ジェームズ・ヴィンセント「計測の科学 人類が生み出した福音と災厄」築地書館 小坂恵理訳
計測のルーツは文明のルーツと深く関わっており、古代エジプトやバビロニアにまで遡る。
――はじめに今日使われるあらゆる測定単位の中で、心がそれを理解できるようになる以前から存在していたのは、一日が24時間という単位しかない。
――第1章 文明の発展と計測細かく計測するほど、たくさんの間違いが見つかる。真実を突き止めようと努力するほど、前提の不適切さが明らかになる。
――第9章 すべての人たちのための計測
【どんな本?】
計測は文明の基礎だ。売り買いに、税の徴収に、政策や計画の策定に、科学法則の発見に、計測した数字が基礎を築く。
モノゴトを数値化することで、そこに隠れた傾向や法則が見え、予測や管理が可能となる。その反面、数値化から漏れ見逃した性質・形質は「なかった」ことにされる。統計数値として全体は見えるが、個々の事情は消えてしまう。
数値化することで、遠くに離れた地にいる職人に手紙で指示を出すこともできる。ただし、同じ単位を使っていれば。
ヒトはいつから、どんな形で、何の計測を始めたのか。計測することで、どんな利益を得たのか。それは人々の暮らしと考え方に、どんな影響を与えたのか。
ロンドン出身のジャーナリストが、「測ること」の意味と効果を語る、一般向けのノンフクション。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は BEYOND MEASURE, by James Vincent, 2022。日本語版は2024年1月10日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約308頁に加え訳者あとがき3頁。9ポイント49字×20行×308頁=約301,840字、400字詰め原稿用紙で約755枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらい。
文章はこなれていて親しみやすく読みやすい。内容も分かりやすい。書名に「科学」とあるが、実はあまり科学的に突っ込んだ話は出てこないので、理科が苦手な人でも大丈夫。
【構成は?】
各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。
クリックで詳細表示
- はじめに
キログラムの定義見直し/計測するのは人類だけ/権威を増す計測/不均衡の解消/偽りの客観性
- 第1章 文明の発展と計測
ナイルの豊かさを計測する/文字と数と計測の発明/神の意志と計測/最初の単位
- 第2章 融通の利く計測
商人の計測、王の計測/計測の融通性/信仰と計測/地域独自の計測法
- 第3章 世界を測る
計測と近世初期の精神/古代ギリシャ人と数学/アリストテレスとオックスフォードの計算者たち/芸術、音楽、時間を計測する/時計仕掛けの宇宙
- 第4章 計測基準を定める
世界を解剖する/温度をとらえる/不動点を決める/絶対零度/エネルギーとエントロピー
- 第5章 メートル革命勃発
公文書館のメートルとキログラム/地球は横長の楕円形/イデオロギーと抽象化/一日は十時間
- 第6章 世界じゅうを区切る
四角に区切られた大平原/境界を検分する/西に広がる四角い区画/先住民の破滅/地図と領土
- 第7章 生と死を測定する
死亡統計表/統計学の胎動/平均人の誕生/平均値と異常値/優生学とIQ
- 第8章 メートル法に抗う人々
計測自警団/ナショナリズムと国際主義/ピラミッドは万国共通の測定単位/指標を襲撃する
- 第9章 すべての人たちのための計測
役目を終えたキログラム原器/計測学者、チャールズ・サンダース・パース/計測制度の高まり/光でメートルを定義する/マイケルソンとモーリーの失敗/新定義の誕生
- 第10章 管理される日常
規格化されたピーナツバター/大量生産、戦死者数/自己の定量化/科学的根拠のない一万歩
- おわりに 頭のなかの測定器
- 謝辞/訳者あとがき/注釈/索引
【感想は?】
そう、書名は「計測の科学」だが、実際は「計測の歴史」が相応しい。
確かにテーマは計測、つまり測ることだ。そこで著者がまず注目するのは、何を測るかだ。ただし、どう測るか・その方法でなぜ測れるのか・どれぐらい正確か、などの原理的・科学的・工学的な詳細には触れない。
著者が注目するのは、社会的・心理的な事柄だ。測ることで、人々の考え方がどう変わるのか。図った数字には、どんな意味があるのか。それは社会や人々の暮らしを、どう変えるのか。
これらを、人類の歴史をたどりエピソードを拾い、時には現地に赴いて取材し、まとめ上げたのが本書だ。
そんな全体を象徴しているのが、「第1章 文明の発展と計測」っで、著者が訪れるナイロメーター(→Wikipedia)だろう。エジプトのナイル川の水位を測るモノサシであり、古代エジプト文明を支えた土台でもある。
