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2025年1月 8日 (水)

ジェームズ・キャロル「戦争の家 ペンタゴン 上・下」緑風出版 大沼安史訳 1

国内・外で激震を惹き起こしつつ蓄積されて来た「家(ペンタゴン)」の権力が、「アメリカの権力」そのものを如何にして変異するに至ったか、その姿を見ようとするものだ。
  ――プロローグ

「家(ペンタゴン)」の住人に共通するのは、「戦士」の魂ではなく、「職員」の心得である。
  ――第1章 1943年 ある週の出来事

【どんな本?】

 ペンタゴン、合州国国防総省。9.11のテロ攻撃の60年前、1941年9月11日に起工式が行われ、俗に「家(ハウス)」と呼ばれる、合衆国の軍事を司る政府機関。

 日本なら防衛省に当たるこの機関は、元は合衆国陸海軍の統合を目的とした組織だった。だが第二次世界大戦から原爆開発・使用を経て冷戦へと時代が進むにつれ、本来なら外交を司るはずの国務省を差し置いて軍事政策を優先させる、巨大な権力へと成長してゆく。

 ペンタゴンに空軍の将官として勤めていた父を持ち、作家・コラムニスト・ジャーナリストとして活躍する著者による、第二次世界大戦から今世紀初頭までの合衆国の軍事・外交政策決定の内幕を描く一般向けの歴史書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は House of War : The Pentagon and the Disastrous Rise of American Power, by James Carroll, 2006。日本語版は上巻が2009年3月31日初版第1刷発行、下巻が2009年12月28日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み上下巻で本文約652頁+665頁=1,317頁に加え、訳者あとがきが上巻9頁+下巻13頁。9ポイント45字×18行×(652頁+665頁)=約1,066,770字、400字詰め原稿用紙で約2,667枚。文庫なら5冊分ぐらいの巨大容量。

 文章は軍事物のわりにこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。第二次世界大戦から今世紀初頭までの、米国が関わった主な軍事トピック、例えばベルリン封鎖などを取り上げるので、その辺を知っている人、要は年寄りには取っつきやすいが、その辺に疎い若い人には辛いかも。

【構成は?】

 原則として時系列順に進むので、素直に頭から読もう。ただ、索引がないのは残念。

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  •  上巻
  • プロローグ 誰にも気づかれず、そこにいたのは、少年の私
  • 第1章 1943年 ある週の出来事
    地獄の底/無条件降伏/ポイントブランク作戦/ルメイ/天才児/全てはグローヴズが…/さまざまな「9.11」
  • 第2章 絶対兵器
    「トルーマンの決断」/スティムソンの弁明/日本ではなく、モスクワ?/核の健忘症/グローヴズの橇/怒りの再臨/一線を超えたハンブルク/ドレスデン後/爆撃隊のベーブ・ルース/原罪の中に生まれて
  • 第3章 冷戦、始まる
    軍務に就く/スティムソンの「9.11」/フォレスタルの闘い/ケナンのあやまち/土台としての被害妄想/「家」の中の戦争/ベルリン封鎖/空軍の誕生/ロシア人が来る!/海軍対空軍/あの警官野郎が…
  • 第4章 現実化する被害妄想
    スターリンの牙/水爆への「ノー」/ニッツの救援/フォレスタルの幽霊/「国家安全保障会議文書68号」/「朝鮮はわれわれを救った」/トルーマンのもう一つの決断/水爆実験/伏せろ 隠れろ!/大量報復/失われた機会/防衛の知識人たち/「トップ・ハット作戦」/「ゲイザー報告」 ニッツの再登場
  • 第5章 転換点
    「家」の日々/ベルリンの悪戯/「戦争ですね」/リッチモンドに逃げろ!/米ソがそろって
  • 訳者 上巻あとがき
  •  下巻
  • 第5章 転換点 続き
    新しい情報機関/マクナマラとルメイ/発作的全面攻撃/ケイセンのメモ/崖っぷちに立つ/アメリカン大学で/ケネディを愛する理由
  • 第6章 悪魔祓い
    破壊の現場で/不条理のルメイ/心の過ち/白い巨鯨/マクナマラ、最後の闘い/軍縮から軍備管理へ/ベリガン兄弟/ABMへ、ニッツの復帰/ニクソンとレアード/ノックアウト・パンチ/「家」を爆破?/静かな幕切れ
  • 第7章 流れに抗して
    核の神父たち/狂人の理論/シュレジンジャー・ドクトリン/ラムズフェルドとチェイニーの登場/ジミー・カーターの疑問/凍った微笑み/民衆の声が聞こえる/恐るるなかれ/勝った、サインしろ/凍結/核の廃絶音/聖域/ゴルバチョフの登場/フォレスタルへの答え
  • 第8章 終わりなき戦争
    剣を鋤に変える/スティムソンに還る/「ジャスト・コーズ作戦」/愚か者のゲーム/新世界秩序/中国の言葉/ゴールドウォーター・ニコルズ法/移民の子/クリントンの名誉/軍隊の同性愛者/トルーマンとの違い/核体制の見直し/バルカン戦争/核の使徒列伝/2001年9月11日
  • エピローグ
    国民の記憶/戦争の常態化/録画再生/国家安全保障?/復讐/私には夢がある
  • 訳者 下巻あとがき

