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2026年6月の5件の記事

2026年6月23日 (火)

キース・ヒューストン「計算道具の歴史 石、そろばんから電卓まで」原書房 上原ゆうこ訳

生きることは数えることで、数えることは計算することだ。
  ――はじめに

【どんな本?】

 ヒトは数え、計算する。買い物のお釣りの計算、5人分のカレーを作るのに必要なタマネギの数、お出かけの際の所要時間…。計算は暮らしに欠かせない。そしてもちろん、モノを仕入れ売る商人や、星の運行を調べる天文学者、そして税金をふんだくる役人にも、大量の計算が必要だ。

 今はスマートフォンやコンピュータが大半の計算をしてくれる。しかし、これらが普及する前はどうだったのか?

 最も原始的な手や小石/トークンから始まり、算盤や計算尺を経て Microsoft Excel に至る道のなかで、電卓はまたたく間に一世を風靡し消えていった。

 ポケット電卓へとつながる道を辿り、また激しい競争の中で輝き消えていった伝説の名器・迷機たちを綴る、少し変わった歴史ノンフクション。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Empire of the Sum: The Rise and Reign of the Pocket Calculator, Keith Houston, 2023。日本語版は2025年9月30日第1刷。単行本ハードカバー縦一段組み本文約292頁に加え訳者あとがき4頁。10ポイント48字×19行×292頁=約266,304字、400字詰め原稿用紙で約666枚。文庫なら厚めの一冊ぐらい。

 文章はこなれている。内容もわかりやすい。一部に面倒くさいアルゴリズムやコンピュータのプログラムが出てくるが、「なんかやってるな」程度に流して構わない。また、価格がドルで出てくるのが、若い人には少し辛いかも。1971年までは1ドル360円固定だったんです(→Wikipedia)。

【構成は?】

 ほぼ時系列時運に進むが、各章は比較的に独立しているので、気になった所だけをつまみ食いしてもいい。

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  • はじめに
  • 第1章 手
  • 第2章 アバカスとそろばん
  • 第3章 計算尺
  • 第4章 機械仕掛けの時代
  • 第5章 アリスモメーターとクルタ
  • 第6章 フリーデンのSTW-10
  • 第7章 カシオの14-A
  • 第8章 サムロックのANITA
  • 第9章 オリベッティのプログラマ101
  • 第10章 テキサス・インスツルメンツのカルテク
  • 第11章 ビジコンの141-PF
  • 第12章 ヒューレット・パッカードのHP-35
  • 第13章 パルサー・タイム・コンピュータ・カルキュレータ
  • 第14章 テキサス・インスツルメンツのTI-81
  • 第15章 ソフトウェア・アーツのヴィジカルク
  • おわりに
  •  謝辞/訳者あとがき/参考資料/注

【感想は?】

 書名は「計算道具の歴史」だが、2/3以上をを計算機械が占める。特に、電卓への愛が熱い。それは本書の構成にも表れていて、後半はほぼ電気式計算機の話だ。

 それはさておき。歴史をさかのぼれば、「数えること」は、やはり指になる。となれば十進法が人類標準…

アメリカ先住民のいくつもの部族が使う数を表す言葉に関する1913年の調査により、(略)10の倍数で数えていたのは、調査した部族の半分より少なかった。約1/3は5という数(略)さらに1/10の部族が20という数、少数の変わり者の部族が(略)に、三、四を基準にしたやり方を用いていた。
  ――第1章 手

 では、なかったのが意外。5はわかるが、3や4の文化もあったのは驚き。もっとも、世界全体で見ると…

…ほとんどすべての部族が、何らかの形で指を使って数えたのだ。
  ――第1章 手

 やはり指は強い。本章ではメソポタミアの60進法の秘密も書いてある。これもやはり指を使ったのだ。ちなみに本物のプログラマは片手で31まで数えられますw

 続く第2章では、石などのトークンからアバカス(→Wikipedia)へと進む。アバカスは知らなかったが、洋風の算盤だね。算盤はやはり中国が発祥で…

算盤は(略)1400年頃に韓国へ、それから200年たたないうちに日本へ伝わった。(略)「そろばん」についての最初の言及があるのは1600年頃だが、それより前からふつうに使用されていた可能性がある。
  ――第2章 アバカスとそろばん

 と、日本に渡ったのは思ったより新しい。やはり昔は算盤の名手はいいて…

1946年、(略)逓信省東京貯金局の「名手」松崎喜義(略)が「そろばんを操り、(アメリカ陸軍の二等兵トーマス・N・)ウッドが最新式の電子計算機を駆使して、計算のスピードと正確さを競ったのだ。(略)松崎が足し算、引き算、割り算で勝ったのに対し、ウッドが勝利したのは掛け算だけだった。
  ――第2章 アバカスとそろばん

 進駐軍と呼ばれていた頃ですね。もっとも、こういう個人技に頼るのが日本の欠点でもあってブツブツ。

 さて日本人は計算と言えば算盤だけど、欧米の、特に理数工学系の人は計算尺を使った。この計算尺が登場するまでの物語も、数学・科学そして工学の歩みの典型例で、なかなか楽しい。

ジョン・ネイピア(1917年没、→Wikipedia)の対数、エドマンド・ガンター(1626年没、→Wikipedia)の「数の直線」、ウィリアム・オートレッド(1660年没、→Wikipedia)のスライディング・ルール――がそろい、計算尺が形をなした。
  ――第3章 計算尺

 対数を使えば足し算で掛け算を代用できる。なら普通のモノサシと対数目盛のモノサシを組み合わせれば…って発想。算盤と異なりアナログだけど、いわゆる「天文学的数字」を扱う世界じゃ重宝するんです。

 彼らの計算尺への信頼は凄まじく…

(シカゴのピケット社の)N600-ES(→スミソニアン協会)が興味深いのは(略)NASAがロケット燃料を1トン使ってでもそれを月へ持っていく価値があると判断した
  ――第3章 計算尺

 計算尺は放射線で回路が切れたりしないしね。昔のSFにも、科学者や技術者が計算尺をカチャカチャやる場面がよく出てきたなあ。もっとも、あくまでもアナログなんで、お金を扱う分野などでは都合がわるい。てんで、歯車などを使った機械式計算機も出てくる。

(1635年没のヴィルヘルム・)シッカート(→Wikipedia)の機械(計算する時計)は災難に見舞われて失われてしまった。(1662年没のブレーズ・パスカルの歯車式計算機)パスカリーヌは有閑階級の狭い世界に閉じ込められていた。そして(1695年没の)サミュエル・モーランド(→Wikipedia)の装置は、彼の悪漢小説張りの生き方が影を落とした。
  ――第4章 機械仕掛けの時代

 それでも機械式の計算機は目的によっちゃ役に立ったようで。

1877年に五年に一度の監査を実施したとき、この会社は24台の(1844年のパリ万博で披露された)アリスモメーター(→Wikipedia)を使って六ヶ月にわたり460万以上の計算を行った。アリスモメーターなしでは監査は不可能だったろうと、会社の重役は述べている。
  ――第5章 アリスモメーターとクルタ

 アリスモメーターは、いかにもな卓上計算機だが、クルタは胡椒挽き器みたいな可愛い外見で、手のひらにスッポリ収まる。ちなみに以降の話は20世紀に入ってくる。

間違いなくクルタ(→Wikipedia)は携帯可能であることと実用的であることを同時に実現した最初の計算機――たまたまだがちゃんとポケットにも入る、足し算、引き算、掛け算、割り算ができるいわゆる四則演算マシン――だった。
  ――第5章 アリスモメーターとクルタ

 クルタの発明者クルト・ヘルツシュタルクはナチスに目を付けられ、第二次世界大戦中には強制収容所送りになってるんだが、解放された後の挿話は彼の技術者魂をひしひしと伝えてくる。

クルト・ヘルツシュタルク(→Wikipedia)「私はポケットに入り計算できる機械が欲しい」
  ――第5章 アリスモメーターとクルタ

 とまれ、第二次世界大戦までは…

何世紀もの間、コンピュータは人間だった。
  ――第6章 フリーデンのSTW-10

 本書では「計算手」としている。米国では主に女だったとか。もっとも、機械化はされていたが。

STも(1949年発表の)STW(→スミソニアン協会、英語)も内部にアリスモメータの段付き歯車と計数機構を使い、外部にはどちらも可動キャリッジがあった。
  ――第6章 フリーデンのSTW-10

 本書では、アポロ計画のオリジナル・セブンの一人であるジョン・グレンが計算手キャサリン・ジョンソンに寄せる信頼の厚さを物語る挿話を紹介してる。ちなみに日本でも70年代の金融系COBOLプログラマは女が多かった。

 そして本書でもあの人がヒョッコリ顔を出す。

MTP(米国数表プロジェクト)ののべ計算時間が一年半だとすると、彼(フォン・ノイマン)の見積もりによればアメリカ初の電子式コンピュータENIACなら九時間で同じ答えを出すことができた。
  ――第6章 フリーデンのSTW-10

 お値段は桁違いだけどね。

 ここまでは機械式の話だが、20世紀も後半になると電気式が出てくる。そう、リレーの登場だ。これを利用したのが…

14-A(→国立科学博物館)の唯一の欠点はその大きさだった。それは(略)重さが140キロあって300ワットの電力を消費する「机」だった。
  ――第7章 カシオの14-A

 もっとも、リレーには困った性質があった。壊れやすいのだ。

(ベル研究所の)調査で、リレーは2~300万回に一度うまく作動しない傾向があるということが分かり、それはベルの比較的進んだコンピュータで一日に4~5回のエラーに相当した。
  ――第7章 カシオの14-A

 ここでは、「バグ」の語源なんて楽しい話も。

 そこは科学の世紀、すぐに次の素子すなわち真空管が出てくる。利点は多く、リレーより速いし壊れたらすぐに分かる。だって光らないから。そして、何より…

何かあるとすれば、ユーザー・インターフェースよりANITA(→英語版Wikipedia)の静かさが問題だった。
  ――第8章 サムロックのANITA

 そう、リレーはスイッチングのたびにカチカチ音がするのだ。だって端子が物理的にくっついたり離れたりするんだから。ただ、この静けさも、慣れないうちは戸惑うのだ。動いてるかどうか、わかんないから。