ナイル川は毎年氾濫し、肥沃な土砂をエジプトに運ぶ。この水量で収穫量が決まる。ちなみにナイル川の氾濫は、日々ジワジワと水位が上がってゆくのであって、日本の川の洪水のように激しい濁流が押し寄せるのではない。そこで氾濫時の最高水位が分かれば、冠水した畑の面積も分かり、収穫量も計算できるのだ。
ここに本書のテーマが潜んでいる。
つまり、「測る」ことは「知る」ことだ。が、それだけではない。ナイロメーターを設置したのは、当時の権力者たちだ。つまり、測ることで、管理や支配が可能となったのだ。
計測は、現実への理解を深め、管理するための手段として情報されてきた
――第10章 管理される日常
管理や支配といえば大袈裟だが、計画といえば誰もが使っている。例えば勤め人は、職場までの通勤時間を基準に朝の起床時間を決めるだろう。そんな風に、目的があって測る場合、往々にして目的に沿った単位が使われる。
たとえばドイツ語圏で使われる Tagwerk とは、一日で耕すことができる面積という意味で、およそ3400平方メートルまたは36,600平方フィートに相当する。
――第2章 融通の利く計測
こういう単位は地元の使う人にとっちゃ便利なんだが、地域や業界ごとにバラバラなのが困りもの。そこで出てきたのがメートルをはじめとした国際単位系(SI、→Wikipedia)で、フランス革命を機に…なんて話が「第5章 メートル革命勃発」。革命前のフランスは絶対王政とか言ってたクセに、単位系は乱立してて、案外と王の権威もたいしたことないなあ、なんて思ってしまう。
そのフランス革命、確かに理念は気高く、また人類の未来への希望にあふれた発想が根底にあって、それがメートル法の採用の動機だった、なんて話も出てくる。
コンドルセ侯爵(→Wikipedia)「ニュートンは数学の分野で徹底した研究によって知識を身につけ、天才のひらめきによって新しい発見をしたが、今日学校を卒業する若者の知識はニュートンを上回る」
――第5章 メートル革命勃発
そういう未来志向の思想だったんだなあ。
にも関わらず、今でもイギリスやアメリカはメートル法を拒んでるけど…
そもそも(米合衆国)連邦政府は1893年から、フィートやポンドやオンスをメートル法に基づいて定義してきた。
――第8章 メートル法に抗う人々
と、根本じゃ国際単位系に頼ってるのだ。ちなみに日本の元号制も1873年から根本はグレゴリオ暦なんで、日本独自の伝統を背負ってるフリしてるけど実際は西暦に和風の衣を被せただけです。あと現代科学の粋に思えるコンピュータの世界もアメリカが幅を利かしてるんで、dpi とかでインチが出てくるんだよなあ。
先にも書いたように、計測の効用は、理解し、管理・支配または計画できることだ。私たちの日常生活では計画だが、科学や工学の世界では「計算」となる。というか、計算できるようにするのが、科学の神髄だろう。
もっと重要なのは、(物理学者ジェームズ・)ジュール(→Wikipedia)がこのプロセスを定量化、すなわち測定したことだ。水温の変化と錘の質量が移動した距離を記録した結果、熱を運動や仕事の一種として計算できるようになったのである。
――第4章 計測基準を定める
ジュールは熱とエネルギーを定量化し、熱力学への道を切り開いた。お陰で私たちは電気や内燃機関で多大な恩恵を受けている。計測はより精微な制御を可能にするのだ。
似たような事が、西洋音楽にも起きた。記譜法で音楽を記録できるようになると、音楽理論が発達し、対位法や和音などの技巧が開発され、音楽は複雑化してゆく。なんであれ、新しいモノを歓迎する人もいれば反発する人もいる。
新しいスタイル(の音楽)は当時の理論家たちにアルス・ノバ(「新しい芸術」)あるいは musica mensurata(「測定された音楽」)として知られた。
――第3章 世界を測る
と、かつてのシンプルな音楽を懐かしむ人も。なんかパンクに駆逐されたプログレみたいだ。こういう、音楽における単純さと複雑さの対立って、昔からあったんだなあ。
などは個々の値の測定だった。だが、社会全体を測ろうとすると、当たり前だがバラツキがある。分かりやすいのが背の高さだ。それでも、合計や平均や標準偏差などの形で、全体の傾向は見えてくる。つまり統計だ。これは社会を治める、すなわち政治には便利な道具ともなるが、諸刃の剣でもある。往々にしてアレな国の統計は信用できないし。
アドルフ・ケトレー(→Wikipedia)「犯罪は社会が準備するものだ。有罪の人間は、準備された犯罪を実行する道具に過ぎない」
――第7章 生と死を測定する
なんて発想も出てきたり。
とまれ、統計には大量の情報と計算が必要で、それをコンピュータとインターネットが満たし、現代ではターゲティング広告やカナ漢字変換の単語予測などで大活躍してる。
などは計測の明るい面だが、暗い面もある。それを描くのが「第6章 世界じゅうを区切る」だ。ここではアメリカ合衆国の西部開拓を、土地の計測を基に現住民から土地を奪い虐殺した歴史として語りなおしていく。こういう所はイギリス人らしい。
そもそも測量のような単純な作業に、なぜあれほどの力が備わったのだろう?