【感想は?】

 上巻を読み終えた状況で、これを書いてる。

 書名や他の書評などから、米国の国防総省の歴史を描いた本だと思い込んでいたが、だいぶ違う。

 いや確かに国防総省は出てくるのだが、その内幕はほとんど出てこない。特に、生粋の国防総省育ちの人物は、ほとんど出てこない。国防長官は出てくる。例えば初代長官のジェームズ・フォレスタル(→Wikipedia)や、ケネディ政権で国防長官に就いたロバート・マクナマラ(→Wikipedia)などだ。

 もっとも、日本でも省庁の長官=大臣は政治家が務める場合が多く、生え抜きの役人はトップになる事はまずないから、そういうものなんだろう。

 その国防長官マクナマラ、本書では白鯨=国防総省に挑むエイハブ船長に例えてる。それぐらい国防総省というお役所は御しがたいと言いたいんだろうが、出てくるのは制服組すなわち軍人ばかりなのだ。

 中でも目立つのが、カーチス・ルメイ(→Wikipedia)である。第二次世界大戦で爆撃機部隊を指揮し、特に戦略爆撃を率いた将軍だ。戦後は陸軍から独立した空軍で、SAC=戦略航空軍団(→Wikipedia)を立ち上げる。

 そのSACの任務なんだが、少なくとも上巻では東側、主にソ連への爆撃機による核攻撃なのだ。それを率いるのがイケイケなルメイ。そういう米国の体制と、それが生み出す好戦的な政策・戦略が、冷戦の緊張を生み出した、そんな内容である。少なくとも上巻は。

 内容の前に、幾つか気になった所を。

 まず、語り口なのだが、所々に著者の体験や父との関係など、私小説的な内容が入る。彼の父は国防総省に務めた将軍であり、彼も予備役の士官として訓練を受けた身なので、確かに関係はあるのだが、いささか抒情的な雰囲気が漂う。

 それに釣られてか、訳者も黒丸尚並みにルビを多用している。いや気になったってだけな案だが。

 また、登場人物の内心にまで踏み込んだ記述も多い。つまりはジャーナリストではなく作家なのだ、この著者は。

 さて、内容に戻ろう。ルメイの登場は重要な意味がある。彼は戦略爆撃、つまり民間人を巻き添えにする攻撃を進めた。そして、核兵器は否応なく民間人を巻き添えにしてしまう。この性質が、特に上巻の後半では大きな意味を持ってくる。

 話は第二次世界大戦中から始まる。といっても、戦闘場面はほとんどなく、政略・戦略の話が主になる。

 欧州で戦略爆撃の経験を積んだ米軍は、開発が成功した原爆の使用に踏み切る。ここで著著者は指摘する。元々、原爆はドイツの核開発に対抗するためだった。既にドイツに勝っているんだから、使う必要はないのでは?