 パソコンも、フロッピの時代は、アクセスするたびにカチャカチャ音がしたんだよね。日本語入力する時も、変換キーを押したらFD装置が鳴りだすんで、「頑張ってるなあ」と思ったモンです。

 これが更にダイオードになると、製品の形にまで影響してくる。

プログラマ101(→Wikipedia)は、デザインの変曲点に到達した。従来の計算機のような機械式の装置では、デザイナーは、その機械的な機能によって形が決定される物体を外装で覆わなければならなかった。一方、電子部品はどんな形や大きさの回路基板にもはんだ付けすることができるので、素地の内部構造を配置しなおして望みの外形に合わせることができる。
  ――第9章 オリベッティのプログラマ101

 そう、プログラマ101は見た目がお洒落なのだ。なぜかというと、イタリア製だから←偏見 あまりにお洒落で小さいため、1965年のニューヨーク万博で披露した際も…

見物人も、プログラマ101がスタンドアロンのデバイスだということを完全に信じることができなかった。彼らは、どこかほかのところにコンピュータが隠されているにちがいないと思い、それにつないでいるケーブルをさがしたが、見つけることはできなかった。
  ――第9章 オリベッティのプログラマ101

 この章では、イタリアならではの国際的なユーザ・インタフェース・デザインの話もあって、案外とゲーム機のコントローラもオリベッティに学んだのか?と思ってしまう。

 リレーから真空管そしてダイオードとくれば、次は集積回路だ。しかし、当初の需要予想は意外と弱気だった。

TIの重役たちは、公共機関の顧客以外、マイクロチップの需要はないのではないかと心配していた。
  ――第10章 テキサス・インスツルメンツのカルテク(→スミソニアン協会)

 リレーや真空管は壊れたり切れたりするけど、集積回路はけっこう頑丈だ。だから買い替え需要はない。また、当初の需要はミサイルや人工衛星だった。それじゃ数ははけない。そこで電卓だ。

 …ふう。やっと私たちが思い浮かべる、手のひらに乗る計算機が登場した。以降、キヤノンなと日本のメーカーも参入し、電卓市場は戦国時代へと突入する。

 次なる進化は集積回路の構成だ。複数の集積回路を組み合わせれば、複雑なことができる。だが、役割ごとに集積回路を作っていたらキリがない。何か工夫はないだろうか。てんで、当時のシフトレジスタを拡張し、いわゆるCPUが登場する。

シフトレジスタは、ROMに書きこまれていてプロセッサによって実行される命令によって動く。
  ――第11章 ビジコンの141-PF

 プログラムはROMに焼かれてるってだけで、理屈は今のCPUと同じだ。

 この章では、有名な嶋正利(→Wikipedia)と4004が登場する。4004と名づけた理由は…

…チップの型番(4001ROM、4002メモリーチップ、4003シフトレジスタに合わせて4004)…
  ――第11章 ビジコンの141-PF(→国立科学博物館)

 そうだったのか。

 電卓市場の競争は激しく、小型化と低価格化が進む。その中で生き残るために、高機能化を選んだのがヒューレット・パッカードのHP-35(→Wikipedia)、いわゆる関数電卓だ。四則演算に加え対数や三角関数も使えるため、理数系の学生・学生に加え技術者に人気があった。そんな高度な機能を、どうやって実現したのか、というと。

(デーヴ・)コクランは、自由に使えるこの基本的な計算処理だけで計算機のROMをプログラムして、十進の掛け算から対数や三角関数まですべての計算を実行できるようにしなければならなかった。そのために彼は、平方根、コサイン、その他の処理を一連の足し算と引き算とシフト計算に分解できる「アルゴリズム」、いわば計算のレシピのライブラリーを作った。
  ――第12章 ヒューレット・パッカードのHP-35

 加減算とシフト命令だけで、数値演算ライブラリをつくり、それをROMに焼いたんですね。なお、HP-35がウケた理由は、高度な機能に加えて、もう一つある。

RPN(→Wikipedia)が分かりにくいというまさにそのことがHP-35(→Wikipedia)に他と違うという特別感――一台に400ドルも出すもう一つの理由――を与えたと主張する学者もいる
  ――第12章 ヒューレット・パッカードのHP-35

 出たよ逆ポーランド記法。今も PostScript で生き残ってます。演算子の優先順位が不要で構文解析もインタプリタの構造も簡単で、ある意味、美しいのだ。人間には書きづらく見づらいけどw

 さて、小型化の競争も激しくなると、腕時計型なんてのも出てくる。ボタンが小さいので、専用のペンが必要だったり。

22個の小さなボタンがちりばめられた四角なごつい腕時計とボタンを押すのに使うスタイラスペン
  ――第13章 パルサー・タイム・コンピュータ・カルキュレータ(→スミソニアン協会)

 本書は行き過ぎを揶揄する感じだけど、今でいう Apple Watch だよね。他にもイロモノ電卓はあって、カシオは音楽シンセサイザーと電卓を組み合わせた。

カシオは1981年に、VL-1の機能の多くをそのまま使っているがピアノに似たキーボードをもっと馴染みのある電卓のレイアウトに変えたVL-80(→calculator.org)で、電卓シンセサイザーの競技場に戻った。(略)ドイツのバンド、クラフトワークは彼らのシングル盤「電卓」の販促品としてロゴ入りのVL-80を作らせ、かれらのとくに有名な数曲をこの小さなカシオで演奏するための譜面をつけた。
  ――第13章 パルサー・タイム・コンピュータ・カルキュレータ

 というか、逆にシンセサイザー(カシオトーン)に電卓をつけたんだろうなあ。つかクラフトワークの電卓、カシオ製だったのか。だから日本語で歌ってたのね。

 などと電卓が人々に浸透すると、教育への影響を考える人も出てくる。悪影響を危惧する人もいた。曰く…

「電卓を使えば、子どもたちが中身が分からない箱の上のボタンを押すのが数学だと思う危険性がある」
  ――第14章 テキサス・インスツルメンツのTI-81

 逆に積極的に数学教育に活用しようとする教師もいたんだが…

1970年代の終わりになっても教室で電卓を使用できるようにしている教師は30人にひとりより少ないというのが実情だった。
  ――第14章 テキサス・インスツルメンツのTI-81

 こういう所は、現代のスマートフォンやAIと似ているね。で、テキサス・インスツルメンツは自社の電卓を教育市場に売り込むべく、盛んにロビー活動を繰り広げるわけです。アップル社もMacintoshで似たような事をやってたけど、先例があったのか。ちなみにそのTI-81(→Wikipedia)はカシオのfx-7000G(→英語版Wikipedia)のパクリ。

そのCPUもカシオのCPUもザイログのZ80というチップを使っていて…
  ――第14章 テキサス・インスツルメンツのTI-81

 と、懐かしいベストセラーZ-80の名が出てきて驚いた。

 ちなみに電卓を使った授業の効果、つまり生徒の成績については…

2003年に、30年分の調査について調べたエイミー・J・エリントンは、さまざまな能力の生徒がいるクラスおよび比較的能力の高い生徒を集めたクラスの場合、電卓の使用を授業で許可されるが試験で禁止された生徒は、電卓なしで教えられた生徒より成績がよいことを明らかにしている。
  ――第14章 テキサス・インスツルメンツのTI-81

 と、多少の効果はあった模様。もっとも、先に書いたように、積極的に電卓を採り入れた教師は少数派つまり熱心で意欲的な教師なんで、そういう偏りはあるかも。そして何より…

電卓を使う生徒は間違いなく数学の授業を少しよけいに楽しんでいた。
  ――第14章 テキサス・インスツルメンツのTI-81

 うん、楽しいってのは、大事だよね。

 などと電卓は競争を繰り広げるのだが、やがて黄昏の時が来る。その先兵はパソコン…というか、当時はマイコンと呼んでいた。中でも魔王の卵的な存在が、Apple IIで走るヴィジカルク。今のExcelの曽祖父みたいなソフトです。ただ、当初は売り込みに苦労したようで。

ダン・ブリックリン(→Wikipedia)「あの頃は、それ(ヴィジカルク、→Wikipedia)をプログラマーに見せたら、『やあ、いいね。(略)それで?』と言われたものだ。しかし、本物のスプレッドシートで財務の仕事をしなければならない人に見せたら、震え始めて『それをするのにまる一週間かかった』と言う。そして、鼻先にクレジットカードを突き出してくるんだ」
  ――第15章 ソフトウェア・アーツのヴィジカルク

 なんであれ、新しいモノってのは、なかなか理解されないんだよなあ。

 そんな競争を繰り広げた電卓だが、今やモノとしての電卓は…

今日、我々が電卓を使おうと思ったら、まずスマートフォンを手に取るかラップ・トップコンピュータを開き、それからお気に入りの電卓プログラムをスタートさせる。
  ――おわりに

 とあるが、100円ショップじゃまだ売ってるね。とまれ、もう何年かすると、フロッピ・ディスク同様、若い人はアイコンやインタフェースを見て「なんでこの形なの?」と言いだすかも。

 副書名は「石、そろばんから電卓まで」だが、多くの紙面を電卓に割いているあたりに、著者の偏った愛情が滲み出ている。それもまた、原書房の歴史書らしい味で、私は好きだ。コンピュータとは異なり、敢えて機能を限定することで、低価格化と小型化を実現し、人々に親しまれた電卓の功績は大きい。モノや技術や産業の歴史が好きな人にお薦め。

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2026年6月18日 (木)

ジャンルイージ・ヌッツィ「バチカン株式会社 金融市場を動かす神の汚れた手」柏書房 竹下・ルッジェリ・アンナ監訳 花本知子・鈴木真由美訳

本書を執筆した目的はとりわけ、バチカン財政の不透明な現実を明らかにすることにある。その出発点になるのが、1970年代から1990年代にかけて、バチカン、イタリア、そして世界じゅうを揺るがした大事件の数々をくまなく見てきた当事者、レナート・ダルドッツィ師が遺してくれた文書資料である。
  ――序章 いまバチカンで何が起きているのか

キリスト教民主党の有力政治家は当時、こぞってバチカン銀行で口座取引をしようとした。賄賂として受け取ったカネの洗浄が目的の者もいれば、マフィアに報酬を払う際に利用する者もいた。
  ――第10章 告発されたバチカン

