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2025年12月19日 (金)

ジョン・キーガン「ノルマンディ戦の六ヵ国軍 Dデイからパリ解放まで」中央公論新社 並木均訳

本書は、社会生活において戦争と関連組織が果たす役割を別の角度から理解しようとする試みである。
  ――序文

ノルマンディの戦いは、交戦国の間に深く根を張るような反感を生んだことがなく、戦後代々にわたってその性格を冷静に分析することを妨げるものではなかった。
  ――エピローグ 「大西洋の壁」から鉄のカーテンへ

【どんな本?】

 1944年6月6日。第二次世界大戦で反撃に転じた連合軍は、ついに欧州西部に本格的な第二戦線を形成した。史上最大の作戦ことノルマンディ上陸作戦である。

 イギリスの戦史家による本書は、この作戦で上陸を敢行した連合軍のイギリス・アメリカ・カナダ・ポーランド・フランスの連合軍と、それを迎え撃つドイツの六ヵ国軍の戦いを描くとともに、当時におけるそれぞれの軍の状況や文化を綴り、各軍と将兵の姿を浮き彫りにするものである。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Six Armies in Normandy From D-Day to the Liberation of Paris, John Keegan, 1982。日本語版は2024年3月10日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約433頁に加え訳者あとがき4頁。9ポイント47字×20行×433頁=約407,020字、400字詰め原稿用紙で約1,018枚。文庫なら上下巻ぐらいの分量。

 文章はやや詩的と言うか文学的というか。加えてイギリス人らしい皮肉で回りくどい表現が多く、ちととっつきづらい。また歴史家/戦史家らしく欧米の歴史/戦史への言及も多く、素人にはピンとこない言い回しもかなりある。

【構成は?】

 原則として時系列順に進む。第1章は米英政府および軍の首脳陣を中心に、ノルマンディ戦までの政略・大戦略レベルの過程を描く。以降の各章は、章の題でわかるように、各国の軍に焦点を当ててゆく。その結果として、各章はほぼ独立しているので、気になる所だけを拾い読みしてもいい。各章の頭に地図があるので、多くの栞を用意しておこう。

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  • 序文/はじめに
  • プロローグ 反攻作戦の地にて
  • 第1章 第二戦線への旅
    スティルウェル/ウェデマイヤー/アイゼンハワー/モロトフ/マーシャル/ブルック/モントゴメリー/ロンメル
  • 第2章 全米の雄叫びを上げる鷲たち
    飛行/降下/着地/集合/戦闘
    • 1 サント・メール=エグリーズの第56パラシュート歩兵連隊第3大隊
    • 2 メンドレ川の第505パラシュート連隊第1大隊
    • 3 コーキニーの第507パラシュート歩兵連隊第2大隊
    • 4 ドゥーヴ橋の第506パラシュート歩兵連隊第3大隊
    • 5 WXYZ地点における第502パラシュート歩兵連隊第1大隊
    • 6 プップヴィルの第501パラシュート歩兵連隊第3大隊
  • 第3章 カナダ:南岸へ
    ディエップ:恐るべき警鐘/火力支援/ドイツ軍守備隊/射爆撃/海岸までの最終航程/着岸/内陸へ
  • 第4章 スコットランド回廊
    ドイツ装甲師団の戦い/戦場への進軍/シェルブール陥落/大嵐/エプソム作戦/勇敢なるスコットランド/敵発見/渡河
  • 第5章 イングランドのヨーマン
    敵中突破計画/待機する機甲部隊/前線に移動/砲爆撃/回廊に突入/フォン・ルック戦闘断/反撃/撃退
  • 第6章 栄光のドイツ陸軍
    突破/パットン将軍の登場/相当の意志/リュティヒ作戦
  • 第7章 「ポーランド軍の戦場」
    「わが人生で最悪の日」/優柔不断な指令/「シコルスキ将軍の観光客」/シャンボワでの接敵/「鎚矛」
  • 第8章 自由フランス
    反乱/休戦/ドゥ・ゴール/ルクレールの師団/解放
  • エピローグ 「大西洋の壁」から鉄のカーテンへ
  • 謝辞/原注/主要参考文献/訳者あとがき/主な部隊の所属師団の編成/英米独軍のノルマンディ到着日/部隊名索引/索引

