デニス・ダンカン「索引 ~の歴史 書物史を変えた大発明」光文社 小野木明恵訳
本書は索引について、つまりは一冊の本を構成要素、登場人物、主題、さらには個々の単語へと細分化したものをアルファベット順に並べた一覧表についての本である。
――序文索引を作ること、しかも小説の索引を作ることは、解釈をすることでもある。将来の読者が何を調べたいと思うか、どういう語を使って調べたいと思うかを予測しようとする作業でもある。
――第6章 フィクションに索引をつける ネーミングはいつだって難しかった
【どんな本?】
索引。主にノンフィクションの巻末にある、キーワードとページ番号の対応表。調べたいテーマ=何について知りたいかが分かっている時に、手っ取り早くソレが載っている所を見つけるための道具。いわば本の裏道案内図。
私たちが「索引」という言葉で思い浮かべる印象は、散文的なものだ。それは機械的に決まった手続きに従って生成される表であり、コンピュータが進歩した現代なら自動的に作れるはず。例えば、Adobe InDesign には索引自動生成機能がある。
と、思うでしょ。ところがどっこい。いや、実際、地味で機械的な作業もあるんだけど。
書物が生まれてから現在の形になるまで、索引はどのような経緯を辿ったのか。それを世の人びとは、どのように受け取ったのか。本が巻物だった時代から写本の時代・グーテンベルクの印刷を経て現代の電子出版まで、索引はどんな役割を期待され果たしたのか。
書物と共に発達し進歩してきた索引とそれに関わる人々の足跡を辿り、索引の持つ意外な性質と能力を描く、書物マニアのための少し変わった歴史解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Index, A History of the, by Dennis Duncan, 2021。日本語版は2023年8月30日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約290頁+訳者あとがき6頁に加え、索引がなんと3種類で88頁。10ポイント48字×18行×290頁=約250,560字、400字詰め原稿用紙で約627枚。文庫ならちょい厚めの一冊分。
文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。当然、本の歴史と密接に関わっているが、必要な事柄は本書内で説明しているので、前提知識がない人でも読みこなせるだろう。自分で蔵書やCDの目録を作った経験があると、更に楽しめる。
【構成は?】
原則として時系列順に話が進むが、各章はほぼ独立しているので、気になった所を拾い読みしてもいい。もちろん、巻末の索引を頼りにしてもいい。
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- 序文
- 第1章 順序について アルファベット順の配列
- 第2章 索引の誕生 説教と教育
- 第3章 もしそれがなければ、どうなるのだろうか? ページ番号の奇跡
- 第4章 地図もしくは領土 試される索引
- 第5章 いまいましいトーリー党員にわたしの『歴史』の索引を作らせるな! 巻末での小競り合い
- 第6章 フィクションに索引をつける ネーミングはいつだって難しかった
- 第7章 「すべての知識に通ずる鍵」 普遍的な索引
- 第8章 ルドミッラとロターリア 検索時代における本の索引
- 結び 読書のアーカイヴ
- 原注/謝辞/訳者あとがき
- 図表一覧
- 索引家による索引
- コンピュータによる自動生成索引
- 日本語版索引
【感想は?】
マニアックなテーマを扱うマニアックな本だ。書名でピンとくる人には間違いなく面白いが、興味のない人は「なぜこんな本が?」と思う。それでいいのだ。
まず驚いたのは、索引家なる人たちが居ること。現代では索引作成を職業とする人だが、趣味というか凝り性で索引を作る人もいる。有名なヴァージニア・ウルフもその一人だ。中には自著の索引に凝って新作を書く暇がなくなったサミュエル・リチャードソン(→Wikipedia)なんて作家もいる。意外と索引作成は創造的な仕事なのだ。
