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2025年3月24日 (月)

ジョージ・ソルト「ラーメンの語られざる歴史 世界的なラーメンブームは日本の政治危機から生まれた」国書刊行会 野下祥子訳

ラーメンにはどこか過剰なところがある。
  ――はじめに 国民食

米が全国民の日々の主食だという考えが定着したのは、戦時下の配給制があったからだ。
  ――第1章 人々の暮らし 日本人労働者のための中華汁麺

ラーメンは日本のレストラン産業にとって、1980年代に国際化した寿司のあとにもっとも有名になり成功した輸出品であり、ここ20年で世界的現象になった。
  ――おわりに 時が教えてくれる(抵抗の食べ物)

ラーメンは起源は中国だが、原料はアメリカで、象徴性ということでは日本なのだ。
  ――おわりに 時が教えてくれる(抵抗の食べ物)

【どんな本?】

 ラーメンは、いわゆる「和食」ではない。だが、日本で生まれ育ち、多くの日本人に愛されている。かつては屋台や定食屋でアンチャンやオッサンが掻き込むものだったが、最近は専門店が増えた。観光地の名物にもなり、行列ができる店や独特の符丁が飛び交う店もあれば、暖簾分けに近い形で緩い系列を連ねる店もある。

 現在のように、ラーメンがどこでも食べられるようになるには、開国以来の日本の歴史が大きく関わっている。味も調理法も和食と大きく異なっていることでもわかるように、その歴史は国際的でもある。

 今や世界に羽ばたこうとしているラーメンの歴史を、開国以来の日本の歴史や国際関係と関連付けて綴る、少し変わった一般向けの歴史学の本。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Untold History of Ramen : How Political Crisis in Japan Spawned a Global Food Craze, George Solt, 2014。日本語版は2015年9月25日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約242頁に加え訳者あとがき2頁。9ポイント44字×18行×242頁=約191,664字、400字詰め原稿用紙で約480枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。

 文章は比較的にこなれていて親しみやすい。内容も特に難しくない。中学生程度に開国以来の歴史を知っていれば、充分に読みこなせるだろう。

【構成は?】

 ほぼ時系列で進む。章ごとに時代もテーマも変わるので、気になった所だけをつまみ食いしてもいい。

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  • はじめに 国民食
  • 第1章 人々の暮らし 日本人労働者のための中華汁麺
  • 第2章 困難な道 闇市のラーメンとアメリカの占領
  • 第3章 進展 急成長のエネルギー
  • 第4章 昔と今 イメージチェンジ
  • 第5章 今月のおすすめ アメリカ人のラーメンと「クールジャパン」
  • おわりに 時が教えてくれる(抵抗の食べ物)
  • 訳者あとがき/原註

【感想は?】

 表紙は赤ちょうちんの立ち食い屋台でラーメンを啜る、仕事帰りらしきオッサン。今は専門店が増えたが、昭和後半じゃラーメンは屋台や中華料理屋のメニューの一つだった。

 書名に「語られざる」とある。ラーメンは日本が発祥と言われるが、「中華料理屋」のメニューなのだ。そう、中国人が大きく関わっているのだが、そのことはあまり語られない。

日本における戦後の食事の「西洋化」に関してよくあげられる論点で、しばしば見過ごされているのは、日本人がラーメンや餃子のような「中華料理」として、あるいは焼きそばやお好み焼きのような伝統的ではない日本食として、大量の小麦粉や肉を食べていたことだ。
  ――第3章 進展 急成長のエネルギー

 この中華料理ってのも不思議なモノで、カレー同様に日本では独自の進化を遂げている。とまれ、中華料理には開国以来の国策も関わっていた。富国強兵政策である。国民の体格・体力を増強するため、肉食を普及させよう、そういう発想だ。そこでは軍隊も役割を担った。

軍隊は国が後押ししている栄養学の発見を大衆へと広げる最初の場所のひとつだった。
  ――第1章 人々の暮らし 日本人労働者のための中華汁麺

 「とんかつの誕生」や「カレーライスの誕生」でも、軍が大きな役割を担っていた。国がまとまる上で、軍は軍事力だけでなく思想や文化的に、国民に一体感を持たせる効果があるんだろう。

 明治から昭和初期までイケイケできた大日本帝国。敗戦で憲法は変わったが、当時しくみや制度はどっこい今でも生きのびていたりする。

軽工業から重工業への転換や、工具や部品の下請けシステム、銀行主導の企業再編の発展、経済官僚による行政指導、職業別組合から企業別組合への移行のすべてが戦争中に行われた転換であり、戦後の経済システムの基礎となった。
  ――第1章 人々の暮らし 日本人労働者のための中華汁麺

 その敗戦、というか米国との関係は現代日本を語るうえで欠かせないばかりでなく、ラーメンの普及でも大きく関わっている。が、その前に、庶民は配給では食いつなげず、否応なしに闇市に頼るしかない。その闇市の商品の出所は…