【どんな本?】

 宗教活動教会、俗称バチカン銀行。日本では宗教活動教会や宗教事業協会(→Wikipedia)とも呼ばれ、バチカンの資金管理を行う機関である。イタリアや欧州の法・規制・協定から逃れており、ローマのど真ん中にありながら、実質的にはオフショア金融機関としての機能もある。

 バチカンならではの不透明さからスイス銀行と同様にある種の取引きには便利な存在であり、実際にイタリアを揺るがす大事件の舞台にもなったが、イタリアの司法当局もその実態は掴みきれなかった。

 そのバチカン銀行の中枢で長く務めたレナート・ダルドッツィ師が遺した詳細かつ膨大な資料を受け取った著者は、綿密な取材により資料の裏づけを取り、聖職者はもちろん大物政治家や財界の大物、果てはマフィアや外国の犯罪者まで関わる昏い事実を突き止める。

 ベールに包まれたバチカン銀行の実態に迫る、迫真のルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Vaticano S.P.A. Da un archivio segreto la verità sugli scandali finanziari e politici della Chiesa, Gianluigi Nuzzi, 2010。日本語版は2010年10月10日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約449頁に加え、監訳者竹下・ルッジェリ・アンナによる解説6頁。9ポイント43字×18行×449頁=約347,526字、400字詰め原稿用紙で約869枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらい。

 文章はこなれている。が、内容はいささか取っつきづらい。まず扱っている事柄が賄賂や横領や資金洗浄などの、本質的にややこしい事柄である点。当然ながら当人たちも隠蔽工作を講じているため、どうしても複雑怪奇なカラクリになる。また、私が疎いイタリアの政界の話なので、ピンとこないのだ。特にジュリオ・アンドレオッティ(→Wikipedia)を知らないのが痛い。日本で例えると佐藤栄作と安倍晋三を足したぐらいの大物じゃなかろか。

【構成は?】

 ほぼ時系列で進むので、素直に頭から読もう。

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  • 序章 いまバチカンで何が起きているのか
  • 第1部 バチカンの秘密文書
  • 第1章 マルチンクスの繁栄と没落
  • 第2章 イタリア首相の裏口座
  • 第3章 架空名義の口座群
  • 第4章 動き出した巨額賄賂
  • 第5章 司法当局体バチカン銀行
  • 第6章 隠蔽工作
  • 第7章 教皇庁を欺く不逞の輩たち
  • 第8章 教皇の金庫、教皇の株式会社
  • 第2部 マフィアとバチカン
  • 第9章 高位聖職者たちの陰謀
  • 第10章 告発されたバチカン
  • 著者からの謝辞/解説:竹下・ルッジェリ・アンナ

【感想は?】

 バチカンの話だが、イタリア政財界も大きく関わってくる。というか、イタリアの政財界がバチカンとこれほど大きく関わっているとは思わなかった。

 文中にさりげなく「カトリック政治家」や「カトリック金融界」なんてのが出てくる。それぐらい、イタリア人にとっては常識なんだろう。

 さて、話は1970年の連鎖的な銀行破綻から始まる。これにバチカン銀行が関わっており、教皇は厳しい裁定を下す。が…

教皇ヨハネ・パウロ一世(→Wikipedia)はバチカン銀行の経営陣を一新するため、(ポール・)マルチンクス、(ドナート・)デ・ボニス、(ルイージ・)メンニーニ、(ペッレグリーノ・)デ・ストローベル左遷を決意、1978年9月28日の夕刻、この大任をジャン・マリー・ヴィヨ枢機卿を託した。ところがその翌朝、当のヨハネ・パウロ一世がベッドで息絶えているのが発見されたのである。
  ――第1章 マルチンクスの繁栄と没落

 と、なんとも不穏な出だしである。ところが、イタリア警察はバチカンに手出しできないのだ。以降も、イタリアの司法が攻めあぐねる場面がひたすら続く。なにせ…

イタリア(の最高裁判所に当たる)破毀院の解釈によれば、教皇庁の中欧機関で働く者は、イタリア国内で裁判にかけられることも逮捕されることもない。
  ――第2章 イタリア首相の裏口座

 そういう事だ。さて、教皇はあの「空飛ぶ教皇」ヨハネ・パウロ2世が継ぎ、もろもろあってマルチンクスはお払い箱となる。しかし後を継いだドナート・デ・ボニスもマルチンクスの弟子らしく活発な裏取引に励むのである。ここで1980年代のアンブラジャーノ銀行破綻事件が起き、デ・ボニス即ちバチカン銀行が関わっていた事が明らかになる。これにはイタリア政界の大物が続々と顔を出すのだ。

口座取引に使用するサインを届け出る、あの昔ながらの用紙をめくってみると、デ・ボニス以外(のめぼしいところ)では、ジュリオ・アンドレオッティの名前が目につく。ほかでもない、イタリアの首相を七期務めた人物である。
  ――第2章 イタリア首相の裏口座

 どうもアンドレオッティの口座をデ・ボニスが管理していた模様。この事件には政界の賄賂・裏金が関わっており、イタリア警察も捜査に乗り出すのだが…

(バチカンはイタリアの)司法警察の捜査上の作戦をあらかじめ把握していることもあったし、重要な裁判関係の書類を前もって入手していたこともあった。
  ――第4章 動き出した巨額賄賂

 と、捜査機関の内部情報がバチカンに筒抜けだったりする。おっかねえ。

 その規模は…

検察側が把握していたのは、総額1300億リラというエニモント社の巨額賄賂のうち、889億リラがバチカン銀行をつうじて取引され、224枚の国債が換金された、ということだった。
  ――第4章 動き出した巨額賄賂

 単位がリラなのでわかりにくいが、1円が5リラ~20リラぐらい、だろうか。

 そんな検察に対し、バチカンも守りを固める。なにせ事前に捜査情報が入っているんだから、工作のしようはある。

検察にわたす国債のデータは、すでに検察が入手しているものか、もしくは入手済みと推測されるものだけにとどめなければならなかった。
  ――第5章 司法当局体バチカン銀行

 とはいえ、カネの出入りはある。だから、帳尻は合わせなきゃいけないのだ。

国債のリストと送金のリストのつじつまを合わせなければならない。
  ――第5章 司法当局体バチカン銀行

 これだけなら、バチカン銀行は「裏取引に使われた」とも言えるのだが、困ったことに…

「寄付金の所有者はバチカン銀行であって、元特別顧問(ドナート・デ・ボニス)ではありません。彼はまったく思うがままに、寄付金を自分の口座へ移しているのです」
  ――第6章 隠蔽工作

 と、横領まで発覚してしまう。

 とまれ、ここまでなら銀行の中枢役員のやらかしとも言えるわけで、「そこまでして隠す必要があるのか」とも思うのだが、信用の問題でもあるんだろう。金融機関としてだけでなく、なにせ世界13憶人のカトリックを仕切るバチカンの看板が関わっているんだし。

 というか、バチカン銀行は極めて独特の性質があるのだ。

バチカン銀行の収支から上がる莫大な収益は、教皇個人に、直接自由に使える資産として供されるのである。
  ――第8章 教皇の金庫、教皇の株式会社

 これをどう使うかというと、例えば…

ヨハネ・パウロ二世はみずから多額の資金を管理し、ポーランドの〔労働組合から発展した〕反共運動「連帯」に資金提供をおこなっていた。
  ――第8章 教皇の金庫、教皇の株式会社

 かのワレサ議長の「連帯」である。なにせヨハネ・パウロはポーランド出身だし。現在のポーランドの礎に、バチカンが一枚かんでいたのだ。ばかりではない。

アメリカとバチカンのあいだでは、(1980年代に)ポーランドの反体制運動「連帯」への資金提供をどのようにおこなうかについて、連絡をとり合う必要があった。
  ――第7章 教皇庁を欺く不逞の輩たち

 これを素直に解釈すると、米国も陰ながら連帯に支援をしていて、バチカン銀行がパイプ役を果たした、とも読める。トランプ大統領になってからはややギクシャクしているが、レーガン大統領とヨハネ・パウロ二世は特に親密だった(→Wikipedia)裏には、こういう事情があったのだ。。

 もちろん、イタリア政界にも何かとチョッカイを出している。アンドレオッティの汚職などで与党だったキリスト教民主党が解散し、イタリア政界の再編成が行われていた時期には…

ソフィーヤ作戦とは、政治、経済、財政すべてにかかわる実験として「大いなる中道」なる勢力をつくり、政権を目指す試みでした。
  ――第9章 高位聖職者たちの陰謀

 多くの政党が群雄割拠する状況で、カトリック勢力を結集しまとめあげよう、そういう目論見である。うまく行かなかったみたいだけど。

 なにせ金融、それも裏取引の話なので、どうしてもカラクリはややこしくなる。また、イタリアのジャーナリストがイタリア人向けに書いた作品なので、背景事情がわかりにくい部分も多い。政治家の名前が出てきてもよくわからないし。とはいえ、イタリアにおけるバチカンの影響の大きさは否応なしに伝わってくる。バチカンだけでなく、イタリアに興味がある人にもお薦め。

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2026年6月14日 (日)

ジョディ・ローゼン「自転車 人類を変えた発明の200年」左右社 東辻賢治郎訳

この本がお届けするのは自転車への愛と憎しみの物語だ。
  ――序章 自転車の惑星

はじめて(自転車に)乗れたときはすばらしい気分だった。自由で、一人前になったようななんともいえない感覚があった。
  ――第11章 アメリカの海がら海まで

【どんな本?】

 人は自転車に乗る。ママチャリで買い物に。ロードバイクで遠乗りに。マウンテンバイクで野山を駆け巡る。若者はUberEatsで稼ぎ、幼児はキックバイクで自転車の乗り方を学ぶ。私たちにとって、自転車は便利な道具であり、ちょっとした気晴らしでもある。

 と同時に、自転車は社会問題の種でもあり、社会運動の象徴でもあり、社会階層を露わにするレンズでもある。1933年に権力を得たヒトラーは、さっそくドイツ自転車連盟を解体した。

 そのくせベルリン防衛戦じゃ対戦車ロケットをくくりつけた自転車に少年兵を載せてT-34戦車と戦わせてる。

 カール・フォン・ドライス(→Wikipedia)が1817年にラウフマシーネ(ドライジーネ、→Wikipedia)をお披露目してから約200年たった。その歴史で自転車は人々に刺激を与え、社会を揺るがし、そして今も様々なメッセージを象徴している。

