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2026年5月 3日 (日)

トビー・レスター「第四の大陸 人類と世界地図の二千年史」中央公論新社 小林力訳

本書をまとめているものはヴァルトゼー・ミュラーの地図そのものである。
  ――はじめに

ヴァルトゼーミュラーは、現代的な世界地図製作において原型となるものを作ったようだ。すなわち、世界の大陸と海岸の姿を、ほぼ我々が今日知るような形で提示した、最初の地図である。
  ――プロローグ 目覚め

地図が究極的に表現するものは、(略)人間の経験そのものに他ならない。それは世界における我々自身のための場所を思い描くという、決して終わることのない試みなのである。
  ――エピローグ 世界の姿

【どんな本?】

 2003年、米国議会図書館が一組の地図を一千万ドルで購入する。独立宣言のオリジナルより約200万ドル高価で、公の場で取引された歴史的文書としては当時の最高額だった。それはヴァルトゼー・ミュラーの地図(→Wikipedia)と呼ばれ、「アメリカ」という地名の由来となった地図である。

 「第四の大陸」とは、南北アメリカ大陸を示す。中世から目覚め始めた13世紀から大航海時代の曙である16世紀初頭にかけ、ヨーロッパ人の世界観は大きく変わる。それまで世界に三つの大陸で形作られていると思われていた。アジア・ヨーロッパ・アフリカである。だがモンゴル帝国の襲来や香辛料貿易により、彼らの世界観は広がってゆく。やがて人文主義の勃興やコンスタンティノープルの陥落に伴う人材の流入そしてコロンブスの航海により、彼らの世界観は揺らぎ始め…

 「アメリカ」という地名の由来を追いかけながら、当時の欧州人の世界観の変化が地図へと反映してゆく過程を、有名無名取り混ぜ多くの人物の交わりを通して描く、歴史ノンフィクションの力作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Fourth Part of the World: The Race to the Ends of the Earth, and the Epic Story of the Map That Gave America Its Name, Toby Lester, 2009。日本語版は2015年8月7日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約468頁に加え年表5頁+訳者あとがき3頁。9ポイント46字×21行×468頁=約452,088字、400字詰め原稿用紙で約1,131枚。文庫ならたっぷり上下巻ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。歴史的な経過や背景は本書内で説明があるので、世界史に疎くても大丈夫だろう。それより、カナリア諸島など大西洋の島々やカリブ海・南米周辺の地名がよく出てくるので、手元に世界地図があると便利だ。

【構成は?】

 原則として時代を追って進むので、素直に頭から読もう。

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  •  主要登場人物
  • はじめに
  • プロローグ 目覚め
  • 第1部 旧世界
  • 第1章 マシューの地図
  • 第2章 神の天罰
  • 第3章 世界を記述する
  • 第4章 大洋の向こう
  • 第5章 見ることは信じること
  • 第2部 新世界
  • 第6章 再発見
  • 第7章 賢人プトレマイオス
  • 第8章 フィレンツェ人の世界観
  • 第9章 未踏の大地
  • 第10章 アフリカの大地へ
  • 第11章 学者たち
  • 第12章 嵐の岬
  • 第13章 コロンボ
  • 第14章 提督
  • 第15章 キリストを運ぶ者
  • 第16章 アメリゴ
  • 第3部 新旧世界の融合
  • 第17章 ギムナジウム(学舎)
  • 第18章 果てのない世界
  • 第19章 その後の世界
  • エピローグ 世界の姿
  • 補遺 スティーヴンスとブラウンの地図
  • 年表 本書で取り上げた主な出来事
  •  訳者あとがき

【感想は?】

 最初にお断りしておく。書名から思い浮かべるような、南北アメリカ大陸発見の物語ではない。いや後半でコロンブスやアメリゴ・ヴェスプッチは出てくるのだが、両名ともソコが米大陸だとは思っておらず、アジアの一部だと思っていたようだ。「アメリカ」と名付けられた経緯は終盤で明らかになるのだが、けっこう脱力物だったりする。

