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2025年11月17日 (月)

ロジャー・サロー、スコット・ギルマン「飢える大陸アフリカ 先進国の余剰がうみだす飢餓という名の人災」悠書館 岩永勝監訳

本書は、緑の革命の成果がいかに食いつぶされたか、そして21世紀に飢餓や飢饉を誕生させた怠慢についての物語だ。
  ――序文 うわべだけの後悔 エチオピア ハイランド地方ボリチャ、2003年

「ジャンジャウィード(→Wikipedia)は、作物が十分育つまで待ち、その頃に動物を持ち込んで、実った作物をすべて食べさせるんです」
  ――8章 イモムシを食べる スーダン、スワジランド、ジンバブエ、2003年

【どんな本?】

 昔から「アフリカは飢えている」と言われる。一時期はアジアや中南米も危なかったが、化学肥料やノーマン・ボーローグ(→Wikipedia)による品種改良ど「緑の革命」(→Wikipedis)により状況は良くなった。だが、アフリカは置き去りになっている。

 原因の一つは、政治的・軍事的な不安定さだ。例えば本書の主な舞台であるエチオピア。2025年WFP(世界食糧計画)のエチオピアによると、国内の避難民に加え南スーダン・ソマリア・エリトリア・スーダンからの避難者で「1,020万人が深刻な食料不安に直面して」いる。コンゴ民主共和国の東部は、もはや紛争が固定化してしまった(→「名前を言わない戦争」)。

 だが、先進国の政策の誤りもまた、飢餓を生み出す原因となっている。支援の方法がピント外れな場合もあれば、国内の農業政策の影響もある。いずれにせよ、重要なのは現場の事情をよく知り、それに合わせた支援を行うことだ。

 中南米で成功した緑の革命が、なぜアフリカでは失敗したのか。先進国が時刻の農家を支援する政策が、なぜアフリカの農家を苦しめるのか。なぜアフリカでは繰り返し飢餓が起きるのか。状況を改善するために、先進国には何ができるのか。

 アフリカで飢餓が起きる原因と構造を明らかにし、より効果的な支援の方法を模索する、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Enough: Why the World's Poorest Starve in an Age of Plenty, Roger Thurow and Scott Kilman, 2009。日本語版は2011年10月15日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約9.5ポイント45字×18行×415頁=約336,150字、400字詰め原稿用紙で約841枚。文庫なら厚い一冊か薄めの上下巻。

 文章は比較的にこなれている。内容もわかりやすい。アフリカの国や地名がよく出てくるので、地図があると便利だろう。

【構成は?】

 原則として前の章を踏まえて次の章が展開する形なので、素直に頭から読もう。

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  • 序文 うわべだけの後悔 エチオピア ハイランド地方ボリチャ、2003年
  • 第1部 革命は終わっていない
  • 1章 変化のきざし メキシコ、1944年
  • 2章 寄せては返す波 ノルウェー オスロ、1970年
  • 3章 アフリカへ エチオピア北部、1984年
  • 4章 不公平な補助金 マリ ファナ、2002年
  • 5章 余剰と罰 エチオピア アダミ・ツル、2003年
  • 6章 誰が誰を援助している? エチオピアナザレス、2003年
  • 7章 水、水、水 エチオピア バハール・ダミ、2003年
  • 8章 イモムシを食べる スーダン、スワジランド、ジンバブエ、2003年
  • 第2部 もう、たくさんだ!
  • 9章 激怒するしかない
  • 10章 「何かできるはずだ」 ダブリンとシアトル
  • 11章 食物とともに服用すること ケニア、モソリオト
  • 12章 二歩進んで、二歩下がる 世界各地
  • 13章 失われた環(ミッシング・リング) ケニアとガーナ
  • 14章 取引開始のベルが鳴る シカゴからアディスアベバ、タァクハスネックへ
  • 15章 現場主義 ダボスからダルフールへ
  • 16章 小さな活動がもたらす大きな成果 ケニア、オハイオ州、マラウイ
  • 17章 「彼らの期待を裏切ってはならない」 ワシントンD.C.
  • エピローグ
  • 謝辞/監訳者あとがき

