« 2025年4月 | トップページ | 2025年6月 »

2025年5月の6件の記事

2025年5月28日 (水)

石川浩司「『たま』という船に乗っていた」ぴあ

そもそもソロの集合体だったので、音楽性自体もジャンル分けが不可能だったし。
  ――第2章 「かき揚げ丼」から始まった

【どんな本?】

 1990年代初頭の燦然と登場し、その怪異な風貌と当時の音楽の流行を一切無視した独特のサウンドで世間の話題をさらいつつ、デビュー曲「さよなら人類」をチャートのトップに送り込んだバンド「たま」。その「たま」のランニングことパーカッション担当の石川浩司が、デビュー前からイカ天出場、デビュー後の激変した生活からメンバー脱退そして解散からソロ活動までを綴った半生記。

 要はタレント本です。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2004年1月29日初版発行。今は双葉社からッ改訂増補版が出ているし、コミック版もある。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約273頁。9ポイント44字×14行×273頁=約168,168字、400字詰め原稿用紙で約421枚。文庫ならちょい薄め。

 ややクセの強い文章ながら、抜群に読みやすい。これは好みによるだろう。内容も分かりやすいが、それは私が当時の世情を知っているからかも。この本を読む気になるのは彼らのファンぐらいだから、どうでもいいか。

【構成は?】

 一応は時系列で進むが、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

クリックで詳細表示
  • まえがき ランニングと坊主頭の秘密
  • 第1章 三岳荘11号室
  • 第2章 「かき揚げ丼」から始まった
  • 第3章 音楽仕事天秤時代
  • 第4章 イカ天で人生大逆転
  • 第5章 狂乱の一年
  • 第6章 恐怖の海外レコーディング
  • 第7章 4人はアイドル!?
  • 第8章 船からひとり降りた
  • 第9章 淡々タヌキ時代
  • 第10章 そしてひとりずつに。
  • あとがき デキソコナイの行進

【感想は?】

 タレント本に相応しく、週刊誌風のアオリで紹介しよう。

●高円寺のドン、爆誕!

●侵入と破壊のメロディ

●歌う前科者

●転売ヤー風土記

●やってきたG

●コスパのいいスタジオ

●敏腕エンジニア現る!

●ロックなスピード

●劇団コネクション

●イロモノの蟲毒

●ライバル登場

●あの人気バンドのメンバーに妻が!

●変貌する世界

●スターが事務所に所属する理由

●ジャイアント・キリング

●「私はコレで会社を辞めました」

●今、明かされる、彼らのルーツ!

●伝説を検証してみた

●こんな所に円高の影響が

●ぼくは扉を蹴破ることにした

●貴様、何者だ!?

●あの美人女優があられもない姿で!?

●俺たちはどこに行けばいいのだろう

●あと1回、あと1回だけ…

●「こいつら、本当に危ねえぜ」

●なぜ俺がこんな役に

●あの大スターに後ろから…

●類は友を呼ぶ

●なんで歌えないんだ?

●ランニング、箱物行政を語る

●そして三人が残った

●ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず

●所違えば…

●あの名曲にこんな秘密が

●俺だけ蚊帳の外

●何を持ち込むつもりだ貴様

 なんのこっちゃかわからんと思うけど、バイト先で仕入れたオモシロ話など、読者を飽きさせないサービス精神が溢れていて、実に楽しい本だった。告知の手段がDMだったり音楽配布の手段がカセットテープだったりと、インターネットが普及していないあの頃の風情もシンミリしちゃったり。また、ライブハウス中心の音楽家の暮らしも面白いし。

 彼らが聞いていた音楽も、「もしかしたらソッチの人ではないか」との疑いを裏付けていて、「やっぱり」と思ったり。

 そんなワケで、「たま」や「パスカルズ」のファンには嬉しい本だろう。

 にしても、「たまのランニング」で通じるのは凄い。私の知ってる範囲だと「AC/DCの半ズボン」「RAINBOWのリーゼント」ぐらいか。「KISSのチョンマゲ」は反則かな? 他に思いついたら教えてください。

【関連記事】

【今日の一曲】

TVアニメ「宇宙人ムームー」ノンクレジットED「さよなら人類」/さくらこ&ムームー

 この本を読むキッカケとなった、「たま」の名曲「さよなら人類」のカバー。まったく新しい録音ながら、原曲の魅力を存分に引き出した巧みなアレンジが素晴らしい。

| | コメント (0)

2025年5月26日 (月)

エリック・ラウガ「流体力学超入門」岩波科学ライブラリー 石本健太訳

この本では,本質となる物理的なアイデアに焦点を当てて,流体力学の全貌をコンパクトに紹介したい.本書の目的は,最小限の数学の知識で,幅広い流れの振る舞いを直感的に理解することである.
  ――まえがき

【どんな本?】

 流体力学は、最新の科学と工学のキモであり、また身近なあらゆるところでも見られる。自動車のエンジンの設計、航空機が空を飛ぶ理由、油と酢をかきまぜたドレッシング,風呂の水を抜くときの渦、竜巻や台風。蛇口から流れ出る水も、野球の投手が投げるカーブも、流体力学に従っている。

 多くの自然現象の原理であり工学技術に関わる流体力学について、その概要と重要な概念を中学卒業程度の数学を用いて説明する、一般向けの流体力学の入門書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Fluid Mechanics: A Very Short Introduction, by Eric Lauga, 2022。日本語版は2023年12月12日第1刷発行。単行本ソフトカバー横一段組み本文約146頁に加え、訳者あとがき2頁。9ポイント29字×26行×146頁=110,084字、400字詰め原稿用紙で約276枚。文庫なら薄い一冊分。

 文章はこなれていて親しみやすい。が、内容は相応に手ごわい。なにせ数式がソレナリに出てくる。最も難しいのは有名なナビエ-ストークス方程式(→Wikipedia)で偏微分を含むが、さすがに著者も示しただけで、読者が理解できるとは思っていないだろう。それを除けば必要なのは掛け算と割り算(分数)とべき乗(累乗)と平方根までだ。じっくり挑もう…と言いつつ、私はほとんど読み飛ばした。

【構成は?】

 科学の本だけに、前の章を前提にして次の章が展開するので、素直に頭から読もう。

  • まえがき
  • 1 「流体」とはなんだろうか?
  • 2 流れがあると「粘性」が見えてくる
  • 3 世界にあふれる「管内流れ」
  • 4 「次元」で現象の本質をつかむ
  • 5 流体力学の歴史を変えた「境界層」
  • 6 「渦」を見る,「渦」を使う
  • 7 パターンを生み出す「不安定性」
  • 8 「流体力学」の未来
  • 訳者あとがき/参考文献/図版クレジット/索引

【感想は?】

 超入門と言いつ、各章に平均して二つぐらいの数式が出てくる。つまり、それぐらい真面目な本なのだ。そこは覚悟しよう。まあ、私は数式を読み飛ばしたけど←をい

 物理学の一分野だけあって、やはりエネルギーが重要な要素となる。例えば表面張力。これは水が水滴になる理由でもあり、こんな理屈に基づいている。

表面張力(略)個々の分子にとっては,周囲にできる限り多くの分子がいるほうが,液体中の分子のエネルギーが減少する(略)
液体の表面にある分子は隣の分子が液体側の一方向にしかない(略)
液体の表面に多くの分子がいることはエネルギー的には好ましくない. 結果,表面の分子が最も少なくなる(略)ときに,最小のエネルギー状態が実現される.
  ――1 「流体」とはなんだろうか?

