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2026年3月の3件の記事

2026年3月31日 (火)

マイケル・ブラストランド+デイヴィッド・シュピーゲルハルター「もうダメかも 死ぬ確率の統計学」みすず書房 松井信彦訳

危険はいつどこにでもある。そして、どれをとっても例の2つの顔をもっている。無感情で型にはまった、計算に徹する顔と、人間くさい希望と恐怖に満ちた顔だ。
  ――はじめに

避妊薬、子宮内避妊具、インプラント、注射は99%の効果があるとされ、したがって1年後に妊娠するのは100人中1人未満と予想される
  ――8 セックス

個々の殺人は予測できないが、その数とパターンは予測できる。
  ――22 犯罪

確率とは混乱そのものなのである。
  ――27 審判の日

【どんな本?】

 危険はあらゆる所にある。道を歩けば交通事故にあうかもしれない。盛り場ではチンピラに絡まれることもある。病気で亡くなる人は多い。博打で有り金をスる人もあれば、薬物中毒で廃人になる人も。

 人生には様々なリスクがある。予防接種にしたって、人によっては副作用に苦しんだりする。だが、受けなければ伝染病にかかりかねない。

 いずれにしても、そこには利益と不利益がある。一人にとっては重大な事態だが、社会全体で見れば一定の法則が見えてくる。つまり、確率だ。大抵の国では、毎年の交通事故の件数がいきなり変わることはない。

 英国のジャーナリストと統計学教授が、人が見舞われる災厄について、主に英国の統計を用いてそのリスクを明らかにするとともに、災厄が引き起こす事態を物語形式で語る、少し変わった統計と確率の解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Norm Chronicles: Stories and Numbers About Danger and Death, Michael Blastland + David Spiegelhalter, 2013。日本語版は2020年4月10日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約364頁。9ポイント48字×20行×364頁=約349,440字、400字詰め原稿用紙で約874枚。文庫なら厚い一冊か薄めの上下巻ぐらい。

 文章は比較的にこなれている。ジャーナリストの著作のためか、英国人っぽい紛らわしいジョークも控えめ。一般向けを目指しているだけあって、内容もわかりやすい。中学生でも充分に読みこなせるだろう。

【構成は?】

 「はじめに」と「1 人生のはじまり」だけは最初に読もう。以降の章の基礎となる設定を語っている。以降の章は、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

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  • はじめに
  • 1 人生のはじまり
  • 2 乳児期
  • 3 暴力
  • 4 平穏無事
  • 5 事故
  • 6 予防接種
  • 7 偶然の一致
  • 8 セックス
  • 9 薬物
  • 10 大きなリスク
  • 11 出産
  • 12 ギャンブル
  • 13 平均的なリスク
  • 14 偶然
  • 15 交通機関
  • 16 エクストリームスポーツ
  • 17 ライフスタイル
  • 18 安全衛生
  • 19 放射線
  • 20 天空
  • 21 失業
  • 22 犯罪
  • 23 手術
  • 24 検診
  • 25 老後のお金
  • 26 人生の終わり
  • 27 審判の日
  • 謝辞/索引/原注

【感想は?】

 統計と確率の本だ。それも、少し変わった構成になっている。

 統計も確率も数字だ。だがヒトは数字に弱い。直感的に数字を理解できる人は少ない。けど、物語には強く心を動かされる。だから、本書お各章は、大雑把に二部構成になっている。具体例を物語で示し、その後で数字を示していく。

 正直、私はこの物語パートは余計だと感じた。ぶっちゃけ、物語作家としては…まあ、アレだ。

 その分、数字を示すパートは良くできていると思う。特に感心したのが、二つの概念、マイクロモートとマイクロライフだ。

主として用いるのが、(略)マイクロモート(Micro Mott, MM)(略)で、死亡確率1/100万のことである。
  ――1 人生のはじまり

マイクロライフとは(略)30分である。
  ――17 ライフスタイル

 ソレがそれだけヤバいかを示すのがマイクロモートだ。要はパーセントの1万分の1なんだが、少数より整数のほうが直感的に分かりやすいのだ。

 そしてマイクロライフは、ソレでどれだけ寿命が縮むかを示す数字だ。こんな風に使う。

たばこ1本で平均余命は平均約15分短くなる
  ――17 ライフスタイル

 かなり切実に伝わってくると思う。

 ちなみに、統計の大半は英国の数字を用いている。日本とは異なるが、同じ島国の先進国だから、大きな違いはないだろう。

 お話は、まさしく「ゆりかごから墓場まで」の順に進んでゆく。まずは乳児の頃だ。

(乳児の)危険の大半は最初の数週間に集中しており、(略)最初の誕生日を迎えたなら、1年あたりのリスクは激減して、1歳になるまでの年4300MMから、7歳児の年100MM未満になるまで、あるいは全原因で1日あたり約1/4MMにまで下がる。
  ――2 乳児期

 昔は乳児の死亡率が高かった。現代でも途上国はそうだ。そして先進国でも、乳児の死亡率が高い。そもそも乳児は死にやすいんだろう。人類、よく今まで存続できたなあ。

 当然、産む側の負担も大きい。そして産んだ後も。

新生児の母親の10~15%前後が(産後うつに)悩まされる。
  ――11 出産

 前世紀はあまり話題にならなかった産後うつだが、実際にはありがちな事らしい。育児休暇の必要性がよくわかる数字だ。

 どうにか乳児期を過ぎても、親の心配は尽きない。その一つが犯罪に巻き込まれることだ。しかし…

あなたが親なら、平均的にいってわが子に対する断トツで最大の暴力リスクは、あなたである。
  ――3 暴力

 いわゆる児童虐待だね。そして…

殺されるリスクは15歳未満の子供のほうがどの年齢層よりも低く、年2~3MMほどだ。子供が1年かけてさらされる殺害リスクは、平均的な大人が数日単位でさらされている不自然な原因による急死の標準的なハザードと同じである。
  ――3 暴力

 これは老人にも当てはまるようで。

65歳ともなると、暴力犯罪のリスクは20代前半の男性と比べて1/10未満となる。(略)
イギリスで女性が暴力犯罪の犠牲になる確率は男性の半分だ。
  ――22 犯罪

