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2025年10月の3件の記事

2025年10月24日 (金)

豊田有恒「日本アニメ誕生」勉誠出版

初期アニメに関わった多くのクリエーターに関しても、恩師と仰ぐ手塚治虫を含めて、知る限りのエピソードを紹介し、かれらの業績を、あらためて顕彰してみたい。
  ――まえがき

才能が問題になるのは、プロになってからである。最初は、趣味が嵩じるかどうかで決まるのだ。
  ――第10章 パラレル・クリエーションのころ

【どんな本?】

 1960年代初頭。学生ながら早川書房「SFマガジン」主催の第一回日本SFコンテストに「時間砲」で入賞したものの、それで食えていける状態ではなく、将来を決めかねていた豊田有恒は、同期入賞の平井和正の紹介でテレビアニメ『エイトマン』のシナリオを任される。当時の日本のテレビアニメは黎明期で人材の交流は多く、やがて『鉄腕アトム』にも関わるようになり…

 日本SF作家第一世代の一人でもある著者が、テレビアニメ関係を中心に思い出を語る、青春の交友録・回顧録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2020年8月28日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約200頁。9.5ポイント43字×16行×200頁=約137,600字、400字詰め原稿用紙で約344枚。文庫なら薄い一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。まあベテラン作家だし。内容は…手塚治虫をはじめとして、そのスジの有名人が続々と出てくるため、ソッチに詳しい人にはわかりやすい。そうじゃない人? 読まないでしょ、どうせ。

【構成は?】

 時系列順に進むが、気になった所だけを拾い読みしても楽しめる。

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  • まえがき
  • 第1章 手塚治虫との出会い。押しかけ原作を強要
    手塚治虫に会いに行く/手塚式出版社回り/『宇宙塵』の月例会/リミテッドアニメ、バンクシステムという手法/アニメ版『アトム』
  • 第2章 エイトマン誕生!「細胞具」って、なに?
    同期入賞の仲間たち/平井和正との切磋琢磨の日々/『エイトマン』誕生/『エイトマン』のテレビ化/シナリオの書き方/河島治之というスーパーマン/細胞具?/リアリティの重視/身の振り方を考える/超小型原子炉と賦活剤
  • 第3章 シナリオがない!
    手塚治虫の目配り/文芸課長・石津嵐/シナリオ地獄/「チョコレートを買ってきてください!」/「ラフレシアの巻」/人生最大の殺気
  • 第4章 社長が消えた!
    編集室への立てこもり/創作の秘密/盗作問題
  • 第5章 アトム輸出。お茶の水博士は、ドイツ人?
    『アトム』のアメリカ進出/ドイツ訛りの科学者
  • 第6章 「イルカ文明の巻」視聴率トップ
    戦うことをためらう主人公/社内公募でキャラクターを決める/出渕裕の「やられメカ」
  • 第7章 手塚治虫とけんか別れ
    虫プロの現場/美術部の重要性/ふたりの節子/アニメの音/優秀な人材/拡大路線/新番組『ナンバー7』/手塚の激怒/虫プロ退職
  • 第8章 再びTBSへ 『スーパージェッター』『宇宙少年ソラン』
    TBSからの要請/『スーパージェッター』の仲間たち/「タイムパトロール」の設定/大仇・ジャガー/久松文雄と長岡秀星の起用/もう一つのペンネーム/リーダー・福本和也/架空の歴史を創りだす/中島梓の誤解/またもや手塚を怒らせる/虫プロからの電話/手塚との和解/手塚治虫の受賞/第一次アニメブーム/『冒険ガボテン島』の設定/仲間たちのその後/主題歌の魅力/アニメ界から遠ざかる
  • 第9章 『宇宙戦艦ヤマト』下敷きは西遊記
    翻訳の仕事/本格的なsfアニメを/西崎義展との出会い/ハインラインのようなSFを/アニメ心に火がつく/原子の火/終末論に迎合する/「荒廃した地球」という舞台/『西遊記』を下敷きに/『宇宙戦艦ヤマト』の原作者/最初の小説版
  • 第10章 パラレル・クリエーションのころ
    星敬と土屋裕/パラレル・クリエーション発足/若いクリエーターたち/常連、とり・みき/田中良直と原田知世ファンクラブ/多才なるメンバーたち/定義しにくい友人、田北鑑生/妻は相撲部屋の女将さん?/才能の差/社員旅行の思い出/ミニ版・ときわ荘
  • 第11章 日本アニメの将来
    CGアニメの隆盛/アニメ創世期を構成に

【感想は?】

 私がSF者になったのは、豊田有恒のせいだったのか。納得。

 冒頭から懐かしいタイトルの連続で涙が出そうになる。鉄腕アトム,鉄人28号、エイトマン。

 いずれも現在はYoutubeでオープニングが見られる。いい時代だなあ。さすがに絵はモノクロで京アニなどの華麗な絵に慣れた人には紙芝居に感じるだろうが、音楽だって手間かかってるぞ。なんたって、みんな生楽器のオーケストラだし。1960年代初頭だから、録音も多重録音じゃなくて、奏者をみんな集めて録ったんだろうなあ。贅沢な話だ。

 と、そんな、年寄りが遠い目をして昔を懐かしむ、そういう本です。

 テレビ界・アニメ界・SF界ともに若かった時代。というか、テレビアニメ自体がなかった。アニメ映画はあったけど。そんな時代に、週間のテレビアニメを、それもSFでやる。今思えば、なんでそんな無謀な事を考えたのか見当もつかないが、たぶん手塚治虫の影響だろうなあ。

 その手塚治虫への畏敬の念は、全編を通して語られる。もちろんアニメでの付き合いもあるが…

SF界は、活字と映像のあいだに垣根がない。
  ――第1章 手塚治虫との出会い

 のだった。親友の平井和正に巻き込まれ、学生ながらエイトマンのシナリオを描く羽目になる著者だが…

「シナリオって、どうやって書くんですか?」
  ――第2章 エイトマン誕生!

