P.R.ハーツ「道教 シリーズ世界の宗教」青土社 鈴木博訳
道教の信徒は、神仙になったり、宇宙と一体になったり、精神的にも肉体的にも完璧になるよう努力する。
――1 道教の世界
【どんな本?】
道教は、儒教・仏教と並ぶ中国の三大宗教の一つである。儒教も仏教も古来より日本に伝来し、権力者にも民衆にも受け入れられた(その過程で日本風にアレンジされた)が、道教はあまり日本人に馴染みがない。それだけに、日本人にとって道教は「中国文化を煮しめたもの」のような印象を受ける。
その道教とは、どんなものか。いつ、誰が始め、どのように受け継がれ、現在はどこにどれぐらいの信徒がいるのか。道教の信者は、何を求めどんな事をするのか。どんな宗派があって、それぞれどんな特徴があり、どんな組織を成しているのか。
中国の神秘思想を体系づけている道教の全体像を、短時間でザックリと把握できる、一般向けの解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は World Religions シリーズの Taoism, by Paula R. Hartz, 1993。単行本ハードカバー縦一段組み本文約145頁に加え、訳者あとがき10頁。9ポイント44字×17行×145頁=約108,460字、400字詰め原稿用紙で約272枚。文庫ならかなり薄い。
文章はこなれていて親しみやすい。内容も比較的にとっつきやすい。いや本書の中で述べられる道教の教義は曖昧模糊として意味不明なんだが、「なんか気の利いたことを言ってるっぽい」みたいなのは伝わってくるんで、雰囲気は掴めるだろう。
【構成は?】
まず訳者あとがきを読み、次に頭から読もう。というのも、基本的には頭から読めば道教の全体像が掴める構成なんだが、訳者あとがきで厳しくダメ出ししているのだ。分量も少ないので、読み始めればスグに読み読み通せるだろう。
クリックで詳細表示
- 序文
- 1 道教の世界
道教とはなにか/道教の多様性/道教と三教- 2 道家の起源と歴史
「百家争鳴」/孔子/老子/『道徳経』[『老子』]/『荘子』/劉安と『淮南子』- 3 教団道教の成立と発展
教団道教の種子/太平道/道教教団の成立/天師道/「五斗米道王国」/南部の道教/上清派/北部の道教/唐代の道教/道教と北宋朝/全真道/元朝のもとでの逆転/明代の道教/清代の道教/太平天国/現代の道教- 4 経典と教義
経典/究極の存在としての「道」/「無有」/調和と均衡 陰と陽/万物の相対的な非重要性/人間と自然の道/三宝 精、気、神/道教の神殿[「神相図」]/三清尊/玉皇上帝の宮廷/八仙/人格神/鬼の世界- 5 儀式と瞑想
醮/普度/他の儀式/家庭における儀式/先祖を祭る/年中行事/瞑想〔座忘と存思〕- 6 道家思想と芸術
「道」と文学/道家思想と絵画/「道」と書/道家音楽/舞踏の「道」/道家と芸術挺な表現- 7 道教の現状
自由化政策のもとでの道教/欧米におけるタオイズム/未来の道教
【感想は?】
入門用としては極めて優れている。
少なくともマスペロの「道教」より取っつきやすく、歴史や組織など視点のバランスもいい。なんたって、頁数が少ない。
肝心の道教、マスペロの「道教」によれば仙人を目指す、けっこうオカルトな宗教なんだが、本書はそこんとこかなりマイルドに書いてて、訳者あとがきに曰く「道家思想だけから道教が成立したかのように記している」。
とはいえ、捉えにくいのは事実なのだ。日本でも仏教と神道は混じっちゃってるように、中国でも混じっちゃってるのだ。
儒、仏、道三教は何世紀にもわたってそれぞれ他の二者の教義を吸収しながら絡み合い、中国人がいうように「一体になっている」のである。
――1 道教の世界
特に道教は儒教と仏教に加え、民間信仰や言い伝えや迷信やまじないも取り込んでるんで、実態が捉えにくい。そもそも起源からして…
道教の信徒は、道教の由来は偉大で賢明な支配者であった黄帝(→Wikipedia)までたどることができるという。
――2 道家の起源と歴史
つまり起源はわからん、と言ってるようなモンだ。経典もいい加減で、すべての宗派で一応の共通項はある…
道教のさまざまな宗派は、いずれも老子の『道徳経』を共通の基盤として認めている。
――4 経典と教義
んだが、その老子も実在の人物かどうか怪しいのだ。でも「水牛の背に乗った老人」ってアイコンは皆が納得してる。こういう、事実か否かは怪しいが万民が認めるアイコンだけは定着してるってのが、道教には多い気がする。
そんな民衆受けはいい道教だが、権力者にはあまり好まれない。
中国の歴史を通じて、道家が繁栄を謳歌したのは政府が弱体化したときや政治の混乱期であった。
――3 教団道教の成立と発展
