藤井一至「土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて」光文社新書
そもそも土とは何なのか。地球の土は、日本の土は、どうやって私たちの食卓を支えてくれているのか。100億人の生存は可能なのか。
――まえがき「土壌」とは、岩の分解したものと死んだ動植物が混ざったものを指す。
――第1章 月の砂、火星の土、地球の土壌塩を撒くと土は固くなるのだ。空気や水の入り込むスペースが潰れ、植物の根も深く入っていけなくなると、生産力が落ちる。乾燥地では粘土が仇となることさえある。
――第2章 12種類の土を探せ!熱帯雨林(略)豊かな森の下の土壌は薄く貧弱(略)ということが常套句のように書いてある。
しかし、私の調べた限りでは、熱帯土壌が薄いというのは落葉層、腐植層に限った話であって、土そのものは深い。(略)
高温で湿潤な熱帯雨林では、活発な生物活動が岩石の風化を加速する
――第2章 12種類の土を探せ!私たちの食卓に並ぶ食べ物の95%は、統計上、土に由来する。
――第4章 日本の土と宮沢賢治からの宿題
【どんな本?】
SF小説「火星の人」とその映画「オデッセイ」では、火星に取り残された主人公が自分の糞尿を肥料として畑を耕しジャガイモを育てた。だが、これは実際に可能なんだろうか?
地球にも様々な地域があり、土も様々だ。ウクライナの肥沃な土は有名で、かつてはナチスドイツが、今はロシアが狙い侵略を企てている。
あまり豊かとは言われないが、東アジアや東南アジアの高い人口密度も、支えているのは農業生産力の高さだ。その原因の一つは豊かな降水量だが、同じ降水量が豊かな熱帯雨林は人口が少ない。その理由は、土壌だろう。
そもそも土壌とは何か。どんな土壌があって、それぞれどのように出来て、どんな性質があり、どう使われているのか。「肥沃な土」とは、どんな土なのか。日本の土はどんな特徴があり、日本人はそれをどう利用しているのか。そして将来人口が100億人に増えた時に、全てを養うことはできるのか。
農学で博士号を得た後は土の研究に邁進し、愛用のスコップを片手に世界中を飛び回って土を掘り返してきた著者が、各地の土とその利用法を語りつつ、土壌研究の基礎を紹介する、一般向けの科学解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2018年8月30日初版第1刷発行。新書版で縦一段組み本文約200頁。9ポイント41字×15行×200頁=約123,000字、400字詰め原稿用紙で約308枚。イラストや写真も豊富に載っているので、実際の文字数は8割ぐらい。文庫なら薄い一冊分。
文章は比較的にこなれていて親しみやすい。内容も分かりやすいが、例え話が逆に理解しがたくしてる感がある。無理して社会や人間に例えなくてもいいのに。また、著者はスコップ片手に世界中を飛び回るので、世界地図があると迫力が増す。
【構成は?】
基本的に前の章を受けて後の章が展開する形なので、素直に頭から読もう。
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- まえがき
- 第1章 月の砂、火星の土、地球の土壌
肥沃な土は地球にしかない/月には粘土がない/火星には腐植がない/細かい土と素敵な地球/人も土も見た目が八割/土に植物が育つわけ/電気を帯びた粘土の神通力/薬にも化粧品にもなる粘土/植物工場で100憶人を養えるのか/世界の土はたったの12種類
- 第2章 12種類の土を探せ!
土のグランドスラム/裏山の土から始まる旅/どうして日本の土は酸性なのか/農業のできない土/永久凍土を求めて/ツンドラと永久凍土/氷が解けたその後で/泥炭土と蚊アレルギー/ウイスキーとジーパンを生んだ泥炭‘土”/土壌がないということ/微笑みの国の砂漠土壌/ゴルフ場よりも少ないポドゾル/魅惑のポドゾルを求めて/土の皇帝チェルノーゼム/土を耕すミミズとジリス/ホットケーキセットを支える粘土集積土壌/ひび割れ粘土質土壌と高級車/塩辛い砂漠/腹ペコのオランウータンと強風化赤黄色土/野菜がない/幻のレンガ土壌/青い岩から生まれた赤い土/スマホも土からできている/黒ぼく土で飯を食う/盛り上がる黒ぼく土/黒ぼく土はなぜ黒いのか/肥沃な土は多くない
- 第3章 地球の土の可能性
宝の地図を求めて/世界の人口分布を決める土/肥沃な土の条件/隣の土は黒い/黒土とグローバル・ランド・ラッシュ/ステーキとチェルノーゼム/牛丼を支える土とフンコロガシ/岩手県一つ分の塩辛い土/肥沃な土の錬金術/セラードの奇跡/強風化赤黄色土ではだめなわけ/土が売られる/お金がない、時間もない/スコップ一本からの土壌改良 - 第4章 日本の土と宮沢賢治からの宿題
黒ぼく土を克服する/火山灰土壌からのリン採掘/田んぼの土のふしぎ/宮沢賢治からのリクエスト/SATOYAMAで野良稼ぎ/日本の土もすごい/バーチャル・ソイル/土に恵まれた惑星、土に恵まれた日本 - あとがき
- 引用文献
【感想は?】
本書が土壌を評価する基準は分かりやすい。農業用地として優れているか否かだ。農作物、それも主に食用の農作物がよく育つ土壌を、著者は求めている。
今後、地球の人口が増えるに従い、より多くの食料が必要になる。土地には限りがある以上、取れる手段は二つだ。既存の農地の生産量を増やすか、新しく農地を開拓するか。幸い現代は科学技術が発達し、化学肥料等で土壌の足りない養分を補える。では、地球にはどんな土壌があって、それぞれどんな性質なのか。
と、いいうことで、著者はスコップ片手に世界を飛び回り、様々な土を掘り返すのだ。
土の種類は12しかない。
――第1章 月の砂、火星の土、地球の土壌
12種類は多いような少ないような、微妙なところ。絵の具で土を塗るとき、多くの日本人は黒か焦げ茶で塗る。試合を終えた甲子園球児のユニフォームは黒く汚れる。日本の土は黒いのだ。しかし、世界を見回すと、地域によっては赤く塗ったり白く塗ったりする。土にも色々なバリエーションがあるのだ。
そんな中、農地として理想の土壌、いわゆる「肥沃な土」は、どんな土壌か。
肥沃な土の条件が明確になった。粘土と腐植に富み、窒素、リン、ミネラルなどの栄養分に過不足なく、保水力が高いと同時に排水もよく、通気性も良い土壌。
――第1章 月の砂、火星の土、地球の土壌
具体的には、ウクライナなどに広がるチェルノーゼムだ。だが、我らが日本の土=黒ぼく土も意外と優秀らしい。いやクセは強いんだけど。
火山付近や都市部に限らず、日本中どこを掘っても土は酸性だ。
――第2章 12種類の土を探せ!
