ダニエル・ヤーギン「新しい世界の資源地図 エネルギー・気候変動・国家の衝突」東洋経済新報社 黒輪篤嗣訳
本書で論じるのは、地政学とエネルギー分野の劇的な変化によってどのような新しい世界地図が形作られようとしているか、またその地図にどのような世界の行方が示されているかだ。
――序論
【どんな本?】
21世紀になってから、世界のエネルギー情勢は大きく変わった。米国ではシェール革命が起き、炭化水素の輸入国から輸出国に代わる。シェールが引き起こした変化はそれだけではない。エネルギー市場の性質も変えた。冷戦時代のもう一方の主役だったソ連/ロシアは、炭化水素をテコに支配力の強化を狙う。大規模な油田が集中する中東は、相変わらず情勢が不安定だ。そして経済の躍進を遂げた中国は、多量のエネルギーを必要としている。
シェール革命とは何か。ロシアは何を狙っているのか。中東情勢は安定するのか。中国はどんな役割を果たすのか。
米国のエネルギー専門家が、21世紀のエネルギー情勢の変化を説くと共に、それが国際情勢にどう影響するかを語る、一般向けの解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The New Map : Energy, Climate, and the Clash of Nations, by Daniel Yergin, 2020。日本語版は2022年2月10日第1刷発行。私が読んだのは2022年4月18日発行の第4刷。売れたんだなあ。単行本ハードカバー縦一段組み本文約532頁。9ポイント45字×19行×532頁=約454,860字、400字詰め原稿用紙で約1138枚。文庫なら上下巻の分量。
文章はこなれていて読みやすい。内容もわかりやすい。国際情勢を語る本だが、地形が重要な部分もあるので、世界地図か Google Map などがあると便利。
【構成は?】
ほぼ部単位に独立しているが、一部は前の章を踏まえて後の章が展開する。急ぎなら興味がある章だけ、深く読みたければ頭から読もう。
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- 序論
- 第1部 米国の新しい地図
- 第1章 天然ガスを信じた男
- 第2章 シェールオイルの「発見」
- 第3章 製造業ルネサンス
- 第4章 天然ガスの新たな輸出国
- 第5章 閉鎖と解放 メキシコとブラジル
- 第6章 パイプラインの戦い
- 第7章 シェール時代
- 第8章 地政学の再均衡
- 第2部 ロシアの地図
- 第9章 プーチンの大計画
- 第10章 天然ガスをめぐる危機
- 第11章 エネルギー安全保障をめぐる衝突
- 第12章 ウクライナと新たな制裁
- 第13章 経済的苦境と国家の役割
- 第14章 反発 第2のパイプライン
- 第15章 東方シフト
- 第16章 ハートランド 中央アジアへの進出
- 第3部 中国の地図
- 第17章 G2
- 第18章 「危険海域」
- 第19章 南シナ海をめぐる3つの問い
- 第20章 「次の世代の知恵に解決を託す」
- 第21章 歴史の役割
- 第22章 南シナ海に眠る資源?
- 第23章 中国の新たな宝船
- 第24章 米中問題 賢明さが試される
- 第25章 一帯一路
- 第4部 中東の地図
- 第26章 砂上の線
- 第27章 イラン革命
- 第28章 湾岸戦争
- 第29章 地域内の冷戦
- 第30章 イラクをめぐる戦い
- 第31章 対決の弧
- 第32章 「東地中海」の台頭
- 第33章 「答えはイスラムにある」 ISISの誕生
- 第34章 オイルショック
- 第35章 改革への道 悩めるサウジアラビア
- 第36章 新型ウイルスの出現
- 第5部 自動車の地図
- 第37章 電気自動車
- 第38章 自動運転車
- 第39章 ライドヘイリング
- 第40章 新しい移動の形
- 第6部 気候の地図
- 第41章 エネルギー転換