 うん、なんか判った気がする。他の人に説明しろと言われたら出来ないけどね。なお、蛇口を少しだけ開いた時に、水がツツーと流れずポタポタと滴るのも、同じ理屈だそうだ。

 …と、そんな風に、私は数式を無視して文章、それも応用例や現象を説明する部分だけを拾い読みして理解した気になっている。

 さて、流体力学なんて名前なんだから、流れに関する学問だ。例えば川の流れ。これ、場所にって流れの速さが異なる。

川の中の流れを考えてみると,川底付近の液体はそれほど流れないが,水面近くではずっと速く流れる.
  ――2 流れがあると「粘性」が見えてくる

 あれ、そうなのか。これは閉じた管でも同じで、中心に近いほど流れは速くなる。まあ、これは直感的に分かる気がする。意外なのが、管の直径と流量の関係。ちなみに、管はガス管や水道管に似て、切り口は円、つまり円筒形だと仮定してる。

管の中の流量は圧力差に比例し,管の半径の4乗に比例する
  ――3 世界にあふれる「管内流れ」

 てっきり管の断面積つまり半径の2乗に比例すると思ったが、意外だ。そのため、管の太さは少しの変化で大きな影響を及ぼす。その一つが、血管である。

壁面せん断応力は、σ∝1/D3であるから管径が細くなると急激に増加する。このスケーリング関係から、プラーク(不健康な食生活が原因の脂肪性沈着物)が沈着した動脈がいかに危険かが分かる。
  ――3 世界にあふれる「管内流れ」

 医師からコレステロール値や血圧が高いと警告されている人は、そういう事なのだ。特に細い血管で、この効果は大きくなる。うーむ、私も気をつけねば。

 などの流体力学そのものの話に加え、物理学で使う数学の基礎知識が少し出てくるも嬉しい。その一つが次元解析(→Wikipedia)。だいぶ前に言葉は聞いたことがあるけど、意味は全く分からなかったが、あれ科学で使う数式に限ったモノだったのか。

次元の一致(略)等号で結ばれた科学の数式は両辺で同じ物理次元を持たなければならない
  ――4 「次元」で現象の本質をつかむ

次元解析において基本的な「力学的次元」は3つM,L,Tしかなく
  ――4 「次元」で現象の本質をつかむ

 …はいいけど、「M,L,T」って何よ?、と思って Wikipedia を見ると、Mは質量、Lは長さ、Tは時間なのね。

 さて、物理学に戻ろう。日ごろ私たちが見る流れの多くは、理屈通りに綺麗に動くワケじゃない。どうしても乱流が現れるのだ。厄介なようだが、時としてこれを利用する場合もある。

境界層が乱流になると,境界層の中の効力が大きくなるが,剥離が遅れるので,後流による抵抗は下がる.(略)この現象は抗力急減として知られる.(略)
ゴルフボールの表面にあるディンプルと呼ばれるくぼみは,抗力急減を引き起こし抗力を減少させる
  ――5 流体力学の歴史を変えた「境界層」

 おう、そうだったのか。実際の開発の経緯は計算してくぼみをつけたというより、やってみたら上手くいったらしいけど(→「スポーツを変えたテクノロジー」)。

 また、竜巻の理屈も出てきた。

竜巻(略)夏場、地表近くの空気は太陽光によって暖められ,軽くなり上昇する.そこでの空気が垂直に移動すると,別のところの空気が比重のために水平移動に移動してこなければなたない.
  ――6 「渦」を見る,「渦」を使う

 この理屈、台風と似てる気がするんだが、どうなんだろ? 気象庁の「アメリカで発生するトルネードとの違い」を見ると、竜巻の発生や維持・成長には気団の衝突など地形や気象も関係あるようだ。

 やはり気象だと、雲にも流体力学が関係している。飛行機雲もそうだが、「ヘルムホルツ不安定性 雲」で画像検索すると、よく見かける形の雲が出てくる。流速の違う二つの気団の境界で見られる雲だ。

 当然ながら、流体力学は工学/産業とも関係も深い。私的に有り難かったのは、石油採掘で使う泥水の意味が分かったこと。老いた油田から更に原油を絞り出すために、油田に「水」を注ぎ入れる事がある。これ「水」じゃなく業界じゃ「泥水」(でいすい)と呼ぶ。その意味がわかった。

原油が地下の埋蔵地から勝手に流れ出なてこないときには,(略)気体を注入したり、蒸気や水を使うこともある.問題は,原油が超高粘性であることだ.(略)解決策として,水に高分子を混ぜて粘度を十分上げることで不安定性の発生を防ぐことができる.
  ――7 パターンを生み出す「不安定性」

 ただの水でいいじゃん、と思ってたんだが、原油の質によっては水じゃ巧くいかないようだ。

 さて、これら流体力学の大元はナビエ-ストークス方程式なんだが、実は根本的な部分に謎を抱えていて(→Wikipedia)、7つのミレニアム懸賞問題(→Wikipedia)の一つだとか。

ナビエ-ストークス方程式(略)が適切であるのかどうか,言い換えるとその数学的な構造に根本的な欠陥があるのかどうか,実は十分にはわかっていないのだ.
  ――8 「流体力学」の未来

 わかってないけど、現場の工学/設計や解析じゃ一部の変数を定数に置き換えた式の近似でなんとかやれてるようだ。

 一般向けの科学の本ではあるが、数式が遠慮なく出てくるので、全部を読みこなそうとすると相応の覚悟が要る。が、そこはそれ、数式は適度に読み飛ばして読めば、ソレナリに楽しめる。とりあえず、数式を見ても(読み飛ばして構わないので)頭が痛くならない人にお薦め。

【関連記事】

| | コメント (0)

2025年5月21日 (水)

脇本平也「宗教学入門」講談社学術文庫

宗教学の立場について(略)つぎの三つの点から説明を付け加えておきます。
1.宗教学は客観的に事実を問題にし主観的な価値判断は避ける。
2.宗教を人間の生活現象の一局面としてとらえる。
3.特定の一宗教ではなくて複数の多宗教を資料として取り扱う。
  ――1 宗教学の立場と分野

【どんな本?】

 宗教学とは何か。本書では、多様な宗教を客観的に比べ、それぞれの特徴と共通点を見てゆく。その切り口もまた様々で、起源や歴史,思想や儀礼,世界観,教団組織,社会との関係そして人々の関わり方や与える影響など、視点は多岐にわたる。

 本書は入門編として、宗教学の全般を見渡すことを目指す。そのため代表的な説や論は概論を紹介するに留め、個々の論の詳細には立ち入らない。

 「宗教学とは何で、どんな事をやるのか」を紹介する、一般受けの宗教学入門書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原著は脇本平也「宗教を語る 入門宗教学」日新出版で1983年1月1日発売。講談社学術文庫版は1997年8月10日第1刷発行。私が読んだのは2000年7月19日の第7刷。着実に売れてます。文庫で縦一段組み本文約317頁に加え、山折哲雄の解説8頁。8.5ポイント41字×17行×317頁=220,949字、400字詰め原稿用紙で約553枚。文庫では普通の厚さ。

