キャス・サンスティーン「同調圧力 デモクラシーの社会心理学」白水社 永井大輔・高山裕二訳
私が本書で強調したいのは、同調の力学――同調は何をし、どのように作用するか――についてだ。
――はしがき人気とは予言の自己成就である
――第2章 カスケード集団極性化とカスケード効果のあいだには密接な関係がある。両方とも、情報や評判の影響の産物である。
――第3章 集団極性化集団の一人以上の人が事実の問題について正しい答えを知っている場合、集団は正しい方向に移動する傾向がある。
――第3章 集団極性化教育環境によっては人種の多様性が幅広い経験や考え方を保障するのに重要であり、〔ニーズに合わせて〕厳密に定められたアファーマティブ・アクションのプログラムが憲法上認められるべき環境があると、私は強く主張する。
――第4章 法と制度たいてい大衆に従うのは個人の利益にはなるが、個々人が最善だと思うことを言ったりしたりするのは社会の利益になるのである。
――結論 同調とそれへの不満
【どんな本?】
「和を以て貴しとなす」なんて言葉がある。「あまし異論を出すな」と解釈されることが多いが、Wikipedia によると日本での意味は少し異なるようで、「上下関係にとらわれることが無く話し合いができたならば、何もかもを成し遂げられるだろう」ともある。
とはいえ、話し合いで大勢に逆らい異論を述べるのは度胸がいる。「面倒くさい」とか「目立つのは嫌」とか「変わった奴と思われたくない」とか「争いたくない」とか、様々な理由で黙ってしまう事も多い。いわゆる同調圧力だ。
同調圧力には、どんな効果があるのか。社会や個人にとって損と得、どちらをもたらすのか。同調圧力を強める/弱めるのは、どんな状況か。
最近は「エコーチェンバー」などで注目されている同調圧力を題材に、主に政治的な話し合いにおける影響と性質そして対策について、ハーバード大学ロースクール教授であり行政管理予算局の情報・規制問題室長を務めた著者が語る、一般向けのノンフィクション。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Conformity: The Power of Social Influences, by Cass R. Sunstein, 2019。日本語版は2023年8月10日発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約167頁に加え、訳者あとがき7頁。9.5ポイント45字×18行×135,270字、400字詰め原稿用紙で約339枚。文庫なら薄い部類。
文章は硬くとっつきにくい。実のところ、内容はそんなに難しい事は書いてない。が、二重否定や入れ子構文が多く、言葉遣いも堅苦しい。「増加する/減少する」は「増える/減る」でいいじゃんブツブツ。つまり悪文なのだ。これは訳者が学者だからってのもあるが、おそらく原文も「学者の文章」なんだろう。
また、単語の使い方でひっかかる部分がある。例えば頻繁に「正しい」って言葉が出てくるが、本書では「戦略的に害が少なく益が多い」「工学的に最適に近い」「表現として事実に即している=嘘ではない」「数学的に真」などの意味で使っている。「倫理的に善である」ではない。著者はリベラル色が強く、特に対策/政策を語る終盤では思想性が強く出ているが、同調圧力の効果や性質を語る中盤までは客観的な記述が大半だ。色眼鏡で見られる事を避けるためにも、先の「正しい」などの誤解を招きやすい表現は避けた方が賢明だろう。
【構成は?】
基本的に前の章を踏まえて後の章が展開するので、素直に頭から読もう。
- 謝辞
- はしがき
- 序論 社会的影響の力
- 第1章 同調はどのようにして生じるのか
- 第2章 カスケード
- 第3章 集団極性化
- 第4章 法と制度
- 結論 同調とそれへの不満
- 訳者あとがき/註/索引
【感想は?】
この人の本を読むのは二冊目だ。相変わらずもったいない。中身は面白いのに、文章が酷すぎる。
そもそもテーマからして面白い。同調圧力だ。Wikipedia には脅迫や印象操作など明示的な働きかけが書いてある。が、それらがなくても、大勢の意見に逆らう意見を出すのは難しい。なんたって、
人は、他人が送る情報屋評判のシグナルに細心の注意を払う。
――結論 同調とそれへの不満
人は社会的動物だ。他の人から変わり者と思われたり、反感を持たれるのは嫌だ。基本的には大勢の意見に従おうとする生き物なのである。別に脅迫や印象操作がなくても、大勢に従うのだ。ただ、状況によって、この性質は強まったり弱まったりする。そこで著者は幾つかの資料や論文を掘り起こす。例えば…
金銭の報酬を導入すると、(略)難易度の低い課題に関しては同調が著しく減少し、難易度の高い課題に関しては同調が著しく増加するのである。
――第1章 同調はどのようにして生じるのか
正解を出せば儲かるって条件の場合、「難易度の低い課題」=「正誤がわかりやすい課題」だと異論が出やすく、難しい課題は出にくくなる。正解が分かってれば意見を出すけど、分かんない時は黙る。ありがちだね。
また…
最低ひとりでも被験者の仲間、もしくはまともなことを言う人がいると、同調と誤回答の両方ともたちまち減少する。
――第1章 同調はどのようにして生じるのか
一人で頑張るのは辛いけど、仲間がいれば頑張れる。これもよくある話。
