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2024年12月 2日 (月)

ダニエル・ヤーギン「新しい世界の資源地図 エネルギー・気候変動・国家の衝突」東洋経済新報社 黒輪篤嗣訳

本書で論じるのは、地政学とエネルギー分野の劇的な変化によってどのような新しい世界地図が形作られようとしているか、またその地図にどのような世界の行方が示されているかだ。
  ――序論

【どんな本?】

 21世紀になってから、世界のエネルギー情勢は大きく変わった。米国ではシェール革命が起き、炭化水素の輸入国から輸出国に代わる。シェールが引き起こした変化はそれだけではない。エネルギー市場の性質も変えた。冷戦時代のもう一方の主役だったソ連/ロシアは、炭化水素をテコに支配力の強化を狙う。大規模な油田が集中する中東は、相変わらず情勢が不安定だ。そして経済の躍進を遂げた中国は、多量のエネルギーを必要としている。

 シェール革命とは何か。ロシアは何を狙っているのか。中東情勢は安定するのか。中国はどんな役割を果たすのか。

 米国のエネルギー専門家が、21世紀のエネルギー情勢の変化を説くと共に、それが国際情勢にどう影響するかを語る、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The New Map : Energy, Climate, and the Clash of Nations, by Daniel Yergin, 2020。日本語版は2022年2月10日第1刷発行。私が読んだのは2022年4月18日発行の第4刷。売れたんだなあ。単行本ハードカバー縦一段組み本文約532頁。9ポイント45字×19行×532頁=約454,860字、400字詰め原稿用紙で約1138枚。文庫なら上下巻の分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もわかりやすい。国際情勢を語る本だが、地形が重要な部分もあるので、世界地図か Google Map などがあると便利。

【構成は?】

 ほぼ部単位に独立しているが、一部は前の章を踏まえて後の章が展開する。急ぎなら興味がある章だけ、深く読みたければ頭から読もう。

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  • 序論
  • 第1部 米国の新しい地図
  • 第1章 天然ガスを信じた男
  • 第2章 シェールオイルの「発見」
  • 第3章 製造業ルネサンス
  • 第4章 天然ガスの新たな輸出国
  • 第5章 閉鎖と解放 メキシコとブラジル
  • 第6章 パイプラインの戦い
  • 第7章 シェール時代
  • 第8章 地政学の再均衡
  • 第2部 ロシアの地図
  • 第9章 プーチンの大計画
  • 第10章 天然ガスをめぐる危機
  • 第11章 エネルギー安全保障をめぐる衝突
  • 第12章 ウクライナと新たな制裁
  • 第13章 経済的苦境と国家の役割
  • 第14章 反発 第2のパイプライン
  • 第15章 東方シフト
  • 第16章 ハートランド 中央アジアへの進出
  • 第3部 中国の地図
  • 第17章 G2
  • 第18章 「危険海域」
  • 第19章 南シナ海をめぐる3つの問い
  • 第20章 「次の世代の知恵に解決を託す」
  • 第21章 歴史の役割
  • 第22章 南シナ海に眠る資源?
  • 第23章 中国の新たな宝船
  • 第24章 米中問題 賢明さが試される
  • 第25章 一帯一路
  • 第4部 中東の地図
  • 第26章 砂上の線
  • 第27章 イラン革命
  • 第28章 湾岸戦争
  • 第29章 地域内の冷戦
  • 第30章 イラクをめぐる戦い
  • 第31章 対決の弧
  • 第32章 「東地中海」の台頭
  • 第33章 「答えはイスラムにある」 ISISの誕生
  • 第34章 オイルショック
  • 第35章 改革への道 悩めるサウジアラビア
  • 第36章 新型ウイルスの出現
  • 第5部 自動車の地図
  • 第37章 電気自動車
  • 第38章 自動運転車
  • 第39章 ライドヘイリング
  • 第40章 新しい移動の形
  • 第6部 気候の地図
  • 第41章 エネルギー転換
  • 第42章 グリーン・ディール
  • 第43章 再生可能エネルギーの風景
  • 第44章 現状を打開する技術
  • 第45章 途上国の「エネルギー転換」
  • 第46章 電源構成の変化
  • 結論 妨げられる未来
  • エピローグ 実質ゼロ
  • 付録 南シナ海に潜む4人の亡霊
  • 謝辞/原注/索引

【感想は?】

 ほぼ部ごとにテーマが変わるので、部単位に書く。

 米国向けに書いているため、同じ事象でも日本の読者とは受け取り方が違う所が多い。特に一部は「それが本当ならどんなにいいか」な話もあり、少し未来に希望が持てたりする。

【第1部 米国の新しい地図】

新しい技術の登場によってテキサスはごく短い間に変貌を遂げ、並外れた成長の軌道に乗ったということだ。2009年1から2014年12月にかけ、テキサス州の原油生産量は3倍以上増えた。この時点で州の産油量は、メキシコの産油量を上回り、さらにはサウジアラビアとイラクを除くOPEC加盟のすべての国の産油量をも上回った。
  ――第2章 シェールオイルの「発見」

シェール革命によって世界の石油市場は一変し、エネルギー安全保障の概念が変わりつつある。これまで何十年にもわたって世界の石油市場を規定してきた「OPEC加盟国vs非加盟国」という捉え方は、「ビッグスリー」(米国、ロシア、サウジアラビア)という新しいパラダイムに取って代わられた。
  ――第8章 地政学の再均衡

 第1部のテーマはシェール(頁岩)革命だ。本書が扱っているのは米国とカナダだけだが、他の国や地域にもシェールの層はたくさんある(→WikipediaWikipediaの地図)。ただ、取り出す技術がないだけ。

 シェールはエネルギー情勢に様々な影響を与える。

 まず、単純に石油と天然ガスの供給量が増え、原油が安くなった。当然ながら産油国は面白くない。特にロシアのプーチン大統領が楽しい。シェールの話題を振ると、環境保護論者になるのだ。

 産出国である米国はエネルギーの輸入国から輸出国になり、大きな油井があるテキサスは好景気に沸く。

 油井と言ったが、従来の油井とは性質が異なる。すぐに産出量が減るのだ。

シェールガスの坑井の生産量は、最初のうちは多いが、在来型の坑井より急速に減り始めて、ほどなく横ばいになる。
  ――第1章 天然ガスを信じた男

 そのため、常に掘り続けなければならない。それを揶揄して業界人曰く「シェールは製造業」だとか。

 安くなった米国のエネルギーは、投資と仕事を招き寄せる。こういう事もあるんだなあ。

これまで米国企業の中国への工場移転が数十年続いてきたが、いまや中国の製造業者が米国に工場を構え始めていた。
  ――第3章 製造業ルネサンス

 本書はハッキリと書いていないが、シェ―ルガスによって、天然ガスの市場の性質も変わった。従来は地産地消の性質が強く、また取引価格も原油と連動していた。だがシェールガスの生産が増え、米国内では消費しきれないため、液化してタンカーで売ろうぜ、となる。増えた取引量は、従来の「原油の添え物」ではなく、独自の商品としての性格を強めてゆくのだ。ただ、遠くの国に売る場合、相応の投資が必要となる。

(天然ガスの)輸出用の液化施設の建設には、輸入用の再ガス化施設の建設の10倍の費用がかかる。
  ――第4章 天然ガスの新たな輸出国

 またはパイプラインが。これは次の部のロシアが活用している。

 他にも、シェールが市場に与えた影響がある。市場を安定させるのだ、シェールは。

シェールの登場以降、石油産業に「ショート・サイクル」と「ロング・サイクル」という新しい語彙が加わった。
ショート・サイクルに当てはまるのは(略)シェールだった。掘削することを決めてから、半年後には生産を開始できた。(略)1つの坑井の費用は1,2年前に1500万ドルだったものが、今では700万ドルだった。ただし、減衰率は高いので、常に新しい坑井を掘り続ける必要はあった。(略)
海洋油田やLNGの事業は生産の開始までに5年や10年かかるが、以後は何年も生産を続けられる。ロング・サイクルの海洋開発のコストは(略)7億ドルとか、70憶ドルとか、あるいはそれ以上の規模だった。
  ――第34章 オイルショック

 先に製造業と言ったように、ある程度の高値でないとシェールは儲けが出ない。反面、価格が上がれば新しい坑井を掘ればいい。特に米国のシェールは大手ではなく独立系の企業が多く、フットワークが軽い。そのため市場価格には迅速に反応し、まさしく「神の見えざる手」として働くのだ。もっとも、それだけに、政府の意向にも従わないんだけど。政府系の資本が多いOPECとは対照的だ。

【第2部 ロシアの地図】

 シェールが面白くないのがロシアだ。ソ連時代から、ロシアはエネルギーが国の柱だった。

(ロシアは)石油と天然ガスの輸出から得られる収入が、国と国力の財政基盤になっている。その収入は歳入の40~50%、輸出収入の55~60%、GDPの推定30%を占める。
  ――第9章 プーチンの大計画

 これに関し、プーチンは極めて優秀なようで。

プーチンはロシアの石油と天然ガスにどういう力があるかを深く理解している。西側の人間がプーチンを話をしていつも驚かされるのは、エネルギー産業やエネルギー市場にとても詳しく、複雑な問題もスラスラと論じられることだ。国のトップというより、企業のCEOのような印象を相手に与えた。
  ――第9章 プーチンの大計画

 著者によると、ドナルド・トランプも経営者っぽく振る舞うそうで、本書では好意的に扱っている。

 さて、第1部で国際市場における天然ガスの地位が変わったと述べた。実際、取り引きに関わる国も増えている。

今やLNGの輸入国は40ヵ国を超える。2000年にはその数はわずか11ヵ国だった。輸出国も12から20ヵ国へ増えた。
  ――第14章 反発 第2のパイプライン

 欧州とはノルドストリームなどで関係を深めようと目論むロシアは、もちろん中国とも仲良くやろうとしてる。それも、従来のような共産主義の兄弟って関係ではない。中国が遂げた飛躍的な経済発展を踏まえた関係だ。

(ロシアと中国の)両国の役割分担は(略)中国が製造、消費財、金融を、ロシアが石油、天然ガス、石炭、その他のコモディティを提供するという関係だ。
  ――第15章 東方シフト

 が、中国にとって、少なくとも経済的にはいささか違って…

(中国にとって)経済的にはロシアより米国のほうがはるかに重要だ。貿易戦争とコロナ禍以前の2018年、対ロ輸出額が350憶ドルだったのに対し、対米輸出額は4100憶ドルにのぼった。
  ――第16章 ハートランド 中央アジアへの進出

 以降、本書でも中国の存在感の大きさは強く意識させられる。

【第3部 中国の地図】

 その中国、経済だけでなく軍事でも大国となりつつある。

過去20年のあいだに中国の軍事費は6倍に増えた。現在の軍事費は、米国の6340億ドルに次ぐ2400億ドルだ。第3位のサウジアラビアと第4位のロシアは、どちらも850億ドル前後で、米中とはだいぶ開きがある。
  ――第17章 G2

 空母も動き始めたしね。その中国が、岩礁を軍事基地に変えたりと、強引に進出しているのが、南シナ海だ。漁場としても魅力的だし、フィリピンやベトナムとひっきりなしに小競り合いを惹き起こしている。

 その南シナ海進出の根拠として中国が示しているのが、「九段線」(→Wikipedia)。これが実にふざけたシロモノで、ベトナム・インドネシア・フィリピン沿岸まで含んでる。

現代の中国による南シナ海の領有権の主張は、いわゆる「九段線」を中心に置いている。
  ――付録 南シナ海に潜む4人の亡霊

 もちろん、魅力は資源だけじゃない。

この海域(南シナ海)を通る世界貿易の額は3.5兆ドルにのぼり、中国の海上貿易の2/3、日本の海上貿易の40%以上、世界貿易の30%を占める。(略)中国が輸入する原油の80%は南シナ海を通過している。
  ――第18章 「危険海域」

中国のエネルギー安全保障にとって真に重要なのは、海上交通路のはるか下の海底深くに眠っているかもしれない資源ではなくて、海上交通路そのものであり、そこを何が通るかなのだ。
  ――第22章 南シナ海に眠る資源?

 そして、こういった国際貿易に備え、インフラにも積極的に資本を投下してきた。

世界の十大コンテナ港のうち、7港が中国にあり(世界最大の上海港を含む)、世界のコンテナ輸送の4割以上を中国が占める。
  ――第23章 中国の新たな宝船

 今は国内だけじゃなく、スリランカやアフリカなどにも投資してるんだよなあ。

一帯一路はエネルギー、インフラ、輸送に重点を置いており、その投資総額はおよそ1.4兆ドルに達すると見込まれる。この金額は、第二次世界大戦後の米国による欧州復興計画マーシャル・プランの7倍以上(現在のドル換算)であり、まさに未曽有の規模だ。
  ――第25章 一帯一路

 そんな中国を意識せざるを得ないのがアジア各国。

元駐米シンガポール大使チャン・ヘンチー「東南アジアは安全保障面では米国と統合されているが、経済面では中国と統合されている」
  ――第24章 米中問題 賢明さが試される

 日本も最近は米国より中国との貿易額が多かったり(→JFTCきっずさいと)。しかもイザとなった時、米国の目は欧州に向きがちだったり、特にトランプ大統領はアメリカ・ファーストだったりで、アジア各国も「アメリカに頼っていいのか」な気分に。

【第4部 中東の地図】

 今のところは小競り合いで済んでいる中国/東南アジアに対し、今も昔も盛んに燃え上がっているのが中東だ。ここではイランの暴れん坊っぷりが目立つ。一応は選挙で大統領が選ばれる形になってはいるが…

「歴代のイランの王には想像もつかなかったほどの絶大な権力がホメイニ師に与えられていた」
  ――第27章 イラン革命

 その隣国イラクで、米国は大きな失敗をしでかした。

米国防長官ジェイムズ・マティス「イラク軍を非政治化すればよかったのに、解体したせいで、我々はイラクで最も頼りになる集団を敵に回した」
  ――第28章 湾岸戦争

 散々荒らした挙句、イランにつけ入る隙を与えてるんだから、馬鹿にもほどがある。

イランは今後さらにイラク内での地位を強化するため、民兵組織をレバノンのヒズボラのように政治・社会組織に変えようと狙っている。
  ――第30章 イラクをめぐる戦い

 イラク情勢が一向に安定しない原因の一つは、主にシーア派地域にイランが介入しているためだ。日本のニュースじゃあまり触れないけど。そのイランの狙いは…

中東の紛争の非常に多くが、(略)イランとサウジアラビアの大きな対立の中に組み込まれている。イランは革命を世界に輸出すると言ってはばからない。
  ――第29章 地域内の冷戦

 70年代の「革命の輸出」は共産主義者の役割だったが、今はイランがその役を引き受けている。当然、絶対王政のサウジアラビアは標的となる。聖地メッカも抱えてるしね。

 そのサウジ、かねてより原油頼りの体制からの脱却を目指しているが、なかなか難しい。

サウジアラビアには約2000万人のサウジアラビア人に対し、約1000万人の外国人がいる。しかし労働力で見ると、その割合は逆転する。サウジアラビア人の就業者数がおよそ450万人で、その7割が政府系部門に勤めているのに対して、外国人の就業者数は約2倍の800万人以上にのぼり、大半が給料の安い民間部門で働いている。
  ――第35章 改革への道 悩めるサウジアラビア

 などと苦しんでいる間に、イランは中東各国に魔の手を伸ばしている。

(ヒズボラは)2018年、レバノンの議会で最大政党に躍り出ると、2020年にはヒズボラ主導の連立内閣を発足させた。レバノンはイラン革命の最初の大きな成功例だった。
  ――第29章 地域内の冷戦

イラン革命防衛隊国外破壊工作担当ゴドス部隊司令官ガセム・ソレイマニ「イラン革命が地域全体に広がっていくのを我々は今、目の当たりにしている。バーレーンとイラクから、シリア、イエメンへ、そして北アフリカへと」
  ――第31章 対決の弧

 現在、イスラエルが戦いを強いられてるのは、ほぼイランのせいと言っていいい。これも日本のニュースがあまり触れない事情なんだよなあ。そのイスラエルがやたらと強気な理由は、この辺にあるのかも。

イスラエルのエネルギー相ユバール・シュタイニッツ「(東地中海のガス田で)すでに国内で消費しきれないほどの量を発見している」
  ――第32章 「東地中海」の台頭

 今まで輸入に頼りきりだったエネルギーが、一部とはいえ自給できるんなら、そりゃ心強いだろう。

 そんな中東だが、新型コロナ禍による世界経済の停滞は痛かった。原油価格は低迷し、一部の先物では負の値にまでなる。日頃は反目しているサウジアラビアとイランも、危機は共有している、が、素直に話に応じられるわけじゃない。またかつて東西で対立していたロシアも、原油価格低迷は嬉しくない。ここでもドナルド・トランプが活躍するのは意外だった。

