クリフ・クアン/ロバート・ファブリカント「『ユーザーフレンドリー』全史 世界と人間を変えてきた『使いやすいモノ』の法則」双葉社 尼丁千津子訳
本書は「ユーザーフレンドリー」という概念がいかにして誕生し、それがどんな仕組みを持っているのかについて書かれた本だ。
――はじめに 社会に浸透する「ユーザーフレンドリー」どんなメンタルモデルも、あなたの目の前のモノにユーザーインターフェイスを実現したデザイナーによって意図的につくられたものだ。
――第1章 混乱させられるデザインフィードバックは「ユーザーフレンドリーな世界」の要である。
――第1章 混乱させられるデザインヘンリー・ドレイファス(工業デザイナー、→Wikipedia)
「デザインとは、ただ見た目をどうこうするだけではない。モノがどのようにつくられ、それで何ができるかを知ったうえで湧き出てくるものだ」
――第2章 インダストリアルデザインの起源原子炉であろうとスマートフォンのアプリであろうとトースターのレバーであろうと、未来永劫最も大事な点は、何をするかをユーザーに決めさせ、何が起きていいるかをユーザーに知らせることだ。
――第4章 信頼されるモノとは「興味深い問題を見つけることは、興味深い解決策を見つけるよりもはるかに重要だ」
――第6章 共感のツール化解決しなければならない最も重要な問題は、まだ声が発せられていないものだ。
――第6章 共感のツール化(米国の大手銀行キャピタル・ワンのチャットボット)エノがユーモアを発揮するのは、相手への共感を示すときだけだ。
――第7章 人間性をデザインする組織理論家によると、変化を提唱したり、その内容が理にかなっていたりするだけでは変化は起こせない。変化を求める気持ちが組織になければならないのだ。
――第8章 「あなたへのおすすめ」
【どんな本?】
ユーザー・フレンドリー。コンピューターが身近になり、特にアップル社の Macintosh が売上げを伸ばした頃から、よく使われるようになった言葉だ。
単なる「使いやすさ」とは、少し異なる。「何ができるか」「どうすればいいか」「今、どうなっているか」がすぐわかるのはもちろん、「使う楽しさ」も必要だ。今後もずっと使い続けたいと思わせれば、更にいい。当初は文書作成など実用的なアプリケーションで使われた言葉だが、現代のSNSやゲームなどの娯楽システムでは利益に直結する概念だ。
そのユーザー・フレンドリーなる言葉や概念は、どのように生まれたのか。その欠落は、どんな悲劇を招くのか。どうすればユーザーフレンドリーなデザインを創れるのか。
デザイン、それも工業デザインの業界で長い経歴を積んだ著者たちが、ユーザーフレンドリーの歴史から優れたデザインが起こした功績、そしてデザインの暗黒面までを語る、一般向けのドキュメンタリー。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は User Friendly : How the Hidden Rules of Design Are Changing the Way We Live, Work, and Play, by Cliff Kuang+Robert Fabricant, 2019。日本語版は2020年10月3日第一刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約445頁+解説8頁。9ポイント48字×18行×445頁=約384,480字、400字詰め原稿用紙で約962枚。文庫なら上下巻ぐらいの分量。
文章は比較的にこなれている。内容もわかりやすい。機械であれアプリケーションであれ、「これ、もちっとどうにかならんのか」と感じたことがあれば、更に楽しめる。
【構成は?】
原則として時代順に話が進むが、各章は比較的に独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。
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- はじめに 社会に浸透する「ユーザーフレンドリー」
- 第1部 使いやすいモノとは何か
- 第1章 混乱させられるデザイン
- 第2章 インダストリアルデザインの起源
- 第3章 それは誰のエラーか
- 第4章 信頼されるモノとは
- 第5章 メタファーのはしご
- 第2部 欲しくなるモノとは何か
- 第6章 共感のツール化
- 第7章 人間性をデザインする
- 第8章 「あなたへのおすすめ」
- 第9章 便利さの落とし穴
- 第10章 デザインと人間のゆくえ
- あとがき 「ユーザーフレンドリー」の目を通して世界を見る
- 謝辞
- 解説 手がかりに気づく、手がかりを作る 菅俊一
- 補遺 「ユーザーフレンドリー」の歴史を早足で辿る
- 参考文献
【感想は?】
デザインの本だ。といっても、衣服やポスターじゃない。工業製品、ヒトが使うモノのデザインの話である。
もっとも、デザインの教科書でもない。書名通り、「使いやすい」モノの形の歴史を辿り、現在の風潮を語り、未来を展望する、そんな本である。そのためか、あまり美術系の過程で学ぶデザインの原則などは出てこない。とはいえ、心がけのような言葉は多い。わかりやすいところでは…
