

 とまれ、逃げようのない財産もある。その代表が土地だ。ただ、地主がその価値を正直に申告するとは限らない。そこで…

孫文は(略)課税目的で評価するうまい方法を考案したのである。(略)
納税のため、土地所有者は所有地の資産価値を自己申告する。政府はそれにもとづいて税金を徴収してもいいし、申告された価格でその土地を買収してもいい。
  ――10 ガチョウの羽根のむしり方

 税を軽くしようと安く申告すれば政府に買いたたかれるし、高くすれば税が重くなる。なんと賢い、

 最近の政府は金持ちから妥当な税をとるためハイテク?を導入している。

2010年にはギリシャ政府が警察用ヘリコプターを使って富裕層の住宅の航空写真をとった。すると、プールが1万6974面見つかったが、申告済だったのはそのうち324面のみだった。
  ――13 誰かがやらなければならない

 これも今調べたらギリシャの債務危機が言われたのが2009年。その対策の一つなんだろう。

 金持ちからむしり取れ、が貧乏人の叫びなんだが、こういう「誰からとるか」「どこからとるか」は政府にとっても難しい問題だったりする。経済学的には幾つか定説があるようだ。その一つは…

賃金労働が行われれば行われるほど、それだけ消費量が増える傾向にあるものに対しては、概してより低い税率を適用するのが得策なのである。(略)たとえば、児童ケアサービスには低税率を、スポーツ観戦には高税率を適用する…
  ――10 ガチョウの羽根のむしり方

 とすると、働く世代の医療費は安くすべきなんだろうか。

 もっとも、他の目的で税金を操る政治家もいる。

リチャード・ニクソン「やつ(IRS=内国歳入庁長官)には冷酷漢になってもらいたい。やれと命じたことをやり、見たい税務申告書を見せ、われわれの敵を捜査し、われわれの友人を見逃す。(略)嫌だというなら、この仕事をやめてもらう」
  ――13 誰かがやらなければならない

 憎まれ役だなニクソン。まあウォーターゲート事件で辞任に追い込まれた人だし。

 などと税金には様々な作用と副作用がある。税を納める者が実際に負担するワケじゃない。分かりやすいのが所得税の源泉徴収で、納めるのは企業だが負担するのは従業員だ。この面倒くさい構図を巧みに語ったのが…

彼(=ウィンストン・チャーチル)はつぎのように述べた。
ある教会が近所の貧困世帯に無料で食事をふるまうとする。貧困者が続々と引っ越してくる。すると、家賃が上がる。家賃の上昇が無料の食事の価値を帳消しにした視点で、貧困者の流入は止まる。最終的に、貧困者は利益を得られなくなる。利益を得るのは、以前よりも高い家賃をとれるようになった地主である。
  ――7 留まるか、移り変わるか

 これを操作しようとするのが業界団体によるロビー活動だ。

ロビー活動の根本にあるのは、特定の税制措置によってほんのひと握りに利益が集中し、その他大勢にコストが分散されるという非対称性である。
  ――14 税の喜び

 日本だと小泉純一郎による酒税改定で発泡酒なんてカテゴリができたとたんに小泉孝太郎がCMに起用されたのには呆れた。いずれにせよ、税を逃れる者がいれば、その分を負担する人もいる。

税負担は、課税対象の品目あるいは活動が何であれ、その代替になる選択肢をほとんど持たない者のもとに留まる傾向にある。
  ――15 来るべき世界の形

 ちなみに「代替になる選択肢をほとんど持たない者」の代表が月給取りです。

 もっと極端な税逃れが脱税。これの罪を軽く見ちゃいけない。

脱税は犠牲者のいない犯罪ではない。不特定多数の犠牲者が広範囲に分散しているのである。
  ――15 来るべき世界の形

 私たちみんなが、その尻拭いをするハメになるのだ。

 一般に税の副作用はロクでもない場合が多いが、意外なモノもある。20世紀初頭から米国ではチェーン店が発達し、小規模な小売店舗のシェアを食い始めた。これを憂えたカリフォルニア州は、1936年にチェーン店の店舗数が増えるほど1店舗当たりの税が重くなる制度を取り入れる。だがチェーン店もしたたかで…

チェーン店側が、「課税の影響を最小限にする良策を発見した。個々の店舗を統合してスーパーストアにし、全体の取引高がもともとの個々の店舗の売上高の合計を上回るようにする」
  ――14 税の喜び

 スーパー―ストアの誕生には他にも幾つかの要因、例えば商品を自分で探し選ぶセルフサービスの導入などがあるんだが、税金もその一つだったとは。

 このように、誰か。何かを狙い撃ちする税もあれば、逆に見逃す制度もある。その代表が宗教だろう。宗教と税には面白い関係が多い。有名なのがイスラム教国家の、イスラム教徒以外に課されるズィンミーだ。

「ズィンミー」(「経典の民」)は「ジズヤ」と呼ばれる税を課された。ズィンミーの範疇には、ユダヤ人とキリスト教徒のみならず、ヒンドゥー教徒、仏教徒、シク教徒、それにインドのムガル帝国のジャイナ教徒までも含まれるようになった。
  ――6 誰でも平等に扱われるわけではない

 アブラハムの宗教じゃなくても経典の民と解釈する場合もあるのか。この辺は国や地域によって色々だりそうだなあ。

 日本でも宗教法人は税法上で特別扱いしている。米国だと…

アメリカでは、キリスト教やユダヤ教などの宗教団体に寄付をすれば所得控除が受けられる。(略)
2011年、(アリゾナ州フェニックスのとある)教会では、「寄付」してくれた教区民の男性にシスターが愛を授けていた。
  ――6 誰でも平等に扱われるわけではない

 現代の神殿娼婦…なわきゃない。しかし、よく考えたもんだ。他にも笑っちゃったのが…

390年以降、ローマ帝国ではキリスト教徒の皇帝によって同性愛の性行為が禁止された(違反者は火あぶりの刑に処された)が、男娼税の徴収は引き続き実施された。。
  ――8 悪い行ないを改める

 さすが政府、課税に関しちゃ目ざとい。やはり課税に関する笑い話はある。

ウィリアム・グラッドストン「電気とやらに、どんな実用的価値があるんだ?」
マイケル・ファラデー「ほぼ確実に、あなたはこれに税金をかけるでしょう」
  ――9 巻き添え被害

 たぶん、これはジョークだと思う。なんにせよ、政府はなんにでも税金をかけようとするのだ。その結果…

イブン・ハルドゥーン(→Wikipedia)「王朝の初期には税率は低く、税収は多い。王朝の末期には税率は高く、税収は少ない」
  ――14 税の喜び

 なんて羽目になる。実際、本書の頭の方で出てくる税率を見ると、その低さに驚いてしまう。所得税の最高税額が10%を切ってたり。でも戦争の度に税が重くなっていくんだけどね。

 日本でも今は消費税の期間限定の減税が大きな話題になっている。それで物価は下がるだろうが、代わりの財源をどうするかが難しい。まあ本書は教科書じゃないので読んでも解は見つからないが、この記事で挙げた逸話のように面白いネタは盛りだくさんだ。税制に関するトリビアが好きな人にお薦め。

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2026年6月23日 (火)

キース・ヒューストン「計算道具の歴史 石、そろばんから電卓まで」原書房 上原ゆうこ訳

生きることは数えることで、数えることは計算することだ。
  ――はじめに

【どんな本?】

 ヒトは数え、計算する。買い物のお釣りの計算、5人分のカレーを作るのに必要なタマネギの数、お出かけの際の所要時間…。計算は暮らしに欠かせない。そしてもちろん、モノを仕入れ売る商人や、星の運行を調べる天文学者、そして税金をふんだくる役人にも、大量の計算が必要だ。

 今はスマートフォンやコンピュータが大半の計算をしてくれる。しかし、これらが普及する前はどうだったのか?

 最も原始的な手や小石/トークンから始まり、算盤や計算尺を経て Microsoft Excel に至る道のなかで、電卓はまたたく間に一世を風靡し消えていった。

 ポケット電卓へとつながる道を辿り、また激しい競争の中で輝き消えていった伝説の名器・迷機たちを綴る、少し変わった歴史ノンフクション。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Empire of the Sum: The Rise and Reign of the Pocket Calculator, Keith Houston, 2023。日本語版は2025年9月30日第1刷。単行本ハードカバー縦一段組み本文約292頁に加え訳者あとがき4頁。10ポイント48字×19行×292頁=約266,304字、400字詰め原稿用紙で約666枚。文庫なら厚めの一冊ぐらい。

 文章はこなれている。内容もわかりやすい。一部に面倒くさいアルゴリズムやコンピュータのプログラムが出てくるが、「なんかやってるな」程度に流して構わない。また、価格がドルで出てくるのが、若い人には少し辛いかも。1971年までは1ドル360円固定だったんです(→Wikipedia)。

【構成は?】

 ほぼ時系列時運に進むが、各章は比較的に独立しているので、気になった所だけをつまみ食いしてもいい。

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  • はじめに
  • 第1章 手
  • 第2章 アバカスとそろばん
  • 第3章 計算尺
  • 第4章 機械仕掛けの時代
  • 第5章 アリスモメーターとクルタ
  • 第6章 フリーデンのSTW-10
  • 第7章 カシオの14-A
  • 第8章 サムロックのANITA
  • 第9章 オリベッティのプログラマ101
  • 第10章 テキサス・インスツルメンツのカルテク
  • 第11章 ビジコンの141-PF
  • 第12章 ヒューレット・パッカードのHP-35
  • 第13章 パルサー・タイム・コンピュータ・カルキュレータ
  • 第14章 テキサス・インスツルメンツのTI-81
  • 第15章 ソフトウェア・アーツのヴィジカルク
  • おわりに
  •  謝辞/訳者あとがき/参考資料/注

【感想は?】

 書名は「計算道具の歴史」だが、2/3以上をを計算機械が占める。特に、電卓への愛が熱い。それは本書の構成にも表れていて、後半はほぼ電気式計算機の話だ。

 それはさておき。歴史をさかのぼれば、「数えること」は、やはり指になる。となれば十進法が人類標準…

アメリカ先住民のいくつもの部族が使う数を表す言葉に関する1913年の調査により、(略)10の倍数で数えていたのは、調査した部族の半分より少なかった。約1/3は5という数(略)さらに1/10の部族が20という数、少数の変わり者の部族が(略)に、三、四を基準にしたやり方を用いていた。
  ――第1章 手

 では、なかったのが意外。5はわかるが、3や4の文化もあったのは驚き。もっとも、世界全体で見ると…

…ほとんどすべての部族が、何らかの形で指を使って数えたのだ。
  ――第1章 手

 やはり指は強い。本章ではメソポタミアの60進法の秘密も書いてある。これもやはり指を使ったのだ。ちなみに本物のプログラマは片手で31まで数えられますw

 続く第2章では、石などのトークンからアバカス(→Wikipedia)へと進む。アバカスは知らなかったが、洋風の算盤だね。算盤はやはり中国が発祥で…

算盤は(略)1400年頃に韓国へ、それから200年たたないうちに日本へ伝わった。(略)「そろばん」についての最初の言及があるのは1600年頃だが、それより前からふつうに使用されていた可能性がある。
  ――第2章 アバカスとそろばん

 と、日本に渡ったのは思ったより新しい。やはり昔は算盤の名手はいいて…

1946年、(略)逓信省東京貯金局の「名手」松崎喜義(略)が「そろばんを操り、(アメリカ陸軍の二等兵トーマス・N・)ウッドが最新式の電子計算機を駆使して、計算のスピードと正確さを競ったのだ。(略)松崎が足し算、引き算、割り算で勝ったのに対し、ウッドが勝利したのは掛け算だけだった。
  ――第2章 アバカスとそろばん

 進駐軍と呼ばれていた頃ですね。もっとも、こういう個人技に頼るのが日本の欠点でもあってブツブツ。

 さて日本人は計算と言えば算盤だけど、欧米の、特に理数工学系の人は計算尺を使った。この計算尺が登場するまでの物語も、数学・科学そして工学の歩みの典型例で、なかなか楽しい。

ジョン・ネイピア(1917年没、→Wikipedia)の対数、エドマンド・ガンター(1626年没、→Wikipedia)の「数の直線」、ウィリアム・オートレッド(1660年没、→Wikipedia)のスライディング・ルール――がそろい、計算尺が形をなした。
  ――第3章 計算尺

 対数を使えば足し算で掛け算を代用できる。なら普通のモノサシと対数目盛のモノサシを組み合わせれば…って発想。算盤と異なりアナログだけど、いわゆる「天文学的数字」を扱う世界じゃ重宝するんです。

 彼らの計算尺への信頼は凄まじく…

(シカゴのピケット社の)N600-ES(→スミソニアン協会)が興味深いのは(略)NASAがロケット燃料を1トン使ってでもそれを月へ持っていく価値があると判断した
  ――第3章 計算尺

 計算尺は放射線で回路が切れたりしないしね。昔のSFにも、科学者や技術者が計算尺をカチャカチャやる場面がよく出てきたなあ。もっとも、あくまでもアナログなんで、お金を扱う分野などでは都合がわるい。てんで、歯車などを使った機械式計算機も出てくる。

(1635年没のヴィルヘルム・)シッカート(→Wikipedia)の機械(計算する時計)は災難に見舞われて失われてしまった。(1662年没のブレーズ・パスカルの歯車式計算機)パスカリーヌは有閑階級の狭い世界に閉じ込められていた。そして(1695年没の)サミュエル・モーランド(→Wikipedia)の装置は、彼の悪漢小説張りの生き方が影を落とした。
  ――第4章 機械仕掛けの時代

 それでも機械式の計算機は目的によっちゃ役に立ったようで。

1877年に五年に一度の監査を実施したとき、この会社は24台の(1844年のパリ万博で披露された)アリスモメーター(→Wikipedia)を使って六ヶ月にわたり460万以上の計算を行った。アリスモメーターなしでは監査は不可能だったろうと、会社の重役は述べている。
  ――第5章 アリスモメーターとクルタ

 アリスモメーターは、いかにもな卓上計算機だが、クルタは胡椒挽き器みたいな可愛い外見で、手のひらにスッポリ収まる。ちなみに以降の話は20世紀に入ってくる。

間違いなくクルタ(→Wikipedia)は携帯可能であることと実用的であることを同時に実現した最初の計算機――たまたまだがちゃんとポケットにも入る、足し算、引き算、掛け算、割り算ができるいわゆる四則演算マシン――だった。
  ――第5章 アリスモメーターとクルタ

 クルタの発明者クルト・ヘルツシュタルクはナチスに目を付けられ、第二次世界大戦中には強制収容所送りになってるんだが、解放された後の挿話は彼の技術者魂をひしひしと伝えてくる。

クルト・ヘルツシュタルク(→Wikipedia)「私はポケットに入り計算できる機械が欲しい」
  ――第5章 アリスモメーターとクルタ

 とまれ、第二次世界大戦までは…

何世紀もの間、コンピュータは人間だった。
  ――第6章 フリーデンのSTW-10

 本書では「計算手」としている。米国では主に女だったとか。もっとも、機械化はされていたが。

STも(1949年発表の)STW(→スミソニアン協会、英語)も内部にアリスモメータの段付き歯車と計数機構を使い、外部にはどちらも可動キャリッジがあった。
  ――第6章 フリーデンのSTW-10

 本書では、アポロ計画のオリジナル・セブンの一人であるジョン・グレンが計算手キャサリン・ジョンソンに寄せる信頼の厚さを物語る挿話を紹介してる。ちなみに日本でも70年代の金融系COBOLプログラマは女が多かった。

 そして本書でもあの人がヒョッコリ顔を出す。

MTP(米国数表プロジェクト)ののべ計算時間が一年半だとすると、彼(フォン・ノイマン)の見積もりによればアメリカ初の電子式コンピュータENIACなら九時間で同じ答えを出すことができた。
  ――第6章 フリーデンのSTW-10

 お値段は桁違いだけどね。

 ここまでは機械式の話だが、20世紀も後半になると電気式が出てくる。そう、リレーの登場だ。これを利用したのが…

14-A(→国立科学博物館)の唯一の欠点はその大きさだった。それは(略)重さが140キロあって300ワットの電力を消費する「机」だった。
  ――第7章 カシオの14-A

 もっとも、リレーには困った性質があった。壊れやすいのだ。

(ベル研究所の)調査で、リレーは2~300万回に一度うまく作動しない傾向があるということが分かり、それはベルの比較的進んだコンピュータで一日に4~5回のエラーに相当した。
  ――第7章 カシオの14-A

 ここでは、「バグ」の語源なんて楽しい話も。

 そこは科学の世紀、すぐに次の素子すなわち真空管が出てくる。利点は多く、リレーより速いし壊れたらすぐに分かる。だって光らないから。そして、何より…

何かあるとすれば、ユーザー・インターフェースよりANITA(→英語版Wikipedia)の静かさが問題だった。
  ――第8章 サムロックのANITA

 そう、リレーはスイッチングのたびにカチカチ音がするのだ。だって端子が物理的にくっついたり離れたりするんだから。ただ、この静けさも、慣れないうちは戸惑うのだ。動いてるかどうか、わかんないから。

 パソコンも、フロッピの時代は、アクセスするたびにカチャカチャ音がしたんだよね。日本語入力する時も、変換キーを押したらFD装置が鳴りだすんで、「頑張ってるなあ」と思ったモンです。

 これが更にダイオードになると、製品の形にまで影響してくる。

プログラマ101(→Wikipedia)は、デザインの変曲点に到達した。従来の計算機のような機械式の装置では、デザイナーは、その機械的な機能によって形が決定される物体を外装で覆わなければならなかった。一方、電子部品はどんな形や大きさの回路基板にもはんだ付けすることができるので、素地の内部構造を配置しなおして望みの外形に合わせることができる。
  ――第9章 オリベッティのプログラマ101

 そう、プログラマ101は見た目がお洒落なのだ。なぜかというと、イタリア製だから←偏見 あまりにお洒落で小さいため、1965年のニューヨーク万博で披露した際も…

見物人も、プログラマ101がスタンドアロンのデバイスだということを完全に信じることができなかった。彼らは、どこかほかのところにコンピュータが隠されているにちがいないと思い、それにつないでいるケーブルをさがしたが、見つけることはできなかった。
  ――第9章 オリベッティのプログラマ101

 この章では、イタリアならではの国際的なユーザ・インタフェース・デザインの話もあって、案外とゲーム機のコントローラもオリベッティに学んだのか?と思ってしまう。

 リレーから真空管そしてダイオードとくれば、次は集積回路だ。しかし、当初の需要予想は意外と弱気だった。

TIの重役たちは、公共機関の顧客以外、マイクロチップの需要はないのではないかと心配していた。
  ――第10章 テキサス・インスツルメンツのカルテク(→スミソニアン協会)