(2020年のOPEC+非加盟国による石油供給削減)合意は石油をめぐる新国際秩序の到来を告げていた。それはOPECと非加盟国によってではなく、米国とサウジアラビアとロシアによって築かれた秩序だった。
  ――第36章 新型ウイルスの出現

 軍事的には米国&NATOべったりなサウジアラビアだが、エネルギーに関してはロシアと利害が一致してるんだよなあ。今後はどんな関係になるんだか。

【第5部 自動車の地図】

変化は徐々にだが、確実に起こっている。攻勢をかけているのは電気だ。
  ――第40章 新しい移動の形

 と、ここで扱うのは電気自動車と、Uberなどのライドヘイリングだ。中国でライドヘイリング企業ディディを興したジョン・ジマーの、ホテル業界出身の視点が面白い。ホテルじゃ客室稼働率80%~90%が目標だが自家用車の稼働率は5%~10%、とか。確かに無駄といえば無駄だよね。

 もっとも、GMやトヨタ自動車は困るが、エネルギー業界はもちっと複雑な気がする。電気自動車も、直接はガソリンや軽油を使わないけど、火力発電なら相変わらず化石燃料に頼るわけだし。

 その電気自動車でキモとなるのは、やはりバッテリー。

中国のリチウムイオンバッテリーの生産量はすでに世界の3/4近くに達している。
  ――第37章 電気自動車

 と、ここでも中国の存在感が大きい。

 なお、出てくるのは電気自動車ばかりで、ハイブリッドカーは出てこなかった。

【第6部 気候の地図】

 先にも書いたが、化石燃料に代わるエネルギーとして期待されているのは電気だ。何より二酸化炭素を出さないのが嬉しい。少なくとも火力発電でなければ。

(2009~2018年の年間)平均でおよそ210ギガトンの炭素が、植物の腐敗や動物の呼吸などの自然の営みを通じて大気中に排出された。しかし同時に、9.5ギガトンが石油燃料から、1.5ギガトンが土地利用からも出た。それらを合わせると、総排出量は221ギガトンになる。
しかし自然のサイクルでは年間平均215.7ギガトンしか炭素は回収されず、つまり植物や海に吸収されず、4.9ギガトンが大気中に残された
  ――第41章 エネルギー転換

 本書が触れているのは、風力と太陽光だ。いずれも天候頼りで、稼働率も低いし、電力消費が高まるナイターの時間には頼れないと、問題は多い。配電網にかかる負荷も大きく、よって停電が増える可能性も高い。また先進国はともかく発展途上国じゃ、そもそも電気が来てなかったりと、綺麗事は言ってられない状況がある。

 加えて、ここでも中国の影響が…

中国は現在、世界の太陽光パネルのおよそ70%を生産している。(略)太陽電池の基幹部品であるソーラーウエハーにいたっては、約95%が中国製だ。
  ――第43章 再生可能エネルギーの風景

 そんな不穏な話が多い中で、エネルギーがアキレス腱な日本にとってひとつ、喜ばしいネタが飛び出した。

10年ほど前、「ピークオイル」(つまり「石油の終焉」)が近づいており、世界の石油は「枯渇する」という予測が語られた。現在、議論は「石油需要のピーク」に移っている。
  ――第46章 電源構成の変化

 エネルギー・シフトが上手くいけば、原油価格は安値で安定するかもしれない。

【終わりに】

 などと言って安心もしていられないのが国際情勢。

 今まで中国の影響力は散々に思い知らされてきたが、ここで更に駄目押しが入る。

米ソの冷戦時代、ソ連は世界経済の中では脇役だった。今の中国は違う。
  ――結論 妨げられる未来

 ソ連は軍事力で東欧を抑えたが、中国は経済力で世界中に支配力を及ぼしつつある。

 特に怖いのが、アフリカへの投資だ。

鉱物は普通、最初の発見から生産の開始までに16年以上かかる。しかも、石油に比べ、生産がはるかに一部の国に集中している。
  ――エピローグ 実質ゼロ

 太陽光にせよ風力にせよ、レア・アースを大量に使う。これらの多くはアフリカに眠っている。そして中国は、積極的にアフリカに投資しているのだ。欧米が嫌う独裁者や人権蹂躙体制も、中国には関係ない。そしてアフリカ諸国も、内政に干渉しない中国のカネは有り難い。

 正直に言うと、「第6部 気候の地図」あたりは、ちとタテマエっぽい記述が目立ち、お行儀が良すぎる感がある。また、躍進著しいナイジェリアなどアフリカ諸国を無視しているのも辛い。が、各国の事情に踏み込む第4部までは、生々しい話が多くて迫力が凄い。国際ニュースに興味があるなら、是非読んでおこう。

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2024年10月15日 (火)

アンドルー・ペティグリー「印刷という革命 ルネサンスの本と日常生活」白水社 桑木野幸司訳

我々はここにいたって初めて、書物と印刷の歴史についての首尾一貫した物語を、1450年代の揺籃期から近代の情報化社会の入り口に至るまで、綴ることができるようになったのである。
  ――序

印刷術の第一世代に生まれた数々の傑作文学作品には、一つの驚くべき共通点があった。ほぼ例外なく、俗語で書かれていたのだ。
  ――第8章 上品な娯楽

最も安価な書物を購入していた人々は同時に、最も高価な部類の書籍も買っていた
  ――第9章 学校にて

【どんな本?】

 15世紀にグーテンベルクが送り出した印刷術は、印刷・出版業界を爆発的に発展させ、それに伴いギリシャ・ローマ時代の古典を復活させ、ヨーロッパの人々を中世の暗闇から引き出し、ルネサンスを勢いづけた

 …というのが一般的な印象だが、実際にはそれほど単純ではない。例えば、残っている資料には偏りがあり、従来はその偏った資料に依って研究されてきた。残りやすい物は…

ある種の書物が、他と比べて高い生存確率を示すことになる。つまり真面目な内容のものやページ数のあるもの、大判のものなど、町の名士と呼ばれるような市民が、自宅を訪れる者に所有していることを自慢したくなる類の本が生き残ったのである。
  ――第16章 言葉と街角

 対して、残りにくい物も多い。

学校の教科書、教理問答集、ニュース冊子などは、出版されたと分かっている部数が丸ごと消えてしまっていることもある。これらの書物は使い捨てられるものだからだ。
  ――第16章 言葉と街角

 まして数頁のパンフレットや一枚物のビラやチラシが残るのは、よほどの幸運に恵まれた時のみである。だが、当時の印刷業者にとっては、枚数の少ないパンフレットやビラは、事業を続ける際の貴重な運転資金の獲得手段だった。グーテンベルクにしても、42行聖書は有名だが、その前に学生向け参考書の「ドナトゥス」で堅実に事業資金を稼いでいる。

 以降も印刷業界は長期的には発展しつつも山あり谷ありで、出版される書籍の傾向も変化は少しづつだった。

 インターネットの普及により、各地に分散していた古い書物の資料の公開が進み、研究者たちは新規に大量の資料が手に入るようになった。これにより、著者が得意とする16世紀の出版・印刷の研究も、新しい展開を見せた。

 16世紀の印刷術は、どのように普及し発展していったのか。印刷業者は、どうやって事業を続け発展させたのか。主にドイツ・イタリア・フランスそして低地諸国を舞台に、出版・印刷業界の変転と発展そして社会への影響を描く、一般向けの歴史解説書。

 なお、本書で言う「印刷業者」は、現代日本の印刷業者とは大きく異なる。当時は分業されておらず、出版社と印刷会社と取次に運送会社を足したような業態だ。さすがに書店は別…の場合もある。私たちの感覚だと、印刷所を備えた出版社、が近いだろう。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Book in the Renaissance, by Andrew Pettegree, 2010。日本語版は2015年8月30日発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約553頁に加え「書記近代印刷文化の興亡と万有書誌の夢 訳者あとがきに代えた文献案内」13頁。9ポイント46字×20行×553頁=約508,760字、400字詰め原稿用紙で約1,272枚。文庫なら厚めの上下巻ぐらいの大容量。

 文章は比較的に親しみやすい。内容も特に難しくないが、時おり解説なしにフォリオ版(→コトバンク)などの専門用語が出てくる、

【構成は?】

 第1部はほぼ時系列順だが、第2部以降はテーマごとに時代を行き来するので、気になった所を拾い読みしてもいい。

クリックで詳細表示
  • 第1部 はじまり
  • 第1章 印刷時代以前の書物
  • 第2章 印刷術の発明
  • 第3章 ルネサンスとの危険な出会い 印刷術の危機
  • 第2部 根づいてゆく印刷文化
  • 第4章 書籍市場の形成
  • 第5章 本の町ヴィッテンベルク
  • 第6章 ルターの遺産
  • 第7章 ニュース速報のはじまり
  • 第8章 上品な娯楽
  • 第9章 学校にて
  • 第3部 論争
  • 第10章 論争文学
  • 第11章 秩序を求めて
  • 第12章 市場原理
  • 第4部 新世界
  • 第13章 自然科学と探検
  • 第14章 治療
  • 第15章 図書館をつくる
  • 第16章 言葉と街角
  • 資料についての覚え書き 印刷の地理学
  • 付録1 1450-1600年にヨーロッパ全域で生産された印刷物の概要
  • 謝辞
  • 書記近代印刷文化の興亡と万有書誌の夢 訳者あとがきに代えた文献案内
  • 図版一覧/参考文献/原注/原注のための略語一覧/索引

【感想は?】

 今さらながら気づいたのだが、出版・印刷は民間、それも営利企業の領分なのだ。

 学問は「王立○○」などが率いるし、造船所は軍が仕切る。日本じゃ鉄道や製鉄所も政府が関わった。だが、本書の出版・印刷業は、みな民間の営利企業だ。政府や教会は、検閲などで制御を目論むが、自ら手を出そうとはしない。

 当時の時代背景を考えると、少し奇妙な気がする。当時は政府が力をつけ始めた時代だからだ。

社会組織のあらゆるレベルにおいて、国家の権威が拡張し、かつてないほどの広範な責任を担うようになっていった。そしてヨーロッパ各地で、権力側がこのような野心を表明する際に、印刷術が重要な役割を演じていたのである。
  ――第11章 秩序を求めて

 というのも、当時の出版・印刷業は、けっこう資本力が必要で、浮き沈みの大きい業種だったのだ。

 その前に。印刷が登場した頃、書籍の読者は増え、市場は熟しつつあった。事業を始めるには好機ではあったのだ。

写本取引の北方の中心地であった低地諸国では、15世紀を通じて写本の生産量はうなぎのぼりに上昇し、1490年から1500年にかけてピークに達した。すでに時は印刷時代に入っていたのだが。
  ――第1章 印刷時代以前の書物

 だが、商売として考えると、色々と難しい。現代日本は出版社→取次→書店→読者って流通網がある。いや密林もあるけどさ。だが、当時はそういう仕組みはない。

いまや300部、400部、場合によっては1000部という単位で印刷される本を、いったいどうやって個々の購買者のもとまで届ければよいのか。しかもこの時点では、いったい誰が本を買ってくれるのかはわからないのである。
  ――第3章 ルネサンスとの危険な出会い 印刷術の危機

 写本の頃は、注文生産だった。だから先行投資は要らない。だが、印刷本は違う。まず紙や生産設備や職人を雇い本を作る。その間、金は出て行く一方だ。読者に売れてやっと収入になる。それまで、売り上げのないまま人を雇い印刷機を動かし続けられる資本力が要る。

 ちなみに当時の印刷本の価格は「グーテンベルクの時代」によるとウィリアム・ティンダルの聖書が労働者の月収ぐらい。

 と、当時の印刷・出版はかなり厳しい事業だったのだが、それでも所によっては爆発的に発展・普及した。それだけ市場は熟していたのだ。もっとも、当時は著作権なんて考え方はないので、売れた本はすぐにパクられ市場を荒らされ…と、すぐに過当競争に陥り多くの業者が淘汰された模様。生まれたばかりの業界で業界のギルドもなく、良くも悪くも自由競争の世界だったのだ。現代日本よりはるかに資本主義してる。

 となれば、業者としちゃ少しでも実績があり安定した売り上げが見込める本に頼りたくなる。それはどういうものか、というと。

ドイツで印刷された最初期の書物は、圧倒的に宗教がらみのものであったこと、
そして同時代の作家より過去の著者のものが中心であったこと。
さらには、それら初期印刷本の大半の著者がドイツ人ではなかったこと
  ――第2章 印刷術の発明

 やはり42行聖書の成功が大きいのか、修道院が写本を作っていたからなのか、宗教関係が多い。「過去の著者」は、ギリシャ・ローマ時代の著作だ。妙にキケロの人気が高い。ドイツ人以外ってのは少し意外だが、日本でも初期のSFは矢野徹や浅倉久志や伊藤典夫による米英の古典の翻訳が多かったから、そんなモンなんだろう。

 もう一つ、業者に有難い仕事がある。頁数が少ないチラシや小冊子だ。少ない資本で作れるし、たいていは地元で配るので現金化も早い。

新たに生み出されたテクストの多くが短い作品であった事実が、さほど経験がない業者にこの好景気の市場に参入をうながす、さらなる刺激となったのである。その結果が新たな書物の大洪水であった。
  ――第6章 ルターの遺産

 ルターの宗教改革で印刷は大きく貢献したのには、そういう理由もあるんじゃなかろか。印刷業者には嬉しい仕事だし。

宗教改革期の論争には、ドイツの印刷産業全体を変容させてしまうほどの強烈な影響力があった。信頼のおける概算によれば、宗教改革勃発後の最初の十年間に市場に出回った福音主義関連の小冊子は、ざっと600万部から700万部に達するという。
  ――第5章 本の町ヴィッテンベルク

 などとカトリックとプロテスタントの争いでは印刷が大きな役割を担ったが、メディア上の戦いはプロテスタントの方が優勢だった。これはルターの戦略もあるんだろう。あの人、賛美歌を親しみやすくするため民謡を採り入れるとか、人気取りは巧みだったし。

ルターその人の著作の絶大な人気を基盤としつつ、福音主義陣営は出版量の点でカトリック側を実に9対1の差で、圧倒的にリードしていた
  ――第10章 論争文学

 激しくなるカトリック・プロテスタントの争いは、人々を地理的にも情報的にも分断してゆく。やがて印刷はニュースも扱い始めるが、、現代のようにロイターやCNNはない。両陣営は、自分に都合のいいニュースだけを流すのだ。

16世紀末の両極化した宗教闘争においては、プロテスタントとカトリックのニュース網は別個の場合が大半であった。
  ――第16章 言葉と街角

 まあ朝日と読売の違いとかは現代も残ってるし、その方が健全な気もする。もっとも、それは私が双方にアクセスできるからで、当時は地理的にも分離が進んだのだ。

16世紀の宗教対立は、人々の大規模な移住をうながした。(略)追放された者たちは、異国の地でその思想を過激化させ、宗教論争のなかでも最も過激なものの熱心な購入者となった
  ――第10章 論争文学

 さすがに現代のドイツじゃカトリックとプロテスタントが暴力的に争うことはない。現代で宗教がらみの大規模移住だと、インドとパキスタンが思い浮かぶ。インド・バングラデシュ(東パキスタン)国境はガンジーが抑えたが、インド・(西)パキスタン国境付近は双方で大規模な虐殺があった。現代でも敵意を煽っているのは移住者の関係者が多いんだろうか。

 話がヨレた。印刷はニュースも扱ったが、現代の新聞や電波のような速報性も信頼性も持たなかった模様。

印刷された言葉は、キリスト教徒勝利の解釈を形成するのにたしかに重要な役割を果たしたが、事件の第一報を伝える手段となることはほとんどなかった(略)。人々は口コミで情報をキャッチし、あるいは街角の噂話に耳をそばだて、鳴り響く鐘の音や祝砲などを聞くことで、速報を手に入れたのである。
  ――第7章 ニュース速報のはじまり

 口コミの方が早いし、信用もあったのだ。でも、印刷業者にとっては有り難い仕事だったろう。量が少なく現金化が早いので、当面の資金を手っ取り早く手に入れるには都合のいい仕事だったはず。

 もう一つ、印刷業者には重要な商売のルートがあった。見本市だ。最も大きいのはフランクフルトの見本市で、今日のフランクフルト・ブックフェア(→Wikipedia)のルーツ

(15世紀の)ヨーロッパの市場をめぐる書物の動き、すなわち本のビジネス全体は、見本市を中心に展開していたのである。
  ――第4章 書籍市場の形成

 業者は見本市で半分近くを売り上げ、また他の(主に遠方の)同業者から本を仕入れるのだ。そうやって、本は国際的な取引品目となってゆく。お陰でイングランドのような小国は、特にラテン語の市場を低地諸国の業者に奪われ、自国の印刷業はパッとしないまま。

