キース・ヒューストン「計算道具の歴史 石、そろばんから電卓まで」原書房 上原ゆうこ訳
生きることは数えることで、数えることは計算することだ。
――はじめに
【どんな本?】
ヒトは数え、計算する。買い物のお釣りの計算、5人分のカレーを作るのに必要なタマネギの数、お出かけの際の所要時間…。計算は暮らしに欠かせない。そしてもちろん、モノを仕入れ売る商人や、星の運行を調べる天文学者、そして税金をふんだくる役人にも、大量の計算が必要だ。
今はスマートフォンやコンピュータが大半の計算をしてくれる。しかし、これらが普及する前はどうだったのか?
最も原始的な手や小石/トークンから始まり、算盤や計算尺を経て Microsoft Excel に至る道のなかで、電卓はまたたく間に一世を風靡し消えていった。
ポケット電卓へとつながる道を辿り、また激しい競争の中で輝き消えていった伝説の名器・迷機たちを綴る、少し変わった歴史ノンフクション。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Empire of the Sum: The Rise and Reign of the Pocket Calculator, Keith Houston, 2023。日本語版は2025年9月30日第1刷。単行本ハードカバー縦一段組み本文約292頁に加え訳者あとがき4頁。10ポイント48字×19行×292頁=約266,304字、400字詰め原稿用紙で約666枚。文庫なら厚めの一冊ぐらい。
文章はこなれている。内容もわかりやすい。一部に面倒くさいアルゴリズムやコンピュータのプログラムが出てくるが、「なんかやってるな」程度に流して構わない。また、価格がドルで出てくるのが、若い人には少し辛いかも。1971年までは1ドル360円固定だったんです(→Wikipedia)。
【構成は?】
ほぼ時系列時運に進むが、各章は比較的に独立しているので、気になった所だけをつまみ食いしてもいい。
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- はじめに
- 第1章 手
- 第2章 アバカスとそろばん
- 第3章 計算尺
- 第4章 機械仕掛けの時代
- 第5章 アリスモメーターとクルタ
- 第6章 フリーデンのSTW-10
- 第7章 カシオの14-A
- 第8章 サムロックのANITA
- 第9章 オリベッティのプログラマ101
- 第10章 テキサス・インスツルメンツのカルテク
- 第11章 ビジコンの141-PF
- 第12章 ヒューレット・パッカードのHP-35
- 第13章 パルサー・タイム・コンピュータ・カルキュレータ
- 第14章 テキサス・インスツルメンツのTI-81
- 第15章 ソフトウェア・アーツのヴィジカルク
- おわりに
- 謝辞/訳者あとがき/参考資料/注
【感想は?】
書名は「計算道具の歴史」だが、2/3以上をを計算機械が占める。特に、電卓への愛が熱い。それは本書の構成にも表れていて、後半はほぼ電気式計算機の話だ。
それはさておき。歴史をさかのぼれば、「数えること」は、やはり指になる。となれば十進法が人類標準…
アメリカ先住民のいくつもの部族が使う数を表す言葉に関する1913年の調査により、(略)10の倍数で数えていたのは、調査した部族の半分より少なかった。約1/3は5という数(略)さらに1/10の部族が20という数、少数の変わり者の部族が(略)に、三、四を基準にしたやり方を用いていた。
――第1章 手
では、なかったのが意外。5はわかるが、3や4の文化もあったのは驚き。もっとも、世界全体で見ると…
…ほとんどすべての部族が、何らかの形で指を使って数えたのだ。
――第1章 手
やはり指は強い。本章ではメソポタミアの60進法の秘密も書いてある。これもやはり指を使ったのだ。ちなみに本物のプログラマは片手で31まで数えられますw