 と、案外と子供と老人は犯罪の被害にあいにくい。最もヤバいのは若い男だったりする。これは事件ばかりでなく、事故も…

子供はほかのどの年齢層と比べても事故死の可能性は格段に低い。
  ――5 事故

 もしかしたら、その理由の一つは、親をはじめ周囲の大人が子供を見守るようになったおかげかも。

 日本でも、昭和に比べれば社会は子供に注意を払うようになった。これを逆に危ぶむ声もある。

子供の事故件数が一部低いのは過保護のせいかも知れず、子供は何も学ばずに大人になって代償を払うことになる、という主張をHSE(イギリス安全衛生庁)が受け入れているらしい
  ――5 事故

 最近の子供はヤバい事・所に近寄らない。だからヤバさが分からず、妙な所に踏み込んじゃうかもしれない。そんな心配だ。もっとも、これについては、「らしい」で、明言は避けている。

 先に書いたように、大人の方が暴力事件に巻き込まれやすい。テレビでも、殺人事件の報道が相次いでいる。マスコミが私たちの判断に与える影響は大きく…

何かに命を奪われかねないという心配が募るのは、命を奪われる確率が高いからではなく、テレビに向いていそうだからなのだ。
  ――4 平穏無事

手に入るどのデータを見ても長期的な傾向は横ばいか減少なのだが、イギリスではここ10年で犯罪が増加していると思われており、その根拠をちまたで聞いてみるとメディア報道が挙がる。
  ――22 犯罪

 と、こと細かな事件の報道があるたびに、私たちの心は怯えるのだ。

 新型コロナでも、予防接種の是非が話題になった。なんであれ、予防接種には多少の副作用が付きまとう。私の知人にも、腕の痛みを訴える人がいた。その程度ならともかく、重い副作用に見舞われた、なんて話もある。が、これも、ある程度は確率と統計の問題だ。

どのような大規模介入においても注射時期に前後して必ず悪い物事が起こる
  ――6 予防接種

 「注射時期に前後して」と言うと何か関係がありそうだが、世界はいつだって「悪い物事」が起きているのだ、どこかで。まあ、さすがにホルムズ海峡封鎖と予防接種を結びつける人はいないだろうけど。いなよね?

 医師の多くは予防接種を薦めるが強制はしない。というか、最近の医師はだいぶ態度が柔らかくなったように私は感じる。昔はもっと偉そうで独善的だった。まあ私が歳をとったから、かもしれないけど。

今日の医療はミスや不確かさを受け入れる間口を広げる段階に達しつつあり、ミスのリスクがあることや快方に向かわせている/いない本当の要因がわかっていないことを、従来よりも積極的に認めている。
  ――23 手術

 これは私も最近になって体験した。とある問題が見つかり原因を尋ねたところ、医師曰く「わからないですね~」だった。いや今は特に症状が出てなくて、困ってもいないんだけどね。

 さて、そんな予防医療や検診だが。擬陽性だの偽陰性だのの問題もあるが…

ヨーロッパで行われた男性18万2000人を対象とする調査では、11年後、検診を受けていいたグループで前立腺がんによる死亡が21%減っていた。これは男性1000人中1人の減少に相当することから、前立腺がんで死ぬ人を1人減らすには、1056人の男性に検診を受けてもらって治療の症例を37例増やす必要があるということである。
  ――24 検診

 そもそも「どれぐらい多い病気なのか」も重要なのだ。確率に加え、実際の数字も大事なんですね。

 確率ってのは直感に反するもので、完全にランダムな事象でも、いやランダムだからこそ、一か所/一時期にかたまる傾向もある。

真にランダムな事象にはまとまる傾向もある
  ――7 偶然の一致

 サイコロで6が出た際、次に6が出る確率が最も高いのは、何回目だろう? 実は1回目なのだ。

 事件や事故は避けるのが難しい。が、自ら危険に近づく人もいる。そんな危険の一つが、薬物だ。一般に薬物の危険を云々する際は、使用者本人の身に降りかかる危険に着目する場合が多い。が、本書が紹介する論は、社会全体や環境にも着目した危険度のランキングだ。

(使用者への害に加え社会や環境への害を計算し)算出されたランキングの最上位は72点のアルコール、ヘロインとクラックがそれぞれ55点と54点で続き、たばこは26点の6位、エクスタシーは(略)最下位に近い9点だった。
  ――9 薬物

 どう計算したんだろ? 社会への浸透度合いも考えたのなら、アルコールがトップなのも頷けるんだが。

 さて、本書では様々な危険とその度合いを数値で示している。じゃ本書で学べば安全に暮らせるか、というと、どうもヒトの心とはそれほど単純ではないようだ。

(法学教授のダン・)カハン(→英語版Wikipedia)の研究によると、新たな知識はえてして「みずからの情緒的および文化的気質を強化する形で」吸収される。
  ――10 大きなリスク

 たとえば酒が好きな人は、先に挙げたアルコールの危険度を軽く見るだろう。また、知識に耳を傾けるか否かは、「誰が言ったか」にも大きく左右される。

専門家の専門知識を、その専門家が自分の同類そうかどうか、自分と文化的姿勢を共有していそうかどうかで判断しているのである。(略)科学に知識が豊富な人ほどその傾向が強い。
  ――10 大きなリスク

 左派だから/右派だから、なんて理由で、専門家の意見の是非を判断する人は多い。あだ、「科学に知識が豊富な人ほどその傾向が強い」のは意外だった。この傾向は…

大きなリスク、すなわち何百、何千、何億もの人の身を危険にさらしかねないリスクは、文化的な認識に左右されがちである。
  ――10 大きなリスク

 大きなリスクの代表は、地球温暖化だろう。もはや科学ではなく政治問題だしなあ。

 さて、確率といえば、その成立から博打と縁が深い。まあ寺銭があるから、博打で勝つのは胴元と相場が決まってるんだが、寺銭の多寡は種類によって違う。

(イギリスの)カジノはルーレットに掛けられたお金の平均97.3%を還元している。
  ――12 ギャンブル

 意外と良心的なんだなあ。これ調べてたら、社会実情データ図録なんて面白いサイトを見つけた。テラ銭の割合なんてのも。宝くじは阿漕だなあ。

 さて日本のマスコミは統計データを発表する際、平均をよく使う。が、モノによっては平均は実情と大きく離れた数字になったりする。その例が収入だ、

イギリスでは約2/3の人の収入が単純平均より少ない。世界中の人を裕福な順に並べたなら、単純平均に当たる人の位置は下から3/4ほどになる。
  ――13 平均的なリスク

