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2024年7月19日 (金)

SFマガジン2024年8月号

 「よく知らない。だから行くんだけど」
  ――春暮康一「一億年のテレスコープ」

「市民サンソン。残念だが君の首は落とされることになった」 
  ――吉上亮「ヴェルト」第二部第一章

 科学と論理を推進力として使用し、その限界ぎりぎりまで上昇した末に、ついに力尽きた高度こそ、ストーリーのスタートラインだ。
  ――山本弘「喪われた惑星の時間」

 376頁の標準サイズ。

 特集は「クリストファー・プリースト追悼特集」と「山本浩追悼特集」。

 小説は9本+3本。特集「クリストファー・プリースト追悼特集」で1本、「山本弘追悼特集」で1本、連載が4本+3本、読み切り3本。

 特集「クリストファー・プリースト追悼特集」で「われ、腸卜師」古沢嘉通訳。「山本弘追悼特集」で「喪われた惑星の時間」。

 連載の4本+3本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第14回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第54回,吉上亮「ヴェルト」第二部第一章,夢枕獏「小角の城」第76回,田丸雅智「未来図ショートショート」3本「コトリン」「リモート漁師」「パースナライズド」。

  読み切り3本。春暮康一「一億年のテレスコープ」冒頭,草上仁「火花師」,夏海公司「八木山音花のIT奇譚 未完の地図」。

 特集から。

 クリストファー・プリースト「われ、腸卜師」古沢嘉通訳。1937年のイギリス。ジェイムズ・アウズリは代々の腸卜師だ。ウィルキンズ嬢がペレットを持ってきた、アウズリは近くの沼地へ向かう。そこにはドイツ軍の爆撃機が墜落している。コクピットに一人の男が乗っており、手を振っている。

 陰鬱な冬のイギリスの風景、第二次世界大戦の前兆が色濃く漂う1937年、ウィルキンズ嬢が持ってきた不気味なペレット、いけすかない主人公のアウズリ。不吉な何かが起きそうな舞台が整った所で、登場するドイツ軍の爆撃機は、更に不条理な様子を見せる。重苦しい雰囲気だが、オチはしょうもないw

 山本弘「喪われた惑星の時間」。遠未来。環状星域を訪れた遠征隊の文化人類学者が記した覚え書き。生存可能領域には第三惑星があり、動植物が豊かだ。たった一つの月で幾つかの宇宙機の遺物を見つけた。第三惑星で発生した文明が遺したものだろう。残念ながら、私たちは来るのが遅すぎた。

 一種のファースト・コンタクト物。太陽系を訪れ人類の遺物を見つけた異星人は、何を思うのか。中国の無人探査機が月に到着するなど、幾つかのネタはズレてしまったが、異星人が遺物を考察するあたりは、センス・オブ・ワンダーが炸裂している。12進法には見事に騙された。冒頭の引用は、追悼特集に相応しい。アレ(ネタバレあり、→Wikipedia)も、著者らしさが炸裂してる。最後の一行が心に染みる。

 連載。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第14回。レイフと雪風に急な出撃が命じられた。パイロットは零と桂城。いつもとは異なり、レイフは大量の対空ミサイルを搭載し、雪風も落下増槽までつけている。原因はジャムの検知。先に出撃した機の空間受動レーダーが、空間に空いたおおきな穴を一瞬だけ検知したのだ。

 クーリィ准将、なかなか物騒な思惑を抱えてます。そういやF-22ラプター、本当に生産終了したんだろうか。機体のバリエーションが増えると、運用や整備がシンドイってのもあるんだろうけど。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第54回。幾つもの襲撃を躱し郊外へと逃れたバロットとアビーとシルヴィア、そしてウフコック。しかしバロットが目覚めた時に目にしたのは、無残な姿となったシルヴィアだった。

 ハンターが行方をくらました時期から、曲者ぞろいの<クインテット>をナンバー2としてまとめ率いてきたバジルが、今回も信じられないほどの精神力と思慮深さを見せる回。当初は敵役だったはずの<クインテット>なのに、肩入れしたくなるのが困るw

 吉上亮「ヴェルト」第二部第一章。処刑人のシャルル=アンリ・サンソンは革命裁判所検事のフーキエ=タンヴィルに呼び出される。革命政府の首脳マクシミリアン=ロベスピエエールの元へ赴け、と。ロベスピエールの住む家は意外と質素で、冷酷との噂とは異なり人柄は誠実で穏やかだった。彼が命じたのは…

 某漫画で有名なフランス革命が舞台だけあって、私でも知ってる人名や事件が出てきて、おお!となる。当時は過激と恐怖の象徴だったロベスピエールだが、この作品での描写はかなり好意的。

 田丸雅智「未来図ショートショート」3本「コトリン」「リモート漁師」「パースナライズド」。前回に引き続き、今回もすべて2頁の掌編で、舞台も現代の技術が少しだけ進歩した近未来。柔らかい語り口で綴る物語は、いずれも暖かい。

 読み切り。

 春暮康一「一億年のテレスコープ」冒頭。幼い頃、父親に連れられて行った天文台で、鮎沢望は望遠鏡に惹きつけられた。高校の天文部で知り合った千塚新・大学で出会った矢代縁と共に、就職してからも連絡を取り合い、宇宙を観測するアイデアと夢を語り合う。

 望遠鏡は口径が大きいほど性能がいいんだろうなってのは、感覚的にわかる。また、波長の長い電波なら、より遠くの宇宙の情報を集められるだろう、というのも。地球の公転軌道による視差を利用して遠くの天体を観測する方法は、昔から使われてきた。それとファースト・コンタクトの絡め方が絶妙。

 草上仁「火花師」。山開きが近い。今回、タクマル親方は手を出さず、センキチが仕切る。繊細でシンプル、センキチの火花は玄人好みだ。弟弟子のトージはセンキチを尊敬しつつも、まったく新しい試みの研究に余念がない。

 タイトルが「花火師」ではなく「火花師」で、出だしから「二週間も遅刻」と、微妙にズラした世界観ながら、繰り広げられる物語は江戸の人情ものっぽいのが、いかにも草上仁らしい味わい。オチもいい話っぽいけど、落ち着いて考えると…

 夏海公司「八木山音花のIT奇譚 未完の地図」。ITライターの律は、天才エンジニアの八木山音花から依頼を受ける。彼女のチームは、地図アプリの拡張機能を開発した。それを稼ぎにつなげたい、と。要はマネタイズである。機能は過去予測。Google ストリート・ビューのようなアプリだが、過去の画像を推測する機能だ。

 最近のAIの急激な発達を見ると、なんか可能かな?と思えてしまう機能だ。まあ、ここまで細かい精度まではさすがに…と思うが、そこはお話だし。律が考える収益化の方法が、いかにもジャーナリストらしい。

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