続く第2章では、石などのトークンからアバカス(→Wikipedia)へと進む。アバカスは知らなかったが、洋風の算盤だね。算盤はやはり中国が発祥で…
算盤は(略)1400年頃に韓国へ、それから200年たたないうちに日本へ伝わった。(略)「そろばん」についての最初の言及があるのは1600年頃だが、それより前からふつうに使用されていた可能性がある。
――第2章 アバカスとそろばん
と、日本に渡ったのは思ったより新しい。やはり昔は算盤の名手はいいて…
1946年、(略)逓信省東京貯金局の「名手」松崎喜義(略)が「そろばんを操り、(アメリカ陸軍の二等兵トーマス・N・)ウッドが最新式の電子計算機を駆使して、計算のスピードと正確さを競ったのだ。(略)松崎が足し算、引き算、割り算で勝ったのに対し、ウッドが勝利したのは掛け算だけだった。
――第2章 アバカスとそろばん
進駐軍と呼ばれていた頃ですね。もっとも、こういう個人技に頼るのが日本の欠点でもあってブツブツ。
さて日本人は計算と言えば算盤だけど、欧米の、特に理数工学系の人は計算尺を使った。この計算尺が登場するまでの物語も、数学・科学そして工学の歩みの典型例で、なかなか楽しい。
ジョン・ネイピア(1917年没、→Wikipedia)の対数、エドマンド・ガンター(1626年没、→Wikipedia)の「数の直線」、ウィリアム・オートレッド(1660年没、→Wikipedia)のスライディング・ルール――がそろい、計算尺が形をなした。
――第3章 計算尺
対数を使えば足し算で掛け算を代用できる。なら普通のモノサシと対数目盛のモノサシを組み合わせれば…って発想。算盤と異なりアナログだけど、いわゆる「天文学的数字」を扱う世界じゃ重宝するんです。
彼らの計算尺への信頼は凄まじく…
(シカゴのピケット社の)N600-ES(→スミソニアン協会)が興味深いのは(略)NASAがロケット燃料を1トン使ってでもそれを月へ持っていく価値があると判断した
――第3章 計算尺
計算尺は放射線で回路が切れたりしないしね。昔のSFにも、科学者や技術者が計算尺をカチャカチャやる場面がよく出てきたなあ。もっとも、あくまでもアナログなんで、お金を扱う分野などでは都合がわるい。てんで、歯車などを使った機械式計算機も出てくる。
(1635年没のヴィルヘルム・)シッカート(→Wikipedia)の機械(計算する時計)は災難に見舞われて失われてしまった。(1662年没のブレーズ・パスカルの歯車式計算機)パスカリーヌは有閑階級の狭い世界に閉じ込められていた。そして(1695年没の)サミュエル・モーランド(→Wikipedia)の装置は、彼の悪漢小説張りの生き方が影を落とした。
――第4章 機械仕掛けの時代
それでも機械式の計算機は目的によっちゃ役に立ったようで。
1877年に五年に一度の監査を実施したとき、この会社は24台の(1844年のパリ万博で披露された)アリスモメーター(→Wikipedia)を使って六ヶ月にわたり460万以上の計算を行った。アリスモメーターなしでは監査は不可能だったろうと、会社の重役は述べている。
――第5章 アリスモメーターとクルタ
アリスモメーターは、いかにもな卓上計算機だが、クルタは胡椒挽き器みたいな可愛い外見で、手のひらにスッポリ収まる。ちなみに以降の話は20世紀に入ってくる。
間違いなくクルタ(→Wikipedia)は携帯可能であることと実用的であることを同時に実現した最初の計算機――たまたまだがちゃんとポケットにも入る、足し算、引き算、掛け算、割り算ができるいわゆる四則演算マシン――だった。
――第5章 アリスモメーターとクルタ
クルタの発明者クルト・ヘルツシュタルクはナチスに目を付けられ、第二次世界大戦中には強制収容所送りになってるんだが、解放された後の挿話は彼の技術者魂をひしひしと伝えてくる。
クルト・ヘルツシュタルク(→Wikipedia)「私はポケットに入り計算できる機械が欲しい」
