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2025年2月の6件の記事

2025年2月21日 (金)

SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2025年版」早川書房

 おまちかねSF者のお祭り本。

 昨年に引き続きベストSF2024の国内篇は新人や若手が大活躍してる。しかも王道のサイエンス・フィクションに人気が集まっているのが嬉しい…って、読んでないけど。あと「ここはすべての夜明け前」がランクインしてるのも嬉しい。とにかく小説として強く訴えるモノがあるのだ、この作品は。

 あと「SF評論入門」で「ナガサキ生まれのミュータント」が書籍になったのはめでたい。いわゆる文学評論とは全く異なる方向性だけど、緻密な調査と考察により、国と時代を越えた切ないドラマを浮き上がらせるのだ。

 海外篇ではオラフ・ステープルドンの「最後にして最初の人類」に驚いた。これも草原々効果か。こんなモン書かれちゃったら後世の作家は何を書けばいいんだって感じの、SF最終兵器的な傑作です。

 それと「まじめにエイリアンの姿を想像してみた」を挙げてる人もいる。やっぱり目をつける人はいるんだね。

 とか言っちゃいるが、最近はSFを読んでないんだよなあ。SFマガジンぐらいで。でもマン・カインドは面白かったぞ。

 そんな年寄りなんで、どうしてもネタは古くさくなる。ATB海外短編でゼラズニイの「フロストとベータ」が滑り込んでて感激とか国内長編は半村良の「妖星伝」が懐かしい、とか。「妖星伝」は文庫でありそうだけど、「フロストとベータ」は今読めるんだろうか?

 「早川さん」、やはり帆掛さんは陽性かw

 そしてついつい目が行く科学ノンフィクション。「眠っている間に体の中で何が起こっているのか」「流体力学超入門」「量子力学は、本当は量子の話ではない」「宇宙はいかに始まったのか」と、ヨダレが出そうな本がいっぱい。

 と、このブログ、「科学/技術」カテゴリ美味しそうな本はSFマガジンで見つかるけど、「歴史/地理」カテゴリと「軍事/外交」カテゴリは決まった猟場がない。HONZは閉まっちゃったし。どこかいい狩場があったら教えてほしい。

 SFマガジン2025年2月号のローカス・ベストセラー・リストに載ってたキアヌ・リーヴスとチャイナ・ミエヴィルの共著って本当だったのね。

 ところでこの本、編集の方針でファンタジイもアリだから本格ファンタジイの傑作は堂々と推せるけど、本格ミステリの傑作は不許可なんで、ミステリ担当の千街晶之は「ぐぬぬ」な思いをしてるんだろうか。

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2025年2月18日 (火)

斎藤貴男「カルト資本主義」文春文庫

いずれもユング派と呼ばれる哲学者たちが中心となって(略)
  ――第3章 京セラ「稲森和夫」という呪術師

経営者たちは、それでも従業員の忠誠心だけは失いたくない。(略)そのために、ニューエイジや新霊性運動は好都合なのである。
  ――第9章 カルト資本主義の時代

【どんな本?】

 バブルが崩壊した1990年代後半。奇妙なモノが流行り始める。EM菌,水からの伝言,波動理論…。これらに何か共通する性質を感じた著者は、超能力・オカルト・永久機関などを皮切りに、「その界隈」への取材を始める。互いに知り合いである事も多いこの界隈、人脈をたどり、また思想的な背景も手繰ってゆくと、見えてきたものは…

 体当たりの取材で生々しく描く、もう一つの「トンデモ本の世界」。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 元は1997年6月に文芸春秋より単行本で発行。私が読んだのは文春文庫版、2000年6月10日に一部加筆訂正して第1刷発行。文庫で縦一段組み、本文約453頁。9ポイント39字×18行×453頁=約318,006字、400字詰め原稿用紙で約796枚。文庫では厚い部類。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も年寄りには分かりやすい。が、なにせ1990年代後半の話なので、若い人にはピンとこないかも。

【構成は?】

 基本的に各章は独立しているが、穏やかにつながりつつ最後の「第9章 カルト資本主義の時代」に収束する構成だ。気になった所だけを拾い読みしてもよいが、できれば頭から通して読もう。

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  • はしがき
  • 第1章 ソニーと「超能力」
  • 第2章 「永久機関」に群がる人々
  • 第3章 京セラ「稲森和夫」という呪術師
  • 第4章 科学技術庁のオカルト研究
  • 第5章 「万能」微生物EMと世界救世教
  • 第6章 オカルトビジネスのドン「船井幸雄」
  • 第7章 ヤマギシ会 日本企業のユートピア
  • 第8章 米国政府が売り込むアムウェイ商法
  • 第9章 カルト資本主義の時代
  • 文庫版のためのあとがき
  • 主要参考文献/索引

【感想は?】

 単行本が出たのが1996年だから、30年ほどたっている。当時の世相を扱った本だから、古びた部分は多い。人名や組織名などの固有名詞も、多少はインパクトが薄れた感がある。

 が、彼らの手口そのものは、あまり変わっていないのだ、困ったことに。

 例えば日本アムウェイ(→Wikipedia)だ。マルチ商法やネズミ講の疑いをかけられることが多い彼らだが、その言い分の一つは…

日本アムウェイ広報部長岩城淳子「ディストリビューターは日本アムウェイの社員ではなく、それぞれ自立した独立事業者です」
  ――第8章 米国政府が売り込むアムウェイ商法

 なんかワタミの渡邉美樹も、似たような事を言ってたような。あるタイプの経営者ってのは、そういう考え方になるんだろうか。

 さて、本書が最初に扱うのが当時のSONYにあったESPER研究室である。やっているのは“気”の研究だ。

現在までのところESPER研究室の研究テーマは(略)あくまでも“気”の研究を中心に据えている。
  ――第1章 ソニーと「超能力」

 ちょっと前に読んだ「道教」に出てきた“気”だ。改めて考えると、道教も結構ヤバいシロモノだよなあ。

 次に出てくるのは、昔からの人類の夢、永久機関(→「永久運動の夢」)。たぶん今でも真面目に研究してる人はいるんだろう。ただ、組織化は難しいようで。

「この世界もいろいろありましてね。近親憎悪というのか、すぐにお互い喧嘩してしまうんです」
  ――第2章 「永久機関」に群がる人々

 やはり定番なのがUFO。「人類はなぜUFOと遭遇するのか」によると、UFOの概念は時代と共に変わってきたようだ。一時期はUFOを呼ぶなんてアレもあったが…

荒井欣一(→Wikipedia)「UFO研究と超能力を一緒に扱うのは止めてほしいですね。宇宙人の実態もわからないのに、テレパシーでUFOを呼べるとか、そんなことが安易に言えるはずがない」
  ――第4章 科学技術庁のオカルト研究

