E.T.ベル「数学は科学の女王にして奴隷 Ⅰ・Ⅱ」ハヤカワ文庫NF 河野繁雄訳
本書では、数学の巨大な蓄積から話題を選んでお話するが、そのことから少なくとも数学が生き生きとした生命をもち、成長の過程にあるということ、また科学・技術のある部門の理解に不可欠であることを感じとっていただけることと信ずる。
――読者へこの広範な理論(集合論)は、大まかにいえば、曲線や曲面などを点の集合として取り扱う。
――第19章 “天を強襲する”
【どんな本?】
数学とは何か。算数とは違うのか。数学者は何を考えているのか。数学にはどんな分野があって、どんな事ををやっているのか。数学は何の役に立つのか。お釣りの計算に役立つのは分かるが、それ以外にどんな事に役立つのか。科学と数学には、どんな関係があるのか。
全米数学者協会の会長も務めた著者が、数学の全容を伝えようとする、一般向けの数学の解説書・エッセイ集。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
元は2冊の本だ。The Queen of Science, 1931 と The Handmaiden of the Science, 1937 いずれも著者は E.T.Bell。これの改訂・増補版が Mathematics,: Queen and Servant of Science, 1951。日本語版は1951年版をもとに東京書籍から1972年に「数学 化学の女王・科学の奴隷」として全3巻で出版。文庫はハヤカワ文庫NFよりⅠ・Ⅱの2巻で、Ⅰが2004年9月30日発行、Ⅱが2004年10月31日発行。なお、2巻とも副題がついていて、Ⅰは「天才数学者はいかに考えたか」,Ⅱは「科学の下働きもまた楽しからずや」。
文庫で2巻、本文約340頁+312頁=652頁に加え、訳者あとがき2頁+文庫版訳者あとがき2頁+古永良正による解説「数学はどこから来て、どこへ行くのか」6頁。9ポイント39字×17行×(340頁+312頁)=約432,276字、400字詰め原稿用紙で約1,081枚。文庫2巻としては標準的な厚さ。
文章は比較的にこなれている。内容は…うん、やっぱり数学の本だ。数式も専門用語もバリバリ出てくる。というか、数学の基本的な専門用語を説明する本でもある。環とか群とか。また、数学っぽい言い回しも多い。「もしa,bが類に属し、a=bならば、b=aである」とかね。著者によれば、数式は無視してもいいそうだ。けど、数学っぽい言い回しの方はかなり注意深く読む必要がある、と私は思う。
【構成は?】
各章は比較的に独立しているが、第3章までは最初に読んだ方がいいだろう。以降は気になった所だけを拾い読みしてもいい。
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- Ⅰ
- 読者へ/人名表
- 第1章 さまざまな観点
- 1-1 数学の目的
- 1-2 黄金時代
- 1-3 アーベルの忠告
- 1-4 現代数学の精神
- 第2章 数学的真理
- 2-1 数学とは何か
- 2-2 公準的方法
- 第3章 束縛を破る
- 3-1 初等代数学
- 3-2 規則を変える
- 3-3 公準はどのようにして生まれるか
- 第4章 “同じであるが、同じでない”
- 4-1 種痘代数学の実現
- 4-2 有理数、実数、可算、非加算、離散的、連続、複素数、解析学、関数
- 4-3 道の果て
- 第5章 抽象術
- 5-1 関心の移行
- 5-2 非初等代数学
- 5-3 環
- 5-4 準同型、同型、自己同型
- 5-5 束
- 5-6 部分環、イデアル
- 5-7 部分体、拡大
- 5-8 斜体、線形代数
- 第6章 大樹も一個の種子から
- 6-1 変換
- 6-2 幾何学の問題、変数再説
- 6-3 行列
- 6-4 国際連合への提案
- 6-5 自然界の不変
- 6-6 シルベスターの予言
- 第7章 絵で考える
- 7-1 グラフ
- 7-2 デカルトの工夫
- 7-3 無用な困難
- 7-4 三つの示唆
- 7-5 直線を代数学へ
- 7-6 代数学を幾何学にもちこむ
- 第8章 古い道標、新しい道標
- 8-1 幾何学とは何か?
