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2026年4月の1件の記事

2026年4月 8日 (水)

釘原直樹「集団はなぜ残酷にまた慈悲深くなるのか 理不尽な服従と自発的人助けの心理学」中公新書2851

人間を知るためには集団を理解することは不可欠である。
  ――はじめに 集団心理の光と影

数々の悪の中で理想主義ほど大量の犠牲を生むものは他にない。
  ――序章 集団とは何か

権威の定めたルールが、最初は理にかなっていても、状況の変化でそのルールに従うことが人倫に反することになる場合がある。(略)ルールは状況が変われば変更される必要があるが、なかなかそのようにならない傾向がある。
  ――第2章 服従の理由は? 第三者の感想は? 実験の問題点は?

【どんな本?】

 震災などでは、多くの人がボランティアとして被災者を支援した。集団としてのヒトは、往々にして互いに助け合う性質がある。だが逆に、地下鉄サリン事件のように、集団全体が凶悪な事件を起こす時もある。個人としての振舞いと、集団の中での振舞いは異なるのだろうか。

 集団にもいろいろある。たまたまそこに居合わせただけの赤の他人同士と、指示する者・従う者といったように役割がハッキリしているとき、または友人・家族など付き合いのあるもの同士など、絆の有無でも、振る舞いは変わるのだろうか。

 社会心理学の教授が、集団とその中の人の振舞いについて、主に航空機事故など極端な状況を中心に、幾つかの実験や事故の調査を基に語る、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2025年4月25日発行。新書で縦一段組み253頁に加えあとがき3頁。9ポイント42字×17行×253頁=約180,642字、400字詰め原稿用紙で約452枚。文庫なら普通の厚さ。

 日本人の著作のわりに文章は少し硬い。まあ学者が書いた本だし。内容は、分かりやすい所とややこしい所がある。ややこしいのは、実験の手順や仕組みを説明している部分。つまり学問としての正当性を保障する所だね。面倒くさければ読み飛ばしても大丈夫。後で結果を分かりやすく解説してるから。

