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2025年2月13日 (木)

スティーヴ・ヘイク「スポーツを変えたテクノロジー アスリートを進化させる道具の科学」白揚社 藤原多伽夫訳 浅井武解説

本書では、何千年にも及ぶスポーツの歴史を振り返り、スポーツに突破口をもたらしたテクノロジーの激動のストーリーを伝えてゆく。
  ――はじめに 求む、スポーツ好きの物理学者

長距離を走る一流の自転車選手では、400~500ワットというのが典型的な数値だ。ノートパソコンと部屋のライト、レコードプレーヤーをいっぺんに動かせるほどのエネルギーに相当する。
  ――9 デザインをめぐる騒動 自転車

「私たちは知識に飢えているが、データに溺れている」
  ――12 新世紀のテクノロジー

スポーツは競争するためだけのものではなく、社交の場にもなっている
  ――13 スポーツはどこへ行く

【どんな本?】

 科学技術はスポーツも変える。分かりやすいのは自転車競技だろう。競輪用の自転車とトラック競技の自転車は全く違う。単純に思える徒競走も、テクノロジーが大きく関わっている。短距離では、走り出す前から選手はスターティング・ブロックに足を掛けているし、靴にはスパイクがついている。

 これらにより記録は良くなった。だが時として禁止される場合もある。一時期、男子の水泳では全身を覆う水着が流行ったが、今は禁止されている。また、競技の性質すら変えてしまう技術もある。

 スポーツと技術の関わりは、意外と古い。ギリシャの古代オリンピックの時代からあった。

 イギリスのオリンピック・チームにも協力したスポーツ工学者が、様々な競技の歴史にも触れつつ、テクノロジーとスポーツの関わりを語る、一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Advantage Play : Technologies that Changed Sporting History, by Steve Haake, 2018。日本語版は2020年10月10日第1版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約330頁に加え、筑波大学体育系教授の浅井武の解説7頁。9ポイント45字×18行×330頁=約267,300字、400字詰め原稿用紙で約667枚。文庫なら厚め。

 文章はこなれていて親しみやすい。イギリス人のわりにヒネたユーモアも控えめなのはポイント高い。内容も分かりやすい。一部で数式が出てくるが、分からなければ読み飛ばして構わない。最もよく出てくるのは抗力だが、自転車に乗る人なら感覚で分かる。要は空気抵抗だ。

【構成は?】

 各章は独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

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  • はじめに 求む、スポーツ好きの物理学者
  • 1 原点に出会う 走る
  • 2 古代のスポーツ用品 跳ぶ、投げる
  • 3 人をとりこにするゲーム 球技
  • 4 革命をもたらした発明 テニス
  • 5 「論より証拠」までの奮闘 動きをとらえる
  • 6 でこぼこの秘密
  • 7 そり遊びから競技へ ボブスレー
  • 8 未知の領域へ飛び込む 水泳
  • 9 デザインをめぐる騒動 自転車
  • 10 技術を研ぎ澄ます スケート
  • 11 スーパーヒ―ロ―たち パラスポーツ
  • 12 新世紀のテクノロジー
  • 13 スポーツはどこへ行く
  • 謝辞/解説 「スポーツを変えたテクノロジー」のすすめ/註/参考文献/索引

【感想は?】

 書名は最新科学・工学の本のようだし、実際に今世紀の科学も出てくる。と同時に、様々な競技の歴史を紐解くあたりも面白い。

 「何千年にも及ぶスポーツの歴史」は嘘じゃない。古代ギリシャの話も出てくるし。これは幅跳び競技の話。

古代ギリシャ時代の絵で、選手は「ハルテレス(→Wikipedia)」と呼ばれるおもりを持ってジャンプしているからだ。
  ――2 古代のスポーツ用品 跳ぶ、投げる

 格闘技でない限り、たいていの競技では、軽い方が有利だ。軽い自転車、軽いラケット、軽いシューズ。では、なぜ重くなるおもりを持つのか。強すぎる選手用のハンデなのか。または飛んでいる最中に、後ろに投げて反動で体を前に飛ばすのか。

 この章で明らかになる力学的な理屈は、以降の章でも色々と関わってくるが、それ以上に三段跳びのオチがなんとも脱力ものだw

 全般的に協議の記録を伸ばす技術が多い中で、逆に記録を悪化させる技術もある。

テクノロジーの導入に伴って、記録が悪くなっている。
  ――1 原点に出会う 走る

 「んなもん、選手は使わないだろ」と思うだろうが、この結論はオリンピックの記録が根拠だ。なお、競技は男子100m走。そのテクノロジーとは、時計である。それまでは人間がタイムを測っていたのを自動化したのだ。

 ここでは、スタートの合図のピストルが記録に与える影響など、一瞬を争うトップアスリートたちの闘いの厳しさ・面倒くささと、それをカバーする技術の話が興味深い。綺麗に見える競技場は、技術の塊でもあるのだ。

 もっと直接的に選手がテクノロジーに関わるのが、ゴルフだろう。クラブも日々進化しているが、ここで語るのはボールだ。ゴルフのボールは独特で、表面にクレーターのようなデコボコ=ディンプルがついている。なぜデコボコがあるのか、どんな経緯で今の形になったのかなどと共に、競技団体の対応にも焦点をあてる。

(USGA(全米ゴルフ協会)とR&A(英国ゴルフ協会)が)何よりも懸念されたのは、ボールの飛距離が伸びすぎてゴルフコースの長さが足りなくなり、ゴルファーが競技に魅力を感じなくなって、ゴルフをやめてしまうことだった。
  ――6 でこぼこの秘密

