ジョフリー・ウェスト「スケール 生命、都市、経済をめぐる普遍的法則 上・下」早川書房 山形浩生・森本正史訳
動物、植物、生態系、都市、企業のほぼすべての測定可能な特徴は、大きさや規模と共に定量的にスケーリングする。
――第1章 全体像0.65eVの活性化エネルギーが司る、ATP生産の指数関数的依存は、単純に言いかえれば温度が10℃上がるごとに生産速度が倍になる。
――第4章 生命の第四次元:成長、老化、そして死私たちは言わば加速し続ける社会経済のルームランナーで生きているのだ。
――第10章 持続可能性についての大統一理論の展望
【どんな本?】
ネズミもヒトもゾウも、一定の法則に基づいて生きて死ぬ。生物だけじゃない。似たような法則に、企業も縛られている。都市も似た性質を示すが、滅多に死なない。そんな法則・ルールが、この世界には存在する。
それはどんな法則なのか。なぜ、そんな法則が成立するのか。そのには、どんなメカニズムが働いているのか。生物・都市・企業は、何が共通していて、何が違うのか。
元は理論物理学者ながら、学会の垣根を超えた複雑系の研究で知られるサンタフェ研究所の所長を務めた著者が、生命と都市と経済に共通する法則をテーマとして、最近の数学・科学・経済学の成果を紹介する、一般向けの科学解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は SCALE : The Universal Laws of Growth, Innovation, Sustainability, and the Pace of Life in Organisms, Cities, Economies, and Companies, by Geoffrey West, 2017。日本語版は2020年10月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みの上下巻で本文約295頁+247頁=542頁に加え訳者解説12頁。9ポイント45字×18行×(295頁+247頁)=約439,020字、400字詰め原稿用紙で約1,098枚。文庫なら普通の厚さの上下巻ぐらい。今はハヤカワ文庫NFから文庫版が出ている。
文章はこなれていて読みやすい。内容は少し数学の素養が要る。と言っても、難しい数式は出てこない。必要なのは指数の概念だ。金融関係の人なら、複利計算でお馴染みの概念である。あと、フラクタルについて多少知っていると親しみやすい。
【構成は?】
科学の本にありがちな構成で、前の章を受けて後の章が展開する。よって、素直に頭から読もう。
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- 上巻
- 第1章 全体像
- 1 序論、概要、まとめ
- 2 私たちは指数関数的に拡大する、社会経済的な都市化世界に住んでいる
- 3 生死の問題
- 4 エネルギー、代謝、エントロピー
- 5 サイズは本当に重要 スケーリングと非線形的挙動
- 6 スケーリングと複雑性 発生、自己組織化、そして回復力
- 7 あなたが自分のネットワーク 細胞からクジラへの成長
- 8 都市と地球の持続可能性 イノベーションとシンギュラリティ(特異点)のサイクル
- 9 企業とビジネス
- 第2章 すべての尺度 スケーリング入門
- 1 ゴジラからガリレオまで
- 2 スケールのまちがった結論と誤解 スーパーマン
- 3 桁数、対数、地震とマグニチュード
- 4 重量挙げとガリレオの検証
- 5 個人の成績とスケーリングからの逸脱 世界最強の男
- 6 スケールについてのありがちな誤解 LSDとゾウから鎮痛剤と乳児まで、薬物用量について
- 7 BMI、ケトレー、平均人、社会物理学
- 8 イノベーションと成長限界
- 9 蒸気船グレート・イースタン号、広軌鉄道、偉人イザムバード・キイングダム・ブルネル
- 10 ウィリアム・フルードとモデル理論の起源
- 11 類似性と類似度 無次元数とスケール不変数
- 第3章 生命の単純性、調和、複雑性
- 1 クォークとひもから、細胞とクジラまで
- 2 代謝率と自然選択
- 3 複雑性の根源にある単純性:クライバーの法則、自己相似、規模の経済
- 4 普遍性と生命を制御する魔法の数字4
- 5 エネルギー、創発的法則、そして生命のヒエラルキー
- 6 ネットワークと1/4乗アロメトリック・スケーリング側の起源
- 7 物理学と生物学の出会い:理論、モデル、解釈の本質について
- 8 ネットワークの原則とアロメトリック・スケーリング則の起源
- 9 哺乳動物、植物、樹木における代謝率と循環系
- 10 ニコラ・テスラ、インピーダンス整合、直流/交流についての余談
- 11 代謝率、心拍、循環系に話を戻す
- 12 自己相似とマジックナンバー4の起源
- 13 フラクタル:境界伸長の不思議な例
- 第4章 生命の第四次元:成長、老化、そして死
- 1 生命の四次元
- 2 なぜアリ・サイズの小さな哺乳類はいないのか?
