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2025年12月10日 (水)

ユリア・エブナー「ゴーイング・メインストリーム 過激主義が主流になる日」左右社 西川美樹訳

(2021年)1月6日に米国の国会議事堂を襲った)暴徒の中心は事業家や医師、法律家、エンジニアやCEOといったホワイトカラーの専門家の人間だった。
  ――はじめに

わたしはユリア・エブナー。(略)ロンドンを拠点とする戦略対話研究所ならびにオックスフォード大学社会的結束研究センターに所属するオーストリア人の研究者です。研究の一環として、自分の正体を明かして参加できない各種のムーヴメントに潜入する目的で、複数の偽名を使っています。
  ――第1章 過激主義の主流化

すでに彼ら(ロシア軍)はマリウポリで化学兵器を使っている。
  ――第7章 代理戦争の遂行

【どんな本?】

 反フェミニスト,気候変動否定論者,白人ナショナリスト,反LBGTQ,ワクチン反対派,反リベラリズム。そんな「過激主義者」たちは、かつて水面下でうごめいていた。しかし最近は極右政党などの形で、政治の表舞台に飛び出してきた。

 彼らは、どのような手段で人々を集め扇動しているのか。彼らの根城はどこなのか。なぜ過激主義が彼らを魅了するのか。左派は四分五裂するのに、なぜ彼らは連帯を保てるのか。そして、彼らを操る「影の黒幕」は存在するのか。

 研究者でありッジャーナリストでもある著者は、偽名を使って彼らに潜入し、その実態を暴こうと試みるが…

 体当たりの取材によって、台頭する過激主義の実態に迫る、現代のルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Going Mainstream: How extremists are taking over, Julia Ebner, 2023。日本語版は2024年6月15日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約344頁。10ポイント41字×16行×344頁=約225,664字、400字詰め原稿用紙で約565枚。文庫なら普通の厚さ。

 文章は比較的にこなれている。ただ、いささか「カタカナ言葉」が多い。例えば以下だ。

  • ラビットホール:沼にハマる、→ピクシブ百科事典
  • グルーミング:てなづけ
  • レジリエンス:回復力,復元力

 内容は難しくない。とまれ、主な舞台はイギリス・フランス・ドイツなどの西欧なので、その辺の政治情勢に詳しいと、更に迫力が増すだろう。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所を拾い読みしてもいい。

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  • まえがき/はじめに
  • 第1章 過激主義の主流化
    ゴーイング・ダークネスからゴーイング・メインストリームへ
  • 第2章 サブカルチャーの創生
    インセルの潜入調査
  • 第3章 ネットワークの構築
    気候変動否定論者の世界
  • 第4章 オルトメディアの興亡
    ホワイト・ライブズ・マター
  • 第5章 バックラッシュの誘発
    トランスフォビアの究明
  • 第6章 大衆の説得
    反ワクチンネットワークの世界
  • 第7章 代理戦争の遂行
    ロシアによる反リベラリズムの戦い
  • 第8章 わたしたちにできること
    5人の専門家による15の提案
  • 謝辞/解説 清水和子/原註

【感想は?】

 正直、ちょっと期待外れ。

 体当たりの潜入取材が中心の本だと思っていた。いや確かに彼らの会合や集会に潜り込んでもいるのだ。が、それは全体の半分未満。むしろ、彼らに攻撃される側の人々、例えばトランスジェンダーなどへの取材の方が多い。

 最初の「インセルの潜入調査」からして、拍子抜けだ。だって彼らのサイトを覗いてるだけだし。まあ著者は女だから、潜入できないのはわかるけどさ。ちなみにインセルとは喪男をこじらせて女を逆恨みし暴力的になった野郎どもね(→Wikipedia)。

 私も喪男で2ちゃんの喪男板も出入りしてた。いやあ、あそこジメジメしてて、居心地がよかったんだよなあ。

彼らのミソジニーや暴力的なファンタジーがおそらく自己嫌悪や自己憐憫から生まれていることだ。
  ――第2章 サブカルチャーの創生

 喪男板も自己嫌悪や自己憐憫に満ちてたけど、暴力的ではなかった。欧州じゃ暴力的になるのは、なんでだろ?

 さて、お次の「気候変動否定論者の世界」は、生身で会議に潜り込んでる。ただし偽名で。参加者の多くは意外なことに…

およそ250人の参加者のほとんどはスーツを着た年配の白人男性だ。
  ――第3章 ネットワークの構築

 これが他の過激主義者たちとの大きな違い。珍しく彼らについては、黒幕もハッキリしてる。

戦略対話研究所(ISD)の調査によれば、環境保護運動の信用を落としたり、これを嘲笑したりする試みは、ハートランド研究所や「建設的な明日のための委員会」(CFACT)と関係していることがわかっている。これらの組織は(略)化石燃料業界と古くからのつながりがある。
  ――第3章 ネットワークの構築

 そりゃ炭鉱の所有者にとっちゃ、二酸化炭素排出規制は面白くないよね。ただ、ペルシャ湾岸のアラブ人がいないのは意外だった。とまれ、現実的な利害関係があるのが、他の過激主義者と異なる点だろう。

 次の「ホワイト・ライブズ・マター」は、ブラック・ライブズ・マター(→Wikipedia)に対抗する、白人至上主義者たち。なんか彼ら、被害者意識をこじらせてるんだよなあ。

「大いなる交代」と称するもの――グローバルなエリートの秘密結社が世界を支配するために、白人が非白人に抹殺されているとの考え…
  ――第4章 オルトメディアの興亡

 まあ世界の人口を考えれば、アフリカとインドの人口が急成長しているワケで、白人が少数派なのは事実ではある。が、そこに秘密結社や陰謀を見出すあたりが、なんとも。幼いうちに仮面ライダーやサイボーグ009などで「世界征服を狙う悪の秘密結社」に触れて免疫をつけていないと、大人になってこういうのにカブれるんだろうか。

 続く「トランスフォビアの究明」でも、奇妙な陰謀論が飛び出す。

ジェニファー・ビレクは、LGBTQの権利とは「テックと医療業界の複合体にとっての最前線」だとの発想を広める活動家だ。「『トランスジェンダー』とは企業による作り話で、現実には存在しないと考えています」
  ――第5章 バックラッシュの誘発

 などと書いちゃいるが、実は私もトランスジェンダーについて全く分かっていないと、本章で思い知った。それについては追って。ただ、これについてはフェミニストの間でも対立があり、事態をややこしくしてる。

トランスの権利を擁護する活動家と急進的なフェミニストの衝突は、1970年代にまでさかのぼる。(略)
急進的なフェミニストはふたつの集団に分かれることになる。
かたやトランス女性を支持し、平等を求めるもっと広い闘いの一翼を担うものとして受容する者たち、
かたやトランス女性の葛藤を非難し、女性の権利についての議論を乗っとったと責める者たちだ。
  ――第5章 バックラッシュの誘発

 最近じゃハリー・ポッターの著者J.K.ローリングが炎上したし。ところで、ここ、原文も「急進的なフェミニスト」なんだろうか?「熱心なフェミニスト」か「活動的なフェミニスト」のような気がするんだが。

 次の「反ワクチンネットワークの世界」でも、なかなかに香ばしい発言が飛び出す。

1 この世界を制するエリートたち(イルミナティ一族の爬虫類)は
2 意のままにできる人間たち(テレパシーによって操る奴隷)を
3 普通の人間と結婚させて我々を絶滅させようしている
  ――第6章 大衆の説得

 マグマ大使に「人間もどき」ってのが出てきたなあ。いや齢がバレるね。それはともかく、「何者かの悪意・敵意が状況を悪化させてる」って考えは、別に目新しいモンでもない。

歴史を見れば、偽情報が危機の時代に勢いづくのはいつものことだ。14世紀のペストはユダヤ人が井戸に毒を入れたせいだと非難された。19世紀のコレラ禍では、医師が死体を入手するためにわざと病気をつくったとのデマが広まった。
  ――第6章 大衆の説得

 関東大震災でも似たようなデマが広まり、無実の人々が犠牲になった。大昔からある手口だが、それだけに効果も実証されている。また、この手の扇動を巧くやるには、タイミングや状況も重要だ。

急進化はたいてい不安や不満が重なったときに始まるものだ。
  ――第8章 わたしたちにできること

 本書では、コロナ禍がこれに当たる。そして、この状況を計画的・組織的に利用している者もいる。外でもない、ロシアのプーチン政権だ。「140字の戦争」が詳しいが、ロシアは国家あげてトロール(荒らし)を運営し、デマをバラ撒き、親ロシア勢力を育てようとしている。

ロシアの偽情報はしばしばクレムリンからQアノンに直接流れ、その最終的な目的地、すなわち西側の右派メディアに届くのだ。
  ――第7章 代理戦争の遂行

 大量の戦場的なデマで不信感を煽り、政府やまっとうな報道機関の信頼性を揺るがすのがロシアの手口だ。彼らの手口は狡猾で…

ロシアのプロパガンダは聴衆に応じて慎重に行われる。RT(ロシア・トゥデイ、→Wikipedia)やスプートニクはロシア語版でワクチン接種を奨励する一方、英語版やドイツ語版ではワクチンにまつわる不安や懸念を拡散する。
  ――第7章 代理戦争の遂行

 スプートニクやRTなんていかにも怪しげじゃん、とネット老人は思うんだが、それは冷戦を経験しているからなんだろうか。あとイランの Pars Today も要注意ね。実際、どんな世代が惑わされているか、というと。

2022年にドイツで実施された調査では、30歳から49歳までのテレグラムユーザーが新ロシアのプロバガンダや陰謀論に最も影響を受けやすいとわかった。
  ――第8章 わたしたちにできること

 まったく、近ごろの若い奴は、なって思ってたら、すぐに逆襲を食らった。

また別の調査からは、総じて65歳以上のフェイスブックユーザーは、若いユーザーよりもフェイクニュースのサイトへのリンクを7倍もシェアしていることがわかった。
  ――第8章 わたしたちにできること

 はい、いずれにせよ、油断しちゃイカンって事です。

 ただ、西側の者も単にやられるだけじゃない。ロシアや中国はインターネットを検閲してるけど、それを出し抜く人たちもいる。

グーグルマップ上のレストランのレビューは、活動家が誤情報と闘う新たな手段になっている。ロシアの反体制派や国際的な活動家は、クレムリンが牛耳るソーシャルメディアを出し抜き、自分たちのメッセージをロシアに届けるクリエイティブな手法を編み出している。
  ――第8章 わたしたちにできること

 いつの時代も、検閲に抗う人たちはいるのだ。ジミー・カーターが大統領時代に東側にバラ撒いたFAXが後にベルリンの壁を崩す勢力を育てたように、こういう地道な活動が、プーチンの権力基盤を揺るがすんだろう。少しづつ、ではあるけれど。

 本書はあくまでも現状報告だ。より深い原因や構造の究明、例えば人々が陰謀論にハマる理由やその過程を求めると、少々ガッカリする。とはいえ、頷ける主張もある。例えば、反ワクチンや人種差別や荒唐無稽な陰謀論は、混然一体となって繋がり連帯を保っているのに対し、リベラルや中道はタコツボ化して四分五裂しているのはマズいよね、なんて指摘だ。

 過激主義より、それにより被害を受ける人々こそ、著者が描きたかった主題なんだろう、と私は思う。

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2025年9月26日 (金)

アダム・オルター「僕らはそれに抵抗できない 『依存症ビジネス』のつくられかた」ダイヤモンド社 上原裕美子訳

本書は、こうした行動の依存性、すなわち「行動嗜癖」の発生と広がりを考察していく。
  ――プロローグ 自分の商品でハイになるな ジョブスと“売人”に共通する教え

【どんな本?】

 iPhone とインターネットの普及で、私たちの暮らしは大きく変わった。便利になった反面、困った副作用も増えた。頻繁にメールやLINEやインスタグラムをチェックせずにはいられない/NETFLIXのドラマで寝不足になる/TikTokの動画を飽きずに見続ける/オンライン・ゲームの仲間が気になって四六時中ゲームに入り浸る…。

 依存症といえば、従来は主に酒やヘロインなどの薬物を示した。だが、依存症を「ソレに耽溺し、ソレのことしか考えられなくなる」と定義すれば、インスタグラムやオンライン・ゲームも依存症と言えるだろう。

