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2026年1月22日 (木)

マシュー・ルベリー「読めない人が『読む』世界 読むことの多様性」原書房 片桐晶訳

この本では、型破りな方法で文字を読む人々の物語と、活字を理解する能力に影響を及ぼす多種多様な神経学的状態が、彼らの生活に及ぼしてきた影響を取り上げる。
  ――序章 厄介な読者

【どんな本?】

 私は本が好きだ。だが、世の中にはさまざまな事情で本が読めない、または読むのが難しい人がいる。幼い頃から文章が読みにくい難読症、逆に一瞬で写真を撮るように紙面を憶える過読病、事故や病気による脳の損傷で読めなくなる失読症、文字や単語に色がついて見える共感覚、あるはずのないコノや見えたり声が聞こえる幻覚、そして記憶を失う認知症。

 私たちの暮らしは文字・文章に囲まれている。それが読めないとなると、人はどう感じ、反応するのか。他の人から、どう扱われるのか。問題に対し、どう対処するのか。支援できることはあるのか。

 ロンドン大学の文学教授が、「読む」ことに問題を抱えた人々を紹介し、彼らの生き方や読書への取り組み方を語ることで、読み方は人により様々なのだと説くとともに、読むことが人生に与える重みも伝える、一般向けの医学ドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Reader's Block: A History of Reading Differences, Matthew Rubery, 2022。日本語版は2024年3月19日第1刷。単行本ハードカバー縦一段組み本文約328頁に加え訳者あとがき2頁。9ポイント45字×18行×328頁=約265,680字、400字詰め原稿用紙で約665枚。文庫なら少し厚め。

 文章はやや硬い。だが内容は難しくない。なにせ「読む」ことに関する本なので、本好きは興味を持ちやすいだろうし。当然、本の名前がアチコチに出てくる。最も多いのは英米の古典文学・主流文学で、次に多いのは問題を抱えた人の自叙伝。

 あと、説明抜きで「デコーディング」なる単語が出てくるのは不親切。後で説明がでてくるんだけど。曰く…

音韻化(デコーディング)、つまり、記号を意味ある情報に変換すること
  ――第5章 幻覚

 だ、そうです。文字の連なり CAT を見て、ニャアと鳴く動物を思い浮かべる作業または能力のことですね。

【構成は?】

 序章だけは最初に読もう。以降は気になった所だけを拾い読みしてもいい。

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  • 序章 厄介な読者
  • 第1章 難読病 ディスクレシア
  • 第2章 過読病 ハイパーレクシア
  • 第3章 失読症 アレクシア
  • 第4章 共感覚 シナスタジア
  • 第5章 幻覚
  • 第6章 認知症
  • 終章
  • 訳者あとがき/注

【感想は?】

 言われてみれば、私もいつから読めるようになったのか、憶えていない。気が付いたら、漫画をむさぼるように読んでいた。どうやら読むって能力はかなり複雑で。

「読む」という行為には生来の能力は一切関わっていない(略)。
発話能力とは異なり、脳には読字専用の回路が備わっているわけではない。むしろ読字は後天的なスキルであり、脳の可塑性、つまり、ほかの認知作業用にデザインされた回路を再利用する能力に大きく依存している。
  ――第1章 難読病 ディスクレシア

 そりゃ野生状態じゃ文字なんかないしね。この辺は音楽と似てる。ただ、本書は医学書じゃないので、認知機能の細かい所には立ち入らない。

 最初の難読症は、トム・クルーズが有名だろう。本人たちの様々な証言が出てくる。文字が揺れ動いたり b と d を混同したり。学校で教読まされるのが屈辱だった、などの切ない証言が続く。この難読症、歴史をさかのぼると、最初は目の問題と思われていた。しかし…

文字を正しく読めない子どもたちでも、文字を正確に書き写すことはできる。要するに、問題は言語的なものであり、視覚とは関係ない。(略)読字困難とは、実際には発話のプロセスにまつわるものなのだ。
  ――第1章 難読病 ディスクレシア

