“電撃戦”の基本型と見られてきた1940年の西方戦役は、実は“電撃戦”としては計画されなかった。
――日本語版への序文
1940年のアルデンヌ攻勢は、“電撃戦”の模範的な戦術例としてあらゆる書物の中で言及されている。しかし、驚いたことにドイツ軍の進撃は確固たるシステムで行われたわけではない。
――第4章 1940年のアルデンヌ攻勢
「作戦的運動戦」――。“電撃戦”を生む一つの原動力となったのは、まさしくこの観念なのである。
――第5章 決定的戦場:グデーリアン装甲軍団によるセダン突破
【どんな本?】
膠着した塹壕戦に陥った第一次世界大戦から一転、第二次世界大戦初頭のドイツによるポーランド侵攻とそれに続くベルギー・オランダ・ルクセンブルク及びフランス占領の戦い方は、強力な打撃力と迅速な機動力を併せ持つ機甲部隊と、急降下爆撃機Ju-87に象徴されるl近接航空支援を密接に組み合わせ、前線の一点に集中攻撃をかけて突破、敵の側面や後ろに回り込み混乱させ、機甲部隊は更に敵陣の奥深くへ切り込み一気に戦争を決着させた。俗にいう“電撃戦”である。
戦前からドイツ国家と国防軍はヒトラーの指導による“電撃戦”構想に基づき、国家や軍の体制を整え、総力を挙げて政略・戦略・作戦を練ってきた
…ワケでは、ない。
確かにフランスに対する電撃戦構想はあった。エーリヒ・フォン・マンシュタイン(→WIkipedia)と、ハインツ・グデーリアン(→WIkipedia)を代表とする彼の部下たちは、電撃戦構想とその具体化案である大鎌作戦(→Wikipedia)を、完全に理解していた。
だが、フランス侵攻が始まった1940年5月10日、電撃戦の発案者マンシュタインは閑職に回され作戦に参加していない。また、フランス侵攻の作戦中も、ドイツ軍は何度か奇妙な進撃の停滞を見せている。その最たるものが、包囲した連合軍の唯一の脱出路ダンケルクを目の前にした装甲部隊の停止である。
徹底した資料の調査により、当時のドイツ陸軍の栄光を象徴する“電撃戦”伝説の実態を暴くと同時に、国防軍上層部の人間関係を生々しく描き、そのような人間ドラマが政策や国際情勢に及ぼした影響までを俯瞰する、衝撃的な政治・軍事ルポルタージュ。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Blitzkrieg-legende: Der Westfeldzug 1940, Karl-heinz Frieser, 1995。日本語版は2003年2月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約325頁+258頁=約583頁に加え、訳者解説5頁。9.5ポイント45字×20行×(325頁+258頁)=約524,700字、400字詰め原稿用紙で約1,312枚。文庫なら厚めの上下巻か薄めの上中下巻ぐらいの大容量。
軍事物の例に漏れずちょっと見はお堅く見える文章だが、読み始めると意外ととっつきやすい。小難しい雰囲気だが、内容も不慣れな人に意外と配慮しているようで、思ったよりスラスラ読めた。もっとも、私が軍事物に慣れたせいもあるかもしれない。
なお、一般に軍事物では視野の広い順に政略→戦略→戦術などと言われるが、本書は戦略と戦術の間に作戦が入り、戦略→作戦→戦術としている。あと、カンナエの戦い(→Wikipedia)が重要な意味を持っているので、軽く調べておこう。
【構成は?】
ほぼ時系列で進むので、素直に頭から読もう。地図は巻末にまとまっているが、編制図なども文中にあるので、栞をたくさん用意しておこう。
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- 上巻
- 日本語版への序文/第二版への序言/著者の前書き
- 序章 1940年の奇跡
- 第1章 “電撃戦”とは何か
- 1 “電撃戦”という言葉
- 2 “電撃戦”という概念
- 第2章 「“電撃戦”構想」無き“電撃戦” 西方戦役の前史
- 1 ヒトラーは総合戦略的な戦争計画をたてていたか?
- 2 対ポーランド戦は“電撃戦”だったか?