 文章はこなれていて親しみやすい。内容もわかりやすい。巻末に索引があるのは嬉しいが、性だけの人名がよく出てくるのは不親切。精神分析の(ジークムント・)フロイトは有名だが、金枝篇の著者で人類学者の(ジェームズ・)フレイザーは微妙なところ、原始文化の著者で人類学者の(エドワード・バーネット・)タイラーを知る素人は少ないだろう。

【構成は?】

 教科書として書いた本であり、原則として前の章を基礎として後の章が展開するので、素直に頭から読もう。

クリックで詳細表示
  • 学術文庫版まえがき
  • 1 宗教学の立場と分野
  • 1 宗教学の立場
  • 2 宗教学の歴史的成立
  • 3 宗教学の専門諸分野
  • 2 宗教の原初形態
  • 1 考古学的考察
  • 2 民族学的考察
  • 3 科学・呪術・宗教
  • 1 フレイザーの呪術論
  • 2 呪術の類型
  • 3 呪術の原理
  • 4 科学と呪術
  • 5 呪術と宗教
  • 4 宗教の諸類型
  • 1 有神的宗教と無神的宗教
  • 2 権威主義的宗教と人間主義的宗教
  • 3 神秘主義的宗教と預言者的宗教
  • 4 汎神的宗教
  • 5 救い型・悟り型・つながり型
  • 6 民族宗教と世界宗教
  • 7 宗教進化の5類型
  • 5 宗教の構成要素
  • 1 教義・儀礼・教団・体験
  • 2 宗教思想
  • 3 宗教儀礼
  • 4 宗教集団
  • 5 宗教体験
  • 6 宗教的実在観
  • 1 実在観の諸相
  • 2 人格的「神」の観念
  • 3 非人格的実在の観念
  • 4 神と法
  • 7 宗教的人間観
  • 1 人間起源神話
  • 2 人間の二元的構造
  • 3 自己の問題
  • 4 宗教的人間の目標とその実現
  • 8 宗教的世界観
  • 1 その意味と内容
  • 2 宇宙論
  • 3 他界観・来世観
  • 4 空間論・時間論
  • 9 宗教儀礼
  • 1 儀礼の類型
  • 2 宗教的修行
  • 3 儀礼の機能
  • 4 おまつり
  • 10 教団と社会
  • 1 宗教集団の類型
  • 2 教団内部の組織化
  • 3 宗教と経済
  • 4 宗教と政治
  • 5 宗教と社会変動
  • 11 宗教体験と人格
  • 1 宗教体験の特徴
  • 2 宗教神秘主義
  • 3 無意識と宗教
  • 4 宗教的人格の形成と成熟
  • 12 宗教の機能
  • 1 宗教の場
  • 2 宗教的生のエネルギー
  • 3 人生の基本構造
  • 4 聖なるもの
  • 5 意味の納得と発見
  • あとがき(原本)/解説 山折哲雄/索引

【感想は?】

 「宗教学は何をやっているのか」が知りたくて読んだ本だ。その目的にはちょうどいい本だった。頁数も適度だし。

 結論から言うと、「文化人類学の一分野で宗教に焦点をあてたもの」という感じ。一応、「複数の多宗教を資料として取り扱う」とあるが、キリスト教と仏教と神道の例が多い。これは著者も読者もよく知っているので、説明に都合がいいからだろう。

 やはり学問としての起源は欧州つまりキリスト教社会で、そこから手を広げていったようだ。とはいえ、本書は著者が日本人で仏教に詳しいためか、キリスト教に偏った感はない。他にはゾロアスター教やデュオニソスなど古代ギリシャの神々,天照大神,そしてなぜかマルキシズムなどが出てくる。

 学問の手法としては、やはり「分類」と「要素分け」から始まるようだ。

 「分類」は、世界の様々な宗教を、幾つかのグループに分けてゆく。ただ、その切り口も色々ある。【構成は?】を見ればわかるように、有神的/無神的,権威主義的/人間主義的,神秘主義的/預言者的…と、幾つもの(数学的な意味での)次元があるのだ。

 もちろん、どの切り口にしても、スッパリと二分できるわけではなく、「~の色が濃い」ぐらいがせいぜいだし、その濃さも時期や宗派によって違ったりする。

 続く「要素分け」は、「宗教は何を含んでいるか」を考えるものだ。本書は四つ、教義・儀礼・教団・体験を挙げている。これがまた、宗派を分類する際の指標にもなったり。

 また、儀礼にしても、これまた目の付け所によって分け方は様々だ。「〇〇断ち」のような消極的儀礼と奉献のような積極的儀礼に分けたり、成人式のような通過儀礼と収穫儀礼のような教化儀礼に分けたり、一つの儀礼を厳粛な祭儀とお祭り的な祝祭に分けたり。こういう、相違点と共通点を見いだすあたりは、文化人類学の面白さそのものだ。

 などを読むうちに、「そうか、学問とは分類と要素分けから始まるのか」なんて偉そうな事を考えてしまう。何度も書いているが、分類も要素分けも、目のつけ方次第で様々な分類方法・要素分けの方法があるワケで、一つの対象も色とりどりの表情を見せてくれるのだ。

 当然ながら、宗教につきものの神話や宇宙論も出てくるし、フロイトやユングなどにも触れている。こういう怪しいのが出てくると、俄然ワクワクしてくるのがヲタクの性。

 そういう点では「3 科学・呪術・宗教」はフレイザーの金枝篇から美味しい所を軽くつまんでる感があって。いや萌える(誤字ではない!)でしょ類感呪術とか模倣呪術とか感染呪術とか、厨二な心を刺激しまくり。残念ながら本書は軽くつまんでるだけで、「詳しくは原本にあたれ」って姿勢なんだけど。今、ちょいと調べたら、「図説 金枝篇」なんて出てるのね。

 かと思えば次の「4 宗教の諸類型」では、いきなり「1 有神的宗教と無神的宗教」とかあって、これもアレな感性をくすぐりまくるワケです。残念ながら本書はあまし道教に触れてないんだけど、道教はどっちになるんだろ? 「神」って言葉は出てくるけど、日本語の「神」とは意味が違うみたいだし。

 とはいえ、本書の目的はあくまでも宗教学の全体図を示す事であって、個々の宗教や具体例には深く踏み込まないのが惜しいところ。もっとも、それを始めたら何十巻もの大著になっちゃうから、仕方がないか。

 やはり概論なので少々食い足りない感はあるものの、そこはさすがに入門書。最後の「あとがき」で関連図書を幾つか挙げ、より深く知りたい人はこちらをどうぞ、と次のステップの道案内まで載っている。なかなか親切です。

 という事で、「宗教学って何をしてるの?」と野次馬根性が首をもたげた人にお薦め。ちなみに、これっで少しだけ「宗教学」はわかるけど、「宗教」はあましわからんです、はい。

【関連記事】

| | コメント (0)

2025年5月19日 (月)

ダニ・オルバフ「ナチス逃亡者たち 世界に潜伏、暗躍したスパイ・武器商人」朝日新聞出版 山岡由美訳

本書は何よりもまず、敗者について、つまり歴史の残骸ともいうべきナチ・ドイツとその情報・治安機関で働いていた多くの個人について語るものだ。
  ――おわりに 鏡に映った亡霊 ナチ浪人の歴史的重要性

