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2026年6月 1日 (月)

キース・トムスン「海賊たちは黄金を目指す 日誌から見る海賊たちのリアルな生活、航海、そして戦闘」東京創元社 杉田七重訳

大航海時代も終わりに近い17世紀後半に、バッカニアと呼ばれる海賊たちがいた。カリブ海でスペインの植民地や商船を襲撃した、イングランド、フランス、オランダの海賊である。(略)本書は、ある海賊団に属していた七人の海賊のしたためていた日誌をもとに、彼らのリアルな生活、航海、戦闘の模様を冒険物語風に明らかにするノンフィクションである。
  ――訳者まえがき

【どんな本?】

 大航海時代も終わりに近い1680年。中米から南米を支配するスペインの船を、イングランド・フランス・オランダ等の無法者が一獲千金を狙い私掠船として襲っていた。いわゆるカリブの海賊である。

 場所はパナマ地峡のダリエン地峡(→Wikipedia)。先住民クナ族の王が、カリブのイングランド海賊に話を持ち掛ける。曰く、孫娘がスペイン人に攫われた。スペイン要塞を襲い孫娘を取り戻したい。要塞は南海(太平洋)沿いにある。力を貸してくれ。

 海賊には美味しい話だ。南海で暴れた海賊はフランシス・ドレイクぐらい。カリブと異なりスペインの守りは薄い。町を襲えば濡れ手に粟の荒稼ぎだ。しかし、問題もある。ダリエン地峡だ。

 ここは地形が複雑な密林で気候も厳しく、アナコンダやクロコダイルが潜む秘境だ。21世紀の今もなお、南北アメリカ大陸を縦断するアメリカン・ハイウェイはこの地域で途絶えている。当時の海賊に、この地峡を越えるのは不可能だ。

 だが、地元民の案内があるなら話は変わってくる。

 クナ族の王は、スペインと通じているのかもしれない。それでも、地峡を越えれば手つかずのブルーオーシャンだ。疑念を抱きつつも、海賊たちは王の誘いを受ける。ここから、荒くれどもの大冒険が始まった。

 海賊のなかには、几帳面に航海日誌を付けている者が複数いた。その何人かは、手記を著しベストセラーをモノにしている。ただし、当時の書物だけに、信頼性はアレだが。立場の危うい海賊だけに、自らの無法や悪事は誤魔化してるし。

 本書の著者キース・トムスンは、彼らの航海日誌を突き合わせ、また裁判記録なども漁り、海賊たちの冒険の足跡を辿るとともに、海賊たちの食事や雇用条件などの日常生活をも再現してゆく。

 「短くとも楽しい人生」をモットーに、「吊るされるために産まれた」とうそぶく荒くれたちの生き方を描き出す。少し変わった歴史本。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Born to be Hanged: The Epic Story of the Gentlemen Pirates Who Raided the South Seas, Rescued a Princess, and Stole a Fortune, Keith Thomson, 2022。日本語版は2023年7月28日初版。単行本ハードカバー縦一段組み本文約350頁に加え訳者まえがき5頁+「参考にした資料について」3頁。9ポイント44字×19行×350頁=約292,600字、400字詰め原稿用紙で約732枚。文庫なら厚い一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。ただ、単位がマイルやポンドなのが、ちとキツいかも。

【構成は?】

 物語風に進むので、素直に頭から読もう。

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  • 訳者まえがき
  • 第1部 黄金への渇望
  • 1 プリンセス
  • 2 黄金の剣士
  • 3 地峡
  • 4 ゴールデン・キャップ
  • 5 決死隊
  • 6 西半球で二番目に大きい都市
  • 7 根っからの海賊
  • 8 気楽なカヌーの旅
  • 9 漂流者たち
  • 10 奇襲
  • 11 ドラゴン
  • 12 運任せの勝負
  • 13 甲板を流れる奔流のような血潮
  • 14 叛乱
  • 第2部 南海
  • 15 我らが銃の銃口
  • 16 海に呑み込まれる
  • 17 高潔であっぱれな勇者
  • 18 ヘビの髪を持つ姉妹
  • 19 浮かれ野郎ども
  • 20 水、水
  • 21 代償金
  • 22 85人の屈強な仲間たち
  • 23 ロビンソン・クルーソー
  • 24 非常に美しく堂々とした町、セント・マーク・オブ・アリカ
  • 25 うずき
  • 第3部 苦境
  • 26 射殺を覚悟する
  • 27 積み薪
  • 28 瀉血
  • 29 温められた甲板
  • 30 ホーン岬
  • 31 陸地初認
  • 32 銀のオール
  • 33 続編
  •  謝辞/参考にした資料について/図版クレジット/参考文献

【感想は?】

 とりあえず、本書の海賊は麦わらの一党のように綺麗な連中ではない。日本のヤクザの方がよほどマシだ。強盗はもちろん、強姦・殺人なんでもアリの無法者である。そこは覚悟しよう。もっとも、対するスペインも似たようなモンだが。

 それでも一応の大義名分は欲しかったらしい。彼らはバッカニア(→Wikipedia)を名乗っている。海賊にもイロイロあるのだ。

バッカニアたちは、(略)大義名分が欲しかった。でないと、いざ裁判になったとき、(略)古代ギリシャ時代から海でのさばり続ける Peirates(ラテン語で pirata)と同じだと見なされる。
  ――1 プリンセス

 連中の立場はスペインとイングランドの外交関係で変わる。この頃は緊張緩和に傾いており、イングランドじゃバッカニアの立場は弱かった。海賊王ヘンリー・モーガン(→Wikipedia)も、容赦なくバッカニアを取り締まってたし。なので、ソレナリの立場が必要だったのだ。

 こんな風に、無法者のわりに法的立場を考える記述は幾つかある。まあ現代のヤクザも法の抜け道に詳しいしね。

ふたつの船が出会って最初に手を出したのはどちらであるか、この言葉は海賊行為を働いたとして裁判にかけられたときに運命を決することになる。
  ――29 温められた甲板

 とまれ、この裁判もけっこういい加減で。

貿易船を予定どおり運行させるため、海事裁判所では驚くほどスピーディに事が進められる。(略)審理は、はじめから終わりまで一時間以内に終わることもざらだった、
  ――32 銀のオール

 まあ、そういう時代だったんです。

 とかもあって、本書のネタ元の手記も、自分に都合が悪い事柄は省いたり誤魔化したり。強姦を「奉仕に励んだ」とするとか。

 その航海日誌なんだが、実は数人が残している。だもんで、著者のキース・トムスンは、それらを突き合わせて整合性を取ったり、省かれた都合の悪い事柄を補ったりしてる。書き手の一人ウィリアム・ダンビア(→Wikipedia)は後に博物学者として名を上げる。

進化論の父は、(ウィリアム・ダンビアが著した)「最新世界周航機」を携えてビーグル号に乗ったのだ。
  ――33 続編

 なんでそんなインテリが海賊になったのか不思議だが、性分なんだろうなあ。

 さて奉仕活動(というか強姦)、これもバレたら大変で、先住民の掟じゃ…

「相手が処女だった場合、ペニスの導管にイバラのようなものを突っ込まれ、十回から十二回ほど回転させられる」
  ――4 ゴールデン・キャップ

 素蔵したら縮み上がってきた。

 そんなバッカニアたちがタムロしていたのがジャマイカのポート・ロイヤル。荒くれどもの巣窟に相応しく、なかなかの魔窟だ。

ポート・ロイヤルの建物の四軒に一軒が、酒を飲ませる店か娼館なのだ。
  ――7 根っからの海賊

 そのくせ、バッカニア同士の社会は意外と民主的なのが可笑しい。例えば、ボスは投票で決める。解任も……

バッカニアにとって叛乱は、(略)不信任案を投票で決するのである。
  ――14 叛乱

 と、血は流れない。解任されたホスも、次のボスが決まるまでは拘束されるが、決まれば元の仕事に戻るのだ。

(1681年)1月6日、投票によりシャープは(司令官を)退任となり、後継者の投票が終わるまで手かせをはめられて監禁された。
  ――23 ロビンソン・クルーソー

 また、船内の生活も意外と平等で。

スペイン船では通常、将校の船室に、マットレス、ベッドリネン、尿瓶が備わっている。(略)バッカニアたちは、みんないっしょにハンモックをつかって雑魚寝するのである。
  ――14 叛乱

 この辺のヤクザやマフィアとの違いは、バッカニアは組織が流動的でメンバーの離合集散が激しい点だろうか。ついでに、契約書があるのも違いだろう。さすが年季の入った契約社会。

お宝を頂戴したあと、まずは船医や大工といった技術職にその職能に見合った報酬を渡し、(略)労働災害への補償も定められていて、左腕を失った者は五百ピース・オブ・エイトか奴隷五人を…
  ――6 西半球で二番目に大きい都市

 と、労災への補償もちゃんとあるのだ。実は人材不足だったのか? それと技術職を大事にしてたのは、上層部が現場をよく知ってるから、なのかな。その上層部も投票で入れ変わったりするし。

 特に医師は貴重だったようで、敵に捕らえられても…

(捕虜になった)三人の外科医は間違いなく処罰されていない。スペイン人が彼らの医療技術を無駄にするわけはなく…
  ――25 うずき

 医師が貴重なのは時代も洋の東西も問わない、人類普遍の性質なのかも。つか医師の技術があるのに海賊船に乗るって人も、かなり珍しいんだろう。

 もっとも、当時の医療技術なんて推して知るべしで…

(外科医のいない)船では医者の仕事を船大工が肩代わりする(略)。医者の技術と道具は、大工のそれと重なる部分がある。少なくとも料理人より大工のほうが医者に近い。四肢の切断手術には、船体からフナクイムシにやられた部分を切り取るのにつかったのこぎりをそのまま流用する。
  ――27 積み薪

 その外科医の能力も、四肢の切断をいかに手早く済ませるか、で測られてた時代だし。本書にも脚を切断する場面があるんだが、ホラーが苦手な人には厳しい描写だろう。

 そんな医師でも貴重なのは、本書に出てくる契約書の条項に戦闘に関する事柄が多い点でもうかがえる。

バッカニアの船員雇用契約書は(略)補償を定めている。たとえばヘンリー・モーガンのそれでは、「いかなる戦闘でも、敵の要塞に真っ先に飛び込んでいくといった目覚ましい活躍を見せた人間には……50ピース・オブ・エイトを与える」と約束している。
  ――5 決死隊

 危険で、かつ重要な役割には、相応の見返りもあるし、ハッキリと明文化している。現代の軍でも勲章やポイント制の昇進とかがあるけど、ここまで即物的じゃないだろう。これも離合集散の激しく、短期契約が基本の社会だから、だろうか。

 そして事前準備に関する条項もある。

毎回の遠征でバッカニアたちが同意する船員雇用契約書(略)にはよく、このマスケット銃の扱いに関する規定が記されている。武器をつねにきれいに保ち、いつでも戦闘に臨む用意をととのえていないものは、捕獲物の取り分を失うとともに、船長や仲間が決める懲罰を受けることになる。
  ――3 地峡

 本書にはスペイン兵 vs バッカニアの銃撃戦の場面が多くあるが、銃の扱いはバッカニアの方が巧みだった模様。やはり実践で鍛えているからだろうか。ちなみに当時の銃は先込め式です。

 なお本書じゃ海上に加え陸上の戦いも多い。だってそもそもの目的がスペイン人の町を襲ってお宝を奪う事だし。ってんで、戦術的なネタも出てくる。

スペインの都市では、教会は基地にするのに最適だった。町の中心地にあって大量の捕虜を収容できるうえに、信心深いスペイン人は神の家を攻撃するのは抵抗があるからだ。
  ――22 85人の屈強な仲間たち

 今も昔も宗教施設は戦術的に大きな意味があるんですね。

 また、手榴弾もあった模様。とはいえ、爆薬の周囲に金属片などを固めた程度の手製のシロモノだったようだが。

手榴弾を投げる人間は、このうえない危険に身をさらすことになるため、モーガンがパナマを襲撃する際に作成した契約事項には、敵に手榴弾を一個投げた者には五ピース・オブ・エイトが支払われると定めてあった
  ――24 非常に美しく堂々とした町、セント・マーク・オブ・アリカ

 つまり手榴弾を使う状況とは、遮蔽物の陰から盛んに銃撃してくる敵に肉薄して投げる、そんな場面なんですね。もっとも、本書内の手榴弾は、みんな不発だったりするんだが。所詮は素人の手製だし。

 などと戦闘は危険な状況なワケで、中にはビビる奴もいる。その対策もあって…

海賊船のなかには、弾が飛び交いはじめたところで、乗員が持ち場を捨てて甲板下で怠けるのを防ぐため、かんぬきをかけるか、紐で縛るなどして、あらゆるハッチを大工が閉鎖するものもある。
  ――19 浮かれ野郎ども

 もちろん、海賊船と軍艦の戦いもある。この場合、最初は砲撃戦で始まる。当時の艦載砲は左右の両舷に沿って配置する。だから戦い方も、敵に対し、いかに側面を向けるかがキモだったりする。

巨大な大砲が設置されているのは各船舶の側面だけであり、船首にも船尾にもない。当時の海戦では、側面を航行する敵を片舷斉射で討ち取るというのが慣例で、あらゆる大砲は船の側面から一斉に発射されるのである。
  ――11 ドラゴン

 もっとも、効果があるのは砲弾そのものより…

当時の海戦では、発射体そのものより榴散弾の破片によって死傷することが多かった
  ――12 運任せの勝負

 「榴散弾の破片」とあるが、Wikipediaによると榴散弾の開発は1784年とあるんで、ぶどう弾か、または砲弾の着弾の衝撃で飛び散った木片などの事を言ってる気がする。

 困ったことに、当時の銃や砲の火薬は黒色火薬で、これは火がつくと爆発する。だもんで、火薬庫に火がつくと大変で。

海戦において、火薬の爆発事故による死傷者数は全死傷者数の1/4を占める。
  ――13 甲板を流れる奔流のような血潮

 なお現代の無煙火薬も燃えるけど爆発はしないそうです。この火がつくってのは戦闘に限らないのが怖い。例えば雷。

電流が船のマスト群へ引きよせられ――そこが海で、一番高い場所となる――貯蔵している火薬を爆発させるのである。
  ――17 高潔であっぱれな勇者

 おまけに当時はGPSはもちろん経度を知る手段もなきゃロクな海図もないし、緯度だって天測で調べるんで晴れてないとわかんない。そんな環境で一攫千金を狙う連中なんで、皆さん人生アドリブでやってる感が強い。そういう奴だからこそ海賊になるんだろうけど。

 そんな連中だからか、衛生概念もお察しで。

海の男たちが身体を洗うのは数か月に一度がいいところ(略)船内には、腐った木材や帆布、乾いた小便やカビの生えた嘔吐物、ニワトリやブタやそのほかの家畜(ペット、あるいは将来の食材となる)、船底でポチャポチャと音を立てる汚水の中で腐敗している有機堆積物など、悪臭の源はいくらでもあった。
  ――16 海に呑み込まれる

 現代の軍でも潜水艦はキツいようだが、これほどじゃないと思う。よく病気にならなかったな? いや、ちゃんと?病人も出ました。

壊血病に侵された乗員たちは甲板下の睡眠室で回復を待つしかなかった。そこはゴキブリが這いまわる不潔極まりない場所であるうえに、木造船の宿命といえる水もれもある。(略)何日ものあいだ衣類は濡れたままで、寒くなっても暖を取る手段はなく、下甲板の悪臭を放つ闇のなかにぶら下がる濡れたハンモックに、溺死した――あるいはまだ生きている――ネズミといっしょに寝ているしかないのである。
  ――22 85人の屈強な仲間たち

 もちろん、壊血病の原因や治療法は知られていない時代です、はい。医師も役に立ってないじゃん。そんな船上生活の描写も、本書の嬉しいところ。例えば…

海賊船はとりわけ転覆しやすい。船荷は空っぽで、高いマストで何トンという重量の帆布がはためいているというのは、極度な頭でっかちと同じだからだ。
  ――16 海に呑み込まれる

 これは海賊船に限らず、船倉が空の帆船の全般に言える事なんだろう。そんな船は保守・管理も大事で。

船体に付着した海草はまさにジャングルといってよく、(略)3ノットほども減速する。
  ――18 ヘビの髪を持つ姉妹

 これは現代の船乗りたちも相変わらず悩んでる問題だよね。あとフジツボとか。それに帆船ならではの苦労もあって。

帆布は雨のなかでおろすことはできない。濡れたまま保管すると腐りやすいからだ。
  ――18 ヘビの髪を持つ姉妹

 帆布の素材は麻かと思ったけど、Wikipediaを見ると綿みたいだ。

 本書には長い航海で飢えや渇きに苦しむ場面が幾つかある。飢えたなら魚を釣ればいいいじゃん、と思ったら、やっぱり釣ってた。

1日で30リーグという快速で海を進み、120ポンドのビンナガマグロが獲れるなど釣果も上々で…
  ――31 陸地初認

 西洋人も魚を食べるのだ。薪は貴重だから、マリネかな? 水の補給も…

雨が降った(略)「パンプキン(船体から張り出した棒に張った帆)に飲料水が集まった」
  ――31 陸地初認

 と、雨水で補給する工夫があるのだ。そりゃそうだよね。

 モノに加え情報の補給も海賊の命綱。だから…

海賊は、捕虜にした人間すべてにかたっぱしから質問をぶつけるのが習いだった。生まれ故郷のこと、都心のこと、地方のこと。その結果、各地の製造業、資産、防衛施設、軍事力、弱点といった情報が、いかなる諜報組織がまとめる調書にもひけを取らないほど充実する。
  ――8 気楽なカヌーの旅

 そんな話をしてるうちに仲良くなる捕虜もいたり。

 捕虜ばかりでなく、奴隷にする場合もある。たいていは先住民なんだけど。これも油断大敵で…

夜のあいだは「つねに見張りをふたりたてることにした。でないと奴隷にいつ寝首を掻かれるかわからないからだ」
  ――26 射殺を覚悟する

 まあ当然だよね。この奴隷が後の裁判で重要な証言をする場合もあったり。

 かと思えば、商人とは異なった関係を築いてたりする。例えばスペインの要塞を襲いお宝を奪った後、スペイン商人が訪ねてくる場面がある。

彼ら(スペイン人商人)の目的は、(略)バッカニアがペリコ島から略奪してきた品を買い取ることだった。
  ――15 我らが銃の銃口

 海賊がうじゃうじゃいる海域に出張る商人だけあって、根性が座っているというか商魂たくましいというか。

 そんな海賊の目印といえば旗なんだが、当然ながら偽装もする。

身元を隠すために、バッカニアはしばしば自分たちの船にブルゴーニュの十字架を染めた旗を掲げて、敵の目を欺くことがあった。
  ――20 水、水

 なお「ブルゴーニュの十字架」はスペインの印です。旗に関しては他にも…

リングローズが休戦の白旗を持って…
  ――21 代償金

 と、「戦意の無い印」と認識されていた模様。Wikipediaを見ると「西暦25-205年の中国」「西暦69年の第二次クレモナの戦い」なんて例もあって、これまた人類共通の感覚なのかも。

 逆に海賊同士の戦い…というか喧嘩の描写も少しだけある。つまりは決闘だ。これもマナーが決まってて。

おそらく「剣かピストル」を持って決闘者ふたりは背中合わせに立ち、立会人の声でふりかえって攻撃する。それでもまだふたりとも立っていたなら、次はカトラスをつかって引き続き戦い、最初に相手に血を流させた方が勝者となる。
  ――30 ホーン岬

 ちなみに本書じゃ戦った両者ともに次の日にはアッサリと生きてるんで、別に必ずしも命がけってワケじゃないようだ。

 と、そんな無法者たちが、一攫千金を狙いながらもいきあたりばったり出たとこ勝負の破天荒な生き方を、冒険物語風に生々しく描いたのが本書だ。カリブの海賊に興味がある人はもちろん、当時の船上生活が知りたい人にもお薦め。

