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2025年8月の5件の記事

2025年8月31日 (日)

リー・アラン・ダガトキン+リュドミラ・トルート「キツネを飼いならす 知られざる生物学者と驚くべき家畜化実験の物語」青土社 高里ひろ訳

キツネの家畜化実験についてはこれまでにも多くの記事が書かれているが、本書は初めてその全貌を詳述する本だ。
  ――序論 なぜキツネはイヌのようになれないのか?

【どんな本?】

 1950年代終盤のソ連。毛皮用のミンク&キツネの飼育・育種で優れた実績を積み名声を得た遺伝学者ドミトリ・ベリャーエフ(→Wikipedia)は、念願の実験を始めようとしていた。キツネを飼いならそう。うまくいけば、人類史における動物の家畜化について、貴重な知見が得られるかもしれない。

 動物の種は多いが、家畜化されたのはごく僅かだ。特に哺乳類の家畜は群れをつくる種が多い。対してキツネはオオカミやイヌに近い種だが、群れをつくらず、野生のキツネは繁殖期以外は単独で生きる。そして滅多にヒトには慣れない。毛皮用キツネを飼育する中で、ベリャーエフはそれを充分に思い知っていた。同時に、ごく僅かの例外的な個体がいることも。

 だが、当時のソ連の生物学会はスターリンに取り入ったトロフィム・ルイセンコとその取り巻きが幅を利かし、まっとうな遺伝学の研究はほぼ不可能だった。そこでベリャーエフは実験目的を偽り、また実験場も彼らの目が届かないシベリアのノボシビルスクにするなどの工夫をこらし…

 SF者など一部で有名なキツネの家畜化実験を、50年代松の黎明期から2016年まで、激動のソ連/ロシアの現代史とワトソン&クリックの二重らせん発見以降の激変する遺伝学会を背景に、卓越した遺伝学者にしてリーダーであるドミトリ・ベリャーエフとその研究パートナーであるリュドミラ・トルート(→英語版Wikipedia)や実験場の飼育員など多くの関係者そして彼らが育てたキツネたちの出演で描く、感動の科学ルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は How to Tame a Fox (and Build a Dog): Visionary Scientists and a Siberian Tale of Jump-Started Evolution, Lee Alan Dugatkin, Lyudmila Trut, 2017。日本語版は2023年12月10日第一刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約213頁。9.5ポイント45字×19行×213頁=約182,115字、400字詰め原稿用紙で約456枚。文庫なら普通の厚さ。

 青土社の本のクセに、文章はとても親しみやすく読みやすい(青土社の方々、ごめんなさい)。内容もわかりやすい。たいした理科の知識も要らないので、大半は中学生でも読みこなせるだろう。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に話は進むので、素直に頭から読もう。

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  • 序論 なぜキツネはイヌのようになれないのか?
  • 1 大胆なアイデア
  • 2 もう火を吐くドラゴンはいない
  • 3 アンバーの尾
  • 4 夢
  • 5 幸せな家族
  • 6 繊細な相互作用
  • 7 言葉とその意味
  • 8 SOS
  • 9 キツネのように賢く
  • 10 遺伝子の激変
  • 謝辞/註

【感想は?】

 ケモノ好きには極めて危険な本だ。

 ヤバさは本を開いてすぐわかる。巻頭のカラー写真だ。ヒトに慣れたキツネの写真が次々と。玩具で遊んでたり、飼育員と共に散歩してたり、ヒトに抱かれてたり。極めつけが最後の子ギツネの写真。可愛い。たまらん。

 いや本来は、そういう能天気な目的で始まった実験ではない。ヒトと家畜の関わりの始原を探るという、極めて真面目で壮大で科学的な目的の実験なのだ。なにせ計画を始めたベリャーエフの仮説が、ダーウィンに逆らうモノだし。といっても、進化論そのものに反対しているワケじゃない。

家畜化はおそらく、ダーウィンの進化論で暗示される標準的な解釈よりも短期間に起きた可能性がある。
  ――1 大胆なアイデア

 ダーウィンの漸進説に対し、スティーヴン・ジェイ・グールドが唱えた断続平衡説(→Wikipedia)ですね。しかも、ベリャーエフの主張はグールドより過激だ。だって、自分の目で「家畜化されたキツネ」を見るつもりだったんだから。グールドの主張より3~4桁も速い。もっとも、中盤以降で明らかになるんだが、ベリャーエフは遺伝子そのものの変化までは考えていなかった。が、それは置いて。

 時は1950年代末。当時のソ連はルイセンコがブイブイいわしてて、本来の目的が悟られたら潰されるのが判ってた。計画はもちろん、自分も。右腕となるリュドミラ・トルートにも、その辺を言い渡している。

ルイセンコ派をかわすために、仕事はキツネの生理学と説明される。少なくとも当面は、実験に関して遺伝学という言葉は一切使えない。
  ――2 もう火を吐くドラゴンはいない

 この実験ではベリャーエフの名が有名だが、実質的に実験を取り仕切ったのはリュドミラらしい。ベリャーエフは細胞学遺伝学研究所の所長で、他にも多くの研究を統括する立場。リュドミラは彼の部下の一人。そういう関係だ。

 いずれにせよ、当時のソ連における科学者の不安定な立場が伝わってくる場面だ。と同時に、モノゴトを慎重に、だが情熱を持って粘り強く進めるベリャーエフの性格も。こういう所はロケットの父セルゲイ・コロリョフ(→Wikipedia、「セルゲイ・コロリョフ ロシア宇宙開発の巨星の生涯」)と同じだね。

 実験はルイセンコたちの目が届かない、シベリアのノボシビルスクで行う。冬の気温は-40℃の極寒の地だ。既にソ連では毛皮用にキツネを飼育していた。というか、ベリャーエフはこのキツネの飼育で優れた実績を積んだのだ。そんな古巣から、実験用のキツネを調達する。

 稀にいるヒトを恐れないキツネ同士かけ合わせると、たった四世代でヒトに慣れた子ギツネが現れる。科学者ではあるが、もともとイヌ好きのリュドミラは…

リュドミラもたまには衝動に負けて、小さな子ギツネを抱き上げることがあった、
  ――3 アンバーの尾

 誘惑に負けとるやんけ。まあ巻頭の写真でも幸せそうにキツネを抱いてるんだけどね。こういうキツネとの関係はリュドミラだけでなく、現地で雇った職員も同じで、中にはキツネを自宅に引き取った職員も。

リュドミラはココを飼育場に戻すのではなく、彼女を深く愛するガーリヤとベーニャと共に暮らすのが幸せだと判断した。
  ――7 言葉とその意味

 この章が描くキツネのココの物語は、まんま映画になりそうなベタな感動物語なんで、ケモノ好きは覚悟しよう。

 ちと急ぎ過ぎた。さて、第四世代じゃキツネは飼育場に住み、ヒトとは暮らしていない。イヌのように家畜とするには、ヒトと暮らせるか否かを調べる必要がある。ということで、リュドミラもキツネと暮らすことに。いや、ちゃんと目的があるのだ。

エリートギツネたちは人の関心を弾くことに夢中だが、まだ人を区別していない。人間なら誰でも等しく喜ぶ。キツネが彼女と同居したら、それが変わるかもしれない。
  ――4 夢

 これは細かい事のようだが、生物学の世界じゃ曰くがあって、学者も慎重になっているのだ。

賢馬ハンス(→Wikipedia)という名前のウマのせいで、動物のコミュニケーション、とくにヒトとヒト以外のあいだのコミュニケーションについての主張には、昔から高いハードルが設けられてきた。
  ――9 キツネのように賢く

 計算しているように見えて、実はヒトの反応をうかがっていた、ってオチ。でもヒトの反応を、そこまで読んでるんなら、ソレはソレで優れた知性と言えるような気も。

 本書には他にもパブロフの犬から始まってジェーン・グドールのチンパンジーの観察やE.O.ウィルソンの社会生物学など、生物学および生物学者の興味深い挿話もチラホラと入ってる。

 それはともかく。リュドミラと、それ以外のヒトを、飼いならされたキツネは区別できるのか? 結果は読んでのお楽しみ。

 などとベタベタに甘いように見えるリュドミラだが、やはり科学者だ。キツネの家畜化は先天的なものなのか、生まれてから学習した結果なのかを確かめる実験もしてたり。

従順な母ギツネと攻撃的な母ギツネで子供の扱い方が異なっていたら? 子ギツネたちは母親の扱い方から学んで、人に対して従順または攻撃的になるのではないか?
  ――5 幸せな家族