わたしはこの本で、第二次世界大戦後から数十年にわたり、金銭目当てでさまざまな仕事を請け負ったナチの動きについてまずは語ろうと思う。さらにそうしたナチが引き起こした現象の重要性を説明したうえで、それが冷戦の全体像や西ドイツ国内で繰り広げられた権力闘争ドラマ、またイスラエル・アラブ紛争や情報機関による秘密戦争と混じりあった経緯を説明したい。
  ――はじめに

【どんな本?】

 ナチス・ドイツは滅びた。連合軍に身柄を拘束された者たちは、ニュルンベルク裁判で裁かれる。だが、当局の追及を逃れ、落ち延びた者もいた。

 ある者たちは、ナチスの思想の一部を捨て、幾つかの欠片を守り続けた。反共思想で西側情報機関で働く者。反ユダヤ思想でアラブ諸国に協力する者。逆に米英仏への恨みで東側の手先となる者。

 または、思想をスッパリ捨て、武器商人として暗躍する者もいれば、誰彼構わず情報を切り売りしてあぶく銭を稼ぐ者もいた。

 元ナチたちは、どこに潜み、どのように生計を立てていたのか。イスラエルやドイツなどは、彼らをどう考え追跡したのか。それにより、冷戦時代の世界はどのような影響を受けたのか。

 軍事史の研究者でありイスラエル軍情報部の勤務経験を持つ著者が、20世紀後半の歴史の闇を照らし出す、一般向け諜報ドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Fugitives: A History of Nazi Mercenaries During the Cold War, by Danny Orbach, 2022。日本語版は2024年5月30日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本部約329頁に加え、日本の読者のための著者による解説が豪華15頁。9.5ポイント46字×18行×329頁=約272,412字、400字詰め原稿用紙で約682枚。文庫ならやや厚め。

 文章は比較的にこなれている。ただし、ややこしい内容が多い。というのも、本書はスパイ物の色が濃いためだ。そもそも登場人物が膨大な上に、名前・経歴・目的などを偽る者も多く、その関係も複雑に絡み合っている。幸い、親切な事に各章の頭に「本性の主な登場人物」の項があり、これがとても助かった。また巻末に人名索引があるのも嬉しい。

 が、組織の略称が次々と出てくるのには参った。CIA・KGB・MI6・モサドぐらいは分かるが、次に挙げる名前はなじみが薄い。これも略称一覧などをつけて欲しかった。なお、リンク先は日本語版Wikipedia。

【構成は?】

 ほぼ時系列で進むので、なるべく頭から読もう。

クリックで詳細表示
  • はじめに
  • 第1部 凋落と復活
  • 第1章 荒れ地
  • 第2章 ゴミ溜めのなかから 生き延びたナチ浪人
  • 第3章 乞う者と選ぶ者ゲーレンとCIA
  • 第4章 ブラインドと赤の脅威
  • 第5章 モスクワ、先手を打つ 花火作戦
  • 第6章 チェスと二重スパイ ルードヴィヒ・アルベルトをめぐる謎の事件
  • 第2部 副産物と影響
  • 第7章 漁夫の利
  • 第8章 ハダード通りの家
  • 第9章 オリエント貿易会社 第三世界のネオナチによる目論見
  • 第10章 反撃するフランス
  • 第11章 バイスナー、吹き飛ばされる
  • 第12章 敵の敵は アロイス・ブルンナーの企て
  • 第13章 「懲罰攻撃」 モサドの参入
  • 第14章 シリアの冬 OTRACOの没落
  • 第15章 暴かれる不都合な過去 ゲーレンの苦難のとき
  • 第3部 余震と幻影
  • 第16章 ダモクレス作戦 幻影を追跡するモサド
  • 第17章 目の前の獲物と核の悪夢
  • 第18章 悪魔との取引 ナチを使うユダヤ人国家
  • 第19章 ハエは蜜で取るもの
  • 第20章 沙汰止み
  • おわりに 鏡に映った亡霊 ナチ浪人の歴史的重要性
  • 謝辞/日本の読者のための著者による解説/参考文献/原注/人名索引

【感想は?】

 書名は「ナチス逃亡者たち」だが、読後の印象は「第二次世界大戦後の中欧と中東のスパイ合戦」みたいな感じ。

 逃亡者の皆さん、昔取った杵柄なのか、諜報機関と関係を持ちたがる者が多い。中にはラインハルト・ゲーレンのように出世する者もいるが、多くは情報屋としてネタを売りまくるのである。それも相手かまわずで、CIAもKGBもお構いなし。

 そんな感じで、出てくるのは次のような人物だ。断りがない場合のリンク先は日本語版Wikipedia。

 この辺の名前で食指が動く人向けの本です。

 …で終わっちゃったらアレなので、私が気になった所を紹介する。

 ドイツは日本と同じ敗戦国なので、やはり敗戦後の状況は気になる。どうも敗戦国には他国の軍人だけでなく、情報機関の者も押し寄せるようだ。欧州の人は見ただけじゃ国籍を見分けにくいので、様々な国のスパイが交錯する。そして元ナチたちは、その人脈を使い情報屋として小遣いを稼ぐのである。その報酬は現物支給の場合もあるが…

西ドイツにいたエージェントは同業者が占領国(米英仏)のどの国のために働いているのかを、その人物が吸っているタバコの銘柄をもとに特定したという。
  ――第3章 乞う者と選ぶ者ゲーレンとCIA

 当時はそれぐらい喫煙者が多かったんです。

 そんな状況でも、ドイツ連邦共和国(当時は西ドイツ)が成立した以上、相応の情報機関が要る。よってラインハルト・ゲーレンがゲーレン機関(後のBND、ドイツ連邦情報局)を立ち上げた。そこで人を集めるんだが、二重スパイが潜り込むとマズい。ってんで採用の際は身元を調べるんだが…

ゲーレンのセキュリティ顧問は二重スパイを探すにあたって、ナチの治安機関出身者ではなく、共産党とのつながりをもつ者やドイツのレジスタンス闘士を標的にしたのだ。
  ――第5章 モスクワ、先手を打つ 花火作戦

 一応タテマエとして「ナチ関係者は駄目」となってたんだが、実際にはザルで…。こういう所は日本の公安警察や公安調査庁と似てる。加えて…

終戦時に秘密野戦警察隊の文書のほとんどが廃棄された
  ――第6章 チェスと二重スパイ ルードヴィヒ・アルベルトをめぐる謎の事件

 と、組織的に証拠隠滅してたのだ。これもまた日本とソックリ。だもんで身元調査は難しく、チェックも緩かった。これが祟り、後に醜聞として炎上、首相の怒りを買う。

(西ドイツ首相)アデナウアーの命令を受け、「部会85」という内部組織がBNDの全職員についてナチ時代の経歴の調査に当たり、SDやゲシュタポなどのナチの治安機関に勤務していた数十人を追放した。
  ――第15章 暴かれる不都合な過去 ゲーレンの苦難のとき

 ばかりか、東側の二重スパイの侵入も許す体たらく。こういう「姿勢は強硬だが間抜け」な例は、現代の国際社会にも思い当たる節が幾つか。

 さて、本書のテーマの一つは、元ナチスが世界情勢に与えた影響だ。欧州では、アルジェリア民族解放戦線FLNとフランスと武器商人の関係がある。

 当時、独立を求めるFLNとフランスは対立していた。そのFLNに武器を売っていたのがアロイス・ブルンナーなど元ナチの武器商人である。アルジェリアへの武器流入を止めたいフランスは、SDECEが主体となり武器商人の暗殺を企てる。一時期は功を奏したように見えたが…