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2026年5月 7日 (木)

ノーマン・オーラー「ヒトラーとドラッグ 第三帝国における薬物依存」白水社 須藤正美訳

ナチ党員は(略)厳格なドラッグ撲滅政策を展開した。だが、それにもかかわらず総統ヒトラーのもとで、抜群の効果をもち、きわめて依存性が強く、ことのほか人心を惑わすドラッグが大流行することになった。
  ――第1部 国民ドラッグ「メタンフェタミン」 1933年~1938年

ヒトラーは1941年秋からホルモンとステロイドの注射を受け、遅くとも1944年下半期以降はコカイン、さらにオイコダールが大量に使用された。
  ――第3部 ハイ・ヒトラー、患者Aと彼の主治医 1941年~1944年

オピオイド中毒は、もともと彼に備わっていた硬直した思考や決して自らの手を汚さない暴力行使の傾向を、セメントでさらに固めたに過ぎない。
  ――第3部 ハイ・ヒトラー、患者Aと彼の主治医 1941年~1944年

【どんな本?】

 晩年のヒトラーの記録を見ると、「頭おかしいんじゃね?」と感じる人は多い。この疑問に対し、「そうだよ、彼はヤクでラリってたんだ」と答えるのが本書である。

 どんなヤクか? 初期はビタミン剤やホルモン剤だったが、やがてペルビチン(メタンフェタミン,日本の俗称はヒロポン/シャブ)、コカイン、オイコダール(アヘン系鎮痛剤)などを連日注射していた。

 ヒトラーの主治医として彼に付き添った医師テオドール・モレル(→Wikipedia)の膨大かつ散逸したメモや処方箋を、著者は世界中を巡って調べ上げ、ヒトラーがヤクにハマってゆく様子を再現してゆく。

 と同時に、ドイツ陸海軍や親衛隊も熱心に向精神薬を研究・開発・利用していた由を暴き、当時の第三帝国が薬物まみれであった実態を描き出してゆく。

 小説家かつジャーナリストの著者が、丹念な調査と取材によって、第二次世界大戦に新しい角度から光を当てる、衝撃の歴史ドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Der totale Rausch: Drogen im Dritten Reich, Norman Ohler, 2015。日本語版は2018年10月5日発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約292頁に加え歴史家ハンス・モムゼンによる解説「ナチズムと政治的リアリティの喪失」2頁+訳者あとがき6頁。9.5ポイント45字×20行×292頁=約262,800字、400字詰め原稿用紙で約657枚。文庫なら厚めの一冊分。

 文章は比較的にこなれていて読みやすい。が、小説家らしくやや文学的な表現も多い。内容も特に難しくない。電撃戦やクスルク戦車戦などの重要な背景は、本書内で説明がある。とはいえ、大雑把な流れは掴んでいた方がいい。また、メタンフェタミンを初めとして聞きなれない薬物の名前が頻繁に出てくるのは覚悟しよう。

 メタンフェタミンは覚醒剤でペルビチン=ヒロポン/シャブ、オイコダールはアヘン系でモルヒネやヘロインの仲間、コカインはコカノキから作るアッパー系の向精神薬。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、品雄に頭から読もう。

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  • 使用説明書 序文に代えて
  • 第1部 国民ドラッグ「メタンフェタミン」 1933年~1938年
    ブレイキング・バッド 帝国首都のドラッグ工房/19世紀の序曲 原薬物/ドイツ、薬物の国/化学の20年代/権力交代とは薬物交代なり/反ユダヤ政策としての反ドラッグ政策/クアフュルステンダムの有名医師/患者Aのための多剤カクテル注射/国民ドラッグを恃みとする民族体
  • 第2部 ジーク・ハイ 電撃戦はメタンフェタミン戦なり 1939年~1941年
    証拠探し 連邦公文書館軍事記録局(フライブルク)/ドイツの軍隊はドイツの薬物を発見する/グラウブロートからブレインフードへ/ロボット/バーンアウト/モダン・タイムス/時は戦なり/「ちまちませずに派手にやれ」/時はメスなり/クリスタル・フォックス/だがヒトラーは電撃戦を理解せず/ダンケルクの停止命令 薬理学的解釈/国防軍の薬物ディーラー/戦争とビタミン/フライング・ハイ/外国への喜ばしいプレゼント
  • 第3部 ハイ・ヒトラー、患者Aと彼の主治医 1941年~1944年
    現地訪問 アメリカ国立公文書記録管理局(ワシントンDC)/ブンカー メンタリティ/東部の陶酔/元衛生将校が語る事実/プラネット・ヴェアヴォルフ/屠畜場ウクライナ/「x」と完全なる現実喪失/オイコダールの服用/薬物集積場としての諜報機関/患者D/患者B/暗殺未遂とその薬理学的な帰結/ついにコカイン!/スピードボール/医師たちの戦争/自己の抹消/スーパー・ブンカー/線路マーク/責任問題
  • 第4部 その後の濫用 血とドラッグ 1944年~1945年
    現地訪問 連邦軍医科大学校(ミュンヘン)/ザクセンハウゼンへの業務旅行/錠剤パトロール/正真正銘の没落/洗脳/薬物の黄昏/最終出口 総統地下壕/解雇/最後の毒物/モレルの内面崩壊
  • 千年の愉楽
  • 謝辞/ナチズムと政治的リアリティの喪失 ハンス・モムゼン/訳者あとがき
  • 図版の出典/文献リスト/註/人名・事項索引

【感想は?】

 ある程度は時代背景もあり、割り引いて考える必要もある。例えばペルビチン=メタンフェタミン=ヒロポンが日本で禁じられたのは1949年だ(→Wikipedia)。それでも、特に戦況が悪化した終盤の容赦は背筋が凍る。ヒトラーは完全なジャンキーだったのだ。

 1938年、テムラー社はペルビチンを鳴り物入りで売り出した。同社はベルリンのすべての医師に無料サンプルを配る。返信ハガキと共に、以下の文言をつけて。

「初回分に限り無料!」
  ――第1部 国民ドラッグ「メタンフェタミン」 1933年~1938年

 まるきしヤクのバイニンじゃねえかw

 このペルビチン、気分は良くなり眠気も飛び自信満々になる。のはいいが…

大脳に大きな抽象能力が要求されるプロセスの処理に関しては、ペルビチンを服用しても成績の向上はみられなかったのだ。計算は確かに速くなったものの、計算ミスも増えた。
  ――第2部 ジーク・ハイ 電撃戦はメタンフェタミン戦なり 1939年~1941年

 別に頭が良くなるんじゃなくて、単に自信過剰になるだけらしい。おまけに乱用すると妄想や依存性などのツケが回ってくるんだが、それもしこたま利息をつけて。

 さすがにこの時点じゃ注射じゃなくて錠剤なんで多少はマシかもしれないが、一般市民向けのチョコレート菓子にまで入ってるとか、ヤバいだろ。

 この効果には軍も注目する。1939年のポーランド侵攻でも、第九軍の軍医が報告している。

「兵士たちが持てる力をすべて出し切らねばならぬような難局で、ペルビチンを支給された部隊は、支給されなかった部隊をはるかに上回る戦果を挙げたのだ」
  ――第2部 ジーク・ハイ 電撃戦はメタンフェタミン戦なり 1939年~1941年

 将兵にペルビチンを配り、ハイな状態で戦場に送り込んだのだ。その優れた実績に基づき、すぐにテムラー社へ増産体制に入るよう要請する。

「特別な状況下で、睡眠によって軍事的な成果が脅かされる場合には、眠気を克服することの方が、例えばそれとの関連で生じうる後遺障害へのいかなる配慮よりも重要となる。そして眠気の打破には(…)覚醒剤が利用できる」
  ――第2部 ジーク・ハイ 電撃戦はメタンフェタミン戦なり 1939年~1941年

 かの有名な電撃戦も、覚醒剤ありきの計画だった。

ハインツ・グデーリアン「諸君に要求する。必要とあらば、少なくとも三日間、昼夜一睡もせずに奮闘せよ」
  ――第2部 ジーク・ハイ 電撃戦はメタンフェタミン戦なり 1939年~1941年

 兵をドラッグで強化なんて作り話かと思ったが、歴史的な事実だし、実際に効果があったのだ。1973年の第四次中東戦争を描く「砂漠の戦車戦」でも師団長が寝不足でボケる描写があったし、戦場での睡眠は死活問題らしい。2001年からの米国主導のアフガニスタン戦争でも、軍から向精神薬を求められたとの話が本書に載っている。

 ともあれ第三帝国に戻ろう。薬物に頼ったのは国防軍だけでなく、海軍もだ。ナチス版回天のゼーフント(→Wikipedia)開発に当たり、乗務員の負担が大きな問題となる。狭い艦内で数日間、眠らずに航行しなければならない。そこで…

海軍軍医将校ハンス=ヨアヒム・リヒェルト博士「丸四日間の投入が可能な潜水艇ゼーフントの使用条件は過酷であるので、新しい薬剤の開発と治験を要請している」
  ――第4部 その後の濫用 血とドラッグ 1944年~1945年

「四昼夜、人間をまったく(もしくはほとんど)眠らせずに高いパフォーマンスを維持させるという目標は、薬物A~Dを使用したときに実現可能となる」
  ――第4部 その後の濫用 血とドラッグ 1944年~1945年

 と、より強力な覚醒剤の開発に乗り出している。

 また、親衛隊も強制収容所の囚人を使って自白剤の研究・開発・実験を行った。

親衛隊大尉クルト・プレートナー博士「メスカリン(→Wikipedia)が効果を発揮すると、(略)いつでもその囚人の最も個人的な秘密さえ聞き出すことができた。(略)言質を取って相手に罪を着せることは実に容易である」
  ――第4部 その後の濫用 血とドラッグ 1944年~1945年

 なお、この成果は戦後に米国が美味しくいただきました。ペーパークリップ作戦(→Wikipedia)の一部かな?

 とか書いてるが、これらはいわば副菜。主菜はヒトラーとその主治医テオドール・モレルだ。モレルは家畜の内臓などから精製したホルモンやビタミンを混ぜ、ビタムルチンと名付けた栄養剤をヒトラーに与え、巧みに取り入る。とまれ、医師が総統に意見できるはずもなく。

「私はいつも短い診療時間で許容限度ギリギリの大量の薬剤を処方しなくてはなりませんでした」
  ――第3部 ハイ・ヒトラー、患者Aと彼の主治医 1941年~1944年

 ちなみに患者Aとはヒトラーを示す。その薬剤も決まった定食メニューではなく、多様な薬物を日々様々な割合で混合したシロモノ。例えば1945年4月8日のメモでは…

「強心薬のカプセルにレバー製剤を合わせた。それによって強い刺激作用を狙ったのだ」
  ――第4部 その後の濫用 血とドラッグ 1944年~1945年

 アドリブでテキトーに処方していたのだ。その頻度は、ほぼ毎日である。

1941年8月から1945年4月にかけて、この主治医は連日、患者の診察に当たった、(略)ほぼ1日に1回、注射していた計算になる。
  ――第3部 ハイ・ヒトラー、患者Aと彼の主治医 1941年~1944年

 開戦後は、ヒトラーと最も長い時間、接触していた人物だろう。

 その関係は、戦況が悪化すると共に深まってゆき、また投与方法も経口から注射へ、中身も激しいモノへと変わってゆく。

1943年7月18日は(略)これまで以上に戦況が悪化したのだ。赤軍がクルスクで軍事史上最大の戦車戦に勝利し、(略)連合軍がシチリア島に上陸し…
  ――第3部 ハイ・ヒトラー、患者Aと彼の主治医 1941年~1944年

「患者A」の1943年第2四半期のカルテが残されている。その右下の個所に、ある薬品名が記され何本もの下線が引かれている。オイコダール。(略)有効成分は(略)アヘンに含まれる物質から合成された半合成麻薬である。
  ――第3部 ハイ・ヒトラー、患者Aと彼の主治医 1941年~1944年

 なお、ラリっていたのはヒトラーだけではない。

1923年にミュンヘンのフェルトヘルンハレを襲撃した際に腹部に重曹を負っていた国家ナンバー2のゲーリングは、数年前から重度のモルヒネ中毒に患っていた。
  ――第2部 ジーク・ハイ 電撃戦はメタンフェタミン戦なり 1939年~1941年

 まあ、この文でゲーリングにモルヒネを処方したのはモレルではない。が、モレルがヒトラーの主治医となって以降、モレルのお世話になった人物の一覧はなかなか壮観だ。

ムッソリーニ,実業家アルフリート・クルップ,実業家アウグスト・ティッセン,レニ・リーフェンシュタール,ヒムラー,外相フォン・リッペントロープ,軍需大臣シュペーア,日本大使大島浩将軍,ゲーリング夫人…
  ――第3部 ハイ・ヒトラー、患者Aと彼の主治医 1941年~1944年

 さすがに何を処方したのかまでは書いていないけど。

 それはともかく、ヒトラーとモレルの関係は、次の文が見事に表している。

1944年2月24日には患者Aから騎士十字戦功十字章まで受けている。(略)受勲したばかりの主治医はこのすぐ後に感謝の意味を込めて、「初めての強力ビタムルチン注射(疲労回復と気力体力の充実のため)を打った」
  ――第3部 ハイ・ヒトラー、患者Aと彼の主治医 1941年~1944年

 感謝の注射って、なんだよ。まるきしバイニンがジャンキーに与える御褒美じゃねえか。

 実際、晩年のヒトラーは、ストレスとヤクでイカれた心身を、ヤクで無理矢理支える末期状態へと転げ落ちてゆく。

1944年11月には(略)毎回針を刺すと新たな傷ができて古い傷と繋がり、生長を続ける長いかさぶたとなった。これはジャンキーたちがよく言う「線路マーク」、つまり注射疵が繋がって醜い線路のような形になったものだ。
  ――第3部 ハイ・ヒトラー、患者Aと彼の主治医 1941年~1944年

 第三帝国の末期を描いた作品で描かれるヒトラーは、現実から目を背けて根拠のない楽観論にしがみつき、撤退を進言する軍人を裏切り者と決めつける狂人のように描かれる。あれは正確だったのだ。だってヒトラーはシャブとアヘンとコカインでハイになってたんだから。

 クスルクの敗北などの都合の悪い現実に向き合おうとせずに薬物に逃げるヒトラーと、彼の狂った命令に諾々と従う取り巻きたち。そんな第三帝国末期の首脳陣を見ると、権力って何だろうな、などと考え込みたくなる。

 電撃戦におけるダンケルクの停滞の原因を「ヒトラーは誰がボスかを陸軍に思い知らせたかった」とするなど、「電撃戦という幻」に準じていたりと、軍ヲタにも楽しめる部分が多い。とはいえ、やはり本書の圧巻は晩年のヒトラーの様子だろう。第三帝国に興味がある人にお薦め。

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2026年5月 3日 (日)

トビー・レスター「第四の大陸 人類と世界地図の二千年史」中央公論新社 小林力訳

本書をまとめているものはヴァルトゼー・ミュラーの地図そのものである。
  ――はじめに

ヴァルトゼーミュラーは、現代的な世界地図製作において原型となるものを作ったようだ。すなわち、世界の大陸と海岸の姿を、ほぼ我々が今日知るような形で提示した、最初の地図である。
  ――プロローグ 目覚め

地図が究極的に表現するものは、(略)人間の経験そのものに他ならない。それは世界における我々自身のための場所を思い描くという、決して終わることのない試みなのである。
  ――エピローグ 世界の姿

【どんな本?】

 2003年、米国議会図書館が一組の地図を一千万ドルで購入する。独立宣言のオリジナルより約200万ドル高価で、公の場で取引された歴史的文書としては当時の最高額だった。それはヴァルトゼー・ミュラーの地図(→Wikipedia)と呼ばれ、「アメリカ」という地名の由来となった地図である。

 「第四の大陸」とは、南北アメリカ大陸を示す。中世から目覚め始めた13世紀から大航海時代の曙である16世紀初頭にかけ、ヨーロッパ人の世界観は大きく変わる。それまで世界に三つの大陸で形作られていると思われていた。アジア・ヨーロッパ・アフリカである。だがモンゴル帝国の襲来や香辛料貿易により、彼らの世界観は広がってゆく。やがて人文主義の勃興やコンスタンティノープルの陥落に伴う人材の流入そしてコロンブスの航海により、彼らの世界観は揺らぎ始め…

 「アメリカ」という地名の由来を追いかけながら、当時の欧州人の世界観の変化が地図へと反映してゆく過程を、有名無名取り混ぜ多くの人物の交わりを通して描く、歴史ノンフィクションの力作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Fourth Part of the World: The Race to the Ends of the Earth, and the Epic Story of the Map That Gave America Its Name, Toby Lester, 2009。日本語版は2015年8月7日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約468頁に加え年表5頁+訳者あとがき3頁。9ポイント46字×21行×468頁=約452,088字、400字詰め原稿用紙で約1,131枚。文庫ならたっぷり上下巻ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。歴史的な経過や背景は本書内で説明があるので、世界史に疎くても大丈夫だろう。それより、カナリア諸島など大西洋の島々やカリブ海・南米周辺の地名がよく出てくるので、手元に世界地図があると便利だ。

【構成は?】

 原則として時代を追って進むので、素直に頭から読もう。

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  •  主要登場人物
  • はじめに
  • プロローグ 目覚め
  • 第1部 旧世界
  • 第1章 マシューの地図
  • 第2章 神の天罰
  • 第3章 世界を記述する
  • 第4章 大洋の向こう
  • 第5章 見ることは信じること
  • 第2部 新世界
  • 第6章 再発見
  • 第7章 賢人プトレマイオス
  • 第8章 フィレンツェ人の世界観
  • 第9章 未踏の大地
  • 第10章 アフリカの大地へ
  • 第11章 学者たち
  • 第12章 嵐の岬
  • 第13章 コロンボ
  • 第14章 提督
  • 第15章 キリストを運ぶ者
  • 第16章 アメリゴ
  • 第3部 新旧世界の融合
  • 第17章 ギムナジウム(学舎)
  • 第18章 果てのない世界
  • 第19章 その後の世界
  • エピローグ 世界の姿
  • 補遺 スティーヴンスとブラウンの地図
  • 年表 本書で取り上げた主な出来事
  •  訳者あとがき

【感想は?】

 最初にお断りしておく。書名から思い浮かべるような、南北アメリカ大陸発見の物語ではない。いや後半でコロンブスやアメリゴ・ヴェスプッチは出てくるのだが、両名ともソコが米大陸だとは思っておらず、アジアの一部だと思っていたようだ。「アメリカ」と名付けられた経緯は終盤で明らかになるのだが、けっこう脱力物だったりする。

 では主題は何かというと、ヨーロッパ人の世界観の変転である。そういう点では「地図の世界史」とも共通するテーマだが、本書は13世紀から16世紀初頭に焦点を絞っている。

 最初に出てくる世界観は、TO図(→Wikipedia)である。円の上半分がアジア、下を更に左右に分け右がアフリカで左がヨーロッパ。現在の地図は北が上だが、TO図は東が上だ。これはキリスト教的な世界観を表している。

(13世紀初頭イギリスの修道士ブラザー・)マシュー(・パリス,→英語版Wikipedia)の描く地図は、(略)神が創造したままの世界を描いていた。
  ――第1章 マシューの地図

 当時の欧州人には、プレスター・ジョン(→Wikipedia)の存在が大きかったようだ。東方におわすキリスト教の王国を統べる偉大な伝説の王である。お陰で…

モンゴル軍がコーカサスに進出したとき、友好的に迎えられたことも不思議ではない。チンギス・ハーンとプレスター・ジョンは同一人物とみなされたのである。
  ――第2章 神の天罰