 これを確かめる実験は胎児移植による交叉哺育だ。可愛がってるだけじゃないと思い知らされる、ちと衝撃的な場面だった。だって実験だしね。

 中盤以降では、実験を始める前からベリャーエフが抱いていた優れた洞察が明らかになる。

ベリャーエフは、家畜化に関わる劇的な変化の原因は、選択によって促進された新たな遺伝子変異の蓄積ではなく――それもいくらか作用しているのは確かだが――むしろ、既存の遺伝子の発現の変化であり、それが異なる表現型を生じさせていると考えていた。
  ――6 繊細な相互作用

 遺伝子の二重らせん発見から間もない時期だ。そんな早くから、エピジェネティクス(→Wikipedia)に近い仮説を抱いていたのだ。ルイセンコ一派が仕切っていた当時の時代背景で、これを表に出したら、控えめに言っても面倒くさい事態になっていただろう。

 などの先見の明と共に、科学者としての狂信的なまでに潔い矜持と、やはりちとマッドな野望を抱いていた事も終盤で明らかになる。キツネを飼いならせたんだから、もっと時間をかければアレも。結果が出る時にベリャーエフは生きていないが…

ドミトリ・ベリャーエフ「われわれが結果を知ることはないが、誰かが知る」
  ――7 言葉とその意味

 デビッド・ブリンもソコまでは考えてなかっただろうなあ。あ、でも、米海軍はやってるかも。

 やがて時代は冷戦を経てデタント(緊張緩和)へと至り、彼らの実験とその成果は西側の生物学会でも大きく評価される。ソ連時代の西側への渡航の困難さとか、ホント昔話になってしまった。

 が、20世紀も終盤になり、この実験の最大の危機が訪れる。他でもない、ソ連崩壊だ。国全体が混乱をきたしている時に、科学実験の予算は虚空に消えてしまう。

「40年間ではじめて、家畜化実験の将来が見えなくなっています」
  ――8 SOS

 リュドミラたちは西側に助けを求めるのだが…。この求め方が、いかにもソ連の科学者って感じなんだよなあ。西側、それも米国人なら、違う方法を選ぶだろう。

 そういった危機をどうにか乗り越えた21世紀。遺伝子解析技術も進歩した。

 家畜化した動物には、幾つか奇妙な共通点がある。繁殖期が長くなり尾を振るなど振舞いや生理的な変化に加え、姿形も変わるのだ。耳が垂れ鼻づらが短くなり尾が巻き、何よりブチなど文字通り毛色が変わる。これらの謎を、遺伝子解析が明らかにするだろう。

キツネの実験はいずれさらに多くのすばらしい発見を生みだすだろう。
  ――10 遺伝子の激変

 いずれの変化も、彼らが遺伝子内に密かに隠し持っていた能力/性質である。生物とは、どれほど多くの可能性を秘めているのか、ちょっと空恐ろしくなる。

 全般的に「感動的な動物物語」の衣をまとって話は進む。が、時おり「科学実験」の冷たい現実が姿を現す記述がある。例えば雄と雌の数の不釣り合いとかね。それでも、やはり愛らしいキツネたちの姿には理性を溶かされてしまう。ケモノ好きにはお薦めできない。郊外の広い庭付きの家に住み、自由になる時間とお金がたっぷりあるのなら、話は別だが。

 参考までに、この実験の動画を次に示す。リンク先はいずれも Youtube。

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2025年8月28日 (木)

リー・ネヴィル「ヴィジュアル版 現代の地上戦大全 中東、ウクライナの前線から戦術、将来戦まで」原書房 村上和久訳

本書の目的は、21世紀の地上戦と、近い将来待ちうけているかもしれない状況を、簡潔に、願わくば読みやすく、専門用語を使わずに概観することにある。
  ――序章 現在と将来の地上戦

【どんな本?】

 戦場は変化する。イラク戦争やシリア内戦のように、交戦主体は正規軍だけでなく非政府組織が増え、各国の陸上戦力はIED=即席爆破装置に対応するため軍用車輛の改修を余儀なくされた。トヨタ戦争(→Wikipedia)に象徴されるように、調達しやすく信頼性が高い民生品の活用も盛んになった。そして最近のウクライナ戦争ではドローンが空を飛びかっている。

 本書はアフガニスタン戦争・イラク戦争・リビア内戦・シリア内戦・第二次ナゴルノ=カラバフ戦争・ガザとレバノンでのイスラエルの軍事作戦そしてロシア=ウクライナ戦争などの情報を基に、豊富なカラー写真を掲載しつつ現在の戦場の状況を明らかにするとともに、近い将来の戦場の様子を展望する、一般向けの軍事解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Boots on the Ground: Modern Land Warfare from Iraq to Ukraine, Leigh Neville, 2025。日本語版は2025年5月30日第1刷。単行本ハードカバー横一段組み本文約313頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント35字×29行×313頁=約317,695字、400字詰め原稿用紙で約795枚だが、迫力あるカラー写真が豊富に載っているため、文章量は6~7割程度。文庫なら厚い一冊分だが、写真が重要な本なので、きっと文庫化はないだろう。

 文章はやや硬い。まあ軍事物だし。また、この手の本の常でIEDやISVやUACVなどの略語が頻繁に出てくるのは覚悟しよう。その割に内容は意外と理解しやすい。例えば序盤で連隊と旅団の違いを説明するなど、素人読者に向けた配慮をしている。でもやはり序盤で説明なしに「テクニカル」なんて業界用語が出てくるけど。あ、ちゃんと後で説明があります。

 そんなワケで、索引または略語一覧が欲しかった。

【構成は?】

 各章は独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。各章のアチコチに囲み記事で独立したコラムがあり、読んでいて飽きない。

  • 序章 現在と将来の地上戦
  • 第1章 主力戦車
  • 第2章 装甲戦闘車輛
  • 第3章 地上防空と近接航空支援
  • 第4章 間接射撃
  • 第5章 無人プラットフォームと電子戦
  • 第6章 歩兵
  • 第7章 特殊作戦部隊
  • 第8章 将来の戦争
  •  原注/訳者あとがき

【感想は?】

 ヴィジュアル版と謳うだけあって、掲載した写真は多く、その迫力も半端ない。その多くがウクライナなのが、なんとも。

 あくまでヴィジュアル版であって図鑑ではないので、個々の兵器の諸元にはあまり深入りしない。主力戦車なら現代の地上戦で主力戦車の利点や役割、置かれた立場などをザックリ説明したうえで、具体例としてウクライナ戦争でのロシア製T-72の戦いを引き合いに出す、そういう形だ。

 軍事系の本は相応の知識を持つ読者を対象にした本が多いが、本書はそこそこ親切だ。さすがに軍事全般の基礎知識とまではいかないが、本書がカバーする範囲に限れば、必要な基礎知識をザックリ書いてあったり。例えば軍の組織形態では…

連隊は一種類の部隊からなるのにたいして、旅団は諸兵科連合部隊で、通常は歩兵や戦車、騎兵、航空、防空、電子戦、無人機、砲兵部隊と必要不可欠の支援兵站兵科の混成である。
  ――序章 現在と将来の地上戦

 とか。あ、もちろん、この前に班・分隊・小隊・中隊・大隊を、後に師団・軍団・軍の説明が入ります。

 本書の嬉しい特徴の一つは、現時点での熱い話題であるロシア=ウクライナ戦争の話題がたくさん載っていること。最初の章は戦場の花形である主力戦車なんだが、ここでは戦車の諸元より、現代戦で戦車が置かれた状況や使い方の話、それもウクライナでの話が記憶に残る。

ウクライナの戦車兵は、車輛の履帯にたいする機動力撃破も、通常、乗員が車輛を放棄することになるので、ロシア軍装甲車輛を戦場から排除するのに効果的な手段であると報告している。
  ――第1章 主力戦車

 この章では、戦車の利点より、戦車の弱点…というか「いかに戦車に対抗するか」みたいな話題が多い。著者の意図は現代の戦車の課題を挙げてるんだろうけど、戦車好きにはアレな章かも。

 いかに優れた道具も、使い方を誤れば役に立たないわけで、そのサンプルが開戦当初のロシア軍で…

(ウクライナ)戦争の初期には、ロシアの戦車は、諸兵科連合制圧や歩兵の護衛に守られず、丸腰だった。
  ――第1章 主力戦車

 本書では他にも戦争初期のロシア軍のgdgdっぷりがアチコチに出てきて、当時のロシアが事態をナメてたのがよく分かる。と共に、戦いを続ける中で両軍が急速に学習しつつある事も。これは無人兵器や電子戦で顕著なのだ。

 続く「第2章 装甲戦闘車輛」では、初心者向けに…

装甲兵員輸送車が歩兵を直接射撃地帯の端に輸送するただの戦場タクシーであるのにたいして、歩兵戦闘車は(略)下車した分隊に有機的で密接な火力支援をあたえられた。
  ――第2章 装甲戦闘車輛