 リレーや真空管は壊れたり切れたりするけど、集積回路はけっこう頑丈だ。だから買い替え需要はない。また、当初の需要はミサイルや人工衛星だった。それじゃ数ははけない。そこで電卓だ。

 …ふう。やっと私たちが思い浮かべる、手のひらに乗る計算機が登場した。以降、キヤノンなと日本のメーカーも参入し、電卓市場は戦国時代へと突入する。

 次なる進化は集積回路の構成だ。複数の集積回路を組み合わせれば、複雑なことができる。だが、役割ごとに集積回路を作っていたらキリがない。何か工夫はないだろうか。てんで、当時のシフトレジスタを拡張し、いわゆるCPUが登場する。

シフトレジスタは、ROMに書きこまれていてプロセッサによって実行される命令によって動く。
  ――第11章 ビジコンの141-PF

 プログラムはROMに焼かれてるってだけで、理屈は今のCPUと同じだ。

 この章では、有名な嶋正利(→Wikipedia)と4004が登場する。4004と名づけた理由は…

…チップの型番(4001ROM、4002メモリーチップ、4003シフトレジスタに合わせて4004)…
  ――第11章 ビジコンの141-PF(→国立科学博物館)

 そうだったのか。

 電卓市場の競争は激しく、小型化と低価格化が進む。その中で生き残るために、高機能化を選んだのがヒューレット・パッカードのHP-35(→Wikipedia)、いわゆる関数電卓だ。四則演算に加え対数や三角関数も使えるため、理数系の学生・学生に加え技術者に人気があった。そんな高度な機能を、どうやって実現したのか、というと。

(デーヴ・)コクランは、自由に使えるこの基本的な計算処理だけで計算機のROMをプログラムして、十進の掛け算から対数や三角関数まですべての計算を実行できるようにしなければならなかった。そのために彼は、平方根、コサイン、その他の処理を一連の足し算と引き算とシフト計算に分解できる「アルゴリズム」、いわば計算のレシピのライブラリーを作った。
  ――第12章 ヒューレット・パッカードのHP-35

 加減算とシフト命令だけで、数値演算ライブラリをつくり、それをROMに焼いたんですね。なお、HP-35がウケた理由は、高度な機能に加えて、もう一つある。

RPN(→Wikipedia)が分かりにくいというまさにそのことがHP-35(→Wikipedia)に他と違うという特別感――一台に400ドルも出すもう一つの理由――を与えたと主張する学者もいる
  ――第12章 ヒューレット・パッカードのHP-35

 出たよ逆ポーランド記法。今も PostScript で生き残ってます。演算子の優先順位が不要で構文解析もインタプリタの構造も簡単で、ある意味、美しいのだ。人間には書きづらく見づらいけどw

 さて、小型化の競争も激しくなると、腕時計型なんてのも出てくる。ボタンが小さいので、専用のペンが必要だったり。

22個の小さなボタンがちりばめられた四角なごつい腕時計とボタンを押すのに使うスタイラスペン
  ――第13章 パルサー・タイム・コンピュータ・カルキュレータ(→スミソニアン協会)

 本書は行き過ぎを揶揄する感じだけど、今でいう Apple Watch だよね。他にもイロモノ電卓はあって、カシオは音楽シンセサイザーと電卓を組み合わせた。

カシオは1981年に、VL-1の機能の多くをそのまま使っているがピアノに似たキーボードをもっと馴染みのある電卓のレイアウトに変えたVL-80(→calculator.org)で、電卓シンセサイザーの競技場に戻った。(略)ドイツのバンド、クラフトワークは彼らのシングル盤「電卓」の販促品としてロゴ入りのVL-80を作らせ、かれらのとくに有名な数曲をこの小さなカシオで演奏するための譜面をつけた。
  ――第13章 パルサー・タイム・コンピュータ・カルキュレータ

 というか、逆にシンセサイザー(カシオトーン)に電卓をつけたんだろうなあ。つかクラフトワークの電卓、カシオ製だったのか。だから日本語で歌ってたのね。

 などと電卓が人々に浸透すると、教育への影響を考える人も出てくる。悪影響を危惧する人もいた。曰く…

「電卓を使えば、子どもたちが中身が分からない箱の上のボタンを押すのが数学だと思う危険性がある」
  ――第14章 テキサス・インスツルメンツのTI-81

 逆に積極的に数学教育に活用しようとする教師もいたんだが…

1970年代の終わりになっても教室で電卓を使用できるようにしている教師は30人にひとりより少ないというのが実情だった。
  ――第14章 テキサス・インスツルメンツのTI-81

 こういう所は、現代のスマートフォンやAIと似ているね。で、テキサス・インスツルメンツは自社の電卓を教育市場に売り込むべく、盛んにロビー活動を繰り広げるわけです。アップル社もMacintoshで似たような事をやってたけど、先例があったのか。ちなみにそのTI-81(→Wikipedia)はカシオのfx-7000G(→英語版Wikipedia)のパクリ。

そのCPUもカシオのCPUもザイログのZ80というチップを使っていて…
  ――第14章 テキサス・インスツルメンツのTI-81

 と、懐かしいベストセラーZ-80の名が出てきて驚いた。

 ちなみに電卓を使った授業の効果、つまり生徒の成績については…

2003年に、30年分の調査について調べたエイミー・J・エリントンは、さまざまな能力の生徒がいるクラスおよび比較的能力の高い生徒を集めたクラスの場合、電卓の使用を授業で許可されるが試験で禁止された生徒は、電卓なしで教えられた生徒より成績がよいことを明らかにしている。
  ――第14章 テキサス・インスツルメンツのTI-81

 と、多少の効果はあった模様。もっとも、先に書いたように、積極的に電卓を採り入れた教師は少数派つまり熱心で意欲的な教師なんで、そういう偏りはあるかも。そして何より…

電卓を使う生徒は間違いなく数学の授業を少しよけいに楽しんでいた。
  ――第14章 テキサス・インスツルメンツのTI-81

 うん、楽しいってのは、大事だよね。

 などと電卓は競争を繰り広げるのだが、やがて黄昏の時が来る。その先兵はパソコン…というか、当時はマイコンと呼んでいた。中でも魔王の卵的な存在が、Apple IIで走るヴィジカルク。今のExcelの曽祖父みたいなソフトです。ただ、当初は売り込みに苦労したようで。

ダン・ブリックリン(→Wikipedia)「あの頃は、それ(ヴィジカルク、→Wikipedia)をプログラマーに見せたら、『やあ、いいね。(略)それで?』と言われたものだ。しかし、本物のスプレッドシートで財務の仕事をしなければならない人に見せたら、震え始めて『それをするのにまる一週間かかった』と言う。そして、鼻先にクレジットカードを突き出してくるんだ」
  ――第15章 ソフトウェア・アーツのヴィジカルク

 なんであれ、新しいモノってのは、なかなか理解されないんだよなあ。

 そんな競争を繰り広げた電卓だが、今やモノとしての電卓は…

今日、我々が電卓を使おうと思ったら、まずスマートフォンを手に取るかラップ・トップコンピュータを開き、それからお気に入りの電卓プログラムをスタートさせる。
  ――おわりに

 とあるが、100円ショップじゃまだ売ってるね。とまれ、もう何年かすると、フロッピ・ディスク同様、若い人はアイコンやインタフェースを見て「なんでこの形なの?」と言いだすかも。

 副書名は「石、そろばんから電卓まで」だが、多くの紙面を電卓に割いているあたりに、著者の偏った愛情が滲み出ている。それもまた、原書房の歴史書らしい味で、私は好きだ。コンピュータとは異なり、敢えて機能を限定することで、低価格化と小型化を実現し、人々に親しまれた電卓の功績は大きい。モノや技術や産業の歴史が好きな人にお薦め。

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2026年6月14日 (日)

ジョディ・ローゼン「自転車 人類を変えた発明の200年」左右社 東辻賢治郎訳

この本がお届けするのは自転車への愛と憎しみの物語だ。
  ――序章 自転車の惑星

はじめて(自転車に)乗れたときはすばらしい気分だった。自由で、一人前になったようななんともいえない感覚があった。
  ――第11章 アメリカの海がら海まで

【どんな本?】

 人は自転車に乗る。ママチャリで買い物に。ロードバイクで遠乗りに。マウンテンバイクで野山を駆け巡る。若者はUberEatsで稼ぎ、幼児はキックバイクで自転車の乗り方を学ぶ。私たちにとって、自転車は便利な道具であり、ちょっとした気晴らしでもある。

 と同時に、自転車は社会問題の種でもあり、社会運動の象徴でもあり、社会階層を露わにするレンズでもある。1933年に権力を得たヒトラーは、さっそくドイツ自転車連盟を解体した。

 そのくせベルリン防衛戦じゃ対戦車ロケットをくくりつけた自転車に少年兵を載せてT-34戦車と戦わせてる。

 カール・フォン・ドライス(→Wikipedia)が1817年にラウフマシーネ(ドライジーネ、→Wikipedia)をお披露目してから約200年たった。その歴史で自転車は人々に刺激を与え、社会を揺るがし、そして今も様々なメッセージを象徴している。

 米国のジャーナリストが、ヒトと自転車、社会と自転車の関わりを通して歴史を見直し、また現代社会の姿を浮き彫りにする、少し変わったルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Two Wheels Good: The History and Mystery of the Bicycle, Jody Rosen, 2022。日本語版は2025年1月20日第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約417頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント44字×18行×417頁=約330,264字、400字詰め原稿用紙で約826枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらいの文字量。

 文章はこなれている。内容も難しくないが、単位がマイルだったりする。1マイルは約1.6km。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

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  • プロローグ 月の世界へ
  • 序章 自転車の惑星
  • 第1章 自転車の窓
  • 第2章 洒落者の馬
  • 第3章 自転車というアート
  • 第4章 もの言わぬ駿馬
  • 第5章 自転車狂時代 1890年代
  • 第6章 バランスの妙技
  • 第7章 脚のあいだの悦楽
  • 第8章 凍てつく大地
  • 第9章 山間の王国
  • 第10章 停まったまま全速力で
  • 第11章 アメリカの海がら海まで
  • 第12章 荷を負う動物
  • 第13章 ぼくの自転車遍歴
  • 第14章 墓場
  • 第15章 大衆運動
  • 謝辞/訳者あとがき/索引/原註

【感想は?】

 私にとって自転車は便利な道具であり、旅の友でもあった。昔はランドナーで遠乗りに行った。だが、社会的な意味までは気が回らなかった。自転車のメッセージ性にまで踏み込んでいるのが本書の特徴だろう。

 お約束どおり、まずは始祖カール・フォン・ドライスから物語は始まる。

(カール・フォン・)ドライス(→Wikipedia)にとってラウフマシーネ(→Wikipedia)は「ものごとの利便をはかるもの」「加速する機械」、つまり人間が本来備えている移動能力を増幅する装置だった。
  ――第1章 自転車の窓

 機構は今のキックバイクに似ている。ただしハンドルは回らないしブレーキもペダルもない。足で地面を蹴って進むのだ。それでも「10キロほどを1時間弱で移動してみせた」。ヒトは歩きだと時速約4kmだから、相当な速さだ。

 地元ドイツじゃキワモノ扱いされたが、イギリスでは貴族や富裕層にウケてパクリ品が多く出回る。のはいいが、乗り手の傍若無人な振る舞いが、馬車との軋轢もあって顰蹙を買う。今でいう珍走団だね。

1819年のうちに、ロンドンではヴェロシペード(→Wikipedia)に乗ることが禁止されたのだ。さらにイギリス各地をはじめ、(略)ミラノ、ニューヨーク、フィラデルフィアといった場所でも禁止令を出された。
  ――第2章 洒落者の馬

 やがて馬鹿でかい前輪のペニー・ファージング(→Wikipedia)も出てくるんだが、ヤバさは更に増してる。なにせコケたら大怪我は確実だ。

 そこに登場したのが安全自転車(→Wikipedia)。最大の工夫はペダルの回転をチェーンで後輪に伝えたこと。これでグッと安全になり…

チェーンによる駆動のメカニズムは自転車を大いに民主化するものだった。
  ――第3章 自転車というアート

 それまで豊かで無謀な若い男の玩具だった自転車が、万民に受け入れられるようになる。また、もう一つ重要な工夫がある。

自転車にとって大事なもうひとつの形は三角形だ。
  ――第3章 自転車というアート

 自転車には二つの三角形がある。いわゆるダイヤモンドフレームだ。一つはハンドルの下・サドルの下・ペダルの中心を結ぶもの、もう一つはサドルの下・ペダルの中心・後輪の中心を結ぶもの。工業デザイナーや建築家は三角形が大好きだ。だって頑丈だし。もっとも最近のママチャリとかはハンドルの下とサドルの下を結ぶチューブがなかったりするけど、これは素材の進歩ゆえだろう。お陰で三角乗りは伝説に←どうでもいい

 先に馬車との軋轢に触れた。やはり自転車は馬と比べられる存在で、これは騎兵を用いる軍も注目する。

自転車の最大の軍事的利点はその隠密性だった。
  ――第4章 もの言わぬ駿馬

 まぐさが要らないのも嬉しいが、まず重宝されたのが静けさ。だって馬はいななくし蹄の音がするし。ってなワケで…

フランス軍は1870年から翌年にかけての独仏戦争で偵察目的の自転車を出動させたのだ。1881年代になると、ヨーロッパの列強ではどの国の軍隊にも自転車舞台が配備されていた。
  ――第4章 もの言わぬ駿馬

 なお20世紀後半になってもベトナム戦争じゃ北ベトナム軍がビルマルートの補給で自転車を活用しました。

 太平洋戦争でも帝国陸軍の銀輪部隊が話題になったし、フィンランド軍も冬戦争・継続戦争で自転車部隊がスキー部隊と共に活躍してる(→「フィンランド軍入門」)。

 などと世間に広まった自転車だが、その分、社会との軋轢も増えた。特に19世紀終盤では、自転車が「新しい女」の象徴となり、伝統主義者から大声で非難を浴びる。そうか、自転車は女性解放運動とも関係があったのか。「ママチャリ」なんて言葉を知ったら、彼/彼女らは、どう思うんだろう?

1895年『ジャーナル・アンド・トリビューン』テネシー州ノックスヴィル
「自転車狂いのせいだ」(略)「二人とも自転車を欲しがり、その次はブルマー、しまいには丸きり男の格好をするようになってしまった」
  ――第5章 自転車狂時代 1890年代

1894年『シカゴ・トリビューン』イリノイ州シカゴ
問題は、自転車乗りから「新しい女」が生まれるのか、それとも、「新しい女」から自転車乗りが生まれるのか、ということであろう。
  ――第5章 自転車狂時代 1890年代

 などの歴史を経て、時代は現代へと移る。その最初に登場するのは、曲乗りのダニー・マカスキル。

『チェーンスポッティング』のストリート・トライアル(略)ビデオに登場するライダーたちは公園のベンチを跳びこえ、貯水タンクの上に乗り、道路の車止めの上でバランスを取り、車止めの柱から柱へとジャンプし、三メートルの塀から一回転しながら飛び降りる。
  ――第6章 バランスの妙技

 自転車版ヤマカシとでもいうか、これは説明するより動画を見てもらう方が早い。

GoPro: Danny MacAskill - Cascadia

 高所恐怖症の人にはいささかキツい映像だ。なお、ダニー・マカスキルのYoutubeの公式チャンネルはこちら。

 とんでもねー真似をする人だが、ホンモノの変態も世の中にはいたり。

シンプルに自転車をファックしたい人びとがいるのである。
  ――第7章 脚のあいだの悦楽

 まあ、この辺を詳しく知りたい人は本書を読んでください。

 そんな自転車も、苦手な季節がある。それは冬。いや寒いのはいいのだ。困るのは、雪と凍結した道。

冬の自転車乗りの敵は低い気温ではなく路面の悪さである。
  ――第8章 凍てつく大地

 四輪の自動車だって滑るのだ。二輪の自転車じゃお察し。だが、これを逆手に取る者もいる。

かたく締まった氷と雪の斜面では、倒れさえしなければものすごい速度で駆け下りることができる。
  ――第8章 凍てつく大地

  ということで、速度の限界に挑戦したのが、エリック・バローヌ。

2017年、56歳のときにバローヌは世界有数の高速スキーコースとして知られるフレンチ・アルプスのヴァルにあるシャブリエール・スロープをマウンテンバイクで下り、自分の世界記録を更新した。最高速度はなんと時速227.7キロだ。
  ――第8章 凍てつく大地

(OFFICIAL) Eric Barone - 227,720 km/h (141.498 mph) - Mountain Bike World Speed Record - 2017

 自転車というよりオートバイみたいなゴツい車体に、バローヌも宇宙服みたいなのを着て宇宙人みたいなヘルメットをかぶり、雪の急斜面を駆け下りるのである。

 ツール・ド・フランスが有名なように、西欧では自転車レースの人気が高く、また選手もヒーロー扱いだ。だが、アジアでも意外なところで自転車で振興を企てる国があった。

ブータンには自転車で山を駆け回る王様がいる。
  ――第9章 山間の王国

 ヒマラヤの麓で坂ばっかりの土地だ。自転車には向かないと思うのだが…

元ブータン首相ツェリン・トブゲ「ブータンの土地は自転車向きです」「ぜんぶ真っ平だったら楽しみもないでしょう」「ブータンの風景には、上り坂もあれば下り坂もあります。上りがあるところには必ず下りがある。どちらも必要です。そしてどちらも楽しい」
  ――第9章 山間の王国

 そういう考え方もあるのか。

Tour of the Dragon, Bhutan: The World's Toughest One-Day Mountain-Biking Race

 この国では、ツアー・オブ・ザ・ドラゴンなんていう過酷な自転車レースまである。標高1200mから3340m、約268kmのコースを1日で走り抜けるのだ。

 とまれ、チベット系住民虐待などの暗黒面にも触れているあたりは、さすがジャーナリスト。

 などと野山を駆け回る人もいれば、室内でペダルを回す人も。納屋や押し入れの定番、エクササイズ用バイクだ。いかにも退屈そうなシロモノだが、それだけに…

ジョナサン・ゴールドバーグ「スピニング・プログラムとは――大宇宙に自らを捧げることであり、精神を解き放ち、心の扉を開いて、ひとりひとりの指標をつくりだすことなのです」
  ――第10章 停まったまま全速力で

 なんて意味不明な理屈を並べて人気を集める人も。フィットネス業界ってのは、ニューエイジっぽいのと相性がいいんだろう。

 かと思えば、自転車で北米横断なんてツアーもある。本書が取り上げたのは1976年のアメリカ独立宣言二百周年記念にあわせで行われた、バイクセンテニアル。小さな町を通りオレゴン州からバージニア州まで6,800kmを、自転車の集団で駆け抜けよう、というイベント。なんと参加者は4065人。うち…

アメリカ横断をやりとげた最高齢の参加者は67歳、最年少は二人の9歳児だった。
  ――第11章 アメリカの海がら海まで

 今は Google で「アメリカ横断 自転車 ルート」と訊ねると AI が親切に教えてくれたり。

 そんな「人生を楽しむ」目的で自転車に乗る人もいれば、生きていくために自転車を漕ぐ人もいる。次に登場するのは、バングラデシュの首都ダッカのリクシャワラーで一家を養うモハメド・アブル・バドシャー。リクシャとは自転車の後ろに二輪馬車みたいのを繋いだような、三輪の人力タクシーで、リクシャワラーはリクシャの運転手。

バドシャーは金曜日以外の毎日、朝の十時から晩の八時までリクシャを漕ぐ。平均して15回から20回くらい客を運び、約400バングラデシュ・タカ、およそ5ドルを稼ぐ。
  ――第12章 荷を負う動物

 ちなみにリクシャの語源は日本の人力車らしい。漕ぐ者と乗客の格差を否応なしに実感させる乗り物だが、あの辺の観光旅行では必須の乗り物でもある。リクシャの装飾に凝るのは、あの辺の人らしいなあ。「広告を載せれば」と思ってしまうのは、私がさもしいからか?

