« トム・ジャクソン「冷蔵と人間の歴史 古代ペルシアの地下水路から、物流革命、エアコン、人体冷凍保存まで」築地書館 片岡夏実訳 | トップページ | リー・アラン・ダガトキン+リュドミラ・トルート「キツネを飼いならす 知られざる生物学者と驚くべき家畜化実験の物語」青土社 高里ひろ訳 »

2025年8月28日 (木)

リー・ネヴィル「ヴィジュアル版 現代の地上戦大全 中東、ウクライナの前線から戦術、将来戦まで」原書房 村上和久訳

本書の目的は、21世紀の地上戦と、近い将来待ちうけているかもしれない状況を、簡潔に、願わくば読みやすく、専門用語を使わずに概観することにある。
  ――序章 現在と将来の地上戦

【どんな本?】

 戦場は変化する。イラク戦争やシリア内戦のように、交戦主体は正規軍だけでなく非政府組織が増え、各国の陸上戦力はIED=即席爆破装置に対応するため軍用車輛の改修を余儀なくされた。トヨタ戦争(→Wikipedia)に象徴されるように、調達しやすく信頼性が高い民生品の活用も盛んになった。そして最近のウクライナ戦争ではドローンが空を飛びかっている。

 本書はアフガニスタン戦争・イラク戦争・リビア内戦・シリア内戦・第二次ナゴルノ=カラバフ戦争・ガザとレバノンでのイスラエルの軍事作戦そしてロシア=ウクライナ戦争などの情報を基に、豊富なカラー写真を掲載しつつ現在の戦場の状況を明らかにするとともに、近い将来の戦場の様子を展望する、一般向けの軍事解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Boots on the Ground: Modern Land Warfare from Iraq to Ukraine, Leigh Neville, 2025。日本語版は2025年5月30日第1刷。単行本ハードカバー横一段組み本文約313頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント35字×29行×313頁=約317,695字、400字詰め原稿用紙で約795枚だが、迫力あるカラー写真が豊富に載っているため、文章量は6~7割程度。文庫なら厚い一冊分だが、写真が重要な本なので、きっと文庫化はないだろう。

 文章はやや硬い。まあ軍事物だし。また、この手の本の常でIEDやISVやUACVなどの略語が頻繁に出てくるのは覚悟しよう。その割に内容は意外と理解しやすい。例えば序盤で連隊と旅団の違いを説明するなど、素人読者に向けた配慮をしている。でもやはり序盤で説明なしに「テクニカル」なんて業界用語が出てくるけど。あ、ちゃんと後で説明があります。

 そんなワケで、索引または略語一覧が欲しかった。

【構成は?】

 各章は独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。各章のアチコチに囲み記事で独立したコラムがあり、読んでいて飽きない。

  • 序章 現在と将来の地上戦
  • 第1章 主力戦車
  • 第2章 装甲戦闘車輛
  • 第3章 地上防空と近接航空支援
  • 第4章 間接射撃
  • 第5章 無人プラットフォームと電子戦
  • 第6章 歩兵
  • 第7章 特殊作戦部隊
  • 第8章 将来の戦争
  •  原注/訳者あとがき

【感想は?】

 ヴィジュアル版と謳うだけあって、掲載した写真は多く、その迫力も半端ない。その多くがウクライナなのが、なんとも。

 あくまでヴィジュアル版であって図鑑ではないので、個々の兵器の諸元にはあまり深入りしない。主力戦車なら現代の地上戦で主力戦車の利点や役割、置かれた立場などをザックリ説明したうえで、具体例としてウクライナ戦争でのロシア製T-72の戦いを引き合いに出す、そういう形だ。

 軍事系の本は相応の知識を持つ読者を対象にした本が多いが、本書はそこそこ親切だ。さすがに軍事全般の基礎知識とまではいかないが、本書がカバーする範囲に限れば、必要な基礎知識をザックリ書いてあったり。例えば軍の組織形態では…

連隊は一種類の部隊からなるのにたいして、旅団は諸兵科連合部隊で、通常は歩兵や戦車、騎兵、航空、防空、電子戦、無人機、砲兵部隊と必要不可欠の支援兵站兵科の混成である。
  ――序章 現在と将来の地上戦

 とか。あ、もちろん、この前に班・分隊・小隊・中隊・大隊を、後に師団・軍団・軍の説明が入ります。

 本書の嬉しい特徴の一つは、現時点での熱い話題であるロシア=ウクライナ戦争の話題がたくさん載っていること。最初の章は戦場の花形である主力戦車なんだが、ここでは戦車の諸元より、現代戦で戦車が置かれた状況や使い方の話、それもウクライナでの話が記憶に残る。

ウクライナの戦車兵は、車輛の履帯にたいする機動力撃破も、通常、乗員が車輛を放棄することになるので、ロシア軍装甲車輛を戦場から排除するのに効果的な手段であると報告している。
  ――第1章 主力戦車

