SFマガジン2026年2月号
こんとん。目、鼻、耳、口の七つの穴がなく、六本の脚と四枚の羽を持つという伝説上の生き物だ。
――「正義は結局、抵抗する者の手にだけ委ねられるのだ。従う者に正義はない」
――吉上亮「ヴェルト」第二部第十章
376頁の標準サイズ。
特集は「架空生物特集」として小説が豪華7本に評論やエッセイなど。加えてジェイムズ・ティプトリー・ジュニア小特集。
小説は12本+1本。特集で7本+1本、連載が4本、読み切りは冒頭のみが1本。
架空生物特集。小説は7本。藍銅ツバメ「こんとん」,酉島伝法「ブリーダーズ」,溝淵久美子「リラクウォッカ」,草野原々「大山鳴獣ネズギガント」,柞刈湯葉「ライフ・アズ・ア・ウェポン」,坂永雄一「星の薪」,アン・レッキー「魂の湖」中村融訳。…って、あれ?このネタなら草上仁は? まあいい。今回、表紙と各小説の扉イラストはすべてぬまがさワタリが担当。
ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア小特集は「タイムマシンをオモチャにしないでください、あるいは、わたしはF.B.I.のために≪アスタウンディング≫誌のバックナンバー15924冊をズタボロにした。」小野田和子訳。
連載小説4本。冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第63回,吉上亮「ヴェルト」第二部第十章,夢枕獏「小角の城」第85回,飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第31回の最終回。
加えて第13回ハヤカワSFコンテスト特別賞受賞作「みずうみの満ちるまで」冒頭。
架空生物特集。
藍銅ツバメ「こんとん」。こんとんはプラスチックの飼育ケースにいる。小型龍の餌として一匹三百円で売られていたのを、一樹は思い付きで買ってしまった。飼育書もロクにない。小型龍の飼育書の餌の保管法に少し書いてある。曰く餌も食べず水も飲まなず、一か月ほどで死ぬ。水を入れた小皿を飼育ケースに入れたら、こんとんは小皿をひっくり返し水を浴びてしまった。
こんとんはWIkipediaにもあった。作品中のこんとんはゴールデンハムスターほどの大きさで動きは鈍く微妙に不器用。なんかブサかわいいというか、そういう系統。間の抜けた癒し系で、某SNSで流行ってるたぬきに近いかも。私も昔に飼っていたおバカなジャンガリアンを思い出した。
酉島伝法「ブリーダーズ」。室伏実はヘブタ脳炎から回復した。ダニが媒介するヘブタ・ウィルスが原因とされる。症状はディラン効果またはイヤーワーム(→Wikipedia)。頭の中で特定の曲が繰り返し鳴り響くのだ。久しぶりに元軽音サークルの仲間との会合に出た室伏だが、その日を境に消息を絶つ。
気色悪い生き物を書かせたらSF界随一の酉島伝法だけあって、この作品もなかなかにおぞましい。イヤーワームの困った点は、別に好きでもない曲が耳にこびりつくこと。まあ、好きな曲がこびりついたら、それがキッカケで嫌いになりそうで、それはそれで嫌だなあ。お話は、やっぱり酉島ワールドでした。
溝淵久美子「リラクウォッカ」。アパートで二十代の女性が自殺した。彼女はリラクオッカを飼っていた。笑顔のように見えるクォッカ(→Wikipedia)をペット用に改造した生物だ。リラクオッカは、ヒトがストレスを感じた時の体臭を心地よいと感じ、すり寄ってくる。一時期は流行したが、今は野生化して特定外債生物として害獣指定されている。
現在はペット扱いされている犬や猫も元は野生だったし、ドミトリ・ベリャーエフのキツネの例もあり、近い将来に似たことを目論む企業が出るだろう、というか既にやってるかも。お話は…動物が好きな人にはかなりキツい話です。
草野原々「大山鳴獣ネズギガント」。身の丈二メートルを超えるメタリック装甲のヤスデ、アースロプレウラ(→Wikipedia)が配信している。元は迷惑系配信者だったのがお縄になり、精神をオークションでセリに出された。買い手は某教団。改造サイバネ・ヤスデに精神転写され、宇宙の辺境の惑星に飛ばされて…
これも草野原々らしく、バリトン・J・ベイリーばりの奇想が続々と飛び出す怪作。いや惑星の描写はロバート・L・フォワードの「ロシュワールド」にも匹敵する壮大でダイナミックな風景なんだが、なにせ草野原々だしw 精包が出てきた時点でなんか嫌な予感がしたんだが、なんちゅうオチだw
柞刈湯葉「ライフ・アズ・ア・ウェポン」。2028年、イランのテヘラン。エリオール(仮名)はイスラエル諜報特務庁モサドのスパイだ。となれば、目的はイラン核兵器開発の阻止。特に大事なのはウランの濃縮技術、その核をなす遠心分離機カスケード…のはずが、なぜか追跡しているのは分子生物学者の研究者ダリヤ・フェルザンスフル・メフル。
イランとイスラエルって組み合わせから、やたらと物騒な中身を思わせる。タイトルと分子生物学も、そっちの兵器を匂わせるのだが…。エリオール君のキャラが私たちの思い浮かべるモサドと大きく違うのが面白い。こういオチも、現在のイランならいかにもありそう。