 こういうのは中央値または最頻値で発表して欲しいんだが、どうにかならんかね。

 もっとも、こういった統計や確率を駆使しても、どうにもならない事は往々にしてあるもので。

ドーソンは火災挙動分析官(FBAN)で、コロラド州で発生する森林火災の進路予想がその仕事である。
2012年、火災の挙動が危険なほど(コンピューターモデルでは)予測不能になりだし、(略)
(原因の)1つは甲虫の挙動の変化という、だれも検討すらしていなかったことだった。
冬にアメリカマツノキクイムシが押し寄せ、樹木を枯らして燃えやすくしていたのである。
  ――14 偶然

 これ、コンピューターモデルのばバグと言っていいんだろうか? あなた、どう思います?

 理屈じゃどうにもならない事の一つが、飛行機恐怖症だ。SF作家にもいる。確かレイ・ブラッドベリがそうだった。これも意外と多くて…

飛行機の恐怖症は(略)3~5%の人がとにかく飛びたがらず、17%ほどは「飛ぶのが怖い」ことを認め、30~40%はそこそこ不安になる。
  ――15 交通機関

 実際には自動車よりよほど安全なんだが、理屈じゃないんだよね、こういうの。

 ところが、敢えて危険に挑む人もいる。その一つがスカイダイビングやベースジャンピングだ。もちろん、事故も起きる。

アメリカのパラシュート協会の推定によると、2000~2007年には平均260万回のジャンプが行われた。(略)279人が亡くなっており(略)
詳細な検証によると、主な死者は何千回何万回と飛んできた経験豊富な愛好家だ。
  ――16 エクストリームスポーツ

 と、統計では、そういう事になっている。本書は「ベテランほど強いスリルを求めるから」と解釈している。が、別の解釈もできる気がする。飛ぶ回数が多い人ほど事故に見舞われる可能性が高いんでない?

 ダイビングは娯楽だが、仕事にも危険は付きまとう。ただ…

ILO(国際労働機関)では、2008年に全世界で20億人いた労働者に対して、5日以上の欠勤を要する負傷が3憶1700件、労災による死者が32万人と推定している。そのうち公式ルートで報告された死者数はわずか2万2000人だった。
  ――18 安全衛生

 数字が信用できるとは限らないのだ。にしても、剥離が大きすぎるだろ。いやこの数字、全世界なんで、途上国のデータも多く含んでるんだけど。

 もっとも、数字が出たからといって、それをキチンと解釈できるか否かは別問題。特に見えないモノは何かと惑わされやすい。その代表が放射線だ。単位もいろいろあるし。

シーベルト(略)は放射線暴露の生物学的影響を示す尺度である。
  ――19 放射線

 副島の原発事故では、様々な憶測が飛び交った。福島原発周辺で影響が最も深刻な地域の実効線量は10~50ミリシーベルト。全身CTスキャンでも、10ミリシーベルトの放射線を浴びる。なお、本書の刊行は2013年なんで、2026年の現在だと福島の線量は更に低くなっているはず。

 原発事故は人災だが、どうしようもない天災もある。その代表が隕石だ。これまた意外なことに、小惑星は頻繁に地球を訪れている。

差し渡し5~10mという(略)小惑星は、年に1度くらいふらりとやってくる。大気圏上空で爆発したなら、広嶋型原爆とだいたい同じTNT約1万5000トンに相当するエネルギーを放つと思われる。だが、ほとんどは目に触れないし、記録に残らない。
  ――20 天空

 マジかい。まあ小さいのは見つけにくいから、しょうがないね。じゃ大きければ見つけやすいし安全かというと…

恐竜を絶滅させた差し渡し10kmという大きさを超えるものは、基本的にはとめられないと見なされる。
  ――20 天空

 現代の技術じゃどうしようもないそうです。

 対して政府の政策次第にでどうにかなりそうなのが、失業率。やはり失業者は職に就いている者よりヤバいらしい。その原因は…

失業者に見られた死亡率の増加は、失業そのものが圧倒的なほど直接的な原因だった。
  ――21 失業

 やっぱり気落ちするのが大きいんですね。

 対して定年退職だと年金が出る。まあ現役時代より額は減り生活は苦しくなるが…

定年の段階で貧困に苦しんでいる人の大半は、その前から貧困だったのだ。貧困の引き金はおそらく定年退職ではない。
  ――25 老後のお金

 まあ日本も英国も、年金は現役時代の所得に応じて出るからなあ。これがいつまで貰えるか、つまり寿命となると。

イギリスの平均寿命はここ数十年、一定して年に3ヵ月延びている。
  ――26 人生の終わり

 途上国ならともかく、先進国でも寿命が延びているのだ。なお日本は既に世界トップクラスで、伸びは止まっている模様。ヒトの体の限界に近いんじゃなかろか。

 私の趣味で数字の部分だけをとり上げた紹介になっちゃったのは申し訳ない。その数字も、大半は英国の統計がネタ元なんで、日本人にはピンとこないかもしれないが、たぶん日本と大差ないと思う。この記事で挙げたように、数字が好きな人にお薦め。

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2026年3月16日 (月)

SFマガジン2026年4月号

人間の本当の居場所ってどこなんだろう
  ――矢野アロウ「マイボディ・オン・ザ・ムーン」

「皆さんは、煩雑な管理作業から解放されて、より生産的でクリエイティブな活動に向かうことができます」
  ――草上仁「月蝕」

 376頁の標準サイズ。

 特集は2つ。一つは「プロジェクト・ヘイル・メアリー」特集として対談やエッセイなど。もう一つはジョン・ヴァーリイ追悼特集。

 小説は9本+1本。特集で1本、連載が3本、読み切りは5本+1本。

 ジョン・ヴァーリイ追悼特集は「プッシャー」浅倉久志訳。

 連載小説は3本。冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第64回,山本浩貴(いぬのせなか座)「親さと空」第3回,藤岡みなみ「タイムトラベル専門書店、はじめました」新連載。

