小方厚「音律と音階の科学 ドレミ…はどのように生まれたか 新装版」講談社ブルーバックス
この本の主題は、音楽に使う音の高さである。
――はじめに小さなスピーカーやイヤホーンから低音を聴くとき、実は missing fundamental(→Wikipedia)を聞いているのである。
――第3章 音律の推移 閉じない環をめぐってCDE…とハニホ…は音名すなわち絶対的な音の高さにつけられた名前である。
――付録
【どんな本?】
ドレミ…は奇妙だ。1オクターブを12の音階に分けたと言うが、なら11個あるはずなのに、7個しかない。しかも、分け方が不均一だ。ミとファの間・シとドの間は狭くて、他の半分しかない。なぜ、こんな奇妙な分け方になったのか。他の分け方はなかったのか。
実は他の分け方もあるのだ。民族音楽には、様々な分け方がある。
いわゆる12音階は、西洋音楽のためのものだ。それには、西洋音楽ならではの事情がある。
著者はプラズマやビームを専門とする物理学者である。物理学者らしく、周波数や倍音構成など数学・物理学を駆使して、クラシック・ジャズ・民俗音楽など幅広い音楽や楽器を解析・再構成し、音階の謎に挑んでゆく。
物理学者ならではのアプローチで、音楽の基礎を見直し、コード進行など音楽理論の背骨にまで迫る、ちょっと変わった音楽の解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
元は2007年8月刊行。2018年5月20日に新装版の第1刷発行。新書版横一段組み本文約260頁。9ポイント26字×26行×260頁=約175,760字、400字詰め原稿用紙で約440枚だが、写真やイラストやグラフが多いので、文字数は7割ほど。
文章はこなれていて読みやすい。ただし、内容はかなり高度。必要なのは音楽より数学というか算数の能力だ。数式も出てくるが、かけ算・割り算に累乗ぐらいなので、中学生でも理解はできる。ただし割り切れず少数が頻繁に出てくるので、真面目に検算していたらキリがない。また、随所でクラシックや動揺はもちろんジャズやロックなど様々な音楽や楽器の例が出している。Youtube などで検索しているとなかなか読み進められない。
物理的には薄いが、内容は濃い。覚悟しよう。
【構成は?】
理系の本に相応しく、前の章を基礎として次の章が展開するので、素直に頭から読もう。
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- まえがき
- 第1章 ドレミ…を視る、ドレミ…に触れる
- 1.1 音楽はデジタルだ
- 1.2 デジタル楽器とアナログ楽器
- 1.3 聴覚は「差」ではなく「比」を感じとる
- 1.4 手製の一弦琴でオクターブを握る
- 第2章 ドレミ…はピタゴラスから始まった
- 2.1 ド・ソの協和からピタゴラス音律へ
- 2.2 音のらせん
- 2.3 音程の数え方 「度」という単位
- 2.4 5度円から長音階へ
- 2.5 旋律、あるいはモード
- 第3章 音律の推移 閉じない環をめぐって
- 3.1 ピタゴラスの負の遺産 コンマ
- 3.2 協和とうなりとウルフ
- 3.3 ドとミの甘美な響き 純正律
- 3.4 純正律の泣きどころ 転調
- 3.5 平均律の功罪
- 3.6 ミーントーンとウェル・テンペラメント
- 3.7 純正律を鍵盤で
- 第4章 なぜドレミ…が好き? 音楽の心理と物理
- 4.1 2重音の心理と物理
- 4.2 同時になる2つの音をどう聞くか?
