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2026年6月18日 (木)

ジャンルイージ・ヌッツィ「バチカン株式会社 金融市場を動かす神の汚れた手」柏書房 竹下・ルッジェリ・アンナ監訳 花本知子・鈴木真由美訳

本書を執筆した目的はとりわけ、バチカン財政の不透明な現実を明らかにすることにある。その出発点になるのが、1970年代から1990年代にかけて、バチカン、イタリア、そして世界じゅうを揺るがした大事件の数々をくまなく見てきた当事者、レナート・ダルドッツィ師が遺してくれた文書資料である。
  ――序章 いまバチカンで何が起きているのか

キリスト教民主党の有力政治家は当時、こぞってバチカン銀行で口座取引をしようとした。賄賂として受け取ったカネの洗浄が目的の者もいれば、マフィアに報酬を払う際に利用する者もいた。
  ――第10章 告発されたバチカン

【どんな本?】

 宗教活動教会、俗称バチカン銀行。日本では宗教活動教会や宗教事業協会(→Wikipedia)とも呼ばれ、バチカンの資金管理を行う機関である。イタリアや欧州の法・規制・協定から逃れており、ローマのど真ん中にありながら、実質的にはオフショア金融機関としての機能もある。

 バチカンならではの不透明さからスイス銀行と同様にある種の取引きには便利な存在であり、実際にイタリアを揺るがす大事件の舞台にもなったが、イタリアの司法当局もその実態は掴みきれなかった。

 そのバチカン銀行の中枢で長く務めたレナート・ダルドッツィ師が遺した詳細かつ膨大な資料を受け取った著者は、綿密な取材により資料の裏づけを取り、聖職者はもちろん大物政治家や財界の大物、果てはマフィアや外国の犯罪者まで関わる昏い事実を突き止める。

 ベールに包まれたバチカン銀行の実態に迫る、迫真のルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Vaticano S.P.A. Da un archivio segreto la verità sugli scandali finanziari e politici della Chiesa, Gianluigi Nuzzi, 2010。日本語版は2010年10月10日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約449頁に加え、監訳者竹下・ルッジェリ・アンナによる解説6頁。9ポイント43字×18行×449頁=約347,526字、400字詰め原稿用紙で約869枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらい。

 文章はこなれている。が、内容はいささか取っつきづらい。まず扱っている事柄が賄賂や横領や資金洗浄などの、本質的にややこしい事柄である点。当然ながら当人たちも隠蔽工作を講じているため、どうしても複雑怪奇なカラクリになる。また、私が疎いイタリアの政界の話なので、ピンとこないのだ。特にジュリオ・アンドレオッティ(→Wikipedia)を知らないのが痛い。日本で例えると佐藤栄作と安倍晋三を足したぐらいの大物じゃなかろか。

【構成は?】

 ほぼ時系列で進むので、素直に頭から読もう。

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  • 序章 いまバチカンで何が起きているのか
  • 第1部 バチカンの秘密文書
  • 第1章 マルチンクスの繁栄と没落
  • 第2章 イタリア首相の裏口座
  • 第3章 架空名義の口座群
  • 第4章 動き出した巨額賄賂
  • 第5章 司法当局体バチカン銀行
  • 第6章 隠蔽工作
  • 第7章 教皇庁を欺く不逞の輩たち
  • 第8章 教皇の金庫、教皇の株式会社
  • 第2部 マフィアとバチカン
  • 第9章 高位聖職者たちの陰謀
  • 第10章 告発されたバチカン
  • 著者からの謝辞/解説:竹下・ルッジェリ・アンナ

【感想は?】

 バチカンの話だが、イタリア政財界も大きく関わってくる。というか、イタリアの政財界がバチカンとこれほど大きく関わっているとは思わなかった。

 文中にさりげなく「カトリック政治家」や「カトリック金融界」なんてのが出てくる。それぐらい、イタリア人にとっては常識なんだろう。

 さて、話は1970年の連鎖的な銀行破綻から始まる。これにバチカン銀行が関わっており、教皇は厳しい裁定を下す。が…

教皇ヨハネ・パウロ一世(→Wikipedia)はバチカン銀行の経営陣を一新するため、(ポール・)マルチンクス、(ドナート・)デ・ボニス、(ルイージ・)メンニーニ、(ペッレグリーノ・)デ・ストローベル左遷を決意、1978年9月28日の夕刻、この大任をジャン・マリー・ヴィヨ枢機卿を託した。ところがその翌朝、当のヨハネ・パウロ一世がベッドで息絶えているのが発見されたのである。
  ――第1章 マルチンクスの繁栄と没落

 と、なんとも不穏な出だしである。ところが、イタリア警察はバチカンに手出しできないのだ。以降も、イタリアの司法が攻めあぐねる場面がひたすら続く。なにせ…

イタリア(の最高裁判所に当たる)破毀院の解釈によれば、教皇庁の中欧機関で働く者は、イタリア国内で裁判にかけられることも逮捕されることもない。
  ――第2章 イタリア首相の裏口座

