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2024年11月 8日 (金)

SFマガジン2024年12月号

じつは、ペラルゴニアを創ったのはこのわたしたちなんです。
  ――シオドラ・ゴス「ペラルゴニア <空想人類学ジャーナル>への手紙」鈴木潤訳

「正義、それは集団に処方される媚薬だ」
  ――吉上亮「ヴェルト」第二部第三章

「今年こそは、冬が来る前にコミケへ行くよ」
  ――カスガ「コミケへの聖歌」

きょうのあさ、だから今朝、大旦那様が御羊になられた。
  ――犬怪寅日子「羊式型人間模擬機」

 376頁の標準サイズ。

 特集は「ラテンアメリカSF特集」として短編2本にコラムや作品ガイドなど。小説はシオドラ・ゴス「ペラルゴニア <空想人類学ジャーナル>への手紙」鈴木潤訳,ガブリエラ・ダミアン・ミラベーテ「うつし世を逃れ」井上知訳。

 小説は11本+3本。「ラテンアメリカSF特集」で2本、連載は5本+3本、読切2本に加え、第12回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作2本の冒頭。

 連載5本+3本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第16回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第56回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第25回,吉上亮「ヴェルト」第二部第三章,夢枕獏「小角の城」第78回に加え、田丸雅智「未来図ショートショート」3本「変わらない味」「ノイズの日々」「シルバームーン」。

 読み切り2本。韓松「輪廻の車輪」鯨井久志訳,劉慈欣「時間移民」大森望/光吉さくら/ワン・チャイ訳。

 第12回ハヤカワSFコンテスト大賞はめでたく2作が大賞を受賞した。カスガ「コミケへの聖歌」,犬怪寅日子「羊式型人間模擬機」の冒頭を掲載。

 まずは「ラテンアメリカSF特集」。

 シオドラ・ゴス「ペラルゴニア <空想人類学ジャーナル>への手紙」鈴木潤訳。フリア,デイヴィッド,マディソンの高校生3人は、遊びで架空の国の歴史を創っていた。フランスとスペインの間にあり、海に臨んでいる。wikipedia に項目を作り、論文誌の<空想人類学ジャーナル>にまで論文を寄せた。遊びのはずが、教授であるフリアの父が行方不明になり…

 ファンタジイ、それもハイ・ファンタジイが好きな人は、架空の国をでっちあげるらしい。最近だと、架空のゲーム世界を創る人もいるんじゃなかろか。この作品のように、得意な領域がズレる仲間と創り上げていくのは、きっと楽しいだろうなあ。とかの他に、3人の忙しい高校生活の描写が、おじさんにはまぶしかった。

 ガブリエラ・ダミアン・ミラベーテ「うつし世を逃れ」井上知訳。18世紀のメキシコ。インディオ女性貴族の修道院で異端審問が始まる。告発したのは修道女マリア、されたのは修道女アガタ。アガタの部屋から、機能不明な装置と粘土製の円盤状のものが見つかった。

 当時のスペインおよびその支配地域における異端審問は、バチカンすら手を焼くほど暴走していた(→トビー・グリーン「異端審問」)。と思ったが、最近は違う見解も出てきた模様(→Wikipedia)。スペイン系のマリアとインディオのアガタの対立という形で、当時のメキシコの人種問題が浮き上がってくる。

 連載小説。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第56回。襲撃されたホワイトコープ病院から逃げ出したキドニーたちは、海岸にたどり着く。そこではハンターたちが待っていた。ホスピタルの助言に従い、キドニーたちはハンターの針を受け入れる。ホスピタルは更に、失われたシンパシーの原因について、意外な仮説を披露する。

 イースターズ・オフィスとクインテットに次ぎ、暗躍する第三の勢力シザース。今回はクインテットがシザースの尻尾を掴みかける回。ただ、いずれも奴が絡んでいるのが気になるんだよなあ。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第16回。TAISポッドを探してシュガー砂漠上空を飛ぶ零と桂城。雪風も本来の偵察機としての能力を活用し、また挑発とも取れる信号を発してジャムの気配を探っている。

 今までは無口というか積極的にヒトとのコミュニケーションを取ろうとしなかった雪風だ、ここ最近はずいぶんと饒舌になり、ばかりか自分で作戦を立案・進言するようになってきて、「あの無口な子がこんなに慣れて」な気分。