つぎに測量には、支配や残虐行為に役立つ何かが先天的に備わっているのだろうか。
そして同じ道具はいつまでも利用できるのだろうか。
――第6章 世界じゅうを区切る
計測はモノゴトを理解し管理・支配する第一歩だ。例えば道を歩きながら電柱やマンホールの数を数えるだけでも、私たちは世界への理解が深まった気分になる。「温度」のように正体の掴めないシロモノも、「測る」ことで実態に迫ることができた。だが独り歩きした数字は知能指数にように悪用される場合もある(→「人間の測り間違い」)。
書名の「科学」は忘れていい。本書は計測の原理的・科学的・技術的な側面には深入りしない。掘り下げるのは、なぜ計測するのか/計測の結果、何が分かったのか/計測が社会や人々の考え方をどう変えたか、などであり、それらを歴史の興味深いエピソードから拾い紹介してゆくスタイルだ。技術史や科学史の雑学が好きな人にお薦め。
【関連記事】
- 2023.12.18 サイモン・ウィンチェスター「精密への果てなき道 シリンダーからナノメートルEUVチップへ」早川書房 梶山あゆみ訳
- 2020.11.26 ロバート・P・クリース「世界でもっとも正確な長さと重さの物語 単位が引き起こすパラダイムシフト」日経BP社 吉田三知世訳
- 2018.10.15 イアン・ホワイトロー「単位の歴史 測る・計る・量る」大月書店 冨永星訳
- 2018.6.11 武蔵工業大学編「なんでも測定団が行く はかれるものはなんでもはかろう」講談社ブルーバックス
- 2018.03.26 ジョエル・ベスト「統計という名のウソ 数字の正体、データのたくらみ」白揚社 林大訳
- 書評一覧:歴史/地理
- 書評一覧:科学/技術
| 固定リンク
「書評:科学/技術」カテゴリの記事
- キース・ヒューストン「計算道具の歴史 石、そろばんから電卓まで」原書房 上原ゆうこ訳(2026.06.23)
- E.T.ベル「数学は科学の女王にして奴隷 Ⅰ・Ⅱ」ハヤカワ文庫NF 河野繁雄訳(2026.06.08)
- 岩宮眞一郎「音と音楽の科学」技術評論社(2026.05.25)
- マイケル・ブラストランド+デイヴィッド・シュピーゲルハルター「もうダメかも 死ぬ確率の統計学」みすず書房 松井信彦訳(2026.03.31)
「書評:歴史/地理」カテゴリの記事
- キース・ヒューストン「計算道具の歴史 石、そろばんから電卓まで」原書房 上原ゆうこ訳(2026.06.23)
- ジョディ・ローゼン「自転車 人類を変えた発明の200年」左右社 東辻賢治郎訳(2026.06.14)
- キース・トムスン「海賊たちは黄金を目指す 日誌から見る海賊たちのリアルな生活、航海、そして戦闘」東京創元社 杉田七重訳(2026.06.01)
- ノーマン・オーラー「ヒトラーとドラッグ 第三帝国における薬物依存」白水社 須藤正美訳(2026.05.07)
- トビー・レスター「第四の大陸 人類と世界地図の二千年史」中央公論新社 小林力訳(2026.05.03)


コメント