 ってな体たらく。みんな手探りでやってたんだろうなあ。映画やドラマのシナリオはソレナリに蓄積があるんだろうが、アニメならではの事情もある。

30分番組のシナリオが、四百字詰めの原稿用紙で、実写では35枚程度とすれば、アニメでは50枚以上も必要となる。
  ――第6章 「イルカ文明の巻」視聴率トップ

 実写だと、例えば役者の動作を具体的に書いちゃいけない(→「ハリウッド脚本術」)。何を表現するかは脚本家の縄張りだが、どう表現するかは役者の縄張りなのだ。これがアニメだと、照明や効果音まで脚本家が考えるのだ。

 その効果音も…

アニメの音というのは、実際にない音もあり、実写と比べると大変なのである。
  ――第7章 手塚治虫とけんか別れ

 なんてあって、「そりゃねえ」と今さら納得したり。波動砲の音なんて、誰も知らないしw

 やはり当時のアニメならではの制約もあって、例えば主題歌で「子供が歌えない主題歌ではだめだ」とか。納得はともかく理解はできるが、「半音があると、普通のハーモニカで演奏できないから、子供たちに馴染みにくい」は、気が付かなかった。子供向けのコンテンツは、大変なんだね。

 素人読者を意識してか、アニメの制作過程もザックリだが親切に書いてある。最近、原作とドラマの違いが話題になったが、映像化の場合は集団での話し合い…というより揉み合いで少しづつ出来上がってくるようで、スタッフとの喧嘩もしばしば。

「文句を言うなら、おまえが書いてみろ!」
「絵が描けるくらいなら、シナリオなんて、書いているか!」
  ――第4章 社長が消えた!

 には笑った。

 裁判にもなった『宇宙戦艦ヤマト』が、ああいう形になった経緯も面白い。

この設定には、下敷きがある。(略)西遊記である。
  ――第9章 『宇宙戦艦ヤマト』下敷きは西遊記

 おお、言われてみれば。確かに「遠方から××を持ちかえる」って話だしねえ。これを制作に漕ぎつけるまでも色々とあって。

「巨大ロボットは出てこないのか」
  ――第9章 『宇宙戦艦ヤマト』下敷きは西遊記

 なんて言われたり。大金が動くだけに、制作側も前例のあるモノにすがりたいんだろう。さて、例の裁判にしても、本書を読む限り、原作を一人の個人に帰するのは無茶な気がしてくる。キモである、あの設定にしても…

戦艦ヤマトを使おうと言いだしたのは、松本零士だった
  ――第9章 『宇宙戦艦ヤマト』下敷きは西遊記

 と、松本零士の貢献を認めている。多くの人物が登場し、その大半に畏敬または親愛の情を示す著者だが、西崎義展だけは例外で、プロデュースの能力は認めながらも、散々にディスってたり。

 終盤では自らが社長を務めたパラレル・クリエイションの話で、今をときめくクリエーターたちが続々とでてくるのが楽しい。そうか、火浦功は実在したのか。

 多くの人が登場する中で、私の印象に残ったのが、映画館のロビーで著者がナンパした相手の話。SFマガジンを持ってるからってんで話しかけたら…。オチも凄い。「この近くに、ひいおじいさまのお宮があるから」って、そういう事か。

 日本のSFもテレビアニメも生まれたばかりの時代。若者たちが和気あいあいと話し合い、または喧々囂々の論争をしながら、手探りで作品を創り上げてゆく、その過程を遠い目で綴った群像劇。日本アニメの黎明期ばかりでなく、機動戦士ガンダムや機動警察パトレイバーなどのスタッフに興味があるなら読んでおこう。

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2025年10月21日 (火)

関根慶太郎監著 瀧澤美奈子著「読んで納得!図解で理解!『ものをはかる』しくみ」新星出版社

単位のルーツはどの民族でも、だいたい次の3系統に分類できる。
1 体の部分の長さや歩幅を尺度に利用した単位
2 自然の現象や物を尺度に利用した単位
3 生活習慣を尺度に利用した単位
  ――第1章 基本量のはかり方

【どんな本?】

 「日本酒度」ってなに? 電気料金や下水道料金はどうやって決める? 「桜の開花」の基準は? 虹はどれぐらい遠い? 警察のネズミ捕りの仕掛けは? 乱視はどう調べる? 放射線の多寡は? マラソンのコースはどうやって決める? 地球の重さがなぜ判る? 星の重さは?