 これはエンリコ航海王子(→Wikipedia)やコロンブスの航海にも影響があり、その影響力の大きさに唖然としたり。

黄金とプレスター・ジョンを夢見ることこそ、ポルトガル人をしてアフリカ西海岸を南下させた原動力だった。そしって、奴隷貿易もまた原動力となった。
  ――第10章 アフリカの大地へ

 そこにマルコ・ポーロが登場する。彼の東方見聞録には、独特の特徴があった。

(東方)見聞録は、(略)新たに世界の全体像を示すことを目指したのである。
  ――第3章 世界を記述する

 文章ではあるが、まさしく地図を目指したのだ。

 が、現実に忠実な地図は、意外な所から出現する。海図だ。長距離の航海には、正確な地図が必要なのだ。

海図がもたらした(略)最大の変化は、船乗りたちが海図とコンパスを使い、星が見えるかどうか案ずることもなく、大きな自信を持って長距離の航海に出発できるようになったことだ。
  ――第4章 大洋の向こう

 まあ地上の地図なら、距離より旅程=移動にかかる時間に準じた方が使い勝手がいいしね。

 とまれ、やがて正確な位置を反映した地上の地図も欲しい、となる。そこで必要なのが緯度と経度だ。そのデータは、意外なところにあった。

(ロジャー・)ベーコンの時代、緯度と経度は地理学上の道具ではなく、天文学のツールだった。(略)つまり占星術の材料の一つとして必要な情報だった。
  ――第5章 見ることは信じること

 天動説の時代ではあったが、天体の運動は精密な観測がなされ、また周転円を用いた正確な予測もできたのだ。占星術のために。

 そして勃興する人文主義は、王侯貴族の野望と利害の一致をみる。

ローマ教会と欧州貴族が、大西洋の探検と帝国主義的拡張という新たなプログラムを発展させるに当たり、古代の地理学に基づいた知識を利用し始めたということだ。ペトラルカたちにとって都合の良いことに、この潮流はローマ時代の知識、力、地理的範囲を研究しようとする新たな人文主義的流れに合致するものだった。
  ――第6章 再発見

 ここで意外だったのは、人文主義者が目指したのはローマ時代の復興であって、ギリシャ時代ではない点。よって人文主義者たちが漁ったのはラテン語の文献であって、古代ギリシャ語ではない。つか彼らは古代ギリシャ語ができなかったのだ。

 よって、本書中で古の賢者扱いされているプトレマイオス(→Wikipedia)には、目が行かなかった…当初は。

 そのプトレマイオスの著作『ゲオグラフィア』(→Wikipedia)は、単に世界の姿を示しただけではない。科学的な位置の測り方・数学的に正確な計算方法そして地図への投影方法、すなわち正確な地図の作り方をも示したのだ。

彼は(略)世界を地図化する方法を読者に示すために『ゲオグラフィア』を書いたのである。
  ――第7章 賢人プトレマイオス

 そんな具合に無視されていたギリシャの遺産だが、意外なきっかけで転機が訪れる。オスマン帝国の包囲に危機を感じたコンスタンチノープルから、助けを求める使者が訪れ、西欧との交流が復活したのだ。招かれたマヌエル・クリュソロラス(→Wikipedia)は、東ローマ帝国が受け継いだギリシャの知的遺産を西欧にもたらす。

プトレマイオスの『ゲオグラフィア』がついにヨーロッパで復活したのだ。
  ――第8章 フィレンツェ人の世界観

 この勢いを後押ししたのが、教会大分裂(→Wikipedia)の解決を目指す1414年からのコンスタンツ宗教会議(→Wikipedia)というのが面白い。いや肝心の主題は全く進まないのだがw

 これには各国からお偉方が集まった。大勢の取り巻きを引き連れて。その中には多くの学者・知識人も混じっていた。彼らは一向に進まない会議に退屈し、近所の教会などで古の文献を漁り、また学者同志で語り合う。つまりは世界的な学会をアチコチで開催したのだ。

「コンスタンツ(宗教会議、→Wikipedia)では、異物を発掘したことこそ最も重要な成果だ」
  ――第9章 未踏の大地

 続く1430年からのフィレンツェ公会議(→Wikipedia)では、より多くのキリスト教徒が集う。

アルメニア人、カルデア人、コプト人、エチオピア人、グルジア人、ギリシャ人、マロン人、ネストリア人、ロシア人などがこぞってフィレンツェに集まった。
  ――第11章 学者たち

 そして、より多くの学者たちが交流を深めてゆく。

フィレンツェ公会議は、ある重油な分野――地理学上の学説――の統一に役立った。人文主義者たちの系統だった研究により、あらゆる階級のヨーロッパ人が新しい概念をまじめに考え始めた。世界全体は、知られている世界だけではなく、理解し探検する撚りがあるのではないか?
  ――第11章 学者たち

 学者たちが意見や研究成果を交換し合うのは、学問を発展させる契機になるのだ。シリコンバレーも、そういう事なんだろう。ここで復活したプトレマイオスの知恵やマルコ・ポーロの経験が、イベリア半島の王たちの野望を後押しする。

15世紀にポルトガル王に仕えたドイツ出身の地理学者マルティン・ベハイム(→Wikipedia)「ここに示したリンゴ[地球儀]には、全世界が園」長さと幅に比例して、幾何学の原理に従い示されている――すなわち、ある部分はプトレマイオスが述べたことに、そして残りはヴェネツィアの騎士、マルコ・ポーロが1250年[原文のまま]に書き留めあせたことに従っている」
  ――第12章 嵐の岬

 とまれ、新大陸は大西洋の西にある。船乗りたちにとって、大海原で東西の距離を測るのは難題だった。

東西の距離を測ることは、地理学者にとって常に課題であった。
  ――第13章 コロンボ

 これに対し、アメリゴ・ヴェスプッチは巧妙な解を見つける。

もし滅多にない天体の出来事――例えば、惑星あるいは月の合つまり重なり――が観測できれば、その時刻を正確に記録する。(略)それがヨーロッパで何時間早く起きることになっていたか調べるのだ。
  ――第16章 アメリゴ

 そして月と火星の合を観測し、その時刻によって現在地の緯度を計算するのだ。繰り返すが、天動説の当時でも天体の運行の観測と予測は正確だった。

 賢い。…だがしかし、ヴェスプッチの計算=82.5度は正解の60度と大きくズレていたんだが。ざんねん。

 話を戻す。コロンブスは西に向かい、陸地を見つける。もっとも、彼は先の理由で地球の大きさを過小評価していたし、見つけた陸地をアジアだと思い込んでいた。それでも、彼の発見は大ニュースだった。<

ヨーロッパのいくつかの都市では、さっそく印刷業者が(最初の航海から帰還した)コロンブスの手紙を出版し始めた。それらは今でいうベストセラーになったといってよい。(略)彼は西の大海でいくつかの縞を発見し、その大きな権利を主張していた。ただそれだけのことだった。
  ――第14章 提督

 当時の人々は、現在のパナマ地峡あたりに海峡がある、つまりより西へ行く航路があると思っていた。そしてコロンブスは海峡を探すのだが…

彼(コロンブス)は海峡を見つけられなかった。そしてスペインでは自分の名声が色褪せてしまった事実に直面する。
  ――第15章 キリストを運ぶ者

 今でこそコロンブスは有名人だが、晩年は冷淡に扱われた。というのも、当時の社会には大きな富をもたらさなかったからだ。変わってスターになったのが、南米大陸にたどりついたアメリゴ・ヴェスプッチ(→Wikipedia)。そう、地名「アメリカ」の所以となった人物である。彼による冒険公開の手紙は、これまた話題になる。

1506年までに23種類もの版が刷られ、(ヴェスプッチの)手紙はベストセラーになった。
  ――第16章 アメリゴ

 が、これが後世の研究者には頭痛の種になる。

しかしその話は、ほぼ間違いなく作りごとだった。
ここに歴史家が「ヴェスプッチ問題」と匙を投げる事態が持ち上がる。ヴェスプッチの名前で出版された手紙は、彼本人が書いていないのではないかという非常に厄介な問題である。
  ――第16章 アメリゴ

 当時の印刷所は、ウケを狙って山ほど駄法螺を盛り込んだのだ。人食い人種,乱交,豊かな食物など。まったく、マスコミってのは昔からw

 いや当時の学者たちも似たような苦労をしてるんだけど。

「多くの箇所で、最も熱心な読み手でさえ、どれが後世の者による文か、どこがプトレマイオス自身に帰する文か分からなかった」
  ――第17章 ギムナジウム(学舎)

 プトレマイオスの『ゲオグラフィア』を復刻しようにも、伝わっているのは写本である。写し間違いもあれば手抜きで一部を削ったり、勝手に書き換えたり。写本の厄介なところだね。

 とまれ、これらの困難を乗り越え、プトレマイオスの『ゲオグラフィア』を継ぎ、ヴェスプッチらの功績を加え、最新の世界地図を作ろうとする者たちが現れる。マティアス・リングマン とマルティン・ヴァルトゼーミュラー(→Wikipedia)である。

ヴァルトゼ―ミュラーは当時の地図製作者の常識を捨て、新しく発見された大地をアジアの一部とはしなかった。(略)彼はそれを海に囲まれたものとした。
  ――第18章 果てのない世界

 そして、やっと本書の冒頭へとつながる。

彼はこの新しい大陸に名前を与えた。アメリカである。
  ――第18章 果てのない世界

 ヴェスプッチにちなんだ名前だが、ヴェスプッチ本人は了解していない。出版人が勝手に名付けたのである。

 幸いにしてこの本は好評を博す。この当時の書籍流通の実態が楽しい。

16世紀初め、本を売るのに最も良い場所は、地域における書籍市だった。(略)最も重要なものはフランクフルトのブックフェアであり、これは今日まで続いている。
  ――第19章 その後の世界

 コミケかよw 当時の出版業の市場規模を思えば、コミケよりささやかだったのかも。この辺の事情は「印刷という革命」が詳しい。

 それはともかく、この本と地図は話題を呼び、次の時代へと繋がってゆくのである。

地図は当時既にポーランドにも入っていた。そしてドイツ語を話す人文主義者ニコラウス・コペルニクスが、今こそ宇宙の全く新しいモデルを提示すべきだと決断する後押しとなったのである。
  ――第19章 その後の世界

 「アメリカ」という地名に焦点を当て、そこにたどり着くまでの道筋を、宗教的なTO図からヴァルトゼーミュラーの地図まで、モンゴル帝国の拡大や教会分裂などの歴史の偶然と、それを契機に出会い交わった人々の姿を通して描いた、重量級の歴史絵巻。西欧中心の史観ではあるが、丁寧な調査が描き出す精密な歴史像は、科学史にも通じる面白さがある。科学史・技術史が好きな人にお薦め。

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2026年1月27日 (火)

若宮總「イランの地下世界」角川新書

地下世界――。そこには、イラン政府はもちろん、ときにイラン国民でさえも容易には認めたがらない、この国の真実が隠されている。
  ――はじめに

ベールで女性が何を隠さなければならないのかについて、コーランには具体的な記述がない
  ――第1章 ベールというカラクリ

圧倒的多数のイラン人に共通しているのは「イスラム共和国は“オワコン”」という認識だ。
  ――第4章 イラン人の目から見る革命、世界、そして日本

【どんな本?】

 ホメイニ→ハネメイと、イスラム聖職者による圧制が続くイラン。2025年末から2026年初頭にかけ、市民による大規模な抗議行動と、当局による暴力的な鎮圧がニュースになり、ついにイラン政府はインターネットまで遮断した。

 厳格なイスラム共和制の印象が強いイランだが、それはあくまでも政権の話。普通の人々は、どんな人々なのか。何を考え、どのように友人知人と付き合い、どんな暮らしをしているのか。どんな人がイスラム共和制を支えているのか。他の国を、どう見ているのか。付き合ってみると、どんな人たちなのか。

 10代からイランに魅せられ、長くイランと日本を行き来する暮らしを続けている著者が、市民目線で見たイラン社会とイラン人を語る、ちょっと変わったイランの解説書。

 ちなみに「若宮總」は筆名で、登場人物もすべて仮名である。イランの当局に正体がバレるとヤバいのだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2024年6月15日初版発行。新書版で縦一段組み本文約278頁に加え、高野秀行による解説が豪華12頁。9ポイント41字×16行×278頁=約182,368字、400字詰め原稿用紙で約456枚。文庫なら普通の厚さ。

 文章はこなれていて親しみやすい。内容も分かりやすい。イランの歴史に触れる所も多いが、特に20世紀以降の現代史については、かいつまんだ説明があるので、素人でも大丈夫。イランについてペルシャ絨毯とイスラム共和制ぐらいしか知らなくても、充分についていける。

【構成は?】

 「はじめに」だけは最初に読もう。以降は美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。

  • はじめに
  • 第1章 ベールというカラクリ 貞節、政治化、「イスラム・ヤクザ」
  • 第2章 イスラム体制下で進む「イスラム疲れ」 キリスト教、神秘主義、古代礼賛
  • 第3章 終わりなきタブーとの闘い 薬物、酒、自由恋愛、美容整形
  • 第4章 イラン人の目から見る革命、世界、そして日本 王政復古、反米、反中、親日
  • 第5章 イラン人の頭の中 謙遜、メンツ、嫉妬心
  • 第6章 イランは「独裁の無限ループ」から抜け出せるか 小さな独裁者、コネ、歪んだ義理人情
  • おわりに
  • 解説 愛溢れる唯一無二のイラン観 高野秀行

【感想は?】

 俺的結論:イラン人の中身はイタリアン。

 すまん。トバしすぎた。本書の書名には「地下世界」とあるが、別にマフィアやスラムの話じゃない。いや少しだけイランでは違法なネタもあるけど。

 じゃ何かというと。我々が思い浮かべるイランは、厳格なイスラム法に縛られた社会だ。だが、そのベールを脱ぐと、どうなのか。普通のイラン人は、何を考えどんな風に暮らしているのか。現代のイランで長く暮らし、現地の友人知人も多い著者が語る、そういう本です。

 先にも書いたが、「若宮總」は筆名だし、登場人物もすべて仮名だ。その程度にはヤバいネタも含んでいる。繰り返すが、ヤバいのは政府当局の追求であって、反社や裏社会に追われるワケじゃない。

 イランでは2025年末から盛んに反政府デモが起きているので判るように、イラン市民の多くは現体制を嫌っている。だが、とりあえず今まではホメイニ/ハネメイが支配するイスラム共和制を維持してきた。では、いったい、誰が支えているのか。敬虔なイスラム教徒なのか。どうも、違うらしい。

 本書に出てくるのは、バシージ(→Wikipedia)およびハネメイの直属機関「イスラム宣伝局」に属する人だ。コネで電気はタダ、テレビじゃ禁制の衛星放送、画面のホメイニやハネメイには悪態。つまり、現体制で甘い汁を吸っている輩である。

数の上では決して多くないが、いかんせん生活がかかっているため、彼らは大した信仰心もないくせに、いついかなる場合も全力でイスラム体制を支えようとする。
  ――第1章 ベールというカラクリ

 革命防衛隊の連中は小金持ちの家に押しかけて家探しし、欧米のCDや製品を見つけちゃ脅して小遣いを稼いでる、そんな話をどっかで聞いたが、どうも本当らしい。

 そんな具合に、当局にコネがある輩はイスラムを口実にやりたい放題だが、普通の市民は経済制裁で苦しんでる。これで市民のイスラム離れにもつながっている、というから意外だ。

「イスラムを掲げているのに、ちっとも国がよくならない。これはきっとイスラムそのものに問題があるからだ」
  ――第2章 イスラム体制下で進む「イスラム疲れ」

 全員がそうではないにせよ、そんな風に考える人も出てきているのだ。

 2026年1月下旬のイランは当局の妨害により他国との通信が難しくなっているが、本書が出た当時はそうでもなかった。だから、多くの市民は開国のニュースにも触れている。

イラン人が洗脳されていないのは、彼らが国営放送をはじめとする国内の「御用メディア」を、まったくと言っていいほど見ていないからである。
では、何を見ているかといえば衛星放送である。
  ――第3章 終わりなきタブーとの闘い

 ちなみに衛星放送も違法で、パラポラアンテナも見つかれば御用…のはずだが、当局もそこまで手が回らないようだ。おまけに…

「俺たちイラン人は、賢くなったんだ。こいつ(スマートフォン)のおかげでな」
  ――第3章 終わりなきタブーとの闘い

 そう、インターネットである。これも当局は金盾みたいな形で規制してるんだが、市民側もVPNで出し抜いてる…つもりが。

VPN業者と当局は裏でつながっていて、「フィルタリング・ビジネス」でズブズブの関係にあるとも言われている。
  ――第3章 終わりなきタブーとの闘い

 つまり当局も腐敗しきってるんだね。

 で、欧米のメディアじゃ、イランは完全な悪役だ。それを市民もよく知っている。お陰で…

イラン人であることに自信が持てない。イラン人であることが恥ずかしい――。
この辛さ、この悔しさを想像してみてほしい。
  ――第2章 イスラム体制下で進む「イスラム疲れ」

 私も日本を持ち上げるニュースは大好きだ。逆に日本の悪口ばかりだと、悲しくなってしまう。

 そんなイラン人は、他の国をどう思っているか。これが実に面白い。まずお隣のアラブ人。

イラン人がアラブ人に対して抱いているイメージはズバリ「野蛮人」である。
  ――第2章 イスラム体制下で進む「イスラム疲れ」

 かつてペルシアは何度か偉大な帝国を築いた。その誇りは今も残っているのだ。まあ、湾岸の金満国家への妬みも、いくらかはあるんだろうけど。お次の欧米に対しては…

イラン人の多くが、われわれ日本人と同様に、米国、そしてヨーロッパの文化に対して、親しみと強い憧れを抱いている。
  ――第4章 イラン人の目から見る革命、世界、そして日本

 革命前は普通に洋服を着ていたし、インターネットも iPhone も米国製だしね。

 ただし欧米には多少複雑な感情も混じっている。

 そして現在のイランが親しく付き合っているのは、ロシアと中国。この両国に対しては…

イランにおける英国のイメージが「狡猾」だとすれば、武力の行使を躊躇しないロシアのそれは、まさに「野蛮」
  ――第4章 イラン人の目から見る革命、世界、そして日本

 いやアケメネス朝のペルシアもギリシアに攻め込んで(→Wikipedia)…って、紀元前の話をしてもしょうがないか。でも、紀元前から大帝国を築いてたんだから、威張りたくもなるよなあ。

 それはさておき、現在は中国とも親しい。そして、中国資本も続々とイランに進出してる。のだが…

多くの国民は中国人を、経済制裁下で生じた空隙を突いてイランを食い物にする、「招かれざる客」
  ――第4章 イラン人の目から見る革命、世界、そして日本

 と、中国もあまり良く思われていない。噂じゃ携帯電話の通信網の監視ツールも中国が提供しているとか。加えてイラン・中国25ヵ年包括的協力協定なんてのも結んでる。れにはキーシュ島(→Wikipedia)の租借や中国軍の駐留なども含むんだが…

イラン政府は、今なお協定の詳細を公表しておらず
  ――第4章 イラン人の目から見る革命、世界、そして日本

 これに関しちゃ、日本も米軍の核の持ち込みを黙認する、なんて協定があったんでブツブツ…。

 思いっきり意外だったのがイスラエル。イラン政府はハマスのパトロンだが…

2023年以降続くイスラエルによるガザ侵攻では、若者を中心に多くのイラン国民がイスラエルを熱狂的に支持している。
  ――第4章 イラン人の目から見る革命、世界、そして日本

 世界的に見てもイスラエルを支持する国民は珍しいんじゃなかろか。後は米国の福音派ぐらい? 日本でも、少なくともニュース・メディアじゃイスラエルは悪役だし。

 他にも好まれる土地や国はあって。

今日、イラン人にもっとも人気のある旅行先はイスタンブルである。
  ――第4章 イラン人の目から見る革命、世界、そして日本

 トルコもイスラムだけと緩いしね。旨いビールもあるみたいだし。

 意外なことに、わが日本は相当に評判がいい。この理由も、これまた意外なことに…

決定的だったのは、1980年代の終わりごろから日本にやって来たイラン人労働者
  ――第4章 イラン人の目から見る革命、世界、そして日本

 彼らが盛んに喧伝してくれたのだ。あまし良い待遇じゃなかった筈だが、それでも在日生活を楽しんでくれたようだ。そして若い世代は、ジブリや鬼滅などのアニメを楽しんでいる模様。ただし違法サイトで。

 いいのかイスラム的に…と思ったが、市民のイスラム感覚は相当に緩い。

テヘランのような大都市では、よほど敬虔なムスリムや、体質的にアルコールを受け付けない人を除けば、ほとんどの人が多かれ少なかれ酒をたしなむ。
  ――第3章 終わりなきタブーとの闘い

 著者もアチコチにお呼ばれしてソレナリに楽しんでいる様子。緩いのは酒に限らず、マリファナなどの薬物も、テヘランではかなり出回っているっぽい。アフガニスタンから流れてくるのか?

