市川哲史「もうすぐエピタフ どうしてプログレを好きになってしまったんだろう#9第三印象」シンコーミュージックエンタテイメント
熱心に聴く者を<深読み>という魔界の迷宮にもれなく誘うのがキング・クリムゾンなのである。
――§6 いまさらの『キング・クリムゾン 至高の音宇宙を求めて』読書感想文
【どんな本?】
市川哲史のプログレ漫談第三弾。
1970年代前半に成立した、やたら大袈裟で神秘的風で頭よさげで演奏時間が長い芸風は、こじらせた一部の人々の心を掴んだのも束の間、時代はパンクやニューウェーヴが席巻し、あっという間に時代遅れとなってしまった悲劇の音楽スタイル、プログレッシヴ・ロック。
だが若者の心に刻み付いたトラウマは老いてなお疼き、今なお熾火のような信仰心は消えず、記念ボックスセットが出ればお布施をはずんでしまう老人たちが、自嘲混じりに語る終活まがいの茶飲み話。
などとグダグダ書いてるけど、要は洋楽中心の音楽ライターが書いたエッセイ本です。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2024年2月29日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約472頁。9ポイント38字×18行×472頁=約322,848字、400字詰め原稿用紙で約808枚。。文庫なら厚い一冊か薄めの上下巻ぐらい。
文章は相変わらずクセの強い市川節なので、好き嫌いはハッキリ別れるだろう。というか、そもそもネタがネタだけに、その気のある人しか手に取らないから、気にしてもしょうがないよね。
【構成は?】
各章は独立しているので、気になる所だけを拾い読みすればいい。
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- 第1章 In the Goal of the Crimson King
ラスト・キング・クリムゾン - §1 まずは、さよならキング・クリムゾン。
- §2 渡辺明とロバート・フリップ 伊奈めぐみとトーヤ
- 第2章 Sweet Dreams Are Made Of 89's
プログレとニュー・ウェイヴとニューロマと - §3 ジャコと豆の木 ジャコ・ジャクジクが<ポール・ヤング>に憧れた日
- §4 <UDO Music Festival>よ永遠に こんなところにポーキュパイン・ツリー
- 第3章 21st Century Schizoid Men in Japan
「妄想」は荒野をめざす - §5 どうして日本人はキング・クリムゾンを唄いたがるのだろう?
マツコの知らないプログレ日本語カヴァーの世界 - §6 いまさらの『キング・クリムゾン 至高の音宇宙を求めて』読書感想文
- 第4章 For Juniors Who Grow Progressive in the Night
夜ごとプログレる世代のために - §7 とあるキャメルの「不運」
- §8 存在の耐えられ「る」軽さ:どうしてヒュー・サイムはラッシュやドリーム・シアターから重用されたのだろう
- §9 わたしがピンク・フロイドである(パート3)
- 第5章 The Thirty-Second Day
シン・シルヴィアン&フリップ - §10 シルヴィアン・カートゥル
- §11 32回目の<ザ・ファースト・デイ>
- もういくつ寝るとエピタフ
- どうしてプログレを好きになってしまったんだろう(リプライズ)
- ボーナス・チラック
- §12 ライナーノーツは氷山の一角
ⅰ グリーンスレイド「ライヴ・マナーズ・ボックス 1973-2001」
ⅱ ブランドX「ライヴボックス/オフィシャル・ブートレグ」
ⅲ リック・ウェイクマン「真説・地底探検」~「ロックンロール・プロフェット」(メドレー)
ⅳ ギラン「ライヴ・マジック/オフィシャル・ブートレグ」
ⅴ サッド・カフェ「悲しき酒場の唄」~「殺怒珈琲Ⅱ」~「虚飾の扉」~「ラ・ディダ」~「ライヴ」~「オーレ」(メドレー)+WAX「マグネチック・ヘヴン」~「アメリカン・イングリッシュ」(アブリッジド) - §13 ニナ・ハーゲンは歴代最強の<ジャーマン・プログレ>である。
- §14 消えたVHS (たぶん)二度と陽の目を見ないピンク・フロイド
- 初出一覧
【感想は?】
なんか縁起でもないタイトルだと思ったが、ちゃんと事情があったのだ。あくまでも著者の事情なんだけど、身につまされる読者もおおいだろう、きっと。
