ローレンス・フリードマン「戦略の世界史 戦争・政治・ビジネス 上・下」日本経済新聞出版社 貫井恵子訳 上
本書は歴史的見地から、戦略理論においてとりわけ目を引く(戦争、政治、ビジネスに影響を及ぼしてきた)諸テーマの変遷について、批判者や反対者の視点を見失わずに論じることを目的としている。
――まえがき軍事戦略の出発地点はいうまでもなくクラウゼヴィッツである。
――第15章 監視と情勢判断
【どんな本?】
“戦略”。さまざまな分野で、さまざまな文脈で使われる言葉だ。軍隊はもちろん、企業や政党や研究・開発組織も戦略を語る。だが、その言葉の意味を説明できる人は少ない。それもそのはず、歴史的にも“戦略”は多様な文脈・意味で使われてきたのだ。
「戦」の文字があるのでわかるように、元は軍事用語だ。それが色々な分野に流用されるようになったのだ。
本書は、幾つかの方向から、この捕えがたい言葉と、その実態と変遷を探ってゆく。語源、神話や伝説や物語における“戦略”、歴史上の軍の“戦略”、革命や社会運動の“戦略”、組織を司る立場での“戦略”…。
現代においてなじみ深い言葉となった“戦略”について、軍事ばかりでなく社会運動や組織運営などの多方面から、その歴史・変遷・実態・バリエーションを描き出す、一般向けの軍事・歴史・社会解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Strategy: A History, Lawrence Freedman, 2013。日本語版は2018年9月25日1版1刷。単行本ハードカバー縦一段組み上下巻で本文約464頁+440頁=904頁。9.5ポイント45字×21行×(464頁+440頁)=約854,280字、400字詰め原稿用紙で約2,136枚。文庫なら4~5冊分の巨大容量。
文章はかしこまっていて硬い印象を受けるが、わかりにくいって程でもない。イギリス人の学者の文章にしては素直な部類だ。内容は歴史、それも西洋史に関わる所が多い。特に18世紀以降。なので、その辺に詳しいと理解しやすいだろう。
【構成は?】
全体は5部に分かれている。起源・軍事・革命/社会運動・ビジネス・現代編、といった感じ。
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- 上巻
- まえがき
- 第1部 戦略の起源
- 第1章 戦略の起源1:進化
暴力の戦略 - 第2章 戦略の起源2:旧約聖書
威圧的な戦略としての10の災い/威圧的な評判/ダビデとゴリアテ - 第3章 戦略の起源3:古代ギリシャ
オデュッセウス/メーティスの手法/トゥキュディデス/弁論と策略/プラトンの戦略クーデター - 第4章 孫子とマキャベリ
孫子/マキャベリ - 第5章 サタンの戦略
天上の戦い/万魔殿(パンデモニウム)/策略の限界 - 第2部 力の戦略
- 第6章 新たな戦略の科学
職業、そして創作としての戦略/ナポレオンの戦略/ボロジノの会戦 - 第7章 クラウゼヴィッツ
アントワーヌ・アンリ・ジョミニ/クラウゼヴィッツの戦略/勝利の源 - 第8章 欺瞞の科学
トルストイと歴史/フォン・モルトケ - 第9章 殲滅戦略か、消耗戦略か
アメリカ南北戦争/攻撃への盲信/マハンとコーベット/地政学 - 第10章 頭脳と腕力
エアパワー/機甲戦 - 第11章 間接的アプローチ
チャーチルの戦略 - 第12章 核のゲーム
新しい戦略家/ゲーム理論/囚人のジレンマ - 第13章 非合理の合理性
抑止/トーマス・シェリング/第一撃と第二撃/実存的阻止 - 第14章 ゲリラ戦
アラビアのロレンス/毛沢東とヴォー・グエン・ザップ/反乱鎮圧 - 第15章 監視と情勢判断
OODAループ/消耗戦と機動戦/作戦技術 - 第16章 軍事における革命
非対称戦争/第四世代の戦争へ/情報オペレーション - 第17章 戦略の達人という神話
- 第3部 下からの戦略
- 第18章 マルクスと労働者階級のための戦略
職業革命家/1848年/蜂起の戦略 - 第19章 ゲルツェンとバクーニン
バクーニン/第一インターナショナルとパリ・コミューン/行動によるプロパガンダ - 第20章 修正主義者と前衛
修正主義/ローザ・ルクセンブルク/レーニン/一歩前進、二歩後退/戦争と革命 - 第21章 官僚、民主主義者、エリート
マックス・ウェーバー/トルストイ/ジェーン・アダムス/ジョン・デューイ - 原注/索引
- 下巻
