« スコット・レイノルズ・ネルソン「穀物の世界史 小麦をめぐる大国の興亡」日本経済新聞出版 山岡由美訳 | トップページ | ジョン・マッケイド「おいしさの人類史 人類初のひと噛みから『うまみ革命』まで」河出書房新社 中里京子訳 »

2025年6月10日 (火)

ジェイソン・K・スターンズ「名前を言わない戦争 終わらないコンゴ紛争」白水社 武内進一監訳 大石晃史/阪本拓人/佐藤千鶴子訳

本書の目的は、なぜ2002年に決定的な和平合意が結ばれた後もコンゴ東部で暴力がやまないのかを説明することだ。
  ――第2章 歴史的背景

組織構造がまとまっていくと、(FDLRからの)自衛の重要性が後退し、機会主義が現れた。
  ――第7章 ライア・ムトンボキ

本書の主なる目的は、なぜコンゴの紛争がこれほど長く続くのかを理解することだ。少なくとも最近までイトゥリはその例外であり、したがって興味深い事例研究となる。
  ――第8章 イトゥリとコンゴ愛国者同盟(UPC)

【どんな本?】

 かつてベルギー国王の私有地として搾取され続けたコンゴは、豊かな資源に恵まれながらも独立後は困難が続き、21世紀に入っても特に東部における戦闘が続いている。

 ややこしい事に、ありがちな内戦と異なり、単純な政府軍vs反政府軍の構図ではない。「2021年には武装勢力の数は120を超え」ているのだ。国軍や地域ごとの勢力に加え隣国のルワンダやウガンダなどが介入し、情勢は複雑にもつれあってしまった。

 「本書の執筆段階で、550万人がコンゴ国内で避難民となっている」にも関わらず、「コンゴ紛争が『ニュートーク・タイムズ』の一面で言及されたのは、2017年にわずか2回だけだった」。日本でもシリア内戦やウクライナ戦争やイスラエルのガザ侵攻は盛んに報じられるが、コンゴは滅多にニュースにならない。

 とはいえ、国際的な支援の手も差し伸べられている。国連をはじめとして多くの国や団体が、開発・安定化・救援を目指し480憶ドルを出資し、「2015年段階で180の国際的な非営利団体がプロジェクトを回していた」。

 それでもコンゴ東部では暴力の応酬が続く。

 なぜこんな状況になったのか。どうして戦闘が続いているのか。政府や国軍は何をしているのか。どんな国のどんな勢力がどんな思惑でどんな武装勢力に肩入れしているのか。

 長く現地で調査を続け、現在はカナダのサイモン・フレイザー大学で国際学部の助教授を務める著者が、混迷を極めた原因と経緯を紐解き、平和への道を模索する、アフリカ的な内戦の解説書。

 なお、本書の「コンゴ」はコンゴ民主共和国(→Wikipedia)であり、コンゴ共和国ではない。旧ザイールであり、ルワンダやフルンジやタンザニアと接している国です。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The War That Doesn't Say Its Name: The Unending Conflict in the Congo, by Jason K. Stearns, 2021。日本語版は2024年6月30日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約328頁に加え、監訳者あとがき8頁。9ポイント46字×18行×328頁=約271,584字、400字詰め原稿用紙で約679枚。文庫なら厚めの一冊分。

 文章は硬い。また、見慣れない言葉、それも主にカタカナの言葉が説明なしに出てくる。意味は文脈からボンヤリとわかる気もするが、一般用語なのか専門用語なのか不明だし、専門用語は一般的な意味とは異なる場合もあるので油断できない。つまり学者の文章なのだ。具体的な例と私なりの解釈を下に示す。

 内用もややこしい。よく知らない地域で聞きなれない多くの勢力が争い合う話で、しかも各勢力とも途中で組む相手や陣営を変え、または分裂するのだ。構成も一部に不満がある。当時のコンゴの政治・経済状況は、始めの方で説明して欲しかった。これが背景事情としてかなり重要なのだ。

 以下、わかりにくいカタカナ言葉の一部。

  • ドナー:資金や物資などの提供者
  • アクター:登場人物
  • インボリューション:社会の停滞→内部抗争、Wikipedia
  • エスニシティ:民族/部族/氏族
  • マインドセット:~のつもり
  • インフォーマル:非公式、影の、闇の
  • パトロネージ:金づる、後ろ盾、取り引き相手
  • モメンタム:勢い
  • フレーミング:設定付け/構図付け
  • チーフダム:なわばり
  • ナショナル:全国的、国家的
  • ガバナンス:統治・管理・運営