 キッチンメーターや血圧計など身近な計測機器のしくみから、春のニュースの定番である桜の開花予報、科学と工学の粋である天文学まで、様々なコノ・コトのはかり方・決め方・数値化の方法を、豊富な写真とイラストで親しみやすく語る、一般向けの科学・工学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2007年7月25日初版発行。単行本ソフトカバー横一段組み本文約253頁。9.5ポイント26字×25行×253頁=約164,450字。各頁の上20%~40%程度はイラストや写真で、また文中にも図版が入ったりするので、文字数はもっと少ない。書名の「図解で理解!」は伊達じゃない。

 文章は比較的にこなれている。ただ内容の分かりやすさは記事によりけり。工学系の学者の著書でありがちなように、得意分野だと高度な話がバリバリ出てくるのだ。数式も容赦なく出てくる。ただし加減乗除に累乗と平方根までなので、理屈では中学生でも理解できる…ハズ。いや私は読み飛ばしたけど。

【構成は?】

 2~4頁の独立した記事が並ぶ構成なので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。各章の末尾にも1頁の独立したコラムがある。

クリックで詳細表示
  • 第1章 基本量のはかり方
  • はかり方の基本
  • 第2章 感覚量をはかる
  • 味覚をはかる
  • 辛味をはかる
  • 日本酒の味はどう表す
  • アルコールの度数って何?
  • 日本酒度をはかる
  • 酸度をはかる
  • においをはかる
  • 包丁の切れ味をはかる
  • 第3章 生活をはかる
  • 重さをはかる
  • 複雑な庭の面積をはかる
  • 体積をはかる
  • 地面の傾斜をはかる
  • 水道使用量をはかる
  • ガス使用量をはかる
  • 電気使用量をはかる
  • 電気料金をはかる
  • タクシーメーターのしくみ
  • パーキングメーターのしくみ
  • 照明の明るさをはかる
  • 電波の周波数をはかる
  • 方角をはかる
  • 磁力をはかる
  • カメラのオートフォーカスのしくみ
  • カメラの手ぶれ防止のしくみ
  • 火災報知機のしくみ
  • 第4章 自然をはかる
  • 山の高さをはかる
  • 海や湖の深さをはかる
  • 川の流れの速さをはかる
  • 水の透明度をはかる
  • 年代をはかる
  • 花の開花度
  • 水質をはかる
  • 地面の水分量をはかる
  • 第5章 天気・気象をはかる
  • 気温をはかる
  • 気圧をはかる
  • 湿度をはかる
  • 風速をはかる
  • 雨量をはかる
  • 震度をはかる
  • マグニチュードをはかる
  • 竜巻の強さをはかる
  • 雷までの距離をはかる
  • 雨雲の移動速度をはかる
  • 積雪量をはかる
  • 視度(視程)をはかる
  • 二時までの距離をはかる
  • 第6章 交通をはかる
  • 自動車の速度をはかる
  • 船と飛行機の速度をはかる
  • 飛行機の高度をはかる
  • タイヤの空気圧をはかる
  • エンジンの馬力をはかる
  • 自分のいる位置を知る
  • スピード取り締まりはどうはかる
  • 道路標識の表示距離
  • 第7章 健康をはかる
  • 体温をはかる
  • ヘルスメーター
  • 血圧をはかる
  • 視力と乱視をはかる
  • 聴覚をはかる
  • 肌年齢をはかる
  • 血管年齢をはかる
  • 体脂肪率をはかる
  • 食品のカロリーをはかる
  • 呼気のアルコール濃度をはかる
  • 心臓の状態を知る
  • 脳波をはかる
  • サーモグラフィのしくみ
  • 第8章 環境をはかる
  • 人工衛星による環境計測
  • 騒音の大きさをはかる
  • 振動の大きさをはかる
  • CO2濃度をはかる
  • 放射線の量をはかる
  • クリーンルーム
  • まな板の汚れをはかる
  • 第9章 スポーツをはかる
  • 歩行数をはかる
  • ゴルフなどで使う距離計
  • 短距離のタイムをはかる
  • マラソンの距離をはかる
  • マラソンのタイムをはかる
  • 第10章 地球をはかる
  • 地球の重力の大きさをはかる
  • 地磁気の大きさをはかる
  • 地球の形や大きさをはかる
  • 大陸の移動をはかる
  • 海流の速度をはかる
  • 地球の重さをはかる
  • 標高の基準
  • 第11章 宇宙をはかる
  • 月や太陽までの距離をはかる
  • 星や銀河までの距離をはかる
  • 星の明るさをはかる
  • 星の重さをはかる
  • 太陽の温度をはかる
  • 宇宙の膨張速度をはかる
  • 惑星でなくなった冥王星
  •  さくいん

【感想は?】

 典型的な科学/工学の雑学本だ。

 そのためか、多くの人に親しんでもらうために、様々な配慮をしている。写真やイラストが紙面の半分近くを占めていて。パッと見ただけでもとっつきやすさを感じる。各記事が独立していて、長さも2~4頁と短いので、スキマ時間でチビチビと読めるし、美味しそうな所だけをつまみ食いできるのも嬉しい。

