斎藤貴男「カルト資本主義」文春文庫
いずれもユング派と呼ばれる哲学者たちが中心となって(略)
――第3章 京セラ「稲森和夫」という呪術師経営者たちは、それでも従業員の忠誠心だけは失いたくない。(略)そのために、ニューエイジや新霊性運動は好都合なのである。
――第9章 カルト資本主義の時代
【どんな本?】
バブルが崩壊した1990年代後半。奇妙なモノが流行り始める。EM菌,水からの伝言,波動理論…。これらに何か共通する性質を感じた著者は、超能力・オカルト・永久機関などを皮切りに、「その界隈」への取材を始める。互いに知り合いである事も多いこの界隈、人脈をたどり、また思想的な背景も手繰ってゆくと、見えてきたものは…
体当たりの取材で生々しく描く、もう一つの「トンデモ本の世界」。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
元は1997年6月に文芸春秋より単行本で発行。私が読んだのは文春文庫版、2000年6月10日に一部加筆訂正して第1刷発行。文庫で縦一段組み、本文約453頁。9ポイント39字×18行×453頁=約318,006字、400字詰め原稿用紙で約796枚。文庫では厚い部類。
文章はこなれていて読みやすい。内容も年寄りには分かりやすい。が、なにせ1990年代後半の話なので、若い人にはピンとこないかも。
【構成は?】
基本的に各章は独立しているが、穏やかにつながりつつ最後の「第9章 カルト資本主義の時代」に収束する構成だ。気になった所だけを拾い読みしてもよいが、できれば頭から通して読もう。
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- はしがき
- 第1章 ソニーと「超能力」
- 第2章 「永久機関」に群がる人々
- 第3章 京セラ「稲森和夫」という呪術師
- 第4章 科学技術庁のオカルト研究
- 第5章 「万能」微生物EMと世界救世教
- 第6章 オカルトビジネスのドン「船井幸雄」
- 第7章 ヤマギシ会 日本企業のユートピア
- 第8章 米国政府が売り込むアムウェイ商法
- 第9章 カルト資本主義の時代
- 文庫版のためのあとがき
- 主要参考文献/索引
【感想は?】
単行本が出たのが1996年だから、30年ほどたっている。当時の世相を扱った本だから、古びた部分は多い。人名や組織名などの固有名詞も、多少はインパクトが薄れた感がある。
が、彼らの手口そのものは、あまり変わっていないのだ、困ったことに。
例えば日本アムウェイ(→Wikipedia)だ。マルチ商法やネズミ講の疑いをかけられることが多い彼らだが、その言い分の一つは…
日本アムウェイ広報部長岩城淳子「ディストリビューターは日本アムウェイの社員ではなく、それぞれ自立した独立事業者です」
――第8章 米国政府が売り込むアムウェイ商法
なんかワタミの渡邉美樹も、似たような事を言ってたような。あるタイプの経営者ってのは、そういう考え方になるんだろうか。
さて、本書が最初に扱うのが当時のSONYにあったESPER研究室である。やっているのは“気”の研究だ。
現在までのところESPER研究室の研究テーマは(略)あくまでも“気”の研究を中心に据えている。
――第1章 ソニーと「超能力」
ちょっと前に読んだ「道教」に出てきた“気”だ。改めて考えると、道教も結構ヤバいシロモノだよなあ。
次に出てくるのは、昔からの人類の夢、永久機関(→「永久運動の夢」)。たぶん今でも真面目に研究してる人はいるんだろう。ただ、組織化は難しいようで。
「この世界もいろいろありましてね。近親憎悪というのか、すぐにお互い喧嘩してしまうんです」
――第2章 「永久機関」に群がる人々
やはり定番なのがUFO。「人類はなぜUFOと遭遇するのか」によると、UFOの概念は時代と共に変わってきたようだ。一時期はUFOを呼ぶなんてアレもあったが…
