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2024年9月19日 (木)

アリク・カーシェンバウム「まじめにエイリアンの姿を想像してみた」柏書房 穴水由紀子訳

本書では、生命の仕組み、とりわけ進化の仕組みに関する知識を活用して、ほかの惑星で暮らしているであろう生命について考察していきたい。
  ――第1章 はじめに

人間を初めとする地球上のすべての多細胞生物の体も、日和見的な協力関係の積み重ねの結果である
  ――第6章 知能 それが何であれ

社会集団は教育の機会を提供するのだ。
  ――第7章 社会性 協力、競争、ティータイム

コストのかかるメッセージは信頼できることが多いように、コストのかからないメッセージは信頼できないことが多い。
  ――第8章 情報 太古からある商品

結局のところ、私たちを地球上のほかの生物たちとは異なる存在にしているものは、言語なのである。
  ――第9章 言語 唯一無二のスキル

【どんな本?】

 SF作品には様々な異星生物が登場する。スタートレックのヴァルカン人やボーグ,スターウォーズのイウォーク,デューンのサンドワーム、そして ET Phone Home。魅力的ではあるが、現実に彼らは存在しえるのだろうか。

 近年になって、地球に似た、いわゆるハビタブル・ゾーン(→Wikipedia)に存在する惑星が見つかっている。とはいえ、本書では、地球型に限定しない。宇宙における惑星の環境は様々だし、そこに生まれる生物も色とりどりだろう。

 それを踏まえた上で、科学的に言えることはある。どんな環境であろうと、すべての生物は、幾つかの共通した条件に縛られているのだ。この共通した条件から、生物ならば満たす必要がある性質が見えてくる。それは異星生物であろうとも同じだ。

 動物学者が、地球上の動物に関する豊富な知識を元に、異星の生物の様子を科学鉄器に推論する、ちょっと変わった一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Zoologist's Guide to the Galaxy : What Animals on Earth Reveal about Aliens – and Ourselves, by Arik Kershenbaum, 2020。日本語尾版は2024年4月17日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約378頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント46字×18行×378頁=約312,984字、400字詰め原稿用紙で約783枚。文庫なら厚めの一冊分。

 文章は比較的にこなれていて読みやすい。内容もわかりやすい。動物学者が書いた本なので、見慣れない動物の名前が出てくるが、「ふーん、そんな動物がいるのね」ぐらいに思っていればいい。あと、明らかに著者はSFファンなので、SF、それもファースト・コンタクト物が好きな人は見逃さないように。

【構成は?】

 科学の本だ。そのため、前の章を基礎として次の章が展開する。よって、できれば素直に頭から読もう。

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  • 第1章 はじめに
  • 第2章 形態vs機能 すべての惑星に共通するものとは?
  • 第3章 動物とは何か、地球外生命体とは何か
  • 第4章 運動 宇宙を走り、滑空する
  • 第5章 コミュニケーションのチャネル
  • 第6章 知能 それが何であれ
  • 第7章 社会性 協力、競争、ティータイム
  • 第8章 情報 太古からある商品
  • 第9章 言語 唯一無二のスキル
  • 第10章 人工知能 宇宙はロボットだらけ?
  • 第11章 私たちが知る人間性
  • 第12章 エピローグ
  • 謝辞/訳者あとがき/もっと知りたい人のために/図版リスト/索引

【感想は?】

 ある意味、書名はペテンだ。最後にこう告白してるし。

みなさんは、本書が地球外生命についてのみ書かれた本だと思っていたかもしれないが、実際には生命一般、つまり最も基本的な意味におけるあらゆる生命に関する本であり、ほかの惑星の生命に負けず劣らず、地球の生命について扱っている。
  ――第12章 エピローグ

 まあ、これは、普通に読んでいればだいたい想像がつくんだがw 基本的には、「進化」を扱った本なのだ。それも、「いかに子孫を残すか」を目的としたゲーム、つまり生存競争から導かれる、「あらゆる生物に共通する性質」を見いだそうとする内容である。

 そのための道具の一つは、著者の動物学者としての豊かな、だが地球の生物に限られた、多様な生物の生態の知識だ。そしてもう一つの道具が、ゲーム理論である。地球の生物の生態を生データとして用い、ゲーム理論で検証・整理・構造化し、すべての生物に共通する性質を見つけ出し、異星生物に適用する、そんな仕掛けである。