 緩いのは薬物に限らず、人間関係もだ。

男の子は通りすがりの女の子に、ごく自然な感じで声をかける。
  ――第3章 終わりなきタブーとの闘い

 こういう所がイタリアンなんだよなあ。きっと本来は明るくお洒落な人たちなんだろう。もちろん、ナンパばかりではなく…

家族や友人はもちろんのこと、八百屋の店先では店員と、タクシーの中では運転手と、行列では前後の人と、バスや電車では隣に居合わせた乗客と、喜怒哀楽を素直に表現しつつ、イラン人は常に誰かと会話をしている。
  ――第5章 イラン人の頭の中

 と、彼らはおしゃべりが大好きなのだ。この辺はアラブ系と似てる。そう言うと、きっと嫌な顔をするけど。もっとも、とっつきやすいけど、長続きするかというと、そうでもない。

「去年は友達、今年は知り合い」
  ――第5章 イラン人の頭の中

 なんて言葉もあるとか。けっこう、その場のノリで生きてる感じ。

 そして、これはインド人とも似ているな、と思うのが…

誰もがおめでたいくらいの自信家
  ――第5章 イラン人の頭の中

 こういう所は日本人と対照的だけど、米国あたりじゃ巧くやっていけるかも。そのせいか…

英語は、日本同様かそれ以上にイランでも需要がある。
  ――第5章 イラン人の頭の中

 政府はアレでも、市民は現金なもんです。

 さて、技術系の人には嬉しいことに…

エンジニアはペルシア語で「モハンデス」と呼ばれ、これはイランでは一種の尊称
  ――第5章 イラン人の頭の中

 なんだけど、自称エンジニアはゴロゴロいる。なにせ自信家だから、少し齧った程度で「Linux完全に理解した」状態になっちゃうのだ。そのため…

イランで腕のいいエンジニアにお目にかかることは、実に稀
  ――第5章 イラン人の頭の中

 駄目じゃん。

 そんな自信過剰も手伝って、イランじゃ独立起業が盛んだ。もっとも、これにはこんな側面も。

イランでは人に雇われると、まず例外なくこき使われる
  ――第6章 イランは「独裁の無限ループ」から抜け出せるか

 彼らは立場や権力を手にすると、最大限にソレを振り回すのだ。そりゃ汚職や腐敗が蔓延するよ。これは市民に限らず、政府の要人も同じ。

(2022年当時)ライシ現大統領をはじめ、イスラム共和国の大物政治家たちの多くが、最高指導者ハネメイと親戚関係にある
  ――第6章 イランは「独裁の無限ループ」から抜け出せるか

 と、徹底したコネ社会なのだ。こういう社会で生きていると、著者も…

イランのようなコネ社会では、(略)否応なしに袖の下やタアーロフ(お世辞)といった「邪道」に引きずり込まれてしまう
  ――第6章 イランは「独裁の無限ループ」から抜け出せるか

 と、ソレナリに立ち回らないと、やってけないんです。

 こんな社会じゃシンドそうだが、逆に利用する人も。

「VPNが機能しないことを口実に、仕事や勉強をサボる」
  ――第6章 イランは「独裁の無限ループ」から抜け出せるか

 わはは。私もこういうタイプだw

 など、今まで「イラン人」と一括りにしてきたが、実はイランも他民族国家だ。ベルシア系が多いが、テヘランにはトルコ系・クルド系・ロル系・アルメニア系など、様々な民族が混在しいている。

 これに2026年初頭の情勢を考えると、実に不吉な未来が見えてくる。というのも…

異民族に対する潜在的な不信感は、今もほぼすべてのイラン人の心のなかに眠っている
  ――第6章 イランは「独裁の無限ループ」から抜け出せるか

 なんてのが、心の底に眠っているからだ。ユーゴスラビアの二の舞にならなきゃいいが。

 「ホメイニ師の賓客」に、印象的な場面がある。テヘランから出国する飛行機で、離陸と同時にご婦人たちがスカーフを脱ぎ捨てるのだ。いささか戯画的で「作り話じゃないか?」と疑ってたんだが、本書を読むと本当っぽい。

 登場人物の多くは、イランで暮らす著者が直接に知り合った人だ。そのっため、平均的なイラン人というには、いささか偏りはある。都市に住むやや豊かな人、いわゆる中産階級が大半だと思う。それでも、彼らが狂信的なイスラム教徒ではないのは、充分に伝わってくる。お喋り好きで派手好きで楽しいことが大好きな人たちなのだ。イランはもちろん、異国の事情に興味がある人にお薦め。

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2025年12月31日 (水)

ウルリッヒ・リンス「危険な言語 エスペラント弾圧と迫害の歴史」国書刊行会 石川尚志・佐々木照央・相川拓也・吉田奈緒子・臼井裕之訳

本書で示そうとしたのは、差別を排した人間同士のコミュニケーションを実現する努力が、どれほどの疑念、嫌悪、抵抗を呼び起こしたか、である。
  ――はじめに

エスペラントの目的は、民族語に取って代わることではなく、民族語との併用だ
  ――3-3 社会主義と国際語

【どんな本?】

 1887年、帝政ロシアに生まれたユダヤ人ラザロ・ザメンホフ(→Wikipedia)は、国際語の案を発表する。そこには、ある決意があった。

言語の違いが、人々の対立を煽り憎しみ合う集団に分裂させる。世界中の人が、第二の言語として国際語を身に付ければ、争いは減るだろう。

 世界に言語は多数ある。個々の言語ごとに翻訳・通訳するなら、n個の言語に対しn×(n-1)の数の通訳者・翻訳者が必要だ。だが世界中の人が第二言語として国際語を身に付ければ、世界中の人々が語り合える。言葉の壁が消えれば、民族ごとの憎しみあいもなくなるだろう。そんなザメンホフの理想は、彼が創り上げた言語エスペラント(→Wikipedia)の優秀さも相まって、世界中の人々を惹きつけ、エスペラントの利用者も少しづつ増えていった。

 人が集まれば組織や派閥ができる。エスペラント愛好家も同じだ。国ごとのエスペラント組織やそれを基盤とした国際組織,逆に国を問わず個人会員を集めたUEA,国際的な階級闘争を表に出したSATなど、様々な組織が立ち上がり文書や雑誌を刊行し、また文通を主な手段として国を越えたエスペラント愛好家間の交流も促す。

 だがエスペラントを敵視する者たちもいた。権力を握った彼らは、エスペラント愛好家やその組織に激しい弾圧を加える。幸か不幸か幾つもの派閥・組織に分かれていたエスペラント愛好家たちは、組織ごとに異なった戦略で生き残りを図るのだが…

 なぜ権力者たちはエスペラントを憎むのか。それに対し、エスペランティストたちはどのように応じたのか。

 各国のエスペランティストたちの手紙や愛好家組織の資料に加え、東欧・ソ連崩壊に伴って公開された資料も漁り、主にロシア以西の欧州を舞台に、人々の争いをなくそうとしたザメンホフとその後継者たちの理想と活動、彼らを憎む者たちの動機と執念と弾圧、それに対し生き残りをかけた各組織・派閥の様々な対応と運命を綴り、知られざる20世紀の歴史の一幕を描く、重量級の歴史ドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は La Dangera Lingvo: Studo Pri La Persekutoj Kontrau Esperanto, Ulrich Lins, 2016。日本語版は2025年9月20日初版第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約371頁に加え、訳者あとがき4頁。9.5ポイント50字×20字×371頁=約371,000字、400字詰め原稿用紙で約928枚。文庫なら上下巻ぐらいの容量。

 文章はやや硬いが、読みにくいって程でもない。目次を見ても分かるように、最も多くの頁を占めているのはソ連編だ。ここはいかにも共産主義的なしち面倒くさい政治思想の議論がある。共産主義に興味があるならともかく、そうでなければテキトーに流して構わない。というか、私はそうした。だって所詮はスターリンの都合だし。

【構成は?】

 ほぼ時系列に進むので、素直に頭から読もう。

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  • はじめに
  • 1 新しい言語に向けられた疑念
  • 1-1 ザメンホフとエスペラントの誕生
  • 1-2 帝政ロシアの検閲下で味わった産みの苦しみ
  • 1-3 西欧への進出
  • 1-4 エスペラントの思想的側面
  • 1-5 第一次世界大戦以前に直面した障害
  • 1-6 国際連盟におけるエスペラント
  • 1-7 労働者と「中立主義者」
  • 1-8 1920年代の迫害
  • 2 「ユダヤ人と共産主義者の言語」
  • 2-1 ヴァイマル共和国におけるエスペラント
  • 2-2 新たな敵の台頭
  • 2-3 「均制化」
  • 2-4 エスペランティストのナチ党員たち
  • 2-5 禁止への道
  • 2-6 エスペラントは単なる言語か
  • 2-7 ナチ・ドイツのモデルにならって
  • 2-8 中立主義エスペラント運動を健全化した教訓
  • 3 「プチブルとコスモポリタンの言語」
  • 3-1 ソ連におけるエスペラントの繁栄
    • 3-1-1 革命後の期待
    • 3-1-2 SATとSEU 多元主義と統一戦線
    • 3-1-3 エスペラントによる国際教育の取り組み
    • 3-1-4 階級闘争の激化とエスペラントの「悪用」
  • 3-2 分裂と終焉
    • 3-2-1 無民族主義
    • 3-2-2 SATの分裂
    • 3-2-3 スターリン体制確立期におけるエスペラント
    • 3-2-4 ソ連のエスペランティストの沈黙
  • 3-3 社会主義と国際語
    • 3-3-1 革命前の国際主義という問題
    • 3-3-2 レーニンと民族問題
    • 3-3-3 マルクス主義言語科学を目指して
    • 3-3-4 エスペラント化に反対するスクリプニク
    • 3-3-5 ロシア語論争
    • 3-3-6 無益な空論
  • 3-4 ソ連でスぺラントが死滅した理由
    • 3-4-1 1937~38年に何が起きたか
    • 3-4-2 大粛清化のエスペランティスト
    • 3-4-3 ソビエト愛国主義の出現
    • 3-4-4 国際文通の成功と限界
    • 3-4-5 文通の終焉
  • 3-5 第二次世界大戦の後に
    • 3-5-1 東欧における大いなる沈黙
    • 3-5-2 スターリンのマル批判
    • 3-5-3 時代の要請
    • 3-5-4 運動の再生
    • 3-5-5 東欧 問題を抱えつつも前進
    • 3-5-6 ソ連 希望と疑いの間で
  • むすび
  • 訳者あとがき/参考文献/関連年表/略語一覧/注/事項索引/人名索引

【感想は?】

 エスペラントという言葉は知っていた。でも、それが政治的に重要な意味を持つとは思わなかった。

 本書が描くのは、まさしくそれだ。エスペラントが持つ政治的な意味であり、エスペラント愛好家たちの政治的な姿勢だ。そして、彼らの政治姿勢を警戒し憎み虐げる者たちとの闘いである。

 本書の舞台は主に欧州だ。「1 新しい言語に向けられた疑念」では1920年代までの欧州全体、「2 『ユダヤ人と共産主義者の言語』」ではドイツを、「3 『プチブルとコスモポリタンの言語』」ではソ連および東欧を中心に描く。

 となれば、「2 『ユダヤ人と共産主義者の言語』」と「3 『プチブルとコスモポリタンの言語』」の敵は見当がつくだろう。そう、ナチスとソ連共産党だ。先の構成を視れば判るように、ソ連編が200頁以上と頁の過半数を占める。

 帝政ロシアに生まれたザメンホフは、ポーランドのワルシャワで学生生活を送る最中に、1881年のポグロム(ユダヤ人排斥、→Wikipedia)の洗礼を受ける。普通はそこでシオニズムにいきそうなモンだが、彼はスケールが違った。人類愛に目覚め、全人類の懸け橋となるエスペラントを産み出すのだ。

 文豪トルストイの支持を受けたものの、ロシア当局のウケは悪かった。「検閲できねえだろ」。最初からエスペラントは政治的な問題を孕んでいたのだ。

 幸いにしてフランスではルイ・ド・ボーフロンなどのインフルエンサーが活躍し、次第に盛り上がる。当初は「商業・観光・学術分野」で売り込むが、「平和運動家、社会主義者、アナキスト」なども加わり始める。1905年に国際大会も開かれた。各国政府の警戒に配慮し、当面は政治から距離を置き、エスペラントの普及に努める方針でまとまった。

 やがて1908年、国際的なエスペラント組織UEA(→Wikipedia)が誕生。当局との摩擦を警戒し国ごとの組織結成がためらわれる中、当初の会員は個人のみだった。

 そう、各国政府はエスペラントを警戒したのだ。

エスペラントが普及するにつれて明らかになったのは、敵対者の抱く反感が言語としての構造的弱点ではなく、エスペラントのもつ政治イデオロギー的背景に向けられている事実だった。
  ――1-5 第一次世界大戦以前に直面した障害

 当時はブルジョワなインテリ層が多かったエスペラント愛好者たちだが、やがて庶民にも思考かが増える。それを受けてか、1921年には階級闘争を声高に叫ぶ国際組織も生まれる。全世界無民族性協会SAT(→英語版Wikipedia)だ。

 以後、中立主義を掲げるUEAと階級闘争を前面に押し出すSATが並立する。政府の弾圧に対する両者の対応の違いは、本書の読みどころの一つ。

 続く「2 『ユダヤ人と共産主義者の言語』」は、やがて欧州を席巻するナチス・ドイツの弾圧が主題だ。

ナチスは、エスペラントという言語と、それと現に結びついている、あるいは結びついていると仮定された思惑に対して、かついてないほどに徹底した敵意を見せ、しかもそれは、年を経るごとにエスカレートしていった。
  ――2-2 新たな敵の台頭

 これに対しドイツ国内のエスペラント協会GEAは当局に迎合するが、SATは対決姿勢を崩さない。困ったことに、エスペラントには当局がつけ入るスキがあったのだ。だって創ったのはユダヤ人のザメンホフだし。おまけに当局は人々が集うのを嫌った。

ナチスの奴隷化政策の中であまり知られていないのは、それがユダヤ人やスラブ人のコミュニケーション上の権利をも抑圧した事実である。1942年7月にヒトラー自らが、東欧占領地域の非ドイツ系住民には「けっして高等教育を許さない」ように(略)求めている。
  ――2-6 エスペラントは単なる言語か

 欧州ではドイツに支配下に入ったオーストリア・ポーランド・オランダ・イタリア・ハンガリー・ブルガリア・ユーゴスラヴィアに加え、ポルトガルとスペインもエスペラントを弾圧する。例外は…

ドイツの同盟国の中で日本だけが唯一、ナチのモデルにならっていない。日本のエスペラント運動は、戦時中も迫害されなかったのだ。
  ――2-7 ナチ・ドイツのモデルにならって

 だからって喜んじゃいけない。

戦争終結まで、朝鮮でエスペラントを公に宣伝したり学んだりすることも、厳しく禁じられた。
  ――2-7 ナチ・ドイツのモデルにならって

 結局はエスニズム・ナショナリズムに囚われていたワケです。

 最後の「3 『プチブルとコスモポリタンの言語』」はロシア改めソ連が舞台。意外なことに…

1920年代の末、ソ連のエスペラント運動は盛況だった。
  ――3-1 ソ連におけるエスペラントの繁栄

 そりゃ「万国のプロレタリアートよ団結せよ」が共産主義の掛け声だし。しかしレーニンが没しスターリンが跡を継ぐと、様子が変わってくる。

「ナショナリズム的偏向」への攻撃は1937年半ばごろから強まった。
  ――3-4 ソ連でスぺラントが死滅した理由

 ソ連は多民族国家だ。よって多言語国家でもある。ならエスペラントが役立ちそうだが、スターリンはロシア語への統一を目指した。ソ連はそういう国だったのだ。ソ連でさえそうなら、今のロシアもやり口は更にアレだろうなあ。

ソ連の多数のエスニック集団が相互にロシア語で意思疎通できるようになる状態を党がめざしたため、ロシア語を学ばねばならない圧力がますます高まっていた。
  ――3-3 社会主義と国際語

 やがて大粛清(→Wikipedia)が始まると、エスペラント愛好家にも当局が踏み込んでくる。

ある米国人研究者によると、約5000人のエスペランティストが「強制労働収容所」で命を落としたという。
  ――3-4 ソ連でスぺラントが死滅した理由

 ここまで嫌う当局の言い訳は…

「おまえは国際スパイ組織の積極分子である」
  ――3-4 ソ連でスぺラントが死滅した理由

 エスペラント愛好家は文通を好む。それも外国との。手紙の中身は日々の事だ。仕事はどうか、どこに行ったか、何を食ったか、何を買ったか、誰とどんな事を話したか。となれば、ソ連の実情も漏れる。五か年計画がうまくいってりゃともかく、まあ、アレだし。つまりは鉄のカーテンですね。

 これに対しソビエト・エスペランティスト同盟SEUは当局に迎合し、集団文通なんてケッタイな対策を講じたりもするんだが。あ、つまりは検閲・校閲つきの文通です。あんましにも紋切型な共産主義の宣伝ばっかな内容のため、西欧の文通相手からはソッポ向かれちゃったけど。

 第二次世界大戦が終わりソ連が東欧を席巻すると、その影響は東欧圏のエスペランティストにも及んでくる。

エスペラント運動がソ連で弾圧されたならば、その勢力化の国々でも遅かれ早かれ存続不能にならざるをえなかった。(略)
コスモポリタン主義の危険への警告は、市民たちにいかなる外国との接触をも思いとどまらせる便利な口実となったのだ。
  ――3-5 第二次世界大戦の後に

 ばかりでなく、ロクでもないオマケがついてきた。

1948年末から1949年初めにかけては、反コスモポリタン主義キャンペーンにおぞましい要素が付け加えられた。戦争を挑発する西側と共謀する「シオニスト」に対する攻撃を装った、反ユダヤ主義である。
  ――3-5 第二次世界大戦の後に

 もしかしたらイスラエル独立が関係してるのかも。

 もっとも、そんなソ連の方針への従順さの…

…度合いは国によってまちまちだった。ハンガリーやポーランドのエスペラント協会は、機関誌に政治色の濃い記事をさほど多く載せる必要はないと考えていた。それに対してブルガリア、チェコスロバキア、東ドイツでは、党の政策をエスペラントに訳して宣伝するために、かなりの紙面が割かれた。
  ――3-5 第二次世界大戦の後に

 ユーゴスラヴィアについて何も触れられてないのは残念。まあチトーが踏ん張ったせいでソ連からハブられてたからなあ。

 そんな厳しい弾圧も、スターリンの死で風向きが変わる。特に1970年代に入ると…

(ブレジネフ時代に)バルト三国およびウクライナ人の間でエスペラントの人気が高い理由は主に、エスペラントがあればロシア語を使わずに済むという点にあった
  ――3-5 第二次世界大戦の後に

