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2025年12月10日 (水)

ユリア・エブナー「ゴーイング・メインストリーム 過激主義が主流になる日」左右社 西川美樹訳

(2021年)1月6日に米国の国会議事堂を襲った)暴徒の中心は事業家や医師、法律家、エンジニアやCEOといったホワイトカラーの専門家の人間だった。
  ――はじめに

わたしはユリア・エブナー。(略)ロンドンを拠点とする戦略対話研究所ならびにオックスフォード大学社会的結束研究センターに所属するオーストリア人の研究者です。研究の一環として、自分の正体を明かして参加できない各種のムーヴメントに潜入する目的で、複数の偽名を使っています。
  ――第1章 過激主義の主流化

すでに彼ら(ロシア軍)はマリウポリで化学兵器を使っている。
  ――第7章 代理戦争の遂行

【どんな本?】

 反フェミニスト,気候変動否定論者,白人ナショナリスト,反LBGTQ,ワクチン反対派,反リベラリズム。そんな「過激主義者」たちは、かつて水面下でうごめいていた。しかし最近は極右政党などの形で、政治の表舞台に飛び出してきた。

 彼らは、どのような手段で人々を集め扇動しているのか。彼らの根城はどこなのか。なぜ過激主義が彼らを魅了するのか。左派は四分五裂するのに、なぜ彼らは連帯を保てるのか。そして、彼らを操る「影の黒幕」は存在するのか。

 研究者でありッジャーナリストでもある著者は、偽名を使って彼らに潜入し、その実態を暴こうと試みるが…

 体当たりの取材によって、台頭する過激主義の実態に迫る、現代のルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Going Mainstream: How extremists are taking over, Julia Ebner, 2023。日本語版は2024年6月15日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約344頁。10ポイント41字×16行×344頁=約225,664字、400字詰め原稿用紙で約565枚。文庫なら普通の厚さ。

 文章は比較的にこなれている。ただ、いささか「カタカナ言葉」が多い。例えば以下だ。

  • ラビットホール:沼にハマる、→ピクシブ百科事典
  • グルーミング:てなづけ
  • レジリエンス:回復力,復元力

 内容は難しくない。とまれ、主な舞台はイギリス・フランス・ドイツなどの西欧なので、その辺の政治情勢に詳しいと、更に迫力が増すだろう。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所を拾い読みしてもいい。

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  • まえがき/はじめに
  • 第1章 過激主義の主流化
    ゴーイング・ダークネスからゴーイング・メインストリームへ
  • 第2章 サブカルチャーの創生
    インセルの潜入調査
  • 第3章 ネットワークの構築
    気候変動否定論者の世界
  • 第4章 オルトメディアの興亡
    ホワイト・ライブズ・マター
  • 第5章 バックラッシュの誘発
    トランスフォビアの究明
  • 第6章 大衆の説得
    反ワクチンネットワークの世界
  • 第7章 代理戦争の遂行
    ロシアによる反リベラリズムの戦い
  • 第8章 わたしたちにできること
    5人の専門家による15の提案
  • 謝辞/解説 清水和子/原註

【感想は?】

 正直、ちょっと期待外れ。

 体当たりの潜入取材が中心の本だと思っていた。いや確かに彼らの会合や集会に潜り込んでもいるのだ。が、それは全体の半分未満。むしろ、彼らに攻撃される側の人々、例えばトランスジェンダーなどへの取材の方が多い。

 最初の「インセルの潜入調査」からして、拍子抜けだ。だって彼らのサイトを覗いてるだけだし。まあ著者は女だから、潜入できないのはわかるけどさ。ちなみにインセルとは喪男をこじらせて女を逆恨みし暴力的になった野郎どもね(→Wikipedia)。

 私も喪男で2ちゃんの喪男板も出入りしてた。いやあ、あそこジメジメしてて、居心地がよかったんだよなあ。

彼らのミソジニーや暴力的なファンタジーがおそらく自己嫌悪や自己憐憫から生まれていることだ。
  ――第2章 サブカルチャーの創生

 喪男板も自己嫌悪や自己憐憫に満ちてたけど、暴力的ではなかった。欧州じゃ暴力的になるのは、なんでだろ?

 さて、お次の「気候変動否定論者の世界」は、生身で会議に潜り込んでる。ただし偽名で。参加者の多くは意外なことに…

およそ250人の参加者のほとんどはスーツを着た年配の白人男性だ。
  ――第3章 ネットワークの構築

 これが他の過激主義者たちとの大きな違い。珍しく彼らについては、黒幕もハッキリしてる。

戦略対話研究所(ISD)の調査によれば、環境保護運動の信用を落としたり、これを嘲笑したりする試みは、ハートランド研究所や「建設的な明日のための委員会」(CFACT)と関係していることがわかっている。これらの組織は(略)化石燃料業界と古くからのつながりがある。
  ――第3章 ネットワークの構築

 そりゃ炭鉱の所有者にとっちゃ、二酸化炭素排出規制は面白くないよね。ただ、ペルシャ湾岸のアラブ人がいないのは意外だった。とまれ、現実的な利害関係があるのが、他の過激主義者と異なる点だろう。

 次の「ホワイト・ライブズ・マター」は、ブラック・ライブズ・マター(→Wikipedia)に対抗する、白人至上主義者たち。なんか彼ら、被害者意識をこじらせてるんだよなあ。

「大いなる交代」と称するもの――グローバルなエリートの秘密結社が世界を支配するために、白人が非白人に抹殺されているとの考え…
  ――第4章 オルトメディアの興亡

 まあ世界の人口を考えれば、アフリカとインドの人口が急成長しているワケで、白人が少数派なのは事実ではある。が、そこに秘密結社や陰謀を見出すあたりが、なんとも。幼いうちに仮面ライダーやサイボーグ009などで「世界征服を狙う悪の秘密結社」に触れて免疫をつけていないと、大人になってこういうのにカブれるんだろうか。