- 3 時間の要素はドイツ軍にとって有利にはたらいたか?それとも不利にはたらいたか?
- 4 「“電撃戦”経済」は西方戦役の前に存在したか?
- 5 ドイツ陸軍は“電撃戦”の軍隊としてつくられていたか?
- 6 ドイツ軍の戦力は連合軍のそれを上回っていたか?
- 7 ドイツ軍上層部は西方攻勢に賛成だったか?それとも反対だったか?
- 第3章 “鎌”計画をめぐる議論
- 1 はじめの三つの攻勢計画案
- 2 マンシュタインと“鎌”計画の発展
- 3 “回転ドア”の効果:シュリーフェン計画と“鎌”計画
- 4 ドイツ軍上層部内の“鎌”計画に対する抵抗
- 5 第3章の総括:“鎌”計画 一つの賭け
- 第4章 1940年のアルデンヌ攻勢
- 1 クライスト装甲集団:議論をまきおこした作戦上の実験
- 2 兵站の重要性
- 3 行軍計画:混乱の根本原因
- 4 アルデンヌ進撃:あわや破局寸前
- 5 戦前による作戦的過失の補正:第一装甲師団の進撃
- 6 連合軍から見たアルデンヌ攻勢
- 第5章 決定的戦場:グデーリアン装甲軍団によるセダン突破
- 1 セダンにおけるフランス軍の六つの致命的な過ち
- 2 ドイツ軍によるムーズ渡河作戦の準備
- 3 5月13日のムーズ渡河
- 4 5月14日のセダン橋頭保からの出撃
- 原注/巻末附録:上巻地図集
- 下巻
- 第6章 ムーズ戦線の崩壊
- 1 「決壊部を塞ぎ、逆襲に転じよ!」:セダン決壊後のフランス軍による反攻作戦
- 2 ラインハルト装甲軍団によるモンテルメ突破:上級司令部に対する勝利
- 3 ホート装甲軍団によるディナン突破
- 4 ヘープナー装甲軍団のディール・ラインに対する攻撃:陽動作戦
- 5 フランス軍部隊のマジノ線への拘束
- 第7章 海峡沿岸部への突進と「無防備になった側背」の問題
- 1 ヒトラーの「モンコルネ停止命令」と不発に終わったフランス軍の反攻
- 2 ロンメルの独断専行:アヴェーヌ進撃
- 3 イギリス軍のアラス反撃:戦術上の失敗と作戦への予想外の影響
- 第8章 「ダンケルクの奇跡」
- 1 「停止命令」が下されるまで
- 2 5月24日の「停止命令」
- 3 「ダイナモ」作戦」連合軍の撤収
- 4 余論:「ダンケルクの停止命令」は第二次世界大戦の分岐点となったか?
- 5 「停止命令」を下したヒトラーの表向きの理由
- 6 ヒトラーの本来の理由:国防軍支配の貫徹
- 第9章 西方戦役の終結
- 1 “赤”の場合:たんなるエピローグ
- 2 西方戦役:数字による総括
- 第10章 勝利と敗北:その要因
- 1 フランスの崩壊
- 2 “ナチス電撃作戦”の神話
- 3 “ドイツ電撃戦”誕生の原動力:伝統的な軍事思想と近代技術の結合
- 総括
- エピローグ:“世界電撃戦”の幻想
- 訳者解説
- 原註/資料と文献/地名索引/人名索引/巻末附録:下巻地図集
【感想は?】
本書が主に扱うのは、第二次世界大戦のドイツによる対仏戦だ。それも、フランスに攻め込んだ1940年5月10日からダンケルクで連合軍が撤退した6月4日までである。
が、5章ある上巻では3章までを状況説明に費やす。もったいぶっているようだが、本書の主題にとっては当時のドイツの置かれた状況と、それへのドイツの対応こそが重要なのだ。
まずはドイツの国際的から。1939年にポーランドを占領したドイツに、英仏は宣戦布告する。本書によるとヒトラーは酷く動揺した、とある。つまりナメてたのだ、特にイギリスを。
だが、英仏は大きな動きを見せない。その理由はいろいろ言われているが、本書は「地力の差」と解釈している。