 なんて親切な説明も。

 そうは言っても現実は厳しい。輸送力(=何人の兵を運べるか)と、装甲の厚さや火力の強さは両立が難しく、各国軍の性格が出る所。また、主力戦車もそうなんだが、装輪車輛 vs 装軌車輛でも熱い議論があるそうで…

兵站上の負担と費用が減ると推定されるという理由で装輪車輛を支持する者と、装軌車輛のより高い機動性はより最適な選択肢となると主張する者…
  ――第2章 装甲戦闘車輛

 装軌は道路が傷むし。あと重さもあるんだよね。あまし重いと川を渡るのが難しいのだ。「クルスクの戦い」では橋を架ける工兵が苦労してた。

 「第3章 地上防空と近接航空支援」では、まず近接航空支援の説明から。

近接航空支援とは、部隊が敵と接触した(TiC)場合に、地上部隊を支援するために航空戦力を戦術的に利用することである。
  ――第3章 地上防空と近接航空支援

 従来の米国陸軍はヘリコプターをよく使ってたけど、最近は無人機の活用が盛んで…

Su-57(ロシアのステルス戦闘機、→Wikipedia)は最大4機のS-70(ロシアの無人航空機、→Wikipedia)をコントロールできる
  ――第3章 地上防空と近接航空支援

 なんて使い方も。

 著者は砲兵を贔屓しているらしく、「第4章 間接射撃」は力が入りまくり。まずは基礎的な説明から。

NATOにおいても、砲兵がもたらすおもな計画的効果は4つある。攪乱(harassment)、抑圧(suppression)、制圧(neutralization)、そして破壊(destruction)だ。
  ――第4章 間接射撃

 ここではロシアとNATOの違いが顕著で。

伝統的にロシア軍の軍事ドクトリンでは逆に、作戦行動する部隊が砲兵を支援する。(略)
西側では砲兵は軍事行動する部隊を支援するためにもちいられる。
  ――第4章 間接射撃

 ロシアは砲兵重視なのだ。勝手な憶測だが、独ソ戦での実績が大きいんだろうなあ。そのためか、現在でも…

現在のウクライナの死傷者の80%以上、それ以前の2014~2022年の8年間では90%以上が砲兵によるものだ。
  ――第4章 間接射撃

 と、大きな成果を挙げている。対して西側は弾薬の備蓄が急速に枯渇しつつある、なんて切ない話も。

 さて、本書の全編を通して痛感するのが急速に浸透・発達しつつあるドローンの活用で、特に砲兵の「目」として大きな役割を果たしている模様。

ウクライナ軍の目標の86%がUAS(無人航空システム)から得られたものだ。
  ――第4章 間接射撃

 ただし、これは敵も同じで、ウクライナじゃ砲兵は撃ったらすぐ移動しないといけないとか。つまり位置がバレると反撃を食らうのですね。また、囮のドローンを飛ばして、囮が撃たれたら「ソコに敵がいる」と判断して別のドローンで攻撃する、なんて手も。

 そんな現代の戦場を反映して、一章を割いているのが「第5章 無人プラットフォームと電子戦」。まずは電子戦の定義から。

同社(ロッキード・マーティン)は電子戦を3つの主要分野に分けている。「電子攻撃――混乱させ、使えなくし、低下させ、あるいはあざむく。電子防護――受信機が妨害されたりあざむかれたりするのを防ぐ。電子戦支援――電磁スペクトルの情報収集」
  ――第5章 無人プラットフォームと電子戦

 イラク戦争じゃ民生品のiPhoneとGPSが活躍したようだけど、現代のウクライナじゃ…

ウクライナではプラットフォームの大多数が専用の軍用型ではなく、商用ドローンである。商用ドローンは概して電子対抗手段に弱い。
  ――第5章 無人プラットフォームと電子戦

 やっぱり民生品が使われている様子。既に電波妨害用のドローンも飛んでるし、ロシアは偽のGPS情報を流してるとか。

 そんな風に戦場はハイテク化してるけど、その主役は相変わらず歩兵だ。

いかなる軍隊でもその核心は歩兵である。歩兵は敵を捕らえるか殲滅し、目標を奪取し、占領するために存在する。
  ――第6章 歩兵

 そして、その構成の基本は4人の射撃班。

大半の現代歩兵部隊の基本となる編成単位は射撃班である。この射撃班は通常、兵士4名で構成され(略)
班長、(略)擲弾手、(略)機関銃手、そして小銃手である。
  ――第6章 歩兵

 ハイテク化しているとはいえ、相変わらず彼らの荷物は多い。何を持ち何を置いていくかは、判断の難しい所。

(アフガニスタンで)イギリス軍の歩兵は日常的に40kgから60kの重荷を背負って奮闘していた。
  ――第6章 歩兵

 というか、本書を読むと技術の進歩が荷物を増やしてるような気もする。最近じゃ新しい銃弾の規格が出てきて、6.8×51ミリで薬莢の弾底がステンレス製、短銃身のカービンでも高速で云々。暗視ゴーグルも進歩し歩兵がドローンを携帯するようにもなったが…

テクノロジーにはいずれも情報過多の危険が残っている。
  ――第6章 歩兵

 ですよねー。ただでさえ瞬間的な判断が求められる戦場で、扱うべき情報が増えるのも善し悪し。

 こういった自動化の波は、当然ながら特殊部隊にも押し寄せてる。

アメリカはいまやカタールから主としてリーパー・ドローンを使ってアフガニスタン国内で(そして上空から)対テロ作戦を実施している。
  ――第7章 特殊作戦部隊

 さすが国策で八方美人外交を定めてるカタール。この国は他にもタリバンやハマスも拠点を置いてて、昔のスウェーデン以上に和平会談の名所になりつつあるなあ。

 もちろん、007ばりの秘密兵器も出てくる。

特殊作戦部隊はドローンの発達も有効に利用している――スローボットは文字どおり建物のなかに投げ(スロー)こむことができ、超小型無人機は建物のなかにそっと飛び込んで、住人をひそかに監視できる。
  ――第7章 特殊作戦部隊

 とかの話も面白いんだが、この章ではそれ以上に、米軍特殊部隊の傍若無人というか神出鬼没っぷりが面白かった。ハシャムの戦い(コノコ地区の戦い、→Oryx Blog)なんて知らなかったぞ。2018年2月シリアでシリア政府軍+ヴァグネルと、米陸軍デルタフォース+レンジャー連隊で起きた戦闘だ。紛争地にはどこでも顔を出すな米軍は。

 これらを総合して未来を展望する最終章では、はやり砲兵が重要だと指摘してる。

砲兵が依然として戦争の神だ
  ――第8章 将来の戦争

 ウクライナ戦争から学んで計算したら、NATOの弾薬備蓄/製造量がヤバいなんて話もある。とはいえ、平時と戦時じゃ必要量が桁違いなんで、調整が難しいところだろう。

 逆に必要性が薄れる兵科もある。具体的には…

場面から姿を消しつつあるかもしれないものは、ヘリコプターだ
  ――第8章 将来の戦争

パラシュート強襲もほとんど同じ理由で過去のものである。
  ――第8章 将来の戦争

 いずれも原因はドローンで、つまりは空が極めて危険な状況になっているのだ。とはいえ、メディアに踊らされるのに釘をさすのも忘れない。

成功した攻撃を映す無数のビデオ映像が公開されている。映っていないのは成功しなかったほかの何十という攻撃だ
  ――第8章 将来の戦争

 ドローンが万能のように思えるけど、電波妨害や偽電波で無効化されちゃった時の映像は、Youtube に上がらないしね。

 それでも前線の人々がドローンを警戒しているのは事実で、ウクライナでの写真だと、車輛のてっぺんに金網を張ったり、陣地を漁網みたいので囲ったりと、安っぽく即席ながらも自爆ドローンに対し効果的と思われる工夫をしているのわかる。素人の私でもこれぐらいは読み取れるんだから、詳しい人は更に多くの情報を豊富に載っている写真から得られるだろう。書名通り、現代の戦場に興味がある人にお薦め。

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2025年8月22日 (金)

トム・ジャクソン「冷蔵と人間の歴史 古代ペルシアの地下水路から、物流革命、エアコン、人体冷凍保存まで」築地書館 片岡夏実訳

近代都市を成立させているのは、摩天楼や地下鉄や情報ハイウェイではない――冷蔵庫だ。
  ――序

低温を理解するにあたっては、真空が重要な要素になるのだ。
  ――第3章 圧力の発見

ローテクな壺であれハイテクな極低温冷却装置であれ、冷蔵は車輪、印刷、マイクロチップのようなものと肩を並べる人類最大の偉業として称賛されるべきものだ。
  ――第12章 低温の未来

コルクを液体(水素)に落とすと、軽いコルクが浮かぶことなく鉛の固まりのようにまっすぐ沈んだ。液体になっても、水素の密度は非常に小さかったのだ。
  ――第10章 低温を極める

