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2025年9月 7日 (日)

SFマガジン2025年10月号

「あなたがたご両親は、彼がいったい何を見ているのか、知りたいとは思いませんでしたか?」
  ――韓松「まなざしの恐怖」立原透耶訳

 376頁の標準サイズ。

 特集は「ホラーSF特集」として小説3本に評論やエッセイなど。

 小説は11本+3本。特集で3本、連載が5本+ショートショート3本、読み切りが3本。

 ホラーSF特集。小説は3本。大木芙紗子「竜子団地B棟202号室」,韓松「まなざしの恐怖」立原透耶訳,ジェフリー・フォード「秋の自然誌」鯨井久志訳。

 連載小説5本+3本。山本浩貴(いぬのせなか座)「親さと空」第1回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第61回,吉上亮「ヴェルト」第二部第八章,夢枕獏「小角の城」第83回,飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第29回に加え、田丸雅智「未来図ショートショート」は最終回3本「農の工場」「ロボット供養」「恋のラジオ」。

 読み切り小説3本。藤田祥平「疑似家族」,夏海公司「八木山音花のIT奇譚 遮真」,麦原遼「魔法使い時代の入眠時幻像」。

 ホラーSF特集。

 大木芙紗子「竜子団地B棟202号室」。竜子団地のB棟は、おばけ団地と呼ばれている。B棟だけ蔦がびっしり覆っているから。この蔦、夜になると、ときどきぼんやりと光る。大学のえらい先生や研究者が、何度も蔦を調べにきた。四年前、小学校に入る前の年に、わたしたちは団地に越してきた。一年生になって弟の夢が生まれ、三年生のときにお父さんが死んだ。

 「これぞホラーSF」と言いたくなるような、正統派のホラー。小学生の女の子の一人称が巧みに効いてくる。彼女の語りによって、ジワジワと事態が掴めてくると共に、ヤバい事態が明らかになって…

 韓松「まなざしの恐怖」立原透耶訳。難産の末に生まれたのは男の子。ただし目が十個あった。さっそく翌日の新聞に記事が載ったが、それ以上の取材は病院が拒んだ。研究者たちは子供を調べたが、遺伝的には普通で突然変異もなかった。夫妻のもとには未確認飛行物体研究会など得体の知れない連中も押し寄せ…

 男の子も両親も看護師も研究者も、個人名は全く出てこないので、語り口はやや突き放した雰囲気がある。夫妻の周囲が騒ぎ立てるあたりは、ドタバタ喜劇の空気も漂う。のだが、オチはやっぱりホラーだった。

 ジェフリー・フォード「秋の自然誌」鯨井久志訳。十月末の午後、リクとミチはオープンカーで伊豆半島に向かう。雇い主が、伊豆の温泉旅行を手配してくれたのだ。宿で迎えたのは、女将のチナツ婆さんと、ポニーと見まがうばかりの犬。

 お話の骨組みは、ちと懐かしい昭和後期の空気が漂う。旅行先も伊豆だしね。人気のない旅館に老婆と異様に大きい犬って舞台も、当時の作品の匂いがする。意図してそう書いてるんなら、たいしたものだ。

 連載小説。

 山本浩貴(いぬのせなか座)「親さと空」第1回。2029年。新型コロナウィルスの新たな変異体が現れる。致死率は低いは感染力は強く、困った後遺症を残す。最近の記憶が残りにくいのだ。感染者を補助するシステムノーカーは使用者の日々の記録を録り解析し学習し、その人「らしさ」を模倣・拡張する。いわば個人のパートナーとなる…

 2021年6月号の異常論文特集の「無断と土」以来の登場。ならきっとヘンな作品なんだろうなあ、と思ったら期待以上にヘンな作品だった。普通に地の文で始まるが、なんやらの報告書や日記や詩も乱入し、時事ネタも混ざって独特の世界が広がってる。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第61回。リバーサイド・ホテルに立てこもるラスティらに立ち向かう、イースターズ・オフィスと<クィンテット>連合軍。死地に赴くアビーを心配するバロットだが…

 これもまたホラーSF特集号に相応しい回。ただしジワジワくるタイプじゃなくて視覚的でスプラッタな方向。いつもながら銃弾が飛び交うガン・アクションに加え、今回は接近して刃物で切り合うバトルも。

 吉上亮「ヴェルト」第二部第八章。1794年45月7日。健康を回復したマクシミリアン・ロベスピエールは大公安委員長として権力を掌握し、議会の演説で<最高存在>の祭典の開催を宣言する。革命以来、地方では軍が内乱鎮圧で民を虐殺し、パリではサンソンが連日の処刑を行っていた。

 フランス革命の暗黒面を見せつける回。パリの暴動や多数の処刑は物語でもよく描かれるが、地方での虐殺は知らなかった。通信手段も発達していないこの時代、パリの意向を全国に浸透させるのは難しかっただろう。そのツケは民が払う羽目になったんだなあ。

 飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第29回。<夏の区界>が、<青野の区界>に入ってくる。<ちびっ子>を迎えうつ八岐大蛇。園丁たちは鯨から離脱し…

 自分が電脳空間内のAIだと知っているAI、なんてややこしい存在が当たり前に動き回るこの物語、この回では更に他の区界をはじめ様々な「次元」の存在が乱入してきて、何がなんやら。

 読み切り小説。

 藤田祥平「疑似家族」。永井荷風や内田百閒や井伏鱒二を敬愛する作家の三好正数は、生活苦で妻に逃げられ子も奪われた。ヤケになって今風の芸風で出した新作は売れたが気分は晴れない。そこで友人に勧められたのが東京ファミリーレンタル。家族のフリをしてくれるサービスだ。

 インドには奥さんと子どものフリをする高級売春宿があるって話をどこかで聞いたが、真偽は不明。古典を今風にアレンジって、例えば国を追われたお姫様や悪役令嬢が異国で成り上がり云々って、シェイクスピアのリア王の焼き直しとも言えるよね。

 夏海公司「八木山音花のIT奇譚 遮真」。展示会で馴染みの編集者に会ったライターの笹木律は、請われて編集者の写真を撮る。その写真には、いないはずの記者が写っていた。不思議に思い、笹木は八木山音花に相談すると…

 そうそう、最近のカメラはとっても賢くなってるんだよなあ。プロセッサの速度が上がり、昔なら数日かかる処理が一瞬で終わる。更にAIの進歩が拍車をかけて。ってな現状を基に、ホラーSFR特集号に相応しい展開に。

 麦原遼「魔法使い時代の入眠時幻像」。20年あまり、王国の<聖地>と呼ばれる地のひとつで過ごしてきた。昼に初級の生徒たちを連れて、基本的学習用の庭を歩く。ものを指して呼び方を教える。生徒たちが復唱する。ある生徒が「今、違ってる」と指摘した。最近来た子だ。

 魔法のしくみがとても斬新で驚いた。このしくみが生み出す効果と、人びとの対応策も素晴らしい。魔法なんでジャンルはファンタジイなんだけど、仕掛けの面白さにはセンス・オブ・ワンダーが詰まってる。長編のシリーズにしてもいいぐらい独創的で見事な言語ファンタジイ。

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