- 8-2 クラインを越えて
- 8-3 多次元空間
- 8-4 双対
- 8-5 “非計量的”対“計量的”
- 8-6 連結性
- 8-7 結び糸
- 8-8 トポロジーの一種
- 8-9 抽象再説
- 第9章 群
- 9-1 乗法表
- 9-2 同型、準同型
- 9-3 部分集合、剰余類、正規部分群
- 9-4 置換群
- 9-5 意味づけ
- 9-6 無限群
- 9-7 正20面体
- 9-8 ガロアの理論
- 第10章 “メトリカル”な宇宙
- 10-1 ピタゴラスからデカルトへ
- 10-2 デカルトからリーマンへ
- 10-3 リーマンからアインシュタインへ
- 原注及び訳注/解説:中村義作/索引
- Ⅱ
- 人名表
- 第11章 数学の女王
- 11-1 始末に負えない領主
- 11-2 フェルマ数とメルセンヌ数
- 11-3 素数についてひとこと
- 11-4 ディオファントス解析
- 11-5 代数的数
- 11-6 超越数
- 11-7 ウェアリングの予想
- 11-8 女王たちの女王の奴隷
- 第12章 抽象と予測
- 12-1 マックスウェルからレーダーまで
- 12-2 二つの方法
- 12-3 ある説明
- 第13章 キュジコスから海王星まで
- 13-1 王道
- 13-2 ケプラーの信仰
- 13-3 計算プラス洞察
- 13-4 再び数学的預言
- 第14章 二種類の絵
- 14-1 科学における連続性
- 14-2 科学における離散性
- 14-3 永遠流転
- 14-4 古代の哲学者と現代の衒学者
- 14-5 微視的自然
- 14-6 科学者の出番
- 14-7 積分
- 14-8 境界値問題
- 第15章 応用数学の主な手段
- 15-1 変化率
- 15-2 高階導関数
- 15-3 偏導関数
- 15-4 微分方程式
- 15-5 流体の流れ
- 15-6 積分
- 15-7 微積分額の基本定理
- 第16章 微積分学を越えて
- 16-1 極大極小
- 16-2 最小作用
- 16-3 変分法
- 16-4 ハミルトンの予言
- 16-5 複素関数論
- 16-6 等角写像
- 16-7 特殊関数
- 16-8 一般化
- 第17章 波動と振動
- 17-1 周期性
- 17-2 周期性をあらわすには
- 17-3 フーリエの定理
- 17-4 粒子から場へ
- 第18章 選択と偶然
- 18-1 確率
- 18-2 パイと蠅とコンクリート
- 18-3 統計と力学
- 18-4 “確からしさ”は確からしいか?
- 第19章 “天を強襲する”
- 19-1 無限へ
- 19-2 どのようにして無限は数学に入ってきたか
- 19-3 無限を数える
- 19-4 数とは何か
- 19-5 デデキントの切断
- 第20章 基盤
- 20-1 数学的存在
- 20-2 大いなる幻想
- 20-3 ヒルベルトからゲーデルへ
- 20-4 次代へ
- 原注および訳注/訳者あとがき/文庫版訳者あとがき/解説:古永良正/索引
【感想は?】
タテマエは一般向けだ。しかし、内容は高等数学紹介といったところ。普通科高校の数学の一歩先、ぐらいだろうか。そのためか、著者も「数学の全貌を伝える」のは諦めている。
専門的数学者でない者が、現代数学を深く立ち入って研究することは時間の浪費であることを認め、おおまかな展望で満足することにしよう…
――第1章 さまざまな観点
まあ、それは読者も同じだろうけど。
元々は1931年に出た本だ。そのためか、コンピュータ関係の記述はいささか怪しい。なにせ真空管の時代だし。だが、それ以外は、かなり歯ごたえがある。というか、私は多くの箇所を読み飛ばした。読みこなせるのは、大学で理系を専攻した人ぐらいだろう。これが数学の怖い所だ。
さて、数学の正体そのものは、けっこうアッサリしている。
数学の本質は、公準と名づける明確に記述されたいくつかの仮定に基づく演繹的推論である。
――第12章 抽象と予測
偉そうな言い方だが、「ルールを決めて、それに従ったらどうなるか見てみよう」、そういう事だ。このルールを公準と呼ぶ。