 …ああ、うん、そうだよね。言われてみれば。なんでテレパシーと宇宙人が結びつくんだか。

 などの序盤は個々の人を取り上げていく。これが中盤以降は、特定の人物を中心とした「界隈」が見えてくる。その中心の一人が、船井幸雄だ。一時期はベストセラーを連発した人で、私も書店で彼の本のポスターをよく見かけた。「売れてるなあ」としか思ってなかったが…

「足立さんの話は、プレアデス人、カシオペア人、あと惑星連合や銀河連合といったところからの情報なんですね」
  ――第6章 オカルトビジネスのドン「船井幸雄」

 と、完全にイっちゃってる人だった。

 これがたま出版あたりからボチボチ本を出してる程度ならいいんだが…

本書に登場してくる人物や企業、現象のほとんどに船井は関わっていると言っても過言ではない。
  ――第6章 オカルトビジネスのドン「船井幸雄」

 と、いわば「界隈」を仕切る立場で、熱心なファン(というより信者)を多く抱えてる。中小企業の経営者も多く、大企業の幹部や官公庁にまでコネがあり、それをためらいなく活用するから頼りになる←をい

 そんな彼が売り込んだのが、比嘉照夫のEM菌,春山茂雄の「脳内革命」,江本勝の波動理論/「水からの伝言」,高木善之の「地球村宣言」,七田眞の「右脳開発法」,飯田史彦の「生きがいの創造」など。まあ、アレだ、とりあえず商売は巧いよね。

 いずれも個人が趣味で入れ込む分には構わないが、「水からの伝言」を教師が生徒に教えたり自治体が環境保護でEM菌を使ったりと、公的な機関にまで進出したんで、一時期は騒ぎになった。さすがに今はやってないと…やってないよね?

 これらは「なんか不気味」と思ってたんだが、ヤマギシ会は別格。「カルトの子」に詳しいが、抗うすべのない子供を巻き込むのがヤバい。

「親子が顔を合わせるのは、月に一度の“家庭研鑽”の時だけでした」
  ――第7章 ヤマギシ会 日本企業のユートピア

成長すれば、ヤマギシズム生活調整機関が、どこかの実顕地から相応しい結婚相手を見つけてきてくれる。自由な恋愛は許されない。
  ――第7章 ヤマギシ会 日本企業のユートピア

 これらの人々や組織に体当たりで取材してきた著者は、彼らの思想や手口に、幾つかの共通点を見いだす。それはニューエイジ思想(→Wikipedia)でありデカルト的科学手法の否定だったり大本教(→Wikipedia)の人脈だったりするが、彼らの具体的な手口が私には借り難かった。

偉大な発明や発見は、それによって既得権益を侵される旧体制の迫害を受ける、とは世直しを唱える人々がしばし口にする嘆きである。
  ――第5章 「万能」微生物EMと世界救世教

どうとでも言える話題を強引に一つの方向に導き、あたかもそれが普遍の心理であるかのように教え込む。(略)緊張と弛緩を巧みに組み合わせた特講の手法は、(略)自己啓発セミナーやマルチ商法、(略)ST(感受性訓練)などの企業内教育訓練の技法にも酷似している。
  ――第7章 ヤマギシ会 日本企業のユートピア

 当時の世相を映してか、バブル崩壊が云々とあったり、時事物の色が濃い本ではある。実際、登場人物の多くが故人となっており、そういう点では古びた感も漂う。が、今でもパワースポットやヒーリングなど、固有名詞は違うが似たような匂いが漂うシロモノは枚挙にいとまがない。地上波テレビも朝の情報番組で占いを流してるし陰謀論も花盛りだ。

 それはつまり、著者が時勢だと捉えた流れは、人間の普遍的な傾向だった、という事だろう。そういう点では、著者こそが本書の価値を最も過小評価してしまった、とも言える。

 繰り返すが、本来は時事的な本だ。そこから敢えて距離を置いて読める人なら、とても興味深く読めるだろう。とはいえ、できれば21世紀版を書いて欲しい。

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2025年2月13日 (木)

スティーヴ・ヘイク「スポーツを変えたテクノロジー アスリートを進化させる道具の科学」白揚社 藤原多伽夫訳 浅井武解説

本書では、何千年にも及ぶスポーツの歴史を振り返り、スポーツに突破口をもたらしたテクノロジーの激動のストーリーを伝えてゆく。
  ――はじめに 求む、スポーツ好きの物理学者

長距離を走る一流の自転車選手では、400~500ワットというのが典型的な数値だ。ノートパソコンと部屋のライト、レコードプレーヤーをいっぺんに動かせるほどのエネルギーに相当する。
  ――9 デザインをめぐる騒動 自転車

「私たちは知識に飢えているが、データに溺れている」
  ――12 新世紀のテクノロジー

スポーツは競争するためだけのものではなく、社交の場にもなっている
  ――13 スポーツはどこへ行く

【どんな本?】

 科学技術はスポーツも変える。分かりやすいのは自転車競技だろう。競輪用の自転車とトラック競技の自転車は全く違う。単純に思える徒競走も、テクノロジーが大きく関わっている。短距離では、走り出す前から選手はスターティング・ブロックに足を掛けているし、靴にはスパイクがついている。

 これらにより記録は良くなった。だが時として禁止される場合もある。一時期、男子の水泳では全身を覆う水着が流行ったが、今は禁止されている。また、競技の性質すら変えてしまう技術もある。

 スポーツと技術の関わりは、意外と古い。ギリシャの古代オリンピックの時代からあった。

 イギリスのオリンピック・チームにも協力したスポーツ工学者が、様々な競技の歴史にも触れつつ、テクノロジーとスポーツの関わりを語る、一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Advantage Play : Technologies that Changed Sporting History, by Steve Haake, 2018。日本語版は2020年10月10日第1版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約330頁に加え、筑波大学体育系教授の浅井武の解説7頁。9ポイント45字×18行×330頁=約267,300字、400字詰め原稿用紙で約667枚。文庫なら厚め。

 文章はこなれていて親しみやすい。イギリス人のわりにヒネたユーモアも控えめなのはポイント高い。内容も分かりやすい。一部で数式が出てくるが、分からなければ読み飛ばして構わない。最もよく出てくるのは抗力だが、自転車に乗る人なら感覚で分かる。要は空気抵抗だ。

