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2025年4月の5件の記事

2025年4月24日 (木)

安斎直宗「シンセサイザーの全知識」リットーミュージック

すべての音は、さまざまな周波数の正弦波の集合体だということになる。
  ――第1章 シンセサイズとは?

人間の耳は、さまざまな音の「音色=倍音構成」を判断するときに、その基本付近よりも、その音の持つ倍音のうちどちらかといえば高い周波数成分でその音の特徴を判断する傾向がある。
  ――第2章 アナログ・シンセサイザー

弦楽器や管楽器のようにピッチをベンドさせて1/4音を出したり、ロング・トーンにビブラートをかけたりといった奏法は、キーボード奏者にとっては長い間夢の奏法であった。
  ――第8章 コントローラーとMIDI

【どんな本?】

 今やDTMはもちろん流行歌やCM音楽の主力となったシンセサイザー。そのシンセサイザーは、どんな原理と仕組みで動いていて、どんな機能がどのように使われているのか。どんな製品があり、プロのミュージシャンはどんな曲でどう使っているのか。様々な機能で、どんな音が出せ、どんな効果があるのか。

 シンセサイザーの原理から使い方までを初心者向けに語る、シンセサイザーの教科書…だった。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2003年2月10日初版発行。単行本ソフトカバー横一段組み本文約205頁。9ポイント33字×31行×205頁=約209,715字、400字詰め原稿用紙で約525枚。文庫なら普通の厚さの一冊分だが、イラストや写真やグラフを潤沢に使っているので、文字数は7~8割ほど。

 文章は比較的にこなれていて親しみやすい。内容もわかりやすい方だろう。ただし、著者の文章には幾つかクセがある。「…わけだ」で文が終わるのは可愛い方で、まだ説明してない言葉を使うのは困る。いやたいていい、後で説明してるんだけど。それと、専門用語の索引が欲しい。

【構成は?】

 基本的に前の章を基礎として後の章が展開する形なので、素直に頭から読もう。

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  • はじめに
  • 第1章 シンセサイズとは?
  • 1 音の三要素
  • 2 音作り小史
  • 3 シンセサイザーの基本的な原理
  • 4 音作りの楽しみ
  • 第2章 アナログ・シンセサイザー
  • 1 減算合成方式とは?
  • 2 アナログ・シンセの構成要素
  • 3 VCO
  • 4 VCF
  • 5 VCA
  • 6 EG
  • 7 LFO
  • 8 ノイズとS/H
  • 9 クロス・モジュレーションとリング・モジュレーター
  • 10 ソフト・シンセによるアナログ名機のサウンド・セッティング
  • コラム 1Volt/1octave
  • 第3章 加算合成とFM音源
  • 1 加算合成方式
  • 2 FM音源方式
  • 3 DXシリーズの音作り
  • 4 DXシリーズのセッティング例解説
  • コラム HAMMONDOからFAIRLIGHTへ
  • 第4章 サンプリングとPCM音源
  • 1 サンプリングの基本原理
  • 2 ワン・ショットとループ
  • 3 さまざまなエディット方法
  • 4 マルチ・サンプリングとPCM音源
  • 5 ブレイクビーツ
  • 6 ハードディスク・レコーディングとサンプラー
  • コラム アナログ・サンプラー=Mellotron(メロトロン)
  • 第5章 エフェクター
  • 1 エフェクターによる音作り
  • 2 ダイナミクス系のエフェクト
  • 3 フィルター系のエフェクト
  • 4 歪み系のエフェクト
  • 5 モジュレーション系のエフェクト
  • 6 空間系のエフェクト
  • 7 代表的な複合系エフェクト
  • 8 シンセサイザーの内蔵エフェクト
  • 9 プラグイン・エフェクトによる音作りの可能性
  • コラム エフェクターに内蔵されたシンセサイザー
  • 第6章 ハイブリッド・デジタル・シンセサイザー
  • 1 一般的な音作りの流れ
  • 2 PCM+アナログ
  • 3 PCM+FM+アナログ
  • 4 ベクトル・シンセサイザー
  • 5 物理モデリング
  • 6 究極の音源モジュール
  • 第7章 これからのシンセサイザー
  • 1 ソフト・シンセの基礎知識
  • 2 ソフト・シンセによる名機の復活
  • 3 新世紀のモジュラー・シンセサイザー
  • 4 グラニュラー・シンセンス
  • 5 ソフト・シンセのライブでの実用性
  • コラム 自由度と使いやすさ
  • 第8章 コントローラーとMIDI
  • 1 さまざまなコントローラー
  • 2 ピッチ・ベンダーとモジュレーション・ホイールのいろいろ
  • 3 ツマミとパラメーター
  • 4 MIDIの基本概念
  • 5 MIDIシーケンサーの基本原理 MIDIチャンネルとマルチ音源
  • 6 コントロール・チェンジを使った音作り
  • 7 スタンダードMIDIファイルとGM
  • コラム Theremin(テルミン)
  • 第9章 ワークステーション
  • 1 オール・イン・ワン・シンセによるワークステーション
  • 2 DTM環境のワークステーション
  • コラム 夢のワークステーション
  • おわりに

【感想は?】

 書名を素直に解釈すれば、シンセサイザーの教科書を目指した本だ。だとすると、大きな欠点がある。

 いや著者に罪はない。ただ、発行が2003年2月10日である。変化の激しいデジタルの世界で、20年以上も古いのは致命的だ。それは当時の著者も判っていたようで、終盤でこう書いている。

ここ数年の急速なデジタル技術の進歩によって、8年前に本書の旧版で「夢のワークステーション」として書いた内容のほとんどは、2002年末現在すでにごくあたりまえのことになっている。
  ――第9章 ワークステーション

 私もその辺は覚悟してた、といのも、本書には別のことを期待していたからだ。

 「動物には何が見え、聞こえ、感じられるのか」に、「音の時間微細構造」なんて言葉が出てくる。私はこれを「音色とその変化」と解釈した。そこで疑問が浮かんだ。「そもそも音色って、なんだ?」

 そこで、人工的に様々な音を作る機械であるシンセサイザーなら、音色の理屈や原理が分かるんじゃないか、そう思ったのだ。もちろん、音楽が好きだからってのも、ある。

 結論から言うと、大きく外れてはいなかった。とはいえ音色なんて追求していったらキリがない分野だし、音楽/楽器に限ってもプロのミュージシャンやエンジニアたちが日夜工夫を凝らしている世界なんで、全部が分かるとは思っていない。ただ、少しでも奥の深さと複雑さが感じられれば充分だったのだ。