 そんなこんなで、誕生間もない出版・印刷業界も、資本力による淘汰がなされてゆく。特に色濃く差が出るのが…

16世紀には経済力学の鉄則が作用して、巨大で立地のよい印刷拠点の支配、十分な資本をもつ業者の支配が強まった。ある種の書物は、豊富な資本を持ち、十分に信頼のおける資金運用が可能な出版業者のみが生産できた。浩瀚な学術書や技術書の類は、こうした条件をそなえた工房の独占ジャンルとなっていった。
  ――第12章 市場原理

 現代日本でも、辞書は大きな出版社の独壇場だったり。あれは大出版社の矜持みたいなモンなんだろう。中でも資金力が必要なのが…

16世紀に出版された自然科学系の学術書の大多数は、すでに書籍業界のヒエラルキーの頂点にあって市場を支配していた、ごくひとにぎりの出版社から刊行されていた。この分野は、(略)資金と知性の両面で、莫大な資本投下を必要としたからだ。
  ――第13章 自然科学と探検

 これには下世話な理由もあって、活字の他に版画による挿絵が重要だからだ。そのため、費用もかさむ。動物や植物の図鑑ともなれば、やはり図が主役だし。

数百という図版を必要とする自然関係の大百科全書ともなれば、そのコストはおそろしくはねあがった。複雑な書物の企画では、図版の制作費用が総費用の実に3/4近くになることもままあり…
  ――第13章 自然科学と探検

 ドイツは幸運にも、優れた版画家に恵まれた。

植物図譜の発展は、アルブレヒト・デューラー(→Wikipedia)の革新的な作品に深く依拠していた。
  ――第13章 自然科学と探検

 もう一つ、図版が重要な出版物がある。地図だ。新大陸が注目を集めた時代だけに、世界の形への興味は強かった。

新世界の探検がもたらした衝撃がもっとも大きかったのが、地図製作術の分野であった。
  ――第13章 自然科学と探検

 こういった状況からか、印刷本も世間から信用を得てゆく。もっとも、学者たちは誤植の多い植字工に文句たらたらだが。

15世紀後半の聖書は、グーテンベルク版か、それを底本とした聖書を活用した。こうして知らぬ間にグーテンベルクは、ウルガタ版を聖書の権威ある標準テクストへと仕立て上げるのに大きな役割を果たしたのである。
  ――第2章 印刷術の発明

 現代日本と同様、怪しげな医学書や健康法も売れ筋だった。当時は床屋が外科医を兼ねていたが、大学で医学を学んだインテリの医師もいた。

(医学)市場が発展してゆく過程で、印刷術が果たした役割は大きかった。とりわけ、入念に構築されていた医学界のヒエラルキーを浸食しあるいは無視するのに、印刷本が大きく関与したのである。
  ――第14章 治療

 もっとも、当時の医学はローマ帝国時代のガレノス(→Wikipedia)を頂点と崇めるような状況だったので、良かったのか悪かったのか。

当時の医学知識などたかが知れたレベルであり、治療のしようがない病気が多かった
  ――第14章 治療

 とまれ、本の流通量が増え価格が安くなったため、社会的な弱者にも御利益はもたらされた。

教理学校はまた、慣習的な教育の制度からはじきだされてしまった子供たち、すなわち貧しい労働者の子弟や少女たちに、重要な教育の機会を提供していたのである。
  ――第9章 学校にて

 ゲームや「小説家になろう」の転生物などでは、教会が貧しい者に初等教育を授ける話が多い。いわゆる「ナーロッパ」が歴史的な事実に沿っている珍しい例だろう。

 そんな印刷を、商売で戦略的に使う者もいる。

印刷版のシェイクスピア(ならびにベン・ジョンソン(→Wikipedia))の戯曲は、当時の舞台で一般的であった二時間という上演時間にうまくおさめるには、あまりに長すぎる。ということはつまり、印刷版の戯曲には、舞台で通常使われないことを著者が承知の箇所が含まれていた可能性があるのだ。
  ――第16章 言葉と街角

 私はシェイクスピアを芸術家というより巧みな興業家つまり商売上手だと思っているんだが、それを裏付けるような逸話だ。なお、第二回の公演に合わせたタイミングで出版された模様。つまり初回の公演の評判がよく再演が決まった演目を出版したのだ。しかも書籍用にアレンジを施して。

 などとヨーロッパでは出版・印刷業者が激しい生存競争を繰り広げていたが、イスラム世界は平穏なもので。なにせ印刷は禁じていたのだ。これは当時のインテリであるイスラム法学者たちが自分たちの利権を侵されるのを嫌ったためだ。だからか、イスタンブールにはヘブライ語の印刷業者がいた。

ヘブライ語の活版印刷は、オスマン帝国においては他に類のない現象であった。というのもこの国では17世紀にいたるまで、この言語以外の印刷活動はほとんど知られていなかったからである。
  ――第12章 市場原理

 この業者、実はスペインから異端審問を逃れてきたユダヤ人だったりする。金融業とか、規範が面倒臭い社会だからこそ、異物が必要になるってのも、面白い現象だよなあ。

 などとダラダラと書いてきたが、やはり私にとっては、印刷業界の営利企業としての側面の印象が強く残った。自由競争といえば聞こえはいいが、ギルドもなくパクり上等の仁義なき業界だったとは。しかも本格的な書籍となれば現金化は年単位で先になる。それでも多くの業者が参入したのは、それだけ商業資本も集約されつつあったんだろう。

 ルターの宗教改革が絡むため、どうしても自由の象徴のような印象になりがちな出版・印刷業界だし、実際にそういう面もあったんだろうが、生き延びたのは資本力や立地やコネに恵まれた業者だったのは、ビジネスの厳しさを感じさせる。他にもエラスムスが意外と面倒くさい奴だったりと、面白い逸話も多い。歴史と出版に興味がある人向け、かな。

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2024年10月 9日 (水)

ジョン・マン「グーテンベルクの時代 印刷術が変えた世界」原書房 田村勝省訳

(教皇カリクストゥス三世のためにグーテンベルクが印刷した1456年の教皇勅書で使っている)それぞれの文字の種類は二つや三つではなく、数十種類あったのである。
  ――第7章 金字塔グーテンベルク聖書の完成

19世紀になって、インドにいたイスラム教徒がパンフレット、それから新聞を印刷しはじめる<までの400年間にわたり、印刷はイスラム世界になんのインパクトも与えなかった
  ――第9章 国際的に広がる印刷術

(トレントの宗教会議が作った)『禁書目録』(Index Librorum Prohibitorum)は、なにが新しくて興味深いかを宣言してくれているので、プロテスタント系の出版社にとってはいい宣伝になったのである。
  ――第10章 ルターと宗教改革

【どんな本?】

 ユハネス・グーテンベルク(→Wikipedia)、活字印刷の発明者として有名な人物である。彼が実用化・事業化した印刷技術は、ルネサンスや宗教改革そして科学の勃興へとつながった。だが、彼について記した記録は少ない。生年月日は不明だし、肖像画は全て想像したものである。

 革命的な技術革新を惹き起こしたグーテンベルクは、どんな人物だったのか。資料が少ない分、推理や想像で大きく補う必要がある。著者はやや俯瞰した目で、彼が生きた時代や事業を興した都市マインツの状況など、背景事情からじっくりと描いてゆく。

 そこで動き出すグーテンベルクは、天才的な発明家でも革命を呼びかける扇動者でもなく、執念深く開発した新技術を巧みに売り込んだ起業家が近い。

 謎の多いグーテンベルクを主役としつつ、彼の生きた時代の様子を、主に都市部を中心に描く、一般向けの歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Gutenberg Revolution : The Story of a Genius and an Invention That Changed the World, by John Man, 2002。日本語版は2006年11月10日第1刷。単行本ハードカバー縦一段組み本文+補遺で約293頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント45字×18行×293頁=約237,330字、400字詰め原稿用紙で約594枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容もわかりやすい。キリスト教、それもローマ・カトリックが強く関わっているので、キリスト教の歴史に詳しいと更に楽しめるだろう。

【構成は?】

 ほぼ時代順に進むので、素直に頭から読もう。

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  • 第1章 色あせた黄金の都市マインツ
  • 第2章 シュトラスブルクでの冒険
  • 第3章 クザーヌスとキリスト教世界の統一
  • 第4章 印刷術発明への歩み
  • 第5章 なぜグーテンベルクだったのか
  • 第6章 聖書への道のり
  • 第7章 金字塔グーテンベルク聖書の完成
  • 第8章 グーテンベルクの名誉回復
  • 第9章 国際的に広がる印刷術
  • 第10章 ルターと宗教改革
  • 本書について 人類第三の革命
  • 補遺1 『42行聖書』の収支
  • 補遺2 周辺諸国にわたったドイツの印刷職人たち
  • 字体に関する注(原著)
  • 訳者あとがき/参考文献

【感想は?】

 資料の少ない人物の評伝である。そう、伝記ではなく評伝なのだ。

 というのも。著者の筆はあくまで冷静かつ論理的であり、記録がなければないと白状してしまう。想像で補い面白い物語を語ろう、とはしていない。つまり、作家ではなく学者が書いた本なのだ。

 そういう点で、日本語の書名は巧い。人物を描く際も、人物が置かれた状況や時代の情勢など舞台背景から、少しづつ人物に近づいてゆく。最終的にもアップで表情・感情を詳しく映すのではなく、全身像に留めている感がある。つまり、人物より背景に重心を置いた本であり、まさしく「時代」を描いた本なのだ。

 著者の筆が落ち着いているためか、主人公のグーテンベルクも革命を望む狂信的な人物には思えない。挑戦的ではあるが、ありがちな企業家に近い。ただし、有名な42行聖書(→慶應義塾大学メディアセンター デジタルコレクションの036「42行聖書」)を見る限り、その品質へのこだわりには尋常ではない情熱を感じる。

 とにかく、美しいのだ。安く量産するんだから適当でいいや、なんて気配は微塵もない。手書きの写本より美しく作ってやる、そんな執念が漂っている。その一つが行の両端を揃えた組み方だ。

デザインのなかのあるひとつの要素は、グーテンベルクによる発案の可能性がある。それは右端の余白をそろえることだ。
  ――第7章 金字塔グーテンベルク聖書の完成

 写本は左端から書いてゆく。左端は揃うが、右端はガタガタになる。これが活字だと、単語の間の空白を広げたり減らしたりして調整すれば、右端も揃えられる。その分、必要な活字や職人の手間は半端なく増えるんだが。

 その活字も美しさに拘っていたようで、ウムラウトや合字(リガチャ)などのバリエーションも揃えている。

ひとつの字体について約300もの異なるパンチ(=父型)が必要で、それぞれについて鋼鉄彫り文字とそれから鋳造された活字があり、このような文字で構成される各行が、1mmの何百分の1の精度で作られ、整えられなければならない。
  ――第5章 なぜグーテンベルクだったのか

 タイプライタでわかるように、字体なども、もっと簡単にやろうと思えばできたのだ、少なくとも言語の構造的には。

アルファベット――ローマ字だけでなく、どのアルファベットにも同じ基本原則がある――が天才的なのは、典型的には25~40程度の少数の記号を用いて、言語上の音(略)をすべて表記できることにある。
  ――第4章 印刷術発明への歩み

 そこそこの品質で妥協しなかったあたりに、彼の執念を感じる。

 さて、彼の功績としては42行聖書が有名だが、それ以前から印刷の事業は始めていた。俗称「ドナトゥス」と呼ばれる28頁のラテン語の分析書で、当時の学生の必携書だ。「1450年頃に出荷された」ので、42行聖書の5年前だ。現代でも学生向けの参考書は書店の床面積の多くを占領している。つまり、売れるのだ。グーテンベルクは、出版人として優れた経営感覚を備えていたようだ。

 かと思えば、こんなのも出版してる。

印刷術によって、理性、科学、および学問の普及が可能になったのであるが、それはむしろ遅々としていた。売れ行きがよかったのは、占星術、錬金術、秘話めいた伝説(グーベルクは『シビルの神託』(→Wikipedia)の出版で先陣を切った)など、古き良きがらくたのようなものだった。
  ――第10章 ルターと宗教改革

 現代日本でも宗教組織は出版者や印刷業者にとって美味しい顧客だ。一定数の売り上げが見込めるし、たいていは払いもいい。当時のドイツの教会の影響力は、日本の宗教組織より遥かに強かっただろう。それだけにグーテンベルクも関係を結びたかったようだが、この頃の教会は内部に対立を抱えており、つく陣営は慎重に選ぶ必要があった様子。

 にしても42行聖書、もっとこじんまりとした本だと思い込んでいたが、実際は「二部構成の、壮麗な、全体で1275ページに達する」とは。いくら新規の発明で市場を独占しているとはいえ、それこそ社運を賭けた野心的な計画だったんだろうなあ。

 というか、実際に資金はショートし、出資者と裁判沙汰になってる。その資金を回収するためか、こんな事態にも。

印刷の美しい聖書が、しかも節ごとにバラ売りされていたのである。
  ――第7章 金字塔グーテンベルク聖書の完成

 いずれにせよ、印刷術の衝撃は大きく、彼の弟子たちは欧州中に散らばって事業を始め、鼠算式に弟子を育てて印刷を普及させてゆく。やがてルターが登場し、炎上しながらも大スターになる。

ある推計によれば、1518-25年のあいだにドイツで出版された全書籍の1/3は彼(ルター)の著作だという。
  ――第10章 ルターと宗教改革

 現在とは出版事情が異なるとはいえ、一国の出版物の1/3を占めるとは。割合で言ったら聖書や毛沢東語録も超えるんじゃないかな。ちなみに、印刷がどれぐらい書物の普及に貢献したのかを価格面で見ると…

手書きの聖書が30ポンド以上していた――そして労働者の年間賃金が2ポンドだった――時期に、(ウィリアム・)ティンダル(→Wikipedia)の新約聖書は4シリング(0.2ポンド)、ときにそれを大幅に下まわる価格で小売りされた。
  ――第10章 ルターと宗教改革

 年収15年分もした本が、月収程度で買えるようになる。とんでもない価格破壊だ。そりゃ確かに革命と言っていい。

 もっとも、その基盤を揃えたグーテンベルク自身は、印刷物の美しさには強い拘りがあるとはいえ、いささか挑戦的ながら優れた経営者、といった印象が強い。42行聖書でわかるように、教会と良好な関係を結ぶあたりは、やや保守的な傾向も感じる。

 少ない資料から足跡を辿り、当時の時代背景も考慮しつつ、世界を大きく変えた人物を描き出そうとした著者は、物語としての面白さより歴史書としての誠実さを優先し、しかし意外なエピソードも豊富に収めた、読みやすい一般向けの歴史解説書になった。また、著者の目論見とは異なるが、歴史家がどんな資料を漁りどう解釈するのかも楽しめた。本と歴史が好きな人にお薦め。

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2024年9月30日 (月)

クラウディア・ブリンカー・フォン・デア・ハイデ「写本の文化誌 ヨーロッパ中世の文学とメディア」白水社 一条麻美子訳

「革命的」な影響をもたらして、その時代の人々から熱狂と同時に疑惑の目で迎えられたメディアの革新が、過去に二回あった。口承から書記への転換と活字印刷の発明である。このうちの最初の「革命」、つまり本の文化の形成と中世(西暦800年から1500年)における文学世界の成立がこの本のテーマである。
  ――序

カロリング朝のテキストを見る限り、書記は1日に1ページ25行を最大7ぺージ書写できた。
  ――第1章 本ができあがるまで 4 書記

(印刷が出現しても)16世紀初めまで本の出版点数が10から15%しか伸びなかった(略)。新たなジャンルの登場が必要だった。それがビラ、パンフレットの類いである。
  ――第1章 本ができあがるまで 8 印刷術という革命

絵を読むのはテキストを読むのと同じように、訓練を必要とする。
  ――第3章 本と読者 1 開く・読む

【どんな本?】

 中世ヨーロッパの写本は、当初は教会や修道院が主な製作の場となったために、時祷書などの宗教書が中心だった。だが時代が進むにつれ、王侯貴族が出資・発注するなど製作体制の変化があり、中身もドイツ語などの俗語で書かれた詩や物語が増えてゆく。