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第25回。小野寺早都子は、「クレマンの年代記」の中に入り込み、マダム・シャセリオーに腕を掴まれたように感じて叫ぶ。気が付けば視聴覚棟の玄関ロビーに立っていた。まもなく映画「2001年宇宙の旅」の上映が始まる。ホールへと向かうが…

 そういえば最近は映画もデジタル配信が増えてきて、フィルムによる上映もやがて昔話になるんだろうなあ。雨降りとかも、伝説になるんだろうか。などとぼんやり考えながら読んでいたら、とんでもない展開に。

 吉上亮「ヴェルト」第二部第三章。届いた招待状は、サド侯爵本人からのものらしい。場所はシャラントン精神病院。確かにサドはそこにいる。処刑員のサンソンはマクシミリアン・ロペスピエールの妹シャルロットと共に招待に応じた。迎えたサドはいたく感激し…

 ついに登場したサド侯爵。本作品中だと、サド侯爵の評判は散々で、巷の噂では興味本位で暴行や殺人をやらかすアブナい人、という話だし、法的にもお尋ね者になっている。実際は諸説あるようで、作品の内容が本人の悪い噂を呼んだとする説も。そこが本作だと、そういうのとは別の方向でヤバい人になってるw

 読み切り。

 韓松「輪廻の車輪」鯨井久志訳。女はチベットで<輪廻の車輪>と呼ばれる摩尼車を見つけた。数珠つなぎになった百八の摩尼車の中で、それだけが新緑に染まっている。そして夜になると奇妙な音がするのだ。過去五百年の間、寺は何度も災害に見舞われ、そのたびに<車輪>も失われたが、その摩尼車だけは残り、不思議な音を響かせてきた。

 6頁の掌編。不思議というより不気味な音を出す摩尼車と、貼り付いたような笑顔の僧たち。まるきしホラーの書き出しなんだが、「火星で孤独に暮らす父」って所で「ほえ?」って気分になる。果たしてそんな時代までチベット仏教は生き残れるんだろうか。などと考えていたら、オチはとんでもなかった。なかなかに豪快な芸風の人だ。

 劉慈欣「時間移民」大森望/光吉さくら/ワン・チャイ訳。人が増えすぎた。政府は時間移民で対処する。第一陣は八千万人。120年間を冷凍睡眠で過ごし、未来の社会が住みやすければ、そこで過ごす。120年後、移民を率いる大使は目覚めたが…

 H・G・ウェルズの「タイムマシン」からのSFの伝統を受け継ぐ、人類の未来を模索する稀有壮大な作品。なにやら物騒な世界だったり、常人には理解不能な世界だったり。こういう伝統的なテーマに、てらいもなく臆しもせず挑む勢いと気概に、中国SFの若さを感じる。

 第12回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作の冒頭。

 カスガ「コミケへの聖歌」。21世紀に文明は滅び、その後の暗黒期に記録の大半が焼き捨てられた。山奥のイリス沢集落地に住む四人の少女は、森の中でマンガを見つける。感銘を受けた四人は、森の朽ちかけた農具倉庫を<部室>として<イリス漫画同好会>を作り、マンガの世界の部活を立ち上げる。やがて土蔵で見つけた紙に、四人は自作のマンガを描きはじめ…

 お気楽なパロディ物を思わせるタイトルとは裏腹に、彼女たちの生きる世界は厳しく治安も悪い。電気や水道などのインフラは崩壊し、流通も途絶え、自給自足の暮らしだ。幸い多少の知識と幾つかの遺物は残ったが。とはいえ、主人公によれば少しづつだが暮らし向きは良くなっているようで…

 犬怪寅日子「羊式型人間模擬機」。その一族の者は死ぬと羊になる。残された者たちは、羊の肉を食べる。今朝、大旦那様が羊になった。ユウは、一族の者たちに知らせるために走り回る。まずは次の旦那様となる大輝様から。

 いささか言葉が怪しい語り手による、一人称の物語。正直、掲載の冒頭のみだと、物語世界の概要すら掴めない。ヒトが羊になるってのも非常識だし、それが比喩なのか現実なのかも不明だ。それでも、一族それぞれの性格が、かなり強烈なのはわかった。

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