イギリスとフランスはドイツに宣戦布告したにもかかわらず、ポーランドが壊滅したときも総じて消極的態度に終始した。(略)優勢な海軍力による経済封鎖の効果があらわれるのをじっくりと待っておればよかった。第一次世界大戦の経験から英仏は、長期的に見れば時間は自分たちに有利に働くことを知っていた。
――第3章 “鎌”計画をめぐる議論
第一次世界大戦を経験したこの時代、既に戦争は経済力・産業力を含めた総合力で決まる、そういう認識がドイツにも英仏にもあった。
確かにドイツに軍事的な野望はあった。だが、もっと時間があると思っていた。
「すべての軍備計画の達成目標は1944年に設定されていた。1939年は、まだこれからという時期だった」
――第2章 「“電撃戦”構想」無き“電撃戦”
そんなワケで、ドイツ…というかヒトラーは追い詰められる。英仏と普通に戦ったら再びの塹壕戦でジリ貧となり負ける。なんとか短期でケリをつけたい。そこで浮上したのがマンシュタインの構想だ。現実の対仏戦も、ほぼマンシュタインの構想通りに進んだ。肝心のマンシュタインは疎まれて閑職に回されていたが。
政略の失敗を作戦/戦術でワンチャン覆せるかも、そんな餌をヒトラーに与えたのが“電撃戦”構想なのだ。予めキチンとした計画があったんじゃない。破滅の淵に立った者に垂らされた蜘蛛の糸、それが電撃戦”構想だったのだ。
だから、当時のヒトラーにも国防軍にも電撃戦構想はなかった。グデーリアンなどマンシュタインの元部下たちが勝手に暴走した結果が史実なのである。
そのためか、フランスに攻め込んでからも、グデーリアン達は何度か上官から「おい、止まれ」とブレーキをかけられてる。
マンシュタインの積極果敢な構想を参謀総長ハルダーは無愛想にしりぞけ、(略)
クライストはグデーリアンが勝手な行動に出ないよう文書による『禁止事項』さえ作成した。(略)
ルントシュテットは(略)クライストの指示は拘束力を持つと軍団長に言い渡した。(略)
「しかし第19軍団(グデーリアン装甲軍団)は、いったん決意した“ストンヌ突撃”をそのまま実行した」
――第6章 ムーズ戦線の崩壊
ま、グデーリアンは無視するんだけどね。
作戦が実を結んだのは、ひとえにグデーリアンの不服従の結果なのである。
――第7章 海峡沿岸部への突進と「無防備になった側背」の問題
ちなみに指揮系統は、上から陸軍参謀総長フランツ・ハルダー(→WIkipedia)→A軍集団総司令官ゲルト・フォン・ルントシュテット(→WIkipedia)→クライスト装甲集団司令官エーヴァルト・フォン・クライスト(→WIkipedia)→第19自動車化軍団長ハインツ・グデーリアン、となる。
なお抵抗勢力はヒトラーとルントシュテットで、ハルダーはグデーリアン支持、クライストは中立だとか。まあ止める気持ちもわかるのだ。だって側面カラ空きで、そこを連合軍に突かれたら機甲部隊は孤立する。
幸か不幸か、史実は時代遅れな連合軍の戦い方にも助けられ、ドイツ軍は破竹の快進撃を成し遂げる。そのため、戦後は国防軍の将軍たちがこぞって回顧録で「電撃戦は俺が育てた」と主張する始末。その辺を容赦なく著者は暴いてゆく。
この(モンコルネの停止)命令に一番責任を負わなければならないのはヒトラーである。
――第8章 「ダンケルクの奇跡」
西方攻勢は計画的な征服戦争ではなかった。絶望的な戦略状況を打破するための捨て身の作戦的一挙であった。いわゆる「“電撃戦”構想」なるものは、西方戦役のあとになって、あたかも最初から存在したかのごとく喧伝された。
――総括
ダンケルクの停止命令については様々な解釈がある。本書は後発だけあって、今までに語られた説を列挙しては次々と論破してゆく。この過程はなかなか心地よい。そして本書の解釈はドイツ、特にヒトラーに容赦ない。