【感想は?】

 農協の意義がよくわかる本だ。

 冒頭では、「緑の革命」の原動力となったノーマン・ボーローグによる小麦の品種改良の物語を描く。驚くのは、彼の独特な品種改良の手法だ。大雑把に言って、小麦の栽培法は二種類ある。春播きと秋播きだ。

 ボーローグは小麦の品種改良の期間を短縮するため、無謀ともいえる手を使う。メキシコ北西部ヤキ渓谷では秋に蒔いて春に収穫する。そこで春に収穫した種をメキシコシティ周辺で春に蒔けば、倍の速さで研究が進むぞ。

 これには、意外な効果があった。一般に植物の成長や実の結実には、日照の長さの変化がトリガーとなる。日本では小学生の頃に朝顔を育てて学ぶアレだ。が、春と秋と半年のサイクルで世代を重ねることで…

(ノーマン・)ボーローグが何度も南と北を往復させて開発した小麦は、日の長さに影響を受けにくくなり、メキシコ全体だけでなく、世界中で栽培しやすい性質を持つようになった。
  ――1章 変化のきざし メキシコ、1944年

 と、気候の違う世界中に適応できる性質を備えたのだ。

 この小麦はインドが導入し、大きな成果を挙げる。だが、アフリカでは通用しなかった。この原因が、多種多様な上に根深い。

  1. アジアは稲作用の灌漑設備が整っていたがアフリカは雨水頼り、日照りが続けば全滅
  2. アジアは市場に運ぶ道路・鉄道網や川など輸送網が整っていたがアフリカの輸送路は鉱山と港を結ぶだけ
  3. アジアは市場や貿易の流通制度があり余剰作物を吸収できたがアフリカは数百年前と同じ
  4. アジアはコメと麦だけに品種改良の焦点を絞れたがアフリカはミレット(雑穀、キビ・アワ・ヒエ・ソルガムなど)・キャッサバ・トウモロコシなど多種多様
  5. 元手がなく肥料が使えず機械化も進まない
  6. 政府による価格保証や不作の際の保険がない
  7. 戦争や紛争
  8. 政府の腐敗
  9. 政府の農業の軽視

 それぞれに歴史的な経緯や政権の政策に農家の事情も加わっている。

 まず、灌漑設備の未発達だが、エチオピアの場合は隣国エジプトやスーダンとの関係で、青ナイル川水系にダムや貯水池を作れなかったのだ。

2003年、エジプトではナイル川から水を引く何千キロもの用水路によって800万エーカー(約320ヘクタール)の農地が灌漑されていたが、エチオピアの灌漑された農地は5万エーカー(約20万ヘクタール)にも満たなかった。
  ――7章 水、水、水 エチオピア バハール・ダミ、2003年

 アフリアの政府は農業を軽んじて工業化を進めたがるけど、先進国は工業化の資本を農業で溜めてきたのだ、そして農業には水資源の管理が重要で…

「川の水力の利用とその水資源の活用なしで発展した国は、これまでない」

 なんてのもある。そういやイギリスの産業革命も、最初は水力による紡績と力織機だった。

 そのエチオピア、今はルネサンスダム(→Wikipedia)が稼働しているが、相変わらずエジプトやスーダンとは揉めている様子。

 対してアジア。緻密な水路の管理が必要な水稲=米作が盛んな地域は昔から治水を重んじてきた。ニューギニアの山奥でも、高度な水路網が整っているとか。

 次の輸送網は、自国で整えた場合もあればインドのように宗主国が造った所もある(→「綿の帝国」)。基本的にアジアは人口密度が高いので、輸送網の整備は費用対効果が高いんだろう。市場が充実しているのも、同じ理由だと思う。日本じゃ江戸時代から米の先物取引所があったし(→Wikipedia)。