- 3 ではゴジラ・サイズの巨大哺乳類は、なぜ存在しないのか
- 4 成長
- 5 地球温暖化、気温の指数関数的スケーリング、そして生態系の代謝理論
- 6 老化と死
- 第5章 人新世から都市新世へ:都市が支配する惑星
- 1 指数関数的に拡大する世界に生きる
- 2 都市、都市化、そして地球持続可能性
- 3 寄り道:実のところ、指数関数とは何か? 幾つかの警告的寓話
- 4 産業都市の隆盛とその批判者たち
- 5 マルサス、新マルサス主義、そして偉大なるイノベーション楽天主義者
- 6 何はともあれ、エネルギーが全て
- 図版リスト/注
- 下巻
- 第6章 都市科学への序曲
- 1 都市や企業は、単なるきわめて大きな生命体?
- 2 ドラゴンたちを倒す聖ジェイン
- 3 金融:田園都市とニュータウンでの個人的体験
- 4 中間的なまとめと結論
- 第7章 都市の科学に向けて
- 1 都市のスケーリング
- 2 都市と社会ネットワーク
- 3 こうしたネットワークとは一体何か?
- 4 都市:決勝かフラクタルか?
- 5 巨大社会的培養装置としての都市
- 6 本当の親友が何人いる? ダンバー数と彼のはじき出した数字
- 7 言葉と都市
- 8 フラクタル都市:物理学で社会統合
- 第8章 結論と予測:流動性とライフ・ペースから社会接続性、多様性、代謝、成長へ
- 1 加速するライフ・ペース
- 2 加速するルームランナーの上で生きる:破格の時間短縮マシーンとしての都市
- 3 通勤時間と都市サイズ
- 4 加速する歩行のペース
- 5 ひとりぼっちじゃない 人間行動検出器としての携帯電話
- 6 理論の検査と検証:都市の社会接続性
- 7 都市における移動の極度に規則的な構造
- 8 優等生と劣等生
- 9 富、イノベーション、犯罪、回復力の構造:個別性と都市ランキング
- 10 持続可能性への序曲 水に関する短い余談
- 11 都市における経済活動の社会経済的多様性
- 12 都市の成長と代謝
- 第9章 企業科学を目指して
- 1 ウォルマートはビッグ・ジョーズ・ランバーの、そしてグーグルはグレート・ビッグ・ベアのスケールアップ版?
- 2 無限成長神話
- 3 企業の死は驚くほど単純
- 4 安らかに眠れ
- 5 なぜ企業は死んでも、都市は死なないのか
- 第10章 持続可能性についての大統一理論の展望
- 加速するルームランナー、イノベーション・サイクル、有限時間シンギュラリティ
- あとがき
- 1 21世紀の科学
- 2 学際性、複雑系、サンタフェ研究所
- 3 ビッグデータ:パラダイム4.0なのか、ただの3.1なのか?