「ダンケルクの停止命令」は、前日にルントシュテットによって支持された「攻撃中断命令」を野戦軍部隊に再確認させたものにすぎない。
――第8章 「ダンケルクの奇跡」
「ヒトラーのあらゆる決断、あらゆる政策決定は客観的な情勢判断とは無縁である。ただ、軍を指揮するのは自分であって、他の誰でもないということを陸軍総司令官に示す必要があったにすぎないのだ」
――第8章 「ダンケルクの奇跡」
など、本書の主題は政策/戦略決定の過程にある。と共に、軍事物として、“電撃戦”成功の原因を語る終盤も読みごたえがある。まずはドイツ陸軍の組織体質から。これは下級の指揮官に大きな権限と自由を与える方針で、wikipediaでは訓令戦術と呼んでいる。
(ドイツ軍の)現場の指揮官は、攻撃目標を指定されるだけで、その手段については干渉をうけなかった。
――第5章 決定的戦場:グデーリアン装甲軍団によるセダン突破
“電撃戦”では刻々と戦況が変化する。上位の指揮官にいちいちお伺いを立てる暇はない。そういう事です。
次に戦車の使い方。実はドイツ軍、意外と自動車化はされてない。なけなしの戦車と自動車部隊をクライストの配下に集中配備し、戦車の速度に合わせて進軍できるようにしたのだ。対してフランス軍は戦車を歩兵の掩護と位置づけ、歩兵部隊にパラパラと戦車をバラ撒いた。そのため、移動は歩兵の歩みに合わせなきゃいけない。
上巻末から下巻にかけては、戦闘の様子を描いてるんだけど、独仏の速度感覚の違いを延々と描き続けてる感がある。
最後に情報技術がある。ったって、要は無線機なんだけど。ドイツ軍はすべての戦車に無線機があり、隊長の指揮により戦車が一斉に方向を変えるなんて芸当もできた。対してフランス軍は…
パリ近郊のヴァサンヌ城にある(連合軍最高司令官モーリス・)ガムラン(→Wikipedia)の本営には無線機が一台もなかった。
――第10章 勝利と敗北:その要因
ドイツ陸軍が養成した無線通信士の数はフランス軍の12倍であった。
――第10章 勝利と敗北:その要因
と、情報の軽視がはなはだしかったのだ。
他にも空軍の使い方など、ドイツ軍は幾つもの画期的な戦い方を編み出し、その戦い方に組織を合わせている。お堅く見えるドイツ軍だが、意外と柔軟な所もあるのだ。
その画期的な戦術で、首脳陣は「こりゃワンチャンいけるかも」と勘違いしたんだが…
1941年6月の独ソ戦開戦の時点で、ドイツ軍の戦車数が3600両であったのに対し、ソヴィエト軍は実に24,000両の戦車を有していたのだ。
――エピローグ:“世界電撃戦”の幻想
ドイツ軍は他の兵器生産を犠牲にして戦車の製造に集中したにもかかわらず、最終的に25,000両しかつくることができなかった。一方、アメリカ、ソヴィエト、イギリスの三大国は計20万両の戦車を製造した。
――エピローグ:“世界電撃戦”の幻想
と、圧倒的な地力の差は埋められなかった。
マンシュタインの構想は確かに優れていたけど、英仏にメンチを切られ追い詰められた状況で一発逆転の手立てと目されたのが不幸だった。作戦/戦術レベルの発想が、政略ひいては世界史までも変えてしまった例でもある。例えば、独仏が膠着状態に陥っていたら、大日本帝国は米国に宣戦布告しただろうか?
無線や戦車や航空機などの新らしい技術への対応の例としても独仏の姿勢は漫画のように対照的でわかりやすいし、組織の意思決定の内情物としてもドラマチックで面白い。ロンメルがかなりイイ性格してるのも半ば意外で半ば納得だった。ちなみに出てくるのは総統と将軍が中心で、下士官や兵の出番はほんの少しだけです。
軍ヲタはもちろん、歴史上の権力闘争に興味がある人にもお薦め。
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