【構成は?】

 各章は独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

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  • はじめに 求む、スポーツ好きの物理学者
  • 1 原点に出会う 走る
  • 2 古代のスポーツ用品 跳ぶ、投げる
  • 3 人をとりこにするゲーム 球技
  • 4 革命をもたらした発明 テニス
  • 5 「論より証拠」までの奮闘 動きをとらえる
  • 6 でこぼこの秘密
  • 7 そり遊びから競技へ ボブスレー
  • 8 未知の領域へ飛び込む 水泳
  • 9 デザインをめぐる騒動 自転車
  • 10 技術を研ぎ澄ます スケート
  • 11 スーパーヒ―ロ―たち パラスポーツ
  • 12 新世紀のテクノロジー
  • 13 スポーツはどこへ行く
  • 謝辞/解説 「スポーツを変えたテクノロジー」のすすめ/註/参考文献/索引

【感想は?】

 書名は最新科学・工学の本のようだし、実際に今世紀の科学も出てくる。と同時に、様々な競技の歴史を紐解くあたりも面白い。

 「何千年にも及ぶスポーツの歴史」は嘘じゃない。古代ギリシャの話も出てくるし。これは幅跳び競技の話。

古代ギリシャ時代の絵で、選手は「ハルテレス(→Wikipedia)」と呼ばれるおもりを持ってジャンプしているからだ。
  ――2 古代のスポーツ用品 跳ぶ、投げる

 格闘技でない限り、たいていの競技では、軽い方が有利だ。軽い自転車、軽いラケット、軽いシューズ。では、なぜ重くなるおもりを持つのか。強すぎる選手用のハンデなのか。または飛んでいる最中に、後ろに投げて反動で体を前に飛ばすのか。

 この章で明らかになる力学的な理屈は、以降の章でも色々と関わってくるが、それ以上に三段跳びのオチがなんとも脱力ものだw

 全般的に協議の記録を伸ばす技術が多い中で、逆に記録を悪化させる技術もある。

テクノロジーの導入に伴って、記録が悪くなっている。
  ――1 原点に出会う 走る

 「んなもん、選手は使わないだろ」と思うだろうが、この結論はオリンピックの記録が根拠だ。なお、競技は男子100m走。そのテクノロジーとは、時計である。それまでは人間がタイムを測っていたのを自動化したのだ。

 ここでは、スタートの合図のピストルが記録に与える影響など、一瞬を争うトップアスリートたちの闘いの厳しさ・面倒くささと、それをカバーする技術の話が興味深い。綺麗に見える競技場は、技術の塊でもあるのだ。

 もっと直接的に選手がテクノロジーに関わるのが、ゴルフだろう。クラブも日々進化しているが、ここで語るのはボールだ。ゴルフのボールは独特で、表面にクレーターのようなデコボコ=ディンプルがついている。なぜデコボコがあるのか、どんな経緯で今の形になったのかなどと共に、競技団体の対応にも焦点をあてる。

(USGA(全米ゴルフ協会)とR&A(英国ゴルフ協会)が)何よりも懸念されたのは、ボールの飛距離が伸びすぎてゴルフコースの長さが足りなくなり、ゴルファーが競技に魅力を感じなくなって、ゴルフをやめてしまうことだった。
  ――6 でこぼこの秘密

 他の競技でも、新しい技術に対し競技団体は是非の判定を下す。そして極端な技術は禁じる。だが、本書の中でもゴルフは判断基準が独特なのだ。つまり、「それで競技が楽しくなるか否か」で判断している。コースの経営者や用具のメーカーが、団体のメンバーに加わってるんじゃないかな、たぶん。ゴルファーにとっては幸福な事だと思う。

 対照的なのが、テニスだ。本書で扱うのはラケット。1970年代後半から、ラケットが変わった。ヘッド=ボールが当たる網の部分が大きくなり、重さも軽くなった。俗称デカラケである。それまでの木製ではガットの張りに耐えられず歪んでしまったが、アルミやカーボンファイバーなどの素材により、軽く大きなヘッドが可能となったのだ。

 使ってみりゃわかるが、デカラケは実に心地よい。ただ、トップ・プレーヤーのプレー・スタイルも変えてしまった。

新型ラケットの登場で、ベースラインからの速いサーブと力強いリターンが主流になった。特に男子の試合は、ラリーがほとんどなく、サーブする側が優位に立つ、同じような場面が繰り返される単調な展開に思える。
  ――4 革命をもたらした発明 テニス

 この辺は「ラブ・ゲーム テニスの歴史」に詳しい。要はボレーなどコートを縦に使う変化に富んだプレーが減ったのだ。が、それは、トップ・プレーヤーの話。

 テニス人口の大半は、初心者だ。これはテニスに限らず、どんな競技でもプレーヤーの大半は初心者だ。そしてデカラケは、初心者に優しいのである。スイートスポットも広いから、当たり損ねが少なく、ボールが心地よく飛ぶ。

 トップ・プレーヤーの試合は単調になるが、初心者には優しい。団体としては、どっちを重く見るべきだろう?

 それはともかく、デカラケが可能となったのは、アルミやカーボンファイバーなどの新しい素材のお陰だ。

スポーツテクノロジーの大半を支えているのは素材だ。
  ――13 スポーツはどこへ行く

 今後も、研究が進みつつあるカーボンナノチューブなどが深く関わってくるだろう。もちろん、今までもスポーツを変えてきたのは素材だった。現在のように様々な競技が楽しめるのも、ある素材とその加工法の発明の貢献が大きい。

グッドイヤーのゴムがなければ、どの球技も現代のような姿にはならなかっただろう。
  ――3 人をとりこにするゲーム 球技

 そう、ゴムと加硫である。これがなければ、大半の球技は存在しないか、普及が阻まれただろう。

 これは私の想像だが、素材がなかったために普及が阻まれたアイデアもあるのだ。スピードスケート用の靴で、ブレードが踵から離れるしくみだ。これを思いついたアムステルダム自由大学の研究チームは特許を申請するのだが、却下されてしまう。なぜなら…

クラップスケート(→Wikipedia)はすでに、その100年近く前にドイツのブルクハウゼンに住むカール・ハネスという人物によって発明されていたのだ。
  ――10 技術を研ぎ澄ます スケート

 勝手な想像だが、実用化に耐えるブレードの素材が当時は無かったんじゃないかと思う。

 競技を変えるのは技術だけじゃない。特に女子選手の場合、世間の目でウェアの形が変わった。昔は肌を見せると文句を言う奴が多かったのだ。逆に、肌を見せないようになった競技もあった。男子の競泳だ。新素材の水着は抗力が少なくタイムが出やすいと言われ、今世紀の初頭には体をスッポリ覆う水着が流行ったのだ。中には「奴が速いのは水着のお陰だ」なんて文句をつける選手もいた。これに対し…

