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2025年3月20日 (木)

デニス・ショウォルター「クルスクの戦い1943 独ソ『史上最大の戦車戦』の実相」白水社 松本幸重訳

クルスクはあくまでもまず戦闘であった。それゆえに、誰が誰に対して、何を、いつ、どこで、何を使って、そしてなかんずく、なぜ行ったのかを知ることに価値がある。
  ――はしがき

(1943年)7月26日、ヒトラーはクルーゲ中央軍集団司令官を呼びつけ、SS装甲軍団は直ちにイタリアへ移されねばならないと告げた。
  ――第7章 交錯

赤軍は戦争を科学として理解し、(略)ドイツ軍にとって戦争は究極的に一つの技芸形式であって…
  ――結び 分岐点

【どんな本?】

 多大な犠牲を払いつつも、ソヴィエトはモスクワとスターリングラードを守り通した。そして11943年の春。アフリカを失ったドイツは、連合軍に対し主導権を取り戻すため、東部戦線のクルスク近辺に突出したソヴィエト軍部隊を分断する計画を立てた。

 この動きを察知したソヴィエト軍は、敢えて受けに回る。綿密かつ多重に構成した防衛陣にドイツ軍を誘い込み、徹底的に消耗させ、充分に弱った所で反撃に出る作戦である。

 著者は軍事史家で、専門はドイツ軍事史。史上最大の戦車戦とも呼ばれ、第二次世界大戦の転回点ともなったクルスクの戦いを、冷戦終結の恩恵で参照可能となったソヴィエト軍の資料も参照しつつ全貌を描く、重厚な戦史。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Armor and Blood : The Battle of Kursk : The Turning Point of World War II, by Dennis E. Showalter, 2013。日本語版は2015年5月5日発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約331頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント45字×20行×331頁=約297,900字、400字詰め原稿用紙で約745枚。文庫なら厚い一冊分。

 文章は硬く、とっつきにくい。そのくせ妙に「文学」を気取り、この世代の米国人以外には通じない比喩を使うなど、まわりくどい表現を使うからタチが悪い。ただ、時おり入るシモネタは嬉しいw 内容も専門的で難しい。そこそこ軍事に詳しくないと、ついていけないだろう。というか、私は完全に置いてかれた。

【構成は?】

 ほぼ時系列で進むので、素直に頭から読もう。また、アチコチに地図があるので、栞を多く用意しよう。

クリックで詳細表示
  • 凡例/はしがき/ツィタデレ作戦時の独ソ両軍戦闘序列
  • 第1章 淵源
  • 第2章 準備
  • 第3章 打撃
  • 第4章 取っ組み合い
  • 第5章 決断
  • 第6章 激闘
  • 第7章 交錯
  • 結び 分岐点
  • 謝辞/訳者あとがき/地図一覧/参考文献案内/原注/関連部隊名索引/地名索引/人名索引

【感想は?】

 日本語版Wikipedia の「クルスクの戦い」は1943年7月4日~8月27日とある。が、本書が扱うのは7月4日~7月13日までだ。

 そういう点で、書名は「クルスクの戦い」より「ツィタデレ作戦」が妥当かもしれない。「プロホロフカの戦い」を頂点とした、東部戦線でドイツ軍が見せた最後の攻勢である。

 その戦いを、本書は主に元帥や将軍の視点で描く。よって下士官や兵はもちろん、民間人も出てこない。戦いの推移も師団や軍団単位だ。もっとも、読者サービスらしくハンス=ウルリヒ・ルデルとミハエル・ヴィットマンが終盤で少しだけ顔を出すけど。

 さて、独ソ戦=バルバロッサ作戦は、ドイツ軍の不意打ちだった。電撃戦とは、そういう事だ。だが、この戦いは違う。ドイツ軍が攻めてくると、ソヴィエト軍は充分に知っていた。これを掴んだソ連側の優れた諜報網と、ナチスの意外と杜撰な防諜体制に驚く。

 とはいえ、ドイツもヤバいとは気が付いていて、計画は何度も延期になる。戦力を整えるのに加え、あの地域特有の泥濘期もあるし。実際、この作戦中も雨や川や湿地帯でドイツ軍の装甲車両が立ち往生する場面が何度も出てくる。

これはギャンブルだという認識が「空前絶後の軍指導者」と彼の将軍たちのほぼ完全に一致している一点であった。
  ――第2章 準備

 さて、ネタを掴んだソヴィエト軍は、作戦を立てる。入念に整えた陣地でドイツ軍を迎え撃ち消耗させ、弱り切った所で反撃に出て包囲殲滅しよう。ということで、地雷を埋め塹壕を掘り、しまいにゃ戦車まで砲塔だけ出して地面に埋めてしまう。機動力はなくなるが、的が小さくなるので、敵の戦車や攻撃機からも撃たれにくくなる。

 だけじゃなく、待ち伏せの意味もあるのだ。

ソヴィエト軍の指揮官たちは動けなくした戦車の前の隠された陣地に別の動ける戦車を配備した。ドイツ軍戦車は地面に埋め込まれた装甲戦闘車寮への攻撃に集中して、しばしばソヴィエト軍の動ける戦車を見落とした――側面または後方から砲撃を受けるまで。
  ――第4章 取っ組み合い

 戦車戦として有名なクルスクの戦いだし、本書にもティーガーとT--34の対決は出てくる。双方ともに戦車を頼みにしていたのが伺える。が、特にソヴィエト軍の戦車兵にとっては厳しい戦争だった。