 なお舞台はインドのデリーだが、リクシャワラーを主人公とした本「歓喜の街カルカッタ」と、それを原作とした映画「シティ・オブ・ジョイ」もあります。こっちのリクシャは自転車じゃなく人が走って曳く、モロに人力車だけど。

 さて、西欧では自転車の地位はソレナリにあるが、米国での自転車の地位は低い。特に都市部では。なにせ自動車の国だし。だもんで…

ニューヨークでは毎年何千人という自転車乗りが自動車によって負傷しているが、自動車のドライバーが法的な責任を問われることは稀だ。
  ――第13章 ぼくの自転車遍歴

 なんて恐ろしい話も。そういやクイックシルバーなんて映画もあったなあ。日本の自転車の地位は…西欧と米国の中間ぐらい、だろうか。放置自転車が問題になるくらい、自転車に乗る人が多いから、政府も自転車をおろそかにできないんだろう。

 放置自転車は西欧でも大きな問題らしく、特に運河や川に捨てられる自転車も多い。沈んだ自転車に船がひっかかる、なんて事も。

(アムステルダムの運河で)年間に(略)引き上げる自転車は一万五千台におよぶ。
  ――第14章 墓場

 こういう、廃棄/放置自転車は、レンタサイクル事業が上手くいかない原因の一つでもある。ダイチャリはうまくいって欲しいなあ。

 などと政治的な乗り物でもある自転車だが、この半世紀ほどで自転車政策を二転三転させた国もある。中国だ。

(1989年6月4日)天安門の抗議者は自転車に乗る人びとの群れだった。
  ――第15章 大衆運動

 かつての中国は、自転車大国だった。事件以前の天安門広場は、大量の自転車が行きかっていた。国を挙げて自転車を作っていたし、人民にとっても自転車は大切な財産だった。

 だが、改革開放政策が軌道に乗り自動車が普及すると、風向きが変わる。

上海は2000年代初頭に、交通量の多い都心の一部で自転車を全面的に禁止した。
  ――第15章 大衆運動

 米国の都市部と同様に、自転車は邪魔者扱いされるようになったのだ。もっとも、今は逆に高級自転車がソコソコ出回っているみたいだけど。

 などと抑圧された歴史を持つ自転車に、意外な追い風が。

アメリカでロックダウンが始まった2020年3月から翌年の4月までに、アメリカ国内の自転車の販売数は前年比で60%近く増加した。
  ――第15章 大衆運動

 なんと、新型コロナの流行が、自転車の復活につながったのだ。みんな鬱屈してたんだろうなあ。

 最近は日本でもピチピチなジャージを着ていかにも軽快そうな細いタイヤの高級自転車で走る集団をよく見かけるようになった。太いタイヤのランドナーやキャンピングは滅多に見ないけど。また電動アシスト自転車やダイチャリなどのレンタサイクルとか、自転車の選択肢が増えたのも嬉しい。だが、自転車の社会的側面は私も知らなかった。お薦めは…やっぱり、自転車が好きな人に、かな。

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2026年6月 1日 (月)

キース・トムスン「海賊たちは黄金を目指す 日誌から見る海賊たちのリアルな生活、航海、そして戦闘」東京創元社 杉田七重訳

大航海時代も終わりに近い17世紀後半に、バッカニアと呼ばれる海賊たちがいた。カリブ海でスペインの植民地や商船を襲撃した、イングランド、フランス、オランダの海賊である。(略)本書は、ある海賊団に属していた七人の海賊のしたためていた日誌をもとに、彼らのリアルな生活、航海、戦闘の模様を冒険物語風に明らかにするノンフィクションである。
  ――訳者まえがき

【どんな本?】

 大航海時代も終わりに近い1680年。中米から南米を支配するスペインの船を、イングランド・フランス・オランダ等の無法者が一獲千金を狙い私掠船として襲っていた。いわゆるカリブの海賊である。

 場所はパナマ地峡のダリエン地峡(→Wikipedia)。先住民クナ族の王が、カリブのイングランド海賊に話を持ち掛ける。曰く、孫娘がスペイン人に攫われた。スペイン要塞を襲い孫娘を取り戻したい。要塞は南海(太平洋)沿いにある。力を貸してくれ。

 海賊には美味しい話だ。南海で暴れた海賊はフランシス・ドレイクぐらい。カリブと異なりスペインの守りは薄い。町を襲えば濡れ手に粟の荒稼ぎだ。しかし、問題もある。ダリエン地峡だ。

 ここは地形が複雑な密林で気候も厳しく、アナコンダやクロコダイルが潜む秘境だ。21世紀の今もなお、南北アメリカ大陸を縦断するアメリカン・ハイウェイはこの地域で途絶えている。当時の海賊に、この地峡を越えるのは不可能だ。

 だが、地元民の案内があるなら話は変わってくる。

 クナ族の王は、スペインと通じているのかもしれない。それでも、地峡を越えれば手つかずのブルーオーシャンだ。疑念を抱きつつも、海賊たちは王の誘いを受ける。ここから、荒くれどもの大冒険が始まった。

 海賊のなかには、几帳面に航海日誌を付けている者が複数いた。その何人かは、手記を著しベストセラーをモノにしている。ただし、当時の書物だけに、信頼性はアレだが。立場の危うい海賊だけに、自らの無法や悪事は誤魔化してるし。

 本書の著者キース・トムスンは、彼らの航海日誌を突き合わせ、また裁判記録なども漁り、海賊たちの冒険の足跡を辿るとともに、海賊たちの食事や雇用条件などの日常生活をも再現してゆく。

 「短くとも楽しい人生」をモットーに、「吊るされるために産まれた」とうそぶく荒くれたちの生き方を描き出す。少し変わった歴史本。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Born to be Hanged: The Epic Story of the Gentlemen Pirates Who Raided the South Seas, Rescued a Princess, and Stole a Fortune, Keith Thomson, 2022。日本語版は2023年7月28日初版。単行本ハードカバー縦一段組み本文約350頁に加え訳者まえがき5頁+「参考にした資料について」3頁。9ポイント44字×19行×350頁=約292,600字、400字詰め原稿用紙で約732枚。文庫なら厚い一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。ただ、単位がマイルやポンドなのが、ちとキツいかも。

【構成は?】

 物語風に進むので、素直に頭から読もう。

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  • 訳者まえがき
  • 第1部 黄金への渇望
  • 1 プリンセス
  • 2 黄金の剣士
  • 3 地峡
  • 4 ゴールデン・キャップ
  • 5 決死隊
  • 6 西半球で二番目に大きい都市
  • 7 根っからの海賊
  • 8 気楽なカヌーの旅
  • 9 漂流者たち
  • 10 奇襲
  • 11 ドラゴン
  • 12 運任せの勝負
  • 13 甲板を流れる奔流のような血潮
  • 14 叛乱
  • 第2部 南海
  • 15 我らが銃の銃口
  • 16 海に呑み込まれる
  • 17 高潔であっぱれな勇者
  • 18 ヘビの髪を持つ姉妹
  • 19 浮かれ野郎ども
  • 20 水、水
  • 21 代償金
  • 22 85人の屈強な仲間たち
  • 23 ロビンソン・クルーソー
  • 24 非常に美しく堂々とした町、セント・マーク・オブ・アリカ
  • 25 うずき
  • 第3部 苦境
  • 26 射殺を覚悟する
  • 27 積み薪
  • 28 瀉血
  • 29 温められた甲板
  • 30 ホーン岬
  • 31 陸地初認
  • 32 銀のオール
  • 33 続編
  •  謝辞/参考にした資料について/図版クレジット/参考文献

【感想は?】

 とりあえず、本書の海賊は麦わらの一党のように綺麗な連中ではない。日本のヤクザの方がよほどマシだ。強盗はもちろん、強姦・殺人なんでもアリの無法者である。そこは覚悟しよう。もっとも、対するスペインも似たようなモンだが。

 それでも一応の大義名分は欲しかったらしい。彼らはバッカニア(→Wikipedia)を名乗っている。海賊にもイロイロあるのだ。

バッカニアたちは、(略)大義名分が欲しかった。でないと、いざ裁判になったとき、(略)古代ギリシャ時代から海でのさばり続ける Peirates(ラテン語で pirata)と同じだと見なされる。
  ――1 プリンセス

 連中の立場はスペインとイングランドの外交関係で変わる。この頃は緊張緩和に傾いており、イングランドじゃバッカニアの立場は弱かった。海賊王ヘンリー・モーガン(→Wikipedia)も、容赦なくバッカニアを取り締まってたし。なので、ソレナリの立場が必要だったのだ。

 こんな風に、無法者のわりに法的立場を考える記述は幾つかある。まあ現代のヤクザも法の抜け道に詳しいしね。

ふたつの船が出会って最初に手を出したのはどちらであるか、この言葉は海賊行為を働いたとして裁判にかけられたときに運命を決することになる。
  ――29 温められた甲板

 とまれ、この裁判もけっこういい加減で。

貿易船を予定どおり運行させるため、海事裁判所では驚くほどスピーディに事が進められる。(略)審理は、はじめから終わりまで一時間以内に終わることもざらだった、
  ――32 銀のオール

 まあ、そういう時代だったんです。

 とかもあって、本書のネタ元の手記も、自分に都合が悪い事柄は省いたり誤魔化したり。強姦を「奉仕に励んだ」とするとか。

 その航海日誌なんだが、実は数人が残している。だもんで、著者のキース・トムスンは、それらを突き合わせて整合性を取ったり、省かれた都合の悪い事柄を補ったりしてる。書き手の一人ウィリアム・ダンビア(→Wikipedia)は後に博物学者として名を上げる。

進化論の父は、(ウィリアム・ダンビアが著した)「最新世界周航機」を携えてビーグル号に乗ったのだ。
  ――33 続編

 なんでそんなインテリが海賊になったのか不思議だが、性分なんだろうなあ。

 さて奉仕活動(というか強姦)、これもバレたら大変で、先住民の掟じゃ…

「相手が処女だった場合、ペニスの導管にイバラのようなものを突っ込まれ、十回から十二回ほど回転させられる」
  ――4 ゴールデン・キャップ

 素蔵したら縮み上がってきた。

 そんなバッカニアたちがタムロしていたのがジャマイカのポート・ロイヤル。荒くれどもの巣窟に相応しく、なかなかの魔窟だ。

ポート・ロイヤルの建物の四軒に一軒が、酒を飲ませる店か娼館なのだ。
  ――7 根っからの海賊

 そのくせ、バッカニア同士の社会は意外と民主的なのが可笑しい。例えば、ボスは投票で決める。解任も……

バッカニアにとって叛乱は、(略)不信任案を投票で決するのである。
  ――14 叛乱

 と、血は流れない。解任されたホスも、次のボスが決まるまでは拘束されるが、決まれば元の仕事に戻るのだ。

(1681年)1月6日、投票によりシャープは(司令官を)退任となり、後継者の投票が終わるまで手かせをはめられて監禁された。
  ――23 ロビンソン・クルーソー

 また、船内の生活も意外と平等で。

スペイン船では通常、将校の船室に、マットレス、ベッドリネン、尿瓶が備わっている。(略)バッカニアたちは、みんないっしょにハンモックをつかって雑魚寝するのである。
  ――14 叛乱

 この辺のヤクザやマフィアとの違いは、バッカニアは組織が流動的でメンバーの離合集散が激しい点だろうか。ついでに、契約書があるのも違いだろう。さすが年季の入った契約社会。

お宝を頂戴したあと、まずは船医や大工といった技術職にその職能に見合った報酬を渡し、(略)労働災害への補償も定められていて、左腕を失った者は五百ピース・オブ・エイトか奴隷五人を…
  ――6 西半球で二番目に大きい都市

 と、労災への補償もちゃんとあるのだ。実は人材不足だったのか? それと技術職を大事にしてたのは、上層部が現場をよく知ってるから、なのかな。その上層部も投票で入れ変わったりするし。

 特に医師は貴重だったようで、敵に捕らえられても…

(捕虜になった)三人の外科医は間違いなく処罰されていない。スペイン人が彼らの医療技術を無駄にするわけはなく…
  ――25 うずき

 医師が貴重なのは時代も洋の東西も問わない、人類普遍の性質なのかも。つか医師の技術があるのに海賊船に乗るって人も、かなり珍しいんだろう。

 もっとも、当時の医療技術なんて推して知るべしで…

(外科医のいない)船では医者の仕事を船大工が肩代わりする(略)。医者の技術と道具は、大工のそれと重なる部分がある。少なくとも料理人より大工のほうが医者に近い。四肢の切断手術には、船体からフナクイムシにやられた部分を切り取るのにつかったのこぎりをそのまま流用する。
  ――27 積み薪

 その外科医の能力も、四肢の切断をいかに手早く済ませるか、で測られてた時代だし。本書にも脚を切断する場面があるんだが、ホラーが苦手な人には厳しい描写だろう。

 そんな医師でも貴重なのは、本書に出てくる契約書の条項に戦闘に関する事柄が多い点でもうかがえる。

バッカニアの船員雇用契約書は(略)補償を定めている。たとえばヘンリー・モーガンのそれでは、「いかなる戦闘でも、敵の要塞に真っ先に飛び込んでいくといった目覚ましい活躍を見せた人間には……50ピース・オブ・エイトを与える」と約束している。
  ――5 決死隊

 危険で、かつ重要な役割には、相応の見返りもあるし、ハッキリと明文化している。現代の軍でも勲章やポイント制の昇進とかがあるけど、ここまで即物的じゃないだろう。これも離合集散の激しく、短期契約が基本の社会だから、だろうか。

 そして事前準備に関する条項もある。

毎回の遠征でバッカニアたちが同意する船員雇用契約書(略)にはよく、このマスケット銃の扱いに関する規定が記されている。武器をつねにきれいに保ち、いつでも戦闘に臨む用意をととのえていないものは、捕獲物の取り分を失うとともに、船長や仲間が決める懲罰を受けることになる。
  ――3 地峡

 本書にはスペイン兵 vs バッカニアの銃撃戦の場面が多くあるが、銃の扱いはバッカニアの方が巧みだった模様。やはり実践で鍛えているからだろうか。ちなみに当時の銃は先込め式です。

 なお本書じゃ海上に加え陸上の戦いも多い。だってそもそもの目的がスペイン人の町を襲ってお宝を奪う事だし。ってんで、戦術的なネタも出てくる。

スペインの都市では、教会は基地にするのに最適だった。町の中心地にあって大量の捕虜を収容できるうえに、信心深いスペイン人は神の家を攻撃するのは抵抗があるからだ。
  ――22 85人の屈強な仲間たち

 今も昔も宗教施設は戦術的に大きな意味があるんですね。

 また、手榴弾もあった模様。とはいえ、爆薬の周囲に金属片などを固めた程度の手製のシロモノだったようだが。

手榴弾を投げる人間は、このうえない危険に身をさらすことになるため、モーガンがパナマを襲撃する際に作成した契約事項には、敵に手榴弾を一個投げた者には五ピース・オブ・エイトが支払われると定めてあった
  ――24 非常に美しく堂々とした町、セント・マーク・オブ・アリカ

 つまり手榴弾を使う状況とは、遮蔽物の陰から盛んに銃撃してくる敵に肉薄して投げる、そんな場面なんですね。もっとも、本書内の手榴弾は、みんな不発だったりするんだが。所詮は素人の手製だし。

 などと戦闘は危険な状況なワケで、中にはビビる奴もいる。その対策もあって…

海賊船のなかには、弾が飛び交いはじめたところで、乗員が持ち場を捨てて甲板下で怠けるのを防ぐため、かんぬきをかけるか、紐で縛るなどして、あらゆるハッチを大工が閉鎖するものもある。
  ――19 浮かれ野郎ども

 もちろん、海賊船と軍艦の戦いもある。この場合、最初は砲撃戦で始まる。当時の艦載砲は左右の両舷に沿って配置する。だから戦い方も、敵に対し、いかに側面を向けるかがキモだったりする。

巨大な大砲が設置されているのは各船舶の側面だけであり、船首にも船尾にもない。当時の海戦では、側面を航行する敵を片舷斉射で討ち取るというのが慣例で、あらゆる大砲は船の側面から一斉に発射されるのである。
  ――11 ドラゴン

 もっとも、効果があるのは砲弾そのものより…

当時の海戦では、発射体そのものより榴散弾の破片によって死傷することが多かった
  ――12 運任せの勝負

 「榴散弾の破片」とあるが、Wikipediaによると榴散弾の開発は1784年とあるんで、ぶどう弾か、または砲弾の着弾の衝撃で飛び散った木片などの事を言ってる気がする。

