古野まほろ「公安警察」祥伝社新書
<公安警察>とは何か。その組織・実務・歴史・成果・展望等はどのようなものか。そうしたことを、中の人ならではの事実を提示しつつ、読者の方々にご説明する書籍です。
――まえがき 公安警察と私法律上、<公安>というのは組織でなく状態を表すのが一般的です。
――第1章 「公安」概論
【どんな本?】
公安。謎と不気味さに包まれた組織。物語によく登場するが、その扱いは様々だ。冷酷非情な権力の犬だったり、密かに悪の組織と戦うスーパーヒーローだったり。身近な所では運転免許の更新を公安委員会が仕切っていた。
その性質上、どうしても機密とされる部分は多いが、ある程度は公開の情報で職務内容や組織構成はわかる。そんな公開の情報に加え、警察官僚として警察内の様々な部署を務め今はミステリ作家として活躍する著者が、「世間がイメージする公安」と「現実の公安」の違いを、機密保持義務に触れない範囲で明かす、一般向けの解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2023年3月10日初版第1刷発行。新書版で縦一段組み本文約267頁。9.5ポイント40字×15行×267頁=約160,200字、400字詰め原稿用紙で約401枚。文庫なら薄めの一冊分。
文章はこなれている所とややこしい所がある。というのも、アチコチで法律を引用しているため。地の文はこなれているんだが、法律の文章ってお堅い上に面倒くさいし。でも大丈夫。たいていはすぐ後に著者がかみ砕いて説明してるから。内容もそこそこ分かりやすいが、ある程度は警察組織の知識がある方がいい。警察庁と警視庁の違いとか、警部と警視のどっちが偉いか、など。警察小説を楽しめる人なら大丈夫だろう。って私は高村薫と.月村了衛しか知らないけど。
【構成は?】
奇数章は法律や組織図など公的な資料を元にしたタテマエ的な説明、偶数章は編集との会話形式で下世話でくだけたお話、といった形式。
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- まえがき 公安警察と私
- 第1章 「公安」概論
- 「公安」とは何か?
- 状態としての「公安」の大きな特徴
- 組織としての「公安」 公安の維持に関与する組織
- 1 国家公安委員会
- 2 都道府県公安委員会
- 3 公安調査庁(公調、PSIA、Public Security Intelligence Agency)
- 4 公安審査委員会
- 5 各級検察庁の公安部
- 第2章 公安警察のリアリティライン
- 公安警察の規模と予算
- 公安警察の目的と性格
- 公安警察官という生き方
- 公安警察のオペレーション
- 「いわゆる」協力者工作
- 第3章 公安警察の組織
- 基本的考え方
- セクションとしての公安警察
- 「警備警察」という概念
- 警備警察=公安警察
- 警察庁警備局の複雑さ
- 警備運用部と「実施」
- 「実施」と「警備警察」
- どのセクションが<公安警察>かを知るには
- 国の公安警察と都道府県の公安警察 前提
- 都道府県の<公安警察> 警視庁
- 都道府県の<公安警察> 大規模県
- 都道府県の<公安警察> 小規模県
- 警察署の<公安警察> 警察本部と警察署の分業
- 警察本部における<公安警察> 専門分野としての切り分け
- 第4章 とある公安警察官像のリアリティライン
- 日本一有名な公安警察官
- その職位・階級・信条 超エリートか?
- 警察庁警察官と警視庁警察官の組み合わせ?
- 「潜入捜査」「盗聴」「協力者運営」の実態
- 「ゼロ」、その真実
- 「ゼロ」の警察官 死して屍拾う者なし?
- 生の人間、ふつうの人間として
- 公安警察官と検察庁
- 「作業」「違法作業」?