――第5章 アリスモメーターとクルタ
とまれ、第二次世界大戦までは…
何世紀もの間、コンピュータは人間だった。
――第6章 フリーデンのSTW-10
本書では「計算手」としている。米国では主に女だったとか。もっとも、機械化はされていたが。
STも(1949年発表の)STW(→スミソニアン協会、英語)も内部にアリスモメータの段付き歯車と計数機構を使い、外部にはどちらも可動キャリッジがあった。
――第6章 フリーデンのSTW-10
本書では、アポロ計画のオリジナル・セブンの一人であるジョン・グレンが計算手キャサリン・ジョンソンに寄せる信頼の厚さを物語る挿話を紹介してる。ちなみに日本でも70年代の金融系COBOLプログラマは女が多かった。
そして本書でもあの人がヒョッコリ顔を出す。
MTP(米国数表プロジェクト)ののべ計算時間が一年半だとすると、彼(フォン・ノイマン)の見積もりによればアメリカ初の電子式コンピュータENIACなら九時間で同じ答えを出すことができた。
――第6章 フリーデンのSTW-10
お値段は桁違いだけどね。
ここまでは機械式の話だが、20世紀も後半になると電気式が出てくる。そう、リレーの登場だ。これを利用したのが…
14-A(→国立科学博物館)の唯一の欠点はその大きさだった。それは(略)重さが140キロあって300ワットの電力を消費する「机」だった。
――第7章 カシオの14-A
もっとも、リレーには困った性質があった。壊れやすいのだ。
(ベル研究所の)調査で、リレーは2~300万回に一度うまく作動しない傾向があるということが分かり、それはベルの比較的進んだコンピュータで一日に4~5回のエラーに相当した。
――第7章 カシオの14-A
ここでは、「バグ」の語源なんて楽しい話も。
そこは科学の世紀、すぐに次の素子すなわち真空管が出てくる。利点は多く、リレーより速いし壊れたらすぐに分かる。だって光らないから。そして、何より…
何かあるとすれば、ユーザー・インターフェースよりANITA(→英語版Wikipedia)の静かさが問題だった。
――第8章 サムロックのANITA
そう、リレーはスイッチングのたびにカチカチ音がするのだ。だって端子が物理的にくっついたり離れたりするんだから。ただ、この静けさも、慣れないうちは戸惑うのだ。動いてるかどうか、わかんないから。
パソコンも、フロッピの時代は、アクセスするたびにカチャカチャ音がしたんだよね。日本語入力する時も、変換キーを押したらFD装置が鳴りだすんで、「頑張ってるなあ」と思ったモンです。
これが更にダイオードになると、製品の形にまで影響してくる。
プログラマ101(→Wikipedia)は、デザインの変曲点に到達した。従来の計算機のような機械式の装置では、デザイナーは、その機械的な機能によって形が決定される物体を外装で覆わなければならなかった。一方、電子部品はどんな形や大きさの回路基板にもはんだ付けすることができるので、素地の内部構造を配置しなおして望みの外形に合わせることができる。
――第9章 オリベッティのプログラマ101
そう、プログラマ101は見た目がお洒落なのだ。なぜかというと、イタリア製だから←偏見 あまりにお洒落で小さいため、1965年のニューヨーク万博で披露した際も…
見物人も、プログラマ101がスタンドアロンのデバイスだということを完全に信じることができなかった。彼らは、どこかほかのところにコンピュータが隠されているにちがいないと思い、それにつないでいるケーブルをさがしたが、見つけることはできなかった。
――第9章 オリベッティのプログラマ101
この章では、イタリアならではの国際的なユーザ・インタフェース・デザインの話もあって、案外とゲーム機のコントローラもオリベッティに学んだのか?と思ってしまう。
リレーから真空管そしてダイオードとくれば、次は集積回路だ。しかし、当初の需要予想は意外と弱気だった。
TIの重役たちは、公共機関の顧客以外、マイクロチップの需要はないのではないかと心配していた。