 ただ、工学系の著者にありがちなパターンで、筆が乗ってくると専門的な話が出てきたり、数式がワンサカと載っているのは、まあそういうモンです。よって読む側にもスキルが必要で、ったって数学や科学の能力じゃない。「わからない所は気にせず読み飛ばす」って能力ね。特に数式。ミステリ小説じゃあるまいし、多少読み飛ばしても無問題。

 幸いにして本書は2~4頁の独立した記事が並ぶ構成なので、前の記事が理解できなくても後の記事には何の影響もないし。

 また、第2章が感覚量で第3章が生活と、身近で暮らしに密着した話題なのも編集の工夫だろう。やはり自分が実際に感じたり、日々の生活に影響があるネタだと、強い興味がわくのだ。

 という事で、「ぼちぼち包丁を研がねば」と感じている私には、こんなネタが嬉しかったり。

研究によると、包丁にモノが当たった瞬間の切れ味は、刃先0.1mmの角度の鋭さで決まり、切断する途中の切れ味は刃面のなめらかさで決まるようです。
  ――包丁の切れ味をはかる

 ちなみに、あんまし刃先を鋭くするとすぐ鈍るんで、プロは加減するそうです。

 こんなのも、「おお賢い!」と感心したり。デジタルカメラのオートフォーカスの「コントラスト検出方式」なんだが…

“ピントが合っているのは、コントラストが最も高いときである”という考え方で、ピントを検出する方法です。
  ――カメラのオートフォーカスのしくみ

 言われてみればその通りなんだが、よく気が付いたなあ。コンピュータの画像処理・演算能力も必要だし、現在ならではの技術だね。ちなみにオートフォーカスには「位相差検出方式」もあって、主に一眼レフで使ってるとか(→Wikipedia)。最近の複数レンズを備えたスマートフォンは、どういう理屈なんだろ? こういう所が、2007年発行の悔しい所。

 やはり身近なネタでは、国土地理院が司る水準点(→Wikipedia)。これは標高の基準となるモノで、思わず Google Map で漁ってしまった。近所にもあるので、散歩のついでに見てこよう。

日本各地には標高の永久標識である水準点が約2万点もあって、あらかじめ正確な標高と位置が測量されています。
  ――山の高さをはかる

 「あれ、そうなの?」も、雑学本の楽しみの一つ。例えば震度(→Wikipedia)。

震度は地震の振動の強さを表す指数で、単純な物理量ではありません。そのため、もともと体感で決めてきた尺度です。
  ――震度をはかる

 数字一つで示されると、ナニやら厳密な規格がありそうな気がしてくるんだよな。でも実際には揺れ幅・周期・継続時間などがあって、数字一つで表すのが難しいのだ。とはいえ、あくまでも「もともとは」であって、現在は気象庁が工夫して計算してるんだけど。

 やはり「そうだったのか!」が、これ。

変速ギアがトップ(変速比1)のとき、速度計の針の「角度」とタコメーターの針の「角度」が同じであるのが正しい習わしである。
  ――自動車の速度をはかる

 クルマに詳しい人は知ってるんだろうなあ。最近のクルマは自動変速が多いけど、上の理屈を知っていれば「今は何速か」が判るのだ。

 「こんな所にお役所が」と感心したのが、脳波計。

脳波計は、頭皮に付けた電極から生じる活動電位の変動を増幅し、波形として記録します。そのため、電極。入力部、増幅部、補助入力部、記録部、電源部から成り立っています。また、安全性を含めてJIS規格で規定されています。
  ――脳波をはかる

 「脳波」も近年はfMRIなどが発達し、あまり聞かなくなった言葉だけど、一時期はオカルト系でよく出てくるネタでした。SFでもポール・アンダースンの小説が、って読んでないけど。

 やはりオカルトとSFの定番が放射線)(→Wikipedia)。これもシーベルト(→Wikipedia)なんて単位があって、一つの数字で表してるけど…

放射線にはいろいろな種類があるだけに、計測器もさまざまな種類(*1)があります。そのため、ふつうは対象によってどの放射線を測定するかをあらかじめ決めて、検出器を選びます。
  ――放射線の量をはかる

 と、中身はフクザツなのだ。

*1:β線=電子,β+線=陽電子,α線=ヘリウム原子核,エックス線=電磁波,γ線=高エネルギー電磁波

 ちなみに放射線測定器はタダで借りられる。

(財)放射線計測協会では、文部科学省の委託を受けて、簡易放射線測定器「はかるくん」(*2)の無料貸し出しを行い、自然放射線への理解増進をはかっている(→簡易放射線測定器の貸出)。
  ――放射線の量をはかる

 これも調べて分かったんだが、今は「はかるくん」もイロイロと進歩している様子。

*2:はかるくんWeb「はかるくん」の種類によると、はかるくんCP-100/はかるくんDX-200/はかるくんDX-300/はかるくんメモリー/はかるくんⅡ/はかるくんGM-100/はかるくんGM-200の7種類がある。

 やはり最近の進歩が凄いのが、万歩計。スマートフォンや時計にも機能がついてたり。私は相変わらずiPod nano を使ってるけど。いやスマートフォンだと電池の減りが気になって。ちなみに…

「万歩計」は同社(山佐時計計器株式会社)の登録商標。
  ――歩行数をはかる

 ということで、スマートフォンとかは歩数計などの表現を使ってる。あと山佐時計計器株式会社は、スマートウォッチ型やバックル型など、様々なバリエーションを出してるなあ。