 カッセル大学の中世ドイツ文学講座で教鞭をとる著者が、中世の写本とそれをめぐる環境・状況を詳しく語りつつ、中世におけるドイツ語の文学が「本」として記録に残る形になってゆく経緯を描く、一般向けの歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Die literarische Welt des Mittelalters, Claudia Brinker-von der Heyde, 2007。日本語版は2017年8月10日発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約237頁に加え、訳者あとがき8頁。9ポイント48字×20行×237頁=約227,520字、400字詰め原稿用紙で約569枚。文庫なら普通の厚さの一冊…だが、モノクロとはいえ図版が魅力的なので、たぶん文庫にはならないだろう。

 文章はこなれていて親しみやすい。内容も分かりやすいが、中世の詩人を語る部分は、各詩人の作品mなどについて相応の前提知識が必要。素人の私は読み飛ばした。

 なお、あちこちで図版を参照しているので、図版目次が欲しかった。

【構成は?】

 全体として写本そのものから、写本をめぐる環境・社会状況、そして著者の関心事項である文学の写本へと向かってゆく。写本に疎いなら、素直に頭から読もう。

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  • 第1章 本ができあがるまで
  • 1 材料の調達
  • 2 書く・描く
  • 3 写本製作の場
  • 4 書記
  • 5 本の外見
  • 6 写本の値段
  • 7 保管とアーカイブ化
  • 8 印刷術という革命
  • 第2章 注文製作
  • 1 文学の中心地
  • 2 文学愛好家とパトロン
  • 3 文学マネージメント マネッセ写本
  • 4 愛書家 ある15世紀貴族の図書室
  • 第3章 本と読者
  • 1 開く・読む
  • 2 身体としての本
  • 3 五感と読書
  • 第4章 作者とテキスト
  • 1 詩人 匿名・自己演出・歴史性
  • 2 作品 伝承・言語・文学概念
  • 訳者あとがき/参考文献/町名・人名リスト/注と典拠/索引

【感想は?】

 写本関係も三冊目ともなれば、読む側も基礎知識ができて多少は飽きるかと思ったが、なかなかどうして。

 そもそも、中世ヨーロッパの世界が興味深い。「小説家になろう」の転生物でカブれた者にとっては、なにかと意外な事が多い。その一つが、都の不在または旅する都だ。

「旅する宮廷」というのは、初期中世において通常の支配形態だった。(略)君主は(略)宮廷の面々を引き連れて移動する。推定によると、王に付き従っておよそ1000人の集団が(略)都市のネットワークを渡り歩いた。
  ――第2章 注文製作 1 文学の中心地

 そうでもしないと、各地の有力者を抑えきれなかったんだろうか。押しかけられる諸侯や都市にとっても、大騒ぎだったろうなあ。ホテルの類は発達してないだろうから、君主は領主の館に泊まるとして、従者はどうしたんだろう。

 君主はともかく、物語を歌い語る詩人たちも暮らしは過酷だ。いや貴族階級の詩人もいるんだけど、身分のない者は。

街道にあふれていた危険に対し遍歴芸人は身を守る術を持たず、法の庇護も与えられなかった。(略)床屋、町医者、曲芸師、乞食、歌手等々がひとまとめにこのような扱いを受け…
  ――第4章 作者とテキスト 1 詩人 匿名・自己演出・歴史性

 定住しない芸人は極東でも似たような扱いだが、床屋と町医者はどういう事なんだろう? まあいい。少なくとも中世で貴族出身でない詩人は最下層の立場だったわけだ。そして、そんな時代に、写本製作は主に修道院が担っていた。

精力的に活動する修道院にとって本は贅沢な調度品ではなく、教育義務を果たし、説教をし、聖書研究を行うために必要不可欠な道具だった。(略)それゆえ本を保管する図書室と写字室は、常に修道院の中心だった。
  ――第1章 本ができあがるまで 3 写本製作の場

 しかも、それは教養ある者が独占する、格式高い世界でもあった。

12世紀以前のヨーロッパ文学は、修道院と聖職者に占有されたラテン語の世界だった。
  ――第2章 注文製作 1 文学の中心地

 このラテン語がヨーロッパの学問に与えた影響は極めて大きいと思う。現代は英語が学問の国際語みたくなってて、母語が英語の者が有利だけど、昔はラテン語が国際語だった。だから国や地域の母語による有利不利は小さい反面、学問を学ぶ前にラテン語を身に着ける必要があり、大きな関門になっていたはず。

 それはともかく、作られる写本にも、ハッキリとした格の違いがあった。

本のサイズは内容によって決まってくる。フォリオ(二つ折り版)が使われるのは豪華版聖書、典礼書、時祷書などで、文法書、短い論考などの実用書には四回折ってできるセクストデシモ(16折り版)が使われた。
  ――第1章 本ができあがるまで 2 書く・描く

 しつこいようだが、あくまでも中世初期の話である。当然ながら、話し言葉と書き言葉も違う。

中世では、話し言葉と書き言葉の間に明確な違いがあった。話されていたのはさまざまなドイツ語、書かれていたのはラテン語だったのだ。
  ――第4章 作者とテキスト 2 作品 伝承・言語・文学概念

 かような初期中世から、中世後期には俗語で書かれた物語の写本が世に出るようになる。教会や修道院の知識ある僧が用いる聖なる器具だったのが、俗世の者が俗な目的で造り使う道具も出てきたのだ。しかも、中身は英雄や恋愛や小話・ギャグからニュースや風刺など、バラエティ豊かに育ってゆく。

35.5×25cmという、(マネッセ)写本(→Wikipedia)の大きさも注目される。
  ――第2章 注文製作 3 文学マネージメント マネッセ写本

 そうなった原因の一つは、本が身近になった事だろう。なにせ羊皮紙は値が張る。

13世紀以降、新たな素材が重要性を増し、写本製作におおきな変革をもたらした。紙の登場である。
  ――第1章 本ができあがるまで 1 材料の調達

 この紙、安く手に入る代わりに、格は低かったのは前の記事にある通り。その分、俗な物語本への道が開かれたんだろうか。とまれ、その変化の様子を本書はあまり語らない。あくまで、社会での写本と物語と詩人の立場を記すのみだ。

 その物語の立場も、中世初期には写本に相応しいものではなかった。そもそも記すものではなかったのだ。

11世紀末までの俗語文学は、口承で伝えられることがほとんどだったし、またそうされるのがふさわしいジャンルだと考えられていた。旅芸人、歌手、詩人は歌、伝説、メルヘン、物語を、書写されたテキストを使うことなく歌い語った。
  ――第3章 本と読者 1 開く・読む

 それも、語るのではなく、歌うものだったらしい。ただし、曲と詩の関係はけっこうフリーダムだ。

抒情詩ミンネザング(→Wikipedia)は疑いなく「聞く」文学であったと言える。(略)中世の詩人たち(略)は自ら作曲するか、手持ちのレパートリーのなかの有名なメロディーに合わせて詩を書いた。使えるメロディーには限りがあったので、逆にテキストをメロディーに合わせて創作したのである。
  ――第3章 本と読者 1 開く・読む

 歌手が勝手に詩を変えたのだ。これは写本も同じで、当時の人たちは文章も勝手に書き換えた。少なくとも物語の写本は、そういう流儀だったのだ。これを印刷が変えてゆく。のだが、それは後の時代の話。

 しかも詩人たちは、その場その場のアドリブで歌を変えてゆく。

確かなのはミンネザングが、その時々の上演状況に合わせて形を変える可能性のある「ワーク・イン・プログレス(進行中)」の作品だったということである。
  ――第4章 作者とテキスト 2 作品 伝承・言語・文学概念

 これ、現代のジャズやロックやヒップホップのミュージシャンがライブでやってるのと同じだよね。というか、当時の詩人はまさしく現代の流行歌手みたいなモンで。ラブソングを歌う歌手は恋する乙女を演じているのであって、歌の主人公そのものじゃないように、恋の詩を奏でる詩人も、恋してるワケじゃない。まあ、ウケを狙い敢えて勘違いさせるって手口もあるけど。

 そんな物語の写本は、現代の出版とは大きく異なる経路・体制で製作が始まった。

中世の文学は後に買い手が見つかることを期待して書かれるのではなく、すべて注文制作で、まず「購入」され、それから制作された。
  ――第2章 注文製作 2 文学愛好家とパトロン

 パトロンが「こういう本を作れ」と命じて、プロジェクトが始まるのだ。ちなみにパトロンはたいてい王侯貴族ね。で、パトロンは、原本に対し「こう変えろ」と指示したりする。現代のように「オリジナルに忠実に」なんて思想はないのだ。

 お陰で同じ物語でも、写本によってあらすじが違ってたりする。

現代のわれわれから見て写本の第一の特徴とは、どれひとつとして同じものがないその個性である。(略)しかし、すべての写本の基礎となる、学校教育の最初に習うような標準文字があったこと、そして活字はすべて、古典古代を手本として中世に作り上げられた写本の書体を基にしていることについては、あまり知られていない。
  ――第1章 本ができあがるまで 2 書く・描く

 とすると、物語の原型はどうだったのか、なんて話も出てきて、現代は研究者の考え方も変わってきたらしい。

 それはともかく、このくだりではもう一つ、とても興味深い話題が展開する。様々な書体のデザインは、どこから来たのかって話だ。モダンな印象の Times New Roman も、ルーツにはカール大帝が関わってたり。

 文学研究者らしく、あちこちに当時の詩の引用が入るのはご愛敬だろう。モノクロながら豊富に収録した写本の写真も、見ていて楽しい。また、出資・プロデュースなど製作体制の話も面白かった。中でも最も興奮したのが、書体をデザインし生み出すくだりだ。こんな風に具体的に指摘されると、写本を見る目も一段と精度と解像度が上がる。特に中世ヨーロッパの文学に興味がある人は、ぜひ読んでおこう。

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2024年9月27日 (金)

クリストファー・デ・ハメル「中世の写本ができるまで」白水社 加藤麿珠枝監修 立石光子訳

中世写本を初めて見せてもらった人たちがたずねる三つの質問は、おおむねつぎのとおり。
これらの本はどれも修道士が作ったというのは本当ですか?
これほどの傑作を制作するのにどれだけ時間がかかったのでしょう?
どうやって作ったのですか?
(ときたま訊かれる四つ目の質問、「お値段はいかほど?」はさておくとして。)
  ――序

本書は、羊皮紙職人の仕事の材料である牧場の牛と羊から始まり、写字生の仕事全般、すなわち、罫線引き、羽根ペン作り、および筆写をたどってきた。
  ――3 彩飾と装丁

多くの写本画家たちが修道院の吹きさらしの回廊で作業していた
  ――3 彩飾と装丁

中世写本の表紙は一般に木材で作られた。
  ――3 彩飾と装丁

【どんな本?】

 中世のヨーロッパで知識の継承と伝達を担い、またローマ・カトリックの時祷書など教会や修道院と関係の深い写本。往々にして華麗な挿絵が鮮やかに彩色され、時には金箔が施されており、美術品とすら言える。そんな写本は、どんな原材料を使い、どんな道具を用いて、どんな工程を経て作られたのか。

 ザザビーズの中世写本部門で責任者を務めた著者が、写本制作の企画・監督・分業・管理体制から羊皮紙の調達・制作、レイアウトの決定、インクのレシピや羽根ペンの持ち方、挿絵画家への指示そして装丁・製本に至るまで、写本の作り方を初心者向けに懇切丁寧に語る、マニアックながら刺激に満ちた一般いや逸般向けの歴史・技術解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Making medieval Manuscripts, by Christopher De Hamel, 2018。日本語版は2021年7月10日第一刷発行。私が読んだのは2021年8月10日発行の第二刷。マニアックな本なのに、ちょっとしたヒットだなあ。

 単行本ハードカバー縦一段組み本文約179頁に加え、監修者あとがき7頁。9.5ポイント33字×16行×179頁=約94,512字、400字詰め原稿用紙で約237枚。文庫なら薄い一冊分だが、頁の半分近くは写本のカラー写真なので、文章量はその半分ぐらい。カラー写真が重要な本なので、文庫にはならないだろう。

 文章はこなれていて親しみやすい。内容も特に難しくない。ただ、費用などを当時の金額で書いてあり、これが私にはピンとこなかった。多分、中世の歴史に詳しい人には分かるんだろう;現代と異なり、昔は物価や貨幣価値がほぼ安定していて、インフレなど滅多になかったのだ。

【構成は?】

 ほぼ工程通りに進むので、素直に頭から読もう。

  • 1 紙と羊皮紙
  • 2 インクと文字
  • 3 彩飾と装丁
  • 用語解説/謝辞/監修者あとがき
  • 図版出典/精選文献目録/索引

【感想は?】

 思わず唸ってしまうほどマニアックだ。

 いや今どき写本の作り方なんて知りたがる奴、滅多にいないでしょ。にも関わらず、著者の説明は具体的で懇切丁寧だ。

 読み終えてから気づいたんだが、著者はザザビーズの中世写本部門で25年に渡り責任者を務めてきた。これが意味するのは、おそらく中世写本の修復にも携わってきた、ということだ。単なる研究者じゃない。実際にヒト・モノ・カネを手配し作業する、いわば工房の棟梁なのだ。そりゃ詳しいわ。

 ということで、まずは羊皮紙作りから始まる。ちなみに名前は羊皮紙だが仔牛や山羊も使っていて、なら獣皮紙と綴るべきでは?とも思う。「以上で、羊皮紙作りで一番臭いのきつい第一段階はおしまいだ」とかあって、実に生々しい。

 タラス河畔の戦い以降、西方にも製紙技術が伝わり、ヨーロッパでも亜麻のボロを原料として製紙が始まったが、やはり羊皮紙の方が格が高いようだ。

羊皮紙は並外れて耐久性に富み、たとえば皮革と比べてもはるかに丈夫だ。保存状態が申し分なければ千年、あるいはそれ以上も長持ちする。
  ――1 紙と羊皮紙

もっとも美しく豪華な写本はつねに羊皮紙に書かれ、長寿を約束された時祷書やその他の伝統的な書物にも羊皮紙が用いられた。
  ――1 紙と羊皮紙

 その羊皮紙、丈夫で長持ちは良いんだが、反ったり丸まったりしがちなのが辛い。ちなみに外(毛が生えてた方)が縮み、毛側が内に巻く。

通常は本を閉じておくための留め具もつける。折りたたんだ羊皮紙は、いくらしっかり折り目をつけても、留め具のほどよい力で本を閉じておかないと、温度変化や湿気のせいで反ってしわになりやすいからだ。
  ――3 彩飾と装丁

 昔の本をベルトで締めてるのは、そういう下世話な理由があったのか。単なるカッコつけじゃなかったのね。

 さて、写本の制作なんだが、「中世の写本の隠れた作り手たち」にもあるように、多くの人による共同作業だ。しかも1頁目から順に始めるのではなく、折丁単位で同時並行的に進めたらしい。特に後期だと、書籍商が製作総指揮を担ったとか。モロに現代日本のアニメーション制作だな。

写本は、小さなまとまりを順番に束ねて作られた大きなまとまりなのである。写字生も写本画家も一度にひとつの折丁を担当した。
  ――1 紙と羊皮紙

 やはりアニメーション制作を思わせるのが、挿絵への塗りの指定。

12世紀のイングランド写本の多くには下絵素描がはっきり残っていて、「a」、「r」、「v」など小さなアルファベットが記されている。それぞれ青、赤、緑色(ラテン語では azura, rubeus, viridus)を表し、挿絵の各部を埋める色を示しているのだ。
  ――3 彩飾と装丁

 中には色の濃さや塗り方まで細かく指示してる場合もあって、まさしくアニメスタジオだよなあ。

 現代じゃコンピュータに指示すればどんな色でも作れるけど、当時は使える顔料や塗料は限られていた。本書は金箔の塗り方の三種類まで詳しく書いてある。さすがに金銀は別扱いとして、他に人気が高い色は…

群を抜いて珍重されたのは「海をこえてやってきた青」ことウルトラマリンで、原料のラピスラズリはアフガニスタンの山岳地帯でのみ産出された
  ――3 彩飾と装丁

 鮮やかにきらめく青だね。鉱物なので細かくすり潰すだけでも大変な手間だ。もっともシルクロードを行く商人にとっては、高価でかさばらず腐らず壊れない顔料は、都合のいい積荷だったろう。

 文字用のインクについても詳しく書いてあって、特に没食子(→Wikipedia)インクはレシピを詳しく書いてある。タマバチの虫こぶから作る奴ね。ちなみにもう一つのインクはカーボンインク、つまりは墨だ。

没食子インクは写本ページ上で空気にさらされると、いっそう黒くなる。羊皮紙によく浸透するので、カーボンインクとちがってこすっても簡単には消えない。没食子インクのほうが透明感とつやがある一方、カーボンインクはざらざらした触感で黒味が強い。
  ――2 インクと文字