「映画には、自分が言いたいことを弱めてしまうものを持ち込んではいけないんです」
――第7章 人間性をデザインする
プレゼンテーションを作る際の基本である「主題は一つに絞れ」などと同じだね。ついつい、やっちゃうんだよな。「アレも言いたい、コレも言いたい」と欲を出して、結局は何が言いたいのか分かんなくなっちゃうとか。
また、ブログをやってる者としては、こんなのも気になる。
「彼ら(ユーザー)はあなたのウェブサイトの仕組みがほかの既知のウェブサイトのものと同じであることを好む」
――あとがき 「ユーザーフレンドリー」の目を通して世界を見る
作り手としてはオリジナリティーを出したいけど、あまし独創的すぎるのも考え物なのだ。だって、ドコに何があるかわからんサイトとか、ムカつくし。
さて、ユーザーフレンドリーの重要さは、それが欠けた際にどうなるかが、最も伝わりやすいだろう。そういう点では、スリーマイル島の原子力発電所事故(→Wikipedia)を語る「第1章 混乱させられるデザイン」の説得力は高い。つまり、制御室のデザインが凶悪で、職員たちは何が起きているのかが皆目見当がつかなかったのだ。ここから、「関係の深いパネルは一カ所にまとめる」などの教訓がもたらされる。
ここから学んだのかどうかは不明だが、徹底してユーザーフレンドリーを心がけて成功したのがアップル社だろう。そのためか、Macintosh や iPhone など、アップル社の話は頻繁に出てくる。その一つが、「フォルダ」だろう。
当時の unix や MS-DOS にも、ファイル・システムの階層構造はあった。だが、unix や MS-DOS はディレクトリと呼んだ。紙の文書を挟む文房具のフォルダーに例えた、アップル社のセンスは素晴らしい。そう、新しいモノや機能は、既にある何物かに例えると伝わりやすい。
メタファーは私たちにただ新しいモノをつくるよう促すだけではなく、やがてそのモノが完成して使われるときにどんな挙動をするのかまで思い浮かべさせてくれるのだ。
――第5章 メタファーのはしご
もっとも、昔は伝わったフロッピ・ディスクのアイコンも、最近の若い人には伝わらないんだがw
などと「使いやすさ」「伝わりやすさ」を考えると、機械より人間についてよく知ることがキモだったりする。これは名著「誰のためのデザイン?」で知られるドナルド・ノーマンの発想の素が意外だった。
ドン・ノーマン(→Wikipedia)の初期の論文には、行動経済学の基礎を築いたエイモス・トベルスキーやダニエル・カーネマンの革新的な研究について、多くの言及がなされている。
――第3章 それは誰のエラーか
行動経済学はヒト一般の行動を観察する。本書の前半にも、工業デザイナーのヘンリー・ドレイファスが、平均的な人間のモデルを作った話が出てくる。これはこれで役立ったのだが、後半になると「極端な人こそ役に立つ」なんて話も。
たいていの場合、モノを使いやすくする仕事は一種の仲介業だ。ほかと極端に異なるユーザーたちを探し、その人が抱える問題を解決することで残りの人にも恩恵をもたらそうとする。
――第7章 人間性をデザインする
この章では、中国人のスマートフォンの使い方が面白い。コンピュータに慣れていないからこそ、彼らは新しい使い方を開拓したのだ。Macintosh も、初期の利用者は医師やデザイナーなどコンピューターに詳しくない人たちだった。
もっとも、そんなユーザーフレンドリーにも、落とし穴はある。最も分かりやすい例が、Facebook(現Meta)やTwitter(現X)の「いいね」ボタンだろう。最近はインプレゾンビなんてのも沸いてるし。じゃなくて、私も「いいねが欲しい」な気持ちはよくわかる。アレは確かに気持ちがいいのだ。その理屈が、本書でわかった。とまれ、そのせいでスマートフォンが手放せなくなるのは困る。これは、ユーザーフレンドリーの暗黒面だ。
「ユーザーフレンドリーな世界」の罠は、私たちは中毒にさせられるということだけではなく、「麻薬」を買う必要すらないということだ。
――第9章 便利さの落とし穴
この辺の理屈は、スロットマシンなどと少し似てる。あれも、いかに客をマシンの前に座られ続けるかに工夫を凝らしているし(→「デザインされたギャンブル依存症」)。
良きにせよ悪しきにせよ、Macintosh や iPhone は、私たちの暮らしを変えた。1960年代のように、コンピューターが賢い人たちだけのモノだったら、LINE もYoutube もこのブログもなかっただろう。
モノは私たちの生活を楽にするだけではなく、生活の中で私たちを変える可能性を秘めている
――第10章 デザインと人間のゆくえ
それは、アップル社が徹底してユーザーフレンドリーに拘ったためだ。
「デザイン」とは、単にカッコよさだけではない。デザイン次第で、モノは性格を変え、使い手との関係を変え、更には世界までも変えてゆく。そういったデザインの可能性を語ると共に、心あるデザイナーたちを励ます本だ。デザインに興味がなくても、何かを作る人なら、楽しく読めるだろう。
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