 米国のジャーナリストが、ヒトと自転車、社会と自転車の関わりを通して歴史を見直し、また現代社会の姿を浮き彫りにする、少し変わったルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Two Wheels Good: The History and Mystery of the Bicycle, Jody Rosen, 2022。日本語版は2025年1月20日第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約417頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント44字×18行×417頁=約330,264字、400字詰め原稿用紙で約826枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらいの文字量。

 文章はこなれている。内容も難しくないが、単位がマイルだったりする。1マイルは約1.6km。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

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  • プロローグ 月の世界へ
  • 序章 自転車の惑星
  • 第1章 自転車の窓
  • 第2章 洒落者の馬
  • 第3章 自転車というアート
  • 第4章 もの言わぬ駿馬
  • 第5章 自転車狂時代 1890年代
  • 第6章 バランスの妙技
  • 第7章 脚のあいだの悦楽
  • 第8章 凍てつく大地
  • 第9章 山間の王国
  • 第10章 停まったまま全速力で
  • 第11章 アメリカの海がら海まで
  • 第12章 荷を負う動物
  • 第13章 ぼくの自転車遍歴
  • 第14章 墓場
  • 第15章 大衆運動
  • 謝辞/訳者あとがき/索引/原註

【感想は?】

 私にとって自転車は便利な道具であり、旅の友でもあった。昔はランドナーで遠乗りに行った。だが、社会的な意味までは気が回らなかった。自転車のメッセージ性にまで踏み込んでいるのが本書の特徴だろう。

 お約束どおり、まずは始祖カール・フォン・ドライスから物語は始まる。

(カール・フォン・)ドライス(→Wikipedia)にとってラウフマシーネ(→Wikipedia)は「ものごとの利便をはかるもの」「加速する機械」、つまり人間が本来備えている移動能力を増幅する装置だった。
  ――第1章 自転車の窓

 機構は今のキックバイクに似ている。ただしハンドルは回らないしブレーキもペダルもない。足で地面を蹴って進むのだ。それでも「10キロほどを1時間弱で移動してみせた」。ヒトは歩きだと時速約4kmだから、相当な速さだ。

 地元ドイツじゃキワモノ扱いされたが、イギリスでは貴族や富裕層にウケてパクリ品が多く出回る。のはいいが、乗り手の傍若無人な振る舞いが、馬車との軋轢もあって顰蹙を買う。今でいう珍走団だね。

1819年のうちに、ロンドンではヴェロシペード(→Wikipedia)に乗ることが禁止されたのだ。さらにイギリス各地をはじめ、(略)ミラノ、ニューヨーク、フィラデルフィアといった場所でも禁止令を出された。
  ――第2章 洒落者の馬

 やがて馬鹿でかい前輪のペニー・ファージング(→Wikipedia)も出てくるんだが、ヤバさは更に増してる。なにせコケたら大怪我は確実だ。

 そこに登場したのが安全自転車(→Wikipedia)。最大の工夫はペダルの回転をチェーンで後輪に伝えたこと。これでグッと安全になり…

チェーンによる駆動のメカニズムは自転車を大いに民主化するものだった。
  ――第3章 自転車というアート

 それまで豊かで無謀な若い男の玩具だった自転車が、万民に受け入れられるようになる。また、もう一つ重要な工夫がある。

自転車にとって大事なもうひとつの形は三角形だ。
  ――第3章 自転車というアート

 自転車には二つの三角形がある。いわゆるダイヤモンドフレームだ。一つはハンドルの下・サドルの下・ペダルの中心を結ぶもの、もう一つはサドルの下・ペダルの中心・後輪の中心を結ぶもの。工業デザイナーや建築家は三角形が大好きだ。だって頑丈だし。もっとも最近のママチャリとかはハンドルの下とサドルの下を結ぶチューブがなかったりするけど、これは素材の進歩ゆえだろう。お陰で三角乗りは伝説に←どうでもいい

 先に馬車との軋轢に触れた。やはり自転車は馬と比べられる存在で、これは騎兵を用いる軍も注目する。

自転車の最大の軍事的利点はその隠密性だった。
  ――第4章 もの言わぬ駿馬

 まぐさが要らないのも嬉しいが、まず重宝されたのが静けさ。だって馬はいななくし蹄の音がするし。ってなワケで…

フランス軍は1870年から翌年にかけての独仏戦争で偵察目的の自転車を出動させたのだ。1881年代になると、ヨーロッパの列強ではどの国の軍隊にも自転車舞台が配備されていた。
  ――第4章 もの言わぬ駿馬

 なお20世紀後半になってもベトナム戦争じゃ北ベトナム軍がビルマルートの補給で自転車を活用しました。

 太平洋戦争でも帝国陸軍の銀輪部隊が話題になったし、フィンランド軍も冬戦争・継続戦争で自転車部隊がスキー部隊と共に活躍してる(→「フィンランド軍入門」)。

 などと世間に広まった自転車だが、その分、社会との軋轢も増えた。特に19世紀終盤では、自転車が「新しい女」の象徴となり、伝統主義者から大声で非難を浴びる。そうか、自転車は女性解放運動とも関係があったのか。「ママチャリ」なんて言葉を知ったら、彼/彼女らは、どう思うんだろう?

1895年『ジャーナル・アンド・トリビューン』テネシー州ノックスヴィル
「自転車狂いのせいだ」(略)「二人とも自転車を欲しがり、その次はブルマー、しまいには丸きり男の格好をするようになってしまった」
  ――第5章 自転車狂時代 1890年代

1894年『シカゴ・トリビューン』イリノイ州シカゴ
問題は、自転車乗りから「新しい女」が生まれるのか、それとも、「新しい女」から自転車乗りが生まれるのか、ということであろう。
  ――第5章 自転車狂時代 1890年代

 などの歴史を経て、時代は現代へと移る。その最初に登場するのは、曲乗りのダニー・マカスキル。

『チェーンスポッティング』のストリート・トライアル(略)ビデオに登場するライダーたちは公園のベンチを跳びこえ、貯水タンクの上に乗り、道路の車止めの上でバランスを取り、車止めの柱から柱へとジャンプし、三メートルの塀から一回転しながら飛び降りる。
  ――第6章 バランスの妙技

 自転車版ヤマカシとでもいうか、これは説明するより動画を見てもらう方が早い。

GoPro: Danny MacAskill - Cascadia

 高所恐怖症の人にはいささかキツい映像だ。なお、ダニー・マカスキルのYoutubeの公式チャンネルはこちら

 とんでもねー真似をする人だが、ホンモノの変態も世の中にはいたり。

シンプルに自転車をファックしたい人びとがいるのである。
  ――第7章 脚のあいだの悦楽

 まあ、この辺を詳しく知りたい人は本書を読んでください。

 そんな自転車も、苦手な季節がある。それは冬。いや寒いのはいいのだ。困るのは、雪と凍結した道。

冬の自転車乗りの敵は低い気温ではなく路面の悪さである。
  ――第8章 凍てつく大地

 四輪の自動車だって滑るのだ。二輪の自転車じゃお察し。だが、これを逆手に取る者もいる。

かたく締まった氷と雪の斜面では、倒れさえしなければものすごい速度で駆け下りることができる。
  ――第8章 凍てつく大地

  ということで、速度の限界に挑戦したのが、エリック・バローヌ。

2017年、56歳のときにバローヌは世界有数の高速スキーコースとして知られるフレンチ・アルプスのヴァルにあるシャブリエール・スロープをマウンテンバイクで下り、自分の世界記録を更新した。最高速度はなんと時速227.7キロだ。
  ――第8章 凍てつく大地

(OFFICIAL) Eric Barone - 227,720 km/h (141.498 mph) - Mountain Bike World Speed Record - 2017

 自転車というよりオートバイみたいなゴツい車体に、バローヌも宇宙服みたいなのを着て宇宙人みたいなヘルメットをかぶり、雪の急斜面を駆け下りるのである。

 ツール・ド・フランスが有名なように、西欧では自転車レースの人気が高く、また選手もヒーロー扱いだ。だが、アジアでも意外なところで自転車で振興を企てる国があった。

ブータンには自転車で山を駆け回る王様がいる。
  ――第9章 山間の王国

 ヒマラヤの麓で坂ばっかりの土地だ。自転車には向かないと思うのだが…

元ブータン首相ツェリン・トブゲ「ブータンの土地は自転車向きです」「ぜんぶ真っ平だったら楽しみもないでしょう」「ブータンの風景には、上り坂もあれば下り坂もあります。上りがあるところには必ず下りがある。どちらも必要です。そしてどちらも楽しい」
  ――第9章 山間の王国

 そういう考え方もあるのか。

Tour of the Dragon, Bhutan: The World's Toughest One-Day Mountain-Biking Race

 この国では、ツアー・オブ・ザ・ドラゴンなんていう過酷な自転車レースまである。標高1200mから3340m、約268kmのコースを1日で走り抜けるのだ。

 とまれ、チベット系住民虐待などの暗黒面にも触れているあたりは、さすがジャーナリスト。

 などと野山を駆け回る人もいれば、室内でペダルを回す人も。納屋や押し入れの定番、エクササイズ用バイクだ。いかにも退屈そうなシロモノだが、それだけに…

ジョナサン・ゴールドバーグ「スピニング・プログラムとは――大宇宙に自らを捧げることであり、精神を解き放ち、心の扉を開いて、ひとりひとりの指標をつくりだすことなのです」
  ――第10章 停まったまま全速力で

 なんて意味不明な理屈を並べて人気を集める人も。フィットネス業界ってのは、ニューエイジっぽいのと相性がいいんだろう。

 かと思えば、自転車で北米横断なんてツアーもある。本書が取り上げたのは1976年のアメリカ独立宣言二百周年記念にあわせで行われた、バイクセンテニアル。小さな町を通りオレゴン州からバージニア州まで6,800kmを、自転車の集団で駆け抜けよう、というイベント。なんと参加者は4065人。うち…

アメリカ横断をやりとげた最高齢の参加者は67歳、最年少は二人の9歳児だった。
  ――第11章 アメリカの海がら海まで

 今は Google で「アメリカ横断 自転車 ルート」と訊ねると AI が親切に教えてくれたり。

 そんな「人生を楽しむ」目的で自転車に乗る人もいれば、生きていくために自転車を漕ぐ人もいる。次に登場するのは、バングラデシュの首都ダッカのリクシャワラーで一家を養うモハメド・アブル・バドシャー。リクシャとは自転車の後ろに二輪馬車みたいのを繋いだような、三輪の人力タクシーで、リクシャワラーはリクシャの運転手。

バドシャーは金曜日以外の毎日、朝の十時から晩の八時までリクシャを漕ぐ。平均して15回から20回くらい客を運び、約400バングラデシュ・タカ、およそ5ドルを稼ぐ。
  ――第12章 荷を負う動物

 ちなみにリクシャの語源は日本の人力車らしい。漕ぐ者と乗客の格差を否応なしに実感させる乗り物だが、あの辺の観光旅行では必須の乗り物でもある。リクシャの装飾に凝るのは、あの辺の人らしいなあ。「広告を載せれば」と思ってしまうのは、私がさもしいからか?