 新しい依存である行動嗜癖をテーマに、それがどれほど蔓延しているのか、どんな手口で人々を虜にするのか、なぜ人は依存に陥るのか、行動嗜癖にどんな害があるのかを訴え、どうすれば依存を防ぎ、また脱却できるのかを示す、一般向けのホットなルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Irresistible: The Rise of Addictive Technology and the Business of Keeping Us Hooked, Adam Alter, 2017。日本語版は2019年7月10日第1刷発行。私が読んだのは2022年2月25日発行の第6刷。着実に版を重ねてる。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約399頁。9.5ポイント45字×18行×399頁=約323,190字、400字詰め原稿用紙で約808枚。文庫なら厚い一冊か薄めの上下巻ぐらい。

 文章はこなれていて親しみやすい。内容も特に難しくない。敢えて言えば、ゲームでもパチンコでも酒でも煙草でも博打でも、「やめたい/やめなきゃいけないのにやめられない」経験があれば、身に染みて感じるだろう。

【構成は?】

 前の章を踏まえて後の章が展開するので、素直に頭から読もう。

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  • プロローグ 自分の商品でハイになるな ジョブスと“売人”に共通する教え
    「いいね!」はユーザーを抵抗不能な「依存症患者」にする/筋トレオタクからドラマの一気見まで 新時代の依存症「行動嗜癖」/すべては依存症になるようデザインされている?/「依存症ビジネス」がッ人を操る6つのテクニック/果たしてこの新しい依存症から逃れる術はあるのか
  • 第1部 新しい依存症「行動嗜癖」とは何か
  • 第1章 物質依存から行動依存へ 新しい依存症の誕生
    「スクリーン漬け」の現代人/スマートフォンは私たちから何を奪っているのか?/1億人がのめり込んでいる、世界一依存性の高いゲーム/ウェラブル端末の進化が、「運動依存」を加速させた/行動への依存「行動嗜癖」とは何か/なぜ今「物質」以外の依存症を問題とすべきなのか?/40%の人が「依存症」!? あなたも無縁ではいられない/「ネット依存症」かどうかをチェックするテスト/「依存症」の語源とその歴史/フロイト、コカインを推奨す ドラッグ中毒の歴史/南北戦争からコカ・コーラを生んだ? 世界で最も依存症を生んだ「物質」/一緒にいるのにひとり 「スマホ依存」が子供に与える影響/ある大ヒットスマホアプリと“売人”扱いされたプログラマー/ついに出た「グーグルグラス依存症」 次々と新たな依存症が生まれる時代で
  • 第2章 僕らはみんな依存症 何が人を依存させるのか
    ヘロイン「ナンバー4」の物語 ベトナム戦争で兵士の85%が手を出した/10万人の帰還兵からクスリを抜けるか/たった5%!? 予想を裏切る謎の低再発率/まるでコインの裏表 対照的な2人の科学者が成し遂げたとんでもない発見/偶然の失敗がもたらした「快楽中枢」の発見/ラット34番の謎 普通の人でも依存症に陥る「不幸な条件」/“クレオパトラ”を虜にするための無慈悲な実験/あるゲーム依存症患者が“深み”にハマるまでの物語/依存症患者にとって、もっとも危険な瞬間とは/「人間は、物質に対してだけではなく、行動に対しても依存症になる」
  • 第3章 愛と依存症の共通点 「やめたいのにやめられない」の生理学
    糖尿病でも肥満でもない、世界でもっとも猛威をふるう現代病とは/脳の中で起こる「負の無限連鎖」/依存症になるかならないかを左右する「ミッシングリング」/愛はコカインに似ている?/「心理的な苦痛をなだめると思わせるものならどんな体験でも……」/スウェーデン人研究者が注目した、奇妙な反復行動/パーキンソン病患者がギャンブルをやめられなくなった意外な理由/行動のループと薬への耽溺の共通点/常識を覆した衝撃の実験 「好き」と「欲しい」は違う/依存症の真実 愛してはいけない相手に恋をする、好きじゃないのに欲しがる
  • 第2部 新しい依存症が人を操る6つのテクニック
  • 第4章 <1>目標 ウェラブル端末が新しいコカインに
    パーキンソン病患者の仰天のライフハック/マラソンタイムの奇妙な偏り/オリンピック金メダル×世界記録を達成してもなお……/クイズ番組をハックせよ ある奇人の執念の勝利/「目標依存症」者が迎えた悲しき結末/現代の生活を支配する「目標」という呪い/メールチェックせずにいられない テクノロジーが生んだ脅迫概念/「ウェアブル端末」に追い立てられる人々 数値が彼らを虜にする/足が痛くても、出産直前でも、走るのをやめられない/目標追及があなたを「慢性的な敗北状態」にする/なぜトレーダーはいくら稼いでも幸せを感じられないのか? 社会的な比較の罠/成功しても失敗しても、出口がない 目標信仰の恐るべき“末路”
  • 第5章 <2>フィードバック 「いいね!」というスロットマシンを回しつづけてしまう理由
    ボタンがあれば、押さずにはいられないのはなぜ?/ウェブコミュニティ「レディット」が仕掛けた「ボタン」大騒動/人も動物も、確実な報酬よりも「予測不能なフィードバック」を好む?/「いいね!」ボタンにかけられた魔法の秘密/「スロットマシンは電子コカインだ」/「当たりに偽装したハズレ」に「幸運大使」 カジノが繰り出すあの手この手/「キャンディークラッシュ」をやみつきにする「ジュース」とは?/ゲーム漬けのラットが教えてくれたフィードバックの恐ろしすぎる効果/現実世界とゲームの世界を一体化する手法「マッピング」/VRは新たな「ドラッグ」となるのか?/見たいものしか見られない人間、そのにつけ込む“胴元”
  • 第6章 <3>進歩の実感 スマホゲームが心をわしづかみにするのは“デザイン”のせい
    任天堂のレジェンド宮本茂が「マリオ」を生み出すまで/20ドル紙幣をそれ以上で落札するなんて 「フック」で釣り上げられる/おとり商法“ペニーオークション” ネットでの買い物にご用心/「あと1回、あと1回……」 課金を迫るソーシャルゲームは詐欺とどう違うのか?/のめりこませる“デザイン”だって、データ分析があればお手のもの/ゲームに無関心だった女性ユーザーにつけこんんだハリウッドセレブアプリ/仕組まれた「ビギナーズラック」に気をつけろ/「単純でばかばかしい」ゲームほど心をわしづかみにする/スマホが、老若男女を問わずゲーム依存症にする
  • 第7章 <4>難易度のエスカレート テトリスが病的なまでに魅力的なのはなぜか
    退屈するくらいなら電気ショックを選ぶ?/世界中を興奮の坩堝にたたきこんだ伝説のゲーム/上達すると、心地いい テトリスが脳に効く理由/行動嗜癖がまとう創造や進歩という名の「マント」/テトリスに人がハマる学問的説明 「最近接発達領域」/フローに入るために必要な2つの要素とは/ゲーム依存症を生み出す「ルディック・ループ」は断ち切れるか?/難しすぎるゲーム「スーパーヘキサゴン」がもつ病的な魅力/「あとちょっと」は成功への道しるべなのか、依存への最短ルートなのか/「尻ぶつかり効果」vs最新テクノロジー 「停止規則」をめぐる争い/オフィスレスが長時間労働と過労死を招く 仕事をやめられないメカニズム/財布に備わる「停止規則」をクレジットカードが反故にする/やめられない止まらない エスカレートする難易度が、ユーザーをがんじがらめにする
  • 第8章 <5>クリフハンガー ネットフリックスが僕たちに植えつけた恐るべき悪癖
    ある映画の“崖っぷち”の結末/心理学者がウィーンのカフェで発見した「クリフハンガー」の力/なぜあるメロディーが頭から離れなくなるのか 不朽の名曲に共通する仕掛け/「真犯人は誰?」 開いたままのループが生み出した信じられないほどの熱狂/「未解決番組」中毒 先の展開が読めないことが人を虜にする/「史上最悪のラストシーン」が10年以上視聴者の心を奪う理由/欲求が満たされたときにはすでに……/平凡な日常にささやかなスリルを 設計された「騒動買い」/ネット動画「自動再生」の功罪 人の行動を自由に操るナッジの力/ネットフリックスが生んだ「ビンジ・ウォッチング」という新しい依存症/クリフハンガー発見者の崖っぷちの人生、その幕切れは?
  • 第9章 <6>社会的相互作用 インスタグラムが使う「比較」という魔法
    インスタグラムに「消された」ヒップなカメラアプリ/インスタが刺激する「他人と比較したい欲求」/他人からどう見られているのか気になって仕方がない SNSののめりこむ心の仕組み/インスタで「いいね!」中毒に陥った10代モデルの告白/異性の格付けサイトが格も依存性の高い理由/社会的欲求の驚くべき力 「同じ」と「違う」の両方でフィードバックが/ゲームに「友情」が持ち込まれるとき/「ピクルスになった脳は、二度とキュウリに戻りません」/人を依存症にするゲームがもつ3つの特徴/リアルで人間関係を築けない ネット依存症者が陥る感情的な弱視
  • 第3部 新しい依存症に立ち向かうための3つの解決策
  • 第10章 <1>予防はできるだけ早期に 1歳から操作できるデバイスから子どもを守る
    「デジタル断食」サマーキャンプで起こった驚くべき改善/あらゆることを簡単にするデバイスが子どもから奪うもの/1歳から操作できるiPad、そして「スワイプ」という魔法/健全なスクリーン使用の3条件/解毒のための3フェーズ テクノロジーの持続可能な利用方法/子どものために親がとるべきでない3つの態度、とるべき4つの態度/ネット依存は病気なのか? それとも社会の問題なのか?/クスリで治療すべきなのか 20年以上診てきたネット依存症専門家の見解/軽めの依存秒への有効打はあるか 「動機付け面接」というアプローチ/よい習慣と健全な行動を促す環境のデザインこそ最良の予防策
  • 第11章 <2>行動アーキテクチャで立ち直る 「依存症を克服できないのは意志が弱いから」は間違い
    保守的な地域のほうがネットポルノにご執心?/「依存症を克服できないのは意志が弱いから」は本当か/めちゃくちゃ有効な「まぎらわせる」という手法/スマートフォン依存症を癒やす、皮肉たっぷりのスマートデバイス/よい習慣をどれだけ続けたら欲求は断ち切れるのか/「できない」と「しない」 宣言の仕方でここまで変わる/環境をデザインする「行動アーキテクチャ」というテクニック/親友を決めるのは、倫理観でも信念でもなく「近さ」だけ?/メールもパソコンも、手の届かないところへ/自分に「罰」を与えるデバイスを使って依存を断ち切る/注意の“ネオンサイン”を放つ可愛らしいデバイスでよい習慣を/「いいね!」を隠すスツールでフィードバックを無効化する/行動アーキテクチャを活用した“正しい”ドラマの視聴法/「行動錯誤」から逃れて、自分の環境を賢くデザインしよう
  • 第12章 <3>ゲーミフィケーション 依存症ビジネスの仕掛けを逆手にとって悪い習慣を捨てる
    街をきれいにし、人々を健康にした「楽しいキャンペーン」/依存症に陥れる行動嗜癖の力を逆手にとる/単語の暗記という苦痛を進んでさせた伝説のサイト/「ゲーミフィケーション」成功の3つのポイント/運動を続けるのに、ゲーミフィケーションをこう使う/健康促進のために、わざとゲーム性を落としたアプリ/勉強をミッションに変える 学校こそ、ゲーミフィケーションを採り入れよう/コールセンターのモチベーションを高めるには? カギは内発的動機/研修をゲーム化すると、仕事のパフォーマンスも定着率も向上する/VRで「痛み」を軽減する 医療への応用/トラウマの消し方 認知のバキューム効果/ゲームは本当に脳を活性化するのか? ゲーム化への批判1/何でもゲームにすればいいのか? ゲーム化への批判2/楽しいからよいのだというお墨付きが、動機をゆがめる ゲーム化への批判3/諸刃の剣だからこそ、ゲーミフィケーションの力を正しく使おう
  • エピローグ まだ見ぬ「未来の依存症」から身を守るために
  • 謝辞