(アルジェリア民族解放戦線FLNに武器を売る)ドイツ人武器商人に対する(フランスによる)テロ攻撃は、FLNに供給される武器の流れを止めるどころか、アルジェリア人を共産圏のなかへと勢いよく押しやることになったのだ。
  ――第11章 バイスナー、吹き飛ばされる

 今度はソ連や中国が国家として武器を売り始めたのだ。フランスとしては、まさかソ連に表立って喧嘩を売るわけにもいかず、事態は更に悪化してしまう。つかベトナムといい、この頃のフランスはロクな事してないな。

 そのフランス、イスラエルには比較的に同情的で、それには理由があった。

アルジェリアで戦争が続いていたうえに、イスラエル人が国の存亡をかけてアラブ人と戦っていることにフランスの軍民の指導者は深い同情を寄せていた
  ――第13章 「懲罰攻撃」 モサドの参入

 「激突!! ミサイル艇」でも、フランスやギリシャは(非公式に)イスラエルに同情的なんだが、それは「敵の敵は味方」って理屈なんだろうか。

 ドイツでも、保守本流の人はイスラエルに同情的だったりする。

(西ドイツ元国防相のフランツ・ヨーゼフ・)シュトラウス(→Wikipedia)はイスラエルを中東の反ソ・新欧米の要塞と見なしていた。
  ――第19章 ハエは蜜で取るもの

 当時のドイツは東西対立の最前線だけに、東側への対策は切実な問題だったんだろう。

 かように西欧がイスラエルに好意的なのに対し、敵意剥き出しなのがアラブ。なので、元ナチを様々な形で受け入れる。中でもイスラエルに衝撃を与えたのが、エジプトのナセルが迎え入れたドイツ人ロケット科学者たち。

エジプトの革命記念日に当たる1962年7月23日、(略)ナセル大統領が(略)長距離ロケットをパレードで披露したのだ。
(略)エジプト大統領は、次にイスラエルとの戦闘を余儀なくされたときには、その国の都市に死と破壊の雨を降らせてやるとすごんだ
(略)この恐ろしい武器を開発したのは、エジプトに拠点を置く新世代の雇われドイツ人だった。
  ――第16章 ダモクレス作戦 幻影を追跡するモサド

 これで当時のイスラエル首相ダヴィド・ベン=グリオンはパニックに陥る。実際はエジプトの工業力やドイツ人科学者の能力などが障壁となり、エジプトの予算を無駄遣いするだけに終わるのだが、ベン=グリオンには慌てるだけの原因があったのだ。

ユダヤ人絶滅を企むナチのイメージをイスラエルに敵対するアラブ人、ことにエジプト人、より具体的にはアラブ世界で最高の強さとカリスマ性をもつ指導者、ガマール・アブドゥル・ナセルに投影していたのだ。
  ――第16章 ダモクレス作戦 幻影を追跡するモサド

 それぐらい、この頃のナセルの人気は凄かったのだ。

 有名なナセルに対し、ハーッジ・アミーン・フサイニーは日本じゃあまり知られていない。エルサレム大法官であり、ナチスの高官と親密な関係にあり、第二次世界大戦後はパレスチナの武装蜂起を煽った人物だ。2015年に現イスラエル首相のネタニヤフが暴論を吐いて炎上する羽目になった(→AFP)。そのフサイニ―も、ナチ逃亡者を庇っている。本書に曰く、「中東のナチ逃亡者の守護天使」だとか。

 最近のパレスチナに対するネタニヤフをはじめとするイスラエル右派の、あまりに短絡的で暴力的な対応の裏には、ベン=グリオンがナセルと元ナチに怯えたように、フサイニーとナチの亡霊への怯えがあるんじゃないか、と私は思っている。

 実際、今世紀に入っても、シリアは元ナチを匿っていた。アロイス・ブルンナー、アドルフ・アイヒマンの副官である。一応、シリア政府はタテマエとして「そんな人知らない」って姿勢を保っていたが、ブルンナーは勝手に取材を受け、こんな事を言ってる。

「君はわたしに感謝すべきだ。君たちの美しいウィーンからユダヤ人がいなくなったのだから」
  ――第20章 沙汰止み

 反ユダヤ思想は筋金入りのだ。そしてアイヒマンに対しては「わたしにとって大切な方だった」なんてコメントしてる。裁判じゃ凡庸な役人を演じたアイヒマンだが、ブルンナーの言葉から推し量れば、思想的にも「忠実」だったんだろう。

 書名は「ナチス逃亡者たち」で、実際に元ナチの戦後の暗躍を描いている。が、元ナチの潜伏先として有名な中南米にはほとんど触れず、欧州と中東それも東地中海周辺が主な舞台となる。要は「イスラエルから見た元ナチ」なのだ。そんなワケで、イスラエルを中心とした中東情勢、それもスパイや密輸組織などの裏面史が好きな人にお薦め。あ、もちろん、著者はイスラエル贔屓です。

【関連記事】

| | コメント (0)

2025年5月14日 (水)

SFマガジン2025年6月号

「シザースが背後にいる。全ては仕組まれたことだ」
  ――冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第59回

「俺たちは今、変わりゆく世界そのものを構築する戦争、その先端に立っているんだ」
  ――吉上亮「ヴェルト」第二部第六章

 376頁の標準サイズ。

 特集は「大阪・関西万博/バーチャル大阪パビリオン特集」。大阪パビリオン推進委員会のディレクターを務める佐久間洋司を中心として、公式ストーリーの「ユーダイモニア」冒頭や関係者のインタビューなど。

 小説は9本+3本。連載が5本+3本、読み切りが4本。

 連載小説5本+3本。辻村七子「博士とマリア」第3回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第59回,吉上亮「ヴェルト」第二部第六章,夢枕獏「小角の城」第81回,飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第27回に加え、田丸雅智「未来図ショートショート」3本「シェアボディー」「フォードシェフ」「おっちゃん」。

 読み切り小説は4本。佐久間洋司原案・監修+結城紫雄著「ユーダイモニア」冒頭,安野貴博「月面の弁護人」,暴力と破滅の運び手「ミッドナイト・イン・トロカデロ」,ウォルター・ジョン・ウィリアムズ「緑紋病 前編」酒井昭伸訳。

 連載小説。

 辻村七子「博士とマリア」第3回。大企業HAPの関連企業の関連企業の船で、シュロたちは同じ部屋に寝泊まりして働いていた。朝の4時から20時まで働きづめ、食事は気まぐれ。仕事は養殖真珠の絡むきとえり分け、器用で目がいい者が役立つため、若い女が多い。あまりに酷い雇用条件に、リーダー格のカンナが交渉に出向いたが、そのまま帰ってこない。

 大企業HAPのブラックぶりが如実に描かれる今回。朝4時から夜20時までの1日16時間労働だけでも無茶で、「こりゃ死ぬな」と思っていたら更にその先があり、思わず笑ってしまった。下手なタコ部屋すらしのぐ。いや笑ってるけど、現実の世界も確実にこの方向に向かってるんだよなあ。豹変する千代も楽しいが、更に…

