ロベール・ドロール「中世ヨーロッパ生活誌」論創社 桐村泰次訳
本書は、歴史家でなくとも中世の世界に関心をもっているすべての人々、西欧とその文明についてもっとよく知りたいと思っている人々、さらに、私たちの日常生活や、さまざまな技術や宗教、精神生活の中にいまも存在している《中世》と、先祖から伝えられた貴重な遺産であるのに私たちが失い、あるいは忘却した《中世文化》を知りたがっているすべての人々のために生まれた…
――はじめに当時の国王は、廷臣たちを引き連れて、たえず国内を旅していた…
――第6章 都市の世界 商人・職人・ブルジョワ
【どんな本?】
(西)ローマ帝国が崩壊した後の西欧。現代日本人の印象では暗黒時代のように思われていたり、華やかな騎士文化が花開いていたり、また「小説家になろう」などのファンタジイ作品の舞台のモデルとして扱われていたりする。が、その実態はどのような姿なのか。
イベリア半島・イタリア・フランス・ドイツ・イギリス・スカンジナヴィアなどの広範な地域にわたり、当時の人々の社会や暮らしや考え方を、大量の資料の裏づけから浮き上がらせてゆく、一般向けの歴史解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は二つ。いずれも著者は Robert Delort で、1972年の Le Moyen âge : Histoire illustrée de la vie quotidienne と、それに加筆訂正したペーパーバック版で1982年の La vie au Moyen Age。日本語版は2014年11月20日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約404頁に加え、訳者あとがき2頁。9.5ポイント48字×18行×404頁=約349,056字、400字詰め原稿用紙で約873枚。文庫なら厚い一冊か薄めの上下巻ぐらいの分量。
文章は比較的にこなれていて読みやすい。内容も分かりやすい。中学卒業程度の歴史の知識があれば読みこなせるだろう。
【構成は?】
各章はほぼ独立しているので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。
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- はじめに/第三版への序
- 第1章 人間と環境
中世の環境世界/地形の変化/気象の変動/植生/動物相/人間の技術と環境/住居/衣服/食物/中世人の身体的特徴/婚姻と出産/伝染病/死亡率と平均寿命
- 第2章 精神構造と社会生活
時間感覚/暦と祝祭日/空間的観念と度量衡/中世人の世界像/符号と象徴/数の象徴性/形の象徴性/色彩の象徴性/星の象徴性/宝石と動物の象徴性/日常生活の振舞い/地獄と悪魔への恐れ/キリスト教的家族/女性の地位/《クルトワジー》の発展/結婚についての考え方/子供の地位/法律の整備/裁判の仕組み/「神の望みたもう秩序」
- 第3章 働く人々 農民
鉄の普及と動力の改良/地力回復の工夫/村落共同体の形成/農村の景観/家屋と家具調度/農民の家庭生活/歳時暦/祝い事/社会的分化/農奴と自由農民/富裕農民の台頭
- 第4章 戦う人々 騎士たち
騎士階級の形成と発展/騎士階級を危機に陥れたもの/貴族の生活/中世の城塞の生活/領主たちの日常生活/新しい女性観/騎士の叙任と生き様/戦争の実態/武器と防具
- 第5章 祈る人々 僧たち
《完徳》への熱望/ベネディクトの規則/クリュニー修道会/シトー会の発展/軍事的修道会/ドミニクスとフランチェスコ/教会と俗世/聖職者の世俗的特権/聖俗の相互干渉/西欧社会の後見役/《民の家》カテドラル/学問と教養/大学の誕生/異端運動/十字軍運動の本質
- 第6章 都市の世界 商人・職人・ブルジョワ
ローマの道・中世の道/水上運送/商業活動/定期太市/貨幣経済の隆盛/商人階級の台頭/都会生活/新しい中世都市/膨らむ城塞の環/都市コミューン/都市内部の権力抗争/同業組合の発展/フランドルの織物産業の例/拡大する貧富の差 - 結び