 なお舞台はインドのデリーだが、リクシャワラーを主人公とした本「歓喜の街カルカッタ」と、それを原作とした映画「シティ・オブ・ジョイ」もあります。こっちのリクシャは自転車じゃなく人が走って曳く、モロに人力車だけど。

 さて、西欧では自転車の地位はソレナリにあるが、米国での自転車の地位は低い。特に都市部では。なにせ自動車の国だし。だもんで…

ニューヨークでは毎年何千人という自転車乗りが自動車によって負傷しているが、自動車のドライバーが法的な責任を問われることは稀だ。
  ――第13章 ぼくの自転車遍歴

 なんて恐ろしい話も。そういやクイックシルバーなんて映画もあったなあ。日本の自転車の地位は…西欧と米国の中間ぐらい、だろうか。放置自転車が問題になるくらい、自転車に乗る人が多いから、政府も自転車をおろそかにできないんだろう。

 放置自転車は西欧でも大きな問題らしく、特に運河や川に捨てられる自転車も多い。沈んだ自転車に船がひっかかる、なんて事も。

(アムステルダムの運河で)年間に(略)引き上げる自転車は一万五千台におよぶ。
  ――第14章 墓場

 こういう、廃棄/放置自転車は、レンタサイクル事業が上手くいかない原因の一つでもある。ダイチャリはうまくいって欲しいなあ。

 などと政治的な乗り物でもある自転車だが、この半世紀ほどで自転車政策を二転三転させた国もある。中国だ。

(1989年6月4日)天安門の抗議者は自転車に乗る人びとの群れだった。
  ――第15章 大衆運動

 かつての中国は、自転車大国だった。事件以前の天安門広場は、大量の自転車が行きかっていた。国を挙げて自転車を作っていたし、人民にとっても自転車は大切な財産だった。

 だが、改革開放政策が軌道に乗り自動車が普及すると、風向きが変わる。

上海は2000年代初頭に、交通量の多い都心の一部で自転車を全面的に禁止した。
  ――第15章 大衆運動

 米国の都市部と同様に、自転車は邪魔者扱いされるようになったのだ。もっとも、今は逆に高級自転車がソコソコ出回っているみたいだけど。

 などと抑圧された歴史を持つ自転車に、意外な追い風が。

アメリカでロックダウンが始まった2020年3月から翌年の4月までに、アメリカ国内の自転車の販売数は前年比で60%近く増加した。
  ――第15章 大衆運動

 なんと、新型コロナの流行が、自転車の復活につながったのだ。みんな鬱屈してたんだろうなあ。

 最近は日本でもピチピチなジャージを着ていかにも軽快そうな細いタイヤの高級自転車で走る集団をよく見かけるようになった。太いタイヤのランドナーやキャンピングは滅多に見ないけど。また電動アシスト自転車やダイチャリなどのレンタサイクルとか、自転車の選択肢が増えたのも嬉しい。だが、自転車の社会的側面は私も知らなかった。お薦めは…やっぱり、自転車が好きな人に、かな。

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2026年6月 8日 (月)

E.T.ベル「数学は科学の女王にして奴隷 Ⅰ・Ⅱ」ハヤカワ文庫NF 河野繁雄訳

本書では、数学の巨大な蓄積から話題を選んでお話するが、そのことから少なくとも数学が生き生きとした生命をもち、成長の過程にあるということ、また科学・技術のある部門の理解に不可欠であることを感じとっていただけることと信ずる。
  ――読者へ

この広範な理論(集合論)は、大まかにいえば、曲線や曲面などを点の集合として取り扱う。
  ――第19章 “天を強襲する”

【どんな本?】

 数学とは何か。算数とは違うのか。数学者は何を考えているのか。数学にはどんな分野があって、どんな事ををやっているのか。数学は何の役に立つのか。お釣りの計算に役立つのは分かるが、それ以外にどんな事に役立つのか。科学と数学には、どんな関係があるのか。

 全米数学者協会の会長も務めた著者が、数学の全容を伝えようとする、一般向けの数学の解説書・エッセイ集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 元は2冊の本だ。The Queen of Science, 1931 と The Handmaiden of the Science, 1937 いずれも著者は E.T.Bell。これの改訂・増補版が Mathematics,: Queen and Servant of Science, 1951。日本語版は1951年版をもとに東京書籍から1972年に「数学 化学の女王・科学の奴隷」として全3巻で出版。文庫はハヤカワ文庫NFよりⅠ・Ⅱの2巻で、Ⅰが2004年9月30日発行、Ⅱが2004年10月31日発行。なお、2巻とも副題がついていて、Ⅰは「天才数学者はいかに考えたか」,Ⅱは「科学の下働きもまた楽しからずや」。

 文庫で2巻、本文約340頁+312頁=652頁に加え、訳者あとがき2頁+文庫版訳者あとがき2頁+古永良正による解説「数学はどこから来て、どこへ行くのか」6頁。9ポイント39字×17行×(340頁+312頁)=約432,276字、400字詰め原稿用紙で約1,081枚。文庫2巻としては標準的な厚さ。

 文章は比較的にこなれている。内容は…うん、やっぱり数学の本だ。数式も専門用語もバリバリ出てくる。というか、数学の基本的な専門用語を説明する本でもある。環とか群とか。また、数学っぽい言い回しも多い。「もしa,bが類に属し、a=bならば、b=aである」とかね。著者によれば、数式は無視してもいいそうだ。けど、数学っぽい言い回しの方はかなり注意深く読む必要がある、と私は思う。

【構成は?】

 各章は比較的に独立しているが、第3章までは最初に読んだ方がいいだろう。以降は気になった所だけを拾い読みしてもいい。

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  •  Ⅰ
  • 読者へ/人名表
  • 第1章 さまざまな観点
  • 1-1 数学の目的
  • 1-2 黄金時代
  • 1-3 アーベルの忠告
  • 1-4 現代数学の精神
  • 第2章 数学的真理
  • 2-1 数学とは何か
  • 2-2 公準的方法
  • 第3章 束縛を破る
  • 3-1 初等代数学
  • 3-2 規則を変える
  • 3-3 公準はどのようにして生まれるか
  • 第4章 “同じであるが、同じでない”
  • 4-1 種痘代数学の実現
  • 4-2 有理数、実数、可算、非加算、離散的、連続、複素数、解析学、関数
  • 4-3 道の果て
  • 第5章 抽象術
  • 5-1 関心の移行
  • 5-2 非初等代数学
  • 5-3 環
  • 5-4 準同型、同型、自己同型
  • 5-5 束
  • 5-6 部分環、イデアル
  • 5-7 部分体、拡大
  • 5-8 斜体、線形代数
  • 第6章 大樹も一個の種子から
  • 6-1 変換
  • 6-2 幾何学の問題、変数再説
  • 6-3 行列
  • 6-4 国際連合への提案
  • 6-5 自然界の不変
  • 6-6 シルベスターの予言
  • 第7章 絵で考える
  • 7-1 グラフ
  • 7-2 デカルトの工夫
  • 7-3 無用な困難
  • 7-4 三つの示唆
  • 7-5 直線を代数学へ
  • 7-6 代数学を幾何学にもちこむ
  • 第8章 古い道標、新しい道標
  • 8-1 幾何学とは何か?
  • 8-2 クラインを越えて
  • 8-3 多次元空間
  • 8-4 双対
  • 8-5 “非計量的”対“計量的”
  • 8-6 連結性
  • 8-7 結び糸
  • 8-8 トポロジーの一種
  • 8-9 抽象再説
  • 第9章 群
  • 9-1 乗法表
  • 9-2 同型、準同型
  • 9-3 部分集合、剰余類、正規部分群
  • 9-4 置換群
  • 9-5 意味づけ
  • 9-6 無限群
  • 9-7 正20面体
  • 9-8 ガロアの理論
  • 第10章 “メトリカル”な宇宙
  • 10-1 ピタゴラスからデカルトへ
  • 10-2 デカルトからリーマンへ
  • 10-3 リーマンからアインシュタインへ
  • 原注及び訳注/解説:中村義作/索引
  •  Ⅱ
  • 人名表
  • 第11章 数学の女王
  • 11-1 始末に負えない領主
  • 11-2 フェルマ数とメルセンヌ数
  • 11-3 素数についてひとこと
  • 11-4 ディオファントス解析
  • 11-5 代数的数
  • 11-6 超越数
  • 11-7 ウェアリングの予想
  • 11-8 女王たちの女王の奴隷
  • 第12章 抽象と予測
  • 12-1 マックスウェルからレーダーまで
  • 12-2 二つの方法
  • 12-3 ある説明
  • 第13章 キュジコスから海王星まで
  • 13-1 王道
  • 13-2 ケプラーの信仰
  • 13-3 計算プラス洞察
  • 13-4 再び数学的預言
  • 第14章 二種類の絵
  • 14-1 科学における連続性
  • 14-2 科学における離散性
  • 14-3 永遠流転
  • 14-4 古代の哲学者と現代の衒学者
  • 14-5 微視的自然
  • 14-6 科学者の出番
  • 14-7 積分
  • 14-8 境界値問題
  • 第15章 応用数学の主な手段
  • 15-1 変化率
  • 15-2 高階導関数
  • 15-3 偏導関数
  • 15-4 微分方程式
  • 15-5 流体の流れ
  • 15-6 積分
  • 15-7 微積分額の基本定理
  • 第16章 微積分学を越えて
  • 16-1 極大極小
  • 16-2 最小作用
  • 16-3 変分法
  • 16-4 ハミルトンの予言
  • 16-5 複素関数論
  • 16-6 等角写像
  • 16-7 特殊関数
  • 16-8 一般化
  • 第17章 波動と振動
  • 17-1 周期性
  • 17-2 周期性をあらわすには
  • 17-3 フーリエの定理
  • 17-4 粒子から場へ
  • 第18章 選択と偶然
  • 18-1 確率
  • 18-2 パイと蠅とコンクリート
  • 18-3 統計と力学
  • 18-4 “確からしさ”は確からしいか?
  • 第19章 “天を強襲する”
  • 19-1 無限へ
  • 19-2 どのようにして無限は数学に入ってきたか
  • 19-3 無限を数える
  • 19-4 数とは何か
  • 19-5 デデキントの切断
  • 第20章 基盤
  • 20-1 数学的存在
  • 20-2 大いなる幻想
  • 20-3 ヒルベルトからゲーデルへ
  • 20-4 次代へ
  • 原注および訳注/訳者あとがき/文庫版訳者あとがき/解説:古永良正/索引