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第59回。共感を失ったラスティは暴走し、今は人質をとってリバーサイド・ホテルに立てこもっている。事件は市を震撼させ、警察も大きく動き出した。ウフコックはシザースの筋書きだと断言する。事態の収拾に乗り出すイースターズ・オフィスに、ハンターらクインテットが協力を申し出る。

 ラスティが大暴れする前回に続き、そのラスティに振り回される周囲の人々を描く回。バロットとウフコックのコンビには安定感・安心感があるし、狡猾さを増したバジルを中心としたクインテットも単なるマフィアとは一線を画す組織としての強みがある。それだけに、両者が組む必要がある状況ってだけで、なんか不気味さを感じてしまう。

 吉上亮「ヴェルト」第二部第六章。ナポレオンに連れられ同盟軍が立てこもる要塞の攻略に付き合わされる処刑人サンソン。ここトゥーロンは王党派に加えスペイン・ナポリ王国・シチリア王国・サルディーニャ王国そして英国が力添えし、更にオーストリアからも援軍が来ると噂されている。その前に要塞を落としたいが、海からの補給を受けており…

 ナポレオンが名を挙げたトゥーロン攻囲戦(→Wikipedia)をネタにした回。今までは謎めいた存在だったナポレオンが、今回は意外なくらい心の内を語ってくれる。砲兵将校としての合理的な思考・世界観を基盤としながらも、この作品のテーマであるアレに気づいている彼は…

 飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第27回。文化祭の大災害により、町も高校も大きな被害を受けた。高校で生き延びた者は、生徒・教職員ともに1/4程度。校舎も大きく変容し、使える建物や教室も減った。それでも、生徒たちは学校に通う。

 何度も書いているが、登場人?物たちが、「自分は人間ではない」と知っているのが、本作の大きな特徴。今回の中心人?物である宇田広安が自宅で食事を摂る場面は、この作品の特異な設定を象徴する異様さに満ちている。

 読み切り小説。

 佐久間洋司原案・監修+結城紫雄著「ユーダイモニア」冒頭。都市<AO>の中心<ネクサス>の高層フロアで目を覚ます。突然に連れてこられたが、リオが巧みに案内してくれるので、大きな不安はない。トレーニングも成果が出て、外出が許された。「街全体が、大きな図書館みたい」と感動していたが…

 冒頭のみ収録。一種のユートピア物の体裁を取っている。平和で幸せな社会の中に、波乱を起こす者、本作品ではノアが居るのも、ユートピア物のお約束だろう。住む者が人間の姿をして人間の言葉を話し現代人に近い考え方をして現代の技術の延長に見える(だから直感的に使い方が分かる)ガジェットに囲まれているあたりは親しみやすい。

 安野貴博「月面の弁護人」。2042年。スティーブンは、弁護士から宇宙飛行士になり、緯度経度0つまり地球の真正面にあるNASAの基地でキャップテンを務めている。そこに国家航天局から逃亡者がやってきた。かの国とは関係断絶状態にあり、資源開発をめぐり競争関係にある。リンファと名のる逃亡者は…

 冒頭に宇宙条約(→Wikipedia)の引用、そして主人公スティーブンは弁護士。となれば想像がつくように、「いかに法の裏をかくか」をネタとした作品。13頁の短い作品ながら、「おお!」「そうきたか」と読者の予想を覆す鋭いアイデアが詰まっている。

 暴力と破滅の運び手「ミッドナイト・イン・トロカデロ」。1878年のパリ万博で建てられたトロカデロ宮に幽霊が出る。今は1935年、2年後の万博に備え、ロイック中堅技師は悩んでいた。トロカデロ宮を他の場所に移すか廃棄するか。上司のアルベール主任は優柔不断で頼りにならない。問題はパイプオルガンで…

 うおお、楽器の女王パイプオルガンだぁぁっ!そう、本作は滅多にお目にかかれないパイプオルガンSFなのだ。それだけで私のは星3個あげちゃう。なぜパイプオルガンが楽器の女王かって?そりゃね、他の楽器と違ってパイプオルガンは動けないから。だもんで、他の楽器と合奏する際は、他の楽器がパイプオルガンに調律を合わせるのだ。姿だって、楽器というより建物と呼ぶべき堂々たる迫力だし。

 ウォルター・ジョン・ウィリアムズ「緑紋病 前編」酒井昭伸訳。島で過ごす人魚のミッシェルにダヴー博士から魅力的な仕事の依頼が来た。ジョナサン・テルジアンの生涯で、所在が掴めない時期が三週間ほどある。再び姿を現した時、彼の考え方は大きく変わっていた。未熟とはいえ相応に情報ネットワークが発達している時代だから、何らかの痕跡がある筈だ。

 技術も社会も大きく変貌した遠未来と、私たちの時代に近い世界が交互に語られる。かつてウォルター・ジョン・ウィリアムズはパチモンのサイバーパンクみたく言われてた。大量のSFガジェットをいちいち説明せず怒涛のように登場させる芸風はワイドスクリーン・バロックっぽいが、近未来のパートは船戸与一もかくやと思わせる昏く熱くディープなネタを扱っている。

 次号はウィリアム。ギブスン特集。訳者の黒丸尚も扱うんだろうか?

| | コメント (0)

2025年5月 4日 (日)

カール=ハインツ・フリーザー「電撃戦という幻 上・下」中央公論新社 大木毅・安藤公一訳

“電撃戦”の基本型と見られてきた1940年の西方戦役は、実は“電撃戦”としては計画されなかった。
  ――日本語版への序文

1940年のアルデンヌ攻勢は、“電撃戦”の模範的な戦術例としてあらゆる書物の中で言及されている。しかし、驚いたことにドイツ軍の進撃は確固たるシステムで行われたわけではない。
  ――第4章 1940年のアルデンヌ攻勢

「作戦的運動戦」――。“電撃戦”を生む一つの原動力となったのは、まさしくこの観念なのである。
  ――第5章 決定的戦場:グデーリアン装甲軍団によるセダン突破

【どんな本?】

 膠着した塹壕戦に陥った第一次世界大戦から一転、第二次世界大戦初頭のドイツによるポーランド侵攻とそれに続くベルギー・オランダ・ルクセンブルク及びフランス占領の戦い方は、強力な打撃力と迅速な機動力を併せ持つ機甲部隊と、急降下爆撃機Ju-87に象徴されるl近接航空支援を密接に組み合わせ、前線の一点に集中攻撃をかけて突破、敵の側面や後ろに回り込み混乱させ、機甲部隊は更に敵陣の奥深くへ切り込み一気に戦争を決着させた。俗にいう“電撃戦”である。

 戦前からドイツ国家と国防軍はヒトラーの指導による“電撃戦”構想に基づき、国家や軍の体制を整え、総力を挙げて政略・戦略・作戦を練ってきた

 …ワケでは、ない。

 確かにフランスに対する電撃戦構想はあった。エーリヒ・フォン・マンシュタイン(→WIkipedia)と、ハインツ・グデーリアン(→WIkipedia)を代表とする彼の部下たちは、電撃戦構想とその具体化案である大鎌作戦(→Wikipedia)を、完全に理解していた。

 だが、フランス侵攻が始まった1940年5月10日、電撃戦の発案者マンシュタインは閑職に回され作戦に参加していない。また、フランス侵攻の作戦中も、ドイツ軍は何度か奇妙な進撃の停滞を見せている。その最たるものが、包囲した連合軍の唯一の脱出路ダンケルクを目の前にした装甲部隊の停止である。