 嫌われてるなロシア。そのせいでソ連崩壊後もバルト三国じゃロシア語話者は差別されたし。

 などの苦難を乗り越えたエスペラント、ソ連崩壊後はどうなったか、というと。

旧共産圏でエスペラントを学ぼうという人の数は、減る一方だった。というのも、今や著しく増大した国際交流の場において、英語のほうがより必要に応えてくれる手段だと考えられたからである。
  ――3-5 第二次世界大戦の後に

 これにはインターネットの普及も関係あるだろう。だってネットの共通語は英語だし。いささか寂しい「むすび」だが、現代の時流を考えると更に肝が冷えるくだりが。

双方の迫害者を比較すると、一つの共通点が浮かび上がる。いずれも陰謀論を信じてそれを熱狂的にあおったことである。
  ――むすび

 まさしく今起きている事じゃないか。彼らの手口は変わっていない。ただ、新しい媒体に順応しただけなのだ。

 エスペラントなんてたかが言語と思っていたが、これほどまでに政治的な軋轢を引き起こすとは想像もつかなかった。確かに20世紀初頭の共産主義・社会主義の盛り上がりもあって、活発な政治活動を繰り広げたエスペランティストもいたが、当局に協力した組織もあった。それでも、当局は許さなかったのだ。政治的圧力に抗する方法に興味がある人にお薦め。

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2025年12月 8日 (月)

高野秀行「イラク水滸伝」文藝春秋

湿地帯で舟大工を探して、舟を造ってもらえばいいんだ!
  ――はじめに

【どんな本?】

 「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、誰も書かない本を書く」をポリシーとする旅行記作家の高野秀行が本書で出向くのは、イラク南部の湿地帯。

 イラクは砂漠の国の印象が強い。しかし南部は全く様相が異なる。ティイグリス川とユーフラテス川が合流し、イランとの国境やペルシャ湾も近いあたりだ。8メートルもの背丈の葦が生い茂り、道路の代わりに水路が縦横に走る。もちろん重い戦闘車両は近寄れない。シュメールの時代から、都市を追われた者たちが隠れ潜む、いわば梁山泊のような土地だという。

 現代でもマンダ教徒(→Wikipedia)が多く住んでいる。もっとも、多くのマンダ教徒は他国へ移住してしまった。サダム・フセインの圧政やイランイラク戦争・湾岸戦争・イラク戦争と相次ぐ戦乱と、その後の混乱が原因だ。

 湿地帯を行き交い、水牛を飼い、葦の家に住み、独自の舟で水路を行き来する。そんな幻の民族を尋ねてイラクの「辺境」へ向かった著者は、誰と出会い、何を食い、どんな風景を見るのか。

 スリルと意外性とトラブルに満ちた、捧腹絶倒の紀行ドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2023年7月30日第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約462頁。9.5ポイント43字×19行×462頁=約377,454字、400字詰め原稿用紙で約944枚。文庫なら上下巻ぐらいの分量。

 文章はこなれていて親しみやすく読みやすい。内容もわかりやすい。歴史的・地理的そして最近のイラク情勢など、多くの背景事情が関わっている。が、その都度わかりやすく多分に雑な説明があるので、素人でも充分に理解できる。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、素直に頭から読もう。もっとも、中身は右往左往してるんだが、それも、というより、それこそがこの著者の作品の魅力なのだ。

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  • はじめに
  • 第1章 バグダード、カオスの洗礼
    • 1 有田焼のお土産が困惑を呼んだ理由
    • 2 イラク料理、こわい
    • 3 バグダード民泊は「鶴の恩返し」
    • 4 鶴の見た古都バグダード
    • 5 謎の古代宗教マンダ教
    • 6 「すべての人類はマンダ教から生まれた」
    • 7 ヨハネの愛弟子たちの洗礼
  • 第2章 イラン国境の水滸伝
    • 1 ディープサウスへ
    • 2 湿地帯が生んだイラクの国民的朝食
    • 3 マンダ教徒の舟大工
    • 4 湿地帯の王
    • 5 混沌と文明の間にあるもの
    • 6 奇人サーレ先生と天国の湖
  • 第3章 新世紀梁山泊チバーイシュ
    • 1 シュメール文明を受け継ぐ「葦の館」
    • 2 驚異の新世紀梁山泊
    • 3 伝統的水滸伝と古代粘土板せんべい
    • 4 プチ梁山泊の最強コンビ
    • 5 原初的水滸伝の謎
    • 6 湿地帯に自由はあるのか
    • 7 シュメールのウル遺跡で逆タイムトラベル
  • 第4章 イラク水滸伝六千年 脳内タイムマシンの旅
    • 1 シュメール時代の水滸伝
    • 2 異端グノーシス時代の水滸伝
    • 3 二十世紀水滸伝の主役はコミュニスト
  • 第5章 「エデンの園」の舟造り
    • 1 「エデンの園」は実在した!
    • 2 氏族長のリムジン「タラーデ」
    • 3 神をも恐れぬ舟造り
    • 4 水滸伝にはブリコラージュがよく似合う
    • 5 抵抗者たちの系譜
    • 6 湿地帯の核心「マアダン」とは何者か
    • 7 衝撃の「ゲッサ・ブ・ゲッサ」
    • 8 アメリカvsイラン戦争危機とタラーデ完成
  • 第6章 呪われた水滸伝の旅
    • 1 「エデンの園」から追放されて
    • 2 主なき梁山泊
    • 3 天地明け初めぬ島
    • 4 ゲーマルの謎
    • 5 移動経路を調査する
    • 6 われら聚義庁を乗っ取る!
  • 第7章 謎のマーシュアラブ布を追え!
    • 1 頭領ジャーシム宋江の帰還
    • 2 世界最古の都市国家ウルク
    • 3 謎の刺繍布の作り手と会う
    • 4 アザールを作っていたのは“禁じられた民”!?
    • 5 湿地帯に存在した「禁じられた民族」
    • 6 刺繍布によって浮かび上がるアフワールの真の姿
  • 第8章 古代より蘇りし舟は行く
    • 1 湿地帯の罠、再び
    • 2 過激なる水滸伝右派
    • 3 マイ・スウィート梁山泊
    • 4 浮島、最後の晩
    • 5 好漢たちが集結、タラーデに乗る
  • あとがき
  • 謝辞/参考文献一覧

【感想は?】

 相変わらずの無謀っぷりが楽しい一冊。

 何かと物騒なイラク、それも辺境に行くとなれば、普通は武装したボディガードをつけるだろう。が、著者が引き連れるのは探検家で川の達人・山田高司氏(→Wikipedia)のみ。あとは日本で知り合った何人かのイラク人のツテで、芋づる式にガイドを増やしてゆく。

 今回の旅は2回。最初はアタリを付け、二回目で本格的な調査に入る予定。

 ってんで、最初の旅でバグダードに着いたとたん、著者はご馳走攻めにあう。「イラクの料理はすっごく美味しい」そうで、中でも有名なのが恋の円盤焼きこと「サマッチ・マスグーフ」。

イラクでは五千年前から鯉が食されているのだ。
  ――第1章 バグダード、カオスの洗礼

 そしてマンダ教徒が多く住む南部アフワールに向かう。湿地と呼ばれるが…

湿地帯と聞いていたから全体的にじめじめとした場所をイメージしていたが、それも全然ちがった。雨がいくらも降らないため、水があるところ以外はひどく乾燥しており、風が吹くごとに土埃が舞う西部劇の舞台みたいな土地である。
  ――第2章 イラン国境の水滸伝

 やはり砂漠の国なのだ。大河の水で潤っているが、天水はない。だから大河の水量で湿地も広がったり狭まったりする。そして湿地に住む人も、水が減れば地上に移り住むのだ。

 彼らにとって欠かせないのが水牛とカサブ(葦)。葦ったって、高さ8メートルにも及ぶのがビッシリ生えてて、煮炊きの燃料から家にもなる。

ここでは何でもカサブ(葦)で物が造られ、ムディーフ(ゲストハウス)も例外ではない。
  ――第3章 新世紀梁山泊チバーイシュ

 ゲストハウスのみならず、住む家だってカサブだ。本書では浮島と呼んでいる。これが実に簡単に作れてしまう。実際、著者の目の前で、アッサリ実演してくれたり。

全工程で20分ぐらい。これが原初チバーシェ(浮島)なのである。
  ――第6章 呪われた水滸伝の旅

 そんな風に、家が簡単に作れるのと、水の多寡で湿地の環境が年々変わるためか、彼らは不規則に住処を変える。お陰で…

「アフワールには私有地なんてない」
彼らが所有するのは水牛のみで、あとは公共のもの。
  ――第3章 新世紀梁山泊チバーイシュ

 つまりは遊牧民なのだ。一応の縄張りはあるようだが。だから、「どこに住むか」より「どの氏族か」が大事だったりする。後に公安らしき者が著者らに事情聴取するのだが、そこで公安がこだわったのは…

私たちの目的や身分はどうでもよく、「誰の客なのか=保護者が誰か」を知りたがっているのだ。
  ――第8章 古代より蘇りし舟は行く

 公安が動くのも当然で、シュメールの昔から湿地帯は都市を追われた者が隠れ潜む地だった。なにせカサブが生い茂る地だ。葦の中に隠れれば、まず見つからない。大軍も動かしにくい。その歴史を背負い、最近では…

20世紀、イラク水滸伝の主人公は意外なグループだった。
イラク共産党である。
  ――第4章 イラク水滸伝六千年 脳内タイムマシンの旅

 なのだが、彼らが言う共産党は、私たちが考える共産党とは全く異なる。なにせ…

三島(由紀夫)や武士は「大義のために自分の命をかけた人」というくくりで、共産主義者の仲間になってしまっているようだった。
  ――第6章 呪われた水滸伝の旅

 だから、おそらくマルクス主義とは関係ない。反政府組織とか革命勢力とか、そういう意味だろう。1960年代にCIAが主導した途上国内の共産主義勢力の弾圧を「ジャカルタ・メソッド」が書いていた。が、本当に彼らは共産主義者だったんだろうか。もっとも、政府から見れば、いずれにせよ「俺たちに逆らう輩」なんだが。

 さて、冒頭から、湿原に住むマンダ教徒を、どう呼ぶかが、著者らの一つの悩みとなる。通称は「マアダン」なのだが、イラク人らの解釈だと、「マアダン」は蔑称の印象が強い。が、当人らはそう思っていない。また、「俺はマアダンじゃなくなった」と言う人もいたり。最終的に、著者の解釈は…

マアダンは水牛中心の生活を送っている人たちなのだ。
  ――第5章 「エデンの園」の舟造り

 って所に落ち着く。

 争いは好まない…ことになっているが、

抗争はよく起きた。抗争の原因は大きく四つある。
1 婚外の性交渉(親の承認を得ない結婚や不倫、婚前交渉など)
2 テリトリーの侵害
3 水牛が耕作地の米や小麦を食べてしまう
4 盗み
  ――第5章 「エデンの園」の舟造り

 女と縄張りは、ありがちだね。水牛の食害も、遊牧民と定住民の衝突で、納得できる。困るのは盗みだ。マアダンにとって、盗みは…

「遠くの氏族のものを盗むことは讃えられた。『夜のライオン』と呼ばれて英雄になった」
  ――第5章 「エデンの園」の舟造り

 たぶん、トンズラかませばまず捕まらない遊牧民の暮らしが、そういう文化を育んだんだろう。異文化共生ってのは、そういう人たちと共に生きるって事です。シンドそうだなあ。

 そんな彼らのマンダ教は、なかなかに気位が高い。シュメール人すら「道を踏み外した」と断じる。一種のグノーシス主義(→Wikipedia)だ。

グノーシスは「この世は間違っている」というのが思想の出発点
  ――第4章 イラク水滸伝六千年 脳内タイムマシンの旅

 そう言われると、近ごろ流行ってる陰謀論も、グノーシスの一種かもしれない。いや知らんけど。

 いったん帰国した著者は、衝撃的なモノに出会う。アザール刺繍布(→Google画像検索)だ。カラフルで自由奔放なアザール刺繍布は、マアダンが作っていた。マアダン曰く…

「ここは昔、マンダ教徒とユダヤ教徒が住んでいた。彼らが昔から(アザール刺繍布を)作っていて、ムスリムはあとから習ったんだ」
  ――第7章 謎のマーシュアラブ布を追え!

 やはり気位が高い。

 前回の旅では、そんな彼らに舟を造ってもらった著者。が、再入国するまでの間に、だいぶ傷んでしまった。そこで職人を呼んで修理してもらう。その祭、職人も彼ら(のガイド)も喋りっぱなし。

この地では、クライアントは職人や業者にお茶を出したり弁当を用意したりする以上に、話し相手になることが「接待」になるようだ。
  ――第8章 古代より蘇りし舟は行く

 日本でも、中東系の人はスマートフォンで喋りっぱなし、なんてネタになってる。きっと、そういう文化なんだろう。お喋りが好きなのだ、彼らは。

 高野秀行流の無謀にしてユーモラスなイラク南部の旅行記。彼のファンにはお馴染みの、現地の人々との体当たりのコミュニケーションと、それが祟ってのご馳走攻めなどのトラブルもあれば、グノーシスや共産主義などの考察も興味深い。フセイン時代から今日までのイラク情勢も、イラク南部ならではの独特の視点が貴重だ。何はともあれ、高野秀行ファンにお薦め。

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2025年11月27日 (木)

ロマ・アグラワル「ナットとボルト 世界を変えた7つの小さな発明」草思社 牧尾晴喜訳

宇宙であれ、生物であれ、人間による発明品であれ、それを形作る複雑な仕組みは、より小さくて単純な「なにか」からできている。(略)本書はそのような身の回りの物の根本的で魅力的な仕組みについて、明らかにするものである。
  ――はじめに

【どんな本?】

 私たちの身の回りには、さまざまなモノがある。家・時計・電話・スピーカー・洗濯ばさみ・自転車・水道etc。これらのコノは、幾つかの小さな部品や機構からできている。モノを固定する釘やネジ。くるくる回る車輪。伸び縮みするバネ。鉄を引き付ける磁石。視力を補うレンズ。モノを繋ぐひも。そして水や空気を動かすポンプ。

 これらの部品や機構は、いつ・どこで生まれたのか。それはどのように進歩し、どんな所でどのように使われたのか。そして現代ではどのように進歩し使われているのか。

 エンジニアとして橋や建築物の構造設計に携わってきた著者が、例えばひもならつり橋のような大きなものから防弾チョッキのケプラー繊維そして楽器タンブーラの弦まで、大小さまざまな機構や部品のルーツと歴史をたどり、また現代の最新技術での応用を取材した、一般向けの科学と技術と歴史の楽しい読み物。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Nuts & Bolts: Seven Small Inventions That Changed the World, Roma Agrawal, 2023。日本語版は2024年7月4日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約281頁。9.5ポイント40字×18行×281頁=約202,320字、400字詰め原稿用紙で約506枚。文庫なら普通の厚さ。

 文章はこなれていて親しみやすい。内容も分かりやすく、数式も出てこない。日本の例も少し出てくるのは、インド系である著者の出自ゆえの視野の広さだろうか。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • はじめに
  • 1 NAIL 釘 ものを固定することは偉大なり
  • 2 WHEEL 車輪 ものを遠くへ運ぶこと
  • 3 SPRING バネ 力を溜めたり、解放したり
  • 4 MAGNET 磁石 情報が距離を超えてゆく
  • 5 LENS レンズ 小さな生命へのまなざし
  • 6 STRING ひも 巨大な構造から楽器まで
  • 7 PUMP ポンプ 心臓、渋さを超えて宇宙まで
  • おわりに
  • 謝辞/協力者一覧/参考文献

【感想は?】

 著者はハッカー、それもハードウェア・ハッカーだ。ただしハックの相手はコンピュータじゃない。建築物、特に橋である。

 冒頭の幼少期にクレヨンを分解するあたりから、ハッカー魂が炸裂してる。ハッカーの卵は、なんでもかんでも分解して中身を調べて学ぶのだ。代表的な被害者は時計ね。まあ、その後、元に戻せない事も多いんだがw

 そんな著者が最初に紹介するのが、釘。今でこそありふれたモノで…

現在の釘製造機は、1分間に800本以上の金属釘を製造することができる。
  ――1 NAIL 釘 ものを固定することは偉大なり

 と、大量生産している。が、著者は敢えて昔ながらの鍛冶による手作りに挑む。この場面で、かつての釘の貴重さが伝わってくる。そう、真っ赤に熱した鉄をトンカン叩いて釘の形に成型するのだ。そんな釘の歴史は古く…

最古の青銅の釘は紀元前3400年頃のもので、エジプトで発見された。
  ――1 NAIL 釘 ものを固定することは偉大なり

 と、歴史は古い。もっとも、現在の鋼鉄製の釘に比べると頑丈さは劣るが。頑丈さを求めると、リベットを介してナットとボルトに行きつく。そしてもう一つ、ワッシャーも。あれ、私は役割が今一つわかっていなかったが…

ワッシャーは、ナットと接合される鋼製の母材の間に取り付けられ、ナットが締め付ける力を分散させる役割を果たす。ワッシャーを使わないと、ナットを締める際に梁や柱に小さな亀裂が生じ、強度が落ちる可能性がある。
  ――1 NAIL 釘 ものを固定することは偉大なり

 あ、そういう事なのね。ここでは軍ヲタに嬉しい雑学も一つ。

(ホーカー・)ハリケーンは二つのフレーム(構造と外皮)が必要だったのに対し、(スーパーマリン・)スピットファイアに必要なフレームは一つだけだった
  ――1 NAIL 釘 ものを固定することは偉大なり

 機体が軽くなって、いわゆる出力重量比が良くなるのか。他にも昔の船に木釘を使った例も出てきて、水中だと木が湿り膨れてより締まるのが嬉しいそうです。

 続くのは車輪。ところが、発端は意外な分野で。

車輪はもともと陶器のための発明だった。
  ――2 WHEEL 車輪 ものを遠くへ運ぶこと

 もしや…と思ったらその通り、ろくろだった。垂直な回転軸を水平にしたのが、馴染みの車輪。最初は丸い木の板だったけど、年輪に沿って割れやすいとか重いとかで、リムとスポークに進歩する。更に製鉄技術の進歩で鋼鉄製になり…

両面が皿形になった(自転車の)テンションワイヤースポークの車輪は、その軽さと優れた強度や柔軟性(ガタついた地面でも簡単には壊れない)により、車輪の進化の中でも極めて重要なポイントとなった。
  ――2 WHEEL 車輪 ものを遠くへ運ぶこと

 と、ちょっとした形の違いが大きな進歩をもたらす事もあるんです。

 現代の車輪は宇宙にも飛び出し…

ISSの構成要素や実験装置の動力源である太陽電池パドルは壊れやすいため、通常、スラスターを起動する場合は収納してロックする必要があり、ISSの運用に非常に致命的となる。そこで小さく、穏やかな動きで構造体を操縦できるように、エンジニアたちはコントロール・モーメント・ジャイロ(CMG)(→JAXA)と呼ばれる四つのジャイロスコープを使用している。
  ――2 WHEEL 車輪 ものを遠くへ運ぶこと

 なんて意外な所で活躍してる。要ははずみ車だね。はずみ車に溜めた角速度を取り出して、機体の姿勢を変えるのだ。スラスターは貴重な推進剤を使うし。

 車輪の次はバネ。これのルーツも意外で。

弓はバネの一種だ。バネとは基本的に、外力によって変形したときにエネルギーをたくわえる。外力が取り除かれるとバネは弾けるようにして元の形に戻り、その時にエネルギーを放出する。
  ――3 SPRING バネ 力を溜めたり、解放したり