アインシュタインは、ある種の原子、たとえばヘリウムの主要な同位体のヘリウム4は、十分に冷却されていさえすれば、ボソンのようにもふるまうことを明らかにした。そのためには、原子を絶対零度の1700億分の1度上までいやしてやらねばならない。
  ――第10章 低温を極める

【どんな本?】

 私たちの暮らしには、冷蔵庫が欠かせない。また蒸し暑い日本の夏では、エアコンが命綱だ。人類は歴史の黎明期から高温すなわち火を手に入れた。むしろ高温が人類の歴史をもたらした。だが、低温を手に入れるには、長い年月と多くの人々の努力と工夫そして博打が必要だった。

 古代ペルシアの氷室からルネサンス期欧州の錬金術師や科学者、北米や豪州の起業家たちから現代の技術者まで、冷房/冷蔵に挑み、または利用した人々の挿話を語る、一般向けの歴史と科学の解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Chilled: How Refrigeration Changed the World and Might Do So Again, Tom Jackson, 2015。日本語版は2021年9月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約278頁に加え、訳者あとがき2頁。9ポイント46字×19行×278頁=約242,972字、400字詰め原稿用紙で約608枚。文庫なら少し厚め。

 文章は比較的にこなれていて親しみやすい。内容も分かりやすい。ただ、ちと説明方法にクセがある。例えば「潜熱」という言葉は使うが、「気化熱」は使わない、など。最近の理科の教科書は、そうなってるのかな?

【構成は?】

 原則として時代ごとに進む。各章は穏やかにつながっているが、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいいだろう、

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  • 第1章 古代の冷蔵法
    マリの王の氷室/氷の都、ペルシア/最古の氷菓子シャルバット/朝鮮王族の冷蔵遺体、モンゴル戦士のアイスクリーム
  • 第2章 冷やす魔法
    王侯貴族と冷たいもの/世界は四元素でできている/錬金術師と水銀と硫黄と塩/城付き魔術師と空気/フランシス・ベーコンの低温実験
  • 第3章 圧力の発見
    ベッヒャーによる物質の再定義/パスカルと真空/ボイル、空気の重さを証明
  • 第4章 温度計と空気
    サントーリオの測温器/進化する温度計/温度計の目盛をめぐる攻防/セルシウス目盛の誕生/世界初の人工冷蔵装置
  • 第5章 熱素ともう一つの「空気」
    物質と熱/熱平衡の解明/生石灰とマグネシアと気体の発見/新たな「空気」の発見/「オキシジェン」誕生
  • 第6章 温度低下を作る方法
    熱量を測る/原始の重さを測る/熱の伝導と動き/馬力攪拌とマグネトー電気機械/永久機関の謎を解く
  • 第7章 氷の王
    チャールズ二世の氷室/氷室とクーデター計画/アイスボックスから氷ビジネスへ/氷輸送船の初出航/通商停止、投獄、米英戦争/アメリカ国内での氷販売開始/アメリカの氷がインドへ
  • 第8章 冷蔵庫の仕組み
    天然氷の終わり/蒸気機関で低温に/冷媒をめぐる試行錯誤/家庭用冷蔵庫の販売開始
  • 第9章 冷蔵がもたらした物流革命
    世界をつなぐコールドチェーン/冷蔵船から鉄道、トラックへ/冷蔵庫がスーパーマーケットを生んだ/冷凍技術の進歩
  • 第10章 低温を極める
    気体を液体にするファン・デル・ワールス力/下がり続ける冷媒温度/超伝導、超流動、ボース=アインシュタイン凝縮
  • 第11章 拡張する低温技術
    エアコンから水爆まで/世界を変えたハーバー法/冷却システムと液体燃料ロケット、MRI、リニアモーター/医薬品、食品、凍土壁に使われる液体窒素
  • 第12章 低温の未来
    燃える氷、海水温勾配のエネルギー利用/旧式の冷蔵技術と金星探査、暗黒物質探究/超知能コンピューター、人体冷凍保存、テレポーテーションも可能に?
  • 訳者あとがき/参考文献/索引

【感想は?】

 前半は歴史物で後半は科学/技術/産業物、といった感じ。全体としては歴史物の印象が強い。

 冒頭に書いたように、人類は歴史の初期から火/高温を操った。だが、低温/冷房や冷蔵は難しかった。それは、金や権力を持つ者だけに許された贅沢だったのだ。逆に言えば、金と権力があれば、少なくとも冷房は手に入った。歴史物としては、様々な工夫が楽しい。

 その一つが、ペルシアのバードギール(→Wikipedia)だ。建物上部の窓から熱い空気を吸いだし、カナート(横井戸、→Wikipedia)から冷たい空気を引き入れる。なんとも賢い工夫である。

ペルシアのバードギールは(略)煙突のような塔を利用して(略)出口は卓越風と反対の方向に向けられている。(略)風が塔のまわりを吹くと、塔の中から空気を引っ張り出す効果が生まれる。
  ――第1章 古代の冷蔵法<

 暑い季節に欠かせないアイスクリームにも、様々な伝説がある。メディチ家からフランス王に輿入れしたカテリーナ・デ・メディチ(→Wikipedia)が、フィレンツェからフランスにもたらした、という伝説だが…

メディチ家の少女がアイスクリームをフランスにもたらした話は、まるっきりの作り話なのだ。
  ――第2章 冷やす魔法

 だそうです。

 などの歴史物語と並行して、科学が熱をいかに扱ってきたか、という物語も綴られる。温度を測る機器は、西欧では遅くとも17世紀にはあった。が、困ったことに…

目盛付き測温器は本当の温度計になる。目盛の起源が何であれ、それはまったく恣意的であり、器具のあいだで相互関係はなかった。そのため温度計制作は標準化を必要とした。
  ――第4章 温度計と空気

 現代のような、世界共通の単位がなかったのだ。ここから摂氏が決まるまでの物語も、紆余曲折があって面白い。

 さて、フロギストンなんてのを想像してた時代だから、学者たちの考え方も今と大きく違う。化学も未発達なので…

ある者はカキの貝殻の「灰」から作れると言い、またある者は石灰岩を「焼く」ことで作ると主張した。(略)当時、同一の物質が外見上異なる原材料から作れることなど誰にもわからなかった。
  ――第5章 熱素ともう一つの「空気」

 いずれの方法でも生石灰を作れるのだが、当時は元素や分子なんて発想はなかったのだ。

 そんな中、なんとか熱を測ろうとする努力が実り始める。

(アントワーヌ・)ラボアジェ(→Wikipedia)が出した結果は、多少はずれていることが多かったが、ともかく何か、つまり熱の定量化を始めたのだ。
  ――第6章 温度低下を作る方法<

 うん、定量化は科学の基本だよね。

 かように科学者たちが努力している間にも、実業家たちは商売に励む。その一人が18世紀終盤から19世紀初頭の米国人フレデリック・テューダー(→英語版Wikipedia)。

 起業家の彼が目論んだのは、氷商売(→Wikipedia)。冬にマサチューセッツで湖や池から採った氷を氷室で保存し、夏に西インド諸島や米国南部で売ろうって発想だ。発想はいいが、先頭走者の常で様々なトラブルに見舞われ、出資者から訴えられて国に帰れなくなったり獄に入れられたりした末に、なんとか事業を成功させる。

アクティブ号の沈没、禁輸、獄中生活、これらはみんな道路のでこぼこにすぎなかった。
  ――第7章 氷の王

 成功者が出れば真似する輩も出てくる。天然氷といえば聞こえはいいが、元は湖や池の氷だから、何が入っているか分からない。採取場所によっては…

 ってな問題を経て、やっと冷却装置の発明へと至る。が、初期の事業は家庭に冷蔵庫を置くのではなく、作った氷を売る形でビジネスを始めた。というのも、装置がデカいのもあるが…

人口冷却装置にはまだ一つの問題があった。爆発しやすいのだ。
  ――第8章 冷蔵庫の仕組み

 冷媒に使いやすい物質には、幾つかの条件がある。1)適切な温度で蒸発すること、2)その際の気化熱が大きいこと、そして 3)取り扱いが楽なこと。当初は 1) と 2) からエーテル・アンモニア・二酸化硫黄・二酸化炭素などを試した末に、フロンにたどりつく。のだが、その顛末はご存知のとおり。

 以降、普及した冷却技術は、世界を変えてゆく。

スーパーマーケットは冷蔵庫登場以前にはありえなかった。これは、客が買ったものをしまっておくのに冷蔵庫が必要だというだけではなく、店自体が生鮮食品を巨大な冷蔵庫に保存する必要があるからでもある。
  ――第9章 冷蔵がもたらした物流革命