- 訳者あとがき/参考文献/略年表/索引
【感想は?】
「小説家になろう」の諸作品で興味を持った私には、とっても嬉しい本だ。
なんといっても、歴史の教科書があまり扱わない、人びとの暮らしが生き生きと描かれているのがいい。例えば目次を見てすぐわかるのが、農民にも焦点を当てている点だ。
人口学的に言うと、農村が占める比重は大きく、全人口の90から95%に及んだ。
――第3章 働く人々 農民
と、本来なら歴史の主人公になりそうなモンだが、大抵の歴史書じゃ農民は滅多に描かれない。よくある現実と記録/報道とのギャップだね。それはさておき、平均寿命を押し下げていたのは子供の死亡率だ。これには意外な効果もあって。
幼児死亡率が高かったので、乳母志願者はたくさんいた。
――第1章 人間と環境
当時は粉ミルクなんかなかったし、栄養状態も悪かった。「江戸の乳と子ども」にも、幼子を抱えて苦労する親が出てくる。が、乳母は見つけやすかったのだ。悲しい理由だが。
ペストに象徴されるように病気も多かった。ただ、最も一般的なのは意外に…
多分、中世の西欧に最大の災いをもたらしたのは、第三世界が今もそうであるのと同じくマラリアであった。
――第1章 人間と環境
「蚊が歴史をつくった」では、ローマ時代からマラリアが猛威を振るっていた様子を描いている。原因が分かっている現代と違い、当時の人たちはお手上げだったろうなあ。
そんな人々の暮らしの中心にあったのは教会だ。その数は相当なもので。
西欧世界全体では、人口二百人足らずで一つ、ハンガリーやイタリアの幾つかの地域では、百人弱で一つの教会を持っていたことになる。
――第5章 祈る人々 僧たち
もっとも、信仰を広めようにも、元からあった地元の信仰はあながち否定するワケにもいかず、往々にして妥協を余儀なくされた模様。
人びとは、メロヴィング時代にもディアーヌ女神やヴィーナス、ユピテル、メルクリウス(略)への礼拝を続けていたし、さらには、古来、神聖視された泉や木々、巨石などの上に十字架を立てて、これを崇拝しつづけていた。
――第2章 精神構造と社会生活
木々や巨石を崇めるのは、日本の神道と変わらないなあ。
その教会、当然ながら信仰の中心であるとともに、鐘で時を告げる役目も果たしていた。とはいっても、現代のように正確な時計なんかない。アテになるのは太陽ぐらい。だもんで…
春分と秋分以外は、昼間と夜間との長さが違っている。
――第2章 精神構造と社会生活
そして夜は眠る。今みたいに安く明るい照明はないし。眠る際も…
家族は、素っ裸になって、一つの大きなベッドに一緒に眠った。これは、豊かな人々の場合も同じで、領主や聖職者も、寝巻きなどはなく、裸の身体を、シーツの間か掛け布団の下に滑り込ませた。
――第2章 精神構造と社会生活
この辺を詳しく描いた「失われた夜の歴史」も、なかなか厨二心をくすぐる本だった。
後には宗教裁判や異端審問などが出てくるが、世俗の司法はけっこういい加減で…
牢獄は滅多になく、あっても無用の長物であった。被疑者は、(略)有罪宣告を受けても、罰金か死刑か、だったからである。
――第2章 精神構造と社会生活
と、かなり極端だった様子。
さて、本来なら主役であるべき農民の暮らしは、意外なモノに頼っている。
農民の経済は森によって支えられていた。
――第1章 人間と環境
「森と文明」「木材と文明」「『木』から辿る人類史」などが描くように、薪や木材・キノコや栗の実などの食糧・牛や豚の放牧地など、森は様々な役割を果たしていたのだ。
村は森に囲まれていた。その森は村の共有地のような扱いだった様子。
森の縁に沿って、牧草地と草地、未開墾の荒れ地という三重の帯が、集落から森に向かうにしたがって走っていて、この荒れ地と森が、村で共有されている動物の群れの餌場になっている。
――第3章 働く人々 農民
時代が進むに従って森は開拓されていく。