- 第42章 グリーン・ディール
- 第43章 再生可能エネルギーの風景
- 第44章 現状を打開する技術
- 第45章 途上国の「エネルギー転換」
- 第46章 電源構成の変化
- 結論 妨げられる未来
- エピローグ 実質ゼロ
- 付録 南シナ海に潜む4人の亡霊
- 謝辞/原注/索引
【感想は?】
ほぼ部ごとにテーマが変わるので、部単位に書く。
米国向けに書いているため、同じ事象でも日本の読者とは受け取り方が違う所が多い。特に一部は「それが本当ならどんなにいいか」な話もあり、少し未来に希望が持てたりする。
【第1部 米国の新しい地図】
新しい技術の登場によってテキサスはごく短い間に変貌を遂げ、並外れた成長の軌道に乗ったということだ。2009年1から2014年12月にかけ、テキサス州の原油生産量は3倍以上増えた。この時点で州の産油量は、メキシコの産油量を上回り、さらにはサウジアラビアとイラクを除くOPEC加盟のすべての国の産油量をも上回った。
――第2章 シェールオイルの「発見」シェール革命によって世界の石油市場は一変し、エネルギー安全保障の概念が変わりつつある。これまで何十年にもわたって世界の石油市場を規定してきた「OPEC加盟国vs非加盟国」という捉え方は、「ビッグスリー」(米国、ロシア、サウジアラビア)という新しいパラダイムに取って代わられた。
――第8章 地政学の再均衡
第1部のテーマはシェール(頁岩)革命だ。本書が扱っているのは米国とカナダだけだが、他の国や地域にもシェールの層はたくさんある(→WikipediaWikipediaの地図)。ただ、取り出す技術がないだけ。
シェールはエネルギー情勢に様々な影響を与える。
まず、単純に石油と天然ガスの供給量が増え、原油が安くなった。当然ながら産油国は面白くない。特にロシアのプーチン大統領が楽しい。シェールの話題を振ると、環境保護論者になるのだ。
産出国である米国はエネルギーの輸入国から輸出国になり、大きな油井があるテキサスは好景気に沸く。
油井と言ったが、従来の油井とは性質が異なる。すぐに産出量が減るのだ。
シェールガスの坑井の生産量は、最初のうちは多いが、在来型の坑井より急速に減り始めて、ほどなく横ばいになる。
――第1章 天然ガスを信じた男
そのため、常に掘り続けなければならない。それを揶揄して業界人曰く「シェールは製造業」だとか。
安くなった米国のエネルギーは、投資と仕事を招き寄せる。こういう事もあるんだなあ。
これまで米国企業の中国への工場移転が数十年続いてきたが、いまや中国の製造業者が米国に工場を構え始めていた。
――第3章 製造業ルネサンス
本書はハッキリと書いていないが、シェ―ルガスによって、天然ガスの市場の性質も変わった。従来は地産地消の性質が強く、また取引価格も原油と連動していた。だがシェールガスの生産が増え、米国内では消費しきれないため、液化してタンカーで売ろうぜ、となる。増えた取引量は、従来の「原油の添え物」ではなく、独自の商品としての性格を強めてゆくのだ。ただ、遠くの国に売る場合、相応の投資が必要となる。
(天然ガスの)輸出用の液化施設の建設には、輸入用の再ガス化施設の建設の10倍の費用がかかる。
――第4章 天然ガスの新たな輸出国
またはパイプラインが。これは次の部のロシアが活用している。
他にも、シェールが市場に与えた影響がある。市場を安定させるのだ、シェールは。
シェールの登場以降、石油産業に「ショート・サイクル」と「ロング・サイクル」という新しい語彙が加わった。
ショート・サイクルに当てはまるのは(略)シェールだった。掘削することを決めてから、半年後には生産を開始できた。(略)1つの坑井の費用は1,2年前に1500万ドルだったものが、今では700万ドルだった。ただし、減衰率は高いので、常に新しい坑井を掘り続ける必要はあった。(略)
海洋油田やLNGの事業は生産の開始までに5年や10年かかるが、以後は何年も生産を続けられる。ロング・サイクルの海洋開発のコストは(略)7億ドルとか、70憶ドルとか、あるいはそれ以上の規模だった。