ソ連では戦争中に40万名の戦車兵が養成された。戦闘で30万名以上が死んだ。この戦死率はしばしば引用されるナチのUボート乗組員の損害に匹敵する。しかし、その数は10倍多い。
  ――第1章 淵源

 ドイツ軍は無敵と誇ったティーガー戦車だが、ソヴィエト軍も対処は考えていた。

戦車一両を効果的に掩護するには少なくとも一個分隊、できれば一個小隊、いずれにせよ一ダースないし二ダースの歩兵が必要だった。
  ――第3章 打撃

 今でも戦車には随伴歩兵が必須だ。これは第二次世界大戦の時代じゃ既に常識だった模様。そこで…

…ソヴィエト軍歩兵は最初にティーガーを通過させ、これに随伴する歩兵に攻撃を集中した。
  ――第3章 打撃

 敵の弱い所を突くのが戦術の常道なんだろう。

 など、ソヴィエト軍は陸軍も空軍も、苦しい戦いを経て経験を積み、それなりに狡猾になっている。

ソヴィエト(空)軍の操縦士たちは仕事をつうじて学んでいた。部隊を戦術的に二つに分け、最初の編隊を自軍支援中のドイツ軍戦闘機と交戦させた。しかる後に第二編隊が、突然掩護を失ったシュトゥーカに襲いかかった。
  ――第4章 取っ組み合い

 こういう、「囮に食いついた敵を伏兵で叩く」のは、古今東西を通じて戦術の基本なんだろうか。もっとも、囮役はシンドい思いをするんだが。実際、キルレシオは6:1~8:1ぐらいで圧倒的にドイツ軍優勢だし。それでも、結局は物量と兵力差に押しつぶされるんだが。

 なお、被害の大きさはさすがにソヴィエト側も認めていて、むしろ政治宣伝に利用してたりする。

第二次世界大戦におけるソヴィエト連邦の成功は数量の文脈で大方は規定されたし、今もそうである――すなわち、ファシストのモンスターを物量で圧倒し、血の海の中で溺れさせたソヴィエトとその人民の能力である。運用可能な戦車が多ければ多いほど文化遺伝子は説得力を増すのだ。
  ――第6章 激闘

 先にソヴィエト空軍の学習の成果を挙げたように、陸軍だって学んでいる。シュトゥーカの恐ろしさの一つは、有名なサイレンだ。これについても…

どこの急降下爆撃機の場合も、その強みは、急降下の下にいる者全員に自分自身が攻撃の焦点になっていると思い込ませる能力にあった。実際には、ひとたび急降下を開始すれば、シュトゥーカとその同類たちはみな、空からぶら下がった標的と化すのである。
  ――第5章 決断

 太平洋戦争の空襲の体験で米軍機に狙われたと語る民間人がいるけど、その理由の一つはこういう事なのかも。そりゃ素人にはわかんないよね。

 それはさておき、戦車戦の印象が強いこの戦いだが、特にドイツ軍にとっては空軍の存在感が大きい。とにかく頼りになるのだ。その反面、曇りや雨などで空軍が出れないと、途端に心細くなったり。

ツィタデレの始めから終わりまで、ドイツ軍の成功した攻撃は、とりわけ旧式のJu-87機によって行われる極めて精密な近接航空支援に大きく依存していた。ドイツ軍の航空機掩護不在は、至る所にあるソヴィエト軍対戦車砲至近距離命中の機会を増やしていた。
  ――第5章 決断

 そんな空軍に頼れない状況で頼りになるはずなのがティーガー戦車で、本書でも一日の終わりに戦車が何両生きのびたかを書いてるんだが、ティーガーだけは別扱いで数を挙げてたり。が、そんなティーガーにも弱点はある。

 それは重い事。本書には何度か川を渡る場面がある。そのたび、工兵は夜を徹して敵の砲撃を受けつつ仮設の橋を架けるんだが、重いティーガーには特別の橋が必要なのだ。他にも工兵は地雷原を切り拓いたりと、かなり危険な役割を担っているのがわかる。

 シンドいのは整備兵も同じで、前日に動けなくなった戦車が次の日には戦線に復帰していて、これは整備兵が夜のうちに直したから。もっとも、そんな風に眠れないのは工兵や整備兵に限らず…

誰をも常時苦しめるものとして厳存したのが睡眠不足である。夕闇が戦闘を終わらせると、塹壕掘りと運搬が始まった。(略)車両乗組員以外の誰にとっても、乾いた寝場所を見つけるのはまず無理な事だった。空襲による安眠妨害も持続した。
  ――第6章 激闘

 戦闘で疲弊した部隊には休養が必要だ、と司令官が部隊の交代を求める場面が何度も出てくるんだが、そういう状況じゃ当然だよね、とも思うのだ。

 私の趣味で戦術レベルのネタばかりを挙げたけど、全体としては師団レベルの話が中心で、個々の兵や下士官の顔はほぼ見えず、単なる数として扱っている。非情な話だと思うが、そうでもなきゃ将は務まらないのも否応なしに分かる。

 第二次世界大戦の戦況の変わり目となったクルスクの戦い…というかツィタデレ作戦を、独ソ双方の記録を参照しつつ、主に将官の視点で描いた、思いっきり濃い本だ。独ソ戦に興味があり、相応に全体像を知っていて、より詳細を知りたい人にお薦め。

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