 では主題は何かというと、ヨーロッパ人の世界観の変転である。そういう点では「地図の世界史」とも共通するテーマだが、本書は13世紀から16世紀初頭に焦点を絞っている。

 最初に出てくる世界観は、TO図(→Wikipedia)である。円の上半分がアジア、下を更に左右に分け右がアフリカで左がヨーロッパ。現在の地図は北が上だが、TO図は東が上だ。これはキリスト教的な世界観を表している。

(13世紀初頭イギリスの修道士ブラザー・)マシュー(・パリス,→英語版Wikipedia)の描く地図は、(略)神が創造したままの世界を描いていた。
  ――第1章 マシューの地図

 当時の欧州人には、プレスター・ジョン(→Wikipedia)の存在が大きかったようだ。東方におわすキリスト教の王国を統べる偉大な伝説の王である。お陰で…

モンゴル軍がコーカサスに進出したとき、友好的に迎えられたことも不思議ではない。チンギス・ハーンとプレスター・ジョンは同一人物とみなされたのである。
  ――第2章 神の天罰

 これはエンリコ航海王子(→Wikipedia)やコロンブスの航海にも影響があり、その影響力の大きさに唖然としたり。

黄金とプレスター・ジョンを夢見ることこそ、ポルトガル人をしてアフリカ西海岸を南下させた原動力だった。そしって、奴隷貿易もまた原動力となった。
  ――第10章 アフリカの大地へ

 そこにマルコ・ポーロが登場する。彼の東方見聞録には、独特の特徴があった。

(東方)見聞録は、(略)新たに世界の全体像を示すことを目指したのである。
  ――第3章 世界を記述する

 文章ではあるが、まさしく地図を目指したのだ。

 が、現実に忠実な地図は、意外な所から出現する。海図だ。長距離の航海には、正確な地図が必要なのだ。

海図がもたらした(略)最大の変化は、船乗りたちが海図とコンパスを使い、星が見えるかどうか案ずることもなく、大きな自信を持って長距離の航海に出発できるようになったことだ。
  ――第4章 大洋の向こう

 まあ地上の地図なら、距離より旅程=移動にかかる時間に準じた方が使い勝手がいいしね。

 とまれ、やがて正確な位置を反映した地上の地図も欲しい、となる。そこで必要なのが緯度と経度だ。そのデータは、意外なところにあった。

(ロジャー・)ベーコンの時代、緯度と経度は地理学上の道具ではなく、天文学のツールだった。(略)つまり占星術の材料の一つとして必要な情報だった。
  ――第5章 見ることは信じること

 天動説の時代ではあったが、天体の運動は精密な観測がなされ、また周転円を用いた正確な予測もできたのだ。占星術のために。

 そして勃興する人文主義は、王侯貴族の野望と利害の一致をみる。

ローマ教会と欧州貴族が、大西洋の探検と帝国主義的拡張という新たなプログラムを発展させるに当たり、古代の地理学に基づいた知識を利用し始めたということだ。ペトラルカたちにとって都合の良いことに、この潮流はローマ時代の知識、力、地理的範囲を研究しようとする新たな人文主義的流れに合致するものだった。
  ――第6章 再発見

 ここで意外だったのは、人文主義者が目指したのはローマ時代の復興であって、ギリシャ時代ではない点。よって人文主義者たちが漁ったのはラテン語の文献であって、古代ギリシャ語ではない。つか彼らは古代ギリシャ語ができなかったのだ。

 よって、本書中で古の賢者扱いされているプトレマイオス(→Wikipedia)には、目が行かなかった…当初は。

 そのプトレマイオスの著作『ゲオグラフィア』(→Wikipedia)は、単に世界の姿を示しただけではない。科学的な位置の測り方・数学的に正確な計算方法そして地図への投影方法、すなわち正確な地図の作り方をも示したのだ。