 などの身近なネタの後、終盤では地球規模や宇宙規模の話題が。話の規模は大きいけど、「はかる」となると、やたら数字が小さくなるから科学者は大変だ。例えば地磁気。

地表での地磁気の大きさは、(略)冷蔵庫に付けるマグネット(フェライト磁石)の1/1万程度です。
  ――地磁気の大きさをはかる

 その程度でさえ動くコンパスも凄いと思う。

 これが宇宙となると、やはり謎も残っていて。

太陽を取り囲むコロナ(太陽大気の上層に太陽半径の10倍以上の距離まで広がっている)は約100万Kという超高温であることがわかっていますが、その理由は太陽系最大の謎とされ「コロナ加熱問題」(→Wikipedia)と呼ばれています。
  ――太陽の温度をはかる

 これも調べたら、2025年現在の今も複数の仮説が並び立っている状態だった。現代の科学でも、こういう細かい?謎がたくさん残っているんだろうなあ。というか、謎が一つ解けると二つの謎が生まれるのが科学だし。

 幅広い分野のネタをたくさん集め、それぞれを2~4頁の短い記事にまとめた、とっつきやすく親しみやすい科学/工学の雑学本。読み終えると個々の記事が短いので食い足りない気もするが、じっくり読むと各記事の中身は意外に濃かったりする。雑学が好きな人にお薦め。

 ただ、進歩の激しい科学/工学系の本なので、さすがに発行が2007年なのは寂しい。改訂版が欲しいぞ。

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2025年10月19日 (日)

スヴェン・カート「綿の帝国 グローバル資本主義はいかに生まれたか」紀伊國屋書店 鬼澤忍・佐藤絵里訳

本書はヨーロッパ人が支配した<綿の帝国>の興亡の物語である。(略)この物語はグローバル資本主義の構築と再構築の物語でもある。
  ――はじめに

「商品連鎖」の起点あるいは終点に位置すると、相対的に弱い立場となるのが普通なのだ。
  ――第8章 グローバルな綿業へ

世界はいま、かつてないほど大量の綿をつくり、消費している。
この本を読んでいるあなたは、綿製のシャツかパンツか靴下を身につけているかもしれない。
  ――第14章 エピローグ 織り地と織り糸

【どんな本?】

 産業革命はジェニー紡績機(→Wikipedia)に始まると考える人は多い。この機械が人類史に与えた影響は、単なるテクノロジーの進歩だけではない。綿の紡績および織機の自動化は巨大な産業を生み、綿の商取引きが牽引するアフリカ・アジア・新大陸を巻き込む全地球的な貿易の活性化を促すとともに、綿花を求める商人と政府が、従来の自給中心の農村社会を破壊し、資本が支配する労働力へと変えてゆく過程でもあった。

 多くの人々が賃金労働に従事する現代社会の枠組みを整えた産業革命の姿を、そのきっかけとなりまた先導した綿を焦点に据えて描く、一般向けの衝撃的な歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Empire of Cotton: A Global History , Sven Beckert, 2014。日本語版は2022年12月28日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約679頁に加え、訳者あとがき5頁。なお原註と索引もたっぷりで、最後のノンブル(頁番号)は848。鈍器ですね。9ポイント43字×17行×679頁=496,349字、400字詰め原稿用紙で約1,241枚。原註と索引を含めて文庫ならたっぷり上中下巻の大容量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。敢えて言えば、産業革命前後の世界史に詳しければ、更に楽しめるだろう。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

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  • はじめに
  • 第1章 グローバルな商品の誕生
  • 第2章 戦争資本主義の構築
  • 第3章 戦争資本主義の報酬
  • 第4章 労働力の獲得、土地の征服
  • 第5章 奴隷制の支配
  • 第6章 産業資本主義の飛躍
  • 第7章 工業労働者の動員
  • 第8章 グローバルな綿業へ
  • 第9章 戦争が世界中に波紋を広げる
  • 第10章 グローバルな再建
  • 第11章 破壊
  • 第12章 新たな綿帝国主義
  • 第13章 グローバル・サウスの復活
  • 第14章 エピローグ 織り地と織り糸
  • 謝辞/訳者あとがき/原註

【感想は?】

 ひとつの技術・産業の勃興と変転をたどる本だと思ったが、まったく違った。

 あ、いや、確かに綿産業の変転を描いた本なのだ。ただ、それが及ぼす影響が、とんでもなく広く深い。現代の南北問題をはじめとする世界情勢から国家という枠組みや役割、ご近所付き合いや地域社会の在り方、そして私たちの生き方・考え方まで、綿が変えてしまったのだ。

 綿そのものは昔からあった。それも世界各地に。様々な地域で栽培され、紡がれ織られてきた。多くの国や地域で、綿花は畑の片隅で、食用作物の「ついで」に栽培され、地元で紡がれ織られてきたのだ。現代のような巨大なプランテーションではない。

三つの大陸(アフリカ,アメリカ,アジア)に見られる多様性にもかかわらず、この巨大な製造業の中心地には多数の共通点があった、特に重要なのは、綿花の栽培と加工はほとんど常に小規模にとどまり、もっぱら家族単位で行われていたことだ。
  ――第1章 グローバルな商品の誕生