 ブラジル産の鶏の胸肉もオーストラリア産の牛肉も、冷蔵庫を備えた貨物船が運んでくるしね。また、加工食品でも冷却技術が活躍している。

液体窒素やドライアイスのような寒剤の主な利用法は、はるかにありふれたもの、粉末スープ、インスタントコーヒー、スナック麺などだ。
  ――第11章 拡張する低温技術

 いわゆるフリーズドライです。

 また、現代の日本には欠かせない天然ガスも、LNGタンカーが液化天然ガスの形で海外から運んでいる。

LNGタンカーは、自己冷却と呼ばれる現象を利用する。タンクはちょうど液体を沸点に維持するのに必要な圧力に保たれる。LNGの表面は常に蒸発して天然ガスになっている。この状態変化がそれ自体を冷やす効果を持つ。
  ――第11章 拡張する低温技術

 終盤では、未来の冷却技術の応用として、あの夢の装置が出てきたり。

元の物体――テレポートした人体も――は、ボース=アインシュタイン凝縮に突入して物質波に変換されると同時に破壊されて死ぬ。反対側では、物質波は正確なコピーを作り出す(少なくともそう考えられている)。
  ――第12章 低温の未来

 現在の私たちは、熱についてよく知っている。暑い/熱いは温度が高く、熱エネルギーをたくさん持っていて、冷たい/寒いは、熱エネルギーが少ない。いずれも「熱エネルギー」の表裏である。だが、昔の人はソコに気が付かなかった、というのが意外だった。熱いと冷たいは、異なる次元の性質だと考えていたのだ。

 などの、昔の人々の考え方や工夫も面白いし、錬金術から科学が生まれ始める頃のフロギストンをめぐる論争と実験の数々も、科学史が好きな人には楽しい。歴史と科学/技術の双方を含む本だが、どちらかといえば技術史が好きな人にお薦め。

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2025年8月13日 (水)

ロベール・ドロール「中世ヨーロッパ生活誌」論創社 桐村泰次訳

本書は、歴史家でなくとも中世の世界に関心をもっているすべての人々、西欧とその文明についてもっとよく知りたいと思っている人々、さらに、私たちの日常生活や、さまざまな技術や宗教、精神生活の中にいまも存在している《中世》と、先祖から伝えられた貴重な遺産であるのに私たちが失い、あるいは忘却した《中世文化》を知りたがっているすべての人々のために生まれた…
  ――はじめに

当時の国王は、廷臣たちを引き連れて、たえず国内を旅していた…
  ――第6章 都市の世界 商人・職人・ブルジョワ

【どんな本?】

 (西)ローマ帝国が崩壊した後の西欧。現代日本人の印象では暗黒時代のように思われていたり、華やかな騎士文化が花開いていたり、また「小説家になろう」などのファンタジイ作品の舞台のモデルとして扱われていたりする。が、その実態はどのような姿なのか。

 イベリア半島・イタリア・フランス・ドイツ・イギリス・スカンジナヴィアなどの広範な地域にわたり、当時の人々の社会や暮らしや考え方を、大量の資料の裏づけから浮き上がらせてゆく、一般向けの歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は二つ。いずれも著者は Robert Delort で、1972年の Le Moyen âge : Histoire illustrée de la vie quotidienne と、それに加筆訂正したペーパーバック版で1982年の La vie au Moyen Age。日本語版は2014年11月20日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約404頁に加え、訳者あとがき2頁。9.5ポイント48字×18行×404頁=約349,056字、400字詰め原稿用紙で約873枚。文庫なら厚い一冊か薄めの上下巻ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれていて読みやすい。内容も分かりやすい。中学卒業程度の歴史の知識があれば読みこなせるだろう。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。

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  • はじめに/第三版への序
  • 第1章 人間と環境
    中世の環境世界/地形の変化/気象の変動/植生/動物相/人間の技術と環境/住居/衣服/食物/中世人の身体的特徴/婚姻と出産/伝染病/死亡率と平均寿命
  • 第2章 精神構造と社会生活
    時間感覚/暦と祝祭日/空間的観念と度量衡/中世人の世界像/符号と象徴/数の象徴性/形の象徴性/色彩の象徴性/星の象徴性/宝石と動物の象徴性/日常生活の振舞い/地獄と悪魔への恐れ/キリスト教的家族/女性の地位/《クルトワジー》の発展/結婚についての考え方/子供の地位/法律の整備/裁判の仕組み/「神の望みたもう秩序」
  • 第3章 働く人々 農民
    鉄の普及と動力の改良/地力回復の工夫/村落共同体の形成/農村の景観/家屋と家具調度/農民の家庭生活/歳時暦/祝い事/社会的分化/農奴と自由農民/富裕農民の台頭
  • 第4章 戦う人々 騎士たち
    騎士階級の形成と発展/騎士階級を危機に陥れたもの/貴族の生活/中世の城塞の生活/領主たちの日常生活/新しい女性観/騎士の叙任と生き様/戦争の実態/武器と防具
  • 第5章 祈る人々 僧たち
    《完徳》への熱望/ベネディクトの規則/クリュニー修道会/シトー会の発展/軍事的修道会/ドミニクスとフランチェスコ/教会と俗世/聖職者の世俗的特権/聖俗の相互干渉/西欧社会の後見役/《民の家》カテドラル/学問と教養/大学の誕生/異端運動/十字軍運動の本質
  • 第6章 都市の世界 商人・職人・ブルジョワ
    ローマの道・中世の道/水上運送/商業活動/定期太市/貨幣経済の隆盛/商人階級の台頭/都会生活/新しい中世都市/膨らむ城塞の環/都市コミューン/都市内部の権力抗争/同業組合の発展/フランドルの織物産業の例/拡大する貧富の差
  • 結び
  • 訳者あとがき/参考文献/略年表/索引

【感想は?】

 「小説家になろう」の諸作品で興味を持った私には、とっても嬉しい本だ。

 なんといっても、歴史の教科書があまり扱わない、人びとの暮らしが生き生きと描かれているのがいい。例えば目次を見てすぐわかるのが、農民にも焦点を当てている点だ。

人口学的に言うと、農村が占める比重は大きく、全人口の90から95%に及んだ。
  ――第3章 働く人々 農民

 と、本来なら歴史の主人公になりそうなモンだが、大抵の歴史書じゃ農民は滅多に描かれない。よくある現実と記録/報道とのギャップだね。それはさておき、平均寿命を押し下げていたのは子供の死亡率だ。これには意外な効果もあって。

幼児死亡率が高かったので、乳母志願者はたくさんいた。
  ――第1章 人間と環境

 当時は粉ミルクなんかなかったし、栄養状態も悪かった。「江戸の乳と子ども」にも、幼子を抱えて苦労する親が出てくる。が、乳母は見つけやすかったのだ。悲しい理由だが。

 ペストに象徴されるように病気も多かった。ただ、最も一般的なのは意外に…

多分、中世の西欧に最大の災いをもたらしたのは、第三世界が今もそうであるのと同じくマラリアであった。
  ――第1章 人間と環境

 「蚊が歴史をつくった」では、ローマ時代からマラリアが猛威を振るっていた様子を描いている。原因が分かっている現代と違い、当時の人たちはお手上げだったろうなあ。

 そんな人々の暮らしの中心にあったのは教会だ。その数は相当なもので。

西欧世界全体では、人口二百人足らずで一つ、ハンガリーやイタリアの幾つかの地域では、百人弱で一つの教会を持っていたことになる。
  ――第5章 祈る人々 僧たち

 もっとも、信仰を広めようにも、元からあった地元の信仰はあながち否定するワケにもいかず、往々にして妥協を余儀なくされた模様。

人びとは、メロヴィング時代にもディアーヌ女神やヴィーナス、ユピテル、メルクリウス(略)への礼拝を続けていたし、さらには、古来、神聖視された泉や木々、巨石などの上に十字架を立てて、これを崇拝しつづけていた。
  ――第2章 精神構造と社会生活

 木々や巨石を崇めるのは、日本の神道と変わらないなあ。

 その教会、当然ながら信仰の中心であるとともに、鐘で時を告げる役目も果たしていた。とはいっても、現代のように正確な時計なんかない。アテになるのは太陽ぐらい。だもんで…

春分と秋分以外は、昼間と夜間との長さが違っている。
  ――第2章 精神構造と社会生活

 そして夜は眠る。今みたいに安く明るい照明はないし。眠る際も…

家族は、素っ裸になって、一つの大きなベッドに一緒に眠った。これは、豊かな人々の場合も同じで、領主や聖職者も、寝巻きなどはなく、裸の身体を、シーツの間か掛け布団の下に滑り込ませた。
  ――第2章 精神構造と社会生活