 などの道具だけでなく、その使い方まで具体的に書いてあるのも本書の特徴。文字を書くのは羽根ペンで、鵞鳥の風切羽を干して使う。「右利きなら左側の羽が使いやすい」とか、きっと実際に使ったんだろうなあ。その羽根ペン、ペン先はすぐにヘタるので頻繁に削る必要がある。

12世紀のカンタベリー大司教トマス・ベケットに使えた学者のひとり、ティルベリーのジョンによると、口述筆記をする聖職者はペンをしょっちゅう削る必要があるので、あらかじめ切り揃えた羽根ペンを60本から100本用意していたという。つまり、多忙な写字生は一日に60回もペンを削っていたわけだ。
  ――2 インクと文字

 また文字を書く前に行のガイドラインとして罫線を引くんだが、この罫線の位置がディセンダ(→ビジプリ)の区切りではなく、まさしく行の区切りで、その理由が羽根ペンのクセにあるのも「言われてみれば」な発見で楽しい。羽根ペンを削る手間などを考えると、鉛筆や万年筆って、偉大な発明なんだなあ。鉛筆の歴史も味わい深いです。

 もうひとつ、意外な道具がナイフ。それも独特の三日月型。筆写する位置を示したり、ペン先や書き損じを削ったり。

実際の書写に際しては、写字生は左手にナイフを持つ。これは重要な点で、しかも中世ではどこでも共通だった。書くことは、食べることと同様、両手を用いる作業だったのである。
  ――2 インクと文字

 もう一つ、大事なブツがある。原本だ。高価なものだし、入手は難しそうだが、ギョーカイ内の者なら都合はついたようだ。

どうやら修道院間の往来は驚くほど盛んで、写本の持ち運びもずいぶん多かったようだ。
  ――2 インクと文字

 と、本の貸し借りは盛んに行われていた模様。こういう互いに蔵書を都合しあう性質は、現代の図書館にも図書館間相互貸借(→Wikipedia)として受け継がれているようで、私は嬉しい。そうか、あれはキリスト教の修道院の習わしが元だったのか。少し見直したぞキリスト教。

 そんなギョーカイで働く写字生はどんな人たちかというと…

中世の写字生は多くの場合、書物の複写が専業ではなかった。私用のために本を制作する蔵書家、公証人、学生アルバイト、副業にいそしむ王の書記官、棒給では生活できない教区司祭、債務者監獄の囚人等々がいたのである。
  ――2 インクと文字

 なんか現代日本の派遣事務員みたいだ。学生バイトはともかく、当時もインテリだからって暮らしが楽なワケじゃないのね。

 などの文字に加え、中世ヨーロッパの写本の特徴は、華やかで色鮮やかな挿絵や装飾だ。

中世写本の大部分には装飾が施されている。どの本にも含まれているわけではないが、完成した中世の書物が文字だけで構成されていることもまれである。
  ――3 彩飾と装丁

 安い紙が多く手に入る極東とは異なり、もともと高価な羊皮紙を使うんで、薄利多売は成り立たず、どうしても高級路線になっちゃうんだろうか←資本主義に毒されすぎ

 欄外の挿絵もあるし、装飾頭文字(イニシャル、→Google画像検索)もある。ちなみに装飾頭文字、紙面が貴重な当時は文字をギッシリ詰めて書いたので、段落の始めを示す役割もあったとか。その装飾頭文字にもハッキリとした序列があって…

彩飾の位階は厳密に定められている。
  ――3 彩飾と装丁

 これは上下関係に厳しい教会で発達したたため、だろうか。

 などの、下世話で具体的な知識と技術を記したのが本書だが、こういったノウハウや知恵の入手経路が、これまた「なるほど」なシロモノで。

未完成の写本はさまざまな制作段階を示してくれる。
  ――3 彩飾と装丁

 電気の有難さは停電時に痛感するように、往々にして優れた技術はその存在を意識させない。また様々な段階で制作が止まっていれば、工程の手順も分かる。だけでなく、後工程への指示が書き込まれていたりもするし。研究者には、イレギュラーも美味しいご馳走なのだ。

 また、アタリのヨレ具合から罫線のアタリをつける道具を思い描く所とかは、ちょっとしたハウダニットのミステリとしての面白さもある。

 などと長々と語っちゃったが、本書はまさしく書名のとおり、中世の写本の制作工程を下世話かつ具体的に記した本だ。それだけに細かい技術に関心がある人には生々しく迫力あるが、そんなマニアックな変わり者が果たしてどれぐらいいることやら。いや一か月で第二刷が出ているから、世間には意外と多く隠れ潜んでいるんだろうなあ。

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2024年9月26日 (木)

メアリー・ウェルズリー「中世の写本の隠れた作り手たち ヘンリー八世から女世捨て人まで」白水社 田野崎アンドレーア嵐監訳 和爾桃子訳

本書の冒頭数章では工芸品としての写本に注目し、その後は写本作成にかかわった具体的な人々について詳しく見ていく。
  ――はじめに

【どんな本?】

 洋の東西を問わず、印刷が発達する前は、手書きで本を写していた。日本や中国はモノクロで文字だけの本が中心だが、欧州ではカラーの挿絵を豊かに添えた凝った作りの本も多く、ケルズの書(→Wikipedia)に至っては、もはや美術品である。

 現代の私たちから見れば極めて貴重な資料である写本だが、戦争や襲撃・相続・火事など、様々な理由でその多くが失われてしまった。特にブリテン諸島ではヘンリー八世の宗教改革に伴う修道院の解散による散逸も大きい。

 これらの写本は、誰が注文し、どのような者たちがどのように作ってきたのか。どんな写本が今も残っているのか。いつ、誰が、どんな状況で発見したのか。

 大英博物館で写本の研究員も務めた著者が、写本に加えその作り手にも注目して記す、ちょっとマニアックな一般向け歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Hidden Hands : The Lives of Manuscripts and Their Makers, by Mary Wellesley, 2021。日本語版は2023年12月25日発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約258頁に加え、監訳者あとがき9頁。9ポイント46字×19行×258頁=約225,492字、400字詰め原稿用紙で約564枚。文庫なら普通の厚さの一冊分…だが、まず文庫にはならないだろう。なんといっても、カラーで収録した写本の写真が素晴らしいのだ。

 文章は比較的にこなれていいる。内容はマニアックながら、必要な背景事情は本文内に説明があるので、歴史に疎くても大きな問題はない。贅沢を言えば、豪華な写本を見た経験があると迫力が増す。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

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  • はじめに
  • プロローグ 羊皮紙錬成
  • 第1章 発見
  • 第2章 惨事すれすれ
  • 第3章 写本の注文主たち
  • 第4章 画工たち
  • 第5章 写字生と書記たち
  • 第6章 写字生と著者の関係
  • 第7章 隠れた著者たち
  • エピローグ 写本の衰退
  • あとがき 過去の使用と誤用
  • 謝辞/年表/監訳者あとがき/用語集/図版一覧/文献目録/原註/索引

【感想は?】

 書名は「中世の写本」だが、主に扱っているのはブリテン諸島で、大陸はあまり出てこない。ちなみにケルズの書も出てこない。さすが英国人、陰険だぜ←違うと思う。

 著者は写本の作り手に注目しているが、私は写本そのものに目を奪われた。実際には粗末な写本もあるんだろうが、本書は豪華なものや貴重なものを主に扱っている。貴重なものの一つは、聖カスバート福音書だ。見た目は地味で手のひらに乗る大きさだが…

聖カスバート福音書(→Google画像検索)の名で知られるこの書物は、重さ162g、長さ14cm横10cmと小さいが、記念碑的文化財の地位に恥じない特徴を備えている。聖カスバート福音書は、八世紀当時の装丁のままで現存し後世の手が加えられていない、ヨーロッパ最古の書物なのだ。
  ――第1章 発見

 もう一つはファンタジイの定番、ベーオウルフ(→Wikipedia)だ。口絵に一部の写真がある。単色で文字ばかりだが、端正で丁寧な文字だ。

現存する古英語詩は実に希少なので、(略)現存する全作品を合わせても三万行ぐらいだろうか。『ベーオウルフ』は三千行ちょっと――現存する集成の実に1/10にあたる。さらに驚くのは、それらの詩の大半(ざっと2/3)がはわずか四冊の写本の中身なのだ。
  ――第2章 惨事すれすれ

 かと思えば、とんでもなく豪華なものもある。

この(アミアティヌス)写本(→ クリスチャントゥデイ のニュース)は一巻本の聖書だ――高さ50cm、重さ34kg、フォリオは1030葉だから515枚もの皮が使われている。
  ――第2章 惨事すれすれ

 サイズからして私たちの考える「本」とは別物だ。少なくとも「読む」ものではない。そんなシロモノを作るのに、どれぐらいの手間がかかったのか、というと…

ロマネスク時代(900-1200頃)の写字生は、一日に五から六時間労働で二百行の写字が可能だったと推定される。つまり、死ぬまでに作れる本は20冊程度だ。
  ――はじめに

 当時の読み書きできる者は、現代日本の大学卒業生より貴重だろう。こういうレベルの本を一冊作るには、そんな者を二年間雇い続けるに足る費用が、最低でも必要だったのだ。いや他にも羊皮紙または紙やインクとかが要るんだけど。

 しかも、挿絵が多い豪華本だと、チームでの作業だ。

写本作りや装飾は共同作業であり、製作者の個人名はほぼ資料に残らない
  ――第4章 画工たち

 ここで紹介される画工の集団は、現代のアニメ・スタジオみたいな雰囲気がある。おまけにスケジュールも、建物並みの年月がかかってたり。

ウィンチェスター聖書(→Google画像検索)は、中世の彩飾技法の製造工程が実地に判る比類ない好例であり、(略)装飾には15年ほどかけたが、ついに完成しなかった。
  ――第4章 画工たち

 そんな画工たちは、聖書の依頼主であるウィンチェスター大聖堂の壁画も手掛けていて、また職人の何人かはスペインのサンタ・マリア・デ・シヘナ王立修道院の壁画連作も請け負っている。当時は高名な工房というか職人集団だったんだろうなあ。

 ということで、実際に手を動かして写本を作るのは、修道士とは限らない。特に後の時代になると、プロが組織で請け負っているのだ。

 その写字生、けっこうフリーダムだ。というのも、勝手に注釈を書き込むなんてのは可愛い方で、文章を改竄して作品のテーマを正反対に捻じ曲げたりもする。

写本はわたしたちを原著者へ近づけはしても、完全に彼らにたどりつくことは決してない
  ――第6章 写字生と著者の関係

 もっとも、そのおかげで、20世紀以降の写本の研究者は、同じ文学作品の別の写本を集め比較して、系譜を辿ったり作り手を特定したりももできるんだが。こういうイレギュラーが、研究者にとっては貴重で…

(ダラム司教リチャード・)ド・ベリーは自分の本にこの若者が注釈を書き込んだといっておかんむりだが、その書き込みこそが写本史家の糧になるのだ。
  ――あとがき 過去の使用と誤用

 なんて呟いてる。そういった端々に、写字生や挿絵画家の個性が見えて、彼らも血の通った人間なんだと感じる瞬間も、研究者の喜びなのかな。その写字生、どんな人たちなのか、というと…

中世写本はすべて男性修道士が書いたのかという(略)世間通念には間違いが二つある。第一に、多くの写本は世俗の人々が書いているし、第二に、女性が手がけた写本も多数ある
  ――第5章 写字生と書記たち

 そんなワケで、本書では写字生に限らず、製作依頼者にもスポットをあててたり。

中世の写本の大半は著者に依頼された書記の手によるもので、著者と書記が同一の例は稀である。
  ――第6章 写字生と著者の関係

 その中で有名なのはヘンリー八世(→Wikipedia)だろう。彼が作らせた詩編集が、これまた強烈で。なにせ挿絵に本人がダゴリアテを倒すビデ役などで登場してたり。

 やはり高貴な身分ながら、あまり知られていないのがノルマンディー公女エマ(→Wikipedia)。幸い彼女は「エマ王妃頌」を残したため、波乱に満ちた生涯が歴史に刻まれている。

 対してマージェリー・ケンプ(→Wikipedia)は平民らしい。読み書きは出来なかったようで、「マージェリー・ケンプの書」は書記に書き取らせている。臨死体験や幻視などの神秘体験が中心のようだが、エルサレムに巡礼に行ったりと、なかなかに活動的で、それなりに豊かだった様子。

 そんなエネルギッシュな人とは対照的なのが、世捨て人(→Wikipedia)。男も女もいるんだが、本書は女に注目する。というか、著者は先のノルマンディー公女エマやマージェリー・ケンプなど、歴史に埋もれがちな女に敢えて焦点を当ててるのも本書の特徴。

女世捨て人(男性形はアンカラライト)とは祈りと瞑想三昧の日々を送るために、自ら進んで独房に死ぬまで閉じこもった人をさす。
  ――第7章 隠れた著者たち

 一種の引き籠りだね。さすがに独房の住み心地は快適とは言い難いようだが、食事などは差し入れてもらっていたようだ。

 他にもアーサー王の死(→Wikipedia)のトマス・マロリー(→Wikipedia)が、濡れ衣じゃなくて本当にロクデナシだったりと、面白エピソードは多い。全体としてはいささか散漫な印象はあるが、写本をテーマとして知られざる歴史トリビアの本として楽しめたし、何より大量に収録した写本のカラー写真が素晴らしい。

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【いいわけ】

 ということで、珍しく同じテーマ=写本を扱った白水社の本が三冊続きます。多分、写本が好きな編集者が担当したんだろうなあ。

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2024年9月23日 (月)

ロジャー・イーカーチ「失われた夜の歴史」インターシフト 樋口幸子・片柳佐智子・三宅真砂子訳

本書は、産業革命到来以前の西洋社会における夜の歴史を探求する試みである。
  ――はじめに もう一つの王国<

アメリカ独立後のニューイングランドの農村地帯では、花嫁の1/3が結婚式の時点で妊娠していた。
  ――第7章 共通の庇護者 社交、セックス、そして孤独

一般に、ベッドは一家の家具の中で最も高価だった。
  ――第10章 寝室でのしきたり 儀式

【どんな本?】

 現代の都市は夜も眠らない。光害なんて言葉もある。現代の夜は明るくなった。街灯や室内灯など、照明が発達・普及したためだ。これらは産業革命で発達した。では、それより前は、どうだったのか。

 当然ながら、明かりは乏しい。暗がりは、昼間と異なるルールが支配する、いわば異世界だ。人々は夜をどのように捉え、考えていたのか。

 実は「日暮れとともに眠り、夜明けとともに起き」ていたわけでは、ない。野盗はいるし、密会に出かける者もいる。酒場は夜更けも商いを続ける。夜も働く者もいる。パン屋は朝に焼き立てのパンを売るため、農民は中秋の満月で収穫を急ぎ、鉱山は昼も夜も関係なく、酒の仕込みも24時間休みなしだ。

 歴史学教授が、歴史書にはあまり現れない、人々の夜の暮らしに着目し、その意外な様子を明らかにした、ユニークな歴史書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は At Day's Close, Night in Times Past : A History of Nighttime, by A. Roger Ekirch, 2005。日本語版は2015年2月15日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約477頁に加え、出版プロデューサー真柴隆弘の解説2頁。9ポイント45字×19行×477頁=約407,835字、400字詰め原稿用紙で約1,020枚。文庫なら上下巻ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれていて親しみやすい。内容も分かりやすい。敢えて言うなら、本書が扱うのは近世であって中世ではない。

【構成は?】

 各章は比較的に独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

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  • はじめに もう一つの王国
  • 夕暮れ時
  • 第1部 死の影
  •  序
  • 第1章 夜の恐怖 天井と地上
    悪が跋扈する/月と有害な霧/悪魔・精霊・魔女たち/危険な夜
  • 第2章 生命の危険 略奪、暴行、火事
    ナイトウォーカー/犯罪者たち/暴力と惨事の舞台/火事 最も恐るべき暴君
  • 第2部 自然界の法則
  •  序
  • 第3章 公権力の脆弱さ 教会と国家
    闇を照らす光/夜警の歌/法の空白
  • 第4章 人の家は城塞である よい夜のために
    夕暮れ、危険な予感/命と財産を守る/オカルト信仰、夜のまじない/さまざまな明かり/助け合う隣人たち
  • 第5章 目に見える暗闇 夜の歩き方
    夜の外出/暗闇教室/夜歩きのための光と感覚/不吉な時間/夜は人間を試す
  • 第3部 闇に包まれた領域
  •  序
  • 第6章 暗闇の仕事 仲間と共に
    広まる夜間の労働/夜、働く人々/夜にふさわしいし仕事/寄り合いと物語
  • 第7章 共通の庇護者 社交、セックス、そして孤独
    酒場の魅力/恋と情事/バンドリング(結婚前のお試し)/自己探求、瞑想と読書
  • 第8章 騎士ウォーカー 王侯貴族たち
    夜を支配する権力/仮面舞踏会/伊達男、ギャングたち
  • 第9章 束縛から放たれて 庶民
    少数派、受難者たちの聖域/若者、召使い、奴隷たちの気晴らし/窃盗、密輸、売春/もう一つの現実
  • 第4部 私的な世界
  •  序
  • 第10章 寝室でのしきたり 儀式
    睡眠の時間、就寝の時刻/安らかな眠りのための儀式/ベッドと階級/ベッドを共にする仲間
  • 第11章 心の糸のもつれ 眠りを妨げるもの
    眠りの恩恵/うつ病、悪夢/騒音、寒さ、害虫/睡眠を奪われた人々
  • 第12章 私たちが失った眠り リズムと天啓
    第一の眠り、第二の眠り/二回の眠りの間に何をしていたか/夢とヴィジョン
  • 夜明け
    夜の革命/夜を昼に変える/失われた暗闇
  • 謝辞/注・参考文献/図版クレジット/解説