 その技術の進歩は微々たるもので、せいぜい糸を紡ぐ紡ぎ車ぐらいだろう。具体的には…

18世紀になってもなお、たとえば東南アジアの一人の女性が1ポンド(約454g)の綿を紡ぐのに1ヶ月、さらに長さ10ヤード(約9m)の布を織るのに1ヶ月を要した。
  ――第1章 グローバルな商品の誕生

 別の表現だと、「熟練の紡ぎ手がブラウス1枚分の糸を紡ぐのに、手紡ぎ用の紡錘で約11時間」だとか。これが紡ぎ車だと生産性は約3倍に上がる。

 そんなこんなで、18世紀初頭まで綿製品の最大の産地そして輸出国はインドだった。当然、手織りである。

1766年には、イギリス東インド会社の輸出額の75%超を(綿製品が)占めていたのだ。
  ――第2章 戦争資本主義の構築

 イギリスはインド製の綿織物をアフリカ西海岸へ運び、奴隷と交換するのだ。

(奴隷貿易の奴隷は)綿織物と交換されることのほうが多かった。
  ――第2章 戦争資本主義の構築

 当時のイギリスのインド支配は重要な港湾とその近辺を抑えるだけで、内陸までには及ばなかった。だもんで、綿花の生産や織物への加工そして流通は、地元インドの農民・職人・商人が担い支配していた。商いを拡大したくとも手が出せないイギリスには面白くないが、地元インドの者にとっては…

17世紀後半には綿布の価格の最大1/3が織り手に渡っていた可能性がある。それが18世紀後半になると、歴史家のオム・プラカーシュ(→英語版WIkipedia)によれば、織り手の取り分は約6%にまで減ったという。
  ――第2章 戦争資本主義の構築

 そこに機械化の波が押し寄せる。これがどれぐらいの影響か、というと。

18世紀のインドでは、紡ぎ手が100ポンド(約45kg)の綿花を紡ぐのに5万時間を要していた。
1790年のイギリスでは、100個の紡錘を備えたミュール紡績機1台を用いて、同じ量の綿花をわずか1000時間で紡ぐことが出来た。
1795年には、水力紡績機を使えば300時間しかかからなくなった。
さらに1825年以降は、リチャード・ロバーツが発明した自動ミュール紡績機のおかげで、たった135時間あれば十分になった。
  ――第3章 戦争資本主義の報酬

 およそ370倍の効率だ。紡績機や工場の設備投資や地代も費用に勘定する必要があるとは言え、従来の手紡ぎじゃ太刀打ちできない。これは技術の革新だけではなく、産業そして世界の枠組みを揺るがす大きな変革だった。

史上初めて、製造業者という新たな登場人物が舞台に現れた。製造業者とは、奴隷を働かせたり領土を拡大したりする(略)ためではなく、機械を基盤とする生産の巨大なシステムへと労働者を組み込むために、資本を使う個人だった。
  ――第3章 戦争資本主義の報酬

 世界の力関係に、新しいプレイヤーが登場したのだ。そして、彼らは人々の生活も変えてゆく。これまでの夜明けとともに起き日没まで働く暮らしから…

機械装置が人間の労働のペースを規定しはじめたのだ。中核となるエネルギー源に依存し、大きなスペースを必要としたことから、生産の場は家庭から工場に移った。機械装置とともに、かつてない数の労働者が生産拠点に集まった。
  ――第3章 戦争資本主義の報酬

 手紡ぎなら、効率は悪いとはいえ自分の暮らしの隙間時間で紡げる。だが、機械が工場で紡ぎ始めると、機械のペースで働かなくちゃいけない。定時に出勤する暮らしだ。出勤は定時だが退出は…。

 さて、機械が紡ぎ織る事の嬉しい点は、安上がりな事だ。なぜ安上がりかというと、人の手間が省けるすなわち人件費が安いからだ。この理屈は、工場労働者にも適用される。いかに人件費を安く上げるかが、綿業の避けがたい性質となる。

 これは材料である綿花にも言える。綿花の栽培に適した地域は世界各地にある。だが、栽培と収穫には多くの人手が要る。これをいかに安く上げるか、が当時の西欧の綿業の課題となった。その解を示したのが新大陸だ。つまり奴隷制である。

1780年代には、西インド諸島と南米の奴隷が、世界市場で売られる綿花の大半を生産していた。この奴隷制と征服の爆発的な融合が、1861年に至るまで産業革命に活力を与えつづけた。
  ――第4章 労働力の獲得、土地の征服

 やがて同様の仕組みが北米南部でも整ってくる。既にインドの綿布をアフリカに送り奴隷と交換する仕組みはあった。これが北米の綿花をイギリスで加工しアフリカで奴隷と交換し、奴隷を北米に送り綿花を栽培させる仕組みへと変わってゆく。やがて米国の綿花は世界の市場を席捲するのだ。

アメリカ経済が世界で台頭したのは、まさに綿花のおかげ、したがって奴隷のおかげだったのである。
  ――第5章 奴隷制の支配

 その綿花農場を発展させるには、土地と奴隷が必要だ。奴隷を買うにはカネが要る。ここで登場するのが信用貸し、つまりは金貸しである。商人が農場主に元手を課し、奴隷を買わせ綿花を作らせるのだ。貸すったって、ちゃんと担保は確保する。その担保は…