- あとがきと謝辞
- 訳者解説/図版リスト/注
【感想は?】
何やら壮大な発見のようだが、実は拍子抜けするほど単純な話でもある。
とはいえ、その単純さこそが凄い所だ。科学や数学や工学は、単純なモノこそ素晴らしい。
また、その単純さを見つけるまでの過程は、豊かな素養を備えた多くの学者の交流、そして大量のテータを手に入れ解析する手間と費用が必要だったワケだが。それを可能としたサンタフェ研究所(→Wikipedia)は素晴らしいよね、という宣伝本でもある。
全体を通してのテーマは、書名通りスケール=規模だ。ネズミもヒトもゾウも哺乳類だが、大きさが違う。これは共通点と相違点をもたらす。一般的に大きい生物は長生きで、小さい生物は短命だ。だが、生涯の鼓動の数はほぼ同じだったりする。
「スケーリング」というのは、(略)サイズが変化したときにその系がどう反応するかという話でしかない。
――第1章 全体像
そんな具合に、規模が変わった時に何が起きるかを考え調べると、生命も都市も企業も、性質によっては似た振る舞いを示すのだ。その性質と振る舞いを、例を挙げるだけでなく、大量のデータを集めて調べ、グラフで示したのが本書のウリだろう。いわば生命と都市と企業のフルード数(→Wikipedia)を見つけた、そういう話でもある。
異なる速度で動く異なる大きさの物でも、フルード数(→Wikipedia)が同じなら同じふるまいを示す
――第2章 すべての尺度 スケーリング入門
その一つが、「管の半径」だ。私たちの体には血が流れている。心臓が脈打って動脈に血を送り出し、途中で何回も分岐して毛細血管に達し、細胞に酸素とエネルギーを届ける。この動脈は分岐する際、太さが変わる。その太さの変わり方は、一定の法則に従っている。生存競争が生物に押しつけたルールだ。
ネットワークを下っても、反射によるエネルギーロスがないようにするには、後続の管の半径は常に、2の平方根(√2)を係数にして減少するという規則的な自己相似形でスケールする必要がある。
――第3章 生命の単純性、調和、複雑性
このしくみは、都市の上水道管に似ている。こちらは進化ではなく、水を送り出すエネルギーを節約するために、計算してそういいう設計にしたのだ。
動脈も上水道も、目的は末端へ液体を届ける事だ。そのために使うエネルギーは、なるたけ少ない方が嬉しい。つまりエネルギー消費を最適化した結果、似たような手口に落ち着いたのだ。
都市を構成する二つの主要な要素、物理インフラと社会経済活動は、どちらもおおむね自己相似的なフラクタル・ネットワーク構造と考えられる。フラクタルはたいてい、ある特性を最適化したがる進化プロセスの結果だ。
――第7章 都市の科学に向けてスケーリング側は自然選択や「適者生存」に固有の持続的なフィードバック機構がもたらした、ネットワーク構造最適化の結果だ。
――第9章 企業科学を目指して
動脈や水道の径は、直感的にわかりやすい。だが、本書には一見直感に反する事柄も出てくる。その一つは、死のパターンだ。文明によって急速に平均寿命を延ばした現代のヒトはともかく、野生僧物の寿命は意外と…
ほとんどの生命体の死亡率は年齢が変わってもほぼ同じ(略)
言い換えれば、どんな期間を取っても、死ぬ個体の比率は、どの年齢でも同じ
――第4章 生命の第四次元:成長、老化、そして死
老いたから死ぬのではない。何才だろうと、一定の率で死ぬのだ。その結果、自然と長生きする個体は減る。そういう事らしい。これが、企業の消滅とも似ているのが不思議だ。
企業が死ぬリスクは、その年齢やサイズとは無関係だ。
――第9章 企業科学を目指して
大きければ潰れにくいってワケでもないらしい。ちなみに本書の「企業の死」とは、倒産や店じまいだけではなく、合併や買収も含んでいる。この章では長寿の企業も出てきて、日本の企業が異様に多い。また、小規模な企業が多い。