 他の競技でも、新しい技術に対し競技団体は是非の判定を下す。そして極端な技術は禁じる。だが、本書の中でもゴルフは判断基準が独特なのだ。つまり、「それで競技が楽しくなるか否か」で判断している。コースの経営者や用具のメーカーが、団体のメンバーに加わってるんじゃないかな、たぶん。ゴルファーにとっては幸福な事だと思う。

 対照的なのが、テニスだ。本書で扱うのはラケット。1970年代後半から、ラケットが変わった。ヘッド=ボールが当たる網の部分が大きくなり、重さも軽くなった。俗称デカラケである。それまでの木製ではガットの張りに耐えられず歪んでしまったが、アルミやカーボンファイバーなどの素材により、軽く大きなヘッドが可能となったのだ。

 使ってみりゃわかるが、デカラケは実に心地よい。ただ、トップ・プレーヤーのプレー・スタイルも変えてしまった。

新型ラケットの登場で、ベースラインからの速いサーブと力強いリターンが主流になった。特に男子の試合は、ラリーがほとんどなく、サーブする側が優位に立つ、同じような場面が繰り返される単調な展開に思える。
  ――4 革命をもたらした発明 テニス

 この辺は「ラブ・ゲーム テニスの歴史」に詳しい。要はボレーなどコートを縦に使う変化に富んだプレーが減ったのだ。が、それは、トップ・プレーヤーの話。

 テニス人口の大半は、初心者だ。これはテニスに限らず、どんな競技でもプレーヤーの大半は初心者だ。そしてデカラケは、初心者に優しいのである。スイートスポットも広いから、当たり損ねが少なく、ボールが心地よく飛ぶ。

 トップ・プレーヤーの試合は単調になるが、初心者には優しい。団体としては、どっちを重く見るべきだろう?

 それはともかく、デカラケが可能となったのは、アルミやカーボンファイバーなどの新しい素材のお陰だ。

スポーツテクノロジーの大半を支えているのは素材だ。
  ――13 スポーツはどこへ行く

 今後も、研究が進みつつあるカーボンナノチューブなどが深く関わってくるだろう。もちろん、今までもスポーツを変えてきたのは素材だった。現在のように様々な競技が楽しめるのも、ある素材とその加工法の発明の貢献が大きい。

グッドイヤーのゴムがなければ、どの球技も現代のような姿にはならなかっただろう。
  ――3 人をとりこにするゲーム 球技

 そう、ゴムと加硫である。これがなければ、大半の球技は存在しないか、普及が阻まれただろう。

 これは私の想像だが、素材がなかったために普及が阻まれたアイデアもあるのだ。スピードスケート用の靴で、ブレードが踵から離れるしくみだ。これを思いついたアムステルダム自由大学の研究チームは特許を申請するのだが、却下されてしまう。なぜなら…

クラップスケート(→Wikipedia)はすでに、その100年近く前にドイツのブルクハウゼンに住むカール・ハネスという人物によって発明されていたのだ。
  ――10 技術を研ぎ澄ます スケート

 勝手な想像だが、実用化に耐えるブレードの素材が当時は無かったんじゃないかと思う。

 競技を変えるのは技術だけじゃない。特に女子選手の場合、世間の目でウェアの形が変わった。昔は肌を見せると文句を言う奴が多かったのだ。逆に、肌を見せないようになった競技もあった。男子の競泳だ。新素材の水着は抗力が少なくタイムが出やすいと言われ、今世紀の初頭には体をスッポリ覆う水着が流行ったのだ。中には「奴が速いのは水着のお陰だ」なんて文句をつける選手もいた。これに対し…

「ぜひとも水着なしで彼と対決したいですね」
  ――8 未知の領域へ飛び込む 水泳

 あー、うん、古代オリンピックなら実現しただろうね。

 こういうテクノロジーの恩恵は、面倒くさい事態も招く。本書に登場するのはオスカー・ピストリウス(→Wikipedia)、短距離走者だ。パラリンピックの。

 彼がオリンピックへの出場を望んだため、事態はややこしくなる。彼の義足は極めて優秀で、生身の脚より優れているんじゃないか、そんな疑惑が生まれたのだ。試算では…

ピストリウスは健常者のランナーよりもはるかに速く脚を動かせることがわかった。義足を着けた彼の脚は軽く、慣性モーメントが低いからだ。
  ――11 スーパーヒ―ロ―たち パラスポーツ

 この問い、どっちに決めてもスッキリしないものが残るんだろうなあ。

 もちろん、著者自身も色々と研究している。これは若い頃にい挑んだテーマで、ゴルフでボールがグリーンに乗ったときの挙動を解明する研究をした際の話で…

何かを決断するたび、連鎖反応のように装置や道具が増えて、ついには実験に使う装置一式を運ぶために大型のバンを使わねばならなくなった。
  ――5 「論より証拠」までの奮闘 動きをとらえる

 なんて言葉にうなずく研究者やエンジニアは多いんじゃなかろか。私も似たような感じで安請け合いした仕事で地獄を見た経験が…ま、いっか。

 もちろん、傍で記録を取るだけじゃなく、実際に自分で競技に挑戦する事もある。例えばボブスレーに挑んだ感想は…

それ以来、私はマックスやアレックスのようなボブスレー選手を賞賛の目で見るようになった。
  ――7 そり遊びから競技へ ボブスレー

 なんでそんな感想になったのか、それは読んでのお楽しみ。

 様々な競技に触れているが、野球は扱っていない。イギリス人だからか、と思ったが、クリケットも扱っていない。個人的にはスキーがないのは少し残念だった。とまれ、科学技術とスポーツの関わり方は、私の想像より遥かに多角的だと思い知った。スポーツに関心がある、それも自分でプレイするより観戦を楽しみにしている人にお薦め。

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