SFマガジン2024年4月号
まともな幽霊屋敷なら、少なくともひとつは秘密の部屋がある。
――ジョン・ウィズウェル「幽霊屋敷のオープンハウス」鯨井久志訳
376頁の標準サイズ。
特集は「BLとSF」として、小説5本に高河ゆんインタビューなど。
小説は13本。特集「BLとSF」で5本、連載が5本、読み切り3本。
特集「BLとSF」の5本。榎田尤利「聖域」,竹田人造「ラブラブ☆ラフトーク」,莫晨歓「監禁」楊墨秋訳,尾上与一「テセウスを殺す」,樋口美沙緒「一億年先にきみがいても」。
連載の5本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第12回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第52回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第22回,吉上亮「ヴェルト」第一部第四章,夢枕獏「小角の城」第74回。
読み切り3本。ジョン・ウィズウェル「幽霊屋敷のオープンハウス」鯨井久志訳,ユキミ・オガワ「さいはての美術館」勝山海百合訳,草上仁「テーマ」。
特集から。
榎田尤利「聖域」。人類は暴力を撲滅した。自らの遺伝子を改造してまで。テオは人里離れた邸宅に一人で住んでいる。邸宅はLBを備えている。健康状態まで完璧にサポートするシステムだ。テオは、そのLB開発者の一人でもある。そんなテオの家に、一人の青年が訪ねてきた。
テーマの一つはアシモフの三原則よろしくヒトを守る使命を負うAI/ロボットと、いささかアレな趣味のテオの葛藤…と思わせて、そうきたか。お話のアイデアもさることながら、冒頭部の靴擦れの描写が抜群に巧い。読んでて本を閉じたくなるぐらい、痛みが伝わってくる。ところがテオときたら。
竹田人造「ラブラブ☆ラフトーク」。対話型個人推薦システムのラフトークは、生活上のたいていの選択で利用者の好みと利益に合う選択肢を教えてくれる。ネクタイの柄から朝食のメニューまで。タカナシこと小鳥遊もラフトークを使っている。ところが、そのラフトークの開発者で大金持ちのジャック・トーカーにしつこく求婚され…
筆者お得意のAIドタバタもの。ラフトークの仕様が、やや天邪鬼な私にもピッタリな設定なのが嬉しいw いやここまで作りこまれると、逆に疑心暗鬼になりそうだけどw この手の物語に欠かせない、大金持ちの無駄遣いの波状攻撃が楽しい。
莫晨歓「監禁」楊墨秋訳。俺は鎖につながれ、狭い部屋に閉じ込められている。どれほどの日時が過ぎたのか、それすらわからなくなってきた。ときどき、頭上の窓が開き、あいつが覗き込んでくる。けっこう美形だ。
やたら「変態」を連呼するのが珍しい。中国の小説投稿サイトに掲載された作品。訳の楊墨秋による、中国のBL動向の解説が、たった1頁ながら、いや短いからこそ、簡潔にしてわかりやすい。欧米より中国の方が、日本のアニメや漫画の影響が大きいのは、なぜなんだろうね。
尾上与一「テセウスを殺す」。ネットワーク上に散らばったデータから、人格らしきモノを再構成できるようになった時代。だが『意志』は肉体保持者のみのはずだった。にも拘わらず、他人の肉体を乗っ取る凶悪犯罪が増える。検察庁検務部執行事務局特殊執行群は、そんな犯罪者の確保・処刑を担う。レオはバディのデニスを失い、次のバディはデニスの恋人トーリが割り当てられた。
雰囲気はアニメ「PSYCHO-PASS」や漫画「攻殻機動隊」を思わせる。執行群が使う高機動多用途装輪車両ライノや超荷重情報統合装置搭載銃アルテミスなどのガジェットが活きてる。終盤の展開は緊張感が溢れていて、思わず列車を乗り過ごすところだった。
樋口美沙緒「一億年先にきみがいても」。人類が地球に住めなくなり、多くの星に移り住んだ未来。20歳のトーリな名もない星で、たった一人で住んでいる。父と祖父がいたが、15になるまでに亡くなった。トーリが楽しみにしているのはラジオ。
オメガバース物。SFというよりメルヘンな感じ。なぜ・どんな歴史と経緯を経てオメガバースな世の中になったのか、その背景事情の説明が丁寧で楽しい。つまりは愛想つかされたんだよねw