【構成は?】

 ややこしい状況を説明する本だ。巻末の「監訳者あとがき」が短い文章で巧みに情勢を説明しているので、最初に読むといいだろう。その後は素直に頭から読もう。

クリックで詳細表示
  • 第1章 序論
  • 第2章 歴史的背景
  • 第3章 コンゴ紛争を説明する
  • 第4章 国家の役割 コンゴとルワンダ
  • 第5章 理論 インボリューション、分裂、軍事的ブルジョワジー
  • 第6章 人民防衛国民会議(CNDP)と3月23日運動(M23)
  • 第7章 ライア・ムトンボキ
  • 第8章 イトゥリとコンゴ愛国者同盟(UPC)
  • 第9章 平和創造とコンゴ
  • 謝辞/監訳者あとがき/注記/文献一覧/索引/略語一覧

【感想は?】

 内戦を描いた本なので、カテゴリーは「軍事」としたが、むしろ「政治」が近い。内容も戦術や軍略のネタはなく、政略レベルの話ばかりだ。

 そもそも、内戦といっても、政府軍 vs 反政府軍の構図ではない。民族/部族/氏族対立もあるだろうが、もっと複雑だ。なにせ…

2021年には武装勢力の数は120を超え、ときにローカルな問題をめぐって激しい戦闘が繰り広げられている。
  ――第1章 序論

 と、眩暈がするほど多くの勢力が乱立し、争っている。その大半は東部で、ウガンダ/ルワンダ/フルンジと接するあたり。首都キンシャサ近辺には、ほぼ影響はない。いや治安は悪いんだけどね。なんでそんなことになり、なぜ続いているのか、ぞれが本書のテーマだ。

 背景事情の一つとして、政府の汚職・腐敗がある。例えば…

政府は(略)ブカンガ・ロンゾの農産物加工工場団地に少なくとも2億8500ドルを投資し、そのうち2憶ドルが行方不明となった。
  ――第9章 平和創造とコンゴ

 予算の2/3以上が闇に消えたのだ。ここまで腐敗が進んだ原因として本書が悪役扱いしているのが、ジョゼフ・カビラ(→Wikipedia)だ。大統領だった父を殺し、その地位を奪った男。共産化を懸念する西側諸国の働きもあり、経済を自由化するが…

この時期におけるコンゴ経済の急速な自由化は劇的な成長をもたらしたが、和平プロセスを傷つけ、略奪的国家に紛争のダイナミクスを植えつけた。
  ――第9章 平和創造とコンゴ

 なんか抽象的で分かりにくいけど、例えばこんな例がある。コンゴは鉱物資源が豊富な国なのだが…

多国籍企業の多くは現地子会社に損失を計上させ、課税率がより低いところに利潤を移転させる。
  ――第9章 平和創造とコンゴ

 と、ハゲタカのような企業が殺到して資源を奪ってゆくのである。もちろん、政治家へのキックバックは忘れない。「俺たちは西側に搾取されている」って理屈にも頷けてしまう。

 そうなった原因の一つは、カビラの立場の危うさにある。

和平合意の規定により、カビラは軍の統合を求められ、かつての敵たちを新生コンゴ民主共和国軍の幹部に迎えた。これによって、カビラ自身が彼らに放逐される可能性は高まった。
  ――第4章 国家の役割 コンゴとルワンダ

 なぜ和平がなったのに、カビラの地位が危ういのか。そもそも、和平とは…

あらゆる和平プロセスの核心は政治的な歩み寄りだ。
  ――第3章 コンゴ紛争を説明する

 政治的な歩み寄りというと経済の自由化か共産化か、みたく思えるかもしれないが、まったく違う。もっと生臭く、ある意味切実なものだ。

政府との交渉にいおいて、武装勢力が自分たちのコミュニティの権利を強く要求したという記録はほぼ皆無である。2009年のPARECOのように政府と合意を締結した勢力にとって、合意締結の際に決定的に重要だったのは地元エリートへの報酬であり、その条件は国軍における階級と地位でほぼ尽くされていた。
  ――第5章 理論 インボリューション、分裂、軍事的ブルジョワジー

 長々と書いているが、要は地位や利権の奪い合いなのだ。国際ニュースでも「和平プロセス」って言葉がよく出てくるけど、その実態は分け前の分配なんだな。山賊かよ。

 実際、武装勢力がやってる事は山賊と大きく変わらない。

「カネを稼ぐ方法はいくつもある。密輸とか、課税とか、大麻とか、木炭とか。鉱物は重要だよ。でもね。まずは影響力と支配を確立することだ。そうすれば、残りはついてくる」
  ――第9章 平和創造とコンゴ