 読み切りは5本+1本。円城塔「無名再帰書」「竜の命名」,片瀬二郎「ゴールド8」,トシヤ・カメイ「コモレビ」勝山海百合訳,草上仁「月蝕」に加え矢野アロウ「マイボディ・オン・ザ・ムーン」冒頭の豪華400枚。

 ジョン・ヴァーリイ追悼特集。

 ヴァーリイが亡くなったとは知らなかった。今は絶版となった短編集「残像」で彼と出会い、以来、八世界シリーズを中心に邦訳された作品をずっと読んできた。彼の作品を一言で表すなら「喪失感」だろう。八世界シリーズからして、人類は故郷の地球を失っている。とか思ったら、大野万紀の追悼エッセイにも…。円城塔の寄稿も意外だった。

 「プッシャー」浅倉久志訳。イアン・ハイセは白髪混じりでたくましい肩の男。彼は児童公園で子供たちを見回す。いい感じの女の子がいた。10~12歳ぐらい。見つめると、イアンに語りかけてくる。名はレディアント。イアンは得意の物語を語り始める。

 ええ歳こいたオッサンが、何やら目論見を持って10~12歳程度の女児をひっかける。ヤバくね?ってな疑惑は、お話は進むにつれ、どんどん膨れ上がってゆく。幾つかの断片的な情報から、物語世界は科学と技術が発達して治安がいい、理想的な未来世界なのが伺えるのだが…。ヴァーリイらしい、切なさが漂う作品。

 連載小説。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第64回。イースターズ・オフィスに<楽園>と市警、そして<クインテット>一味が連合してのリバーサイド・ホテル襲撃はついに終わる。多くの犠牲者が出たものの、捕えられた人質を取り返した。また、敵の主犯格も手中に収めたものの、これはとんでもない危険人物で…

 冒頭からシザースならではの特異な能力が披露される。シザースの能力?は、ハンターの特殊能力の共感と似てるんだよね。共感は感情を共鳴させるんだが、各員は自我を保ってる。シザースはというと、こちらはそれぞれ。マクスウェルは自我を失ってるっぽいけど…

 山本浩貴(いぬのせなか座)「親さと空」第3回。2025年10月、大学生になった柚葉は東京芸術劇場での短期集中ワークショップで万葉と出会う。万葉は早口で勢いよく喋り、グイグイと距離を詰めてくる。しかも話題はアチコチへと飛び回り…

 ほぼ現在を舞台とした今回。ややメタな展開も挟みつつ、いわゆる「創作系」な人の生態というか会話というか、その辺が興味深いお話だった。特に万葉。哲学・科学・芸術と、やたら関心の幅が広く多くの分野を食い散らかし、かつ自分なりに解釈しては繋げていくオツムが凄い。

 藤岡みなみ「タイムトラベル専門書店、はじめました」新連載。2025年11月、東京都板橋区小豆沢にタイムトラベル専門書店 utouto が開店した。400年も続く名士、蓮沼家の旧邸宅の一角にある。門や建物は旧家らしい伝統と貫録を備えている。また江戸から大正・昭和など、さまざまな時代の品々に囲まれ…

 どこまで本当でどこからが作り話か、混沌としているあたりが、いかにもタイムトラベル専門書店な感じだ。たしかにタイムトラベラーやタイムパトロールや異星人が紛れ込んでいても不思議はない。

 読み切り5本+1本。

 円城塔「無名再帰書」。図書室で本を読むムアのまわりを、光が取り巻く。光の調子は読んでいる本により異なる。魔術に近いが、ムアが意図して発動しているワケじゃない。レルは魔術の力を持たないソウルレスだ。魔術のトリガーは人それぞれだが、一般に呪文を用いる。長い呪文では詠唱者による効果のばらつきが大きくなる。

 次の「竜の命名」と共に、2026年4月に刊行予定の連作短編集『土人形と動死体』の一編。円城塔には珍しいファンタジイ作品だが、読者を煙に巻く独特の文体と、妙な屁理屈で辻褄を合わせる芸風は健在。本作では魔術と呪文の関係を、円城塔ならではの屁理屈で追求しつつ、楽員の落ちこぼれムアとレルの意外な才能が…

 円城塔「竜の命名」。様々な人が住み、多くの言語が入り乱れる新構築で、ミティクは調整役のような役割を担っている。言葉の行き違いで起きる騒動を、多くの言語に通じるミティクが収めるのだ。今回の騒ぎは連続殺蜥蜴人事件。被害者は3人、すべて蜥蜴人だ。蜥蜴人のクメヌと食事をとりつつ事情を話し合い…

 連続殺蜥蜴人事件の謎を追うバディ物…の体裁ながら、肝心のクメヌが無表情なだけでなく、実際にあまり感情的じゃないのがトボけた味を出してる。次第に明らかになる蜥蜴人の生態と考え方は、エイリアン物としても楽しい。いやオチはアレだがw

 片瀬二郎「ゴールド8」。<行動集会>のせいで向こう岸へ渡る橋が封鎖された。マトゥーラたちは軽自動車で逃げ出すが、渋滞につかまってしまう。運転席のゴールドエイトは最低限の身動きしかしない。ときおりドローンがとおり過ぎる。ネットは<行動集会>のときから使えなくなった。

 欧州や米国ばかりでなく、最近は日本でも大きくなりつつある移民排斥の風潮がテーマの作品。インターネットの封鎖は、つい最近イランが実施したワケで、2026年初頭の今に読むと、実に生々しい。そういやイランもペルシア系・トルコ系・クルド系・アルメニア系と多民族な上に、アフガニスタンからの避難民も多くて…などと考えると、更に生々しくなってきて怖い。

 トシヤ・カメイ「コモレビ」勝山海百合訳。エミは骨の白さの部屋で合成タタミに座っている。しわぶき混じり、というよりしわぶきの合間をぬって、天井からさがるマイクロフォンに話す。「コモレビ」「木々の葉のあいだを陽の光が通り抜ける」

