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2026年9月13日 (日)

今村伸哉監修 白井雅高著「ヨーロッパ城郭変遷史 古代エジプト・ローマから第二次世界大戦まで」原書房

城郭と築城技術の歴史は多くの変遷を経て現代に至ったわけであるが、本書ではヨーロッパに焦点を当てて、こうした城郭の変遷を見ていきたい。
  ――はじめに

人類が本格的に築いた最古の城塞は古代エジプトといわれている。
  ――序章

【どんな本?】

 古来から人類の戦争に砦は付きものだった。主に防御を目的としているが、その形や素材や作る場所は、敵の兵器や戦い方そして自らの懐具合によって変わってきた。

 本書は主にヨーロッパを中心に、砦・要塞・城郭の形やその目的などを、歴史的・政治的・技術思想・当時の軍事技術・攻城法などの背景から、今も残る遺跡の写真などを加えて解説するものである。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2026年2月10日第1刷。単行本ハードカバー縦一段組み本部約297頁に加え、あとがき2頁と「中世城郭の分類」18頁に参考文献6頁。10ポイント40字×16行×297頁=約190,080字、400字詰め原稿用紙で約476枚。文庫なら普通の厚さ。

 日本人の著作ながら、文章はかなり硬い。ぶっちゃけ学者の文章だ。それもそのはず、経歴は陸上自衛隊幹部学校元教官などとあり、バリバリの専門家である。専門用語も容赦なく出てきて、その説明が後で出てくれば親切な方で、往々にして説明はない。また、ヨーロッパの地名・都市名も沢山出てくる。ということで、かなり歯ごたえがある。覚悟して挑もう。

【構成は?】

 だいたい時代順に進む。ただし各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

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  • はじめに
  • 序章
  • 第1章 古代ローマ帝国の築城
  • 第1節 古代ローマ帝国の築城術
  • 第2節 古代ローマ帝国の攻城法と攻城兵器
  • 第2章 中世の築城
  • 第1節 中世前期の築城
  • 第2節 中世後期の築城
  • 第3節 十字軍による東方世界の技術移入とモンゴル軍の東欧侵攻
  • 第4節 中欧・北欧・東欧・南欧における城郭の発展
  • 第5節 百年戦争の影響とコンスタンティノープル陥落
  • 第3章 イタリア戦争時代の築城の発展とイタリア式築城
  • 第1節 シャルル8世のイタリア侵攻
  • 第2節 イタリア式築城の発展
  • 第4章 稜堡式築城の完成
  • 第1節 各国の築城学派の登場
  • 第2節 ヴォーバンによる築城システムの完成
  • 第5章 火力重視の築城思想への転換
  • 第1節 ヴォーバン後のフランス築城学派とドイツ築城学派
  • 第2節 モンタランベールの新築城方式
  • 第6章 プロイセン方式による近代要塞への進化
  • 第1節 ドイツ多角形学派の発展
  • 第2節 環状分派堡塁式要塞と装甲要塞
  • 第7章 塹壕戦と永久要塞戦
  • 第1節 第二次世界大戦における塹壕戦
  • 第2節 第二次世界大戦におけるマジノ線
  •  あとがき/中世城郭の分類/参考文献

【感想は?】

 軍事と言うより歴史的な意味で、ヨーロッパにおける古代ローマの影響の大きさをつくづく感じさせられる。例えばこんな記述だ。

これ(=ローマ軍が植民地に築いた駐屯城塞)がヨーロッパの都市の発達の一形態となった。この一例として現代のパリ市が挙げられる。
  ――第1章 古代ローマ帝国の築城 第1節 古代ローマ帝国の築城術

 現代に至るまで、様々な形でローマの遺産は生きているのだ。これはパリに限らない。東欧では…

グラードは、スラヴ人たちが用いた築城であり、築城を施された居住地を指している。
  ――第2章 中世の築城 第1節 中世前期の築城

 スターリングラードのグラードは、そういう意味だったのか。同様に、ドイツでは…

リメス(=古代ローマ帝国が築いた国境城壁)が後のドイツの城塞(ブルク)につながったと考えられる。
  ――第2章 中世の築城 第4節 中欧・北欧・東欧・南欧における城郭の発展

 ハンブルクとかも、そういう語源なんだろうなあ。ヨーロッパは、確かに古代ローマの末裔なのだ。

 その古代ローマの砦の話もあるが、同時に砦の攻め方も本書の大事な要素だ。というか、攻め方と城塞は、互いにしのぎ合って進歩してきたのがよく分かる。まずはローマの攻城兵器だ。