 切実なのが、穀物の種類が多い点。一見、非効率なように思えるが、実は合理的なのだ。というのも…

変わりやすい天候や害虫に立ち向かう大勢の貧しい農民たちにとって唯一の保険となるのが、雑穀、モロコシ、トウモロコシ、キャッサバ、サツマイモなど、できるだけ多様な穀物を育て、何らかの形で収穫が得られる可能性を高める事だった。
  ――13章 失われた環(ミッシング・リング) ケニアとガーナ

 平均的な利益ではなく、飢え死にという最悪の状況を避ける。ゲーム理論で言う一種のミニマックス法(→Wikipedia)ですね。

 豊作の時の蓄えで不作を凌げば…と思うでしょ。実はボーローグの協力でエチオピアじゃ豊作に恵まれた年もあったのだ。だが、流通網がないので、近くの市場でしか売れない。そこに小麦が雪崩れ込み、値崩れを起こしたのだ。いわゆる豊作貧乏ね。道路が整備され軽トラでもあれば値が張る市場まで持って行けた。または空調などが整った倉庫があれば保存もできたんだが。結果…

記録的な大豊作から10年後、フフォのトウモロコシの収穫は、ボーローグが訪れる前の水準に落ち込んでいた。
  ――3章 アフリカへ エチオピア北部、1984年

 先進国からの援助もあるが、来るのは食料。道路をつくる補助金は出ない。そして世界銀行(→Wikipedia)は、アフリカ諸国の農業への支援にいい顔をしなかった。

「アメリカでは農家へ補助金を出しているのに、なぜ我々の国に対して農家へ補助金を出すなと言うのか」
  ――2章 寄せては返す波 ノルウェー オスロ、1970年

 ばかりか、道路や灌漑設備など農業を振興させるインフラへの支援も渋るのである。

「私たちが飢えているときには、専門家やら穀物を送ってきますが、農業をビジネスに発展させる支援となると、姿を見せなくなります」
  ――5章 余剰と罰 エチオピア アダミ・ツル、2003年

医療を対象とした資金が数十億ドル規模であるのに対し、アフリカの農業の向上を目指したノーマン・ボーローグの笹川アフリカ協会の予算は数百万ドル規模と、桁違いの低さだ。
  ――11章 食物とともに服用すること ケニア、モソリオト

 先の引用で少し出てきたように、米国は国内の農業に多額の補助金を出している。お陰で米国は農産物でも大輸出国だ。綿花ではブラジルと首位を争ってる。これが世界市場での綿花の価格を下げ、アフリカの綿花農家が育たない。これは豆や穀物も同じ。米国内で余った小麦は、米国政府が買い上げアフリカ向けの支援物資となる。

アメリカの農家には、飢えたアフリカの人々が必要なのだ。
  ――6章 誰が誰を援助している? エチオピアナザレス、2003年

 しかも米国の農家は資本があり設備も整ってる。

1日に150梱(1梱の重さは約22kg)を刈りとる能力のある綿鏑み機は、1台30万ドルもする。
  ――4章 不公平な補助金 マリ ファナ、2002年

 イマドキの農業にはカネがかかるのだ。米作も資金が必要で、今調べたらコンバインも150万~2000万円とか。刈入れの時しか使わないのに。

 米国の補助金の仕組みも問題で、売れただけカネが貰える仕組み。だから、ちょっとした歪みがでできてる。

2006年には、アメリカ農家のうち、売り上げで上位10%を占める農家が、補助金全体の半分以上を受け取っていた。
  ――12章 二歩進んで、二歩下がる 世界各地

 ただ、この仕組みが好ましい状況もある。そもそも米国の農業補助金は、1930年代のダストボウル(→Wikipedia)による米国農業の壊滅および世界恐慌への対策として発足した。当時は適切な対策だったのだ。

農家の大半が貧しければ、生産量に応じた補助金を払うか、種や肥料の価格を割り引くのが理にかなっている。政府にとって比較的提示しやすい基準であり、需要の高い食料の生産が促される。ただ、農業がすでに近代化した国家の場合、生産量に応じた補助金支払い制度では、支援の必要のない農家の手にも補助金が渡ってしまう。
  ――17章 「彼らの期待を裏切ってはならない」 ワシントンD.C.