日本はともかく、小規模な企業が多いのは、単純な理屈によるものだろう。大企業は数が少なく、零細企業は数が多い。規模の大小が消える率に無関係なら、若い企業も長寿の企業も、零細企業が大半を占めるはずだ。
企業が死ぬ率は規模の大小と無関係だった。が、規模に連動して変わるモノもある。例えば、エネルギーの消費量。生物でも都市でも、規模が大きくなるに従い、燃費が良くなるのだ。
インフラとエネルギー使用の線形未満の特性は、社会経済活動の超線形性と正確に反比例している。
――第7章 都市の科学に向けて
意外に思えるだろうが、田園より都市の方がエコだったりする。これは簡単な話で、例えば東京なら鉄道と路線バスでたいていの移動は済むが、郊外じゃ自動車がないと暮らせなかったりする。では、一人当たりの石油消費量は、どっちが多いだろうか。
他にも幾つか都市が有利な点はあるし、東京やムンバイは際限なく拡大しているように見える。が、成長を制限する要素もあるのだ。
アメリカ、イギリス、ドイツと幾つかの発展途上国を含む国々の都市データを使って、(交通技術者ヤコブ・)ザハヴィは平均的個人が毎日移動すに費やす時間は、都市サイズ、あるいは移動手段に関係なくおおむね同じという、驚くべき結果を発見した。
――第8章 結論と予測:流動性とライフ・ペースから社会接続性、多様性、代謝、成長へ
なんか日本はこの例外っぽい気がするが、どうなんだろう? とりあえず満員電車はどうにかして欲しい。
それはともかく、少なくとも都市は大きいほど有利だ、と本書は論じている。そして、実際に世界規模で都市化が進んでいる。今まで電化が進んでいなかった国や地域の人々も、炭化水素由来のエネルギーの恩恵を受けている。だけでなく、人口そのものが爆発的に増えてきた。これは今までになかったことだ。大丈夫かいな?
経済学者ケネス・ボールディング「限りある世界で、指数関数的成長が永久に続くと信じているのは、狂人か経済学者のどちらかだ」
――第5章 人新世から都市新世へ:都市が支配する惑星
経済成長は%で語る。8%の成長を10年続けたら、10年後には倍になる。そして20年後は4倍になる。増える量そのものが増えるのだ。こんな成長が、いつまで続けられるだろうか? 経済が成長すれば、消費するエネルギーも増える。どれぐらいか、というと…
現代の生活に不可欠なほぼすべての機械、人工物、インフラの燃料として、地球上のすべての平均的人間が使うエネルギーの合計は、私たちの自然な必要エネルギー量の約30倍だ。
――第5章 人新世から都市新世へ:都市が支配する惑星
意外と少ないような気もするが、野生状態より遥かに多いのは確かだ。現代はその大半を、地中から掘り出した炭化水素で賄っている。ちなみに、産業革命より昔は木で賄っていて、森を使い潰すと国までが滅びた(→「森と文明」)。
ヤベーじゃん、と思うのだが、著者はこんな解決法を提案している。
太陽から地球に供給されているおおおよそ年間100万兆(1018)キロワット時の総エネルギーに対し、私たちが毎年全体として使用するために必要な150兆(1.5×1014)キロワット時は(このスケールでは)「ごくわずか」だ。
――第5章 人新世から都市新世へ:都市が支配する惑星
これは別に太陽光発電だけを示しているんじゃないのに注意。例えば風や川も、元をたどれば太陽光が原因だし。
生物や都市や企業を語る者や本は多い。その多くは、「こんな性質がある」「こうして成功した」と、定性的な論に終始する。対して著者は、理論物理学の出身のためか、測れる量に拘る。その成果が本書だ。生物はともかく、都市や企業を、どうやって測るのか。それを知るだけでも、充分に本書は面白い。ある意味、科学の神髄を伝える本でもあるのだ。
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