攻城兵器には「破城槌」「カタパルト」「攻城塔」などがあった。
  ――第1章 古代ローマ帝国の築城 第2節 古代ローマ帝国の攻城法と攻城兵器

 「破城槌」は丸太で城壁や城門を突くヤツ。「カタパルト」は投石器。「攻城塔」は城壁と同じ高さの動く塔で、これで城壁を乗り越える。

 もちろん、守る側もいろいろと手を尽くす。中には、かなり細かい工夫もあったり。例えば塔の階段だ。

螺旋階段は狭いため、攻撃側同士の連携攻撃ができず、階段は右回りに上るように設定されていたので、攻撃側が右利きの場合は右手の剣を十分に振るえず、逆に防御側は剣が振りやすく守りが容易なように設計されていた。
  ――第2章 中世の築城 第2節 中世後期の築城

 と、砦の螺旋階段は、右回りにするのがお作法だったのだ。よく考えてるなあ。もちろん、他にもヤバいトラップが色々と。

「落とし格子」と「殺人孔」(略)が仕掛けられている通路に敵が侵入すると、天井から敵の前後にそれぞれ格子を落とし、敵を孤立させる。そして、その頭上にある「殺人孔」から矢を射たり、槍で突いたり、または煮え立った油などを浴びせた。
  ――第2章 中世の築城 第3節 十字軍による東方世界の技術移入とモンゴル軍の東欧侵攻

 敵を狭い所に閉じ込めてしまえば、後は好き放題に叩ける、そういう仕掛けです。まあ、これは城の中にまで入られた場合だけど。もちろん、中に入らせない工夫こそが本書の中心なんだけど。

 こういう知恵や技術も、他の文化との交流を通して進歩していく。もっとも、交流ったって、本書の場合は戦いを示すんだが。その一つが、十字軍によるアラブとの交流=戦い。

アラブの建築様式のひとつの特徴は、城門に双塔を配して武装化し、それを一層強化したことである。
  ――第2章 中世の築城 第3節 十字軍による東方世界の技術移入とモンゴル軍の東欧侵攻

 門は出入り口として必要ではあるけれど、同時に弱点にもなる。そこで門を守るため、その左右に塔を配して弓手などを置き、敵の接近を阻むわけです。また…

従来1か所だった城門を2か所以上設置した点である。ひとつの城に城門が2か所以上あると、攻囲者は城兵がいつどの門から出撃してくるのか判断に迷い、包囲兵力を分散せざるを得なくなる。
  ――第2章 中世の築城 第3節 十字軍による東方世界の技術移入とモンゴル軍の東欧侵攻

 城に立てこもるだけでなく、状況のより打って出る事もあり、そのタイミングや方向も守る側は選べる、と。

 ヨーロッパの城塞というと石造りの印象が強いが、意外と最初から強固な城塞を作るワケじゃない。たいてい最初は木造りの簡素な砦で、幾つかの段階を踏んで強固にしてゆく場合が多いようだ。石造りが中心になったのは、皆さんご存知モンゴルとの戦い。

モンゴルの侵略者はハンガリー王国の大部分を荒廃させ、ブダの城塞を破壊した。しかし、石造城塞だけは破壊されずに残ったので、国王のベーラ4世は以後すべての城塞は石造にするように命じた。
  ――第2章 中世の築城 第4節 中欧・北欧・東欧・南欧における城郭の発展

 更に時代が進むと、火砲つまり大砲や銃が出てくる。これが城塞に与えた影響は大きい。もっとも、最初の頃は火砲にも様々な問題があった。

大砲の製造や運用は同職組合であるギルドやツンフトによって支配されていたので雑多な大砲が多く製造されていた。このため、弾薬と大砲の整合性が取れないという弾薬補給上の問題点を招き、戦術的効果が低下する大きな原因となった。
  ――第2章 中世の築城 第5節 百年戦争の影響とコンスタンティノープル陥落

 砲の口径が規格化されていなくて、砲ごとに弾丸の大きさがマチマチだったのだ。お陰で個々の砲ごとに専用の弾丸が必要だった。そりゃ兵站で苦しむよねえ。

 もちろん、火砲は城塞の形にも影響を与える。

防御側は突破口からの歩兵の突撃に備えて、突破口想定箇所の内側に堀を掘り、その後方にたかい土工塁壁を新たに構築し、二重の塁壁で敵を阻止しようとした。
  ――第3章 イタリア戦争時代の築城の発展とイタリア式築城 第1節 シャルル8世のイタリア侵攻

 内堀ですな。そして、もちろん、守る側も火砲を使う前提で城塞を設計し直す。

多角形の平面プラン、角型稜堡による側面射撃、堀、覆道、斜堤から構成されるイタリア式「稜堡式築城」が誕生した。
  ――第3章 イタリア戦争時代の築城の発展とイタリア式築城 第2節 イタリア式築城の発展