 まさしく、この仕組みが向いているのがアフリカの農家だ。

ある推計によれば、エチオピア全体の農業生産高の大部分、実に95%が、数エーカーの畑で農耕する小農によるものだという。
  ――14章 取引開始のベルが鳴る シカゴからアディスアベバ、ファクッハスネックへ

 この仕組みだと、農家は頑張って多くの収穫を得ようとする。反面、現在だと、豊かな農家ほど多くの補助金を得てしまう。米国内でも農家は豊かな人が多く…

連邦準備制度によれば、アメリカの一世帯当たりの純資産の中央値は、2004年で9万3100ドル。それに対し、同年の農家一世帯当たりの純資産の中央値は45万6914ドルにのぼる。この額は2007年のは53万3975ドルにまで伸びた。
  ――12章 二歩進んで、二歩下がる 世界各地

 と、農家をバカにしちゃいけない。もっとも、農家の純資産には土地すなわち農地も含んでるんだけど。そういやニール・ヤングとかがファーム・エイド(→Wikipedia)をやってたな、と思ったが、アレの対象は「小規模農場や個人経営の農家」だった。

 とかの理由で、本書は米国の農業補助金を悪く言ってるけど、農作物輸入国の日本人としては複雑な気分だ。いわゆる食料安保で「自国の農業を守るのは当たり前」ってのもあるし、日本の畜産業は米国の安いトウモロコシ飼料でギリギリ持ってるんだし。

 本書は大きく二部構成だ。前半でこれらのアフリカで飢餓が起きるしくみを明らかにし、後半で解決策を示す。その一つは、食糧援助の形を変えることだ。まずは食料の現物支給ではなく、カネを渡す。そして飢餓が起きた地域の近隣で食料を調達するのである。

その年(2003年)、世界食糧計画が試算した結果によれば、アメリカからエチオピアまでの輸送費と取扱手数料は、穀物1トンにつき200ドルにのぼるという。
  ――12章 二歩進んで、二歩下がる 世界各地

 と、費用対効果が高い。また、迅速な対応も可能となる。

「世界食糧計画の概算によれば、現物による支給には、提供国が支援を確認してから最終的な配給地へ食糧援助が届くまでに、三ヵ月から五ヵ月かかる」
「一方、支援を現金のかたちにして食料を国内で調達すれば、配給にかかる時間は一ヵ月から三ヵ月に短縮できる」
  ――12章 二歩進んで、二歩下がる 世界各地

 確かイラク戦争でも、米軍はなるたけ補給物資を近くの国から調達するようにしてた。そうすりゃ近隣諸国の理解を得やすいし。日本も朝鮮戦争が復興の足掛かりになったんだよなあ。

 とまれ、近くの国や地域から調達しようにも、市場がなきゃどうしようもない。そこで必要なのが商品取引所だ。これも、少しづつではあるが、立ち上がりつつある。

商品取引所の目的とは、まさに小農が余剰作物を市場に売るのを支援することにある。
  ――14章 取引開始のベルが鳴る シカゴからアディスアベバ、タァクハスネックへ

 これは豊作貧乏を避けるためでもある。余った作物は、商品取引所で売ればいいのだ。ウクライナが繊細に見舞われている今なら、エジプトが小麦を買うだろう。確かパンの値上げで国民の不満が溜まってたし。