「ぜひとも水着なしで彼と対決したいですね」
  ――8 未知の領域へ飛び込む 水泳

 あー、うん、古代オリンピックなら実現しただろうね。

 こういうテクノロジーの恩恵は、面倒くさい事態も招く。本書に登場するのはオスカー・ピストリウス(→Wikipedia)、短距離走者だ。パラリンピックの。

 彼がオリンピックへの出場を望んだため、事態はややこしくなる。彼の義足は極めて優秀で、生身の脚より優れているんじゃないか、そんな疑惑が生まれたのだ。試算では…

ピストリウスは健常者のランナーよりもはるかに速く脚を動かせることがわかった。義足を着けた彼の脚は軽く、慣性モーメントが低いからだ。
  ――11 スーパーヒ―ロ―たち パラスポーツ

 この問い、どっちに決めてもスッキリしないものが残るんだろうなあ。

 もちろん、著者自身も色々と研究している。これは若い頃にい挑んだテーマで、ゴルフでボールがグリーンに乗ったときの挙動を解明する研究をした際の話で…

何かを決断するたび、連鎖反応のように装置や道具が増えて、ついには実験に使う装置一式を運ぶために大型のバンを使わねばならなくなった。
  ――5 「論より証拠」までの奮闘 動きをとらえる

 なんて言葉にうなずく研究者やエンジニアは多いんじゃなかろか。私も似たような感じで安請け合いした仕事で地獄を見た経験が…ま、いっか。

 もちろん、傍で記録を取るだけじゃなく、実際に自分で競技に挑戦する事もある。例えばボブスレーに挑んだ感想は…

それ以来、私はマックスやアレックスのようなボブスレー選手を賞賛の目で見るようになった。
  ――7 そり遊びから競技へ ボブスレー

 なんでそんな感想になったのか、それは読んでのお楽しみ。

 様々な競技に触れているが、野球は扱っていない。イギリス人だからか、と思ったが、クリケットも扱っていない。個人的にはスキーがないのは少し残念だった。とまれ、科学技術とスポーツの関わり方は、私の想像より遥かに多角的だと思い知った。スポーツに関心がある、それも自分でプレイするより観戦を楽しみにしている人にお薦め。

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2025年2月 9日 (日)

P.R.ハーツ「道教 シリーズ世界の宗教」青土社 鈴木博訳

道教の信徒は、神仙になったり、宇宙と一体になったり、精神的にも肉体的にも完璧になるよう努力する。
  ――1 道教の世界

【どんな本?】

 道教は、儒教・仏教と並ぶ中国の三大宗教の一つである。儒教も仏教も古来より日本に伝来し、権力者にも民衆にも受け入れられた(その過程で日本風にアレンジされた)が、道教はあまり日本人に馴染みがない。それだけに、日本人にとって道教は「中国文化を煮しめたもの」のような印象を受ける。

 その道教とは、どんなものか。いつ、誰が始め、どのように受け継がれ、現在はどこにどれぐらいの信徒がいるのか。道教の信者は、何を求めどんな事をするのか。どんな宗派があって、それぞれどんな特徴があり、どんな組織を成しているのか。

 中国の神秘思想を体系づけている道教の全体像を、短時間でザックリと把握できる、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は World Religions シリーズの Taoism, by Paula R. Hartz, 1993。単行本ハードカバー縦一段組み本文約145頁に加え、訳者あとがき10頁。9ポイント44字×17行×145頁=約108,460字、400字詰め原稿用紙で約272枚。文庫ならかなり薄い。

 文章はこなれていて親しみやすい。内容も比較的にとっつきやすい。いや本書の中で述べられる道教の教義は曖昧模糊として意味不明なんだが、「なんか気の利いたことを言ってるっぽい」みたいなのは伝わってくるんで、雰囲気は掴めるだろう。

【構成は?】

 まず訳者あとがきを読み、次に頭から読もう。というのも、基本的には頭から読めば道教の全体像が掴める構成なんだが、訳者あとがきで厳しくダメ出ししているのだ。分量も少ないので、読み始めればスグに読み読み通せるだろう。

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  • 序文
  • 1 道教の世界
    道教とはなにか/道教の多様性/道教と三教
  • 2 道家の起源と歴史
    「百家争鳴」/孔子/老子/『道徳経』[『老子』]/『荘子』/劉安と『淮南子』
  • 3 教団道教の成立と発展
    教団道教の種子/太平道/道教教団の成立/天師道/「五斗米道王国」/南部の道教/上清派/北部の道教/唐代の道教/道教と北宋朝/全真道/元朝のもとでの逆転/明代の道教/清代の道教/太平天国/現代の道教
  • 4 経典と教義
    経典/究極の存在としての「道」/「無有」/調和と均衡 陰と陽/万物の相対的な非重要性/人間と自然の道/三宝 精、気、神/道教の神殿[「神相図」]/三清尊/玉皇上帝の宮廷/八仙/人格神/鬼の世界
  • 5 儀式と瞑想
    醮/普度/他の儀式/家庭における儀式/先祖を祭る/年中行事/瞑想〔座忘と存思〕
  • 6 道家思想と芸術
    「道」と文学/道家思想と絵画/「道」と書/道家音楽/舞踏の「道」/道家と芸術挺な表現
  • 7 道教の現状
    自由化政策のもとでの道教/欧米におけるタオイズム/未来の道教

【感想は?】

 入門用としては極めて優れている。

 少なくともマスペロの「道教」より取っつきやすく、歴史や組織など視点のバランスもいい。なんたって、頁数が少ない。

 肝心の道教、マスペロの「道教」によれば仙人を目指す、けっこうオカルトな宗教なんだが、本書はそこんとこかなりマイルドに書いてて、訳者あとがきに曰く「道家思想だけから道教が成立したかのように記している」。

 とはいえ、捉えにくいのは事実なのだ。日本でも仏教と神道は混じっちゃってるように、中国でも混じっちゃってるのだ。

儒、仏、道三教は何世紀にもわたってそれぞれ他の二者の教義を吸収しながら絡み合い、中国人がいうように「一体になっている」のである。
  ――1 道教の世界

 特に道教は儒教と仏教に加え、民間信仰や言い伝えや迷信やまじないも取り込んでるんで、実態が捉えにくい。そもそも起源からして…

道教の信徒は、道教の由来は偉大で賢明な支配者であった黄帝(→Wikipedia)までたどることができるという。
  ――2 道家の起源と歴史

 つまり起源はわからん、と言ってるようなモンだ。経典もいい加減で、すべての宗派で一応の共通項はある…

道教のさまざまな宗派は、いずれも老子の『道徳経』を共通の基盤として認めている。
  ――4 経典と教義

 んだが、その老子も実在の人物かどうか怪しいのだ。でも「水牛の背に乗った老人」ってアイコンは皆が納得してる。こういう、事実か否かは怪しいが万民が認めるアイコンだけは定着してるってのが、道教には多い気がする。