まあ普通に考えれば上下関係を重んじる儒教のほうが権力者には都合がいいしね。日本に入ってこなかったのも、そのせいだろう。仏教や儒教は政府が政策として輸入したけど、道教はしなかった、と。
ただ、意外と実際的な事もやってたりする。
道家は信条の実践として剣術や格闘技を習得し、護身術を高級な芸術にまで昇華した。中国の偉大な戦略家は道家であった。
――3 教団道教の成立と発展導引を習得する補助的な手段として発展した拳法は、精神を集中するだけで「気」を体内にめぐらすことができるようになる前に、「気」を体内にめぐらすのに役立つ。
――5 儀式と瞑想
この「気」とは「気功」なんだろうか? 少林拳は仏教だけど、その道教版かな? あと、形意拳(→Wikipedia)らしき記述もチラホラと。
そんな道教、目指すは「道」との一体化だ。その道とは何か、というと…
人間の有限な頭脳には「道」を理解しうるだけの容量がないからである。
――4 経典と教義
…駄目じゃんw とはいえ、こういう人間の限界を意識してる点は、アブラハムの宗教よりマシな気がする。というか、この辺で語られる「道」は、日本の「柔道」「書道」「茶道」「戦車道」などの「道」と似ていたり。
拳法に限らず、他の術にも道教は影響を与えているようで、例えば絵画だと…
風景を写実的に描く[形似]のではなく、目にしたものを自分の主観で解釈して描く[写意]わけである。
――6 道家思想と芸術
特徴を把握し、それを目立たせろって事なら、漫画の作法にも通じるんだろうか。最近のアニメのクレジットで中国人の名前が目立つのも、彼らとアニメ/漫画の絵の作法に共通点があるから、なのか?
とか書くと、今でも中国で道教は盛んなように思えるが、実際は悲惨で。
道教はかつて政府による統制に抵抗したため、道教を根絶しようとした政府ににらまれている。
――7 道教の現状
毛沢東の時代は政策として弾圧された。自由化の波に乗り、今では手綱を緩められたものの、完全に自由になったワケじゃない。信者も老人と若者だけで、中核となる世代がゴッソリ抜けてる。お陰で儀式の伝達も難しい。
というのは大陸の状況で、台湾では…残念ながら、本書には書いてない。他にもインドネシアやマレーシアなどの華僑が多少受け継いでると思うんだが、記述なし。
などの道教についての他に、例えば「道教の信徒はこれまで道教を広めようとしたことはなかった」など、布教に不熱心な点を指摘してるけど、これは仏教徒から見ると「キリスト教とイスラム教は異様に布教に熱心だよね」と、逆にアブラハムの宗教の特徴が透けて見えてくるのが楽しい。
あくまでも入門書として、何も知らないズブの素人に短時間で道教の全体像を把握させる、そういう目的で書かれた本だ。そして、その目的は充分に果たしていると思う。道教について何も知らないけど、短い時間でザックリと概要を知りたい人にお薦め。
【関連記事】
- 2025.2.6 アンリ・マスペロ「道教」平凡社ライブラリー 川勝義雄訳 ポール・ドミエヴィル編
- 2018.5.9 ジョン・クラカワー「信仰が人を殺すとき」河出書房新社 佐宗鈴夫訳
- 2018.3.15 ジェシー・ベリング「ヒトはなぜ神を信じるのか 信仰する本能」化学同人 鈴木光太郎訳
- 2017.11.5 トレイシー・ウイルキンソン「バチカン・エクソシスト」文藝春秋 矢口誠訳
- 2017.03.12 ジョーゼフ・キャンベル「千の顔を持つ英雄 上・下」ハヤカワ文庫NF 倉田真木・斎藤静代・関根光宏訳
- 2016.09.09 C.G.ユング他「人間と象徴 無意識の世界 上・下」河出書房新社 河合隼雄監訳
- 書評一覧:ノンフィクション
| 固定リンク
« アンリ・マスペロ「道教」平凡社ライブラリー 川勝義雄訳 ポール・ドミエヴィル編 | トップページ | スティーヴ・ヘイク「スポーツを変えたテクノロジー アスリートを進化させる道具の科学」白揚社 藤原多伽夫訳 浅井武解説 »
「書評:ノンフィクション」カテゴリの記事
- ジャンルイージ・ヌッツィ「バチカン株式会社 金融市場を動かす神の汚れた手」柏書房 竹下・ルッジェリ・アンナ監訳 花本知子・鈴木真由美訳(2026.06.18)
- 古野まほろ「公安警察」祥伝社新書(2026.01.05)
- ユリア・エブナー「ゴーイング・メインストリーム 過激主義が主流になる日」左右社 西川美樹訳(2025.12.10)
- アダム・オルター「僕らはそれに抵抗できない 『依存症ビジネス』のつくられかた」ダイヤモンド社 上原裕美子訳(2025.09.26)
- ジョシュア・グリーン「モラル・トライブス 共存の道徳哲学へ 上・下」岩波書店 竹田円訳(2025.08.05)


コメント