荒井欣一(→Wikipedia)「UFO研究と超能力を一緒に扱うのは止めてほしいですね。宇宙人の実態もわからないのに、テレパシーでUFOを呼べるとか、そんなことが安易に言えるはずがない」
――第4章 科学技術庁のオカルト研究
…ああ、うん、そうだよね。言われてみれば。なんでテレパシーと宇宙人が結びつくんだか。
などの序盤は個々の人を取り上げていく。これが中盤以降は、特定の人物を中心とした「界隈」が見えてくる。その中心の一人が、船井幸雄だ。一時期はベストセラーを連発した人で、私も書店で彼の本のポスターをよく見かけた。「売れてるなあ」としか思ってなかったが…
「足立さんの話は、プレアデス人、カシオペア人、あと惑星連合や銀河連合といったところからの情報なんですね」
――第6章 オカルトビジネスのドン「船井幸雄」
と、完全にイっちゃってる人だった。
これがたま出版あたりからボチボチ本を出してる程度ならいいんだが…
本書に登場してくる人物や企業、現象のほとんどに船井は関わっていると言っても過言ではない。
――第6章 オカルトビジネスのドン「船井幸雄」
と、いわば「界隈」を仕切る立場で、熱心なファン(というより信者)を多く抱えてる。中小企業の経営者も多く、大企業の幹部や官公庁にまでコネがあり、それをためらいなく活用するから頼りになる←をい
そんな彼が売り込んだのが、比嘉照夫のEM菌,春山茂雄の「脳内革命」,江本勝の波動理論/「水からの伝言」,高木善之の「地球村宣言」,七田眞の「右脳開発法」,飯田史彦の「生きがいの創造」など。まあ、アレだ、とりあえず商売は巧いよね。
いずれも個人が趣味で入れ込む分には構わないが、「水からの伝言」を教師が生徒に教えたり自治体が環境保護でEM菌を使ったりと、公的な機関にまで進出したんで、一時期は騒ぎになった。さすがに今はやってないと…やってないよね?
これらは「なんか不気味」と思ってたんだが、ヤマギシ会は別格。「カルトの子」に詳しいが、抗うすべのない子供を巻き込むのがヤバい。
「親子が顔を合わせるのは、月に一度の“家庭研鑽”の時だけでした」
――第7章 ヤマギシ会 日本企業のユートピア成長すれば、ヤマギシズム生活調整機関が、どこかの実顕地から相応しい結婚相手を見つけてきてくれる。自由な恋愛は許されない。
――第7章 ヤマギシ会 日本企業のユートピア
これらの人々や組織に体当たりで取材してきた著者は、彼らの思想や手口に、幾つかの共通点を見いだす。それはニューエイジ思想(→Wikipedia)でありデカルト的科学手法の否定だったり大本教(→Wikipedia)の人脈だったりするが、彼らの具体的な手口が私には借り難かった。
偉大な発明や発見は、それによって既得権益を侵される旧体制の迫害を受ける、とは世直しを唱える人々がしばし口にする嘆きである。
――第5章 「万能」微生物EMと世界救世教どうとでも言える話題を強引に一つの方向に導き、あたかもそれが普遍の心理であるかのように教え込む。(略)緊張と弛緩を巧みに組み合わせた特講の手法は、(略)自己啓発セミナーやマルチ商法、(略)ST(感受性訓練)などの企業内教育訓練の技法にも酷似している。
――第7章 ヤマギシ会 日本企業のユートピア
当時の世相を映してか、バブル崩壊が云々とあったり、時事物の色が濃い本ではある。実際、登場人物の多くが故人となっており、そういう点では古びた感も漂う。が、今でもパワースポットやヒーリングなど、固有名詞は違うが似たような匂いが漂うシロモノは枚挙にいとまがない。地上波テレビも朝の情報番組で占いを流してるし陰謀論も花盛りだ。
それはつまり、著者が時勢だと捉えた流れは、人間の普遍的な傾向だった、という事だろう。そういう点では、著者こそが本書の価値を最も過小評価してしまった、とも言える。
繰り返すが、本来は時事的な本だ。そこから敢えて距離を置いて読める人なら、とても興味深く読めるだろう。とはいえ、できれば21世紀版を書いて欲しい。
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