【感想は?】

 私はハマりやすい。それだけに、この本は切実に身に染みた。

 本書は3部構成だ。第1部は行動嗜癖の蔓延のほどを示し、第2部ではハマらせる手口を暴き、第3部で解決策を示す。

 困ったことに第2部は「ハマるゲームを作るコツ」も教えてくれる。テトリスを例にとった第7章では「開発当初はソ連でもテトリス中毒が蔓延した」のは意外だった。当時は「西側の生産性を落とすためのソ連の陰謀」なんて陰謀論も流布してたが、ちゃんと裏があったのだw

 さて、第1部では、今どれほど行動嗜癖が蔓延しているかを訴える。いずれもコンピュータとインターネットに関わるものだ。なお本書の英語版は2017年で日本語版は2019年の発行なので、2025年の現在は更に酷くなっていると考えるべきだろう。

最近の研究によると、最大40%の人が、メール、ゲーム、ポルノなど、ネットに関連した依存症のいずれかを抱えている。
  ――第1章 物質依存から行動依存へ 新しい依存症の誕生

 かつて電子メールは「いつでも送受信できる」のが嬉しかったんだが、最近は「なるたけ速く反応する」のが良し、みたくなりつつあって、なんだかなあ、な気分も。いや今はメールよりLINEか。

 この依存には、幾つかのメカニズムがある。「ソレはよいものだ」と脳に刷り込まれてしまうのだ。

依存症は学習によって生じる。
  ――第2章 僕らはみんな依存症 何が人を依存させるのか

何らかの物質や行動自体が人を依存させるのではなく、自分の心理的な苦痛をやわらげる手段としてそれを利用することを学んでしまったときに、人はそれに依存するのだ。
  ――第3章 愛と依存症の共通点 「やめたいのにやめられない」の生理学

 依存の恐ろしさは脳が変わってしまう事だ。これを巧みに表したのが、以下の言葉。

「ピクルスになった脳は、二度とキュウリには戻りません」
  ――第9章 <6>社会的相互作用 インスタグラムが使う「比較」という魔法

 似たようなセリフが吾妻ひでおの「失踪日記」にあったような。「ぬか漬けのきゅうり」だったかな? きっとアルコホーリクス・アノニマスから借りたんだろうなあ。

 さて、「脳が」と書くと恐ろしく感じるが、ちょっとだけ救いもある。ベトナム戦争に従軍した米軍将兵の多く(95%)がヘロインの提供を受けた。戦争終結時に下士官兵の35%に使用経験があり、19%は常習していた。帰国後は、どうなったか?

 「95%はクリーンな状態を保っていた」。依存は、環境の影響が大きいのだ。もっとも、だからこそ、依存は恐くもある。環境を変えなければ、どんな治療法も元の木阿弥だからだ。

 また、意外な事実も明らかになる。

薬物常習者は、その体験が好きではない。それなのになお薬物が欲しくてたまらないのである。
  ――第3章 愛と依存症の共通点 「やめたいのにやめられない」の生理学

 「好き」と「欲しい」は異なるのだ。本書には「愛は依存に似ている」なんて話も出てくる。とすると、しつこくつきまとうストーカーも、「好き」ではなく「欲しい」なのかな、と思ったり。

 第2部では、人を依存に陥らせ手口を明らかにしてゆく。と同時に、ここはハマるゲームやアプリの作り方として役に立つネタが多いのも困ったり嬉しかったり。

 手口の一つは、数字だ。

人間は数字に集中していると脅迫的になる傾向がある。
  ――第4章 <1>目標 ウェラブル端末が新しいコカインに

「カロリーを計算しても体重は減りません。カロリーの数字に対する執着が生まれるだけです」
  ――第7章 <4>難易度のエスカレート テトリスが病的なまでに魅力的なのはなぜか

 これは万歩計や体重計が解りやすい。ダイエットでも、「毎日体重を測ろう」とよく言われる。私は万歩計を使っていて、数字で実績が出るとかなり励みになるのだ。本書では走らずにいられない人の話が出てきて、「マジか」と思ってしまう。私がそこまで歩数に拘らないのは、やはり生来の怠け者な性格のせいだろうか。

 また、意外なことに、「確実に当たる」モノより、「当たったりハズれたりする」モノの方に、人は惹かれるそうだ。

人間は確実性のないフィードバックほど欲しくてたまらない気持ちになる。
  ――第5章 <2>フィードバック 「いいね!」というスロットマシンを回しつづけてしまう理由

 チェスより麻雀に惹かれるのは、そのためか←たぶん違う

 ゲームのデザインでも、幾つか納得する話が出てくる。例えばレベルアップ制があるRPGだと、最初はサクサクとレベルが上がり、次第にレベルが上がりにくくなる。ツカミが大事なのだ。

ビギナーズラックには人を依存させる力がある。
  ――第6章 <3>進歩の実感 スマホゲームが心をわしづかみにするのは“デザイン”のせい

 かつて Linux ユーザは、「タコ(初心者)を大事に」と言っていた。最初にいい思いをすると、ハマるのだ。ヤクのバイニンも、最初の1回はサービスするしね。いや知らんけど。

 また、勘ちがいさせるのもいい。

「すぐ近くにある勝利」――負けつづけているにもかかわらず、価値は目の前だと信じている状態――は、非常に依存性が高いのだ。
  ――第7章 <4>難易度のエスカレート テトリスが病的なまでに魅力的なのはなぜか

 「ハズレ」ではなく「惜しい、もうちょっとだったのに!」と思わせるのだ。これで博打にハマる人は多いんだろう。というか、スロットマシンは、そういう手口を使って客を座らせ続けるのだ。

 また、後々まで話題になるドラマの共通点も、本書は明らかにする。

人間は完了した体験よりも、完了していない体験のほうに、強く心を奪われる。
  ――第8章 <5>クリフハンガー ネットフリックスが僕たちに植えつけた恐るべき悪癖

 本書に出てくるのは米国のドラマだが、私が知ってる範囲だと新世紀エヴァンゲリオンがコレだろう。あの、いかにも「制作が間に合わず息切れしました」的な空気を漂わせた最終回は、実に印象的で後をひくものだった。結局、後に作られた映画も大当たりしたし。

 さて、最後の第3部では、依存から抜け出すためのさまざまな試みと、そこから学べる幾つかの教訓を示してゆく。

 その一つは、環境だ。

依存症が悲惨であることは誰でも知っていますが、依存することにメリットもあるからこそ、その依存は発生しているのです。
  ――第10章 <1>予防はできるだけ早期に 1歳から操作できるデバイスから子どもを守る

 先のベトナム従軍兵の例が示すように、依存のキッカケとなった原因が無くなれば、依存から抜け出しやすい。

 また、別のクセとつけるのもいい。

行動アーキテクチャを賢く活用する方法は2通りに分かれる。
1つは、誘惑から切り離された環境をデザインすること。
そしてもう1つは、誘惑が避けられないものであるなら、それをごまかす方法を見極めること。
  ――第11章 <2>行動アーキテクチャで立ち直る 「依存症を克服できないのは意志が弱いから」は間違い

 タバコの代わりにガムを噛む、などが代表例だ。もっとも、歴史的には失敗例もあるんだけど。モルヒネ中毒の治療用として導入したコカインとか。

 その一つとして、脱却法や学習法をゲーム化するって手法もある。このゲームをデザインするにも、幾つかコツがある。というか、世にウケるゲームやサービスに共通する特徴と言い換えてもいい。

(ハマるゲームに)共通する3つの要素を明らかにした。
ポイント制であること、
バッジがあること、
そして上位に入ったプレイヤーを発表するランキング表(リーダーボード)があることだ。
  ――第12章 <3>ゲーミフィケーション 依存症ビジネスの仕掛けを逆手にとって悪い習慣を捨てる

 …うーむ。結局、依存から抜け出したいのか、人を依存に陥らせたいのか、わからなくなってきたぞ←をい

 冗談はともかく、語り口は親しみやすくとっつきやすい割に、その内容は身近で深刻であり、身につまされる点も多かった。酒や博打と異なり、インターネットもスマートフォンも現代では必需品で、どうしても使わざるを得ないため、完全に断ち切るのは無理だ。である以上、なんとか落としどころを見つけるしかない。そんな意味でも、本書の意義は深い。

 日々、スマートフォンやインターネットを使わざるを得ない全ての人にお薦め。

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2025年8月 5日 (火)

ジョシュア・グリーン「モラル・トライブス 共存の道徳哲学へ 上・下」岩波書店 竹田円訳

本書は、道徳を土台から理解しようという試みだ。
  ――序章 常識的道徳の悲劇

ローカルな道徳的価値観はほぼ例外なく宗教的価値観だ。
  ――第3章 あらたな牧草地の不和

なぜ、道徳問題に対して、自動反応と制御反応という別個の反応があるのか?
  ――第4章 トロッコ学

社会保守派(略)は、リベラル派が道徳的な質問に何と答えるかを予測するのが、リベラル派が保守派の考えを予測するより、うまい。
  ――第11章 深遠な実用主義

【どんな本?】

 「郷に入れば郷に従え」。この言葉には、隠れた、だが誰もが認める前提がある。郷により「何が正しいか」は異なるのだ。日本人は北朝鮮への経済制裁を認める人が多いが、北朝鮮人は違うだろう。また、郷が同じでも人により「正しい」が異なる問題がある。日本だと死刑の是非、米国なら妊娠中絶や銃所持の是非などが、同国人同士でも熱い議論になる。

 これらの違いをもたらす原因は幾つかある。本書では、その中でも道徳哲学、つまり善悪の基準の違いに焦点を当てる。

 なぜ人により善悪の基準が異なるのか。違いの原因は何か。そこには、どんなメカニズムが働いているのか。そもそもなぜ善悪の感覚があるのか。私たちの善悪の基準には、どんな特徴・性質があるのか。その性質・特徴は、どんな結果をもたらすのか。そして、「正しい」の違いによる対立を治める方法はあるのか。

 哲学のみならず認知科学や心理学の知見も取り入れ、「正しい」の対立に橋を架ける手段を模索する、道徳哲学の一般向け解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Moral Tribes: Emotion, Reason, and the Gap Between Us and Them, by Joshua Greene, 2013。日本語版は2015年8月27日第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み上下巻で本文約277頁+195頁=約472頁。9ポイント45字×18行×(277頁+195頁)=約382,320字、400字詰め原稿用紙で約956枚。文庫でも上下巻ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。哲学者が書いた本だけに、ややこしい話も多いが、あくまで「ややこしい」のであって、「難しい」わけじゃない。時間をかけてじっくり読めば、充分に理解できる。敢えて言えば、米国人に向けて書いているため、具体例として出てくるのは米国でホットなネタ、例えば妊娠中絶の是非などが多いし、「神」はキリスト教の「神」を示す。また、二重否定が多いのもややこしさを増していいる。

【構成は?】

 基本的に前の章を受けて次の章が展開する構成なので、素直に頭から読もう。

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  •   上巻
  • 序章 常識的道徳の悲劇
    あらたな牧草地の生活/グローバルな道徳哲学に向かって/本書の構成
  • 第1部 道徳の問題
  • 第1章 コモンズの悲劇
    道徳の機能/メタ道徳
  • 第2章 道徳マシン
    マジックコーナー/血縁の価値/しっぺ返し/親友/最低限の良識/脅しと約束/監視の目と見分ける心/会員限定/利害関係者/道徳マシン
  • 第3章 あらたな牧草地の不和
    衝突の心理/部族主義/協力は、どんな条件で?/名誉と調和/ローカルな道徳/バイアスのかかった公正/バイアスのかかった認識/バイアスによってエスカレートする/あらたな牧草地の生活と不和
  • 第2部 速い道徳、遅い道徳
  • 第4章 トロッコ学
    トロッコ問題/脳をスキャンする/実験トロッコ学がブームに/トロッコの進路にいる患者/二つの道徳心について
  • 第5章 効率性、柔軟性、二重過程脳
    情動と理性/二重過程脳/賢明になる
  • 第3部 共通通貨
  • 第6章 すばらしいアイデア
    すばらしいアイデア/長老たちの知恵/帰結主義、功利主義、実用主義/功利主義の(誤った)理解/めざましい収束
  • 第7章 共通通貨を求めて
    共通通貨は神に由来するのか/道徳は数学のようなものか/科学は道徳的真理をもたらすか/代替案 共有価値を探す
  • 第8章 共通通貨の発見
    功利主義とは何か/一般的合理性から功利主義的道徳へ/功利主義の何がいけないのか
  • 原注/索引
  •   下巻
  • 第4部 道徳の断罪
  • 第9章 警戒心を呼び覚ます行為
    道徳ボタンを押す/手段と副次的影響/モジュールの近視眼/なぜ、私たちはサイコパスでないのか?/副次的影響が見えない/作為と容認/功利主義と警報装置
  • 第10章 正義と公正
    功利主義は多くを求めすぎるか/助ける義務/個人としての関わり/人間の価値観と理想の価値観/正しい褒美/理想の正義/正しい社会/「富裕主義」の誤謬/正義より大きな善
  • 第5部 道徳の解決
  • 第11章 深遠な実用主義
    二つの羅針盤/いつオートモードを使うべきか? 「《私》対《私たち》」対「《私たち》対《彼ら》」/深みから抜け出す/私たちの魂のひそかなジョーク 合理化と二重過程脳/「表なら私の勝ち、裏ならあなたの負け」 正当化としての勝利/武器や盾としての正義/中絶 ケーススタディ/中絶 実用主義のアプローチ/ゴドーを待ちながら/なぜ私はリベラルなのか、そして私の心を変えさせるには何が必要か
  • 第12章 オートフォーカスの道徳を超えて
    現代を生きる羊飼いのための六つのルール
  • 著者より/謝辞/解説(阿部修士)/書誌/原注/索引

