SFマガジン2026年4月号
人間の本当の居場所ってどこなんだろう
――矢野アロウ「マイボディ・オン・ザ・ムーン」「皆さんは、煩雑な管理作業から解放されて、より生産的でクリエイティブな活動に向かうことができます」
――草上仁「月蝕」
376頁の標準サイズ。
特集は2つ。一つは「プロジェクト・ヘイル・メアリー」特集として対談やエッセイなど。もう一つはジョン・ヴァーリイ追悼特集。
小説は9本+1本。特集で1本、連載が3本、読み切りは5本+1本。
ジョン・ヴァーリイ追悼特集は「プッシャー」浅倉久志訳。
連載小説は3本。冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第64回,山本浩貴(いぬのせなか座)「親さと空」第3回,藤岡みなみ「タイムトラベル専門書店、はじめました」新連載。
読み切りは5本+1本。円城塔「無名再帰書」「竜の命名」,片瀬二郎「ゴールド8」,トシヤ・カメイ「コモレビ」勝山海百合訳,草上仁「月蝕」に加え矢野アロウ「マイボディ・オン・ザ・ムーン」冒頭の豪華400枚。
ジョン・ヴァーリイ追悼特集。
ヴァーリイが亡くなったとは知らなかった。今は絶版となった短編集「残像」で彼と出会い、以来、八世界シリーズを中心に邦訳された作品をずっと読んできた。彼の作品を一言で表すなら「喪失感」だろう。八世界シリーズからして、人類は故郷の地球を失っている。とか思ったら、大野万紀の追悼エッセイにも…。円城塔の寄稿も意外だった。
「プッシャー」浅倉久志訳。イアン・ハイセは白髪混じりでたくましい肩の男。彼は児童公園で子供たちを見回す。いい感じの女の子がいた。10~12歳ぐらい。見つめると、イアンに語りかけてくる。名はレディアント。イアンは得意の物語を語り始める。
ええ歳こいたオッサンが、何やら目論見を持って10~12歳程度の女児をひっかける。ヤバくね?ってな疑惑は、お話は進むにつれ、どんどん膨れ上がってゆく。幾つかの断片的な情報から、物語世界は科学と技術が発達して治安がいい、理想的な未来世界なのが伺えるのだが…。ヴァーリイらしい、切なさが漂う作品。
連載小説。
冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第64回。イースターズ・オフィスに<楽園>と市警、そして<クインテット>一味が連合してのリバーサイド・ホテル襲撃はついに終わる。多くの犠牲者が出たものの、捕えられた人質を取り返した。また、敵の主犯格も手中に収めたものの、これはとんでもない危険人物で…
冒頭からシザースならではの特異な能力が披露される。シザースの能力?は、ハンターの特殊能力の共感と似てるんだよね。共感は感情を共鳴させるんだが、各員は自我を保ってる。シザースはというと、こちらはそれぞれ。マクスウェルは自我を失ってるっぽいけど…
山本浩貴(いぬのせなか座)「親さと空」第3回。2025年10月、大学生になった柚葉は東京芸術劇場での短期集中ワークショップで万葉と出会う。万葉は早口で勢いよく喋り、グイグイと距離を詰めてくる。しかも話題はアチコチへと飛び回り…
ほぼ現在を舞台とした今回。ややメタな展開も挟みつつ、いわゆる「創作系」な人の生態というか会話というか、その辺が興味深いお話だった。特に万葉。哲学・科学・芸術と、やたら関心の幅が広く多くの分野を食い散らかし、かつ自分なりに解釈しては繋げていくオツムが凄い。
藤岡みなみ「タイムトラベル専門書店、はじめました」新連載。2025年11月、東京都板橋区小豆沢にタイムトラベル専門書店 utouto が開店した。400年も続く名士、蓮沼家の旧邸宅の一角にある。門や建物は旧家らしい伝統と貫録を備えている。また江戸から大正・昭和など、さまざまな時代の品々に囲まれ…
どこまで本当でどこからが作り話か、混沌としているあたりが、いかにもタイムトラベル専門書店な感じだ。たしかにタイムトラベラーやタイムパトロールや異星人が紛れ込んでいても不思議はない。