- 公安警察官と「協力者」
- 現実の警察官厭ってR・Fさんとは
- 第5章 公安警察の機能と実務
- 基本的考え方
- 公安警察の事務と機能
- 公安警察の機能総論 思想と行為
- 1 「思想を取り締まらない」という縛り
- 2 テロ等における「思想」と「行為」の悩ましい関係
- 3 わが国公安警察のスタンス
- 公安警察の機能 サブカテゴリ
- 要はカルト対策
- 公安警察と組織犯罪対策部門
- 公安警察の機能 実務の在り方
- 1 公安警察の3つの実務的機能
- 2 警備情報の収集(警備犯罪に関する情報の収集)
- 3 警備情報の整理(警備犯罪に関する情報の整理)
- 4 警備犯罪の取締り
- 5 <収集><分析><取締り>に関連する機能
- 公安警察の予算
- 1 我が国予算と警察予算のあらまし
- 2 公安警察の予算のあらまし
- 3 警察予算の特殊性
- 4 予算規模の比較 公安警察機能と他の機能
- 第6章 とある公安事件のリアリティライン
- 公安事件の特色
- 事件捜査の実際
【感想は?】
公安に絞った本のように見える。が、実際には。公安を中心としながら組織・集団としての警察を紹介する本、みたいな感じだ。
冒頭で「おどろおどろしい」ネタもなければ守秘義務にも触れないし古巣も裏切らない、そう宣言しているのは親切だ。つまり、そういう姿勢の本です。
まず意外だったのが、公安の人の経歴。てっきり公安専門だと思っていたが、著者の経歴(→Wikipedia)でわかるように、様々な部署を渡り歩くようだ。もっとも、これはキャリア組の話で、ノンキャリアは違うかも。
まずは名前に「公安」がつく組織、例えば国家公安委員会や公安調査庁などの説明がある。が、私たちが想像する「公安」っぽい組織は、公安調査庁ぐらい。むしろ、以下三つの方が近い。
- A 内閣情報館の下の内閣情報調査室(ザクッと200人規模)
- B 外務省国際情報統括官の下の国際情報統括官組織(ザクッと100人規模)
- C 防衛省の情報本部(ザクッと2000人規模!!)
この中で公安警察の最大の特徴は、ここだろう。
直接打撃の権限を委ねられた情報機関は、我が国には公安警察しかない
――第5章 公安警察の機能と実務
他は調査・情報収集・分析が主みたいだし。
同系統の本では「公安は誰をマークしているか」を読んでいる。アチラは公安部門じゃ華々しい警視庁(だって東京には外国の大使館が沢山あるし)を扱うのに対し、本書は県警が中心なのが大きな違い。その分、泥臭いというか世知辛いネタが多く、ワイドショウ的な面白さがある。
その「公安は誰をマークしているか」とは、県警の公安警察官の立場について、多少食い違っている。向こうじゃ「警公安課が、事実上は警察庁公安課の指示にしたがっている」「刑事警察との『不仲は相当根深い』」とあるが、本書では…
公安警察は全体として国家警察ではありませんし、警察署では警察署長の、警察本部では警察本部長の指揮を当然に受けます。
――第2章 公安警察のリアリティライン
とある。指示は警察庁からくるが、人事査定は警察署長や警察本部長がする、そんな感じだろうか。勤め人の辛いところだよね。
公安も警察署の応援を頼むんだが、ここでも意外な傾向が。
存外、警察署の警備課員に動いてもらうことについては、警備部門以外の御出身の署長の方が御理解がある
――第6章 とある公安事件のリアリティライン
なまじ内情を知ってる人だと、手の内を知られてるからやりにくいそうで。ありがちだね。
他の部署との違いでは、事件の取り扱い方がある。
警察の犯罪捜査は、事件を「罪のジャンルごと」で切り分けて違うセクションに分担させる――というのを基本原則にしています。言い換えれば、対象・人(誰がやったか)には取り敢えず着目していません。
――第3章 公安警察の組織
殺人は刑事が、スピード違反は交通課が担うのだ。
ただし、例外がある。それが公安。
「テロリスト等が自らの団体のために罪を犯したとき」は、罪の種類のいかんにかかわらず、その捜査を警備部門(公安警察)に担当させる
――第3章 公安警察の組織
つまり日頃から目を付けといて、しょっぴけそうなネタを掴んだら踏み込む、そういう事です。これは公安に加え…
この思考パターンと行動原理を採用しているセクションがあるからです。それは組織犯罪対策=暴力団対策のセクションです。
――第3章 公安警察の組織