 現在の米国では、こんな説が有力だ。本土上陸作戦になったら、百万近い米軍将兵が犠牲になっただろう。原爆のお陰で、その犠牲が避けられた。

 日本の民間人の被害を無視した理屈だが、米国の立場じゃそうなるだろう。現代の日本だって、北朝人民の飢えを無視して経済封鎖を続けてるし。

 話がそれた。それだけじゃなく、戦後の対ソ連を睨んだ思惑もあったのだ。トルーマンはともかく、一部の政治家には。

ジェームズ・バーンズ(→Wikipedia)「アメリカの空軍力を見せつければ、ロシアはもっと扱いやすくなるかも知れない」
  ――第2章 絶対兵器<

 そんな鼻息の荒い一部の政治家や軍人はさておき、戦争は終わった。となれば、軍は縮小され軍事予算は減る。これが嬉しくない連中は多い。予算獲得に余念がない軍人をはじめ…

ソ連がアメリカに敵意を燃やしていると強調することは、海軍や空軍の官僚機構の野心を正当化する(略)
共産主義者から距離を置こうとしていた当時の労働運動にとっても、
軍需の持続に飢えていた産業家にとっても、
金に糸目をつけない防衛研究委託の拡大を狙っていた大学にとっても、
再選を目指し国民の支持を集めようとする大統領にとっても、
好都合なことだったのである。
  ――第3章 冷戦、始まる

 と、「強大な敵」を必要とする人が、アチコチにいたのだ。これは米国に限らず現代でも似たような手口を使う権力者は珍しくない。それはともかく、実際の共産圏は、というと。

モスクワはもちろんのこと、北京やベオグラードにしても、「正常なナショナリズム」が単に「コミンテルン」のレトリックに覆われていただけ
  ――第3章 冷戦、始まる

 と、著者は見ている。お堅いマルクス主義の言葉を使って賢そうなフリしてるけど、その中身はありがちな国粋主義だ、と。「でも好戦的な事に変わりはない」と思うかもしれないが、少し違う。共産主義は、共産主義国同志がツルんで、革命を輸出しようとするのだ。それも相手国に潜入させtた手先を使って…って、まるきし今のイランだな。

 それはともかく、先に挙げたように、第二次世界大戦は終わったにも関わらず、危機感を煽ることが目的に適う者が多い中で、特に核兵器を巡りトルーマンは国内からの圧力に晒される。原爆を単なるデカい爆弾としか思っていない軍人も多いなかで…

反・全面戦争、反・原子戦争、反・予防戦争――このトルーマンの「三重の決断」
  ――第4章 現実化する被害妄想

 と、最終的にトルーマンは三つの軛をはめたのだ。本書は全般的にトルーマンに対し批判的だが、この三つを成し遂げた功績は大きいと私は思う。特に核兵器を特別扱いにした点は高く評価したい。

 そんなホワイトハウスの思惑を差し置き、戦略空軍を率いるカーチス・ルメイときたら…

ゲイサー委員会「結局のところ、(戦略空軍司令部を率いるカーチス・)ルメイは先制攻撃をする航空戦力しか築いていなかったんだ」
  ――第4章 現実化する被害妄想

 …よく戦争にならなかったなあ。あ、もちろん、先制攻撃とは、重爆撃機に搭載した核兵器による戦略爆撃、つまりソ連の軍事基地ばかりか、駅や橋などのインフラはもちろん、都市も焼け野原にする全面攻撃を示します。

 しかも、核兵器の評価が酷い。

当時の専門家たちは、核攻撃による損害を「爆発効果」という限定した尺度で計算していた。「爆発」以外の最悪の結果を排除したものだった。
  ――第5章 転換点

 爆発以外の結果とは、火災や死の灰などね。当時の米国じゃ、放射能の危険はほとんど知られてなかったのだ。核の冬が話題になるのは1980年代以降だし。ロバート・R・マキャモンの「スワン・ソング」は傑作だぜえ。

 つまりは「デカい爆弾」としか思ってなかったのだ。そんなんで、よく水爆なんか作ったなあ。それはともかく、核を持つ者たちに核被害の実態を理解させるためにも、日本原水爆被害者団体協議会のノーベル平和賞受賞の価値は大きいよね。

 ってなあたりで、下巻の紹介は次の記事で。

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