 そういう事だ。さて、教皇はあの「空飛ぶ教皇」ヨハネ・パウロ2世が継ぎ、もろもろあってマルチンクスはお払い箱となる。しかし後を継いだドナート・デ・ボニスもマルチンクスの弟子らしく活発な裏取引に励むのである。ここで1980年代のアンブラジャーノ銀行破綻事件が起き、デ・ボニス即ちバチカン銀行が関わっていた事が明らかになる。これにはイタリア政界の大物が続々と顔を出すのだ。

口座取引に使用するサインを届け出る、あの昔ながらの用紙をめくってみると、デ・ボニス以外(のめぼしいところ)では、ジュリオ・アンドレオッティの名前が目につく。ほかでもない、イタリアの首相を七期務めた人物である。
  ――第2章 イタリア首相の裏口座

 どうもアンドレオッティの口座をデ・ボニスが管理していた模様。この事件には政界の賄賂・裏金が関わっており、イタリア警察も捜査に乗り出すのだが…

(バチカンはイタリアの)司法警察の捜査上の作戦をあらかじめ把握していることもあったし、重要な裁判関係の書類を前もって入手していたこともあった。
  ――第4章 動き出した巨額賄賂

 と、捜査機関の内部情報がバチカンに筒抜けだったりする。おっかねえ。

 その規模は…

検察側が把握していたのは、総額1300億リラというエニモント社の巨額賄賂のうち、889億リラがバチカン銀行をつうじて取引され、224枚の国債が換金された、ということだった。
  ――第4章 動き出した巨額賄賂

 単位がリラなのでわかりにくいが、1円が5リラ~20リラぐらい、だろうか。

 そんな検察に対し、バチカンも守りを固める。なにせ事前に捜査情報が入っているんだから、工作のしようはある。

検察にわたす国債のデータは、すでに検察が入手しているものか、もしくは入手済みと推測されるものだけにとどめなければならなかった。
  ――第5章 司法当局体バチカン銀行

 とはいえ、カネの出入りはある。だから、帳尻は合わせなきゃいけないのだ。

国債のリストと送金のリストのつじつまを合わせなければならない。
  ――第5章 司法当局体バチカン銀行

 これだけなら、バチカン銀行は「裏取引に使われた」とも言えるのだが、困ったことに…

「寄付金の所有者はバチカン銀行であって、元特別顧問(ドナート・デ・ボニス)ではありません。彼はまったく思うがままに、寄付金を自分の口座へ移しているのです」
  ――第6章 隠蔽工作

 と、横領まで発覚してしまう。

 とまれ、ここまでなら銀行の中枢役員のやらかしとも言えるわけで、「そこまでして隠す必要があるのか」とも思うのだが、信用の問題でもあるんだろう。金融機関としてだけでなく、なにせ世界13憶人のカトリックを仕切るバチカンの看板が関わっているんだし。

 というか、バチカン銀行は極めて独特の性質があるのだ。

バチカン銀行の収支から上がる莫大な収益は、教皇個人に、直接自由に使える資産として供されるのである。
  ――第8章 教皇の金庫、教皇の株式会社

 これをどう使うかというと、例えば…

ヨハネ・パウロ二世はみずから多額の資金を管理し、ポーランドの〔労働組合から発展した〕反共運動「連帯」に資金提供をおこなっていた。
  ――第8章 教皇の金庫、教皇の株式会社

 かのワレサ議長の「連帯」である。なにせヨハネ・パウロはポーランド出身だし。現在のポーランドの礎に、バチカンが一枚かんでいたのだ。ばかりではない。

アメリカとバチカンのあいだでは、(1980年代に)ポーランドの反体制運動「連帯」への資金提供をどのようにおこなうかについて、連絡をとり合う必要があった。
  ――第7章 教皇庁を欺く不逞の輩たち

 これを素直に解釈すると、米国も陰ながら連帯に支援をしていて、バチカン銀行がパイプ役を果たした、とも読める。トランプ大統領になってからはややギクシャクしているが、レーガン大統領とヨハネ・パウロ二世は特に親密だった(→Wikipedia)裏には、こういう事情があったのだ。。

 もちろん、イタリア政界にも何かとチョッカイを出している。アンドレオッティの汚職などで与党だったキリスト教民主党が解散し、イタリア政界の再編成が行われていた時期には…

ソフィーヤ作戦とは、政治、経済、財政すべてにかかわる実験として「大いなる中道」なる勢力をつくり、政権を目指す試みでした。
  ――第9章 高位聖職者たちの陰謀

 多くの政党が群雄割拠する状況で、カトリック勢力を結集しまとめあげよう、そういう目論見である。うまく行かなかったみたいだけど。

 なにせ金融、それも裏取引の話なので、どうしてもカラクリはややこしくなる。また、イタリアのジャーナリストがイタリア人向けに書いた作品なので、背景事情がわかりにくい部分も多い。政治家の名前が出てきてもよくわからないし。とはいえ、イタリアにおけるバチカンの影響の大きさは否応なしに伝わってくる。バチカンだけでなく、イタリアに興味がある人にもお薦め。

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