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2026年7月15日 (水)

D.G.ハスケル「生物界は騒がしい 音と共に進化した、生き物とヒトの秘められた営み」築地書房 屋代通子訳

この惑星には、音楽と音が満ちている。
だがいつもそうあるわけではない。地上を生きた声が飛び交う不思議は歴史が浅く、壊れやすい。
  ――序

人類、鳥類、クジラ類は、音の文化の三巨頭だ。
  ――第6部 聴くこと<

【どんな本?】

 鳥はさえずる。この季節、日本では蝉がうるさい。コウモリは超音波を出す。超音波を出すのはコウモリに限らない。ヒトが聞く音は、特定の周波数に限られている。また、水中は静かだと思われていたが、クジラの歌をはじめ様々な生物が音を出し、また聴いている。

 生物たちは、どんな音を出すのか。何のために音を出すのか。音を出すと、どんな得があるのか。その音で、誰に何を伝えているのか。そして、どうやって音を聴き、どう役立てているのか。また、耳を澄まして音を聴くことで、ヒトにはどんな利益があるのか。

 生物学および環境学の教授が、様々な生物の声や音を紹介すると共に、それらが創り出す音の風景を描き、生物たちと音の多様な関係を語る、一般向けの生物学・環境学の解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Sounds Wild and Broken: Sonic Marvels, Evolution's Creativity, and the Crisis of Sensory Extinction, David George Haskell, 2022。日本語版は2025年4月2日初版発行。単行本ハードカバー縦二段組み本文約415頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント24字×18行×2段×415頁=約358,560字、400字詰め原稿用紙で約897枚。文庫なら厚い一冊か薄めの上下巻ぐらい。

 文章は比較的にこなれている。ただ、独特の特徴がある。いわゆる科学解説書で想像する論理的な文章ではなく、音の風景を詩情豊かに描く情緒的な文が多い。これは好みが別れるだろう。内容は特に難しくない。鳥の声の描写がよく出てくるので、それに詳しい人はより楽しめるだろう。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

クリックで詳細表示
  • 第1部 起源
  • 最初の音と聴覚のルーツ
    バクテリアの音
  • 一体感と多様性
    テッポウエビが鳴らす音/音を体のどこで聞くのか
  • 感覚の協定と偏向
    繊毛の動き/耳のつくり/狭い音の世界に生きるヒト
  • 第2部 溢れる動物の音
  • 鳴く虫の登場
    なぜ音を装備したのか/音の進化に要した時間/虫たちの数が減っている
  • 花、海、乳
    植物の進化と音の進化/鳴かない鳥から鳴く鳥へ/声帯の進化/海は沈黙していない/吸う力と発声
  • 第3部 進化の創造力
  • 空気、水、木
    針葉樹の森で鳴くイスカとワピチ/生活環境と食習慣の違い/複雑に絡みあう植物と虫と音
  • 大騒ぎ
    音で溢れかえるアマゾン/バリエーション豊かな警戒音/アマゾンの過酷な音出し競争/音の競争がもたらす協力関係と耳の進化
  • 性と美
    モテるのは声が大きく速く鳴けるオス/鳴くことのコストと背景/雄弁なメスたち/鳴くリスクの謎に迫る/求愛行動の共進化/「美」から逃れられない
  • 発声の習慣と文化
    北のミヤマシトドと南のヤマシトドの歌/若鳥の発声学習/鳥たちの学習文化/言語はヒトだけのものではない
  • 遠い過去の痕跡
    スコーパス山の音(イスラエル)/セント・キャサリンズ島の音(アメリカ)/クロウディ湾の音(オーストラリア)/地球規模の多様な音
  • 第4部 ヒトの音楽と帰属
  • 骨、耳、呼吸
    マンモスの牙のフルート/ヒトの音楽の源泉/フルート制作への挑戦/古代フルートを奏でる
  • 共鳴空間
    洞窟に響く音/人工的に操られる音/空間と楽器
  • 音楽、森、身体
    オーボエに使われる木/植民地と楽器と森/下顎から耳まで/音楽の美
  • 第5部 減衰、危機、不公正

  • アメリカ、テネシー州の森で/ボルネオの森の音/音響データと森林保全/森から追われる先住民たち

  • ザトウクジラの歌/ホエール・ウォッチング/クジラの耳を塞ぐ大型船/エアガンの騒音/直結する海の騒音と熱帯雨林の種の絶滅
  • 都市
    パリのクロウタドリと記憶/都市のサウンドスケープ/騒音分布の不公正/騒音を生んだ父権主義
  • 第6部 聴くこと
  • 共同体で
    音への意識を高めた日本の音風景100選/川の音を聴くウォーキング/周囲への感覚を開く
  • 遠い過去と未来
  • 謝辞/訳者あとがき/索引