公準とは単に証明なしで認めることにした記述をいう。その有名な例はユークリッドの平行線公準(→Wikipedia)で…
――第2章 数学的真理
その上で、たまに「ルールを変えたら面白いんじゃね?」とか「このルールは邪魔だよね」とか言いだす人もいる。
当面われわれにとって重要なことは、(N.I.)ロバチェフスキー(→Wikipedia)がユークリッドのゲームの規則を変更して、他のこれと同じくらい、面白いゲームを創案したという事である。
――第3章 束縛を破る
ということで、非ユークリッド幾何学ができましたとさ。
代数も自然数かた整数・有理数・実数・複素数と広がってきたけど、その先は…
有理数、実数、複素数と進んでくれば(略)なぜこのような一般化の方向をさらに押し進めないのか?(略)
このような特定の方向でこれ以上の一般化はできない…
――第4章 “同じであるが、同じでない”
ということで、複素数までで終わりだそうです。ああ、良かった。
はいいけど、普通の人は思うよね。「虚数って何よ?」私は「なんか知らんけど、そういうモノ」で誤魔化してるし、二次元の座標系で表すと、なんかわかったような気になる。こういうイメージは数学者にも必要らしい。
どの論理学者にせよ、またどの数学者にせよ、その意識の奥に何かモデルをもたずに、純粋に抽象的な推論によって多くのことを達成した人が、いまだかつていたかどうか疑わしい。
――第5章 抽象術
でも四次元より多い次元のモデルを思い浮かべられる人って、いるんだろうか? いるんだろうなあ。まあいい。先の二次元の座標系ってのは、思ったより重要な発見らしい。
代数学と解析学――連続変化の数学――を、幾何学の伝統的語彙を用いて、“空間”のグラフ的言語に翻訳するという、きわめて稔り多い習慣が発展した。
――第7章 絵で考える
おかげで幾何学と代数学・解析学が、互いに翻訳可能になったのだ。これが数学に与えた影響は…
…変換の一つの目的は、未解決の問題をすでに解決された問題か、でなければもとの問題よりも簡単で近づきやすい問題に帰着させることにある。
――第6章 大樹も一個の種子から
互いのライブラリが利用可能になった…って、プログラマにしかわかりませんがな。そして幾何学からは、新しい数学が生まれたのだ。
トポロジーとは位相変換のもとで不変な空間の性質を研究する学問である。
――第8章 古い道標、新しい道標
私もよく知らないけど、一筆書きとか球とドーナツとか。四色問題(→Wikipedia)もコレらしい。
トポロジーはボンヤリと「何をやっているのか」が思い浮かぶんだが、見当もつかないものの一つが群論だった。
群論の広範囲に渡る威力は、それがみかけ上異なるものの、背後にひそんでいる同一性をさらけだすという点にある。
――第9章 群
本書が説明している群は有限かつ周期性のあるモノで、曜日やルービック・キューブがソレだね。でも無限のモノもあるそうだから、わかった気になると後が怖い。
さて、本書のテーマの一つは純粋数学=数学のための数学と、応用数学=何か応用目的がある数学の問題だ。意外と数学者も具体的な応用問題がある方が嬉しいらしく…
幾何学者たちがリーマン幾何学について論文をたくさん書くようになったのは、一般相対性理論(1916年)がこの幾何学を一般に普及してからにすぎない。
――第10章 “メトリカル”な宇宙
なんて傾向も。数学にも流行りすたりがあるんだな。さて、本書の出版当時は数学の女王扱いされていたのが整数論。
ギリシア人が残した幾何学の問題のうち、現代人が解決できなかったものは一つもない。しかしギリシア人が残した整数論のあるいくつかの些細な問題――“完全数”など――となると、われわれはまだ解決できず当惑するのである。
――第11章 数学の女王整数論は、数学において残された最後の大きい未開の大陸である。
――第11章 数学の女王
と、純粋数学の女王に君臨していた整数論だけど、コンピュータの普及により今は暗号やビットコインで最もホットな領域になってるなあ。
対して昔から物理学や工学の奴隷としてコキ使われていたのが代数学・解析学。力学の本を開けば数式が続々と出てくるし。