- 第3部 下からの戦略(続)
- 第22章 定式、神話、プロパガンダ
大衆と公衆/アントニオ・グラムシ/ジェイムズ・バーナム/専門家とプロパガンダ - 第23章 非暴力の力
ガンジーの影響/非暴力の潜在力/アメリカのガンジー? - 第24章 実存主義的戦略
反抗者たち/C・ライト・ミルズと権力/ポートヒューロン宣言/英雄的なオーガナイザー/セサル・チャベス/不完全なコミュニティ - 第25章 ブラック・パワーと白人の怒り
革命の中の革命/暴力という幻想/シカゴ再び/女性の解放(ウーマンリブ) - 第26章 フレーム、パラダイム、ディスクール、ナラティブ
世界中が見ているぞ/トーマス・クーン/ミシェル・フーコー/ナラティブ - 第27章 人種、宗教、選挙
新しい政治(ニュー・ポリティクス)/新たな保守多数党/ロナルド・レーガン/リー・アトウォーター/永続的(パーマネント)キャンペーン - 第4部 上からの戦略
- 第28章 マネジメント階級の台頭
管理者(マネージャー)/テイラー主義/メアリー・パーカー・フォレット/人間関係学派 - 第29章 ビジネスのビジネス
ジョン・D・ロックフェラー/ヘンリー・フォード/アルフレッド・P・スローン - 第30章 経営戦略
計画者(プランナー) - 第31章 戦争としてのビジネス
- 第32章 経済学の隆盛
ビジネス教育に取り込まれる経済学/競争 - 第33章 赤の女王と青い海
エージェンシー理論/経営者は危険な職業/ビジネス・プロセス・リエンジニアリング/競争を避ける - 第34章 社会学的な取り組み
ビジネス革命家 - 第35章 計画的戦略か、創発的戦略か
学習する組織/支配としての経営/ブームと流行/ナラティブ再び/基本に戻る - 第5部 戦略の理論
- 第36章 合理的選択の限界
ロチェスター学派/連合の形成/協調の発展 - 第37章 合理的選択を超えて
実験/メンタライゼーション/システム1とシステム2 - 第38章 ストーリーとスクリプト
戦略の限界/システム1戦略とシステム2戦略/ストーリーにまつわる問題/スクリプト/スクリプト:戦略と脚本 - 謝辞/原注/索引
【第1部 戦略の起源】
今のところ読んだのは上巻だけなので、そまずはそこまで。
冒頭は、いきなり人類の進化から始まる。とはいっても、さすがに考古学的な資料から根拠を探るのは難しいので、チンパンジーの観察、それもボス争いから得たネタだ。面白い事に、チンパンジーですら既に戦略を使いこなしている。
(チンパンジーの権力闘争では)闘争の結果が社会的な関係を変化させるのではなく、すでに起きていた社会的関係の変化が闘争に反映される
――第1章 戦略の起源1:進化
二番手がボスに挑む際は、いきなり挑むんじゃない。予め毛づくろいなどで仲間を作って多数派工作をしておき、群れを「そういう雰囲気」にしておくのだ。賢い。
お次は聖書。それも旧約聖書である。いささか面食らうソースだが、改めて考えると仏教に比べアブラハムの宗教って物騒だよね。ここで印象に残るのは、神も預言者もよく嘘をつくこと。
欺瞞は強力な聖書のテーマとなった。欺きは、機転を利かせなければ成功できない弱者が使って当然の手段として認められた。
――第2章 戦略の起源2:旧約聖書
往々にして狂信者は平気で人を騙すけど、それにはこういう背景があるのかも。「だって神も人を騙すし」ってワケだ。
続いてはホメーロスの叙事詩から。ここでは、トロイア戦争におけるギリシャ軍の二人の英雄、力のアキレウスと知略のオデュッセウスを対比させる。世間的には力押しの方がウケがいい。だって知略って陰険そうだし。それに…
オデュッセウスの評判を知る者は、たとえ真実を述べていたとしても、その言葉をまず信用しなかった。
――第3章 戦略の起源3:古代ギリシャ
信用してもらえないのだ。ありがちだよね。理屈で考えると、友軍の被害が少ない知略の方が得なんだけど、組織の統率は勘定より感情が大事だったりする。
第4章では政治と軍事の関係も語られる。20世紀に入ってから欧米でも評価が高まっている孫子だが、本書の記述は少ない。戦略というより政略レベルの話も多いんだよな孫子。ここでも…
勝利の要因としてとりわけ重要なのは、(略)「政治的要素が常に軍事的要素よりも大きな影響を及ぼす」という点だ。
――第4章 孫子とマキャベリ
と、政治的な要素を重んじてる。現代でも、湾岸戦争やガザで分かるように、親米か反米かが最重要だしね。