 1頁半の掌編。爆発的にAIの発展と普及が進む最近のご時世にピッタリの作品だ。

 草上仁「月蝕」。天体・気象管理局の主な使命は、天体運行と気象変動の管理だが、他にも様々な役割があった。設備は老朽化してトラブルが絶えない。局員たちも常に追い回され、ジワジワと高齢化が進む。そこにセールスマンが完全自動化を売り込んできた。

 お話はメルヘンなんだが、局員たちの境遇は妙にナマナマしく、身につまされる人も多いんじゃなかろか。ニュースなどに出てくる工場は、たいてい清潔で自動化が進んでるけど、ちょっと裏手に回れば機械油が染み込んだ床や壁とか、ガッコンガッコン音を立てるけど信頼のおける機械とかが、重要な役割を果たしてたり。

 矢野アロウ「マイボディ・オン・ザ・ムーン」冒頭。2024年、中国に通じつつNASAに務める楊張敏は、中国の国家安全部に拉致され異様な話を聞く。月の南極近くのクレーターに人工物らしき構造物を見つけた。中には透明なカプセルが立ち並び、首がなく座禅を組んだ遺体が入っている。その数は数十。

 冒頭とはいえ400枚、ちょっとした文庫本一冊並みの大サービス。しかも「月で人工物が見つかる」という、アーサー・C・クラーク「2001年宇宙の旅」やジェイムズ・P・ホーガン「星を継ぐもの」などのスケールの大きい傑作に真っ向から挑む野心作。書籍版は2026年6月18日に単行本上下巻で刊行。原稿用紙2000枚というから収録分は約1/5、主な登場人物と舞台設定が明らかになった程度だが、感触は本格派かつ重量空の手ごたえ。

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2026年3月 5日 (木)

ローレンス・フリードマン「戦略の世界史 戦争・政治・ビジネス 上・下」日本経済新聞出版社 貫井恵子訳 下

(フィデル・)カストロは自身を、マルクス・レーニン主義者ではなく、リベラルであり、広範な反バティスタ連合の指導者だと見せかけていた。
  ――第25章 ブラック・パワーと白人の怒り

リー・アトウォーター(→英語版Wikipedia)「ポピュリストは反大きな政府、反大企業、反大規模労働組合で、メディアにも金持ちにも貧乏人にも敵意をいだいている」
  ――第27章 人種、宗教、選挙

ローレンス・フリードマン「戦略の世界史 戦争・政治・ビジネス 上・下」日本経済新聞出版社 貫井恵子訳 上 の続き。

【第3部 下からの戦略(続)】

 マルクスの理論を実現したはずのソ連はアレなわけで、社会学者たちは「なんかおかしくね?」と考え始める。そもそも階級とは何なのか、とか、支配側にも権力を保つ戦略があるだろう、とか。

 中でも私が頷いたのは、こんな説だ。

(ガエターノ・)モスカ(→Wikipedia)は大衆が「物質的な力や知的な力ではなく、道徳的原理に基づいて統治される」ことを好むと考えた。
  ――第22章 定式、神話、プロパガンダ

 物質的な力は、武力・暴力だろう。そして道徳的原理は愛国心や選択的夫婦別性かな? 現代の日本でも、道徳的な基準は選挙の争点になる。特に選択的夫婦別性や同性婚など民法関係は、賛否双方が実利的な理屈を語るけど、本音は双方ともに道徳的な感覚で意見を決めてるように思う。

 などの理論家に続き、実際に社会を変えた人々、それも特に非暴力を標榜した人が登場する。まずはインドの独立を勝ち取ったガンジー、続いて米国で公民権運動を繰り広げたキング牧師だ。

 この非暴力って戦略が基づいているのは、キレイゴトじゃない。案外としたたかな計算があるのだ。そこには…

問題にすべきは個人的な信念ではなく、行動によって敵対者の面目をつぶし、傍観者の同情を誘うことができるかどうかにあった。
  ――第23章 非暴力の力

 そう、傍観者…というか民意がキモで、相手を悪役に仕立てるのだ。マスコミが発達した20世紀以降ならではの戦略だね。なお、以降、激動の60年代を迎え、本書は米国に焦点を絞ってゆく。

 この非暴力主義を巧みに米国南部に応用したのがキング牧師。インドじゃインド人が多数派で、だから非暴力主義はインド全体を巻き込む潮流になりえた。しかし米国南部じゃ黒人は少数派だ。それでも戦術をアレンジし、キング牧師率いる黒人たちはパフォーマンス的な行動で世間の注目を集める。

非暴力直接行動の目的は交渉にあるが、それを実現するには「ずっと交渉を拒んできたコミュニティが問題を直視せざるをえなくなるように危機を作り出し、緊張を高める」ことが必要だ
  ――第23章 非暴力の力

 そのためには多くの人々を集めて組織化せにゃならんのだが、ここで威力を発揮したのが教会。

教会は地元で唯一、白人社会から独立した施設であり、資金提供も運営も黒人が行っていた。
  ――第23章 非暴力の力

 だからキング「牧師」なのか。納得。なお、米国南部じゃ白人と黒人は教会すら別々ってのを、私はロバート・マキャモンの小説「少年時代」で知った。傑作ですぜ。

 このような動きに伴い、社会学者や哲学者たちも政治との関係を見つめ直す。私はC・ライト・ミルズ(→Wikipedia)が印象に残った。

一個人の失業は個人的な問題に過ぎないが、人口の20%が失業者なら、それは構造的な問題であり、社会学が取り組むべき問題だ。
  ――第24章 実存主義的戦略

 今なら社会学者より経済学者の領分と言いたくなる。もっとも、米国や日本のような資本主義国なら経済学者だけど、イランやパレスチナじゃ政治学者の出番のような気も。

 それはともかく、学者の中には積極的に社会運動に関わる人も出てくる。中でも印象に残るのはソウル・アリンスキー(→Wikipedia)。シカゴの貧困地域の諸問題解決に向け、住民たちに積極的に働きかけつつ、苦い教訓を学び取るのだ。