 徹底した資料の調査により、当時のドイツ陸軍の栄光を象徴する“電撃戦”伝説の実態を暴くと同時に、国防軍上層部の人間関係を生々しく描き、そのような人間ドラマが政策や国際情勢に及ぼした影響までを俯瞰する、衝撃的な政治・軍事ルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Blitzkrieg-legende: Der Westfeldzug 1940, Karl-heinz Frieser, 1995。日本語版は2003年2月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約325頁+258頁=約583頁に加え、訳者解説5頁。9.5ポイント45字×20行×(325頁+258頁)=約524,700字、400字詰め原稿用紙で約1,312枚。文庫なら厚めの上下巻か薄めの上中下巻ぐらいの大容量。

 軍事物の例に漏れずちょっと見はお堅く見える文章だが、読み始めると意外ととっつきやすい。小難しい雰囲気だが、内容も不慣れな人に意外と配慮しているようで、思ったよりスラスラ読めた。もっとも、私が軍事物に慣れたせいもあるかもしれない。

 なお、一般に軍事物では視野の広い順に政略→戦略→戦術などと言われるが、本書は戦略と戦術の間に作戦が入り、戦略→作戦→戦術としている。あと、カンナエの戦い(→Wikipedia)が重要な意味を持っているので、軽く調べておこう。

【構成は?】

 ほぼ時系列で進むので、素直に頭から読もう。地図は巻末にまとまっているが、編制図なども文中にあるので、栞をたくさん用意しておこう。

クリックで詳細表示
  •   上巻
  • 日本語版への序文/第二版への序言/著者の前書き
  • 序章 1940年の奇跡
  • 第1章 “電撃戦”とは何か
    • 1 “電撃戦”という言葉
    • 2 “電撃戦”という概念
  • 第2章 「“電撃戦”構想」無き“電撃戦” 西方戦役の前史
    • 1 ヒトラーは総合戦略的な戦争計画をたてていたか?
    • 2 対ポーランド戦は“電撃戦”だったか?
    • 3 時間の要素はドイツ軍にとって有利にはたらいたか?それとも不利にはたらいたか?
    • 4 「“電撃戦”経済」は西方戦役の前に存在したか?
    • 5 ドイツ陸軍は“電撃戦”の軍隊としてつくられていたか?
    • 6 ドイツ軍の戦力は連合軍のそれを上回っていたか?
    • 7 ドイツ軍上層部は西方攻勢に賛成だったか?それとも反対だったか?
  • 第3章 “鎌”計画をめぐる議論
    • 1 はじめの三つの攻勢計画案
    • 2 マンシュタインと“鎌”計画の発展
    • 3 “回転ドア”の効果:シュリーフェン計画と“鎌”計画
    • 4 ドイツ軍上層部内の“鎌”計画に対する抵抗
    • 5 第3章の総括:“鎌”計画 一つの賭け
  • 第4章 1940年のアルデンヌ攻勢
    • 1 クライスト装甲集団:議論をまきおこした作戦上の実験
    • 2 兵站の重要性
    • 3 行軍計画:混乱の根本原因
    • 4 アルデンヌ進撃:あわや破局寸前
    • 5 戦前による作戦的過失の補正:第一装甲師団の進撃
    • 6 連合軍から見たアルデンヌ攻勢
  • 第5章 決定的戦場:グデーリアン装甲軍団によるセダン突破
    • 1 セダンにおけるフランス軍の六つの致命的な過ち
    • 2 ドイツ軍によるムーズ渡河作戦の準備
    • 3 5月13日のムーズ渡河
    • 4 5月14日のセダン橋頭保からの出撃
  • 原注/巻末附録:上巻地図集
  •   下巻
  • 第6章 ムーズ戦線の崩壊
    • 1 「決壊部を塞ぎ、逆襲に転じよ!」:セダン決壊後のフランス軍による反攻作戦
    • 2 ラインハルト装甲軍団によるモンテルメ突破:上級司令部に対する勝利
    • 3 ホート装甲軍団によるディナン突破
    • 4 ヘープナー装甲軍団のディール・ラインに対する攻撃:陽動作戦
    • 5 フランス軍部隊のマジノ線への拘束
  • 第7章 海峡沿岸部への突進と「無防備になった側背」の問題
    • 1 ヒトラーの「モンコルネ停止命令」と不発に終わったフランス軍の反攻
    • 2 ロンメルの独断専行:アヴェーヌ進撃
    • 3 イギリス軍のアラス反撃:戦術上の失敗と作戦への予想外の影響
  • 第8章 「ダンケルクの奇跡」
    • 1 「停止命令」が下されるまで
    • 2 5月24日の「停止命令」
    • 3 「ダイナモ」作戦」連合軍の撤収
    • 4 余論:「ダンケルクの停止命令」は第二次世界大戦の分岐点となったか?
    • 5 「停止命令」を下したヒトラーの表向きの理由
    • 6 ヒトラーの本来の理由:国防軍支配の貫徹
  • 第9章 西方戦役の終結
    • 1 “赤”の場合:たんなるエピローグ
    • 2 西方戦役:数字による総括
  • 第10章 勝利と敗北:その要因
    • 1 フランスの崩壊
    • 2 “ナチス電撃作戦”の神話
    • 3 “ドイツ電撃戦”誕生の原動力:伝統的な軍事思想と近代技術の結合
  • 総括
  • エピローグ:“世界電撃戦”の幻想
  • 訳者解説
  • 原註/資料と文献/地名索引/人名索引/巻末附録:下巻地図集

【感想は?】

 本書が主に扱うのは、第二次世界大戦のドイツによる対仏戦だ。それも、フランスに攻め込んだ1940年5月10日からダンケルクで連合軍が撤退した6月4日までである。

 が、5章ある上巻では3章までを状況説明に費やす。もったいぶっているようだが、本書の主題にとっては当時のドイツの置かれた状況と、それへのドイツの対応こそが重要なのだ。

 まずはドイツの国際的から。1939年にポーランドを占領したドイツに、英仏は宣戦布告する。本書によるとヒトラーは酷く動揺した、とある。つまりナメてたのだ、特にイギリスを。

 だが、英仏は大きな動きを見せない。その理由はいろいろ言われているが、本書は「地力の差」と解釈している。

イギリスとフランスはドイツに宣戦布告したにもかかわらず、ポーランドが壊滅したときも総じて消極的態度に終始した。(略)優勢な海軍力による経済封鎖の効果があらわれるのをじっくりと待っておればよかった。第一次世界大戦の経験から英仏は、長期的に見れば時間は自分たちに有利に働くことを知っていた。
  ――第3章 “鎌”計画をめぐる議論

 第一次世界大戦を経験したこの時代、既に戦争は経済力・産業力を含めた総合力で決まる、そういう認識がドイツにも英仏にもあった。

 確かにドイツに軍事的な野望はあった。だが、もっと時間があると思っていた。

「すべての軍備計画の達成目標は1944年に設定されていた。1939年は、まだこれからという時期だった」
  ――第2章 「“電撃戦”構想」無き“電撃戦”