 困ったことに、当時の銃や砲の火薬は黒色火薬で、これは火がつくと爆発する。だもんで、火薬庫に火がつくと大変で。

海戦において、火薬の爆発事故による死傷者数は全死傷者数の1/4を占める。
  ――13 甲板を流れる奔流のような血潮

 なお現代の無煙火薬も燃えるけど爆発はしないそうです。この火がつくってのは戦闘に限らないのが怖い。例えば雷。

電流が船のマスト群へ引きよせられ――そこが海で、一番高い場所となる――貯蔵している火薬を爆発させるのである。
  ――17 高潔であっぱれな勇者

 おまけに当時はGPSはもちろん経度を知る手段もなきゃロクな海図もないし、緯度だって天測で調べるんで晴れてないとわかんない。そんな環境で一攫千金を狙う連中なんで、皆さん人生アドリブでやってる感が強い。そういう奴だからこそ海賊になるんだろうけど。

 そんな連中だからか、衛生概念もお察しで。

海の男たちが身体を洗うのは数か月に一度がいいところ(略)船内には、腐った木材や帆布、乾いた小便やカビの生えた嘔吐物、ニワトリやブタやそのほかの家畜(ペット、あるいは将来の食材となる)、船底でポチャポチャと音を立てる汚水の中で腐敗している有機堆積物など、悪臭の源はいくらでもあった。
  ――16 海に呑み込まれる

 現代の軍でも潜水艦はキツいようだが、これほどじゃないと思う。よく病気にならなかったな? いや、ちゃんと?病人も出ました。

壊血病に侵された乗員たちは甲板下の睡眠室で回復を待つしかなかった。そこはゴキブリが這いまわる不潔極まりない場所であるうえに、木造船の宿命といえる水もれもある。(略)何日ものあいだ衣類は濡れたままで、寒くなっても暖を取る手段はなく、下甲板の悪臭を放つ闇のなかにぶら下がる濡れたハンモックに、溺死した――あるいはまだ生きている――ネズミといっしょに寝ているしかないのである。
  ――22 85人の屈強な仲間たち

 もちろん、壊血病の原因や治療法は知られていない時代です、はい。医師も役に立ってないじゃん。そんな船上生活の描写も、本書の嬉しいところ。例えば…

海賊船はとりわけ転覆しやすい。船荷は空っぽで、高いマストで何トンという重量の帆布がはためいているというのは、極度な頭でっかちと同じだからだ。
  ――16 海に呑み込まれる

 これは海賊船に限らず、船倉が空の帆船の全般に言える事なんだろう。そんな船は保守・管理も大事で。

船体に付着した海草はまさにジャングルといってよく、(略)3ノットほども減速する。
  ――18 ヘビの髪を持つ姉妹

 これは現代の船乗りたちも相変わらず悩んでる問題だよね。あとフジツボとか。それに帆船ならではの苦労もあって。

帆布は雨のなかでおろすことはできない。濡れたまま保管すると腐りやすいからだ。
  ――18 ヘビの髪を持つ姉妹

 帆布の素材は麻かと思ったけど、Wikipediaを見ると綿みたいだ。

 本書には長い航海で飢えや渇きに苦しむ場面が幾つかある。飢えたなら魚を釣ればいいいじゃん、と思ったら、やっぱり釣ってた。

1日で30リーグという快速で海を進み、120ポンドのビンナガマグロが獲れるなど釣果も上々で…
  ――31 陸地初認

 西洋人も魚を食べるのだ。薪は貴重だから、マリネかな? 水の補給も…

雨が降った(略)「パンプキン(船体から張り出した棒に張った帆)に飲料水が集まった」
  ――31 陸地初認

 と、雨水で補給する工夫があるのだ。そりゃそうだよね。

 モノに加え情報の補給も海賊の命綱。だから…

海賊は、捕虜にした人間すべてにかたっぱしから質問をぶつけるのが習いだった。生まれ故郷のこと、都心のこと、地方のこと。その結果、各地の製造業、資産、防衛施設、軍事力、弱点といった情報が、いかなる諜報組織がまとめる調書にもひけを取らないほど充実する。
  ――8 気楽なカヌーの旅

 そんな話をしてるうちに仲良くなる捕虜もいたり。

 捕虜ばかりでなく、奴隷にする場合もある。たいていは先住民なんだけど。これも油断大敵で…

夜のあいだは「つねに見張りをふたりたてることにした。でないと奴隷にいつ寝首を掻かれるかわからないからだ」
  ――26 射殺を覚悟する

 まあ当然だよね。この奴隷が後の裁判で重要な証言をする場合もあったり。

 かと思えば、商人とは異なった関係を築いてたりする。例えばスペインの要塞を襲いお宝を奪った後、スペイン商人が訪ねてくる場面がある。

彼ら(スペイン人商人)の目的は、(略)バッカニアがペリコ島から略奪してきた品を買い取ることだった。
  ――15 我らが銃の銃口

 海賊がうじゃうじゃいる海域に出張る商人だけあって、根性が座っているというか商魂たくましいというか。

 そんな海賊の目印といえば旗なんだが、当然ながら偽装もする。

身元を隠すために、バッカニアはしばしば自分たちの船にブルゴーニュの十字架を染めた旗を掲げて、敵の目を欺くことがあった。
  ――20 水、水

 なお「ブルゴーニュの十字架」はスペインの印です。旗に関しては他にも…

リングローズが休戦の白旗を持って…
  ――21 代償金

 と、「戦意の無い印」と認識されていた模様。Wikipediaを見ると「西暦25-205年の中国」「西暦69年の第二次クレモナの戦い」なんて例もあって、これまた人類共通の感覚なのかも。

 逆に海賊同士の戦い…というか喧嘩の描写も少しだけある。つまりは決闘だ。これもマナーが決まってて。

おそらく「剣かピストル」を持って決闘者ふたりは背中合わせに立ち、立会人の声でふりかえって攻撃する。それでもまだふたりとも立っていたなら、次はカトラスをつかって引き続き戦い、最初に相手に血を流させた方が勝者となる。
  ――30 ホーン岬

 ちなみに本書じゃ戦った両者ともに次の日にはアッサリと生きてるんで、別に必ずしも命がけってワケじゃないようだ。

 と、そんな無法者たちが、一攫千金を狙いながらもいきあたりばったり出たとこ勝負の破天荒な生き方を、冒険物語風に生々しく描いたのが本書だ。カリブの海賊に興味がある人はもちろん、当時の船上生活が知りたい人にもお薦め。

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2026年5月 7日 (木)

ノーマン・オーラー「ヒトラーとドラッグ 第三帝国における薬物依存」白水社 須藤正美訳

ナチ党員は(略)厳格なドラッグ撲滅政策を展開した。だが、それにもかかわらず総統ヒトラーのもとで、抜群の効果をもち、きわめて依存性が強く、ことのほか人心を惑わすドラッグが大流行することになった。
  ――第1部 国民ドラッグ「メタンフェタミン」 1933年~1938年

ヒトラーは1941年秋からホルモンとステロイドの注射を受け、遅くとも1944年下半期以降はコカイン、さらにオイコダールが大量に使用された。
  ――第3部 ハイ・ヒトラー、患者Aと彼の主治医 1941年~1944年

オピオイド中毒は、もともと彼に備わっていた硬直した思考や決して自らの手を汚さない暴力行使の傾向を、セメントでさらに固めたに過ぎない。
  ――第3部 ハイ・ヒトラー、患者Aと彼の主治医 1941年~1944年

【どんな本?】

 晩年のヒトラーの記録を見ると、「頭おかしいんじゃね?」と感じる人は多い。この疑問に対し、「そうだよ、彼はヤクでラリってたんだ」と答えるのが本書である。

 どんなヤクか? 初期はビタミン剤やホルモン剤だったが、やがてペルビチン(メタンフェタミン,日本の俗称はヒロポン/シャブ)、コカイン、オイコダール(アヘン系鎮痛剤)などを連日注射していた。

 ヒトラーの主治医として彼に付き添った医師テオドール・モレル(→Wikipedia)の膨大かつ散逸したメモや処方箋を、著者は世界中を巡って調べ上げ、ヒトラーがヤクにハマってゆく様子を再現してゆく。

 と同時に、ドイツ陸海軍や親衛隊も熱心に向精神薬を研究・開発・利用していた由を暴き、当時の第三帝国が薬物まみれであった実態を描き出してゆく。

 小説家かつジャーナリストの著者が、丹念な調査と取材によって、第二次世界大戦に新しい角度から光を当てる、衝撃の歴史ドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Der totale Rausch: Drogen im Dritten Reich, Norman Ohler, 2015。日本語版は2018年10月5日発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約292頁に加え歴史家ハンス・モムゼンによる解説「ナチズムと政治的リアリティの喪失」2頁+訳者あとがき6頁。9.5ポイント45字×20行×292頁=約262,800字、400字詰め原稿用紙で約657枚。文庫なら厚めの一冊分。

 文章は比較的にこなれていて読みやすい。が、小説家らしくやや文学的な表現も多い。内容も特に難しくない。電撃戦やクスルク戦車戦などの重要な背景は、本書内で説明がある。とはいえ、大雑把な流れは掴んでいた方がいい。また、メタンフェタミンを初めとして聞きなれない薬物の名前が頻繁に出てくるのは覚悟しよう。

 メタンフェタミンは覚醒剤でペルビチン=ヒロポン/シャブ、オイコダールはアヘン系でモルヒネやヘロインの仲間、コカインはコカノキから作るアッパー系の向精神薬。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、品雄に頭から読もう。

クリックで詳細表示
  • 使用説明書 序文に代えて
  • 第1部 国民ドラッグ「メタンフェタミン」 1933年~1938年
    ブレイキング・バッド 帝国首都のドラッグ工房/19世紀の序曲 原薬物/ドイツ、薬物の国/化学の20年代/権力交代とは薬物交代なり/反ユダヤ政策としての反ドラッグ政策/クアフュルステンダムの有名医師/患者Aのための多剤カクテル注射/国民ドラッグを恃みとする民族体
  • 第2部 ジーク・ハイ 電撃戦はメタンフェタミン戦なり 1939年~1941年
    証拠探し 連邦公文書館軍事記録局(フライブルク)/ドイツの軍隊はドイツの薬物を発見する/グラウブロートからブレインフードへ/ロボット/バーンアウト/モダン・タイムス/時は戦なり/「ちまちませずに派手にやれ」/時はメスなり/クリスタル・フォックス/だがヒトラーは電撃戦を理解せず/ダンケルクの停止命令 薬理学的解釈/国防軍の薬物ディーラー/戦争とビタミン/フライング・ハイ/外国への喜ばしいプレゼント
  • 第3部 ハイ・ヒトラー、患者Aと彼の主治医 1941年~1944年
    現地訪問 アメリカ国立公文書記録管理局(ワシントンDC)/ブンカー メンタリティ/東部の陶酔/元衛生将校が語る事実/プラネット・ヴェアヴォルフ/屠畜場ウクライナ/「x」と完全なる現実喪失/オイコダールの服用/薬物集積場としての諜報機関/患者D/患者B/暗殺未遂とその薬理学的な帰結/ついにコカイン!/スピードボール/医師たちの戦争/自己の抹消/スーパー・ブンカー/線路マーク/責任問題
  • 第4部 その後の濫用 血とドラッグ 1944年~1945年
    現地訪問 連邦軍医科大学校(ミュンヘン)/ザクセンハウゼンへの業務旅行/錠剤パトロール/正真正銘の没落/洗脳/薬物の黄昏/最終出口 総統地下壕/解雇/最後の毒物/モレルの内面崩壊
  • 千年の愉楽
  • 謝辞/ナチズムと政治的リアリティの喪失 ハンス・モムゼン/訳者あとがき
  • 図版の出典/文献リスト/註/人名・事項索引

【感想は?】

 ある程度は時代背景もあり、割り引いて考える必要もある。例えばペルビチン=メタンフェタミン=ヒロポンが日本で禁じられたのは1949年だ(→Wikipedia)。それでも、特に戦況が悪化した終盤の容赦は背筋が凍る。ヒトラーは完全なジャンキーだったのだ。

 1938年、テムラー社はペルビチンを鳴り物入りで売り出した。同社はベルリンのすべての医師に無料サンプルを配る。返信ハガキと共に、以下の文言をつけて。

「初回分に限り無料!」
  ――第1部 国民ドラッグ「メタンフェタミン」 1933年~1938年

 まるきしヤクのバイニンじゃねえかw

 このペルビチン、気分は良くなり眠気も飛び自信満々になる。のはいいが…

大脳に大きな抽象能力が要求されるプロセスの処理に関しては、ペルビチンを服用しても成績の向上はみられなかったのだ。計算は確かに速くなったものの、計算ミスも増えた。
  ――第2部 ジーク・ハイ 電撃戦はメタンフェタミン戦なり 1939年~1941年

 別に頭が良くなるんじゃなくて、単に自信過剰になるだけらしい。おまけに乱用すると妄想や依存性などのツケが回ってくるんだが、それもしこたま利息をつけて。

 さすがにこの時点じゃ注射じゃなくて錠剤なんで多少はマシかもしれないが、一般市民向けのチョコレート菓子にまで入ってるとか、ヤバいだろ。

 この効果には軍も注目する。1939年のポーランド侵攻でも、第九軍の軍医が報告している。

「兵士たちが持てる力をすべて出し切らねばならぬような難局で、ペルビチンを支給された部隊は、支給されなかった部隊をはるかに上回る戦果を挙げたのだ」
  ――第2部 ジーク・ハイ 電撃戦はメタンフェタミン戦なり 1939年~1941年

 将兵にペルビチンを配り、ハイな状態で戦場に送り込んだのだ。その優れた実績に基づき、すぐにテムラー社へ増産体制に入るよう要請する。

「特別な状況下で、睡眠によって軍事的な成果が脅かされる場合には、眠気を克服することの方が、例えばそれとの関連で生じうる後遺障害へのいかなる配慮よりも重要となる。そして眠気の打破には(…)覚醒剤が利用できる」
  ――第2部 ジーク・ハイ 電撃戦はメタンフェタミン戦なり 1939年~1941年

 かの有名な電撃戦も、覚醒剤ありきの計画だった。

ハインツ・グデーリアン「諸君に要求する。必要とあらば、少なくとも三日間、昼夜一睡もせずに奮闘せよ」
  ――第2部 ジーク・ハイ 電撃戦はメタンフェタミン戦なり 1939年~1941年

 兵をドラッグで強化なんて作り話かと思ったが、歴史的な事実だし、実際に効果があったのだ。1973年の第四次中東戦争を描く「砂漠の戦車戦」でも師団長が寝不足でボケる描写があったし、戦場での睡眠は死活問題らしい。2001年からの米国主導のアフガニスタン戦争でも、軍から向精神薬を求められたとの話が本書に載っている。

 ともあれ第三帝国に戻ろう。薬物に頼ったのは国防軍だけでなく、海軍もだ。ナチス版回天のゼーフント(→Wikipedia)開発に当たり、乗務員の負担が大きな問題となる。狭い艦内で数日間、眠らずに航行しなければならない。そこで…

海軍軍医将校ハンス=ヨアヒム・リヒェルト博士「丸四日間の投入が可能な潜水艇ゼーフントの使用条件は過酷であるので、新しい薬剤の開発と治験を要請している」
  ――第4部 その後の濫用 血とドラッグ 1944年~1945年

「四昼夜、人間をまったく(もしくはほとんど)眠らせずに高いパフォーマンスを維持させるという目標は、薬物A~Dを使用したときに実現可能となる」
  ――第4部 その後の濫用 血とドラッグ 1944年~1945年

 と、より強力な覚醒剤の開発に乗り出している。

 また、親衛隊も強制収容所の囚人を使って自白剤の研究・開発・実験を行った。

親衛隊大尉クルト・プレートナー博士「メスカリン(→Wikipedia)が効果を発揮すると、(略)いつでもその囚人の最も個人的な秘密さえ聞き出すことができた。(略)言質を取って相手に罪を着せることは実に容易である」
  ――第4部 その後の濫用 血とドラッグ 1944年~1945年

 なお、この成果は戦後に米国が美味しくいただきました。ペーパークリップ作戦(→Wikipedia)の一部かな?