【感想は?】

 本書の主眼は、各国軍の歴史や個性を描くことだ。ノルマンディ以降の戦いの全体像を期待しちゃいけない。

 流れは時間軸に沿って進む。が、各章ではそれぞれの軍にスポットを当て、その歴史・立場・性格そして戦い方を描いて得ゆく。いわば連作短編集のような構成だ。

 第一章では、第二次世界大戦全体の中で、どのようにノルマンディ上陸作戦が決まったのか、その経緯を語る。よって登場する人物も、政治や外交関係の人が多い。当時のソ連のスターリンは第二戦線を切望していたが、米国は太平洋に目が行っていた。これを覆したのが…

「ドイツ第一」戦略を救ったのは、(1942年)6月4日のミッドウェー海戦の大勝利だった。ミッドウェー以後、どの提督も、どの太平洋線行きの将軍も、雄弁なマッカーサーでさえも、一夜にしてアメリカ太平洋艦隊と同等にまで零落した大日本帝国海軍のことを、戦争の主導権を維持できる戦力としてもっともらしく説明することができなくなったのである。
  ――第1章 第二戦線への旅

 第二次世界大戦全体の方向性を変えるほど、ミッドウェー海戦の影響は大きかったとは。もっとも、そこからノルマンディまでは、二年間を擁するんだけど。

 続く第2章は、米軍の空挺部隊が主役だ。一般に空挺部隊は格別に優れた将兵が集まっている。それも当然だ。空輸可能な軽装備で敵中に飛び込むんだから。おまけに本隊が来るまで補給も期待できない。だもんで、どうしても荷物は多くなり…

装備の(略)重量は体重のほぼ2倍に達し…
  ――第2章 全米の雄叫びを上げる鷲たち

 と、立つことすら満足にできない状況で機体に乗り込み、敵中に飛び降りるのだが…

第501パラシュート歩兵連隊のS3〔作戦担当〕参謀が集めた100人からなる一団のうち、1/4は捻挫か骨折をしていた。
  ――第2章 全米の雄叫びを上げる鷲たち

 おまけにドイツ軍が氾濫させた沼地に下りちゃった部隊もあって、そのまんま溺れちゃったり。もっとも、真夜中なのもあって、あまりドイツ軍には気づかれずに済んだ。というのも…

兵士というものは、どうしようもないほど睡眠を好むものである。
  ――第2章 全米の雄叫びを上げる鷲たち

 戦場じゃロクなメシもないし、寝るぐらいしか楽しみはないんだろう。日中は敵が居なくても緊張する事ばっかりだし。

 次の第3章はカナダ軍が主役。ここでは、悲劇に終わったディエップ強襲作戦(→Wikipedia)を並行して描いてゆく。「グリーンビーチ」は傑作です。

 カナダ軍にとって幸いな事に、今回の敵は手薄だった。

ディエップでは、ドイツ軍は2.5個大隊を持って6個大隊を迎え撃った。ジュノー海岸では、一個大隊未満をもって9個大隊を迎え撃つことになった。
  ――第3章 カナダ:南岸へ

 悲劇に終わったディエップだけど、連合軍はそこから多くを学び、爆撃機や艦砲射撃などによる掩護となって活かすのだ。失敗を直視するって大事だよね。

混乱をもたらす媒介となったのが、地上部隊を船から陸に移す純技術的な困難だった。(略) 特殊な上陸用舟艇の建造、大規模な空挺部隊の創設、艦砲と戦闘機による直接的な火力支援の改善、上陸地帯を敵のほかの防御地域から隔絶する航空戦力の活用…
  ――エピローグ 「大西洋の壁」から鉄のカーテンへ

 迎え撃つドイツ軍は…

(カナダ軍が上陸するジュノー海岸を守るドイツ軍第716師団は)移動する輸送手段を実質的に欠いていた。機動力の証として各師団の一個大隊に配備されていたのは自転車だった。機械式の唯一の自動車輛は、師団長のスタッフカーのみだった。それ以外――師団砲兵の火砲や歩兵大隊の補給用荷車――は、全て馬に引かれていた。兵員は徒歩で行軍するものと見なされていた。
  ――第3章 カナダ:南岸へ

 電撃戦の印象が強いドイツ軍だけど、当時の機動力は…

1944年当時、ドイツ陸軍の9割は移動するのに依然として馬か列車に依存していた。
  ――第1章 第二戦線への旅

 これは後にも効いてきて、他の部隊を支援に向かわせても、なかなか到着しない、なんて話がよく出てくる。

 それはともかく。「ノルマンディ上陸作戦1944」ではシャーマン戦車を現場で改造する米軍兵の臨機応変ぶりが印象深かったが、カナダ兵も負けちゃいない。

ベルニエールでは、砂丘の先にある浸水地帯によって彼ら(地雷処理戦車と工兵戦車)の作業が困難になっていたため、泥沼に戦車一輌を沈め、それをまたぐように橋を架けて横断路を作った。
  ――第3章 カナダ:南岸へ