 そんな民衆受けはいい道教だが、権力者にはあまり好まれない。

中国の歴史を通じて、道家が繁栄を謳歌したのは政府が弱体化したときや政治の混乱期であった。
  ――3 教団道教の成立と発展

 まあ普通に考えれば上下関係を重んじる儒教のほうが権力者には都合がいいしね。日本に入ってこなかったのも、そのせいだろう。仏教や儒教は政府が政策として輸入したけど、道教はしなかった、と。

 ただ、意外と実際的な事もやってたりする。

道家は信条の実践として剣術や格闘技を習得し、護身術を高級な芸術にまで昇華した。中国の偉大な戦略家は道家であった。
  ――3 教団道教の成立と発展

導引を習得する補助的な手段として発展した拳法は、精神を集中するだけで「気」を体内にめぐらすことができるようになる前に、「気」を体内にめぐらすのに役立つ。
  ――5 儀式と瞑想

 この「気」とは「気功」なんだろうか? 少林拳は仏教だけど、その道教版かな? あと、形意拳(→Wikipedia)らしき記述もチラホラと。

 そんな道教、目指すは「道」との一体化だ。その道とは何か、というと…

人間の有限な頭脳には「道」を理解しうるだけの容量がないからである。
  ――4 経典と教義

 …駄目じゃんw とはいえ、こういう人間の限界を意識してる点は、アブラハムの宗教よりマシな気がする。というか、この辺で語られる「道」は、日本の「柔道」「書道」「茶道」「戦車道」などの「道」と似ていたり。

 拳法に限らず、他の術にも道教は影響を与えているようで、例えば絵画だと…

風景を写実的に描く[形似]のではなく、目にしたものを自分の主観で解釈して描く[写意]わけである。
  ――6 道家思想と芸術

 特徴を把握し、それを目立たせろって事なら、漫画の作法にも通じるんだろうか。最近のアニメのクレジットで中国人の名前が目立つのも、彼らとアニメ/漫画の絵の作法に共通点があるから、なのか?

 とか書くと、今でも中国で道教は盛んなように思えるが、実際は悲惨で。

道教はかつて政府による統制に抵抗したため、道教を根絶しようとした政府ににらまれている。
  ――7 道教の現状

 毛沢東の時代は政策として弾圧された。自由化の波に乗り、今では手綱を緩められたものの、完全に自由になったワケじゃない。信者も老人と若者だけで、中核となる世代がゴッソリ抜けてる。お陰で儀式の伝達も難しい。

 というのは大陸の状況で、台湾では…残念ながら、本書には書いてない。他にもインドネシアやマレーシアなどの華僑が多少受け継いでると思うんだが、記述なし。

 などの道教についての他に、例えば「道教の信徒はこれまで道教を広めようとしたことはなかった」など、布教に不熱心な点を指摘してるけど、これは仏教徒から見ると「キリスト教とイスラム教は異様に布教に熱心だよね」と、逆にアブラハムの宗教の特徴が透けて見えてくるのが楽しい。

 あくまでも入門書として、何も知らないズブの素人に短時間で道教の全体像を把握させる、そういう目的で書かれた本だ。そして、その目的は充分に果たしていると思う。道教について何も知らないけど、短い時間でザックリと概要を知りたい人にお薦め。

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2025年2月 6日 (木)

アンリ・マスペロ「道教」平凡社ライブラリー 川勝義雄訳 ポール・ドミエヴィル編

古代の道教は何よりもまず信者を「永生」、あるいは中国語でいう「長生」、終わりのない「長い生命」に導くことをめざす宗教である。
  ――Ⅲ 西暦初頭数世紀の道教に関する研究

【どんな本?】

 アンリ・マスペロ(→Wikipedia)は20世紀前半にフランスで活躍した中国学の学者である。第二次世界大戦中にナチス・ドイツに連行され獄中で亡くなった。

 彼が残した原稿を、同じく中国学者のポール・ドミエヴィル(→Wikipedia)が整理・編集し、「中国の宗教と歴史に関する遺稿」全3巻として出版した。本書はその第2巻「道教」の日本語訳である。

 「『西暦初頭数世紀の道教に関する研究』という題をつけられそう」と編者は語る。創始者も成立年代も怪しい道教について、中国で信者を集め黄巾の乱(→Wikipedia)を起こすあたりまでの時代を中心に、西欧の歴史家に向けて解説する論稿集である。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Le Taoïsme, Henri Maspero, 1950。日本語版は1966年に東海大学出版会から出て、次に1978年に東洋文庫から文庫となり、2001年に平凡社ライブラリーとして文庫版が出た。私が読んだのは平凡社ライブラリーの2001年1月15日の初版第1刷。文庫で縦一段組み本文約419頁に加え、訳者によるあとがき13頁。9ポイント42字×16行×419頁=約281,568字、400字詰め原稿用紙で約704枚。文庫としては厚め。

 文章は思ったよりこなれていて親しみやすい。ただし内容はそれぞれで、素人向けに全体像を示す部分と、学者むけに細部を詳しく語る所が混ざっており、重複した部分も多い。

 なお、序文によると、著者アンリ・マスペロの遺稿を編者ポール・ドミエヴィルが整理・編集して出版にこぎつけた、とある。編集の努力を考えれば編者も名を挙げるべきと考え、この記事のタイトルに載せた。

【構成は?】

 初期の道教の教義については、「附録 道教の神々 いかにしてこれと交感するか」が最も簡潔でわかりやすい。「Ⅰ 中国六朝時代人の宗教信仰における道教」と「Ⅲ 西暦初頭数世紀の道教に関する研究」も、ざっくりと素人向けに当時の道教を説明しているが、「附録」と重複する部分もある。道教の概要を手早く知りたいのなら「附録」だけ読めばいいだろう。