農民の本業である農業は、あまり効率は良くなかった。日本の稲作は手間がかかる反面、単位面積当たりの収穫は多い。対して欧州の麦は、というと。
カロリング時代には、播種量に対し収穫量はせいぜい三倍ないし四倍であった。悪いときは播いた種の量と収穫量が同じか、上回っても僅かということさえあった。それが、12世紀、13世紀には、五倍とか六倍とか、ときには八倍の収穫が得られるようになっている。
――第3章 働く人々 農民
と、かなり苦しかった模様。
現代の農業は土地に加え耕運機などかなりの資産/投資が必要だ。これは当時の農村も同じ。それを誰が担ったか、というと。
領主は、大土地所有者であるとともに、公権力の継承者として、水車や圧搾機、パン焼き窯などを造ったり、種牛や種豚を飼育し、農民たちにそれらを強制的に利用させ、使用料を徴収した。
――第3章 働く人々 農民
強欲なように書いてあるが、それだけの投資ができる者も少なかったんだろう。また、領主領だけでなく、教会領もあって。
領主領の共同体が領主館を核に生活を営んだように、この農民共同体は村の教会を中心に成り立っていた。
――第3章 働く人々 農民
ローマ帝国が滅びた後、世界的な組織は教会しかなかったのだ。
そんな村や町を仕切ったのが領主たちで、その力の源泉は暴力だ。当時の文献じゃ数十万の将兵が軍を構成していたように書かれてたりするが、実際は…
ドイツ皇帝やフランスやイングランド、シチリアの国王たちでさえも、集めることができた戦闘員は数千でやっと…
――第2章 精神構造と社会生活
と、結構つつましい。代表的な大軍勢でも…
第一次十字軍で動員された騎士は一万から一万二千で、従卒も入れて約五万であったが、これは、記録的な数字だった
――第4章 戦う人々 騎士たち
基盤となる総人口が少なく、その大半が農民だしね。領主に使える臣も、相応の負担がある。
八世紀以降は、歩兵の立場が低落し、乗馬や思い剣、槍などの武器と、兜や鎧、楯などの防具を自前で揃えること、また、理論上、時と場所を問わない全面的奉仕を(家臣は)求められた。
――第4章 戦う人々 騎士たち
私の勝手な分類だが、昔と今の軍の最大の違いが、武器や装備を誰が用意するか、だと思う。昔は戦うにしてもカネがかかったのだ。もちろん、体力も必要で…
鎖帷子、兜、楯は、次第に重い甲鉄のそれとなり、その重さは、鎧が25キロ、面頬付きの兜が5キロという具合である。
――第4章 戦う人々 騎士たち
「騎士は馬から落ちると自力じゃ立てない」ってのは、さすがに言いすぎだけど、立つのに苦労したのは事実らしい。
その騎士、個人としちゃ強いが、軍としては…
軍旗のもと、整然と隊列を組んでの戦闘といったものは、中世においては稀であった。
――第4章 戦う人々 騎士たち
と、昔のファランクスやレギオンのような整然とした隊形は、集団での充分な訓練が必要だけど、そんな余裕はなかったんだろう。そもそも騎馬は機動力がキモだから、隊形を保つのも難しいだろうし。
そんな彼らが住まう城や砦での暮らしが書いてあるのも嬉しい。例えば食事。
一日の食事では昼食が最もたっぷりで、食事にかける時間も長かった。基本的に手づかみであったから、食前と食後に手を洗った。
――第4章 戦う人々 騎士たち
貴族と言えど基本は戦う人だから、野性味をたっぷり残していたのだ。食べればその分、出るモノもある。
訳注:(城の)便所は城壁の外へ突き出していて、排泄物は崖の下へ落下するようになっていることが多い
――第4章 戦う人々 騎士たち
なんて下世話なネタも出てくるのも嬉しい。
そんな戦う人に続いて登場するのが、祈る人すなわち聖職者たち。もっとも、末端の聖職者は意外と慎ましい。
主任司祭は、大きな精神的権威をもっていたが、経済的条件は必ずしも良好ではなく、普段は寄進された土地を教区民と同じように耕した。もっとも、だからこそ、農民たちが持ち込んでくる問題についても理解することができたのだった。
――第5章 祈る人々 僧たち
末端は慎ましいが、バチカンが煌びやかなのはご存知の通り。当時は直轄領も持っていたが、富の源泉は…