政治意識をもった外部のオーガナイザー側と、権力を握るよう促されるコミュニティ側の見解がおのずから一致することはない
  ――第24章 実存主義的戦略

 インテリさんと教育のない貧乏人は、そうしたってスレ違っちゃうのだ。そして、困ったことに…

ソウル・アリンスキー「労働者と意思の疎通ができなければ、そしてわれわれと連携することを促さなければ、かれらは右翼に流れてしまう」
  ――第25章 ブラック・パワーと白人の怒り

 「チャヴ」にもあったけど、革新を唱える政治勢力は、労働者こそが支持基盤になるハズなのに、なぜかソッポを向かれてしまうのだ。日本でも、この前の衆議院選がそうだったよなあ。

 さて、革命にせよ社会運動にせよ選挙にせよ、いずれもキモは、いかに多くの人々から支持を得るか、だ。そこで社会学者や哲学者が注目したのが、今はやりの「ナラティブ」。この言葉、私は「物語」と解釈してる。

最終的には、どのような派に属するものであろうと、あらゆる政治的プロジェクトが独自のナラティブを求めるようになった。
  ――第26章 フレーム、パラダイム、ディスクール、ナラティブ

 今や政治どころか企業内のプレゼンテーションでも、物語というかストーリーというか、そういうのが重視されてたり。

 かような“戦略”の目で選挙を見ると、政治家とは異なった風景が見えてくる。重要なのは理屈で納得させることではなく、気持ちで好意を持たれることなのだ。この辺をよく心得てたのがヒトラーなんだよなあ。

(ドリュー・)ウェステン(→英語版Wikipedia)が最も訴えたかったのは、選挙が「基本的に争点をめぐる勝負ではなく、有権者の価値観や感情をめぐる勝負…」
  ――第27章 人種、宗教、選挙

 かくして選挙コンサルタントなんて商売も生まれてくる。これには、米国の社会構造も関係してて。

2011年の出版物に記された推計値によれば、きわめて地位の低いものも含めると、アメリカには選挙を必要とする公職のポストが50万超も存在し、四年ごとのサイクルで約100万回の選挙が行われている。
  ――第27章 人種、宗教、選挙

 米国はやたら選挙が多いのだ。例えば町の保安官とか州の判事とか。よって選挙コンサルタントの市場も大きく、多くの企業が成り立つわけ。

 とはいえ、大統領選とかの全国的で大規模な選挙だと、何かと難しい問題も出てくる。

全国的なキャンペーンにつきものの問題は、支持母体には熱烈に受け入れられうる主張が、穏健な見解を排除しかねないという点だ。
  ――第27章 人種、宗教、選挙

 かといって、あまり支持母体に媚を売ると、浮動票を逃がしたり。先の衆議院選挙でも元立憲民主党は、支持母体しか見えてなかった感があるんだけど、あなたどう思いますか。 でもドナルド・トランプは支持母体べったりで勝ったしなあ。

【第4部 上からの戦略】

 などと軍事・政治ときた“戦略”は、米国において経営や管理=マネジメントにも進出してくる。

 この章では、米国を舞台に、カッコイイ事を言うビジネス戦略家や経営コンサルタントと、その言葉に踊らされる経営者を戯画化して描くんだが、その前提は認識しておきたい。

1957年から産出されているスタンダート&プアーズ(S&P)500種株価指数の最初の構成企業のうち、30年後もその地位を維持していたのは47社だけだった。
  ――第33章 赤の女王と青い海

 米国の実業界は生存競争が激しいのだ。もっとも、この数字には二つの解釈がある。本書の論調は「453社が消えた」だが、「新たに453社が登場した」とも言える。だって1957年にはマイクロソフト社もアップル社もなかったし。

 さて、経営戦略の最初の例は、フレデリック・ウィンズロウ・テイラー(→Wikipedia)の「科学的管理法」だ。

テイラーは、計画と実施をきわめて厳格に区別した。計画する者は非常に賢くなければならないが、実施する者は頭が悪くてもかまわない。
  ――第28章 マネジメント階級の台頭

 例えば工場だと、ストップウォッチで労働者の作業というか動きにかかる時間を測り、より短時間で多くの仕事をこなせる手順を探るのだ。今でも大企業はやってると思う。ハーマン・ウォークが小説「ケイン号の叛乱」で「海軍とは天才が立案して愚者が実行する一大計画なのだ」と書いてたから、同じ思想を軍も採用したんだろうなあ。

 が、しかし、時代が進むにつれ、そういった思想は次第に廃れてゆく。

時代が進むにつれて、労働組合の力が強まり、また多くの仕事で専門性が求められるようになったことで、従順で厳格に管理された労働者を維持できる可能性は低下した。
  ――第28章 マネジメント階級の台頭

 小品目大量生産ならよかったけど、多品目少量生産じゃ労働者もオツムをつかわないとやってけない。品質を追求するなら腕っこきの職人も必要だし。つか労働者ったって製造業の工員ばっかじゃないし。

 もちろん、経営者も“戦略”を持つ。第29章では、T型フォードの安価な大量生産で革命を起こしたヘンリー・フォードと、多品目生産を保ったGMを対照して描く。

ヘンリー・フォード(→Wikipedia)「顧客は好きな色の車を買える。それが黒であるかぎりは」
  ――第29章 ビジネスのビジネス

 対してGMも方針は。

「すべての所得層の、あらゆる目的に応える」
  ――第29章 ビジネスのビジネス

 結果、当初は勢いのあったフォードだが、T型に拘り過ぎて次第に業績を落としてしまうのだ。

 もっとも、これには当時のフォード社とGM社の成り立ちと内情が関わってる。ヘンリー・フォードのワンマンで叩き上げ/成り上がりのフォード社は、T型一辺倒の思い切った戦略が取れた…というか、それしか取れる手がなかった。少なくとも最初は。対してGMは寄り合い所帯で、幅広いラインナップを揃えざるを得なかったのだ。

 とまれ、今も昔も米国でも日本でも、ビジネス書はそこそこ売れる。そこに“戦略”なる言葉を持ち込んだのが、ピーター・ドラッカー(→Wikipedia)。とまれ、最初は出版社も躊躇ったようだ。