 「Ⅱ 詩人康嵆(→Wikipedia)と竹林七賢(→Wikipedia)のつどい」は、タイトルで見当がつくように、相当に突っ込んだ内容で、学者向け。

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  • 日本語版のための編者序文
  • 編者序文
  • Ⅰ 中国六朝時代人の宗教信仰における道教
  • 一 道士と不死の探求 肉体的な術
  • 二 精神の術 内観・瞑想・神秘的合一
  • 三 道教の教会と信者の救済 制度と儀式
  • Ⅱ 詩人康嵆と竹林七賢のつどい
  • Ⅲ 西暦初頭数世紀の道教に関する研究
  • 序文 文献学的に
  • 一 個人の宗教生活と不死の探求
    • 1 外面的宗教生活 実践と修行
      • a 不死の道への第一歩 倫理的生活と「徳行」
      • b 生理的実践
        錬金術の実践/食餌法の実践/呼吸の実践/性的実践/体操の実践
    • 2 内面的宗教生活 神々および道士と神々との関係
      • a 道教の神統譜
      • b 最高の神々と神秘的瞑想
  • 二 道教教団と一般大衆の信仰
    • 1 黄巾時代の教団組織
    • 2 集団的な祭りと儀式
    • 3 死者のための儀式
    • 4 集団的道教と個人的道教 神々の観念の進展
    • 5 張天師の関する附論
  • 三 道教と、中国仏教のはじまり
  • 四 附論 道家的宗教の起源と漢代までの発展に関する歴史的研究
    • 1 荘子の時代の道家における不死の術と生の神秘的経験
    • 2 秦漢時代の道教
  • Ⅳ 老子と荘子における聖人と生の神秘的体験
  • 附録 道教の神々 いかにしてこれと交感するか
  • 文献一覧/中国史年表/あとがき/索引

【感想は?】

 道教について何も知らないので、大雑把に全体像を掴もうと思って選んだんだが、そういう目的には向かない。

 そういう目的なら、「附録 道教の神々 いかにしてこれと交感するか」を読めばいいだろう。「Ⅰ 中国六朝時代人の宗教信仰における道教」と「Ⅲ 西暦初頭数世紀の道教に関する研究」とも重なる内容も多い。

 本書は、道教の解説書というより、中国学者アンリ・マスペロの遺稿集といった性格が強い。つまり、著者の業績を残すのが目的だ。よって内容もよく言えばバラエティに富んでおり、悪く言えばとっちらかっている。いや一応、どれも「西暦初頭数世紀の道教」に関係あるんだけど。

 とまれ、素人の私は突っ込んだ話にはついていけないので、ここでは素人向けの内容について書く。

 まず、本書では、21世紀現在の道教については、全く分からない。著者が調べた20世紀前半の状況は「教団組織としては壊滅状態」だったようだ。清帝国末期から中華民国あたりの頃だろう。

 とはいえ、道教の世界観や概念は、現代の中国文化にも色濃く残っている。というか、中国のお伽噺=ファンタジイや怪談=ホラーには、道教的な小道具が欠かせない。恐らく現在でも儀式・ならわし・作法・まじない等に、道教由来のものが残っているだろう。

 なんたって、道教がめざすのは、永生すなわち仙人になる事なのだ。

 仙人。中国のお伽噺や怪談、または中華風ファンタジイには欠かせない存在だ。人知を超えた術を使う、西洋風ファンタジイなら魔法使いに当たる役割である。しかも、仙人は老いず死なない。

 「でも道教を修めた道士も死ぬよね?」 いい質問だ。本書でも、高名な道士が亡くなっている。が、後に墓を暴くと、冠と衣装だけが残っていた、とある。

 本書によると、中国の仙人は、ちゃんと肉体を持った存在だ。ただ、修行によって、少しづつ肉体を改造してゆくのである。修行にもいろいろあって、その一つは錬金術的方法。

錬金術的方法は本質的には、丹(硫化水銀、→Wikipedia)の調合と服用にある。
  ――Ⅲ 西暦初頭数世紀の道教に関する研究

 辰砂って、ヤバくね? と思うだろう。実際、ヤバい。が、そこはそれ、他にも「悪行を控えて善行を積め」とか「五穀を断って気を云々」とか呼吸法とか瞑想とかあって、段階を踏み順にやらないと駄目なんだとか。

 これだけならケッタイな健康法で終わりそうなんだが、呼吸法や瞑想の段で出てくる世界観が、いかにも中国風でブッ飛んでいる。なんたって…

すべての人間の体内には、三つの宮殿、六つの役所、百二十の関所があり、三万六千の神様がいる。
  ――Ⅲ 西暦初頭数世紀の道教に関する研究

 そう、人間の体内に神様がいるのだ。どうも中国の神様は、日本の神様とも異なる存在らしい。なお、「三つの宮殿」とは、丹田を示す。現代日本だと丹田はヘソの下のみだが、道教によると頭と胸にも存在する。この丹田の近くには三虫または三尸、青古と白姑と血尸が住み、人に害をなす。なので、まずこの三尸を絶やし…

 なんて世界設定が、実に凝っていると同時に、強烈に中国風の味付けになっていて、聊斎志異などの中国の怪談の世界設定と共通するテイストが漂い、マニア心をくすぐるのだ。なにせ神様の世界でも官僚が役所を回していて…

 まあ、そういうのは道士として仙人を目指す、いわば出家した人の話だ。丹だって安いモンじゃない。それなりの財産が要る。食うために働かにゃならん庶民には関係ない。それじゃ教団として成り立たないんで、ちゃんと一般向けの御利益も用意してあるのだった。

道家的宗教は、普通の信者たち、つまり聖人になろうとは望まなかった人々に、健康・長生・幸福・子孫をあたえた。
  ――Ⅲ 西暦初頭数世紀の道教に関する研究

 まあ、そうじゃないと庶民の間には広がらないし、教団組織も力を持てないしね。

 などの道教そのものの話に加え、他の宗教、特に仏教との関係が、仏教徒の多い日本人には衝撃的なネタを含んでいる。中でも無茶苦茶なのが…

仏陀とは蛮族を教化するために西に向かった老子その人にほかならぬ
  ――Ⅲ 西暦初頭数世紀の道教に関する研究

 まあ日本にもジンギスカン=義経説があるし、そういう事だろう。それより問題は、インドより伝来した仏教の経典を、誰がどう訳したか、だ。本書によると、訳したのは道教の徒だそうだ。そのため、お経の中にも、自然と道教の用語や概念が入り込んでしまうのだ。

 やがて盛んになり人も増えた仏教は、僧が自らインドに赴いて経典を持ち帰って訳し直し、道教の影響が薄れてゆく。が、中国の仏教の初期は、道教の強い影響を受けていたのだ。

 とすると、飛鳥時代に日本に渡ってきた仏教も、道教の影響を受けていた、と考えるべきだろうか。まあ、その頃の日本の仏教と、現在の仏教も、だいぶ違ってるだろうけど。

 さて、こんな研究をしてきた著者は、神秘的な事柄や信者に対し、どんな姿勢だったか、というと…

神秘主義者とは、(略)絶対者と直接無媒介の関係に入っているという感じをもつ人なのである。(略)
神秘的経験はいろいろな形をとるが、種類は多くない。そしてそれは、あらゆる国、あらゆる時代、あらゆる宗教を通じて、相似た形をとる。
  ――Ⅲ 西暦初頭数世紀の道教に関する研究