 意外なようだが、曲がったり伸びたりってんなら、今だって板バネがあるよね。その曲がりを極めたのが、ゼンマイだろう。そしてゼンマイ仕掛けの花形が、時計だ。もっとも、初期のゼンマイ時計は…

初期の動力ゼンマイによる時計も正確性では(従来の時計に)むしろ劣っていた。なぜなら、ゼンマイはきつく巻かれた状態で最もエネルギーをたくわえ、ほどけるとエネルギーが減少するからである。
  ――3 SPRING バネ 力を溜めたり、解放したり

 おまけにゼンマイの品質がバラけてると、場所によって強さが違うんで、クロノメーターのジョン・ハリスン(→Wikipedia)は苦労したのだ。

 これらのバネは力を溜めて解放する、いわばバッテリーだが、もっと大きなバネは力を「伝えない」ために使われている。建物に使われる免振装置(→Wikipedia)だ。

構造物においては、バネの役割は(騒音や振動を)遮断することにあり、特に用のない限りは静止して、ひっそりと隠れているのだ。
  ――3 SPRING バネ 力を溜めたり、解放したり

 日本だと地震対策で有名だが、本書の例は音楽ホールの防音構造だ。確かに一つの建物に大小のホールや練習室があると、防音は大事だよね。

 お次の磁石は指南車や羅針盤が有名だが、本書が主に扱うのは情報の伝達と保存…って偉そうだが要は電信・電話そして電子記録媒体です。

近代的な通信手段はすべて、ある地点から別の離れた場所へほとんど一瞬のうちに信号を送るという技術に基づいている。そしてその中心をなすのが「磁石」である。
  ――4 MAGNET 磁石 情報が距離を超えてゆく

 ったって電磁石だけど。とまれ、この章を読むと、機械式に対する電子式の有利さがひしひしと伝わってくる。なにせ速さが桁違いなのだ。また…

初期の電話にはさまざまなデザインがあったが、一つ共通点があった。磁石と電線のコイルを一緒に使って相互作用を生み出していたことである。
  ――4 MAGNET 磁石 情報が距離を超えてゆく

 なんてアッサリ触れてるだけだけど、つまりはマイクとスピーカーね。音を電気に変える、または電気を音に変える機構だ。ここはもう少し突っ込んで欲しかったが、そうするとオーディオの歴史になって一冊の本になっちゃうか。

 そんな磁石も今や…

今ではディスク、メモリーチップ、インターネットポート、洗濯機、電話、ラジオ、時計、メーターなど、磁石は私たちの家庭に何百個も存在するようになった。
  ――4 MAGNET 磁石 情報が距離を超えてゆく

 と、すっかり当たり前のモノになったのだ。

 電磁気の次は電磁波、つか光を扱うモノ、レンズだ。私も眼鏡には日頃からお世話になってる。科学と工学の関係にはよくあるように…

磁石や多くの発見と同様に、レンズの振舞いに関する知識や使い方は、その理論的な解明よりもはるかに先をいっていた。
  ――5 LENS レンズ 小さな生命へのまなざし

 まあ運動方程式を知らなくてもキャッチボールはできるし。

 現代のレンズの応用で身近なのは写真だろう。昔から写真の持つ「人の心を動かす」力を判っていた人はいたようで…

19世紀に最も写真に収められたアメリカ人は、アブラハム・リンカーンではなく、(フレデリック・)ダグラス(→Wikipedia)である。
  ――5 LENS レンズ 小さな生命へのまなざし

 奴隷制度廃止運動家の彼は、写真が人々に与える力を意識して使ったのだ。ここでは、当時のフィルムは白人の肌の色に合わせて調整していたため、黒人はうまく写らなかった、なんて話も。

 さて、当時のカメラのレンズは一つだが、最近のスマートフォンは複数のレンズがついてる。これはハッタリじゃない。

最近では、レンズが二つ、あるいは三つ付いたスマートフォンを見るようになった。一つは遠くのものを撮影するために非常に長い焦点距離を持つレンズであり、一方で、広角撮影が可能な短焦点のレンズ、中間的な撮影ができるレンズもある。
  ――5 LENS レンズ 小さな生命へのまなざし

 スコープドッグのカメラが複数あるのは、そういうことか。いや赤外線や紫外線など広い波長の電磁波を捕える目的かな?

 なんてハイテクなネタに続くのが、ひも。単純だけど、人類の文明に与えた影響は大きいし、今だってあらゆる所に使われている。例の紐とか←をい

今もなお、傷を縫い合わせ、谷に橋をかけ、身体を保護する、そのすべてを静かに支えるのがひもの力なのだ。
  ――6 STRING ひも 巨大な構造から楽器まで

 単純ながら、理屈は意外と複雑だ。そこらの蔦の蔓を持って来たんじゃ、弱くて役に立たない。使い物にするには…

ひもは繊維からできているが、単一の繊維だけでは弱いし有用ともいえない。有用なものにするためには、複数の繊維を互いにこすり合わせるようにして一体化する必要がある。これによって生まれる繊維間の摩擦力こそがひもの強さの源だ。
  ――6 STRING ひも 巨大な構造から楽器まで

 「撚る」必要があるのだ。つか、強さの秘訣は摩擦力だったのか。知らなかった。しかも、撚り方にもコツがある。

S撚りと呼ばれるやりかたで、ひもの長さ方向に沿って、繊維がSの字の中間部のように左上から右下に巻かれている。さらにその撚糸を3本使って、今度は反対向き、つまり右上から左下(Z撚りと呼ばれる)に巻いて、1本のひもを形成している。
  ――6 STRING ひも 巨大な構造から楽器まで

 右回り・左回りの両方で巻くのだ。でないと、巻きをほどく方向にねじれようとする。これも知らなかったぞ。

 そうやって撚ったひもは、織って布になったり、吊り橋を吊るすケーブルになったり。最近は斜張橋が多いよね。

 最後はポンプ。

ポンプとは液体や気体を移動させる装置だ。
  ――7 PUMP ポンプ 心臓、渋さを超えて宇宙まで

 この章では、誰もが体内に持つポンプ、すなわち心臓の話も出てくるが、まずは水を送るポンプ。

革新的なポンプは、もともと乾燥地帯で生まれた。
  ――7 PUMP ポンプ 心臓、渋さを超えて宇宙まで

 つまりは灌漑用ですね。本章は古代メソポタミアのシャドーフ(→英語版Wikipedia)から始まって、これが実に説得力に富んでる。

 現代じゃポンプも宇宙に進出してて、こんな所でも活躍してたり。

宇宙服には大きく分けて2種類あり、一つは打ち上げと再突入の際に宇宙船内で着用するもので、もう一つは宇宙遊泳(NASAが言うところの「船外活動(EVA)」(略))に使用されるものである。
  ――7 PUMP ポンプ 心臓、渋さを超えて宇宙まで

 2種類あるなんて知らなかったぞ。本書で詳しく語るのは船外活動用で、つまりは空調用です。贅沢だと思うかもしれないが、人類初の船外活動を行ったアレクセイ・レオーノフ(→Wikipedia)の逸話を読むと、命に係わる機能だと納得するはず。

 モノにせよ仕組み・仕掛けにせよ、身の回りに溢れていると、ソレは最初からあったかのように思ってしまう。が、ひもや釘のように単純なモノでも、ソレは人類史上の大きな発明と呼べるものであり、また長い時代を経て改良を重ねてきた歴史を持っている。雑学が好きな人はもちろん、科学史・技術史に興味がある人にお薦め。

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2025年11月17日 (月)

ロジャー・サロー、スコット・ギルマン「飢える大陸アフリカ 先進国の余剰がうみだす飢餓という名の人災」悠書館 岩永勝監訳

本書は、緑の革命の成果がいかに食いつぶされたか、そして21世紀に飢餓や飢饉を誕生させた怠慢についての物語だ。
  ――序文 うわべだけの後悔 エチオピア ハイランド地方ボリチャ、2003年

「ジャンジャウィード(→Wikipedia)は、作物が十分育つまで待ち、その頃に動物を持ち込んで、実った作物をすべて食べさせるんです」
  ――8章 イモムシを食べる スーダン、スワジランド、ジンバブエ、2003年

【どんな本?】

 昔から「アフリカは飢えている」と言われる。一時期はアジアや中南米も危なかったが、化学肥料やノーマン・ボーローグ(→Wikipedia)による品種改良ど「緑の革命」(→Wikipedis)により状況は良くなった。だが、アフリカは置き去りになっている。

 原因の一つは、政治的・軍事的な不安定さだ。例えば本書の主な舞台であるエチオピア。2025年WFP(世界食糧計画)のエチオピアによると、国内の避難民に加え南スーダン・ソマリア・エリトリア・スーダンからの避難者で「1,020万人が深刻な食料不安に直面して」いる。コンゴ民主共和国の東部は、もはや紛争が固定化してしまった(→「名前を言わない戦争」)。

 だが、先進国の政策の誤りもまた、飢餓を生み出す原因となっている。支援の方法がピント外れな場合もあれば、国内の農業政策の影響もある。いずれにせよ、重要なのは現場の事情をよく知り、それに合わせた支援を行うことだ。

 中南米で成功した緑の革命が、なぜアフリカでは失敗したのか。先進国が時刻の農家を支援する政策が、なぜアフリカの農家を苦しめるのか。なぜアフリカでは繰り返し飢餓が起きるのか。状況を改善するために、先進国には何ができるのか。

 アフリカで飢餓が起きる原因と構造を明らかにし、より効果的な支援の方法を模索する、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Enough: Why the World's Poorest Starve in an Age of Plenty, Roger Thurow and Scott Kilman, 2009。日本語版は2011年10月15日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約9.5ポイント45字×18行×415頁=約336,150字、400字詰め原稿用紙で約841枚。文庫なら厚い一冊か薄めの上下巻。

 文章は比較的にこなれている。内容もわかりやすい。アフリカの国や地名がよく出てくるので、地図があると便利だろう。

【構成は?】

 原則として前の章を踏まえて次の章が展開する形なので、素直に頭から読もう。

クリックで詳細表示
  • 序文 うわべだけの後悔 エチオピア ハイランド地方ボリチャ、2003年
  • 第1部 革命は終わっていない
  • 1章 変化のきざし メキシコ、1944年
  • 2章 寄せては返す波 ノルウェー オスロ、1970年
  • 3章 アフリカへ エチオピア北部、1984年
  • 4章 不公平な補助金 マリ ファナ、2002年
  • 5章 余剰と罰 エチオピア アダミ・ツル、2003年
  • 6章 誰が誰を援助している? エチオピアナザレス、2003年
  • 7章 水、水、水 エチオピア バハール・ダミ、2003年
  • 8章 イモムシを食べる スーダン、スワジランド、ジンバブエ、2003年
  • 第2部 もう、たくさんだ!
  • 9章 激怒するしかない
  • 10章 「何かできるはずだ」 ダブリンとシアトル
  • 11章 食物とともに服用すること ケニア、モソリオト
  • 12章 二歩進んで、二歩下がる 世界各地
  • 13章 失われた環(ミッシング・リング) ケニアとガーナ
  • 14章 取引開始のベルが鳴る シカゴからアディスアベバ、タァクハスネックへ
  • 15章 現場主義 ダボスからダルフールへ
  • 16章 小さな活動がもたらす大きな成果 ケニア、オハイオ州、マラウイ
  • 17章 「彼らの期待を裏切ってはならない」 ワシントンD.C.
  • エピローグ
  • 謝辞/監訳者あとがき

【感想は?】

 農協の意義がよくわかる本だ。

 冒頭では、「緑の革命」の原動力となったノーマン・ボーローグによる小麦の品種改良の物語を描く。驚くのは、彼の独特な品種改良の手法だ。大雑把に言って、小麦の栽培法は二種類ある。春播きと秋播きだ。

 ボーローグは小麦の品種改良の期間を短縮するため、無謀ともいえる手を使う。メキシコ北西部ヤキ渓谷では秋に蒔いて春に収穫する。そこで春に収穫した種をメキシコシティ周辺で春に蒔けば、倍の速さで研究が進むぞ。

 これには、意外な効果があった。一般に植物の成長や実の結実には、日照の長さの変化がトリガーとなる。日本では小学生の頃に朝顔を育てて学ぶアレだ。が、春と秋と半年のサイクルで世代を重ねることで…

(ノーマン・)ボーローグが何度も南と北を往復させて開発した小麦は、日の長さに影響を受けにくくなり、メキシコ全体だけでなく、世界中で栽培しやすい性質を持つようになった。
  ――1章 変化のきざし メキシコ、1944年

 と、気候の違う世界中に適応できる性質を備えたのだ。

 この小麦はインドが導入し、大きな成果を挙げる。だが、アフリカでは通用しなかった。この原因が、多種多様な上に根深い。

  1. アジアは稲作用の灌漑設備が整っていたがアフリカは雨水頼り、日照りが続けば全滅
  2. アジアは市場に運ぶ道路・鉄道網や川など輸送網が整っていたがアフリカの輸送路は鉱山と港を結ぶだけ
  3. アジアは市場や貿易の流通制度があり余剰作物を吸収できたがアフリカは数百年前と同じ
  4. アジアはコメと麦だけに品種改良の焦点を絞れたがアフリカはミレット(雑穀、キビ・アワ・ヒエ・ソルガムなど)・キャッサバ・トウモロコシなど多種多様
  5. 元手がなく肥料が使えず機械化も進まない
  6. 政府による価格保証や不作の際の保険がない
  7. 戦争や紛争
  8. 政府の腐敗
  9. 政府の農業の軽視

 それぞれに歴史的な経緯や政権の政策に農家の事情も加わっている。

 まず、灌漑設備の未発達だが、エチオピアの場合は隣国エジプトやスーダンとの関係で、青ナイル川水系にダムや貯水池を作れなかったのだ。

2003年、エジプトではナイル川から水を引く何千キロもの用水路によって800万エーカー(約320ヘクタール)の農地が灌漑されていたが、エチオピアの灌漑された農地は5万エーカー(約20万ヘクタール)にも満たなかった。
  ――7章 水、水、水 エチオピア バハール・ダミ、2003年

 アフリアの政府は農業を軽んじて工業化を進めたがるけど、先進国は工業化の資本を農業で溜めてきたのだ、そして農業には水資源の管理が重要で…

「川の水力の利用とその水資源の活用なしで発展した国は、これまでない」

 なんてのもある。そういやイギリスの産業革命も、最初は水力による紡績と力織機だった。

 そのエチオピア、今はルネサンスダム(→Wikipedia)が稼働しているが、相変わらずエジプトやスーダンとは揉めている様子。

 対してアジア。緻密な水路の管理が必要な水稲=米作が盛んな地域は昔から治水を重んじてきた。ニューギニアの山奥でも、高度な水路網が整っているとか。

 次の輸送網は、自国で整えた場合もあればインドのように宗主国が造った所もある(→「綿の帝国」)。基本的にアジアは人口密度が高いので、輸送網の整備は費用対効果が高いんだろう。市場が充実しているのも、同じ理由だと思う。日本じゃ江戸時代から米の先物取引所があったし(→Wikipedia)。

 切実なのが、穀物の種類が多い点。一見、非効率なように思えるが、実は合理的なのだ。というのも…

変わりやすい天候や害虫に立ち向かう大勢の貧しい農民たちにとって唯一の保険となるのが、雑穀、モロコシ、トウモロコシ、キャッサバ、サツマイモなど、できるだけ多様な穀物を育て、何らかの形で収穫が得られる可能性を高める事だった。
  ――13章 失われた環(ミッシング・リング) ケニアとガーナ

 平均的な利益ではなく、飢え死にという最悪の状況を避ける。ゲーム理論で言う一種のミニマックス法(→Wikipedia)ですね。

 豊作の時の蓄えで不作を凌げば…と思うでしょ。実はボーローグの協力でエチオピアじゃ豊作に恵まれた年もあったのだ。だが、流通網がないので、近くの市場でしか売れない。そこに小麦が雪崩れ込み、値崩れを起こしたのだ。いわゆる豊作貧乏ね。道路が整備され軽トラでもあれば値が張る市場まで持って行けた。または空調などが整った倉庫があれば保存もできたんだが。結果…

記録的な大豊作から10年後、フフォのトウモロコシの収穫は、ボーローグが訪れる前の水準に落ち込んでいた。
  ――3章 アフリカへ エチオピア北部、1984年

 先進国からの援助もあるが、来るのは食料。道路をつくる補助金は出ない。そして世界銀行(→Wikipedia)は、アフリカ諸国の農業への支援にいい顔をしなかった。

「アメリカでは農家へ補助金を出しているのに、なぜ我々の国に対して農家へ補助金を出すなと言うのか」
  ――2章 寄せては返す波 ノルウェー オスロ、1970年

 ばかりか、道路や灌漑設備など農業を振興させるインフラへの支援も渋るのである。

「私たちが飢えているときには、専門家やら穀物を送ってきますが、農業をビジネスに発展させる支援となると、姿を見せなくなります」
  ――5章 余剰と罰 エチオピア アダミ・ツル、2003年

医療を対象とした資金が数十億ドル規模であるのに対し、アフリカの農業の向上を目指したノーマン・ボーローグの笹川アフリカ協会の予算は数百万ドル規模と、桁違いの低さだ。
  ――11章 食物とともに服用すること ケニア、モソリオト

 先の引用で少し出てきたように、米国は国内の農業に多額の補助金を出している。お陰で米国は農産物でも大輸出国だ。綿花ではブラジルと首位を争ってる。これが世界市場での綿花の価格を下げ、アフリカの綿花農家が育たない。これは豆や穀物も同じ。米国内で余った小麦は、米国政府が買い上げアフリカ向けの支援物資となる。

アメリカの農家には、飢えたアフリカの人々が必要なのだ。
  ――6章 誰が誰を援助している? エチオピアナザレス、2003年

 しかも米国の農家は資本があり設備も整ってる。

1日に150梱(1梱の重さは約22kg)を刈りとる能力のある綿鏑み機は、1台30万ドルもする。
  ――4章 不公平な補助金 マリ ファナ、2002年

 イマドキの農業にはカネがかかるのだ。米作も資金が必要で、今調べたらコンバインも150万~2000万円とか。刈入れの時しか使わないのに。

 米国の補助金の仕組みも問題で、売れただけカネが貰える仕組み。だから、ちょっとした歪みがでできてる。

2006年には、アメリカ農家のうち、売り上げで上位10%を占める農家が、補助金全体の半分以上を受け取っていた。
  ――12章 二歩進んで、二歩下がる 世界各地

 ただ、この仕組みが好ましい状況もある。そもそも米国の農業補助金は、1930年代のダストボウル(→Wikipedia)による米国農業の壊滅および世界恐慌への対策として発足した。当時は適切な対策だったのだ。

農家の大半が貧しければ、生産量に応じた補助金を払うか、種や肥料の価格を割り引くのが理にかなっている。政府にとって比較的提示しやすい基準であり、需要の高い食料の生産が促される。ただ、農業がすでに近代化した国家の場合、生産量に応じた補助金支払い制度では、支援の必要のない農家の手にも補助金が渡ってしまう。
  ――17章 「彼らの期待を裏切ってはならない」 ワシントンD.C.

