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2024年4月の2件の記事

2024年4月22日 (月)

クリフ・クアン/ロバート・ファブリカント「『ユーザーフレンドリー』全史 世界と人間を変えてきた『使いやすいモノ』の法則」双葉社 尼丁千津子訳

本書は「ユーザーフレンドリー」という概念がいかにして誕生し、それがどんな仕組みを持っているのかについて書かれた本だ。
  ――はじめに 社会に浸透する「ユーザーフレンドリー」

どんなメンタルモデルも、あなたの目の前のモノにユーザーインターフェイスを実現したデザイナーによって意図的につくられたものだ。
  ――第1章 混乱させられるデザイン

フィードバックは「ユーザーフレンドリーな世界」の要である。
  ――第1章 混乱させられるデザイン

ヘンリー・ドレイファス(工業デザイナー、→Wikipedia)
「デザインとは、ただ見た目をどうこうするだけではない。モノがどのようにつくられ、それで何ができるかを知ったうえで湧き出てくるものだ」
  ――第2章 インダストリアルデザインの起源

原子炉であろうとスマートフォンのアプリであろうとトースターのレバーであろうと、未来永劫最も大事な点は、何をするかをユーザーに決めさせ、何が起きていいるかをユーザーに知らせることだ。
  ――第4章 信頼されるモノとは

「興味深い問題を見つけることは、興味深い解決策を見つけるよりもはるかに重要だ」
  ――第6章 共感のツール化

解決しなければならない最も重要な問題は、まだ声が発せられていないものだ。
  ――第6章 共感のツール化

(米国の大手銀行キャピタル・ワンのチャットボット)エノがユーモアを発揮するのは、相手への共感を示すときだけだ。
  ――第7章 人間性をデザインする

組織理論家によると、変化を提唱したり、その内容が理にかなっていたりするだけでは変化は起こせない。変化を求める気持ちが組織になければならないのだ。
  ――第8章 「あなたへのおすすめ」

【どんな本?】

 ユーザー・フレンドリー。コンピューターが身近になり、特にアップル社の Macintosh が売上げを伸ばした頃から、よく使われるようになった言葉だ。

 単なる「使いやすさ」とは、少し異なる。「何ができるか」「どうすればいいか」「今、どうなっているか」がすぐわかるのはもちろん、「使う楽しさ」も必要だ。今後もずっと使い続けたいと思わせれば、更にいい。当初は文書作成など実用的なアプリケーションで使われた言葉だが、現代のSNSやゲームなどの娯楽システムでは利益に直結する概念だ。

 そのユーザー・フレンドリーなる言葉や概念は、どのように生まれたのか。その欠落は、どんな悲劇を招くのか。どうすればユーザーフレンドリーなデザインを創れるのか。

 デザイン、それも工業デザインの業界で長い経歴を積んだ著者たちが、ユーザーフレンドリーの歴史から優れたデザインが起こした功績、そしてデザインの暗黒面までを語る、一般向けのドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は User Friendly : How the Hidden Rules of Design Are Changing the Way We Live, Work, and Play, by Cliff Kuang+Robert Fabricant, 2019。日本語版は2020年10月3日第一刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約445頁+解説8頁。9ポイント48字×18行×445頁=約384,480字、400字詰め原稿用紙で約962枚。文庫なら上下巻ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。内容もわかりやすい。機械であれアプリケーションであれ、「これ、もちっとどうにかならんのか」と感じたことがあれば、更に楽しめる。

【構成は?】

 原則として時代順に話が進むが、各章は比較的に独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

クリックで詳細表示
  • はじめに 社会に浸透する「ユーザーフレンドリー」
  • 第1部 使いやすいモノとは何か
  • 第1章 混乱させられるデザイン
  • 第2章 インダストリアルデザインの起源
  • 第3章 それは誰のエラーか
  • 第4章 信頼されるモノとは
  • 第5章 メタファーのはしご
  • 第2部 欲しくなるモノとは何か
  • 第6章 共感のツール化
  • 第7章 人間性をデザインする
  • 第8章 「あなたへのおすすめ」
  • 第9章 便利さの落とし穴
  • 第10章 デザインと人間のゆくえ
  • あとがき 「ユーザーフレンドリー」の目を通して世界を見る
  • 謝辞
  • 解説 手がかりに気づく、手がかりを作る 菅俊一
  • 補遺 「ユーザーフレンドリー」の歴史を早足で辿る
  • 参考文献