1964年、経営者の意思決定に的を絞った著書の原稿を出版社に送る際、ドラッカーは『ビジネス戦略』(Business Strategy)というタイトルをつけた。出版社はこのタイトルが、企業側にいる潜在的な読者の強い関心を引き出すには物足りないと考えた。「戦略」という言葉は軍事用語で、(略)企業向けではないと考えられていた。
  ――第30章 経営戦略

 なんにしたって、パイオニアは苦労するんです。以降、様々なビジネス理論が出てくるんだけど…

中央集権化モデルにおいては、実践に際して判明した欠陥にくらべて、理論上の欠陥は少なかった。
  ――第30章 経営戦略

 えらく面倒くさい書き方してるなあ。つまり「理屈は完璧だけど実際はボロボロ」って事だね。つか「理論的には完璧な中央集権化」がコケるのはソ連が実証し…だけど、当時は鉄のカーテンがあって見えなかったか。

 やがてビジネス書も盛んに出版されるようになる。そこで人気だったのが…

取締役会にとっての教訓は、アレキサンダー大王やナポレオンといった人物の戦功から得ることができるという定番化した考え
  ――第31章 戦争としてのビジネス

 これも日米で共通してるね。モデルとなる人物こそ違うけど。でも宮本武蔵の五輪書が出てきたのには驚いたぞ。そういや日本じゃ他にも塚原卜伝や柳生宗矩や千葉周作や沖田総司など剣で名を上げた人は多いけど、外国じゃスパルタクスぐらいしか知らないなあ。私が無知なだけか?

 まあいい。そんないかにもウケ狙いの本ではなく、キチンとした学術的なシロモノの需要も出てくる。となれば、どの学問を土台にすりゃいいのか。

企業と市場の関係に関する問題に取り組んだのは、概して経済学だった。その流れから、経済学は組織構造の領域へと進出することになり、影響力を発揮したものの、大体において、まともな成果をあげられなかった。
  ――第31章 戦争としてのビジネス

 駄目じゃん。つか経済学って、だいぶ毛色が違くね? 共通点は主にカネを扱うって点ぐらいで。

 じゃ他に何があるか、というと…

組織を理解するうえでは、社会学のほうがはるかに有用だったが、組織とそれを取り巻く環境の関係を分析するための手段をほとんど提示することができなかった(そもそも社会学の領域内で関心が欠如していた)。
  ――第31章 戦争としてのビジネス

 改めて考えると、少なくとも現代じゃ企業は極めて普遍的な組織/社会構造なワケで、社会学者が最も関心を持っていいはずの研究対象なんだけど、なんか彼らの視野から外れてる気がする。いや知らんけど。

 その経済学者は、様々な理論を提唱する。うち幾つかは、とってもシンプルで分かりやすいモデルを提示して、そこそこウケるんだが…

洗練性と単純さが、その理論の「実践に際しての正当性を保障」するわけではない
  ――第32章 経済学の隆盛

 はい、やっぱり現実は理屈通りにゃいかないんですね。

 やがて1980年代になると、企業や経営者は、より短期的な視点で評価されるようになる。つまりは株価だ。

投資家に強い印象を与えるであろう短期的な収益性が最も重要な評価対象になりつつあった。将来に向けた投資は、収益性の低い部門の売却や、認識済みのあらゆる非効率性を改善するための積極的な行動と比べて魅力に欠けるとみなされた。
  ――第33章 赤の女王と青い海

 短期的な株価で一喜一憂するのは投資家というより投機家と呼ぶのが相応しい気がするが、どうなんだろ。いずれにせよ、こんな風潮は、より過激なBPR(→Wikipedia)なんて発想へと繋がってゆく。

 そこで流行ったのがゲーム理論だ。

1980年代末、(略)フランクリン・フィッシャー(→Wikipedia)はこう論じた。「頭脳明晰な若い理論家は、あらゆる問題をゲーム理論的な視点で考える傾向がある。ほかのやり方で取り組んだほうが容易な問題だったとしても」
  ――第33章 赤の女王と青い海

 まあゲーム理論は数学的な裏付けがある上に予測を数字で示せるからね。もっとも、理屈が現実に合ってるか否かは別問題なんだけど。

 など経済学者寄りの理論/本に続き、人間関係を重んじる社会学系のビジネス書も出てくる。中でも有名なのが…

『エクセレント・カンパニー』(略)はビジネス書として初めて全米第一位のベストセラーになり、最終的な販売部数は600万部を優に超えた。
  ――第34章 社会学的な取り組み

 ビジネス書に疎い私も名前は知ってるぐらいだから、日本でも相当に売れたんだろう。ところが…

同書で超優良とされた企業も、(略)本の刊行後まもなく、その1/3が経営危機にあると報じられた。
  ――第34章 社会学的な取り組み

 さすが米国、競争が激しい。

 かような経営戦略理論やビジネス書が次々と現れては消えた結果…

戦略は、都合のよい意味をもたせて使うことのできる、なんでもありの言葉になってしまった。
  ――第35章 計画的戦略か、創発的戦略か

 だからこそ本種が成立した、とも言えるんだが。私も「戦略原論」を読んだけど、イマイチ「戦略」の意味は分からなかった。加えて「電撃戦という幻」では、戦略と戦術の間に「作戦」って概念が入ってきたし。

 そんなビジネス本のキモは、やっぱりナラディブ/ストーリーだったりする。統計的な数字より、実例(を元にしたお話)がウケるんだな。

企業戦略本の多くは基本的にストーリーの寄せ集めであり、そうした物語はどれも、なんらかの一般論を強調することを意図したものだった。
  ――第35章 計画的戦略か、創発的戦略か

 そんなストーリーが持つ力は政府機関の報道官や企業の広報担当、そしてマスコミも気づいている。もちろん、それは好ましい影響だけじゃない。

ストーリーは並外れた説明力をもっており、一番自然な形のコミュニケーション手法といえるが、その手法を最もうまく操れる者にとって都合のよい説明を補強する一方で、異を唱えにくくするという代償をともないうる。
  ――第35章 計画的戦略か、創発的戦略か