 と、彼らの話は頭から否定はせず落ち着いてじっくりと聞き、ただし俯瞰した立場で冷静に分析する、そういう姿勢で向き合っていたようだ。20世紀前半にしては、なんとも誠実かつ理性的な態度だと思う。

 中国学者アンリ・マスペロの遺稿集、といった性質が強く出た本であり、道教の概要を語る部分もあれば、専門家向けの突っ込んだ話をしている所もある。独立した四部+附録の形をとっているが、重複している所も多い。これ一冊で道教の全体像を掴むには向かないが、多様な視点から見た道教の姿が拝めるのは本書ならではの味だろう。歴史好きより、中国の怪談や中華風ファンタジイが好きな人に薦めたい。

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2025年2月 2日 (日)

モサブ・ハッサン・ユーセフ「ハマスの息子」幻冬舎 青木偉作訳

私の名前はモサブ・ハッサン・ユーセフ。
イスラム原理主義組織ハマスの七人の創設者のひとり、シェイク・ハッサン・ユーセフの長男である。
  ――2章 信心の梯子 1995年~1997年

中東では事実、水は土地よりもずっと大きな問題なのだ。
  ――18章 最重要指名手配 2001年

(自爆テロ犯たちは)誰もが一番目を望んでいた。そうすれば仲間が死ぬのを見なくて済むからだ。
  ――20章 矛盾 2001年夏

【どんな本?】

 著者モサブ・ハッサン・ユーセフは、ハマス創設者の一人であり幹部のシェイク・ハッサン・ユーセフの長男である。

 イスラエルの諜報組織シン・ベット(→Wikipedia)にスカウトされた著者は、二重スパイとして働きつつ、ハマスの中で重要な地位へと昇格してゆく。だが、活動の過程で見聞きした事柄やキリスト教との出会いを通じ、ハマスへの、アラブへの、そしてイスラムへの疑問が膨れ上がり…

 名は有名だが内情はほぼ不明なハマスの実態、現場の者が見たパレスチナ問題の現状、知られざるパレスチナ・イスラエル双方の手口、日本人に馴染みのないパレスチナ人の考え方など、興味の尽きない内容がてんこ盛りの、特異な体験談。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Son of Hamas, by Mosab Hassan Yousef, 2011。日本語版は2011年6月25日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約339頁に加え、訳者あとがき3頁。9.5ポイント43字×17行×339頁=約247,809字、400字詰め原稿用紙で約620枚。文庫なら少し厚め。

 文章はこなれていて親しみやすい。内容も分かりやすい。パレスチナ問題の背景や詳細は、かなりはしょってあるが、本書を読む分には大きな問題はないだろう。アラファトの名を聞いたことがある、程度の人でも充分に読みこなせるだろう。

【構成は?】

 冒頭を例外として、基本的に時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

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  • 著者の言葉
  • 序章
  • 1章 捕われの身 1996年
  • 2章 信心の梯子 1995年~1997年
  • 3章 ムスリム同胞団 1977年~1987年
  • 4章 投石 1987年~1989年
  • 5章 サバイバル 1989年~1990年
  • 6章 英雄の帰還 1990年
  • 7章 過激派 1990年~1992年
  • 8章 煽られる激情 1992年~1994年
  • 9章 拳銃 1995年冬~1996年春
  • 10章 暗黒の夜 1996年
  • 11章 オファー 1996年
  • 12章 823番 1996年
  • 13章 誰も信じるな 1996年
  • 14章 暴動 1996年~1997年
  • 15章 ダマスカス・ロード 1997年~1999年
  • 16章 第二次インティファーダ 2000年夏~秋
  • 17章 スパイ活動 2000年~2001年
  • 18章 最重要指名手配 2001年
  • 19章 靴 2001年
  • 20章 矛盾 2001年夏
  • 21章 ゲーム 2001年夏~2002年春
  • 22章 ディフェンシブ・シールド(守りの壁)作戦 2002年春
  • 23章 神のご加護 2002年夏
  • 24章 保護拘置 2002年秋~2003年春
  • 25章 サレー 2003年春~2006年春
  • 26章 ハマスの未来像 2005年
  • 27章 別れ 2005年~2007年
  • エピローグ
  • あとがき/登場人物/用語解説/年表

【感想は?】

 いわゆる内幕物だ。しかも現在、極めてホットな話題、つまりハマスを扱っている。

 この手の物は「期待だけさせて…」な場合もあるが、本書は当たりだ。肝心のハマスの実態はアレだが、他は色とりどりの面白さが詰まってる。

 その前に、著者の姿勢を。なにせ著者の思想が強く出ているのだ。具体的にはハマスやイスラムを批判し、キリスト教を持ち上げている。米国じゃウケる姿勢だ。ただし単純なイスラエル支持ではなく、イスラエル軍の悪行も書いている。もっともシン・ベットの一部の人には信頼を寄せている。

 一種のスパイ物でもあるので、幾つか嘘が混じっている筈だ。でないと、著者の親しい人に迷惑がかかる。その辺を意識しながら読もう。

 さて、まず気が付くのは、パレスチナ人の社会や文化だ。欧州では中東系の移民が引き起こす軋轢が話題になっている。色眼鏡のせいかと思ったが、そういうワケでもないらしい。

アラブの人々にとって価値観や伝統は常に、政府の定めた憲法や法廷よりも重要なものである
  ――2章 信心の梯子 1995年~1997年

 「アラブの人々」とあるが、著者はパレスチナ人以外のアラブ人をどれだけ知ってるんだろう? とまれ、私たちの思い込みとも合致するところだ。

 意外だったのが、彼の父が刑務所に入っている時の話。稼ぎ手の父が不在となり、家族の暮らしは行き詰る。そこで助け合いになるおあと思いきや…

私に規律を守らせようとしたことを別にすれば、父が刑務所にいる間、私たち家族を助けてくれた人はひとりもいなかった。
  ――5章 サバイバル 1989年~1990年

 著者の父は地域で尊敬されていた、とあるのだが、どう解釈すべきなのか。いずれにせよ、こういった事柄が著者の考え方を少しづつ変えてゆく。

 また、パレスチナ人同士でも対立の芽がある。自宅がある人と、住処を喪って避難してきた人たちだ。

避難民はイスラエル人だけでなく、彼らを二流市民と見なした同胞のパレスチナ人からも迫害された。
  ――7章 過激派 1990年~1992年

 先の例と合わせるに、強者に媚び弱者を蔑むって事なのかも。

 やがて父だけでなく著者も刑務所に入る羽目になる。傍から見ると気まぐれに逮捕・拘束しているように見えるが、中には「保護するために逮捕」なんて場合もあって、そういう内幕の暴露も本書の面白さの一つ。