【構成は?】

 各章はおだやかに関連しているので、素直に頭から読もう。

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  • はじめに 集団心理の光と影
  • 序章 集団とは何か
    集団の定義/集団の機能/何が集団に光と影をもたらすのか
  • 第1章 わが国で行われた服従実験で明らかになったことは何か
  • 1 責任を「人」に押しつける
    状況の力の過小評価と個人の責任の過大視/プロ野球監督の責任論
  • 2 服従実験と悪の凡庸性
    服従実験の他分野への影響/ミルグラムのオリジナル実験/わが国と外国の服従実験/服従実験と時代の雰囲気
  • 3 筆者が行った服従実験
    方法の概要/1 被験者の募集/2 実験補助者と臨床心理士による面接/3 被験者に対する説明/4 実験のシナリオ/5 抗議や疑問に対する実験者の対応/6 実験後の説明
  • 4 日本での服従実験の結果は?
    1 服従率/2 責任の配分/3 非服従者の実験中・実験後の発言/4 服従者の実験中・実験後の発言(1 実験に参加することへの興味・好奇心・報酬/2 生徒役に被害が及んだ場合のa)自分の責任 2)実験者の責任に関するもの/3 大学や科学的研究や実験者への貢献意思と敬意/4 仕事を遂行することへのつらさや困難さ/5 生徒役に対する心配・同情・思いやり/6 生徒役に対するa)ネガティブな視方 b)被害の軽視 c)苦痛を与えることへの快楽/7 恐怖や緊張/8 仕事を遂行することの責任
  • 第2章 服従の理由は? 第三者の感想は? 実験の問題点は?
  • 1 なぜ参加しようと思ったのか
  • 2 服従を促進する要因は何か
    1 権威の側が与える一方的・恣意的ルールの存在(反応の間違いを電気ショックで正すというふれこみ)/2 役割の付与(教師、生徒、自由の戦士、殉教者 社会的に望ましいと思われる役割)/3 最初の出発点の行動は恭順だが攻撃のレベルが徐々に上がる(15ボルトから始まる)/4 行動の意味の転換(被害者を傷つける→罰することによって学習を助ける)/5 責任の分散(自分の責任ではない)
  • 3 なぜ離脱できないのか
    1 契約(謝礼、給与)/2 足を洗う・脱会することにコストがかかり困難(やめますというだけでは済まされない)
  • 4 服従実験の観察者は実験をどのように見るのか
  • 5 服従実験の問題点1 生態学的妥当性の問題
    1 服従実験の生徒役とホロコーストの犠牲者を同一視することの問題/2 服従実験という新奇な状況に被験者が突然投げ込まれることの問題/3 アイヒマンの凡庸性に関する疑い
  • 6 服従実験の問題点2 方法論と倫理の問題
    服従者の責任と自由意志の問題/研究倫理の時代による変化/筆者と大学倫理委員会とのやりとり/被験者に対する配慮
  • 第3章 同調行動はなぜ起きるのか
  • 1 同調とは何か
  • 2 同調の分類
  • 3 無意識に影響を受ける
    暗黙的影響/集団お見合い実験/エレベータ実験
  • 4 緊急事態で大きくなる影響
    情緒的影響/火災からの避難行動と同調/緊急事態の同調実験/脱出における同調と執着/筆者が行った脱出ルート実験
  • 5 集団規模による影響
    内部告発/エスカレーターの右並び/左並び同調実験
  • 第4章 現代日本人の同調の特色は何か
  • 1 同調行動に影響する要因
    アッシュ型同調実験/時代と文化/性差と年齢/現代日本人の同調傾向は低いのか
  • 2 筆者が実施した同調実験
    実験の方法/実験結果 集団サイズ、年齢差、性差と同調率や判断時間の関係/実験者の述懐(1 内在化型/2 信念貫徹型/3 迎合型)
  • 第5章 同調行動はどのように拡散するのか
  • 1 ロジスティック・モデル
  • 2 同調の広がりに関する実験
    同調はどのように完成するか/同調が進むと雪崩を打って完成する
  • 3 大集団での同調は?
    大人数でも同調するか/勝ち馬に乗る?
  • 第6章 緊急時事態では人は理性的に振る舞うのか
  • 1 集団のネガティブな側面の研究
    集団浅慮/援助行動
  • 2 緊急事態では人は理性を失うのか?
    描かれる群集心理/理性喪失イメージに対する反証/理性喪失イメージの原因/行政当局の群集に対するイメージ
  • 3 実際の緊急事態の行動と意思決定の研究
    ストレス状況下での行動の特徴/タイタニック号沈没事故/ドイツ軍戦闘機搭乗員の行動/ナイトクラブ火災/恐怖状況での集団幽閉実験
  • 4 9.11同時多発テロ時の世界貿易センタービルからの避難
    避難の概要と調査対象者/避難訓練の問題/脱出方法と脱出時の行動/正常化偏見、物や仕事への執着、リーダーシップ、絆の存在
  • 第7章 航空機事故発生時の機内で人はどのように行動したのか
  • 1 ガルーダ・インドネシア航空機福岡空港離陸失敗事故
    事故の概要/調査の目的/調査方法
  • 2 事故発生時の客室内
    客室内の破損状態に関する乗客の認知(座席1~4/座席9~15/座席16~19/座席22~30/座席31~38)
  • 3 乗客の認識
    事故発生直後の茫然自失/混乱と狼狽/同調/出口ドアに対する執着/荷物に対する執着
  • 4 脱出時の行動
    リーダーシップ/乗客間の相互援助
  • 5 調査のまとめ
    凍結/パニックの程度/リーダーの発生/面識の有無と避難行動に関する実験/緊急事態の行動に影響する絆の存在
  • 終章 集団の光と影に何が影響するか
  • 1 社会の価値観
  • 2 加害者と被害者の視点の違い
    時間的展望/加害者行動に関する認識/損害の程度/加害行為の原因(性格か状況か)
  • 3 内集団と外集団
    外集団同一性バイアス/一般化バイアス/内因的要因貴族バイアス/記述バイアス/ステレオタイプ
  • 4 行為者と観察者の認識の食い違い
  • 5 光と影の非対称性(影が光より強いのか)
  • あとがき/註・参考文献

【感想は?】

 集団の中の人の振舞いを扱った本だ。そういう点で、「同調圧力」と似たテーマと言える。

 が、なぜか幕開けはミルグラム実験(→Wikipedia,「服従の心理」)だ。役割/立場として残酷な仕打ちをするよう求められたとき、ヒとはどこまで残酷になるか、その際の責任などをどう感じるか、そんな実験だ。