 そういう点では、音作りを基礎から教えてくれる本書は実に都合がよかった。

 中でも、最も役立ったのが「第2章 アナログ・シンセサイザー」だ。ここはシンセサイザーの基本的な部品/機能を説明している所で、原理は現在のDAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション、→Wikipedia)でも同じ…じゃないかな、たぶん。

 波形を作るVCO=オシレーター,必要な波だけを取り出すVCF=フィルター,音量を制御するVCA=アンプリファイヤーに加え、音のアタックから消えるまでの変化を司るEG=エンベロープと低周波のビブラート等のLFO。この五つが基本の部品だ。

 などと書いてて気が付いたんだが、第2章のこれらは現実に存在する物理的な電子回路を示している。が、私は「信号を処理するプログラム」みたく感じていた。両者の違いは、頑健さと使いやすさだ。前者つまり物理的な電子回路は接触不良や部品の劣化などで壊れやすいし、回路の数もおいそれと増やせない。が、ソフトウェアなら、どっちも大きな問題じゃない。

 ってなワケで、プロのミュージシャンがステージにパソコンを持ち込むのも、「そういう事か」と納得できた。

 本題に戻ろう。音色の理屈が知りたいって目的の私には、「原理的にはあらゆる音を作りだせる」ハズのFM音源を説明する第3章は、とっても都合がよかった。

(加算合成)方式のメリットは、他の方式よりも理論的に、しかもあらゆる倍音構成を作り出せることにある。そしてデメリットは、実際の捜査やプログラムが非常に複雑になることだ。
  ――第3章 加算合成とFM音源

 代表的な機種はYAMAHAのDX-7、スティヴィー・ワンダーも愛用した当時のベストセラー機だ。ただ、欲しい音を作るには、音の性質とDX-7の機能について、深く充分な知識が必要になる。

 「こんな音が欲しい」と目的の音がハッキリしている時には、次の第4章で扱うPCMの方が嬉しい。例えば「ジョン・ボーナムのモビィ・ディックのバスドラの音」とか。

 など打楽器みたく欲しい音がピッチ=音の高さまで決まってるならともかく、「ポール・コゾフのハンターのイントロのギター」みたく、幾つかの音域にまたがる場合は、ちと工夫が居る。ある程度のピッチはシンセサイザーで変えられるんだが…

倍音構成もピッチによって微妙に変化するため、あるピッチの倍音構成をそのまま平行移動させただけでは不自然に聞こえる場合もある。
  ――第4章 サンプリングとPCM音源

 ギターだと低音域はコイル弦で高音域はナイロン弦やスチール弦だしね。

 これに加え、エレクトリック・ギター同様に、様々なエフェクターで更に音を加工していくのだ。

オーバードライブやディストーションを通すと偶数次の倍音が強調される傾向があるが、ファズの場合には奇数を含めたすべての倍音がブーストされた感じになるので、より鋭角的なサウンドが得られる。
  ――第5章 エフェクター

 私は本書でやっとスプリング・リバーブの仕組みがわかった。意外と原始的なのね。

 さて、機械の性能が進歩して機能が豊かで複雑になるのは嬉しいが、そうなると今度は使い勝手が問題になる。

(YAMAHA SY77の)あとのシンセサイザーでは、複雑な機能をいかにして感覚的に使えるようにするかというユーザー・インターフェースの部分が、非常に重要視されるようになってくる。
  ――第6章 ハイブリッド・デジタル・シンセサイザー

DTM環境で音楽制作をするメリットは、まず何よりもその操作性だろう。
  ――第9章 ワークステーション

 そういう、扱いやすさも併せてか、往年の名器をソフトウェアでエミュレートしようって動きも多い。

ソフト・シンセは、歴史上の多くの名器を現在の音楽シーンに復活させる働きもしている。
  ――第7章 これからのシンセサイザー

 ちょっと調べると、やっぱりあったよメロトロンのフリするエフェクターやエミュレーターが。あのテープならではの回転の不安定さが生み出すヨレ具合が欲しい時もあるのだ。

 また、シンセサイザーの元祖としてパイプオルガンを挙げてる所も、「言われてみれば」と納得。

 変化の激しい世界だし、シンセサイザーについて知りたいのなら、もっと新しい本を読むべきだろう。あまし人に薦める気にもなれない。それでも、「音色について知りたい」私にとっては、実に都合のいい本だった。

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2025年4月21日 (月)

フランソワ・デュポワ「楽器の科学 美しい音色を生み出す『構造』と『しくみ』」講談社ブルーバックス 木村彩訳

本書は、音楽という芸術表現において欠かすことのできない存在である楽器を科学の視点でとらえ、あらゆる楽器が音響科学の理論と技術によって支えられた存在であることをお伝えするために書かれました。
  ――はじめに

【どんな本?】

 フルートは金属製なのに木管楽器と呼ばれる。バイオリンの図体はギターより小さいのに大きな音をコンサートホール全体に響かせる。そのコンサートホールの壁や天井は、ナニやら意味ありげな出っ張りや曲面で飾られている。

 なぜ楽器は鳴るのか。小さな楽器が、どうやって大きな音を出せるのか。フルートとサックスとクラリネット、それぞれの音悪露の違いはどこからくるのか。

 科学的な見地から見た音の基本から始まり、様々な楽器のしくみと特徴ある音色を生み出す仕掛け、そしてコンサートホールの構造と工夫から演奏者の楽器やホールへの思い入れまで、楽器の原理から愉快なエピソードまでを、マレット奏者にして作曲家の著者が語る、一般向けの音楽と科学の解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2022年4月20日第1刷発行。新書版ソフトカバー横一段組み本文約230頁。9ポイント26字×27行×230頁=約161,460字、400字詰め原稿用紙で約404枚。文庫ならやや薄めだが、写真やイラストやグラフを豊富に収録しているので、文字数は8割程度。

 文章はこなれていて親しみやすい。内容も初心者向けでわかりやすい。書名に科学とあるが、あまり突っ込んだ話は出てこない。あくまでも初心者向けで、むしろプロの音楽家のエッセイ集っぽい雰囲気もある。