前作はいきなり冒頭で二番煎じ宣言をしていたが、第三弾は開き直ったのか著者本人の経験談が多くなったり、ディスコグラフィーからミュージシャンたちの足跡を辿ったりと、だいぶ毛色が違ってきてる。
とはいえ、相変わらず最も多くの頁数を占めているのはキング・クリムゾンというかロバート・フリップなのは、著者の趣味なんだろうなあ。そのくせ<後だしジャンケンの帝王>だの<屁理屈の暴力>だのと悪口三昧なのはなぜだw
そのフリップ先生が珍しく絶賛しているのがデビッド・シルヴィアン。フリップ先生ばかりでなく著者も思い入れが強いようで、先生に次ぐ頁数を占めている。本人も周辺の人も面倒くさい屁理屈が続く中で、フェアチャイルドのYOUのあけすけな本音丸出しが一服の清涼剤だったり。ほんと、これぐらい欲望に忠実だと、いっそ清々しい。屁理屈の多いプログレ者は見習うべし。
さて、ロバート・フリップの悪口で出たように、かつての古舘一郎アナウンサーのプロレス中継のようなインパクトの強いフレーズは今回も健在どころか、<情緒の当て逃げ常習犯><カンタベリー金太郎飴><ギターが上手なキース・リチャーズ><史上最強の文系ロック><補集合アンサンブル><洋楽界の少年ジャンプ>と更にパワーを増してる感がある。
などのやや失礼なレッテルだけでなく、<服を着たテレキャスター>や<宇宙一の二重唱>など、胸張って本人にも言えそうな、売り込みにも使える言葉も出てくるのは、やはり文筆で食ってきたプロの技なんだろうか。
そんな中で私がもっとも嬉しかったのが、なんとキャメルが登場する事。まあ名前はキャメルだけど、実質的にはアンディ・ラティマーの話が中心。色々あるが、私もラティマーは歌わない方がいいと思う。つか、ちゃんとしたシンガー雇えよ。曲も演奏も良いのに、アンディの歌が台無しにしてる。
ここで著者はアルバムじゃ「雨のシルエット」を推してて、「ほう」と思ったんだが、本書を全部読み通してわかった。メル・コリンズが好きなのだ、著者は。にしても、よくぞキャメルに入って下さいました、メル・コリンズ。ココモとかを聴くと、キャメルが長く続かなかったのも頷ける。
どうもミュージシャンは2種類、バンドの人とセッション・ミュージシャンの人がいて、アンディ・ラティマーは前者、メル・コリンズは後者らしい。そういえば一時期流行ったな、セッション・ミュージシャンが集まったバンド。TOTOとかSTUFFとか。
などと持ち上げる推しに対し、ビル・ブルフォードは相変わらず罵りまくりw 文句は言うが腕は認めてるので「魂はこれっぽっちも籠っていない」と、これもうイチャモンだよねw
そんなクリムゾン人脈大登場なのが「§5 どうして日本人はキング・クリムゾンを唄いたがるのだろう?」。なぜかプロレスの話で始まるこの章、1970年代後半~2000年代前半までのクリムゾン人脈が参加した日本人ミュージシャンの作品一覧が載ってて、良く調べたなあと感心する。ブルフォードもよく出てくるが、トニー・レヴィンも引っ張りだこだ。
この章の終盤では、日本人歌手によるエピタフのカバーがズラズラと、というか、当時の歌謡曲のライブって、そんなに洋楽カバーが多かったのか。きっとプロデューサーとかの趣味なんだろうなあ。やたらオーケストラ入れたがる曲のアレンジも、連中の好みなんだろう。というか、当時のポピュラー音楽に関わる人はみんな洋楽カブレだったんだなあ。
などと昔話ばかりで、最近の若手ミュージシャンの話がないのは、まあ仕方がないか。私も最近のは MEUTE ぐらいしか知らないし←全然プログレじゃねえ
まあ、そういう時代に育ち、惑いやすい若い時期にプログレに触れてハマり込み、今なお抜け出せず旧譜のリミックスやらレアなライブ音源やらにお布施を払い続けている、そんな人向けの本です。
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【今日の一曲】
Nina Hagen - Du hast den farbfilm Vergessen (Subtitulado)
久しぶりの「今日の一曲」、今回はアンゲラ・メルケル元ドイツ首相もお気に入り東独時代の若きニナ・ハーゲンによる Du hast den farbfilm Vergessen を。つか市川さん、よくこの曲だと気が付いたなあ。
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