ジョン・キーガン「戦略の歴史 抹殺・征服技術の変遷 石器時代からサダム・フセインまで」心交社 遠藤利国訳
すべての文明は、その源泉を戦士に負っていた。
――序文一般原則からいえば、砦がたくさんあるのは中央の権威が弱いか不在の現れということになっている。
――付論2 要塞十字軍はヨーロッパの騎士階級に目的に適った戦争という軍律を教え込むことで、実兵力を備えた王国の勃興の基盤を据えたのだった。それぞれの領土内での中央権力を主張することで、これらの国家はついに、抗争が日常茶飯事だった時代から、散発的になり、やがては戦争は対外的な事業となるヨーロッパを誕生させたのである。
――第4章 鉄 ローマ以降のヨーロッパ 軍隊なき大陸日本以外の非ヨーロッパ諸国は、西欧の軍事力に対抗しようとして、失敗していた。(略)西欧の武器は購入しても、西欧の軍事文化の移植を伴わなかったからだった。
――第5章 火 究極の兵器
【どんな本?】
カール・フォン・クラウゼヴィッツ(→Wikipedia)が戦争論(→Wikipedia)で繰り広げた主張、「戦争は政治の延長である」は、二つの世界大戦を引き起こし、世界を荒廃させた。
だが、人類の歴史を見渡すと、実は政治的な目的で起きた戦争は少ない。むしろ、それぞれの陣営が育んだ文化の帰結として、戦争が起きたのだ。
豊富な歴史の文献はもちろん、先史時代の物証から、現代の文明から隔絶した社会に生きる部族など、多様かつ広範な視点で、「どんな社会の、どのような者たちが、どんな原因で、どのように戦ったのか」を調べ上げて分析し、またクラウゼヴィッツが戦争論に至った背景事情にも踏み込み、クラウゼヴィッツの主張に異を唱える、重厚な歴史書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は A History of Warfare, by John Keegan, 1993。日本語版は1997年1月25日第1刷発行。単行本ハードカバー縦二段組み本文約431頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント26字×24行×2段×431頁=約537,888字、400字詰め原稿用紙で約1,345枚。文庫なら厚い上下巻か薄めの上中下巻ぐらいの大容量。
今は中公文庫から上下巻で文庫版が出ている。
文体は軍事物のわりに柔らかめだが、イギリス人の学者らしく二重否定などのまだるっこしい表現が多く、注意深く読む必要がある。内容も専門家には有名な戦いの名前がよく出てきて、多少は軍事史の知識があった方がいい。
また、単位がヤード・ポンド法なのは、ちと辛い。
【構成は?】
基本的に時代順に進む。順を追って読むように編集されているが、結論を早く知りたければ、最後の「結語」だけを読めばいい。
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- 謝辞
- 序文
- 第1章 人類の歴史と戦争
- 戦争とはなにか?
- クラウゼヴィッツとは何者だったか?
- 文化としての戦争
イースター島/ズールー族/マルムーク軍団/サムライ階級 - 戦争なき文化
- 付論1 戦争の制約
- 第2章 石
- 人間はなぜ戦うか
- 戦争と人間の本性
- 戦争と人類学者
- 原始的な種族と戦争
ヤノマモ族/マリンダ族/マオリ族/アズテック族 - 戦争のはじまり
- 戦争と文明
- 付論2 要塞
- 第3章 肉
- 戦車軍団
- 戦争とアッシリア
- 軍馬
- ステップの騎馬民族
- フン族
- 騎馬民族の地平線 453~1258年
アラブ人とマルムーク騎兵/モンゴール人 - 騎馬民族の没落
- 付論3 軍団
- 第4章 鉄
- ギリシア人と鉄
- 密集方陣の戦争
- ギリシア人と海陸戦略
- マケドニアと密集方陣戦争の頂点
- ローマ 近代的な軍隊の祖国
- ローマ以降のヨーロッパ 軍隊なき大陸
- 付論4 兵站と補給
- 第5章 火
- 火薬と要塞
- 過渡期の火力戦争
- 海上の火力兵器
- 火力兵器の定着
- 政治革命と軍事変革
- 火力兵器と国民皆兵の文化
- 究極の兵器
- 法と戦争目的
- 結語
- 参考文献/索引/訳者あとがき
【感想は?】
書名は「戦略の歴史」だが、中身は違う。「戦争の歴史」または「軍人の歴史」だ。
本書の主なテーマは、クラウゼヴィッツの「戦争論」への反論である。クラウゼヴィッツの主張「戦争は政治の延長である」を、人類史全体を見渡し数多の挿話で「いや戦争ってそんな単純なモンじゃないよね」と覆そうとする本だ。
そのため、序盤ではアマゾンの奥地に住むヤノマモ族や、鉄砲を捨てた日本の徳川幕府などを例に出し、様々な形態の戦争や軍隊の姿を紹介してゆく。