- 4.3 楽器が出す倍音
- 4.4 楽音の不協和感から純正律へ
- 第5章 コードとコード進行 和音がつくる地形を歩く
- 5.1 3重音のポテンシャル
- 5.2 長3和音と短3和音
- 5.3 コード進行の原理
- 5.4 転調の行き先
- 第6章 テトラコルド 自由で適当な民族音楽
- 6.1 西洋音楽と、西洋音楽以外の民族音楽
- 6.2 音階のユニット箱 テトラコルド
- 6.3 箱を積んでつくる日本の音階
- 6.4 ブルースはポピュラー音楽のルーツ
- 6.5 数十段の音階、微分音階
- 6.6 旋律打楽器バンド ガムラン
- 第7章 楽器の個性を生かそう
- 7.1 楽器と5度円
- 7.2 弦楽器の奏法、管楽器の構造
- 7.3 2次元打楽器
- 7.4 リズム楽器
- 7.5 電子楽器テルミン
- 7.6 声こそ最高の楽器
- 第8章 音律と音階の冒険 新しい音楽を求めて
- 8.1 そっくりメロディからの解放
- 8.2 平均律だからできること
- 8.3 純正律をさらに追及すれば
- 8.4 12音ではない平均律
- 8.5 純正律のように響く平均律
- 8.6 オクターブからの解放
- 8.7 音律と音階の将来
- 付録/参考文献/索引
【感想は?】
基本的には音階の本である。なぜ12音階になったのか、なぜ平均律なのか、他の音階はあるのか、などを探りつつ、なぜかコード進行など音楽理論の根本にまで話題は広がってゆく。
よく言われるように、現在の音楽はたいてい平均律に支配されている。
隣り合う音高の周波数比が均一な音律を平均律と言う。
――第1章 ドレミ…を視る、ドレミ…に触れる
ギターのフレットが分かりやすいのだが、フレット間は根元つまり高音部に行くほど狭くなる。この狭まり方は規則的で、前のフレットの0.943874倍、つまり1/(2の12乗根)である。こうすると、一つフレットを上げると音も半音高くなる。弦(が鳴る)楽器は弦が短いほど音も高くなるからだ。
今日のような鍵盤は遅くとも15世紀にはつくられていたが、対数が普及したのは17世紀以降である。数学で対数という概念が確立する以前に、音楽ではこれを先取りして鍵盤に対数目盛を導入し、演奏を容易にしていたのだ。
――第2章 ドレミ…はピタゴラスから始まった
確かチェンバロ(ハープシコード)が、それぐらいかな? オルガンはもっと古いけど、鍵盤型ではないかも。あと、ハープが分かりやすいか。
とまれ、オルガンやピアノの鍵盤には、白鍵と黒鍵があり、その並び方は変だ。ミとファ・シとドの間には、黒鍵がない。にも拘わらず、五線譜じゃ他の音と同じように書く。だもんで、短3度とか長3度とかの面倒くさい言い方になる。
はっきり言って、音程の数え方は合理的ではない。
――第2章 ドレミ…はピタゴラスから始まった
いやまったく。この辺を配慮してか、本書ではたまに短3度を3半音,長3度を4半音と書いたり。ギターやウクレレを弾く人は、3半音の方が分かりやすいよね、要は3フレットだから。
さて、2章と3章では、元の音の周波数に3を掛けて2(または4)で割って…を繰り返してピタゴラス音階を作り、または3か5を掛けて2(または4)で割って…を繰り返して純正律の12音階を作ってゆく。なぜ3と5か、というと、二つの音を重ねた時、周波数が単純な整数比だと響きが心地よいから。
ただ、ピタゴラス音階も純正律も、1オクターブは正確な2倍とならない。また、元の音(例えばド)と他の音(例えばソ)は割り切れていいんだが、双方を半音上げると割り切れずうなりが起きたりする。
うなりに起因するウルフ(→英語版Wikipedia)が純正律の泣きどことなった。
――第3章 音律の推移 閉じない環をめぐって
ハーモニーをつけず単音でやってる時はいいんだが、複数の楽器で共演したり、ギターやピアノなどでコードを弾くなら、これは嬉しくない。だもんで、どの音程でもソレナリに重ねられる平均律が支配的になったのだ。バイオリンやトロンボーンなど自由な音程を出せる楽器はいいけど、ギターなど出せる音程が決まってる楽器は対応できない。つかピアノのせいなんだけどね。