 この辺を詳しく描いた「失われた夜の歴史」も、なかなか厨二心をくすぐる本だった。

 後には宗教裁判や異端審問などが出てくるが、世俗の司法はけっこういい加減で…

牢獄は滅多になく、あっても無用の長物であった。被疑者は、(略)有罪宣告を受けても、罰金か死刑か、だったからである。
  ――第2章 精神構造と社会生活

 と、かなり極端だった様子。

 さて、本来なら主役であるべき農民の暮らしは、意外なモノに頼っている。

農民の経済は森によって支えられていた。
  ――第1章 人間と環境

 「森と文明」「木材と文明」「『木』から辿る人類史」などが描くように、薪や木材・キノコや栗の実などの食糧・牛や豚の放牧地など、森は様々な役割を果たしていたのだ。

 村は森に囲まれていた。その森は村の共有地のような扱いだった様子。

森の縁に沿って、牧草地と草地、未開墾の荒れ地という三重の帯が、集落から森に向かうにしたがって走っていて、この荒れ地と森が、村で共有されている動物の群れの餌場になっている。
  ――第3章 働く人々 農民

 時代が進むに従って森は開拓されていく。

 農民の本業である農業は、あまり効率は良くなかった。日本の稲作は手間がかかる反面、単位面積当たりの収穫は多い。対して欧州の麦は、というと。

カロリング時代には、播種量に対し収穫量はせいぜい三倍ないし四倍であった。悪いときは播いた種の量と収穫量が同じか、上回っても僅かということさえあった。それが、12世紀、13世紀には、五倍とか六倍とか、ときには八倍の収穫が得られるようになっている。
  ――第3章 働く人々 農民

 と、かなり苦しかった模様。

 現代の農業は土地に加え耕運機などかなりの資産/投資が必要だ。これは当時の農村も同じ。それを誰が担ったか、というと。

領主は、大土地所有者であるとともに、公権力の継承者として、水車や圧搾機、パン焼き窯などを造ったり、種牛や種豚を飼育し、農民たちにそれらを強制的に利用させ、使用料を徴収した。
  ――第3章 働く人々 農民

 強欲なように書いてあるが、それだけの投資ができる者も少なかったんだろう。また、領主領だけでなく、教会領もあって。

領主領の共同体が領主館を核に生活を営んだように、この農民共同体は村の教会を中心に成り立っていた。
  ――第3章 働く人々 農民

 ローマ帝国が滅びた後、世界的な組織は教会しかなかったのだ。

 そんな村や町を仕切ったのが領主たちで、その力の源泉は暴力だ。当時の文献じゃ数十万の将兵が軍を構成していたように書かれてたりするが、実際は…

ドイツ皇帝やフランスやイングランド、シチリアの国王たちでさえも、集めることができた戦闘員は数千でやっと…
  ――第2章 精神構造と社会生活

 と、結構つつましい。代表的な大軍勢でも…

第一次十字軍で動員された騎士は一万から一万二千で、従卒も入れて約五万であったが、これは、記録的な数字だった
  ――第4章 戦う人々 騎士たち

 基盤となる総人口が少なく、その大半が農民だしね。領主に使える臣も、相応の負担がある。

八世紀以降は、歩兵の立場が低落し、乗馬や思い剣、槍などの武器と、兜や鎧、楯などの防具を自前で揃えること、また、理論上、時と場所を問わない全面的奉仕を(家臣は)求められた。
  ――第4章 戦う人々 騎士たち

 私の勝手な分類だが、昔と今の軍の最大の違いが、武器や装備を誰が用意するか、だと思う。昔は戦うにしてもカネがかかったのだ。もちろん、体力も必要で…

鎖帷子、兜、楯は、次第に重い甲鉄のそれとなり、その重さは、鎧が25キロ、面頬付きの兜が5キロという具合である。
  ――第4章 戦う人々 騎士たち

 「騎士は馬から落ちると自力じゃ立てない」ってのは、さすがに言いすぎだけど、立つのに苦労したのは事実らしい。

 その騎士、個人としちゃ強いが、軍としては…

軍旗のもと、整然と隊列を組んでの戦闘といったものは、中世においては稀であった。
  ――第4章 戦う人々 騎士たち

 と、昔のファランクスやレギオンのような整然とした隊形は、集団での充分な訓練が必要だけど、そんな余裕はなかったんだろう。そもそも騎馬は機動力がキモだから、隊形を保つのも難しいだろうし。

 そんな彼らが住まう城や砦での暮らしが書いてあるのも嬉しい。例えば食事。

一日の食事では昼食が最もたっぷりで、食事にかける時間も長かった。基本的に手づかみであったから、食前と食後に手を洗った。
  ――第4章 戦う人々 騎士たち

 貴族と言えど基本は戦う人だから、野性味をたっぷり残していたのだ。食べればその分、出るモノもある。

訳注:(城の)便所は城壁の外へ突き出していて、排泄物は崖の下へ落下するようになっていることが多い
  ――第4章 戦う人々 騎士たち

 なんて下世話なネタも出てくるのも嬉しい。

 そんな戦う人に続いて登場するのが、祈る人すなわち聖職者たち。もっとも、末端の聖職者は意外と慎ましい。

主任司祭は、大きな精神的権威をもっていたが、経済的条件は必ずしも良好ではなく、普段は寄進された土地を教区民と同じように耕した。もっとも、だからこそ、農民たちが持ち込んでくる問題についても理解することができたのだった。
  ――第5章 祈る人々 僧たち

 末端は慎ましいが、バチカンが煌びやかなのはご存知の通り。当時は直轄領も持っていたが、富の源泉は…

彼(法王)が数多くの錚々たる人々によって形成された宮廷を周りに維持することができたのは、法王領からの収入よりも、全西欧から賢明かつ綿密に集められた収入のおかげであった。
  ――第5章 祈る人々 僧たち

 と、個々の教会領などから吸い上げた富が大きかったのだ。その教会領は、とんでもない広さで…

彼ら(聖職者)の土地資産は、メロヴィング時代から急速に増大し、カロリング時代には、全西欧の土地の30%ないし40%に及び、しかも、世俗君主の干渉を受けないという特権をもっていた。
  ――第5章 祈る人々 僧たち

 そりゃ教会の力はデカいわ。となりゃ、聖職者は憧れの職業となりそうなモンだが、誰でもなれるってワケじゃない。

この(聖職者)集団に人員を補給してきたのが主として騎士階級であり、彼らが推挙した有力家門の次三男や、恩を施しておきたい友人、結婚できなかった娘などといった人々が司教だの修道院長、尼僧院長になった…
  ――第5章 祈る人々 僧たち

 と、世俗の権力ともソコソコ結びつきはあった様子。そんな教会の武器は破門だ。

破門《excommunication》とは、教会から追放されることであるが、それは、周囲のキリスト教徒との接触と連帯の基礎であり全てでもある《秘跡》の祝別を奪われ社会から追放されることを意味した。
  ――第5章 祈る人々 僧たち

 日本の村八分より厳しい。

 そんな富と権力を持つ教会は、同時に知識も持つだけでなく、人びとに伝える役割も担った。その象徴が大学だろう。ただ、その講義の風景は現代の大学とは大きく異なっている。

いずれの大学でも、講義は教授の家などの屋内で行われるのが普通だったが、狭くて照明もよくなかったので、とくに聴講生が多い場合とか、教師が学生を集めるのに力を入れたときは、屋外で行われた。
  ――第5章 祈る人々 僧たち

 意外なことに、学舎はなかったのだ。学生街はあったようだが。

 その学生たちは、各地から旅してやってくる。当時の旅行事情は、かなり厳しい。

ほとんどは徒歩で、(略)みすぼらしい馬車も稀にしか見られなかった。(略)砂利を敷いただけの道だったから、(略)車で旅すると、人間が参ってしまったからである。
(略)豊かな人や、権力者たちは、ほとんどがロバやラバ、馬の背にまたがって旅をした。
(略)商品を運ぶにしても、車よりも、動物の背に載せた姿が圧倒的に多かった。
  ――第6章 都市の世界 商人・職人・ブルジョワ

 異世界物の小説じゃ定番の馬車は、意外と使われていない。物資の輸送ですら荷駄である。ちょっと調べたが、馬でも130kg程度までだから、たいした量は運べない。速度もささやかで…

一日の旅程は、約30キロがせいぜいであった。
  ――第6章 都市の世界 商人・職人・ブルジョワ

 そんなんで、よく商売が成り立つなあ、と思ったが、そこはそれ。今でも多くの大都市は川の畔にあるのには、ちゃんと理由があるのだ。

陸上よりも河川や海上のほうがずっと速かった。5ノットで航行する船(時速では九キロになる)は24時間で約200キロ進める。
  ――第6章 都市の世界 商人・職人・ブルジョワ