 この章では、戦車の利点より、戦車の弱点…というか「いかに戦車に対抗するか」みたいな話題が多い。著者の意図は現代の戦車の課題を挙げてるんだろうけど、戦車好きにはアレな章かも。

 いかに優れた道具も、使い方を誤れば役に立たないわけで、そのサンプルが開戦当初のロシア軍で…

(ウクライナ)戦争の初期には、ロシアの戦車は、諸兵科連合制圧や歩兵の護衛に守られず、丸腰だった。
  ――第1章 主力戦車

 本書では他にも戦争初期のロシア軍のgdgdっぷりがアチコチに出てきて、当時のロシアが事態をナメてたのがよく分かる。と共に、戦いを続ける中で両軍が急速に学習しつつある事も。これは無人兵器や電子戦で顕著なのだ。

 続く「第2章 装甲戦闘車輛」では、初心者向けに…

装甲兵員輸送車が歩兵を直接射撃地帯の端に輸送するただの戦場タクシーであるのにたいして、歩兵戦闘車は(略)下車した分隊に有機的で密接な火力支援をあたえられた。
  ――第2章 装甲戦闘車輛

 なんて親切な説明も。

 そうは言っても現実は厳しい。輸送力(=何人の兵を運べるか)と、装甲の厚さや火力の強さは両立が難しく、各国軍の性格が出る所。また、主力戦車もそうなんだが、装輪車輛 vs 装軌車輛でも熱い議論があるそうで…

兵站上の負担と費用が減ると推定されるという理由で装輪車輛を支持する者と、装軌車輛のより高い機動性はより最適な選択肢となると主張する者…
  ――第2章 装甲戦闘車輛

 装軌は道路が傷むし。あと重さもあるんだよね。あまし重いと川を渡るのが難しいのだ。「クルスクの戦い」では橋を架ける工兵が苦労してた。

 「第3章 地上防空と近接航空支援」では、まず近接航空支援の説明から。

近接航空支援とは、部隊が敵と接触した(TiC)場合に、地上部隊を支援するために航空戦力を戦術的に利用することである。
  ――第3章 地上防空と近接航空支援

 従来の米国陸軍はヘリコプターをよく使ってたけど、最近は無人機の活用が盛んで…

Su-57(ロシアのステルス戦闘機、→Wikipedia)は最大4機のS-70(ロシアの無人航空機、→Wikipedia)をコントロールできる
  ――第3章 地上防空と近接航空支援

 なんて使い方も。

 著者は砲兵を贔屓しているらしく、「第4章 間接射撃」は力が入りまくり。まずは基礎的な説明から。

NATOにおいても、砲兵がもたらすおもな計画的効果は4つある。攪乱(harassment)、抑圧(suppression)、制圧(neutralization)、そして破壊(destruction)だ。
  ――第4章 間接射撃

 ここではロシアとNATOの違いが顕著で。

伝統的にロシア軍の軍事ドクトリンでは逆に、作戦行動する部隊が砲兵を支援する。(略)
西側では砲兵は軍事行動する部隊を支援するためにもちいられる。
  ――第4章 間接射撃

 ロシアは砲兵重視なのだ。勝手な憶測だが、独ソ戦での実績が大きいんだろうなあ。そのためか、現在でも…

現在のウクライナの死傷者の80%以上、それ以前の2014~2022年の8年間では90%以上が砲兵によるものだ。
  ――第4章 間接射撃

 と、大きな成果を挙げている。対して西側は弾薬の備蓄が急速に枯渇しつつある、なんて切ない話も。

 さて、本書の全編を通して痛感するのが急速に浸透・発達しつつあるドローンの活用で、特に砲兵の「目」として大きな役割を果たしている模様。

ウクライナ軍の目標の86%がUAS(無人航空システム)から得られたものだ。
  ――第4章 間接射撃

 ただし、これは敵も同じで、ウクライナじゃ砲兵は撃ったらすぐ移動しないといけないとか。つまり位置がバレると反撃を食らうのですね。また、囮のドローンを飛ばして、囮が撃たれたら「ソコに敵がいる」と判断して別のドローンで攻撃する、なんて手も。

 そんな現代の戦場を反映して、一章を割いているのが「第5章 無人プラットフォームと電子戦」。まずは電子戦の定義から。

同社(ロッキード・マーティン)は電子戦を3つの主要分野に分けている。「電子攻撃――混乱させ、使えなくし、低下させ、あるいはあざむく。電子防護――受信機が妨害されたりあざむかれたりするのを防ぐ。電子戦支援――電磁スペクトルの情報収集」
  ――第5章 無人プラットフォームと電子戦

 イラク戦争じゃ民生品のiPhoneとGPSが活躍したようだけど、現代のウクライナじゃ…

ウクライナではプラットフォームの大多数が専用の軍用型ではなく、商用ドローンである。商用ドローンは概して電子対抗手段に弱い。
  ――第5章 無人プラットフォームと電子戦

