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2025年8月22日 (金)

トム・ジャクソン「冷蔵と人間の歴史 古代ペルシアの地下水路から、物流革命、エアコン、人体冷凍保存まで」築地書館 片岡夏実訳

近代都市を成立させているのは、摩天楼や地下鉄や情報ハイウェイではない――冷蔵庫だ。
  ――序

低温を理解するにあたっては、真空が重要な要素になるのだ。
  ――第3章 圧力の発見

ローテクな壺であれハイテクな極低温冷却装置であれ、冷蔵は車輪、印刷、マイクロチップのようなものと肩を並べる人類最大の偉業として称賛されるべきものだ。
  ――第12章 低温の未来

コルクを液体(水素)に落とすと、軽いコルクが浮かぶことなく鉛の固まりのようにまっすぐ沈んだ。液体になっても、水素の密度は非常に小さかったのだ。
  ――第10章 低温を極める

アインシュタインは、ある種の原子、たとえばヘリウムの主要な同位体のヘリウム4は、十分に冷却されていさえすれば、ボソンのようにもふるまうことを明らかにした。そのためには、原子を絶対零度の1700億分の1度上までいやしてやらねばならない。
  ――第10章 低温を極める

【どんな本?】

 私たちの暮らしには、冷蔵庫が欠かせない。また蒸し暑い日本の夏では、エアコンが命綱だ。人類は歴史の黎明期から高温すなわち火を手に入れた。むしろ高温が人類の歴史をもたらした。だが、低温を手に入れるには、長い年月と多くの人々の努力と工夫そして博打が必要だった。

 古代ペルシアの氷室からルネサンス期欧州の錬金術師や科学者、北米や豪州の起業家たちから現代の技術者まで、冷房/冷蔵に挑み、または利用した人々の挿話を語る、一般向けの歴史と科学の解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Chilled: How Refrigeration Changed the World and Might Do So Again, Tom Jackson, 2015。日本語版は2021年9月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約278頁に加え、訳者あとがき2頁。9ポイント46字×19行×278頁=約242,972字、400字詰め原稿用紙で約608枚。文庫なら少し厚め。

 文章は比較的にこなれていて親しみやすい。内容も分かりやすい。ただ、ちと説明方法にクセがある。例えば「潜熱」という言葉は使うが、「気化熱」は使わない、など。最近の理科の教科書は、そうなってるのかな?

【構成は?】

 原則として時代ごとに進む。各章は穏やかにつながっているが、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいいだろう、

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  • 第1章 古代の冷蔵法
    マリの王の氷室/氷の都、ペルシア/最古の氷菓子シャルバット/朝鮮王族の冷蔵遺体、モンゴル戦士のアイスクリーム
  • 第2章 冷やす魔法
    王侯貴族と冷たいもの/世界は四元素でできている/錬金術師と水銀と硫黄と塩/城付き魔術師と空気/フランシス・ベーコンの低温実験
  • 第3章 圧力の発見
    ベッヒャーによる物質の再定義/パスカルと真空/ボイル、空気の重さを証明
  • 第4章 温度計と空気
    サントーリオの測温器/進化する温度計/温度計の目盛をめぐる攻防/セルシウス目盛の誕生/世界初の人工冷蔵装置
  • 第5章 熱素ともう一つの「空気」
    物質と熱/熱平衡の解明/生石灰とマグネシアと気体の発見/新たな「空気」の発見/「オキシジェン」誕生
  • 第6章 温度低下を作る方法
    熱量を測る/原始の重さを測る/熱の伝導と動き/馬力攪拌とマグネトー電気機械/永久機関の謎を解く
  • 第7章 氷の王
    チャールズ二世の氷室/氷室とクーデター計画/アイスボックスから氷ビジネスへ/氷輸送船の初出航/通商停止、投獄、米英戦争/アメリカ国内での氷販売開始/アメリカの氷がインドへ
  • 第8章 冷蔵庫の仕組み
    天然氷の終わり/蒸気機関で低温に/冷媒をめぐる試行錯誤/家庭用冷蔵庫の販売開始
  • 第9章 冷蔵がもたらした物流革命
    世界をつなぐコールドチェーン/冷蔵船から鉄道、トラックへ/冷蔵庫がスーパーマーケットを生んだ/冷凍技術の進歩
  • 第10章 低温を極める
    気体を液体にするファン・デル・ワールス力/下がり続ける冷媒温度/超伝導、超流動、ボース=アインシュタイン凝縮
  • 第11章 拡張する低温技術
    エアコンから水爆まで/世界を変えたハーバー法/冷却システムと液体燃料ロケット、MRI、リニアモーター/医薬品、食品、凍土壁に使われる液体窒素
  • 第12章 低温の未来
    燃える氷、海水温勾配のエネルギー利用/旧式の冷蔵技術と金星探査、暗黒物質探究/超知能コンピューター、人体冷凍保存、テレポーテーションも可能に?
  • 訳者あとがき/参考文献/索引

【感想は?】

 前半は歴史物で後半は科学/技術/産業物、といった感じ。全体としては歴史物の印象が強い。

 冒頭に書いたように、人類は歴史の初期から火/高温を操った。だが、低温/冷房や冷蔵は難しかった。それは、金や権力を持つ者だけに許された贅沢だったのだ。逆に言えば、金と権力があれば、少なくとも冷房は手に入った。歴史物としては、様々な工夫が楽しい。

 その一つが、ペルシアのバードギール(→Wikipedia)だ。建物上部の窓から熱い空気を吸いだし、カナート(横井戸、→Wikipedia)から冷たい空気を引き入れる。なんとも賢い工夫である。