【感想は?】

 デザインの本だ。といっても、衣服やポスターじゃない。工業製品、ヒトが使うモノのデザインの話である。

 もっとも、デザインの教科書でもない。書名通り、「使いやすい」モノの形の歴史を辿り、現在の風潮を語り、未来を展望する、そんな本である。そのためか、あまり美術系の過程で学ぶデザインの原則などは出てこない。とはいえ、心がけのような言葉は多い。わかりやすいところでは…

「映画には、自分が言いたいことを弱めてしまうものを持ち込んではいけないんです」
  ――第7章 人間性をデザインする

 プレゼンテーションを作る際の基本である「主題は一つに絞れ」などと同じだね。ついつい、やっちゃうんだよな。「アレも言いたい、コレも言いたい」と欲を出して、結局は何が言いたいのか分かんなくなっちゃうとか。

 また、ブログをやってる者としては、こんなのも気になる。

「彼ら(ユーザー)はあなたのウェブサイトの仕組みがほかの既知のウェブサイトのものと同じであることを好む」
  ――あとがき 「ユーザーフレンドリー」の目を通して世界を見る

 作り手としてはオリジナリティーを出したいけど、あまし独創的すぎるのも考え物なのだ。だって、ドコに何があるかわからんサイトとか、ムカつくし。

 さて、ユーザーフレンドリーの重要さは、それが欠けた際にどうなるかが、最も伝わりやすいだろう。そういう点では、スリーマイル島の原子力発電所事故(→Wikipedia)を語る「第1章 混乱させられるデザイン」の説得力は高い。つまり、制御室のデザインが凶悪で、職員たちは何が起きているのかが皆目見当がつかなかったのだ。ここから、「関係の深いパネルは一カ所にまとめる」などの教訓がもたらされる。

 ここから学んだのかどうかは不明だが、徹底してユーザーフレンドリーを心がけて成功したのがアップル社だろう。そのためか、Macintosh や iPhone など、アップル社の話は頻繁に出てくる。その一つが、「フォルダ」だろう。

 当時の unix や MS-DOS にも、ファイル・システムの階層構造はあった。だが、unix や MS-DOS はディレクトリと呼んだ。紙の文書を挟む文房具のフォルダーに例えた、アップル社のセンスは素晴らしい。そう、新しいモノや機能は、既にある何物かに例えると伝わりやすい。

メタファーは私たちにただ新しいモノをつくるよう促すだけではなく、やがてそのモノが完成して使われるときにどんな挙動をするのかまで思い浮かべさせてくれるのだ。
  ――第5章 メタファーのはしご

 もっとも、昔は伝わったフロッピ・ディスクのアイコンも、最近の若い人には伝わらないんだがw

 などと「使いやすさ」「伝わりやすさ」を考えると、機械より人間についてよく知ることがキモだったりする。これは名著「誰のためのデザイン?」で知られるドナルド・ノーマンの発想の素が意外だった。

ドン・ノーマン(→Wikipedia)の初期の論文には、行動経済学の基礎を築いたエイモス・トベルスキーやダニエル・カーネマンの革新的な研究について、多くの言及がなされている。
  ――第3章 それは誰のエラーか

 行動経済学はヒト一般の行動を観察する。本書の前半にも、工業デザイナーのヘンリー・ドレイファスが、平均的な人間のモデルを作った話が出てくる。これはこれで役立ったのだが、後半になると「極端な人こそ役に立つ」なんて話も。

たいていの場合、モノを使いやすくする仕事は一種の仲介業だ。ほかと極端に異なるユーザーたちを探し、その人が抱える問題を解決することで残りの人にも恩恵をもたらそうとする。
  ――第7章 人間性をデザインする

 この章では、中国人のスマートフォンの使い方が面白い。コンピュータに慣れていないからこそ、彼らは新しい使い方を開拓したのだ。Macintosh も、初期の利用者は医師やデザイナーなどコンピューターに詳しくない人たちだった。

 もっとも、そんなユーザーフレンドリーにも、落とし穴はある。最も分かりやすい例が、Facebook(現Meta)やTwitter(現X)の「いいね」ボタンだろう。最近はインプレゾンビなんてのも沸いてるし。じゃなくて、私も「いいねが欲しい」な気持ちはよくわかる。アレは確かに気持ちがいいのだ。その理屈が、本書でわかった。とまれ、そのせいでスマートフォンが手放せなくなるのは困る。これは、ユーザーフレンドリーの暗黒面だ。

「ユーザーフレンドリーな世界」の罠は、私たちは中毒にさせられるということだけではなく、「麻薬」を買う必要すらないということだ。
  ――第9章 便利さの落とし穴

 この辺の理屈は、スロットマシンなどと少し似てる。あれも、いかに客をマシンの前に座られ続けるかに工夫を凝らしているし(→「デザインされたギャンブル依存症」)。

 良きにせよ悪しきにせよ、Macintosh や iPhone は、私たちの暮らしを変えた。1960年代のように、コンピューターが賢い人たちだけのモノだったら、LINE もYoutube もこのブログもなかっただろう。