 名を上げればシノギは幾らでもある、そういう事だ。もはや戦国大名かヤクザだ。そんな連中の武装は…

国際専門家グループによれば、CNDPが引き渡した武器は、個人所有の武器2,542個、PKM機関銃7丁、MAG機関銃1丁、RPG-7砲7基、60ミリ迫撃砲4門、82ミリ迫撃砲1門、75ミリ無反動銃6丁、SPG-9無反動銃2丁、多連装ロケット砲4門である。
  ――第6章 人民防衛国民会議(CNDP)と3月23日運動(M23) 注記

 なおCNDPはルワンダ系の大手。"個人所有の武器"は自動小銃かな? PKMとRPG-7とSPG-9はソ連/ロシア、MAGはベルギー。MAGは旧宗主国つながりか? いずれにせよ、そこらのヤクザよりは遥かに重武装だ。

 本書は武器の入手元を明らかにしていないが、恐らくルワンダだろう。PKMとRPC-7がルワンダ陸軍(→英語版Wikipedia)と共通だが、いずれもベストセラー機なので根拠としちゃ弱い。彼らが暴れる理由だが…

二つの母体、すなわちコンゴのトゥチ人からなる軍事的ネットワークとルワンダの治安機関の一部を通じて、CNDPとM23の反乱を生み出した。二つの集団を動機づけていたのは、コンゴの和平プロセスが自分たちの利益を損なうという恐れだった。
  ――第6章 人民防衛国民会議(CNDP)と3月23日運動(M23)

 「自分たちの利益を損なう」とは、最悪の場合で逮捕・処刑、そうでなくとも収入源を失う。そこで見返りとして地位と利権を要求するのだ。政府は和平のため彼らを軍に迎え入れる。のだが、軍の基本給は安い。反面、「手当て」は厚い。手当ては上官の思惑で決まる。特に美味しいのが、東部での鎮圧任務である。東部に派遣してくれるよう、軍人たちは上官に頼むのだ、山吹色のお菓子を添えて。

 つまり、国軍にとっても、東部の紛争は嬉しいのだ。だもんで、鎮圧に向かっても、なかなかケリをつけない。どころか敵と内通して、武器弾薬を融通する始末。今は敵だが、元々は同じ武装勢力にいた仲間だったりするし。

 と、そんな具合に、紛争が続くよう現場の者たちが動くのである。

 こういう構図は、敵が多く立場が弱いカビラにとっても有り難い。曰く、「俺が弱くても敵がもっと弱ければいい」。だから国も軍も腐敗させ、まっとうに機能しないようにした。

 軍の給与体系も、そう計算して設計したのなら、その制度設計の能力は天才と言っていい。困った才能だが。これに東部での影響力を増したいウガンダやルワンダの思惑が重なり、国連などの支援で資金も流れ込み、紛争は半ば永久機関として動き続ける。支援する側も、もちっとキチンと調べろよ、と思うのだが。

 世界銀行の職員曰く「私たちの動機づけは、カネを使うことなんだ」。各国の支援担当者にせよ、自分の予算を減らしたくはない。だから、「巧くいってないっすよ」なんて上司に言う奴は滅多にいないのである。そして上司は…

外交上の失敗は、国際的な陰謀ではなく、関心や関与の欠如によるものなのだ。
  ――第9章 平和創造とコンゴ

 カネを出す欧米にとって、身近に感じるウクライナには関心が深いが、遠くのコンゴはよく知らないし票にもならない。だから知ろうとも調べようともしない。そして今日もコンゴは地獄が続く。

 と、そんな具合に、内戦がこじれるとどうなるかの、実に居心地が悪い実例を分析した本だ。正直言って文章は硬いし慣れない言葉も多い上に、なにせ登場人物が多く状況が複雑でわかりにくい。心地よい読書にはならないが、いわゆる「和平プロセス」の中身をぶっちゃけてたりと、嫌な現実を見せつけてくれる。

 良くも悪くも暴力の実態を明らかにした本だ。今後も増えるであろう低強度紛争に興味がある人にお薦め。

【関連記事】

|

« スコット・レイノルズ・ネルソン「穀物の世界史 小麦をめぐる大国の興亡」日本経済新聞出版 山岡由美訳 | トップページ | ジョン・マッケイド「おいしさの人類史 人類初のひと噛みから『うまみ革命』まで」河出書房新社 中里京子訳 »

書評:軍事/外交」カテゴリの記事

書評:歴史/地理」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« スコット・レイノルズ・ネルソン「穀物の世界史 小麦をめぐる大国の興亡」日本経済新聞出版 山岡由美訳 | トップページ | ジョン・マッケイド「おいしさの人類史 人類初のひと噛みから『うまみ革命』まで」河出書房新社 中里京子訳 »