とはいえ、ハマれば純正律のハーモニーは美しい。ってなワケで、技術でどうにかしよう、なんて発想も。
このプログラム(Hermode Tuning)を搭載した電子楽器は、演奏中のコードの周波数比をその都度純正律に最適化する。
――第8章 音律と音階の冒険 新しい音楽を求めて
宮内悠介の某作品(→ネタバレ)にそんな楽器が出てきたが、現実だったのか。もっとも、電子楽器なのでクラシックの奏者やファンにはウケが悪いそうな。とはいえ、現代の技術ならリアルタイムでサンプリングしてピッチを調整しアンプで再生、なんて事もできそうな気が。
さて、他の周波数を含まない純音なら話は単純なんだが、大抵の楽器は倍音を含む。2倍音は1オクターブ上だが、3倍音は1オクターブ上の5度になる。そんな倍音も含めて合う音を探すと、使える音は限られてくる。ロックじゃ、特にリフでパワーコート(→Wikipedia)大流行りだが…
Cと最も協和するのはGだが…
――第4章 なぜドレミ…が好き? 音楽の心理と物理
と、ちゃんと理由があるのだ。すんげえ納得。
そのロックの基本は3コードだ。これについても、本書はちゃんと理屈をつけてくれるから嬉しい。
調の主音を根音とする和音を主和音、主音から完全5度上を根音とする和音を属和音、完全5度下を根音とする和音を下属和音という。あるいはそれぞれトニック、ドミナント、サブドミナントという。
――第5章 コードとコード進行 和音がつくる地形を歩く
トニックがCならドミナントはGでサブドミナントはF。だからギター初心者はFで苦しむのだ。本書の終盤では、コード進行の基礎から応用まで駆け足で語り、例として ジョン・コルトレーンの Giant Steps(→Youtube)などが出てくる。
さて、12音階から7つの音を取り出したのがドレミ…だった。別の取り出し方の例として、ドビュッシーの Syrinx(→Youtube),ジャコ・パストリアスの Opus Pocus(→Youtube)などの例も。
もちろん、12音階とは異なる音階もある。本書では日本の民謡やブルース音階の他に、なかなかフリーダムな音階も出てくる。
ガムランの個々の楽器の調律の違いが、そのセットの音楽的な個性を生む。1つの村には1つの調律、あるいは音律がある。
――第6章 テトラコルド 自由で適当な民族音楽
という事で、一言でガムランと言っても、村によって音律は様々なのだ。この原因の一つは、ガムランの主な楽器が打楽器である点だ。弦楽器や管楽器は音の元が一次元の弦や管なのだが、打楽器は二次元なため、倍音構成が異なり、西洋風の音階にうまく収まらないのだ。
直方体の振動スペクトルには、(略)整数倍波はない。あの手この手で管楽器・弦楽器と共演できる程度にまでスペクトルを改変した結果が現在のマリンバ、ビブラフォンである。
――第8章 音律と音階の冒険 新しい音楽を求めて
木琴って構造は単純そうだけど、実は工夫があるんだなあ。いや知らないけど。
他にも終盤では12音以外の平均律で、16音・17音平均律なんてのも試してる。ここでもロックな人は独特で。
16音・17音平均律を聞いた人の約2割は、重音のつくるうなりを不快と感じた。この不快感は、聞くだけが趣味のクラシック音楽音楽ファンに最も強く、ロックファン・ロック演奏家はまったく問題にしないようであった。
――第8章 音律と音階の冒険 新しい音楽を求めて
ロックな人は日頃から歪んだ音に慣れてるからか、アーミングやチョーキングでズレた音も楽しむ姿勢が身に付いてるからか。他にも Youtube で "equal temperament" で検索すると、様々な平均律の音楽が見つかります。
音楽を扱いつつも、中身は掛け算や割り算や対数そして周波数構成など、理屈から攻めていくアプローチは実に独特だ。だが、いわゆる「理系脳」な人には、こっちの方がスンアリと頭に入るのではないかと思う。音楽が好きで、特に斬新な音楽を探している人にお薦め。
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