【感想は?】

 哲学、それも道徳や倫理を語る本だ。そして著者の推しは功利主義(→Wikipedia)である。

 似た傾向のジョナサン・ハイトの「社会はなぜ左と右にわかれるのか」と、重要な点で同じ前提に立っている。

 ヒトが善悪を判断する際は、二つの異なるメカニズムが働いている。一つは瞬時に判断し(オートモード)、もう一つはじっくり論理的に考える(マニュアルモード)のだ。両者が異なる判断を下すとき、ヒトは居心地の悪い気分を味わう。本書では、それをトロッコ問題(→Wikipedia)の様々なバリエーションで明らかにしてゆく。

 瞬時に判断するオートモードは、生存競争の中で進化した。人の歴史の大半は、群れで行動する狩猟採取生活だ。だから、群れの中では協力を促すが、他の群れに対しては冷酷に振る舞うこともある。

道徳は、コモンズの悲劇を回避するために進化したが、「常識的道徳の悲劇」を回避するために進化したのではなかった。
  ――第1章 コモンズの悲劇<

人間は、自分を中心とする社会的宇宙の中で、人がどこに位置するかにきわめて鋭い注意を向け、自分たちにより近い人をひいきする傾向がある。
  ――第2章 道徳マシン

 ただ、あくまでも動物的な本能なので、あまり論理的ではない。結果をじっくり考えたりはしないし、注目している範囲だけで判断してしまう。

この装置は、とくに意図された危害に反応する。
次に、消極的に引き起こされた危害より、積極的に引き起こされた危害に強く反応する。
最後に、間接的にではなく、人身的な力によって直接的に引き起こされた危害に強く反応する。
  ――第9章 警戒心を呼び覚ます行為

 などの幾つかの偏りはあるにせよ、原則としてヒトを傷つける事は厭う。本能的なんて言い方はしたが、日頃の暮らしじゃ役に立つのだ。ただ、全面的に委ねるのはよろしくない。

私たちには、いつオートモードで撮るべきか、いつマニュアルモードに切り替えるべきかを教えてくれる師匠はいない。
  ――第5章 効率性、柔軟性、二重過程脳

 どんな時にマズいのか。同じ部族内なら、たいていはオートモードで事足りる。だが、別の部族との争いでは、面倒を引き起こす。ここで言う「部族」は、国家の場合もあるし、妊娠中絶の容認派/否定派の場合もある。

功利主義的な行動とは、日常生活(《私》対《私たち》)の道徳的誘惑をやり過ごすことは本能に任せるが、あらたな牧草地での生き方(《私たち》対《彼ら》)を考えるときは、明確な功利主義的思考を働かせることだ。
  ――第6章 すばらしいアイデア

 やっと功利主義が出てきた。じゃ、功利主義とは何か。

功利主義は「幸福を公平に最大化する」という三語に要約できる。
  ――第8章 共通通貨の発見

 よく言う「最大多数の最大幸福」ですね。ただ、この理屈に無条件に従うと、いささか嬉しくない状況に陥る。なぜって、先進国の人間は多少なりとも「楽しみ」に使うカネがあるなら、その全てを慈善団体に寄付して貧しい国の恵まれない人々を救うべき、なんて結論になっちゃうからだ。

功利主義は、自由になる収入が空になるまであなたを絞りつくすだろう。
  ――第8章 共通通貨の発見

 私がうっかりしているのでなければ、この不具合の是正策は、本書に出てない…と思う。いや私なりの擁護はできるんだけど。「あんま無理したら続かない」とか。

 また、功利主義は、「革命の輸出」や地下鉄サリン事件なども認めてしまう。私たちから見れば狂った連中だが、本人たちはソレが世界を救う最善の方法だと信じ込んでいるからだ。そういった狂気にブレーキをかけるのも、オートモードの役割である。

たとえ最善の意図をもって暴力行為を企てたとしても(「革命は流血を伴うだろう、しかしわれらの輝かしい未来を考えよう!」)警報ベルが「気をつけろ! そいつは危ない!」と教えてくれる。
  ――第9章 警戒心を呼び覚ます行為

 とは言うものの、道徳が原因の対立は、なかなか解決が難しい。話し合いも、堂々巡りに陥ったりするし、「そこからか」と呆れる場面も多い。

道徳の前提はたいてい疑われることはなく、前提とした当人にはどれも妥当に思えるが、本当に自明であるものはきわめて少ない。
  ――第7章 共通通貨を求めて

 しかも、気分次第で判断が変わったりもする。

人は、違反者に罰を与えるとき、抑止効果に具体的に関係のある要因は無視し、違反者についてどう感じるかだけに基づいて罰する傾向がある。
  ――第10章 正義と公正<

 そもそも、最初から相手の意見を聞き入れる気なんか微塵もなかったり。

不和を生じさせる道徳問題を考えるとき、私たちは本能的にまず、あらゆるやり方で《私たち》が正しくて《彼ら》が間違っているように考える。
  ――第11章 深遠な実用主義

私たちの直感的反応が、私たちに何をなすべきで何をなすべきでないかを告げるとき、(略)交渉の余地のないものとして伝わる。
  ――第11章 深遠な実用主義

 国家間の対立は、利害が関わるため更にこじれるんだが、それも置いて。同じ国家内でも、先進国では保守派 vs リベラルの構図がよくある。そして、今のところは保守派が優勢に見える。

社会保守派は、もともとの「コモンズの悲劇」を回避するのがじつにうまい。ところが、現代の悲劇、「常識的道徳の悲劇」を回避するのはからきし下手だ。
  ――第11章 深遠な実用主義

 日本が分かりやすい例なんだが、自民党には幅広い意見の持ち主がいる。そして内情はともかく、議会での結束は固い。意見調整が巧みなのだ。これは首相制のためでもあるだろうけど。首相制は意見の取りまとめが巧みな人が首相になりやすいのだ。対してリベラル/左派は民主党が立憲と国民に分かれ、共産党と社会党が睨み合っているように、協力体制を築くのが下手なんだよなあ。

 とか考えると、リベラル/左派は論理的に考えるマニュアルモードだ、って本書の前提は、なんか怪しい気がする。むしろ保守こそマニュアルモードを巧みに使っていて、リベラル/左派はオートモードに振り回されてるんじゃなかろか。というのも。

本当に首尾一貫した哲学は何であれかならず、私たちの感情を害する。
  ――第12章 オートフォーカスの道徳を超えて

 なんて性質があるからだ。リベラル/左派こそ、道徳哲学に振り回され、折り合いがつけられないのではないか、そんな風に思えてしまう。

 文句ばっかり言ってるけど、その原因も「本当に首尾一貫した哲学は何であれかならず、私たちの感情を害する」から、かもしれない。

 道徳哲学、それも功利主義の本だ。この時点で好みは別れるだろう。また、「第11章 深遠な実用主義」は、議論のテクニックを磨くのにも有効だったりする。特に善悪の基準に興味がある人にお薦め。

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2025年7月27日 (日)

クロード・スティール「ステレオタイプの科学 『社会の刷り込み』は成果にどう影響し、わたしたちは何ができるのか」英治出版 藤原朝子訳

本書が目指すのは、きちんと認識されていないけれど、ステレオタイプ脅威は個人と社会の最も厄介な問題の一部に寄与していること、しかし現実的な対策を講じると、劇的な変化をもたらす可能性があることを示すことだ。
  ――1 アイデンティティを持つがゆえの制約

わたしたちは自律的に物事を選択していると思っているが、その選択は常にコンテクストにしたがっている
  ――10 わたしたちを分断するもの サウスウエスト航空のファーストクラス

【どんな本?】

 人は様々な属性を持っている。男だ、日本人だ、髪が薄い、ヲタクだ、理系だ、リべラルだ、巨人ファンだ等。うち幾つかは、時と場所と状況によっては好ましくない色合いを帯びる。甲子園球場の一塁側は巨人ファンに居心地が悪いだろう。

 一般にその属性が強調される場所・状況で、少数派に属するのは心地よくない。また、属性に付きまとう思い込みや決めつけもある。女は数学が苦手だ、髪が薄い奴は助平だ、保守系は人種差別主義者だ、等々。

 様々な属性のうち、本書は主に人種と性別に注目し、それにつきまとう思い込みや決めつけが、人の能力や実績への影響を調べてゆく。それは、本当に影響があるのか。他の原因は考えられるのか。影響はどんな集団に現れるのか。影響の多寡を左右する要素は何か。そして、どうやって調べればよいのか。

 スタンフォード大学の心理学教授が、自らの研究や交友関係を交えつつ、「人種のサラダボウル」と呼ばれる米国でのアイデンティティの影響と制御法を語る、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Whistling Vivaldi: How Stereotypes Affect Us and What We Can Do, by Claude M. Steele, 2010。日本語版は2020年4月6日第1版第1刷。単行本ハードカバー縦一段組み本文約275頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント44字×17行×275頁=約205,700字、400字詰め原稿用紙で約515枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。

 文章は比較的にこなれていて親しみやすい。内容もわかりやすい。ときおりSAT(大学進学適性試験,→Wikipedia)やジョン・ヘンリー(→Wikipedia)など米国ならではの制度や表現も出てくるが、たいていは説明があるので、知らなくても問題はない。

【構成は?】

 基本的に前の章を前提として次の章が展開する構成なので、素直に頭から読もう。

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  • 日本語版序文
  • 1 アイデンティティを持つがゆえの制約
  • 2 アイデンティティと成績の不可思議な関係 「女性は数学に弱い」という刷り込み
  • 3 ステレオタイプ脅威の正体 何が実力発揮を妨げていたのか
  • 4 何を主要なアイデンティティと捉えるか 「別の人生」を歩むことを選んだ人々
  • 5 誰しもが影響を受ける アジア系女子大生が教えてくれたこと
  • 6 優秀な人ほど打ちのめされる 過剰努力の悲劇
  • 7 思考と身体への負担 蝕まれるワーキングメモリ
  • 8 環境に潜む「サイン」の働き
  • 9 ステレオタイプ脅威を縮小する方法 ナラティブというトリック
  • 10 わたしたちを分断するもの サウスウエスト航空のファーストクラス
  • 11 人をつなぐ橋としてのアイデンティティ
  • 訳者あとがき/参考文献

【感想は?】

 つまりは偏見や決めつけと、それが人に与える影響を調べた本だ。

 著者は学者だけに、様々な実験で影響を調べてゆく。その調べる能力は大半が学力であり、調査対象は学生が多い。学力なのは結果がわかりやすい数値で出るからで、学生なのは立場的に調達しやすいからだろう。

 ただ、実験によりサンプル数を示さなかったりするので、さすがに「科学」は言いすぎだろう、とも思う。なので、カテゴリはノンフィクションとした。

 さて、人は様々な属性を持っている。性別だったり、性癖だったり、肌の色だったり、趣味だったり。

誰もがアイデンティティを持っている。それも、しばしばたくさん。
  ――11 人をつなぐ橋としてのアイデンティティ

 そんな中で、本書が主に扱うのは、肌の色と性別だ。これは、おそらく大学教授である著者にとって、最も身近で切実な属性だからだろう。具体的には、こういう事だ。

一般に黒人学生の成績は、大学入学時のSATが同レベルの、ステレオタイプの脅威を受けていない学生よりも低い。
  ――9 ステレオタイプ脅威を縮小する方法 ナラティブというトリック