 まさしく、この仕組みが向いているのがアフリカの農家だ。

ある推計によれば、エチオピア全体の農業生産高の大部分、実に95%が、数エーカーの畑で農耕する小農によるものだという。
  ――14章 取引開始のベルが鳴る シカゴからアディスアベバ、ファクッハスネックへ

 この仕組みだと、農家は頑張って多くの収穫を得ようとする。反面、現在だと、豊かな農家ほど多くの補助金を得てしまう。米国内でも農家は豊かな人が多く…

連邦準備制度によれば、アメリカの一世帯当たりの純資産の中央値は、2004年で9万3100ドル。それに対し、同年の農家一世帯当たりの純資産の中央値は45万6914ドルにのぼる。この額は2007年のは53万3975ドルにまで伸びた。
  ――12章 二歩進んで、二歩下がる 世界各地

 と、農家をバカにしちゃいけない。もっとも、農家の純資産には土地すなわち農地も含んでるんだけど。そういやニール・ヤングとかがファーム・エイド(→Wikipedia)をやってたな、と思ったが、アレの対象は「小規模農場や個人経営の農家」だった。

 とかの理由で、本書は米国の農業補助金を悪く言ってるけど、農作物輸入国の日本人としては複雑な気分だ。いわゆる食料安保で「自国の農業を守るのは当たり前」ってのもあるし、日本の畜産業は米国の安いトウモロコシ飼料でギリギリ持ってるんだし。

 本書は大きく二部構成だ。前半でこれらのアフリカで飢餓が起きるしくみを明らかにし、後半で解決策を示す。その一つは、食糧援助の形を変えることだ。まずは食料の現物支給ではなく、カネを渡す。そして飢餓が起きた地域の近隣で食料を調達するのである。

その年(2003年)、世界食糧計画が試算した結果によれば、アメリカからエチオピアまでの輸送費と取扱手数料は、穀物1トンにつき200ドルにのぼるという。
  ――12章 二歩進んで、二歩下がる 世界各地

 と、費用対効果が高い。また、迅速な対応も可能となる。

「世界食糧計画の概算によれば、現物による支給には、提供国が支援を確認してから最終的な配給地へ食糧援助が届くまでに、三ヵ月から五ヵ月かかる」
「一方、支援を現金のかたちにして食料を国内で調達すれば、配給にかかる時間は一ヵ月から三ヵ月に短縮できる」
  ――12章 二歩進んで、二歩下がる 世界各地

 確かイラク戦争でも、米軍はなるたけ補給物資を近くの国から調達するようにしてた。そうすりゃ近隣諸国の理解を得やすいし。日本も朝鮮戦争が復興の足掛かりになったんだよなあ。

 とまれ、近くの国や地域から調達しようにも、市場がなきゃどうしようもない。そこで必要なのが商品取引所だ。これも、少しづつではあるが、立ち上がりつつある。

商品取引所の目的とは、まさに小農が余剰作物を市場に売るのを支援することにある。
  ――14章 取引開始のベルが鳴る シカゴからアディスアベバ、タァクハスネックへ

 これは豊作貧乏を避けるためでもある。余った作物は、商品取引所で売ればいいのだ。ウクライナが繊細に見舞われている今なら、エジプトが小麦を買うだろう。確かパンの値上げで国民の不満が溜まってたし。

 さて、アフリカは食料に加え医療の支援も必要としている。中でも…

発展途上国での死者数が多い病気は、エイズ、結核、マラリアの三つだ。
  ――10章 「何かできるはずだ」 ダブリンとシアトル

 そこでエイズのワクチンを送ったのだが、効かない例が多かった。何故か。栄養不足だ。食料がないので、病に対抗する体力がないのだ。飢えってのは、実にタチが悪い。

 送る食料にも工夫が居る。カップ麺はお湯さえあればいいんだが、そのお湯どころか水すら手に入らない状況もある。そこで登場したのがプランピー・ナッツ。

深刻な栄養失調児への標準栄養食だった粉ミルクとは異なり、プランピー・ナッツ(→日本ユニセフ協会)は水不足に襲われた地域では貴重品の真水と混ぜる必要がなく、母親は袋の隅をちぎり、わが子の口にペーストを流し込むだけでいい。
  ――15章 現場主義 ダボスからダルフールへ

 プランピー・ナッツはフランスのNutriset社が開発した。日本でも日清食品がウクライナに人道支援しているように(→日清食品)、民間企業が支援に乗り出すことは多い。ただ、これにはコツもある。

「歴史的に見て、企業の慈善事業は、団体に金銭を拠出するものでした。しかしこのやり方は、継続が難しいのです」
「次期会長の夫人が、別の慈善事業を展開するかもしれない」
「活動を継続させるには、それを企業の事業活動に組み込む必要があります」
  ――15章 現場主義 ダボスからダルフールへ

 カネを出すのもいい。加えて、専門の部署を立ち上げちゃえば、長く続くのだ。

 また、教会などによる支援活動もある。これらは予算が少ないから、どうしたって小規模になる。が、だからこそ上手くいく場合もある。エチオピアのルネサンス・ダムほどではない、小さな貯水池でも、いやだからこそ、地元の農民には嬉しかったり。本書の例では、地元の農家が自分たちでダムと貯水池を造った話だ。

「大規模ダムを建設するとなると、リスクの大きさに躊躇するでしょう。地元地域も『不具合が起こったらどうやって補修すればいいのか?』と頭を悩ませます。このダムは自分たちで造ったものですから、修理も自分たちでできるというわけです」
  ――16章 小さな活動がもたらす大きな成果 ケニア、オハイオ州、マラウイ

2008年末の時点で(オハイオ州アーチボルドの)プロジェクトが集めた13万ドルは、(ケニアの)マチャコス県の合計500ヵ所の小規模ダムと貯水池の建設費用に充てられ、5000世帯を超える家族に水と食料をもたらした。
  ――16章 小さな活動がもたらす大きな成果 ケニア、オハイオ州、マラウイ

 散々に米国の農業政策をDisってる本書では、米国のバイオ・エタノールも散々罵っている。

「トウモロコシを燃料にするなんてどうかしています。大勢の人々を死に追いやることになりますよ」
  ――エピローグ

 需要供給資本主義。穀物の供給量が変わらず、バイオエタノール用の需要が増えれば、食料に回す分が減って価格が上がり、アフリカの飢えた人に回らなくなる、そういう理屈です。でも米国のトウモロコシは飼料用だったような。こういう所が、本書はちと荒っぽいんだよなあ。でも確かに米国産トウモロコシのバイオエタノールは胡散臭いんだよね(→Wikipedia)。

 他にもいすゞの五トントラックが「アルカイダ」と呼ばれる、なんて話もあって、なかなか興味深い本だった。なんでアルカイダかって?「猛々しく走るその威嚇的な姿から」だそうだ。

 さすがに16年前の本で、幾つかの点は再確認が必要だ。ルネサンス・ダムとか。状況が改善している所も、逆に悪化してる所もある。アフリカと言いつつ西サハラやニジェール川沿岸が出てこないのも、少し不満だ。が、食糧支援が一筋縄じゃいかないのは、充分に伝わってきたし、何より農協の重要性が身に染みてわかったのは大きい。人道支援に興味がある人はもちろん、農政の基礎を知りたい人にもお薦め。

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2025年11月 5日 (水)

アンディ・グリーンバーグ「サンドワーム ロシア最恐のハッカー部隊」角川新書 倉科顕司・山田文訳

本書では、サイバー戦争によってディストピア化を進行させているならず者の最も明確な例として、サンドワームの話を紹介する。
  ――はじめに

【どんな本?】

 2015年のクリスマスイブ。ウクライナは大規模な停電に陥る。事故ではない。事件だ。物理的な攻撃ではない。サイバー攻撃である。目標はサーバでもパソコンでもない。制御システムだ。そして目的は愉快犯でも金銭でもない。政治的・戦略的・経済的にウクライナに打撃を与えることだ。単独犯による犯行ではない。組織によるものだ。それも、大規模で高度な技術を擁する。

 以前から、連中にはコードネームがついていた。サンドワーム。

 雑誌 WIRED のシニアライターを務める著者が、ウクライナ政府のみならず世界中の港湾施設や病院などのコンピュータを停止させた謎のサイバー・テロ組織サンドワームを追い、世界を巡ってその被害者やセキュリティ関連企業に取材した、迫真のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Sandworm: A New Era of Cyberwar and the Hunt for the Kremlin's Most Dangerous Hackers, Andy Greenberg, 2019。日本語版は2023年1月10日初版発行。新書版で縦一段組み本文約423頁に加え、著者あとがき7頁。9ポイント41字×16行×423頁=約277,488字、400字詰め原稿用紙で約694枚。文庫なら厚い一冊分。

 文章は比較的こなれている。内容も、少なくとも技術的には難しくない。というか、著者はあましITに詳しくない。取材相手からDNS(→Wikipedia)の講義を受けてたり。そのためか、多少IT系の言葉遣いがあやしい。と思えば、幾つかの用語を説明なしに使ってたり。その例は以下。

  • マルウェア:不正プログラム(→Wikipedia)
  • フォレンジック:証拠の保護およびシステムの保全?(→Wikipedia)
  • ハクティビスト:政治目的を掲げる(広い意味での)ハッカー(→Wikipedia)
  • ゼロデイ攻撃:修正プログラム配布前の脆弱性を突く攻撃(→Wikipedia)

 あと、「ハッカー」は悪党の意味で使ってる。かと思えば、.vbs(→Wikipedia)やDNSは簡潔な説明がある。また、ド「メインコントローラ」(→Wikipedia)って言葉も出てくるんだが、これマイクロソフトのシロモノだよね。同様に「ワード」も、マイクロソフト・ワードを示すんだろうけど、KWord(→Wikipedia)やEGWORD(→Wikipedia)とかもあったんだぜ。最近は~WORDではなく~Writerが流行りみたいだけど。いったい、どういう読者を想定してるんだろう…って、雑誌 WIRED の読者か。

 という事で、索引か用語集が欲しかった。

【構成は?】

 前の章を踏まえて後の章が展開する構成なので、なるべく頭から読もう。

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  • はじめに
  • プロローグ
  • 第1部 出現
  • 1 ゼロデイ
  • 2 ブラックエナジー
  • 3 アラキス
  • 4 戦力倍増
  • 5 スターライト・メディア
  • 6 ホロドモールからチョルノービリまで
  • 7 マイダンからドンパスまで
  • 8 停電
  • 9 視察団
  • 第2部 起源
  • 10 回想 オーロラ
  • 11 回想 エストニア
  • 12 回想 ジョージア
  • 13 回想 スタックスネット
  • 第3部 進化
  • 14 警告
  • 15 ファンシー・ベア
  • 16 Fソサエティ
  • 17 ポリゴン
  • 18 インダストロイヤー、あるいはクラッシュオーバーライド
  • 第4部 神格化
  • 19 マースク
  • 20 エターナルブルー
  • 21 ノットペチャ
  • 22 全国規模の大災害
  • 23 崩壊
  • 24 損害
  • 25 事後分析
  • 26 距離
  • 第5部 アイデンティティ
  • 27 GRU
  • 28 離反者
  • 29 情報敵対
  • 30 ペナルティ
  • 31 バッド・ラビット、オリンピック・デストロイヤー
  • 32 偽旗
  • 33 74455
  • 34 タワー
  • 35 ロシア
  • 36 ゾウと反乱者
  • 第6部 教訓
  • 37 ブラックスタート
  • 38 回復力
  • エピローグ
  • 付録 サンドワームとフランス選挙ハッキングのつながり
  • 謝辞/著者あとがき/出典について/参考文献

【感想は?】

 つくづく、ロシアはロクな事をしない。

 ロシアのサイバー・テロ組織「サンドワーム」を雑誌 WIRED の記者が追ったドキュメンタリーだ。その過程で最大の標的となったウクライナはもちろん、ジョージア・オランダ・イギリス・米国などを飛び回り、被害者やセキュリティ企業そして国家の治安機関などに話を聞いている。

 残念ながら技術的な詳しい話は出てこない。そもそも著者はプログラマじゃないし。また、情報セキュリティ関係者に役立つネタも、ほぼ出てこない。だから、その辺は期待しないように。あくまでも「記者がテロ組織を追ったドキュメンタリー」であって、技術書じゃないのだ。

 冒頭から、標的にされたウクライナの悲惨な状況が切々と描かれる。マルウェア(不正プログラム)が蔓延しているのだ。

「ウクライナでは、攻撃されていない場所がありません。どの岩をひっくり返しても、コンピュータネットワークへの工作の痕跡が見つかるんです」
  ――第1部 出現

 素人が面白半分で仕掛けてるんじゃない。組織的に、ウクライナを標的として攻撃を仕掛けているのだ。その結果、ウクライナでは大規模な停電が起きた。

長年身を潜め、能力を高め、偵察活動をしてきたサンドワームは、これまでそのハッカーも踏み出したことのない一歩を踏み出した。実際に停電を引き起こし、数十万人の民間人が利用する現実世界のインフラを無差別に破壊したのだ。
  ――第1部 出現

 実質的な被害を考えれば、戦略爆撃みたいなモンだろう。犯罪どころか戦争行為である。これには、予兆があった。2007年4月のエストニアだ。DDoS(→Wikipedia)攻撃で、エストニア国内の多くのサイトが使えなくなった。

エストニアで起こったこの2カ月間の出来事は、一部の専門家のあいだでは、史上初のサイバー戦争、あるいは、刺激的に“第一次ウェブ大戦”と言われるようになる。
  ――第2部 起源

 政府が大胆にITを活用する国として有名なエストニアだが、悪党にとっては魅力的な標的だったのだ。もっとも、エストニアを狙った理由は、もっと下世話なものだけど。だってNATO加盟国だし。

 また、ロシアは実際の軍事侵略にサイバー攻撃を組み合わせた先例も作った。2008年のジョージア南オセチア戦争(→Wikipedia)だ。北京オリンピック期間中でもあり、軍事衝突ばかりが話題になったが、その陰でロシアはサイバー攻撃もしていたのだ。

(2008年8月のジョージアに対する)サイバー攻撃の実際の効果よりも重要なのは、ロシアが歴史的前例をつくったことだ。ハッカーによる破壊工作と伝統的な戦争をこれほど公然と連携させた国はこれまでになかった。
  ――第2部 起源

 この時はサイバー攻撃による大きな被害はなかったが、ニュース・メディアはサイバー攻撃について大きな報道をしなかったし、各国の政府も表向きは問題視しなかった。

ジョンズ・ホプキンス大学で戦略と軍事を研究しているトマス・リッド教授の指摘によると、そのように(攻撃への非難や反撃を)放置された状況のもとでロシアは技術力の限界を押し広げるだけではなく、国際社会が許容する限界を探っているという。
  ――第3部 進化

 つまり、ツケあがらせてしまうのだ。平和を維持するには、小競り合いでもキチンと反撃してメンツを保つのも大切なんです(「戦争と交渉の経済学」)。

 さて、ロシアのサーバー・テロ組織としては、「情報セキュリティの敗北史」でファンシー・ベア(→Wikipedia)が挙がっているが…

サンドワームのハッカーは、姿を見せないプロの破壊活動家だ。一方、ファンシー・ベアは恥知らずで下品なプロパガンダ活動家のようだ。
  ――第3部 進化

 「140字の戦争」にはロシアが運営するトロール(荒らし)工場が出てくる。著者もセキィリティ関係者も、その三者は見分けにくいというか、どうも連携してる雰囲気があったり。

 さて、本書の主な舞台はウクライナだが、他国の情報セキュリティ企業の関係者も、テロリストが武器として使った不正プログラムを手に入れ、解析している。その結果、かなりヤバい事がわかってきた。

「このマルウェア(CRASHOVERRIDE,→IPA 独立行政法人情報処理推進機構/pdf)のすばらしさは、どの国でも、どの変電所でも実行できることです」
  ――第3部 進化

 変電設備は国により様々なメーカーや機種があり、操作・命令系統も異なる。この違いを吸収するために、ロシア製の不正ソフトウェア CRASHOVERRIDE は、設備への命令部分をモジュール化していた。他国を攻撃する際は、そこだけ差し替えればいい。つまり、わが国がいつ攻撃されても不思議じゃないのだ。

 更にロシアはよりより凶悪な不正プログラム NotPetya を発動、2017年6月27日にウクライナ中のパソコンが狂ってしまう。

ウクライナのインフラ相ヴォロディミール・オメリヤン「政府が機能停止しました」
  ――第4部 神格化

 ばかりではない。NotPetya は世界中で猛威を振るい、例えば世界トップの海運企業マースク(→Wikipedia)の社内でもパンデミックを起こし、各国の港湾が麻痺状態に陥った。病院も被害を受けたというから恐ろしい。

 この被害を…

ホワイトハウスの評価では、結果として合計100憶ドルを超える損害があったという。
  ――第4部 神格化

 これはあくまでも表沙汰になったモノだけで、水面下でどれぐらいの被害が出たのかは不明だ。最近も日本じゃアスクルやアサヒグループホールディングスが被害を受けてたり(→YaHoo!ニュース)。いや犯人はサンドワームじゃないようだけど。

 さて、これらの不正プログラムの感染源となったのは、会計支援アプリケーションのアップデート・サーバだ。脆弱性を塞ぐために最新版にアップデートしたら、おまけに不正プログラムまでついてきたのだ。病院でワクチンを受けたら病気に感染した、みたいな話で実に怖い。その会社の担当者曰く…

単に狙われるとは思っていなかった
  ――第4部 神格化

 発電所などのインフラでもなく、軍のような安全保障のキモでもない、ただの民間企業だから、と油断してたワケです。ありがちですね。

 これらの事故というより事件の裏にはロシアのスパイ組織GRU(→Wikipedia)がある、そう情報セキュリティ企業が明言しているにも関わらず、西側の政府はダンマリを決め込んでいたが、2018年にやっと…

ジェレミー・ハント英外相「同盟諸国とともに、われわれは国際社会の安定を脅かそうとするGRUの企てを明らかにし、それに対応する」
  ――第5部 アイデンティティ

 と、声明が出た。それまで、オバマ政権もトランプ政権も黙っていたのだ。その理由の一つは、イランの核燃料濃縮施設を狙い明国とイスラエルが共同開発した不正プログラムStuxnet(→Wikipedis)だろう、と著者は推測している。「俺たちが使えなくなったら困るじゃないか」、そういう理屈だ。

 先に述べたように、ロシアが狙うのはウクライナだけとは限らない。というか、既にマースク社などが巻き添えで大きな被害を受けている。幸か不幸か、当時のウクライナはあまりコンピュータが浸透しておらず、従来のアナログな技術が多く残っていた。そのため、コンピュータを切り離すことで復旧できたのだ。

 だが、現代の米国や日本は、もっとIT化が進んでいる。加えて、若い担当者はアナログな時代を知らない。これが示す現実は怖ろしい。

「アメリカの送電網を停止させるのは、ウクライナでやるよりむずかしいでしょう」
「でも停止させたままにしておくのは簡単かもしれません」
  ――第6部 教訓

 などの本筋の迫力に加え、情報セキュリティ企業が不正プログラムを集めるため敢えて囮とするサーバを運営しているとかの、情報セキュリティ系のゴシップも山盛りで楽しかった。技術的にはあまり役立つ内容ではないが、ロシアの悪辣な手口や、それに対する西側各国の甘い対応、そして被害を受けた現場の状況などは、実に身につまされる本だった。マウスが勝手に動く場面とかね。いやマウス操作の自動化は、まっとうなソフトもあるのよ、おーとくりっか~ (→窓の杜)とか。

 そんなワケで、ロシアを警戒する人にお薦め。

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【蛇足】

 技術的にも情報セキュリティにもあまり役に立たない本だが、二つほど気が付いた事がある。先の「ワード」や「ドメインコントローラ」が示すように、本書で被害を受けたのは、みな Windows なのだ。というか、著者はコンピュータ=Windows、と思い込んでるフシがある。

 マースク社は Windows のドメインコントローラを潰され、会計支援ソフトの企業はアップデートサーバが感染源になった。なら、サーバとクライアントやバックアップと日常用は、異なるOSにすりゃいんじゃね、と思うのだ。クライアントや日常用がWindowsならサーバやバックアップはLinuxやMacintoshやAWSとか。まあ、それはそれで管理が面倒ではあるんだろうけど。