 もう一つ、書名はペテンを含んでいる。実は、エイリアンの「姿」には、あまり触れてない。むしろ能力や性質や振る舞いが中心だ。いや一応、平行進化(→Wikipedia)に触れて「似たニッチの生物は似た形になる」ぐらいは語ってるし、複雑な生物はたぶん左右対称だろう、とも匂わせている。

スピードとエネルギー効率の点で、左右対称性を欠く動物は、脚やひれなどの左右対称の付属器を持つ動物には太刀打ちできない。
  ――第4章 運動 宇宙を走り、滑空する

 また、脚は意外と重要な発明なんだな、と感じさせたり。私が脚フェチなのは、そのせいか←違う

圧倒的多数の動物は、摩擦を小さくするために脚を使って表面から体を持ち上げた。
  ――第4章 運動 宇宙を走り、滑空する

 話がヨレた。本論に戻ろう。本書が基盤とするのは、次の理屈だ。

進化の法則はどの惑星でも似ている
  ――第2章 形態vs機能 すべての惑星に共通するものとは?

 進化の法則、つまりは生存競争だ。そこでより多くの子孫を残す者が生き延びる。とはいえ、進化が生じるには条件がある。

進化には圧力と競争と欠乏が必要である。
  ――第3章 動物とは何か、地球外生命体とは何か

 とはいえ、普通に増えていけば資源が足りなくなって必然的に競争になるんだが。

 競争を生き延びるため、生物が用いる手段の一つが進化だ。子の形や能力や性質が、親とは少し変わる。ただし、変化そのものは中立というか闇雲で、「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」なんだが。そのうえで、うまいこと当たりの変化を引き当てた者が勝者となる。ちなみに進化を語るには条件があって…

 動物行動学者ニコ・ティンバーゲン(→Wikipedia)が唱える、動物の行動/機能を説明する際に満たすべき四つの異なる方法

  • メカニズム
    1. どう機能するのか
    2. どう体内で発達したのか
  • 理由、原因
    1. 進化のなかで、なぜ生じたのか
    2. 進化上で、どう得なのか

 だそうで、本書は主に「4. 進化上で、どう得なのか」を中心にエイリアンを考えてゆく。

 構成の関係か、扱うエイリアンは段階的に複雑になってゆく。原始的な生物から複雑な生物へ、そして社会を形成し知能を獲得するのだ。そのためか、前半では物理的・力学的なネタも出てきて、先の脚もそんなネタの一つだ。

 だが水棲生物は脚を持たぬ種も多い。つかイルカは脚がヒレになってるし。このヒレ、単に揚力や推力を生み出すワケじゃないらしい。

魚が尾びれを左右に振ると、たばこの煙の輪のような回転する水の輪(渦輪)が次々にできる。隣り合う渦輪は互いに逆向きに回転して後方への噴流を作り出し、それが魚に推力を与えているのである。
  ――第4章 運動 宇宙を走り、滑空する

 そんな複雑なことが起きてたのか。だとすると、尾びれの表面の摩擦力も、ある程度は決まってきそう。

 など、序盤では主に単独での振る舞いを扱うのに続き、中盤以降は他の生物との関わりを考えてゆく。まずは相手に何らかのメッセージを送る方法だ。音・光・電流など、幾つか候補はあるが、最も便利なのは音だ。

音はある重要な特性をもっているがゆえに、(地球上では)コミュニケーションの主要な手段となっているのだ。それは障害物の裏側に回り込む「回折」という特性である。
  ――第5章 コミュニケーションのチャネル

 障害物があったら、光は届かない。でも音なら聞こえる。しかも広い範囲に。加えて…

音の第二の利点は速さである。
  ――第5章 コミュニケーションのチャネル

 光と比べたら桁違いに遅いとはいえ、例えば「捕食者がいる!」みたいな警告を伝えるには、充分な速さだ。おまけに…

音にはほかにも大きな利点がある。(略)非常に簡便かつ大量の情報を伝達できることだ。このことを専門用語で「帯域幅が広い」という。
  ――第5章 コミュニケーションのチャネル