【構成は?】

 とはいえ科学の本なので、前の章を基礎として後の章が続く構成だ。素直に頭から読もう。例外は最後の「第5楽章 演奏の極意」で、ここは完全に他の章から独立しているので、いつ読んでもいい。

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  • はじめに/推薦のことば ガブリエル・タッキーノ/プレリュード
  • 第1楽章 作曲の「かけ算」を支える楽器たち 楽器には5種類ある
  • 1-1 楽器を分類する科学
  • 1-2 体鳴楽器 idiophone イディオフォン
  • 1-3 膜鳴楽器 membranophone メンブラノフォン
  • 1-4 弦鳴楽器 chordophone コードフォン
  • 1-5 気鳴楽器 aerophone アエロフォン
  • 1-6 電鳴楽器 electrophone エレクトロフォン
  • 第2楽章 楽器の個性は「倍音」で決まる 楽器が奏でる「音」の科学①
  • 2-1 音とはなんだろう
  • 2-2 「音の高さ」とはなんだろう
  • 2-3 決められた基準音
  • 2-4 「音色」とはなんだろう
  • 2-5 振幅包絡とはなんだろう
  • 第3楽章 楽器の音色は「共鳴」が美しくする 楽器が奏でる「音」の科学②
  • 3-1 共鳴とはなんだろう
  • 3-2 楽器の音はどのように鳴るのか
  • 3-3 共鳴を作り出す構造としくみ
  • 3-4 弦楽器の構造としくみ ①バイオリンの場合
  • 3-5 弦楽器の構造としくみ ②ピアノの場合
  • 3-6 管楽器の構造としくみ ①空気の振動をどう生み出すか
  • 3-7 管楽器の構造としくみ ②トランペットとトロンボーンの場合
  • 3-8 打楽器の構造としくみ
  • 第4楽章 「楽器の最高性能」を引き出す空間とは? コンサートホールの音響科学
  • 4-1 コンサートホールは誰が作る? 「音響技術者」という職人
  • 4-2 コンサートホールをめぐる音響現象
  • 4-3 「靴箱」と「葡萄畑」 コンサートホールの二つの形
  • 4-4 オーケストラとコンサートホールのふしぎな関係
  • 4-5 コンサートホールの音響はどう決まる?
  • 4-6 最高の音響を求めて
  • 第5楽章 演奏の極意 世界的ソリスト10人が教えるプロの楽器論
  • 5-1 世界の音楽家たちの音響体験
    長谷川陽子(チェロ)
    佐々木典子(ソプラノ)
    パトリック・メッシーナ(クラリネット)
    ヴァンサン・リュカ(フルート)
    テディ・パアパヴラミ(バイオリン)
    リゥドヴィック・セルミ(ピアノ、作曲)
    マーク・シャロス(作曲、インプロビゼーション、ピアノ、シンセサイザー)
    タファ・シセ(パーカッション、作曲)
    アレクサンドル・〝サーシャ”・ボルダチョフ(ハープ、作曲、編曲)
    フランソワ・デュポワ(作曲、マリンバ)
  • おわりに
  • さくいん

【感想は?】

 やっぱり音、それも音楽の話は面白いなあ。

 私は流行歌ばっかりでクラシックはほとんど知らない。それでも楽器の話は好きなのだ。

 まずは楽器の分類で驚く。「楽器の分類にはものすごくたくさんの考え方」があるのに納得。そして本書では楽器の音の生まれ方・鳴り方で分けている。科学的というより工学的な分類だね。このためギターもピアノも弦鳴楽器となり、オルガンもクラリネットも気鳴楽器になるのだ。鍵盤楽器や吹奏楽器とかは、演奏方法による分類なんだなあ。

 ちなみに最後の電鳴楽器は、ご想像の通りエレキギターやシンセサイザーなど電気仕掛けの楽器20世紀生まれかと思ったが、意外と誕生は早かった。

1759年、イエズス会の神父であり、数学者・科学者でもあったジャン・バティスト・ティレ・ド・ラ・ボルド(1730~1777)が、静電気で鳴るチェンバロを発明しました。
  ――第1楽章 作曲の「かけ算」を支える楽器たち

 あとオンド・マルトノは知らなかったけど、音はみんな聞いたことがあると思う(→Youtube)。

 続く第2楽章。基準音が440Hzのはずが、楽団によって微妙に違うのに笑った。「昔からそうだった」のはともかく、「根城のホールのパイプオルガンがそうだから」は、さすが楽器の女王と感心してしまう。ちなみに基準音が決まる前は…

(基準音の周波数が定まる前の)当時の演奏家たちは演奏環境に合わせて変調するのが常識だったといわれています。
“教会の音”は歌いやすいように全体的に低めに、“室内楽の音”は華やかさを演出するために高めに設定するなどしていました。
  ――第2楽章 楽器の個性は「倍音」で決まる

 あと、偶数倍音が多いサックスと奇数倍音が多いクラリネット、なんて話も興味深い。

 そしてやっと楽器のしくみと工学上の工夫に分け入っていく第3楽章。ここではバイオリンを楽団のスターに押し上げた構造上の工夫、魂柱に驚いた。そんな仕掛けがあったのか。

 もっとも、音を大きくする副作用もあって。

増幅させた音の振動は、減衰する速度も速くなります。
  ――第3楽章 楽器の音色は「共鳴」が美しくする

 だからバンジョーや三味線は、アタックが強くサスティンが少ないのか。

 バイオリンと異なりギターは楽団のスターになれなかった。それは音が小さく、多くの聴衆が入る大ホール全体に生音を響かせられなかったせいだ。そこを克服しようとしたのがボディに金属板を使ったリゾネーター・ギター(→Wikipedia)。ただ音色が独特で、ブルースやカントリーには合うけどオーケストラには合わない。

金属の板にはすべての周波数を同じように増幅する性質があります。楽器にとって、これはきわめて不都合な性質です。なぜなら、弾いた音が全体的に「わんわん」と響いてしまい、楽器の演奏者としては不鮮明な音の塊になってしまうからです。
  ――第3楽章 楽器の音色は「共鳴」が美しくする

 と、この説明で腑に落ちた。

 続く第4楽章はコンサートホールの話。やはり大きなハコは音が違うようで。

吸音率が一定の場合は、容積が大きいほど残響時間は長くなります。
  ――第4楽章 「楽器の最高性能」を引き出す空間とは?