 やっぱり民生品が使われている様子。既に電波妨害用のドローンも飛んでるし、ロシアは偽のGPS情報を流してるとか。

 そんな風に戦場はハイテク化してるけど、その主役は相変わらず歩兵だ。

いかなる軍隊でもその核心は歩兵である。歩兵は敵を捕らえるか殲滅し、目標を奪取し、占領するために存在する。
  ――第6章 歩兵

 そして、その構成の基本は4人の射撃班。

大半の現代歩兵部隊の基本となる編成単位は射撃班である。この射撃班は通常、兵士4名で構成され(略)
班長、(略)擲弾手、(略)機関銃手、そして小銃手である。
  ――第6章 歩兵

 ハイテク化しているとはいえ、相変わらず彼らの荷物は多い。何を持ち何を置いていくかは、判断の難しい所。

(アフガニスタンで)イギリス軍の歩兵は日常的に40kgから60kの重荷を背負って奮闘していた。
  ――第6章 歩兵

 というか、本書を読むと技術の進歩が荷物を増やしてるような気もする。最近じゃ新しい銃弾の規格が出てきて、6.8×51ミリで薬莢の弾底がステンレス製、短銃身のカービンでも高速で云々。暗視ゴーグルも進歩し歩兵がドローンを携帯するようにもなったが…

テクノロジーにはいずれも情報過多の危険が残っている。
  ――第6章 歩兵

 ですよねー。ただでさえ瞬間的な判断が求められる戦場で、扱うべき情報が増えるのも善し悪し。

 こういった自動化の波は、当然ながら特殊部隊にも押し寄せてる。

アメリカはいまやカタールから主としてリーパー・ドローンを使ってアフガニスタン国内で(そして上空から)対テロ作戦を実施している。
  ――第7章 特殊作戦部隊

 さすが国策で八方美人外交を定めてるカタール。この国は他にもタリバンやハマスも拠点を置いてて、昔のスウェーデン以上に和平会談の名所になりつつあるなあ。

 もちろん、007ばりの秘密兵器も出てくる。

特殊作戦部隊はドローンの発達も有効に利用している――スローボットは文字どおり建物のなかに投げ(スロー)こむことができ、超小型無人機は建物のなかにそっと飛び込んで、住人をひそかに監視できる。
  ――第7章 特殊作戦部隊

 とかの話も面白いんだが、この章ではそれ以上に、米軍特殊部隊の傍若無人というか神出鬼没っぷりが面白かった。ハシャムの戦い(コノコ地区の戦い、→Oryx Blog)なんて知らなかったぞ。2018年2月シリアでシリア政府軍+ヴァグネルと、米陸軍デルタフォース+レンジャー連隊で起きた戦闘だ。紛争地にはどこでも顔を出すな米軍は。

 これらを総合して未来を展望する最終章では、はやり砲兵が重要だと指摘してる。

砲兵が依然として戦争の神だ
  ――第8章 将来の戦争

 ウクライナ戦争から学んで計算したら、NATOの弾薬備蓄/製造量がヤバいなんて話もある。とはいえ、平時と戦時じゃ必要量が桁違いなんで、調整が難しいところだろう。

 逆に必要性が薄れる兵科もある。具体的には…

場面から姿を消しつつあるかもしれないものは、ヘリコプターだ
  ――第8章 将来の戦争

パラシュート強襲もほとんど同じ理由で過去のものである。
  ――第8章 将来の戦争

 いずれも原因はドローンで、つまりは空が極めて危険な状況になっているのだ。とはいえ、メディアに踊らされるのに釘をさすのも忘れない。

成功した攻撃を映す無数のビデオ映像が公開されている。映っていないのは成功しなかったほかの何十という攻撃だ
  ――第8章 将来の戦争

 ドローンが万能のように思えるけど、電波妨害や偽電波で無効化されちゃった時の映像は、Youtube に上がらないしね。

 それでも前線の人々がドローンを警戒しているのは事実で、ウクライナでの写真だと、車輛のてっぺんに金網を張ったり、陣地を漁網みたいので囲ったりと、安っぽく即席ながらも自爆ドローンに対し効果的と思われる工夫をしているのわかる。素人の私でもこれぐらいは読み取れるんだから、詳しい人は更に多くの情報を豊富に載っている写真から得られるだろう。書名通り、現代の戦場に興味がある人にお薦め。

【関連記事】

|

« トム・ジャクソン「冷蔵と人間の歴史 古代ペルシアの地下水路から、物流革命、エアコン、人体冷凍保存まで」築地書館 片岡夏実訳 | トップページ | リー・アラン・ダガトキン+リュドミラ・トルート「キツネを飼いならす 知られざる生物学者と驚くべき家畜化実験の物語」青土社 高里ひろ訳 »

書評:軍事/外交」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« トム・ジャクソン「冷蔵と人間の歴史 古代ペルシアの地下水路から、物流革命、エアコン、人体冷凍保存まで」築地書館 片岡夏実訳 | トップページ | リー・アラン・ダガトキン+リュドミラ・トルート「キツネを飼いならす 知られざる生物学者と驚くべき家畜化実験の物語」青土社 高里ひろ訳 »