 おお、そうなのか。ちなみに、色付きのセロファンを紙面にかぶせると読める人もいるとか。また、デジタルスクリーンだと読めたり、サンセリフ書体は読めたり。モリサワもUD書体を出してるね。

 お次は自閉症に多いハイパーレクシア。と書くと分かってる風だが、自閉症はスペクトラムと呼ぶぐらい幅が広い概念/傾向で…

自閉症は(略)まったく同じ症状の人はふたりといない。
  ――第2章 過読病 ハイパーレクシア

 などと、症状の現れ方も幅が広い。本章には写真のような記憶力を持つ人も出てくるが、内容を理解しているか、

瞬間記憶能力は、通常の読字とは逆のプロセスをたどっている。つまり、記号化したあとに音韻化(デコーディング)するのだ。
  ――第2章 過読病 ハイパーレクシア

 なんて、憶えちゃいるが分かっちゃいない場合も。

 この章は、本好きには身につまされる話が多い。

 本には執着するが身だしなみには無頓着とか、「実用的価値がない対象に関心を向けている」とか「読んでいる内容よりも、何かを読んでいることを重要視する」とか「本を溜め込むので家に住めなくなった」とか「人間の行動は不安定で予測がつかないように見えるが、本は安定していて一貫している」なんて告白とか。いや本好きに限らず、ヲタク全般に言える事なんだけど。

 あなたにも心当たりがありませんか? 私はあります。つまり、自閉症的な傾向は、多くの人に当てはまるのだ、きっと。そうだ、俺だけじゃないのだ。そういう事にしておこう。

 続く失読症は、事故や病気で脳の一部が働かなくなり、いきなり「読めなく」なる失読症。

難読症が幼少期に読むことを学習するプロセスを妨げるのに対し、アレクシアは、すでに識字能力のある大人に影響を及ぼす。
  ――第3章 失読症 アレクシア

 これまた症状は様々かつ複雑で。

もっとも不可解な症例は、多言語に通じた患者がそれまで流ちょうに使えていた言語のひとつについてだけ、読み方を忘れてしまうというものだった。
  ――第3章 失読症 アレクシア

 例として出てくるのは、ラテン語を読めなくなった人。でも「8年の歳月をかけてラテン語を学び直」したというから凄い。また、文字は読めるが単語は読めないとか、読めないが書けるなどもある。

 どうも「読む」という機能は、幾つかのモジュールが順次に処理して実現しているらしい。unix のパイプのように。だから、壊れたモジュールによって、症状が異なるのだ。

 第4章は、近ごろ有名になった共感覚(→Wikipedia)。音で色を感じたり、文字に色がついたりするあまり利益も不便も感じないため目立たないが、実は意外と多いらしく…

成人人口の4%強と推計される
  ――第4章 共感覚 シナスタジア

 だいたい25人に一人ぐらいはいる勘定だ。その感覚も人それぞれで…

共感覚という用語は多様な感覚体験を包含しており、色聴のような比較的一般的なものから、色痛や色オーガズムのような珍しいものにいたるまで、現在64種類以上が存在する。
  ――第4章 共感覚 シナスタジア

 ちなみに日本語版Wikipediaでは「150種類以上」だとか。何せ文字に色を感じるタイプでも…

共感覚者にはそれぞれに独自の配色がある(しかも、誰もが自分の配色が「正しい」と主張する)
  ――第4章 共感覚 シナスタジア

 と、人によりけりだったり。大半の人は書体が変わっても感じ方は同じだが、「見た目の形の違いに反応する人もいる」。

 それでも「ほとんどの共感覚者はスムーズに」読めるし、中には…

ごく少数の人は、心のなかで、発せられたすべての言葉が活字になったものを見ている。
  ――第4章 共感覚 シナスタジア

 なんて便利な能力を備えた人も。

 共感覚者が感じる色は大きな害がないケースが多いが、幻覚となるとそうはいかない。中でも怖いのは…

悪夢のなかでもっとも恐ろしいのは、死体(略)が部屋に入ってきて、抱きしめてくることだった
  ――第5章 幻覚

 ゾンビって概念は、こういう幻覚から生まれたのかも。

 幻覚は統合失調症の症状の一つでもある。そうなる原因は…

たいていの脳は、入ってくる眺めや音をふるいにかけるが、機能不全の脳は、感覚データの洪水に対処しなければならないので、認知活動はほぼ不可能になってしまう。
  ――第5章 幻覚