 あと、音は周波数によっても性質が違い…

低音が回折しやすかったのに対し、高音=高い周波数の音は、反射しやすいという特徴があります。
  ――第4楽章 「楽器の最高性能」を引き出す空間とは?

 昔の東京ドームの音質が酷かったのは、このせいなんだろうか。

 最後の第5楽章は、演奏者へのインタビュウ。今さらながら、楽器によって演奏者が持ち歩く楽器と、ホールに付随する楽器の違いに気がついた。ピアノとハープは据え付けなもんで、

いったいどれくらい、リサイタル直前に弦を張り直したり、ピアノの下に四つんばいになってもぐりこみ、ペダルの調整をし直したりしたことか!
  ――第5楽章 演奏の極意

 …てな苦労も。現代のポピュラー音楽は電気ピアノやシンセサイザーが主なんで、鍵盤奏者はそういう苦労をしないで済むんだろうなあ。

 他にもカーネギー・ホール改装の騒動など、音楽と音響に関わる興味深い挿話がいっぱい。「科学」と呼ぶには道草を食いすぎている感もあるけど、むしろ本書はソコが魅力になっていると思う。あれだね、受験に関係ない話が面白い教師の授業みたいな。ということで、音と音楽に興味があり、野次馬根性旺盛な人にお薦め。

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2025年4月16日 (水)

ジェイコブ・ゴールドスタイン「マネーの世界史 我々を翻弄し続ける『お金』エンターテインメント」KADOKAWA 松藤留美子訳

本書は、マネーがどうやって今の形になったのか、さまざまな時代の瞬間をたどっていく物語だ。
  ――はじめに マネーはフィクション

最初に文字を書いたのは詩人ではない。会計係だ。
  ――第1章 マネーの起源

マネーとは、何物にも裏付けられない、ほぼ純粋な創造物でしかない。
  ――第2章 紙幣を発明したとき、経済革命が起きたが、その後、何もかも忘れることにした

(ブレーズ・パスカルより前は)未来というものは偶然か、神々か、唯一の神によって決められるものだった。
  ――第4章 確率を使って金持ちになる方法

「金融の本質はタイム・トラベルだ」「貯蓄とは資金を現在から未来へ移動させることだ。金融とは資金を未来から現在へ移動させることだ」
  ――第5章 タイム・トラベルとして金融 株式市場を張圧明する

異なる利害関係の人々――貸し手と借り手、投資家と労働者――の間で綱引きがあってこそ、マネーは安定する。
  ――第7章 百万長者の発明

生産性の向上のおかげで、ほぼすべての人が以前より豊かになった。つまり、現実的なことばで言えば、ほぼ全員がご先祖様には想像できなかったほど多くのマネーを手にすることになったのだ。
  ――第8章 誰もがもっとマネーを手に入れられる可能性がある

19世紀前半が終わるまで、イングランドが地球上で最初の近代的な工業経済を形成して、生産性が飛躍的に向上していく一方で、労働者の平均賃金はほとんど上がらなかった。
  ――第9章 だが実際のところ、誰もがもっとマネーを手に入れることなんてできるのか?

ぼくらは今日の1ドルが1年前の1ドルと同じだと考えている。そうではない。それは錯覚だ。
  ――第10章 金本位制 ある愛の物語

銀行の基本業務は短期の借入と長期の貸し出しだ。
  ――第13章 いかにして部屋の中のふたりの男が新しいタイプのマネーを発明したか

マネーの歴史は、だいたいのところ、人々が実際には気づかないうちにマネーに変貌するモノの歴史だといえる。
  ――第15章 デジタル・キャッシュのラディカルな夢

【どんな本?】

 マネー、お金。私たちはお金のために働き、お金のために悩み、お金のために政権を取り換え、時として戦争まで引き起こす。景気がいい時はどこからともなく湧き出てきて、株価が暴落するとたちまち消え失せる。いったい、カネはどこから出てきてどこに消えたのか。経済ニュースでは日銀の方針を盛んに報じるが、それにどんな意味があるのか。つか、そもそも日銀って何やってんの?

 経済の基盤となるカネ=マネーについて、その起源から変転・発展そして現代の金融政策や最近のビットコイン、果てはMMT(現代貨幣理論、→Wikipedia)に至るまで、歴史上のエピソードを通じてジャーナリストが素人に楽しくわかりやすく親しみやすく語る、一般向けの金融解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Money : The True Story of a Made-Up Thing, by Jacob Goldstein, 2020。日本語版は2024年12月6日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約300頁。9.5ポイント41字×17行×300頁=約209,100字、400字詰め原稿用紙で約523枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。

 文章はくだけていて親しみやすい。一般に金融の話は面倒くさく分かりづらいのだが、本書は私が読んだ金融関係の本の中では最もわかりやすかった。

 ただし、経済政策や金融政策は学派によって主張が大きく異なる。著者はなるべく特定の学派に肩入れしないよう心がけている…というか、各学派の理屈、例えばMMTなどを紹介する際には原則として好意的に語っているので、ソコを心に留めておこう。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に話が進む。これは金融史の発展ともほぼ歩調が合っているので、素直に頭から順に読もう。