 そんなワケで、ドイツ…というかヒトラーは追い詰められる。英仏と普通に戦ったら再びの塹壕戦でジリ貧となり負ける。なんとか短期でケリをつけたい。そこで浮上したのがマンシュタインの構想だ。現実の対仏戦も、ほぼマンシュタインの構想通りに進んだ。肝心のマンシュタインは疎まれて閑職に回されていたが。

 政略の失敗を作戦/戦術でワンチャン覆せるかも、そんな餌をヒトラーに与えたのが“電撃戦”構想なのだ。予めキチンとした計画があったんじゃない。破滅の淵に立った者に垂らされた蜘蛛の糸、それが電撃戦”構想だったのだ。

 だから、当時のヒトラーにも国防軍にも電撃戦構想はなかった。グデーリアンなどマンシュタインの元部下たちが勝手に暴走した結果が史実なのである。

 そのためか、フランスに攻め込んでからも、グデーリアン達は何度か上官から「おい、止まれ」とブレーキをかけられてる。

マンシュタインの積極果敢な構想を参謀総長ハルダーは無愛想にしりぞけ、(略)
クライストはグデーリアンが勝手な行動に出ないよう文書による『禁止事項』さえ作成した。(略)
ルントシュテットは(略)クライストの指示は拘束力を持つと軍団長に言い渡した。(略)
「しかし第19軍団(グデーリアン装甲軍団)は、いったん決意した“ストンヌ突撃”をそのまま実行した」
  ――第6章 ムーズ戦線の崩壊

 ま、グデーリアンは無視するんだけどね。

作戦が実を結んだのは、ひとえにグデーリアンの不服従の結果なのである。
  ――第7章 海峡沿岸部への突進と「無防備になった側背」の問題

 ちなみに指揮系統は、上から陸軍参謀総長フランツ・ハルダー(→WIkipedia)→A軍集団総司令官ゲルト・フォン・ルントシュテット(→WIkipedia)→クライスト装甲集団司令官エーヴァルト・フォン・クライスト(→WIkipedia)→第19自動車化軍団長ハインツ・グデーリアン、となる。

 なお抵抗勢力はヒトラーとルントシュテットで、ハルダーはグデーリアン支持、クライストは中立だとか。まあ止める気持ちもわかるのだ。だって側面カラ空きで、そこを連合軍に突かれたら機甲部隊は孤立する。

 幸か不幸か、史実は時代遅れな連合軍の戦い方にも助けられ、ドイツ軍は破竹の快進撃を成し遂げる。そのため、戦後は国防軍の将軍たちがこぞって回顧録で「電撃戦は俺が育てた」と主張する始末。その辺を容赦なく著者は暴いてゆく。

この(モンコルネの停止)命令に一番責任を負わなければならないのはヒトラーである。
  ――第8章 「ダンケルクの奇跡」

西方攻勢は計画的な征服戦争ではなかった。絶望的な戦略状況を打破するための捨て身の作戦的一挙であった。いわゆる「“電撃戦”構想」なるものは、西方戦役のあとになって、あたかも最初から存在したかのごとく喧伝された。
  ――総括

 ダンケルクの停止命令については様々な解釈がある。本書は後発だけあって、今までに語られた説を列挙しては次々と論破してゆく。この過程はなかなか心地よい。そして本書の解釈はドイツ、特にヒトラーに容赦ない。

「ダンケルクの停止命令」は、前日にルントシュテットによって支持された「攻撃中断命令」を野戦軍部隊に再確認させたものにすぎない。
  ――第8章 「ダンケルクの奇跡」

「ヒトラーのあらゆる決断、あらゆる政策決定は客観的な情勢判断とは無縁である。ただ、軍を指揮するのは自分であって、他の誰でもないということを陸軍総司令官に示す必要があったにすぎないのだ」
  ――第8章 「ダンケルクの奇跡」

 など、本書の主題は政策/戦略決定の過程にある。と共に、軍事物として、“電撃戦”成功の原因を語る終盤も読みごたえがある。まずはドイツ陸軍の組織体質から。これは下級の指揮官に大きな権限と自由を与える方針で、wikipediaでは訓令戦術と呼んでいる。

(ドイツ軍の)現場の指揮官は、攻撃目標を指定されるだけで、その手段については干渉をうけなかった。
  ――第5章 決定的戦場:グデーリアン装甲軍団によるセダン突破

 “電撃戦”では刻々と戦況が変化する。上位の指揮官にいちいちお伺いを立てる暇はない。そういう事です。

 次に戦車の使い方。実はドイツ軍、意外と自動車化はされてない。なけなしの戦車と自動車部隊をクライストの配下に集中配備し、戦車の速度に合わせて進軍できるようにしたのだ。対してフランス軍は戦車を歩兵の掩護と位置づけ、歩兵部隊にパラパラと戦車をバラ撒いた。そのため、移動は歩兵の歩みに合わせなきゃいけない。

 上巻末から下巻にかけては、戦闘の様子を描いてるんだけど、独仏の速度感覚の違いを延々と描き続けてる感がある。

 最後に情報技術がある。ったって、要は無線機なんだけど。ドイツ軍はすべての戦車に無線機があり、隊長の指揮により戦車が一斉に方向を変えるなんて芸当もできた。対してフランス軍は…

パリ近郊のヴァサンヌ城にある(連合軍最高司令官モーリス・)ガムラン(→Wikipedia)の本営には無線機が一台もなかった。
  ――第10章 勝利と敗北:その要因

ドイツ陸軍が養成した無線通信士の数はフランス軍の12倍であった。
  ――第10章 勝利と敗北:その要因

 と、情報の軽視がはなはだしかったのだ。

 他にも空軍の使い方など、ドイツ軍は幾つもの画期的な戦い方を編み出し、その戦い方に組織を合わせている。お堅く見えるドイツ軍だが、意外と柔軟な所もあるのだ。

 その画期的な戦術で、首脳陣は「こりゃワンチャンいけるかも」と勘違いしたんだが…

1941年6月の独ソ戦開戦の時点で、ドイツ軍の戦車数が3600両であったのに対し、ソヴィエト軍は実に24,000両の戦車を有していたのだ。
  ――エピローグ:“世界電撃戦”の幻想

ドイツ軍は他の兵器生産を犠牲にして戦車の製造に集中したにもかかわらず、最終的に25,000両しかつくることができなかった。一方、アメリカ、ソヴィエト、イギリスの三大国は計20万両の戦車を製造した。
  ――エピローグ:“世界電撃戦”の幻想

 と、圧倒的な地力の差は埋められなかった。

 マンシュタインの構想は確かに優れていたけど、英仏にメンチを切られ追い詰められた状況で一発逆転の手立てと目されたのが不幸だった。作戦/戦術レベルの発想が、政略ひいては世界史までも変えてしまった例でもある。例えば、独仏が膠着状態に陥っていたら、大日本帝国は米国に宣戦布告しただろうか?

 無線や戦車や航空機などの新らしい技術への対応の例としても独仏の姿勢は漫画のように対照的でわかりやすいし、組織の意思決定の内情物としてもドラマチックで面白い。ロンメルがかなりイイ性格してるのも半ば意外で半ば納得だった。ちなみに出てくるのは総統と将軍が中心で、下士官や兵の出番はほんの少しだけです。

 軍ヲタはもちろん、歴史上の権力闘争に興味がある人にもお薦め。

【関連記事】

| | コメント (0)

« 2025年4月 | トップページ | 2025年6月 »