 米国では、高校までは他の人種と同等の成績を示す学生でも、大学に入ると成績が落ちる傾向があるそうだ。この原因を、著者は「黒人は頭が悪い」という偏見に求める。似たような偏見で、「女は数学が苦手」なんてのもあって、それも本書で扱っている。いずれにせよ、「○○が得意」とか「○○が好き」などではなく、「××は▽▽が下手」とかの、悪く見る類の決めつけである。

一つのアイデンティティを際立ったものにするのは、そのアイデンティティへの脅威だ。
  ――4 何を主要なアイデンティティと捉えるか 「別の人生」を歩むことを選んだ人々

 幾つかの実験を進めるに従い、現実にそういう傾向が現れる事も明らかになってくる。ただし、現れるには幾つかの条件がある。

スティグマのプレッシャーは、学力不足の学生よりも、学力が高い学生に大きな影響を与えるのかもしれない!
  ――3 ステレオタイプ脅威の正体 何が実力発揮を妨げていたのか

 当初、著者の実験に参加したのはスタンフォード大学などの名門大学の大学生や大学院生などで、実験内容は数学の難しい問題を解いてもらうなどだった。要は優秀で自信がある人に、能力の限界に挑んでもらう、そういう実験である。

 そうではなく、平凡な高校生や、簡単な計算問題の場合は、ほぼ影響がなかった。偏見が影響を与えるには、やはり条件があったのだ。

ネガティブなステレオタイプのプレッシャーを感じるのに、特別な素地は必要ない。研究で見つかった必須要件は一つだけ、その人が自分のパフォーマンスを気にしていることだ。
  ――5 誰しもが影響を受ける アジア系女子大生が教えてくれたこと

 困った事に、本人はそのプレッシャーをわかっていなかったりする。

本人には明確な自覚がないことが多い。
  ――7 思考と身体への負担 蝕まれるワーキングメモリ

 著者は更に突っ込んで、どんな能力がダメージを受けるのか、まで追跡してゆく。

最もダメージを受けるのはワーキングメモリ(作業記憶)、すなわち「即時的またはほぼ即時的に使用するために情報を維持し、操作するために使われるタイプの記憶」だ。
  ――7 思考と身体への負担 蝕まれるワーキングメモリ

 こういった、現象を捉えるだけに留まらず、こういった現象を抑える手段にまで、著者は踏み込んでゆく。そして、実際に手段は見つかったのだ。

安全を確実に示唆するサインがあれば、多くの場合、ステレオタイプ脅威を示唆するサインの威力は抑えられたのだ。
  ――8 環境に潜む「サイン」の働き

 このあたりは、ちょっとした解放感まで感じさせる。

 などの主筋も面白いが、個々の実験の設計も楽しい。例えば学生に数学の問題を解かせるにせよ、実験の目的をどう伝えるかで、結果が違ってきたりする。

だが、どんな実験にすればいいのか。
  ――2 アイデンティティと成績の不可思議な関係 「女性は数学に弱い」という刷り込み

 そして、個々の実験を積み重ねて、次の設問へつなげてゆく本書の構成も、謎解き物語としての楽しさ・面白さを生み出す、巧みな構成になっている。

次の挑戦が見えてきた。
  ――8 環境に潜む「サイン」の働き

 また、同じ黒人であっても、米国とパリでは立場が違うなどの、下世話な事情がわかるのも嬉しい。いや、やっぱりパリにも差別はあるんだけど、条件が違うのだ。

すべてのアイデンティティは特定の場所に根ざしたローカルなものだ
  ――4 何を主要なアイデンティティと捉えるか 「別の人生」を歩むことを選んだ人々

 ただ、数学の勉強のコツはン十年前に教えて欲しかったなあ。一人で頑張るより、優秀な人たちと一緒に勉強すると効率がいいらしい。

アジア系学生は、黒人学生や白人学生と比べて、大学の教室でもプライベートでもグループで勉強することが多い。
  ――6 優秀な人ほど打ちのめされる 過剰努力の悲劇

 他にも吊り橋効果のソースが出てきたり、ハンマー使いのジョン・ヘンリー(→Wikipedia)の伝説など、楽しい挿話は盛りだくさんだ。基本的に心理学の本なので、ヒトのココロに興味があるヒトなら、きっと楽しめるだろう。

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2025年6月27日 (金)

キャス・サンスティーン「同調圧力 デモクラシーの社会心理学」白水社 永井大輔・高山裕二訳

私が本書で強調したいのは、同調の力学――同調は何をし、どのように作用するか――についてだ。
  ――はしがき

人気とは予言の自己成就である
  ――第2章 カスケード

集団極性化とカスケード効果のあいだには密接な関係がある。両方とも、情報や評判の影響の産物である。
  ――第3章 集団極性化

集団の一人以上の人が事実の問題について正しい答えを知っている場合、集団は正しい方向に移動する傾向がある。
  ――第3章 集団極性化

教育環境によっては人種の多様性が幅広い経験や考え方を保障するのに重要であり、〔ニーズに合わせて〕厳密に定められたアファーマティブ・アクションのプログラムが憲法上認められるべき環境があると、私は強く主張する。
  ――第4章 法と制度

たいてい大衆に従うのは個人の利益にはなるが、個々人が最善だと思うことを言ったりしたりするのは社会の利益になるのである。
  ――結論 同調とそれへの不満

【どんな本?】

 「和を以て貴しとなす」なんて言葉がある。「あまし異論を出すな」と解釈されることが多いが、Wikipedia によると日本での意味は少し異なるようで、「上下関係にとらわれることが無く話し合いができたならば、何もかもを成し遂げられるだろう」ともある。

 とはいえ、話し合いで大勢に逆らい異論を述べるのは度胸がいる。「面倒くさい」とか「目立つのは嫌」とか「変わった奴と思われたくない」とか「争いたくない」とか、様々な理由で黙ってしまう事も多い。いわゆる同調圧力だ。

 同調圧力には、どんな効果があるのか。社会や個人にとって損と得、どちらをもたらすのか。同調圧力を強める/弱めるのは、どんな状況か。

 最近は「エコーチェンバー」などで注目されている同調圧力を題材に、主に政治的な話し合いにおける影響と性質そして対策について、ハーバード大学ロースクール教授であり行政管理予算局の情報・規制問題室長を務めた著者が語る、一般向けのノンフィクション。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Conformity: The Power of Social Influences, by Cass R. Sunstein, 2019。日本語版は2023年8月10日発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約167頁に加え、訳者あとがき7頁。9.5ポイント45字×18行×135,270字、400字詰め原稿用紙で約339枚。文庫なら薄い部類。

 文章は硬くとっつきにくい。実のところ、内容はそんなに難しい事は書いてない。が、二重否定や入れ子構文が多く、言葉遣いも堅苦しい。「増加する/減少する」は「増える/減る」でいいじゃんブツブツ。つまり悪文なのだ。これは訳者が学者だからってのもあるが、おそらく原文も「学者の文章」なんだろう。

 また、単語の使い方でひっかかる部分がある。例えば頻繁に「正しい」って言葉が出てくるが、本書では「戦略的に害が少なく益が多い」「工学的に最適に近い」「表現として事実に即している=嘘ではない」「数学的に真」などの意味で使っている。「倫理的に善である」ではない。著者はリベラル色が強く、特に対策/政策を語る終盤では思想性が強く出ているが、同調圧力の効果や性質を語る中盤までは客観的な記述が大半だ。色眼鏡で見られる事を避けるためにも、先の「正しい」などの誤解を招きやすい表現は避けた方が賢明だろう。

【構成は?】

 基本的に前の章を踏まえて後の章が展開するので、素直に頭から読もう。

  • 謝辞
  • はしがき
  • 序論 社会的影響の力
  • 第1章 同調はどのようにして生じるのか
  • 第2章 カスケード
  • 第3章 集団極性化
  • 第4章 法と制度
  • 結論 同調とそれへの不満
  • 訳者あとがき/註/索引

【感想は?】

 この人の本を読むのは二冊目だ。相変わらずもったいない。中身は面白いのに、文章が酷すぎる。

 そもそもテーマからして面白い。同調圧力だ。Wikipedia には脅迫や印象操作など明示的な働きかけが書いてある。が、それらがなくても、大勢の意見に逆らう意見を出すのは難しい。なんたって、

人は、他人が送る情報屋評判のシグナルに細心の注意を払う。
  ――結論 同調とそれへの不満

 人は社会的動物だ。他の人から変わり者と思われたり、反感を持たれるのは嫌だ。基本的には大勢の意見に従おうとする生き物なのである。別に脅迫や印象操作がなくても、大勢に従うのだ。ただ、状況によって、この性質は強まったり弱まったりする。そこで著者は幾つかの資料や論文を掘り起こす。例えば…

金銭の報酬を導入すると、(略)難易度の低い課題に関しては同調が著しく減少し、難易度の高い課題に関しては同調が著しく増加するのである。
  ――第1章 同調はどのようにして生じるのか

 正解を出せば儲かるって条件の場合、「難易度の低い課題」=「正誤がわかりやすい課題」だと異論が出やすく、難しい課題は出にくくなる。正解が分かってれば意見を出すけど、分かんない時は黙る。ありがちだね。

 また…

最低ひとりでも被験者の仲間、もしくはまともなことを言う人がいると、同調と誤回答の両方ともたちまち減少する。
  ――第1章 同調はどのようにして生じるのか

 一人で頑張るのは辛いけど、仲間がいれば頑張れる。これもよくある話。

 それに、話し合いのメンバーとの関係でも、同調圧力は変わってくる。

もし被験者が自分は多数派とは別の人間だと認識しているならば、同調の効果は大きく減ずる。
  ――第1章 同調はどのようにして生じるのか

 「自分は余所者だ」と感じていると、素の自分を出せるらしい。この逆が過激派やカルトだ。

過激派の人間は、互いに追従しあっていることがよくあるのだ。
  ――第1章 同調はどのようにして生じるのか

 今、流行りのエコーチェンバーだね。趣味の世界でマニアが集まると更に濃くなるのはありがちだ。もっとも、これが益になる時もあって、様々な「学会」も、こういう効果があるんだろう。

 他にも同調圧力が強くなる条件がある。

人びとのあいだで互いに感情的なつながりがある場合、カスケードの確率は増加する。
  ――第2章 カスケード

 「カスケード」とは、既存の意見に賛同する現象を言う。仲のいい人には賛同したくなるのだ。

 それで集団内の軋轢は減るだろうが、集団全体の利害となると話は別で。

(集団での株式投資で)もっとも運用実績の悪いクラブは、感情的な絆で成り立っており、社交関係が第一になっていた。もっとも運用実績が良いクラブは、社交関係が抑えられ、収益を増やすことに専心していた。
  ――第1章 同調はどのようにして生じるのか

 同調圧力が強いと、集団全体の利益は減るのだ。この極端なのが独裁体制や強権体制で。

東欧では共産主義体制が長年の間存続できていたわけだが、それは強圧のせいだけではなく、人びとがほとんどの人間は既存の体制を支持しているという考え違いをしていたせいでもあるのだ。
  ――第2章 カスケード

 しかも、往々にして権威主義な体制は、意図的に同調圧力を強化している=体制批判を封じ込める。その結果…

過誤は同調に対して褒賞が与えられる場合にもっとも生じやすく、集団や組織が正しい判断ができるよう手を貸した者に褒賞が与えられる場合にもっとも生じにくい。
  ――第2章 カスケード

 提灯持ちが出世する組織はロクでもない判断をしがちなのは、なんとなく分かる。

 でなくとも、基本的に人は全体に従おうとする性質がある。これで集団が困る原因の一つは、貴重な情報が埋もれてしまう点だ。

同調圧力が実際に情報の開示を少なくする結果を招くという点は、まず間違いない。
  ――第2章 カスケード

 戦前の日本でも幾つか「国力的に米英との戦争は無茶」なんて報告があったが、陸軍は握りつぶした。そこまでいかなくとも、大勢に逆らう意見は、根拠があっても言いにくい。その結果、重要な情報が埋もれてしまう。これは困る。だから…