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  • はじめに マネーはフィクション
  • Ⅰ マネーの発明
  • 第1章 マネーの起源
    わたしはあなたに羊を六頭借りています/マネーはすべてを変える
  • 第2章 紙幣を発明したとき、経済革命が起きたが、その後、何もかも忘れることにした
    何ものにも裏づけられていないマネー
  • Ⅱ 人殺し、少年王、そして資本主義の発明
  • 第3章 いかにして金細工職人が偶然、銀行を再発明したか(そして英国を大混乱に陥れたか)
    ジョン・ローの最初の行動
  • 第4章 確率を使って金持ちになる方法
    野に放たれた確率
  • 第5章 タイム・トラベルとして金融 株式市場を張圧明する
    空売りの物語
  • 第6章 ジョン・ロー、マネーを発行する
    みんながマネーだと信じれば、それはマネーだ
  • 第7章 百万長者の発明
    「話題は百万のことばかり」/リアル・エコノミー(実体経済)対ミシシッピ・バブル
  • Ⅲ さらにマネーを
  • 第8章 誰もがもっとマネーを手に入れられる可能性がある
    電球のようにパッとひらめく瞬間
  • 第9章 だが実際のところ、誰もがもっとマネーを手に入れることなんてできるのか?
    ラッダイトたちへの共感
  • Ⅳ 現代のマネー
  • 第10章 金本位制 ある愛の物語
    金に対する反論/貨幣錯覚(マネー・イリュージョン)
  • 第11章 そいつを中央銀行などと呼ぶな
    銀行を憎んだ大統領/8370種類の紙幣がある国/パニック発作(恐慌)/上院議員と銀行家集団が密かに狩猟クラブに出かけて中央銀行設立の構想を練る
  • 第12章 マネーは死んだ、マネーよ、永遠なれ
    どうしてマネー不足そのものが世界大恐慌を引き起こしたのか/金の手錠/「西欧文明の終わり」
  • ⅴ 21世紀のマネー
  • 第13章 いかにして部屋の中のふたりの男が新しいタイプのマネーを発明したか
    ふたりの男/大手銀行の参入/投資ブーム/シャドー・バンキング/ブルース・ベント、元本割れに直面する/シャドー・マネーはリアル・マネー/マネーと次の危機
  • 第14章 ユーロのおおざっぱな歴史(そして、どうしてドルのほうがうまくいくのか)
    人々が大胆な実験と認めたがらなかった実験は大胆な実験だった/ユーロは奇跡だ!/ユーロは罠だ!/これはおれのマネーだ、もっとほしけりゃ自分で刷るさ/やれることは何でもやる
  • 第15章 デジタル・キャッシュのラディカルな夢
    デジタル・キャッシュが最先端だったとき/万国のテクノ・リバタリアンたちよ、団結せよ!/デジタルで匿名のキャッシュを発明するのは本当に難しい/ビットコイン!/1ビットコインの価値は?/ビットコイン、ダークになる/無政府資本主義だが、無政府状態ではない/ビットコインの価格
  • 第16章 SBF
    おわりに マネーの未来/現金のない世界/銀行のない世界/政府がマネーを発行して、仕事が欲しい人なら誰にでもマネーを与える世界
  • 謝辞/出典・情報源

【感想は?】

 金融の解説書としては、私が読んだ本の中では最も親しみやすく、分かりやすい…というか、分かったつもりになれる本だ。もっとも、今まで読んだ本で基礎ができていたから、かもしれないし、あまし複雑な事に立ち入っていないから、かもしれない。

 そもそも説明の仕方が巧い。抽象的な理屈から入るのではなく、具体的な事例/エピソードから語ってゆくのだ。

 まずはコイン=硬貨から話が始まるのだが、いきなり面白い指摘をしている。「マネーが物々交換から生まれたという(略)説には、ひとつだけ重大な欠陥がある。どこにも証拠がないのだ」。言われてみれば確かに。

 次に紙幣が出てくる。995年頃の中国というから宋の頃か。重くてかさばる硬貨のかわりに、その預かり証が流通しはじめる。が、明王朝は懐古趣味で、紙幣を廃止したため、以降の発展は阻まれてしまう。

 銀行など現代の金融業の奇妙な点の一つは、カネ=マネーを増殖させる事だ。銀行は預かったカネの一部を除き、大半を貸し出す。これにより、政府が発行した通貨よりはるかに多くのマネーが市場に流れ、経済活動が活発になる。この辺のカラクリを明かす「Ⅱ 人殺し、少年王、そして資本主義の発明」は、歴史物語としても楽しい。

 とまれ、新たな金融の誕生と成長に伴い、金融バブルが生まれてはじけるのも、歴史の皮肉だろう。

 発達し普及した金融業は起業家などの資金調達を容易にする反面、バブル崩壊などの副作用を引き起こす。何らかの形で金融の統制や統制が必要だと人々は悟り、日本銀行や連邦準備制度理事会=FRBなどの中央銀行の創設へと向かい、更に金本位制から離れてゆく。

 これを語る「Ⅳ 現代のマネー」の舞台が米国なのも、著者の巧みな所だろう。昔から米国は小さな政府を好み、連邦政府より民間に任せる傾向が強かった。まあ州が集まって国家になった、って歴史的な経緯のせいだろうけど。だもんで、目次にあるように一時期は「8370種類の紙幣がある国」なんて状態にあった。

 よくそれで取引が成立したな、と思うんだが、実際になんとかなったんだから凄い。

 カネについてよく言われているように、

マネーをマネーたらしめているのは信用だ。
  ――第3章 いかにして金細工職人が偶然、銀行を再発明したか(そして英国を大混乱に陥れたか)

 そして、その信用を保証しているのが国家だ、と私は考えて…いや、感じている。その理由の一つは、税金だ。

マネーについて、かなり使える定義はこうだ。税金の支払いに使えるものであること。
  ――第6章 ジョン・ロー、マネーを発行する

 だからこそ、国家は通貨を管理しようとする。

マネーは国家を国家たらしめるものの一部なのだ。
  ――第11章 そいつを中央銀行などと呼ぶな

 実際、通貨が暴落した国家は三流と見なされるしね。

 そんな歴史書的な雰囲気から一転、サブプライム住宅ローン危機(→Wikipedia)から始まる「ⅴ 21世紀のマネー」は、今なお進行中の話も多く、生々しい迫力がある。

 と同時に、中央銀行制度や証券会社のMMFなど、現代の金融制度や金融政策の説明も嬉しい。例えば今の日本は金利が安い。これは日銀が「景気が悪い」と判断しているからだ。

経済が悪化しはじめたら、連邦準備制度理事会(FRB)がマネーを創造し、借り入れしやすいように低金利にする。これによって、借り手がなんとか生き延びて、企業や事業者がマネーを借りて投資や雇用に回すように促すのだ。
  ――第12章 マネーは死んだ、マネーよ、永遠なれ

 ちなみに日本政府ではなく日銀なのも現代的な国家の特徴で、政府に通貨の発行を任せると際限なくお札を刷って、すぐインフレと通貨安に陥るから。

 それはともかく、低金利にはもう一つ効果がある。輸出に有利なのだ。

低金利は通貨流通量を下落させる傾向があり、それによりその国の輸出品が、他国の買い手にとって安くなるのだ。
  ――第14章 ユーロのおおざっぱな歴史(そして、どうしてドルのほうがうまくいくのか)

 さて、当初の疑問、どこからカネが湧いてきて、どこに消えるのか。この解を、本書はMMTに代弁させている。これはチト乱暴に感じるんだよね、今んとこMMTは理屈だけで実績はないし。

