テリー・ブレヴァートン「世界の発明発見歴史百科」原書房 日暮雅通訳
ここでは学習行為や科学技術一般に大きく貢献した人物を、もれなくとりあげるようにした。ただし、芸術家はどんなに偉大でもとりあげていない。
――はじめに2005年、≪Forbes.com≫の読者と専門家たち(略)“歴史上の重要な道具トップ20”に選ばれたのは、1位から順にナイフ、そろばん、方位磁石、鉛筆、ハーネス(馬具)、鎌、ライフル銃、剣、眼鏡、のこぎり、時計、旋盤、針、ろうそく、天秤、鍋、望遠鏡、水準器、釣針、のみである。
――1章 テクノロジーの夜明け
【どんな本?】
人類の文明は、多くの発明・発見に支えられている。中には火や言語など、いつ誰が発明したのか知りようがないものもあるし、近年に整った特許制度などにより、発明者がはっきり特定できる場合もある。
人類黎明期のナイフから産業革命の契機となったジェニー紡績機、そして最近のウィキペディアまで、人類文明を発展させた発明・発見を集め語る、歴史と科学と技術の百科事典。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Breverton's Encyclopedia of Inventions: A Compendium of Technological Leaps, Groundbreaking Discoveries and Scientific Breakthroughs that Changed the World, by Terry Breverton, 2012。日本語版は2015年9月28日第1刷。単行本ハードカバー横二段組み本文約392頁。9ポイント18字×36行×2段×392頁=約508,032字、400字詰め原稿用紙で約1,271枚。文庫なら厚めの上下巻か薄い上中下巻ぐらいの分量。
文章はこなれていて親しみやすい。内容のわかりやすさは項目による。各項目に割り当てられた文字数が少ないので、どうしても説明は駆け足になる。そのため複雑な内容は「わかってる人にしか伝わらない」感じになってしまう。そもそも事典なので、本書で科学・技術的な詳細を理解するのは無理、と覚悟しよう。
【構成は?】
ご覧の通り、時代ごとに8章に分かれている。各章の構成はモロに事典だ。各項目は1~2頁で、見出しは名称・年代・発明/発見者・発明/発見者の生没年・国。その後に説明文が続く。そんな形なので、気になった所だけをつまみ食いしてもいい。
また3頁に1個ぐらいの割合で、各項目と関係はあるが独立した10~40行程度の記事があり、ちょっとした「箸休め」になっていて飽きない。
- はじめに
- 1章 テクノロジーの夜明け
- 2章 古代世界の天才たち
- 3章 刷新の時代
- 4章 ルネサンス技術と科学革命
- 5章 産業革命
- 6章 新たな技術革新
- 7章 電気と電子の時代
- 8章 デジタルの世界
- 参考資料/索引
【感想は?】
そもそも、事典は読むモノなのか?
そういう疑問を持つ人も多いだろう。そういう人には薦めない。
だが、世の中には「Wikipedia を手繰ってると無限に時間を食いつぶしてしまう」なんて人もいる。私もその一人だ。本書は、そういう人のための本だ。特に、技術史や科学史に興味がある人の。
Wikipedia に比べると、本書の各項目はやや短い。それだけ各項目を読み終えるのも速く、目先がクルクル変わるので飽きない。反面、お話としてはアッサリしすぎていて、やや食い足りない気分になるかも。
最初の項目はナイフ、紀元前260万年。ナイフったって十徳ナイフみたいな精巧なモんじゃない。石を割って作った、つまりは石器だ。当然ながら発明者は不明。もしかしたら他の発明品があるかもしれないし、素材も石じゃなくて木かもしれないが、確たる証拠が残ってるのは石のナイフぐらいだ。
続いて約3万年前の釣り針,同じく約3万年前の縫い針,紀元前9500~9000年頃のひき臼と、発明者がわからない項目が続く。と思ったら、弓矢の次の船で発明者はフェニキア人ウソウスと出た。ソースは「フェニキア人歴史家サンクニアトン(紀元前700年頃)が残したフェニキア史のギリシア語訳」。
ウソウスは他にも火を熾す方法や衣服を作ったとあるが、息子の名前が出てきたり、なんか神話っぽい。まあフェニキア人は古代に東地中海を航海し商人として活躍したから、船の発明者としては相応しいよね。
などと名前が出てきても、なんか怪しい「1章 テクノロジーの夜明け」に続き、「2章 古代世界の天才たち」はそこそこ信用できて、中には現代でも通用するシロモノが出てきたり。
『原論』は史上最も広く使われた教科書
――2章 古代世界の天才たち
そう、ユークリッドの『原論』だ。ちなみに「ベストセラーの世界史」によると、聖書に次ぐ世界第二のベストセラーだとか。
一気に飛んで「4章 ルネサンス技術と科学革命」では、クーサのニコラスの発想が凄い。なお日本の表記はニコラウス・クザーヌス(→Wikipedia)が多い。1440年に当時の天動説を否定するばかりか、惑星の軌道は円ではないと主張した。その根拠が、なんと…
この世界に完全な円は存在し得ないと、(クーサの)ニコラスは述べている。
――4章 ルネサンス技術と科学革命
その発想はなかった。でも、言われてみればその通りなんだよなあ。
この章では、1557年ロバート・レコードによる「等号」なんてのもある。数式が現在の形になったのは、意外と最近のことらしい。
20世紀も中盤以降になると発明の経緯も詳しくわかってくる。数学や科学や技術に加え、こんなのも。
シマウマ模様の横断歩道 1949年 ジョージ・チャールズワース 1917~2011年/イングランド
――8章 デジタルの世界
ビートルズのアビイ・ロードの表紙がああなったのは、彼のお陰なのだw そういえば、センターラインも偉大な発明だよね。
横断歩道は国家の後ろ盾があっての発明だけど、民間の発明は必ずしも関係されるとは限らない。
ソニー製品取り扱い業者の10社に8社は録音機能のないカセット・プレーヤーに未来はないと確信していた。
――8章 デジタルの世界
って、ウォークマンの事です。それでも若い人には通じないかも。昔は一つの媒体に30分~120分ぐらいしか入らなかったんだぞ。90分用テープだとLP2枚分ぐらいでねえ…
とかは商品価値を見抜けなかったって話だけど、倫理的に受け入れられないってモノもある。AK47などの兵器ならわかるが…
ウィレム・ヨハン・コルフ「人工心臓をほしがる人はいない――それがなければ2日後には死ぬというのでないかぎり」
――8章 デジタルの世界
と、人口の臓器も昔は嫌われたらしい。じゃ入れ歯はどうなんだろ?
コラムでは、観察の重要性を説くウィリアム・オスラー (→Wikipedia)先生のネタが楽しい。こんな講義を受けたら、そりゃ学生さんも身に染みて理解できただろうなあw
ところで他の国は「アメリカ」や「フランス」などの記述なのに、イギリスだけウェールズやスコットランドやイングランドなどとなっているのは、原書の出版事情か。
事典とはいえ、調べものに使う雰囲気じゃない。私のように「事典は読み物」「Wikipedia を彷徨うと時間が溶ける」類の人に向けた、雑学を集めた本だと思ってほしい。そういうタイプで、数学史・科学史・技術史に興味がある人にお薦め。
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