 と、水上つまり船のほうが速いし楽なのだ。量だって凄い。

中世末には、(略)500トン(例外的には1000トン)も運べる船が活躍している。
  ――第6章 都市の世界 商人・職人・ブルジョワ

 もっとも、これは海や大河を行く船の話。港内を櫂で行く艀はせいぜい12トンだとか。それでも荷駄に比べりゃデカい。これだけ大きけりゃ海賊もでるんで、護衛の弓の射手を雇っていたそうな。この辺は異世界物と同じだね。そんな風に、ロンドンやパリなどの大都市が河の畔にあるのは、大量に出入りする物資を水上輸送するためなんだろう。

 中小の都市でも、水路は必要だ。異世界物の話でも、都市は水路の畔にある。ただ、お話だと水路は都市の真ん中を横切ってるが、実際は…

(都市の)城壁の外周は、河川をそのまま利用したり、河川から引いた水を湛えた壕を巡らしている。そのような取水路には、水車がたくさん設置されていた。
  ――第6章 都市の世界 商人・職人・ブルジョワ

 と、水路は都市の周囲を巡ってるし、水車が立ち並んでいるのだ。

 当然ながら、都市は交通の便がいい所にある。特に街道や大河の交点にある都市は、多くの商人が行き交い、市が立つ。やがて大規模な市が定期的に開かれるようになると、決済方法も発達してくる。

(定期太市での商人の)支払いは、その場で行われるのでなく、手形を交換し、それを最後に債務返済の形で決算した。
  ――第6章 都市の世界 商人・職人・ブルジョワ

 など、高度な決済方法も発達してくる。もっとも、こういうのはごく一部らしい。

11世紀より以前は、西欧の大多数の人にとって、通貨はほとんど無縁の存在であった。
  ――第6章 都市の世界 商人・職人・ブルジョワ

 当時の西欧じゃ金が出るのはハンガリーぐらいなんで、金貨そのものが少なかったし。とまれ、東方との交易でソレナリに金が溜まったり、資本の集積が進んだりすると、新しい資本運用方法も出てくる。

《商会 compagnie》で、資本金に加え、株主でない人々からの預託金も固定的な金利の配当と引き換えに自由に使うことができた。
  ――第6章 都市の世界 商人・職人・ブルジョワ

 って、まるきし銀行じゃん。

 そんな風に、都市にはカネが集まる。となれば、それを頂戴しに来る連中もいる。壁だの壕だのを作るのも、ヒトから都市を守るため。そして、もちろん、都市を守る人もいる。とはいえ、その規模は…

(都市の軍の)配下の人数は、たとえばニュルンベルクの場合は平時の1377年で27人、戦時の1388年でも87人と、そう多くなかった。しかし、その下には、馬丁や蹄鉄工、車大工、鍛冶屋、武器職人、弩の射手、砲兵、大砲の鋳造工などがおり…
  ――第6章 都市の世界 商人・職人・ブルジョワ

 と、意外と慎ましい。だから傭兵を雇うんだが、奴らは不利となれば逃げるんで、あましアテにならない。それでも防衛費の負担は重かった。

たとえばケルンでは、平和時の1379年でさえ、予算の82%を軍事費が占めていた。
  ――第6章 都市の世界 商人・職人・ブルジョワ

 と、当時の都市は大変な軍事社会なのだ。ただ、その予算の源泉は税や借金で、税の負担は金持ちに軽く貧乏人に重い逆累進型。だって都市の顔役は金持ちばっかりだし。

 ちなみに金持ちは商人で、職人は親方でもない限り貧しい。職人のギルドも発達していた。ただ、仕事の進め方は今と大きく違う。

(職人の)作業はほとんど分業化されておらず、原材料の段階から仕上げの段階まで、同じ一つの品は、同じ人間の作業に依った。その反対に、職種間の分業は顕著で、たとえばフランクフルト・アム・マインでは、鉄を扱う職種が50以上あった。
  ――第6章 都市の世界 商人・職人・ブルジョワ

 「下請けに部品を作らせて元請けが組み立てる」って方法は、部品がキッチリ設計上の寸法に合ってるから可能なのだ。この辺は「精密への果てなき道」が詳しい。当時は全部を自分で作り、組み合わせる際に削ったり曲げたりの微調整して合わせたのだ。

 さて、ギルドには仕事の奪い合いを減らしたり価格を維持するなど、相互扶助の側面もあるが、他の役割もあって、こんなルールもあった。

(職人の)作業自体、公衆の前で開放的に行われることが求められた。
  ――第6章 都市の世界 商人・職人・ブルジョワ

 この目的は「ゴマカシできないように」って事らしい。だから、暗い夜には仕事ができないのだ。もっとも、それでも下っ端の職人はコキ使われたようで…

(職人は)毎日16時間も働かされている…
  ――第6章 都市の世界 商人・職人・ブルジョワ

 なんてブラック企業だ。でも、当時はそれが当たり前だったのだ。

 その職人にも親方から見習いまでいろいろあるし、農民にも奴隷/農奴/自由人などの扱いの違いがあるなど、痒いところに手が届くどころか「そんなんありかい!」なトリビアがギッシリ詰まってる。農民など普通の人々の暮らしを懇切丁寧に描いていて、その辺に興味がある人にはたまらない本だ。より写実的に欧州の中世を知りたい人にお薦め。

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2025年8月 5日 (火)

ジョシュア・グリーン「モラル・トライブス 共存の道徳哲学へ 上・下」岩波書店 竹田円訳

本書は、道徳を土台から理解しようという試みだ。
  ――序章 常識的道徳の悲劇

ローカルな道徳的価値観はほぼ例外なく宗教的価値観だ。
  ――第3章 あらたな牧草地の不和

なぜ、道徳問題に対して、自動反応と制御反応という別個の反応があるのか?
  ――第4章 トロッコ学

社会保守派(略)は、リベラル派が道徳的な質問に何と答えるかを予測するのが、リベラル派が保守派の考えを予測するより、うまい。
  ――第11章 深遠な実用主義

【どんな本?】

 「郷に入れば郷に従え」。この言葉には、隠れた、だが誰もが認める前提がある。郷により「何が正しいか」は異なるのだ。日本人は北朝鮮への経済制裁を認める人が多いが、北朝鮮人は違うだろう。また、郷が同じでも人により「正しい」が異なる問題がある。日本だと死刑の是非、米国なら妊娠中絶や銃所持の是非などが、同国人同士でも熱い議論になる。

 これらの違いをもたらす原因は幾つかある。本書では、その中でも道徳哲学、つまり善悪の基準の違いに焦点を当てる。

 なぜ人により善悪の基準が異なるのか。違いの原因は何か。そこには、どんなメカニズムが働いているのか。そもそもなぜ善悪の感覚があるのか。私たちの善悪の基準には、どんな特徴・性質があるのか。その性質・特徴は、どんな結果をもたらすのか。そして、「正しい」の違いによる対立を治める方法はあるのか。

 哲学のみならず認知科学や心理学の知見も取り入れ、「正しい」の対立に橋を架ける手段を模索する、道徳哲学の一般向け解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Moral Tribes: Emotion, Reason, and the Gap Between Us and Them, by Joshua Greene, 2013。日本語版は2015年8月27日第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み上下巻で本文約277頁+195頁=約472頁。9ポイント45字×18行×(277頁+195頁)=約382,320字、400字詰め原稿用紙で約956枚。文庫でも上下巻ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。哲学者が書いた本だけに、ややこしい話も多いが、あくまで「ややこしい」のであって、「難しい」わけじゃない。時間をかけてじっくり読めば、充分に理解できる。敢えて言えば、米国人に向けて書いているため、具体例として出てくるのは米国でホットなネタ、例えば妊娠中絶の是非などが多いし、「神」はキリスト教の「神」を示す。また、二重否定が多いのもややこしさを増していいる。