連載5本。
飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第22回。<多頭海>を舞台に、石化天使たち,ランゴーニ,その妻となったラーネアを巻き込んで、大きな異変が巻き起こる。映像化したら映える絵になるだろうけど、予算がとんでもないことになるだろうなあ。
冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第52回。<クインテット>は、シルヴィアとラスティに続き、ベンヴェリオにまで異変が起きた。そのため、シルヴィアはベテランの始末屋<キラー・サブ>に狙われる。奴はいったん仕事を引き受けたら、誰とも連絡を取らず姿を消す。イースターズ・オフィスはシルヴィアを守るため思い切った手段に出る。
バロット&ライムのじれったさと、シルヴィア&バジルの気恥ずかしさが対照的な回w とまれ、今回はシルヴィアがお話の中心となって、事態を次々に変えてゆく。バジル君、がんばれ。
神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第12回。情報分析室で関係者が集まる。ジャーナリストのリン・ジャクスン,日本海軍の丸子中尉,とりあえず今は日本空軍の田村大尉,そしてFAFのブッカー少佐,深井大尉,桂城少尉。ブッカー少佐が口火を切るが、すぐに丸子中尉と田村大尉の激論が火を噴き…
マトモにやり合ったら、互いにカチ合うばかりの面子かと思いきや、桂城少尉が実に巧いこと互いの勢いを外しまくり、そういう点では意外な大活躍。いやあ、多角的な視点って、大事ですねw そして、最後に雪風の視点による爆弾が。
吉上亮「ヴェルト」第一部第四章。ソクラテスは家族や友人たちと対話を交わした後、毒を呑んだ。その場にプラトンはいなかった。クセノフォンと共に船に乗り、海に出たのだ。そこでプラトンは異様なモノに出会う。
これまではプラトンの視点で主にソクラテスとの対話を中心に話が進み、「どこがSFなのか?」と疑問を感じながら読んでいたが、やっとソレらしい仕掛けが出てきた。しかも、これまでの対話にちゃんと仕掛けが施してある。
読み切り3本。
ジョン・ウィズウェル「幽霊屋敷のオープンハウス」鯨井久志訳。ポイズンウッド通り133番地の屋敷は、1989年からずっと誰も済んでいない。不動産業者のワイス夫人が内覧会を開催する今日は、何人かの客が訪れた。うち一組はITエンジニアの父と四歳の娘。商談を成功させたいのはワイズ夫人だけじゃない。
IT系で反オカルトな父と、元気に暴れまわる四歳の娘。娘の様子から、娘に抱いている愛情が伝わってくる。そんな二人を見守る幽霊屋敷。穏やかでユーモラスな語り口ながら、最後の文章が泣かせる作品。
ユキミ・オガワ「さいはての美術館」勝山海百合訳。この惑星に降り立ったときより、彼女の身体は小さく軽くなった。乗り組んでいた、あの人も。あなたは、ここで膨大な数の展示品を修復してきた。
主な登場人?物は、<彼女><あなた><あの人>の三人で、舞台は無人の惑星の波打ち際。人のいない美術館で、静かに物語は語られる。
草上仁「テーマ」。VR環境設定ソフトが発達し、誰もがその日の自分の気分に合わせて現実をアレンジするテーマを設定できる時代。その日の朝、結婚三年目の僕は、好きな古い小津安二郎の映画に合わせて「昭和の清貧」をテーマに選んだ。
一時期、Webブラウザや音楽プレーヤーの見た目の雰囲気を変えるテーマが流行ったけど、あくまで見た目を変えるだけで、実質的な機能が増えるワケじゃなかった。この作品のテーマも同じ。昭和といっても長くて60年以上もあるわけで、初期と末期じゃだいぶ違うんだが、まあそこは草上仁だしw
「昭和」「テーマ」で真っ先に思い浮かべたのがコレ。あくまでブルースでありながら、いかにも大阪出身のコテコテなトンカツソースの匂いをプンプン漂わせた感じがたまらんです。
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