鈴木智彦「サカナとヤクザ 暴力団の巨大資金源『密漁ビジネス』を追う」小学館
我々はアワビを食べる時、2回に一度は暴力団に金を落としているということである。
――第1章 岩手・宮城 三陸アワビ密漁団 vs 海保の頂上作戦ヤクザのプライドは、額に汗して働かないことである。
――第2章 東京 築地市場に潜入労働4ヶ月乱獲と密漁団が跋扈したおかげで、浅い海のナマコは枯渇した。
――第3章 北海道“黒いダイヤ”ナマコ密漁バブル
【どんな本?】
日本人はアワビやカニなどの海産物が好きだ。私たちが日ごろから何気なく食べているこれらの海産物は、相当の割合で非合法なビジネス=暴力団が関わっている。またナマコは経済発展著しい中国が、ウナギは香港や台湾が重要な役割を担っている。
なぜヤクザが海産物に関わるのか。どのような海産物をン偉うのか。どんなカラクリで合法的な流通網に潜り込むのか。それはどんな影響をもたらすのか。
暴力団関係のジャーナリストとして長い経験を積んだ著者が、体当たりの取材で得たネタを元に描く、暴力団と海産物の衝撃に満ちたルポルタージュ。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2018年10月16日初版第一刷発行。私が読んだのは2018年11月4日発行の第二刷。売れたんだなあ。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約307頁。10ポイント40字×15行×307頁=約184,200字、400字詰め原稿用紙で約461枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。
文章はこなれていて親しみやすい。内容もわかりやすい。「ヨコモノ」や「なんこなんこ」など身内だけに通じる言葉も出てくるが、ちゃんと説明があるので、素人でも安心して読める。
【構成は?】
各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。
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- はじめに
- 第1章 岩手・宮城 三陸アワビ密漁団 vs 海保の頂上作戦
- 第2章 東京 築地市場に潜入労働4ヶ月
- 第3章 北海道“黒いダイヤ”ナマコ密漁バブル
- 第4章 千葉 暴力の港銚子の支配者、高寅
- 第5章 再び北海道 東西冷戦に翻弄されたカニの戦後史
- 第6章 九州・台湾・香港 追跡!ウナギ国際密輸シンジケート
- おわりに
【感想は?】
日本版「アウトロー・オーシャン」。
基本的には密漁を扱った本である。なにせ海は広い。だもんで、取り締まりも難しい、というかキリがないのだ。
そんな密漁が横行するせいで、漁獲制限も難しい。「残しておいても、どうせ密漁団に獲られてしまう」のだ。そんな密漁団と漁師との関係は、一筋縄じゃいかない。
「アワビの密漁団は漁師から憎まれている」ので、海上保安庁にも協力的だ。その密漁団の正体は、「警察に問い合わせても構成員ではない」そうで、いわゆる半グレが近い。というか、どうも昔から漁師とヤクザは縁が深いらしい事が本書に全般から伝わってくる。
三陸のアワビ密漁団は漁師に憎まれているが、根室にカニをもたらす特攻船(→Wikipedia)は話が別。
特攻船は明々白々の密漁だ。しかし、特攻船は根室を潤している。
――第5章 再び北海道 東西冷戦に翻弄されたカニの戦後史
根室は国境の町だ。目と鼻の先にソ連/ロシアの国境がある…いや日本国は国境はだと認めてないんだが。つまり、日本国の立場じゃソコは日本の海になるワケで、だから「日本人が日本の海で漁して何が悪い」って理屈になるのだ。もちろんソ連/ロシアの言い分は異なるので、まっとうな漁はできない。
加えて、かつてのソ連時代と今のロシアとじゃ、向こうの態度や手口も変わってきて、時間的にも空間的にもスケールの大きな背景を感じさせる記事になっている。
そんな世界情勢はさておき、危険を冒してカニを獲ってくる特攻船は、着実に地域を潤しているワケで、海上保安庁も手裂に苦労していたようだ。
そんな漁師とヤクザの関係に焦点を当てたのが、「第4章 千葉 暴力の港銚子の支配者、高寅」。ここでは戦後の調子を仕切った高寅こと高橋寅松の活躍?を描く。この章は「仁義なき戦い」のように、昭和の荒っぽい空気が漂う中、ヤクザとテキヤ・ヤクザと政治家の関係も書いていて、ちょっとした「暴力団入門」みたいな役割も果たしている。「江戸のアウトロー」にもあったけど、昔から連中の大きな収入源は賭場なのだ。
その博打の借金は「なにがなんでも支払わねばならないという常識が根付いていた」。こういうヤクザに都合のいい理屈がまかり通ったのには、なんと政府の方針が関係していた。
いびつな道徳が定着したのは、戦中、博徒の美学である滅私奉公に目を付けた政府が、国家ぐるみでヤクザ演劇、映画を奨励していたからかもしれない。
――第4章 千葉 暴力の港銚子の支配者、高寅
言われてみれば、ヤクザの厳しい上下関係は儒教っぽい。
など、地元を訪れての体当たり取材も楽しいが、地道に資料を漁る事も忘れちゃいない。例えば養殖用のシラスウナギの入荷元を追う第6章では…
「平成26年、宮崎県の養鰻業者が池入れしたシラスは3.5トン。宮崎県が許可したシラスは364キロなのにです」
――第6章 九州・台湾・香港 追跡!ウナギ国際密輸シンジケート
と、政府関係の資料をキッチリ洗った上で取材に臨んでいるのだ。
だいぶ前から、日本では水産物の枯渇が問題視されている。様々な意見はあるが、密漁に言及した意見は少ない。そんな闇の部分に焦点を当てたルポルタージュとして、本書は独特の輝きを放っている。海産物が好きな人はもちろん、ヤクザ物が好きな人にもお薦め。
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