彼(法王)が数多くの錚々たる人々によって形成された宮廷を周りに維持することができたのは、法王領からの収入よりも、全西欧から賢明かつ綿密に集められた収入のおかげであった。
――第5章 祈る人々 僧たち
と、個々の教会領などから吸い上げた富が大きかったのだ。その教会領は、とんでもない広さで…
彼ら(聖職者)の土地資産は、メロヴィング時代から急速に増大し、カロリング時代には、全西欧の土地の30%ないし40%に及び、しかも、世俗君主の干渉を受けないという特権をもっていた。
――第5章 祈る人々 僧たち
そりゃ教会の力はデカいわ。となりゃ、聖職者は憧れの職業となりそうなモンだが、誰でもなれるってワケじゃない。
この(聖職者)集団に人員を補給してきたのが主として騎士階級であり、彼らが推挙した有力家門の次三男や、恩を施しておきたい友人、結婚できなかった娘などといった人々が司教だの修道院長、尼僧院長になった…
――第5章 祈る人々 僧たち
と、世俗の権力ともソコソコ結びつきはあった様子。そんな教会の武器は破門だ。
破門《excommunication》とは、教会から追放されることであるが、それは、周囲のキリスト教徒との接触と連帯の基礎であり全てでもある《秘跡》の祝別を奪われ社会から追放されることを意味した。
――第5章 祈る人々 僧たち
日本の村八分より厳しい。
そんな富と権力を持つ教会は、同時に知識も持つだけでなく、人びとに伝える役割も担った。その象徴が大学だろう。ただ、その講義の風景は現代の大学とは大きく異なっている。
いずれの大学でも、講義は教授の家などの屋内で行われるのが普通だったが、狭くて照明もよくなかったので、とくに聴講生が多い場合とか、教師が学生を集めるのに力を入れたときは、屋外で行われた。
――第5章 祈る人々 僧たち
意外なことに、学舎はなかったのだ。学生街はあったようだが。
その学生たちは、各地から旅してやってくる。当時の旅行事情は、かなり厳しい。
ほとんどは徒歩で、(略)みすぼらしい馬車も稀にしか見られなかった。(略)砂利を敷いただけの道だったから、(略)車で旅すると、人間が参ってしまったからである。
(略)豊かな人や、権力者たちは、ほとんどがロバやラバ、馬の背にまたがって旅をした。
(略)商品を運ぶにしても、車よりも、動物の背に載せた姿が圧倒的に多かった。
――第6章 都市の世界 商人・職人・ブルジョワ
異世界物の小説じゃ定番の馬車は、意外と使われていない。物資の輸送ですら荷駄である。ちょっと調べたが、馬でも130kg程度までだから、たいした量は運べない。速度もささやかで…
一日の旅程は、約30キロがせいぜいであった。
――第6章 都市の世界 商人・職人・ブルジョワ
そんなんで、よく商売が成り立つなあ、と思ったが、そこはそれ。今でも多くの大都市は川の畔にあるのには、ちゃんと理由があるのだ。
陸上よりも河川や海上のほうがずっと速かった。5ノットで航行する船(時速では九キロになる)は24時間で約200キロ進める。
――第6章 都市の世界 商人・職人・ブルジョワ
と、水上つまり船のほうが速いし楽なのだ。量だって凄い。
中世末には、(略)500トン(例外的には1000トン)も運べる船が活躍している。
――第6章 都市の世界 商人・職人・ブルジョワ
もっとも、これは海や大河を行く船の話。港内を櫂で行く艀はせいぜい12トンだとか。それでも荷駄に比べりゃデカい。これだけ大きけりゃ海賊もでるんで、護衛の弓の射手を雇っていたそうな。この辺は異世界物と同じだね。そんな風に、ロンドンやパリなどの大都市が河の畔にあるのは、大量に出入りする物資を水上輸送するためなんだろう。
中小の都市でも、水路は必要だ。異世界物の話でも、都市は水路の畔にある。ただ、お話だと水路は都市の真ん中を横切ってるが、実際は…
(都市の)城壁の外周は、河川をそのまま利用したり、河川から引いた水を湛えた壕を巡らしている。そのような取水路には、水車がたくさん設置されていた。
――第6章 都市の世界 商人・職人・ブルジョワ
