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2025年5月26日 (月)

エリック・ラウガ「流体力学超入門」岩波科学ライブラリー 石本健太訳

この本では,本質となる物理的なアイデアに焦点を当てて,流体力学の全貌をコンパクトに紹介したい.本書の目的は,最小限の数学の知識で,幅広い流れの振る舞いを直感的に理解することである.
  ――まえがき

【どんな本?】

 流体力学は、最新の科学と工学のキモであり、また身近なあらゆるところでも見られる。自動車のエンジンの設計、航空機が空を飛ぶ理由、油と酢をかきまぜたドレッシング,風呂の水を抜くときの渦、竜巻や台風。蛇口から流れ出る水も、野球の投手が投げるカーブも、流体力学に従っている。

 多くの自然現象の原理であり工学技術に関わる流体力学について、その概要と重要な概念を中学卒業程度の数学を用いて説明する、一般向けの流体力学の入門書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Fluid Mechanics: A Very Short Introduction, by Eric Lauga, 2022。日本語版は2023年12月12日第1刷発行。単行本ソフトカバー横一段組み本文約146頁に加え、訳者あとがき2頁。9ポイント29字×26行×146頁=110,084字、400字詰め原稿用紙で約276枚。文庫なら薄い一冊分。

 文章はこなれていて親しみやすい。が、内容は相応に手ごわい。なにせ数式がソレナリに出てくる。最も難しいのは有名なナビエ-ストークス方程式(→Wikipedia)で偏微分を含むが、さすがに著者も示しただけで、読者が理解できるとは思っていないだろう。それを除けば必要なのは掛け算と割り算(分数)とべき乗(累乗)と平方根までだ。じっくり挑もう…と言いつつ、私はほとんど読み飛ばした。

【構成は?】

 科学の本だけに、前の章を前提にして次の章が展開するので、素直に頭から読もう。

  • まえがき
  • 1 「流体」とはなんだろうか?
  • 2 流れがあると「粘性」が見えてくる
  • 3 世界にあふれる「管内流れ」
  • 4 「次元」で現象の本質をつかむ
  • 5 流体力学の歴史を変えた「境界層」
  • 6 「渦」を見る,「渦」を使う
  • 7 パターンを生み出す「不安定性」
  • 8 「流体力学」の未来
  • 訳者あとがき/参考文献/図版クレジット/索引

【感想は?】

 超入門と言いつ、各章に平均して二つぐらいの数式が出てくる。つまり、それぐらい真面目な本なのだ。そこは覚悟しよう。まあ、私は数式を読み飛ばしたけど←をい

 物理学の一分野だけあって、やはりエネルギーが重要な要素となる。例えば表面張力。これは水が水滴になる理由でもあり、こんな理屈に基づいている。

表面張力(略)個々の分子にとっては,周囲にできる限り多くの分子がいるほうが,液体中の分子のエネルギーが減少する(略)
液体の表面にある分子は隣の分子が液体側の一方向にしかない(略)
液体の表面に多くの分子がいることはエネルギー的には好ましくない. 結果,表面の分子が最も少なくなる(略)ときに,最小のエネルギー状態が実現される.
  ――1 「流体」とはなんだろうか?

 うん、なんか判った気がする。他の人に説明しろと言われたら出来ないけどね。なお、蛇口を少しだけ開いた時に、水がツツーと流れずポタポタと滴るのも、同じ理屈だそうだ。

 …と、そんな風に、私は数式を無視して文章、それも応用例や現象を説明する部分だけを拾い読みして理解した気になっている。

 さて、流体力学なんて名前なんだから、流れに関する学問だ。例えば川の流れ。これ、場所にって流れの速さが異なる。

川の中の流れを考えてみると,川底付近の液体はそれほど流れないが,水面近くではずっと速く流れる.
  ――2 流れがあると「粘性」が見えてくる

 あれ、そうなのか。これは閉じた管でも同じで、中心に近いほど流れは速くなる。まあ、これは直感的に分かる気がする。意外なのが、管の直径と流量の関係。ちなみに、管はガス管や水道管に似て、切り口は円、つまり円筒形だと仮定してる。

管の中の流量は圧力差に比例し,管の半径の4乗に比例する
  ――3 世界にあふれる「管内流れ」

 てっきり管の断面積つまり半径の2乗に比例すると思ったが、意外だ。そのため、管の太さは少しの変化で大きな影響を及ぼす。その一つが、血管である。

壁面せん断応力は、σ∝1/D3であるから管径が細くなると急激に増加する。このスケーリング関係から、プラーク(不健康な食生活が原因の脂肪性沈着物)が沈着した動脈がいかに危険かが分かる。
  ――3 世界にあふれる「管内流れ」