モノは私たちの生活を楽にするだけではなく、生活の中で私たちを変える可能性を秘めている
  ――第10章 デザインと人間のゆくえ

 それは、アップル社が徹底してユーザーフレンドリーに拘ったためだ。

 「デザイン」とは、単にカッコよさだけではない。デザイン次第で、モノは性格を変え、使い手との関係を変え、更には世界までも変えてゆく。そういったデザインの可能性を語ると共に、心あるデザイナーたちを励ます本だ。デザインに興味がなくても、何かを作る人なら、楽しく読めるだろう。

【関連記事】

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2024年4月 7日 (日)

SFマガジン2024年4月号

まともな幽霊屋敷なら、少なくともひとつは秘密の部屋がある。
  ――ジョン・ウィズウェル「幽霊屋敷のオープンハウス」鯨井久志訳

 376頁の標準サイズ。

 特集は「BLとSF」として、小説5本に高河ゆんインタビューなど。

 小説は13本。特集「BLとSF」で5本、連載が5本、読み切り3本。

 特集「BLとSF」の5本。榎田尤利「聖域」,竹田人造「ラブラブ☆ラフトーク」,莫晨歓「監禁」楊墨秋訳,尾上与一「テセウスを殺す」,樋口美沙緒「一億年先にきみがいても」。

 連載の5本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第12回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第52回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第22回,吉上亮「ヴェルト」第一部第四章,夢枕獏「小角の城」第74回。

  読み切り3本。ジョン・ウィズウェル「幽霊屋敷のオープンハウス」鯨井久志訳,ユキミ・オガワ「さいはての美術館」勝山海百合訳,草上仁「テーマ」。

 特集から。

 榎田尤利「聖域」。人類は暴力を撲滅した。自らの遺伝子を改造してまで。テオは人里離れた邸宅に一人で住んでいる。邸宅はLBを備えている。健康状態まで完璧にサポートするシステムだ。テオは、そのLB開発者の一人でもある。そんなテオの家に、一人の青年が訪ねてきた。

 テーマの一つはアシモフの三原則よろしくヒトを守る使命を負うAI/ロボットと、いささかアレな趣味のテオの葛藤…と思わせて、そうきたか。お話のアイデアもさることながら、冒頭部の靴擦れの描写が抜群に巧い。読んでて本を閉じたくなるぐらい、痛みが伝わってくる。ところがテオときたら。

 竹田人造「ラブラブ☆ラフトーク」。対話型個人推薦システムのラフトークは、生活上のたいていの選択で利用者の好みと利益に合う選択肢を教えてくれる。ネクタイの柄から朝食のメニューまで。タカナシこと小鳥遊もラフトークを使っている。ところが、そのラフトークの開発者で大金持ちのジャック・トーカーにしつこく求婚され…

 筆者お得意のAIドタバタもの。ラフトークの仕様が、やや天邪鬼な私にもピッタリな設定なのが嬉しいw いやここまで作りこまれると、逆に疑心暗鬼になりそうだけどw この手の物語に欠かせない、大金持ちの無駄遣いの波状攻撃が楽しい。

 莫晨歓「監禁」楊墨秋訳。俺は鎖につながれ、狭い部屋に閉じ込められている。どれほどの日時が過ぎたのか、それすらわからなくなってきた。ときどき、頭上の窓が開き、あいつが覗き込んでくる。けっこう美形だ。

 やたら「変態」を連呼するのが珍しい。中国の小説投稿サイトに掲載された作品。訳の楊墨秋による、中国のBL動向の解説が、たった1頁ながら、いや短いからこそ、簡潔にしてわかりやすい。欧米より中国の方が、日本のアニメや漫画の影響が大きいのは、なぜなんだろうね。

 尾上与一「テセウスを殺す」。ネットワーク上に散らばったデータから、人格らしきモノを再構成できるようになった時代。だが『意志』は肉体保持者のみのはずだった。にも拘わらず、他人の肉体を乗っ取る凶悪犯罪が増える。検察庁検務部執行事務局特殊執行群は、そんな犯罪者の確保・処刑を担う。レオはバディのデニスを失い、次のバディはデニスの恋人トーリが割り当てられた。

 雰囲気はアニメ「PSYCHO-PASS」や漫画「攻殻機動隊」を思わせる。執行群が使う高機動多用途装輪車両ライノや超荷重情報統合装置搭載銃アルテミスなどのガジェットが活きてる。終盤の展開は緊張感が溢れていて、思わず列車を乗り過ごすところだった。