彼は(略)世界を地図化する方法を読者に示すために『ゲオグラフィア』を書いたのである。
  ――第7章 賢人プトレマイオス

 そんな具合に無視されていたギリシャの遺産だが、意外なきっかけで転機が訪れる。オスマン帝国の包囲に危機を感じたコンスタンチノープルから、助けを求める使者が訪れ、西欧との交流が復活したのだ。招かれたマヌエル・クリュソロラス(→Wikipedia)は、東ローマ帝国が受け継いだギリシャの知的遺産を西欧にもたらす。

プトレマイオスの『ゲオグラフィア』がついにヨーロッパで復活したのだ。
  ――第8章 フィレンツェ人の世界観

 この勢いを後押ししたのが、教会大分裂(→Wikipedia)の解決を目指す1414年からのコンスタンツ宗教会議(→Wikipedia)というのが面白い。いや肝心の主題は全く進まないのだがw

 これには各国からお偉方が集まった。大勢の取り巻きを引き連れて。その中には多くの学者・知識人も混じっていた。彼らは一向に進まない会議に退屈し、近所の教会などで古の文献を漁り、また学者同志で語り合う。つまりは世界的な学会をアチコチで開催したのだ。

「コンスタンツ(宗教会議、→Wikipedia)では、異物を発掘したことこそ最も重要な成果だ」
  ――第9章 未踏の大地

 続く1430年からのフィレンツェ公会議(→Wikipedia)では、より多くのキリスト教徒が集う。

アルメニア人、カルデア人、コプト人、エチオピア人、グルジア人、ギリシャ人、マロン人、ネストリア人、ロシア人などがこぞってフィレンツェに集まった。
  ――第11章 学者たち

 そして、より多くの学者たちが交流を深めてゆく。

フィレンツェ公会議は、ある重油な分野――地理学上の学説――の統一に役立った。人文主義者たちの系統だった研究により、あらゆる階級のヨーロッパ人が新しい概念をまじめに考え始めた。世界全体は、知られている世界だけではなく、理解し探検する撚りがあるのではないか?
  ――第11章 学者たち

 学者たちが意見や研究成果を交換し合うのは、学問を発展させる契機になるのだ。シリコンバレーも、そういう事なんだろう。ここで復活したプトレマイオスの知恵やマルコ・ポーロの経験が、イベリア半島の王たちの野望を後押しする。

15世紀にポルトガル王に仕えたドイツ出身の地理学者マルティン・ベハイム(→Wikipedia)「ここに示したリンゴ[地球儀]には、全世界が園」長さと幅に比例して、幾何学の原理に従い示されている――すなわち、ある部分はプトレマイオスが述べたことに、そして残りはヴェネツィアの騎士、マルコ・ポーロが1250年[原文のまま]に書き留めあせたことに従っている」
  ――第12章 嵐の岬

 とまれ、新大陸は大西洋の西にある。船乗りたちにとって、大海原で東西の距離を測るのは難題だった。

東西の距離を測ることは、地理学者にとって常に課題であった。
  ――第13章 コロンボ

 これに対し、アメリゴ・ヴェスプッチは巧妙な解を見つける。

もし滅多にない天体の出来事――例えば、惑星あるいは月の合つまり重なり――が観測できれば、その時刻を正確に記録する。(略)それがヨーロッパで何時間早く起きることになっていたか調べるのだ。
  ――第16章 アメリゴ

 そして月と火星の合を観測し、その時刻によって現在地の緯度を計算するのだ。繰り返すが、天動説の当時でも天体の運行の観測と予測は正確だった。

 賢い。…だがしかし、ヴェスプッチの計算=82.5度は正解の60度と大きくズレていたんだが。ざんねん。

 話を戻す。コロンブスは西に向かい、陸地を見つける。もっとも、彼は先の理由で地球の大きさを過小評価していたし、見つけた陸地をアジアだと思い込んでいた。それでも、彼の発見は大ニュースだった。<

ヨーロッパのいくつかの都市では、さっそく印刷業者が(最初の航海から帰還した)コロンブスの手紙を出版し始めた。それらは今でいうベストセラーになったといってよい。(略)彼は西の大海でいくつかの縞を発見し、その大きな権利を主張していた。ただそれだけのことだった。
  ――第14章 提督

