安斎直宗「シンセサイザーの全知識」リットーミュージック
すべての音は、さまざまな周波数の正弦波の集合体だということになる。
――第1章 シンセサイズとは?人間の耳は、さまざまな音の「音色=倍音構成」を判断するときに、その基本付近よりも、その音の持つ倍音のうちどちらかといえば高い周波数成分でその音の特徴を判断する傾向がある。
――第2章 アナログ・シンセサイザー弦楽器や管楽器のようにピッチをベンドさせて1/4音を出したり、ロング・トーンにビブラートをかけたりといった奏法は、キーボード奏者にとっては長い間夢の奏法であった。
――第8章 コントローラーとMIDI
【どんな本?】
今やDTMはもちろん流行歌やCM音楽の主力となったシンセサイザー。そのシンセサイザーは、どんな原理と仕組みで動いていて、どんな機能がどのように使われているのか。どんな製品があり、プロのミュージシャンはどんな曲でどう使っているのか。様々な機能で、どんな音が出せ、どんな効果があるのか。
シンセサイザーの原理から使い方までを初心者向けに語る、シンセサイザーの教科書…だった。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2003年2月10日初版発行。単行本ソフトカバー横一段組み本文約205頁。9ポイント33字×31行×205頁=約209,715字、400字詰め原稿用紙で約525枚。文庫なら普通の厚さの一冊分だが、イラストや写真やグラフを潤沢に使っているので、文字数は7~8割ほど。
文章は比較的にこなれていて親しみやすい。内容もわかりやすい方だろう。ただし、著者の文章には幾つかクセがある。「…わけだ」で文が終わるのは可愛い方で、まだ説明してない言葉を使うのは困る。いやたいていい、後で説明してるんだけど。それと、専門用語の索引が欲しい。
【構成は?】
基本的に前の章を基礎として後の章が展開する形なので、素直に頭から読もう。
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- はじめに
- 第1章 シンセサイズとは?
- 1 音の三要素
- 2 音作り小史
- 3 シンセサイザーの基本的な原理
- 4 音作りの楽しみ
- 第2章 アナログ・シンセサイザー
- 1 減算合成方式とは?
- 2 アナログ・シンセの構成要素
- 3 VCO
- 4 VCF
- 5 VCA
- 6 EG
- 7 LFO
- 8 ノイズとS/H
- 9 クロス・モジュレーションとリング・モジュレーター
- 10 ソフト・シンセによるアナログ名機のサウンド・セッティング
- コラム 1Volt/1octave
- 第3章 加算合成とFM音源
- 1 加算合成方式
- 2 FM音源方式
- 3 DXシリーズの音作り
- 4 DXシリーズのセッティング例解説
- コラム HAMMONDOからFAIRLIGHTへ
- 第4章 サンプリングとPCM音源
- 1 サンプリングの基本原理
- 2 ワン・ショットとループ
- 3 さまざまなエディット方法
- 4 マルチ・サンプリングとPCM音源
- 5 ブレイクビーツ
- 6 ハードディスク・レコーディングとサンプラー
- コラム アナログ・サンプラー=Mellotron(メロトロン)
- 第5章 エフェクター
- 1 エフェクターによる音作り
- 2 ダイナミクス系のエフェクト
- 3 フィルター系のエフェクト
- 4 歪み系のエフェクト
- 5 モジュレーション系のエフェクト
- 6 空間系のエフェクト
- 7 代表的な複合系エフェクト
- 8 シンセサイザーの内蔵エフェクト
- 9 プラグイン・エフェクトによる音作りの可能性
- コラム エフェクターに内蔵されたシンセサイザー
- 第6章 ハイブリッド・デジタル・シンセサイザー
- 1 一般的な音作りの流れ
- 2 PCM+アナログ
- 3 PCM+FM+アナログ
- 4 ベクトル・シンセサイザー
- 5 物理モデリング
- 6 究極の音源モジュール
- 第7章 これからのシンセサイザー
- 1 ソフト・シンセの基礎知識
- 2 ソフト・シンセによる名機の復活
- 3 新世紀のモジュラー・シンセサイザー
- 4 グラニュラー・シンセンス
- 5 ソフト・シンセのライブでの実用性
- コラム 自由度と使いやすさ
- 第8章 コントローラーとMIDI
- 1 さまざまなコントローラー
- 2 ピッチ・ベンダーとモジュレーション・ホイールのいろいろ
- 3 ツマミとパラメーター
- 4 MIDIの基本概念
- 5 MIDIシーケンサーの基本原理 MIDIチャンネルとマルチ音源
- 6 コントロール・チェンジを使った音作り
- 7 スタンダードMIDIファイルとGM
- コラム Theremin(テルミン)
- 第9章 ワークステーション
- 1 オール・イン・ワン・シンセによるワークステーション
- 2 DTM環境のワークステーション
- コラム 夢のワークステーション
- おわりに
【感想は?】
書名を素直に解釈すれば、シンセサイザーの教科書を目指した本だ。だとすると、大きな欠点がある。
いや著者に罪はない。ただ、発行が2003年2月10日である。変化の激しいデジタルの世界で、20年以上も古いのは致命的だ。それは当時の著者も判っていたようで、終盤でこう書いている。
ここ数年の急速なデジタル技術の進歩によって、8年前に本書の旧版で「夢のワークステーション」として書いた内容のほとんどは、2002年末現在すでにごくあたりまえのことになっている。