 とか書いてるが、これらはいわば副菜。主菜はヒトラーとその主治医テオドール・モレルだ。モレルは家畜の内臓などから精製したホルモンやビタミンを混ぜ、ビタムルチンと名付けた栄養剤をヒトラーに与え、巧みに取り入る。とまれ、医師が総統に意見できるはずもなく。

「私はいつも短い診療時間で許容限度ギリギリの大量の薬剤を処方しなくてはなりませんでした」
  ――第3部 ハイ・ヒトラー、患者Aと彼の主治医 1941年~1944年

 ちなみに患者Aとはヒトラーを示す。その薬剤も決まった定食メニューではなく、多様な薬物を日々様々な割合で混合したシロモノ。例えば1945年4月8日のメモでは…

「強心薬のカプセルにレバー製剤を合わせた。それによって強い刺激作用を狙ったのだ」
  ――第4部 その後の濫用 血とドラッグ 1944年~1945年

 アドリブでテキトーに処方していたのだ。その頻度は、ほぼ毎日である。

1941年8月から1945年4月にかけて、この主治医は連日、患者の診察に当たった、(略)ほぼ1日に1回、注射していた計算になる。
  ――第3部 ハイ・ヒトラー、患者Aと彼の主治医 1941年~1944年

 開戦後は、ヒトラーと最も長い時間、接触していた人物だろう。

 その関係は、戦況が悪化すると共に深まってゆき、また投与方法も経口から注射へ、中身も激しいモノへと変わってゆく。

1943年7月18日は(略)これまで以上に戦況が悪化したのだ。赤軍がクルスクで軍事史上最大の戦車戦に勝利し、(略)連合軍がシチリア島に上陸し…
  ――第3部 ハイ・ヒトラー、患者Aと彼の主治医 1941年~1944年

「患者A」の1943年第2四半期のカルテが残されている。その右下の個所に、ある薬品名が記され何本もの下線が引かれている。オイコダール。(略)有効成分は(略)アヘンに含まれる物質から合成された半合成麻薬である。
  ――第3部 ハイ・ヒトラー、患者Aと彼の主治医 1941年~1944年

 なお、ラリっていたのはヒトラーだけではない。

1923年にミュンヘンのフェルトヘルンハレを襲撃した際に腹部に重曹を負っていた国家ナンバー2のゲーリングは、数年前から重度のモルヒネ中毒に患っていた。
  ――第2部 ジーク・ハイ 電撃戦はメタンフェタミン戦なり 1939年~1941年

 まあ、この文でゲーリングにモルヒネを処方したのはモレルではない。が、モレルがヒトラーの主治医となって以降、モレルのお世話になった人物の一覧はなかなか壮観だ。

ムッソリーニ,実業家アルフリート・クルップ,実業家アウグスト・ティッセン,レニ・リーフェンシュタール,ヒムラー,外相フォン・リッペントロープ,軍需大臣シュペーア,日本大使大島浩将軍,ゲーリング夫人…
  ――第3部 ハイ・ヒトラー、患者Aと彼の主治医 1941年~1944年

 さすがに何を処方したのかまでは書いていないけど。

 それはともかく、ヒトラーとモレルの関係は、次の文が見事に表している。

1944年2月24日には患者Aから騎士十字戦功十字章まで受けている。(略)受勲したばかりの主治医はこのすぐ後に感謝の意味を込めて、「初めての強力ビタムルチン注射(疲労回復と気力体力の充実のため)を打った」
  ――第3部 ハイ・ヒトラー、患者Aと彼の主治医 1941年~1944年

 感謝の注射って、なんだよ。まるきしバイニンがジャンキーに与える御褒美じゃねえか。

 実際、晩年のヒトラーは、ストレスとヤクでイカれた心身を、ヤクで無理矢理支える末期状態へと転げ落ちてゆく。

1944年11月には(略)毎回針を刺すと新たな傷ができて古い傷と繋がり、生長を続ける長いかさぶたとなった。これはジャンキーたちがよく言う「線路マーク」、つまり注射疵が繋がって醜い線路のような形になったものだ。
  ――第3部 ハイ・ヒトラー、患者Aと彼の主治医 1941年~1944年

 第三帝国の末期を描いた作品で描かれるヒトラーは、現実から目を背けて根拠のない楽観論にしがみつき、撤退を進言する軍人を裏切り者と決めつける狂人のように描かれる。あれは正確だったのだ。だってヒトラーはシャブとアヘンとコカインでハイになってたんだから。

 クスルクの敗北などの都合の悪い現実に向き合おうとせずに薬物に逃げるヒトラーと、彼の狂った命令に諾々と従う取り巻きたち。そんな第三帝国末期の首脳陣を見ると、権力って何だろうな、などと考え込みたくなる。

 電撃戦におけるダンケルクの停滞の原因を「ヒトラーは誰がボスかを陸軍に思い知らせたかった」とするなど、「電撃戦という幻」に準じていたりと、軍ヲタにも楽しめる部分が多い。とはいえ、やはり本書の圧巻は晩年のヒトラーの様子だろう。第三帝国に興味がある人にお薦め。

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2026年5月 3日 (日)

トビー・レスター「第四の大陸 人類と世界地図の二千年史」中央公論新社 小林力訳

本書をまとめているものはヴァルトゼー・ミュラーの地図そのものである。
  ――はじめに

ヴァルトゼーミュラーは、現代的な世界地図製作において原型となるものを作ったようだ。すなわち、世界の大陸と海岸の姿を、ほぼ我々が今日知るような形で提示した、最初の地図である。
  ――プロローグ 目覚め

地図が究極的に表現するものは、(略)人間の経験そのものに他ならない。それは世界における我々自身のための場所を思い描くという、決して終わることのない試みなのである。
  ――エピローグ 世界の姿

【どんな本?】

 2003年、米国議会図書館が一組の地図を一千万ドルで購入する。独立宣言のオリジナルより約200万ドル高価で、公の場で取引された歴史的文書としては当時の最高額だった。それはヴァルトゼー・ミュラーの地図(→Wikipedia)と呼ばれ、「アメリカ」という地名の由来となった地図である。

 「第四の大陸」とは、南北アメリカ大陸を示す。中世から目覚め始めた13世紀から大航海時代の曙である16世紀初頭にかけ、ヨーロッパ人の世界観は大きく変わる。それまで世界に三つの大陸で形作られていると思われていた。アジア・ヨーロッパ・アフリカである。だがモンゴル帝国の襲来や香辛料貿易により、彼らの世界観は広がってゆく。やがて人文主義の勃興やコンスタンティノープルの陥落に伴う人材の流入そしてコロンブスの航海により、彼らの世界観は揺らぎ始め…

 「アメリカ」という地名の由来を追いかけながら、当時の欧州人の世界観の変化が地図へと反映してゆく過程を、有名無名取り混ぜ多くの人物の交わりを通して描く、歴史ノンフィクションの力作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Fourth Part of the World: The Race to the Ends of the Earth, and the Epic Story of the Map That Gave America Its Name, Toby Lester, 2009。日本語版は2015年8月7日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約468頁に加え年表5頁+訳者あとがき3頁。9ポイント46字×21行×468頁=約452,088字、400字詰め原稿用紙で約1,131枚。文庫ならたっぷり上下巻ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。歴史的な経過や背景は本書内で説明があるので、世界史に疎くても大丈夫だろう。それより、カナリア諸島など大西洋の島々やカリブ海・南米周辺の地名がよく出てくるので、手元に世界地図があると便利だ。

【構成は?】

 原則として時代を追って進むので、素直に頭から読もう。

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  •  主要登場人物
  • はじめに
  • プロローグ 目覚め
  • 第1部 旧世界
  • 第1章 マシューの地図
  • 第2章 神の天罰
  • 第3章 世界を記述する
  • 第4章 大洋の向こう
  • 第5章 見ることは信じること
  • 第2部 新世界
  • 第6章 再発見
  • 第7章 賢人プトレマイオス
  • 第8章 フィレンツェ人の世界観
  • 第9章 未踏の大地
  • 第10章 アフリカの大地へ
  • 第11章 学者たち
  • 第12章 嵐の岬
  • 第13章 コロンボ
  • 第14章 提督
  • 第15章 キリストを運ぶ者
  • 第16章 アメリゴ
  • 第3部 新旧世界の融合
  • 第17章 ギムナジウム(学舎)
  • 第18章 果てのない世界
  • 第19章 その後の世界
  • エピローグ 世界の姿
  • 補遺 スティーヴンスとブラウンの地図
  • 年表 本書で取り上げた主な出来事
  •  訳者あとがき

【感想は?】

 最初にお断りしておく。書名から思い浮かべるような、南北アメリカ大陸発見の物語ではない。いや後半でコロンブスやアメリゴ・ヴェスプッチは出てくるのだが、両名ともソコが米大陸だとは思っておらず、アジアの一部だと思っていたようだ。「アメリカ」と名付けられた経緯は終盤で明らかになるのだが、けっこう脱力物だったりする。

 では主題は何かというと、ヨーロッパ人の世界観の変転である。そういう点では「地図の世界史」とも共通するテーマだが、本書は13世紀から16世紀初頭に焦点を絞っている。

 最初に出てくる世界観は、TO図(→Wikipedia)である。円の上半分がアジア、下を更に左右に分け右がアフリカで左がヨーロッパ。現在の地図は北が上だが、TO図は東が上だ。これはキリスト教的な世界観を表している。

(13世紀初頭イギリスの修道士ブラザー・)マシュー(・パリス,→英語版Wikipedia)の描く地図は、(略)神が創造したままの世界を描いていた。
  ――第1章 マシューの地図

 当時の欧州人には、プレスター・ジョン(→Wikipedia)の存在が大きかったようだ。東方におわすキリスト教の王国を統べる偉大な伝説の王である。お陰で…

モンゴル軍がコーカサスに進出したとき、友好的に迎えられたことも不思議ではない。チンギス・ハーンとプレスター・ジョンは同一人物とみなされたのである。
  ――第2章 神の天罰

 これはエンリコ航海王子(→Wikipedia)やコロンブスの航海にも影響があり、その影響力の大きさに唖然としたり。

黄金とプレスター・ジョンを夢見ることこそ、ポルトガル人をしてアフリカ西海岸を南下させた原動力だった。そしって、奴隷貿易もまた原動力となった。
  ――第10章 アフリカの大地へ

 そこにマルコ・ポーロが登場する。彼の東方見聞録には、独特の特徴があった。

(東方)見聞録は、(略)新たに世界の全体像を示すことを目指したのである。
  ――第3章 世界を記述する

 文章ではあるが、まさしく地図を目指したのだ。

 が、現実に忠実な地図は、意外な所から出現する。海図だ。長距離の航海には、正確な地図が必要なのだ。

海図がもたらした(略)最大の変化は、船乗りたちが海図とコンパスを使い、星が見えるかどうか案ずることもなく、大きな自信を持って長距離の航海に出発できるようになったことだ。
  ――第4章 大洋の向こう

 まあ地上の地図なら、距離より旅程=移動にかかる時間に準じた方が使い勝手がいいしね。

 とまれ、やがて正確な位置を反映した地上の地図も欲しい、となる。そこで必要なのが緯度と経度だ。そのデータは、意外なところにあった。

(ロジャー・)ベーコンの時代、緯度と経度は地理学上の道具ではなく、天文学のツールだった。(略)つまり占星術の材料の一つとして必要な情報だった。
  ――第5章 見ることは信じること

 天動説の時代ではあったが、天体の運動は精密な観測がなされ、また周転円を用いた正確な予測もできたのだ。占星術のために。

 そして勃興する人文主義は、王侯貴族の野望と利害の一致をみる。

ローマ教会と欧州貴族が、大西洋の探検と帝国主義的拡張という新たなプログラムを発展させるに当たり、古代の地理学に基づいた知識を利用し始めたということだ。ペトラルカたちにとって都合の良いことに、この潮流はローマ時代の知識、力、地理的範囲を研究しようとする新たな人文主義的流れに合致するものだった。
  ――第6章 再発見

 ここで意外だったのは、人文主義者が目指したのはローマ時代の復興であって、ギリシャ時代ではない点。よって人文主義者たちが漁ったのはラテン語の文献であって、古代ギリシャ語ではない。つか彼らは古代ギリシャ語ができなかったのだ。

 よって、本書中で古の賢者扱いされているプトレマイオス(→Wikipedia)には、目が行かなかった…当初は。

 そのプトレマイオスの著作『ゲオグラフィア』(→Wikipedia)は、単に世界の姿を示しただけではない。科学的な位置の測り方・数学的に正確な計算方法そして地図への投影方法、すなわち正確な地図の作り方をも示したのだ。

彼は(略)世界を地図化する方法を読者に示すために『ゲオグラフィア』を書いたのである。
  ――第7章 賢人プトレマイオス

 そんな具合に無視されていたギリシャの遺産だが、意外なきっかけで転機が訪れる。オスマン帝国の包囲に危機を感じたコンスタンチノープルから、助けを求める使者が訪れ、西欧との交流が復活したのだ。招かれたマヌエル・クリュソロラス(→Wikipedia)は、東ローマ帝国が受け継いだギリシャの知的遺産を西欧にもたらす。

プトレマイオスの『ゲオグラフィア』がついにヨーロッパで復活したのだ。
  ――第8章 フィレンツェ人の世界観

 この勢いを後押ししたのが、教会大分裂(→Wikipedia)の解決を目指す1414年からのコンスタンツ宗教会議(→Wikipedia)というのが面白い。いや肝心の主題は全く進まないのだがw

 これには各国からお偉方が集まった。大勢の取り巻きを引き連れて。その中には多くの学者・知識人も混じっていた。彼らは一向に進まない会議に退屈し、近所の教会などで古の文献を漁り、また学者同志で語り合う。つまりは世界的な学会をアチコチで開催したのだ。

「コンスタンツ(宗教会議、→Wikipedia)では、異物を発掘したことこそ最も重要な成果だ」
  ――第9章 未踏の大地

 続く1430年からのフィレンツェ公会議(→Wikipedia)では、より多くのキリスト教徒が集う。

アルメニア人、カルデア人、コプト人、エチオピア人、グルジア人、ギリシャ人、マロン人、ネストリア人、ロシア人などがこぞってフィレンツェに集まった。
  ――第11章 学者たち

 そして、より多くの学者たちが交流を深めてゆく。

フィレンツェ公会議は、ある重油な分野――地理学上の学説――の統一に役立った。人文主義者たちの系統だった研究により、あらゆる階級のヨーロッパ人が新しい概念をまじめに考え始めた。世界全体は、知られている世界だけではなく、理解し探検する撚りがあるのではないか?
  ――第11章 学者たち

 学者たちが意見や研究成果を交換し合うのは、学問を発展させる契機になるのだ。シリコンバレーも、そういう事なんだろう。ここで復活したプトレマイオスの知恵やマルコ・ポーロの経験が、イベリア半島の王たちの野望を後押しする。

15世紀にポルトガル王に仕えたドイツ出身の地理学者マルティン・ベハイム(→Wikipedia)「ここに示したリンゴ[地球儀]には、全世界が園」長さと幅に比例して、幾何学の原理に従い示されている――すなわち、ある部分はプトレマイオスが述べたことに、そして残りはヴェネツィアの騎士、マルコ・ポーロが1250年[原文のまま]に書き留めあせたことに従っている」
  ――第12章 嵐の岬

 とまれ、新大陸は大西洋の西にある。船乗りたちにとって、大海原で東西の距離を測るのは難題だった。

東西の距離を測ることは、地理学者にとって常に課題であった。
  ――第13章 コロンボ

 これに対し、アメリゴ・ヴェスプッチは巧妙な解を見つける。

もし滅多にない天体の出来事――例えば、惑星あるいは月の合つまり重なり――が観測できれば、その時刻を正確に記録する。(略)それがヨーロッパで何時間早く起きることになっていたか調べるのだ。
  ――第16章 アメリゴ

 そして月と火星の合を観測し、その時刻によって現在地の緯度を計算するのだ。繰り返すが、天動説の当時でも天体の運行の観測と予測は正確だった。

 賢い。…だがしかし、ヴェスプッチの計算=82.5度は正解の60度と大きくズレていたんだが。ざんねん。

 話を戻す。コロンブスは西に向かい、陸地を見つける。もっとも、彼は先の理由で地球の大きさを過小評価していたし、見つけた陸地をアジアだと思い込んでいた。それでも、彼の発見は大ニュースだった。<

ヨーロッパのいくつかの都市では、さっそく印刷業者が(最初の航海から帰還した)コロンブスの手紙を出版し始めた。それらは今でいうベストセラーになったといってよい。(略)彼は西の大海でいくつかの縞を発見し、その大きな権利を主張していた。ただそれだけのことだった。
  ――第14章 提督

 当時の人々は、現在のパナマ地峡あたりに海峡がある、つまりより西へ行く航路があると思っていた。そしてコロンブスは海峡を探すのだが…

彼(コロンブス)は海峡を見つけられなかった。そしてスペインでは自分の名声が色褪せてしまった事実に直面する。
  ――第15章 キリストを運ぶ者

 今でこそコロンブスは有名人だが、晩年は冷淡に扱われた。というのも、当時の社会には大きな富をもたらさなかったからだ。変わってスターになったのが、南米大陸にたどりついたアメリゴ・ヴェスプッチ(→Wikipedia)。そう、地名「アメリカ」の所以となった人物である。彼による冒険公開の手紙は、これまた話題になる。

1506年までに23種類もの版が刷られ、(ヴェスプッチの)手紙はベストセラーになった。
  ――第16章 アメリゴ

 が、これが後世の研究者には頭痛の種になる。

しかしその話は、ほぼ間違いなく作りごとだった。
ここに歴史家が「ヴェスプッチ問題」と匙を投げる事態が持ち上がる。ヴェスプッチの名前で出版された手紙は、彼本人が書いていないのではないかという非常に厄介な問題である。
  ――第16章 アメリゴ

 当時の印刷所は、ウケを狙って山ほど駄法螺を盛り込んだのだ。人食い人種,乱交,豊かな食物など。まったく、マスコミってのは昔からw

 いや当時の学者たちも似たような苦労をしてるんだけど。

「多くの箇所で、最も熱心な読み手でさえ、どれが後世の者による文か、どこがプトレマイオス自身に帰する文か分からなかった」
  ――第17章 ギムナジウム(学舎)

 プトレマイオスの『ゲオグラフィア』を復刻しようにも、伝わっているのは写本である。写し間違いもあれば手抜きで一部を削ったり、勝手に書き換えたり。写本の厄介なところだね。

 とまれ、これらの困難を乗り越え、プトレマイオスの『ゲオグラフィア』を継ぎ、ヴェスプッチらの功績を加え、最新の世界地図を作ろうとする者たちが現れる。マティアス・リングマン とマルティン・ヴァルトゼーミュラー(→Wikipedia)である。

ヴァルトゼ―ミュラーは当時の地図製作者の常識を捨て、新しく発見された大地をアジアの一部とはしなかった。(略)彼はそれを海に囲まれたものとした。
  ――第18章 果てのない世界

 そして、やっと本書の冒頭へとつながる。

彼はこの新しい大陸に名前を与えた。アメリカである。
  ――第18章 果てのない世界

 ヴェスプッチにちなんだ名前だが、ヴェスプッチ本人は了解していない。出版人が勝手に名付けたのである。

 幸いにしてこの本は好評を博す。この当時の書籍流通の実態が楽しい。

16世紀初め、本を売るのに最も良い場所は、地域における書籍市だった。(略)最も重要なものはフランクフルトのブックフェアであり、これは今日まで続いている。
  ――第19章 その後の世界

 コミケかよw 当時の出版業の市場規模を思えば、コミケよりささやかだったのかも。この辺の事情は「印刷という革命」が詳しい。

 それはともかく、この本と地図は話題を呼び、次の時代へと繋がってゆくのである。

地図は当時既にポーランドにも入っていた。そしてドイツ語を話す人文主義者ニコラウス・コペルニクスが、今こそ宇宙の全く新しいモデルを提示すべきだと決断する後押しとなったのである。
  ――第19章 その後の世界

 「アメリカ」という地名に焦点を当て、そこにたどり着くまでの道筋を、宗教的なTO図からヴァルトゼーミュラーの地図まで、モンゴル帝国の拡大や教会分裂などの歴史の偶然と、それを契機に出会い交わった人々の姿を通して描いた、重量級の歴史絵巻。西欧中心の史観ではあるが、丁寧な調査が描き出す精密な歴史像は、科学史にも通じる面白さがある。科学史・技術史が好きな人にお薦め。

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2026年1月27日 (火)

若宮總「イランの地下世界」角川新書

地下世界――。そこには、イラン政府はもちろん、ときにイラン国民でさえも容易には認めたがらない、この国の真実が隠されている。
  ――はじめに

ベールで女性が何を隠さなければならないのかについて、コーランには具体的な記述がない
  ――第1章 ベールというカラクリ

圧倒的多数のイラン人に共通しているのは「イスラム共和国は“オワコン”」という認識だ。
  ――第4章 イラン人の目から見る革命、世界、そして日本

【どんな本?】

 ホメイニ→ハネメイと、イスラム聖職者による圧制が続くイラン。2025年末から2026年初頭にかけ、市民による大規模な抗議行動と、当局による暴力的な鎮圧がニュースになり、ついにイラン政府はインターネットまで遮断した。