政府はモノを買うことによってドルを創造する――新たなマネーを流通させる。課税や借り入れによってマネーを流通から引き上げる。
  ――おわりに マネーの未来

 あと、本書を読み終えると、金融政策で経済を制御できるような気分になるが、もちろんそんな事はない。例えば原油価格が上がれば日本はインフレになる。MMTに従うと「インフレ時は増税して市場からカネを回収しろ」となるが、んな事をしたら日本経済は凍り付くだろう。いや私もMMTを詳しく知ってるワケじゃないんだが。

 とまれ、今後も金融業が経済に大きな影響を持つだろうし、ニュースも日銀やFRBの方針を大きく報じるだろう。その全てが理解できるとまではいかないにせよ、多少は雰囲気が掴めるようになるはずだ。歴史が好きな人はもちろん、金融に興味がある(が知識は全くない)人にもお薦め。

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2025年4月14日 (月)

鈴木智彦「サカナとヤクザ 暴力団の巨大資金源『密漁ビジネス』を追う」小学館

我々はアワビを食べる時、2回に一度は暴力団に金を落としているということである。
  ――第1章 岩手・宮城 三陸アワビ密漁団 vs 海保の頂上作戦

ヤクザのプライドは、額に汗して働かないことである。
  ――第2章 東京 築地市場に潜入労働4ヶ月

乱獲と密漁団が跋扈したおかげで、浅い海のナマコは枯渇した。
  ――第3章 北海道“黒いダイヤ”ナマコ密漁バブル

【どんな本?】

 日本人はアワビやカニなどの海産物が好きだ。私たちが日ごろから何気なく食べているこれらの海産物は、相当の割合で非合法なビジネス=暴力団が関わっている。またナマコは経済発展著しい中国が、ウナギは香港や台湾が重要な役割を担っている。

 なぜヤクザが海産物に関わるのか。どのような海産物をン偉うのか。どんなカラクリで合法的な流通網に潜り込むのか。それはどんな影響をもたらすのか。

 暴力団関係のジャーナリストとして長い経験を積んだ著者が、体当たりの取材で得たネタを元に描く、暴力団と海産物の衝撃に満ちたルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年10月16日初版第一刷発行。私が読んだのは2018年11月4日発行の第二刷。売れたんだなあ。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約307頁。10ポイント40字×15行×307頁=約184,200字、400字詰め原稿用紙で約461枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。

 文章はこなれていて親しみやすい。内容もわかりやすい。「ヨコモノ」や「なんこなんこ」など身内だけに通じる言葉も出てくるが、ちゃんと説明があるので、素人でも安心して読める。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

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  • はじめに
  • 第1章 岩手・宮城 三陸アワビ密漁団 vs 海保の頂上作戦
  • 第2章 東京 築地市場に潜入労働4ヶ月
  • 第3章 北海道“黒いダイヤ”ナマコ密漁バブル
  • 第4章 千葉 暴力の港銚子の支配者、高寅
  • 第5章 再び北海道 東西冷戦に翻弄されたカニの戦後史
  • 第6章 九州・台湾・香港 追跡!ウナギ国際密輸シンジケート
  • おわりに

【感想は?】

 日本版「アウトロー・オーシャン」。

 基本的には密漁を扱った本である。なにせ海は広い。だもんで、取り締まりも難しい、というかキリがないのだ。

 そんな密漁が横行するせいで、漁獲制限も難しい。「残しておいても、どうせ密漁団に獲られてしまう」のだ。そんな密漁団と漁師との関係は、一筋縄じゃいかない。

 「アワビの密漁団は漁師から憎まれている」ので、海上保安庁にも協力的だ。その密漁団の正体は、「警察に問い合わせても構成員ではない」そうで、いわゆる半グレが近い。というか、どうも昔から漁師とヤクザは縁が深いらしい事が本書に全般から伝わってくる。

 三陸のアワビ密漁団は漁師に憎まれているが、根室にカニをもたらす特攻船(→Wikipedia)は話が別。

特攻船は明々白々の密漁だ。しかし、特攻船は根室を潤している。
  ――第5章 再び北海道 東西冷戦に翻弄されたカニの戦後史

 根室は国境の町だ。目と鼻の先にソ連/ロシアの国境がある…いや日本国は国境はだと認めてないんだが。つまり、日本国の立場じゃソコは日本の海になるワケで、だから「日本人が日本の海で漁して何が悪い」って理屈になるのだ。もちろんソ連/ロシアの言い分は異なるので、まっとうな漁はできない。

 加えて、かつてのソ連時代と今のロシアとじゃ、向こうの態度や手口も変わってきて、時間的にも空間的にもスケールの大きな背景を感じさせる記事になっている。

 そんな世界情勢はさておき、危険を冒してカニを獲ってくる特攻船は、着実に地域を潤しているワケで、海上保安庁も手裂に苦労していたようだ。

 そんな漁師とヤクザの関係に焦点を当てたのが、「第4章 千葉 暴力の港銚子の支配者、高寅」。ここでは戦後の調子を仕切った高寅こと高橋寅松の活躍?を描く。この章は「仁義なき戦い」のように、昭和の荒っぽい空気が漂う中、ヤクザとテキヤ・ヤクザと政治家の関係も書いていて、ちょっとした「暴力団入門」みたいな役割も果たしている。「江戸のアウトロー」にもあったけど、昔から連中の大きな収入源は賭場なのだ。

 その博打の借金は「なにがなんでも支払わねばならないという常識が根付いていた」。こういうヤクザに都合のいい理屈がまかり通ったのには、なんと政府の方針が関係していた。

いびつな道徳が定着したのは、戦中、博徒の美学である滅私奉公に目を付けた政府が、国家ぐるみでヤクザ演劇、映画を奨励していたからかもしれない。
  ――第4章 千葉 暴力の港銚子の支配者、高寅

 言われてみれば、ヤクザの厳しい上下関係は儒教っぽい。

 など、地元を訪れての体当たり取材も楽しいが、地道に資料を漁る事も忘れちゃいない。例えば養殖用のシラスウナギの入荷元を追う第6章では…

「平成26年、宮崎県の養鰻業者が池入れしたシラスは3.5トン。宮崎県が許可したシラスは364キロなのにです」
  ――第6章 九州・台湾・香港 追跡!ウナギ国際密輸シンジケート