 次の第4章ではスコットランドの各連隊と、それに抗うドイツ軍に光を当てる。やはり制空権は重要なようで、連合軍の爆撃によってドイツ軍は身動きがとれなくなっていた。

1944年6月11日エルウィン・ロンメル「敵は戦線の後方約100kmまでの戦域上空の制空権を完全に有しており、強力な戦闘爆撃機および爆撃機の編隊をもって、路上や開豁地〔遮蔽物がない開けた地〕での日中の往来をほぼ完全に麻痺させている」
  ――第4章 スコットランド回廊

 特に鉄道が寸断されたのが痛かったようで…

(ドイツ軍)第7軍司令部は、軍の移動を鉄道に依存するのは無駄と判断し、Dデイ当日に設置した運輸計画部を閉鎖したのだった。
  ――第4章 スコットランド回廊

 これらの爆撃を効果的にしたのが、ウルトラ。ドイツ軍が誇る暗号エニグマ(→Wikipedia)の解読だ。連合軍は「解読していること」を隠そうと、特に潜水艦戦では慎重に運用していたのだが…

ウルトラに関する物語の中で最も注目すべきは、(略)(ドイツ軍に)情報源が暴露されれたことは実際に皆無だったという点である。
  ――第4章 スコットランド回廊

 「第一次大戦は化学者の、第二次大戦は物理学者の戦争だった、第三次大戦は数学者の戦争になる」と言われる所以だろう。対するスコットランドの各連隊は…

スコットランド人にとって戦争とは国策産業のようなものであった
  ――第4章 スコットランド回廊

 と、戦争民族である由を強調している。とはいえ、生死の境にある前線の兵がもたらす情報は、どうしてもあやふやになり…

ドイツ軍戦車2輌――ティーガーと識別されたが、危険の浅い歩兵は敵の戦車を何でもそう見なした
  ――第4章 スコットランド回廊

 なんて記述も。そりゃ小銃しか持たない歩兵にとっちゃ、Ⅳ号戦車もティーガーも歯が立たない点じゃ同じだしね。

 第5章では激戦地カーンへの猛爆撃で幕を開ける。連合軍は続々と戦力を補充するのに対し、ドイツ軍は…

Dデイ以降、彼(オマール・ブラッドリー、米軍司令官)の兵力は14個師団に増加し、これに対してドイツ軍は。50マイル〔約80km〕の戦域にわずか6個師団しか擁しておらず、そのうち3個はDデイ当日の戦闘で壊滅された師団の敗残兵からなっていた
  ――第5章 イングランドのヨーマン

 と、散々な様子。ここでも、前線の将兵から見た戦争の模様が興味深い。例えば…

爆撃機搭乗員というものは、できるだけ早く搭載物を投下して安全な場所に向かおうとする傾向がある。
  ――第5章 イングランドのヨーマン

 レン・デントンが「爆撃機」で描いていた、「あとずさり」がコレなのか、と納得した次第。戦車では…

(シャーマン戦車は)燃えやすく、着火すると激しく燃えた。ディーゼル燃料ではなく、ガソリン燃料であったためである〔シャーマン戦車には、(略)ディーゼルエンジンを搭載したものもあった〕。
  ――第5章 イングランドのヨーマン

 ちなみに〔〕内は訳注。他にも訳注で原書の誤りを正してる所が多く、丁寧な訳者の仕事が有り難い。

 第6章ではヒトラー暗殺からドイツ軍のリュティヒ作戦へ。この時期になると戦力差は歴然で。

今や彼(オマール・ブラッドリー)は、残骸と化したドイツ軍の9個師団に対して15個師団を擁し、戦車も、敵の110輌に対し、750輌を保有していた。
  ――第6章 栄光のドイツ陸軍

 これまで慎重だったモントゴメリーも、形勢有利とみて…

1944年8月4日バーナード・モントゴメリー「総員、今や総力をあげて昼夜兼行で前進せよ。連合軍の主たる戦略はパリに向かって……旋回し、敵をセーヌ川まで押し戻すことである」
  ――第6章 栄光のドイツ陸軍

 そういえば、今まで読んだ西部戦線物の中で、本書は最もモントゴメリーを好意的に書いてる。英国人視点だから、かな?