ペルシアのバードギールは(略)煙突のような塔を利用して(略)出口は卓越風と反対の方向に向けられている。(略)風が塔のまわりを吹くと、塔の中から空気を引っ張り出す効果が生まれる。
  ――第1章 古代の冷蔵法<

 暑い季節に欠かせないアイスクリームにも、様々な伝説がある。メディチ家からフランス王に輿入れしたカテリーナ・デ・メディチ(→Wikipedia)が、フィレンツェからフランスにもたらした、という伝説だが…

メディチ家の少女がアイスクリームをフランスにもたらした話は、まるっきりの作り話なのだ。
  ――第2章 冷やす魔法

 だそうです。

 などの歴史物語と並行して、科学が熱をいかに扱ってきたか、という物語も綴られる。温度を測る機器は、西欧では遅くとも17世紀にはあった。が、困ったことに…

目盛付き測温器は本当の温度計になる。目盛の起源が何であれ、それはまったく恣意的であり、器具のあいだで相互関係はなかった。そのため温度計制作は標準化を必要とした。
  ――第4章 温度計と空気

 現代のような、世界共通の単位がなかったのだ。ここから摂氏が決まるまでの物語も、紆余曲折があって面白い。

 さて、フロギストンなんてのを想像してた時代だから、学者たちの考え方も今と大きく違う。化学も未発達なので…

ある者はカキの貝殻の「灰」から作れると言い、またある者は石灰岩を「焼く」ことで作ると主張した。(略)当時、同一の物質が外見上異なる原材料から作れることなど誰にもわからなかった。
  ――第5章 熱素ともう一つの「空気」

 いずれの方法でも生石灰を作れるのだが、当時は元素や分子なんて発想はなかったのだ。

 そんな中、なんとか熱を測ろうとする努力が実り始める。

(アントワーヌ・)ラボアジェ(→Wikipedia)が出した結果は、多少はずれていることが多かったが、ともかく何か、つまり熱の定量化を始めたのだ。
  ――第6章 温度低下を作る方法<

 うん、定量化は科学の基本だよね。

 かように科学者たちが努力している間にも、実業家たちは商売に励む。その一人が18世紀終盤から19世紀初頭の米国人フレデリック・テューダー(→英語版Wikipedia)。

 起業家の彼が目論んだのは、氷商売(→Wikipedia)。冬にマサチューセッツで湖や池から採った氷を氷室で保存し、夏に西インド諸島や米国南部で売ろうって発想だ。発想はいいが、先頭走者の常で様々なトラブルに見舞われ、出資者から訴えられて国に帰れなくなったり獄に入れられたりした末に、なんとか事業を成功させる。

アクティブ号の沈没、禁輸、獄中生活、これらはみんな道路のでこぼこにすぎなかった。
  ――第7章 氷の王

 成功者が出れば真似する輩も出てくる。天然氷といえば聞こえはいいが、元は湖や池の氷だから、何が入っているか分からない。採取場所によっては…

 ってな問題を経て、やっと冷却装置の発明へと至る。が、初期の事業は家庭に冷蔵庫を置くのではなく、作った氷を売る形でビジネスを始めた。というのも、装置がデカいのもあるが…

人口冷却装置にはまだ一つの問題があった。爆発しやすいのだ。
  ――第8章 冷蔵庫の仕組み

 冷媒に使いやすい物質には、幾つかの条件がある。1)適切な温度で蒸発すること、2)その際の気化熱が大きいこと、そして 3)取り扱いが楽なこと。当初は 1) と 2) からエーテル・アンモニア・二酸化硫黄・二酸化炭素などを試した末に、フロンにたどりつく。のだが、その顛末はご存知のとおり。

 以降、普及した冷却技術は、世界を変えてゆく。

スーパーマーケットは冷蔵庫登場以前にはありえなかった。これは、客が買ったものをしまっておくのに冷蔵庫が必要だというだけではなく、店自体が生鮮食品を巨大な冷蔵庫に保存する必要があるからでもある。
  ――第9章 冷蔵がもたらした物流革命

 ブラジル産の鶏の胸肉もオーストラリア産の牛肉も、冷蔵庫を備えた貨物船が運んでくるしね。また、加工食品でも冷却技術が活躍している。

液体窒素やドライアイスのような寒剤の主な利用法は、はるかにありふれたもの、粉末スープ、インスタントコーヒー、スナック麺などだ。
  ――第11章 拡張する低温技術

 いわゆるフリーズドライです。

 また、現代の日本には欠かせない天然ガスも、LNGタンカーが液化天然ガスの形で海外から運んでいる。

LNGタンカーは、自己冷却と呼ばれる現象を利用する。タンクはちょうど液体を沸点に維持するのに必要な圧力に保たれる。LNGの表面は常に蒸発して天然ガスになっている。この状態変化がそれ自体を冷やす効果を持つ。
  ――第11章 拡張する低温技術

 終盤では、未来の冷却技術の応用として、あの夢の装置が出てきたり。

元の物体――テレポートした人体も――は、ボース=アインシュタイン凝縮に突入して物質波に変換されると同時に破壊されて死ぬ。反対側では、物質波は正確なコピーを作り出す(少なくともそう考えられている)。
  ――第12章 低温の未来

 現在の私たちは、熱についてよく知っている。暑い/熱いは温度が高く、熱エネルギーをたくさん持っていて、冷たい/寒いは、熱エネルギーが少ない。いずれも「熱エネルギー」の表裏である。だが、昔の人はソコに気が付かなかった、というのが意外だった。熱いと冷たいは、異なる次元の性質だと考えていたのだ。

 などの、昔の人々の考え方や工夫も面白いし、錬金術から科学が生まれ始める頃のフロギストンをめぐる論争と実験の数々も、科学史が好きな人には楽しい。歴史と科学/技術の双方を含む本だが、どちらかといえば技術史が好きな人にお薦め。

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