 それに加えて、外国の刑務所の中が覗けるのも野次馬根性で嬉しい。しかもパレスチナ人を入れるイスラエルの刑務所だ。特殊すぎて、本書以外じゃまず拝めない。で、実際、想像の斜め上の展開が待っている。

イスラエルの刑務所では、各組織が自分たちの組織の人間を管理することが許されていた。
  ――11章 オファー 1996年

 各組織とは、ハマス/ファタハ/イスラム聖戦機構/パレスチナ解放人民戦線/パレスチナ解放民主戦線などだ。意外とユルい。刑務官が足りないから、かな? 著者はハマスの指揮下に入る。そこでハマスは裏切り者を探し、疑わしい者を拷問にかける。

1993年から96年までの間に少なくとも、150人が協力者の嫌疑をかけられ、イスラエルの収容所内でハマスの取り調べを受けた。そして約16人が殺された。
  ――13章 誰も信じるな 1996年

 さぞかし厳密に調べてるんだろうと思いきや、とんでもない。疑われるのは後ろ盾のない立場の弱い者ばかりで、著者のように強いコネがある者はスルーだ。この構図は魔女狩りに似てる(→「魔女狩り」)。これを著者はこう見ている。

パレスチナ領内の巷では、負け犬だけがイスラエル人に協力するといいうのが通説だからである。明らかにこの通説は間違っている。なぜなら負け犬は、シン・ベットに何も提供できないからだ。
  ――15章 ダマスカス・ロード 1997年~1999年

 言われてみれば確かに。イスラエルに限らず、どのスパイ組織も、取り込むなら大物を狙うだろう。ハマスは大勢の裏切り者を見つけちゃいるが、実は弱者に濡れ衣を着せてるだけで本当のスパイを見逃してるのだ。道理でイスラエルがハマスの内情に詳しいはずだ。

 そんなんだから、イスラエルの手先が潜り込むのも、状況によっては簡単で。

目出し帽をかぶって、自分はPLOの人間だと言うことくらい誰にでもできた。(略)
インティファーダの戦士には誰でもなれるということで、イスラエル治安当局の兵士たちがデモに潜り込んだ。
  ――5章 サバイバル 1989年~1990年

 とすると、デモのいくつかはイスラエルが誘導してるのかも。

 それはともかく、魔女狩りのようなハマスの愚行を、イスラエルは放置している。それというのも…

「ハマスをイスラエルが外側から崩壊させるよりも自壊させる方が早い」
  ――15章 ダマスカス・ロード 1997年~1999年

 腐敗して支持を失えば潰すのも楽、そういう考えである。実際には理屈通りにいかなかったけど。腐ってたのはハマスに限らず…

インティファーダの指導者たちは、決まって七万ドルもする外車に乗り、多くのボディガードが乗った車を従えて、日々の会合にやって来た。
  ――17章 スパイ活動 2000年~2001年

 アラファトが亡くなって、彼が荒稼ぎしてたのが明らかになった。彼に限らず、他の組織もトップは美味しい思いをしていたようだ。ただ、どこから金が流れてきたのかは、本書は書いていない。

 他にも、拘留施設にはイスラエルならではの工夫がある。

番犬ではない、そう、番ブタである(略)テロリストになる者には信心深いイスラム教徒が多いため、ブタがいること、ブタと接触する恐れが、心理的抑止力になると考えられているのだ。
  ――23章 神のご加護 2002年夏

 …うーん、どこまで本当なんだろうか。

 先の資金源もそうだが、ハマスの組織の実態についても、本書ははぐらかしている。

ハマスの軍事部門は、ほんの十人ほどで構成されていた。それぞれが個別に行動し、独自の予算を持っており、緊急でない限り顔を合わせることもなかった。
  ――25章 サレー 2003年春~2006年春

 知らないのか、訳あって書けないのか、果たして。この頃だとシリアとイランが重要な資金源だったはず。

 いずれにせよ、次第にハマス内で存在感を増してゆく著者は、幹部の父と共に身の危険を感じる事も増えてくる。暗殺を避けるためには、色々と気を遣う事も多い。ホテルに潜むにしても…

「あのデスクの男が、五時間ごとに父さんの部屋を変更します」
  ――19章 靴 2001年

 と、部屋をコロコロと変えないとヤバいのだ。でないと、ヘリからロケット弾が飛んでくる。今ならドローンか。

 こういう果てしない殺しあいの元凶は何か。そもそもハマスが共存を求めていない。

平和共存はハマスの終焉を意味するのだ。
  ――8章 煽られる激情 1992年~1994年

 著者の父シェイク・ハッサン・ユーセフは穏健派で通っているが、それでも闘争路線である点は揺るがない。

アラーは私たちにユダヤ人を根絶する責務を与え、父もそのことには疑問を持っていなかった。
  ――9章 拳銃 1995年冬~1996年春

 著者は争いの根本原因をコーラン、というかイスラム教に求める。ハマスに限らず、パレスチナ人の…

過激派は、コーランを全面的に後ろ盾にしていた。
  ――8章 煽られる激情 1992年~1994年

 これはイスラム教に限らず、アブラハムの宗教は真面目に突き詰めていくと、どうしてもヤバくなるらしい(→「信仰が人を殺すとき」)。とはいえ、ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も、皆同じ神を信じてるんだから、争う必要はなさそうに思うんだが…

イスラム教徒は、ユダヤ教のトーラー(旧約聖書)とキリスト教の新約聖書も、神の書物として信じるように教えられる。だがまた、後の人々が聖書を書き換えて、信頼できないものにしてしまったとも教えられる。
  ――15章 ダマスカス・ロード 1997年~1999年

 おお、それなら理屈は通る。後はどこをどう書き換えたか、だ。新約聖書は著者も成立の経緯も怪しいアンソロジーなのに対し、コーランは計画的・組織的に編纂されたわけで、イスラム教が聖典の信頼性を主張するのは理に適ってる。

 終わりのない殺しあいに思えるパレスチナ問題。その渦中で暗躍した著者だが、イスラエル・パレスチナ双方に対し、意見は辛らつだ。

私たちは何も成し遂げていない。逮捕や拷問や暗殺では、勝つことのできない戦いをしているんだ。
  ――27章 別れ 2005年~2007年

 異様なほどキリスト教を持ち上げる著者の姿勢はかなり異質だが、パレスチナの地でスパイとして働いた者の体験談として読むなら、野次馬根性を充分に満たしてくれる刺激的な本だ。ただし比較的に現代に近いスパイ物なだけに、記述を鵜呑みにするのは危険でもある。パレスチナ問題に興味がある人に、スパイ物が好きな人に、外国の刑務所を覗きたい人に、そして野次馬根性が旺盛な人にお薦め。

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