解析学(略)には、連続変化量(略)に関することがらはすべて含まれる。
――第12章 抽象と予測
というのも、モノの運動や変化に関する事柄は、やっぱり数式が最も表しやすいからだ。
数理物理学の重要な方程式は、そのほとんどすべてが変化率のあいだの関係を表現したものである。
――第14章 二種類の絵
中でも重要なのが微分方程式。
物理科学の重要な“法則”全体の99%までは、微分方程式、またはその系に含まれている。
――第14章 二種類の絵
銃弾・砲弾の弾道計算とかね。そんな微分方程式の代表がニュートンの運動方程式。その元をたどれば天体の運動が楕円で云々にたどり着く。楕円の解析は数学の歴史でも重要らしい。
楕円がわれわれに教えてくれることがらに比べれば、円がわれわれに教えるものは何もないのと同様である。
――第13章 キュジコスから海王星まで
この章で最初に登場するのがアレキサンダー大王の教師を務めたメイナイクモス(→Wikipedia)で、紀元前380年の生まれ。うーむ、私の数学能力は紀元前より劣っているのか。
さて先に出た微分だが、この逆が積分。これは数学者でも扱いが難しいらしい。
優秀な解析学者でも解けないかもしれないような微分法(微分学)の難問は、解析学の非常に熟達した専門家でないと作れないといってよい。しかし積分法(積分学)の問題なら、2,3時間積分を勉強して記号の意味を理解した程度の初学者でも、現在の数学者はもちろんのこと、今後数世紀にも解けないような難問をつくることができる。
――第15章 応用数学の主な手段<
いわゆる∫で表すアレね。これがよく出てくるのが…
古典的な力学や物理学において登場するのは微分方程式(変化率が項に含まれる方程式)であるが、履歴現象を扱う理論においては積分項が方程式中に現れる。
――第16章 微積分学を越えて
だそうです。よくわからんが、オウムアムア(→Wikipedia)がどこから来たのか、みたいな?
オウムアムアは太陽系から出て行っちゃったけど、地球や火星は太陽の周囲を回ってる。つまり周期性がある。また、音も波で周期性がある。交流電流や電波も波だ。これらを数学者は波動として扱う。
数学者にとって“波動”とは、ある微分放映式の解として得られる関数が周期性を持つことを表す便宜上の用語にすぎない。
――第17章 波動と振動
怪しげな世界じゃ“波動”に別の意味があるらしいけど、数学じゃそうなんです。で、コレを扱う際は、どうしても三角関数が出てくる。
正弦や余弦が現代の科学や工学において重要なのは、それらが周期関数だからである。
――第17章 波動と振動
で、例えば音の場合、たいていの楽器は幾つかの倍音を含んでいる。
フーリエの定理によれば、ある条件のもとで周期曲線は単純な成分(正弦あるいは余弦)に分解される。言いかえれば周期曲線はこれらの成分を加え合わせることによって合成される。
――第17章 波動と振動物理学の立場からフーリエの定理をみると次のようになる。「任意の周期的変化は調和振動(正弦曲線あるいは余弦曲線で表される振動)の和に分解される」
――第17章 波動と振動
という事で、シンセサイザーは、複数の周期曲線を重ね合わせているワケですね。知らんけど。
他にも統計力学なんて言葉は知ってたけど、ソレが何をするのかは見当もつかなかったが…
統計を力学に結びつけるという方法は、特に熱力学(熱に関する現象を研究する科学)において役立つ。
――第18章 選択と偶然
きっとエンジンの設計とかじゃ重要なんだろうなあ。
と、数学全体を見渡して、それぞれの分野から面白そうなトピックを拾い出し、「どんなことをやっているのか」「どんな風にコトを進めるのか」「ソレが何の役に立つのか」などを、一般向けに解説…というか紹介する本だ。とはいえ、数式はバリバリ出てくるし、説明文も数学の教科書っぽい。著者は「わかんなきゃ読み飛ばしていい」と冒頭の「読者へ」で宣言しているので、そういう読み方ができる人にお薦め。
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