――第34章 オイルショック
先に製造業と言ったように、ある程度の高値でないとシェールは儲けが出ない。反面、価格が上がれば新しい坑井を掘ればいい。特に米国のシェールは大手ではなく独立系の企業が多く、フットワークが軽い。そのため市場価格には迅速に反応し、まさしく「神の見えざる手」として働くのだ。もっとも、それだけに、政府の意向にも従わないんだけど。政府系の資本が多いOPECとは対照的だ。
【第2部 ロシアの地図】
シェールが面白くないのがロシアだ。ソ連時代から、ロシアはエネルギーが国の柱だった。
(ロシアは)石油と天然ガスの輸出から得られる収入が、国と国力の財政基盤になっている。その収入は歳入の40~50%、輸出収入の55~60%、GDPの推定30%を占める。
――第9章 プーチンの大計画
これに関し、プーチンは極めて優秀なようで。
プーチンはロシアの石油と天然ガスにどういう力があるかを深く理解している。西側の人間がプーチンを話をしていつも驚かされるのは、エネルギー産業やエネルギー市場にとても詳しく、複雑な問題もスラスラと論じられることだ。国のトップというより、企業のCEOのような印象を相手に与えた。
――第9章 プーチンの大計画
著者によると、ドナルド・トランプも経営者っぽく振る舞うそうで、本書では好意的に扱っている。
さて、第1部で国際市場における天然ガスの地位が変わったと述べた。実際、取り引きに関わる国も増えている。
今やLNGの輸入国は40ヵ国を超える。2000年にはその数はわずか11ヵ国だった。輸出国も12から20ヵ国へ増えた。
――第14章 反発 第2のパイプライン
欧州とはノルドストリームなどで関係を深めようと目論むロシアは、もちろん中国とも仲良くやろうとしてる。それも、従来のような共産主義の兄弟って関係ではない。中国が遂げた飛躍的な経済発展を踏まえた関係だ。
(ロシアと中国の)両国の役割分担は(略)中国が製造、消費財、金融を、ロシアが石油、天然ガス、石炭、その他のコモディティを提供するという関係だ。
――第15章 東方シフト
が、中国にとって、少なくとも経済的にはいささか違って…
(中国にとって)経済的にはロシアより米国のほうがはるかに重要だ。貿易戦争とコロナ禍以前の2018年、対ロ輸出額が350憶ドルだったのに対し、対米輸出額は4100憶ドルにのぼった。
――第16章 ハートランド 中央アジアへの進出
以降、本書でも中国の存在感の大きさは強く意識させられる。
【第3部 中国の地図】
その中国、経済だけでなく軍事でも大国となりつつある。
過去20年のあいだに中国の軍事費は6倍に増えた。現在の軍事費は、米国の6340億ドルに次ぐ2400億ドルだ。第3位のサウジアラビアと第4位のロシアは、どちらも850億ドル前後で、米中とはだいぶ開きがある。
――第17章 G2
空母も動き始めたしね。その中国が、岩礁を軍事基地に変えたりと、強引に進出しているのが、南シナ海だ。漁場としても魅力的だし、フィリピンやベトナムとひっきりなしに小競り合いを惹き起こしている。
その南シナ海進出の根拠として中国が示しているのが、「九段線」(→Wikipedia)。これが実にふざけたシロモノで、ベトナム・インドネシア・フィリピン沿岸まで含んでる。
現代の中国による南シナ海の領有権の主張は、いわゆる「九段線」を中心に置いている。
――付録 南シナ海に潜む4人の亡霊
もちろん、魅力は資源だけじゃない。
この海域(南シナ海)を通る世界貿易の額は3.5兆ドルにのぼり、中国の海上貿易の2/3、日本の海上貿易の40%以上、世界貿易の30%を占める。(略)中国が輸入する原油の80%は南シナ海を通過している。
――第18章 「危険海域」中国のエネルギー安全保障にとって真に重要なのは、海上交通路のはるか下の海底深くに眠っているかもしれない資源ではなくて、海上交通路そのものであり、そこを何が通るかなのだ。
――第22章 南シナ海に眠る資源?