 続く「トランスフォビアの究明」でも、奇妙な陰謀論が飛び出す。

ジェニファー・ビレクは、LGBTQの権利とは「テックと医療業界の複合体にとっての最前線」だとの発想を広める活動家だ。「『トランスジェンダー』とは企業による作り話で、現実には存在しないと考えています」
  ――第5章 バックラッシュの誘発

 などと書いちゃいるが、実は私もトランスジェンダーについて全く分かっていないと、本章で思い知った。それについては追って。ただ、これについてはフェミニストの間でも対立があり、事態をややこしくしてる。

トランスの権利を擁護する活動家と急進的なフェミニストの衝突は、1970年代にまでさかのぼる。(略)
急進的なフェミニストはふたつの集団に分かれることになる。
かたやトランス女性を支持し、平等を求めるもっと広い闘いの一翼を担うものとして受容する者たち、
かたやトランス女性の葛藤を非難し、女性の権利についての議論を乗っとったと責める者たちだ。
  ――第5章 バックラッシュの誘発

 最近じゃハリー・ポッターの著者J.K.ローリングが炎上したし。ところで、ここ、原文も「急進的なフェミニスト」なんだろうか?「熱心なフェミニスト」か「活動的なフェミニスト」のような気がするんだが。

 次の「反ワクチンネットワークの世界」でも、なかなかに香ばしい発言が飛び出す。

1 この世界を制するエリートたち(イルミナティ一族の爬虫類)は
2 意のままにできる人間たち(テレパシーによって操る奴隷)を
3 普通の人間と結婚させて我々を絶滅させようしている
  ――第6章 大衆の説得

 マグマ大使に「人間もどき」ってのが出てきたなあ。いや齢がバレるね。それはともかく、「何者かの悪意・敵意が状況を悪化させてる」って考えは、別に目新しいモンでもない。

歴史を見れば、偽情報が危機の時代に勢いづくのはいつものことだ。14世紀のペストはユダヤ人が井戸に毒を入れたせいだと非難された。19世紀のコレラ禍では、医師が死体を入手するためにわざと病気をつくったとのデマが広まった。
  ――第6章 大衆の説得

 関東大震災でも似たようなデマが広まり、無実の人々が犠牲になった。大昔からある手口だが、それだけに効果も実証されている。また、この手の扇動を巧くやるには、タイミングや状況も重要だ。

急進化はたいてい不安や不満が重なったときに始まるものだ。
  ――第8章 わたしたちにできること

 本書では、コロナ禍がこれに当たる。そして、この状況を計画的・組織的に利用している者もいる。外でもない、ロシアのプーチン政権だ。「140字の戦争」が詳しいが、ロシアは国家あげてトロール(荒らし)を運営し、デマをバラ撒き、親ロシア勢力を育てようとしている。

ロシアの偽情報はしばしばクレムリンからQアノンに直接流れ、その最終的な目的地、すなわち西側の右派メディアに届くのだ。
  ――第7章 代理戦争の遂行

 大量の戦場的なデマで不信感を煽り、政府やまっとうな報道機関の信頼性を揺るがすのがロシアの手口だ。彼らの手口は狡猾で…

ロシアのプロパガンダは聴衆に応じて慎重に行われる。RT(ロシア・トゥデイ、→Wikipedia)やスプートニクはロシア語版でワクチン接種を奨励する一方、英語版やドイツ語版ではワクチンにまつわる不安や懸念を拡散する。
  ――第7章 代理戦争の遂行

 スプートニクやRTなんていかにも怪しげじゃん、とネット老人は思うんだが、それは冷戦を経験しているからなんだろうか。あとイランの Pars Today も要注意ね。実際、どんな世代が惑わされているか、というと。

2022年にドイツで実施された調査では、30歳から49歳までのテレグラムユーザーが新ロシアのプロバガンダや陰謀論に最も影響を受けやすいとわかった。
  ――第8章 わたしたちにできること

 まったく、近ごろの若い奴は、なって思ってたら、すぐに逆襲を食らった。

また別の調査からは、総じて65歳以上のフェイスブックユーザーは、若いユーザーよりもフェイクニュースのサイトへのリンクを7倍もシェアしていることがわかった。
  ――第8章 わたしたちにできること

 はい、いずれにせよ、油断しちゃイカンって事です。

 ただ、西側の者も単にやられるだけじゃない。ロシアや中国はインターネットを検閲してるけど、それを出し抜く人たちもいる。

グーグルマップ上のレストランのレビューは、活動家が誤情報と闘う新たな手段になっている。ロシアの反体制派や国際的な活動家は、クレムリンが牛耳るソーシャルメディアを出し抜き、自分たちのメッセージをロシアに届けるクリエイティブな手法を編み出している。
  ――第8章 わたしたちにできること

 いつの時代も、検閲に抗う人たちはいるのだ。ジミー・カーターが大統領時代に東側にバラ撒いたFAXが後にベルリンの壁を崩す勢力を育てたように、こういう地道な活動が、プーチンの権力基盤を揺るがすんだろう。少しづつ、ではあるけれど。

 本書はあくまでも現状報告だ。より深い原因や構造の究明、例えば人々が陰謀論にハマる理由やその過程を求めると、少々ガッカリする。とはいえ、頷ける主張もある。例えば、反ワクチンや人種差別や荒唐無稽な陰謀論は、混然一体となって繋がり連帯を保っているのに対し、リベラルや中道はタコツボ化して四分五裂しているのはマズいよね、なんて指摘だ。

 過激主義より、それにより被害を受ける人々こそ、著者が描きたかった主題なんだろう、と私は思う。

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