――第10章 テキサス・インスツルメンツのカルテク(→スミソニアン協会)
リレーや真空管は壊れたり切れたりするけど、集積回路はけっこう頑丈だ。だから買い替え需要はない。また、当初の需要はミサイルや人工衛星だった。それじゃ数ははけない。そこで電卓だ。
…ふう。やっと私たちが思い浮かべる、手のひらに乗る計算機が登場した。以降、キヤノンなと日本のメーカーも参入し、電卓市場は戦国時代へと突入する。
次なる進化は集積回路の構成だ。複数の集積回路を組み合わせれば、複雑なことができる。だが、役割ごとに集積回路を作っていたらキリがない。何か工夫はないだろうか。てんで、当時のシフトレジスタを拡張し、いわゆるCPUが登場する。
シフトレジスタは、ROMに書きこまれていてプロセッサによって実行される命令によって動く。
――第11章 ビジコンの141-PF
プログラムはROMに焼かれてるってだけで、理屈は今のCPUと同じだ。
この章では、有名な嶋正利(→Wikipedia)と4004が登場する。4004と名づけた理由は…
…チップの型番(4001ROM、4002メモリーチップ、4003シフトレジスタに合わせて4004)…
――第11章 ビジコンの141-PF(→国立科学博物館)
そうだったのか。
電卓市場の競争は激しく、小型化と低価格化が進む。その中で生き残るために、高機能化を選んだのがヒューレット・パッカードのHP-35(→Wikipedia)、いわゆる関数電卓だ。四則演算に加え対数や三角関数も使えるため、理数系の学生・学生に加え技術者に人気があった。そんな高度な機能を、どうやって実現したのか、というと。
(デーヴ・)コクランは、自由に使えるこの基本的な計算処理だけで計算機のROMをプログラムして、十進の掛け算から対数や三角関数まですべての計算を実行できるようにしなければならなかった。そのために彼は、平方根、コサイン、その他の処理を一連の足し算と引き算とシフト計算に分解できる「アルゴリズム」、いわば計算のレシピのライブラリーを作った。
――第12章 ヒューレット・パッカードのHP-35
加減算とシフト命令だけで、数値演算ライブラリをつくり、それをROMに焼いたんですね。なお、HP-35がウケた理由は、高度な機能に加えて、もう一つある。
RPN(→Wikipedia)が分かりにくいというまさにそのことがHP-35(→Wikipedia)に他と違うという特別感――一台に400ドルも出すもう一つの理由――を与えたと主張する学者もいる
――第12章 ヒューレット・パッカードのHP-35
出たよ逆ポーランド記法。今も PostScript で生き残ってます。演算子の優先順位が不要で構文解析もインタプリタの構造も簡単で、ある意味、美しいのだ。人間には書きづらく見づらいけどw
さて、小型化の競争も激しくなると、腕時計型なんてのも出てくる。ボタンが小さいので、専用のペンが必要だったり。
22個の小さなボタンがちりばめられた四角なごつい腕時計とボタンを押すのに使うスタイラスペン
――第13章 パルサー・タイム・コンピュータ・カルキュレータ(→スミソニアン協会)
本書は行き過ぎを揶揄する感じだけど、今でいう Apple Watch だよね。他にもイロモノ電卓はあって、カシオは音楽シンセサイザーと電卓を組み合わせた。
カシオは1981年に、VL-1の機能の多くをそのまま使っているがピアノに似たキーボードをもっと馴染みのある電卓のレイアウトに変えたVL-80(→calculator.org)で、電卓シンセサイザーの競技場に戻った。(略)ドイツのバンド、クラフトワークは彼らのシングル盤「電卓」の販促品としてロゴ入りのVL-80を作らせ、かれらのとくに有名な数曲をこの小さなカシオで演奏するための譜面をつけた。
――第13章 パルサー・タイム・コンピュータ・カルキュレータ