 帯域幅なんて言うと偉そうだが、短い声でも「嬉しそう」「怒ってる」「悲鳴」みたいな、表情・感情を乗せられるのだ、音は。ちなみに悲鳴には、特徴があって、ちゃんと科学的に分析もできてる。

私たちが悲鳴を表現するのに使う「鋭い」とか「耳をつんざくような」とか「耳障りな」といった形容詞は、その音の周波数が予測不可能な変化をすることを表している。
  ――第8章 情報 太古からある商品

 黒板を爪で引っかく音も、そうなんだろうか。

 まあいい。いずれにせよ、生物が音を出すには、何か目的がある。雄が雌を惹きつける、縄張りを主張する、捕食者がいるとの警告、雛鳥が餌をせがむ等。いずれも、他者の行動を変えるのが目的だ。

自己の利益のために他者に影響を及ぼすこと。これこそがコミュニケーションの本質である。
  ――第8章 情報 太古からある商品

 とすると、独り言はなんなんだろ? もしかして知性の印なのか? まあいい。いずれにせよ、音を出すにはコストがかかる。雌を惹きつけるための歌は、同時に捕食者も引き寄せる。捕食者が居ると警告すれば、自分の位置を捕食者に教えてしまう。

すべての社会的動物は社会的シグナルを発達させているはずだ。なぜなら、あらゆる協力には本質的な対立が内在するからである。他者を助けるために自分を犠牲にするとき、自分は搾取されるおそれがあるのだ。
  ――第7章 社会性 協力、競争、ティータイム

 ということで、タダ働きはあり得ない。社会的シグナルには、何らかの見返りがあるはずなのだ。…とすると、ボイジゃーのゴールデンレコード(→Wikipedia)は、エイリアンにどう解釈されるんだろうか?

 などの下世話なネタとは別に、著者の科学者としての姿勢が心地よかったりもする。口ぶりは穏やかだが、内容はリチャード・ドーキンス並みに過激だったり。やはり「種の起源」で大論争を巻き起こしたチャールズ・ダーウィンに連なる生物学者の矜持だろうか。

科学の歴史とは、人間が万物の頂点の座から引きずり落される歴史である。
  ――第1章 はじめに

 なんてね。地動説で大地は宇宙の中心から辺境に落ちぶれ、進化論で「神に似せて創られしもの」ではなくなった。ほんと、ある種の人から科学が嫌われるのも頷ける。

科学の仕事の一つは、確立された真実を覆し、新たな真実に置き換えることだ。
  ――第11章 私たちが知る人間性

 とかもね。科学は、常に変わってゆくものなのだ。

 また、これは科学というより哲学に近いんだが、こんなのも。

あらゆる二分法と同じく知能の二分法もほぼ間違っている
  ――第6章 知能 それが何であれ

 これの具体例としては、犬・狼・コヨーテなどは一つの種か別種か、なんて問題を挙げる。これの解が、私にはストンと腑に落ちた。

生物学者リチャード・ドーキンス(→Wikipedia)「現生の鳥類と原生の非鳥類(哺乳類など)の区別が明確なのは、共通祖先にまで遡って集約される中間にいた生物がすべて死んでいるからこそなのだ」
  ――第11章 私たちが知る人間性

 そして「やっぱりコイツSF者じゃん」と確信したのは、このくだり。

SF作家というのは、人類が目を見張るような新たな能力を進化させた未来の世界――あるいは地球外の世界――の哲学的意味合いを、真剣に問い続けてきた数少ない人々なのだ。
  ――第10章 人工知能 宇宙はロボットだらけ?

 具体的な作家名はフレッド・ホイルとC.S.ルイスぐらいしか出てないし、どうもそういう時代の作品がお好みらしい。きっとオラフ・ステープルドンも好きなんだろうなあ。

 一見イロモノっぽいタイトルだし、実際に著者もSFファンらしく、そういう発想の柔軟性は充分に発揮している。が、その基盤となっているのは、冷酷な生存競争とゲーム理論の原理だ。実際に想像しているのは姿形より性質・性格・思考法・振る舞いなどだが、進化の原理からどこまで想像できるか、が面白い。当然ながら、ファースト・コンタクト物が好きなSF者にお薦め。

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