第5章のソースは、なんと失楽園。神に挑むサタンがテーマだ。基本的に策を弄するのは弱者なんだが、それにも限界がある。そして時代が進み軍が大規模化し技術も進化すると…
やがて戦争が複雑に組織化された大規模な軍隊同士で行われるようになると、策略という手段によって得られる効果には限界が生じた。そして武力のほうが重視されるようになったのだ。
――第5章 サタンの戦略
【第2部 力の戦略】
ってなワケで、近代的な戦術の祖ナポレオンの登場だ。
ナポレオンの戦争術の要点は単純明快だった。「数的に劣る軍で戦う場合には、攻撃あるいは防御しようとする地点に敵より多くの兵力を排する」必要がある、というものだった。
――第6章 新たな戦略の科学
でもさすがに冬将軍には負けました。典型的な「クリスマスには帰れる」だね。このボロジノの会戦にも参加したのが、「戦争論」で有名なクラウゼヴィッツ。軍人としては冴えない人だったが、彼の著作は後世に大きな影響を及ぼした。
「戦争論」には「戦場の霧」や「摩擦」など様々な概念が出てくるが、いずれにせよ「戦争は理屈通りにはならない」って事。特にヤバいのが…
限定的な目標のために始められた戦争が、相応に限定的な手段によって戦われるとは限らない。
――第7章 クラウゼヴィッツ
そう、小競り合いが高じてズルズルと泥沼にハマる事もあるのだ。日中戦争とかね。
そんなクラウゼヴィッツを産んだプロイセンは、もう一つ軍事上の大きな発明を成す。参謀本部だ。それを率いた大モルトケは、ドイツ人らしい?思い切った割り切りで、政治と軍事を切り分けた。
プロイセン軍参謀総長ヘルムート・カール・ベルンハルト・グラーフ・フォン・モルトケ(→Wikipedia)「私はただ軍事問題だけを考えているべきなのです」
――第8章 欺瞞の科学
軍人が政治に口を出し過ぎるとロクな事にならんけど、あまし無関心でもなあ。
さて、産業と貿易が発達すると、海軍も重要になってくる。その海軍の役割は…
陸上戦での勝利のカギは領土の支配にあるが、海戦では交通(コミュニケーション)の支配がカギとなった。
――第9章 殲滅戦略か、消耗戦略か
つまり海路の確保ですね。大日本帝国はこれで日露戦争で大戦果を挙げ、太平洋戦争で痛い目を見ました、はい。そんな風に技術が進歩し第一次世界大戦で戦車が登場すると、こんな考えも出てくる。
イギリス陸軍将校ジョン・フレデリック・チャールズ・フラー(→Wikipedia)「まもなく機械化戦争が人間対人間の戦争に取って代わる」
――第10章 頭脳と腕力
さすがに第二次世界大戦ではそこまでいかなかったけど、現代のウクライナじゃ彼の考えに近い様相を呈してる。
先に書いたように、20世紀からは欧米でも孫子の評価が高まった。その影響か、バジル・リデルハート(→Wikipedia)は間接的アプローチを提唱する。
理想の間接的戦略は、戦闘が始まる前に、敵が敗北は不可避という結論を下さざるを得ない状況を生み出すことだった。
――第11章 間接的アプローチ
敵がマトモに状況を認識できればいいんだけど、太平洋戦争の大日本帝国みたいな例もあるんだよなあ。ここでも政治の重要性が繰り返される。
勝利において最も重要な要素は、いかに同盟が形成され、団結あるいは分裂するかであった。
――第11章 間接的アプローチ
現代でも親米か反米かが←しつこい
などの理屈を、一気にひっくり返したのが核兵器。お陰で、こんな理屈も出てくる。
バーナード・ブローディ(→Wikipedia)「これまで、われわれの軍部の主なる目的は戦争に勝つことだった。今後は戦争を回避することが主目的になるにちがいない」
――第12章 核のゲーム
いわゆる「抑止力としての武力」だね。
やがて米国は「ベスト・アンド・ブライテスト」が描くロバート・マクナマラのように、民間の学者が軍事戦略に口出ししてきて…
経済学者チャールズ・ヒッチ(→英語版Wikipedia)「基本的にすべての軍事問題は、(略)資源の効率的な配分と利用という経済学的な問題とみなされる」
――第12章 核のゲーム
なんて暴論も。また、核を突きつけ合う冷戦では、まっとうな戦略じゃ切り抜けられず…
「きわめて不安定な状況においては、明白な行為を相手側に委ねてしまうのが良い戦略である」
――第13章 非合理の合理性
なんか理屈に合わない気もするが、いわゆるチキンゲーム(→Wikipedia)じゃイカれてる方が強いし。
核と共に、20世紀後半で増えたのがゲリラ戦。植民地の独立闘争で多く、米軍もベトナムで苦しんだ。