 なんて説もある。そういや「妻を帽子とまちがえた男」に、数秒間しか記憶が持たないが、愉快な話し相手になる人が出てきた。この人は、設定を即興で創り上げ、それを信じている。ヒトの脳は、認識したものの辻褄を勝手に合わせる優れた能力があるようだ。もっとも、これは時として困った現象を引き起こす。

偏執的な読者は、もっともらしいことを無理やりこじつけて、隠された意味を見分けたりもする
  ――第5章 幻覚

 いわゆる陰謀論ですね。昔は「源義経=ジンギスカン説」とか「津軽にキリストの墓が」とか「古代の壁画に宇宙飛行士が」とか、壮大なのが多かったんだけどなあ。

 笑っちゃうのが…

キリスト教終末論の伝統に見られる比喩的な書物は、必ず実際の本の形をとっている
  ――第5章 幻覚

 少なくとも旧約聖書は、成立年代から考えて、オリジナルは巻物のはず。死海文書も巻物だし。

これは私の勝手な思い込みなんだが。
自閉症がスペクトラムと言われるほど程度も症状も様々なように、統合失調症も症状の重い軽いは様々なはず。そして大半の人は多かれ少なかれ統合失調症の傾向があり、また心身の具合で傾向が強くなったり弱くなったりするんだ、と思っている。現在はやってる陰謀論も、そういう傾向の強い状態の時に刷り込まれるとハマるんじゃないかな、と。

 最後の認知症は、誰にもあり得る事なので、なかなか身につまされる話が多い。次第に読めなくなるってのが怖い。あるがちな症状は…

「すでに読んだことがあると気づかないまま、なにか(本または新聞や雑誌の記事)を読みはじめてしまう」
  ――第6章 認知症

 読んだ内容を憶えられないのだ。これは…

記憶の喪失は認知症に特有のものであり、ほかの末期症状の物語との違いを際立たせる症状だ。
  ――第6章 認知症

 やはり認知症を患った人は大きなショックを受けるようで、抗う人もいる。例えば…

長編小説から短編小説へ切り替える
  ――第6章 認知症

 なんて工夫をする人も。

 羨ましいのは、認知症を患った人向けの本を出してる出版社があること。小説、それも古典の主流文学が中心なんだが、色々と工夫してる。例えばオリジナルから文体を変えるのはもちろん、余談などを省いて「約8000字から4000字に」削る。また「登場人物のリスト、大きな活字、挿し絵、要約などを活用して憶えやすく」してる。とにかく読者に親切にするのだ。

 そういえば池波正太郎の「剣客商売」も、とっつきやすい連作短編だなあ。しかも作中にさりげなく「今までのあらすじ」や登場人物紹介を入れてる。あれ、どこからでも読みはじめられる工夫かと思ったけど、読書に不慣れな読者への配慮なのかも。売れる人ってのは、相応に工夫しているのだ。

 逆にマズいのは…

「文章が非常に長いと、物語を理解するのはむずかしいいかもしれない」
  ――第6章 認知症

構文(とくに受動態、否定、節など認知的に要求の高い文体(略))
  ――第6章 認知症

 だそうです。

 ところで、挿し絵が好ましいなら、漫画はどうなんだろ? いや慣れないと読み方が分からないかな?

 著者は医師でも医学者でもなく文学教授なので、あまり認知科学や脳医学には踏み込まない。病気の原因やヒトが文章を読み理解する手順などの話は、ほとんどない。それより、患った人たちが、問題にどう立ち向かったか、問題を避ける手段を講じたか、そして問題を抱えてどう感じたか、などの話が多い。

 そういう点では、序章にあるように、オリヴァー・サックスの著作と似た感触を受ける。つまり、科学というより、ヒトを描いた本なのだ。なので、オリヴァー・サックスが好きな人にお薦め。

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