 さて米軍の特徴の一つは、化物じみた兵站能力だろう。太平洋戦争でも、海軍将兵はアイスクリームを楽しんでたし。その理由の一端が、これ。

アメリカ陸軍は兵站を重視し、ハーバード・ビジネス・スクールの手法を戦争遂行に持ち込み、先進国の軍の中で唯一、産業動員の研究を目的とした参謀大学を維持していた
  ――第6章 栄光のドイツ陸軍

 ドイツはアルベルト・シュペーアが有名だけど、米国はそれがチーム単位でいたのだ。Google もそうなんだけど、数を力に変えるのが巧みなんだよな、米国は。

 続く第7章はポーランド軍。ここではカナダ同様に悲劇との対比で描いてゆく。そう、ワルシャワ蜂起(→Wikipedia)だ。「ワルシャワ蜂起1944」は傑作ですぜ。読めば現在のポーランドがロシアを警戒し軍備増強に励む理由が理解できます。

 ポーランド国内軍の戦意と執念は凄まじく…

(1944年のワルシャワ蜂起の際に)市内に投下された何千という数の不発弾は、手製の手榴弾の原材料として国内軍の工兵に珍重され、作業中に信管が作動する危険を承知のうえで慎重に解体された。(略)
物資投下中に撃破された連合軍爆撃機の燃えさかる機体から機銃を取り出そうと、爆発する前にその中に入る者もいた。
  ――第7章 「ポーランド軍の戦場」

 ここでは孤立しつつもファレーズ包囲(→Wikipedia)の栓の役割を果たしたポーランド軍指揮官の言葉が重い。

「わたしはポーランド人として話しているのだ」
  ――第7章 「ポーランド軍の戦場」

 さて終盤の第8章はパリ攻略、そして主役はルクレール率いるフランス軍だ。「パリは燃えているか?」にあるように、当初の連合軍はパリを迂回するつもりだった。

モントゴメリーとアイゼンハワーはパリを「スポンジ」と見なしており、占領するのに優秀な部隊が吸収され、ひいてはドイツ国境への前進に必要な大量の食糧と燃料が無益に吸収されてしまうと考えていた。
  ――第8章 自由フランス

 著者はヒトラーの死守命令に疑問を呈しつつも、ドイツ軍が各所に爆薬を仕掛けたのは認めている。結局、ヒトラーはこんな命令を出しているし。

「パリは廃墟以外の形で敵の手中に収めてはならない」
  ――第8章 自由フランス

 本章ではフランス国内の共産党レジスタンスを警戒するドゥ・ゴールの執念が印象に残る。

(イギリスの)特殊作戦執行部とロンドンのドゥ・ゴール組織は、都市に勢力を持つ共産主義者の力が増大するのを恐れ、パラシュートによる投下物質の圧倒的多数が野外地に落ちるように配慮していた
  ――第8章 自由フランス

 仏国内のレジスタンスは多様な勢力があり、都市部では共産党系が強かったのだ。中でもパリは…

パリ市内では共産主義者がレジスタンスの中で最大の派閥となっており、彼らが局地的勝利を利用して、政府所在地への彼(ドゥ・ゴール)の四年にわたる長旅を土壇場になって妨げるおそれがあった。
  ――第8章 自由フランス

 共産党を筆頭とするレジスタンスの蜂起がパリ奪回の立役者になれば、ドゥ・ゴールは主役の座を奪われてしまう。戦後のフランスの政治情勢も、大きく変わっていただろう。

 結局は半ば抜け駆けみたいな形でルクレールが駆けつけるんだけど。

 終盤では、絶望的な状況下でも頑強に戦ったドイツ軍の秘密を解き明かそうとする。

この都市(ベルリン)を制圧するのに要した12日間の戦闘で、120万人のソ連兵が死傷したと推定される。
  ――エピローグ 「大西洋の壁」から鉄のカーテンへ

 実際、「ベルリン陥落」は凄惨な場面が多かった。

 ノルマンディからパリ解放までの第二次世界大戦の西部戦線を、アメリカ・イギリス・カナダ・フランス・ポーランドそしてドイツ各国の軍を、舞台ごとに主役を交代しながら、彼らがソコに至るまでの過程と戦いを描く、いわば企画物の感がある作品だ。どちらかといえばマニア向けの本だろう。

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