ジェラルド・テンプラー(→英語版Wikipedia)「武力で解決できるのは問題の25%だけだ。残り75%はこの国の人々をわれわれの味方につけられるかどうかにかかっている」
――第14章 ゲリラ戦
やはり大事なのは軍事より政治だったり。ベトナムでもアフガニスタンでもイラクでも、米国はコレでコケました。そういう目で見ると、ドイツので電撃戦も…
電撃戦の機動戦は「予期せぬ、あるいは不都合な作戦・戦略状況を作り出し、敵の最高司令部の士気と戦意」をくじくことを「第一目的」とする
――第15章 監視と情勢判断
と、人の気持ち=士気をくじく狙いだ、なんて視点も出てくる。
さて、20世紀も終盤になると、兵器もGPSなどハイテク化が進む。が、ハイテク兵器で武装した米軍はアフガニスタンやイラクでコケた。
問題はデータの流れよりも、人々の考え方にあった。
――第16章 軍事における革命
なんて、昔からの考え方に戻ったり。これは国際関係でも同じで。
多くの場合、すぐれた戦略のカギとなるのは、自らは同盟を築きつつ、敵が同盟を組むのを阻むのに必要な政治的手腕であった。
――第17章 戦略の達人という神話
なんかチンパンジーのボス争いと同レベルなんですけど。まあヒトは技術こそ進歩知ったけど、脳はたいして変わっちゃいないしね。
【第3部 下からの戦略】
などの軍事を語った第2部に続く第3部では、革命や社会運動がテーマとなる。他国との戦いではなく、国内または世界全体の状況を変えようって動きだ。ここでは、マルクスの影響の大きさが強調される。
革命の領域においてマルクスが果たした役割は、軍事の領域でクラウゼヴィッツが果たした役割に匹敵するものだった。
――第18章 マルクスと労働者階級のための戦略
マルクスは世界的な階級闘争を訴えたが、肝心の労働者たちは…
(労働者が)一つの階級としての意識を高めるには、対立する国や宗教の主張を覆す必要があったが、多くの労働者にとって社会主義者、愛国者、キリスト教徒であることは矛盾ではなかった。
――第18章 マルクスと労働者階級のための戦略
どころか、現代の労働者は愛国者や信仰の方が階級意識より優ってるしなあ。
題3部の前半では、様々な革命家が登場する。ローザ・ルクセンブルク(→Wikipedia)とか、名前しか知らなかったぞ。ここでは革命の先の読めなさっぷりが印象に残る。
革命は「時の勢いに流された大衆の動きによって自然発生的に生まれ、そして多くの場合、どうでもいいような要因が引き金となって爆発する」
――第19章 ゲルツェンとバクーニン
「アラブの春」も、青年の焼身自殺がきっかけだった。
それでも、革命家たちは計画を立て組織を築き機会を伺う。とはいえ、当時から左派は百家争鳴状態で、手を結んじゃ分裂のくりかえしなのが切ない。珍しく成功したのが、この人。
ウラジーミル・イリイチ・レーニン「今は、一握りの者に対して多くの考えを訴えるプロパガンダの時代ではない。多くの者に一握りの思想を伝えるアジテーション(扇動)の時代だ」
――第20章 修正主義者と前衛
うーん。戦略というか戦術は、ヒトラーと同じなんだよなあ。
さて、世界全体をマクロな視点で見たマルクスは、共産主義ばかりでなく、新しい学問分野も生み出す。社会学だ。
社会学はマルクスに対する反応から発展した。
――第21章 官僚、民主主義者、エリート
社会学者は左派が多いと言われるけど、ルーツを考えると当然なのかも。その代表がマックス・ウェーバー(→Wikipedia)。革命ではなく政治的な改革を目指す路線の人だ。ただ、政治家には向かなかったようで。
マックス・ウェーバー「政治家は妥協すべきであり、しなければならない。(略)学者には妥協する必要も、愚行を取り繕う必要もない」
――第21章 官僚、民主主義者、エリート
状況を見ると負け惜しみな雰囲気も漂ってるが、そういう事にしておこう。
今はそれほどでもないが、日本じゃ昔の左派には軍事を毛嫌いする人も多かった。そのルーツは、この人かもしいれない。
ジェーン・アダムズ(→Wikipedia)「国防や安全保障に関心をいだくのは、軍国主義や権威主義を容認したも同然の事だ」
――第21章 官僚、民主主義者、エリート
そういう考え方の人も、いたんです。というか、本書ではレフ・トルストイの影響を強調している。すんません、まだ読んでないですトルストイ。
などと、とりとめのないまま、次の記事に続く。
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