 厳格なイスラム共和制の印象が強いイランだが、それはあくまでも政権の話。普通の人々は、どんな人々なのか。何を考え、どのように友人知人と付き合い、どんな暮らしをしているのか。どんな人がイスラム共和制を支えているのか。他の国を、どう見ているのか。付き合ってみると、どんな人たちなのか。

 10代からイランに魅せられ、長くイランと日本を行き来する暮らしを続けている著者が、市民目線で見たイラン社会とイラン人を語る、ちょっと変わったイランの解説書。

 ちなみに「若宮總」は筆名で、登場人物もすべて仮名である。イランの当局に正体がバレるとヤバいのだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2024年6月15日初版発行。新書版で縦一段組み本文約278頁に加え、高野秀行による解説が豪華12頁。9ポイント41字×16行×278頁=約182,368字、400字詰め原稿用紙で約456枚。文庫なら普通の厚さ。

 文章はこなれていて親しみやすい。内容も分かりやすい。イランの歴史に触れる所も多いが、特に20世紀以降の現代史については、かいつまんだ説明があるので、素人でも大丈夫。イランについてペルシャ絨毯とイスラム共和制ぐらいしか知らなくても、充分についていける。

【構成は?】

 「はじめに」だけは最初に読もう。以降は美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。

  • はじめに
  • 第1章 ベールというカラクリ 貞節、政治化、「イスラム・ヤクザ」
  • 第2章 イスラム体制下で進む「イスラム疲れ」 キリスト教、神秘主義、古代礼賛
  • 第3章 終わりなきタブーとの闘い 薬物、酒、自由恋愛、美容整形
  • 第4章 イラン人の目から見る革命、世界、そして日本 王政復古、反米、反中、親日
  • 第5章 イラン人の頭の中 謙遜、メンツ、嫉妬心
  • 第6章 イランは「独裁の無限ループ」から抜け出せるか 小さな独裁者、コネ、歪んだ義理人情
  • おわりに
  • 解説 愛溢れる唯一無二のイラン観 高野秀行

【感想は?】

 俺的結論:イラン人の中身はイタリアン。

 すまん。トバしすぎた。本書の書名には「地下世界」とあるが、別にマフィアやスラムの話じゃない。いや少しだけイランでは違法なネタもあるけど。

 じゃ何かというと。我々が思い浮かべるイランは、厳格なイスラム法に縛られた社会だ。だが、そのベールを脱ぐと、どうなのか。普通のイラン人は、何を考えどんな風に暮らしているのか。現代のイランで長く暮らし、現地の友人知人も多い著者が語る、そういう本です。

 先にも書いたが、「若宮總」は筆名だし、登場人物もすべて仮名だ。その程度にはヤバいネタも含んでいる。繰り返すが、ヤバいのは政府当局の追求であって、反社や裏社会に追われるワケじゃない。

 イランでは2025年末から盛んに反政府デモが起きているので判るように、イラン市民の多くは現体制を嫌っている。だが、とりあえず今まではホメイニ/ハネメイが支配するイスラム共和制を維持してきた。では、いったい、誰が支えているのか。敬虔なイスラム教徒なのか。どうも、違うらしい。

 本書に出てくるのは、バシージ(→Wikipedia)およびハネメイの直属機関「イスラム宣伝局」に属する人だ。コネで電気はタダ、テレビじゃ禁制の衛星放送、画面のホメイニやハネメイには悪態。つまり、現体制で甘い汁を吸っている輩である。

数の上では決して多くないが、いかんせん生活がかかっているため、彼らは大した信仰心もないくせに、いついかなる場合も全力でイスラム体制を支えようとする。
  ――第1章 ベールというカラクリ

 革命防衛隊の連中は小金持ちの家に押しかけて家探しし、欧米のCDや製品を見つけちゃ脅して小遣いを稼いでる、そんな話をどっかで聞いたが、どうも本当らしい。

 そんな具合に、当局にコネがある輩はイスラムを口実にやりたい放題だが、普通の市民は経済制裁で苦しんでる。これで市民のイスラム離れにもつながっている、というから意外だ。

「イスラムを掲げているのに、ちっとも国がよくならない。これはきっとイスラムそのものに問題があるからだ」
  ――第2章 イスラム体制下で進む「イスラム疲れ」

 全員がそうではないにせよ、そんな風に考える人も出てきているのだ。

 2026年1月下旬のイランは当局の妨害により他国との通信が難しくなっているが、本書が出た当時はそうでもなかった。だから、多くの市民は開国のニュースにも触れている。

イラン人が洗脳されていないのは、彼らが国営放送をはじめとする国内の「御用メディア」を、まったくと言っていいほど見ていないからである。
では、何を見ているかといえば衛星放送である。
  ――第3章 終わりなきタブーとの闘い

 ちなみに衛星放送も違法で、パラポラアンテナも見つかれば御用…のはずだが、当局もそこまで手が回らないようだ。おまけに…

「俺たちイラン人は、賢くなったんだ。こいつ(スマートフォン)のおかげでな」
  ――第3章 終わりなきタブーとの闘い

 そう、インターネットである。これも当局は金盾みたいな形で規制してるんだが、市民側もVPNで出し抜いてる…つもりが。

VPN業者と当局は裏でつながっていて、「フィルタリング・ビジネス」でズブズブの関係にあるとも言われている。
  ――第3章 終わりなきタブーとの闘い

 つまり当局も腐敗しきってるんだね。

 で、欧米のメディアじゃ、イランは完全な悪役だ。それを市民もよく知っている。お陰で…

イラン人であることに自信が持てない。イラン人であることが恥ずかしい――。
この辛さ、この悔しさを想像してみてほしい。
  ――第2章 イスラム体制下で進む「イスラム疲れ」

 私も日本を持ち上げるニュースは大好きだ。逆に日本の悪口ばかりだと、悲しくなってしまう。

 そんなイラン人は、他の国をどう思っているか。これが実に面白い。まずお隣のアラブ人。

イラン人がアラブ人に対して抱いているイメージはズバリ「野蛮人」である。
  ――第2章 イスラム体制下で進む「イスラム疲れ」

 かつてペルシアは何度か偉大な帝国を築いた。その誇りは今も残っているのだ。まあ、湾岸の金満国家への妬みも、いくらかはあるんだろうけど。お次の欧米に対しては…

イラン人の多くが、われわれ日本人と同様に、米国、そしてヨーロッパの文化に対して、親しみと強い憧れを抱いている。
  ――第4章 イラン人の目から見る革命、世界、そして日本

 革命前は普通に洋服を着ていたし、インターネットも iPhone も米国製だしね。

 ただし欧米には多少複雑な感情も混じっている。

 そして現在のイランが親しく付き合っているのは、ロシアと中国。この両国に対しては…

イランにおける英国のイメージが「狡猾」だとすれば、武力の行使を躊躇しないロシアのそれは、まさに「野蛮」
  ――第4章 イラン人の目から見る革命、世界、そして日本

 いやアケメネス朝のペルシアもギリシアに攻め込んで(→Wikipedia)…って、紀元前の話をしてもしょうがないか。でも、紀元前から大帝国を築いてたんだから、威張りたくもなるよなあ。

 それはさておき、現在は中国とも親しい。そして、中国資本も続々とイランに進出してる。のだが…

多くの国民は中国人を、経済制裁下で生じた空隙を突いてイランを食い物にする、「招かれざる客」
  ――第4章 イラン人の目から見る革命、世界、そして日本

 と、中国もあまり良く思われていない。噂じゃ携帯電話の通信網の監視ツールも中国が提供しているとか。加えてイラン・中国25ヵ年包括的協力協定なんてのも結んでる。れにはキーシュ島(→Wikipedia)の租借や中国軍の駐留なども含むんだが…

イラン政府は、今なお協定の詳細を公表しておらず
  ――第4章 イラン人の目から見る革命、世界、そして日本

 これに関しちゃ、日本も米軍の核の持ち込みを黙認する、なんて協定があったんでブツブツ…。

 思いっきり意外だったのがイスラエル。イラン政府はハマスのパトロンだが…

2023年以降続くイスラエルによるガザ侵攻では、若者を中心に多くのイラン国民がイスラエルを熱狂的に支持している。
  ――第4章 イラン人の目から見る革命、世界、そして日本

 世界的に見てもイスラエルを支持する国民は珍しいんじゃなかろか。後は米国の福音派ぐらい? 日本でも、少なくともニュース・メディアじゃイスラエルは悪役だし。

 他にも好まれる土地や国はあって。

今日、イラン人にもっとも人気のある旅行先はイスタンブルである。
  ――第4章 イラン人の目から見る革命、世界、そして日本

 トルコもイスラムだけと緩いしね。旨いビールもあるみたいだし。

 意外なことに、わが日本は相当に評判がいい。この理由も、これまた意外なことに…

決定的だったのは、1980年代の終わりごろから日本にやって来たイラン人労働者
  ――第4章 イラン人の目から見る革命、世界、そして日本

 彼らが盛んに喧伝してくれたのだ。あまし良い待遇じゃなかった筈だが、それでも在日生活を楽しんでくれたようだ。そして若い世代は、ジブリや鬼滅などのアニメを楽しんでいる模様。ただし違法サイトで。

 いいのかイスラム的に…と思ったが、市民のイスラム感覚は相当に緩い。

テヘランのような大都市では、よほど敬虔なムスリムや、体質的にアルコールを受け付けない人を除けば、ほとんどの人が多かれ少なかれ酒をたしなむ。
  ――第3章 終わりなきタブーとの闘い

 著者もアチコチにお呼ばれしてソレナリに楽しんでいる様子。緩いのは酒に限らず、マリファナなどの薬物も、テヘランではかなり出回っているっぽい。アフガニスタンから流れてくるのか?

 緩いのは薬物に限らず、人間関係もだ。

男の子は通りすがりの女の子に、ごく自然な感じで声をかける。
  ――第3章 終わりなきタブーとの闘い

 こういう所がイタリアンなんだよなあ。きっと本来は明るくお洒落な人たちなんだろう。もちろん、ナンパばかりではなく…

家族や友人はもちろんのこと、八百屋の店先では店員と、タクシーの中では運転手と、行列では前後の人と、バスや電車では隣に居合わせた乗客と、喜怒哀楽を素直に表現しつつ、イラン人は常に誰かと会話をしている。
  ――第5章 イラン人の頭の中

 と、彼らはおしゃべりが大好きなのだ。この辺はアラブ系と似てる。そう言うと、きっと嫌な顔をするけど。もっとも、とっつきやすいけど、長続きするかというと、そうでもない。

「去年は友達、今年は知り合い」
  ――第5章 イラン人の頭の中

 なんて言葉もあるとか。けっこう、その場のノリで生きてる感じ。

 そして、これはインド人とも似ているな、と思うのが…

誰もがおめでたいくらいの自信家
  ――第5章 イラン人の頭の中

 こういう所は日本人と対照的だけど、米国あたりじゃ巧くやっていけるかも。そのせいか…

英語は、日本同様かそれ以上にイランでも需要がある。
  ――第5章 イラン人の頭の中

 政府はアレでも、市民は現金なもんです。

 さて、技術系の人には嬉しいことに…

エンジニアはペルシア語で「モハンデス」と呼ばれ、これはイランでは一種の尊称
  ――第5章 イラン人の頭の中

 なんだけど、自称エンジニアはゴロゴロいる。なにせ自信家だから、少し齧った程度で「Linux完全に理解した」状態になっちゃうのだ。そのため…

イランで腕のいいエンジニアにお目にかかることは、実に稀
  ――第5章 イラン人の頭の中

 駄目じゃん。

 そんな自信過剰も手伝って、イランじゃ独立起業が盛んだ。もっとも、これにはこんな側面も。

イランでは人に雇われると、まず例外なくこき使われる
  ――第6章 イランは「独裁の無限ループ」から抜け出せるか

 彼らは立場や権力を手にすると、最大限にソレを振り回すのだ。そりゃ汚職や腐敗が蔓延するよ。これは市民に限らず、政府の要人も同じ。

(2022年当時)ライシ現大統領をはじめ、イスラム共和国の大物政治家たちの多くが、最高指導者ハネメイと親戚関係にある
  ――第6章 イランは「独裁の無限ループ」から抜け出せるか

 と、徹底したコネ社会なのだ。こういう社会で生きていると、著者も…

イランのようなコネ社会では、(略)否応なしに袖の下やタアーロフ(お世辞)といった「邪道」に引きずり込まれてしまう
  ――第6章 イランは「独裁の無限ループ」から抜け出せるか

 と、ソレナリに立ち回らないと、やってけないんです。

 こんな社会じゃシンドそうだが、逆に利用する人も。

「VPNが機能しないことを口実に、仕事や勉強をサボる」
  ――第6章 イランは「独裁の無限ループ」から抜け出せるか

 わはは。私もこういうタイプだw

 など、今まで「イラン人」と一括りにしてきたが、実はイランも他民族国家だ。ベルシア系が多いが、テヘランにはトルコ系・クルド系・ロル系・アルメニア系など、様々な民族が混在しいている。

 これに2026年初頭の情勢を考えると、実に不吉な未来が見えてくる。というのも…

異民族に対する潜在的な不信感は、今もほぼすべてのイラン人の心のなかに眠っている
  ――第6章 イランは「独裁の無限ループ」から抜け出せるか

 なんてのが、心の底に眠っているからだ。ユーゴスラビアの二の舞にならなきゃいいが。

 「ホメイニ師の賓客」に、印象的な場面がある。テヘランから出国する飛行機で、離陸と同時にご婦人たちがスカーフを脱ぎ捨てるのだ。いささか戯画的で「作り話じゃないか?」と疑ってたんだが、本書を読むと本当っぽい。

 登場人物の多くは、イランで暮らす著者が直接に知り合った人だ。そのっため、平均的なイラン人というには、いささか偏りはある。都市に住むやや豊かな人、いわゆる中産階級が大半だと思う。それでも、彼らが狂信的なイスラム教徒ではないのは、充分に伝わってくる。お喋り好きで派手好きで楽しいことが大好きな人たちなのだ。イランはもちろん、異国の事情に興味がある人にお薦め。

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2025年12月31日 (水)

ウルリッヒ・リンス「危険な言語 エスペラント弾圧と迫害の歴史」国書刊行会 石川尚志・佐々木照央・相川拓也・吉田奈緒子・臼井裕之訳

本書で示そうとしたのは、差別を排した人間同士のコミュニケーションを実現する努力が、どれほどの疑念、嫌悪、抵抗を呼び起こしたか、である。
  ――はじめに

エスペラントの目的は、民族語に取って代わることではなく、民族語との併用だ
  ――3-3 社会主義と国際語

【どんな本?】

 1887年、帝政ロシアに生まれたユダヤ人ラザロ・ザメンホフ(→Wikipedia)は、国際語の案を発表する。そこには、ある決意があった。

言語の違いが、人々の対立を煽り憎しみ合う集団に分裂させる。世界中の人が、第二の言語として国際語を身に付ければ、争いは減るだろう。

 世界に言語は多数ある。個々の言語ごとに翻訳・通訳するなら、n個の言語に対しn×(n-1)の数の通訳者・翻訳者が必要だ。だが世界中の人が第二言語として国際語を身に付ければ、世界中の人々が語り合える。言葉の壁が消えれば、民族ごとの憎しみあいもなくなるだろう。そんなザメンホフの理想は、彼が創り上げた言語エスペラント(→Wikipedia)の優秀さも相まって、世界中の人々を惹きつけ、エスペラントの利用者も少しづつ増えていった。

 人が集まれば組織や派閥ができる。エスペラント愛好家も同じだ。国ごとのエスペラント組織やそれを基盤とした国際組織,逆に国を問わず個人会員を集めたUEA,国際的な階級闘争を表に出したSATなど、様々な組織が立ち上がり文書や雑誌を刊行し、また文通を主な手段として国を越えたエスペラント愛好家間の交流も促す。

 だがエスペラントを敵視する者たちもいた。権力を握った彼らは、エスペラント愛好家やその組織に激しい弾圧を加える。幸か不幸か幾つもの派閥・組織に分かれていたエスペラント愛好家たちは、組織ごとに異なった戦略で生き残りを図るのだが…

 なぜ権力者たちはエスペラントを憎むのか。それに対し、エスペランティストたちはどのように応じたのか。

 各国のエスペランティストたちの手紙や愛好家組織の資料に加え、東欧・ソ連崩壊に伴って公開された資料も漁り、主にロシア以西の欧州を舞台に、人々の争いをなくそうとしたザメンホフとその後継者たちの理想と活動、彼らを憎む者たちの動機と執念と弾圧、それに対し生き残りをかけた各組織・派閥の様々な対応と運命を綴り、知られざる20世紀の歴史の一幕を描く、重量級の歴史ドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は La Dangera Lingvo: Studo Pri La Persekutoj Kontrau Esperanto, Ulrich Lins, 2016。日本語版は2025年9月20日初版第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約371頁に加え、訳者あとがき4頁。9.5ポイント50字×20字×371頁=約371,000字、400字詰め原稿用紙で約928枚。文庫なら上下巻ぐらいの容量。

 文章はやや硬いが、読みにくいって程でもない。目次を見ても分かるように、最も多くの頁を占めているのはソ連編だ。ここはいかにも共産主義的なしち面倒くさい政治思想の議論がある。共産主義に興味があるならともかく、そうでなければテキトーに流して構わない。というか、私はそうした。だって所詮はスターリンの都合だし。