坂永雄一「星の薪」。薪取りが帰ってきた。星祭りが始まる。今年は特別だ。三年に一度の、龍天樹を昇天させる大星祭り。子供たちははしゃいでいる。先生も居残り課題を切り上げた。山頂にある鍋底地形の町。外は極寒。龍天樹は大きい。直径十メートル、高さ百メートルに及ぶ。龍山の麓に一本ずつ半キロメートルほど間隔をあけて植えられている。
異星の町が舞台の作品。気密警察や炭素倹約体制などの言葉から、資源が涸れつつあることが伺える。終盤で展開するヴィジョンで、ラリイ・ニーヴンの某長編を思い浮かべた。舞台のスケールは小さいどころか息苦しいぐらいだが、作品のスケールは大きい。
アン・レッキー「魂の湖」中村融訳。村のそばの湖は<魂の湖>ではない。幼生のスポーンは湖の昏い深みに惹かれ、湖畔で過ごす。あといちど脱皮すれば成体になる。母親たちは湖畔を離れろと叫ぶ。今までも幼生は脱皮が遅かった。魂があるのか、そう幼生を心配する母親もいる。
「叛逆航路」シリーズの人。視点は二つ。両生類っぽい生態で村単位の社会で暮らすエイリアンと、人類が住める惑星を探しているっぽいチームの人類学者。エイリアンの生態は極めて異質ながら、知性があるのは充分に伝わってくる。が、人類側の都合は…。今までの歴史を考えると、確かに、ねえ。
ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア小特集。「タイムマシンをオモチャにしないでください、あるいは、わたしはF.B.I.のために≪アスタウンディング≫誌のバックナンバー15924冊をズタボロにした。」小野田和子訳。銀河間不定期貨物船<オカリナⅢ>は原型時間に戻った。ヘリング船長は半重力房から出ようとレバーを引くが…
トム・ゴドウィンの「冷たい方程式」を下敷きにしたドタバタ・ギャグ…と思わせて。タイトルからしてユーモラスな作品だと匂わせていて、実際その通りかつヒネリを利かせた作品。というか、今思えば、この人、独特のヒネリが効いた作品が多いんだよね。「たったひとつの冴えたやりかた 」は間違いなく傑作だけど、主な芸風を代表するのは「接続された女」だと思う。
連載小説。
冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第63回。リバーサイド・ホテルの戦いは続く。テーマパーク<プレジャー・ドーム>は、ファミリー向けの娯楽施設だ。逃れて潜むキドニーたちを追う2人と4匹。リディア・マーヴェリックと黒豹のデビル,マヤ・ノーツと白蛇のデイジー,そして犬のシルフィードとナイトメア。罠と承知でリディアとマヤたちは戦場に飛び込む。
今まで別の戦場で戦っていたハンター勢とオフィス&市警。それが戦いが進むにつれ、同じ戦場に合流することも。しかし考え方の違いから、何かと軋轢も起きる。中でもマヤとバロットのすれ違いが、悲しくもあり可笑しくもあり。そして、ついにエド・ゴーリーの正体と目的が。
吉上亮「ヴェルト」第二部第十章。恐怖政治は続き、処刑人のサンソンは忙しい。陰謀の首魁として総裁フーシェを弾劾し、全会一致で可決され、フーシェはクラブ除籍となる。だがフーシェは行方をくらます。ロベスピエールは体調不良を理由に委員会にも国民公会にも欠席を続けている。
第二部最終回。激動のフランス革命を、処刑人サンソンの視点でじっくり描いた第二部。最終回もサンソンは多忙な仕事に勤しむ。のだが、落ち着いて考えると、サンソンが見えない所でこそ人は死にまくってるんだよなあ。有能ながらも胡散臭さを漂わせていたナポレオン、やはりウラがあったか。第三部は書き下ろしだそうです。
飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第31回の最終回。更なる崩壊を続ける<青野の区界>、園丁たちと遠野暁の戦い、変容する『クレマンの年代記』の謎、それと小野寺早都子の関係、天使の正体。幾つもの仕掛けが絡み合いながらも時としてバッサリと斬り落とす。嵐が去った後のような読了感の最終回だ。
第13回ハヤカワSFコンテスト特別賞受賞作「みずうみの満ちるまで」冒頭。環境は悪化し、難民は増える一方。対して富裕層は仮想空間で永遠の命を得る。だが、全財産を寄付し敢えて死を選ぶ富者もいた。彼らを看取る施設がヘヴンズガーデン。その朝、従業員のエルムは、お気に入りのベンチで、見知らぬ娘と出会った。
静かで穏やかな導入部。少し郊外にある大規模な霊園も、風景は穏やかで綺麗なんだよな、などと思いつつ。なにせ死を迎える施設だし。だが、話が進むにつれて、次第にこの世界の絶望的な状況と、施設の置かれた厳しい立場が見えてくる。現実の異世界でも難民のニュースは毎日のように入ってくるしなあ。こんな大きなテーマに挑んだ度胸だけでも凄い。台詞に「」がないのも、静謐な雰囲気を醸し出してる巧みな工夫。
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