 と、政府関係の資料をキッチリ洗った上で取材に臨んでいるのだ。

 だいぶ前から、日本では水産物の枯渇が問題視されている。様々な意見はあるが、密漁に言及した意見は少ない。そんな闇の部分に焦点を当てたルポルタージュとして、本書は独特の輝きを放っている。海産物が好きな人はもちろん、ヤクザ物が好きな人にもお薦め。

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2025年4月 1日 (火)

エド・ヨン「動物には何が見え、聞こえ、感じられるのか 人間には感知できない驚異の環世界」柏書房 久保尚子訳

たくさんの生き物が、同じ物理的空間にいながら、まったく異なる環世界を生きている。
  ――はじめに 五感の外側に広がる世界を旅しよう

種が絶滅するとき、彼らの環世界も消滅する。生き物が消滅するたびに、私たちは世界を理解する方法を一つ失う。
  ――第13章 静けさを守り、暗闇を保護する 脅かされる間隔風景

【どんな本?】

 犬はかすかな臭いも嗅ぎ分ける。蚊は二酸化炭素であなたを感じ寄ってくる。コウモリは超音波を発し反射音で世界を聴く。マムシやガラガラヘビは赤外線で獲物を見つける。クモは枯れ葉が網にかかっても動かないが、蝶などの獲物がかかると急いで襲いかかる。

 かつては静かだと思われていたコウモリが、実は盛んに超音波で「鳴いて」いるように、動物たちはヒトが感じ取れない方法で周囲を認識し、また語りかけている。彼らはヒトと同じ空間にいながら、ヒトとは全く異なる世界に生きているのだ。

 今なお研究の途上にある動物たちの環世界(→Wikipedia)について、想像を超えた数多くの発見を紹介し、読者の世界観を何度もひっくりかえす、一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は An Immense World : How Animal Senses Reveal the Hidden Realms Around Us, by Ed Yong, 2022。日本語版は2025年3月5日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約490頁。9ポイント46字×19行×490頁=約428,260字、400字詰め原稿用紙で約1,071枚。文庫なら上下巻ぐらいの分量。

 文章はこなれていて親しみやすい。内容もわかりやすい。いや知らない動物が次々と出てくるんだが、冒頭に多くの写真が載ってるんで、だいたいは分かる。ホンの少し量子力学が出てくるが、理解できなくても大きな問題はない。「最近になって発見された現象」ぐらいに思っていれば充分。

【構成は?】

 一応、頭から読む想定で書いてあるが、各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。ただし、「はじめに」は全体の基礎となる部分なので、最初に読もう。

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  • はじめに 五感の外側に広がる世界を旅しよう
  • 第1章 滲み出る化学物質 匂いと味
  • 第2章 無数にある見え方 光
  • 第3章 人間には見えない紫 色
  • 第4章 不快を感知する 痛み
  • 第5章 寒暑を生き延びる 熱
  • 第6章 乱れを読む 接触と流れ
  • 第7章 波打つ地面 表面振動
  • 第8章 あらゆる耳を傾ける 音
  • 第9章 賑やかな沈黙の世界 エコー
  • 第10章 生体バッテリー 電場
  • 第11章 方向が分かる 磁場
  • 第12章 同時にすべての窓を見る 感覚の統合
  • 第13章 静けさを守り、暗闇を保護する 脅かされる間隔風景
  • 謝辞/訳者あとがき/口絵クレジット/原注/参考文献/索引

【感想は?】

 今、そこにある異世界への招待状。

 これぞセンス・オブ・ワンダー。世界は、私の知らない信号で満ちている。ただ、私が感じ取れないだけだ。

 例えば、匂い。犬は匂いに敏感で、だから麻薬犬や警察犬として活躍できる。ヒトは視覚すなわち光に強く依存している。光は瞬時に情報を伝えるが、遮られれば見えないし、逃げ去った者も感知できない。だが匂いは違う。

光はその場に留まることはないが、匂いは残留し、過去を物語る。
  ――第1章 滲み出る化学物質 匂いと味

 だから警察犬は姿の見えない犯人を追える。匂いはその場に残るからだ。さて、大抵の犬は散歩を好む。ただ歩くだけでなく、アチコチで足を止めて匂いを嗅ぐ。匂いから、犬たちは私たちが得られない情報を得ているのだ。犬にとっての散歩は、あなたが起きた時に見るSNSやニュースサイトのようなものなのかも知れない。

散歩とは、(略)積み重ねられた目には見えない物語をめぐるツアーなのだ。
  ――第1章 滲み出る化学物質 匂いと味

 そこに残った/残した匂いで、犬たちは会話しているのかもしれない。ヒトが顔色や表情で互いの体調や気分を推し量るように、犬も匂いで互いの様子を伝えあっているのかも。何せがん探知犬(→Wikipedia)なんてのもいるんだし。

 そんな具合に、動物たちはヒトと異なった形で世界を認識している。だが、ヒトは往々にしてその事を忘れ、自分の感覚で考えてしまう。例えば、シマウマの縞。かつてはライオンなど捕食動物の眼をくらますため、と言われていた。だが、種によって見える色は異なるし、視力も違う。ヒトは赤青緑の三色が見えるし、視力もいい。マムシは赤外線が見える。多くの昆虫は紫外線=UVが見える。そしてライオンなどシマウマを狩る動物は…

捕食動物の眼にはシマウマの縞模様は見えていない可能性が高いんです。
  ――第2章 無数にある見え方 光

 ということで、縞の効果は今でもよく分かっておらず、幾つかの仮説に留まっているようだ(→ナショナル・ジオグラフィック)。

 そんな具合に、世界は種によって「見える」ものが異なる。ヒトにとって光の三原色は赤青緑だが、多くの昆虫は紫外線=UVが見える。そして、そんな昆虫に花粉を運ばせる花もまた…

1992年、ラーズ・チッカとランドルフ・メンツェルは180種の花の色を解析し、どんな種類の眼に最も識別されやすいかを解明した。その結果は、緑色、青色、UVの三食型色覚の眼――まさに、ミツバチをはじめとする多くの昆虫の眼だ。
  ――第3章 人間には見えない紫 色

 と、「そこらの草」でさえ、私たちヒトには見えない「色」で着飾っているのだ。

 こういった色が見えるのは、眼にそういう色(というかそういう波長の光)を感じる細胞があるからで、そういう細胞は中のタンパク質をアレンジすれば様々な波長を感じられるらしい。ただ、目は多くのエネルギーを消費するので、生存に不要な機能は発達しない。洞窟など暗闇に住む魚は目を失うし、ヒトも栄養不足が続くと失明する。