【構成は?】

 ほぼ時系列に進むので、素直に頭から読もう。

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  • はじめに
  • 1 新しい言語に向けられた疑念
  • 1-1 ザメンホフとエスペラントの誕生
  • 1-2 帝政ロシアの検閲下で味わった産みの苦しみ
  • 1-3 西欧への進出
  • 1-4 エスペラントの思想的側面
  • 1-5 第一次世界大戦以前に直面した障害
  • 1-6 国際連盟におけるエスペラント
  • 1-7 労働者と「中立主義者」
  • 1-8 1920年代の迫害
  • 2 「ユダヤ人と共産主義者の言語」
  • 2-1 ヴァイマル共和国におけるエスペラント
  • 2-2 新たな敵の台頭
  • 2-3 「均制化」
  • 2-4 エスペランティストのナチ党員たち
  • 2-5 禁止への道
  • 2-6 エスペラントは単なる言語か
  • 2-7 ナチ・ドイツのモデルにならって
  • 2-8 中立主義エスペラント運動を健全化した教訓
  • 3 「プチブルとコスモポリタンの言語」
  • 3-1 ソ連におけるエスペラントの繁栄
    • 3-1-1 革命後の期待
    • 3-1-2 SATとSEU 多元主義と統一戦線
    • 3-1-3 エスペラントによる国際教育の取り組み
    • 3-1-4 階級闘争の激化とエスペラントの「悪用」
  • 3-2 分裂と終焉
    • 3-2-1 無民族主義
    • 3-2-2 SATの分裂
    • 3-2-3 スターリン体制確立期におけるエスペラント
    • 3-2-4 ソ連のエスペランティストの沈黙
  • 3-3 社会主義と国際語
    • 3-3-1 革命前の国際主義という問題
    • 3-3-2 レーニンと民族問題
    • 3-3-3 マルクス主義言語科学を目指して
    • 3-3-4 エスペラント化に反対するスクリプニク
    • 3-3-5 ロシア語論争
    • 3-3-6 無益な空論
  • 3-4 ソ連でスぺラントが死滅した理由
    • 3-4-1 1937~38年に何が起きたか
    • 3-4-2 大粛清化のエスペランティスト
    • 3-4-3 ソビエト愛国主義の出現
    • 3-4-4 国際文通の成功と限界
    • 3-4-5 文通の終焉
  • 3-5 第二次世界大戦の後に
    • 3-5-1 東欧における大いなる沈黙
    • 3-5-2 スターリンのマル批判
    • 3-5-3 時代の要請
    • 3-5-4 運動の再生
    • 3-5-5 東欧 問題を抱えつつも前進
    • 3-5-6 ソ連 希望と疑いの間で
  • むすび
  • 訳者あとがき/参考文献/関連年表/略語一覧/注/事項索引/人名索引

【感想は?】

 エスペラントという言葉は知っていた。でも、それが政治的に重要な意味を持つとは思わなかった。

 本書が描くのは、まさしくそれだ。エスペラントが持つ政治的な意味であり、エスペラント愛好家たちの政治的な姿勢だ。そして、彼らの政治姿勢を警戒し憎み虐げる者たちとの闘いである。

 本書の舞台は主に欧州だ。「1 新しい言語に向けられた疑念」では1920年代までの欧州全体、「2 『ユダヤ人と共産主義者の言語』」ではドイツを、「3 『プチブルとコスモポリタンの言語』」ではソ連および東欧を中心に描く。

 となれば、「2 『ユダヤ人と共産主義者の言語』」と「3 『プチブルとコスモポリタンの言語』」の敵は見当がつくだろう。そう、ナチスとソ連共産党だ。先の構成を視れば判るように、ソ連編が200頁以上と頁の過半数を占める。

 帝政ロシアに生まれたザメンホフは、ポーランドのワルシャワで学生生活を送る最中に、1881年のポグロム(ユダヤ人排斥、→Wikipedia)の洗礼を受ける。普通はそこでシオニズムにいきそうなモンだが、彼はスケールが違った。人類愛に目覚め、全人類の懸け橋となるエスペラントを産み出すのだ。

 文豪トルストイの支持を受けたものの、ロシア当局のウケは悪かった。「検閲できねえだろ」。最初からエスペラントは政治的な問題を孕んでいたのだ。

 幸いにしてフランスではルイ・ド・ボーフロンなどのインフルエンサーが活躍し、次第に盛り上がる。当初は「商業・観光・学術分野」で売り込むが、「平和運動家、社会主義者、アナキスト」なども加わり始める。1905年に国際大会も開かれた。各国政府の警戒に配慮し、当面は政治から距離を置き、エスペラントの普及に努める方針でまとまった。

 やがて1908年、国際的なエスペラント組織UEA(→Wikipedia)が誕生。当局との摩擦を警戒し国ごとの組織結成がためらわれる中、当初の会員は個人のみだった。

 そう、各国政府はエスペラントを警戒したのだ。

エスペラントが普及するにつれて明らかになったのは、敵対者の抱く反感が言語としての構造的弱点ではなく、エスペラントのもつ政治イデオロギー的背景に向けられている事実だった。
  ――1-5 第一次世界大戦以前に直面した障害

 当時はブルジョワなインテリ層が多かったエスペラント愛好者たちだが、やがて庶民にも思考かが増える。それを受けてか、1921年には階級闘争を声高に叫ぶ国際組織も生まれる。全世界無民族性協会SAT(→英語版Wikipedia)だ。

 以後、中立主義を掲げるUEAと階級闘争を前面に押し出すSATが並立する。政府の弾圧に対する両者の対応の違いは、本書の読みどころの一つ。

 続く「2 『ユダヤ人と共産主義者の言語』」は、やがて欧州を席巻するナチス・ドイツの弾圧が主題だ。

ナチスは、エスペラントという言語と、それと現に結びついている、あるいは結びついていると仮定された思惑に対して、かついてないほどに徹底した敵意を見せ、しかもそれは、年を経るごとにエスカレートしていった。
  ――2-2 新たな敵の台頭

 これに対しドイツ国内のエスペラント協会GEAは当局に迎合するが、SATは対決姿勢を崩さない。困ったことに、エスペラントには当局がつけ入るスキがあったのだ。だって創ったのはユダヤ人のザメンホフだし。おまけに当局は人々が集うのを嫌った。

ナチスの奴隷化政策の中であまり知られていないのは、それがユダヤ人やスラブ人のコミュニケーション上の権利をも抑圧した事実である。1942年7月にヒトラー自らが、東欧占領地域の非ドイツ系住民には「けっして高等教育を許さない」ように(略)求めている。
  ――2-6 エスペラントは単なる言語か

 欧州ではドイツに支配下に入ったオーストリア・ポーランド・オランダ・イタリア・ハンガリー・ブルガリア・ユーゴスラヴィアに加え、ポルトガルとスペインもエスペラントを弾圧する。例外は…

ドイツの同盟国の中で日本だけが唯一、ナチのモデルにならっていない。日本のエスペラント運動は、戦時中も迫害されなかったのだ。
  ――2-7 ナチ・ドイツのモデルにならって

 だからって喜んじゃいけない。

戦争終結まで、朝鮮でエスペラントを公に宣伝したり学んだりすることも、厳しく禁じられた。
  ――2-7 ナチ・ドイツのモデルにならって

 結局はエスニズム・ナショナリズムに囚われていたワケです。

 最後の「3 『プチブルとコスモポリタンの言語』」はロシア改めソ連が舞台。意外なことに…

1920年代の末、ソ連のエスペラント運動は盛況だった。
  ――3-1 ソ連におけるエスペラントの繁栄

 そりゃ「万国のプロレタリアートよ団結せよ」が共産主義の掛け声だし。しかしレーニンが没しスターリンが跡を継ぐと、様子が変わってくる。

「ナショナリズム的偏向」への攻撃は1937年半ばごろから強まった。
  ――3-4 ソ連でスぺラントが死滅した理由

 ソ連は多民族国家だ。よって多言語国家でもある。ならエスペラントが役立ちそうだが、スターリンはロシア語への統一を目指した。ソ連はそういう国だったのだ。ソ連でさえそうなら、今のロシアもやり口は更にアレだろうなあ。

ソ連の多数のエスニック集団が相互にロシア語で意思疎通できるようになる状態を党がめざしたため、ロシア語を学ばねばならない圧力がますます高まっていた。
  ――3-3 社会主義と国際語

 やがて大粛清(→Wikipedia)が始まると、エスペラント愛好家にも当局が踏み込んでくる。

ある米国人研究者によると、約5000人のエスペランティストが「強制労働収容所」で命を落としたという。
  ――3-4 ソ連でスぺラントが死滅した理由

 ここまで嫌う当局の言い訳は…

「おまえは国際スパイ組織の積極分子である」
  ――3-4 ソ連でスぺラントが死滅した理由

 エスペラント愛好家は文通を好む。それも外国との。手紙の中身は日々の事だ。仕事はどうか、どこに行ったか、何を食ったか、何を買ったか、誰とどんな事を話したか。となれば、ソ連の実情も漏れる。五か年計画がうまくいってりゃともかく、まあ、アレだし。つまりは鉄のカーテンですね。

 これに対しソビエト・エスペランティスト同盟SEUは当局に迎合し、集団文通なんてケッタイな対策を講じたりもするんだが。あ、つまりは検閲・校閲つきの文通です。あんましにも紋切型な共産主義の宣伝ばっかな内容のため、西欧の文通相手からはソッポ向かれちゃったけど。

 第二次世界大戦が終わりソ連が東欧を席巻すると、その影響は東欧圏のエスペランティストにも及んでくる。

エスペラント運動がソ連で弾圧されたならば、その勢力化の国々でも遅かれ早かれ存続不能にならざるをえなかった。(略)
コスモポリタン主義の危険への警告は、市民たちにいかなる外国との接触をも思いとどまらせる便利な口実となったのだ。
  ――3-5 第二次世界大戦の後に

 ばかりでなく、ロクでもないオマケがついてきた。

1948年末から1949年初めにかけては、反コスモポリタン主義キャンペーンにおぞましい要素が付け加えられた。戦争を挑発する西側と共謀する「シオニスト」に対する攻撃を装った、反ユダヤ主義である。
  ――3-5 第二次世界大戦の後に

 もしかしたらイスラエル独立が関係してるのかも。

 もっとも、そんなソ連の方針への従順さの…

…度合いは国によってまちまちだった。ハンガリーやポーランドのエスペラント協会は、機関誌に政治色の濃い記事をさほど多く載せる必要はないと考えていた。それに対してブルガリア、チェコスロバキア、東ドイツでは、党の政策をエスペラントに訳して宣伝するために、かなりの紙面が割かれた。
  ――3-5 第二次世界大戦の後に

 ユーゴスラヴィアについて何も触れられてないのは残念。まあチトーが踏ん張ったせいでソ連からハブられてたからなあ。

 そんな厳しい弾圧も、スターリンの死で風向きが変わる。特に1970年代に入ると…

(ブレジネフ時代に)バルト三国およびウクライナ人の間でエスペラントの人気が高い理由は主に、エスペラントがあればロシア語を使わずに済むという点にあった
  ――3-5 第二次世界大戦の後に

 嫌われてるなロシア。そのせいでソ連崩壊後もバルト三国じゃロシア語話者は差別されたし。

 などの苦難を乗り越えたエスペラント、ソ連崩壊後はどうなったか、というと。

旧共産圏でエスペラントを学ぼうという人の数は、減る一方だった。というのも、今や著しく増大した国際交流の場において、英語のほうがより必要に応えてくれる手段だと考えられたからである。
  ――3-5 第二次世界大戦の後に

 これにはインターネットの普及も関係あるだろう。だってネットの共通語は英語だし。いささか寂しい「むすび」だが、現代の時流を考えると更に肝が冷えるくだりが。

双方の迫害者を比較すると、一つの共通点が浮かび上がる。いずれも陰謀論を信じてそれを熱狂的にあおったことである。
  ――むすび

 まさしく今起きている事じゃないか。彼らの手口は変わっていない。ただ、新しい媒体に順応しただけなのだ。

 エスペラントなんてたかが言語と思っていたが、これほどまでに政治的な軋轢を引き起こすとは想像もつかなかった。確かに20世紀初頭の共産主義・社会主義の盛り上がりもあって、活発な政治活動を繰り広げたエスペランティストもいたが、当局に協力した組織もあった。それでも、当局は許さなかったのだ。政治的圧力に抗する方法に興味がある人にお薦め。

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2025年12月 8日 (月)

高野秀行「イラク水滸伝」文藝春秋

湿地帯で舟大工を探して、舟を造ってもらえばいいんだ!
  ――はじめに

【どんな本?】

 「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、誰も書かない本を書く」をポリシーとする旅行記作家の高野秀行が本書で出向くのは、イラク南部の湿地帯。

 イラクは砂漠の国の印象が強い。しかし南部は全く様相が異なる。ティイグリス川とユーフラテス川が合流し、イランとの国境やペルシャ湾も近いあたりだ。8メートルもの背丈の葦が生い茂り、道路の代わりに水路が縦横に走る。もちろん重い戦闘車両は近寄れない。シュメールの時代から、都市を追われた者たちが隠れ潜む、いわば梁山泊のような土地だという。

 現代でもマンダ教徒(→Wikipedia)が多く住んでいる。もっとも、多くのマンダ教徒は他国へ移住してしまった。サダム・フセインの圧政やイランイラク戦争・湾岸戦争・イラク戦争と相次ぐ戦乱と、その後の混乱が原因だ。

 湿地帯を行き交い、水牛を飼い、葦の家に住み、独自の舟で水路を行き来する。そんな幻の民族を尋ねてイラクの「辺境」へ向かった著者は、誰と出会い、何を食い、どんな風景を見るのか。

 スリルと意外性とトラブルに満ちた、捧腹絶倒の紀行ドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2023年7月30日第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約462頁。9.5ポイント43字×19行×462頁=約377,454字、400字詰め原稿用紙で約944枚。文庫なら上下巻ぐらいの分量。

 文章はこなれていて親しみやすく読みやすい。内容もわかりやすい。歴史的・地理的そして最近のイラク情勢など、多くの背景事情が関わっている。が、その都度わかりやすく多分に雑な説明があるので、素人でも充分に理解できる。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、素直に頭から読もう。もっとも、中身は右往左往してるんだが、それも、というより、それこそがこの著者の作品の魅力なのだ。

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  • はじめに
  • 第1章 バグダード、カオスの洗礼
    • 1 有田焼のお土産が困惑を呼んだ理由
    • 2 イラク料理、こわい
    • 3 バグダード民泊は「鶴の恩返し」
    • 4 鶴の見た古都バグダード
    • 5 謎の古代宗教マンダ教
    • 6 「すべての人類はマンダ教から生まれた」
    • 7 ヨハネの愛弟子たちの洗礼
  • 第2章 イラン国境の水滸伝
    • 1 ディープサウスへ
    • 2 湿地帯が生んだイラクの国民的朝食
    • 3 マンダ教徒の舟大工
    • 4 湿地帯の王
    • 5 混沌と文明の間にあるもの
    • 6 奇人サーレ先生と天国の湖
  • 第3章 新世紀梁山泊チバーイシュ
    • 1 シュメール文明を受け継ぐ「葦の館」
    • 2 驚異の新世紀梁山泊
    • 3 伝統的水滸伝と古代粘土板せんべい
    • 4 プチ梁山泊の最強コンビ
    • 5 原初的水滸伝の謎
    • 6 湿地帯に自由はあるのか
    • 7 シュメールのウル遺跡で逆タイムトラベル
  • 第4章 イラク水滸伝六千年 脳内タイムマシンの旅
    • 1 シュメール時代の水滸伝
    • 2 異端グノーシス時代の水滸伝
    • 3 二十世紀水滸伝の主役はコミュニスト
  • 第5章 「エデンの園」の舟造り
    • 1 「エデンの園」は実在した!
    • 2 氏族長のリムジン「タラーデ」
    • 3 神をも恐れぬ舟造り
    • 4 水滸伝にはブリコラージュがよく似合う
    • 5 抵抗者たちの系譜
    • 6 湿地帯の核心「マアダン」とは何者か
    • 7 衝撃の「ゲッサ・ブ・ゲッサ」
    • 8 アメリカvsイラン戦争危機とタラーデ完成
  • 第6章 呪われた水滸伝の旅
    • 1 「エデンの園」から追放されて
    • 2 主なき梁山泊
    • 3 天地明け初めぬ島
    • 4 ゲーマルの謎
    • 5 移動経路を調査する
    • 6 われら聚義庁を乗っ取る!
  • 第7章 謎のマーシュアラブ布を追え!
    • 1 頭領ジャーシム宋江の帰還
    • 2 世界最古の都市国家ウルク
    • 3 謎の刺繍布の作り手と会う
    • 4 アザールを作っていたのは“禁じられた民”!?
    • 5 湿地帯に存在した「禁じられた民族」
    • 6 刺繍布によって浮かび上がるアフワールの真の姿
  • 第8章 古代より蘇りし舟は行く
    • 1 湿地帯の罠、再び
    • 2 過激なる水滸伝右派
    • 3 マイ・スウィート梁山泊
    • 4 浮島、最後の晩
    • 5 好漢たちが集結、タラーデに乗る
  • あとがき
  • 謝辞/参考文献一覧

【感想は?】

 相変わらずの無謀っぷりが楽しい一冊。

 何かと物騒なイラク、それも辺境に行くとなれば、普通は武装したボディガードをつけるだろう。が、著者が引き連れるのは探検家で川の達人・山田高司氏(→Wikipedia)のみ。あとは日本で知り合った何人かのイラク人のツテで、芋づる式にガイドを増やしてゆく。

 今回の旅は2回。最初はアタリを付け、二回目で本格的な調査に入る予定。

 ってんで、最初の旅でバグダードに着いたとたん、著者はご馳走攻めにあう。「イラクの料理はすっごく美味しい」そうで、中でも有名なのが恋の円盤焼きこと「サマッチ・マスグーフ」。

イラクでは五千年前から鯉が食されているのだ。
  ――第1章 バグダード、カオスの洗礼

 そしてマンダ教徒が多く住む南部アフワールに向かう。湿地と呼ばれるが…

湿地帯と聞いていたから全体的にじめじめとした場所をイメージしていたが、それも全然ちがった。雨がいくらも降らないため、水があるところ以外はひどく乾燥しており、風が吹くごとに土埃が舞う西部劇の舞台みたいな土地である。
  ――第2章 イラン国境の水滸伝

 やはり砂漠の国なのだ。大河の水で潤っているが、天水はない。だから大河の水量で湿地も広がったり狭まったりする。そして湿地に住む人も、水が減れば地上に移り住むのだ。

 彼らにとって欠かせないのが水牛とカサブ(葦)。葦ったって、高さ8メートルにも及ぶのがビッシリ生えてて、煮炊きの燃料から家にもなる。

ここでは何でもカサブ(葦)で物が造られ、ムディーフ(ゲストハウス)も例外ではない。
  ――第3章 新世紀梁山泊チバーイシュ

 ゲストハウスのみならず、住む家だってカサブだ。本書では浮島と呼んでいる。これが実に簡単に作れてしまう。実際、著者の目の前で、アッサリ実演してくれたり。

全工程で20分ぐらい。これが原初チバーシェ(浮島)なのである。
  ――第6章 呪われた水滸伝の旅

 そんな風に、家が簡単に作れるのと、水の多寡で湿地の環境が年々変わるためか、彼らは不規則に住処を変える。お陰で…

「アフワールには私有地なんてない」
彼らが所有するのは水牛のみで、あとは公共のもの。
  ――第3章 新世紀梁山泊チバーイシュ

 つまりは遊牧民なのだ。一応の縄張りはあるようだが。だから、「どこに住むか」より「どの氏族か」が大事だったりする。後に公安らしき者が著者らに事情聴取するのだが、そこで公安がこだわったのは…