【感想は?】

 「動物には何が見え、聞こえ、感じられるのか」のように、様々な生物の感覚を、特に音に限って紹介する本かと思ったが、少し違う。

 いや確かにそういう部分もある。ヒトには聞こえない様々な声・音を紹介する所とか。だが、それ以外の部分が大半だ。どうやって聴くか、聴いた音をどう役立てるか、何のために音を出すのか、鳴き声や囀りはどう身に着けるのか、など。

 また、音響生態学・音響環境学ともいうべき内容も多い。生物学者らしく、著者も環境保護に熱心だ。

 が、まずは聞き方つまり音響センサーについて。ルーツは古く、また根本的なパーツは意外と共通している。毛だ。

今日、生物はすべて繊毛を使って周囲の音の振動を感じ取る。聞くことに特化した機関を用いるものもいれば、皮膚や体内にちりばめた繊毛を用いるものもいる。
  ――第1部 起源

 毛の振動で音を捉えるのだ。ヒトもコオロギも同じ。ただ、どこにどんな毛がどれぐらいあるかは、種によって異なる。

 毛で音を捉えるのは、魚もエビも同じ。かつて水中は静かだと思われていたが、クジラの歌で知られるように、実際は騒々しい。中でも面白いのがテッポウエビ。鋏を使い、パチパチと音を出す。ヒトもこれを利用し…

第二次世界大戦時、アメリカ軍の潜水艦は、日本の沖合、テッポウエビの棲み処のただなかに身を潜めた
  ――第1部 起源

 …なんて使い方も。

 また、セミやコオロギなどの昆虫も鳴く。ばかりでなく、ヒトには聞こえない超音波を出す昆虫もいる。

多くのガが翅と翅をそっとこすり合わせて、シューシューと囁くような歌を紡ぎ出すが、これは高すぎて人間の耳には聞き取れない。(略)ガの耳はこの音を捉えることができる。(略)ガは60kHzまで聞き分けられる(略)。この音波はコウモリを不意打ちして反響定位を妨害するだけでなく、有害のヒトリガの不気味さをアピールしている。
  ――第2部 溢れる動物の音

 なんて話は、生存競争の厳しさを感じさせる。ガだってコウモリに食われたくないから、超音波でコウモリの目をくらますのだ。軍用機に応用できそう…って、チャフやフレアがそうだね。そのコウモリのレーダーの仕組みも、なかなか面白い。

エコーロケーションするコウモリは、舌骨の一部で喉頭と中耳の基底部の平たい骨をつないでいる。(略)喉頭から発信されたパルスと耳に戻ってきたエコーを比較することができる。
  ――第2部 溢れる動物の音

 自分が出した音と、帰ってきた音を比べる。この際、レーダーのように単に方向と距離を測るだけではない。もっと優秀だ。元の音と反射音の周波数特性を比べ、対象の硬さなどの性質も分かるのである。

 さて、ガとコウモリは、異なる種に対して出す音だ。しかし、鳥やカエルやコオロギは同じ種に対して鳴く。目的はナンパだったり縄張りの主張だったり。また、同じ群れか否かを識別する役割もある。敵味方識別装置だね。この場合、種は同じでも群れごとに歌の作法が異なっていたりする。その際、特にナンパだと、自分なりのアレンジを加えて工夫したりする。

 この鳴くって性質も、生物の繁殖方法で違いが出る。特に魚などの水中生物の場合…

交尾は、すぐ近くに棲む相手としかできない。すると遺伝子の交換範囲が限られ、その地域特有の変種ができて最終的に新種になる。だが卵や精子を海流に任せて広く遠く届ける種は、広い範囲に均一な遺伝子プールができる。
  ――第2部 溢れる動物の音

 接触して交尾する生物は地域ごとに種が別れやすく、ナマコなどの海流任せの生物は別れにくいのだ。それは気が付かなかったなあ。

 コウモリやガは高周波だが、低周波つまり低い音を使う生物もいる。陸上だと、ゾウが代表だ。

ゾウは、相当に離れた距離の相手とでも、地面を伝わる響き音でやり取りする。ゾウは地面を伝わって来た音を、感覚細胞が詰まった足の裏で聞く。
  ――第3部 進化の創造力