信用貸しの多くは奴隷が栽培する商品の先物か、奴隷そのものの価値を担保とした。
  ――第8章 グローバルな綿業へ

 かくして、綿を扱う商人が大陸と大洋を越えて商いを展開し、地球規模の経済体制を創り上げてゆく。

商人が世界の真のグローバル経済を構築し、その主役が綿だったのである。
  ――第8章 グローバルな綿業へ

 これらを可能としたのは、単なる工業技術だけではない。原材料を調達し、製品を他国に売りつける外交能力も必要だった。それも、往々にして武力を背景にして。また、原材料や製品を運ぶ鉄道や港湾の整備も必要だ。何せ当時の西欧以外じゃ主な輸送手段は馬や牛などの家畜だし。そのためには、中央集権型の強力な政府と、綿業に有利な法を整備しなければならなかった。

スキル、市場、資本、テクノロジーといったものは、世界中のほかの多くの地域で利用できたが、国内市場を保護し、遠方の市場へのアクセスを確保し、製造業を後押しするインフラ整備ができる国こそ、初期の産業先進国の際立った特徴だった。
  ――第6章 産業資本主義の飛躍

 産業革命が成功するためには、技術のみならず、商人の要望に応え、実行できる政府が必要だったのだ。

当時のヨーロッパの諸国家が日本や中国など同時代の国家を引き離していた理由は、国力だけでなく、産業資本のニーズに応えたことにもある。
 商人はあらゆる事柄について時刻の政府に対するロビー活動をしたが、なかでも重要な案件が、貿易のためのインフラだった。ドック、倉庫、鉄道、水路の建設が商人たちにとっての優先課題だった。
  ――第8章 グローバルな綿業へ

 先に書いたように、綿業のキモは人件費の削減だ。原材料の綿花は北米南部の奴隷制で賄えたが、紡ぎと織りの工場労働者は国内で調達せにゃならん。安く上げる手立ての一つは、女と子供を使う事だ。

綿業労働者の半分近くが子供であり、彼らは親から強制されていたのだが、この親たちもまた新たな経済的現実によって強制されていた。
  ――第7章 工業労働者の動員

 本書が描く工場労働者の勤務事情は現代日本のブラック企業を遥かにしのぐ。そこで労働者も声を上げ始め、様々な闘いを繰り広げ、少しづつマシな条件を勝ち取ってゆく。

現代の経済学の教科書で理想化されているような労働市場は、往々にしてストライキ、団結、暴動などの結果もたらされたものなのである。
  ――第7章 工業労働者の動員

 さて、当時の西欧は綿花の多くを米国南部から調達していた。そこに戦争の暗雲が立ち込めてくる。

南北戦争前夜、綿花はアメリカから海外への出荷総額の61%を占めていた。(略)
1850年代後半まで、アメリカ産綿花は、イギリスで消費される8憶ポンドの綿花の77%を占めていた。また、フランスで使用される1憶9200ポンドの90%、ドイツ関税同盟で紡績される1憶1500ポンドの60%、ロシアで製造される1憶200ポンドの92%を占めていた。
  ――第9章 戦争が世界中に波紋を広げる

 この危機に際し、西欧は他の国から綿花を調達しようとする。例えばイギリスは…

南北戦争の最初の年だけでも、イギリス政府のインドにおけるインフラ事業への支出はほぼ倍増している。
  ――第9章 戦争が世界中に波紋を広げる

 植民地を持つ他の国も同様に、植民地での綿花生産を増やそうとする。現地住民の利害や安全は無視し、村落共同体を破壊し、換金作物である綿花栽培を押し付けるのだ。

綿花栽培に労働力を動員したいという国家の強い意欲は、市場の規則制定と施行につながり、(略)各国の政府と法律は、放牧や狩猟のように昔から住民全体に認められてきた資源への権利を弱体化し、農民に綿花生産への専念を強要した。
  ――第10章 グローバルな再建

 その結果、昔からの家族単位での糸紡ぎや手織りは壊滅し…

ほかの歴史家たちも、1830年から60年までに、インドだけでも製造業で200万~600万ものフルタイムの職が失われたと示唆している。
  ――第11章 破壊

 ガンジーが糸車を回したのには、そういう意味があるのだ。ばかりではない。それまで、現地の農民たちは食用作物の隙間に綿を植えていた。それを全面的に綿花に切り替えさせた。結果、食料が足りなくなり…

1877年と、1890年代後半にも再び、(インドの)ベラールとブラジル北東部で何百万という農民が飢餓に見舞われる。
  ――第11章 破壊

第一次世界大戦までに、階級構造の再編と、農業における換金作物への方向転換のせいで、大規模な食用作物不足から悲惨な飢餓が起こり、かなりの人命が失われた。たとえば、トルキスタンでは1914年から21年までに人口が130万人、すなわち18.5%減った。
  ――第12章 新たな綿帝国主義

 ブリカスと罵りたくなるが、似たような真似を太平洋戦争当時に帝国陸海軍がインドシナでやり、戦後ベトナムあたりは戦時中以上の苦しみを味わったそうだ。

 話がそれた。それまで植民地で綿花栽培が流行らなかった理由は多々あるが、その一つがインフラの不足だ。牛の背に載せて綿花を運び港まで6カ月とか、そんな状況である。そこで宗主国は植民地に鉄道や道路を整備する。