【感想は?】

 なんとも厨二な感が溢れる書名だが、実はとても真面目な歴史の本だ。

 なにせ、元になった資料は、当時の手紙や日記・手記などで、こまごまとした断片を記したものが多い。そんな膨大な端切れを集め、全体像を描こうとしたのが本書である。もっとも、なかにはサミュエル・ピープス(→Wikipedia)のように膨大かつ貴重な資料を残した人もいるが。

 ただ、文書として残ったものを根拠としているため、どうしても偏りが出る。読み書きできる者も限られてるし、田舎より都市、庶民より身分のある者の割合が多くなるのは仕方がない。本書はその辺を認識しつつ、可能な限り農村の様子も描き出している。

 ちなみに人口の割合としては、こんな感じ。

初期アメリカの山麓からロシア西部の大草原に至るまで、各地域の農村地帯では、人口の3/4以上が、小作人や雇われ農夫、召使い、農奴、奴隷として土地を耕し、それより少数の自作農、小作人を抱える小地主、農園主がいた。
  ――第6章 暗闇の仕事 仲間と共に

 さすがに本書の記述は都会が半分以上を占めるが、かなり頑張っていると思う。

 まずは、当時の人々が夜をどう考えていたのかだ。暗くなるのを、私たちは「明かりが減った」と考えるが、当時の人々は全く違った。

当時、広く受け入れられていた宇宙論によれば、「夜」は毎晩、空から有毒な霧が降りてくるという形で、文字通り、「落ち」たのだ。
  ――第1章 夜の恐怖 天井と地上

 まさしく「夜の帳が降り」てきたのだ。しかも、それは毒を含んでいる。当時の人々は、そう思い込んでいたのだ。実際、危険で有害ではあった。暗い夜道は躓きやすいし、沼や川に落ちたりもする。当時の道路事情は劣悪で、デコボコだらけだし。

 それだけではない。人間もまた、危険を生み出している。

とりわけ悪名高かったのが、夜、開いた窓や戸口から通りに投下される糞尿の雨である。
  ――第2章 生命の危険 略奪、暴行、火事

 都市の道は糞便だらけってのは、意外と本当だったようだ。当時は寝室に尿瓶やおまるが置いてあったし。

湿った夜気の中では尿瓶から臭気が立った。
  ――第11章 心の糸のもつれ 眠りを妨げるもの

 こういう生々しい記述が、本書の魅力の一つだろう。

 もちろん、ハッキリと敵意を持って人を襲う者も多かった。

近世を通じて、殺人事件の発生率は、今日のイギリスにおける殺人発生率の5倍から10倍だった。
  ――第2章 生命の危険 略奪、暴行、火事

 犯人は色々だが、特に血の気の多い若者が徒党を組んで夜に暴れまわるのはl古今東西を通じて同じらしい。それじゃ困るってんで見回りもするんだが…

「老いぼれた」「弱々しい」「疲れきった」というのが、夜警によく使われる形容詞だった。
  ――第3章 公権力の脆弱さ 教会と国家

 現代の警官と違い、全く頼りにならないw なにせ貧しく食い詰めた者が小遣い稼ぎに就く仕事なのだ。暴漢に襲われた者も…

多くの場合、犯罪の被害者は、夜警でなく、「隣人」に助けを求めて叫んだ。
  ――第4章 人の家は城塞である よい夜のために

 意味ねえじゃんw

 これが田舎になると、他人を頼らず自分たちでどうにかしようって方針になる。頼りになるのは…

夜間は番犬が屋内、屋外をうろついていた。農村地帯の番犬は、泥棒だけでなく、家畜を狙う動物を見張る役目も担っていた。交配によって番犬用に作られた「猛犬」は、きわめて獰猛なので、昼間は鎖につながれていた。
  ――第4章 人の家は城塞である よい夜のために

 鶏を狙う狐もいるしね。にしても、獰猛な犬を夜は放し飼いって、物騒だなあ。もちろん、ヤバいのは獣だけじゃない。

近世の田舎には、あちこちに絞首人のさらし柱が立っていたからだ。それは高い木の柱に一本か数本の腕木を取りけたもので、そこから重罪人の腐りかけた死体がぶらさがっていた。
  ――第5章 目に見える暗闇 夜の歩き方

 と、農村と言えど風景は殺伐としていた様子。また、「日が沈んだら眠り、夜明けに起きる」なんてのんびりした暮らしは、都市でも農村でも幻想らしい。例えば都市では…

イギリスで1563年に発布された職人法は、熟練職人やその他の労働者に対して、春と夏には朝の5時から夕方の7時か8時まで、秋と冬には夜明けから夕暮れまで(うち1時間半は休憩と食事に当てられた)働くよう求めていた。
  ――第6章 暗闇の仕事 仲間と共に

 滅茶苦茶なブラック待遇じゃん。そのためか、当時の人は昼によく居眠りしてたようだ。農村も忙しく、特に収穫機は月明かりが命綱だったようだ。ハーヴェスト・ムーンって、そういう由来かあ。また、女たちは季節を問わず…

女性たちの夜鍋仕事として最も一般的なのは、糸紡ぎや編み物、羊毛梳き、それに機織りだった。
  ――第6章 暗闇の仕事 仲間と共に

 産業革命以前の糸紡ぎは手作業だ。どんだけ手間かかるんだか。まあ、それだけに多少の稼ぎにもなる。近所の女たちは集まって、噂話や家族の愚痴をこぼし合いながら、夜鍋仕事に勤しんだようだ。特に冬は人が集まれば暖かいし、明かりもみんなで共有できるし。

 その明かり、当たり前だがLEDでも蛍光灯でも白色電灯でもない。蝋燭や松明、すなわち火だ。

近世の地域社会では、多種多様な光源が明りを供給していた。とはいえ、その多様性にもかかわらず、すべてが火というありふれた手段によるものだった。
  ――第4章 人の家は城塞である よい夜のために

 そのため、火事の危険も大きかった。欧米の家は石造りって印象があるけど、実際には木造が大半だったり、2019年のパリのノートルダム大聖堂の火事(→Wikipedia)で明らかになったように、重要な構造材は木材だったりする。それはともかく、そもそも火の明かりは電気の明かりに比べ弱い、というより電気の明かりが強すぎるんだが。

一個の電球から発する光は、蝋燭や灯油ランプが発する光の百倍も強い。
  ――第4章 人の家は城塞である よい夜のために

 ホント、電気ってありがたい。費用も激安になったし。

 本文まあ、そんなだから、当時の夜は暗かった。それだけに、人目をはばかる仕事も夜ならやりやすい。中には…

貧困家庭は家族が死んでも、教会に支払う金を逃れるために、夜中に遺体を埋葬してしまう。
  ――第9章 束縛から放たれて 庶民

 なんて悲惨なのもある。意外だったのが密輸だ。現代だと、ギャングやマフィアが組織的にやるシノギだが、当時は…

密輸に携わる者の大多数が貧困層出身だった。
  ――第9章 束縛から放たれて 庶民

 時代と地域によっては領ごとに関税がかかったりするから、川を小舟で渡るだけで相応の稼ぎになりそうだが、近世はどうなんだろ? まあ現代でもメコン川流域は真昼間から庶民が国境を越えて盛んに商売してるようなんで(→「インドまで7000キロ歩いてしまった」)、当局の目が届きにくい所は、どこもそんなモンなのかも。

 など、夜と言いつつ起きている人の話を中心にしてきたが、終盤で驚愕の事実が明らかになる。

近世の終わりまでは、西ヨーロッパ人はたいてい毎晩、一時間あまり覚醒したまま静かに過ごす合間をはさんで、まとまった時間の睡眠を二回取っていたのだ。
  ――第12章 私たちが失った眠り リズムと天啓

 年寄りは尿が近いんで、どうしても夜中に起きちゃうんだが、そういう事ではない。しかもこれ、西欧人だけではなく、同じ睡眠パターンの民族が見つかったり。どうやら人類の体質そのものが、大きく変わってしまったようだ。

 それはともかく、ガス灯に象徴されるように明かりの普及や、商業が盛んになるにつれ、都市の形も大きく変わってくる。例えば近くの農民は、食肉用の家畜を朝市に出すため、夜のうちに家を出て家畜を連れ都市へと向かい歩きだす。そんな連中にとって、都市を囲う城壁は邪魔だ。

都市の広がりと軍事技術の進歩を背景に、交易によって都市を囲む城壁が急速に不要になった(略)。要塞は商業にとっては妨げになる。ことに夜になって門が閉まれば、困ったことになる。18世紀の終わりには、ヨーロッパ中のほとんどの都市や町で、浄益は使われなくなるか、取り壊されるかしている。
  ――夜明け

 西欧と北米植民地に限定してはいるが、当時の人々、特に庶民や農民の日々の暮らしが見えてくるのが嬉しかった。また、今も昔も酒場が夜通し営業してるあたりは、洋の東西を問わないんだろうなあ、とも想像できる。そういやイスラム圏はどうなんだろ? まあいい。ベッド仲間やバンドリングなんて風習もあったり、意外性な挿話に満ちた本だった。歴史の雑学が好きな人にお薦め。

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2024年9月15日 (日)

菊池秀明「中国の歴史 10 ラストエンペラーと近代中国 清末 中華民国」講談社

本書があつかう中国の近代史とは、具体的にはアヘン戦争後の19世紀半ばから、日中戦争が始まる直前の1936年までを指している。
  ――序章 南からの風

魯迅「暴君治化の臣民は、たいてい暴君よりも暴である」
  ――第6章 若者たちの季節

中国共産党の結成は各地の知識人を媒介に、細い糸をより合わせるようにして進められた
  ――第6章 若者たちの季節

成立当初の南京国民政府は二つの政治課題に直面していた。その一つは張作霖らの北京政府、汪兆銘の率いる武漢国民政府に続く第三の政府として登場したために、政権の正統性をアピールする必要があったことである。
  ――第7章 革命いまだ成らず

「これ以上内戦があってはならない」
  ――第9章 抗日の長城を築かん

【どんな本?】

 東アジアの歴史が始まって以来、その中心として君臨したてきた中国。だが欧米諸国や日本が権益と植民地化を狙い、砲艦外交を仕掛けてくる。従来の朝貢外交では対応しきれず、かと言って列強の軍事力にも対抗できず、別の手を取ろうにも屋内の保守派は不平の声をあげるばかり。

 各地で国を憂う者たちは集い立ち上がり、だが既存の秩序の転覆を清王朝は認めず、東アジアの大国は混乱の渦に巻き込まれてゆく。

 講談社が刊行した中国通史の叢書の第10巻は、近代化の荒波に翻弄されながら沈んでゆく清帝国と、新たな中国を築こうとする群雄たちを描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2005年9月22日第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約385頁に加え、主要登場人物略伝9頁と歴史キーワード解説7頁、おまけに参考文献がズラリ14頁。9.5ポイント44字×19行×385頁=約321,860字、400字詰め原稿用紙で約805枚。文庫なら薄めの上下巻ぐらい。今は講談社学術文庫から文庫版が出ている。

 文章はこなれていて親しみやすい。歴史書としては人物、それも権力者を中心とした王道の形であり、内容も興味を惹きやすくわかりやすい。とはいえ、激動の時代だけに登場人物が多く、キッチリ覚えようとすると苦労する。また、中国の地名が頻繁に出てくるので、Google Map か地図帳があると便利。

【構成は?】

 原則として時代順に進む。章によっては冒頭に現代の中華人民共和国の話題を語り、読者の関心を掻き立てる構成をとっている。

クリックで詳細表示
  • 序章 南からの風 辺境からの中華再生の試み
  • 第1章 「南からの風」吹く 太平天国運動と列強
  • 洪秀全のキリスト教受容と拝上帝会
    洪秀全の故郷を訪れた日本人/洪秀全の幻想とキリスト教受容/紫荊山での布教活動と偶像破壊運動
  • 太平天国の蜂起と南京進撃
    天父・天兄下凡と金田蜂起/太平軍の南京進撃とその主張/太平軍の宣伝活動とその規律
  • 地上天国の現実と湘軍の登場
    太平天国の北伐とその失敗/天京の建設と「天朝田畝制度」/曽国藩と湘軍の結成
  • 天京事変と第二次アヘン戦争
    太平天国の内部分裂/第二次アヘン戦争と清朝/太平天国の外交と北京条約
  • 「資政新編」と太平天国の滅亡
    洪仁玕の天京行きと「資政新編」/太平天国の滅亡と常勝軍/太平天国運動の遺産
  • 第2章 ゆらぐ中華の世界 洋務運動と日清戦争
  • 洋務派の登場と近代化事業
    中国近代化のルーツ/西太后の登場と洋務運動の開始/洋務運動の拡大と官僚資本主義
  • 「中体西用」論の理想とその現実
    洋務派の思想とその源流/近代化と儒教的正統論/洋務運動と地方ナショナリズム
  • 「辺境の危機」と清仏戦争
    清朝支配の衰退とイリ問題/ビルマとヴェトナムをめぐる動向/清仏戦争と辺境経営の行きづまり
  • 琉球と朝鮮李朝をめぐる日清関係
    近代初期の日清関係と台湾出兵/清朝辺境統治の見直しと日朝修好条規/朝鮮をめぐる日清間の確執
  • 日清戦争と下関条約
    日本の戦争準備と光緒帝親政/甲午農民戦争と日本・中国/日清戦争の勃発と李鴻章/下関条約と台湾民主国
  • 第3章 ナショナリズムの誕生 戊戌変法と義和団
  • 列強の中国分割と変法派の登場
    政治都市・北京/列強の中国分割/「天演論」の衝撃と変法派の登場/強学会と譚嗣同の「仁学」
  • 変法運動と戊戌政変
    日本モデルの提起/戊戌変法の開始/伊藤博文の中国行きと戊戌政変
  • 反キリスト教事件と義和団の登場
    宗教的な時代/キリスト教の中国布教と仇救事件/義和団の登場
  • 北京における義和団と清朝、列強
    義和団の北京進出/清朝の宣戦布告と北京籠城戦/八ヵ国連合軍と北京議定書
  • もう一つの義和団 中国人移民問題とアメリカ製品ボイコット運動
    日本人の義和団観と中国保全論/アメリカの反華僑運動と黄禍論/アメリカ製品ボイコット運動とナショナリズム
  • 第4章 清帝国のたそがれ ラストエンペラーと辛亥革命
  • 清末中国人の日本留学と日露戦争
    100年前の日本留学熱/留学生の派遣と日本ショック/留学生の反清と反日本
  • 孫文の登場と日本
    孫文の生い立ちと洪秀全/興中会の結成と広州蜂起/宮崎滔天との出会い両広独立計画と恵州蜂起
  • 革命派の成長と中国同盟会
    急進派留学生と孫文/革命派の成長/中国同盟会の成立/中国同盟会における孫文
  • 救国の方途を求めて
    梁啓超と中国同盟会の論戦/中国同盟会の路線対立と内紛/光緒の新政と張騫の立憲改革
  • 清帝国のたそがれと辛亥革命
    宣統帝溥儀の生い立ち/摂政王の政治と鉄道国有化問題/同盟会中部総会と武昌蜂起/袁世凱の再登場と清朝の滅亡
  • 第5章 「民の国」の試練 袁世凱政権と日本
  • 中華民国の成立と臨時約法
    一発の凶弾がもたらしいたもの/袁世凱の臨時大統領就任と臨時約法/袁世凱の開発独裁と地方ナショナリズム
  • 第二革命と袁世凱政権
    孫文の訪日と日本の辛亥革命への対応/善後大借款と第二革命/袁世凱政権とその特質/中華革命党と孫文
  • 第一次世界大戦と21カ条要求
    第一次世界大戦と日本の青島占領/21カ条要求と中国/反日ナショナリズムの高揚
  • 袁世凱の帝制復活と日本
    袁世凱の野望と不安/グットナウと帝制運動/日本の動向と坂西利八郎
  • 第三革命と袁世凱の死
    段祺瑞政権と西原借款/清朝復辟事件と護法戦争
  • 第6章 若者たちの季節 五・四運動とマスクス主義
  • 「新青年」と北京大学
    天安門事件と5.4運動/北京大学の改革と蔡元培/国語制定と女性解放をめぐる議論
  • 魯迅と文学革命
    魯迅の日本時代と役人生活/文学革命と「狂人日記」/「阿Q正伝」と中国社会
  • パリ講和会議と5.4運動
    二つの講和会議/5.4運動の開始/運動の拡大と条約調印拒否/日本留学生の動きと吉野作造
  • マルクス主義の受容と中国共産党の成立
    中国におけるマルクス主義の受容/コミンテルンと中国共産主義運動/中国共産党の結成と第一回全国代表大会
  • 第7章 革命いまだ成らず 第一次国共合作と北伐
  • ワシントン体制と孫文の革命方策
    /孫文の「大アジア主義」講演/ワシントン条約と軍閥混戦/陳炯明の聯省自治とマーリング
  • 第一次国共合作と蒋介石
    第一次国共合作の成立/黄埔軍官学校と蒋介石/孫文の北上とその死
  • 「花なきバラ」と北伐の開始
    魯迅と3.18事件/蒋介石の台頭と中山艦事件
  • 北伐の展開と湖南農民運動
    魯迅の広州行きと北伐軍の勝利/北伐下の政治抗争と毛沢東の湖南農民運動視察
  • 4.12クーデターと国共合作の崩壊
    南京事件の発生と蒋介石/共産党の上海蜂起と4.12クーデター/国共合作の崩壊と魯迅
  • 第8章 内憂と外患のなかで 南京国民政府と満州事変
  • 北伐の再開と山東出兵
    張作霖爆殺事件と日本/蒋介石の下野と日本訪問/済南事件と佐々木到一
  • 北伐の完成と南京国民政府
    張学良の登場と南北統一/関税自主権の回復と日本/中原大戦と広州国民政府
  • 毛沢東の辺境革命と包囲討伐戦
    大いなる田舎者・毛沢東/井岡山革命根拠地の建設と梁漱溟/包囲討伐戦と中華ソビエト共和国
  • 満州事変とラストエンペラー
    柳条湖事件と日本/戦火の拡大と南京国民政府/ラストエンペラーの再登場
  • 第9章 抗日の長城を築かん 満洲国と長征・西安事変
  • 満州国の成立とその現実
    上海事件の勃発と魯迅/満州国の成立と善意の悪政/リットン報告書と熱河侵攻
  • 安内攘外と長征の開始
    安内攘外策の提起と第五次包囲討伐戦/起死回生をかけた長征/遵義会議と周恩来
  • 高まる抗日のうねり
    蒋介石の抗戦準備と独裁体制/中国民権保障同盟と魯迅/日本の華北分離工作と12.9学生運動/義勇軍行進曲と8.1宣言
  • 西安事変と張学良
    苦悩する東北群総帥/事実をもって答えん/監禁された蒋介石/実現した蒋介石・周恩来会議
  • 第10章 辺境の街と人々 香港・台湾そして上海
  • 異文化の窓口としての香港と上海
    時代の活力を示す辺境/草創期の香港と上海/にっぽん音吉とからゆきさん/近代文明の洗礼と東亜同文書院
  • 台湾と日本型近代のゆくえ
    台湾総督府と後藤新平/「台湾青年」と議会設置請願運動/霧社事件と「サヨンの鐘」
  • 大革命時代の上海と香港
    5.30運動と省港スト/台湾共産党と朝鮮人の独立運動
  • エピローグ 魯迅の遺言と日本人たち
    魯迅の死と内山完造/鹿地亘の日本人反戦同盟/21世紀の日本と中国
  • 主要人物略伝/歴史キーワード解説/参考文献/年表/索引