 もう一つ気づいたのは、感染のパターンだ。電子メールの添付ファイルについてたワープロ文書のマクロに不正プログラムが入ってた、そういうケースが多いのだ。

 そもそも、なぜワープロ文書なのか。地図や構成図などの絵があるならともかく、文章だけなら電子メールの本文に書けばいいじゃないか。本当にワープロ文書である必要があるのか。「屈辱の数学史」には、「某社の表計算ファイルの42.2%には一つも数式がなかった」なんて記述もある。「なんかカッコいいからワープロを使う」みたいな風潮が、社内に蔓延してたんじゃないか。

 と思ったら、ソコを指摘してるサイトもあった(セキュアSAMBAワードをメール添付で送るリスク)。やっぱりそうか。

 ヤバいマクロが勝手に動く危険もあるし、メールサーバの容量も無駄に食うしね。下手すっと一桁多くなるのだ、メールの容量が。だもんで、ネットワーク管理者には嫌われるのだ。

 そのうち、マクロ機能がないワープロソフトとかが出回るんじゃないかなあ。セキュア・ワードみたいな名前で。

 そんなワケで、マナー講習とかでも、「電子メールはなるたけ添付ファイルを使わないように」とか広めてほしいな、と思うのであった。

 以上、駄文でした。

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2025年10月19日 (日)

スヴェン・カート「綿の帝国 グローバル資本主義はいかに生まれたか」紀伊國屋書店 鬼澤忍・佐藤絵里訳

本書はヨーロッパ人が支配した<綿の帝国>の興亡の物語である。(略)この物語はグローバル資本主義の構築と再構築の物語でもある。
  ――はじめに

「商品連鎖」の起点あるいは終点に位置すると、相対的に弱い立場となるのが普通なのだ。
  ――第8章 グローバルな綿業へ

世界はいま、かつてないほど大量の綿をつくり、消費している。
この本を読んでいるあなたは、綿製のシャツかパンツか靴下を身につけているかもしれない。
  ――第14章 エピローグ 織り地と織り糸

【どんな本?】

 産業革命はジェニー紡績機(→Wikipedia)に始まると考える人は多い。この機械が人類史に与えた影響は、単なるテクノロジーの進歩だけではない。綿の紡績および織機の自動化は巨大な産業を生み、綿の商取引きが牽引するアフリカ・アジア・新大陸を巻き込む全地球的な貿易の活性化を促すとともに、綿花を求める商人と政府が、従来の自給中心の農村社会を破壊し、資本が支配する労働力へと変えてゆく過程でもあった。

 多くの人々が賃金労働に従事する現代社会の枠組みを整えた産業革命の姿を、そのきっかけとなりまた先導した綿を焦点に据えて描く、一般向けの衝撃的な歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Empire of Cotton: A Global History , Sven Beckert, 2014。日本語版は2022年12月28日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約679頁に加え、訳者あとがき5頁。なお原註と索引もたっぷりで、最後のノンブル(頁番号)は848。鈍器ですね。9ポイント43字×17行×679頁=496,349字、400字詰め原稿用紙で約1,241枚。原註と索引を含めて文庫ならたっぷり上中下巻の大容量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。敢えて言えば、産業革命前後の世界史に詳しければ、更に楽しめるだろう。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

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  • はじめに
  • 第1章 グローバルな商品の誕生
  • 第2章 戦争資本主義の構築
  • 第3章 戦争資本主義の報酬
  • 第4章 労働力の獲得、土地の征服
  • 第5章 奴隷制の支配
  • 第6章 産業資本主義の飛躍
  • 第7章 工業労働者の動員
  • 第8章 グローバルな綿業へ
  • 第9章 戦争が世界中に波紋を広げる
  • 第10章 グローバルな再建
  • 第11章 破壊
  • 第12章 新たな綿帝国主義
  • 第13章 グローバル・サウスの復活
  • 第14章 エピローグ 織り地と織り糸
  • 謝辞/訳者あとがき/原註

【感想は?】

 ひとつの技術・産業の勃興と変転をたどる本だと思ったが、まったく違った。

 あ、いや、確かに綿産業の変転を描いた本なのだ。ただ、それが及ぼす影響が、とんでもなく広く深い。現代の南北問題をはじめとする世界情勢から国家という枠組みや役割、ご近所付き合いや地域社会の在り方、そして私たちの生き方・考え方まで、綿が変えてしまったのだ。

 綿そのものは昔からあった。それも世界各地に。様々な地域で栽培され、紡がれ織られてきた。多くの国や地域で、綿花は畑の片隅で、食用作物の「ついで」に栽培され、地元で紡がれ織られてきたのだ。現代のような巨大なプランテーションではない。

三つの大陸(アフリカ,アメリカ,アジア)に見られる多様性にもかかわらず、この巨大な製造業の中心地には多数の共通点があった、特に重要なのは、綿花の栽培と加工はほとんど常に小規模にとどまり、もっぱら家族単位で行われていたことだ。
  ――第1章 グローバルな商品の誕生

 その技術の進歩は微々たるもので、せいぜい糸を紡ぐ紡ぎ車ぐらいだろう。具体的には…

18世紀になってもなお、たとえば東南アジアの一人の女性が1ポンド(約454g)の綿を紡ぐのに1ヶ月、さらに長さ10ヤード(約9m)の布を織るのに1ヶ月を要した。
  ――第1章 グローバルな商品の誕生

 別の表現だと、「熟練の紡ぎ手がブラウス1枚分の糸を紡ぐのに、手紡ぎ用の紡錘で約11時間」だとか。これが紡ぎ車だと生産性は約3倍に上がる。

 そんなこんなで、18世紀初頭まで綿製品の最大の産地そして輸出国はインドだった。当然、手織りである。

1766年には、イギリス東インド会社の輸出額の75%超を(綿製品が)占めていたのだ。
  ――第2章 戦争資本主義の構築

 イギリスはインド製の綿織物をアフリカ西海岸へ運び、奴隷と交換するのだ。

(奴隷貿易の奴隷は)綿織物と交換されることのほうが多かった。
  ――第2章 戦争資本主義の構築

 当時のイギリスのインド支配は重要な港湾とその近辺を抑えるだけで、内陸までには及ばなかった。だもんで、綿花の生産や織物への加工そして流通は、地元インドの農民・職人・商人が担い支配していた。商いを拡大したくとも手が出せないイギリスには面白くないが、地元インドの者にとっては…

17世紀後半には綿布の価格の最大1/3が織り手に渡っていた可能性がある。それが18世紀後半になると、歴史家のオム・プラカーシュ(→英語版WIkipedia)によれば、織り手の取り分は約6%にまで減ったという。
  ――第2章 戦争資本主義の構築

 そこに機械化の波が押し寄せる。これがどれぐらいの影響か、というと。

18世紀のインドでは、紡ぎ手が100ポンド(約45kg)の綿花を紡ぐのに5万時間を要していた。
1790年のイギリスでは、100個の紡錘を備えたミュール紡績機1台を用いて、同じ量の綿花をわずか1000時間で紡ぐことが出来た。
1795年には、水力紡績機を使えば300時間しかかからなくなった。
さらに1825年以降は、リチャード・ロバーツが発明した自動ミュール紡績機のおかげで、たった135時間あれば十分になった。
  ――第3章 戦争資本主義の報酬

 およそ370倍の効率だ。紡績機や工場の設備投資や地代も費用に勘定する必要があるとは言え、従来の手紡ぎじゃ太刀打ちできない。これは技術の革新だけではなく、産業そして世界の枠組みを揺るがす大きな変革だった。

史上初めて、製造業者という新たな登場人物が舞台に現れた。製造業者とは、奴隷を働かせたり領土を拡大したりする(略)ためではなく、機械を基盤とする生産の巨大なシステムへと労働者を組み込むために、資本を使う個人だった。
  ――第3章 戦争資本主義の報酬

 世界の力関係に、新しいプレイヤーが登場したのだ。そして、彼らは人々の生活も変えてゆく。これまでの夜明けとともに起き日没まで働く暮らしから…

機械装置が人間の労働のペースを規定しはじめたのだ。中核となるエネルギー源に依存し、大きなスペースを必要としたことから、生産の場は家庭から工場に移った。機械装置とともに、かつてない数の労働者が生産拠点に集まった。
  ――第3章 戦争資本主義の報酬

 手紡ぎなら、効率は悪いとはいえ自分の暮らしの隙間時間で紡げる。だが、機械が工場で紡ぎ始めると、機械のペースで働かなくちゃいけない。定時に出勤する暮らしだ。出勤は定時だが退出は…。

 さて、機械が紡ぎ織る事の嬉しい点は、安上がりな事だ。なぜ安上がりかというと、人の手間が省けるすなわち人件費が安いからだ。この理屈は、工場労働者にも適用される。いかに人件費を安く上げるかが、綿業の避けがたい性質となる。

 これは材料である綿花にも言える。綿花の栽培に適した地域は世界各地にある。だが、栽培と収穫には多くの人手が要る。これをいかに安く上げるか、が当時の西欧の綿業の課題となった。その解を示したのが新大陸だ。つまり奴隷制である。

1780年代には、西インド諸島と南米の奴隷が、世界市場で売られる綿花の大半を生産していた。この奴隷制と征服の爆発的な融合が、1861年に至るまで産業革命に活力を与えつづけた。
  ――第4章 労働力の獲得、土地の征服

 やがて同様の仕組みが北米南部でも整ってくる。既にインドの綿布をアフリカに送り奴隷と交換する仕組みはあった。これが北米の綿花をイギリスで加工しアフリカで奴隷と交換し、奴隷を北米に送り綿花を栽培させる仕組みへと変わってゆく。やがて米国の綿花は世界の市場を席捲するのだ。

アメリカ経済が世界で台頭したのは、まさに綿花のおかげ、したがって奴隷のおかげだったのである。
  ――第5章 奴隷制の支配

 その綿花農場を発展させるには、土地と奴隷が必要だ。奴隷を買うにはカネが要る。ここで登場するのが信用貸し、つまりは金貸しである。商人が農場主に元手を課し、奴隷を買わせ綿花を作らせるのだ。貸すったって、ちゃんと担保は確保する。その担保は…

信用貸しの多くは奴隷が栽培する商品の先物か、奴隷そのものの価値を担保とした。
  ――第8章 グローバルな綿業へ

 かくして、綿を扱う商人が大陸と大洋を越えて商いを展開し、地球規模の経済体制を創り上げてゆく。

商人が世界の真のグローバル経済を構築し、その主役が綿だったのである。
  ――第8章 グローバルな綿業へ

 これらを可能としたのは、単なる工業技術だけではない。原材料を調達し、製品を他国に売りつける外交能力も必要だった。それも、往々にして武力を背景にして。また、原材料や製品を運ぶ鉄道や港湾の整備も必要だ。何せ当時の西欧以外じゃ主な輸送手段は馬や牛などの家畜だし。そのためには、中央集権型の強力な政府と、綿業に有利な法を整備しなければならなかった。

スキル、市場、資本、テクノロジーといったものは、世界中のほかの多くの地域で利用できたが、国内市場を保護し、遠方の市場へのアクセスを確保し、製造業を後押しするインフラ整備ができる国こそ、初期の産業先進国の際立った特徴だった。
  ――第6章 産業資本主義の飛躍

 産業革命が成功するためには、技術のみならず、商人の要望に応え、実行できる政府が必要だったのだ。

当時のヨーロッパの諸国家が日本や中国など同時代の国家を引き離していた理由は、国力だけでなく、産業資本のニーズに応えたことにもある。
 商人はあらゆる事柄について時刻の政府に対するロビー活動をしたが、なかでも重要な案件が、貿易のためのインフラだった。ドック、倉庫、鉄道、水路の建設が商人たちにとっての優先課題だった。
  ――第8章 グローバルな綿業へ

 先に書いたように、綿業のキモは人件費の削減だ。原材料の綿花は北米南部の奴隷制で賄えたが、紡ぎと織りの工場労働者は国内で調達せにゃならん。安く上げる手立ての一つは、女と子供を使う事だ。

綿業労働者の半分近くが子供であり、彼らは親から強制されていたのだが、この親たちもまた新たな経済的現実によって強制されていた。
  ――第7章 工業労働者の動員

 本書が描く工場労働者の勤務事情は現代日本のブラック企業を遥かにしのぐ。そこで労働者も声を上げ始め、様々な闘いを繰り広げ、少しづつマシな条件を勝ち取ってゆく。

現代の経済学の教科書で理想化されているような労働市場は、往々にしてストライキ、団結、暴動などの結果もたらされたものなのである。
  ――第7章 工業労働者の動員

 さて、当時の西欧は綿花の多くを米国南部から調達していた。そこに戦争の暗雲が立ち込めてくる。

南北戦争前夜、綿花はアメリカから海外への出荷総額の61%を占めていた。(略)
1850年代後半まで、アメリカ産綿花は、イギリスで消費される8憶ポンドの綿花の77%を占めていた。また、フランスで使用される1憶9200ポンドの90%、ドイツ関税同盟で紡績される1憶1500ポンドの60%、ロシアで製造される1憶200ポンドの92%を占めていた。
  ――第9章 戦争が世界中に波紋を広げる

 この危機に際し、西欧は他の国から綿花を調達しようとする。例えばイギリスは…

南北戦争の最初の年だけでも、イギリス政府のインドにおけるインフラ事業への支出はほぼ倍増している。
  ――第9章 戦争が世界中に波紋を広げる

 植民地を持つ他の国も同様に、植民地での綿花生産を増やそうとする。現地住民の利害や安全は無視し、村落共同体を破壊し、換金作物である綿花栽培を押し付けるのだ。

綿花栽培に労働力を動員したいという国家の強い意欲は、市場の規則制定と施行につながり、(略)各国の政府と法律は、放牧や狩猟のように昔から住民全体に認められてきた資源への権利を弱体化し、農民に綿花生産への専念を強要した。
  ――第10章 グローバルな再建

 その結果、昔からの家族単位での糸紡ぎや手織りは壊滅し…

ほかの歴史家たちも、1830年から60年までに、インドだけでも製造業で200万~600万ものフルタイムの職が失われたと示唆している。
  ――第11章 破壊

 ガンジーが糸車を回したのには、そういう意味があるのだ。ばかりではない。それまで、現地の農民たちは食用作物の隙間に綿を植えていた。それを全面的に綿花に切り替えさせた。結果、食料が足りなくなり…

1877年と、1890年代後半にも再び、(インドの)ベラールとブラジル北東部で何百万という農民が飢餓に見舞われる。
  ――第11章 破壊

第一次世界大戦までに、階級構造の再編と、農業における換金作物への方向転換のせいで、大規模な食用作物不足から悲惨な飢餓が起こり、かなりの人命が失われた。たとえば、トルキスタンでは1914年から21年までに人口が130万人、すなわち18.5%減った。
  ――第12章 新たな綿帝国主義

 ブリカスと罵りたくなるが、似たような真似を太平洋戦争当時に帝国陸海軍がインドシナでやり、戦後ベトナムあたりは戦時中以上の苦しみを味わったそうだ。

 話がそれた。それまで植民地で綿花栽培が流行らなかった理由は多々あるが、その一つがインフラの不足だ。牛の背に載せて綿花を運び港まで6カ月とか、そんな状況である。そこで宗主国は植民地に鉄道や道路を整備する。

領土の編入は、土地の獲得はもちろん、インフラの進歩の賜物でもあった。インドやアフリカと同様に、綿花は鉄道に沿って開花していった。
  ――第12章 新たな綿帝国主義

 とかやっているうちに、現地の商人たちも考え始める。「俺も工場を作って商売を始めよう」。実際、これで成功する人も出てくる。それは、幾つかの条件が重なったからだ。

グローバル・サウスのどこであれ、資本家がグローバル綿業に自らの生存領域をつくることに成功したのは、ふたつのプロセスが同時に起きたからだった。
つまり、第一次産業革命の中心となった国々で社会的対立プロセスが全国に拡大して労働コストが上がったこと、
グローバル・サウスで建設された国家が国内工業化計画を優先し、労働コストを低く抑えたことだ。
  ――第13章 グローバル・サウスの復活

 西欧は工場労働者の賃金が上がり、費用がかさむ。対して植民地は人を安く使える。だから植民地に工場が増える。なんか、今世紀の話みたいだが、これは100年前の話。

 そんな現地の商人に対し、現地の政治指導者も協力した。

1920年代を通じて、上海の工場主たちは国民党の指導者だった蒋介石の支援を得て、左寄りの労働運動指導者を何千人も殺害している。
  ――第13章 グローバル・サウスの復活

 そんな風に、植民地資本の綿業/工業も育っていくのだが、幾つか欧米とは異なる点がある。現地の商人たちは、植民地国家/宗主国政府と闘わなければならなかったのだ。そこで、独立運動の闘士たちと手を組むのである。闘士ったって、たいていは農民か労働者だ。そのため、独立後の現地商人はいささか複雑な立場に立たされている。

(グローバル・サウスの)資本家は、植民地国家との闘いで労働者(と農民)に頼ったために、いまでは力を失いつつあった。
  ――第13章 グローバル・サウスの復活

 労働者の賃金は抑えたいが、あまし無茶すると独立運動の英雄に目を付けられる。そういうことです。

 もっとも、今世紀に入ってからは、その無茶に成功した国も出てくる。例えばウズベキスタンだ。21世紀に入っても、児童労働・強制労働が行われていた(→ヒューマン・ライツ・ウォッチ/ウズベキスタン:世界銀行が関係する強制労働)。

 ばかりでなく、20世紀最大の環境破壊とまで言われる暴挙も。

綿花の輸出高では世界で10本の指に入るウズベキスタンでは、農家の綿花製品を強制し続けている。乾燥した土地には灌漑が必要なため、アラル海(→Wikipedia)がほとんど干上がり、そのせいで国土の多くが実質的に塩原と化している(略)。
  ――第14章 エピローグ 織り地と織り糸

 そのウズベキスタン以上に綿花で存在感を誇示しているのが米国だ。これには仕掛けがあって、つまりは補助金である。自国の産業を守るのは責められないよな、と思っていたが、こんな影響も。

補助金まみれの綿花は世界市場に放出され、アフリカなど競争の激しい地域の綿花栽培者にとっては価格を押し下げる要因となるのだ。
  ――第14章 エピローグ 織り地と織り糸

 そういう効果は気が付かなかった。

 20世紀は国家レベルで安い賃金を求め綿業が移動した。これが今世紀に入ると、綿業に限らずあらゆる産業で、国家ではなく企業単位で、工場が移転する。綿業だと、GAPとかのブランド単位で。トランプが関税を引き上げるのも、そのためだ。おかげでリーバイスなどの製品を作っていたレソトの工場が閉鎖になるとかのニュースも。

今日の労働者は、あらゆる形の生産の拠点をいとも簡単に世界各地へ移す企業のなすがままだ。
  ――第14章 エピローグ 織り地と織り糸

 この辺を読んで、私はやっと共産主義者が世界に革命を輸出したがる理由が解った。工場=仕事は安い賃金で労働者をコキ使える国に移動する。世界規模で賃金を底上げしなければ、工場は自国から賃金の安い国に移るだけなのだ。もっとも、その共産主義も、独裁者の道具になっちゃったんだが。

 つまりグローバル経済とは、費用の安さを求めて資本と仕事が世界を渡り歩く経済なのだ。とはいえ、費用は賃金だけじゃない。綿花が鉄道に沿って開花したように、インフラや治安も費用に大きな影響を与える。エネルギーを求めて米国に行く資本もある(→「新しい世界の資源地図 」)。

 そんなグローバル経済を、18世紀から先取りしてきたのが綿業であり、21世紀の現在もなお安い労働力を求め衣料ブランドが世界各国を渡り歩いている。日の出から日没のリズムで生きていた私たちの暮らしを時計が支配する定時出勤のリズムに、自給自足の暮らしを会社勤めの労働者に変えた綿業。お陰で私たちのクローゼットは豊かになったが、失ったものも大きい。

 産業革命のもうひとつの側面をじっくり描いた労作であり、世界の形を改めて認識させてくれる問題作でもある。歴史好きはもちろん、経済問題に関心のある人にもお薦め。

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