 医師からコレステロール値や血圧が高いと警告されている人は、そういう事なのだ。特に細い血管で、この効果は大きくなる。うーむ、私も気をつけねば。

 などの流体力学そのものの話に加え、物理学で使う数学の基礎知識が少し出てくるも嬉しい。その一つが次元解析(→Wikipedia)。だいぶ前に言葉は聞いたことがあるけど、意味は全く分からなかったが、あれ科学で使う数式に限ったモノだったのか。

次元の一致(略)等号で結ばれた科学の数式は両辺で同じ物理次元を持たなければならない
  ――4 「次元」で現象の本質をつかむ

次元解析において基本的な「力学的次元」は3つM,L,Tしかなく
  ――4 「次元」で現象の本質をつかむ

 …はいいけど、「M,L,T」って何よ?、と思って Wikipedia を見ると、Mは質量、Lは長さ、Tは時間なのね。

 さて、物理学に戻ろう。日ごろ私たちが見る流れの多くは、理屈通りに綺麗に動くワケじゃない。どうしても乱流が現れるのだ。厄介なようだが、時としてこれを利用する場合もある。

境界層が乱流になると,境界層の中の効力が大きくなるが,剥離が遅れるので,後流による抵抗は下がる.(略)この現象は抗力急減として知られる.(略)
ゴルフボールの表面にあるディンプルと呼ばれるくぼみは,抗力急減を引き起こし抗力を減少させる
  ――5 流体力学の歴史を変えた「境界層」

 おう、そうだったのか。実際の開発の経緯は計算してくぼみをつけたというより、やってみたら上手くいったらしいけど(→「スポーツを変えたテクノロジー」)。

 また、竜巻の理屈も出てきた。

竜巻(略)夏場、地表近くの空気は太陽光によって暖められ,軽くなり上昇する.そこでの空気が垂直に移動すると,別のところの空気が比重のために水平移動に移動してこなければなたない.
  ――6 「渦」を見る,「渦」を使う

 この理屈、台風と似てる気がするんだが、どうなんだろ? 気象庁の「アメリカで発生するトルネードとの違い」を見ると、竜巻の発生や維持・成長には気団の衝突など地形や気象も関係あるようだ。

 やはり気象だと、雲にも流体力学が関係している。飛行機雲もそうだが、「ヘルムホルツ不安定性 雲」で画像検索すると、よく見かける形の雲が出てくる。流速の違う二つの気団の境界で見られる雲だ。

 当然ながら、流体力学は工学/産業とも関係も深い。私的に有り難かったのは、石油採掘で使う泥水の意味が分かったこと。老いた油田から更に原油を絞り出すために、油田に「水」を注ぎ入れる事がある。これ「水」じゃなく業界じゃ「泥水」(でいすい)と呼ぶ。その意味がわかった。

原油が地下の埋蔵地から勝手に流れ出なてこないときには,(略)気体を注入したり、蒸気や水を使うこともある.問題は,原油が超高粘性であることだ.(略)解決策として,水に高分子を混ぜて粘度を十分上げることで不安定性の発生を防ぐことができる.
  ――7 パターンを生み出す「不安定性」

 ただの水でいいじゃん、と思ってたんだが、原油の質によっては水じゃ巧くいかないようだ。

 さて、これら流体力学の大元はナビエ-ストークス方程式なんだが、実は根本的な部分に謎を抱えていて(→Wikipedia)、7つのミレニアム懸賞問題(→Wikipedia)の一つだとか。

ナビエ-ストークス方程式(略)が適切であるのかどうか,言い換えるとその数学的な構造に根本的な欠陥があるのかどうか,実は十分にはわかっていないのだ.
  ――8 「流体力学」の未来

 わかってないけど、現場の工学/設計や解析じゃ一部の変数を定数に置き換えた式の近似でなんとかやれてるようだ。

 一般向けの科学の本ではあるが、数式が遠慮なく出てくるので、全部を読みこなそうとすると相応の覚悟が要る。が、そこはそれ、数式は適度に読み飛ばして読めば、ソレナリに楽しめる。とりあえず、数式を見ても(読み飛ばして構わないので)頭が痛くならない人にお薦め。

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