私たちの目的や身分はどうでもよく、「誰の客なのか=保護者が誰か」を知りたがっているのだ。
  ――第8章 古代より蘇りし舟は行く

 公安が動くのも当然で、シュメールの昔から湿地帯は都市を追われた者が隠れ潜む地だった。なにせカサブが生い茂る地だ。葦の中に隠れれば、まず見つからない。大軍も動かしにくい。その歴史を背負い、最近では…

20世紀、イラク水滸伝の主人公は意外なグループだった。
イラク共産党である。
  ――第4章 イラク水滸伝六千年 脳内タイムマシンの旅

 なのだが、彼らが言う共産党は、私たちが考える共産党とは全く異なる。なにせ…

三島(由紀夫)や武士は「大義のために自分の命をかけた人」というくくりで、共産主義者の仲間になってしまっているようだった。
  ――第6章 呪われた水滸伝の旅

 だから、おそらくマルクス主義とは関係ない。反政府組織とか革命勢力とか、そういう意味だろう。1960年代にCIAが主導した途上国内の共産主義勢力の弾圧を「ジャカルタ・メソッド」が書いていた。が、本当に彼らは共産主義者だったんだろうか。もっとも、政府から見れば、いずれにせよ「俺たちに逆らう輩」なんだが。

 さて、冒頭から、湿原に住むマンダ教徒を、どう呼ぶかが、著者らの一つの悩みとなる。通称は「マアダン」なのだが、イラク人らの解釈だと、「マアダン」は蔑称の印象が強い。が、当人らはそう思っていない。また、「俺はマアダンじゃなくなった」と言う人もいたり。最終的に、著者の解釈は…

マアダンは水牛中心の生活を送っている人たちなのだ。
  ――第5章 「エデンの園」の舟造り

 って所に落ち着く。

 争いは好まない…ことになっているが、

抗争はよく起きた。抗争の原因は大きく四つある。
1 婚外の性交渉(親の承認を得ない結婚や不倫、婚前交渉など)
2 テリトリーの侵害
3 水牛が耕作地の米や小麦を食べてしまう
4 盗み
  ――第5章 「エデンの園」の舟造り

 女と縄張りは、ありがちだね。水牛の食害も、遊牧民と定住民の衝突で、納得できる。困るのは盗みだ。マアダンにとって、盗みは…

「遠くの氏族のものを盗むことは讃えられた。『夜のライオン』と呼ばれて英雄になった」
  ――第5章 「エデンの園」の舟造り

 たぶん、トンズラかませばまず捕まらない遊牧民の暮らしが、そういう文化を育んだんだろう。異文化共生ってのは、そういう人たちと共に生きるって事です。シンドそうだなあ。

 そんな彼らのマンダ教は、なかなかに気位が高い。シュメール人すら「道を踏み外した」と断じる。一種のグノーシス主義(→Wikipedia)だ。

グノーシスは「この世は間違っている」というのが思想の出発点
  ――第4章 イラク水滸伝六千年 脳内タイムマシンの旅

 そう言われると、近ごろ流行ってる陰謀論も、グノーシスの一種かもしれない。いや知らんけど。

 いったん帰国した著者は、衝撃的なモノに出会う。アザール刺繍布(→Google画像検索)だ。カラフルで自由奔放なアザール刺繍布は、マアダンが作っていた。マアダン曰く…

「ここは昔、マンダ教徒とユダヤ教徒が住んでいた。彼らが昔から(アザール刺繍布を)作っていて、ムスリムはあとから習ったんだ」
  ――第7章 謎のマーシュアラブ布を追え!

 やはり気位が高い。

 前回の旅では、そんな彼らに舟を造ってもらった著者。が、再入国するまでの間に、だいぶ傷んでしまった。そこで職人を呼んで修理してもらう。その祭、職人も彼ら(のガイド)も喋りっぱなし。

この地では、クライアントは職人や業者にお茶を出したり弁当を用意したりする以上に、話し相手になることが「接待」になるようだ。
  ――第8章 古代より蘇りし舟は行く

 日本でも、中東系の人はスマートフォンで喋りっぱなし、なんてネタになってる。きっと、そういう文化なんだろう。お喋りが好きなのだ、彼らは。

 高野秀行流の無謀にしてユーモラスなイラク南部の旅行記。彼のファンにはお馴染みの、現地の人々との体当たりのコミュニケーションと、それが祟ってのご馳走攻めなどのトラブルもあれば、グノーシスや共産主義などの考察も興味深い。フセイン時代から今日までのイラク情勢も、イラク南部ならではの独特の視点が貴重だ。何はともあれ、高野秀行ファンにお薦め。

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2025年11月27日 (木)

ロマ・アグラワル「ナットとボルト 世界を変えた7つの小さな発明」草思社 牧尾晴喜訳

宇宙であれ、生物であれ、人間による発明品であれ、それを形作る複雑な仕組みは、より小さくて単純な「なにか」からできている。(略)本書はそのような身の回りの物の根本的で魅力的な仕組みについて、明らかにするものである。
  ――はじめに

【どんな本?】

 私たちの身の回りには、さまざまなモノがある。家・時計・電話・スピーカー・洗濯ばさみ・自転車・水道etc。これらのコノは、幾つかの小さな部品や機構からできている。モノを固定する釘やネジ。くるくる回る車輪。伸び縮みするバネ。鉄を引き付ける磁石。視力を補うレンズ。モノを繋ぐひも。そして水や空気を動かすポンプ。

 これらの部品や機構は、いつ・どこで生まれたのか。それはどのように進歩し、どんな所でどのように使われたのか。そして現代ではどのように進歩し使われているのか。

 エンジニアとして橋や建築物の構造設計に携わってきた著者が、例えばひもならつり橋のような大きなものから防弾チョッキのケプラー繊維そして楽器タンブーラの弦まで、大小さまざまな機構や部品のルーツと歴史をたどり、また現代の最新技術での応用を取材した、一般向けの科学と技術と歴史の楽しい読み物。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Nuts & Bolts: Seven Small Inventions That Changed the World, Roma Agrawal, 2023。日本語版は2024年7月4日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約281頁。9.5ポイント40字×18行×281頁=約202,320字、400字詰め原稿用紙で約506枚。文庫なら普通の厚さ。

 文章はこなれていて親しみやすい。内容も分かりやすく、数式も出てこない。日本の例も少し出てくるのは、インド系である著者の出自ゆえの視野の広さだろうか。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • はじめに
  • 1 NAIL 釘 ものを固定することは偉大なり
  • 2 WHEEL 車輪 ものを遠くへ運ぶこと
  • 3 SPRING バネ 力を溜めたり、解放したり
  • 4 MAGNET 磁石 情報が距離を超えてゆく
  • 5 LENS レンズ 小さな生命へのまなざし
  • 6 STRING ひも 巨大な構造から楽器まで
  • 7 PUMP ポンプ 心臓、渋さを超えて宇宙まで
  • おわりに
  • 謝辞/協力者一覧/参考文献

【感想は?】

 著者はハッカー、それもハードウェア・ハッカーだ。ただしハックの相手はコンピュータじゃない。建築物、特に橋である。

 冒頭の幼少期にクレヨンを分解するあたりから、ハッカー魂が炸裂してる。ハッカーの卵は、なんでもかんでも分解して中身を調べて学ぶのだ。代表的な被害者は時計ね。まあ、その後、元に戻せない事も多いんだがw

 そんな著者が最初に紹介するのが、釘。今でこそありふれたモノで…

現在の釘製造機は、1分間に800本以上の金属釘を製造することができる。
  ――1 NAIL 釘 ものを固定することは偉大なり

 と、大量生産している。が、著者は敢えて昔ながらの鍛冶による手作りに挑む。この場面で、かつての釘の貴重さが伝わってくる。そう、真っ赤に熱した鉄をトンカン叩いて釘の形に成型するのだ。そんな釘の歴史は古く…

最古の青銅の釘は紀元前3400年頃のもので、エジプトで発見された。
  ――1 NAIL 釘 ものを固定することは偉大なり

 と、歴史は古い。もっとも、現在の鋼鉄製の釘に比べると頑丈さは劣るが。頑丈さを求めると、リベットを介してナットとボルトに行きつく。そしてもう一つ、ワッシャーも。あれ、私は役割が今一つわかっていなかったが…

ワッシャーは、ナットと接合される鋼製の母材の間に取り付けられ、ナットが締め付ける力を分散させる役割を果たす。ワッシャーを使わないと、ナットを締める際に梁や柱に小さな亀裂が生じ、強度が落ちる可能性がある。
  ――1 NAIL 釘 ものを固定することは偉大なり

 あ、そういう事なのね。ここでは軍ヲタに嬉しい雑学も一つ。

(ホーカー・)ハリケーンは二つのフレーム(構造と外皮)が必要だったのに対し、(スーパーマリン・)スピットファイアに必要なフレームは一つだけだった
  ――1 NAIL 釘 ものを固定することは偉大なり

 機体が軽くなって、いわゆる出力重量比が良くなるのか。他にも昔の船に木釘を使った例も出てきて、水中だと木が湿り膨れてより締まるのが嬉しいそうです。

 続くのは車輪。ところが、発端は意外な分野で。

車輪はもともと陶器のための発明だった。
  ――2 WHEEL 車輪 ものを遠くへ運ぶこと

 もしや…と思ったらその通り、ろくろだった。垂直な回転軸を水平にしたのが、馴染みの車輪。最初は丸い木の板だったけど、年輪に沿って割れやすいとか重いとかで、リムとスポークに進歩する。更に製鉄技術の進歩で鋼鉄製になり…

両面が皿形になった(自転車の)テンションワイヤースポークの車輪は、その軽さと優れた強度や柔軟性(ガタついた地面でも簡単には壊れない)により、車輪の進化の中でも極めて重要なポイントとなった。
  ――2 WHEEL 車輪 ものを遠くへ運ぶこと

 と、ちょっとした形の違いが大きな進歩をもたらす事もあるんです。

 現代の車輪は宇宙にも飛び出し…

ISSの構成要素や実験装置の動力源である太陽電池パドルは壊れやすいため、通常、スラスターを起動する場合は収納してロックする必要があり、ISSの運用に非常に致命的となる。そこで小さく、穏やかな動きで構造体を操縦できるように、エンジニアたちはコントロール・モーメント・ジャイロ(CMG)(→JAXA)と呼ばれる四つのジャイロスコープを使用している。
  ――2 WHEEL 車輪 ものを遠くへ運ぶこと

 なんて意外な所で活躍してる。要ははずみ車だね。はずみ車に溜めた角速度を取り出して、機体の姿勢を変えるのだ。スラスターは貴重な推進剤を使うし。

 車輪の次はバネ。これのルーツも意外で。

弓はバネの一種だ。バネとは基本的に、外力によって変形したときにエネルギーをたくわえる。外力が取り除かれるとバネは弾けるようにして元の形に戻り、その時にエネルギーを放出する。
  ――3 SPRING バネ 力を溜めたり、解放したり

 意外なようだが、曲がったり伸びたりってんなら、今だって板バネがあるよね。その曲がりを極めたのが、ゼンマイだろう。そしてゼンマイ仕掛けの花形が、時計だ。もっとも、初期のゼンマイ時計は…

初期の動力ゼンマイによる時計も正確性では(従来の時計に)むしろ劣っていた。なぜなら、ゼンマイはきつく巻かれた状態で最もエネルギーをたくわえ、ほどけるとエネルギーが減少するからである。
  ――3 SPRING バネ 力を溜めたり、解放したり

 おまけにゼンマイの品質がバラけてると、場所によって強さが違うんで、クロノメーターのジョン・ハリスン(→Wikipedia)は苦労したのだ。

 これらのバネは力を溜めて解放する、いわばバッテリーだが、もっと大きなバネは力を「伝えない」ために使われている。建物に使われる免振装置(→Wikipedia)だ。

構造物においては、バネの役割は(騒音や振動を)遮断することにあり、特に用のない限りは静止して、ひっそりと隠れているのだ。
  ――3 SPRING バネ 力を溜めたり、解放したり

 日本だと地震対策で有名だが、本書の例は音楽ホールの防音構造だ。確かに一つの建物に大小のホールや練習室があると、防音は大事だよね。

 お次の磁石は指南車や羅針盤が有名だが、本書が主に扱うのは情報の伝達と保存…って偉そうだが要は電信・電話そして電子記録媒体です。

近代的な通信手段はすべて、ある地点から別の離れた場所へほとんど一瞬のうちに信号を送るという技術に基づいている。そしてその中心をなすのが「磁石」である。
  ――4 MAGNET 磁石 情報が距離を超えてゆく

 ったって電磁石だけど。とまれ、この章を読むと、機械式に対する電子式の有利さがひしひしと伝わってくる。なにせ速さが桁違いなのだ。また…

初期の電話にはさまざまなデザインがあったが、一つ共通点があった。磁石と電線のコイルを一緒に使って相互作用を生み出していたことである。
  ――4 MAGNET 磁石 情報が距離を超えてゆく

 なんてアッサリ触れてるだけだけど、つまりはマイクとスピーカーね。音を電気に変える、または電気を音に変える機構だ。ここはもう少し突っ込んで欲しかったが、そうするとオーディオの歴史になって一冊の本になっちゃうか。

 そんな磁石も今や…

今ではディスク、メモリーチップ、インターネットポート、洗濯機、電話、ラジオ、時計、メーターなど、磁石は私たちの家庭に何百個も存在するようになった。
  ――4 MAGNET 磁石 情報が距離を超えてゆく

 と、すっかり当たり前のモノになったのだ。

 電磁気の次は電磁波、つか光を扱うモノ、レンズだ。私も眼鏡には日頃からお世話になってる。科学と工学の関係にはよくあるように…

磁石や多くの発見と同様に、レンズの振舞いに関する知識や使い方は、その理論的な解明よりもはるかに先をいっていた。
  ――5 LENS レンズ 小さな生命へのまなざし

 まあ運動方程式を知らなくてもキャッチボールはできるし。

 現代のレンズの応用で身近なのは写真だろう。昔から写真の持つ「人の心を動かす」力を判っていた人はいたようで…

19世紀に最も写真に収められたアメリカ人は、アブラハム・リンカーンではなく、(フレデリック・)ダグラス(→Wikipedia)である。
  ――5 LENS レンズ 小さな生命へのまなざし

 奴隷制度廃止運動家の彼は、写真が人々に与える力を意識して使ったのだ。ここでは、当時のフィルムは白人の肌の色に合わせて調整していたため、黒人はうまく写らなかった、なんて話も。

 さて、当時のカメラのレンズは一つだが、最近のスマートフォンは複数のレンズがついてる。これはハッタリじゃない。

最近では、レンズが二つ、あるいは三つ付いたスマートフォンを見るようになった。一つは遠くのものを撮影するために非常に長い焦点距離を持つレンズであり、一方で、広角撮影が可能な短焦点のレンズ、中間的な撮影ができるレンズもある。
  ――5 LENS レンズ 小さな生命へのまなざし

 スコープドッグのカメラが複数あるのは、そういうことか。いや赤外線や紫外線など広い波長の電磁波を捕える目的かな?

 なんてハイテクなネタに続くのが、ひも。単純だけど、人類の文明に与えた影響は大きいし、今だってあらゆる所に使われている。例の紐とか←をい

今もなお、傷を縫い合わせ、谷に橋をかけ、身体を保護する、そのすべてを静かに支えるのがひもの力なのだ。
  ――6 STRING ひも 巨大な構造から楽器まで

 単純ながら、理屈は意外と複雑だ。そこらの蔦の蔓を持って来たんじゃ、弱くて役に立たない。使い物にするには…

ひもは繊維からできているが、単一の繊維だけでは弱いし有用ともいえない。有用なものにするためには、複数の繊維を互いにこすり合わせるようにして一体化する必要がある。これによって生まれる繊維間の摩擦力こそがひもの強さの源だ。
  ――6 STRING ひも 巨大な構造から楽器まで

 「撚る」必要があるのだ。つか、強さの秘訣は摩擦力だったのか。知らなかった。しかも、撚り方にもコツがある。

S撚りと呼ばれるやりかたで、ひもの長さ方向に沿って、繊維がSの字の中間部のように左上から右下に巻かれている。さらにその撚糸を3本使って、今度は反対向き、つまり右上から左下(Z撚りと呼ばれる)に巻いて、1本のひもを形成している。
  ――6 STRING ひも 巨大な構造から楽器まで

 右回り・左回りの両方で巻くのだ。でないと、巻きをほどく方向にねじれようとする。これも知らなかったぞ。

 そうやって撚ったひもは、織って布になったり、吊り橋を吊るすケーブルになったり。最近は斜張橋が多いよね。

 最後はポンプ。

ポンプとは液体や気体を移動させる装置だ。
  ――7 PUMP ポンプ 心臓、渋さを超えて宇宙まで

 この章では、誰もが体内に持つポンプ、すなわち心臓の話も出てくるが、まずは水を送るポンプ。

革新的なポンプは、もともと乾燥地帯で生まれた。
  ――7 PUMP ポンプ 心臓、渋さを超えて宇宙まで

 つまりは灌漑用ですね。本章は古代メソポタミアのシャドーフ(→英語版Wikipedia)から始まって、これが実に説得力に富んでる。

 現代じゃポンプも宇宙に進出してて、こんな所でも活躍してたり。

宇宙服には大きく分けて2種類あり、一つは打ち上げと再突入の際に宇宙船内で着用するもので、もう一つは宇宙遊泳(NASAが言うところの「船外活動(EVA)」(略))に使用されるものである。
  ――7 PUMP ポンプ 心臓、渋さを超えて宇宙まで

 2種類あるなんて知らなかったぞ。本書で詳しく語るのは船外活動用で、つまりは空調用です。贅沢だと思うかもしれないが、人類初の船外活動を行ったアレクセイ・レオーノフ(→Wikipedia)の逸話を読むと、命に係わる機能だと納得するはず。

 モノにせよ仕組み・仕掛けにせよ、身の回りに溢れていると、ソレは最初からあったかのように思ってしまう。が、ひもや釘のように単純なモノでも、ソレは人類史上の大きな発明と呼べるものであり、また長い時代を経て改良を重ねてきた歴史を持っている。雑学が好きな人はもちろん、科学史・技術史に興味がある人にお薦め。

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