【感想は?】

 いわゆる「歴史の教科書」な印象だ。

 歴史の捉え方としては古典的というか王道で、権力者たちを中心に政治の話題が大半を占める。とはいえ、この巻の政治は大平天国やら義和団やら北伐やらと、物騒な話題ばかりなのだが。

 登場人物の多くは、天の小口側に写真が載っていて、これがまた教科書な印象を強めている。あと、人物の名前は「しょうかいせき」や「もうたくとう」など、日本語の読みでルビがついてる。

 実は浅田次郎の「中原の虹」を拾い読みして、「俺、この時代の中国について何も知らないや」と思い知ったのが、本書を読むきっかけ。そういや大好きなパール・バックの「大地」も、この時代が背景だった。

 いや、名前だけは知っているのだ。大平天国とか義和団とか西太后とか袁世凱とか孫文とか。でも、何が起きたのか、何をした人なのか、まったくわかってない。

 その点、本書は状況つまり舞台設定の説明から入るので、とってもわかりやすい。当時の中国が欧米や日本に食い荒らされていたのはボンヤリと知っていたが、その先というかその奥がわかってなかった。

 これも本書の特徴なんだが、大平天国も義和団も、彼らの思想背景から語り始める。一見、遠回りのようだが、彼らの世界観が見えてくると、問題の恐ろしいほどの根深さがジワジワと染みてくるのだ。

 問題は二つ。中華思想と孔子信仰である。

 中華思想は、そこらのお国自慢とはレベルが違う。理屈をつけて「俺たちは偉い」とするんじゃない。「俺たちこそが文明の始祖」って前提で、世界のすべてを解釈するのである。

 儒教というか孔子信仰も根深い。太平天国はキリスト教の強い影響下にあり、加えて中華思想と孔子信仰が悪魔合体して意味不明な思想体系…なんだが、本人たちには心地よい世界観なんだろうな、とも伝わってくる。なにせガイジンたちはノサばり国の軍人役人は頼りにならず、ヘコんでる所に民族の誇りを呼びかけるのだ。そりゃ気持ちイイわ。

 結局は潰れる太平天国だが、革命を求める思想と動き、そしてその奥にある中華思想と孔子信仰はしっかりと受け継がれてゆく。

太平天国運動は失敗に終わったが、彼らの播いた種はその後の歴史のなかで着実に根をおろしたのである。
  ――第1章 「南からの風」吹く

 こういった中国の変化は、単に中国一国だけで完結する話ではない。東アジアの有史以来の国際関係・国際秩序が、根本的にひっくり返った事でもある、と歴史を俯瞰した視点を与えてくれたのは嬉しい。

日清戦争は清朝の完敗に終わった。それは長い間東アジアの世界秩序だった朝貢体制を崩壊させると共に、19世紀後半の中国が試みてきた洋務運動の挫折を意味した。
  ――第2章 ゆらぐ中華の世界

大平天国の金田蜂起から60年、270年近く続いた清朝はついに倒れた。それは単に一つの王室が倒れただけでなく、秦の始皇帝以来2000年近くにわたって続いた専制王朝体制の終焉だった。
  ――第4章 清帝国のたそがれ

 そこにガッツリ食い込んでくるのが大日本帝国だ。中国の若き知識人の多くは「日本に学べ」と日本に留学するのだが、必ずしも暖かく歓迎されるとは限らず。まあ食べ物が合わないのはしょうがないけど、当時の日本人の思い上がりも悲しくなる。この時代の中国に最大の影響を与えた国は、間違いなく日本だろう。

 巧くやれば中国の次世代を担う若者たちを取り込めただろうに、当時の日本は暴走がちで…

21カ条要求(→Wikipedia)は(略)日本に親近感をよせ、日本モデルの改革を志してきた中国知識人を、日本との決別へ踏み切らせてしまった。
  ――第5章 「民の国」の試練

 確かに21カ条要求は無礼で欲深で傲岸不遜なシロモノだ。もっとも、留学生たちの世界観もいささか狭い。これを冷徹な理屈で「弱肉強食な世界秩序」の現れとは考えず、感情的な「日本への好き嫌い」になってしまうのは、どこかに「同じ極東人」としての情があったんだろうか。

 いずれにせよ、今も昔も、中国の変化・改革を先導するのは「学生などの知識人」といった構図だ。百家争鳴なお国柄だしね。知性を敬う風潮は、ちと羨ましい。日本は長く武力がモノを言ってきたし、維新も半ば勢いなんだよな。

学生などの知識人が中心となり、ボイコットを呼びかけるという運動の構図は、その後も長く中国のナショナリズム運動に受けつがれることになる。
  ――第3章 ナショナリズムの誕生

 それはともかく、清帝国の崩壊は大陸に嵐を巻き起こす。二千年来の秩序の崩壊だけに、混迷の度合いも深い。

民国時代は、(略)各地に大小の軍事勢力が割拠し、中央政府のコントロールがきかなかったこの時代は、ファーストエンペラー登場以前の春秋、戦国時代に似ている。
  ――第5章 「民の国」の試練

南の革命政府、北の段祺瑞政府以外にも各地に大小の軍事勢力が割拠して、中国はいわゆる軍閥混戦の時代に突入した。
  ――第5章 「民の国」の試練

 そんな中、不気味に勢力を伸ばしてきたのが共産党だ。ここでは、中国現地の事情を全く知らず無謀な指令を下すコミンテルン(→Wikipedia)の傲慢な間抜けっぷりが印象に残る。そうか、毛沢東は海外留学してないのか。と同時に、教師が社会運動のリーダーになりがちな理由も少しわかった。

人々をやる気にさせる術を心得ていた教師出身の毛沢東は、革命教育のリーダーとしては彼ら(国民党の蒋介石や太平天国の楊秀清)よりも一枚上手だった。
  ――第8章 内憂と外患のなかで

 知識があって、かつ集団を統率する術に長けてるんだな。ライバルの蒋介石も、軍学校の校長って経歴が権力の礎になってるのが興味深いところ。こういう時代の軍の士官は、武力を持つのに加え洋風の知識も得ているわけで、「我々が国を率いるべきだ」と思い込むのも自然なんだろう。

 最後の第10章は、明らかに本流から外れ、反体制と言うかカウンター側の人々の話題が中心で、それに加えいわゆる「租界の魅力」を巧みに描いている。異国の見慣れぬ文化が流れ込み、国家の権力が及ばない、闇鍋のような世界が現れるのだ。

中国公権力の力が及ばない香港と上海は、中国内外の革命や独立運動にとって絶好の拠点を提供した。たとえばヴェトナムの革命指導者であるホー・チ・ミンは1926年にコミンテルンの東方極委員として広州を訪れ、ヴェトナム青年革命同志会を設立した。
  ――第10章 辺境の街と人々

 後半に入ってから、著者は興味深い指摘をしている。袁世凱・孫文・蒋介石など、新時代のリーダーたちは、いずれも自らの権力の強化に余念がなく、独裁者=皇帝を目指している。対して日本の維新勢力は薩長土肥と呼ばれるように寄り合い所帯で、卓越したリーダーがいない。

 それでよく単一の軍事戦力として内戦を制し得たと思う。天皇という神輿が効いたのもあるだろうが、佐幕側も連携できてない。とすると、大政奉還の意味も違ってくる。あれで佐幕側は戦力が統一できなくなったのだ。だって中心になるはずの徳川家がトンズラしちゃったし。

 いずれにせよ、維新側は雑多な勢力の群体なだけに、強力な独裁者は現れず、また多少の偏りはあるにせよ「国家はなぜ衰退するのか」が説く包括的な権力構造になったのが幸いしたのか。

 などと考えると、ますます明治維新の特異さが見えてくる。雑多な勢力の集合体になれたのは、当時の各藩は私たちが思う以上に独立性が高かったから、だろうか。そういや薩英戦争とかやってるな。

 逆にエジプトやトルコ、そして一昔前の中国などが国家制度の近代化に苦労しているのは、リーダーが強力すぎるためなんだろうか。

 などと、異国人に食い物にされる挫折と屈辱を味わいつつ、国内でも権力争いで多くの血を流しながら、紆余曲折を経て近代化を目指した中国を描いた本で、確かに波乱万丈の物語が展開するし、その展開はジェットコースターどころかアチコチでワープした感すらある急激さに満ちている。特に後半は私も流れを追い切れていない。

 まあ、現実に事件が盛りだくさんなんで、仕方がないか。本書の姿勢は王道の歴史の教科書を目指すもので、政治権力者を中心としつつ、ときおり魯迅などの文化人を交える構成で、庶民文化や産業技術などにはあまり踏み込まない。まあ、そっちまで踏み込んじゃったら頁が幾つあってもキリないし。

 ということで、教科書的に中国の近代を知るための最初の本としては、全体を俯瞰しつつも重要な事件は充分に解説しているので、かなり良質な入門書になっていると思う。中国の近代は何も知らないが常識程度には身につけておきたい、そんな私のような人にお薦め。あと、日本の明治維新を分析するための比較・対照サンプルとしても役に立つ。

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2024年9月11日 (水)

ソフィー・D・コウ/マイケル・D・コウ「チョコレートの歴史」河出書房新社 樋口幸子訳

バロック時代のヨーロッパこそ、チョコレートが征服した正真正銘の新領土だった。
  ――第5章 チョコレートのヨーロッパ征服

17,8世紀のヨーロッパ人がすすったチョコレートの大半は、奴隷によって運営される「カラカス」カカオ農園から輸入されていたのだ。
  ――第6章 カカオ産地の変遷

チョコレートを料理の材料として使うと聞いたら、アステカ人はショックを受けるにちがいない。(略)
だが今日では、多くの食物研究家たちが、(略)「パボ・イン・モレ・ポブラノ」こそ、メキシコの伝統料理の頂点だと考えている。
  ――第7章 理性と狂気の時代のチョコレート

【どんな本?】

 私たちが知っているチョコレートは、板状だったりアイスクリームのトッピングだったり粒状で中にブランデーが入っていたりと、繊細な舌触りの甘くほろ苦いお菓子だ。だが、チョコレートの歴史を見ると、現代は極めて異様なチョコレートばかりが幅を利かせているのがわかる。

 チョコレートというかカカオの原産地は中米である。オルメカ人が見つけ栽培を始めたカカオをマヤ族とアステカ族が受け継ぎ、スペイン人が欧州に持ち帰って独自のアレンジを加え、更に資本主義と産業革命により大幅な改造を受けた結果が、現代の私たちの知るチョコレートだ。

 本書の特徴は、スペイン人来襲前の中米におけるチョコレート文化から、欧州での「飲み物」としてのチョコレートをじっくりと描く反面、産業革命以降のチョコレート激動の時代は駆け足で片付けてゆく点だ。

 スペイン人による征服以前の米大陸の食生活を研究した妻で人類学者のソフィー・D・コウの遺稿を、同じく人類学者の夫マイケル・D・コウが引き継いで完成させた、チョコレートの香りと魅惑に満ちた歴史書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The True History of Chocolate, by sophie D. Coe and Michael D. Coe, 1996。日本語版は1999年3月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約371頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント46字×19行×371頁=約324,254字、400字詰め原稿用紙で約811枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらい。今は河出文庫から文庫版が出ている。

 文章は比較的にこなれていいる。いや学者が書いた本のわりに、って程度だが。いずれも歴史に素養が深い人らしく、歴史上の有名人が説明なしに出てくるのが困りものだが、知らなかったら無視していい。何より大事なのは、チョコレートが好きか否かだ。