そして、こういった国際貿易に備え、インフラにも積極的に資本を投下してきた。
世界の十大コンテナ港のうち、7港が中国にあり(世界最大の上海港を含む)、世界のコンテナ輸送の4割以上を中国が占める。
――第23章 中国の新たな宝船
今は国内だけじゃなく、スリランカやアフリカなどにも投資してるんだよなあ。
一帯一路はエネルギー、インフラ、輸送に重点を置いており、その投資総額はおよそ1.4兆ドルに達すると見込まれる。この金額は、第二次世界大戦後の米国による欧州復興計画マーシャル・プランの7倍以上(現在のドル換算)であり、まさに未曽有の規模だ。
――第25章 一帯一路
そんな中国を意識せざるを得ないのがアジア各国。
元駐米シンガポール大使チャン・ヘンチー「東南アジアは安全保障面では米国と統合されているが、経済面では中国と統合されている」
――第24章 米中問題 賢明さが試される
日本も最近は米国より中国との貿易額が多かったり(→JFTCきっずさいと)。しかもイザとなった時、米国の目は欧州に向きがちだったり、特にトランプ大統領はアメリカ・ファーストだったりで、アジア各国も「アメリカに頼っていいのか」な気分に。
【第4部 中東の地図】
今のところは小競り合いで済んでいる中国/東南アジアに対し、今も昔も盛んに燃え上がっているのが中東だ。ここではイランの暴れん坊っぷりが目立つ。一応は選挙で大統領が選ばれる形になってはいるが…
「歴代のイランの王には想像もつかなかったほどの絶大な権力がホメイニ師に与えられていた」
――第27章 イラン革命
その隣国イラクで、米国は大きな失敗をしでかした。
米国防長官ジェイムズ・マティス「イラク軍を非政治化すればよかったのに、解体したせいで、我々はイラクで最も頼りになる集団を敵に回した」
――第28章 湾岸戦争
散々荒らした挙句、イランにつけ入る隙を与えてるんだから、馬鹿にもほどがある。
イランは今後さらにイラク内での地位を強化するため、民兵組織をレバノンのヒズボラのように政治・社会組織に変えようと狙っている。
――第30章 イラクをめぐる戦い
イラク情勢が一向に安定しない原因の一つは、主にシーア派地域にイランが介入しているためだ。日本のニュースじゃあまり触れないけど。そのイランの狙いは…
中東の紛争の非常に多くが、(略)イランとサウジアラビアの大きな対立の中に組み込まれている。イランは革命を世界に輸出すると言ってはばからない。
――第29章 地域内の冷戦
70年代の「革命の輸出」は共産主義者の役割だったが、今はイランがその役を引き受けている。当然、絶対王政のサウジアラビアは標的となる。聖地メッカも抱えてるしね。
そのサウジ、かねてより原油頼りの体制からの脱却を目指しているが、なかなか難しい。
サウジアラビアには約2000万人のサウジアラビア人に対し、約1000万人の外国人がいる。しかし労働力で見ると、その割合は逆転する。サウジアラビア人の就業者数がおよそ450万人で、その7割が政府系部門に勤めているのに対して、外国人の就業者数は約2倍の800万人以上にのぼり、大半が給料の安い民間部門で働いている。
――第35章 改革への道 悩めるサウジアラビア
などと苦しんでいる間に、イランは中東各国に魔の手を伸ばしている。
(ヒズボラは)2018年、レバノンの議会で最大政党に躍り出ると、2020年にはヒズボラ主導の連立内閣を発足させた。レバノンはイラン革命の最初の大きな成功例だった。
――第29章 地域内の冷戦イラン革命防衛隊国外破壊工作担当ゴドス部隊司令官ガセム・ソレイマニ「イラン革命が地域全体に広がっていくのを我々は今、目の当たりにしている。バーレーンとイラクから、シリア、イエメンへ、そして北アフリカへと」
――第31章 対決の弧
現在、イスラエルが戦いを強いられてるのは、ほぼイランのせいと言っていいい。これも日本のニュースがあまり触れない事情なんだよなあ。そのイスラエルがやたらと強気な理由は、この辺にあるのかも。
イスラエルのエネルギー相ユバール・シュタイニッツ「(東地中海のガス田で)すでに国内で消費しきれないほどの量を発見している」
――第32章 「東地中海」の台頭
今まで輸入に頼りきりだったエネルギーが、一部とはいえ自給できるんなら、そりゃ心強いだろう。
そんな中東だが、新型コロナ禍による世界経済の停滞は痛かった。原油価格は低迷し、一部の先物では負の値にまでなる。日頃は反目しているサウジアラビアとイランも、危機は共有している、が、素直に話に応じられるわけじゃない。またかつて東西で対立していたロシアも、原油価格低迷は嬉しくない。ここでもドナルド・トランプが活躍するのは意外だった。