 一種の地震波だね。ゾウの足の裏って、意外と敏感なんだなあ。

 これが水中だと、やはりクジラが有名だろう。彼らの歌の流行には発信地があるそうだ。

ザトウクジラの歌の新たなヴァリエーションは、わずか数ヵ月で世界中の海に伝わる。発信元はたいてい発明ゾーンと言われるオーストラリア近海に棲むクジラで、そこから各地に広がっていく。
  ――第3部 進化の創造力

 ちなみにザトウクジラの歌は比較的ヒトにとって親しみやすいけど、マッコウクジラなど他のクジラの歌はヒトに馴染みにくいそうです。

 本書はヒトと音、特に音楽とのの関わりも扱っている。四万年前のマンモスの骨の牙のフルートから始まる章では、少し変わった点に着目している。

何千年もの間、音楽は空間とともに進化してきた。
  ――第4部 ヒトの音楽と帰属

 石造りの教会みたく反響が豊かな場所と、屋外のように反響がない場所では、音楽は異なる進化をするのだ。グレゴリオ聖歌がゆったりしているのは、反響が多い教会で歌われるからだ。

 昔の東京ドームの音響は酷かったけど、今はどうなんだろ?

 さて、楽器によっては楽器自体から耳を通さず直接に演奏者の体に音が伝わるモノがある。その一つがヴァイオリンだ。奏者は、ヴィオリンのボディーに顎をつけて演奏する。すると、奏者には顎の骨を通した音も聞こえる。

音の骨伝導は、ヴァイオリン奏者に徴収とは異なる聴覚体験を提供する。(略)音の波は同時に(奏者の)顎を通しても上がってきて、頭の骨を共鳴板にして、感覚に厚みを加える。特に低い音がよく鳴る。
  ――第4部 ヒトの音楽と帰属

 録音した自分の声を聴くとビックリするのと同じ理屈だろうか。

 さて、終盤では音と環境保護の関係を語る。特に森林の保護では、環境音の録音が生物環境の把握に役立つようだ。特に鳥が。

調査対象として鳥には特別な利点がある。歌うのだ。
  ――第5部 減衰、危機、不公正

 昆虫の鳴き声でもいいんだが、様々な鳥の声を知っている人は多いが、虫の声を知る人は少ないんです。シクシク。実際、これが生物の多様性などをを調べるのに役立っている。

「パプア・ニューギニアでは、音の記録が、地元の人たちに、自分たちの森を監視する上で、有力で、比較的安価な手段を提供しているんです」
  ――第5部 減衰、危機、不公正

 いちいち捕まえてタグをつけて放して…なんてやる必要はなく、何カ所にマイクと録音機材を仕掛けるだけでいいのが便利なのだ。

 これが海となると、ヒトの出す音が大きな影響を与えてたり。

最大級のコンテナ船は、水中で190デシベルかそれ以上の音を出すが、これは陸上であれば雷鳴や飛行機の離陸時の騒音と同程度だ。
  ――第5部 減衰、危機、不公正

 水中の音はヒトに聞こえないから、どうしても無頓着になっちゃうんだよね。もっとも、最近は船も清音化ガ進んでるらしい。ヤバいのは、海底油田や海底ガス田の探索で使うエアガン。地底の様子を音波で探る、一種のソナーだね。これの音は桁違いで…

エアガンの騒音は(略)260デシベルに達し、最も大きな騒音をを出す船舶より、6,7桁うるさい。
  ――第5部 減衰、危機、不公正

 クジラがデカい音に弱いのは有名だが、それだけじゃない。

タスマニア沖で行われた実験では、エアガンのショット一発で、1キロ圏内のオキアミ(南の海の食物連鎖の基礎をなす生き物だ)の幼生が全滅し、その他多くのプランクトンも一掃された。
  ――第5部 減衰、危機、不公正

 なんと、微生物も全滅するのだ。たぶん音の波長とかも関係あるんだろうけど。もっとも、炭化水素を輸入に頼っている日本としては、油田・ガス田の開発が進むのは有り難いんで、ちと複雑な気分だが。

 読み終えた後、明け方に近所の公園に散歩に行った。判別できた声鳴き声はセミ・カラス・ハト・スズメ・ムクドリぐらいだが、カラスやムクドリの鳴き声のバリエーションの豊かさには驚いた。特にムクドリのトリルの速さは凄い。身の回りの風景の解像度がグッと上がる、そんな本だ。

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