――第9章 ワークステーション
私もその辺は覚悟してた、といのも、本書には別のことを期待していたからだ。
「動物には何が見え、聞こえ、感じられるのか」に、「音の時間微細構造」なんて言葉が出てくる。私はこれを「音色とその変化」と解釈した。そこで疑問が浮かんだ。「そもそも音色って、なんだ?」
そこで、人工的に様々な音を作る機械であるシンセサイザーなら、音色の理屈や原理が分かるんじゃないか、そう思ったのだ。もちろん、音楽が好きだからってのも、ある。
結論から言うと、大きく外れてはいなかった。とはいえ音色なんて追求していったらキリがない分野だし、音楽/楽器に限ってもプロのミュージシャンやエンジニアたちが日夜工夫を凝らしている世界なんで、全部が分かるとは思っていない。ただ、少しでも奥の深さと複雑さが感じられれば充分だったのだ。
そういう点では、音作りを基礎から教えてくれる本書は実に都合がよかった。
中でも、最も役立ったのが「第2章 アナログ・シンセサイザー」だ。ここはシンセサイザーの基本的な部品/機能を説明している所で、原理は現在のDAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション、→Wikipedia)でも同じ…じゃないかな、たぶん。
波形を作るVCO=オシレーター,必要な波だけを取り出すVCF=フィルター,音量を制御するVCA=アンプリファイヤーに加え、音のアタックから消えるまでの変化を司るEG=エンベロープと低周波のビブラート等のLFO。この五つが基本の部品だ。
などと書いてて気が付いたんだが、第2章のこれらは現実に存在する物理的な電子回路を示している。が、私は「信号を処理するプログラム」みたく感じていた。両者の違いは、頑健さと使いやすさだ。前者つまり物理的な電子回路は接触不良や部品の劣化などで壊れやすいし、回路の数もおいそれと増やせない。が、ソフトウェアなら、どっちも大きな問題じゃない。
ってなワケで、プロのミュージシャンがステージにパソコンを持ち込むのも、「そういう事か」と納得できた。
本題に戻ろう。音色の理屈が知りたいって目的の私には、「原理的にはあらゆる音を作りだせる」ハズのFM音源を説明する第3章は、とっても都合がよかった。
(加算合成)方式のメリットは、他の方式よりも理論的に、しかもあらゆる倍音構成を作り出せることにある。そしてデメリットは、実際の捜査やプログラムが非常に複雑になることだ。
――第3章 加算合成とFM音源
代表的な機種はYAMAHAのDX-7、スティヴィー・ワンダーも愛用した当時のベストセラー機だ。ただ、欲しい音を作るには、音の性質とDX-7の機能について、深く充分な知識が必要になる。
「こんな音が欲しい」と目的の音がハッキリしている時には、次の第4章で扱うPCMの方が嬉しい。例えば「ジョン・ボーナムのモビィ・ディックのバスドラの音」とか。
など打楽器みたく欲しい音がピッチ=音の高さまで決まってるならともかく、「ポール・コゾフのハンターのイントロのギター」みたく、幾つかの音域にまたがる場合は、ちと工夫が居る。ある程度のピッチはシンセサイザーで変えられるんだが…
倍音構成もピッチによって微妙に変化するため、あるピッチの倍音構成をそのまま平行移動させただけでは不自然に聞こえる場合もある。
――第4章 サンプリングとPCM音源
ギターだと低音域はコイル弦で高音域はナイロン弦やスチール弦だしね。
これに加え、エレクトリック・ギター同様に、様々なエフェクターで更に音を加工していくのだ。
オーバードライブやディストーションを通すと偶数次の倍音が強調される傾向があるが、ファズの場合には奇数を含めたすべての倍音がブーストされた感じになるので、より鋭角的なサウンドが得られる。
――第5章 エフェクター
私は本書でやっとスプリング・リバーブの仕組みがわかった。意外と原始的なのね。
さて、機械の性能が進歩して機能が豊かで複雑になるのは嬉しいが、そうなると今度は使い勝手が問題になる。
(YAMAHA SY77の)あとのシンセサイザーでは、複雑な機能をいかにして感覚的に使えるようにするかというユーザー・インターフェースの部分が、非常に重要視されるようになってくる。
――第6章 ハイブリッド・デジタル・シンセサイザーDTM環境で音楽制作をするメリットは、まず何よりもその操作性だろう。
――第9章 ワークステーション
そういう、扱いやすさも併せてか、往年の名器をソフトウェアでエミュレートしようって動きも多い。
ソフト・シンセは、歴史上の多くの名器を現在の音楽シーンに復活させる働きもしている。
――第7章 これからのシンセサイザー
ちょっと調べると、やっぱりあったよメロトロンのフリするエフェクターやエミュレーターが。あのテープならではの回転の不安定さが生み出すヨレ具合が欲しい時もあるのだ。
また、シンセサイザーの元祖としてパイプオルガンを挙げてる所も、「言われてみれば」と納得。
変化の激しい世界だし、シンセサイザーについて知りたいのなら、もっと新しい本を読むべきだろう。あまし人に薦める気にもなれない。それでも、「音色について知りたい」私にとっては、実に都合のいい本だった。
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- 2018.1.17 ブライアン・メイ+サイモン・ブラッドリー「レッド・スペシャル・メカニズム」DU BOOKS 坂本信訳
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