【感想は?】

 タテマエは一般向けだ。しかし、内容は高等数学紹介といったところ。普通科高校の数学の一歩先、ぐらいだろうか。そのためか、著者も「数学の全貌を伝える」のは諦めている。

専門的数学者でない者が、現代数学を深く立ち入って研究することは時間の浪費であることを認め、おおまかな展望で満足することにしよう…
  ――第1章 さまざまな観点

 まあ、それは読者も同じだろうけど。

 元々は1931年に出た本だ。そのためか、コンピュータ関係の記述はいささか怪しい。なにせ真空管の時代だし。だが、それ以外は、かなり歯ごたえがある。というか、私は多くの箇所を読み飛ばした。読みこなせるのは、大学で理系を専攻した人ぐらいだろう。これが数学の怖い所だ。

 さて、数学の正体そのものは、けっこうアッサリしている。

数学の本質は、公準と名づける明確に記述されたいくつかの仮定に基づく演繹的推論である。
  ――第12章 抽象と予測

 偉そうな言い方だが、「ルールを決めて、それに従ったらどうなるか見てみよう」、そういう事だ。このルールを公準と呼ぶ。

公準とは単に証明なしで認めることにした記述をいう。その有名な例はユークリッドの平行線公準(→Wikipedia)で…
  ――第2章 数学的真理

 その上で、たまに「ルールを変えたら面白いんじゃね?」とか「このルールは邪魔だよね」とか言いだす人もいる。

当面われわれにとって重要なことは、(N.I.)ロバチェフスキー(→Wikipedia)がユークリッドのゲームの規則を変更して、他のこれと同じくらい、面白いゲームを創案したという事である。
  ――第3章 束縛を破る

 ということで、非ユークリッド幾何学ができましたとさ。

 代数も自然数かた整数・有理数・実数・複素数と広がってきたけど、その先は…

有理数、実数、複素数と進んでくれば(略)なぜこのような一般化の方向をさらに押し進めないのか?(略)
このような特定の方向でこれ以上の一般化はできない…
  ――第4章 “同じであるが、同じでない”

 ということで、複素数までで終わりだそうです。ああ、良かった。

 はいいけど、普通の人は思うよね。「虚数って何よ?」私は「なんか知らんけど、そういうモノ」で誤魔化してるし、二次元の座標系で表すと、なんかわかったような気になる。こういうイメージは数学者にも必要らしい。

どの論理学者にせよ、またどの数学者にせよ、その意識の奥に何かモデルをもたずに、純粋に抽象的な推論によって多くのことを達成した人が、いまだかつていたかどうか疑わしい。
  ――第5章 抽象術

 でも四次元より多い次元のモデルを思い浮かべられる人って、いるんだろうか? いるんだろうなあ。まあいい。先の二次元の座標系ってのは、思ったより重要な発見らしい。

代数学と解析学――連続変化の数学――を、幾何学の伝統的語彙を用いて、“空間”のグラフ的言語に翻訳するという、きわめて稔り多い習慣が発展した。
  ――第7章 絵で考える

 おかげで幾何学と代数学・解析学が、互いに翻訳可能になったのだ。これが数学に与えた影響は…

…変換の一つの目的は、未解決の問題をすでに解決された問題か、でなければもとの問題よりも簡単で近づきやすい問題に帰着させることにある。
  ――第6章 大樹も一個の種子から

 互いのライブラリが利用可能になった…って、プログラマにしかわかりませんがな。そして幾何学からは、新しい数学が生まれたのだ。

トポロジーとは位相変換のもとで不変な空間の性質を研究する学問である。
  ――第8章 古い道標、新しい道標

 私もよく知らないけど、一筆書きとか球とドーナツとか。四色問題(→Wikipedia)もコレらしい。

 トポロジーはボンヤリと「何をやっているのか」が思い浮かぶんだが、見当もつかないものの一つが群論だった。

群論の広範囲に渡る威力は、それがみかけ上異なるものの、背後にひそんでいる同一性をさらけだすという点にある。
  ――第9章 群

 本書が説明している群は有限かつ周期性のあるモノで、曜日やルービック・キューブがソレだね。でも無限のモノもあるそうだから、わかった気になると後が怖い。

 さて、本書のテーマの一つは純粋数学=数学のための数学と、応用数学=何か応用目的がある数学の問題だ。意外と数学者も具体的な応用問題がある方が嬉しいらしく…

幾何学者たちがリーマン幾何学について論文をたくさん書くようになったのは、一般相対性理論(1916年)がこの幾何学を一般に普及してからにすぎない。
  ――第10章 “メトリカル”な宇宙

 なんて傾向も。数学にも流行りすたりがあるんだな。さて、本書の出版当時は数学の女王扱いされていたのが整数論。

ギリシア人が残した幾何学の問題のうち、現代人が解決できなかったものは一つもない。しかしギリシア人が残した整数論のあるいくつかの些細な問題――“完全数”など――となると、われわれはまだ解決できず当惑するのである。
  ――第11章 数学の女王

整数論は、数学において残された最後の大きい未開の大陸である。
  ――第11章 数学の女王

 と、純粋数学の女王に君臨していた整数論だけど、コンピュータの普及により今は暗号やビットコインで最もホットな領域になってるなあ。

 対して昔から物理学や工学の奴隷としてコキ使われていたのが代数学・解析学。力学の本を開けば数式が続々と出てくるし。

解析学(略)には、連続変化量(略)に関することがらはすべて含まれる。
  ――第12章 抽象と予測

 というのも、モノの運動や変化に関する事柄は、やっぱり数式が最も表しやすいからだ。

数理物理学の重要な方程式は、そのほとんどすべてが変化率のあいだの関係を表現したものである。
  ――第14章 二種類の絵

 中でも重要なのが微分方程式。

物理科学の重要な“法則”全体の99%までは、微分方程式、またはその系に含まれている。
  ――第14章 二種類の絵

 銃弾・砲弾の弾道計算とかね。そんな微分方程式の代表がニュートンの運動方程式。その元をたどれば天体の運動が楕円で云々にたどり着く。楕円の解析は数学の歴史でも重要らしい。

楕円がわれわれに教えてくれることがらに比べれば、円がわれわれに教えるものは何もないのと同様である。
  ――第13章 キュジコスから海王星まで

 この章で最初に登場するのがアレキサンダー大王の教師を務めたメイナイクモス(→Wikipedia)で、紀元前380年の生まれ。うーむ、私の数学能力は紀元前より劣っているのか。

 さて先に出た微分だが、この逆が積分。これは数学者でも扱いが難しいらしい。

優秀な解析学者でも解けないかもしれないような微分法(微分学)の難問は、解析学の非常に熟達した専門家でないと作れないといってよい。しかし積分法(積分学)の問題なら、2,3時間積分を勉強して記号の意味を理解した程度の初学者でも、現在の数学者はもちろんのこと、今後数世紀にも解けないような難問をつくることができる。
  ――第15章 応用数学の主な手段<

 いわゆる∫で表すアレね。これがよく出てくるのが…

古典的な力学や物理学において登場するのは微分方程式(変化率が項に含まれる方程式)であるが、履歴現象を扱う理論においては積分項が方程式中に現れる。
  ――第16章 微積分学を越えて

 だそうです。よくわからんが、オウムアムア(→Wikipedia)がどこから来たのか、みたいな?

 オウムアムアは太陽系から出て行っちゃったけど、地球や火星は太陽の周囲を回ってる。つまり周期性がある。また、音も波で周期性がある。交流電流や電波も波だ。これらを数学者は波動として扱う。

数学者にとって“波動”とは、ある微分放映式の解として得られる関数が周期性を持つことを表す便宜上の用語にすぎない。
  ――第17章 波動と振動

 怪しげな世界じゃ“波動”に別の意味があるらしいけど、数学じゃそうなんです。で、コレを扱う際は、どうしても三角関数が出てくる。

正弦や余弦が現代の科学や工学において重要なのは、それらが周期関数だからである。
  ――第17章 波動と振動

 で、例えば音の場合、たいていの楽器は幾つかの倍音を含んでいる。

フーリエの定理によれば、ある条件のもとで周期曲線は単純な成分(正弦あるいは余弦)に分解される。言いかえれば周期曲線はこれらの成分を加え合わせることによって合成される。
  ――第17章 波動と振動

物理学の立場からフーリエの定理をみると次のようになる。「任意の周期的変化は調和振動(正弦曲線あるいは余弦曲線で表される振動)の和に分解される」
  ――第17章 波動と振動

 という事で、シンセサイザーは、複数の周期曲線を重ね合わせているワケですね。知らんけど。

 他にも統計力学なんて言葉は知ってたけど、ソレが何をするのかは見当もつかなかったが…

統計を力学に結びつけるという方法は、特に熱力学(熱に関する現象を研究する科学)において役立つ。
  ――第18章 選択と偶然

 きっとエンジンの設計とかじゃ重要なんだろうなあ。

 と、数学全体を見渡して、それぞれの分野から面白そうなトピックを拾い出し、「どんなことをやっているのか」「どんな風にコトを進めるのか」「ソレが何の役に立つのか」などを、一般向けに解説…というか紹介する本だ。とはいえ、数式はバリバリ出てくるし、説明文も数学の教科書っぽい。著者は「わかんなきゃ読み飛ばしていい」と冒頭の「読者へ」で宣言しているので、そういう読み方ができる人にお薦め。