 分かりやすい例が中国の抗日ドラマね。「ドキュメント 戦争広告代理店」でも、「悪のセルビア人 vs 可哀想なクロアチア人&ボスニア人」ってわかりやすい構図を広告代理店が創り上げたと暴いてる。

 そして、ストーリー/物語には、ヒーローが必要だ。それは地道な仕事を黙々とこなす者ではなく、危機にさっそうと現れてバッサバッサと悪を斬る、見栄えのする者でなきゃいけない。

常に関心が寄せられるのは、管理部門の退屈で苦労の多い仕事よりも、天才のきらめきなのだ。
  ――第35章 計画的戦略か、創発的戦略か

 理不尽だと思いませんか、システム管理者・ネットワーク管理者の皆様。

 などと全般的にビジネス書Disな第4部だけど、同時に「売れるビジネス書」の書き方の指南にもなっているのが面白いところ。あ、ただし、「役立つビジネス書」じゃないのがミソね。

【第5部 戦略の理論】

 などと散々に経済学者やビジネス書をコキおろした第4部に続き、第5部は比較的に最近の動きを描く。まずは、いきなり経済学の原則を突き崩す。

とりわけ強い影響力を発揮したのは、あらゆる選択を合理的であるかのように扱う便益を強調した理論だった。(略)
このいわゆる合理的選択理論は、一貫して機体をはるかに下回る成果しかあげず…
  ――第36章 合理的選択の限界

 基本である需要と供給の曲線にしたって、根本には「売り手も買い手も合理的に選ぶ」って仮定がある。ゲーム理論のミニマックス法も、「自分の利益を最大にする、または自分の損を最小化する」戦略だ。が、現実には…

「囚人のジレンマ」(略)研究の成果は(略)強盗事件の有罪答弁率、有罪判決率、受刑率はどれも変わらないことを示した。
  ――第37章 合理的選択を超えて

 もっとも、これには「相方が出所した後の報復が怖い」みたいなのもあるんだけど。つまり、現実はモデルほど単純じゃないのだ。また…

(ハーバート・)サイモン(→Wikipedia)は、最適な結果を得るには過剰なまでの努力が必要とされることから、人々は次善の結果を当然のように受け入れうることを示した。
  ――第37章 合理的選択を超えて

 人は市場の全てを知ってるわけじゃないし、商品知識も限られてる。たいていの人は最も安い商品を探すために近所のスーパー全てをめぐったりしないし、野菜や魚や肉の目利きも所詮は素人だ。だから、テキトーな所で妥協するワケです。

 ばかりか、そもそも理性的に考えるワケでもない。

本能的な感情を信じる場合、それが正しいかどうか厳格に検討するよりも、正しいことを示す根拠を探すのが自然な成り行きである。
  ――第37章 合理的選択を超えて

 この段落、まるで学者の研究対象である人々の選択/行動を示しているように読める。けど、これまでの章を振り返ると、むしろ今まで出てきた学者たちの振舞いそのものじゃないか、と思えるんだよなあ。なにせイギリス人だから、回りくどい冗談の可能性も高い。

 などと綴ってきた結果が、実にみもふたもない。

実験から得られた重要な発見は、人は生まれつき戦略的ではないということだ。
  ――第37章 合理的選択を超えて

 なんというか、今まで登場した学者たちの研究を全部ドブに捨てるような結論だ。酷いw そんな結論になるのも、今まで幾つも挙げた例の大半が、結局は…

戦略の世界には失望と挫折、機能しない手段と到達できない目標が満ちあふれている。
  ――第38章 ストーリーとスクリプト

 一時はもてはやされても、時を経ると共に馬脚を現しているからだ。それでも、ヒトは戦略を求める。というのも…

戦略は状況を制御する手段ではなく、誰も完全に制御することのできない状況に対処する方法なのである。
  ――第38章 ストーリーとスクリプト

 ヒトである限り、完全に世界の全てを知ることはできないし、ましてや制御なんかできない。いや限られた分野や時期なら、完璧に対応できる事もある。何度も攻略したオフラインのゲームとかね。けど、そういう際に使う手口や攻略法は戦略とは言わない。少なくとも本書では。環境に完全に適応しているのなら、戦略はいらない。

不透明かつ不安定で予測不能な状況になって初めて、戦略は動きはじめるのである。
  ――第38章 ストーリーとスクリプト

戦略が本当に動き出すのは、状況に何かしらの異変が起きたときである。
  ――第38章 ストーリーとスクリプト

 何かしらの不具合があったり、先が見通せなくなった時に、戦略が必要になる。加えて、あなたと利害が異なる、少なくとも何かしら競合する相手がいて、何か手を打たなければならないときだ。

環境が不安定になった時、つまり対立がついに表面化し、実際になんらかの選択をしなければならなくなったときにのみ、真の戦略に似たものが必要となるのだ。
  ――第38章 ストーリーとスクリプト

戦略が実際に動きはじめるのは、対立の要素が存在する場合だけである。
  ――第38章 ストーリーとスクリプト

 などと言われると、「戦略」の意味もうっすら分かるような気になってくる。先が見通せない状況で選択せにゃならん時の、判断の指針、みたいなもんだろうか。なんか信念や信仰とカブるって気もするけど

【おわりに】

 元は軍事用語だったのが、社会運動やビジネスの世界でも盛んに使われるようになった言葉、“戦略”。それを説明しようと多くの例をあげて試みたが、結果は挫折と混乱ばかりだった。と書くと駄目な本のようだが、その混乱と挫折を描く第3部以降が私にはとても面白かった。つまるところ、“戦略”って言葉は意味があいまいながらも強い印象を与えるので、ビジネス書や啓発本のネタとして使い勝手が良いのだ。

 イギリス人らしむ、まわりくどくて毒を含んだ冗談も多く、ぶっちゃけ文章はかなり読みにくい。が、軍事ヲタとして第2部は参考になったし、第3部は公民権運動の概要まとめとして便利だ。そして第4部・第5部の毒舌の冴えは、イギリス人らしい意地悪さに溢れている。そんなイギリス人のヒネたユーモアが好きな人にお薦め。

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