(2020年のOPEC+非加盟国による石油供給削減)合意は石油をめぐる新国際秩序の到来を告げていた。それはOPECと非加盟国によってではなく、米国とサウジアラビアとロシアによって築かれた秩序だった。
――第36章 新型ウイルスの出現
軍事的には米国&NATOべったりなサウジアラビアだが、エネルギーに関してはロシアと利害が一致してるんだよなあ。今後はどんな関係になるんだか。
【第5部 自動車の地図】
変化は徐々にだが、確実に起こっている。攻勢をかけているのは電気だ。
――第40章 新しい移動の形
と、ここで扱うのは電気自動車と、Uberなどのライドヘイリングだ。中国でライドヘイリング企業ディディを興したジョン・ジマーの、ホテル業界出身の視点が面白い。ホテルじゃ客室稼働率80%~90%が目標だが自家用車の稼働率は5%~10%、とか。確かに無駄といえば無駄だよね。
もっとも、GMやトヨタ自動車は困るが、エネルギー業界はもちっと複雑な気がする。電気自動車も、直接はガソリンや軽油を使わないけど、火力発電なら相変わらず化石燃料に頼るわけだし。
その電気自動車でキモとなるのは、やはりバッテリー。
中国のリチウムイオンバッテリーの生産量はすでに世界の3/4近くに達している。
――第37章 電気自動車
と、ここでも中国の存在感が大きい。
なお、出てくるのは電気自動車ばかりで、ハイブリッドカーは出てこなかった。
【第6部 気候の地図】
先にも書いたが、化石燃料に代わるエネルギーとして期待されているのは電気だ。何より二酸化炭素を出さないのが嬉しい。少なくとも火力発電でなければ。
(2009~2018年の年間)平均でおよそ210ギガトンの炭素が、植物の腐敗や動物の呼吸などの自然の営みを通じて大気中に排出された。しかし同時に、9.5ギガトンが石油燃料から、1.5ギガトンが土地利用からも出た。それらを合わせると、総排出量は221ギガトンになる。
しかし自然のサイクルでは年間平均215.7ギガトンしか炭素は回収されず、つまり植物や海に吸収されず、4.9ギガトンが大気中に残された
――第41章 エネルギー転換
本書が触れているのは、風力と太陽光だ。いずれも天候頼りで、稼働率も低いし、電力消費が高まるナイターの時間には頼れないと、問題は多い。配電網にかかる負荷も大きく、よって停電が増える可能性も高い。また先進国はともかく発展途上国じゃ、そもそも電気が来てなかったりと、綺麗事は言ってられない状況がある。
加えて、ここでも中国の影響が…
中国は現在、世界の太陽光パネルのおよそ70%を生産している。(略)太陽電池の基幹部品であるソーラーウエハーにいたっては、約95%が中国製だ。
――第43章 再生可能エネルギーの風景
そんな不穏な話が多い中で、エネルギーがアキレス腱な日本にとってひとつ、喜ばしいネタが飛び出した。
10年ほど前、「ピークオイル」(つまり「石油の終焉」)が近づいており、世界の石油は「枯渇する」という予測が語られた。現在、議論は「石油需要のピーク」に移っている。
――第46章 電源構成の変化
エネルギー・シフトが上手くいけば、原油価格は安値で安定するかもしれない。
【終わりに】
などと言って安心もしていられないのが国際情勢。
今まで中国の影響力は散々に思い知らされてきたが、ここで更に駄目押しが入る。
米ソの冷戦時代、ソ連は世界経済の中では脇役だった。今の中国は違う。
――結論 妨げられる未来
ソ連は軍事力で東欧を抑えたが、中国は経済力で世界中に支配力を及ぼしつつある。
特に怖いのが、アフリカへの投資だ。
鉱物は普通、最初の発見から生産の開始までに16年以上かかる。しかも、石油に比べ、生産がはるかに一部の国に集中している。
――エピローグ 実質ゼロ
太陽光にせよ風力にせよ、レア・アースを大量に使う。これらの多くはアフリカに眠っている。そして中国は、積極的にアフリカに投資しているのだ。欧米が嫌う独裁者や人権蹂躙体制も、中国には関係ない。そしてアフリカ諸国も、内政に干渉しない中国のカネは有り難い。
正直に言うと、「第6部 気候の地図」あたりは、ちとタテマエっぽい記述が目立ち、お行儀が良すぎる感がある。また、躍進著しいナイジェリアなどアフリカ諸国を無視しているのも辛い。が、各国の事情に踏み込む第4部までは、生々しい話が多くて迫力が凄い。国際ニュースに興味があるなら、是非読んでおこう。
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