徳川家の反応は、いかにクラウゼヴィッツが誤っていたかの事例であり、戦争とは何よりもまず独自の手段による一つの文化の不朽化の試みでありうるということを証明しているのである。
――第2章 石 文化としての戦争
とはいえ、中盤以降はさすがに地中海沿岸やヨーロッパの話が大半になるんだけど。
ただ、肝心のクラウゼヴィッツの主張「戦争は政治の延長である」について、詳しく解説していないのは不親切だ。大雑把に言っちゃうと、複数の国家や集団の間で利害が対立した際に、暴力/武力でケリをつけようとするのが戦争である、そういう主張だ。この理屈を推し進めると、国家を要塞化し軍国主義にしろ、となる。
そして、実際、この主張はヨーロッパで受け入れられた。その結果が二つの世界大戦だ。
第一次世界大戦の目的はかなりの部分がクラウゼヴィッツの思想によって決定されていたから、戦後の余波のなかで、クラウゼヴィッツは歴史的な破局の知的な生みの親とみなされた。
――第5章 火 政治革命と軍事変革
第一次世界大戦も悲惨だったが、懲りずに次の大戦が起きた。しかも、国家の総力を結集する総力戦となった。これもクラウゼヴィッツの主張の帰結である。
革命的な兵器、戦士の精神、軍事力と政治的な目的を統合するクラウゼヴィッツの思想をヒトラーが思いのままに握ったことで、1939年から1945年にかけてのヨーロッパの戦争は全面戦争のレベルに達することになった。
――第5章 火 究極の兵器
実際、私たちも多かれ少なかれ、クラウゼヴィッツの考えを受け入れている。北方領土問題や尖閣諸島をめぐる睨み合いは、まさしく土地や資源の奪い合いだ。だが、米国によるアフガニスタン戦争はどうだろう?
著者は、そこで文化に注目する。それも絵画や文学や調理じゃない。実施に戦場に立つ、戦士階級の文化だ。意外なようだが、私たちが思い浮かべる「歴史」を考えると、実は保守本流の考え方でもある。少なくとも、昔は。なぜって…
記録に残された世界史は、そのほとんどが戦争の歴史である。(略)一般に歴史に名を残した最大の政治家は、暴力の人だった。
――結語
かくして、著者は歴史を辿りつつ、現代の欧米の軍隊が、どんな経緯を辿って現代の組織や文化となったのかを、豊富なエピソードを紹介しつつ語ってゆく。いや豊富すぎる気もするが。
その戦士階級の文化だが、全般に共通するのは、保守的である点だ。今までの自分たちの暮らしや戦い方に固執し、新しいものを取り入れない。例えばモンゴル帝国を築き、東西の交流を盛んにしたジンギス・ハーンも…
ジンギス・ハーンにはきわめて優れた行政能力があったと思われているが、それは安定化を促進するものではなく、遊牧民の生活様式を支えるためのものであって、それを変えるつもりはなかった。
――第3章 肉 騎馬民族の没落
と、自分の暮らし方は変えるつもりがなかった。
他にも、国や地域を問わず戦士の文化というのはある。
兵士を満足させるのは、他の兵士の賞賛である。
――付論3 軍団
これ、兵士を科学者やプログラマや音楽家に置き換えても成立すると思う。
逆に変化してきたのが、戦い方だ。著者曰く「東洋の戦争の特徴は(略)戦闘の回避、引き延ばし、間接性」となる。その逆が西欧の戦士文化だ。
例えばギリシアの密集方陣(ファランクス、→Wikipedia)。これは決戦、それも接近戦を望む陣形だ。対する「東洋の戦争」は、騎馬民族の戦い方やゲリラ戦略が近い。
例えば「戦闘の回避」。チェ・ゲバラのゲリラ戦争に曰く「負ける戦いはしないこと」。ヤバそうならさっさとズラかれ、そういう意味だ。砦や塹壕に籠って死守とか、しないのだ。「間接性」は、騎馬民族の軽騎兵の戦い方だ。距離を取って合成弓を射る。白兵戦はしない。まあ、これはさすがに銃が発達・普及した現代の軍も白兵戦はしないけど。
そんな風に決戦志向が強い西欧の戦士の文化は、朝鮮戦争までブイブイいわしてた。が、ベトナム戦争で風向きが変わる。現代のイラクやソマリアも、西欧的な戦士文化が東洋風のゲリラ文化に苦戦または屈した例だろう。
などと戦士の文化を細かく分析しているのは良いが、細かすぎて肝心のテーマ、つまりクラウゼヴィッツへの反論ががボケちゃってるきらいはある。その辺をハッキリさせたい人は、愛後の結語だけを読めばいい。逆に歴史トリビアが好きな人には、博覧強記な著者が披露する細かいエピソードや数字がギッシリ詰まった美味しい本でもある。
そんなワケで、歴史上の軍事系の挿話が好きな人にお薦め。私はクラウゼヴィッツの位置づけが意外だった。高く評価されてると思っていたが、マーチン・ファン・クレフェルトなど現代の軍事の専門家には嫌われてるとは。
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