それに、話し合いのメンバーとの関係でも、同調圧力は変わってくる。
もし被験者が自分は多数派とは別の人間だと認識しているならば、同調の効果は大きく減ずる。
――第1章 同調はどのようにして生じるのか
「自分は余所者だ」と感じていると、素の自分を出せるらしい。この逆が過激派やカルトだ。
過激派の人間は、互いに追従しあっていることがよくあるのだ。
――第1章 同調はどのようにして生じるのか
今、流行りのエコーチェンバーだね。趣味の世界でマニアが集まると更に濃くなるのはありがちだ。もっとも、これが益になる時もあって、様々な「学会」も、こういう効果があるんだろう。
他にも同調圧力が強くなる条件がある。
人びとのあいだで互いに感情的なつながりがある場合、カスケードの確率は増加する。
――第2章 カスケード
「カスケード」とは、既存の意見に賛同する現象を言う。仲のいい人には賛同したくなるのだ。
それで集団内の軋轢は減るだろうが、集団全体の利害となると話は別で。
(集団での株式投資で)もっとも運用実績の悪いクラブは、感情的な絆で成り立っており、社交関係が第一になっていた。もっとも運用実績が良いクラブは、社交関係が抑えられ、収益を増やすことに専心していた。
――第1章 同調はどのようにして生じるのか
同調圧力が強いと、集団全体の利益は減るのだ。この極端なのが独裁体制や強権体制で。
東欧では共産主義体制が長年の間存続できていたわけだが、それは強圧のせいだけではなく、人びとがほとんどの人間は既存の体制を支持しているという考え違いをしていたせいでもあるのだ。
――第2章 カスケード
しかも、往々にして権威主義な体制は、意図的に同調圧力を強化している=体制批判を封じ込める。その結果…
過誤は同調に対して褒賞が与えられる場合にもっとも生じやすく、集団や組織が正しい判断ができるよう手を貸した者に褒賞が与えられる場合にもっとも生じにくい。
――第2章 カスケード
提灯持ちが出世する組織はロクでもない判断をしがちなのは、なんとなく分かる。
でなくとも、基本的に人は全体に従おうとする性質がある。これで集団が困る原因の一つは、貴重な情報が埋もれてしまう点だ。
同調圧力が実際に情報の開示を少なくする結果を招くという点は、まず間違いない。
――第2章 カスケード
戦前の日本でも幾つか「国力的に米英との戦争は無茶」なんて報告があったが、陸軍は握りつぶした。そこまでいかなくとも、大勢に逆らう意見は、根拠があっても言いにくい。その結果、重要な情報が埋もれてしまう。これは困る。だから…
各個人が集団に対し情報を開示するような誘因を生み出す仕組みはどれも、さらに良い結果を出す可能性が大きい
――第2章 カスケード
その仕組みの一つが、言論の自由だ。
言論の自由を含むさまざまな市民的自由は、人びとを同調圧力から引き離そうとするものだとみることができるのであり、その理由は個々人の権利を守るためというだけでなく、黙秘の危険から社会全体を守るためでもある。
――第2章 カスケード
原論の自由で利益を得るのは個人だけじゃない。日米開戦のような「とんでもない間違い」から国を守るためにも、言論の自由は必要なのだ。ただ、話し合いにも困った性質があって、それが集団極性化だ。
議論する集団の構成員は通常、みずからが議論する前にもっていた傾向に沿うかたちで、より極端な考え方に至る
――第3章 集団極性化
分かり合うどころか、溝が拡がっちゃうのだ。
他にも困った性質がある。先に挙げた、貴重な情報の共有なんだが…
集団では共有化された情報は取り上げられ、ほとんどの構成員が保有しない情報は無視される傾向がある
――第3章 集団極性化
あまり知られていない事柄はスルーされがちなのだ。
また、元々が仲良し同士の集団だと、結束は固いが…
集団の構成員がアイデンティティを共有し連帯が強いと考える場合、強い極性化が生じるだろう。
――第3章 集団極性化
集団全体が極端な方向へ走ってしまう。特にヤバいのが…
社会において孤立した少数集団は、良い場合も悪い場合もあるが、集団極性化の温床である。
――第3章 集団極性化
サティアンに閉じこもったオウム真理教が、その典型だろう。あとアルカイダとか。連合赤軍は…若い人には通じないんだよなあ。
過激派はとくに極性化しがちである。
――第3章 集団極性化
過激化についていけずに脱退する人もいる。そういうブレーキ役がいなくなると、当然ながら更に濃くなってしまう。
時間が経つにつれて、構成員が物事の進んでいる方向を拒否して集団を去る「退去」によって、集団極性化は強められうる。
――第3章 集団極性化
こういった事を避けるためにも、多様性は必要なんだよ、そう著者は主張しているのだ。
別に過激派でなくとも、大抵の人は小中学校の学級会や部活動、趣味の集まりや職場での会議などで、本書に書かれている事柄を体験しているだろう。もちろん、旧Twitterや電子掲示板などのオンラインでも。そういう、なんとなく感じている事を言語化される心地よさが、本書には溢れている。ただ、その「言語化」が、やたら堅苦しく小難しい言葉遣いなのが困りものなんだが。
それはともかく、一度でも同調圧力に居心地の悪さを感じた経験のある人なら、楽しめるだろう。ただし、繰り返すが、はなはだ文章は酷いので、それは覚悟しよう。
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