その創造性が身に染みてわかるのが第5章なんだが、ここではイギリス人らしい意地悪さを索引で発揮してる。
散文的な話では、やはり書物の形や出版方法、そしてモノの考え方が、索引の誕生に関わっているのが面白い。
たいてい、索引はアルファベット順(日本語ならあいうえお順)だ。ここでは、言葉から意味をはぎ取り、記号の列として機械的・数学的に順序付ける発想が必要になる。言葉からいったん意味を奪うことで、その言葉に関係深い文章へと読者を誘う。面白い皮肉である。
索引は、作者ではなく読者のためのものであり、アルファベットの任意の順序と深く結びついているからだ。
――第1章 順序について アルファベット順の配列
現代の索引は、キーワードとページ番号の表だ。キーワードはともかく、ページ番号は書物が現代の形だからこそ意味がある。パピルスの巻物や、冊子本=コーデックス(→Wikipedia)じゃページ番号そのものがない。それでも、当時の人びとは、目的とする部分を書物の中から見つけやすいように、ソレナリに工夫してきたらしい。
索引は、単独で登場したのではなく、13世紀初頭を挟んで前後20~30年のあいだに現れた読者のためのさまざまなツールという一家のなかの末っ子なのだ。
そして、それらのツールにのすべてにはひとつの共通点がある。
読書のプロセスを合理化し、本の使いかたに新たな効率性をもたらすために作られたという点である。
――第2章 索引の誕生 説教と教育
そのページ番号も、グーテンベルクの活版印刷が普及して暫くは、あまり普通じゃなかった。当時の印刷屋は本文を組むのが精いっぱいで、本文の外にページ番号や柱(→武蔵野美術大学 造形ファイル)をつける発想や余裕がなかったんだろう。
15世紀の終わりの時点でもまだ、印刷された本のおよそ10%にしかページ番号は存在しなかった。
――第3章 もしそれがなければ、どうなるのだろうか? ページ番号の奇跡
さて、そんな索引は、目的の知識への近道でもある。こういう、知識を得る新しい技術が出てくると、それを歓迎する人と否定する人が出てくるのも世の常だ。現代のインターネットをめぐる議論と似たような議論を、ソクラテスが文字や書物をめぐって展開してたり。
印刷技術が誕生してから200年のあいだに作られた本の索引にたいする評価は、今もって、ソクラテスのように、急激に拡大していくテクノロジーにやるせない憤りをおぼえる者たちと、パイドロスのように、喜んでテクノロジーを活用する者たちのあいだで分かれている。
――第4章 地図もしくは領土 試される索引アレグザンダー・ポープ「索引を使った学問では学徒は青ざめず/ウナギのような学問の尾をつかむ」
――第5章 いまいましいトーリー党員にわたしの『歴史』の索引を作らせるな! 巻末での小競り合い
などと索引をめぐる歴史的な話が中心の中で、終盤の第8章は少し毛色が違う。索引が当たり前となった20世紀からコンピュータの助けが得られる現代の物語である。何より嬉しいのは、実際に索引を作る手順を詳しく説明していること。「コンピュータならCTRL+Fでたいがいイケるんじゃね?」とか「出てくる全部の単語にページ番号つけりゃいいじゃん」とかの甘い目論見を、木っ端みじんに粉砕してくれる。
機械でスピードアップできることは、ソートやレイアウト、エラーチェックなどスピードアップが可能な作業だけだ。今もなお主題索引を編集する作業はおおむね、人間が行う主観的な仕事である。
――第8章 ルドミッラとロターリア 検索時代における本の索引
でも、最近流行りのLLM=大規模言語モデル(→Wikipedia)なら…いや、ちと工夫が必要だなあ。
もちろん、細かいエピソードは盛りだくさんだ。私はウィリアム・F・バックリー・ジュニアがノーマン・メイラーに仕掛けたイタズラが好きだ。あと、ペーター・シェイファーの賢い販売戦略も。
マニアックなテーマだけに、万民向けじゃない。でも、書名に惹かれた人なら、読む価値は充分にある。本、それもノンフィクションが好きで、書棚の空きがないと悩む人には、悩みを更に深める困った本だ。
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