 近づく者を城から砲や銃で叩けるように城塞を設計するワケです、この場合、砲や銃の射程距離も考えて、どこから来ても撃ち倒せるようにすると共に、火砲の死角ができないようにするのも大事だったり。

 また、地域ごとの地形や気候の違いも、城塞には関係してくる。例えば土地は平らで水が豊かなオランダでは、水を張った堀が多いんだけど…

水濠(堀)は冬になると氷結して敵にたやすく渡られてしまうため、冬季には水を抜いておき、乾いた濠底に敵が対壕を掘り始めた時に放水できるように工夫した。
  ――第4章 稜堡式築城の完成 第1節 各国の築城学派の登場

 あ、対壕ってのは、攻める側が安全に城に近づくために掘り進む塹壕のことです。こういう専門用語が説明なしに出てくるのが本書の特徴の一つ。

 さて、技術の進歩は兵器にも及んでくる。その一つが冶金技術。当初の砲は青銅製だったけど、次第に鉄製に代わる。

青銅砲1門の値段で鉄製砲12~13門生産できる…
  ――第5章 火力重視の築城思想への転換 第2節 モンタランベールの新築城方式

 当然、これは戦いでは火器の比重が高くなってきて、城塞の設計にも関わってくる。

「新プロイセン方式」は、稜堡の廃止と丸いカポニエールの使用、峡谷に設けられる防弾用のリデュイットや防弾用のトラバース型かシェルターが特徴であった…
  ――第6章 プロイセン方式による近代要塞への進化 第1節 ドイツ多角形学派の発展

 カポニエールは出城みたいなモン。城の外にある小さな砦。リデュイットは城の角などにある砲台。こういう専門用語がブツブツ…。

 火器の進歩は更に続く。

後装式の火砲、弾倉付きライフル、機関銃を装備したことで、要塞技術者たちは難攻不落の要塞の建設を確信していた。
  ――第6章 プロイセン方式による近代要塞への進化 第2節 環状分派堡塁式要塞と装甲要塞

 まさしくハリネズミのように武装した要塞だね。また、装甲にも大きな進歩があった。

鉄筋コンクリートはコンクリートに鉄筋を配して強度を高める技法であるが、19世紀半ばにフランスで誕生するや直ちに要塞に建設に採り入れられた。
  ――第6章 プロイセン方式による近代要塞への進化 第2節 環状分派堡塁式要塞と装甲要塞

 それまでの石に比べれば、コンクリートははるかに安上がりで加工も容易で使いやすい。加えて鉄筋で補強すれば更に強固になる。ってんで、城塞を築く側は自信を深めたのだが…

第一次世界大戦の西部戦線では、この鉄条網と組み合わされた機関銃掃射が両軍に恐るべき損害を与えた。
  ――第7章 塹壕戦と永久要塞戦 第1節 第一次世界大戦における塹壕戦

 機関銃と鉄条網の登場で、これに塹壕を組み合わせると、手軽に強固な砦が作れちゃったりする。歩兵の最強の武器はスコップ、などと言われる所以ですね。もちろん、攻める側も考えるワケで…

イギリス軍が開発した戦車は、要塞のような防御力と火力を備え、動く要塞として戦線を蹂躙した。
  ――第7章 塹壕戦と永久要塞戦 第1節 第一次世界大戦における塹壕戦

 と、塹壕+鉄条網+機関銃で構成した敵陣を蹂躙する新兵器、戦車が登場する。

 この戦車を巧みに集団で用いたのが第二次世界大戦のドイツ。それに対抗するためにフランスが築いたのがマジノ線なんだが…

マジノ線は建設中ですら秘密にされることがなく、民間業者に頼っていたため、ドイツのスパイが自由に入り込んで要塞の細部がドイツ参謀本部に筒抜けになっていた
  ――第7章 塹壕戦と永久要塞戦 第2節 第二次世界大戦におけるマジノ線

 と、要塞もスパイには勝てなかったりする。今世紀に入ってからも、セヴァストポリ要塞を抱えるはずのクリミアがプーチンの陰謀でアッサリとロシアに奪われたりと、要塞は搦手から攻めるのが賢いのかも。

 現代じゃ大規模な要塞はほぼ廃れたけど、小規模な陣地はウクライナ戦争でも活躍している。中には漁網で覆ったりと、昔じゃ考えられない手軽な陣地もあったり。もちろんこれには意味があって、つまりドローンによる航空攻撃を避けるためなのですね。

 ヨーロッパに限定してはいるものの、古代ローマから世紀前半までという欲張りな内容で、300頁近くあるとはいえ中身はかなり濃い。読者に求める前提知識も多く、歴史的な軍事技術に加え歴史にも通じている必要がある。相当に歯ごたえがあるので、ヨーロッパの歴史・軍事共に充分な知識がある人にお薦め。

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