 さて、アフリカは食料に加え医療の支援も必要としている。中でも…

発展途上国での死者数が多い病気は、エイズ、結核、マラリアの三つだ。
  ――10章 「何かできるはずだ」 ダブリンとシアトル

 そこでエイズのワクチンを送ったのだが、効かない例が多かった。何故か。栄養不足だ。食料がないので、病に対抗する体力がないのだ。飢えってのは、実にタチが悪い。

 送る食料にも工夫が居る。カップ麺はお湯さえあればいいんだが、そのお湯どころか水すら手に入らない状況もある。そこで登場したのがプランピー・ナッツ。

深刻な栄養失調児への標準栄養食だった粉ミルクとは異なり、プランピー・ナッツ(→日本ユニセフ協会)は水不足に襲われた地域では貴重品の真水と混ぜる必要がなく、母親は袋の隅をちぎり、わが子の口にペーストを流し込むだけでいい。
  ――15章 現場主義 ダボスからダルフールへ

 プランピー・ナッツはフランスのNutriset社が開発した。日本でも日清食品がウクライナに人道支援しているように(→日清食品)、民間企業が支援に乗り出すことは多い。ただ、これにはコツもある。

「歴史的に見て、企業の慈善事業は、団体に金銭を拠出するものでした。しかしこのやり方は、継続が難しいのです」
「次期会長の夫人が、別の慈善事業を展開するかもしれない」
「活動を継続させるには、それを企業の事業活動に組み込む必要があります」
  ――15章 現場主義 ダボスからダルフールへ

 カネを出すのもいい。加えて、専門の部署を立ち上げちゃえば、長く続くのだ。

 また、教会などによる支援活動もある。これらは予算が少ないから、どうしたって小規模になる。が、だからこそ上手くいく場合もある。エチオピアのルネサンス・ダムほどではない、小さな貯水池でも、いやだからこそ、地元の農民には嬉しかったり。本書の例では、地元の農家が自分たちでダムと貯水池を造った話だ。

「大規模ダムを建設するとなると、リスクの大きさに躊躇するでしょう。地元地域も『不具合が起こったらどうやって補修すればいいのか?』と頭を悩ませます。このダムは自分たちで造ったものですから、修理も自分たちでできるというわけです」
  ――16章 小さな活動がもたらす大きな成果 ケニア、オハイオ州、マラウイ

2008年末の時点で(オハイオ州アーチボルドの)プロジェクトが集めた13万ドルは、(ケニアの)マチャコス県の合計500ヵ所の小規模ダムと貯水池の建設費用に充てられ、5000世帯を超える家族に水と食料をもたらした。
  ――16章 小さな活動がもたらす大きな成果 ケニア、オハイオ州、マラウイ

 散々に米国の農業政策をDisってる本書では、米国のバイオ・エタノールも散々罵っている。

「トウモロコシを燃料にするなんてどうかしています。大勢の人々を死に追いやることになりますよ」
  ――エピローグ

 需要供給資本主義。穀物の供給量が変わらず、バイオエタノール用の需要が増えれば、食料に回す分が減って価格が上がり、アフリカの飢えた人に回らなくなる、そういう理屈です。でも米国のトウモロコシは飼料用だったような。こういう所が、本書はちと荒っぽいんだよなあ。でも確かに米国産トウモロコシのバイオエタノールは胡散臭いんだよね(→Wikipedia)。

 他にもいすゞの五トントラックが「アルカイダ」と呼ばれる、なんて話もあって、なかなか興味深い本だった。なんでアルカイダかって?「猛々しく走るその威嚇的な姿から」だそうだ。

 さすがに16年前の本で、幾つかの点は再確認が必要だ。ルネサンス・ダムとか。状況が改善している所も、逆に悪化してる所もある。アフリカと言いつつ西サハラやニジェール川沿岸が出てこないのも、少し不満だ。が、食糧支援が一筋縄じゃいかないのは、充分に伝わってきたし、何より農協の重要性が身に染みてわかったのは大きい。人道支援に興味がある人はもちろん、農政の基礎を知りたい人にもお薦め。

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