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2026年6月 1日 (月)

キース・トムスン「海賊たちは黄金を目指す 日誌から見る海賊たちのリアルな生活、航海、そして戦闘」東京創元社 杉田七重訳

大航海時代も終わりに近い17世紀後半に、バッカニアと呼ばれる海賊たちがいた。カリブ海でスペインの植民地や商船を襲撃した、イングランド、フランス、オランダの海賊である。(略)本書は、ある海賊団に属していた七人の海賊のしたためていた日誌をもとに、彼らのリアルな生活、航海、戦闘の模様を冒険物語風に明らかにするノンフィクションである。
  ――訳者まえがき

【どんな本?】

 大航海時代も終わりに近い1680年。中米から南米を支配するスペインの船を、イングランド・フランス・オランダ等の無法者が一獲千金を狙い私掠船として襲っていた。いわゆるカリブの海賊である。

 場所はパナマ地峡のダリエン地峡(→Wikipedia)。先住民クナ族の王が、カリブのイングランド海賊に話を持ち掛ける。曰く、孫娘がスペイン人に攫われた。スペイン要塞を襲い孫娘を取り戻したい。要塞は南海(太平洋)沿いにある。力を貸してくれ。

 海賊には美味しい話だ。南海で暴れた海賊はフランシス・ドレイクぐらい。カリブと異なりスペインの守りは薄い。町を襲えば濡れ手に粟の荒稼ぎだ。しかし、問題もある。ダリエン地峡だ。

 ここは地形が複雑な密林で気候も厳しく、アナコンダやクロコダイルが潜む秘境だ。21世紀の今もなお、南北アメリカ大陸を縦断するアメリカン・ハイウェイはこの地域で途絶えている。当時の海賊に、この地峡を越えるのは不可能だ。

 だが、地元民の案内があるなら話は変わってくる。

 クナ族の王は、スペインと通じているのかもしれない。それでも、地峡を越えれば手つかずのブルーオーシャンだ。疑念を抱きつつも、海賊たちは王の誘いを受ける。ここから、荒くれどもの大冒険が始まった。

 海賊のなかには、几帳面に航海日誌を付けている者が複数いた。その何人かは、手記を著しベストセラーをモノにしている。ただし、当時の書物だけに、信頼性はアレだが。立場の危うい海賊だけに、自らの無法や悪事は誤魔化してるし。

 本書の著者キース・トムスンは、彼らの航海日誌を突き合わせ、また裁判記録なども漁り、海賊たちの冒険の足跡を辿るとともに、海賊たちの食事や雇用条件などの日常生活をも再現してゆく。

 「短くとも楽しい人生」をモットーに、「吊るされるために産まれた」とうそぶく荒くれたちの生き方を描き出す。少し変わった歴史本。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Born to be Hanged: The Epic Story of the Gentlemen Pirates Who Raided the South Seas, Rescued a Princess, and Stole a Fortune, Keith Thomson, 2022。日本語版は2023年7月28日初版。単行本ハードカバー縦一段組み本文約350頁に加え訳者まえがき5頁+「参考にした資料について」3頁。9ポイント44字×19行×350頁=約292,600字、400字詰め原稿用紙で約732枚。文庫なら厚い一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。ただ、単位がマイルやポンドなのが、ちとキツいかも。

【構成は?】

 物語風に進むので、素直に頭から読もう。

クリックで詳細表示
  • 訳者まえがき
  • 第1部 黄金への渇望
  • 1 プリンセス
  • 2 黄金の剣士
  • 3 地峡
  • 4 ゴールデン・キャップ
  • 5 決死隊
  • 6 西半球で二番目に大きい都市
  • 7 根っからの海賊
  • 8 気楽なカヌーの旅
  • 9 漂流者たち
  • 10 奇襲
  • 11 ドラゴン
  • 12 運任せの勝負
  • 13 甲板を流れる奔流のような血潮
  • 14 叛乱
  • 第2部 南海
  • 15 我らが銃の銃口
  • 16 海に呑み込まれる
  • 17 高潔であっぱれな勇者
  • 18 ヘビの髪を持つ姉妹
  • 19 浮かれ野郎ども
  • 20 水、水
  • 21 代償金
  • 22 85人の屈強な仲間たち
  • 23 ロビンソン・クルーソー
  • 24 非常に美しく堂々とした町、セント・マーク・オブ・アリカ
  • 25 うずき
  • 第3部 苦境
  • 26 射殺を覚悟する
  • 27 積み薪
  • 28 瀉血
  • 29 温められた甲板
  • 30 ホーン岬
  • 31 陸地初認
  • 32 銀のオール
  • 33 続編
  •  謝辞/参考にした資料について/図版クレジット/参考文献

【感想は?】

 とりあえず、本書の海賊は麦わらの一党のように綺麗な連中ではない。日本のヤクザの方がよほどマシだ。強盗はもちろん、強姦・殺人なんでもアリの無法者である。そこは覚悟しよう。もっとも、対するスペインも似たようなモンだが。

 それでも一応の大義名分は欲しかったらしい。彼らはバッカニア(→Wikipedia)を名乗っている。海賊にもイロイロあるのだ。

バッカニアたちは、(略)大義名分が欲しかった。でないと、いざ裁判になったとき、(略)古代ギリシャ時代から海でのさばり続ける Peirates(ラテン語で pirata)と同じだと見なされる。
  ――1 プリンセス

 連中の立場はスペインとイングランドの外交関係で変わる。この頃は緊張緩和に傾いており、イングランドじゃバッカニアの立場は弱かった。海賊王ヘンリー・モーガン(→Wikipedia)も、容赦なくバッカニアを取り締まってたし。なので、ソレナリの立場が必要だったのだ。

 こんな風に、無法者のわりに法的立場を考える記述は幾つかある。まあ現代のヤクザも法の抜け道に詳しいしね。

ふたつの船が出会って最初に手を出したのはどちらであるか、この言葉は海賊行為を働いたとして裁判にかけられたときに運命を決することになる。
  ――29 温められた甲板

 とまれ、この裁判もけっこういい加減で。

貿易船を予定どおり運行させるため、海事裁判所では驚くほどスピーディに事が進められる。(略)審理は、はじめから終わりまで一時間以内に終わることもざらだった、
  ――32 銀のオール

 まあ、そういう時代だったんです。

 とかもあって、本書のネタ元の手記も、自分に都合が悪い事柄は省いたり誤魔化したり。強姦を「奉仕に励んだ」とするとか。

 その航海日誌なんだが、実は数人が残している。だもんで、著者のキース・トムスンは、それらを突き合わせて整合性を取ったり、省かれた都合の悪い事柄を補ったりしてる。書き手の一人ウィリアム・ダンビア(→Wikipedia)は後に博物学者として名を上げる。

進化論の父は、(ウィリアム・ダンビアが著した)「最新世界周航機」を携えてビーグル号に乗ったのだ。
  ――33 続編

 なんでそんなインテリが海賊になったのか不思議だが、性分なんだろうなあ。

 さて奉仕活動(というか強姦)、これもバレたら大変で、先住民の掟じゃ…

「相手が処女だった場合、ペニスの導管にイバラのようなものを突っ込まれ、十回から十二回ほど回転させられる」
  ――4 ゴールデン・キャップ

 素蔵したら縮み上がってきた。

 そんなバッカニアたちがタムロしていたのがジャマイカのポート・ロイヤル。荒くれどもの巣窟に相応しく、なかなかの魔窟だ。

ポート・ロイヤルの建物の四軒に一軒が、酒を飲ませる店か娼館なのだ。
  ――7 根っからの海賊

 そのくせ、バッカニア同士の社会は意外と民主的なのが可笑しい。例えば、ボスは投票で決める。解任も……

バッカニアにとって叛乱は、(略)不信任案を投票で決するのである。
  ――14 叛乱

 と、血は流れない。解任されたホスも、次のボスが決まるまでは拘束されるが、決まれば元の仕事に戻るのだ。

(1681年)1月6日、投票によりシャープは(司令官を)退任となり、後継者の投票が終わるまで手かせをはめられて監禁された。
  ――23 ロビンソン・クルーソー

 また、船内の生活も意外と平等で。

スペイン船では通常、将校の船室に、マットレス、ベッドリネン、尿瓶が備わっている。(略)バッカニアたちは、みんないっしょにハンモックをつかって雑魚寝するのである。
  ――14 叛乱

 この辺のヤクザやマフィアとの違いは、バッカニアは組織が流動的でメンバーの離合集散が激しい点だろうか。ついでに、契約書があるのも違いだろう。さすが年季の入った契約社会。

お宝を頂戴したあと、まずは船医や大工といった技術職にその職能に見合った報酬を渡し、(略)労働災害への補償も定められていて、左腕を失った者は五百ピース・オブ・エイトか奴隷五人を…
  ――6 西半球で二番目に大きい都市

 と、労災への補償もちゃんとあるのだ。実は人材不足だったのか? それと技術職を大事にしてたのは、上層部が現場をよく知ってるから、なのかな。その上層部も投票で入れ変わったりするし。

 特に医師は貴重だったようで、敵に捕らえられても…

(捕虜になった)三人の外科医は間違いなく処罰されていない。スペイン人が彼らの医療技術を無駄にするわけはなく…
  ――25 うずき

 医師が貴重なのは時代も洋の東西も問わない、人類普遍の性質なのかも。つか医師の技術があるのに海賊船に乗るって人も、かなり珍しいんだろう。

 もっとも、当時の医療技術なんて推して知るべしで…

(外科医のいない)船では医者の仕事を船大工が肩代わりする(略)。医者の技術と道具は、大工のそれと重なる部分がある。少なくとも料理人より大工のほうが医者に近い。四肢の切断手術には、船体からフナクイムシにやられた部分を切り取るのにつかったのこぎりをそのまま流用する。
  ――27 積み薪