各個人が集団に対し情報を開示するような誘因を生み出す仕組みはどれも、さらに良い結果を出す可能性が大きい
  ――第2章 カスケード

 その仕組みの一つが、言論の自由だ。

言論の自由を含むさまざまな市民的自由は、人びとを同調圧力から引き離そうとするものだとみることができるのであり、その理由は個々人の権利を守るためというだけでなく、黙秘の危険から社会全体を守るためでもある。
  ――第2章 カスケード

 原論の自由で利益を得るのは個人だけじゃない。日米開戦のような「とんでもない間違い」から国を守るためにも、言論の自由は必要なのだ。ただ、話し合いにも困った性質があって、それが集団極性化だ。

議論する集団の構成員は通常、みずからが議論する前にもっていた傾向に沿うかたちで、より極端な考え方に至る
  ――第3章 集団極性化

 分かり合うどころか、溝が拡がっちゃうのだ。

 他にも困った性質がある。先に挙げた、貴重な情報の共有なんだが…

集団では共有化された情報は取り上げられ、ほとんどの構成員が保有しない情報は無視される傾向がある
  ――第3章 集団極性化

 あまり知られていない事柄はスルーされがちなのだ。

 また、元々が仲良し同士の集団だと、結束は固いが…

集団の構成員がアイデンティティを共有し連帯が強いと考える場合、強い極性化が生じるだろう。
  ――第3章 集団極性化

 集団全体が極端な方向へ走ってしまう。特にヤバいのが…

社会において孤立した少数集団は、良い場合も悪い場合もあるが、集団極性化の温床である。
  ――第3章 集団極性化

 サティアンに閉じこもったオウム真理教が、その典型だろう。あとアルカイダとか。連合赤軍は…若い人には通じないんだよなあ。

過激派はとくに極性化しがちである。
  ――第3章 集団極性化

 過激化についていけずに脱退する人もいる。そういうブレーキ役がいなくなると、当然ながら更に濃くなってしまう。

時間が経つにつれて、構成員が物事の進んでいる方向を拒否して集団を去る「退去」によって、集団極性化は強められうる。
  ――第3章 集団極性化

 こういった事を避けるためにも、多様性は必要なんだよ、そう著者は主張しているのだ。

 別に過激派でなくとも、大抵の人は小中学校の学級会や部活動、趣味の集まりや職場での会議などで、本書に書かれている事柄を体験しているだろう。もちろん、旧Twitterや電子掲示板などのオンラインでも。そういう、なんとなく感じている事を言語化される心地よさが、本書には溢れている。ただ、その「言語化」が、やたら堅苦しく小難しい言葉遣いなのが困りものなんだが。

 それはともかく、一度でも同調圧力に居心地の悪さを感じた経験のある人なら、楽しめるだろう。ただし、繰り返すが、はなはだ文章は酷いので、それは覚悟しよう。

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2025年5月28日 (水)

石川浩司「『たま』という船に乗っていた」ぴあ

そもそもソロの集合体だったので、音楽性自体もジャンル分けが不可能だったし。
  ――第2章 「かき揚げ丼」から始まった

【どんな本?】

 1990年代初頭の燦然と登場し、その怪異な風貌と当時の音楽の流行を一切無視した独特のサウンドで世間の話題をさらいつつ、デビュー曲「さよなら人類」をチャートのトップに送り込んだバンド「たま」。その「たま」のランニングことパーカッション担当の石川浩司が、デビュー前からイカ天出場、デビュー後の激変した生活からメンバー脱退そして解散からソロ活動までを綴った半生記。

 要はタレント本です。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2004年1月29日初版発行。今は双葉社からッ改訂増補版が出ているし、コミック版もある。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約273頁。9ポイント44字×14行×273頁=約168,168字、400字詰め原稿用紙で約421枚。文庫ならちょい薄め。

 ややクセの強い文章ながら、抜群に読みやすい。これは好みによるだろう。内容も分かりやすいが、それは私が当時の世情を知っているからかも。この本を読む気になるのは彼らのファンぐらいだから、どうでもいいか。

【構成は?】

 一応は時系列で進むが、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

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  • まえがき ランニングと坊主頭の秘密
  • 第1章 三岳荘11号室
  • 第2章 「かき揚げ丼」から始まった
  • 第3章 音楽仕事天秤時代
  • 第4章 イカ天で人生大逆転
  • 第5章 狂乱の一年
  • 第6章 恐怖の海外レコーディング
  • 第7章 4人はアイドル!?
  • 第8章 船からひとり降りた
  • 第9章 淡々タヌキ時代
  • 第10章 そしてひとりずつに。
  • あとがき デキソコナイの行進

【感想は?】

 タレント本に相応しく、週刊誌風のアオリで紹介しよう。

●高円寺のドン、爆誕!

●侵入と破壊のメロディ

●歌う前科者

●転売ヤー風土記

●やってきたG

●コスパのいいスタジオ

●敏腕エンジニア現る!

●ロックなスピード

●劇団コネクション

●イロモノの蟲毒

●ライバル登場

●あの人気バンドのメンバーに妻が!

●変貌する世界

●スターが事務所に所属する理由

●ジャイアント・キリング

●「私はコレで会社を辞めました」

●今、明かされる、彼らのルーツ!

●伝説を検証してみた

●こんな所に円高の影響が

●ぼくは扉を蹴破ることにした

●貴様、何者だ!?

●あの美人女優があられもない姿で!?

●俺たちはどこに行けばいいのだろう

●あと1回、あと1回だけ…

●「こいつら、本当に危ねえぜ」

●なぜ俺がこんな役に

●あの大スターに後ろから…

●類は友を呼ぶ

●なんで歌えないんだ?

●ランニング、箱物行政を語る

●そして三人が残った

●ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず

●所違えば…

●あの名曲にこんな秘密が

●俺だけ蚊帳の外

●何を持ち込むつもりだ貴様

 なんのこっちゃかわからんと思うけど、バイト先で仕入れたオモシロ話など、読者を飽きさせないサービス精神が溢れていて、実に楽しい本だった。告知の手段がDMだったり音楽配布の手段がカセットテープだったりと、インターネットが普及していないあの頃の風情もシンミリしちゃったり。また、ライブハウス中心の音楽家の暮らしも面白いし。

 彼らが聞いていた音楽も、「もしかしたらソッチの人ではないか」との疑いを裏付けていて、「やっぱり」と思ったり。

 そんなワケで、「たま」や「パスカルズ」のファンには嬉しい本だろう。

 にしても、「たまのランニング」で通じるのは凄い。私の知ってる範囲だと「AC/DCの半ズボン」「RAINBOWのリーゼント」ぐらいか。「KISSのチョンマゲ」は反則かな? 他に思いついたら教えてください。

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【今日の一曲】

TVアニメ「宇宙人ムームー」ノンクレジットED「さよなら人類」/さくらこ&ムームー

 この本を読むキッカケとなった、「たま」の名曲「さよなら人類」のカバー。まったく新しい録音ながら、原曲の魅力を存分に引き出した巧みなアレンジが素晴らしい。

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2025年5月21日 (水)

脇本平也「宗教学入門」講談社学術文庫

宗教学の立場について(略)つぎの三つの点から説明を付け加えておきます。
1.宗教学は客観的に事実を問題にし主観的な価値判断は避ける。
2.宗教を人間の生活現象の一局面としてとらえる。
3.特定の一宗教ではなくて複数の多宗教を資料として取り扱う。
  ――1 宗教学の立場と分野

【どんな本?】

 宗教学とは何か。本書では、多様な宗教を客観的に比べ、それぞれの特徴と共通点を見てゆく。その切り口もまた様々で、起源や歴史,思想や儀礼,世界観,教団組織,社会との関係そして人々の関わり方や与える影響など、視点は多岐にわたる。

 本書は入門編として、宗教学の全般を見渡すことを目指す。そのため代表的な説や論は概論を紹介するに留め、個々の論の詳細には立ち入らない。

 「宗教学とは何で、どんな事をやるのか」を紹介する、一般受けの宗教学入門書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原著は脇本平也「宗教を語る 入門宗教学」日新出版で1983年1月1日発売。講談社学術文庫版は1997年8月10日第1刷発行。私が読んだのは2000年7月19日の第7刷。着実に売れてます。文庫で縦一段組み本文約317頁に加え、山折哲雄の解説8頁。8.5ポイント41字×17行×317頁=220,949字、400字詰め原稿用紙で約553枚。文庫では普通の厚さ。

 文章はこなれていて親しみやすい。内容もわかりやすい。巻末に索引があるのは嬉しいが、性だけの人名がよく出てくるのは不親切。精神分析の(ジークムント・)フロイトは有名だが、金枝篇の著者で人類学者の(ジェームズ・)フレイザーは微妙なところ、原始文化の著者で人類学者の(エドワード・バーネット・)タイラーを知る素人は少ないだろう。

【構成は?】

 教科書として書いた本であり、原則として前の章を基礎として後の章が展開するので、素直に頭から読もう。

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  • 学術文庫版まえがき
  • 1 宗教学の立場と分野
  • 1 宗教学の立場
  • 2 宗教学の歴史的成立
  • 3 宗教学の専門諸分野
  • 2 宗教の原初形態
  • 1 考古学的考察
  • 2 民族学的考察
  • 3 科学・呪術・宗教
  • 1 フレイザーの呪術論
  • 2 呪術の類型
  • 3 呪術の原理
  • 4 科学と呪術
  • 5 呪術と宗教
  • 4 宗教の諸類型
  • 1 有神的宗教と無神的宗教
  • 2 権威主義的宗教と人間主義的宗教
  • 3 神秘主義的宗教と預言者的宗教
  • 4 汎神的宗教
  • 5 救い型・悟り型・つながり型
  • 6 民族宗教と世界宗教
  • 7 宗教進化の5類型
  • 5 宗教の構成要素
  • 1 教義・儀礼・教団・体験
  • 2 宗教思想
  • 3 宗教儀礼
  • 4 宗教集団
  • 5 宗教体験
  • 6 宗教的実在観
  • 1 実在観の諸相
  • 2 人格的「神」の観念
  • 3 非人格的実在の観念
  • 4 神と法
  • 7 宗教的人間観
  • 1 人間起源神話
  • 2 人間の二元的構造
  • 3 自己の問題
  • 4 宗教的人間の目標とその実現
  • 8 宗教的世界観
  • 1 その意味と内容
  • 2 宇宙論
  • 3 他界観・来世観
  • 4 空間論・時間論
  • 9 宗教儀礼
  • 1 儀礼の類型
  • 2 宗教的修行
  • 3 儀礼の機能
  • 4 おまつり
  • 10 教団と社会
  • 1 宗教集団の類型
  • 2 教団内部の組織化
  • 3 宗教と経済
  • 4 宗教と政治
  • 5 宗教と社会変動
  • 11 宗教体験と人格
  • 1 宗教体験の特徴
  • 2 宗教神秘主義
  • 3 無意識と宗教
  • 4 宗教的人格の形成と成熟
  • 12 宗教の機能
  • 1 宗教の場
  • 2 宗教的生のエネルギー
  • 3 人生の基本構造
  • 4 聖なるもの
  • 5 意味の納得と発見
  • あとがき(原本)/解説 山折哲雄/索引

【感想は?】

 「宗教学は何をやっているのか」が知りたくて読んだ本だ。その目的にはちょうどいい本だった。頁数も適度だし。

 結論から言うと、「文化人類学の一分野で宗教に焦点をあてたもの」という感じ。一応、「複数の多宗教を資料として取り扱う」とあるが、キリスト教と仏教と神道の例が多い。これは著者も読者もよく知っているので、説明に都合がいいからだろう。

 やはり学問としての起源は欧州つまりキリスト教社会で、そこから手を広げていったようだ。とはいえ、本書は著者が日本人で仏教に詳しいためか、キリスト教に偏った感はない。他にはゾロアスター教やデュオニソスなど古代ギリシャの神々,天照大神,そしてなぜかマルキシズムなどが出てくる。

 学問の手法としては、やはり「分類」と「要素分け」から始まるようだ。

 「分類」は、世界の様々な宗教を、幾つかのグループに分けてゆく。ただ、その切り口も色々ある。【構成は?】を見ればわかるように、有神的/無神的,権威主義的/人間主義的,神秘主義的/預言者的…と、幾つもの(数学的な意味での)次元があるのだ。