なぜ酸性か。酸性雨とか火山灰とか言われているが、著者は豊かな雨が原因だと主張する。
土は、雨が多ければ酸性に、雨が少なければアルカリ性に振れやすい。
――第2章 12種類の土を探せ!
素性は悪くない。それどころか、腐植(動植物の死体)を多く含むので、結構スジはいいのだ。まあ、この本を読むまでもなく、夏になれば猛々しいほどに生い茂る雑草を見れば、植物には向く土なんだろう、ぐらいの見当はつく。が、弱点もある。
チェルノーゼム、ひび割れ粘土質土壌よりも多くの腐植を含む黒ぼく土だが、違いは酸性だということだ。しかも、腐植を吸着する粘土(アロフェン)は、同時に、リン酸イオンも強く吸着する。作物育成に必要な栄養分であるリン酸イオンが作物に行き届かなくなってしまう。
――第2章 12種類の土を探せ!
作物が育つのに必要な要素の一つ、リンが不足しがちなのだ。いや土壌内にはあるんだ。あるんだけど、粘土がリンを掴んで離さないから、作物は根から吸収できない。
そういった事を、化学的に説明する箇所もある。
カルシウムやマグネシウム、カリウムなどの植物に必要な栄養分は、水の中でプラス電気を持つイオンとなる。多くの粘土はマイナス電気を帯びており、プラス電気を帯びたイオンを引き付ける。
同じく植物に必要なリンは、水の中でマイナス電気を持つリン酸イオン(H2PO4-)となる。鉄さび粘土や腐植はマイナス・プラス両方の電気を持つため、リン酸イオンも吸着できる。
これが、粘土の多い土が養分を多く保持できる仕組みである。
――第1章 月の砂、火星の土、地球の土壌
敢えて難しい部分を引用したが、理解できなくても本書を読むのに大きな問題はない。「土の中でも化学反応が起きてるんだな」ぐらいに思っていればいい。それはともかく、降水量が多いため酸性に傾きがちな日本の土壌だが、水田は見事に日本の気候と土壌にあった作物・農法なんだな、と終盤で納得できるので、楽しみにしよう。
こういう、土地や気候と作物の相性は大事で、巧く組み合わせれば土地の改良にもなったり。輪作って、そういう事だよね。
マカランガの根っこは(略)多量の有機酸を放出する。これにより年度に捕獲されているリン酸を溶かし出す。結果として、マカランガは多くのリンを吸収できる。リンを豊富に含むマカランガの落ち葉を材料とした腐植は、やはりマカランガを多く含む。
――第3章 地球の土の可能
こういう土の性質は、文明の興亡や歴史の流れも左右する。
世界の人口密度と降水量の地図を見るとコンゴ川を有するアフリカの中央平原、アマゾン川を有する南米の熱帯雨林は水が豊富にあるにもかかわらず、人口密度は低い。(略)文明が発達しなかったのは(略)酸性で栄養分の乏しいオキシソルが農業生産に適さなかったことにある。
――第3章 地球の土の可能
「森と文明」によると、イラク南部やローマなど古の文明が栄えた土地は、当時は鬱蒼とした森に覆われていて、薪などに必要な木材が充分に手に入ったそうだが、森林の伐採で土地が荒れ多くの人口を養えなくなった。20世紀にもダストボウル(→Wikipedia)なんて悲劇も。
人間が土を荒らせるのなら、逆に土を活用することもできそうだ。「大豆と人間の歴史」によると、日本の支援で南米諸国は大豆の生産を増やし、特にブラジルは米国とシェア世界一を争うまでに成長した。のだが、その農場の実態を本書はカラー写真で見せてくれて、これが実に切ない。あ、ちなみに、アマゾンの密林を切り拓いたわけじゃないです。
終盤では、地域の土の性質により、人間が摂取する栄養素にまで過不足が生じるなんて話もあって、土が人間に与える影響の大きさをわかりやすく実感させてくれる。著者は「地味」と卑下する分野の研究だが、今も昔もウクライナの穀倉地帯を狙い戦争を仕掛ける者もいるし、そのあおりで食糧輸入国が多いアフリカ諸国は政情不安に陥ってるのを考えれば、むしろ極めて重要な研究分野と言える。
などと大上段に構えるのもいいが、難しいことを考えず、とりあえず足元の土について少し知りたいと思う人にこそ、この本はお薦め。
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