と、水路は都市の周囲を巡ってるし、水車が立ち並んでいるのだ。
当然ながら、都市は交通の便がいい所にある。特に街道や大河の交点にある都市は、多くの商人が行き交い、市が立つ。やがて大規模な市が定期的に開かれるようになると、決済方法も発達してくる。
(定期太市での商人の)支払いは、その場で行われるのでなく、手形を交換し、それを最後に債務返済の形で決算した。
――第6章 都市の世界 商人・職人・ブルジョワ
など、高度な決済方法も発達してくる。もっとも、こういうのはごく一部らしい。
11世紀より以前は、西欧の大多数の人にとって、通貨はほとんど無縁の存在であった。
――第6章 都市の世界 商人・職人・ブルジョワ
当時の西欧じゃ金が出るのはハンガリーぐらいなんで、金貨そのものが少なかったし。とまれ、東方との交易でソレナリに金が溜まったり、資本の集積が進んだりすると、新しい資本運用方法も出てくる。
《商会 compagnie》で、資本金に加え、株主でない人々からの預託金も固定的な金利の配当と引き換えに自由に使うことができた。
――第6章 都市の世界 商人・職人・ブルジョワ
って、まるきし銀行じゃん。
そんな風に、都市にはカネが集まる。となれば、それを頂戴しに来る連中もいる。壁だの壕だのを作るのも、ヒトから都市を守るため。そして、もちろん、都市を守る人もいる。とはいえ、その規模は…
(都市の軍の)配下の人数は、たとえばニュルンベルクの場合は平時の1377年で27人、戦時の1388年でも87人と、そう多くなかった。しかし、その下には、馬丁や蹄鉄工、車大工、鍛冶屋、武器職人、弩の射手、砲兵、大砲の鋳造工などがおり…
――第6章 都市の世界 商人・職人・ブルジョワ
と、意外と慎ましい。だから傭兵を雇うんだが、奴らは不利となれば逃げるんで、あましアテにならない。それでも防衛費の負担は重かった。
たとえばケルンでは、平和時の1379年でさえ、予算の82%を軍事費が占めていた。
――第6章 都市の世界 商人・職人・ブルジョワ
と、当時の都市は大変な軍事社会なのだ。ただ、その予算の源泉は税や借金で、税の負担は金持ちに軽く貧乏人に重い逆累進型。だって都市の顔役は金持ちばっかりだし。
ちなみに金持ちは商人で、職人は親方でもない限り貧しい。職人のギルドも発達していた。ただ、仕事の進め方は今と大きく違う。
(職人の)作業はほとんど分業化されておらず、原材料の段階から仕上げの段階まで、同じ一つの品は、同じ人間の作業に依った。その反対に、職種間の分業は顕著で、たとえばフランクフルト・アム・マインでは、鉄を扱う職種が50以上あった。
――第6章 都市の世界 商人・職人・ブルジョワ
「下請けに部品を作らせて元請けが組み立てる」って方法は、部品がキッチリ設計上の寸法に合ってるから可能なのだ。この辺は「精密への果てなき道」が詳しい。当時は全部を自分で作り、組み合わせる際に削ったり曲げたりの微調整して合わせたのだ。
さて、ギルドには仕事の奪い合いを減らしたり価格を維持するなど、相互扶助の側面もあるが、他の役割もあって、こんなルールもあった。
(職人の)作業自体、公衆の前で開放的に行われることが求められた。
――第6章 都市の世界 商人・職人・ブルジョワ
この目的は「ゴマカシできないように」って事らしい。だから、暗い夜には仕事ができないのだ。もっとも、それでも下っ端の職人はコキ使われたようで…
(職人は)毎日16時間も働かされている…
――第6章 都市の世界 商人・職人・ブルジョワ
なんてブラック企業だ。でも、当時はそれが当たり前だったのだ。
その職人にも親方から見習いまでいろいろあるし、農民にも奴隷/農奴/自由人などの扱いの違いがあるなど、痒いところに手が届くどころか「そんなんありかい!」なトリビアがギッシリ詰まってる。農民など普通の人々の暮らしを懇切丁寧に描いていて、その辺に興味がある人にはたまらない本だ。より写実的に欧州の中世を知りたい人にお薦め。
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