だが今は飽食の時代。遺伝子操作で紫外線や赤外線が見えるヒトを作り出しても、少なくともエネルギー消費の点では大丈夫な気がする。いや脳が負担に耐えられるかって問題はあるか。

 と、視覚だけでも動物の世界はバリエーションに富んでいるし、植物もそれに合わせてヒトに見えない工夫をしている。こういうヒトが知らない世界は視覚だけじゃない。

 例えば魚の体の脇にある側線は、水流を感じる。

群れで泳ぐ魚は、側線を使って近隣の仲間たちと泳ぐ速度と方向を一致させている。
  ――第6章 乱れを読む 接触と流れ

 魚の群れが一斉に向きを変えるのは、このためだ。これが昆虫になると、もっと奇妙な感覚を持つ。植物の表面に伝わる振動=表面波を捕え、または自らも表面波を起こすのだ。

植物は強くてしなやかで弾力があるため、表面派の優れた運び屋になる。昆虫たちはその特性を活かし、振動の歌で植物を満たす。
  ――第7章 波打つ地面 表面振動

 静かに見える草原も、昆虫たちは盛んに表面波でメッセージを交換し合っているのだ。

 なお、こういう、空気を通じない振動を、多少はヒトも感じるらしい。

(ヒトは)部分的には骨伝導を通して聞いている。録音された音がしばしば生の音と違って聞こえるのも、それが理由である。録音から再生されるのは、私たちの声のうち、空気中の音を構成する部分だけであり、頭蓋骨経由で伝わる振動は再生されないからだ。
  ――第7章 波打つ地面 表面振動

 生楽器の音はマイクを通すと「香り」のようなモノが消えると感じるのは、そういう事か。今は骨伝導イヤホンもあるから、録音の方法によってはよりリアルな音が録れるのかも。

 聞こえているつもりでも、実態が分かっていないケースもある。いわゆる鳥の歌だ。あれはヒトにも聞こえる。だから分かってるつもりだったが、実は複雑な「音の時間微細構造」を持っていた。あまりに高速で変化するので、ヒトには聞き取れないのだ。なお本書は「音の時間微細構造」と書いてあるが、たぶん音色の事だと思う。いや声だから声色か。

私たちにも聞こえている音の中にこれほど多くの謎が隠されていたのであれば、私たちには聞こえない音の中には、私たちが気づいていない謎がいったいどれほど隠されていることか。
  ――第8章 あらゆる耳を傾ける 音

 鳥の歌は聞こえるが、コウモリの超音波はヒトに聞こえない。そんなコウモリが「見る」世界は、視覚の世界と大きく異なる。なぜって、音は光と違い「回り込む」からだ。これを利用した超音波診断(エコー検査)なんてのもある。コウモリは、皮や肉を透視して骨まで「見え」るのだ。

「われわれがX線検査かMRI検査でもしない限り存在に気づけないものを、彼らは見ることができるんです」
  ――第9章 賑やかな沈黙の世界 エコー

 超音波なら、音の類推で多少は想像できる。これ電場となると、想像すら難しい。だが、意外と電場は変化に富んでいるようだ。

穏やかな晴れた日でさえ、大気は地上から1mごとに約100ボルトの電圧がかかっている。
  ――第10章 生体バッテリー 電場

 ここで本書に登場するのはお馴染み電気ウナギ・電気ナマズの他に、サメや蜘蛛の出番もある。蜘蛛の使い方はなかなかに奇想天外だ。そんな動物に合わせ、植物も電場を使うらしい。ここでは蜜を集めるハナバチと、それに受粉を頼る花の関係を通し、ヒトがいかに多くの次元を見逃しているかを感じさせてくれる。

花々は、私たちの目に見える鮮やかな色(と私たちには見えない紫外線)だけでなく、目に見えない電気的な後光にも取り囲まれているのだ。
  ――第10章 生体バッテリー 電場

 それでも、電気ならラジオなど身近な所で使っているので、どうにか想像できる。これが地球の磁場となると、何がなんやら見当すらつかない。

これを書いている時点で、磁覚は唯一、いまだにセンサーの存在が知られていない感覚である。
  ――第11章 方向が分かる 磁場

 が、渡り鳥などが磁場を感じているのは実験で確かめられている。量子力学が出てくるのはここなんだが、分からなくても気にしないように。

 などの動物の生態も面白いが、それを調べる研究者たちの苦労も楽しい。いや人の苦労を笑っちゃいけないんだろうけどw 例えば動物が「痛み」を感じるか否かを調べようとすると…

「人々の意見は、動物も人間たちと同じように痛みを感じるに決まっているのだから、そんな研究はくだらないという意見と、動物は私たち人間が感じるようには痛みを感じていないのだから、そんな研究はくだらないという意見に、大きく二分されます」
  ――第4章 不快を感知する 痛み

 どないせえちゅうねんw ヒトは倫理的な問題は算術のように理屈で解を出しているように思えるけど、実は感情や感覚に近く、瞬時に反射的に解を出しているのだ。

 調べる種によって、苦労は様々だ。マウスやラットを調べ躾ける手段は数多く試され洗練されているが、小食の種は難しい。

他の動物の環世界を理解するためには、その動物の行動を観察する必要がある。だが、マムシの行動はほとんどが待機である。彼らは自分で体温を生み出すことができないので、数か月間は食べなくてもやっていけるし、絶好の機会が訪れるまでじっと待ち伏せすることができる。
  ――第5章 寒暑を生き延びる 熱

 かと思えば、こんな形で餌を調達する研究者も。

蚊を飼育している科学者は、飼育ケージの中に自分の腕を突っ込むだけで餌やりを終わらせることも少なくない。
  ――第12章 同時にすべての窓を見る 感覚の統合

 大丈夫かいなw

 SF作家のスタニスワフ・レムは凡庸なスペース・オペラを「宇宙は拡大された地球ではない」と批判した。その挑発に乗ったわけではないにせよ、SF作家たちは様々なエイリアンや生態系を創り上げてきた。だが、私たちは、宇宙どころか地球すらロクに分かっちゃいなかったのだ。この世界は、私の知らないメッセージで満ちている。

 奇想天外なエイリアンや生態系が出てくるファースト・コンタクト物のSFが好きな人なら、きっと熱中できるだろう。めくるめくセンス・オブ・ワンダーに溢れた一冊だ。

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