 その外科医の能力も、四肢の切断をいかに手早く済ませるか、で測られてた時代だし。本書にも脚を切断する場面があるんだが、ホラーが苦手な人には厳しい描写だろう。

 そんな医師でも貴重なのは、本書に出てくる契約書の条項に戦闘に関する事柄が多い点でもうかがえる。

バッカニアの船員雇用契約書は(略)補償を定めている。たとえばヘンリー・モーガンのそれでは、「いかなる戦闘でも、敵の要塞に真っ先に飛び込んでいくといった目覚ましい活躍を見せた人間には……50ピース・オブ・エイトを与える」と約束している。
  ――5 決死隊

 危険で、かつ重要な役割には、相応の見返りもあるし、ハッキリと明文化している。現代の軍でも勲章やポイント制の昇進とかがあるけど、ここまで即物的じゃないだろう。これも離合集散の激しく、短期契約が基本の社会だから、だろうか。

 そして事前準備に関する条項もある。

毎回の遠征でバッカニアたちが同意する船員雇用契約書(略)にはよく、このマスケット銃の扱いに関する規定が記されている。武器をつねにきれいに保ち、いつでも戦闘に臨む用意をととのえていないものは、捕獲物の取り分を失うとともに、船長や仲間が決める懲罰を受けることになる。
  ――3 地峡

 本書にはスペイン兵 vs バッカニアの銃撃戦の場面が多くあるが、銃の扱いはバッカニアの方が巧みだった模様。やはり実践で鍛えているからだろうか。ちなみに当時の銃は先込め式です。

 なお本書じゃ海上に加え陸上の戦いも多い。だってそもそもの目的がスペイン人の町を襲ってお宝を奪う事だし。ってんで、戦術的なネタも出てくる。

スペインの都市では、教会は基地にするのに最適だった。町の中心地にあって大量の捕虜を収容できるうえに、信心深いスペイン人は神の家を攻撃するのは抵抗があるからだ。
  ――22 85人の屈強な仲間たち

 今も昔も宗教施設は戦術的に大きな意味があるんですね。

 また、手榴弾もあった模様。とはいえ、爆薬の周囲に金属片などを固めた程度の手製のシロモノだったようだが。

手榴弾を投げる人間は、このうえない危険に身をさらすことになるため、モーガンがパナマを襲撃する際に作成した契約事項には、敵に手榴弾を一個投げた者には五ピース・オブ・エイトが支払われると定めてあった
  ――24 非常に美しく堂々とした町、セント・マーク・オブ・アリカ

 つまり手榴弾を使う状況とは、遮蔽物の陰から盛んに銃撃してくる敵に肉薄して投げる、そんな場面なんですね。もっとも、本書内の手榴弾は、みんな不発だったりするんだが。所詮は素人の手製だし。

 などと戦闘は危険な状況なワケで、中にはビビる奴もいる。その対策もあって…

海賊船のなかには、弾が飛び交いはじめたところで、乗員が持ち場を捨てて甲板下で怠けるのを防ぐため、かんぬきをかけるか、紐で縛るなどして、あらゆるハッチを大工が閉鎖するものもある。
  ――19 浮かれ野郎ども

 もちろん、海賊船と軍艦の戦いもある。この場合、最初は砲撃戦で始まる。当時の艦載砲は左右の両舷に沿って配置する。だから戦い方も、敵に対し、いかに側面を向けるかがキモだったりする。

巨大な大砲が設置されているのは各船舶の側面だけであり、船首にも船尾にもない。当時の海戦では、側面を航行する敵を片舷斉射で討ち取るというのが慣例で、あらゆる大砲は船の側面から一斉に発射されるのである。
  ――11 ドラゴン

 もっとも、効果があるのは砲弾そのものより…

当時の海戦では、発射体そのものより榴散弾の破片によって死傷することが多かった
  ――12 運任せの勝負

 「榴散弾の破片」とあるが、Wikipediaによると榴散弾の開発は1784年とあるんで、ぶどう弾か、または砲弾の着弾の衝撃で飛び散った木片などの事を言ってる気がする。

 困ったことに、当時の銃や砲の火薬は黒色火薬で、これは火がつくと爆発する。だもんで、火薬庫に火がつくと大変で。

海戦において、火薬の爆発事故による死傷者数は全死傷者数の1/4を占める。
  ――13 甲板を流れる奔流のような血潮

 なお現代の無煙火薬も燃えるけど爆発はしないそうです。この火がつくってのは戦闘に限らないのが怖い。例えば雷。

電流が船のマスト群へ引きよせられ――そこが海で、一番高い場所となる――貯蔵している火薬を爆発させるのである。
  ――17 高潔であっぱれな勇者

 おまけに当時はGPSはもちろん経度を知る手段もなきゃロクな海図もないし、緯度だって天測で調べるんで晴れてないとわかんない。そんな環境で一攫千金を狙う連中なんで、皆さん人生アドリブでやってる感が強い。そういう奴だからこそ海賊になるんだろうけど。

 そんな連中だからか、衛生概念もお察しで。

海の男たちが身体を洗うのは数か月に一度がいいところ(略)船内には、腐った木材や帆布、乾いた小便やカビの生えた嘔吐物、ニワトリやブタやそのほかの家畜(ペット、あるいは将来の食材となる)、船底でポチャポチャと音を立てる汚水の中で腐敗している有機堆積物など、悪臭の源はいくらでもあった。
  ――16 海に呑み込まれる

 現代の軍でも潜水艦はキツいようだが、これほどじゃないと思う。よく病気にならなかったな? いや、ちゃんと?病人も出ました。

壊血病に侵された乗員たちは甲板下の睡眠室で回復を待つしかなかった。そこはゴキブリが這いまわる不潔極まりない場所であるうえに、木造船の宿命といえる水もれもある。(略)何日ものあいだ衣類は濡れたままで、寒くなっても暖を取る手段はなく、下甲板の悪臭を放つ闇のなかにぶら下がる濡れたハンモックに、溺死した――あるいはまだ生きている――ネズミといっしょに寝ているしかないのである。
  ――22 85人の屈強な仲間たち

 もちろん、壊血病の原因や治療法は知られていない時代です、はい。医師も役に立ってないじゃん。そんな船上生活の描写も、本書の嬉しいところ。例えば…

海賊船はとりわけ転覆しやすい。船荷は空っぽで、高いマストで何トンという重量の帆布がはためいているというのは、極度な頭でっかちと同じだからだ。
  ――16 海に呑み込まれる

 これは海賊船に限らず、船倉が空の帆船の全般に言える事なんだろう。そんな船は保守・管理も大事で。

船体に付着した海草はまさにジャングルといってよく、(略)3ノットほども減速する。
  ――18 ヘビの髪を持つ姉妹

 これは現代の船乗りたちも相変わらず悩んでる問題だよね。あとフジツボとか。それに帆船ならではの苦労もあって。

帆布は雨のなかでおろすことはできない。濡れたまま保管すると腐りやすいからだ。
  ――18 ヘビの髪を持つ姉妹

 帆布の素材は麻かと思ったけど、Wikipediaを見ると綿みたいだ。

 本書には長い航海で飢えや渇きに苦しむ場面が幾つかある。飢えたなら魚を釣ればいいいじゃん、と思ったら、やっぱり釣ってた。

1日で30リーグという快速で海を進み、120ポンドのビンナガマグロが獲れるなど釣果も上々で…
  ――31 陸地初認

 西洋人も魚を食べるのだ。薪は貴重だから、マリネかな? 水の補給も…

雨が降った(略)「パンプキン(船体から張り出した棒に張った帆)に飲料水が集まった」
  ――31 陸地初認

 と、雨水で補給する工夫があるのだ。そりゃそうだよね。

 モノに加え情報の補給も海賊の命綱。だから…

海賊は、捕虜にした人間すべてにかたっぱしから質問をぶつけるのが習いだった。生まれ故郷のこと、都心のこと、地方のこと。その結果、各地の製造業、資産、防衛施設、軍事力、弱点といった情報が、いかなる諜報組織がまとめる調書にもひけを取らないほど充実する。
  ――8 気楽なカヌーの旅

 そんな話をしてるうちに仲良くなる捕虜もいたり。

 捕虜ばかりでなく、奴隷にする場合もある。たいていは先住民なんだけど。これも油断大敵で…

夜のあいだは「つねに見張りをふたりたてることにした。でないと奴隷にいつ寝首を掻かれるかわからないからだ」
  ――26 射殺を覚悟する

 まあ当然だよね。この奴隷が後の裁判で重要な証言をする場合もあったり。

 かと思えば、商人とは異なった関係を築いてたりする。例えばスペインの要塞を襲いお宝を奪った後、スペイン商人が訪ねてくる場面がある。

彼ら(スペイン人商人)の目的は、(略)バッカニアがペリコ島から略奪してきた品を買い取ることだった。
  ――15 我らが銃の銃口

 海賊がうじゃうじゃいる海域に出張る商人だけあって、根性が座っているというか商魂たくましいというか。

 そんな海賊の目印といえば旗なんだが、当然ながら偽装もする。

身元を隠すために、バッカニアはしばしば自分たちの船にブルゴーニュの十字架を染めた旗を掲げて、敵の目を欺くことがあった。
  ――20 水、水

 なお「ブルゴーニュの十字架」はスペインの印です。旗に関しては他にも…

リングローズが休戦の白旗を持って…
  ――21 代償金

 と、「戦意の無い印」と認識されていた模様。Wikipediaを見ると「西暦25-205年の中国」「西暦69年の第二次クレモナの戦い」なんて例もあって、これまた人類共通の感覚なのかも。

 逆に海賊同士の戦い…というか喧嘩の描写も少しだけある。つまりは決闘だ。これもマナーが決まってて。

おそらく「剣かピストル」を持って決闘者ふたりは背中合わせに立ち、立会人の声でふりかえって攻撃する。それでもまだふたりとも立っていたなら、次はカトラスをつかって引き続き戦い、最初に相手に血を流させた方が勝者となる。
  ――30 ホーン岬

 ちなみに本書じゃ戦った両者ともに次の日にはアッサリと生きてるんで、別に必ずしも命がけってワケじゃないようだ。

 と、そんな無法者たちが、一攫千金を狙いながらもいきあたりばったり出たとこ勝負の破天荒な生き方を、冒険物語風に生々しく描いたのが本書だ。カリブの海賊に興味がある人はもちろん、当時の船上生活が知りたい人にもお薦め。

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