というか、逆にシンセサイザー(カシオトーン)に電卓をつけたんだろうなあ。つかクラフトワークの電卓、カシオ製だったのか。だから日本語で歌ってたのね。
などと電卓が人々に浸透すると、教育への影響を考える人も出てくる。悪影響を危惧する人もいた。曰く…
「電卓を使えば、子どもたちが中身が分からない箱の上のボタンを押すのが数学だと思う危険性がある」
――第14章 テキサス・インスツルメンツのTI-81
逆に積極的に数学教育に活用しようとする教師もいたんだが…
1970年代の終わりになっても教室で電卓を使用できるようにしている教師は30人にひとりより少ないというのが実情だった。
――第14章 テキサス・インスツルメンツのTI-81
こういう所は、現代のスマートフォンやAIと似ているね。で、テキサス・インスツルメンツは自社の電卓を教育市場に売り込むべく、盛んにロビー活動を繰り広げるわけです。アップル社もMacintoshで似たような事をやってたけど、先例があったのか。ちなみにそのTI-81(→Wikipedia)はカシオのfx-7000G(→英語版Wikipedia)のパクリ。
そのCPUもカシオのCPUもザイログのZ80というチップを使っていて…
――第14章 テキサス・インスツルメンツのTI-81
と、懐かしいベストセラーZ-80の名が出てきて驚いた。
ちなみに電卓を使った授業の効果、つまり生徒の成績については…
2003年に、30年分の調査について調べたエイミー・J・エリントンは、さまざまな能力の生徒がいるクラスおよび比較的能力の高い生徒を集めたクラスの場合、電卓の使用を授業で許可されるが試験で禁止された生徒は、電卓なしで教えられた生徒より成績がよいことを明らかにしている。
――第14章 テキサス・インスツルメンツのTI-81
と、多少の効果はあった模様。もっとも、先に書いたように、積極的に電卓を採り入れた教師は少数派つまり熱心で意欲的な教師なんで、そういう偏りはあるかも。そして何より…
電卓を使う生徒は間違いなく数学の授業を少しよけいに楽しんでいた。
――第14章 テキサス・インスツルメンツのTI-81
うん、楽しいってのは、大事だよね。
などと電卓は競争を繰り広げるのだが、やがて黄昏の時が来る。その先兵はパソコン…というか、当時はマイコンと呼んでいた。中でも魔王の卵的な存在が、Apple IIで走るヴィジカルク。今のExcelの曽祖父みたいなソフトです。ただ、当初は売り込みに苦労したようで。
ダン・ブリックリン(→Wikipedia)「あの頃は、それ(ヴィジカルク、→Wikipedia)をプログラマーに見せたら、『やあ、いいね。(略)それで?』と言われたものだ。しかし、本物のスプレッドシートで財務の仕事をしなければならない人に見せたら、震え始めて『それをするのにまる一週間かかった』と言う。そして、鼻先にクレジットカードを突き出してくるんだ」
――第15章 ソフトウェア・アーツのヴィジカルク
なんであれ、新しいモノってのは、なかなか理解されないんだよなあ。
そんな競争を繰り広げた電卓だが、今やモノとしての電卓は…
今日、我々が電卓を使おうと思ったら、まずスマートフォンを手に取るかラップ・トップコンピュータを開き、それからお気に入りの電卓プログラムをスタートさせる。
――おわりに
とあるが、100円ショップじゃまだ売ってるね。とまれ、もう何年かすると、フロッピ・ディスク同様、若い人はアイコンやインタフェースを見て「なんでこの形なの?」と言いだすかも。
副書名は「石、そろばんから電卓まで」だが、多くの紙面を電卓に割いているあたりに、著者の偏った愛情が滲み出ている。それもまた、原書房の歴史書らしい味で、私は好きだ。コンピュータとは異なり、敢えて機能を限定することで、低価格化と小型化を実現し、人々に親しまれた電卓の功績は大きい。モノや技術や産業の歴史が好きな人にお薦め。
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