アメリカ軍が正式に日本を占領し、日本政府に代わって指揮権を持つと(1945~1952年)、日本軍が備蓄していた配給用食料と生活物資が消え失せ、すぐに法外な価格で闇市に現れた。
  ――第2章 困難な道 闇市のラーメンとアメリカの占領

 しかも、政府は消えた追跡に全くやる気を見せなかった(→「 敗北を抱きしめて」)。今でも日本人に残る軍事アレルギーの原因の一つは、政府のこういう所にあると思う。

 繊細で飢えた各国に米国は食料を援助する。これには少なくとも二つの目的があった。倉庫に溢れる米国産小麦の販売と、各国の共産化防止だ。だが、支援先には格差があった。

(米国から)日本に送られた食料の量はドイツの三倍ではあったが、ドイツの一日あたり1275カロリーの配給は日本の800カロリーの配給より60%も多かった。
  ――第2章 困難な道 闇市のラーメンとアメリカの占領

 まあ、それでも支援があっただけ、日本はマシかも。ベトナムなど東南アジアも酷い飢饉に陥ったそうだ。その原因の一つは、戦争中に帝国陸軍がインドシナの米蔵であるビルマに麻などの商用作物の栽培を押しつけたため。

 それはさておき、米国は日本に思いっきり恩をきせる。例えば学校給食だ。

学校給食は、戦略的な反共同盟国に必要な頑健な労働力育成に不可欠だっただけでなく、被占領民に占領を合法的だと認めさせる強力なプロパガンダの手段でもあった。
  ――第2章 困難な道 闇市のラーメンとアメリカの占領

 私の時代、学校給食は米がなくパンばかりなのは、そういう事だったのね。いやさすがにGHQの時代じゃないけど。で、てっきりアレは無償支援だと思ってたら…

アメリカの寛大さが宣伝されはしたものの、最終的には日本政府が占領中に受け取った食料その他の援助の代金を支払うことになった。1962年1月、日本政府は占領中に輸入された食料と原材料、燃料の4憶9500万ドルの弁済に同意した。
  ――第2章 困難な道 闇市のラーメンとアメリカの占領

 酷いペテンじゃん。

 それはさておき、戦後は日本政府が盛んに公共事業を進めたのもあり、日本は順調に復興してゆく。建築現場では都会に出稼ぎにきた労働者が働いた。彼らの腹を満たしたのが、屋台のラーメンだ。本書の表紙は、その雰囲気を良く掴んでる。

 そのラーメン、多くの日本人に愛されてはいるが、自らスープを仕込み麺を打つ人は滅多にいない。基本的に店で食べるものだ。そこに現れたのが、即席麺。手軽に楽しめるのはいいが、ウザい事を言う奴は昔からいた。

村島健一「主婦どもがサボるのを、合理化や革新だとは認めない」
  ――第3章 進展 急成長のエネルギー

 こういう「手間をかけるのは善である」って発想、ロクなモンじゃないと私は思うんだが、あなたどうですか。いずれにせよ、手軽な分だけ安物感が漂った即席麺だが、やがて中華三昧などの高級即席麺をメーカーが売り出す。「各社が新商品につけた名前はすべて、はっきりと中国を示して」いる所が面白い。

 ちなみに今「高級即席麺」で検索したら、喜多方など国産を示す商品が多かった。これまたラーメンの激動の歴史だね。こんな風に、ラーメンは、かつての「労働者が空腹を満たすモノ」ではなくなってゆく。

玉村豊男「ただ空腹を満たすための簡便食品から、それについて書かれた本を読んだり、食べながらひとこと、それについて知識をひけらかしたりする、ウンチク・フードの仲間入りをしたのである」
  ――第4章 昔と今 イメージチェンジ

 とはいえ、麺類の運命で(→「ヌードルの文化史」)、寿司のようなハイソ感はなく、あくまで労働階級のメニューなのもラーメンの特色だろう。「B級グルメ」って言葉は偉大な発明だ。

 最近では米国でもラーメンは普及しつつある。ただ、その順番は意外だった。

アメリカ人は日清が「Top Ramen」を売り出した1970年代初期からインスタントラーメンになじんではいたが、レストランのラーメンに関心を持つようになったのは、ニューヨークやロサンゼルスでラーメン店成功のニュースが数多く報じられるようになった、ここ十年ほどのことだ。
  ――第5章 今月のおすすめ アメリカ人のラーメンと「クールジャパン」

 なんと、店のラーメンより先に即席麺が普及していいたのだ。本書には、その即席麺の米国風レシピが載っているんだが、その一つ「甘くてスパイシーなコーク・ラーメン」は酷いw いやまあ、どう料理しようが自由だけど、テキサス人ってのは味覚が壊れてるんじゃなかろか。

 ラーメン関係の歴史書はもちろん雑誌記事にまで目を通し、脚注じゃ世界ラーメン協会が大災害の被災者支援でインスタントラーメンを提供している(→緊急災害支援)のを紹介してたりと、著者の調査の膨大さ・綿密さには恐れさえ感じる。が、あくまでもテーマはラーメンらしく、文章のそこかしこに親しみやすさが漂ってくる。ラーメン好きなら、是非とも読んでおこう。

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