 また、前半では中米の地名が頻繁に出てくるので、地図帳か Google Map があると便利だろう。

【構成は?】

 原則として過去から現代へと向かうので、素直に頭から読もう。

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  • まえがき
  • 序章
  • 第1章 神々の食物の木
  • 複雑多彩な化学成分
  • 第2章 カカオの誕生 オルメカ=マヤ時代
  • オルメカ人
  • イサバ文明から古典期マヤまで
  • 密林の王たち 古典期マヤ
  • 古典期マヤの黄昏
  • 征服前夜のマヤ族
  • 征服以降のマヤ族におけるカカオの調理法
  • 第3章 アステカ族 五番目の太陽の民
  • アステカ族の起源と初期の歴史
  • 征服前夜のアステカ族
  • 引力と斥力 オクトリとチョコレート
  • アステカ族の「チョコレートの木」 カカワクアウイトル
  • 王家の金庫
  • アステカ式チョコレートの作り方
  • 調味料、香辛料、その他の添加物
  • 特権階級の飲み物
  • 「夢のような通貨」
  • 象徴と儀式におけるカカオ
  • 第4章 出会いと変容
  • 最初の出会い グアナファ、1502年
  • 味覚の障壁を乗り越える
  • 言語の障壁を乗り越える
  • 医学の障壁を乗り越える
  • 第5章 チョコレートのヨーロッパ征服
  • スペインのカカオ 「完全の域に達したチョコレート」
  • イタリアのチョコレート 「より精妙な優雅さ」
  • 宗教的しきたりの障壁を乗り越える
  • フランスのチョコレート
  • チョコレートとイギリス人 海賊からピープスまで
  • ヨーロッパ以外の地域
  • 第6章 カカオ産地の変遷
  • 新スペインと中央アメリカ 植民地経営始まる
  • グアヤキル 「貧乏人のカカオ」
  • ベネズエラ
  • ブラジル イエズス会のチョコレート事業とその後
  • 極楽 とはほど遠い 島
  • 新天地の開拓 世界を巡るカカオ
  • 第7章 理性と狂気の時代のチョコレート
  • 医学専門家の証言
  • スペイン
  • イタリア
  • チョコレートを使った料理 元祖はイタリアかメキシコか?
  • 革命前夜のフランス
  • ジョージ王朝のイギリス チョコレートハウスからクラブまで
  • 産業革命の黎明期におけるチョコレート
  • 一時代の終焉 「聖侯爵」とチョコレート
  • 第8章 大衆のためのチョコレート
  • 過去との決別 ファン・ハウテンの発明
  • クエーカー教徒の資本家たち
  • 混じりけのないチョコレートを求めて
  • スイス 牛とチョコレートの国
  • ミルトン・ハーシーと「お馴染みのハーシーの板チョコ」
  • 現代のチョコレートの作り方
  • 「質」対「量」 より良いチョコレートを求めて
  • ようこそ、新しいチョコレート
  • 結び 円の完結
  • 訳者あとがき/図版 出典・所蔵一覧/索引

【感想は?】

 まず驚くのが、チョコレートの歴史の長さだ。中米のオルメカ人が、カカオの木を見つけたらしい。

チョコレートとその原料となる素晴らしい木を発明したのは、アステカ族(→Wikipedia)ではなく、すばらしいマヤ族(→Wikipedia)とその遠い先祖たち、つまりミヘ=ソケ語を話していたオルメカ人(→Wikipedia)なのだ…
  ――第2章 カカオの誕生

 その歴史は紀元前から始まる。茶やコーヒーより、はるかに古い。しかも、特権階級の「飲み物」だ。

少なくとも28世紀の間、チョコレートは特権階級や非常に裕福な人だけの飲み物だった。
  ――第8章 大衆のためのチョコレート

 そう、「飲み物」なのだ。

チョコレートは、その長い歴史の約九割に相当する期間、食べ物ではなく飲み物だったのだ。
  ――序章

 んじゃココアみたいな? と思いたくなるが、まったく違う。その説明の前に、チョコレートの作り方を。原料はカカオの実だ。ポッドの中に果肉にまみれ、種=豆が入っている。手順は四つ。1)発酵,2)乾燥,3)焙煎(火で焙る),4)風選(ふるい分け)。ここまでは古代から同じだ。

 現代のチョコレートは、風選した種をカカオバターと固形分=ココアに分ける。ちなみにカカオバターはホワイトチョコレートになる。

1828年(略)クンラート・ヨハンネス・ファン・ハウテン(略)の機械は、それ(チョコレート原液中のカカオバター)を28%から27%まで減らすことに成功した。そこで、残った「固形分」を非常に細かい粉末状にすることが可能となった。これが私たちの知っている「ココア」である。
  ――第8章 大衆のためのチョコレート

 どうでもいいがファン・ハウテン、ある年齢の人にはヴァン・ホーテンの綴りでお馴染みだろう。さて、次にカカオバターと砂糖を入れたココアを混ぜる。これで固形のチョコレートができる。

1847年に、(略)フライ社は、砂糖入りのココアの粉末を、湯ではなく溶かしたカカオバター(略)と混ぜる方法を開発したのである。(略)これが世界で最初の本格的な「食べる」チョコレートだった。
  ――第8章 大衆のためのチョコレート

 やがてチョコレートはミルクと魅惑の会合を果たす。

彼(ダニエル・ペーター)は、ネスレの粉末(粉ミルク)を使って新種のチョコレートを作るというすばらしい手を思いつき、1879年に最初のミルク入り板チョコが作られた。
  ――第8章 大衆のためのチョコレート

 それまでのチョコレートはザラザラしていたが、コンキングにより繊細でなめらかな舌触りとなり、高級感が数段ました。

1879年は(略)ルドルフィ・リント(略)が「コンキング法」を発明し、それによってチョコレート菓子の質が大幅に向上したからだ。
  ――第8章 大衆のためのチョコレート

 固形の「食べ物」であること、ミルクと砂糖が入った甘い味であること、口の中で溶けるなめらかな舌ざわりであること。いずれも現代チョコレートの特徴だ。しかし、本来のチョコレートは全く違う姿としている。

 風選までの手順は同じ。本来のチョコレート飲料は、ここから豆をすりつぶし、水や湯で溶き、充分に泡だてる。マヤ式のチョコレートは、泡が大事らしい。味付けも今と全く異なる。そもそも中米なんで砂糖がない。本書によるとチリ(トウガラシ)・トウモロコシ・バニラなどを混ぜる。

 泡だっているから、舌触りは抹茶に近いんだろうか? 味は…少なくとも、甘くはない。チリが入っているので、現代のスタミナ・ドリンクに近い、心身にカツを入れる感じの飲み物って気がする。

 その原料のカカオ豆は、大雑把に3種がある。弱くて実りは少ないが美味しいクリオロ種、強く実りも多いが味と香りはイマイチなフォラステロ種、両者の雑種トリニタリオ種だ。コーヒーだとクリオロはアラビカ、フォラステロはロブスタにあたるんだろうか。

 困ったことに、現代ではクリオロ種はほぼ手に入らない。どうも特定の高級ブランド・チョコレート企業が、高級レストラン向けに少量を売っているだけらしい。まあ、昔からチョコレートは特権階級向けだったから、そういう意味じゃ伝統を受け継いでいると言えるのか。

フォラステロ種は(略)今や世界の総生産量の80%を占めている。そしてトリニタリオ種が10から15%で、クリオロ種は第三位に甘んじている。実際、メキシコやグアテマラをはじめ、コスタリカ、アンティル諸島、スリランカの栽培者もフォラステロ種を採り入れている。
  ――第6章 カカオ産地の変遷

今では、クリオロ種は世界のカカオ生産のわずか2%を占めるにすぎない
  ――第8章 大衆のためのチョコレート

 コーヒーでアラビカがこんな体たらくだったら、世のコーヒー党は暴動を起こしかねない。熱心なコーヒー好きは豆を買って自ら豆を挽くが、チョコレートは加工の手順が多く消費者はまず豆に触れない。豆への拘りの違いは、豆との関係の近さが理由なんだろうか。

 しかも、けっこうな割合でクリオロとフォラステロは自然に交雑するらしい。ちなみにカカオの受粉は虫媒つまり虫まかせです。

(おそらくオリノコ川中流沿いに自生していたフォラステロ種が)トリニダードに持ち込まれると、これらの木と、わずかに残っていたクリオロ種との間で交雑が始まり、新たな変種トリニタリオが誕生した。
トリニタリオは、クリオロのように味が良く、しかもフォラステロのようにたくましい生命力を持ち、たくさんの実をつけた。この新種とフォラステロ種が、世界各地でのカカオ栽培を可能にし、時にはクリオロ種に取って代わりさえした。
  ――第6章 カカオ産地の変遷

 この虫任せってのが、カカオの栽培の難しい所で。つかそれ以前にカカオは気難しい。

北緯20度と南緯20度の間でしか実を結ばない。(略)最低気温が摂氏16℃以下になる土地には適さない。(略)一年中水分を必要とするので、乾季がはっきりした気候では感慨が不可欠だ。
  ――第1章 神々の食物の木

 なんと脆弱な。お姫様かよ。さて虫媒、当然ながら虫が必要で、虫が暮らせる環境が要る。そのため、カカオ畑は雑草を綺麗に刈り込んではマズいし、そもそも直射日光に当てず大きな木の下で育てにゃならん。

 …などと長々と講釈してきたが、それだけ現代のチョコレートは本来のチョコレート飲料とは別物になっている、と言いたかったのだ。

 で、本書は、本文の最終頁377頁のうち、145頁をスペイン人襲来前に充て、329頁までは欧州での浸透と拡散を描いている。つまり、本書が扱う「チョコレート」の大半は、私たちが知っているチョコレートとは別物なのだ。

 そこに登場するチョコレートは神の飲み物だったり宴会の最後の締めに振る舞われたりカカオ豆が小銭の代用だったり、欧州ではイエズス会のシノギになったりコーヒーハウスで飲まれたり薬だったりと、なかなかに数奇な運命を辿ってゆく。あのサド侯爵まで出張ってきたのには驚いた。

 人類学者が書いた、真面目な歴史書だ。それだけに根拠には強くこだわり、恐らくは始祖であるオルメカ人については物証がないためアッサリした記述で済ませている。だが、全般に漂うカカオの複雑で豊かな香りは否応なしに読者を覚醒させる。チョコレートの本を読むのはこれが三冊目だが、内容の本格さでは本書は別格だ。我こそはチョコレート・マニアだと言い張るなら、ぜひ読んでほしい。

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2024年8月19日 (月)

イアン・カーショー「ナチ・ドイツの終焉 1944-45」白水社 宮下嶺夫訳,小原淳解説

(1945年の)ドイツ崩壊の理由は明白であり、よく知られている。しかし、なぜ、また、どのようにして、ヒトラーの帝国が最後の土壇場まで機能し続けたのかは、それほど明白ではない。本書はこのことを解明しようとするものである。
  ――序章 アンスバッハ ある若者の死

戦争最後の10カ月の戦線死者数が開戦以後1944年7月までの五年間のそれにほぼ等しいのだ。
  ――第9章 無条件降伏

【どんな本?】

 1945年4月30日、追い詰められたアドルフ・ヒトラーは自殺する。翌日、海軍総司令官カール・デーニッツが政権を引き継ぎ、連合軍との交渉に当たり、(書類上は)5月8日に無条件降伏を受諾、ドイツの戦争は終わった。これによりナチ・ドイツは完全に消滅する。

 戦争の終わり方は色々あるが、一つの国が完全に消えるまで戦い続けることは稀だ。たいていはどこかで条件交渉に移り、停戦へと至る。

 なぜナチ・ドイツは最後まで戦いつづけたのか。続けられたのか。

 ヒムラーなど政権上層部やヨードルなど軍の上層部はもちろん、東西両戦線の全戦で戦った将兵、空襲に怯える市民、地域のボスとして振る舞う管区長など、様々な立場・視点から戦争末期のドイツの様子をモザイク状に描き出し、政権が国を道連れにして滅びゆく模様を浮かび上がらせる、重量級の歴史書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は THE END : Hitler's Germany 1944-45, by Ian Kershaw, 2011。日本語版は2021年12月5日第一刷発行。私が読んだのは2022年1月20日発行の第二刷。単行本ハードカバー縦一段組み本文約501頁に加え小原淳の解説7頁+訳者あとがき8頁。9ポイント45字×20行×501頁=約450,900字、400字詰め原稿用紙で約1,128枚。文庫なら厚めの上下巻ぐらいの大容量。

 文章はやや硬い。内容は特に難しくないが、第二次世界大戦の欧州戦線の推移、特に1944年10月以降について知っていると迫力が増す。ドイツの地理に詳しいと更によし。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に話が進む。特に忙しい人は、「終章 自己破壊の解剖学」だけ読めば主題はわかる。

クリックで詳細表示
  • 主な登場人物/地図/謝辞/初めに
  • 序章 アンスバッハ ある若者の死
  • 第1章 体制への衝撃
  • 第2章 西部での崩壊
  • 第3章 恐怖の予兆
  • 第4章 束の間の希望
  • 第5章 東部の災厄
  • 第6章 戻ってきたテロル
  • 第7章 進みゆく崩壊
  • 第8章 内部崩壊
  • 第9章 無条件降伏
  • 終章 自己破壊の解剖学
  • 解説:小原淳/訳者あとがき/写真一覧/参考文献/原注/人名索引

【感想は?】

 多くの日本人は、特にこの季節だと、戦争というと太平洋戦争を思い浮かべる。

 太平洋戦争で、大日本帝国は消滅した。ナチ・ドイツ同様、大日本帝国も完全に滅びたのだ。領土を失い、政権が変わっただけじゃない、大日本帝国憲法を基盤とした、国家の体制そのものが潰れた。私はそう思っている。

 世界史的に、そこまで悪あがきを続けるケースは珍しい。例えば中東戦争だ。イスラエルと周辺のアラブ諸国は、武力衝突と停戦を何度も繰り返している。大日本帝国だって、日清戦争と日露戦争は、利権や賠償金や一部の領土の割譲でケリをつけた。

 そういう意味で、本書のテーマ、「なぜナチ・ドイツは国家を道連れにしてまで戦いつづけたのか」は、「終戦史」が描く大日本帝国の終焉と通じる所がある。が、その経緯はだいぶ違う。少なくとも、この二冊を読む限り。

 ナチ・ドイツは、トップがハッキリ決まってる。言わずと知れたヒトラーだ。そのトップは、確固たる信念を固めていた。

「われわれは降伏しないぞ」(略)「絶対にするものか。われわれは滅びるかもしれぬ。だが、世界を道連れにして滅びるのだ」
  ――第4章 束の間の希望

 連合国にとっても、ドイツ国民にとっても、迷惑な話ではある。が、滅びるときは国を道連れにする、そういう決意を国のリーダーは固めていた。となれば、残る疑問は、なぜ他の者は逆らわなかったのか、となる。

 戦況が不利になると、特に東部戦線でヒトラーは軍に無茶な命令を連発する。「一歩も退くな」とかね。で、「いや無理です」とか言い返せば更迭だ。それを歴戦の国防軍の将軍たちはどう見ていたのか。

ゴットハルト・ハインリキ(→Wikipedia)<自分のヴィスワ軍集団に課せられた任務は、ほんのわずかであれ成功する見込みは、まったくありません>
  ――第8章 内部崩壊

 判っていたのだ、駄目じゃん、と。にもかかわらず、将軍たちはヒトラーに従い続けた。この理由の追求が、本書の狙いの一つだ。

 この辺、将軍たちの評価は厳しい。例えばカール・デーニッツ。今まで実直な海軍提督だと思ってたけど、著者は「いやあんた盛んにヒトラー持ち上げてたじゃん」とバッサリ。

 戦後の国防軍神話、つまり国防軍は国を守るために戦ったのであって侵略を企てたのではないって説も、「将軍の皆さんはヒトラーとその思想に心酔してたよね、戦後の回顧録じゃ誤魔化してるけど」と容赦ない。

 本書が追及しているのは、軍だけではない。政府の高官も、だ。具体的にはハインリヒ・ヒムラー/マルティン・ボアマン/アルベルト・シュペーア/ヨーゼフ・ゲッペルスの四人である。もっとも、こっちの解答は、実にみもふたもないんだけど。

 この面子では、軍需大臣アルベルト・シュペーアの野心的かつ優秀ながら、やや冷めた感覚が異色だった。実業界との関係が深い分、良くも悪くも計算高いのだ。

 そんな、ヒトラーのそばにいた将軍や大臣たちだけでなく、ケルンなど地域の様子も、本書は豊かなエピソードを収録している。幾つかの地域、特に西部では、戦わず連合軍に投降した都市もあれば、最後まで足掻いた都市もある。これは当時の管区制度の影響が大きく、ヒトラーとの連絡が取れなくなっても、最後まで総統に忠誠を尽くした地域も多い。

 かと思えば、自分だけ逃げだした大管区長もいたり。いずれにせよ、ナチの統治体制はかなりしぶとかったのが伝わってくる。本書が暴くその理由は、少なくともドイツ人に心地よいものではない。だけでなく、一般のドイツ国民に対しても、「負けたとたんに被疑者ムーブ」と著者の筆は容赦ない。

 他にも、バルジの戦いとも呼ばれるルントシュテット攻勢(→Wikipedia)、名前からしてまるきしゲルト・フォン・ルントシュテット元帥がノリノリだったような印象だが、本音は「いや無茶だろ」と思ってたとか、なかなか切ない挿話も。

 国を道連れに滅びた独裁者は、他にイラクのサダム・フセインとルーマニアのニコラエ・チャウシェスクが思い浮かぶ。いずれの国も人物もドイツのヒトラーとは異なる経緯を辿った。何が違ったのか、それを考えてみるのも面白い。

 京極夏彦並みの分厚く迫力あるハードカバーだし、中身も見た目に劣らない充実ぶりだ。腰を据えてじっくり挑もう。カテゴリは一応二つ、軍事/外交と歴史/地理としたが、歴史と政治の割合が高いと思う。特に独裁を許すことの恐ろしさは、嫌というほど味わえる。

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