 当時の人々は、現在のパナマ地峡あたりに海峡がある、つまりより西へ行く航路があると思っていた。そしてコロンブスは海峡を探すのだが…

彼(コロンブス)は海峡を見つけられなかった。そしてスペインでは自分の名声が色褪せてしまった事実に直面する。
  ――第15章 キリストを運ぶ者

 今でこそコロンブスは有名人だが、晩年は冷淡に扱われた。というのも、当時の社会には大きな富をもたらさなかったからだ。変わってスターになったのが、南米大陸にたどりついたアメリゴ・ヴェスプッチ(→Wikipedia)。そう、地名「アメリカ」の所以となった人物である。彼による冒険公開の手紙は、これまた話題になる。

1506年までに23種類もの版が刷られ、(ヴェスプッチの)手紙はベストセラーになった。
  ――第16章 アメリゴ

 が、これが後世の研究者には頭痛の種になる。

しかしその話は、ほぼ間違いなく作りごとだった。
ここに歴史家が「ヴェスプッチ問題」と匙を投げる事態が持ち上がる。ヴェスプッチの名前で出版された手紙は、彼本人が書いていないのではないかという非常に厄介な問題である。
  ――第16章 アメリゴ

 当時の印刷所は、ウケを狙って山ほど駄法螺を盛り込んだのだ。人食い人種,乱交,豊かな食物など。まったく、マスコミってのは昔からw

 いや当時の学者たちも似たような苦労をしてるんだけど。

「多くの箇所で、最も熱心な読み手でさえ、どれが後世の者による文か、どこがプトレマイオス自身に帰する文か分からなかった」
  ――第17章 ギムナジウム(学舎)

 プトレマイオスの『ゲオグラフィア』を復刻しようにも、伝わっているのは写本である。写し間違いもあれば手抜きで一部を削ったり、勝手に書き換えたり。写本の厄介なところだね。

 とまれ、これらの困難を乗り越え、プトレマイオスの『ゲオグラフィア』を継ぎ、ヴェスプッチらの功績を加え、最新の世界地図を作ろうとする者たちが現れる。マティアス・リングマン とマルティン・ヴァルトゼーミュラー(→Wikipedia)である。

ヴァルトゼ―ミュラーは当時の地図製作者の常識を捨て、新しく発見された大地をアジアの一部とはしなかった。(略)彼はそれを海に囲まれたものとした。
  ――第18章 果てのない世界

 そして、やっと本書の冒頭へとつながる。

彼はこの新しい大陸に名前を与えた。アメリカである。
  ――第18章 果てのない世界

 ヴェスプッチにちなんだ名前だが、ヴェスプッチ本人は了解していない。出版人が勝手に名付けたのである。

 幸いにしてこの本は好評を博す。この当時の書籍流通の実態が楽しい。

16世紀初め、本を売るのに最も良い場所は、地域における書籍市だった。(略)最も重要なものはフランクフルトのブックフェアであり、これは今日まで続いている。
  ――第19章 その後の世界

 コミケかよw 当時の出版業の市場規模を思えば、コミケよりささやかだったのかも。この辺の事情は「印刷という革命」が詳しい。

 それはともかく、この本と地図は話題を呼び、次の時代へと繋がってゆくのである。

地図は当時既にポーランドにも入っていた。そしてドイツ語を話す人文主義者ニコラウス・コペルニクスが、今こそ宇宙の全く新しいモデルを提示すべきだと決断する後押しとなったのである。
  ――第19章 その後の世界

 「アメリカ」という地名に焦点を当て、そこにたどり着くまでの道筋を、宗教的なTO図からヴァルトゼーミュラーの地図まで、モンゴル帝国の拡大や教会分裂などの歴史の偶然と、それを契機に出会い交わった人々の姿を通して描いた、重量級の歴史絵巻。西欧中心の史観ではあるが、丁寧な調査が描き出す精密な歴史像は、科学史にも通じる面白さがある。科学史・技術史が好きな人にお薦め。

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