【構成は?】

 基本的に前の章を受けて次の章が展開する構成なので、素直に頭から読もう。

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  •   上巻
  • 序章 常識的道徳の悲劇
    あらたな牧草地の生活/グローバルな道徳哲学に向かって/本書の構成
  • 第1部 道徳の問題
  • 第1章 コモンズの悲劇
    道徳の機能/メタ道徳
  • 第2章 道徳マシン
    マジックコーナー/血縁の価値/しっぺ返し/親友/最低限の良識/脅しと約束/監視の目と見分ける心/会員限定/利害関係者/道徳マシン
  • 第3章 あらたな牧草地の不和
    衝突の心理/部族主義/協力は、どんな条件で?/名誉と調和/ローカルな道徳/バイアスのかかった公正/バイアスのかかった認識/バイアスによってエスカレートする/あらたな牧草地の生活と不和
  • 第2部 速い道徳、遅い道徳
  • 第4章 トロッコ学
    トロッコ問題/脳をスキャンする/実験トロッコ学がブームに/トロッコの進路にいる患者/二つの道徳心について
  • 第5章 効率性、柔軟性、二重過程脳
    情動と理性/二重過程脳/賢明になる
  • 第3部 共通通貨
  • 第6章 すばらしいアイデア
    すばらしいアイデア/長老たちの知恵/帰結主義、功利主義、実用主義/功利主義の(誤った)理解/めざましい収束
  • 第7章 共通通貨を求めて
    共通通貨は神に由来するのか/道徳は数学のようなものか/科学は道徳的真理をもたらすか/代替案 共有価値を探す
  • 第8章 共通通貨の発見
    功利主義とは何か/一般的合理性から功利主義的道徳へ/功利主義の何がいけないのか
  • 原注/索引
  •   下巻
  • 第4部 道徳の断罪
  • 第9章 警戒心を呼び覚ます行為
    道徳ボタンを押す/手段と副次的影響/モジュールの近視眼/なぜ、私たちはサイコパスでないのか?/副次的影響が見えない/作為と容認/功利主義と警報装置
  • 第10章 正義と公正
    功利主義は多くを求めすぎるか/助ける義務/個人としての関わり/人間の価値観と理想の価値観/正しい褒美/理想の正義/正しい社会/「富裕主義」の誤謬/正義より大きな善
  • 第5部 道徳の解決
  • 第11章 深遠な実用主義
    二つの羅針盤/いつオートモードを使うべきか? 「《私》対《私たち》」対「《私たち》対《彼ら》」/深みから抜け出す/私たちの魂のひそかなジョーク 合理化と二重過程脳/「表なら私の勝ち、裏ならあなたの負け」 正当化としての勝利/武器や盾としての正義/中絶 ケーススタディ/中絶 実用主義のアプローチ/ゴドーを待ちながら/なぜ私はリベラルなのか、そして私の心を変えさせるには何が必要か
  • 第12章 オートフォーカスの道徳を超えて
    現代を生きる羊飼いのための六つのルール
  • 著者より/謝辞/解説(阿部修士)/書誌/原注/索引

【感想は?】

 哲学、それも道徳や倫理を語る本だ。そして著者の推しは功利主義(→Wikipedia)である。

 似た傾向のジョナサン・ハイトの「社会はなぜ左と右にわかれるのか」と、重要な点で同じ前提に立っている。

 ヒトが善悪を判断する際は、二つの異なるメカニズムが働いている。一つは瞬時に判断し(オートモード)、もう一つはじっくり論理的に考える(マニュアルモード)のだ。両者が異なる判断を下すとき、ヒトは居心地の悪い気分を味わう。本書では、それをトロッコ問題(→Wikipedia)の様々なバリエーションで明らかにしてゆく。

 瞬時に判断するオートモードは、生存競争の中で進化した。人の歴史の大半は、群れで行動する狩猟採取生活だ。だから、群れの中では協力を促すが、他の群れに対しては冷酷に振る舞うこともある。

道徳は、コモンズの悲劇を回避するために進化したが、「常識的道徳の悲劇」を回避するために進化したのではなかった。
  ――第1章 コモンズの悲劇<

人間は、自分を中心とする社会的宇宙の中で、人がどこに位置するかにきわめて鋭い注意を向け、自分たちにより近い人をひいきする傾向がある。
  ――第2章 道徳マシン

 ただ、あくまでも動物的な本能なので、あまり論理的ではない。結果をじっくり考えたりはしないし、注目している範囲だけで判断してしまう。

この装置は、とくに意図された危害に反応する。
次に、消極的に引き起こされた危害より、積極的に引き起こされた危害に強く反応する。
最後に、間接的にではなく、人身的な力によって直接的に引き起こされた危害に強く反応する。
  ――第9章 警戒心を呼び覚ます行為

 などの幾つかの偏りはあるにせよ、原則としてヒトを傷つける事は厭う。本能的なんて言い方はしたが、日頃の暮らしじゃ役に立つのだ。ただ、全面的に委ねるのはよろしくない。

私たちには、いつオートモードで撮るべきか、いつマニュアルモードに切り替えるべきかを教えてくれる師匠はいない。
  ――第5章 効率性、柔軟性、二重過程脳

 どんな時にマズいのか。同じ部族内なら、たいていはオートモードで事足りる。だが、別の部族との争いでは、面倒を引き起こす。ここで言う「部族」は、国家の場合もあるし、妊娠中絶の容認派/否定派の場合もある。

功利主義的な行動とは、日常生活(《私》対《私たち》)の道徳的誘惑をやり過ごすことは本能に任せるが、あらたな牧草地での生き方(《私たち》対《彼ら》)を考えるときは、明確な功利主義的思考を働かせることだ。
  ――第6章 すばらしいアイデア

 やっと功利主義が出てきた。じゃ、功利主義とは何か。

功利主義は「幸福を公平に最大化する」という三語に要約できる。
  ――第8章 共通通貨の発見

 よく言う「最大多数の最大幸福」ですね。ただ、この理屈に無条件に従うと、いささか嬉しくない状況に陥る。なぜって、先進国の人間は多少なりとも「楽しみ」に使うカネがあるなら、その全てを慈善団体に寄付して貧しい国の恵まれない人々を救うべき、なんて結論になっちゃうからだ。

功利主義は、自由になる収入が空になるまであなたを絞りつくすだろう。
  ――第8章 共通通貨の発見

 私がうっかりしているのでなければ、この不具合の是正策は、本書に出てない…と思う。いや私なりの擁護はできるんだけど。「あんま無理したら続かない」とか。

 また、功利主義は、「革命の輸出」や地下鉄サリン事件なども認めてしまう。私たちから見れば狂った連中だが、本人たちはソレが世界を救う最善の方法だと信じ込んでいるからだ。そういった狂気にブレーキをかけるのも、オートモードの役割である。

たとえ最善の意図をもって暴力行為を企てたとしても(「革命は流血を伴うだろう、しかしわれらの輝かしい未来を考えよう!」)警報ベルが「気をつけろ! そいつは危ない!」と教えてくれる。
  ――第9章 警戒心を呼び覚ます行為

 とは言うものの、道徳が原因の対立は、なかなか解決が難しい。話し合いも、堂々巡りに陥ったりするし、「そこからか」と呆れる場面も多い。

道徳の前提はたいてい疑われることはなく、前提とした当人にはどれも妥当に思えるが、本当に自明であるものはきわめて少ない。
  ――第7章 共通通貨を求めて

 しかも、気分次第で判断が変わったりもする。

人は、違反者に罰を与えるとき、抑止効果に具体的に関係のある要因は無視し、違反者についてどう感じるかだけに基づいて罰する傾向がある。
  ――第10章 正義と公正<

 そもそも、最初から相手の意見を聞き入れる気なんか微塵もなかったり。

不和を生じさせる道徳問題を考えるとき、私たちは本能的にまず、あらゆるやり方で《私たち》が正しくて《彼ら》が間違っているように考える。
  ――第11章 深遠な実用主義

私たちの直感的反応が、私たちに何をなすべきで何をなすべきでないかを告げるとき、(略)交渉の余地のないものとして伝わる。
  ――第11章 深遠な実用主義

 国家間の対立は、利害が関わるため更にこじれるんだが、それも置いて。同じ国家内でも、先進国では保守派 vs リベラルの構図がよくある。そして、今のところは保守派が優勢に見える。

社会保守派は、もともとの「コモンズの悲劇」を回避するのがじつにうまい。ところが、現代の悲劇、「常識的道徳の悲劇」を回避するのはからきし下手だ。
  ――第11章 深遠な実用主義

 日本が分かりやすい例なんだが、自民党には幅広い意見の持ち主がいる。そして内情はともかく、議会での結束は固い。意見調整が巧みなのだ。これは首相制のためでもあるだろうけど。首相制は意見の取りまとめが巧みな人が首相になりやすいのだ。対してリベラル/左派は民主党が立憲と国民に分かれ、共産党と社会党が睨み合っているように、協力体制を築くのが下手なんだよなあ。

 とか考えると、リベラル/左派は論理的に考えるマニュアルモードだ、って本書の前提は、なんか怪しい気がする。むしろ保守こそマニュアルモードを巧みに使っていて、リベラル/左派はオートモードに振り回されてるんじゃなかろか。というのも。

本当に首尾一貫した哲学は何であれかならず、私たちの感情を害する。
  ――第12章 オートフォーカスの道徳を超えて

 なんて性質があるからだ。リベラル/左派こそ、道徳哲学に振り回され、折り合いがつけられないのではないか、そんな風に思えてしまう。

 文句ばっかり言ってるけど、その原因も「本当に首尾一貫した哲学は何であれかならず、私たちの感情を害する」から、かもしれない。

 道徳哲学、それも功利主義の本だ。この時点で好みは別れるだろう。また、「第11章 深遠な実用主義」は、議論のテクニックを磨くのにも有効だったりする。特に善悪の基準に興味がある人にお薦め。

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