 思ったより多くの追実験がなされているのが意外だった。また、実験の倫理的な是非を厳しく問う風潮になっているのは、まあ時代の趨勢だろう。結果はミルグラムの実験と大差なかったが…

服従の責任の配分については、本実験もミルグラム実験もほとんど同じであった。すなわち、被験者は実験者、教師役、生徒役にそれぞれ約3割の責任があると見なしていた。
  ――第1章 わが国で行われた服従実験で明らかになったことは何か

 と、被験者(電撃を与える役)が、生徒(被害者)役にも責任があると考えているのも、意外だった。ヒトは加害を加える立場になると、「被害者にも責任がある」と思い込む傾向があるらしい。

 この「立場による違い」は、別の調査でも明らかになる。実験を観察する第三者を導入し、この観察者に是帰任の所在を問うと、生徒役の責任を問う人がグッと減るのだ。

 とまれ、いささかミルグラムとの違いも気になる。被験者の心に強い衝撃を与える実験だけに、著者は被験者を幾つかのふるいにかけている。精神的に不安定と思われる応募者はハジくのだ。倫理的には妥当だが、サンプルとしては少し偏っているかもしれない。

 続くテーマは同調、いわゆる付和雷同の傾向だ。同調にも傾向がある。

恐怖や不安が喚起される事態では同調傾向が強くなることが考えられる。
  ――第3章 同調行動はなぜ起きるのか

 自分の判断力に自信がない状況だと、大勢に従いやすいのですね。

 ここでもアッシュの実験(→Wikipedia)が何回か追実験されている。日本での実験では、「日本人は思ったより同調圧力に強い=自分の判断を押し通す」と出ていたのだが…

1966年に行われた実験の被験者は慶應大学の学生であり、2008年実施の実験の場合は40人の被験者のうち38人は東京大学の学生、さらにその他日本で行われた実験の被験者は、筑波大学、大阪大学の学生であった。
  ――第4章 現代日本人の同調の特色は何か

 日頃からエリート扱いされている人たちだしねえ。

 ってんで、平均的と思われる人を集めて追実験したところ、元の実験と大差ない結果が出ましたとさ。

 終盤では、航空機事故など危機的状況でのパニックがテーマとなる。ここでのハイライトは、ガルーダ・インドネシア航空機福岡空港離陸失敗事故(→Wikipedia)の生存者たちへのインタビュウだ。

 乗客は団体旅行の乗客が多かった。つまり、たいていの人は周囲に家族や友人や会社の同僚など、互いに見知った人がいた。そのためか、この事故では声を掛け合ったり助け合ったりしている。

数多くの実証実験の結果、明らかになったことは、パニックはめったに起きないということであった。
  ――第6章 緊急時事態では人は理性的に振る舞うのか

 絆があるから、と結論づけたくなるが、村上春樹が地下鉄サリン事故の被害者に取材した「アンダーグラウンド」でも、見ず知らずの人を助けるために奔走した人の話が出てくる。集団のパニックは、かなり誇張されているのだ。

 もっとも、ホラー映画じゃパニックが起きないとお話にならないしね。

 終章では、様々なバイアス(判断の偏り)を挙げている。その中では、外集団同質性バイアスが面白い。

外集団同質性バイアス:外集団成員は一枚岩であり、(略)自分たちの集団は多様性があると思うものである。ただし、弱小集団は自分たちの同一性を高く評価するが、強い集団は「自分たちはいろいろな人がいる」と思う傾向がある。
  ――終章 集団の光と影に何が影響するか

 弱い集団だと逆転するのだ。これは、多数の中での少数派って立場に立つとわかるだろう。少数派は結束を強めないと多数派に対抗できないのだ。勤め先での学閥や県人会なども、こんな心理が根底にあるんだろうなあ。

 人の心の負の側面を強調する傾向が強い心理学だが、本書は光の部分にも着目しているのが特徴だろう。実験の手順などを詳しく書いているのは誠実でもあるが、素人には鬱陶しく感じるかもしれない。まあ読み飛ばせばいいんだけどね。ということで、ヒトのココロに興味がある人にお薦め。

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