 樋口美沙緒「一億年先にきみがいても」。人類が地球に住めなくなり、多くの星に移り住んだ未来。20歳のトーリな名もない星で、たった一人で住んでいる。父と祖父がいたが、15になるまでに亡くなった。トーリが楽しみにしているのはラジオ。

 オメガバース物。SFというよりメルヘンな感じ。なぜ・どんな歴史と経緯を経てオメガバースな世の中になったのか、その背景事情の説明が丁寧で楽しい。つまりは愛想つかされたんだよねw

 連載5本。

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第22回。<多頭海>を舞台に、石化天使たち,ランゴーニ,その妻となったラーネアを巻き込んで、大きな異変が巻き起こる。映像化したら映える絵になるだろうけど、予算がとんでもないことになるだろうなあ。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第52回。<クインテット>は、シルヴィアとラスティに続き、ベンヴェリオにまで異変が起きた。そのため、シルヴィアはベテランの始末屋<キラー・サブ>に狙われる。奴はいったん仕事を引き受けたら、誰とも連絡を取らず姿を消す。イースターズ・オフィスはシルヴィアを守るため思い切った手段に出る。

 バロット&ライムのじれったさと、シルヴィア&バジルの気恥ずかしさが対照的な回w とまれ、今回はシルヴィアがお話の中心となって、事態を次々に変えてゆく。バジル君、がんばれ。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第12回。情報分析室で関係者が集まる。ジャーナリストのリン・ジャクスン,日本海軍の丸子中尉,とりあえず今は日本空軍の田村大尉,そしてFAFのブッカー少佐,深井大尉,桂城少尉。ブッカー少佐が口火を切るが、すぐに丸子中尉と田村大尉の激論が火を噴き…

 マトモにやり合ったら、互いにカチ合うばかりの面子かと思いきや、桂城少尉が実に巧いこと互いの勢いを外しまくり、そういう点では意外な大活躍。いやあ、多角的な視点って、大事ですねw そして、最後に雪風の視点による爆弾が。

 吉上亮「ヴェルト」第一部第四章。ソクラテスは家族や友人たちと対話を交わした後、毒を呑んだ。その場にプラトンはいなかった。クセノフォンと共に船に乗り、海に出たのだ。そこでプラトンは異様なモノに出会う。

 これまではプラトンの視点で主にソクラテスとの対話を中心に話が進み、「どこがSFなのか?」と疑問を感じながら読んでいたが、やっとソレらしい仕掛けが出てきた。しかも、これまでの対話にちゃんと仕掛けが施してある。

  読み切り3本。

 ジョン・ウィズウェル「幽霊屋敷のオープンハウス」鯨井久志訳。ポイズンウッド通り133番地の屋敷は、1989年からずっと誰も済んでいない。不動産業者のワイス夫人が内覧会を開催する今日は、何人かの客が訪れた。うち一組はITエンジニアの父と四歳の娘。商談を成功させたいのはワイズ夫人だけじゃない。

 IT系で反オカルトな父と、元気に暴れまわる四歳の娘。娘の様子から、娘に抱いている愛情が伝わってくる。そんな二人を見守る幽霊屋敷。穏やかでユーモラスな語り口ながら、最後の文章が泣かせる作品。

 ユキミ・オガワ「さいはての美術館」勝山海百合訳。この惑星に降り立ったときより、彼女の身体は小さく軽くなった。乗り組んでいた、あの人も。あなたは、ここで膨大な数の展示品を修復してきた。

 主な登場人?物は、<彼女><あなた><あの人>の三人で、舞台は無人の惑星の波打ち際。人のいない美術館で、静かに物語は語られる。

 草上仁「テーマ」。VR環境設定ソフトが発達し、誰もがその日の自分の気分に合わせて現実をアレンジするテーマを設定できる時代。その日の朝、結婚三年目の僕は、好きな古い小津安二郎の映画に合わせて「昭和の清貧」をテーマに選んだ。

 一時期、Webブラウザや音楽プレーヤーの見た目の雰囲気を変えるテーマが流行ったけど、あくまで見た目を変えるだけで、実質的な機能が増えるワケじゃなかった。この作品のテーマも同じ。昭和といっても長くて60年以上もあるわけで、初期と末期じゃだいぶ違うんだが、まあそこは草上仁だしw

 「昭和」「テーマ」で真っ先に思い浮かべたのがコレ。あくまでブルースでありながら、いかにも大阪出身のコテコテなトンカツソースの匂いをプンプン漂わせた感じがたまらんです。

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