 もちろん、どの切り口にしても、スッパリと二分できるわけではなく、「~の色が濃い」ぐらいがせいぜいだし、その濃さも時期や宗派によって違ったりする。

 続く「要素分け」は、「宗教は何を含んでいるか」を考えるものだ。本書は四つ、教義・儀礼・教団・体験を挙げている。これがまた、宗派を分類する際の指標にもなったり。

 また、儀礼にしても、これまた目の付け所によって分け方は様々だ。「〇〇断ち」のような消極的儀礼と奉献のような積極的儀礼に分けたり、成人式のような通過儀礼と収穫儀礼のような教化儀礼に分けたり、一つの儀礼を厳粛な祭儀とお祭り的な祝祭に分けたり。こういう、相違点と共通点を見いだすあたりは、文化人類学の面白さそのものだ。

 などを読むうちに、「そうか、学問とは分類と要素分けから始まるのか」なんて偉そうな事を考えてしまう。何度も書いているが、分類も要素分けも、目のつけ方次第で様々な分類方法・要素分けの方法があるワケで、一つの対象も色とりどりの表情を見せてくれるのだ。

 当然ながら、宗教につきものの神話や宇宙論も出てくるし、フロイトやユングなどにも触れている。こういう怪しいのが出てくると、俄然ワクワクしてくるのがヲタクの性。

 そういう点では「3 科学・呪術・宗教」はフレイザーの金枝篇から美味しい所を軽くつまんでる感があって。いや萌える(誤字ではない!)でしょ類感呪術とか模倣呪術とか感染呪術とか、厨二な心を刺激しまくり。残念ながら本書は軽くつまんでるだけで、「詳しくは原本にあたれ」って姿勢なんだけど。今、ちょいと調べたら、「図説 金枝篇」なんて出てるのね。

 かと思えば次の「4 宗教の諸類型」では、いきなり「1 有神的宗教と無神的宗教」とかあって、これもアレな感性をくすぐりまくるワケです。残念ながら本書はあまし道教に触れてないんだけど、道教はどっちになるんだろ? 「神」って言葉は出てくるけど、日本語の「神」とは意味が違うみたいだし。

 とはいえ、本書の目的はあくまでも宗教学の全体図を示す事であって、個々の宗教や具体例には深く踏み込まないのが惜しいところ。もっとも、それを始めたら何十巻もの大著になっちゃうから、仕方がないか。

 やはり概論なので少々食い足りない感はあるものの、そこはさすがに入門書。最後の「あとがき」で関連図書を幾つか挙げ、より深く知りたい人はこちらをどうぞ、と次のステップの道案内まで載っている。なかなか親切です。

 という事で、「宗教学って何をしてるの?」と野次馬根性が首をもたげた人にお薦め。ちなみに、これっで少しだけ「宗教学」はわかるけど、「宗教」はあましわからんです、はい。

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2025年4月14日 (月)

鈴木智彦「サカナとヤクザ 暴力団の巨大資金源『密漁ビジネス』を追う」小学館

我々はアワビを食べる時、2回に一度は暴力団に金を落としているということである。
  ――第1章 岩手・宮城 三陸アワビ密漁団 vs 海保の頂上作戦

ヤクザのプライドは、額に汗して働かないことである。
  ――第2章 東京 築地市場に潜入労働4ヶ月

乱獲と密漁団が跋扈したおかげで、浅い海のナマコは枯渇した。
  ――第3章 北海道“黒いダイヤ”ナマコ密漁バブル

【どんな本?】

 日本人はアワビやカニなどの海産物が好きだ。私たちが日ごろから何気なく食べているこれらの海産物は、相当の割合で非合法なビジネス=暴力団が関わっている。またナマコは経済発展著しい中国が、ウナギは香港や台湾が重要な役割を担っている。

 なぜヤクザが海産物に関わるのか。どのような海産物をン偉うのか。どんなカラクリで合法的な流通網に潜り込むのか。それはどんな影響をもたらすのか。

 暴力団関係のジャーナリストとして長い経験を積んだ著者が、体当たりの取材で得たネタを元に描く、暴力団と海産物の衝撃に満ちたルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年10月16日初版第一刷発行。私が読んだのは2018年11月4日発行の第二刷。売れたんだなあ。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約307頁。10ポイント40字×15行×307頁=約184,200字、400字詰め原稿用紙で約461枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。

 文章はこなれていて親しみやすい。内容もわかりやすい。「ヨコモノ」や「なんこなんこ」など身内だけに通じる言葉も出てくるが、ちゃんと説明があるので、素人でも安心して読める。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

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  • はじめに
  • 第1章 岩手・宮城 三陸アワビ密漁団 vs 海保の頂上作戦
  • 第2章 東京 築地市場に潜入労働4ヶ月
  • 第3章 北海道“黒いダイヤ”ナマコ密漁バブル
  • 第4章 千葉 暴力の港銚子の支配者、高寅
  • 第5章 再び北海道 東西冷戦に翻弄されたカニの戦後史
  • 第6章 九州・台湾・香港 追跡!ウナギ国際密輸シンジケート
  • おわりに

【感想は?】

 日本版「アウトロー・オーシャン」。

 基本的には密漁を扱った本である。なにせ海は広い。だもんで、取り締まりも難しい、というかキリがないのだ。

 そんな密漁が横行するせいで、漁獲制限も難しい。「残しておいても、どうせ密漁団に獲られてしまう」のだ。そんな密漁団と漁師との関係は、一筋縄じゃいかない。

 「アワビの密漁団は漁師から憎まれている」ので、海上保安庁にも協力的だ。その密漁団の正体は、「警察に問い合わせても構成員ではない」そうで、いわゆる半グレが近い。というか、どうも昔から漁師とヤクザは縁が深いらしい事が本書に全般から伝わってくる。

 三陸のアワビ密漁団は漁師に憎まれているが、根室にカニをもたらす特攻船(→Wikipedia)は話が別。

特攻船は明々白々の密漁だ。しかし、特攻船は根室を潤している。
  ――第5章 再び北海道 東西冷戦に翻弄されたカニの戦後史

 根室は国境の町だ。目と鼻の先にソ連/ロシアの国境がある…いや日本国は国境はだと認めてないんだが。つまり、日本国の立場じゃソコは日本の海になるワケで、だから「日本人が日本の海で漁して何が悪い」って理屈になるのだ。もちろんソ連/ロシアの言い分は異なるので、まっとうな漁はできない。

 加えて、かつてのソ連時代と今のロシアとじゃ、向こうの態度や手口も変わってきて、時間的にも空間的にもスケールの大きな背景を感じさせる記事になっている。

 そんな世界情勢はさておき、危険を冒してカニを獲ってくる特攻船は、着実に地域を潤しているワケで、海上保安庁も手裂に苦労していたようだ。

 そんな漁師とヤクザの関係に焦点を当てたのが、「第4章 千葉 暴力の港銚子の支配者、高寅」。ここでは戦後の調子を仕切った高寅こと高橋寅松の活躍?を描く。この章は「仁義なき戦い」のように、昭和の荒っぽい空気が漂う中、ヤクザとテキヤ・ヤクザと政治家の関係も書いていて、ちょっとした「暴力団入門」みたいな役割も果たしている。「江戸のアウトロー」にもあったけど、昔から連中の大きな収入源は賭場なのだ。

 その博打の借金は「なにがなんでも支払わねばならないという常識が根付いていた」。こういうヤクザに都合のいい理屈がまかり通ったのには、なんと政府の方針が関係していた。

いびつな道徳が定着したのは、戦中、博徒の美学である滅私奉公に目を付けた政府が、国家ぐるみでヤクザ演劇、映画を奨励していたからかもしれない。
  ――第4章 千葉 暴力の港銚子の支配者、高寅

 言われてみれば、ヤクザの厳しい上下関係は儒教っぽい。

 など、地元を訪れての体当たり取材も楽しいが、地道に資料を漁る事も忘れちゃいない。例えば養殖用のシラスウナギの入荷元を追う第6章では…

「平成26年、宮崎県の養鰻業者が池入れしたシラスは3.5トン。宮崎県が許可したシラスは364キロなのにです」
  ――第6章 九州・台湾・香港 追跡!ウナギ国際密輸シンジケート

 と、政府関係の資料をキッチリ洗った上で取材に臨んでいるのだ。

 だいぶ前から、日本では水産物の枯渇が問題視されている。様々な意見はあるが、密漁に言及した意見は少ない。そんな闇の部分に焦点を当てたルポルタージュとして、本書は独特の輝きを放っている。海産物が好きな人はもちろん、ヤクザ物が好きな人にもお薦め。

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2025年2月18日 (火)

斎藤貴男「カルト資本主義」文春文庫

いずれもユング派と呼ばれる哲学者たちが中心となって(略)
  ――第3章 京セラ「稲森和夫」という呪術師

経営者たちは、それでも従業員の忠誠心だけは失いたくない。(略)そのために、ニューエイジや新霊性運動は好都合なのである。
  ――第9章 カルト資本主義の時代

【どんな本?】

 バブルが崩壊した1990年代後半。奇妙なモノが流行り始める。EM菌,水からの伝言,波動理論…。これらに何か共通する性質を感じた著者は、超能力・オカルト・永久機関などを皮切りに、「その界隈」への取材を始める。互いに知り合いである事も多いこの界隈、人脈をたどり、また思想的な背景も手繰ってゆくと、見えてきたものは…

 体当たりの取材で生々しく描く、もう一つの「トンデモ本の世界」。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 元は1997年6月に文芸春秋より単行本で発行。私が読んだのは文春文庫版、2000年6月10日に一部加筆訂正して第1刷発行。文庫で縦一段組み、本文約453頁。9ポイント39字×18行×453頁=約318,006字、400字詰め原稿用紙で約796枚。文庫では厚い部類。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も年寄りには分かりやすい。が、なにせ1990年代後半の話なので、若い人にはピンとこないかも。

【構成は?】

 基本的に各章は独立しているが、穏やかにつながりつつ最後の「第9章 カルト資本主義の時代」に収束する構成だ。気になった所だけを拾い読みしてもよいが、できれば頭から通して読もう。

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  • はしがき
  • 第1章 ソニーと「超能力」
  • 第2章 「永久機関」に群がる人々
  • 第3章 京セラ「稲森和夫」という呪術師
  • 第4章 科学技術庁のオカルト研究
  • 第5章 「万能」微生物EMと世界救世教
  • 第6章 オカルトビジネスのドン「船井幸雄」
  • 第7章 ヤマギシ会 日本企業のユートピア
  • 第8章 米国政府が売り込むアムウェイ商法
  • 第9章 カルト資本主義の時代
  • 文庫版のためのあとがき
  • 主要参考文献/索引

【感想は?】

 単行本が出たのが1996年だから、30年ほどたっている。当時の世相を扱った本だから、古びた部分は多い。人名や組織名などの固有名詞も、多少はインパクトが薄れた感がある。

 が、彼らの手口そのものは、あまり変わっていないのだ、困ったことに。

 例えば日本アムウェイ(→Wikipedia)だ。マルチ商法やネズミ講の疑いをかけられることが多い彼らだが、その言い分の一つは…

日本アムウェイ広報部長岩城淳子「ディストリビューターは日本アムウェイの社員ではなく、それぞれ自立した独立事業者です」
  ――第8章 米国政府が売り込むアムウェイ商法

 なんかワタミの渡邉美樹も、似たような事を言ってたような。あるタイプの経営者ってのは、そういう考え方になるんだろうか。

 さて、本書が最初に扱うのが当時のSONYにあったESPER研究室である。やっているのは“気”の研究だ。

現在までのところESPER研究室の研究テーマは(略)あくまでも“気”の研究を中心に据えている。
  ――第1章 ソニーと「超能力」

 ちょっと前に読んだ「道教」に出てきた“気”だ。改めて考えると、道教も結構ヤバいシロモノだよなあ。

 次に出てくるのは、昔からの人類の夢、永久機関(→「永久運動の夢」)。たぶん今でも真面目に研究してる人はいるんだろう。ただ、組織化は難しいようで。

「この世界もいろいろありましてね。近親憎悪というのか、すぐにお互い喧嘩してしまうんです」
  ――第2章 「永久機関」に群がる人々

 やはり定番なのがUFO。「人類はなぜUFOと遭遇するのか」によると、UFOの概念は時代と共に変わってきたようだ。一時期はUFOを呼ぶなんてアレもあったが…

荒井欣一(→Wikipedia)「UFO研究と超能力を一緒に扱うのは止めてほしいですね。宇宙人の実態もわからないのに、テレパシーでUFOを呼べるとか、そんなことが安易に言えるはずがない」
  ――第4章 科学技術庁のオカルト研究