領土の編入は、土地の獲得はもちろん、インフラの進歩の賜物でもあった。インドやアフリカと同様に、綿花は鉄道に沿って開花していった。
  ――第12章 新たな綿帝国主義

 とかやっているうちに、現地の商人たちも考え始める。「俺も工場を作って商売を始めよう」。実際、これで成功する人も出てくる。それは、幾つかの条件が重なったからだ。

グローバル・サウスのどこであれ、資本家がグローバル綿業に自らの生存領域をつくることに成功したのは、ふたつのプロセスが同時に起きたからだった。
つまり、第一次産業革命の中心となった国々で社会的対立プロセスが全国に拡大して労働コストが上がったこと、
グローバル・サウスで建設された国家が国内工業化計画を優先し、労働コストを低く抑えたことだ。
  ――第13章 グローバル・サウスの復活

 西欧は工場労働者の賃金が上がり、費用がかさむ。対して植民地は人を安く使える。だから植民地に工場が増える。なんか、今世紀の話みたいだが、これは100年前の話。

 そんな現地の商人に対し、現地の政治指導者も協力した。

1920年代を通じて、上海の工場主たちは国民党の指導者だった蒋介石の支援を得て、左寄りの労働運動指導者を何千人も殺害している。
  ――第13章 グローバル・サウスの復活

 そんな風に、植民地資本の綿業/工業も育っていくのだが、幾つか欧米とは異なる点がある。現地の商人たちは、植民地国家/宗主国政府と闘わなければならなかったのだ。そこで、独立運動の闘士たちと手を組むのである。闘士ったって、たいていは農民か労働者だ。そのため、独立後の現地商人はいささか複雑な立場に立たされている。

(グローバル・サウスの)資本家は、植民地国家との闘いで労働者(と農民)に頼ったために、いまでは力を失いつつあった。
  ――第13章 グローバル・サウスの復活

 労働者の賃金は抑えたいが、あまし無茶すると独立運動の英雄に目を付けられる。そういうことです。

 もっとも、今世紀に入ってからは、その無茶に成功した国も出てくる。例えばウズベキスタンだ。21世紀に入っても、児童労働・強制労働が行われていた(→ヒューマン・ライツ・ウォッチ/ウズベキスタン:世界銀行が関係する強制労働)。

 ばかりでなく、20世紀最大の環境破壊とまで言われる暴挙も。

綿花の輸出高では世界で10本の指に入るウズベキスタンでは、農家の綿花製品を強制し続けている。乾燥した土地には灌漑が必要なため、アラル海(→Wikipedia)がほとんど干上がり、そのせいで国土の多くが実質的に塩原と化している(略)。
  ――第14章 エピローグ 織り地と織り糸

 そのウズベキスタン以上に綿花で存在感を誇示しているのが米国だ。これには仕掛けがあって、つまりは補助金である。自国の産業を守るのは責められないよな、と思っていたが、こんな影響も。

補助金まみれの綿花は世界市場に放出され、アフリカなど競争の激しい地域の綿花栽培者にとっては価格を押し下げる要因となるのだ。
  ――第14章 エピローグ 織り地と織り糸

 そういう効果は気が付かなかった。

 20世紀は国家レベルで安い賃金を求め綿業が移動した。これが今世紀に入ると、綿業に限らずあらゆる産業で、国家ではなく企業単位で、工場が移転する。綿業だと、GAPとかのブランド単位で。トランプが関税を引き上げるのも、そのためだ。おかげでリーバイスなどの製品を作っていたレソトの工場が閉鎖になるとかのニュースも。

今日の労働者は、あらゆる形の生産の拠点をいとも簡単に世界各地へ移す企業のなすがままだ。
  ――第14章 エピローグ 織り地と織り糸

 この辺を読んで、私はやっと共産主義者が世界に革命を輸出したがる理由が解った。工場=仕事は安い賃金で労働者をコキ使える国に移動する。世界規模で賃金を底上げしなければ、工場は自国から賃金の安い国に移るだけなのだ。もっとも、その共産主義も、独裁者の道具になっちゃったんだが。

 つまりグローバル経済とは、費用の安さを求めて資本と仕事が世界を渡り歩く経済なのだ。とはいえ、費用は賃金だけじゃない。綿花が鉄道に沿って開花したように、インフラや治安も費用に大きな影響を与える。エネルギーを求めて米国に行く資本もある(→「新しい世界の資源地図 」)。

 そんなグローバル経済を、18世紀から先取りしてきたのが綿業であり、21世紀の現在もなお安い労働力を求め衣料ブランドが世界各国を渡り歩いている。日の出から日没のリズムで生きていた私たちの暮らしを時計が支配する定時出勤のリズムに、自給自足の暮らしを会社勤めの労働者に変えた綿業。お陰で私たちのクローゼットは豊かになったが、失ったものも大きい。

 産業革命のもうひとつの側面をじっくり描いた労作であり、世界の形を改めて認識させてくれる問題作でもある。歴史好きはもちろん、経済問題に関心のある人にもお薦め。

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