ヤクザと極右・極左・カルトは同じ扱いなのね。つまりは「ヤバい組織」って事。だったら同じ部署にしちゃえよ、と思うのだが、公安と組対は「文化が違う」そうで。「組対とヤクザは見た目じゃ区別がつかない」って噂があるけど、どうなんだろ? この組対、第5章じゃ警察庁・警視庁と並び福岡県警が、他の道府県警と違う扱いで、「さすが修羅の国」と感心したり。
公安は右派・左派ともに注視してる。やはり双方の性質は違うらしく…
右翼事件についていえば数もさることながらその捜査は――相対的に――困難性が低い
――第5章 公安警察の機能と実務
ってんで、右派担当の人は経験豊富だとか。左派はインテリで右派は粗暴って印象だったけど、これは当たってるのかも。
構成で書いたように、奇数章は砲や制度の話、偶数章は下世話なネタって形。「第4章 とある公安警察官像のリアリティライン」では、「日本一有名な公安警察官」を取り上げて…って、誰かと思ったら。はい、「見た目は子供」なアレです。高校生が子供になっちゃう話でリアリティを云々しても…と思ったが、意外と切実な話も。
警察は一般社会の学歴にはまるでこだわりませんが、警察部内の各級の学校における学歴・成績には異様にこだわります
――第4章 とある公安警察官像のリアリティライン
こういう、警察って組織の体質に関する話が、実はこの本の最も美味しい所。にしても「だって古野さんの小説に書いてありました!」には笑った。
やはり学歴では、こんなネタも。
警部補以上になると、最短昇任年齢が大卒でも高卒でもかわらなくなるので、つまり警部補試験の時点で、(略)学歴による区別がなくなる。
――第4章 とある公安警察官像のリアリティライン
良くも悪くも「ウチはホカと違うから」な体質なんだなあ。
そんな警察の中でも、やはり警視庁は独特で。
「警視庁は同じポストでも、一階級上」
――第4章 とある公安警察官像のリアリティライン
ミステリ作品でも、県警より警視庁の方がグッと出番が多いしねえ。「いやミステリに限らず創作物じゃ東京が舞台の作品ばっかじゃん」なんてツッコミは勘弁。というか、各都道府県警組織は、それぞれ独特の文化・体質がある、ってのも意外だった。案外と江戸時代の藩の文化を引き継いでるのかも。
さて、事件化となると、検察/検事とも協力が必要になる。ここでも意外だったのが、事前の根回しが大事だって点。
公安警察が事件をやりたいと、そして当然起訴に持ち込みたいと考えるときは、令状請求等の前段階で、幅広に、検事さんに事件相談をするのが普通。
――第4章 とある公安警察官像のリアリティライン
本書では「公安警察が」となってるけど、令状が必要なのは刑事事件も同じなんで、刑事警察もそうなんだろう。まあ民間企業でもスムーズに仕事を回したきゃ後工程とのすり合わせが欠かせないし、そういう事なのかな。
その「イザ討ち入り」では、こんなネタも。
某新聞社さんが討ち入りの情報を察知したらしい(略)と判断できましたので、前日深夜の時点で朝4時集合に(略)急遽変更しました。その際、ただのひとりとして朝4時に遅れた警察官がいなかった
――第6章 とある公安事件のリアリティライン
たぶん携帯電話やスマートフォンが普及した後の話なんだろうけど、警察官も大変なんだなあ。
終盤ではお金つまり予算の話も出てくる。ここでは国のカネと自治体のカネの関係とか、なかなか生臭い「予算の読み方」のレクチャーかあるのが嬉しい。いやほとんど理解できなかったけど←をい
やはり意外なのが、交通部門の出費が飛びぬけて多い事。でも、これにはちゃんとワケがあるのだ。
交通部門がこの約173憶円云々のうち、実に約171憶6720万円を都道府県警への補助金として出しています。
その実態は交通管制センター、信号機、車両感知器、交通情報板、道路標識、道路標示といった「交通安全施設」の整備に関する補助金です。
――第5章 公安警察の機能と実務
そう、信号機や道路標識は警察の予算だったのだ。てっきり国交省かと思ってた。
などの警察豆絵知識に加え「一家」「法務ファミリー」「外事と書いてソトゴトと読む」とか、監視対象を「お客様」と呼ぶなどのギョーカイ用語がアチコチに散らばってるのも嬉しい。公安云々より、そういった警察の雑学が楽しい本だった。警察に野次馬的な興味がある人にお薦め。
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