 …ああ、うん、そうだよね。言われてみれば。なんでテレパシーと宇宙人が結びつくんだか。

 などの序盤は個々の人を取り上げていく。これが中盤以降は、特定の人物を中心とした「界隈」が見えてくる。その中心の一人が、船井幸雄だ。一時期はベストセラーを連発した人で、私も書店で彼の本のポスターをよく見かけた。「売れてるなあ」としか思ってなかったが…

「足立さんの話は、プレアデス人、カシオペア人、あと惑星連合や銀河連合といったところからの情報なんですね」
  ――第6章 オカルトビジネスのドン「船井幸雄」

 と、完全にイっちゃってる人だった。

 これがたま出版あたりからボチボチ本を出してる程度ならいいんだが…

本書に登場してくる人物や企業、現象のほとんどに船井は関わっていると言っても過言ではない。
  ――第6章 オカルトビジネスのドン「船井幸雄」

 と、いわば「界隈」を仕切る立場で、熱心なファン(というより信者)を多く抱えてる。中小企業の経営者も多く、大企業の幹部や官公庁にまでコネがあり、それをためらいなく活用するから頼りになる←をい

 そんな彼が売り込んだのが、比嘉照夫のEM菌,春山茂雄の「脳内革命」,江本勝の波動理論/「水からの伝言」,高木善之の「地球村宣言」,七田眞の「右脳開発法」,飯田史彦の「生きがいの創造」など。まあ、アレだ、とりあえず商売は巧いよね。

 いずれも個人が趣味で入れ込む分には構わないが、「水からの伝言」を教師が生徒に教えたり自治体が環境保護でEM菌を使ったりと、公的な機関にまで進出したんで、一時期は騒ぎになった。さすがに今はやってないと…やってないよね?

 これらは「なんか不気味」と思ってたんだが、ヤマギシ会は別格。「カルトの子」に詳しいが、抗うすべのない子供を巻き込むのがヤバい。

「親子が顔を合わせるのは、月に一度の“家庭研鑽”の時だけでした」
  ――第7章 ヤマギシ会 日本企業のユートピア

成長すれば、ヤマギシズム生活調整機関が、どこかの実顕地から相応しい結婚相手を見つけてきてくれる。自由な恋愛は許されない。
  ――第7章 ヤマギシ会 日本企業のユートピア

 これらの人々や組織に体当たりで取材してきた著者は、彼らの思想や手口に、幾つかの共通点を見いだす。それはニューエイジ思想(→Wikipedia)でありデカルト的科学手法の否定だったり大本教(→Wikipedia)の人脈だったりするが、彼らの具体的な手口が私には借り難かった。

偉大な発明や発見は、それによって既得権益を侵される旧体制の迫害を受ける、とは世直しを唱える人々がしばし口にする嘆きである。
  ――第5章 「万能」微生物EMと世界救世教

どうとでも言える話題を強引に一つの方向に導き、あたかもそれが普遍の心理であるかのように教え込む。(略)緊張と弛緩を巧みに組み合わせた特講の手法は、(略)自己啓発セミナーやマルチ商法、(略)ST(感受性訓練)などの企業内教育訓練の技法にも酷似している。
  ――第7章 ヤマギシ会 日本企業のユートピア

 当時の世相を映してか、バブル崩壊が云々とあったり、時事物の色が濃い本ではある。実際、登場人物の多くが故人となっており、そういう点では古びた感も漂う。が、今でもパワースポットやヒーリングなど、固有名詞は違うが似たような匂いが漂うシロモノは枚挙にいとまがない。地上波テレビも朝の情報番組で占いを流してるし陰謀論も花盛りだ。

 それはつまり、著者が時勢だと捉えた流れは、人間の普遍的な傾向だった、という事だろう。そういう点では、著者こそが本書の価値を最も過小評価してしまった、とも言える。

 繰り返すが、本来は時事的な本だ。そこから敢えて距離を置いて読める人なら、とても興味深く読めるだろう。とはいえ、できれば21世紀版を書いて欲しい。

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2025年2月 9日 (日)

P.R.ハーツ「道教 シリーズ世界の宗教」青土社 鈴木博訳

道教の信徒は、神仙になったり、宇宙と一体になったり、精神的にも肉体的にも完璧になるよう努力する。
  ――1 道教の世界

【どんな本?】

 道教は、儒教・仏教と並ぶ中国の三大宗教の一つである。儒教も仏教も古来より日本に伝来し、権力者にも民衆にも受け入れられた(その過程で日本風にアレンジされた)が、道教はあまり日本人に馴染みがない。それだけに、日本人にとって道教は「中国文化を煮しめたもの」のような印象を受ける。

 その道教とは、どんなものか。いつ、誰が始め、どのように受け継がれ、現在はどこにどれぐらいの信徒がいるのか。道教の信者は、何を求めどんな事をするのか。どんな宗派があって、それぞれどんな特徴があり、どんな組織を成しているのか。

 中国の神秘思想を体系づけている道教の全体像を、短時間でザックリと把握できる、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は World Religions シリーズの Taoism, by Paula R. Hartz, 1993。単行本ハードカバー縦一段組み本文約145頁に加え、訳者あとがき10頁。9ポイント44字×17行×145頁=約108,460字、400字詰め原稿用紙で約272枚。文庫ならかなり薄い。

 文章はこなれていて親しみやすい。内容も比較的にとっつきやすい。いや本書の中で述べられる道教の教義は曖昧模糊として意味不明なんだが、「なんか気の利いたことを言ってるっぽい」みたいなのは伝わってくるんで、雰囲気は掴めるだろう。

【構成は?】

 まず訳者あとがきを読み、次に頭から読もう。というのも、基本的には頭から読めば道教の全体像が掴める構成なんだが、訳者あとがきで厳しくダメ出ししているのだ。分量も少ないので、読み始めればスグに読み読み通せるだろう。

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  • 序文
  • 1 道教の世界
    道教とはなにか/道教の多様性/道教と三教
  • 2 道家の起源と歴史
    「百家争鳴」/孔子/老子/『道徳経』[『老子』]/『荘子』/劉安と『淮南子』
  • 3 教団道教の成立と発展
    教団道教の種子/太平道/道教教団の成立/天師道/「五斗米道王国」/南部の道教/上清派/北部の道教/唐代の道教/道教と北宋朝/全真道/元朝のもとでの逆転/明代の道教/清代の道教/太平天国/現代の道教
  • 4 経典と教義
    経典/究極の存在としての「道」/「無有」/調和と均衡 陰と陽/万物の相対的な非重要性/人間と自然の道/三宝 精、気、神/道教の神殿[「神相図」]/三清尊/玉皇上帝の宮廷/八仙/人格神/鬼の世界
  • 5 儀式と瞑想
    醮/普度/他の儀式/家庭における儀式/先祖を祭る/年中行事/瞑想〔座忘と存思〕
  • 6 道家思想と芸術
    「道」と文学/道家思想と絵画/「道」と書/道家音楽/舞踏の「道」/道家と芸術挺な表現
  • 7 道教の現状
    自由化政策のもとでの道教/欧米におけるタオイズム/未来の道教

【感想は?】

 入門用としては極めて優れている。

 少なくともマスペロの「道教」より取っつきやすく、歴史や組織など視点のバランスもいい。なんたって、頁数が少ない。

 肝心の道教、マスペロの「道教」によれば仙人を目指す、けっこうオカルトな宗教なんだが、本書はそこんとこかなりマイルドに書いてて、訳者あとがきに曰く「道家思想だけから道教が成立したかのように記している」。

 とはいえ、捉えにくいのは事実なのだ。日本でも仏教と神道は混じっちゃってるように、中国でも混じっちゃってるのだ。

儒、仏、道三教は何世紀にもわたってそれぞれ他の二者の教義を吸収しながら絡み合い、中国人がいうように「一体になっている」のである。
  ――1 道教の世界

 特に道教は儒教と仏教に加え、民間信仰や言い伝えや迷信やまじないも取り込んでるんで、実態が捉えにくい。そもそも起源からして…

道教の信徒は、道教の由来は偉大で賢明な支配者であった黄帝(→Wikipedia)までたどることができるという。
  ――2 道家の起源と歴史

 つまり起源はわからん、と言ってるようなモンだ。経典もいい加減で、すべての宗派で一応の共通項はある…

道教のさまざまな宗派は、いずれも老子の『道徳経』を共通の基盤として認めている。
  ――4 経典と教義

 んだが、その老子も実在の人物かどうか怪しいのだ。でも「水牛の背に乗った老人」ってアイコンは皆が納得してる。こういう、事実か否かは怪しいが万民が認めるアイコンだけは定着してるってのが、道教には多い気がする。

 そんな民衆受けはいい道教だが、権力者にはあまり好まれない。

中国の歴史を通じて、道家が繁栄を謳歌したのは政府が弱体化したときや政治の混乱期であった。
  ――3 教団道教の成立と発展

 まあ普通に考えれば上下関係を重んじる儒教のほうが権力者には都合がいいしね。日本に入ってこなかったのも、そのせいだろう。仏教や儒教は政府が政策として輸入したけど、道教はしなかった、と。

 ただ、意外と実際的な事もやってたりする。

道家は信条の実践として剣術や格闘技を習得し、護身術を高級な芸術にまで昇華した。中国の偉大な戦略家は道家であった。
  ――3 教団道教の成立と発展

導引を習得する補助的な手段として発展した拳法は、精神を集中するだけで「気」を体内にめぐらすことができるようになる前に、「気」を体内にめぐらすのに役立つ。
  ――5 儀式と瞑想

 この「気」とは「気功」なんだろうか? 少林拳は仏教だけど、その道教版かな? あと、形意拳(→Wikipedia)らしき記述もチラホラと。

 そんな道教、目指すは「道」との一体化だ。その道とは何か、というと…

人間の有限な頭脳には「道」を理解しうるだけの容量がないからである。
  ――4 経典と教義

 …駄目じゃんw とはいえ、こういう人間の限界を意識してる点は、アブラハムの宗教よりマシな気がする。というか、この辺で語られる「道」は、日本の「柔道」「書道」「茶道」「戦車道」などの「道」と似ていたり。

 拳法に限らず、他の術にも道教は影響を与えているようで、例えば絵画だと…

風景を写実的に描く[形似]のではなく、目にしたものを自分の主観で解釈して描く[写意]わけである。
  ――6 道家思想と芸術

 特徴を把握し、それを目立たせろって事なら、漫画の作法にも通じるんだろうか。最近のアニメのクレジットで中国人の名前が目立つのも、彼らとアニメ/漫画の絵の作法に共通点があるから、なのか?

 とか書くと、今でも中国で道教は盛んなように思えるが、実際は悲惨で。

道教はかつて政府による統制に抵抗したため、道教を根絶しようとした政府ににらまれている。
  ――7 道教の現状

 毛沢東の時代は政策として弾圧された。自由化の波に乗り、今では手綱を緩められたものの、完全に自由になったワケじゃない。信者も老人と若者だけで、中核となる世代がゴッソリ抜けてる。お陰で儀式の伝達も難しい。

 というのは大陸の状況で、台湾では…残念ながら、本書には書いてない。他にもインドネシアやマレーシアなどの華僑が多少受け継いでると思うんだが、記述なし。

 などの道教についての他に、例えば「道教の信徒はこれまで道教を広めようとしたことはなかった」など、布教に不熱心な点を指摘してるけど、これは仏教徒から見ると「キリスト教とイスラム教は異様に布教に熱心だよね」と、逆にアブラハムの宗教の特徴が透けて見えてくるのが楽しい。

 あくまでも入門書として、何も知らないズブの素人に短時間で道教の全体像を把握させる、そういう目的で書かれた本だ。そして、その目的は充分に果たしていると思う。道教について何も知らないけど、短い時間でザックリと概要を知りたい人にお薦め。

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