読み切り5本+1本。
円城塔「無名再帰書」。図書室で本を読むムアのまわりを、光が取り巻く。光の調子は読んでいる本により異なる。魔術に近いが、ムアが意図して発動しているワケじゃない。レルは魔術の力を持たないソウルレスだ。魔術のトリガーは人それぞれだが、一般に呪文を用いる。長い呪文では詠唱者による効果のばらつきが大きくなる。
次の「竜の命名」と共に、2026年4月に刊行予定の連作短編集『土人形と動死体』の一編。円城塔には珍しいファンタジイ作品だが、読者を煙に巻く独特の文体と、妙な屁理屈で辻褄を合わせる芸風は健在。本作では魔術と呪文の関係を、円城塔ならではの屁理屈で追求しつつ、楽員の落ちこぼれムアとレルの意外な才能が…
円城塔「竜の命名」。様々な人が住み、多くの言語が入り乱れる新構築で、ミティクは調整役のような役割を担っている。言葉の行き違いで起きる騒動を、多くの言語に通じるミティクが収めるのだ。今回の騒ぎは連続殺蜥蜴人事件。被害者は3人、すべて蜥蜴人だ。蜥蜴人のクメヌと食事をとりつつ事情を話し合い…
連続殺蜥蜴人事件の謎を追うバディ物…の体裁ながら、肝心のクメヌが無表情なだけでなく、実際にあまり感情的じゃないのがトボけた味を出してる。次第に明らかになる蜥蜴人の生態と考え方は、エイリアン物としても楽しい。いやオチはアレだがw
片瀬二郎「ゴールド8」。<行動集会>のせいで向こう岸へ渡る橋が封鎖された。マトゥーラたちは軽自動車で逃げ出すが、渋滞につかまってしまう。運転席のゴールドエイトは最低限の身動きしかしない。ときおりドローンがとおり過ぎる。ネットは<行動集会>のときから使えなくなった。
欧州や米国ばかりでなく、最近は日本でも大きくなりつつある移民排斥の風潮がテーマの作品。インターネットの封鎖は、つい最近イランが実施したワケで、2026年初頭の今に読むと、実に生々しい。そういやイランもペルシア系・トルコ系・クルド系・アルメニア系と多民族な上に、アフガニスタンからの避難民も多くて…などと考えると、更に生々しくなってきて怖い。
トシヤ・カメイ「コモレビ」勝山海百合訳。エミは骨の白さの部屋で合成タタミに座っている。しわぶき混じり、というよりしわぶきの合間をぬって、天井からさがるマイクロフォンに話す。「コモレビ」「木々の葉のあいだを陽の光が通り抜ける」
1頁半の掌編。爆発的にAIの発展と普及が進む最近のご時世にピッタリの作品だ。
草上仁「月蝕」。天体・気象管理局の主な使命は、天体運行と気象変動の管理だが、他にも様々な役割があった。設備は老朽化してトラブルが絶えない。局員たちも常に追い回され、ジワジワと高齢化が進む。そこにセールスマンが完全自動化を売り込んできた。
お話はメルヘンなんだが、局員たちの境遇は妙にナマナマしく、身につまされる人も多いんじゃなかろか。ニュースなどに出てくる工場は、たいてい清潔で自動化が進んでるけど、ちょっと裏手に回れば機械油が染み込んだ床や壁とか、ガッコンガッコン音を立てるけど信頼のおける機械とかが、重要な役割を果たしてたり。
矢野アロウ「マイボディ・オン・ザ・ムーン」冒頭。2024年、中国に通じつつNASAに務める楊張敏は、中国の国家安全部に拉致され異様な話を聞く。月の南極近くのクレーターに人工物らしき構造物を見つけた。中には透明なカプセルが立ち並び、首がなく座禅を組んだ遺体が入っている。その数は数十。
冒頭とはいえ400枚、ちょっとした文庫本一冊並みの大サービス。しかも「月で人工物が見つかる」という、アーサー・C・クラーク「2001年宇宙の旅」やジェイムズ・P・ホーガン「星を継ぐもの」などのスケールの大きい傑作に真っ向から挑む野心作。書籍版は2026年6月18日に単行本上下巻で刊行。原稿用紙2000枚というから収録分は約1/5、主な登場人物と舞台設定が明らかになった程度だが、感触は本格派かつ重量空の手ごたえ。
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